【ワートリ】ルドガー「黒トリガー?」【TOX2】 (78)

ワールドトリガーとTOX2のクロスオーバーです。
喋ルドガーに注意。
TOX2原作程度の選択安価があるかもしれない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457958070

 四年くらい前、三門市にバケモノが現れた。
 同時にバケモノを倒す人たちも現れた。

 化物は近界民、倒す人たちはボーダーというらしい。当時子供だった俺たちは、突然現れた非日常にそれはもう驚いて、わくわくした。
俺達の住んでいた地域では近界民による被害がほぼなかったからか、恨みとか恐怖とか、そういうものを理解しないままに化け物退治をするヒーローに憧れたのだった。しかもボーダーは俺達もヒーローになれるかもしれないと呼びかけた。俺たちは喜んでボーダーの入隊試験を受けた。

 俺は落ちて、親友は受かった。
 高校で別れてから疎遠になった親友は、すっかりボーダーのヒーローになった。今は殆ど連絡を取っていない。

【side:ルドガー】


ルル「にゃぁー」

ルドガー「……!」

 飼猫のルルに腹に飛び乗られて、目を覚ました。外はすっかり明るくなって、時計は七時半を表示している。

ルドガー「……ち、遅刻だ!」

 慌てて起きて、着替えを始めた。八時には家を出なければ仕事に遅れてしまう。ネクタイを締めて、髪を整えて、トーストだけでも焼いて。コーヒーを沸かす時間は無い。洗濯物は……今日は諦めるしかない。明日二日分まとめてしよう。
 頭のなかで計算しながらリビングに向かった。案の定、兄の姿はなかった。すでに出勤したのだろう。

ルドガー「……スクランブルエッグ?」

 書き置きと共に、目玉焼きのなりそこないとトーストとトマトが机の上に置かれていた。

ルドガー「『睡眠は大切だが遅刻はするなよ』……こんな気遣いよりも起こして欲しかったんだけど!?」

 思わず突っ込んでしまったが、ありがたかった。たとえ目玉潰れた焼きに卵の殻が入っていようとも、まるごとトマトがトーストに添えられていようともだ。家事が壊滅的な兄さんなりの気遣いは、心に来るものがある。でもやっぱり普通に起こして欲しかったよ。

 食事を終え食器を片付けて歯を磨いてから家を出た。現在七時五十四分。ぎりぎりの時間だった。

 俺、ルドガー・ウィル・クルスニクは三門市に住む日本人だ。外人の血が入っているらしいが、国籍は日本だ。たとえこんな名前で銀髪だろうと、立派な三門市民だった。

 俺は兄のユリウスと二人暮らしをしている。幼いころに両親が死んでからは孤児院にいたらしいが、施設のことはほとんど覚えていない。というのも、兄さんがとても優秀で、施設出身者としては異例の大学進学、返金無用の奨学金も活用して成績優秀で卒業後に就職。あっという間にまとまった金を手に入れて俺を引き連れて自立してしまったからだ。通信技術系の開発をしていたらしいが、今はボーダーに移籍してチーフエンジニアのひとりとして働いている。立派な高給取りだ。決して優秀とはいえない俺が専門学校に通えているのも、兄さんが俺が調理師免許を取れるよう応援してくれたからだった。ほんとうに頭が上がらない。

 そんな兄さんの金銭的負担を少しでも減らそうと、俺は電車で二駅ほどの距離にあるお好み焼き屋でアルバイトをしていた。
 営業のメインは夜だが、主婦や家族向けに昼も営業している。しかし日中は、店長の影浦のおばさんの息子たちが学校に行ってしまい、人手不足になってしまう。その間の仕込みや機材の洗浄及び運搬などが俺の主な仕事だ。

ルドガー「店長、怒ると怖いんだよなあ。遅刻はまずい……!」

 駅まで歩いて十分。全力で走れば五分くらいか。急ぐあまり、俺はふらりと目の前に飛び出してきた人を躱すことができなかった。

?「うおっ」

ルドガー「なあっ、うわっ、すみません! 大丈夫ですか!?」

?「おー、大丈夫だぞー。……あ、お前、もしかして」

 ぶつかったのは、少し背の高い男だった。くせっけの茶髪。ややゆっくりとした話し方。なにより特徴的な格子状の黒目。

ルドガー「……太刀川?」

太刀川「お前ルドガーか。相変わらず若白髪全開だなー」

 中学時代の親友であり、ボーダーのヒーローになった、元クラスメイトの太刀川慶だった。






 太刀川は三門市立大学にかよっているらしい。一限目の授業はいじめだと開口一番に愚痴ってきた。
 久々の再開だと忘れてしまうくらい親しそうに話す太刀川に毒気を抜かれて、近況方向をし合いながら楽しく電車の待ち時間を過ごした。


太刀川「バイトか。すごいな。俺はやったこと無い」

ルドガー「いや、すごくはないんだ。今日なんて遅刻しそうだし」

太刀川「そうだ、いいことを思いついた。頑張っているお前にこのぼんち揚げをやろう」

ルドガー「えっ、なんで。しかも大量に……」


 太刀川は手に持っていたビニール袋を差し出した。たくさんの百四十グラム入りのぼんち揚げの袋でパンパンになっている。


太刀川「知り合いがやたら渡してくるんだが飽きてきたからな」

ルドガー「俺は残版処理班じゃない。……貰うけど」


 その時丁度、太刀川の待っていた電車が来た。俺とは反対向きだ。軽く挨拶をして、そのまま別れた。


 手元に残ったぼんち揚げ。菓子より主食派のクルスニク家の食卓ではめったにお目にかかれない。
 ちょっとくらいならいいかなと一袋開けて食べた。結構美味しい。


ルドガー「……あれ? このビニール袋の底にあるのなんだ?」


 長さ十五センチくらいのプラスチックのようなものでできた黒いもの。
 それをとりだそうとして、しかし詳しく観察することはできなかった。突然呼び止められたからだ。


駅員「ちょっと、そこのキミ! 白髪の!」

ルドガー「え? 俺ですか?」

駅員「いいから来なさい!」


 わけも分からず駅員の元へ向かうと、その直ぐ側にツインテールの少女がいるのに気づいた。
 飴色の髪に翡翠色の目の、外国人の子供だ。かわいいなと思ってしげしげと眺めていたら、駅員の男に怒られた。


駅員「この子供が、君に妙な真似をされたと言っているのだが、本当か?」

ルドガー「は?」

少女「エルはいやだって言ったのに、や、やめてくれなくて……」

ルドガー「うん!?」

駅員「ちょっと別室に来てくれるかね?」

ルドガー「はっ、えっ、ちょっ、うええっ!?」


 なんだかとんでもないことになってしまった。
 あんな小さな子供によくも、最低だ、怖い、見ちゃいけません、なんて囁きが四方八方から聞こえてくる。
 意味がわからないがとにかくヤバイということだけは分かった。


