執事「魔王よりお嬢様の方が怖い」 (114)

執事「ここ…で、間違いないな」

場所は山奥にそびえる屋敷の前。

執事(5年前、魔王を倒した勇者一行。ここは、その一行にいた魔法使いの屋敷だ)

執事(その魔法使いが使用人を募集していると聞き応募したが…まさか書類選考だけで採用決定とは)

執事(まぁ、俺は運が良かったのだろう。とりあえずは…)

執事は呼び鈴を鳴らした。



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少しして…

魔法使い「いらっしゃい。貴方が執事ね、書類で顔は覚えたわ」

執事「お初にお目にかかります。今日から宜しくお願いします、えっと…魔法使い様?」

魔法使い「貴方、確か19歳だったかしら?」

執事「はっ? はい、そうですが…」

魔法使い「なら"お嬢様"がいいわ。私、貴方の1つ下なのよ」

執事「お嬢様…ですか?」

魔法使い→お嬢「あら、いいわぁ~。憧れてたのよ、『お嬢様』呼び♪」

執事「では、お嬢様。先輩の使用人さん方にご挨拶をしたいのですが…」

お嬢「いないわよ」

執事「……はい?」

お嬢「あら説明を受けていなかった? 私は今まで使用人を雇ったことがないのよ」

執事「えっと…この大きな屋敷で、ずっとお1人で?」

お嬢「えぇ。まぁ行商人がたまに来るから、孤独死の心配はなかったけどね」

執事「掃除はお嬢様がされていたのですか…?」

お嬢「"ルンバ"って掃除魔法を編み出したのだけれど、綺麗になるのよねコレが」

執事「お食事は?」

お嬢「行商人が出入りしていると言ったでしょう」

執事「……」ジー

お嬢「? あ。栄養が体…特に胸に回っていないとか思ってる?」

執事 ギクッ「い、いえ!!」

お嬢「これは遺伝よ。貴方は大きい方が好みかしら?」

執事「お、俺は……」

お嬢「正直に言いなさい。使用人の胸の好みくらい把握しておきたいからねぇ」フフフ

執事「…胸ならどんな大きさでも好きですね」

お嬢「………ぅゎ」

執事「何で引くんですか!?」

お嬢「とりあえず仕事内容はマニュアル化しておいたわ。…何か不安そうね?」

執事「執事の仕事をするのはここが初めてなので…先輩がいないのは不安ですね」

お嬢「多少の失敗くらいは大目に見るわよ。給仕だの行商人への対応だの、そんなに重要な仕事でもないしね」

執事「そう…ですか?」

お嬢「それより応募書類に、特技は料理って書いてたわね。今日の夕飯は貴方の得意料理が食べたいわ」

執事「は、はい! では準備に取り掛かります!」

お嬢「楽しみにしてるわ。厨房はそこを真っ直ぐ行って右よ」


執事(色々と不安はあるが…まぁ、ひとまず印象を悪くすることはなかったようだ)

執事(最初の仕事は夕飯作りか…あれ、飯作りって執事の仕事だっけ? …まぁいいか、都合がいい)

執事「ビーフストロガノフと海鮮サラダで御座います」

お嬢「ビーフスト……? ハヤシライスみたいね」

執事「ハヤシライスとは違って、ビーフストロガノフはサワークリームをですね」

お嬢「蘊蓄はいいわ。食事は美味しければそれでいいのよ」

執事「はい、味には自信があります」

お嬢「もぐ…あら本当、美味しいわ」

執事「でしょう?」

お嬢「貴方を雇って良かったわ~。スプーンが止まらな、い……」カクッ

執事「どうぞ、どんどん召し上がって下さい」ククッ

お嬢「ん……何か、ねむ……」クター

執事「ふ……っ」

お嬢「すやーすやー」

執事「さて…と」

執事はお嬢を抱え上げると、ソファーに寝かせた。
そして、服のリボンに手をかける。

執事「どんなもんかねぇ」ゴソゴソ

執事「うわぁ、ガキっぽい下着。18とは思えねぇ」

執事「…胸は小さいが、悪くはない体だ」

お嬢を下着姿にした執事は、お嬢の体の上に跨った。

執事「悪ぃな…だが、これも復讐の為だ。頂くぜ、お前の体!!」

と、下着に手をかけようとしたその時――

お嬢「へぇ…それが目的」

執事「なっ!?」

馬鹿な、こんなに早く目を覚ますはずが――と思った瞬間。

執事「」パタッ

今度は執事が気を失った。




執事「う、うーん……?」

お嬢「おはよう、猥褻執事」クスクス

執事「!!!」

執事が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
両手両足は拘束され、身動きが取れない。

お嬢「ふふ、若い男が拘束されてる姿…なかなかそそるじゃない」

執事「くっ…何故だ、料理には大量の薬を仕込んでいたはず…!!」

お嬢「私は自分の体に自動回復魔法をかけているのよ。薬による睡眠状態なんて、1ターンで完治よ」

執事「くそ…それで俺に不意打ちを喰らわせてきたのか…! 迂闊だった……!!」

お嬢「やることはゲスだけど、目の付け所はいいじゃない。そんなに魅力的だった、私?」

執事「…別に」プイ

お嬢「ところで『復讐の為』って言ってたわね。私、貴方に何かしたかしら?」

執事「………」

お嬢「神童だの天才だの呼ばれて妬まれてはきたけれど、人に恨みを買うようなことをした覚えはないのよねぇ」

執事「…………」

お嬢「あら、黙秘? 困ったわねぇ。だったら、それなりの手段を取るわよ?」

執事(拷問にでもかけるつもりか…?)ゴクリ

お嬢「カモーン、触手ちゃーん」

執事「しょ、触手!?」

ウネウネ

執事「なっ!?」

お嬢「"驚く間もなかった。触手に足を絡め取られた男は強引に足を開かされ、衣服はビリビリと引き裂かれた。粘着質な触手が体を這い、ゾクゾクと鳥肌が立つ。だが、触手が男の性感帯を刺激すると――"」

執事「いやいやいやいや、待て待て!? 男を触手責めして誰が喜ぶんだよ!?」

お嬢「私が喜ぶ」ジュルリ

ウネウネ

執事「うわああぁぁぁ!! わかった、わかった白状するから! それはやめてくれ!!」

お嬢「根性なしが」チッ

執事(くっそ、この変態女が…)

執事「俺は魔王の息子だ」

お嬢「あら」

執事「5年前、お前たち勇者一行に親父を倒されて以来…ずっと復讐の機会を伺っていたんだ」

お嬢「逆恨みねぇ。魔界から来た魔王が、私達の世界を侵略しようとしたのが悪いんじゃない」

執事「私怨だ…理解してもらおうとは思っていない」

お嬢「なるほど、私怨。てことは、そちらの政治的なアレコレじゃないわけね。通りで計画がずさんだと思ったわ」

執事「………」

お嬢「しかもやることが小さいわ。女で、パーティー最年少の私を狙う辺りもね」

執事「……人選にミスはない」

お嬢「まぁ、それもそうね」フッ

魔王討伐から5年、勇者一行の状況にも色々変化があった。

お嬢「勇者は姫様と結婚したけど、結婚3年目から浮気三昧。まぁ勇者は元々モテモテのタラシだからね~、姫様が可哀想」

お嬢「戦士は毎日、酒、酒、酒。今じゃただの飲んだくれおじさんだし」

お嬢「僧侶に至っては怪しい新興宗教を興す始末。魔王討伐報酬の倍以上も稼いでウハウハみたねぇ」

執事「勇者一行で落ちぶれていないのは、お前だけだ」

お嬢「そうね~。山奥の洋館にこもって魔道書の執筆活動中。正に品行方正そのものね」

執事「……知っていたのか?」

お嬢「え?」

執事「魔王の息子である俺が復讐の為に動いていることを知っていたのか…? だから5年間も1人でいたのに、わざわざ使用人募集という罠を……」

お嬢「だったら貴方の目的なんか聞かないわよ。たまたま執事モノのラノベを読んで、専属執事が欲しくなっただけよ」

執事「俺を選んだのは…」

お嬢「単純に好みで選んだわ」

執事(運がいいのか、悪いのか……)

執事「バレた以上、命乞いはしねぇよ…とっとと殺しな」

お嬢「触手ちゃー…」

執事「それはやめろ!!」

お嬢「殺す気なんてないわよ。私好みの顔してるのに、勿体無い」

執事「は…趣味悪ぃな」

お嬢「あら謙遜しないで。私、"受け"っぽい顔が好きなのよ~」

執事「その言葉、男の尊厳を踏みにじってるからな?」

お嬢「女の尊厳を踏みにじろうとした猥褻クソ男が何を言ってるのかしら?」

執事「くそ、反論できん…。で、俺を生かしておいて何する気だ?」

お嬢「私、執事も欲しかったけど…ペットも欲しかったのよね~♪」

執事「……は?」

お嬢「というわけで」カチャカチャ

執事「!?」

お嬢が執事の首にはめたのは、犬の首輪だった。

お嬢「今日から貴方は私の"わんこ執事"よ。ハイ決定」

執事「はあああぁぁぁ!?」

執事「ふざけんな、誰がそんなモンに…ぐっ!?」

お嬢は執事の体に覆いかぶさり、嗜虐的な目で執事を見下ろしていた。

お嬢「まずは"しつけ"が必要みたいねぇ~?」

執事「な、何するつもりだ!?」

お嬢「私こう見えても、えっちなものは創作物でしか知らないのよねぇ」

執事「こう見えても何も見たまんま…って、何してやがる!?」

お嬢「だーかーらー、実物を知りたくなって」ゴソゴソ

執事「うわああぁぁ、やめろ脱がすな!!」

お嬢「貴方は私の体見たのにぃ?」

執事「ぐぬぬ…。これ以上尊厳を踏みにじるくらいなら、殺せ……」

お嬢「あら~、やられっぱなしでいいの? 復讐するんじゃないの?」

執事「それに失敗したから言ってるんだろう…。ましてや、復讐対象に仕えるなんてできるか」

お嬢「あら~、わんこ執事をやればチャンスならいくらでもあるわよ。それなら、拘束も監視もする気はないし」

執事「……24時間、お前を狙い放題ってわけか…。確かにチャンスではあるな」

お嬢「そ。私は貴方をナメてるから、本気で反撃なんてしないわ」

執事「で…そのナメてる俺に出し抜かれたらどうするんだ」

お嬢「私の純潔なり命なり奪えば~?」

執事「……わかった。お前に仕えてやるよ」

お嬢「オーケー♪」

今日はここまで。
ほのぼの変態ライフ。

こうして執事の"わんこ執事"としての生活が始まった。

執事「…おはようございます、お嬢様」ムスー

お嬢「おはよう。気持ちのいい朝ね♪」ニコ

執事(お前だけな)

