艦娘想歌ver.cover【艦これ短編ss 】 (150)

ちょっとした思いつきです。短編をいくつか。
各短編の最後にオマージュした曲の名前を載せます。

ヘタクソな文ですが読んで下さる方はどうぞ宜しくお願いします。


世界観等の設定はその都度テキトーに変えています。ご了承ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460209614

『この雪にくちづけを』




「もう……司令官なんて知りません!」


そう言って、吹雪はそっぽを向き唇を尖らせた。
所謂、怒ったような表情。

でも、俺は知っている。
俺だけは知っている。
こんな表情を浮かべていたって、実のところ彼女は甘えているのだ。


「あぁ、俺が悪かったよ……配慮が足りなかった」

「手、繋ごうか」


もう、昔のように不安になったりしない。


「……!」

「はいっ!」


嬉しそうに笑いながら俺の手を掴む。
そうしてから、吹雪は繋いでいない方の手をコートのポケットに突っ込んだ。

手を繋ぐのを待っていたから両方の手をポケットに突っ込まずに歩いていたのだ……と気づいたのは今更になってだった。

指の先まで冷えているのがわかる。今まで手袋もせずに歩いていた彼女の手を温めてやらなかった自分に、情けなさを覚える。



「なぁ、吹雪」
「なんですか、司令官?」



「その……ごめんな」

俺よりも背が低く、頭がちょうど俺の胴辺りにあるこの娘は、その朱の差した顔を俺に向け微笑む。

「ふふっ……司令官が手を繋いでくれたから、もういいんです」
「……そっか」

胸のあたりからじんわりと広がるこの温かさは、冬の寒さの中でも消えはせず、その広がる勢いを増すばかりだ。

ああ、これだから寒いのは好きだ。
二人一緒に居られることを再確認できるから。

いまはしばらく、こうして二人でいつまでも街を歩いていたいと思った。

「ーーー!……司令官!見てください、これ!」
「おー……息が白いのな」
「すごく白い……煙みたいですねっ!」


どうにも先程からゴキゲンな吹雪は、今度は吐く息の白さに喜んでいるらしい。

そうして無邪気にはしゃぐ彼女のそんな仕草一つ取っても、俺は彼女にはとてもかなわないらしいと改めて実感する。


……やばい。吹雪、すっごいかわいい。




ふと、吹雪と繋いだ手に冷たさを感じた。
冷たさはじわりと染み込んで、ほんのりと冷たさのような、ともすれば温かさのようなものを残して消えた。


「……お?」
「?どうかしたんですか、司令官」


「いや……雪降ってきたな、って」
「えっ?……あっ、ホントだ!」

二人で、その場に立ち止まる。
二人で、空を見上げる。
そして顔を見合わせる。

殊更に交わす言葉はないけれど。

「……」
「…………綺麗だな」
「……はい」

これだけで充分なやり取りだし、これ以上は野暮というものだろう。


なんだか気恥ずかしくて、顔をそらしてしまう。そしてそれと同時に我に返った。

周りを窺う。たまたま人通りが少なく、通行の邪魔になるような事にはなっていなかった。

……もう少し一緒に立ち止まっていれば良かったな。もったいないことをした。



「……悪い、行こうか」
「そう、ですね」

それからしばらく歩いて鎮守府に近くなり、俺と吹雪は人通りも少ない道を歩いていた。

夏にはこの道の脇を埋める見事な向日葵も鳴りを潜め、辺りはすっかり枯れ木だらけだ。

先程まで明るかった空は暮れかかり、遠くの方に寂寥感を残して夕焼けが広がる。
どうして冬の夕焼けというのはこんなにも寂しいのだろうか。

いや。俺の気分の問題、か。

つかの間に降った雪は、その痕跡を残すことなく姿を消した。
俺と吹雪、二人で出掛けた足跡も残りはしなかった。


「───♪───♪」


耳に馴染んだメロディ。懇意にしている鎮守府の……確か、昨年の夏の暮れに瑞鶴とケッコンした……友人である提督に教えてもらったアーティストの曲だった。


……まぁ、今日が終わっても明日がある。明後日もある。来週だって、来年だって。
なら、また出掛ければいいことだな。


隣を見れば、楽しそうに口笛を吹いている愛する少女の顔がある。

そんな幸せを噛み締めて歩く帰り道、この幸せな口笛が途切れないように二人で歩んで行けたらいい……なんて、口に出したら顔から火が出るような事を思った。





吹雪と二人で出掛けた日から数日後。

「あの、司令官……本当にこの編成で大丈夫でしょうか……?」

「ん?うーん…………吹雪なら、どんな編成がいいと思う?」

「えぇっと……今作戦の海域なら、摩耶さんよりは雷巡の方々を艦隊に加えた方が良いのではないでしょうか?」

「そう…………だね、うん。それでいこう。ありがとうな、吹雪」

「しっかしよぉ提督。吹雪にはうだつがあがんねぇんだな!」


吹雪率いる第一艦隊は既に出撃した。


「うだつがあがらない、というのか?うーん……」

吹雪たちが出撃したのは良いが……艦隊から一旦外れてもらった摩耶サマの相手をさせられていた。

「そうだよ!ったくよー、男ならこうびしっと……黙ってついて来やがれ!ぐらい言ってやれって」

半ば酔っぱらいのようなテンションになっている摩耶。編成から外されたのが余程お気に食わないらしい。
まぁ、執務の息抜きになるしやぶさかではないが。

「はは……黙ってついて来いー、なんてなかなか言えないし……かといって尻に敷かれる気もないぞ?」

「けどさ。俺は……同じ歩幅で歩いていられるぐらいのがちょうどいいなと思うよ」


「……なんつーか、本当さ。信頼関係っての?すごいよな、おまえら」

途端に真顔になってそう言われると少し戸惑うものの、純粋に嬉しかった。


「……ま、そろそろ良い時間帯だろ。あいつら帰ってくるだろうし、あたしはもう行くぜ」

「ああそうそう、今晩は風強いらしいから気をつけろよ!」


そう言うが早いが、摩耶はさっさと執務室を出ていってしまった。

風が強いというか……あいつ自体が嵐みたいなものだったな。

「作戦完了です!お疲れ様です!」
「………………ご苦労さま。報告頼むよ」





明らかに中破以上。大破であることも、或いは有りうる。
そんな痛ましい姿の吹雪が報告に現れた。
俺はどこか油断していたらしい。最近では吹雪ももう高練度で敏捷性が上がったのか、被弾が少なくなっていたからかもしれない。

どこかで高をくくっていた。明日、明後日。来週、来年。時間はあるなんて。

違う。この娘達が生きているのは、約束された明日がある世界じゃない。
いつどこでだれが沈むかわからない、不安定で不確定な世界なんだ。




頭を撫で、抱きしめて、言葉をかけたい。
けれど、それは吹雪が許してはくれないため、まずは仕事を優先。

もう今や、言わずとも行われるルール。

……あぁ、だけどやっぱりもどかしい。





「───以上が今作戦の成果です!」
「吹雪」



頭を撫で、抱きしめる。

けれど、言葉がこれ以上紡げなかった。



思えばいつも、こうして難を逃れて、触れ合って。そうして初めて実感する。

ああ、今日も吹雪はここにいる……と。


いつ、どこで、誰が轟沈してしまうかわからないこの世界。
幸いにして、ここではまだ誰も沈んでいない。

けれど、愛する少女を、大事な仲間達を戦場に駆り出してその帰りを黙って待つことしかできない俺は、どこまでも無力で。

絶対などどこにも無い事を忘れてしまうほどに愚かだ。

「司令官……大丈夫ですよ。私達、艤装をつけていれば頑丈なんですから」


「……俺は。次の春をお前と過ごせないことが怖い。次の夏をお前と過ごせないことが怖い」


「……次の冬をお前と迎えられないことが、怖い」


ああ、これだから寒いのは嫌いだ。
弱いところが寒さに晒され、耐えかねて飛び出てくるから。


生まれた沈黙を裂いて鳩時計が鳴く。
たっぷりと十回鳴いた後、鳩は満足気に箱の中へと引き返す。勝手なものだ、人の気も知らないで。

少しだけ、体が押し返された。
見れば、吹雪がこちらを見上げていた。

とても真っ直ぐな目で、俺を、見ていた。


「……司令官。私、夢があるんです」
「強くなって。司令官を……皆を護ることができるようになって。それで、平和を取り戻して。そしたら」

「……そうしたら平和になった世界で、ずーっとひなたぼっこをしていたいんです」


「司令官と一緒に」


「……私たちの季節は、これからも続きます」
「私が、続かせます」


「だから、司令官……大丈夫ですよ」



ああ、なんだよ吹雪。
「泣きながらそんなこと、言うなよ」
「司令官こそ……そんなにボロボロ泣かないでくださいよ」

今度は俺が吹雪に抱きしめられた。
身長の差から、抱きついた吹雪の頭がちょうど胸のあたりにあった。
いつもの位置だ。

なんだか丁度良いから、頭をかき抱いて。
より強く吹雪を抱きしめ返した。

お互い満ち足りた気分だった。
少なくとも俺はそうだ。吹雪もそうであれば、と思う。

どちらからともなく、お互いがひとしきり泣き終えたタイミングで離れた。

時計の分針が、既に半周を回ろうとしている頃だった。


「……ひとまず入渠が先か。悪かったな吹雪、取り乱した」
「いえ……司令官の気持ち、嬉しかったですよ?」
「…………わかったから早く行ってこい。今回はバケツ入れていいから。フタサンマルマルに間に合わなかったら懲罰な」
「えぇーっ?!ひ、酷いですよ司令官ーっ!」

恥ずかしさのあまり吹雪と顔を合わせていられなくなったので、とりあえず適当な事を行ってさっさと行かせたのは良いのだが……
それからしばらく頬の熱が引かずに困ったのはここだけの話にしておきたいところだ。






長針が天を突く。鳩が能天気に鳴く。

しかし、そこに吹雪は居なかった。

一回。二回。三回。
鳩が鳴いて、鳴いて、鳴いて。





「吹雪っ!たっ……ただいま帰投しましたっ!」


そうして十一回目を超える前に、吹雪がドアを勢いよく開いた。


なんとか間に合った……ということで良いだろう。
嬉しかったので、俺は吹雪に告げる。
「吹雪……」












「ノック無しにドア開いたから懲罰な」
「うえぇ……そんなぁ……」

「嘘だよ嘘、冗談だ」
「……司令官、嫌な冗談はやめてください」
「そんな怒んなって。間宮奢るから、な?」

「ま……間宮さん……?!いや、でも……」

「そ、そんな事で釣れると思わないでください!」
「あーあ、金額上限無しのつもりだったんだけどなー」
「……………………はっ!?ダメ!ダメですよ!……って、司令官?」

「あ、ああ……悪い、ちょっと外が気になってな」


吹雪が上限無しの誘惑にぐらついている間に外から強い風の音を聞いたため、少しボーッとしていた。
一瞥すると、窓に雪がへばりついているのが見えた。

「……どうも、今晩はフブきそうだな」

「なあ、吹雪?」
「司令官……わざと言ってます?」
「まさか。俺がそんな奴に見えるか?」
「見えないけどそういう人だっていうのは知ってます」

「はは……でもさ、吹雪って……天候の方な。吹雪って、冬の口笛って感じだよな」
「どういうことですか?」
「冬に、ビュービュー吹くだろ?だから」
「ふふ、なんですかそれ。よくわからないです」


くだらない掛け合いに心が温もる。つい先日感じた、冬の中でも消えない暖かさ。



「なぁ、吹雪」
「なんですか、司令官?」



「俺もさ、お前とおんなじだよ」


「お前とずっと一緒に、平和になった世界で過ごしたい。だから」




だから、これからも。
二人で、ずっと……

以上、吹雪ちゃんの短編でした。

すぐ分かってしまった方もおられるとは思いますが、曲は冬の口笛。スキマスイッチの曲でした。



季節外れなのは仕方ない。那珂ちゃんが全部悪いんだ!(暴論)