ルドガー「や、やってません! 俺は無実です!」

駅員「皆そう言うものだ。観念しろ」


 助けを求めて少女を見れば、さり気なく改札をくぐり抜けて電車に乗ろうとしているのが見えた。
 くるりと振り向いて、申し訳無さそうに口パクをした。


少女《ご・め・ん・ね》

ルドガー《無賃乗車のダシにされたぁーーー!!??》


 事情は分からないが、現在進行形で俺を社会的に殺してくる少女をそのまま見送るわけには行かなかった。
 力づくで駅員を振りほどき、少女を追いかける。


駅員「待て、暴れるな! 何をする!?」


 幸か不幸か、そこから駅員と俺とが追いかけっこをすることはなかった。




《門(ゲート)発生。門(ゲート)発生。誘導誤差9.23。誘導失敗。近隣の市民の方はすみやかに逃げてください》




 三門市民がよく知る、非日常のバケモノが、通勤ラッシュ時間帯の駅のホームに現れたからだ。



【side:太刀川】


 太刀川が忍田から連絡を受けたのは、ルドガーと別れてすぐだった。
 原因不明の門(ゲート)誘導装置の誤作動で、警戒区域外で門(ゲート)が発生したというのだ。
 そのうち一つがさっきまで太刀川のいた駅に開いたらしい。


忍田《警戒区域外でのトリガーの使用を許可する。現場に急行して、被害を最小限に抑えろ!》

太刀川「りょーかい」


 隣駅の騒ぎを受けて緊急停止した電車から脱出しながら電話を切った。
 おかげで一時限目に行かなくて良くなったと少し良くなった機嫌は、一瞬のうちに霧散した。


太刀川「……トリガーどこだ!?」


 ズボンのポケットの中に、トリガーがなかったのだ。ジャケットにも、
 鞄にも入っていない。当たり前だ。
 そもそも太刀川は過去にもトリガーを紛失した経験があり、必ず肌身離さず持つよう厳しく指導されていた。
 以来、ズボンのポケットにしまう習慣ができている。



太刀川「あ、そういや、あのズボンはクリーニングに出して、それで」


 記憶が蘇ってくる。
 ズボンにカレーうどんの汁をこぼして、シミが付いて、クリーニングに出すことになって、ポケットからトリガーを出して、ひとまず手近なビニール袋に入れた。
 そのビニール袋には先客がいた。ぼんち揚げだ。

 そして、俺は、ついさっき、
 それを。

 ……手放した?


太刀川「あああっ! マズイ!」


 とにかく門(ゲート)が発生した現場に向けて走りだした。あまり離れていないはずだ。
 だが、通勤ラッシュ時間帯でトリオン兵を数十秒でも放置すればどうなるかなど、言われなくても分かった。

 被害が大きくなれば、原因が探られる。
 探られれば、きっと太刀川がトリガーをうっかり一般人に与えてしまったことがバレてしまう。


太刀川「忍田さんに怒られるっ!」


 この緊急事態に、なによりも太刀川の足を強く動かしたのはその思いだった。



【side:ルドガー】


 駅のホームは混乱の極みにあった。
 大きな近界民が首を伸ばして人を突き飛ばしていく。
 子供の鳴き声が聞こえる。
 誰もが恐慌状態に陥っていた。

 複数匹いる近界民は最悪なことにルドガーのいる方向へまっすぐ向かってきていた。


少女「きゃあ!」


 ついさっきルドガーを痴漢に仕立てあげたばかりの外国の少女が、逃げ惑う人に突き飛ばされて、正面から倒れてしまった。
 押し寄せる人並みに戸惑い、立ち上がることができていない。
 近界民はそんな少女めがけて一斉に押し寄せた。


ルドガー「た、助けないと……!」


 ルドガーは一般人だ。
 バケモノを倒すヒーローになる試験には落ちてしまっていた。
 けれど子供を見捨てて逃げられるほどのシビアな判断もできなかった。

 あいにく運動神経には自信があった。子供に駆け寄り、手を引いた。



少女「だ、だめっ! エルはこの電車に乗らなきゃなんだからっ!」

ルドガー「言ってる場合か! 逃げるんだっ!」


 言い合う時間はないので少女を抱えて走った。

 近界民は大きい。
 リーチが違いすぎる。
 逃げきれる気はしない。
 倒すなんてことはなおさらできない。

 だから線路に沿って走って逃げた。

 この先には太刀川がいる。
 あいつは化け物を倒すヒーローの試験に受かったやつだ。
 きっと助けてくれる。


少女「だって、パパが! エルのパパが!」

ルドガー「多分大丈夫! 今は自分が助からなきゃだろ!」

少女「でも!」


 いきなり体に大きな衝撃が走ってふっとばされた。いつの間にか少女を抱えたまま空をみあげていた。


ルドガー「えっ?」


 近界民の攻撃ではなかった。
 というかもしそうなら死んでいる。

 衝撃の正体は、烏だった。
 俺にぶつかってきた烏は空中をUターンしてホームに飛んで行く。
 そして小柄なフードの男の腕に止まった。


少女「お、大きいのがいっぱい……!」


 全ての近界民が少女とルドガーの元へやってきていた。
 恐怖で足がすくんだ。
 立ち上がることができない。

 当たりを見回すと、さっきの小柄な男は消えていた。
 あいつさえいなければ、逃げられたかもしれないのに、文句をいうことすらできなかった。



 逃げられない。


 俺は、少女に被さるように体を丸めた。



少女「あ、ああ……」

太刀川「おい、大丈夫か!?」



 太刀川の声が聞こえた気がしたが、よくわからなかった。

 胸のあたりが焼けるような感覚でいっぱいだった。


少女「あああ、いや、」

太刀川「……あった! トリガーオン!」


 胸のあたりが熱いのに、寒くてたまらなかった。

 少女は無傷だった。なんとなくホッとした。


少女「きゃああああああああーーーーっ!!」


 少女が叫んだ。

 少女が首に下げていた時計が、宙に浮かんだ。

 兄さんの時計にそっくりだ。



ルドガー「うあああああああっっ!」


 いつの間にか立っていた。

 無我夢中で持っていた棒を近界民に投げつけた。

 棒は槍だった。

 槍は近界民を貫いて、世界ごと歪めた。


 目の前が白く染まる。

 何一つわからないまま、俺は意識を失った。

今日はここまでです。

投下します。R1L1のちょっとした選択安価あります。



【side:ルドガー】



ルドガー「うう……ここどこだ……」


 目が覚めると、三方を壁に囲まれたよくわからない場所にいた。
 目の前には、見覚えのある鉄路が伸びている。


ルドガー「……ホーム下の避難スペース?」


 直ぐ側では少女が気を失っていた。
 少女が首に下げている真鍮の懐中時計を確かめる。やっぱり兄さんのものとそっくりだった。


ルドガー「……え」


 目の前に刃がかざされた。剣の持ち主は太刀川だった。助けに来てくれたのか。
 黒いコートを着ている。いつの間に着替えたのだろう。


太刀川「それは黒トリガーか?」

ルドガー「黒トリガー?」


 太刀川の目は冷たかった。しかし質問の意味がわからない。


太刀川「さっき何をした?」

ルドガー「……何かあったのか?」

太刀川「それをどこで手に入れた?」

ルドガー「……どれのこと?」

太刀川「このガキは誰だ?」

ルドガー「無賃乗車のために俺を痴漢に仕立てあげた糞ガキ」

太刀川「お前バカなのか?」

ルドガー「……なんで俺が怒られてるんだ」


 しばらく硬直状態が続いたが、駅員に見つかってからは有耶無耶になった。
 少女が目覚めて騒ぎ出し、グダグダな空気がさらに悪化した。

 さっきの近界民騒ぎがなかったかのように、平常通りに電車は動いている。
 ふざけて線路に進入するなんてこれだから近頃の若い者はと、問答無用で叱られた。
 理不尽な叱責は俺と太刀川に仲間意識を生ませるには十分だった。


