奈瀬「ヒカルの碁!」(9)
ある寒い冬のこと。
「はあ……」
奈瀬明日美は溜め息を吐いた。
「やんなっちゃうなぁ。もう……」
既に院生は卒業しプロを目指すのも止め、今では大学生になっているのに、
気が付けば棋院に足が向いてしまう。
長年の染み付いた習慣が中々取れない為だった。
今日も何気なくフラフラ散歩していたら、電車に乗っていつの間にか棋院の前にいる。
「やっぱ好きなんだよねぇ、私ってば」
白い息を吐きながら、そう呟いた。
「あれー、奈瀬じゃん」
「え?」
――と、不意に後ろから声がした。
奈瀬が振り返ると、そこには少し背の伸びた
院生時代の後輩――進藤ヒカルがいた。
「進藤」
「何やってんだよ、こんなとこで」
「えっと、それは……」
「フラフラして気が付いたら棋院にいた」……と言うべきか否か、奈瀬は迷い
上手く返答することはできなかった。
しかしヒカルは特に気にする様子もなく「こんなトコいたら風邪引くぞ。
早く中入ろーぜ」と奈瀬の手を引いて棋院の中に入っていく。
「あっ」
ここで漸く、先程のヒカルの台詞が「何の用事で棋院にいるんだよ」
という意味ではなく、「寒いのに何で外に突っ立てるんだよ」という
意味合いだったことに気がつき、奈瀬は頬を赤らめた。
(うわぁ。気にしてるのって自分だけじゃん。自意識過剰すぎだよ、私)
棋院に入った二人。
ヒカル「ふぅ。寒かったぁ」
奈瀬「うん、確かに。……そういえば進藤は今日誰と対局するの?」
ヒカル「今日は越智とだな。奈瀬は?」
奈瀬「あっ、えーと。私は対局とか無いから」
ヒカル「?」
奈瀬「実は特に用事もないのにフラッと来ちゃって。あははは……」
ヒカル「ふーん。そうなのか」
奈瀬「はは……」
ヒカル「じゃあ、オレと打つか?」
奈瀬「え、ええっ!?」
ヒカル「なにそんなに驚いてんだよ」
奈瀬「ご、ごめん。でも今からあんた手合いでしょ?いいの?」
ヒカル「いやあ、今日ちょっと早く着いちゃったんだよね。だから、一局打つくらいなら時間あるぜ」
時計を確認すると、確かに手合いの時間にしてはまだ早かった。
奈瀬「ほんとだ」
ヒカル「どうする?用事があるなら別に良いけど」
奈瀬「用事は……無いけど」
ヒカル「じゃ、打とうぜ」
奈瀬「う、うん」
奈瀬はヒカルに言われるまま対局室に入っていった。
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