さて、次は修正不可能なレベルで失敗した書き溜めを晒そう。

時間を経て溶けた氷がグラスの中でカラリと音を立てた。

この音が私は好きだ。

しかし、今はなぜか心地好く感じることができない。

グラスに注がれたアプリコットフィズを一口に呑み干す。

さらりと喉を通る筈のこのカクテルが、今は喉に絡みついて鬱陶しい。

「今日は随分とよく呑むな、那智?」

隣でバーボンを呷るこの男の手元には、小さく、それでいて妙な存在感を持つ白い小箱が置かれている。

視界を閉ざしたくなり、瞼を閉じる。

「貴様こそ、今日は随分と機嫌が良いな? そのバーボンは何杯目だ?」

そう応じて、酒を取りに席を立つ。

「ほぉ、そう見えるか? どうして?」

喋りたくて仕方ないというような顔をしておいて、良く言うことだ。

「まぁ大方、その箱のこと……その箱の中身のこと、だろう?」

「……今日、あいつに渡すのか?」

口を動かしていても、手は止めない。

もう一杯、もう一杯と、アプリコットフィズが呑みたくなる。

止め時が分からなくなってしまうのはどうしてだろう。

「いや……明日の夜、だな」

キャンドルが優しく揺れる。

ぼんやりとした私の影が、形を崩して揺らぐ。

タイトル入れ忘れた。

『それでも』


明日の夜。そう返事をしたということは、つまりそういうことだ。

明日の夜、こいつは指輪を渡すのだ。
あの娘に。


それは私ではない。当然のこと。
そもそも渡す相手を前にしてモノを隠さないなどありえない。

「そう……か。貴様にしては早い決断だったな」

「そうか?わりと時間を掛けてしまったと思ったが……」



そう言って提督は箱の中身を取り出す。


水色に輝く宝石をあしらったその指輪は、明らかにケッコンカッコカリの指輪ではなかった。

本気のプロポーズなのだ。



あの娘の生まれた月の誕生石。間違いなく意識して選んだものだろう。





……それほどに、貴様のあの娘への想いは強いのか。



ズキリと、どこかが痛む。

「この宝石はな、"天使の微笑みと祝福を"って意味があるらしいんだ」

宙に消えた会話を再び捕まえるように、提督が口火を切った。

「だから、この石を持っていれば結婚の後も上手くいく、なんていう風に言われるらしい。……上手く出来てる、なんて思ってしまうな」

「それに、"天使の微笑み"なんてまさに彼女にぴったりじゃないか。……もっとも、祝福を授ける天使にしては、少し気弱すぎるか」

提督は頬を緩め、話をしながらなお指輪から目を離さない。

私はグラスを取り出すと、カシスリキュールとソーダを手に取り、グラスに氷を入れていく。

氷の音が響く中、提督はまだ何かあの娘のことについて話しているようだった。

それでも止まらない話をシャットアウトするように、私は懐から煙草を取り出し先端に火をつける。

一口味わって、それからケムリを吐き捨てる。

口から漏れるそれは、汚い色をしていた。

灰皿に煙草を置き、グラスにカシスリキュールとソーダを流し込むと、マドラーで音を立てながら混ぜた。

「……そうか、そういえばお前最近タバコを始めんたんだっけか」

「全く……仮にもここは執務室なんだから、多少は控えてくれよ? 匂いが染みついてしまったら困る」

そういうと、提督は困ったように笑う。

「ああ、せいぜい気をつけるとするよ」

部下である艦娘に強く出られない軟弱な男だ、なんて昔は思ったものだ。

この男は決して軟弱な訳ではないことは、それから程なくしてわかったが。

「……カシスソーダか。お前がここに初めて来た時に出した奴だな。懐かしいチョイスじゃないか」

「……なんだ、覚えていたのか?貴様のことだ、忘れているかと思っていたが」

そう応じてくつくつと笑うと、やや顔を顰めた。

「お前なぁ……。 そういうお前だって、最初にこれを出した時の反応が酷かっただろう。覚えているか? 急に真っ赤になって怒り出して 」

「あ、あれは……違うのだ! いや、違う訳では無いのだが……」

「とにかくあれは貴様が悪い!」

思い出すと、今でも恥ずかしい勘違いだ。

「なんだよ、それ」

「全く……あれだけ呑んでおいて、更にまた呑むのか? 酔い潰れないでくれよ?」

「はは……これぐらいのアルコールじゃ、酔うに酔い切れんさ」

こんなやりとりでも、この男が私について些細なことを覚えてくれていたのが嬉しかった。



ああ、何故私はこんなにも……




刻まれる時間。
何にも代え難い、私にとって大切な時間。



グラスの中の氷が、カタリと音を立てた。

グラスの中で氷が立てる音は、時間が経つことを教えてくれる。それが悲しい時であれ、楽しい時であれ……

永遠を望む時であれ。

だから私はこの音が好きなのかもしれない。

だが、今ばかりは憎らしいのだ。

ああ。

鍵をかけて

時間を止めて

ここから離れないように

そして、一緒に酔ってしまえばいい

あの娘のことも、忘れてしまえばいい

でもそれはきっと無理だから。

せめて。

このカシスソーダとバーボンがなくなるまでは

私のものに……

「なあ、那智よ」

「今まで、ありがとうな」

「後生……というわけではないが、これは俺にとっての一区切りなんだ」

「彼女はもう、なんというか……事前に承諾を得ている。結婚を受け入れる、と」

「これからは妻帯者という立場になる以上、もうお前とは一対一で呑むこともできなくなる」

「だけど、縁が終わる訳ではない。だから、これからも……」



ああ。

もう駄目だ。

……もうそれでは、駄目なんだ。



言い切らせずに、私はグラスを掴むとカシスソーダを呑み干し、席を立つ。

「那智……?」


応じずに立ちのぼる紫煙をくぐり、冷蔵庫からライムの切れ端とミント、それからラムと砂糖を取り出す。

そして、新しくグラスを用意する。

「あれぐらいでは……カシスソーダ程度では、酔いきれないんだ……だから」

「もう一杯だけ、付き合ってくれないか?」



「那智、お前……」


取り出したグラスにミントの葉をちぎって入れる。

さっきのグラスからマドラーを取り出す。

マドラーに滴るカシスソーダを舐めとる。甘い、甘い味がした。

マドラーでミントの葉をすり潰し、今度はライムの切れ端を指で潰し、搾る。


「このカクテルを作るとな」


砂糖を加え、混ぜる。


「いつもあの小説家を思い出すんだ」


そこにラムを加え、また混ぜる。


「散弾銃で自ら命を絶った彼を」


最後に、ソーダを加えて混ぜる。


「愛する人の心を得、文壇の頂点にも立った」


出来上がったカクテルはどうしてか、澄んだ綺麗な色をしていた。


「それでも彼は、死を選んだ。彼の乾きが何処に在ったのか、理解出来んよ」

「それでも、一つだけ理解できるのは……」

「どうしようもない乾きを、酔って誤魔化そうとする心だ」

もう、止まることは出来ないだろう。

ここから踏み出したら、止まれない。

グラスを傾け、少し呑む。

絡みつくように甘く、そして少し渋い。

呑まずに残したカクテルを、口内で弄ぶ。

「な、那智?」

グラスを置き、黙って提督に近づく。
私は手を伸ばし、提督の首に回すと、顔を寄せる……

「何を……ッ!」

提督の唇を塞ぐ。私の口腔から提督の口腔へ、とくとくとカクテルが流れ込む。

嚥下の音がやけに大きく響く。

そのまま舌を押し込み、提督の口内を蹂躙する。


抵抗はなかった。


口を離すと、二つの唇の間に唾液で橋が架かる。

「ああ……私は、酔ってしまったんだ。貴様もまた、そうだろう。そうなのだ」

「だから……」

言い切らずに、私はまた提督を貪る。

甘美で、どこか渋みを孕んだ頽廃的なキスを私は愉しんだ。






この気持ちは恋なのかも知れないし、或いはただの嫉妬なのかもしれない。

未だ自分の気持ちの全容がボヤけ、掴みきれない。

それでも私は、これでいい。

こうすることで誰かが幸せになるとは思っていない。

自分が幸せになるとも思ってはいない。

恐らく、誰も幸せになることはないだろう。

でも。

この先に、どんな道が待っていても。

それでも……

この曲、氏の曲の中でも一二を争う名曲だと思います。
曲はeven if。平井堅の曲でした。





深夜テンションで書いてたからか、とてもくちゃい文になってますね。恥ずかしい。

ちょっと読み返して、私のss後味悪すぎ……?! ってなったので、ちょっくら那智さん救ってきます。

カクテルに温度を奪い取られ溶けた氷が、グラスの中で音を立てた。

俺はこの音が好きではない。

あれほど頑なであった氷も、溶けて水になる。
あれほど濃かったカクテルも、薄まり不味くなる。

どこかものの有限を感じさせられるように思えて仕方ない。



しかし、キリがないというのも考えようによっては悪いとも良いともつかない。

尽きないもの。
欲。
好きな物事への好奇心。
たまに部屋に出るゴキブリ。

後は……

「貴様、聞いているのか?!」

「そうそう、恋慕の情や思慕の念、とかな 」

「レンボノ……?何のことだ一体。全く、貴様は良くもそんなことで提督が務まるものだな 」

「そう褒めるなよ那智、嬉しくなる 」
「誰が褒めたものか! 」

我が執務室は、もはや軽いバーである。

タンブラー、マドラー、多様なグラス……

基本は揃っている。勿論酒もある。

そうなるとやはり、酒好きな艦娘は黙っていない。

しかしというか、俺もそれを狙っての模様替え……もとい改装だった。

執務室をバーに改装したら、或いは彼女もここに来るようになるのでは、と。

正直、目当て以外の呑んべぇ艦娘が気を使ってここに寄らなくなってくれて、本気で有り難く思っている。

とはいえ、寄らないことを条件に夜間の酒盛りを黙認させられているのだが……
そこはまあギブアンドテイクだ。まさにwin-winの関係。

……我ながら、こんなことでよく提督が務まるものだ。

「おい!貴様、さっきから……反応くらい、しろ……」

那智が私を呼ぶ。何やらしょぼくれた様子だった。

「あー、なに、済まなかった。……ええと、何だって?」

「だからだな、その……」

「……今日、あいつに渡すのか?」

那智が、視線を俺の右肘の辺りに送る。

正確には、私の右肘辺りにある白い小箱に。

ああ……これか。

「いや……明日の夜、だな」

「……そう、か」

キャンドルがぼんやりと揺れる。

火が消えてしまわないか、そんな事が妙に気にかかった。

「貴様にしては早い決断だったな」

そんな事を言う那智の表情は固かった。そして、どこか決定的に食い違うような違和感があった。


……そうだ。正直心の準備などかけらも出来ていなかったが、本題に移ってしまおう。

じゃなきゃ……

今すぐ、このタイミングで切り出さなければ、幸福の歯車が噛み合いをずらし、壊れてしまうような気がした。


「まぁ、そんな事はどうでもいいんだ。あ、いや、どうでも良くはないぞ! 勿論、大事な仲間に贈るものだからな!」




「それに……愛するお前の! その妹に贈るものだ。勿論大切だぞ」




「ただな」
「今! ……き、貴様、今な、なんと?!」

「へ?」

那智の様子がちょっと妙だ。何かおかしな事でも言ってしまっただろうか?

「いやだから、お前の妹に贈るものだから……」
「その前! 愛する…………とかって 」

彼女の声は尻すぼみだったが、内容は聞き取れた。

そして俺は

「……あっ」

ポロッと大事な事を言ってしまったことに気がついた。

「な、なんなのだ今の『あっ』とは! 」

「いや、だって……あぁ~やっちまったぁ……」

ムードもクソもない伝え方になってしまうなんて……というか、伝えた自覚もないまま相手に気持ちを知られてしまうなんて……

「だって……貴様は!貴様はあいつにケッコン指輪を渡すのだろう?! 」

「ケッコン指輪? ……いや、あれ誕生日プレゼントのチョコだぞ? 量こそ少ないけど結構高いヤツ」

「あいつ、明日誕生日だろ? ちょっと奮発して高級チックなのを買ってみたんだ」

「え……で、では貴様はあいつにケッコンを申し込もうとしていた訳ではなかったのか……!」

頭を抱え、唸る那智。

腕の間から覗く顔は赤く染まり、眉がハの字になっている。

そうか、笑っているのか。

安心した時、いつもこいつが浮かべる表情だった。

こいつは、安心してくれたのか。
俺がケッコンをするわけじゃないことに。




「では、その……提督、よ。さっきのは……別段そういう意味では無いのだよ、な?」

期待半分、怖さ半分。
そんな、ちょうど小学生が席替えのくじ引きを開く時のような表情を浮かべる那智。

こいつはいつも表情豊かだ。

最初の印象なぞ正直、鉄面皮で仕事だけは出来る女なんて感じだった。

でも……違った。こいつは俺に色々な表情を見せてくれた。

そして気づけば、そんな那智を目で追うようになっていた。

今やもうはっきりと言える。これは恋だ。
俺はこいつが好きなのだ。




……今、この気持ちを言ってみたら

困った顔をするだろうか?

その逆だったならどんなに……



「さてな?どう思う、那智よ」

「ど、どうって…………し、知るものか!」

「ふふ、そうか知らんか。なら教えてやる」







「那智。俺はお前が好きだ。愛している。……これからは、恋人として俺の傍にいてくれないか? 」



はじめは驚いた顔。次に、照れて真っ赤に染まった顔。そして、グシャグシャな泣き顔。
那智は、その顔のまま一つ頷いた。


頭の中に鐘が鳴る。警鐘ではなく、チャペルの鐘。
誰がために鐘は鳴る?
俺と那智のために、鐘は鳴る。


那智の表情や所作の一つ一つが堪らなく愛おしくて、その身体を抱き寄せた。抱き締めた温度さえ愛しい。

目まぐるしく変わる那智の表情を見、抱き寄せてみて思ったことは。
尽きないものがもう一つ。

こいつの好きな所は星の数よりも多く、キリがないなんてことだった。

やっぱり書き溜めなしにやるのは無理があったか……
一応。曲は君の好きなとこ、平井堅の曲でした。




ほとんど歌詞に沿ってないけど(´・ω・`)

寝ます。寝て、明日余裕があったらまた書きます。

なんて思ったけど、またタイトル付け忘れたのでもう1個書き溜めから放出したいと思います。

うっかり属性持ちなので仕方ないよね!キラーン☆

いつだって雪風は幸福の船。

どこに行ったって、幸福の女神がつけたキスマークは消えてくれない。

それはきっと、今日の出撃でもそうだったのだろう。


MVPを取った。たまたまうまく回避でき、たまたま全弾命中し、たまたま急所に当たった。


どうもそう思われているらしい。
けれど、自分で否定はできなくて。

否定するために行動と結果で示したつもりが、それらがまた幸運としてのしかかる。

もちろん、悪意から言ったわけでもないということは重々承知している。
だからこそ余計に辛いのだが。


私の後ろをついてまわる幸運の女神様。
確かに間違っていないかもしれないけど。

「雪風はラッキーだけの船じゃないのになぁ 」

潮風が頬を撫でるように吹き抜ける。
海を見れば、その上に鈍く輝く月が見えた。


……違う。本当は、思いっきり否定したくてたまらない。


雪風だって、伊達に艦娘をやっている訳じゃない。
運だけでここまで来たわけじゃない!

それに、運が良くたってどうにもならないことはあるんだ。あたしはそれを良く知ってる。


例えば……司令の事とか、かな。


雪風はまだ子供だから……
いくら雪風が司令のことをどう思ってても、司令は相手をしてくれるはずないんだ。
こればかりは運なんて関係ない。


運でどうにかなるなら、どうにかしてよ。








死神のあたしに、本当に欲しいものを頂戴。


彼女は……幸運の女神様は、私以外には目もくれないのだ。

タイトル絶対忘れるマン俺


『チュアン・デ・シンフー』





ああ……いやだなぁ。どうしてこんなことばっかり頭に浮かぶんだろう。

月夜に海辺の散歩なんて、慣れないことするからかな?

「雪風、今日心許無シ……なーんて」
「雪風……か?」

「ひゃいっ?!し、しれぇ?!どうしてこんなところに?」

本当に、どうして?
それに……

「それに、大和さんも」


和傘を差す大和さんと司令。
大人な二人。

なんでわざわざ傘を差しているのかよくわからないけど……

もしかして……デート、だったりするのかな?


「あら?……ふふ、私はたまたまそこで提督とお会いしたの。提督はいつも夜に散歩しているみたいだけど」

本当だろうか?
あたしに遠慮していってるだけじゃないだろうか?

それとも……



ふと過る、死神という言葉。










違う!大和さんはそんな人じゃない、そんなことあたしが一番よくわかっているはずじゃないか。



ああ、本当嫌な被害妄想。
……雪風、グラグラです。

「どうにも夜の散歩はやめられなくてな。中々良いものだぞ?」

「ああいや、そんなことはよくて。雪風、どうしたんだ? 眠れないのか?」

司令が優しく私に語りかける。


「あの……はい、なんだか目がさえちゃって」

なんだかしっかり返事を出来ていた気がしない。雪風、演技とかって出来ないかも。

「そうか……。大和、すまないが私は雪風に少し付き合うから、先に自室へ戻っていてくれないか?」

へ?

「あら? そうですか……それではお先に失礼しますね、提督。あまり遅くなりすぎないように気をつけてくださいね?」

あれ?

「それでは……」



大和さんが何処かへ行った。いや、あっちは戦艦さん達の舎の方だ。帰ったの?

「えと……しれぇ、いいんですか?」

「うーん、だって雪風……まだしばらくここにいるつもりだったろう?」

その通りだ。なんでわかるんだろ? 雪風がわかりやすいからかな?

顔が火照る。

「お前を独りで寒い外に放っておくなんて、ちょっと私にはできないよ」

司令はなんだか楽しそうに笑った

「その……しれぇ、ごめんなさい」

「え? どうして謝るんだ? 何かあったのか?」

「だって……しれぇと大和さんの邪魔、しちゃって……」

それに、寒い外に好き好んで居たがる人だっていないだろう。
司令には申し訳なく思う。


「……やっぱり雪風は優しくていい子だな」

「別に私は大和と一緒に居るために散歩していた訳ではないんだ。気にすることじゃない」

司令は笑った。
……雪風、変なことは言ってないのに。

「しれぇ、ホントに、その」
「雪風はさ」

司令に強めの語調で遮られて、少しびっくりする。
普段じゃしないような行動だから、少し怖い。なんだろう?



「雪風は、今日の出撃もよく頑張ったよ」

「それはラッキーでも、まして奇跡でもなく。きっと、お前自身がコツコツ積み重ねてきた努力の結晶だと思う」

「だから、お前は今日それを誇りに思って眠れるんだ。自分の力で戦果を勝ち取ってやったんだー、とな」

「だからさ……そんなに卑屈になるな。自らを蔑むな。自らを除け者にしようとするな。お前がしょげていると、私は悲しい」

「なにせお前は私の愛す……うん、いや……ええと、大事な子だからな」



そう言いながら、司令は私の隣の砂浜に腰を降ろした。

……私のアイス?よくわからない。

遠くで葉擦れの音がする。

そういえば、司令が教えてくれたあれはなんだったっけ?

ああ、そうだ、シロツメグサ。
クローバーの別名。

あれの音だろうか?

心地よく耳に届く音を聞きながら、まるで自分が世界に認められたような気分になれた。

海を見ると、月明かりが反射し水面で揺らいでいる。
夜の海が作り出した暗い青のキャンバスに明るい黄色の絵の具を垂らしたみたい。

そのまま見上げると、真ん丸な月が目に映る。


「しれぇ、なんだかアイスクリームみたいです」

「そうだな。クサい言葉だが……今、私と雪風はそれを分け合って味わっているんだ。そう言えないか?」

「……はい、ゆきかぜもそう思います!」



「はは……さぁ、もう良い時間だ。早く寝ないと明日に響くかもしれない」

静かな浜辺で波の打ち寄せる音の隙間から覗いていたはずの、ずっと司令の懐から聞こえていたはずの。
そんな、懐中時計が時を刻む音に今になって気がついた。

「さぁ、雪風。戻ろう?」

「……はい」





あたしの……"雪風"の中にある記憶だろうか?