 駅員から開放された後、太刀川はさっきまでの状況を整理するように話してくれた。

 何らかのトラブルで近界民の門(ゲート)が駅で開いて、俺は襲われて、胸部に重症を追った。
 けれどボーダーのムラマサ的な武器を勝手に使って生き延びた。
 ……ように太刀川には見えたらしい。全く記憶が無い。


太刀川「とりあえずお前らが一般人だってのは信じる。けど俺一人で判断できる事案じゃないから、ボーダーの上層部にはこの未知のトリガーの報告はさせてもらう」

エル「そんな! エル、この電車に乗らなきゃなのに!」


 エルと名乗った少女はボーダー本部に行くことを激しく嫌がった。
 他人を痴漢に仕立ててでも電車に乗らなければならない理由がエルにはあるようだから当然だろう。
 だが太刀川は少女の主張を受け入れる素振りは一切なかった。


太刀川「電車賃含めてボーダーが全部面倒見てやるからとりあえず来い。その時計っぽいのを上に見せなきゃならん」

エル「あげないよ!? これはエルのなんだから!」

太刀川「分かった分かった。盗らない。見るだけだから」


 だからよく分からんトリガーの持ち主と使用者の俺達にはボーダー本部に来てもらう、と太刀川は言った。
 今日のバイトは遅刻決定だ。太刀川いわく多分ボーダー保険が効くらしいが、こいつが言うだけで胡散臭くなるのはどうしてなのだろう。


R1「そういえばエルの父親は無事なのか?」
L1「遅刻の報告だけでもバイト先に連絡したいんだが」
直下

R1

>>25 R1


ルドガー「そういえばエルの父親はどこにいるんだ?」

太刀川「なんだ、父親も一緒か?」

エル「……ううん、パパはここにはいないよ」

ルドガー「いないのか? そもそも子供一人でどうしてこんなところに?」

 エルはうつむいて、少し迷った後、質問に答えた。

エル「……パパは、エルを護ってくれたの。エルはパパのために’みかどし’にきたんだから」

太刀川「護る? さっきの近界民騒ぎの時にはぐれたのか?」

エル「ちがうし。家に怖い人がいっぱい来て、エルだけ逃げて来ちゃったから……」

太刀川「何だそれ? かなりヤバイ事件じゃないか?」


 予想外に深刻そうな雰囲気に、不意をつかれた。近界民なんてファンタジーに近い事件から、一気に身近な暴力沙汰への転換だ。


エル「だから、パパを助けなきゃなの! そのために、電車に乗って、カナンの地に行くんだから!」

ルドガー「カナ……なんだって?」

エル「カナンの地! なんでもお願いが叶う、エルとパパが幸せに暮らせるところ!」

太刀川「魔法のランプとか流れ星とかその手の話か? そんなの信じてるなんてガキだなー」

エル「嘘じゃない! パパを助けるんだから!」


 エルの話は、子供の悪ふざけにしては妙に詳細で、しかしどこかファンタジー感から抜け切れない、曖昧さを纏っていた。
 カナンの地なんてお伽話は聞いたことがない。中国南部の華南で無いことだけは確かだ。


太刀川「そのトリガー……じゃない、時計はエルのパパのものなのか?」

エル「そう。パパがくれたの。カナンの地に行くためのお守りなんだから!」


 太刀川はふと黙って、それからさり気なく話を変えた。


太刀川「ふーん。ところでエルの苗字は何なんだ?」

エル「エルはエルだよ。エル・メル・マータ!」

太刀川「何だその名前!? どこまでが苗字なんだ!? それじゃあ父親の名前は?」

エル「パパはパパだよ?」

太刀川「だから名前」

エル「……ヒゲのおじさんには教えてあげない」

太刀川「おいこら。誰がおじさんだ」


 だって怪しいし、と言ってエルはそっぽを向いた。
 髭イコール不審者というエルの提唱する説には異論を唱えたいが、さっきの太刀川は俺から見ても明らかに怪しかった。
 俺もエルに加勢すると、太刀川はあっさり質問攻めをやめた。

太刀川「やっぱり俺にはこういうの向いてないな。向いてる奴に任せるわ。とりあえず忍田さんに連絡を……あれ、電話繋がらない……圏外?」


 俺も携帯を取り出して確認する。同じく圏外だった。こんな町中で圏外だなんて、初めてだ。


ルドガー「俺もだ。なんでだろう?」

太刀川「……イレギュラー門(ゲート)騒ぎでどっかやられたか?」


 太刀川はそう言いながらボーダーの巨大な基地の方角を確認した。


太刀川「急ぐぞ。ここからなら本部への地下通路が近所に合ったはずだ」


 先導する太刀川に、俺とエルは素直にうなずいてついていった。





 太刀川曰く、トリガーと言うのは、ボーダーの超すごい武器らしい。
 仮面ライダーで言うところの変身アイテムに相当するボーダーの秘密兵器的ポジション。
 そして黒トリガーはもっとすごい。トリガーがサイヤ人なら、黒トリガーは超サイヤ人なんだそうだ。
 分かりやすいような分かりにくいような例えだった。

 そんなボーダーの特別な武器を、エルのパパが持っていた。それが問題なんだそうだ。


ルドガー「それにしても、未知のトリガーってどういうことなんだ? トリガーを作ったのはボーダーなんだろ? 持ちだしたのとは違うのか?」

太刀川「分からないのか? 今まで知らないって意味だぞ」

ルドガー「そうじゃないから」

太刀川「えっ、そうなのか!? じゃあ本当はどういう意味なんだ!?」

ルドガー「そうでもないから!」


 機密事項なので話をそらしているのか、単に太刀川が馬鹿なのか、俺には判断がつかなかった。

 もっとも太刀川一人の判断で一般人の俺に説明できることはとても少ないらしく、一方の俺も伝えるべき情報がわからなくて、自然と話題の中心は例の少女になった。
 エルは初めこそ俺達二人を警戒していたが、次第にぽつぽつと詳しい事情を話してくれた。