昨晩は寝込みを襲おうと寝室前を張っていたのだが、部屋の灯りが一晩中消えなかったので、お嬢がいつ寝たのかわからなかった。
その上、部屋からは魔力が溢れていた為、踏み入るのに怖気づいてしまった。

執事(寝ながら結界を維持してやがったな…天才と呼ばれただけあって実力は本物だな、クソ)

お嬢「あら、焼きたてパン。美味しそう~」

執事「ジャムを塗って召し上がれ」

お嬢「口を開けなさい」

執事「はん?」

お嬢「せやっ!」ガッ

執事「!!!」ボフッ

お嬢「うん、薬は入ってないようね。頂きま~す」

執事「……」フガフガ

お嬢「いつまでそうしてるの。そのフェラ顔をオカズに召し上がれ、とでも言いたいの?」

執事「…朝から下ネタは慎め」

その後仕事をこなしながらお嬢の隙を伺っていたが、どうにも隙がなかった。

執事「紅茶だ…」カチャン

お嬢「ん。ありがとう」

執事(今度は毒見もさせないのか…俺が怖気づいたことを読んでやがるな)グヌヌ

お嬢「窓辺で読書をしながら執事に給仕させる…これって正に"お嬢様"って感じよね~」

執事「『お嬢様って感じ』って…。それっぽいだけじゃないか」

お嬢「それっぽければいいのよ。大事なのはリアルさじゃなくて、萌えよ萌え」

執事「こんな無愛想な執事に萌えるのか」

お嬢「そういう属性だと思えば。それに、これからデレさせるんだしね」

執事「誰がデレるか」

お嬢「お手」

執事「……わん」ポン

口で反抗的なことを言っても、わんこ執事の契約がある以上、逆らうことができない。

お嬢「あぁ、でも1つだけ残念。普通のカッコイイ執事となら、月光の湖畔でデートしたかったのに」

執事「悪かったな。何だ、そのメルヘンな名前のデートスポットは」

お嬢「月光が水面に反射する湖畔よ。満月の日なんて、夜なのに湖畔がキラキラして明るいの」

執事「ほー」

お嬢「そんなロマンチックな湖畔で、わんこ執事の散歩なんてとてもとても……」

執事「うるせぇわ」

お嬢「私は部屋で仕事をしているから、書庫の本を並べ直しておいてちょうだい。著者ごとにね」


執事(本棚にしまわれてない本が山積みになってやがる。ガサツだなぁ)

執事(ま、これくらいなら1時間くらいでできるだろう)セッセ

執事「えーと、これは…ん」

"やさしい魔法入門~お姉さんが優しく教えてア・ゲ・ル♪~ 著者/魔法使い"
"乙女の為のドキドキ魔道書 キラキラらぶらぶ大作戦! 著者/魔法使い"
"これで貴方もガチムチに!? 魔力は最高のプロテイン 著者/魔法使い"

執事(…色々書いてるのは知ってたが、ギャグなタイトルばっかじゃねーか…)ペラッ

執事(ん…でも結構わかりやすいな。へぇ、魔力をこう応用する方法もあるのか)

執事(えっとこれは…『相手の魔力を封じる方法』?)

執事「……これだ!!」

お嬢「ふぁー…」カリカリ


執事「……」ソロー

執事(よし、仕事に集中してるぞ。やるなら今…!!)

執事「覚悟オォ、変態お嬢!!」バッ

お嬢「!!」

執事「喰らえええぇ、魔力封じいいぃぃ!!」ゴオオオォォ

お嬢「きゃーっ!!」バリバリバリッ

執事「はははは、見たかああぁぁっ!!」

お嬢「…なんてね♪」ペロ

執事「…は?」

お嬢「せーのっ」ゴオオオォォォ

執事「んなぁ!? 封じたはずの魔力がみなぎってる!?」

お嬢「反撃」クイッ

執事「…っ!?」

お嬢の魔法により、執事は部屋の上空をふわふわ浮かされていた。

お嬢「やっぱり、たまに反抗してくれた方が面白いわねぇ。私の編み出した魔法で私をやろう、っていう浅知恵が可愛いわ」オホホ

執事「くそ、何で効かねーんだよ!! インチキじゃねぇか!!」

お嬢「付け焼刃で身に付けた技術なんて、自分より遥かに上のレベルにいる相手に効かないわよ。貴方…」クイッ

執事「!!?」ボタンブチブチッ

お嬢「魔法は不得手な、肉体派でしょ。だからそんなにイイ体してるのねぇ~♪」ジュルリ

執事「胸元開ける必要あったか!? くそ、降ろせ!!」

お嬢「それが主人に物を頼む態度?」ニコ

執事「……ご無礼をどうかお許し下さい。降ろして頂ければ幸いです、お嬢様」

お嬢「まぁいいでしょう。はいっ」

執事「ふぅ…。やっぱり一筋縄じゃいかないな…」

お嬢「それにしても…」ジー

執事「?」

お嬢「ああぁ、開発したい! 至る所を開発してやりたいわ!!」

執事「ちょっ…もう俺を見るな! 気持ち悪いこと言ってんじゃねぇぞ変態女!」

お嬢「性的な意味じゃないわ。もし性的な意味だとしたら『気持ち悪い』じゃなくて『気持ち良い』よ」

執事「引くわ!!」

お嬢「魔王の血筋ってことは、開発すればそれなりの魔法の使い手になるはずよ」

執事「そいつはないな…魔法に関しちゃダメダメなんでね」

お嬢「あら。どうしてそう決め付けるの?」

執事「魔王城イチの魔術師を師匠にしても駄目だったんでな」

お嬢「…」クイクイ

執事「ん? 何だ?」

お嬢「その師より優れている魔法使いがここにいるわよ?」ニコ

執事「………」


~妄想~

お嬢「これは淫魔が使うのと同じ魔法よ。ほーらほーら、ええのかー、ここがええのんかー」

執事「んああぁぁっ」ビクンビクン

お嬢「ほらほら、跳ね返さないと頭がどんどんバカになるわよ~?」

~妄想終了~


お嬢「『メチャクチャにしてえぇ、俺の感じるところ、全部バカにしてええぇ!』『オホホ、遂に本性を表したわね淫乱執事! お望み通り、いっぱいいじめてあげるわ』『んあー、いい、すごくいい!』」

執事「人の妄想に続きを入れるな!」

お嬢「開発したいわ。受けメンを開発するのが夢だったのよ」

執事「どっちの意味での開発だ。あと受けメンて何だよ」

お嬢「じゃあこれは命令よ。私に仕えるに相応しい魔法力を得なさい。特別に、この私がタダで教えてあげるわ。得したわね!」

執事「後で『体で払え』とか言わないだろうな」

お嬢「………まさか~」

執事「何だよ今の間は!!」

お嬢「ま、そうと決まれば修行しましょう。腕がなるわ~」

執事(マジかよ…まぁセクハラじみたことしてこなけりゃいいか)

執事(…それに、実際魔法の能力を得れば……)

執事("魔王の息子"として恥じることもなくなるかもしれない……)

>で


執事「………」

お嬢「もうちょっと右ぃ~」

執事「………」ゴシゴシ

お嬢「あんあん、そこそこォ~♪」

執事「…ってオイ!!」

お嬢「ん? なによ?」

執事「『セクハラじみたことしてこなけりゃいい』と思った次のレスで早速セクハラしてきてんじゃねぇよ!!」

お嬢「なによぅ、背中を洗わせているだけでしょう?」

執事「若いんだから背中に手くらい届くだろ…。これのどこが修行だ」

お嬢「煩悩を鎮める精神修行よ」

執事「それっぽいこと言ってんじゃねぇ!!」

お嬢「いいからその逞しい手で私の柔肌を磨きなさいよ」

執事(くっそ…結局、下僕としてこき使われてるだけじゃねぇか。しかも…)

執事(お嬢の体…こうして見るとやっぱ肌が綺麗だしなめらかだし……)ゴクリ

執事(~っ、馬鹿、俺、こんな変態女に発情してんじゃねぇよ!!)ゴシゴシゴシゴシ

お嬢「さて、背中はもういいわ」

執事「じゃあ俺は外に出てるぞ」

お嬢「待ちなさい」

執事「何だ。まさか前を洗えとは言わないよな?」

お嬢「今度は私が貴方の背中を流す番よ」

執事「………は?」

執事「………」

お嬢「うぅーん、逞しい男の背中♪ ゴツゴツしてる…♪」ウットリ

執事(説明しよう!! 俺は浴室から逃げようとしたが、お嬢の魔法に捕まって結局このザマである!!)

お嬢「何うつむいてるのよ、ウブねぇ~」

執事「そんなんじゃねぇし!! たかだか女の裸くらいで!!」

お嬢「ふぅん? だったら何で見ないのよ?」

執事(正直、下半身が反応しちまうからだよ……!!)