少し違うような気もするけど……

こんな時、どう言ったらいいのか。

あたしはそれを思い出した。

なんだか笑ってしまった。

笑顔のまま、提督に言った。













「しれぇ! うぉーあいにー、ですっ!」

晩年の雪風にはぴったりではないですかね?雪風改二もとい丹陽の実装はよ。
曲はウォーアイニー、BEAT CRUSADERSの曲でした。





雪風は闇を抱えて明るく振る舞う娘。そういう娘、そそるよね

今度こそ寝りゅ。
づほの話も書きたいな。

よっしいこう。
今日はかわいい加賀さんを書こう。

執務室に二人、黙々と作業を進める。

私と、提督、二人きり。なんだか落ち着かない。



「……あの」

「ん、どうしたの?加賀さん」

「……いえ、なんでもないわ」
「えぇっ!なんでもないんだっ?!」



……そんなに大仰に驚くことでもないと思うのだけれど。
いえ、確かに用もなく呼び掛けるのはおかしいかしら。

「……何かしら。この加賀に落ち度でも?」

「あはははっ!加賀さん不知火の真似ちょっと似てるかも!なんかほら、クールビューティだし!」

……ビューティ?………………いいけれど。

「……貴方は本当に楽しそうに笑うのね」

「そりゃそうだよ!加賀さんといると楽しいしさ!」



……本心で言っているのかしら。



私にはわからない。どうしてこの明るくて活発な提督が私と行動を共にして。あまつさえ秘書艦にしてくださるのか。


「……どうして提督は」
「ん?」
「どうして提督は私といてくださるのですか?」
「うぇっ?!な、なんでいきなりそんな?!」

無性に、確かめたい。

「私は口下手で、感情表現だって上手くないわ。もしかしたら、感情なんてそもそも無いかもしれないわね」

この人の、本当の思いを。

「けれど、貴方は私とは真逆。思っていることも上手く相手に伝えられるし、感情も豊か」

この人の、私への想いを。

「私といてもメリットなんてないし、一緒に居る道理がないわ。貴方は──」











「加賀さんっ!」

『約40℃の微熱』



執務室に二人、黙々と作業を進める。

私と、提督、二人きり。なんだか落ち着かない。



「……あの」

「ん、どうしたの?加賀さん」

「……いえ、なんでもないわ」
「えぇっ!なんでもないんだっ?!」



……そんなに大仰に驚くことでもないと思うのだけれど。
いえ、確かに用もなく呼び掛けるのはおかしいかしら。

「……何かしら。この加賀に落ち度でも?」

「あはははっ!加賀さん不知火の真似ちょっと似てるかも!なんかほら、クールビューティだし!」

……ビューティ?………………いいけれど。

「……貴方は本当に楽しそうに笑うのね」

「そりゃそうだよ!加賀さんといると楽しいしさ!」



……本心で言っているのかしら。



私にはわからない。どうしてこの明るくて活発な提督が私と行動を共にして。あまつさえ秘書艦にしてくださるのか。


「……どうして提督は」
「ん?」
「どうして提督は私といてくださるのですか?」
「うぇっ?!な、なんでいきなりそんな?!」

無性に、確かめたい。

「私は口下手で、感情表現だって上手くないわ。もしかしたら、感情なんてそもそも無いかもしれないわね」

この人の、本当の思いを。

「けれど、貴方は私とは真逆。思っていることも上手く相手に伝えられるし、感情も豊か」

この人の、私への想いを。

「私といてもメリットなんてないし、一緒に居る道理がないわ。貴方は──」











「加賀さんっ!」

「俺は加賀さんに感情が無いなんて思わない!」
「確かに加賀さんは感情を読み取りづらいし口下手だし過食気味だしちょっと怖いとこあるけど!」

……別に、正直な事でいいけれど。
密かに、今日はありったけご飯を食い荒らしてやろうと決意した。


「俺はメリットとかどうでもいいの!そんなの抜きで加賀さんと一緒に居たいの!」


「てゆーかその……加賀さんと居られることがメリットというか……」



……どうしたのかしら。

「……そう。わかったわ」
「けれど、それは別として……顔が赤いわよ?少し熱でもあるのではないかしら」

温度の確認のため、額を額にくっつける。




……やはり、熱い。

私の頬にまで熱が伝わるほどに。




「かっ、加賀さん?!なにしてんの!」


焦って跳びのく提督。額に残る熱が名残惜し気に引いてゆく。

「いえ……だから、熱があるのではと思って」

「あああ!違う、違うから!平気だから!」
「加賀さんが心配してくれたのは嬉しいけど、なんてことないって!ほら、この通り!」

手近にあるダンベルを掴んで上下する様を見せられても、それは熱が出ていない証明にはならないのでは?

なんて思ったけれど、なんだか可笑しくてそんなことを言う気にもならなかった。


「そう……いいけれど」

「……ふぅ」

慣れ親しんだ弓道場の壁掛け時計を見る。
丑三つ時。


……まだ、それぐらいなのね。
提督なら寝てしまっているでしょうけれど。



酷く長い夜に感じる。夏に差し掛かる時期とはいえ、さすがに少し寒い。
静まり返った夜、矢の風を切る音が響く中、落ち着いた心が再び騒ぎだす。

一人のはずの弓道場に、静寂を裂いて良く知る声が響く。


「加賀さん?」


「……赤城さん?起きているの?」
「ふふっ、今起きて加賀さんと喋っているのは一体誰でしょうね?……加賀さんこそ、眠れないの?」

「……ええ。どうしてかわからないけれど」

そう、わからない。何故眠くならないのかがわからないのだ。

カフェインの類ではなく、昼寝をしたわけでもない。そもそも私は秘書艦、いつも提督のそばにいて昼寝などするはずもない。

……寝顔なんて見られたら大変だもの。

「……そう。加賀さん、何かあった?」
「……何か、というと」

「そうね……例えば、提督と何かあったとか!」

提督。提督とは、別に何も……
ああ、そういえば。

「提督の言葉がやけに頭から離れない……ぐらいかしら」

「!ほ、本当?!なんて言われたの!?」
「そ、それは……」




───そんなの抜きで加賀さんと一緒にいたいの!




……ああ、もう。顔が熱い。なんなのかしら、一体。

「まさか、好きだーっ!……とか?」


提督が私に好きだ、と?
「そんな、ち、違います。ありえません、そんなこと」


今日は妙に顔が火照る。熱でもあるようだ。
こんな寒い中にずっと居ればおかしくない。

「……どうして眠れないかわかりましたよ、加賀さん」

にこやかな赤城さん。この顔をするときはたいてい禄な事を言わない気がするけれど……



「……教えて、赤城さん」
藁にも縋るような気持ちだった。

この、酷く長くて眠れない夜。
正直眠れないだけなら良いのだが、実は眠れないだけではない。

苦しいのだ。締めつけられるような。体の中を針で突つかれるような。

できることなら、早く解放されたいところだ。



「それはね、加賀さん」
「それは……恋なんですよ」
そう囁いて、一際ニッコリと笑った。

頭が真っ白になる。
赤城さんが何事か語りかけているようだけれど、よくは聞こえない。

そうか。これが、恋なのか。
なるほど、確かに。






「──なのよ。そう、だからこれはきっと──」
「一緒に居ると幸せな気分になって」

「…………え?」



「離れると会いたくなって」



「……でも、少しだけ胸が痛くて」



「私が聞いたことのある恋と、私のこの気持ちはよく似ているわ。……こんな気持ちが、恋なのね」



「……嘘、ホントにそうなの?」


……今のは聞かなかったことにしましょう。
赤城さんの言葉がなければ気づけなかったのも事実なのだから。


「ふぅ…………ありがとう、赤城さん」
「少しスッキリしました。先に失礼するわね」


「あ……はい、おやすみなさい」



真夜中。丑三つ時を少しまわる頃。
もうこんな時間ね、明日に響かないように寝てしまわないと。

いつしか、胸の痛みは少しだけ心地好いものへと変わっていた。

「……はぁ」

「あ、あはは……加賀さん、大丈夫?……ごめんね、ちょっと書類溜まってて看病来れなくて」

現在時刻、一九〇〇。もういい加減に夜。

昨日の……正確には今日の丑三つ時から17時間経っている。それも、ベッドに横になったまま、だ。

微熱混じりのため息というのか。

というよりも私自身が今微熱で、そんな中でのため息だ。
やはり、寒い弓道場にいて熱が出ていたのだ。

「39.4℃。かなり高熱だね?」

「……そんなことないわ。平熱よ」
「ちょっとそれは強がり過ぎじゃないかな?!」

相変わらず楽しそうで、感情豊かだ。

……私は私の気持ちに気づいたというのに、貴方はきっと私の気持ちに気づいていないのでしょうね。

焦れったくもあり、ためらいもある。
寂しくもあり、楽しくもある

……恋とは、変なものなのね。

「……冗談よ。けれど、心配いらないわ。本当に私、平熱は高いから」

「あー、そうだよね。確か船だった頃にそういう話があったもんね、加賀さん。」


どうでもいいけれど、加賀さんという呼び方が引っかかる。
前々から思ってはいたが、今や気になって仕方ない。

どうしてかしら。

「……38.2℃ぐらいが平熱なんです」

「そっか、大規模改装してもわりと熱かったのか」

そりゃ大変だよなぁ、なんて独りごちる提督は、私が船だった頃の艦歴を知っているという事になる。


……ああ、これだ。ふわふわするような感覚。酩酊状態のような。
けれど、決して微熱のせいでもお酒のせいでもないとはっきりわかる不思議な感覚。

嫌いじゃないけれど。

「……ところで今日の夕食は?肉じゃがかしら?」
「加賀さんホントに肉じゃが好きだね……」

なにもそんなに呆れた顔をすることないでしょう……

「今日は全体の夕飯も肉じゃがじゃないし、そもそも加賀さんは病人なの!せいぜいお粥、良くてうどんだよ!」

「……頭にきました」

「む……じゃあ、俺がとびきり旨いうどん作れば文句ないね?」

「……提督が?……いいけれど」


提督の、手作り?私のために?
……………………そう。


「それなりに期待はしているわ」

やや声が上擦る。
ああ、なんだかまた熱が上がった気がする。

「…………ご馳走様でした」
「お粗末さまでした。どう?旨かった?」

そんなに嬉しそうに笑って……
聞かなくてもわかっているくせに。

「……私は格別に美味しいものを食べている間は美味しいとは言わないの」

「……?…………ああ!そういうこと!そっか、良かったよ!」


心の底から嬉しさを前面に表した笑顔というのは、こんな笑顔なのだろう。

なんだか提督の顔を直視できなくて、少し困った。









「……少し寒いわね」

夕食も終え、再び横になっていると提督との会話もなくなった。
また、寒さを感じた。



「……加賀さん、俺毛布取取ってくるよ。ちょっと行ってくる──」

「待って」

普段弓を引く右手が、今は提督の袖を引く。

弓を引く手は放つために引く手だけれど、今は離さないために引く手だった。

だというのに。
離さないためだというのに、どう引けば良いものかわからずにつまむ程度の力になってしまった。

「……ここに、いて」



けれど、この気持ちだけは何より強い。
私を壊してしまいそうな程に、強い感情。



……提督と、もう少し一緒にいたい。

「……か、加賀さん」
「あ……ご、ごめんなさい。なんでもないわ」

我に返る。袖を掴む手が不安になり、つい離してしまう。

しかし、提督は嬉しそうな顔で私に告げた。

「……いや、わかったよ加賀さん」





「そうだよな。加賀さんだって病気の時は心細いよな。俺、加賀さんが安心するまで傍にいるから」


……そういうことじゃなくて。

どうしてだろう?
私にとってはこんなに強い感情なのに、私の思っていることの三分の一も提督には伝わらない。

私が提督を想っていることは、どうしてこんなに伝わらないのか。

どうしてこうも、から回るのか。



「…………加賀」
「へ?」
「私は加賀さん、なんて名前じゃありません。加賀、です」

……苛立ち混じりに不満をぶつけることぐらいなら許してくれるかしら。

なにせ、私は病気の時で心細いのだから。



「……ど、どうしたの加賀さ──」
「加賀です」

「……か、加賀」


「……上々ね」
「それ一航戦違いだからっ!」



おかしなもので、ただ名前を呼ばれただけで苛立ちは和らいだ。
悪くない気分だ。

そうこうして、二〇〇〇。
あれからしばらく、他愛もない話を続けていた。

「だから心理戦というのはどうしたらいいのかわからずに動けなくて、結局負けてしまうの」

あれから様々な話を経て、私の表情の話になり、ポーカーフェイスの話になり、トランプゲームの話になり。
そうして、今に至る。

会話の細部まで覚えている。
あの時提督はこんなことを言って、こんな表情をして。

交わした会話の一つ一つ、私の心に刻まれる。

「でもそこはさ、か……加賀次第じゃない?」

ここまでしばらく喋っていても、どうしても嫌なのか。
やはり、名前を呼ぶ時に躊躇する。

「……確かに、そうかもしれないわね」
「いっそもう、攻めに攻めるとか!」

攻める……。

攻めあぐねるくらいなら、攻める。
それもまた、大事なことだ。



「提督」
「ん?」

「その……いいかしら」
「えと、何を?」



私の目をじっと見つめる提督。

「………………あの」

私のことをどう思っているの?
私は貴方が好き。
貴方は、受け容れてくれる?

そう言えば、全て済むのに。
見つめられると、言葉は喉につっかかり、霧散し、その姿を見せることなく消えていく。



言葉が、宙ぶらりんで心許なげに舞う。

「……………………」
「?」


「………………あっ!ご、ごめん!デリカシーないよな俺!へっ、部屋出てるから終わったら呼んで!じゃっ、じゃあ!」



しばらく呆けていたが、デリカシーという言葉から、私がお手洗いを我慢していると思われた事にしばらくして気づいた。

……一応、行っておきましょう。またこの恥ずかしさを味わうのは、ちょっと……避けたい所ね。

それはそれとして。

やはり思うことは、離れれば離れるほど提督が愛しいと気づき、求めれば求めるほど切ないまでの距離を感じてしまう、なんてことだった。

夜も更けて、〇一〇〇。

「ヤバイ……ヤバイ……加賀さんヤバイ……」



眠りから覚め、鼓動が早いのは提督の寝言のせいか。

それとも、私の左手を握る提督の右手のせいか。







──提督。愛しています──
──……加賀さん、僕は───







はたまた、今まで見ていた夢のせいか。


握る手の温度がやけに気にかかる。
お互いの指の隙間をお互いの指で満たすように手は握られていた。

私の人差し指。提督の人差し指。
私の中指、提督の中指。

編まれた手に汗をかいていないか心配になった。


窓から射し込む月影にぼんやりと浮かび上がる私の影。


ああ、返事は聞けなかった。
夢から覚めたのはきっと、続きは現実で聞けということなのだろう。

……昨今のCMの『続きはウェブで!』並に鬱陶しい引き方ね。



視界の端には……というより、ほとんど顔の真横には、提督の頭がある。
顔は見えず、ただつむじだけがまどろみに誘うように呑気に渦巻いていた。

私が眠っても傍に居てくれたことを考えると、やはりこの人はいい人だと改めて実感する。


無性に愛しくて。今にでも想いを伝えたいけれど、生憎と提督は寝ていて。

でもきっと、起きていたら起きていたで私は言えないのだろう。


……どれだけ貴方を愛したら、私は想いを伝えられるようになるのかしらね。

夢の中では確かに伝えられた言葉も、現実に立ち返れば頑丈に蓋をしたように出てこない。


狂おしいほど、壊れそうなほど強いこの感情の全てを提督に伝えることは、今はできない。

だから、少しずつ、少しずつ。いきなり全部とは言わないから。

そうして、三分の一も伝えたら。



その時は、夢の時のようにまた貴方に伝えられるだろうか。


いや、きっとそうなるだろう。
そうするだろう。
そうせずにはいられないだろう。



だから、ひとまず今は……


「提督……愛しています」


独り言から、始めよう。

加賀さんは最高。これは真理だよね!
曲は1/3の純情な感情、SIAM SHADEの曲でした。





個人的にはyasuのカバーも好きだったり。

やばい、寝よ

睡魔「来ちゃった/////」

って感じだったので、ちょっと隙間を縫って一発投下をば。

いつもなら綺麗と思えるはずの透明なブルーの空も、今日ばかりは私を嘲っているんじゃないか、なんて。

ブルー、碧、青、蒼。

蒼の字を名に冠する私の心の空模様は、きっと今はこんなに綺麗じゃない。

どこまでも晴れ渡る空は強い陽射しを零し、気怠い熱さを生む。

船に揺られる私は、しばらく対岸の提督に手を振ることを忘れていた。

遠ざかり小さくなるその姿に、本当に離れ離れになるのだと実感する。


こらえていた涙が頬を伝い落ちた。

強い潮風が吹き付け、頬が冷たい。

振り払うように両手でいっぱいに手を振った。

何かを叫ぼうとしたのだけれど、ただ涙が零れるばかりで。


なんだか悔しくて、つい目元を拭ってしまう。

お気に入りの弓懸が涙を啜り、濃く暗い色に変わる。

ああ、提督に泣いてることバレちゃったかな?