太刀川「そうかー、夜中に襲撃されて、エルを護ってパパは撃たれて、そこから命がけで逃げてきたのかー、なるほどな」

ルドガー「簡単に納得するなよ。現代日本に拳銃を使った襲撃事件が多発してたまるか」

エル「パパは、エルを守ってくれて、エルだけ逃げて来ちゃったの! 嘘なんてつかないし!」


 エルは必死に主張した。その様子は、どこか真に迫るものがあった。


R1「信じるよ」
L1「俺が痴漢したって嘘ついたのは誰だよ」
直下

R1

>>30 R1


ルドガー「信じるよ」

エル「……!」

ルドガー「エルが嘘ついてないってことくらいは分かるよ。状況の希少性に驚いてるだけだ」

エル「……えっと、ありがと」


 エルは安心したように、少し笑った。


エル「ルドガー、いい人だね」

ルドガー「そうだよ俺はすごくいい人だよ。もしこの先俺を痴漢に仕立てあげようとしたら二度と信じてあげないけどな」

エル「し、しないよ! あれは、エルお金とか持ってなかったから、仕方なくて」

ルドガー「仕方なくで俺を社会的に殺さないでくれ。あと太刀川笑うな。やってないからな」


 太刀川はさっきから痴漢って、痴漢、ガキを痴漢、と小声で連呼しては笑い死にしそうになっていた。


ルドガー「そもそも銃を持った集団に自宅を襲撃されるってなんだ。どうしたらそんな状況に陥るんだ」

太刀川「エルがヤクザの組長の娘だとか」

ルドガー「やめろ、有り得そうで怖い」


 エルの無邪気な笑顔のバックに鳳凰の刺青を背負ったパパがいるかと思うと、とても怖い。
 近界民とは違う意味で超怖い。


太刀川「ボーダーが暴力団と交渉するハメになったら根付さんがストレスで寝込むな」


 あっはっはっ、と笑っていた太刀川は、不意に黙って立ち止まった。
 黒いプラスッチックでできた見覚えのあるもの――トリガーを握りしめて、地下通路の曲がり角を警戒している。


太刀川「ッ、伏せろ!」


 俺はとっさに少女を引っ張りしゃがみこんだ。
 たくさんの光球が複雑な軌道を描きながら飛んでくる。
 太刀川はそれを全て切り伏せて、遠方で爆破させた。
 俺達のところまで衝撃は来なかった。



太刀川「出てこい。どういうつもりだ、出水」



出水「えっ、もしかして太刀川さん!? なんでこっちに」


 通路の先から現れたのは、太刀川と同じ黒コートを着た少年だった。
 少年の周りには光る立方体が無数に浮かんでいる。さっき飛んできた光球と同じ色だ。
 太刀川の知り合いのようだが、一定の距離を保ったまま近づいてこない。


出水「そいつら誰ですか?」

太刀川「中学のクラスメートとさっき知り合ったヤクザの娘。ほら、自己紹介して」

エル「え…? エルはエル。で、こっちがルドガーで、こっちが慶だよ」

太刀川「おー俺の名前よく覚えてたなー。えらいえらい」


 両者武器を構えた緊張状態とは思えない会話だった。
 先に武装を解いたのは金髪の少年のほうだった。拍子抜けした様子で頭を掻く。


出水「ガキと一般人かよ……こんな時に何やってるんですか。柚宇さーん、来ても大丈夫です。ここの反応は太刀川さんでした。状況把握してないっぽいです」

太刀川「まじで何があった? イレギュラー門(ゲート)は開くし、通信網は死んでるし」

出水「何かあったっつーか、とうとう始まったって感じですね。本部長派が武力行使に出ました。内部抗争です」

太刀川「……は?」

出水「こっち側に死人が出ました。忍田派への生身への攻撃許可も降りてます」

太刀川「……はあ!?」


 太刀川が固まった。
 連絡いってないってことは通信室も抑えられてるのかよーと出水は肩を落とした。
 太刀川は目をこすって、もう一度同じ質問を繰り返した。


出水「現実逃避しないでくださいよ。始まったものは仕方ないです。こっちは数の優位があるとはいえ、重要拠点抑えられまくってるしキツイですよ」

国近「おっ、太刀川さんが幼女つれてる。はじめまして~太刀川隊オペレーターの国近柚宇だよ」


 新しく現れた女性は、パソコンのようなものを抱えていた。オペレーターという、戦う人をサポートする役らしい。


国近「太刀川さん、トリガー貸して。緊急脱出(ベイルアウト)機能オフ設定に変更するから」

太刀川「……なんで?」

国近「太刀川さんでも生身じゃ勝てないでしょ。A級隊室は全部抑えられてるから、緊急脱出(ベイルアウト)したら殺されちゃう」

太刀川「それは困るな。いや、待て待て、前提がおかしい。殺されるってなんだ」


 俺とエルも混乱していたが、今や太刀川も混乱していた。

 内部抗争ってなんだ。死人ってなんだ。ボーダーってそんなに危険な組織だったのか?

 俺よりも年下の少年少女が平然と殺すだとか殺されるだとか言っている状況にめまいを覚えた。
 太刀川さんがいるなら攻めに出れるだとか、まずは通信室かA級隊室を奪還しようだとか、当たり前のように作戦を練り始めている。ついていけない。
 エルは不安そうに俺の背中にしがみついた。俺も何かにしがみつきたい気分だった。


エル「エルはどうしたらいいの? パパを助けなきゃなのに……」

出水「その二人はどうします? 足手まといですよね。置いていくのも危ないですけど」

太刀川「……この際バラすけど、このガキの持ってる時計っぽいのは九分九厘黒トリガーだ」


 ずっと頭を抱えていた太刀川がようやく言葉を発した。


出水「まじかよ!? 太刀川さんが九分九厘なんて言葉を知ってる!?」

太刀川「失礼な奴だな。俺だってそのくらい知ってるぞ。そしてこっちのルドガーが野良黒トリガーの起動にうっかり成功しちゃった適合者」

出水「……嘘ですよね?」

太刀川「それが本当なんだな。俺もびっくりして上に報告にしに来たとこ」


 急に話を振られた俺は、思わず背筋を伸ばした。品定めするような目線が気まずい。
 


柚宇「どれどれ、この懐中時計が黒トリガー? 黒色じゃないんだー」

エル「あ、あげないよ!?」

柚宇「確認だけだから盗らないよ。ほれほれ見せてみんしゃい」


 国近はパソコンによくわからない機械を繋いで、エルの時計を調べ始めた。ちなみに時計そのものはエルが持ったままだ。


出水「こいつら信用できるんですか? マジで黒トリガーなら牽制にもまりますけど」

太刀川「分からん。それを判断するのは俺達じゃなくて上だ」

出水「その上が今まさに盛大な大げんかしてるんですよ」

太刀川「そうなんだよなー。どうしたらいいんだろうなー。なあ出水、もう一回聞くけど内部抗争の話って冗談じゃないんだよな?」


 出水は真顔で頷いた。太刀川は笑った。目が死んでいる。


太刀川「どうしてそんなことになってる?! 忍田さんどうしちゃったの?! 馬鹿なの!? 迅はどうした!? ちゃんと暗躍しろよ!?」

エル「……慶、大丈夫?」


 明らかに動揺して叫ぶ太刀川が少し哀れに見えてきた。エルにまで心配されている。
 出水と国近は驚いていたが、太刀川の心の叫びを聞いているうちに、だんだん不思議そうな顔になっていった。