お嬢「さて、洗い終わり」

執事「じゃあ今度こそ俺は出るぞ」

お嬢「待って。一緒に湯船入りましょうよ」

執事「!! 冗談じゃねぇ、何でお前と一緒に入らないといけないんだよ!?」

お嬢「いいじゃない、湯船は広いんだし。ペットとお風呂入るだけだし」

執事「良くねぇよ! 大体俺は、そのペットってのも納得いってねーし!!」

お嬢「仕方ないわね。触手ちゃ…」

執事「わーっ!! わかったから触手はやめろ!!」

お嬢「ふぅ気持ちいいわねぇ」

執事(良かった…泡風呂だから体を見られない)

お嬢「ちゃんと煩悩は鎮められてる~? これは修行だって忘れてないわよねぇ?」クスクス

執事「ぼ、煩悩も何もねぇし! そっちこそ俺の体で発情してんじゃねぇだろうな!?」

お嬢「オカズになることは間違いないわ」グッ

執事「オカ……お前、本当イカレてんな」

お嬢「へぇ、どの辺が?」

執事「そりゃ…自分の貞操を狙った男を近くに置いて、性的な言葉を浴びせてくるとか…そんな女いねぇよ」

お嬢「私は天才だし? 普通の女じゃないし~」

執事「自分で言うな」

お嬢「可愛いわよ貴方は。絶対勝てない相手に反抗しちゃう所とか」

執事「ぐぬぬ…」

執事(この女、ぜってー悔し泣きさせてやるからな…)

お嬢「可愛いものよ。…貴方程度の悪意は」

執事「え?」

お嬢「さて、そろそろ上がるわ」ザパッ

執事「お、おう」プイ←見ないようにしてる

今日はここまで。
逆セクハラ楽しい。

>翌日


執事「炎魔法っ!」ゴオォッ

お嬢「ふむ……」

執事「これが精一杯だな。で、どうだ」

お嬢「魔力の質は悪くないわね…魔力放出の基本もできている、だけど威力が小さいのはどうしてか…」ブツブツ

執事(珍しく真剣だな…やっぱ本職のこととなるとスイッチ入るのか)

お嬢「わかったわ、威力不足の原因」

執事「ほう。教えてもらおうか」

お嬢「貴方、M気質なのよ」

執事「………少しでも『見直した』とか思った俺が馬鹿だった」

お嬢「真面目な話よ。魔法の適正と性癖は、実は密接な関係にあるのよ」

執事「…聞かせてみろ。信じないだろうけど」

お嬢「Mは魔法適正が低いのよ。それゆえMは己の肉体をいじめて鍛え上げ、戦いでは敵の攻撃をその肉体に味わい…」

執事「百歩譲って俺がMだとして。適正が低いのにどうやって魔法の腕を上げるんだよ」

お嬢「簡単よ」

執事「ほう?」

お嬢「魔法適正の高い性癖に目覚めるよう、肉体を開発すればいいのよ…ニヒヒヒヒ」

執事「断固拒否する!!」

お嬢「困ったわね。あとは地道に基礎能力を上げるしかないわ」

執事「そっちでいいだろ、そっちで…」

お嬢「オーケー。じゃあまずレッスン1…」




執事「ゼェ、ゼェ…」

お嬢「はーい、お疲れ様~♪」

1時間程、執事はお嬢と魔力のぶつけ合いをしていた。勿論、お嬢の方は手加減していたが。
剣の打ち合いのようなものだと説明されたが、本当にこれで基礎能力が上がるのかは疑問である。

お嬢「1日目で劇的に上がることはないでしょうね。でも指導者が有能だから、実感のないままレベルアップするはずよ」

執事「そういうもんか…」

お嬢「沢山修行した後は、たっぷり休むことね。私は仕事をしてるから、好きに過ごすといいわ」

執事「おう……」

執事(この1時間…本当に真面目だったな、珍しく)

執事(あのお嬢、真剣になると貫禄があるというか…いつもとのギャップが……)

執事「……」

執事「あああぁぁ!! 変態が普通になっただけじゃねぇか、惑わされるな俺ええぇぇ!!」ブンブン

お嬢「ふぅ~」カリカリ

トントン

お嬢「執事? どうぞ~」

執事「ケーキ作ってみた。一旦ティータイムどうだ」

お嬢「あら、気が利くわね~。でも、ひとつ不満」

執事「何だ?」

お嬢「台詞が執事っぽくない。やり直し」

執事「……お嬢様の為にケーキと紅茶をご用意致しました。どうぞ召し上がって下さい」

お嬢「よろしい。普段からその口調でいてくれれば萌えるのに」

執事「奉仕したくなるような可愛いお嬢様相手なら、喜んで執事やるんだけどな~」

お嬢「まぁいいわ、生意気な執事も可愛いし」

執事「男に対して可愛いは、全く褒め言葉になってないからな?」

お嬢「褒めてると思った?」

執事「………」

お嬢「なーんてね♪ いじめたくなるわよねー、貴方って」

執事「…うちの姉のようなことを言うな」

お嬢「あら、お姉さんいたの? わかった、お姉さんの尻に敷かれていたんでしょ~」

執事「あーもう、黙ってケーキ食え!」

お嬢「はいはい。あら、甘くて美味しい~」

執事(くっそ…図星突かれた)

>午後


お嬢「執事、街に降りるわよ。支度しなさい」

執事「唐突だな。何か用事でもできたか?」

お嬢「お買い物がしたくなったのよ」

執事「はいはい。山道を下るならスーツじゃいかんよな…」

お嬢「移動魔法で行けるから、その心配はいらないわ。執事服で来なさい」

執事「りょーかい。じゃ特に支度するものはないな」

お嬢「日傘持って行くわよ! 執事が差す日傘に入るとか、萌えるじゃない」

執事「空、曇ってるけどな」

>服屋


執事(何か、いかにも女の子な店だな…俺一人じゃ入れないわ)

お嬢「これとー、これとー」

執事(これ全部、俺が持つんだろうな。まぁそれくらいなら構わないけど)

お嬢「あら、このデザインいいわね。でも、色のバリエーションが多いわ」

執事「そうだな…5種類か」

お嬢「ねぇ、どれがいいと思う?」

執事「…その質問には答えんぞ」

お嬢「あら、どうして?」

執事「女のその質問に対する正解は『どれも似合ってるよ』だろ? そんなお世辞言いたかねぇ」

お嬢「ねぇ執事…貴方って童貞?」

執事「店の中でなんつー質問してんだよ」

お嬢「『女って~』ってレッテル貼る視野の狭さが童貞臭いのよ。少なくとも、私はそんな女じゃないもの。答えが決まってる質問なんて無意味だと思うわ」

執事「なら…ピンクかな」

お嬢「そう。1番ないわって思ってた色だわ」

執事「おい!!」

お嬢「でも、貴方が好きなのを欲しいわ」

執事「…へ?」

お嬢「ピンクを買うわ。選んでくれてありがとう」ニコ

執事「お、おう…」

お嬢「重くない? 私も持ちましょうか?」

執事「重くない。そんな気を使うな」

お嬢「あらー優しい。私の執事としての自覚が芽生えてきたの?」

執事「執事としてじゃない。男だからな」

お嬢「悪くないわねー、女の子扱いされるのって♪」

執事「女の子…あぁ、そういや女の子だったな」

お嬢「何だと思ってた? 素敵なお姉様?」

執事「魔王より怖い凶悪お嬢」

お嬢「怖がりねぇ、私より怖いものなんて沢山あるでしょう」

執事「でも、お前自身は怖いものないだろ。オバケとかゾンビや虫、地震雷火事親父」

お嬢「魔法で何とかなるものばかりね。何が怖いのか理解できないわ」

執事「だろうな」

執事(羨ましいもんだ…魔王の息子である俺でさえ、怖いもんは沢山あるってのに)

?「ねー」

執事「ん?」クルッ

子供「これ、落としたよー」

執事「あ、ハンカチ。ありがとうな坊主」

子供「どういたしましてー」

執事「お嬢からもお礼言って…」

お嬢「…………」

執事「…お嬢?」

お嬢「あ、ありがとう、ね」

執事「…?」

お嬢「……はぁ」

執事「なぁお嬢。まさか…」

お嬢「え?」

執事「子供が怖いとか?」

お嬢「っ! ち、違うわよ! 怖いんじゃなくて…子供嫌いなだけよ」

執事「へぇー? 何で?」

お嬢「理由なんてないわ。嫌いなものは嫌いなの」

執事「そうか。そいやー勇者が魔王を倒したのは、お嬢が13歳の時だっけ。パーティーの中じゃ1番ガキだったろー」

お嬢「年齢はそうだけど、『全然子供らしくなくて可愛げがない』って言われてたわよ」

執事「あぁ、なるほど。じゃー周囲の“子供らしい子供”とは気が合わなかっただろうな」

お嬢「…私と気の合う人なんて、いないわよ」

執事「え?」

お嬢「それより、早く帰りましょう。買った服と手持ちのアクセサリーを合わせてみたいわ」

執事「お、おう」

執事(そして帰宅し、俺は晩飯の支度に取り掛かっている)

執事(あ、コンソメが足りない。食在庫まで取りに行かないとな)


執事(ランプつけて、っと)

執事「コンソメは…あ、あった」

お嬢「食在庫にいたのね。今日の夕飯は何かしら?」

執事「ミネストローネでも作ろうかとな。…お、着替えたんだな」

お嬢「えぇ。どうせなら社交辞令でも『可愛いな』とか何か言いなさいよ」

執事「なら、どうせなら俺が選んだのを着てみせろってーの。やっぱ色が気に入らなかったか?」

お嬢「室温に合った服を選んだだけよ。ごめんねぇ、男心を察してあげられなくて」

執事「いえいえー。生身の男をろくに知らんお嬢に、そこまでの配慮なんてとてもとても」

お嬢「さしずめ、清純派の天然お嬢様ってとこかしらね」

執事「突っ込みきれねぇぞおい」

執事(やっぱ、口でも勝てる気がしねぇ。こういうとこが姉貴と被るから可愛くな…)

フッ

お嬢「きゃっ」

執事(あ、ランプ消えちまった。…って、『きゃ』?)