せめて今くらいは……泣かないで別れようとしてたのに。














「蒼龍ーッ!」

それは、とてもとても大きな声。

すぐに彼だと分かる声。

遠く離れたはずなのに、提督をすぐ近くに感じた。


「俺は!遠くにいても!お前を愛してるぞぉぉぉぉぉ!」


また、涙が頬を伝い落ちた。
涙の温度は、暖かかった。

「提督……なにさ、そんな事大声で言って……バカみたい、だよ…… ?」

おもわず呟いたけれど、こんな回りくどいのは私にはやっぱり似合わないかも。

涙が止まらない。でも、さっきとは違う。
心が温かい。

もっとわかりやすい。

単純な心で悲しいけど。

単純な心で嬉しくて。

単純な心で……



「提督ーッ!私も、愛してるーッ!」



きっと、提督が私を思う何倍も、私は提督を愛してる。


空はカラリと晴れている。どこまでも広がる空の蒼は眩しくて真っ直ぐ見れないけれど、私の頭上に今もあるから。

そんな空が私たちを見守ってくれているのなら。

今なら、何があったって乗り越えられる。
そんな風に思えた。

「私たちにはやっぱり……単純な言葉が一番だね」

単純な言葉だからこそ、普通の言葉より何倍も提督を感じられたんだ。




あなたは……提督は、いつだって自分に正直で真っ直ぐな……感情で生きる私が好きだって言ってくれた。

それが胸に染みた事をいまでも覚えてる。




だから、もうバイバイは言わない。
自分の気持ちに素直に。

これでさよならにしたくないなら、そうさせない言葉があるから。

笑顔で、言うんだ。






「またねーッ!」


……だけど、新しい恋なんて想像しないでね。

九九艦爆(乳)が魅力的な蒼龍ちゃんのお話。
曲はSee You、superflyの曲でした。





蒼龍に限った話じゃないけど、しばふ絵は堪らんね。
あんな純朴な絵を描ける人だし、しばふさんも素朴で紳士な人なんだろうなぁ(白目)

早めに投下していこう。

「聞こえなかったのか?」


「……君は本日を以て、解体する」





私の目の前の男は、全てを終わらせるような恐怖をもたらした。


「どういう……ことよクソ提督」

こんなときでも気丈に振舞えと自らを奮い立たせているものの、それもバカバカしい程に私の声は震えていた。


「どうもこうもないよ。君はもううちの鎮守府にはついてこれないだろうと僕が判断した。ただそれだけさ」


なんで?どうして?


「馬鹿なこといわないでよ!私はもう練度評価最大なのよ!?ついていけないって……そんなはず、ないでしょ?」

涙が滲む。視界が揺らぐ。

目の前の提督の顔が、歪んでいく。



「君がなにを言おうとこれは決まったことだ。覆らないよ」

彼が私から顔を背けた。
もう、彼の背中しか見えない。



「お別れだ、曙」

なんで?

なんでなの?

いやだよ。
いや。
イヤ。




「いやッ!」




居ても立ってもいられず、気づけば私は執務室から逃げ出していた。






けれど気づけば、どうしてか。
工廠へと足を向けていた。


そこで待っていたのは、明石だった。

「……曙ちゃん」

その声音は、いつにも増して私を気遣うようなものだった。





「どうして」
「どうして私を解体するの」




掠れた声で絞り出す声は、明石に届いているか届いていないか。

ただ。

「……あの人は、曙ちゃんを嫌いになったわけじゃないの。曙ちゃん、わかってあげて?」

そう答えるだけ答えて、明石は私の手を引いて歩き始めた。

タイトル……
『知らないだれかさん』



それからの事は、よく覚えていない。
ただ、解体が終わった私の手を引く明石が何故か泣いていたこと。

それから、鎮守府を出る時に遠目に見かけたクソ提督……あの男が、俯いて何かをブツブツと呟いていたらしいこと。

それだけを妙にはっきり覚えている。




そして今、解体された私は曙としてでなく一般人として……一人の人間として、日々を過ごす。

元々人間だった頃から数えて今はまだ私は中学生くらいなのだそうで、中学校に通っている。

そして、そんな生活ももう一年経つ。

それでも、時々思い出す。
鎮守府での暮らしを。
仲間達と過ごした日々を。
提督に彩られていた、艦娘としての生活を。

その度に、いつもこう思い直す。

あれは私の人生じゃない。
ただの兵器として生きた私の奴隷生活。
そして……提督なんていない。





あんなのは、"知らない誰かさん" だ、と。

そんな生活の最中、ふと耳にした言葉が私に酷い衝撃を与えた。

それはもう、今の私と曙と、二つがぐちゃぐちゃに混ざってしまうような、根底から揺さぶるような言葉だった。



「──鎮守府、陥落したんだって?」
「あー、どうもそれ、深海側の大規模侵攻作戦らしくてさ。噂じゃ大本営もあそこを捨て駒にしたとかって……」



私の所属していた鎮守府だった。
あの、"知らないだれかさん"がいる小さめだけど活気があって……皆がいた、あの鎮守府だった。

それが、落ちた?

「あのっ!今の、どういうこと?!あなた達、何か知ってるの?!」



考えるより先に感情で体が動く。
曙だった頃からすっかり変わってしまった。
体も、心も、状況も。



なにもかもが取り返しのつかないほど、変わってしまった。

そんな事を思うのも頭の片隅。
今はもう、その話の真相を探し求めることしか頭に無かった。

結果から言って、話と真相とは、何も差異はなかった。
味気ないほどに同じ内容。
呆気ないほど簡単に落ちたんだそうだ。

そして、強いて挙げるとすれば、一つ情報が増えた。



そこで提督をしていた、私の"知らないだれかさん"が亡くなったらしい、という事だ。

勿論、一般人が調べられる範囲だったから実際は細部が異なるのかもしれないが、大したことではない。

頑として動かない事実があるから。

かつて私がいた鎮守府は深海棲艦に攻め落とされ、滅びたという事実。



そして、仲間達や……あの鎮守府で提督だった男は、もうこの世にいないという事実が。



「曙……ちゃん?」



突然懐かしい声がした。

声の方を見れば、その主は……
「大きく……なったね」
明石だった。


「今更……なによ?」
相手が明石だとわかった刹那、頭の中を怒りが駆け巡った。

「あの鎮守府から、今更私に何を言いに来たのよ」


「……ごめんね、曙ちゃん。鎮守府、守りきれなかった」



……またそれか。



「わかってる!鎮守府は落ちた!そんな事はわかってる、全部わかってるわよ!」







「私が知りたいのはそんな事じゃない……どうして私は……私は……」

「クソ提督に、捨てられたの?」



「……どうしてクソ提督は私を置いて行ったの?」

一度決壊してしまえばもう脆いもので、とめどなく感情が溢れた。思い出が溢れた。

あんなに何度も傷つけたはずなのに、私を真っ直ぐに見てくれた提督。

私の弱いところも嫌なところもぜんぶ包み込んで、受け容れてくれた提督。


なのにどうして?
どうして……


「……曙ちゃん。あの時も言ったけど……提督は、あなたを嫌いになったんじゃなくて。むしろ」


「むしろあの人は、あなたを愛していたからこそあなたを解体したの」


「あなたを……曙ちゃんを、沈めさせないために」



聞いていて、だいたい察しがついた。
ふざけてる。
こんなの、今時ドラマでもやらないようなバカみたいな話。


「クソ提督は……知ってたのね。あの鎮守府が、攻め込まれることを」


明石は、答えない。しかし、その沈黙が何よりの肯定だった。




「それで、私を、置いて行ったんだ……」




ふらふらと。どこへ向かうつもりか自分にもわからないけれど、とにかくどこかへ。

「……曙ちゃん!」

心の休まるどこかへ。安息の場所へ。



明石が追ってくることは、無かった。

たどり着いたのは──

「ああ……ここか」

あの鎮守府……私達の鎮守府だった。



荒廃しきっている様子を見ると、あの頃の活気は面影すら残していない。


当然、ただの瓦礫の山。
どこにも私の思い出は残っていない。

そう思い私は辺りを見回す。





そして、私はそこに見てしまった。
提督の影を。もうこの世にはいない、彼を。


わかっている、これは幻。私が、決着をつけるべき相手。


「曙……ひさしぶり、だね」


「何よ、アンタ。誰? 私は知らないわよ、どっかの誰かさん」

声は、震えた。いつかと同じ感覚。


そしてなにより。

ひたすら提督を突っぱねる、懐かしいこの感覚。



そうだ。

出会った頃の私と彼のやりとりに、よく似てるんだ。


ただ頑なになる私。そして……




「……ごめんね、曙。君に何も言わず。ひどく寂しい思いをさせたね」





それでも馬鹿みたいに優しいクソ提督。

相手は幻。
おそらくは、私が頭の中で勝手に作り上げた会話。

要するに、虚しい独り相撲だ。
なのに。


「アンタに、置いていかれた私の気持ちなんてわからないでしょ?」



「……ごめん。寂しかっただろうし、
辛かっただろうけど、それはきっと僕には計り知れない。本当に、ごめんね」



「……私は、クソ提督のこと……好きだったのに」







「……僕は、最初からずっと君が好きだったよ」
「そして、最期までずっと君が好きだった」










なのに、こんなにも甘美な言葉を掛けられたら、もう……

「うるさいわよ!あたしを置いていったアンタなんか……」
「アンタなんかは……!」

決別の言葉は、出てこなかった。
言えなかった。

「曙」
「きみは……」


「うるさい……アンタなんかもう、永遠に、見たくもないわよ……」

やっとの事でそう言えたけれど、かけらもそう思っていないのはなんでだろう。


相手はただの幻影で。
でも、そんなただの幻影相手でも好きな人にはぐしゃぐしゃな泣き顔なんて見られたくないから。

あの時、あのクソ提督にされたみたいに顔を背けて、背を向けて。




そのまま来た道を引き返した。
来た道なのかそうでないのかはわからないけれど、とにかく何処かへ。

ここじゃない何処かへと。




後ろからかかる言葉は、やはりなかった。

それからも、特になにも変わらない日常が続いている。

普段通りの生活から、一気に突き落とされることもない。
かと言って、特段心を揺らす事も無い。

でも、これでいいと思う。
誰も欠けない、轟沈なんてしない。


なにより、唐突に自分の全てが終わったりしないのだから。


寿命はいずれ来るけれど、憎む相手もないのだ。
戦いも、負の連鎖も何もない。
素晴らしいことだ。


そういえば、少し変わったこともある。

私にはもはや関係無いことではあるが、海の情勢が変わったのだという。

鎮守府を一つ落とした深海棲艦はその勢いを更に増して、その占領海域を着々と増やしているらしい。

それにより、更に飛行機の航空範囲や輸送船のルートが限られてきたらしい。

ゆくゆくは他国との連絡すらままならなくなり、じわじわと繋がりは絶たれていく。


手の出しようもなく、なにやら世界の危機であるそうだ。全くもってどうでもいい。


それから、以前は全くなかったが男子生徒に告白されるようになった。
直接言われたり、メール類で告げられたり。

自分に何か変化があったのかもしれないが、しかしどうでもいい。
全てを跳ね除け、断った。だって……










私はただ一人。
彼だけを待ち続けると決めたから。




戻らないことはわかってる。でも……

「想う分は自由でしょ?」

「私の、"知らないだれかさん"」

ねぇ、答えてよ、だれかさん。








辺りは一面、深海棲艦が跳梁跋扈する死の海。


その海辺に佇む少女はただ独りごちる。




風だけが少女に応じ、そのミヤコワスレの髪飾りを優しく揺らした。

以上、若き未亡人な曙ちゃん。
曲はエトセトラ、ONE OK ROCKの曲でした。






曙の髪飾り、ミヤコワスレだったって最近知ったけど史実と噛み合せるとマジで泣けるからより曙が好きになった。

恒例の救済タイム行きます。
今回は書き溜めもあるから安心。

「……聞こえなかったのか?」


「君はもう……用済みなんだよ!」





私の目の前の男は、私の全てを終わらせるような言葉を吐いた。

「なによそれ……どういうことよ、クソ提督!」


「……どうもこうもない!君はもう、うちの艦隊から去ってもらう!これは決定事項だ!」

提督が机を強く叩くと、端にあった書類の束が落ちて散らばった。



顔を歪めてそう言う彼は、とても痛そうで。
辛そうで。

「……ッ!」

一刻も早く彼の前から逃げ出したくて、気がつけば私は走り出していた。



……どうして?
どうして言われる私よりも、言ってるクソ提督の方が辛そうなのよ!



もとよりどこに行くつもりもなかったからか、しばらく走った先で足を止め、その場で崩れ落ちてしまった。

同時に、私の世界が崩れ落ちる感覚に襲われる。

必死に作った泥団子が壊れてしまうような。
築き上げた砂の城が波にさらわれてしまうような。



「曙さん……?あなた……」





顔を上げれば、声の主は大淀だった。

「ねぇ……私は……」
「私は、ここでクソ提督や皆と一緒に居られないなら生きる意味なんてないのよ……?」





「ここにいる誰もを、なんだかんだで大好きだったから」

「提督だって、ホントは愛してたから」





「いつもそう思ってるの……知ってた?大淀」


偽りのない本心。今は……今だからこそ、すんなりと言える。


どうせ……最後ぐらいは……





「……っ、曙さん!行きますよ!早く立って!」



肩を揺すられ、急かされる。
今更……何を?何処に行くの?