国近「ちょっとちょっと、太刀川さん」

太刀川「何だ!」

国近「迅って誰?」

出水「その二人みたいな知り合いですか?」


 太刀川は再び固まった。


太刀川「……お前ら、本当にふざけてるんじゃないんだよな?」

出水「この非常時に幼女連れ込む太刀川さんに言われたくないですよ。迅ってマジでだれですか?」

太刀川「……そりゃあ玉狛の」

柚宇「玉狛の木崎隊は三人編成でしょ? 木崎さんに、小南ちゃんに、とりまるくん。オペレーターは宇佐見ちゃんだし」

太刀川「玉狛はもう一人いるだろ! S級が!」

出水「太刀川さん、どうしちゃったんですか? 天羽は城戸さん直轄で玉狛じゃありません」

太刀川「おい、カメラどこだ。ふざけてんだろ。迅だよ。迅悠一だ。内部抗争なんて馬鹿やらかす前にあいつならなにか手を打つはずだろ」


 混乱から、徐々に静かな怒りに移行しているように見えた。

 俺にはさっぱり事情が分からない。
 迅悠一という人間に関する話で揉めているようだが。


国近「太刀川も出水くんも落ち着いて。簡易解析終わったよ~。黒トリガーで間違いないよ。性能はちょっと良くわかんないけど……!? 警戒、上方南東!」


 国近は突然焦って叫んだ。それと、地下通路の天井が吹き飛ぶのはほぼ同時だった。


 俺とエルは出水少年に首根っこ掴まれて安全なところまで運ばれた。
 太刀川は地下通路を破壊した原因と斬り合っていた。

 さっきまで言い争いをしていたとは思えない程の適格で素早い連携だった。


国近「ごめんね、指示遅れた」

出水「直前までバックワーム使ってたみたいだし、仕方ないです。それにしても、なんでよりにもよって、一番ヤバイな敵にあたっちゃうのか」


 太刀川と斬り合っていたのは、太刀川たちとは少しデザインの異なるコートを着た成人男性だった。


太刀川「……まじか、忍田さん」

忍田「慶、どうしてお前が西方面にいる?」

太刀川「忍田さんこそ、なにやってるの。内部抗争なんて冗談きついぜ」


 男は、忍田は、とても恐ろしかった。近界民よりもずっと小さいのに、何倍もの威圧感を発していた。



忍田「……そうか、お前も裏切ったのか。――慶ッ!」



 男の顔は、黒い何かに侵食されていた。
 圧倒的な暴力が、明確な殺意を持って、俺達にふるわれた。

今日はここまで。TOX2を知らない人にとても優しくない展開である。

おまけキャラ紹介。カッコ内の星はルドガーへの現時点の好感度。

ルドガー(-):運動と家事が得意なヴィジュアル系音痴青年。時刻表検定一級のスジ鉄。
エル(★★):演技派ファザコン八歳児。唯我尊並に舌が肥えている。
太刀川(★):単位のチキンレーサー。戦闘力と生活力は反比例する。

投下します

【side:ルドガー】


 俺は運動神経がかなり良い方だった。
 帰宅部だったが、球技も陸上も得意だった。
 特撮のスーツアクターのバイトだってしたことがある。

 けれど、違ったのだ。化物を倒すヒーローになる資格とは、運動神経の良し悪しなんてレベルではなかったのだ。

 太刀川と敵らしき男。
 文字通り目で追えない戦いが、繰り広げられていた。




出水「おい、今すぐ逃げろ!」

ルドガー「えっ、あ……」

出水「黒トリガーだかなんだか知らないが素人にいられると邪魔だ! 逃げろ!」


 出水少年はこちらを見ることなく、そう叫びながら光る立方体を呼び出した。
 分割され、複雑な軌道を描く光球は、太刀川達の戦いの隙間を縫うように飛んでいった。


ルドガー「逃げろって言っても、どこにっ」

出水「できるだけ遠くにだ!」


 ルドガーはエルの手を引いて立ち上がった。
 何もかもがわからない。
 何故こんなことになっているのか、問い詰めたかった。


エル「でも、慶は、イズミとクニチカは……?」

国近「こっちだよ」


 戸惑う俺達の手を、国近さんが引っ張った。導かれるままに戦場から離れていった。
 振り返ってみたが、太刀川と出水少年たちの戦いを目視で把握することはできなかった。




【side太刀川】

 太刀川はこれ以上ないほどに混乱していた。
 イレギュラー門も、内部抗争も、つい昨日までは予兆すらなかったはずなのに。
 しかも出水達は迅のことを忘れてしまっていて、抗争の主犯は忍田さんだときている。ありえない。
 しかし太刀川のよく知る太刀筋は、異形にも近い黒い侵食を受けた男が忍田本人だということをまっすぐに伝えていた。

 とはいえ太刀川は混乱のせいで刃が鈍るような男ではなかった。
 むしろ鋭い剣戟が、太刀川に冷静さを取り戻させた。
 自身の左腕の傷がその対価だというなら、少々割に合わなくはあったが。


出水《太刀川さん、できるだけ攻撃を後方に漏らさないでください。柚宇さんに一般人二人も同行させてます》

太刀川《……分かった。でも完全にはムリだからできるだけ離れてろ。出水、お前は忍田さんの後方に回り込め。挟み撃ちにするぞ》

出水《了解》

国近《ルート指示するね》


 トリオン体の内部通話で手短に指示を出した。
 不意を付かれてこちらは負傷したもの、出水との二体一なら忍田さん相手でも勝ち筋は十分ある。
 伏兵がいなければの話だが。


忍田「なるほど」


 忍田さんはこちらの意図を察して、移動中の出水に向かって突撃した。
 もちろん止めに入るが、相手も受け太刀の準備をしていたので負傷まではさせられなかった。


忍田「――旋空弧月」

太刀川「!」

出水「まじかっ」


 刀身を延長する広範囲斬撃が飛んだ。忍田さんは出水を狙わなかった。

 狙いは国近たちだった。



【side:ルドガー】


 ものすごく大きな音がして、砂煙とともに瓦礫が吹っ飛んだ。


エル「クニチカ!?」


 ルドガーは再び年下の子供に護られてしまった。
 国近は二人をかばって切られてしまっていた。


国近「うわーびっくりした」

ルドガー「!?」

エル「クニチカだいじょうぶなの!?」

国近「トリオン体だったからね。生身は無事だよ。でもパソコンごとトリガー解除されちゃったからマズイかなー」


 国近はけろっとした顔で起き上がり、見覚えのある黒いプラスチックでできたトリガーをルドガーに手渡した。


ルドガー「!?」

国近「代わりに急いでトリガー起動して」

ルドガー「え……!?」

国近「急いで!」


L1 とにかくやってみる
R1 理由を尋ねる
直下

L1

>>48 L1


 国近の気迫に流されるように、言われるままにトリガーを受け取った。
 トリガー起動?
 どうすればいいんだ? 