執事「炎魔法、っと」ボッ

お嬢「うっかり者」

執事「つか、ランプ消えた時に『きゃっ』て言ったよな?」

お嬢「!? い、言ってないわ!」

執事(お? 珍しくムキになってやがる…。ははーん、さては弱点なんだな)

執事「素直に言えよな~、暗いのが怖いんだって」

お嬢「ち、違うわよ! 怖くない!」

執事「そいやー寝る時も部屋の灯り消さないよな~。何で? 何で?」

お嬢「…っ!」

執事「いやいやいや。まさか英雄たるお嬢にそんな弱点があったとは…」

執事(今までの仕返しだ、ほれほれ。ムキになれよ)

お嬢「………」クイ

執事「へっ?」



ウネウネ

執事「お嬢様、大変失礼を致しました。なのでどうか解放して頂けないでしょうか」

お嬢「どうしよっかな~」ムスッ

執事「本当お願いします! 俺は貴方の犬です、わん、わんっ!」

お嬢「もう、仕方ないわね」クイ

執事(あぁ解放された……。触手に四肢を絡め取られて、流石にヤられると思ったぜ……)

お嬢「覚えておきなさい、私はヒスる女よ」

執事「はい……覚えておきます」

今日はここまで。
変態成分不足で申し訳ない。

お嬢「やっぱり執事の作る料理は美味しいわね~。毎日の食事が楽しみだわ♪」

執事(いやー良かった、機嫌直してくれて)

お嬢「ところで執事。料理は魔王城にいた頃からやっていたの? 王族は料理をするイメージがないけど」

執事「あぁ。料理に興味あったんで、小さい頃から厨房に入り浸って習っていた」

お嬢「ふぅん。魔王はそれを了承していたの?」

執事「俺は魔王の後継者の器ではなかったしな。割と自由にさせてもらっていた」

お嬢「じゃあ、後継者はお姉さんの方だったの?」

執事「あぁ、そうだ。俺と違って、将来の魔王に相応しい人だ」

お嬢「どんな人?」

執事「お嬢の胸をでかくした感じだ」

お嬢「なるほど、それは確かに魔王の器だわ。お姉さんは、今は何をされているの?」

執事「さぁ。魔界に帰ったはずだけど、ここ5年はろくに顔も合わせていないしな」

お嬢「あら、寂しいわね。唯一の身内でしょう」

執事「別に。むしろ、せいせいしてる」

お嬢「よっぽどお姉さんが怖いのね~」フフフ

執事「い、いやいやいやいや怖くねぇし!?」

お嬢「ふーん?」ニヤニヤ

執事(このヤロ…。けど言われてみりゃ、今頃何やってんだろうな姉貴は)

>数日後……


執事「はああぁぁっ!」

お嬢「はい、そこまで~」

あれから毎日、魔法の打ち合い訓練をしていた。

お嬢「初日に比べると慣れてきたわね。その調子よ」

執事「相手にしてる相手が相手なだけに、順調だと実感できないな…」

お嬢「順調よ。戦略次第では実戦でも使えるんじゃないかしらね」

執事「戦略、ねぇ…。考えるのが苦手だな」

お嬢「戦略は大事よ。例えば私の場合、戦闘で消費する魔力は7割にとどめておくわ」

執事「じゃ、7割使ったらどうするんだ?」

お嬢「残り3割を逃亡に費やすわね」

執事「その3割で勝てるかもしれないのに?」

お嬢「こちらが全魔力を使い切った後に、相手が奥の手を使ってくる可能性もある。実際、そういう場面はいくつもあったわ」

執事「なるほどな。臆病に見えなくもないが、そのお陰で命を繋いでこれたのかもしれないな」

お嬢「そういうこと」

お嬢「実戦を積めば段々わかってくると思うけど…まぁ、その話はまた今度ね。とりあえず休憩しましょう」

執事「訓練前、プリン作って冷やしてたんだよ。食べるか?」

お嬢「あら、いいわね~。クリームとか乗せて食べたいわ」

執事「了解。すぐ用意する…」

<カラーン

お嬢「あら呼び鈴が」

執事「行商人だろうか。俺が対応するか?」

お嬢「すぐそこだし、私も行くわ」

執事「おう」


執事「はいはーい…」ガチャ

国の使い「魔法使い様! 大変です!」

執事(国の使いか。何か大分切羽詰った様子だな)

お嬢「あら。何があったの?」

国の使い「戦士様が…闇討ちされました!!」

お嬢「何ですって」

国の使いが言うには、戦士は飲み歩いていた昨晩、人通りの少ない路地裏で暴行されたらしい。
何とか一命は取り留めたものの、かなりの重症を負ったそうだ。

お嬢「そんな酔っ払いの喧嘩で『闇討ち』なんて大げさな」

国の使い「しかし英雄である戦士様を暴行するなど、まさか国に対する反逆者の仕業かも!!」

お嬢「ないない。それに、あの飲んだくれのどこに"英雄"たる威厳があるのよ」

国の使い「それは………」

お嬢「とにかく戦士のことなんて私は知ったことではないわ。それだけの用事なら帰って」

国の使い「……わかりました」


執事「ひでー言い草だな。かつての仲間だろ?」

お嬢「別に、心で繋がっていたわけじゃないから」

執事「そうか。本人がそう言うなら仕方ないわな」

お嬢「それよりもプリン、プリン!」

執事「はいはい…ったく、ガキかよ」


執事(それにしても、戦士って怪力を誇る実力者だよな…。いくら泥酔してたからって、そう簡単にやられるもんか?)

執事(…何だろう、胸騒ぎがする)

数日後、その不安は的中した。

お嬢「今度は僧侶がやられた~?」

国の使い「はい。瀕死の状態で見つかりました。やはり反逆者の仕業かもしれないと、陛下も警戒しております」

お嬢「怨恨じゃないの~? 僧侶が教祖やってる新興宗教、悪どいこともしてたんでしょ?」

国の使い「そ、それは………」

お嬢「戦士の時といい、なるべくしてなった事態じゃない。私は知らないわよ、もう」

国の使い「しかし、陛下は"英雄の保護"を考えております。ですから是非、城の方に…」

お嬢「やだわ~。城で軟禁生活なんてストレス溜まる~」

国の使い「うぅ……」トボトボ


執事「…国王には逆らわない方がいいんじゃないのか?」

お嬢「あら、どうしてよ?」

執事「そりゃ、お嬢の身の潔白を証明する為だよ」

お嬢「はい? 何で私が身の潔白を証明しなきゃいけないのよ?」

執事「落ちぶれたとはいえ英雄が2人もやられたんだ。国はあらゆる可能性を考える…お嬢が2人をやった、という可能性もな」

お嬢「どうしてそこに行き着くのよ」

執事「まず戦士や僧侶を倒せる奴、というだけで大分限られてくる。それにお嬢にもメリットがある…元仲間が全滅すりゃ、名声はお嬢が独り占めだろ」

お嬢「邪推ねぇ。…でも、本当に疑われたら面倒ね」


こうしてお嬢は、城に身を寄せることとなった。

>そんでもって


お嬢「城のスイーツは上品なばかりでイマイチだわ! 執事、毎日差し入れなさい!」


執事(っつー命令で俺は城の近くに部屋を借り、お嬢の所まで差し入れを届ける毎日だ)

執事(当たり前の話だが、素性の知れない俺は城に置いてはもらえない。お嬢と会う時間が1時間許されているくらいだ)

執事(ちなみにお嬢に『差し入れは脱ぎたてのパンツでもいいわよ』と言われたが、無視だ)


執事「お嬢様、ドーナッツをお持ちしました」←人前では敬語

お嬢「あぁ~、もう執事の差し入れが唯一の楽しみよ」

執事「大分、心労がたまっていらっしゃるご様子で」

お嬢「えぇ。保護の目的で常時監視付き! 気が休まらないったらありゃしないわ!」

執事「いやぁ、本当にお気の毒…ククク……」

お嬢「執事ぃ? 私が苦しんでる様子を見るのがそんなに楽しいのかしらぁ~?」

執事「いえいえ、まさか…」クク

お嬢「覚えてなさい、帰ったら可愛がってあげるから」

執事「いえいえ勿体無いお言葉で」


こうして他愛ない話をする。
そうやって今日も、1時間が過ぎる。

執事(帰宅~、っと)

執事(………そうだ。お嬢に『魔法の特訓に付き合えないから、本を読んで自主練しなさい』って言われてたんだっけ)ペラペラ

執事(1人でやる自主練って眠くなってくるよな~…でも他にすることもないんだよなぁ)フワァ

執事(自分が食う分だけだと思ったら、マトモに料理するのも面倒だし)

執事(明日の差し入れは何にするかな…一昨日はシュークリームで昨日はトリュフで……)

執事「………って」

執事(さっきから、あの変態お嬢に関することばっか考えてるじゃん。せっかく解放されたんだし、リフレッシュしねーと)

執事(…どうやればいいんだ? リフレッシュって)

執事(いかん、あの変態お嬢に大分毒されている。こうして考えてみると濃い毎日を送ってたな)

執事(攻撃を仕掛けても、打ち負かされて。いじめられるわ、セクハラされるわ、こき使われるわ)

執事(思えばあのお嬢との生活で心が休まったことなんて1度もねぇ)

執事(今はそういうのが無いんだよな……)

執事(…それって、なんて開放的で……)


執事「なんか、つまらないなぁ……」

>翌日


執事(今日のデザートはアイスケーキだ。溶けない内に行かないとな)タタッ

執事「……ん?」


勇者「……」コソコソ


執事(勇者じゃねーか…何やってんだ、1人でコソコソして)

執事(ははーん、あいつも監視生活に嫌気がさして、抜け出したんだな)

執事(ま、いいや。そんなことより差し入れ差し入れ)タタッ



お嬢「口の中でひんやりしたバニラが溶ける~。幸せぇ~」

執事「お喜び頂き光栄です、お嬢様。…あ、そういえば」

お嬢「ん、何かしら?」

執事「さっき、城の外で勇者を見かけたぞ」ヒソヒソ

お嬢「あー…そうね、今回の件で女遊びまでできなくなって溜まってるわ」ヒソヒソ

執事「愛人と密会でもするんだろうか」ヒソヒソ

お嬢「みたいね。どうやら戦士や僧侶の件辺りから仲を深めていた女がいるようでね」ヒソヒソ

執事「どうしようもねーな…。あんなに可愛らしくて品のある奥さんがいながら」ヒソヒソ

お嬢「そうそう、王室育ちで品のある奥さんを変態プレイに目覚めさせるのが面白いのにね」ヒソヒソ

執事「勇者までお前みたいな変態なのか」ヒソヒソ

お嬢「さぁね~。でもまぁ、アレは病的な女好きの浮気性ってことは間違いないわ」

執事(かつての仲間を『アレ』呼ばわりかい)

>帰路


執事(さーて、夕飯の買い物でもしながら帰るか)

執事(お、リンゴが安いじゃん。そうだなー、明日はアップルパイでも焼いてやるかな)