「……もうっ!」

無理やり立たされ、無理やり歩かされる。
強く握られた手に、だんだんと我に返る。

やるせなさや虚無感から、怒りや悲しみへと引きずり戻される。

「一体何なのよ大淀!今更何しようっての!?そもそも、どこに行くのよ!」

「提督の所です!」


流石にカチンと来た。
あんなことを言われた後で……あんなことを言わせた後で、どうして顔を見せられようか。


「何のつもり?もうクソ提督も私もお互いに顔を合わせたくなんて……」



「提督はっ!」



いつにない大淀の怒声。
さすがに怯んでしまうのも仕方ないだろう。


「今度の大規模作戦、深海側は総力を以てこちらに仕掛けてくるつもりです。そうなった場合、確実にこの鎮守府は落ちます」


「結論から言います……あの人は、あなたを沈めさせないためにあなたを追い出そうとしています」

合点がいった。だからあんなに……
「……バカね、クソ提督」


「ええ、馬鹿ですよあの人は。だから、直接会って言ってやりなさい」

そこでようやく、大淀は振り向いて笑った。



「『いらん心配をしないで私を信じろ!』ってね」

「なんなら、頬を引っぱたいてやってもいいから。だから……」











「提督!いらない心配するぐらいなら少しは曙ちゃんを信頼してあげればいいじゃないですか!」



……今度は明石の怒声。

立ち止まり、大淀と二人顔を見合わせる。

「ふふっ……明石に先、越されちゃいましたね?」




たった今わかった。大淀や、明石のおかげで。

私の世界が崩れ落ちても、踏ん張ればいいんだ。踏み留まればいいんだ。


大淀も、明石も。きっと他の皆だっていてくれる。


そんな、周りの人々に囲まれた私の世界は突然すべてが崩れ落ちるほど脆くはないはずだから。


「……大淀、ありがと」

いつの間にか握り返していた大淀の手を離す。


「私一人でいってくる」

「それで良いんですか?!提督の気持ちも曙ちゃんの気持ちも……どっちも踏みにじるようなことをしてでもそうするべきだと、本当に思ってるの?!」





執務室に入れば、身を乗り出す明石と頭を抱えたアイツの姿があった。


「……僕は、どんな手を取ってでもあの娘を沈めさせない。これだけは譲れないんだ」


床に散っている書類もそのままにある。

あれから明石が来るまで、片付けもせず途方に暮れていたのか。

……本当、バカだ。




「ごめん明石、ちょっとどいて」

「あ、曙ちゃん?!」
「……?!」



明石も提督も、こちらを驚いたように見る。その目に様々な思いを隠して。


「ごめん、どいて」


ただ無言で机から離れる明石は、なにか言いたげでありながらも言葉を呑み込んだ。




ただおし黙る提督に、私は黙って手を差し出す。




「……クソ提督、この手を取って。私を艦隊へ連れ戻しなさい」

「確かに私は死ぬ気はないわ」




その言葉に目を見開き、口を開こうとする提督。




言わせない、何も。

「けどね、あんたの為だったら何だって投げうってあげるわ」
「私の、この命さえ」


「あんたは私が散々言って拒んでも諦めなかった。弱い所もダメな所も受け容れてくれた」

「私を、見てくれた」





「だから……これからもあんたの傍に居させなさいよ!」
「私の生きる理由は……私の心臓が鳴り続けるのはきっと、あんたの為なの」




被せるように紡ぐ言葉は、提督の頬を引っぱたいてやれただろうか。

「曙」
「きみは……」





「僕は……僕、は」



近づく指先。交わる視線。



掌が合わさった瞬間が永遠のように引き伸ばされる。
様々な思いが私の中を駆け巡る。








ただ、握りしめた。
もう二度と失わぬように、と。

手を広げれば零れ落ちてしまいそうな手を、ただ握りしめた。

もう私は一度全てを失った。もう怖くない。
だから、日々の惰性を捨ててあなたを…………







「……ねぇクソ提督。結末なんて誰にもわからないわ」



「だから抗うの」



「そしてそれまでの道のりも、避けられなかった痛みも全部見つめて」



提督の手を引き寄せ、唇を重ねる。
舌で味わったでもないはずなのに、甘い甘いキスだった。



「そうしてこれからも生きていくのよ、私達」













一つの鎮守府がその存亡を賭けた戦いに勝利し、死の海など存在しない物語。

少女が過去に囚われ続けることのない物語。

その始まりは、ここにある。

タイトルは一応あったはずなんだけどなぁ……
曲はThe Beginning、ONE OK ROCKの曲でした。





ぼのはツンデレというか……なんともいえない素晴らしさだよね

てかパイパイは流石に草

明日が早いから今日はもう寝るけど、明日からはずっと書きたかった四人分を書ける……楽しみです。

おやすみ。

吉幾三

『迷路の出口』



マイク、音量大丈夫?
チェック、ワン・ツー……

あ、これ音量が一定なタイプの放送だった。
まぁいいや。




《 「甲板は至ってフラットだ、まな板にできるくらいだな」 》~♪









「だ…………板……………………!」




はやっ!?さすが体に抵抗がないだけあるな。関係ないか。




《 「胴体は長いが、胸はあまり無いよな」 》~♪








「いい加………ないと爆殺………よぉ?!」

足音が近づくのがよくわかる。




まぁ、あと一押しってところか?


《「せっかく用意したフードも……「黙れぇ!!!」 グェッ!」 》


ひたすら不愉快な金属音が鳴る。マイクのハウリングだ。

ずっと傍に待機していた霧島が、すかさずマイクの電源を切る。

いやー、実に仕事のできるヤツだ。流石に鎮守府内全域放送でハウリングが流れ続けるとかちょっとな。

問題は……そうな、たった今俺の腰をへし折るかというような勢いでドロップキックをかましたこのツインテールの空母が……



「提督さん……覚悟はいい? 瑞鶴は怒ってるよ……?」




俺を殺さんばかりに睨みつけて矢を番えていることかな。

「瑞鶴……お前来るのがちと早すぎね? 」


「はぁ?! 知らないわよ! たまたま大淀に用があって執務室近辺に来てたら聞こえてきたの!」


「空気読めよー……これしっかりフルバージョンで替え歌考えたんだぞー?」


「そんな馬鹿なことしてる暇あったら仕事しなさい!」


「はぁ~?!お前な、俺が夜遅くまで必死に執務頑張ってたときも『ねむ~い』とか『眠くないの?』とか言ってまともに仕事してなかった癖に!」


「なっ……!し、仕事くらいちゃんとしてたわよ!」


「いーや嘘だね、だってお前ちょっと寝かけてたじゃんか!『ま、まだ起きてますよぉ~ はぁと・』とか言ってさ!」


「はぁ?!流石にそんな語尾にハート付くような言い方してないし、瑞鶴そんなぶりっ子じゃないし!」


「へっ、自分のことを名前で呼ぶやつは大体がぶりっ子なんだよ!」


「何その偏見!瑞鶴だって……じゃない、私だって自分のこといっつも名前で呼ぶ訳じゃないし!私ってたまに言うし!」


「提督さんこそかっこつけじゃない?いきなり鎮守府内全域放送で自分で歌って流すとかありえないよ!?」


「な、なんでカッコつけになるんだよ!違うわアホタレ!大体……」


















「宜しいでしょうか、お二方」

「あ……その、すまん、もうOKだ。すまなかったな」
「あの……なんだかごめん、ね? 」


やばい……霧島のこと忘れてた。キレてる。
マイクチェックの時間になっちゃう。

「……いえ、霧島は大丈夫です! 」

せ、セーフ……いや、ネタ的にそれは霧島のではなく榛名のものだからアウトだが……

そんな余計なことを言った日には俺の首が吹き飛ぶだろう。
比喩ではなく。



「お、おう。何はともあれお疲れ様。ありがとうな霧島」

「では、私はちょっとトレーニングルームでストレス発散……もといマイクチェックをしてきますので、これで失礼しますね」


……これは今日中に新しいサンドバッグを発注しておいた方が良さそうだ。
もうやめて霧島!とっくにサンドバッグのライフは0よ!








「……行ったか? 」「行ったわね」







「ふぃ~……ったく、お前のせいで酷い目にあったわ」

「提督さん……爆撃、したげよっか?」

「嘘ですマジごめんなさい」

「よろしい!」



霧島の激怒は本当に怖かった。

まあしかし、そこはそれ。俺には大きな企みがあった。





「でもさ、瑞鶴。あの曲の元の歌知ってるだろ?」

「へ?」

そう。あの曲実は……

付き合いの長い親友への恋を謳った歌である。

俺の企みはこうだ。
まずはまぁ、鎮守府内全域放送で替え歌を歌って、瑞鶴をピンポイントで呼び出す。


この辺は普段の俺の行動の賜物で、上手いこと瑞鶴だけが来るようになっている。

ほら……どこぞのRJとかタイホーとかに来られても、ちょっちうち困っちゃうからな?

それはもう、タウイタウイの人に逆に心配されるレベル。



でもって、ここで上手いこと元にした曲の話をする。今が丁度この段階だ。

最後に、この曲の話になぞらえてムードを作り、俺もコイツに……瑞鶴に告白する、と。


いやぁ、実に完璧な流れ。非の打ち所もない……
「全っ然知らないけど?」








「は? 」





「へ?……あはは、提督さん変な顔しないでよ~」



前言撤回、なんだこりゃ。
カッコもつかないじゃないか。

「……ねぇ提督さん見てあれ!」

瑞鶴が嬉しそうに、咲き乱れる向日葵の群れを指差す。

暑く照る今日の太陽に負けじと輝いて見える笑顔……なんて気色悪いことは思わない。


でも、ただただ可愛いし、綺麗だと思う。


思い起こせば、初期艦のすぐ後に来たのがなぜかコイツだった。

もともと士官学校で中の良かった奴に教えて貰った資材の分量を目安にして建造をした所、五航戦のツインテの方が現れた。初期艦の電はマジでビビっていた。

曰く、『ターキーは嫌いなのです! 』だと。

何にしても、その頃からずっと色んな海域に瑞鶴を連れ回していた。

当然のように、最初の練度評価マックスも瑞鶴だ。
電には遠征に回ってもらっちゃったからね。



しかし、そうなる頃にはもう俺は瑞鶴のことを好きになっていたかもしれない。


……明確に意識し始めたのはいつからだったろうか?

しかしまぁ、意識し始めたが最期。
もうどれ程親友としてのキャスティングを演じていることやら。

……本音をいえば、辛い。距離感は良いんだけどな。

Tシャツが汗ばみ、鬱陶しい。
心持ち、俺までジメッとしてしまうようだ。

いや、こんな事を考え込む俺の方がジメッとしてるのか。
むしろ俺がジメッとしてるからTシャツが湿ったんじゃないだろうか。

……当たり前か、汗かいてるし。

「はいはい。いいから行くぞ? いくらこれから行くのがアイツの所だからって、あまり遅れ過ぎちゃ流石に失礼だ」

ちなみに、今はこれからその資材の分量を教えてくれた奴の鎮守府に行くことになっている。


幸いにも近くにあり、電車と徒歩で行ける範囲。
アイツのところに遊びに……会合をしに行く時は、いつもこうして途中からは徒歩なのだ。

「ちぇ~、何さ。ちょっとくらいいいじゃん!」


「あ……そうだ!提督さん、丁度今日カメラ持ってきてるよね!」
「撮ってよ、これ」

俺の首元にさがったカメラに視線をやる。

確かに綺麗な花畑。
瑞鶴の無垢な笑顔。
異常に強い陽射し。

この三つのせいで、俺はすんなりその気になっていた。


……ちなみに二番目の比重が九割九分八厘。残りの二厘は瑞鶴のツインテールの両方に一厘ずつ。

清々しいまでに瑞鶴にD敗北である。



「……まあいいけどよ。撮るぞー」

言うが早いが、ファインダーも覗かずにとっとと撮ってやった。

瑞鶴を。

「ちょっ、提督さん?!撮るのは向日葵!瑞鶴は撮らないでよー!」

「ふはははは、俺に写真を撮らせようってのがそもそもの間違いなんだよォ!」

「もう……!このクソ提督!」

曙の真似か……似てねぇし、人の真似したコイツを見ても可愛いとはあんまり思わんな。



「んー、三点」

「何がよっ!」

「こうなれば……てい! 」

瑞鶴が突然俺の背中にピッタリと背中をくっつけた。

心臓が過労死するレベルで早鐘を打つ。某名人の十六連射かよマジで。


真剣な話、口の中が乾く。カメラを握る手も汗でベトベトだ。

……背中、シャツ湿ってるのに。気づいていないだろうか?こんな時は自分の汗かきな背中を恨めしく思う。

「は、はぁっ?」

やっとの事で上げた異議の声は裏返った。

「こうしてれば瑞鶴を撮れないでしょ? 」

ふふん、と得意気な様子であることを背中合わせでも窺える。

「……わかったよ、撮ればいいんだろ、撮れば 」


正直、ここで今すぐ振り返り、カメラなんて手放して抱き締めたい気分だった。

でも、俺にはできない。


友情という名の……一種の呪いのような、病気のようなもの。
あるいは……出口のない永久迷路か。

それに阻まれてしまうから。


いや……出口は二つもある。それも目の前にだ。
二者択一の答えを間違えるのが怖いからと選択をしないだけで、本当はごく簡単な迷路なのだ。


……ただ間違いなく言えるのは、俺は臆病者で卑怯者で不器用なボンクラだ。

自分で言うのもなんだが、俺だったらこんなヤツ選ばんね。男の癖してメソメソしやがって……

「あっ!提督さん、ちゃんとファインダー覗いてしっかり撮ってよ!」

思い出したように、瑞鶴はそう言った。
その拍子に、背中に感じていた瑞鶴の身体も離れてしまった。

背に残る感覚が名残り惜しいような、やっと離れられて安心出来るような、妙な心地だった。

瑞鶴には応じず、黙ってファインダーを覗いた。

広がるのは、一面の向日葵。

綺麗だ。壮観と言ってもいい。

何枚か写真を撮る。案外、綺麗に写る角度を考え始めると止まらなくなる。


そうなると当然、瑞鶴も暇を持て余すわけで。

「……てーとくー?なんか……瑞鶴ちょっと退屈なんだけど!ふてくされるぞー?!」

「何それメッチャ理不尽。俺頼まれたから撮ってんのに……あーはいはい、ちょっと待っとけ、もう少しだから」

「むぅ」


「なら……こうだっ!」



ファインダー越しに見ていた景色が、ほとんど瑞鶴の顔で埋め尽くされた。

酷く近い。手を伸ばせば届きそうなほどの距離だった。



「なぁ瑞鶴。なにやってんの?」

「ふふん、妨害?」

「……そんなことしたって俺はやめんぞ」

「あっ!ちょ、ちょっと待ってよ!もういいから!その手をはーなーせ~!」

瑞鶴が俺のカメラを俺の手ごと引っ張る。
……正直、片手でも対応できる位には力の差があった。

艦娘といえど艤装を外せば所詮はただの女の子だ。



しかし、女だからと甘くみたが運の尽き。

何を思ったか、瑞鶴はいきなりカメラを奪おうとする手を持ち替えた。そして……

「でぇぇぇりゃぁぁぁ!」

思いっきり、グイッと。
緩急を上手く付けられてしまい、それはまあ当然体勢を崩す俺。

そして、勢いを付けすぎたせいかこちらも体勢を崩す瑞鶴。

「へっ?」

瑞鶴の間抜けな声は置き去りにして、咄嗟に体が動いた。

……ヤバイ、こいつ背中打っちまう

咄嗟にカメラから右手を離す。
そのまま右手を瑞鶴の背中にまわし、左手は地面に向けて突っ張り棒のように伸ばした。

回した右手で瑞鶴を抱き寄せてしまったのは下心からではないはずだ、多分。










結果から言えば、瑞鶴は地面に強く背を打つこともなく、無事だった。ただ……

「あのぉ……ず、瑞鶴、反省してますよ……?」

吐息が鼻をくすぐる。なんというか、顔が近いのだ。

状況としては、地面で壁ドンをしてる感じか。




背中に回された手は、瑞鶴の体温を強く感じていた。

瑞鶴の顔がよく見える。頬に少し朱が差し、目を伏せている。視線は、合わせてくれない。



視線を少し下に落とす。



呼吸と共に上下する胸は、決して無い訳じゃない。
大きすぎず、小さすぎず、なのだろう。周りの空母連中がおよそ異常なだけだ。
奥ゆかしいというか……何にせよ、俺は凄く良いと思う。

頭の奥でぷつりと音がする。



あ、やばい。

時折、感情に抑えが利かずに計画性も前後も何もかも忘れて相手に告白するシーンをドラマやら何やらで見かける。

俺からすれば、そんな馬鹿な事があるものか、なんて感じだった。
物事には順序や道理ってものがある。それを破っては、結局そいつは上手く行くはずがないとさえ思っていた。

だけど、気づいた。
順序や道理なんて気にして相手を好きになるヤツはバカで、損してる。


「なぁ、瑞鶴……」

「え?て、提督さん……?どうしたの、そんな真顔で。……瑞鶴の顔になんかついてる?」



「俺、お前のこと好きだった。ずっと」



「えっ?!そ、それって……」
「嫌だったら、殴ってくれても良いから……」

正直、殴る上に矢の一発二発、トドメに絶交……ぐらいはあるかもと思っている。
こいつがもし、俺をただの親友として信頼していたならば、その信頼を裏切り傷付けることにもなるだろう。




それでも、こいつに触れたくて。
ダメなのに、抑えが利かなくて。

気づけば、瑞鶴の唇に向けて顔を落としていた。

「え、ちょっと、あっ!近い、近いですよ、顔が……あっ、あぁっ……」

言いつつも顔を背けない瑞鶴に、心中で一つ謝る。


そしてそのまま、唇を重ねた。








「あぁぁ……」







男勝りなこいつが、随分と可愛らしい声を出すもんだな、なんて呑気にも思った。

茹だってしまった瑞鶴が復帰して再び歩き出すまで、そこそこの時間を要した。

ただ、元の調子に戻ってから瑞鶴に一発くらった。ゲンコツを。

「軽めで勘弁しておいてあげたんだし、ありがたく思って欲しいぐらいなんだけど!」
とは瑞鶴の弁だが、絶対嘘だ。めっちゃズキズキするし。


「はーいはい、許してつかぁさい。お前だってそこまで嫌がっては無かったじゃないかよ」


「うるさいっ!うるさいわよっ!」


髪の間から除く耳が赤い所を見るに、わりと恥ずかしがっているらしい。

けっ、乙女みたいな反応しやがって。可愛いじゃないかよ。


「またまたぁ、そう言いつつわりと幸せだろ?」


そう言って、瑞鶴の顔を覗き込んだ。




しかし、瑞鶴は冴えない表情を浮かべた。




「あぁ、いや、ごめん。調子乗った……かも」

「違う!違うよ?提督さんのせいじゃないの。ただ……」


瑞鶴は何か言いかけて口を噤んだ。

良かった、鬱陶しく思われていた訳ではないらしい。





「……ただ、なんだよ?」


「……ただね、今がこんなに幸せだから心配になっちゃって。皺寄せが来るんじゃないかって」


「それに私がこんなに幸せでも、その……し、翔鶴ねぇみたいに不幸な人もいるじゃん」


「それに、提督さんって実は結構人気だから……提督さんを私が取っちゃったら……私が幸せになったら、皆が不幸せになる」



「だから……」



「なぁ瑞鶴。幸せってさ、増えたって減るもんじゃねぇよ」

「……なんでよ?根拠は?」

「あるよ。俺が敬愛するアーティストが言ってるんだ、間違いない」




「それに、お前が幸せになると他の子が不幸せになるっていうけどさ……多分、はっきりとは言えないけどそれ以上にお前の幸せを自分の幸せだと感じてくれる娘達だから、平気だよ」