ルドガー「トリガー起動!」


 とりあえず叫んでみた。

 ……どうやら正解だったらしい。
 肉体に上書きされるように何かが身体になり変わった。
 見た目は全く変わらないが、身体感覚が普段よりも鋭いのを確かに自覚した。


国近「パソコン借りるね。《ふたりとも、状況は? こっちはトリオン体壊れちゃったから、民間人に代わりにトリガー起動させたよ》」

出水《太刀川さんが忍田さん足止めしてる。とりあえず地形情報ちょうだい》

国近「《それから、本部からトリオン体反応が近づいてきてる。バックワームはつけてないけど、誰かわからない》」


 イヤホンもつけていないのに、遠方にいる二人の声が頭に響いた。
 奇妙な感覚だ。



太刀川《敵ならこっちに来る前に片付けたいんだけどな。それとルドガー》

ルドガー「?」

太刀川《黒トリガー起動しろ》


 太刀川は世間話でもするかのようにそう言った。


出水《はあっ!? 信用できるんですか!? 実用できるほど修練度高くないでしょう!?》

太刀川《使いはしない。だが場が膠着してる。正体不明の黒トリガーの反応で忍田さんの気をちょっとでもそらせれば行幸だ。できるな?》

ルドガー「……それは、」


 ルドガーはエルの方を向いた。
 エルはパパのものだという時計を、黒トリガーだというそれを、ギュッと握りしめた。


ルドガー「俺が、できることならするよ。でも、エルは」

エル「……これは、パパのだもん。でも」

ルドガー「?」

エル「でも、ルドガーと慶はエルの話信じてくれたし……だから、エルも信じるよ」


 エルは今回だけなんだから! といいながら時計を押し付けた。


太刀川《決まりだな。国近、よさ気な場所探してくれ。早めに決めるぞ》

国近「《了解》」


 俺とエルは、頷いて、国近さんの指示を待った。




【side:太刀川】

 国近やルドガーらが作戦場所まで移動する間、警戒をしつつ忍田さんの相手をした。
 もちろんここでたおしきれるならそれが一番なのだが、前衛の俺は負傷していて、出水もサポートに徹していたので、どうしても引き気味の相手になった。


太刀川(流石に何か仕掛けるのはバレてるだろうな。警戒して余計にルドガーに意識を割いてくれればラッキーだが)


 忍田さんの顔は、黒いものに侵食されていた。
 諸々の騒動の種が、きっとあの黒いのにある。

 今日の忍田さんはどこか動きが直情的だ。剣の鋭さも、重みも、寸分違わず本人のものだが、どこか違和感があった。
 別人が化けている、というよりは、体調や気分の影響といった差異がある気がした。
 とにかく無力化して、調べてみるしか無い。


ルドガー《えっと、指定場所についたよ》

国近《出水くん追い込みよろしく~。ルドガーさん、黒トリガー使える? 本部長一人だし、レーダー使う余裕なさそうだから予め起動しといてもいいかも》

太刀川「《起動できるか確認は済んだんだろ? 忍田さんが10m圏内に近づいたら起動してくれ。できるだけインパクトをでかくしたい》」

ルドガー《……分かった》


 出水が追い込みを始めた。
 すかさず俺も追撃して、逃げ切る余裕を与えないようにする。
 
 不意に距離を取る。
 互いの意識が宙に浮いた。
 つかの間の空白の後、号令がかかった。


国近《ルドガーさん、起動して》

ルドガー「……おうっ!」



忍田「……!?」



 天羽に似た、異形にも似た姿のルドガーが、忍田さんの背後に迫った。




【side:ルドガー】

 結論から言うと、俺はほとんど何もしなかった。
 正しくはできなかった。

 エルに国近さんのトリガーを起動させて、国近さんが起動し、俺は黒トリガーを起動して敵の男に駆け寄っただけだ。

 動体視力や身体能力、反射神経の能力が上がったのは自覚していたが、具体的に何ができるかといえばなにもない。
 ただ、一部始終を見ているだけだった。


 敵の男は、問答無用で俺を切ろうとした。
 ところが、俺の腕は黒い殻に覆われていた。
 国近さんの分析いわく、防御特化の黒トリガーの能力だ。
 この能力が、戦いにおいてほぼ素人の俺が前線に出る理由の後押しになったらしい。

 予想外に硬い腕に力加減を誤り、剣を振るったまま硬直してしまったのが致命的だった。

 その隙に太刀川が敵を袈裟斬りにした。

 しかし、男は下半身と上半身を切り離されてなお動いた。
 出水少年の光球と似た攻撃が二人の死角から繰り出されて、戦場に降り注いだ。

 結果は、相打ちだったのだろう。
 俺は、それをただ見ていた。


 男の変身が解けて、太刀川と出水の変身も解けて、俺だけが戦闘可能状態で立ち尽くした。
 俺が戦えないというのは、俺達だからこそ知っている話であって、敵の男にとって俺は正体不明の増援だ。

 堂々と、不敵に、スターとった配管工のつもりで不敵に笑ってろ! とは太刀川の助言である。
 俺は助言通り、緊張も恐怖も隠して、仁王立ちしてみた。


太刀川「良かったよかった。とりあえず無力化できたな」

忍田「……」

国近《本部から近づいてくる反応、まだ距離はあるけど、急いだほうがいいかも》

出水《あそこから弧月切ってメテオラとバイパー降らすとかマジ本部長ヤバイだろ》

国近《出水くんは近づきすぎかな。でもとりあえず良かったよ~》


 太刀川は、忍田さん、と声をかけながら敵の男に近づいた。


太刀川「とりあえず、場所変えるか。内部抗争なんてした理由も、その顔の黒いのも、全部教えてよ」

忍田「……慶、お前は、本当に」


 俺は、動けなかった。
 見ていることしかできなかったのだ。


忍田「――できの悪い弟子だッ!」


 気が付くと、出水少年と、国近さんが、血を流して倒れていた。


太刀川「……!? しのだ、さ、」


エル「え……」


 小型の刃物を隠し持っていたのだろう。
 エルはトリオン不足のために生身に戻っていたものの、とっさに出水少年に突き飛ばされて無傷だった。
 しかし、出水少年と、国近さんは。


エル「きゃああああああああああああああっ!!」


 目の前の血に、かばわれたショックに、エルが叫んだ。
 俺の手に、槍が現れたのはその瞬間だった。


 燃えるような力の流れに背中を押されて、衝動に身を任せた。

 そのまま槍の先は敵の男の胸を貫いた。


太刀川「……なんだよ、これ」


 男の内部にあった、カチリカチリと時計のように音を刻む歯車が、槍の先に刺さって砕け散った。



 そして、世界が砕けた。

 俺は未だに何もわからないままだった。




 目を覚ますと、エルと太刀川と俺の三人は崩壊した駅に立ち尽くしていた。


ルドガー「ここ、どこだ? 二人は、い、一体……?」


 エルは泣きじゃくっていた。
 崩壊した駅は、今朝の記憶そのものだが、何故こんなところにいるのだろう?