執事(明日は楽しみだ。城を抜け出した勇者がどうなったか聞けるんだもんな)ククク

――と、その時。

執事「……!!」

執事は"ある気配"を察知し、振り返った。

執事(この気配…まさか……)

執事(……いや、間違いない!!)ダッ

その気配は、知っている魔力だった。
それを感じる方向に向かって、執事は駆けた。

執事「宿屋……ここだ! ここに"アイツ"が……」


がしゃーん

執事「!!」

窓ガラスの破れる音が耳に痛い。
そして次の瞬間には、執事の目の前に何かが落ちてきた。

執事「…っ!? ゆ、勇者!!」

勇者「ううぅ……」

それは全身に大ダメージを受けた、瀕死の勇者だった。


?「あら~ん?」

執事「!!!」ビクウウゥゥッ


そしてその声を聞いたと同時、執事は反射的に跳ね上がった。

?「その顔は…久しぶりねぇ~」

執事「…っ」ガタガタ

執事の前に降り立ったのは――


姉姫「久しぶりねぇ、ボクちゃ~ん?」


執事がこの世で最も恐れる、姉だった。

執事「あ、姉貴……」

姉姫「『姉貴』? んまぁ~、反抗期のなかったボクちゃんが生意気になっちゃって」

執事(反抗期なかったんじゃなくて、反抗させなかったんだろーが…。…って、ちょっと待てよ)

執事「姉上、その勇者は……」

姉姫「あぁ、ハニートラップ仕掛けてハメたのよ。どお~、お姉ちゃん強くなったでしょ。英雄相手に連戦連勝!」

執事「………は?」

姉姫「ねぇねぇ聞いてボクちゃん。お姉ちゃんね、パパの仇である英雄どもをサクサク倒してるのよ」

執事「………」

姉姫「こりゃあ人間も絶望するわよねえぇ! ざまあああぁぁぁ!!」ゲラゲラ

執事(こいつの仕業だったんかい……って、ちょっと待て!!)

姉姫「あは、あはは…ふぅー。さーて…」

執事(となると、次のターゲットは…!!)

姉姫「残す英雄はあと1人…魔法使いだけね」

執事「!!」

今日はここまで。
やっと話が動きましたね。

姉姫「こいつは厄介だわ~。他3人みたいな迂闊な行動を取らないし、城で保護されているし。さーて、どうするか……」

執事「あ、姉上!? 勇者を倒したのだから、それで十分では……」

執事(別に庇ってるわけじゃねぇぞ変態お嬢! お前に復讐するのは俺だから……)

姉姫「えぇそうね。…私怨ならね♪」ニコッ

執事「………え?」

姉姫「でも生憎、これは私怨じゃないの。戦争よ戦争」

執事「姉上…おっしゃってる意味が……」

姉姫「決まってるじゃない。パパが叶えられなかった夢…世界征服を私が叶えるのよ」

執事「!!」

姉姫「全面戦争になる前に英雄を各個撃破…どう、お姉ちゃん頭いいでしょ~」

執事「し、しかしですね…。勇者までやられては、より一層警戒するでしょうし……」

姉姫「わかってないわねぇ。より一層警戒されたとこを打ち破るから気持ちいいんじゃない」

執事「現実的ではないかと……」

姉姫「あらあらボクちゃん? どうして魔法使いを庇うのかなぁ? お姉ちゃん悲しいなぁ~」ウルウル

執事「そ、それは……」

姉姫「……魔法使いの執事をやってるから?」

執事「!!!」

姉姫「わかるんだぞォ、ボクちゃん。その執事服に染み付いてる魔力が誰のものか……」

執事「こ、これは……」

姉姫「まさかボクちゃん、魔法使いに心から屈しちゃったのかしら~?」

執事「ち、違います! 俺は…奴を討つ為に、近づいただけです!」

姉姫「そ、それなら安心♪ そうよね~、魔王の子息たる者がまさかねぇ」

執事(そうだ…俺は別に、奴に忠誠を誓ったわけじゃねぇ…!!)

姉姫「だったら、お姉ちゃんがやってあげる! 協力して、あの魔法使いを倒そうよ、ね!」

執事「……っ」

>翌日


執事(勇者がやられたとあって、街中の雰囲気が沈んでいるな…落ちぶれたとはいえ、勇者は勇者か)

執事(次にお嬢が狙われることも、予想されているだろう…)

執事「……」


お嬢「まぁ、今日はアップルパイ?」

執事「リンゴが安かったので。…嫌いでしたか?」

お嬢「パイは貴方の方が好きでしょ、大きいのも小さいのも」

執事「……人前では慎んで下さい」プルプル

お嬢「勿論、私も好きよ。紅茶と一緒に頂くわ」

執事(この現状でも、お嬢に動揺は見られない…)

お嬢「ただ、紅茶を淹れてくれるのがベテランのおじさん執事でね。別に悪いってわけじゃないんだけど、萌えないっていうか…」

執事「…少しは警戒しろよな、馬鹿お嬢」

お嬢「え?」


兵士「た、大変です!」バタバタ

お嬢「どうしたの?」

兵士「魔物の群れが、城に向かってきています!!」

お嬢「何ですって…」

兵士長「であえーッ!!」

オオオォォォ


姉姫「フフフ、この臨場感…やっぱり戦争っていいわね」ウットリ


お嬢「ここ数日の事件、魔物の仕業だったのかしらね?」

兵士長「魔法使い様、出てきてはなりません。奴らの狙いは、きっと貴方です」

お嬢「奴らの狙いが私だから来たのよ。私が戦えば、余計な犠牲は出ないでしょ?」

兵士長「しかし、危険です! 残った英雄である貴方がやられては、人々は希望を見失う…!!」

お嬢「『残った英雄』って、まるで3人が死んだみたいに…。自ら戦わないで守られて、何が英雄よ。守られヒロインなんて、私のキャラじゃないの」

お嬢は兵士長の制止を無視して、前に出て行った。


執事(やっぱりな……お嬢は、黙って隠れている性分じゃない)


お嬢「私が魔法使いよ! 私の命が欲しい奴は、どいつ!」


姉姫「あらぁ勇ましく出てきたわね~。好きよぉ、勇敢な女の子って。でも…殺すけどね♪」


兵士長「!! 魔物の群れが魔法使い様に……」

お嬢「上等…」バチバチッ

バリバリバリイイィィッ


姉姫「あらぁ…刺激的。惚れるわぁ」


お嬢「次にやられたいのは誰かしら? お相手するわよ」

10匹近くの魔物を撃ち落としたお嬢は、勝気に笑った。

魔物「あの魔法使い、攻撃範囲が広すぎます。数で押すのは無駄でしょう」

姉姫「なら私が行くわ~。被害は最小限でいきましょ」


姉姫「初めまして、英雄さん」スタッ

お嬢「人間…に見えるけど、魔力は人間のものではないわね」

姉姫「うふふ、近くで見ると可愛いお嬢さんねぇ~。殺すのが惜しいくらいだわ」

お嬢「殺す? 笑えないご冗談を。そもそも、お姉さんは何者かしら?」

姉姫「私は、貴方達が倒した魔王の娘よ。そうねぇ、現魔王…を名乗ってもいいのかしら」

お嬢「へぇ、貴方が。弟さんとは似ていないのねぇ」

姉姫「ボクちゃん…じゃなくて、弟がお世話になったわね。だから余計に貴方は許せないのよぉ」

お嬢「どういうこと?」

姉姫「それは――」


姉姫「あの子を尻に敷くのは、私だけの特権なのよ…!」ビュンッ

お嬢(素早い!!)

目で姉姫の動きは追えなかったものの、お嬢は咄嗟の判断で自分の周囲に魔力を纏った。
この魔力に触れればダメージを喰らう。近接攻撃を苦手とする彼女にとって、最大の防御手段だった。

姉姫「…ふぅ~、危ない魔法を使うのねぇ。綺麗な薔薇にはトゲがある、ってね?」

お嬢(魔力に触れる寸前の所で停止した…)

姉姫「どうやら肉弾戦は悪手みたいねぇ。なら…」スッ

お嬢「!!」

姉姫「私も貴方と同じ土俵…魔法攻撃で戦ってあげるわ♪」

姉姫「せやぁっ!」ゴゴゴゴゴ

お嬢(…っ!! 地面が割れっ……)ヒュウゥ

姉姫「安心してね、割った地面は直すから。…貴方が地の底に落ちた後で♪」

お嬢「単純な作戦ね」フヨフヨ

姉姫「あら、貴方浮けるのねぇ」

お嬢「今度はこっちの番よ!!」

お嬢の周囲に大量の水が現れる。その水は龍の形を作り、姉姫を睨みつけた。

お嬢「水圧に潰されてしまいなさい!」

姉姫「!!」

お嬢の指揮で水の龍は姉姫に襲いかかり、全身を飲み込んだ。

お嬢「どうよ、騎士の鎧をも押しつぶす水圧の威力は」

姉姫「あぁもう、お気に入りのドレスがビシャビシャだわ」

お嬢「…!」

姉姫にダメージを喰らった様子はなく、困ったようにビシャビシャのドレスの裾をしぼっていた。

姉姫「"圧力"には"圧力"で返す…基本的戦略よねぇ」

お嬢「なるほど、上から来る水圧に対して、下から圧力を放ったわけ…」

姉姫「うふふ、貴方って凄腕の魔法の使い手だけど、割と何とかなるのねぇ~」

お嬢「それはどうかしら」スッ

姉姫「……? 寒くなってきたわね……」

お嬢「濡れた体には辛いでしょう? "絶対零度"!!」

姉姫「……!!」

姉姫の体は、一瞬にして凍りついた。

お嬢「魔法の腕だけじゃなくて知恵も回るのよ…天才だからね」

執事(し、信じられねぇ……)

物陰から見ていた執事は目を疑った。
まさかあの最凶の姉が、1対1の戦いで氷漬けにされる日が来るとは…。


兵士長「やりましたね魔法使い様! 現魔王をお1人で倒すとは!!」

お嬢「……まだ倒していないわ。これ位で死ぬようなお姉さんに見えないもの」

執事(俺もそう思う)

兵士長「では、トドメを刺した方が……」

お嬢「………」

執事(お嬢?)