「……そう思わねぇ?」









瑞鶴はポカンと、それこそ呆けた顔をしていたが結局笑ってくれた。

「ホント、何あれ!色々と適当じゃん!」

少し前を歩く瑞鶴は、こちらを振り向きながらそう言って笑う。
というか、殆ど進行方向に向かってバックしているようなものだ。


「どこがだよ。超完璧だったろ?」


始終笑顔で喋るこいつを見て、ひとまずは笑顔にできて良かったと心から思う。

「ふふっ……ホント、提督さんってわけわかんないよ?」

なんだか嬉しそうに言う瑞鶴を見ていて、笑みが零れた。


「わけわかんないといえばお前さ、俺が放送で歌った曲覚えてる?」


なんだか、幸福感が溢れてくる。


「あー、あれ?結局なんだったの?」


それこそ根拠なんてないけど、こいつとならいつまでも笑顔でいられる気がした。


「おー、お前スルーしてたけどさ、あれな……」


こいつとならどんな一瞬だって幸せでいられる。

これもやっぱり……根拠なんてないけど、そんな風に思えた。

まだまだこっから。

忘れてた。
曲はアイスクリームシンドローム、スキマスイッチの曲でした。






正直、甲板はいたってフラットだ ってやりたかったってのが九割の話。

満を持して、俺の嫁艦登場。

うし、書いてこう

隣で俺と一緒に信号を待つ青葉は憂いを含む目で微笑む。



買い物袋一つを間に挟む俺と青葉との距離感には、どうしてか踏み込めない見えないラインが引かれている。



踏み込めそうで踏み込めない、微妙な距離感。

双方が真顔のにらめっこのようなわけのわからない焦れったさを感じる。



二人で一つの袋を持っていてもどこか離れているらしい。

「なぁ青葉、結局今日の夕飯は何なの?」


少しでもそれを埋めたくて、青葉に話しかける。


「えー、気になるんですかぁ?でもダメですよ!内緒です!」


そう言って人差し指を唇に当て、イタズラっぽく笑う青葉。





夕暮れ時、全てを茜色に照らすような夕焼けの中。
顔が赤くなったことを青葉に上手く隠してくれているだろうか、なんて。



下り坂、俺のすぐ右を自転車が通り過ぎる。
車輪の回る小気味よい音をたてながら遠ざかっていく。


「むー……司令官?」

やや不機嫌そうな青葉に、いかにも不満ありげに呼ばれた。

「ん、どうした?」
「司令官、どうして黙っちゃうんですか!」








「……いや、青葉はかわいいなって」
「へぁっ?!かっ、かわっ?!」


……不機嫌な理由があまりにかわいらしいものだから、ついやり返してしまった。

まぁ、青葉は意識して言った訳じゃないんだろうけど。罪作りな娘だよ、つくづく。





夕焼けの空を見れば、垂れ下がる電線が夕陽にかかり、なんだか五線譜に大きな音符でも乗っかっているように見えた。

『過去からの贈り物』



隣で俺と一緒に信号を待つ青葉は憂いを含む目で微笑む。



買い物袋一つを間に挟む俺と青葉との距離感には、どうしてか踏み込めない見えないラインが引かれている。



踏み込めそうで踏み込めない、微妙な距離感。

双方が真顔のにらめっこのようなわけのわからない焦れったさを感じる。



二人で一つの袋を持っていてもどこか離れているらしい。

「なぁ青葉、結局今日の夕飯は何なの?」


少しでもそれを埋めたくて、青葉に話しかける。


「えー、気になるんですかぁ?でもダメですよ!内緒です!」


そう言って人差し指を唇に当て、イタズラっぽく笑う青葉。





夕暮れ時、全てを茜色に照らすような夕焼けの中。
顔が赤くなったことを青葉に上手く隠してくれているだろうか、なんて。



下り坂、俺のすぐ右を自転車が通り過ぎる。
車輪の回る小気味よい音をたてながら遠ざかっていく。


「むー……司令官?」

やや不機嫌そうな青葉に、いかにも不満ありげに呼ばれた。

「ん、どうした?」
「司令官、どうして黙っちゃうんですか!」








「……いや、青葉はかわいいなって」
「へぁっ?!かっ、かわっ?!」


……不機嫌な理由があまりにかわいらしいものだから、ついやり返してしまった。

まぁ、青葉は意識して言った訳じゃないんだろうけど。罪作りな娘だよ、つくづく。





夕焼けの空を見れば、垂れ下がる電線が夕陽にかかり、なんだか五線譜に大きな音符でも乗っかっているように見えた。

「青葉、カメラ持ってるよな?写真、撮ってもいいか?」

「あ、えと、はい、いいですよ!」
「えぇっと…………あった、どうぞ!」

青葉のお気に入りのフィルムカメラ。
なんでも、デジカメではダメなのだそうだ。





「ありがとう。じゃ、撮るよ?ハイ、チーズ」
「ちょちょ、ちょっと待ってください!おかしい、おかしいです!」



あ、驚いた顔が撮れた。……うん、かわいい。

「なんで青葉を撮ってるんですかぁ!夕陽を撮るんじゃないんですか!?」

「いや……なんとなく青葉を撮りたいなって思ってさ。嫌だったか?」









「い、嫌じゃ、ないですけど……」









「じゃ撮るよー、はいチー」
「待ってください待ってください、準備くらいさせてくださぁいぃ!」



……お前は一体どこの阿武隈だよ。


「………………」
何を直さずとも可愛いのにと思いつつ、慣れない手付きで髪を整える青葉も魅力的だ、なんて考えてしまった。




「………………うん、OKですよ!千枚でも二千枚でも、なんなら百万枚でもドンと来いです!」




「じゃあ百万枚コースで」
「あああごめんなさい、撮らないでください!嘘です嘘、フィルム足りないですから!ヤメッ……ヤメロォーーー!」

それからは何事も無く鎮守府に着いた。青葉はお夕飯を作るからと厨房へ向かった。


執務室には、俺以外誰もいない。


そしてついでに言うなら。
青葉が日記を忘れていったようだ。
デスクの上に、放りっぱなし。


これを今読まずしていつ読むか。





……ほら、これは青葉ともっと仲良くなるためだから。ノットギルティ。





─月─日 火曜日 晴れ
青葉、今日は演習でちょっと活躍しました。衣笠が褒めてくれて、艦隊の皆も褒めてくれて。
あと、提督も褒めてくれました!

(俺はついでなのかよ……)

今日はそんな感じで良い日だったから、奮発して間宮さんに行きました!……でも、青葉ちょっとカロリーが心配です。体重計は怖くて乗れていないし……大丈夫だよね?


……意外と普通の日記だな?もっとこう、やばい情報とか乗ってないかと思ったのに。

重ねるが、これは好奇心などではない。あくまで青葉の暴走を止めるために読んでいるのだ。そう、そうだ。



─月─日 水曜日 雨
今日の出撃で、なんと!愛宕さんのシャツが雨でびしょびしょ!透けてしまいました!
青葉、驚きました。あの愛宕さんのブラの色がまさか







……さぁ執務に戻ろうじゃないか。俺は何も見ていない。

これ以上はやばそう。なんか見ちゃいけないものたくさん見ちゃいそう。青葉こわい。

ふと、背表紙の一部が不自然に厚くなっていることに気がついた。

開けば、透明なポケットに紙が何枚も入っている。
どれもぐしゃぐしゃで、一度湿ってから乾燥したであろう跡が残っていた。


胸騒ぎを抑え、紙を取り出した。
そこには。













ごめんなさい吹雪ちゃん古鷹ごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさいわたしがまちがえたからごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい










冷たく重い記憶と懺悔の爪痕があった。



それは他にもいくつもあった。
同じような内容のもの。加古へのもの。


そして、自分が今幸せであることを責めるもの。
新しいものであろう上の方の紙には、これがいくつもあった。



青葉が時折見せる陰の正体はこれであったらしい。

頬や顎に冷たいものが伝うのを感じて初めて、自分は泣いているらしいことに気がついた。

これは酷く胸にクる。




それに、だ。



俺は青葉の抱える闇の正体に気づかず、対処してやれなかったということになる。

それは上官として無能であることの証左であり。


同時に、俺が男として最低であるという事実を俺に叩きつける鈍器であった。









けれど、寧ろそのおかげで気持ちが固まった。

絶対に、青葉の闇を晴らしてみせる。

「司令官!青葉、お夕飯できました!」
「……ってあれ?司令官、なんだか目が真っ赤っかですよ?」



「あー、おかえり青葉。いやなに、最近は目が疲れやすくてさ。きっとただの充血だよ」



あれから暫くして、青葉は嬉しそうに鍋を持って戻ってきた。日記は、それとはバレないように完璧に元のままに戻しておいた。

「そうなんですか?じゃあ、青葉が作った特製カレーでも召し上がってください!目にイイですよー!」


「そうだな、ありがとう。美味しく頂くよ」

「えっ、えぇ?!いや、あのごめんなさい、特別目に良いっていう訳じゃないんです!」

「でも、青葉が丹精込めて作ってくれたんだろ?体調も良くなるし、疲れも吹き飛ぶさ」

「うぅ……て、提督どうしちゃったんですか?なんか変ですよぅ……」


実のところ、今にも抱きしめて言葉をかけてやりたいのだが、流石に考えなしにも程があるだろうと耐えている。

それに……


「青葉……すごい旨いよ、これ」
「ありがとう」


「ど、どういたしまして……」


照れて俯き、顔を赤くしている目の前のこの娘をその辛い過去から解き放つにはどうしたらよいか思いついた。

だから決行まで我慢することにしたのだ。





せめて今は、ただ甘やかしてやろう。

それから数日。ただ準備をし続けた。
とても嬉しいことに、それはすんなりと進んだ。

間違いない。青葉は愛されている。
青葉がその事実を理解しないままいることこそが最もいけないことだ。





青葉の設けたライン。踏み込ませない領域ごと、青葉の抱える辛さをぶち壊すことにした。



そして今日。
決行の日は来たれり。




「……では、本日は特別な編成で演習に向かってもらう。まずは旗艦、青葉!」
「はい!どんなことでも、青葉にお任せ!」



「そして、古鷹、加古、吹雪。以上三名!」
「はい!」
「ほーい」
「はい!」


「以上の編成で演習を行う。出撃はヒトマルマルマルだ、各員準備をしておけ。では、解散とする」



「………………」

今の俺ならわかる。
青葉は何でもないような表情で微笑んでいるが、それでいて動揺している。

軽く、だか確かに握られた拳がそれを雄弁に物語っている。
内心穏やかでないだろう。


青葉は聡い子だ。
罪悪感を多大に抱いていながらにしてそれをおくびにも出さず、隠し通してきた。

けれど同時に、聡いからこそバカな事をする。
様々なものを溜め込み、考えすぎて最終的に自分を傷つける。これほどバカな事はないだろう。


……だったら、青葉に辛い思いをさせてでもそれを乗り越えさせてやらなければいけない。

上官として、男として。















───さぁ、青葉。清算の時間だ。

「……青葉、出撃します」

「了解。青葉、指示は覚えているな?」

「はい、ちゃんと覚えてますよ」

「ではくれぐれも作戦通りに。健闘を祈る」



……流石に堪えているようだ。テンションが明らかに低く、声も硬い。

正直、こっちが見ていて辛い。
とはいえ、これからが本番だ。

ここから先はもう古鷹、加古、吹雪に任せるしかない。


けどあの娘達ならきっと大丈夫だと思っている。なにせ、皆優しい娘だから。


……さぁ、気を強く持たないと。俺の方が狂ってしまいそうだ。












「……えっと、それじゃあ古鷹は私と一緒に来て。吹雪ちゃんはその左を、加古は後ろをそれぞれついてきて。」

「それで、そのまま敵艦隊に接近。先手を打って砲撃、ですよね?」
「あ……うん、お願いね吹雪ちゃん!」


「あーもー、なんであたしゃ後ろなのさー」
「まぁまぁ、今回は我慢して、ね?」

「頑張ろうね、青葉!」
「……うん!MVPは譲らないよぉ?」



「それじゃあ、各自行動開始!」

ここから先、独自解釈から来る「重巡洋艦青葉」の一人称変更が有ります。

ご注意ください。

なんて最悪な偶然。

どうしてこのメンバー、この布陣なんだろう。
明らかにおかしい。敵が分隊して攻めてくる状況を完全に度外視しているし、そもそも加古を後方に待機させる理由がよくわからない。


……でも、きっと司令官にも何か考えがあってのことなんだろう、たまたまに決まってる。タチの悪い偶然だなぁホント。青葉、嫌になっちゃいます!



そうして心中を取り繕っても、何の意味もなかった。

気分は最低だ。






これは演習。これは演習。

これは、演習。だから心配はいらない。
どんなに酷く負けたって、轟沈はしないんだから。

いや、そうじゃない。最小限の被害で勝つ。
そうならなくても、せめてあの3人だけはなるべく被弾させないようにしないと。

私のせいで痛い思いをさせるのはもう、耐えられない。



最低最悪な過去の記憶。

覆す……とまでは行かずとも、せめてもの償いをすることが今の青葉にできること。


私なんか轟沈しようと構わない。
やるしかない。



「青葉さん!前方に敵影ありです!」


「了解!……うん、敵はまだこちらに気づいてないよ!」
「吹雪ちゃん、そのままそこで待機。合図が出たら砲撃を開始して」
「了解です!」

よし、ひとまず加古に指示。

「加古、前方に敵影あり。そこで待機してて」
「はいよー、了解。周辺警戒の偵察機は?」
「……青葉が、飛ばすよ」
「了解!」

そうだ、私が偵察をしくじらなければいいだけの事だから。



「きゃあっ?!」



吹雪ちゃんの悲鳴。着弾音。



「左方から三隻接近中!別働隊がいたみたいです!……っ、くぅっ!」


見れば、三隻から集中砲火を受ける吹雪ちゃん。
敵はまだ気づいていない?むしろ、こちらが敵に気づいていなかった訳だ。


いや、別働隊がいる可能性だって考えていたじゃないか。落ち着け私。
落ち着け、古鷹型3番艦 重巡洋艦 青葉!



「……あ」
「ぐ……あぁっ!」

後方から響く爆発音。ああ、一体なんなの?


「ぐ……こちら加古、敵潜水艦から魚雷食らっちまったみてーだ」


敵潜水艦?偵察は誰がしていたの?

私?わたしだ。
わたしのミス?

どうしよう。どうしたら?



「青葉っ!」
古鷹の声がする。
知らないうちに俯いていた顔を咄嗟に上げる。


見れば、私の前方に飛び出した古鷹に砲弾が当たるのが見えた。

古鷹の苦痛に歪む表情。

苦悶の声と着弾音が遠く聞こえた。


あの時と全部同じ。
吹雪ちゃんは集中砲火を受けて、加古は潜水艦に魚雷を受けて、古鷹は私を庇って被弾して。

そうして皆沈んだ。私のミスで。


全部、あの時と同じ?