?「誰だ? 君たち、ここは進入禁止だ!」

太刀川「!」


 遠目に赤いジャージを着た人たちが見えた。
 いち早く調子を戻した太刀川が、俺とエルの手を引いて、走りだした。


ルドガー「どうしたんだ? あの人達はボーダーだよな? テレビで見たことあるぞ。敵なのか?」

太刀川「わからん。とにかく逃げる。」

ルドガー「どこに!?」

太刀川「どこがいいと思う?」

ルドガー「俺に聞くなよ!」


 太刀川のアパートは、太刀川本人に却下された。
 場所が割れているかららしい。

 消去法的に、俺が兄さんと住んでいるマンションに避難することになった。

投下終了です。

【メインキャラ】
ルドガー:家庭的なヴィジュアル系音痴青年。時刻表検定一級のスジ鉄。運動神経はいいがトリオン能力が低かったので入隊試験に落ちた(修並)。
エル(★★★):演技派ファザコン八歳児。唯我並に舌が肥えている。黒トリガー?を持っている。トリオン能力はルドガーと同じくらい。
太刀川(★★):単位のチキンレーサー。戦闘力と生活力は反比例する。超強い。

【サブキャラ】
忍田さん?:弟子コンをこじらせるとテロリストになるらしい。嵐山隊?や最上宗一らと手を組んで城戸派を襲撃した。
出水?:いい奴だったので死んだ。
国近?:太刀川が忍田に味方した場合の保険で、あの短時間にトリガー解除遠隔操作できるように太刀川のトリガーにウイルスを感染させてたやり手。使う機会はなかった。

>>54 訂正

× エルに国近さんのトリガーを起動させて、国近さんが起動し、俺は黒トリガーを起動して敵の男に駆け寄っただけだ。
→○ エルに国近さんのトリガーを起動させて、国近さんがパソコンの操作をして、俺は黒トリガーを起動して敵の男に駆け寄っただけだ。

なぜ出水はトリオン体を解除してしまったのか
あと最上さんは生きてるのか…迅さんがいないってことは玉狛第二と緑川は死んでる可能性が?

投下します。

>>60
描写不足。出水はブラック忍田さんによる爆撃に巻き込まれました。
出水はルドガーの参戦に不安を持っていたので、すぐにフォローができるように近づいていたら、忍田さんの不意打ち攻撃に巻き込まれました。
ちなみにルドガーは黒トリガー(骸殻)のおかげでメテオラシャワー浴びてもピンピンしてます。ほぼ出水の心配し損。

【side:ルドガー】

 終始無言のまま移動した。

 俺の自宅は、マンションの三階にある。
 兄さんが家賃を払い、俺が住まわしてもらっている状況だ。
 俗にいう居候だなと自虐的に言えば、エルにそれってニートのことでしょと笑顔で返された。ひどい。

 兄さんはまだ帰ってきていなかった。
 兄さんはボーダーのエンジニアだ。内部抗争に巻き込まれていないか、不安で仕方がなかった。


 太刀川とエルは遠慮無くリビングに入って部屋を物色し始めた。
 エルは兄さんが忘年会で持って帰ってきたきぐるみをいじり、太刀川は俺の許可無くキッチンを漁っていた。


太刀川「うわー二人暮らしでこれは広すぎねえ? げ、カップ麺すらおいてないのかよ」

ルドガー「勝手に漁るな。そういえばもう昼過ぎか。簡単なものでも何か作ろうか」

太刀川「餅がいい」

ルドガー「なんでそれをリクエストした」

太刀川「七輪で上手に餅が焼けるから」

エル「エル知ってる! 七輪ってサンマを扇でパタパタするやつでしょ!」

ルドガー「残念ながら餅も秋刀魚も買い置きしてないんだ。七輪しか無い」

太刀川「七輪はあるのか……」


 冷蔵庫を覗くと、そこそこ材料が残っていた。
 何を作ろうか?

L1 トマト入りオムレツ
R1 天ぷらうどん
直下

L1

>>64 L1(好感度変化なし)


エル「トマト!? やだっ! エルトマト苦手!」

太刀川「なんだー餓鬼だな。好き嫌い言うなよ」

エル「好き嫌いじゃありませんー! 主張なんです-!」

太刀川「言うなあ」


 もう一度冷蔵庫の中身を確認した。
 トマトの他にも、いくつか野菜は残っていた。


ルドガー「茄子は食べられるか? エルのはナスオムレツにしよう」

エル「ナスオムレツ! ルドガー分かってる~」


 人参やピーマンを刻んで、玉ねぎを炒めた。
 卵と混ぜあわせる段階で、俺と太刀川のトマトオムレツとエルのナスオムレツで分けて準備する。


ルドガー「……やっぱりトマトオムレツ食べてみないか? 美味しいぞ、トマト」

エル「ぜったいやだし! しつこい男は嫌われるってパパ言ってた時ある!」

太刀川「はっはっは」


「ごちそうさまでした」

 三人で手を合わせて箸をおいた。
 オムレツは大変好評で、作った側としてはうれしい限りだった。
 調理師免許の取得のために勉強していると言ったら、太刀川には強く納得された。
 店を持った暁には常連客になってやるとまで言われれば、嫌な気はしない。



 腹が満たされて、落ち着いてくると、混乱していた出来事の整理がついてきた。
 太刀川がボーダーの内情に解説をいれつつ、三人で疑問点をまとめていった。


 第一の疑問は、唐突な場所の移動だ。
 崩壊した駅から無傷の駅へ。そして避難区域から崩壊した駅へ。
 明らかに気のせいでは済まない距離だ。


 第二の疑問は、エルの持つ黒トリガーとやらの出処。 
 とても貴重な品で、一般人が持ちうるものではないらしい。
 エルのパパの正体が気になるところである。
 ヤクザの娘どころかもっとヤバイものの娘の可能性が高いなーと平然と言う太刀川の神経が知れない。


 第三の疑問は、内部抗争と情報の錯綜だ。
 内部抗争の予兆が前日まで一切なく、イレギュラー門といい、脈絡も何らかの計画性も感じられなかったらしい。
 太刀川が大雑把に説明する分には、確かにボーダー内に派閥そのものは存在するらしいが、あんな過激な抗争が起きるような対立は存在していないそうだ。
 何が内部抗争を引き起こしたのか? 規模は? そもそも本当に内部抗争なんて発生していたのか?
 
 俺の手に残る人を刺した感触と、破壊されて再構築中の太刀川のトリオン体だけが、事件の確かな証拠だった。

 他にも'迅悠一'という人物を出水くんと国近さんが知らないと言い張っただとか、忍田さんのトリガーのチップ構成が構造的にありえないだとか、疑問は山程湧いてくるようで、太刀川はうんうん唸っていた。


太刀川「やーっぱり絶対おかしい。玉狛じゃないんだから、ありえないだろ」

ルドガー「タマコマ? 何かおかしな武器でも使ってたのか?」

太刀川「えーっとだな、ポケモンで例えるならあの忍田さんは5つ技を持ってた」

ルドガー「それはかなりおかしいな!?」


 今までの太刀川の微妙なたとえシリーズの中ではかなり分かりやすい例えだった。


エル「ぽ、ポケモン? 子供にも分かるように説明してよ-!」

太刀川「なんだ、さては妖怪ウォッチ世代だな? ほら、指の数は五本だろ。六本あったらおかしいって話をしてた」

エル「あの怖い人指が六本あったの!?」

太刀川「……大体そんな感じだな」


 絶対違う。
 しかし上手く説明できる気もしないので、ツッコミをなんとか飲み込んだ。

 そもそもこの辺りの話は俺にはわからないことである。

 最後は、出水くんと国近さん。加えてボーダーで働いている兄さんの安否だ。
 確かに血を流して倒れたはずの二人の姿は、忍田という男を倒してから、ウソのように消えてしまった。
 電話で確認を取ろうにも、太刀川がそれを拒否した。
 太刀川がトリオン体を再構成するまでは、連絡よりも潜伏を優先したいとのことだった。