お嬢「…そこにいるんでしょ、執事」

執事「!!」ビクッ

お嬢「………」

執事(無言の圧力を感じる…出て行くしかねぇか……)

執事「……」スッ

執事(俺までやられるのか…!?)ビクビク

お嬢「……ねぇ、執事」


お嬢「お姉さんまでやられたら……貴方はつらい?」

執事「……えっ?」

お嬢「貴方はお姉さんのこと好きでない、というようなことを言っていたけれど…それでも、血の繋がったお姉さんなのよね」

執事(何を言っているんだ、こいつは?)

質問の答えを考えるよりも、その質問自体に驚いていた。
お嬢にとって、命を狙ってきた姉姫は敵だ。その敵にトドメを刺さずに、あろうことか同じく"敵"である自分にそんなことを聞いてくるなんて。

執事(何を企んでやがる…まさか、俺を試しているのか?)

お嬢「どうなのよ。さっさと答えなさい」

執事「お、俺は……」


「嘘よねぇ? ボクちゃんが、お姉ちゃんのこと好きじゃないなんて」


お嬢「!!!」ガバッ

執事(うおぉ……)

お嬢「……まさか、あの氷を溶かすなんてね」


執事にとっては、ある程度予測できていた事態だった。
とはいえ、やはりその最凶っぷりに圧倒はしたが。


姉姫「ボクちゃんとは後でゆっくりお話するとしてぇ…。お嬢さんは徹底的にやらないと駄目みたいねぇ」ニコニコ

姉姫「魔界への門よ開け…そして集え、亡者の魂!」ゴゴゴ

お嬢「何…この禍々しい気配は…」

姉姫「亡者の魂よ、その罪人の魂を喰らうがいい!!」ゴオオオォォ

お嬢「!!」


執事(いきなり最強クラスの技かよ!? 姉貴の奴、切れてやがる…!!)

そんな執事の心配をよそに、亡者の魂達はお嬢に襲いかかっていった。

執事(お嬢…!!)

圧倒的な姉姫の力を恐れると同時、執事は心のどこかで信じていた。

あのお嬢がやられるわけない。例え、あの最凶の姉の最強クラスの技を受けたとしても――


お嬢「……ハァッ」

執事「お嬢!!」

そして予想は的中していた。

姉姫「あら驚いたぁ…亡者の魂を全て消し去るなんて」

執事(やっぱり一筋縄じゃいかねぇな、お嬢!!)

お嬢「………」

執事(お嬢? 様子が変だな……)

お嬢「……くっ」ドロン

執事「あっ!!」

姉姫「まぁまぁ…逃げるなんて、残念」

魔物「如何致しましょう、姉姫様」

姉姫「私達の狙いは彼女だからねぇ…追うしかないでしょ」

魔物「しかし、追うと言っても行き先が……」

姉姫「彼女の残り魔力からして、逃げられる範囲はせいぜい国内ね。魔物達を総動員して探し出すわよ」


執事「………」

姉姫「どうボクちゃん、お姉ちゃんカッコイイでしょ~?」ニコニコ

執事「えぇ…流石は現魔王たるお力の持ち主です」

姉姫「でも困ったわねぇ、いくらこの狭い国内だからって、女の子1人探し出すなんて骨の折れる作業よ~。ボクちゃんも手伝ってくれる?」

執事「姉上…あの女の性格上、隠れる場所は大体想像できます」

姉姫「まぁボクちゃん、賢くなったのねぇ。それで? あの子はどんな場所にいるのかしら?」

執事「あの女が隠れるのは――」


執事「暗い場所、でしょうね」

執事「……」キョロキョロ

執事は魔物とは別行動し、国中を歩き回っていた。
お嬢と過ごした屋敷やその周辺の森、一緒に歩いた街…。
どこを探しても、お嬢の姿は見当たらない。

執事(もう日も沈んできたな…長引く隠れんぼだな)

執事(どこにいるんだお嬢…これより暗くなったら、あいつの行ける場所なんて…)

執事(……待てよ。確か以前、お嬢の奴……)

執事「……」

執事「足を運ぶ価値は十分にあり、だな」

今日はここまで。
姉姫さん好き。執事も好き。お嬢も好き。

>>1すき

お嬢「……」

物陰に隠れながら、魔力を回復させる。
回復した魔力は、全体の5割といったところか。

お嬢(駄目…こんな魔力じゃまだ、あの女とは戦えないわ)

お嬢(あの女の狙いは私だから、他に被害は及ばないとは思うけど…私が見つからないままだと、どんな強硬手段に出るかもわからないわ)

お嬢(もどかしい…早く回復しなさいよ魔力!!)

既に逃亡から3時間は経過しただろうか。
沈んできた夕日が、時間の経過を思わせる。

お嬢(……暗く、なってきた………)

お嬢「………」



『出して、ここから出してよぉーっ!!』

『怖い…やだよ……誰か気付いてよ……』

『私のこと、助けてぇーっ!!』



お嬢「…っ!」ブンブン

お嬢(怖くない、暗闇なんて怖くない…!! だって今は、あの時とは違うもの!!)

お嬢(……でも)


1人って、やだな……――


「見つけた」

お嬢「!!」

執事「よぉ」

お嬢「あ、貴方……何で?」

執事(初めて見るな、お嬢の面食らった顔は)

けど今は、からかってやる気にはなれない。

執事「夜になっても明るい場所――以前、月光の湖畔について話していたろ」

お嬢「そう言えば、そうだったわね……それで私の居場所を特定できたの」

執事「あの時は『満月の夜には明るい』って言ってたが、今日の晩は新月だ。きっと暗くなるぞ」

お嬢「……そうね」

執事「怖いだろ」

お嬢「怖くない」

執事「暗いのが怖いから、ここに来たんだろ?」

お嬢「…怖くない!!」

お嬢は珍しく感情的に叫び、執事の服の裾を掴んだ。

執事「……何だ?」

お嬢「側に、いなさいよ」

執事「俺はお前の敵だぞ」

お嬢「知ってる。でも貴方は危険じゃないから」

執事「ナメてんのか」

お嬢「ナメてなければ私の執事にしてないわよ」

執事「そうかい」

執事はふぅとため息をついて、お嬢の隣に腰を下ろした。

お嬢「尻尾を巻いて逃げ出すなんて、私まで英雄の名に泥を塗ったわね」

執事「戦略的撤退だろ?」

お嬢「難癖つけてでも私を貶めようって奴は珍しくないわ。嫌われ者だからね、私」

執事「…本当、ひねくれてるよな。よっぽどひどい目に遭ってきたのか?」

お嬢「神童の苦悩なんて凡人にはわからないでしょうね」

執事「いじめられてきたんだろ」

お嬢「なっ」

執事「大人と違って子供って正直だし、容赦なく悪意を向けてくるからな。だから嫌いなんだろ、子供が」

お嬢「……」

執事「暗いのが苦手なのも、いじめの影響でか?」

お嬢「…そんな軽い感じで言わないで。何時間、閉じ込められたと思ってるのよ」

執事「暗い所にか?」

お嬢「えぇそうよ。それもご丁寧に、魔封じの結界まで用意してね。脱出手段を封じてくるなんて、悪質にも程があるわ」

執事「ガキって残酷…」

お嬢「だけど誤解しないで! 私は暗いのが怖いわけじゃない!」

執事「へいへい」

お嬢「…私が怖いのは――」ギュ

執事「――っ?」

お嬢「暗闇に1人――それが怖いのよ」

執事「…っ」ドキ

普段見せないお嬢の弱気な表情に、執事は動揺した。

お嬢「ところで執事、私の居場所を知らせなくていいの?」

執事「え、あ、えっ?」

お嬢「貴方、私の敵なんでしょ? だから私を探しに来たんでしょ?」

執事「えーと…俺を信じないなら信じないで構わないが、今後のことについて1つ、提案がある」

お嬢「提案? 何かしら。言ってみなさい」

執事「お嬢…この世界を捨てる気はないか?」

お嬢「捨てる? …この世界を?」

ピンときていないようで、お嬢はキョトンとしていた。
だけどこの話を持ちかけるのが、執事の目的だった。

執事「お前はきっと姉貴に勝てない。それにあの女は執念深いから、逃げても逃げても追ってくる。…だったらいっそ、異世界へ逃げた方がいい」

お嬢「異世界? 馴染みのない言葉ね」

執事「俺たち魔族がいた魔界の他にも、異世界はいくつも存在する。そして、俺はその異世界へ続く道をいくつか知っている」

お嬢「ふーん…そうなの」

執事「信じないなら信じないで構わないと言っただろう」

お嬢「…信じる信じない以前にわからないわ」

執事「何が?」

お嬢「貴方、私の敵じゃないの? どうして私を逃がそうとするの?」

執事「確かに敵だ。けど先に敵に対して情けをかけたのは、そっちだろ」

お嬢「え?」

執事「姉貴を氷漬けにした時、あのままトドメを刺せばお前の勝ちだった。なのにお前は、わざわざ俺を気遣った」

お嬢「………」

執事「お前が俺を気遣う必要はないわけで……けど、気遣われたからには見捨てられないっつーか……」

お嬢「………」

執事「……あー、もう何か言えよ!! とにかく、そういうことだ! わかったか!!」

お嬢「…全然わかんないけど、まぁわかったわ」クスッ

お嬢「…行くわ。この世界に未練なんてないし」

執事「あっさり決めたな」

お嬢「貴方の言う通り、私は貴方のお姉様に勝つことも、逃げ切ることもできない。だからそれを選ぶしかない。…それに」

執事「…それに?」

お嬢「さっきも言ったけど、私は貴方をナメているの。貴方が言ったのが嘘だとしても、私は貴方に出し抜かれたりなんてしないわよ」フフン

執事「……やっぱ可愛くねぇ女だな」

お嬢「あら、今更じゃない。それとも、可愛いって思えるシーンがあったのかしら?」

執事「ね、ねーよ!!」

お嬢「ふーん? まぁ行動は早い内がいいわ。案内してもらおうかしら、異世界への道を」

執事「あぁ。1番近い場所でここからあまり離れてないから……」


「何なにぃ、異世界がどうだってぇ?」

執事「!!」バッ

お嬢「……あら」


姉姫「ヤッホー♪ 見ぃ~つけた~♪」

執事(最悪だ……)

姉姫「ねぇねぇボクちゃん、異世界ってどういうことかなぁ?」

執事「そ、それは……」

姉姫「勿論、その子を騙す為の口実だよねぇ? ボクちゃんはお姉ちゃんを裏切らないよねぇ~?」

執事「う……」ブルッ

お嬢「ボクちゃんボクちゃんって、弟萌えなの? 全く、どうしようもない姉ね」

姉姫「ん~? 何か文句でもあるの~?」

お嬢「あら気付かない? 執事が執事服に身を包んだ姿は、弟属性という枠を超えて執事萌えを生み出しているのよ」

姉姫「わかっていないわね。ボクちゃんがどんな格好をしようと『可愛い弟』という枠は越えられない。それがブラコンにとっての弟という存在なの」

執事(………何の話をしてるんだ、何の)


姉姫「まぁ、どうせ相容れないことはわかっていたわ」バチバチッ

お嬢「ふん…逃がしてくれそうにないわね」

執事(まずい……!!)