「あ……」

ごめんなさい。

「あぁ……」

ごめんなさい。ごめんなさい。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私のせいで。ごめんなさい。




夢を見ていた。



かつての記憶、忌々しい情景。
炎が上がる船体、焚かれた煙幕と後方に聞こえる艦が軋む悲鳴。


私はいつも自分だけ逃げ仰せて、他を犠牲にし。



長姉までをも弾除けにして、そうして生き延びた。


卑しくも生き延びた。


ああ。
こんな最低な生き方ならば、せめて来世では。





来世があるならばどうか、私に償わせて欲しい……

喉が絞まるような苦しさに跳ね起きる。
一頻り咳き込むと、ようやく状況がわかってきた。



後悔、怒り、罪悪感。
涙が溢れた。

頬を濡らすそれは止まらない。



「青葉っ!」「青葉さん!」「青葉!」



加古、吹雪ちゃん、古鷹。
どうして今なの?揃いも揃って、よりによって今。



ああ、ダメだ。これ以上、私を苛まないで。やめて。






「来ないでっ!」






「あ、青葉……?」
「ど、どうかしたんですか?」

違う!そうじゃない!私は……
私は、謝らなくちゃいけないのに!


「違うの……ごめんなさい。ごめんなさい!」
「私が……私のミスで皆が沈んで」

「私、私は──」



「青葉ッ!」



あまりに大きな声が、あまりに意外な人物から聞こえた。



いつも無気力で眠たげな彼女が、私に怒っている。



謝らないと。でも、声が出ない。
喉に何かがつかえてしまったかのように、声が出せない。




違うの加古。許して。許して。
私は……



しかし、続く言葉は私を責めるものではなかった。


いや、むしろ……




「……そんなにさ、泣くなよ」
「あたしらは平気だしさ。元から誰もお前を恨んじゃあいないぜ?」







「青葉さん……辛かったですよね。自分を責め続けて。でも、そんな必要なかったんですよ」
「そんなことよりも、青葉さんは青葉さん自身を許してあげてください。おねがいです」







「青葉、私は少し怒ってるよ。青葉がそうやって自分を責めていたこと」
「青葉が私たちに許して欲しいって言うなら…………今までそうやって自分を責めていたことを許すから。だから」



「もうこれからは、自分を責めないで」
「青葉は、幸せになっていいんだよ?」

青葉たちのいる部屋からは、ただ青葉が泣きじゃくる声が聞こえるのみ。



それ以外に部屋の中の声はあまり聞こえないが、上手くいっている事だと思う。

……加古の怒号が聞こえたときはびっくりしたが。

青葉が起きたことを知らせた時の、あの三人の表情を見ればわかる。

しかしまぁ、彼女ら三人のアフターケアも必要になっては来るだろう。


青葉の悩みに気づけずにいたことを理由に自責の念に駆られることも考えられないことではない。




もはや青葉についてはほぼ心配はしていないが、経過で青葉に酷くつらい思いをさせた事がちょっと……いや、かなりしんどい。

青葉に後で本当のことを洗いざらい話さなきゃいけないのがより一層しんどい。





ついでに言うと、俺の私室を貸したので当然青葉は普段俺が使っているベッドに寝せた。

……俺のベッドが臭くないかとかがすげぇ心配だ。

これで青葉に「司令官の毛布ちょっと臭いがきついですよ!」とかニコニコしながら言われたら余裕で死ねる。




そこに、唐突な来訪者。




「あら~?提督、どうしたんですかぁ?お部屋の方に戻られないのですかぁ?」



「ん?……ひぃっ!?む、紫っ?!嘘、違う知らない知らない!なーんも見てない!」



「む、紫?えぇっとぉ……提督?どうしちゃったのぉ?」






突然現れた愛宕にしどろもどろしたり、演習相手の提督に礼をしたりしてるうちにその日は終わったが、夜までずっと愛宕が聞いてきてやまなかった。


「ねぇ提督、紫とか見てないとかってなんのことだったんですかぁ?」

「もう、本当司令官ったら鬼畜なんですね!おかげで私のガラスのハートがビリビリに破けちゃいました!」

「いや、悪かった。ほんといろいろ悪かった。女の子の日記盗み見るとか、よく考えたらド変態かつ鬼畜の所業だよな」



「……違いますよ司令官!そこは『がらすなのにやぶけるのかよー!』ってツッコミが必要なところですよ?」


そこで、唐突に青葉が赤くなった。
「あ……でも、その………………見ました?あれ」

「え?あれってどれ?」
「だから!私が、司令官を……」

「みっ、見てないならいいです!」


なんだか、怒ったり照れたり忙しないな。
一つ一つの感情に、本気で向き合っている。

でも、これも青葉が過去から解放されたからと考えると嬉しくてたまらない。

俺には何もできなかったけど、辛さを乗り越える機会を青葉にもたらすことができたのだから。


「……本当はね、辛かったんです。過去の記憶が怖くて」

「古鷹のことも、加古のことも、吹雪ちゃんのことも……実は怖くて仕方なかったんです。無かったことのように振舞っているみんなが、実はどう思ってるのか、って」

「……私にとってあの記憶は忌まわしいものだった」

青葉は、少し潤んだ目で語り続ける。


「でも、あの後みんなが言ってくれたんです。気にするな、なんて」

「それから色んなお話をしました。おいしいスイーツの話、趣味の話。そ、それから……えと、恋バナとか!」


……気になる。気になるけど、ひとまずおいておこう。ここで茶々を入れてはいけないことぐらいはわかっているつもりだ。



少しの沈黙のあと、青葉は少し残念そうな顔をする。
き、聞いて欲しかったのだろうか?

それはそれで俺としては辛いような……うーん……



「ま、まぁそれは別として……本当に、ただお話してたんですよ。まるで、ずうっと仲のいい友達だったみたいに、普通に」



「……あのことはもうホントにいいんです。確かに辛かったですよ?それこそ心が破けちゃうくらい」



「でも、そのおかげで最悪な『過去の記憶』は、最高な『過去からの贈り物』になったんです」



「破けた心だって、もう一度強く結びなおせたから。だから良いんです」

「司令官、ありがとうございました!」






やはり、この娘には快活な笑顔が一番似合う。
新たな結び目が強い絆となって、二度と解けないことを願うばかりだ。

「……しかし、まさか雨が降るなんてなぁ」
「本当ですよねぇ。予報外れもいいとこですよっ!」

左手に買い物袋。右手に雨傘。


そして、すぐ横には俺の右手に左手を添える青葉。握るでもなく、触れるでもない控えめな接触。
ドギマギしてしまう。


買い物袋一つ分の距離は埋まったって訳だ。物理的にだけど。

これが、どっちの意味でも近づけていたらいいなと思う。



前回青葉と買い物に行った時は夕暮れ時だったが、今回はそれより少し早く昼過ぎだった。

……さらに言えば、前回は晴れで今回は雨。
まぁ、しとしと降る程度だからいいけど。



「……司令官、またお天気ばっかりみてるんですね」

青葉が拗ねたように言う。
「司令官は空模様ばっかり見ていられればそれで良いんですねっ」


「そんなことない。青葉を見てる方が万倍楽しいぞ?」
「ど、どーいう意味ですか!」


「はは、別にどうもこうもない、そのまんまだよ。お前こそ、スクープや面白い光景だけ見ていられれば良いんじゃないのか?」








「そ、そんなことないですよ!……だって本当はわたし、司令官のことだけ見ていたいし……」







後半を濁すせいで、雨が傘に弾ける音にかき消されてよく聞こえなかった。

「え?何を見てたいって言ったの?」
「なっ、なんでもないです!いいから行きますよ!」


耳まで真っ赤に染める青葉は、今までに見た青葉の表情の中で一番可愛いような気がした。





……よくわからないけど、照れる青葉が可愛いからいっか。








「わぁ……司令官、見てくださいあれ!」

そう言って立ち止まり、俺の左斜め前あたりを指差す。
雨に揺れる、淡い青紫色をした花がそこにあった。

ただ、夢中になっているのか青葉が身を乗り出すのでかなり距離が近い。

「あ、ああ……綺麗な花だな、えっと……なんて言うんだ?」
「司令官知らないんですか?!ふっふっふ……あれはですね、竜胆、って言うんですよ!」


「どうです?青葉、物知りでしょ!」


そう言いながら嬉しそうな顔を近づけるものだから、ドギマギしてしまう。

「うん……よく知ってるなとは思うんだけどな、ちょっと……青葉、近い」
「あ……ご、ごめんなさい!」









何このやり取り。これじゃまるで……







「あの、司令官……なんだかこうしていると私達、恋人同士みたいですよね……な、なーんてね!」



やめてくれ青葉、その言葉は俺に効く。
やめてくれ。

「そっ、そうだ青葉!カメラ持ってるよな?!アレ、撮ろうか!」

「はっ、はいっ!?そ、そうですね、ちょっと待っててください!」



ポーチをまさぐる青葉。



「あっ、ありました!司令官、どうぞ!」



そう言ってカメラを渡す時、指先が触れて恥ずかしそうに目を伏せて赤くなる青葉。



……撮りたい。
「青葉、ついでになんだけどティッシュとかない?」

「へっ?ティッシュですか?ちょっと待ってください……えぇと……」



再びポーチをまさぐる青葉。

すかさず撮る。まずは一枚。



「ちょっ、ちょっと何撮ってるんですか!」



ポーチから手を抜き、恥ずかしそうに顔を手で隠す青葉。

さらに一枚。



「もう、なんなんですか私ばっかり撮ってっ!」

「まぁま、いいからいいから。青葉撮影会みたいなもん。ほら、ティッシュはいいから竜胆の方見てみ?」



「え?何かあるんですか?」



上気した顔で花を見る青葉。

またまた一枚。


「うあぁぁぁ!もう、何枚撮る気なんですか!」










写真とは素敵なものだ。
日常の一欠片を焼き付け、未来へと形あるものに残しておける。

そりゃあ青葉もカメラが好きなわけだ。

青葉と好きなものを共有した今、何枚だって撮れる気がする。










そうだな……

「百万枚のフィルムじゃ利かないくらいには、かな」

青葉はきっと本来は一人称が私なはず、そして悩みがド深刻なはず、という思い込みから出来た短編。
曲名はMillion Films、コブクロの曲でした。





闇が深そうな娘って(ry

今からふざけまーすwwwwww

『世界で一番君が好き!!!』




「……ねぇ提督?瑞鳳のこと、好き?///」

ほっぺたを赤く染めてそう尋ねる瑞鳳。



かわいいよぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!



「ああ、大好きだ。愛してるぞ」キリッ
「こんな気持ち、生まれてはじめてさ!」



「ほ、本当?……どれくらい?」

うぅむ、そう来たか……

「そうだなぁ……」


「うん、例えば瑞鳳が大怪我をして出血多量!意識不明の大ピンチに陥ったとする」

「うんうん!それで!?」




目を見てめっちゃ頷く瑞鳳かわえぇぇぇぇぇぇぇうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!






「もうね、車とばして病院行く。160ノットは軽くオーバーしてでも行く」


「きゃー!///でも、ダメですよぉ!それで提督が怪我したら嫌だよ!嬉しいけど……///」



あぁ^〜



「そんで、ベッドで眠る瑞鳳の痛ましい姿を見て……うっ、うぅぅ……」シクシク

「な、泣かないで提督!私なら平気だよ!」


「グスッ……そんでな、見るに見かねて俺ぁ医者にこう言うんだ……」












「俺の血を全部瑞鳳にっ!てなぁ!!!!!」ババーン













「でも提督B型でしょ?瑞鳳O型なんだけど」
「('ω')ウィッス」

「お前の作る卵焼きはいつ食べても旨いなぁ。本当、愛してるぜ瑞鳳」キリッ



「ほ、ほんとぉ……?///」

「で、でもぉ……どれくらい愛してくれてるのかわからないなぁ……?」チラッ



あぁ^〜 心がんぅんぅするんじゃあぁ^〜



「ふふふ……この愛の深さを証明してやろう……」


「俺はな、生まれてこの方タトゥーなぞ入れたことはないし、入れる予定もない」



「うんうん!それで!?」



うわぁぁぁぁ!瑞鳳ちゃんクンカクンカ!カリカリモフモフ!以下略!




「そんでな、それでもタトゥーを入れなきゃならなくなるとする」

「そしたら俺ぁ掘るヤツにこういってやるんだ……」










「背中にデカデカと 瑞鳳 で頼むぜっ!てなぁ!!!!!」デデーン






















「でもそれって別れた後嫌になっても消せないよ?」
「('ω')ウィッス」







(ず、瑞鳳は提督を離してあげるつもりなんてないけどねっ!//////////)

「あのぉ……卵焼きいっぱい焼いたんだけど……た、食べりゅ?/////」



「ああ、いっぱい食べりゅ」CV.中田譲治



「本当?!良かったぁ…………あ、でもその前に一つだけ条件!」




人差し指をめっちゃ突き出して上目遣いな瑞鳳にきゅんきゅんしたいだけの人生だった……




「その……私のことがどれくらい好きか教えて?////」



「よぉし、ぼくなんだってしゃべっちゃうぞ!」


「それでだがな……」キリッ



「そうだな、例えば瑞鳳が乗った宇宙船がいきなりエイリアンに襲われたとするだろ?」


「そしたら俺ぁな……」










「ロケットで今すぐにでも飛んでいって助けるぜ!」











「でもそれエイリアン倒せるかは別問題だよね?」
「大丈夫だ、問題ない」


「エイリアンなら映画で見てるからなっ!」




「むぅ……そっかぁ……」



「まだ不満か、瑞鳳?」

「だったら、今からでかい声で神にでも誓ってやるさ」




「えっ、て、提督?!ここどこだかわかってる?!鎮守府の食堂だよ?!」

「関係ないね!俺は……」






「世界でいちばーん!!!」


ざわ・・・ざわ・・・

(うぅー、みんな見てるよぉ/////)


「世界で!いっちばん!!!」


ざわ・・・ざわ・・・

(は、恥ずかしいっ……/////)


「世界で一番!!!!!」












「一番、瑞鳳が好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




























「気持ちはわかったから黙って//////////」
「('ω')ウィッス」

曲は世界で一番君が好き? 、平井堅の曲でした。




楽しかったぁ……

暇なので更に投下。
今日中にはこのスレを終わらせようと思います。

『紅茶の在処と君の影』






強く頬を叩かれる衝撃に連れられて、僕は現実に立ち返る。





「提督……私は榛名です……金剛お姉様じゃない……」

「お姉様はもう、いないんです!」





目の前にいたのは笑顔の金剛ではなく、泣き顔の榛名だった。

過ぎて初めて現実ではなかったと解る感覚は、夢にも似ていた。


いつも金剛と食事を摂っていた食堂の片隅、こうして僕は悪夢のような現実に目覚める。


「……ごめん榛名。少し頭を冷やしてくる」





そうだ、君がいないと何も出来ないわけじゃない。僕はまだ生きて。君の分まで生きて。
そうして戦い続けなきゃ。ヴァルハラにいる君を安心させてあげなきゃ。

執務室へと向かう足は、重い。



そう……いつもランチの後は紅茶とスコーン。
もう彼女が作る最上のスコーンは食べられないけれど、お茶ぐらい飲めるだろう?

そんな風に考えて湯を沸かす。そうしてから、紅茶の在処がわからないことに気づいた。
それどころか、紅茶の淹れ方一つわからなかった。


いつも君に任せきりだったものな。


僕はまた、甘美な夢に身を委ねた。

気づけば明くる日の朝。
あの甘美な夢は再び姿を消した。

生きる。生きなきゃ。どうしたらいいんだっけ?