執事「あ、姉上!」

姉姫「ん、どうしたのボクちゃん?」

執事「先ほどの勝負でこいつが逃げ出したことで、人間たちは"英雄"に対する希望をもう十分失ったはずです! ですから…」

姉姫「だからその子を見逃せ、ってことかしら?」

執事「姉上は1度勝利したのです、だからいいでしょう!」

姉姫「ボクちゃん、私は勝ってないわ」

執事「!!」

姉姫「ボクちゃんも言っていたじゃない。氷漬けにされている間にトドメを刺されれば、私は負けだった、って」

執事(き、聞かれていた……)

姉姫「負けっぱなしはプライドが許さないのよねぇ…今度こそ、完璧に勝つわ」

執事(姉貴の奴、引く気がねぇ……)

お嬢「……完璧に勝つ?こっちの台詞よ」

執事(お嬢はさっきの戦いで魔力を大分消費した……)

姉姫「強がりな子は嫌いじゃないわよ~。最後の最後に命乞いするのだけはやめてね」


執事(どうすりゃいいんだよ……)

執事(い、いや、俺がお嬢のことを気にかける必要はないんだ…だってあいつ、親父を殺した奴なんだぞ)

執事(そうだ……俺にできることなんてない……)

執事(何かを変える力もない、俺なんて……)


姉姫「さああぁぁて、早期決着といきましょうかねええぇ!!」バッ


――なのに


ガキィン


姉姫「!!」

お嬢「な――」

執事「あ、ははは……」


俺なんて、何もできないのに――


執事(何でお嬢の前に立って、姉貴の刃を受け止めちゃったりしてんの俺ええぇ――っ!!)

姉姫「あらボクちゃん? 何の冗談かしらぁ?」

執事「……――くない」

姉姫「え?」


こんなこと思うなんて、俺はおかしくなったのかもしれない。

こいつは、親父を殺した女で。


お嬢『私こう見えても、えっちなものは創作物でしか知らないのよねぇ。だーかーらー、実物を知りたくなって』ゴソゴソ

お嬢『私、執事も欲しかったけど…ペットも欲しかったのよね~♪ というわけで今日から貴方は私の"わんこ執事"よ。ハイ決定』

俺のこと、オカズとかペット扱いするような変態女で。
一緒に過ごした日々を思い返しても、正直ろくな思い出はない。


だとしても。


執事「俺は――お嬢を死なせたくない」

お嬢「――」


理屈なんて抜きで、その気持ちは本物だった。


執事「だから俺は、姉貴! お前と戦う!!」

姉姫「……」ガーンガーンガーン

執事「あ、姉…上……?」

姉姫「ショック……ボクちゃんがこんな、こんな……」プルプル

執事「ほ、本気だからな!?」

姉姫「……ふぅん、本気。だったら……」

執事「……へ?」


姉姫「こっちも本気出さないと失礼よねええぇぇ!!!」ゴオオオォォォ


執事「うわっ!!」バッ

お嬢「危険よ執事、貴方が勝てる相手じゃ……」

執事「お嬢、この道を真っ直ぐ! 魚型の岩のところまで行け!」

お嬢「えっ?」

執事「そこに行けば空間の歪み…異世界の扉がある! これが空間を開ける鍵だ!」ヒュンッ

お嬢「!」パシッ

姉姫「行かせないわっ!!」バッ

執事「邪魔はさせねぇ!!」カンッ


執事「早く行け、お嬢! 俺が姉貴を食い止める!!」

お嬢「…っ!」ダッ

今日はここまで。
やる時はやる受けメンです。

>>70
I love you(´∀`)ノ

姉姫「行かせちゃって良かったのかしら~? せめてあの子と2人がかりじゃないとツライでしょ~?」

執事「問題ない。あいつを逃がす為だ、一緒に戦うんじゃ意味がない」

姉姫「お姉ちゃん知ってるわよ…ボクちゃんの力の程度くらいはねぇ!!」

執事(魔法となると姉貴が遥かに上。だから姉貴が魔法を使えば俺は――)

姉姫「早い内に降参しちゃいなさいねぇっ!!」バチバチィッ

執事(間違いなく勝てない――)


執事「――って考えるのは、5年前のままで止まってるな」

姉姫「――えっ?」

執事「それが変わったんだあぁ!!」

カッ

姉姫「打ち消した…!? ボクちゃんの魔法で、私の魔法を!」


お嬢『1日目で劇的に上がることはないでしょうね。でも指導者が有能だから、実感のないままレベルアップするはずよ』


執事(マジだったな…日々の積み重ねで、着実にレベルアップしていた)

姉姫「だけどいつまでそれができるかしらね!!」バチバチィッ

執事(そう、俺と姉貴じゃ魔力の量に大差ある。防御を続けていりゃ、俺の方が先に魔力切れを起こす)

執事「だったら!!」ダッ

姉姫「!!」

執事("回避"と"防御"を使い分けながら――姉貴と距離を詰める。戦略が大事だってのも、あいつの教えだかんな!!)

執事「おらああぁぁ!!」バッ

姉姫「ふんっ!」カァン

執事が振り下ろした一擊を、姉姫は召喚した剣で受け止めた。

姉姫「距離を詰めれば何とかなると思ったの? でも残念ね、剣の腕もボクちゃんよりお姉ちゃんの方が…」

執事「その考えも、5年前で止まってんだよ!!」ガキィン

姉姫「――っ!! ち、力が強っ……」

執事「当時14歳、成長期真っ只中。そっから5年も鍛えてりゃ、力は劇的に上がってんだよ!」

姉姫「っ、追い風っ!!」ビュウゥッ

執事「……っ!」

姉姫「近接戦で不利なら、距離を開け――」

執事「――させねぇ」

姉姫「!!」

突風を全身に浴びながらも、執事はその場に踏みとどまっていた。

執事「俺の間合い以上は意地でも開けさせねぇ!! 何されようが、逃がさねぇからな!!」

姉姫「……!!!」

姉姫「……フフッ」

執事「…っ? な、何だ?」

姉姫「ねぇ気付いてるボクちゃん…お姉ちゃんね、さっきからずっと、左手使ってないのよ」

執事「はっ!?」

姉姫「ボクちゃんたら、視野が狭いわねぇ……フフ、感じるぅ~?」

執事(こ、これは……)

姉姫の左手には魔力が溜まっていた。
恐らく今までの攻防の間に、ずっと溜めていたのだろう。

姉姫「最後の忠告よ……降参しなさい」

執事「~っ…いやだ!!」

姉姫「そう……」

姉姫が左手をこちらに向けてきた。
回避、防御――恐らくどちらも不可能。それだけの魔力を溜めさせてしまった。


そうとわかっていても――

執事(なら、耐える!!)

執事は、全く諦めていなかった。


姉姫「いい顔になったわボクちゃん。でも精神論じゃ勝てないのよ……いい勉強になったわね」

執事「………っ!!」

ドォン

姉姫「――っ!?」ドサァッ

執事「……はっ?」

「視野が狭いのは姉弟揃ってよね……」

執事「お、お前……」


お嬢「私の存在に気付かなかったのは致命的だったわねぇ…お姉さん」

執事「お前、逃げなかったのかよ!?」

お嬢「負けそうになってたくせに、何を言ってるんだか…」フゥ

執事「~っ…だけど俺は、お前が異世界に逃げられるだけの時間は稼いでいたぞ」

お嬢「そうかもね」

執事「……」

執事(いや、わかってる……悪いのは俺だ)

執事「俺が足止めすらできない、頼りない男だと思うもんな……安心して逃げられるわけ、ないか」

お嬢「違うわ」

執事「……違う?」

執事はポカンとした。

お嬢「この場を貴方に託せば私は異世界に逃げ込むことができる……それは信じられた。だけど、それができなかった」

執事「意味わかんね……だったら何で逃げなかった」

お嬢「見知らぬ異世界なんて、暗闇のようなものよ。言ったじゃない、暗闇に1人は怖いって」

執事「お嬢……」

お嬢「異世界に逃げるにしても…貴方が一緒じゃないと、嫌」

執事「そ、その言葉はまさか……」

お嬢「……察しの悪い男ね」

執事「…いいんだな? お嬢も俺と同じ気持ちだって――そう思って、いいんだな?」

お嬢「……」コクリ

執事「…お嬢っ!」ギュッ

お嬢「――っ」

執事「……――っ」ドキドキ

執事(ここはやっぱり…男としては……)

お嬢「………」

執事(キス――するとこだよな!!)