ああ、ごはんだ。朝食、食べなくちゃ。





そうして用意した朝食は不味かった。
君が作ってくれたものなら冗談交じりに文句の一つも言えたのに。

英国の飯はやはり美味しくないな、なんて。



支度の時に立ったキッチン一つとっても、僕はまだ君のいない今に追い付けない。



一緒にいる時は窮屈で、窮屈でたまらなかったのに。

ここにはもう、君はいない。




あぁ……早く死んで、君に逢いたい。でも、生きなきゃ。




思考がまとまらない。夢に引きずり込まれていく感覚には抗いようもなかった。

夢に落ちる間際、金剛の最期が脳裏にチラついた。



……やはりいつまで経っても僕は────

翌朝は遅くに起きた。いつもならば彼女が起こしに来ていたはずの時間は、二時間も前に通り過ぎていたらしい。




あの頃は時折、君が起こしに来るのを鬱陶しくも思ったものだ。



今はもう君に縛られることもなく、自由だ。







……そのはずなのに、僕はもっと淋しくなった。



───僕は、最期にサヨナラと言った君の気持ちはわからないよ。





おかしな話だ。いつもより眺めのいいベッドの左側に戸惑うばかりで、どうしようもない。

「まったく、せいせいするよ」

そうして零した強がりは、前よりも広くなった部屋に虚しく響いた。





……朝起きたばかりで口中も不快だ。とにかく歯でも磨こう。

洗面所には二本並んだ歯ブラシと、切れかけで萎びた歯磨き粉の容器がある。

歯ブラシも歯磨き粉も、捨てようとしてやめた。





そっと瞼を閉じて、息を深く吸い込む。
歯磨き粉が放つ清涼感のある匂いが鼻をつき、涙が滲んた。

明くる日は、外出しようと思った。

ただ漫然と茫然と、なにも産み出さない生き方では君を不安にさせてしまうから。



そうして開け放った衣装ダンスには君の趣味で買った服。

いつも結局は見慣れた巫女服に戻っていた。


その度に僕はいつも、無駄な買い物だったねと揶揄う。



潔く捨ててしまおう。そう思ったはずだけれど、やはりタンスの中に戻す。










そうだったんだね、金剛。
無駄なものに囲まれて暮らすのも、また一つの幸せだったんだ。


「提督……その……もう、いいのですか?お姉様のこと……」

「心配ないよ、榛名」

日を追うごとに、僕が甘美な夢に溺れることは少なくなっていった。





「彼女もよく言っていたろう?タイムイズマネー、なんてさ」
「提督、それはちょっと違うんじゃないかと思います」
「あれ、そうなの?」


ともあれ、僕はもう平気だ。ただ……


思い出したことがある。
かつて、彼女が僕に言った言葉。
僕が彼女に言った言葉。



~~~~~
「提督ぅー!どうしてワタシと籍を入れないのデース!」

「け、ケッコンカッコカリはしただろ?それで我慢してくれって!」


「むぅ~!だって、テイトクはワタシをアイシテルって言ってくれたのに……籍を入れないのなんておかしいデース……」
「やっぱり、ワタシ達は兵器であって人間じゃないから……」



「……違うよ金剛」
「僕はね、不安なんだ。だれより平和を願ってきたつもりだけど、深海棲艦を全て打倒したらそれで平和になるかと言うと……そうは思えないから」

「共通の敵が消えれば、あとは残った方で潰し合う。それが人間であり、生き物だから。けど」


「……僕はそれでも争いのない世界を目指す。もちろん、これは難問だってわかってる。答えが出ないかもしれない」

「それでも、答えを出せたその時は……僕と、正式に結婚してくれ」
「だからそれまではその……待っててよ」






「て……テイトクぅーっ!!!」

「わぷ……ちょっ、いきなり抱きつかな……っ!」

~~~~~

この答えを、君と出せなかった。


それだけが心残りだ。



でも、だからこそ。

この答えは絶対に見つけてみせるから。








「どうか君は……ヴァルハラで僕を見守っていてくれよ」

曲はもう恋なんてしない、槇原敬之の曲でした。




紅茶→金剛っていう、もう条件反射レベルで思いついた短編。

午前4時を回るまでは日付変わったことにならないからセーフだし(震え声)

さ、最後の2つ投下していきます。

「あの……!提督、私……次はあれが食べたいです!」

言うが早いが浜風は屋台に向かって嬉しそうに駆け出す。


俺達のような中学生くらいの背格好じゃ離れてしまえば、それだけで合流が難しくなってしまうというのに。

ましてここは去年の秋のように鎮守府での催しではなく、普通の神社での催しだ。
逸れたらそれこそ大変だ。


「わかった、わかったよ!だから頼むからあんまり離れないでくれって!」





「……まだ浴衣のことも褒められてないじゃないかよぉ」

去年の秋は藍色に萩を散らした浴衣。
そして今日は、水色にカーネーションとその花びらの浴衣。


その浴衣がこの世でいちばん似合うのはきっと浜風だ。そう言って褒めてやりたかった。





いっぱしの大人みたいに。




……こんなガキの俺にだって恋心ぐらいあるのさ。




今日は夏祭りの最終日。
秋祭りの時も、昨日も、上手く誘ってくれた過去の自分に感謝する。



……ホント、よく誘えたよ。泣きそう。

「はむっ……んっ……」


「…………♪」





隣で幸せそうにわたがしを口で溶かす浜風に目を奪われる。



浜風がチラリとこちらを見るので、目が合いそうになり慌てて視線を逸らす。





……変に思われてないよな?

「……提督」

「あ……おう、何?」


「夏祭りも、大変美味しいものです」
「……楽しいですね」





「……うん」






……違うだろ。
どうしてそこで気の利いた言葉一つ言えないかな、本当。


頷くだけの俺じゃいつまで経っても何も変わらないのに。








本当、恥ずかしい。
ガキな自分も、浜風の隣を歩くことに慣れてない自分も。







……いつ、どうやって、どんなタイミングで気持ちを告げればいいのかもわからない。



どう見ても柔らかい、小さくて壊れそうな浜風の手をどんな強さで掴めばいいか。

そして、どんな顔で見つめればいいか。





そんなことすら、わからない。

小さい頃から、わりと頭は良かった。
課された問題は教わればちゃんと解けたし、難しい問題も少し頭をひねれば解けた。


だから、ただひたすら努力を重ねた。

自分はことに頭が良いらしい。だったら、もっと頑張ってみよう。


そう思った。


だから、十六歳という若さで海軍に……それも提督という地位に就けた。






しかし、そこでチヤホヤされた俺はいつしか勘違いをしていた。
天狗になっていた、というのは当時よく言われていたがまさにそのとおりだった。




ある時までは。









「~~♪~~~♪」


ふと、浜風が口遊む曲が何か思い出した。

今流行りのラブソング。一点物につき、返品や交換はできない。だから私を大事にしてね、とかなんとか。



見れば、目が合う。
逸らす。

……またやっちまった。


まあこのように、いくら頭が良かろうとも恋やら愛について無知でどうしようもないのだ。




















……どうせその歌にも、たまに目が合うことにも、深い意味なんて無いんだろうな。

さっき浜風が口遊んだような流行りのものを馬鹿にして、本質も見ずに自分の考えたことこそ正しいのだと。そしてそれが誇らしいことだと。

そんな風に思い込んでいて。

今思えば、そんな風だったからこそあんな嫌味や陰口を言われたのだろうか。

今となれば知る由もないが。














着任してしばらく経った頃、大本営への集まりがあった。

そこに、浜風を連れていった。



俺はこんな歳で提督なんだ。更に浜風まで鎮守府に着任している。すごいだろう。








そんな風に息巻いて大本営へと赴けば、あちらこちらでヒソヒソと陰口が飛び交う。



全部聞こえていた。

話すことの尽くが、いやに明瞭に聞こえた。



あんなので本当に提督ができるのか。
偉そうにしやがって。
どうせ偉いとこのガキで七光りだろう。






ガキのくせに。






情けなくも泣き出してしまいそうだった。
悔しい、辛い、苦しい。



そのときに俺は、勘違いして伸びきった鼻をへし折られた。


今となっては有難いことだが、それでも当時は酷く傷ついたものだ。



どうしてこんなふうに言われなくちゃいけないのか?





……俺は普通に頑張ってただけじゃないか。




そう胸中で呟いたが、それは弱々しく力のない吐息となって口から出た傍から儚くも掻き消されるのみだった。

「あなた達に提督の何がわかるんですかっ!」


そんな中、一条の光。

罵詈雑言の闇を引き裂いて俺を連れ出す、一つの言葉。






凛と響きわたる声は浜風のものだった。

当時陰口を叩いていた者も驚いただろうが、一番驚いていたのは間違いなく俺だろう。

浜風の感情が昂るところなど初めて見たからだ。




「提督は確かに偉そうで、自分が一番と思っている節もあります」


「だけど……提督はいつだって自分のやれる事を最大限やっています!」

「自分に可能な限りのことを尽くして私達を勝利に導いてくれます!」

「私達を気遣い、第一に考えてくれています!」



「提督が提督たり得るのは、その努力や人徳があるからです!そんなこともわかってない癖に提督を……浜風の優しい提督を馬鹿にするのは許さない!」


「……言いたいことは以上です。失礼しました」



水を打ったようにしぃんと静まり返るロビー。

そうして、何事もなかったように俺の手をひいて元の道を引き返した。



と思えば、また立ち止まり振り返って言った。




「ああ、それから……」
「提督は人の陰口は絶対に言いません。言うなら正面切って堂々と言います」

「あなた達もオトナなら、それぐらいできるようになったらどうですか?」


最後の言葉を冷ややかに言い放った浜風は、また俺の手を引いて来た道を戻り始めた。




そうして鎮守府の外に出た。

そのときの外の光は、今までとまるで違う景色を瞳に映し出したようだった。



立ち止まり、ポカンとしている俺の方を見て、笑った。


あぁ、今も鮮明に思い出せる。

はにかむようなあの笑顔。







「ふふ……ごめんなさい提督。我慢、出来ませんでした」




そして、その笑顔に俺は今も心を捕らわれたままだ。


「提督?」

「……ん?あ、うわぁっ!は、浜風!」


ぼうっとしていたら、浜風がこちらをのぞき込んでいた。

「……?おかしな人ですね」


そう言ってまたクスリと笑う。


喧騒を離れて、花火が良く見えると評判の高台へと着いた俺達の距離はさっきよりも近い。



それは大本営での事件が起こる以前までの俺達よりも、よほど近い。



結局の所、あの時浜風が俺のために怒ってくれて。笑ってくれて。

それで俺は心の場所を見つけたような気がしたんだ。



それがいつの間にか恋に変わっていたのは必然と言えるだろう。










「……提督。もうすぐ花火、上がりますね」










ただ空を見上げて呟く浜風。

うなじに流れる一筋の汗、上気した頬。
耳に掛かる髪、潤んだ左眼。


そんな浜風の全てを焼き付けるように、ひたすらじっと見つめていた。
























二人の顔を照らす、鮮やかな光。

遠くの空に、破裂音。




「提督……花火、綺麗です」



弾けたものは火薬。

それと、俺の想い。


この胸の痛みはどうやって浜風に伝えたらいいんだろう。

少なくとも……横にいるだけじゃダメだろうなぁ。










極彩色の雪が降っては溶けて消えていった夏の夜空に、硝煙の匂いが立ち込める。






「……綺麗だったな」

「……はい」





優しい沈黙が包むけれど、これで終わっていいはずがない。

弾けたものは、行き先なくしては終われない。


浜風の気を引ける話題なんてとっくに底尽きた。
残されてる言葉は、もう………………




「は、浜風」

「……はい」


立ち止まり、どちらからともなく見つめ合う。


「俺は……」

「お、俺は……!」

「………………」



















「俺、わ……………………わたあめ食べたいな」

「……えっ?」

二人並び歩く帰り道、わたあめはどこか渋みを孕んだ甘さで俺を慰める。



……どうやら弾けた訳でなく、不発だったらしいな。



残されている言葉とはなんだったのか。




綺麗な赤色をしたわたあめが花火のように見える。
そしてそれは、まるで俺をからかうかのようにふわふわもわもわと、齧る傍からするりするりと逃げていく。


そしてなぜか一度不機嫌になった浜風も、今は隣で嬉しそうにわたあめを齧っている。












「………………♪」



ああ、いや。

まだ一つ言葉があるか。
















「……浜風。楽しいな」



「……はいっ!」

おっぱいのこと浜風って言うのやめろよ!
曲はわたがし、backnumberの曲でした。







マシュ風・キリエライト(ボソッ

『世界を彩るその絵の具』




くだらない。
潮風に吹きつけられながらそう呟いたが、その言葉を聞き届けたものはいないだろう。

係船柱に腰掛け、どこを見るでもなく鎮守府を眺めていた。



今は我ら人類が深海棲艦を圧倒し、平和まであと少しという時期だ。

そんな中、もう次の争い。
国と国との争いの事を考えるなど。



今時は駆逐艦ですら、勝って兜の緒を締めよ……と言えるぐらいなのに。

上の連中は勝つ前から兜を外し、次の戦の準備を始めやがった。



それも、私利私欲で起こす戦。
人類共通の敵が消え、世界に平和が訪れると思ったらこれだ。


遠くの空にかもめが舞う。
足元には卑しくもエサを拾うハト。


俺が今生きるこの世界。一体……


「どれ程の値打ちがあるのかねぇ」





あぁ……平和を手に入れても失う。
平和を諦めても失う。

どうしたらいい?


全てが無意味じゃないか。









「……いかん、疲れてるな俺」

身じろぎを一つすると、鳩は慌てて飛び去っていった。

遠く遠く、手の届かない所に降り立つ。
それでも歩いていけば届きそうな距離に、いた。



きっと、近づけばまた遠くに行くのだろう。



思えば俺だって今迄、随分とろくでもないことをしてきた。

あんな腐りきった上の連中に従って、幾多の犠牲を払った。


連中は国を守るためという言葉を隠れ蓑に、自分たちだけの安全を求める心を隠していただけだ。


手に入れたのは、あの連中の安全。
切り捨てたのは、多くの命。


……しかし、それをいつまでも憂いていられるほど平和な世の中でもない現状。


この馬鹿げた世界に、一体どんな理想を描けというのか。どんな希望を抱き進めばいいのか。


そういった答えようのない問いかけも、長く考えられることなく日常の中に葬られてゆく。



けれどもその日常は動き続ける。
停滞しようと、前進しようと。

はたまた後退しようと、俺達の背景である日常はその動きを止めない。




感傷に浸る俺など知ったことではないらしい。呼ぶ声が聞こえた。


「提督さん、提督さん」

「……ん?なんだい妖精さんや?」


「新しい艦娘が着任する」


予定にないが……?どうしたことか。



まあ、いい。あまり話し込む気分でもないし、とっとと済ませよう。

「あの娘がその娘!」
「しっかり挨拶済ませること、勧める」


どこから現れたのか見ていなかった。


空も海も建物も、何もかもが普段通りのその中に一つだけ何かが違う。

不思議な光景だった。



モノクロームの世界にその色を刻みつけながらそこに在る少女は、俺にとっての何だろう。


その艦娘は近寄って来るなり俺に声をかけた。






「──────。───────!」



その時から俺の世界は彩られ、美しくなっていった。

~~~~~~


ふと、昔のことを……ずっと考え込み塞ぎ込んでいた時期のことを思い出した。


今思えば、妻と出会ったのもあの時期だった。


傍に控える妻を見遣る。

……やはりいつもの表情だ。いつもこいつはこんな表情をする。




懐かしい。
当時、あんな気持ちで、あんな事を思っていて。

そんなことを妻に聞かせたらなんて言うだろう。


暗いと茶化して笑ったりするだろうか。
それとも、真面目に答えて真剣に考えたりするだろうか。





どうあれ、こいつのおかげで俺の憂鬱は全て吹き飛んだのだからきっと驚くだろう。

そんな自覚は妻にはないはずだから。



当時の俺は、とにかく何もかもが気に食わなかったのかもしれない。

考えすぎで言葉に詰まる不器用な自分が嫌い。
そのくせに、綺麗事を並べたがるくせに、妙に器用に立ち回り上手く振る舞う自分が嫌い。

今では 若かったんだな と一言で済んでしまうものの、当時は確かに辛かったのかもしれない。

けれど、今ではそれもいい思い出だ。



こいつと……妻と巡り会えて、世界はその様を新しくした。
何者にも代え難いほど、美しくなった。





あの時たしかに俺の世界を塗り替えた絵の具は、こいつがもたらしたものだった。





だから、あんな苦悩などさしたるものではない。



そんなことを言ったら単純だと笑われてしまうかもしれないけれど。

とにかく今は心から感謝の言葉を贈りたい。



「───、いつもありがとうな」



そう言うと、いつもの様な表情でいつもの様に応じる。



ああ……






俺は今、この世界をどれだけ愛せているかな。

これで終わりです。最後の提督の妻が誰なのかはそれぞれ脳内保管ってことで。
曲はHANABI、Mr.childrenの曲でした。





このssはここで終わらせていただきたいと思います。拙い文にここまで付き合ってくださった方はありがとうございました。

次はどぎつくも美しいエロに挑戦しようと思いますので、それっぽいのを見かけたら何卒よろしくお願いします。

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