執事「お嬢……」スッ

お嬢「……!!」




姉姫「ちょっと待ったあああぁぁ!!」ガバッ

執事「うわああああぁぁぁぁ!?」ビクウウウゥゥゥッ

お嬢「あら…まさか起き上がるとはねぇ」

姉姫「あーイタタ、起きるのつらぁ…。でも!! ブラコンとしては見逃せないのよね!!」

執事「な、何だ!? まだやろうってのか!?」

姉姫「やってみなさい。まぁお姉ちゃん、それで死んでゾンビになっても邪魔してあげるけどね」フフン

執事「怖ぇよ!!」

お嬢「さっきのが致命傷となって、貴方はもう戦えないはずよ」

姉姫「えぇそうね…だけど――」

姉姫は空に向かって手を掲げた。

姉姫「私には、やらなくちゃいけないことがあるのよ!!」パンパンッ

執事「しまっ……」

お嬢「何の魔法…!?」バッ

執事「空からバラバラと何か落ちてき――」

ポンポンッ

お嬢「……花?」

執事「花……だな」

姉姫「ふ、ふふふふ……――」


姉姫「2人とも、おめでとーっ!!」

執事「……は?」

お嬢「え?」

姉姫「ううぅ…お姉ちゃん悲しいなぁ…。でも応援するからね!!」

執事「おい待て…何のことだよ」

姉姫「え、だって2人は両思いなんでしょ? だったら結婚するでしょ?」

お嬢「……はい?」

執事「け、けけ結婚!?」

姉姫「さっき邪魔したのは、お姉ちゃんは順序にうるさいからよ。キスは正式に婚約してからにしなさい」

お嬢「話がぶっ飛びすぎてて、理解できないんだけど……」

執事「さっきまで命狙ってた相手と弟の結婚を認めるとか!? あっ、もしかして今までのは茶番かよ!?」

姉姫「いいえ? 魔法使いちゃんのことは本気で殺す気だったし、ボクちゃんを倒す気もあったわよ」

執事「だったら何で!?」

姉姫「だって。ボクちゃんは魔法使いちゃんを逃がす為に諦めず戦った。そして魔法使いちゃんはボクちゃんを見捨てずに戻ってきた。それって、本物の愛じゃない?」

執事「……っ!」ボッ

姉姫「本物の愛を見せられたんじゃあ、認めるしかないわよ。…私にとって世界征服は大事だけど、ボクちゃんの幸せの方がもっと大事だもの」

お嬢「お義姉様……」

執事「おい、受け入れんなよ……ツッコミ所満載じゃねーか…」

姉姫「そうね。まぁ人間への報復は、別の形で行うことにするわ」

執事「いやそういうことじゃなく」

お嬢「人間への報復と言いましたね。別の形とは?」

姉姫「ふふ、そうねぇ……」


姉姫「英雄…魔法使いちゃんを、この世界から奪うことかしら」

お嬢「……え?」

執事「お嬢を…この世界から奪う?」

姉姫「ボクちゃん。パパがこの世界を征服しようとした理由を覚えている?」

執事「あぁ。魔界では勢力争いが激化していて、危険地帯と化していたからな。だから親父は魔界を脱し、異世界であるここを征服しようとした」

お嬢「あらそうだったの。…私達にとっては、とんだ迷惑な話ね」

執事「そうだな……。それは否定できない」

お嬢「あら、逆恨みで復讐しようとした頃から大分成長したじゃない」

執事「うるせーよ」

姉姫「パパが討たれてから5年…その間、私は魔界の荒くれ者と日夜戦闘を繰り返し、レベルアップを図っていたわ」

お嬢「随分アグレッシブなお姉様ね」

執事「うん、生まれながらの戦闘民族」

姉姫「これだけレベルアップしたのだから、パパの悲願を達成しようかと思ったけど……事情が変わったわ」

執事「ふーん…それで、どうすんの?」

姉姫「言ったでしょ、魔法使いちゃんをこの世界から奪うって」

姉姫はそう言うと、お嬢の手を両手で握った。

姉姫「一緒にやりましょう魔法使いちゃん……魔界の制覇を!!」

お嬢「……!!」

執事「………は?」

姉姫「魔法使いちゃんが味方になってくれれば、魔界制覇も夢じゃないわ。広がる夢は無限大!!」

執事「待てええぇぇい、荒くれ者が集う魔界を制覇なんて並大抵じゃねーぞ!?」

姉姫「ボクちゃんは魔界が怖くて逃げ出しちゃった子だもんねぇ~」

執事「言うな!!」

姉姫「並大抵じゃないから、やり甲斐があるのよ。魔界の王として見下ろす景色は……きっと最高よ」

お嬢「確かに見てみたいわね…その最高の景色」

執事「お嬢!?」

お嬢「正直、こっちの世界に退屈してたのよ~。天才ゆえに、やり甲斐のあることが見つからなくてね」

執事「けど……お前はこの世界に必要な英雄だろ」

お嬢「知ったことじゃないわ!!」

執事(えー)

姉姫「そうと決まれば善は急げ、ね」

お嬢「そうですね。あ、でも一旦家に戻って、荷物をまとめたいですね」

執事「本当に行くのかよ……。未練も何もないんだな」

お嬢「あ、執事。適当な言い訳の手紙書いて、王様に出しておいて」

執事「しかも面倒なことは俺に丸投げかい!?」

お嬢「えぇ。だって貴方は私の執事なんだから。当然でしょう?」

執事「……そうだけど、違うだろ」クイッ

お嬢「!」


執事「お前は俺の……可愛い奥さんになるんだろ?」

お嬢「……ふふっ。貴方の方が可愛いわよ?」

執事「だから、褒め言葉になってねーし」

お嬢「だから、褒めてないし」

姉姫(ううぅ……イチャイチャを間近で見ると、やっぱり妬いちゃうなぁ……)

>お嬢の屋敷


お嬢「この服と、この服と~……」

執事「もうカバン3つになったぞ。まだ持っていくのか?」

お嬢「当たり前よ! 魔界には私の趣味に合う衣装屋あるかわからないし、なるべく沢山持っていきたいわ!」

執事(ま、いいけど……ん、そういや)

執事「お嬢ってピンクの服、全然持ってないんだな」

お嬢「あら。女ならピンクだろ、って決めつけ~?」

執事「そうじゃねーよ。……お嬢に似合う色だと思ってるから」

お嬢「……初めて言われたわ」

執事「嘘じゃない。その…お嬢は可愛いのが似合うと思うし……」

お嬢「……」

執事(ああぁ、上手い言葉が見つからねえぇ!!)

お嬢「ねぇ執事……ちょっと、待っててくれる?」

執事「え? ……あ、うん」




お嬢「お待たせ」

執事「お……」

お嬢が着替えてきたのは、いつぞや執事が選んだピンクの服だった。

執事「初めて見たわ、それ着るの」

お嬢「……だって、着てなかったもの」

執事「わざわざ俺に選ばせたのに? 何で今まで着なかった?」

お嬢「だって……」モジモジ

執事「?」

お嬢「せっかく選んでくれたのに、いざ着てみて似合わなかったら……ガッカリするでしょ?」

執事「…………」

執事「お嬢っ!!」ギュー

お嬢「きゃっ!?」

執事「ガッカリするわけないだろ、可愛いよお嬢、すっげー可愛い!」

お嬢「~っ、連呼しないでよ!!」

執事「ほほ~、案外攻められると弱いんですねぇ~?」

お嬢「……Mな受けメンのくせに、生意気」ジトー

執事「そうやって強がってしまう所も可愛らしいですね、お嬢様」

お嬢「~っ……」

執事(よしよーし、ようやくお嬢のツボがわかってきたぜ……って、ん?)

フッ

執事「うわ、部屋の灯りが……ランプの火が消えちまったか?」

お嬢「………」

執事「暗いな……お嬢、大丈夫か?」

お嬢「言ったはずよ。暗いのが怖いんじゃない。……暗闇に1人が怖いんだ、って」

執事「そうだったな……今は俺がいるもんな」

お嬢「えぇ……そうねぇ~」

執事(……? 今、声が何か嬉しそうな……)

モゾモゾ

執事「……へ?」

執事「何も見えなくて手探りか? 俺の服を乱してるぞ?」

お嬢「見えてるわ。暗視の魔法を発動したから」

執事「あ、そうなんだ……って、じゃあわざとやってるの?」

お嬢「えぇ勿論」

執事「えーと……何でかな?」

お嬢「何でって。生意気なわんこに対するしつけよ、しつけ」

執事「しつ、け……?」

お嬢「あぁ、もどかしいわ!!」

ビリビリッ

執事「!!?!? 何で破るの俺の服!?」

お嬢「丸見えよ」

執事「ちょっ、見るな!! 何をする気で……」

お嬢「私ねぇ、貴方に主導権握らせる気はないのよねぇ~」

執事「え、えーと……?」汗ダラダラ

お嬢「だから……」

執事「……!!」

お嬢「……いただきますっ!!」ガバッ

執事「いやあああぁぁぁぁ!?」


その夜のことは、俺とお嬢だけの秘密である。

>魔界


姉姫「覇ああぁぁ――っ!!」

お嬢「喰らいなさい!!」

ドカアアァァン

お嬢「やりましたね、お義姉様! 敵の城が木っ端微塵だわ!」

姉姫「えぇ、守りを失った敵はこちらに降伏するでしょう」ニヤリ


執事「毎日毎日、楽しそうだな」

お嬢「えぇ楽しいわ。刺激的な毎日って最高」

執事「俺の思っていた以上にアブない奴だった……」

お嬢「そんなことはどうでもいいわ。執事、今日のおやつは?」

執事「クッキーを焼いた」

お嬢「やり直し」

執事「お嬢様、クッキーで御座います。紅茶と共にお召し上がり下さい」

お嬢「よろしい」

執事「なぁ…俺は永遠に執事プレイをしなきゃいけないのか?」

お嬢「そうねぇ……魔界に来てから、別の萌えも発見したわ」

執事「ほう?」

お嬢「騎士とかどうかしら。私をオークに見立てて『くっ殺せ』とかやるの」

執事「……執事のままで良いです」

お嬢「見なさい執事、この魔界の景色を」

執事「?」

お嬢「貴方がかつて恐れをなしたこの世界を…いつか必ず征服して、貴方に安らぎを与えてあげるわ」

執事「男前すぎて反応に困る」

お嬢「だけど、これから先は見えない暗闇に包まれているわ。だから……」ギュ

執事「っ」

お嬢「私が歩いていくには、貴方の支えが必要なのよ」

執事「……」グッ


時にいじめてきて、時に甘えてきて……


執事「任せな。いつでも、側で支えているから」

お嬢「えぇ!」


俺はすっかり、この"お嬢様"に心を支配されていた。
そんなところがやっぱり――


執事「魔王よりお嬢様の方が怖い」


Fin

ご読了ありがとうございました。
プロット段階では重々しい話だったのですが軽くなりました。変態成分て素晴らしい。


過去作こちらになります
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/


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