 考えをまとめたものの、そこから話は展開することはなかった。


太刀川「……全くわけが分からん! よし、寝る!」

ルドガー「いきなりどうした?!」

太刀川「食事もとったし、さっさと寝て回復優先だ。ソファー借りるぞ。お前も今日は外に出るな。誰か来たら起こせ」

ルドガー「お、おい!?」


 止めるまもなく、太刀川はソファーで寝入ってしまった。
 こっちとしては戸惑うばかりだ。
 これからどうしろというのか。


エル「エル、どうしたらいいの……」

ルドガー「うーん、とりあえずエルも寝るか? そういえば年はいくつなんだ?」

エル「エルは8歳だよ!」

ルドガー「そうか。それじゃあ早めに休んだほうがいいな。ちょっと待ってて。客用の布団持ってくるから」


 布団を用意して、エルを寝かしつけた。
 小さな子供だ。きっと疲れも相当溜まっている。
 予想通り、布団に入った少女は、ウトウトとし始めて、時期に眠ってしまった。


ルドガー「……ネットでも、内部抗争なんて話は出てないか。駅での騒ぎはニュースになってるけど」


 そういえばあのフードの男は生きているのだろうか。
 小柄で、カラスなんて手なづけていたわくわく動物野郎だ。
 結局あいつがどこの誰かかも、わかっていない。


ルドガー「寝るか」


 俺も疲れてしまった。朝食の仕込みだけ済ませて、寝ることにした。
 俺も自室のベッドではなくリビングに布団をしいたのは、別に怖いからだとかじゃない。違うからな。



 その夜、兄さんは帰ってこなかった。
 残業での朝帰りや泊まりは良くある話だというのに、俺には嫌な予感がして仕方がなかった。
 




 進展は向こうからやってきた。

 翌朝、目が覚めて朝食を作っていると、インターホンが鳴った。
 一階のホールからではなく、三階の俺達の家の扉前まで来ているようだ。
 覗き穴から確認する。知らない男たちだった。


ルドガー「太刀川、どうしたらいい?」

太刀川「ふわあ、来客か? ちょっと待て」


 太刀川はトリガーを掴んだまま、覗き穴から相手を確認した。


太刀川「……二宮?」

ルドガー「知り合いか?」

太刀川「面白いやつだ。……三人とも生身だな。狙撃手は隠れてるみたいだが」


 太刀川は、トリガーを起動させることなく扉を開いた。


二宮「!? 太刀川、なんでここにいやがる」

太刀川「こっちのセリフだ。なんでここが分かった?」


 訪ねてきた男たちは、ボーダーのA級隊員をなのった。
 俺は、ひとまず三人を部屋に招き入れた。


 紅茶でも入れようとしたら、結構だと断られた。
 三人のうち中心人物らしき男は、二宮というらしい。


二宮「お前はユリウス・ウィル・クルスニクの弟だな」

ルドガー「はい。兄さんは、無事なんですか?」

二宮「……無事か、だと? 何を知ってる?」

ルドガー「えっと、それは」


 俺の言葉を遮るように太刀川が話し始めた。


太刀川「こっちも色々あったんだよ。それより鳩原と氷見はどうした」

二宮「……チッ」


 二宮は足を組み直して俺の方を向いた。


二宮「お前の兄は近界民にさらわれた。現場にトリガーを使った痕跡がある。こっちに残っている可能性は極めて低い」




 頭が真っ白になった。


ルドガー「え、兄さんが、さらわれた?!」

二宮「加えて。お前は最重要関係者として出頭命令がでている」

ルドガー「出頭命令って、警察でもないのに、そんな」

二宮「お前の兄はエンジニアだ。家で何か妙なことはなかったか?」

ルドガー「し、知りません! そんな、兄さんは、生きているのか!?」


 思わず立ち上がって叫んだ。
 三人の来訪者は動揺することはなかった。


二宮「お前は気づかなかくても、何か情報がアルかもしれないからな」

太刀川「……おい、二宮、それはイレギュラー門の関係か?」

二宮「お前のほうがよく知ってるんじゃないか。トリガーをよこせ。預かる」

太刀川「はあ?」


 二宮たちは立ち上がり、玄関に向かった。


二宮「太刀川、お前にも出頭命令が出ている。最重要規律違反容疑者として、俺達が本部まで連行する」

太刀川「えっ」



 俺と太刀川は顔を見合わせた。
 一体何がどうなって、いつの間に犯罪者になっているんだ?




エル「おはよー、ルドガー、慶。えっ、この人達誰? どうしたの?」


 寝起きのエルの声だけが、俺の心を癒やしてくれる気がした。




【side:太刀川】


 意味がわからない。
 それ以外に言えることはない気がした。


 いつの間にか犯罪者になっていたらしい俺は、二宮隊の同行のもと、本部まで出頭することになった。
 ルドガーとエルも同様だ。
 エルがついてくることに二宮は何色を示したが、俺がこのガキは関係者だと言えば同行を認めた。


 本部はいつもどおりだった。
 内部抗争なんて夢だったんじゃないかと思うくらいに平和で、道中出会った米屋もいつもどおり手を降って挨拶してきた。


 城戸司令の部屋に一人案内されて、並んでいる人間を見た時、もう俺は考えるのを諦めた。


城戸「呼びだされた理由はわかっているな」

太刀川「……」

忍田「単刀直入に聞く。慶、昨日はどこで何をしていた?」


 忍田さんと殺し合いしてました、とはどうにも言いにくい雰囲気だった。


太刀川「一つだけ先に聞かせてくれません?」

城戸「……いいだろう」

太刀川「出水と国近はどこにいますか?」

城戸「……?」


 城戸司令は、質問の意図を把握しあぐねているようだった。
 すぐに忍田さんが現在隊室で待機中だと教えてくれた。

 生きている、らしい。
 黒トリガーに生身の胸を貫かれたはずの忍田さんと同じように。


太刀川「昨日は、忍田さんの指示でイレギュラー門の対応にあたった後、この部屋の前で待たせてるルドガーの家に泊まりました」

鬼怒田「トリガーの追尾システムはどうなっとる! まさか自分で解除したというわけじゃあるまい!」

太刀川「追尾システム? それは分かりません」

鬼怒田「とぼけるんじゃない! お前の持っとったトリガーはいくつかの機能が強制停止されとった上に、ハッキングの後が残っとていた。まさかお前が自分でやったと言うわけじゃなかろう!」

太刀川「そう言われても、分からないんだから仕方ない」


 ボーダー幹部からの出方を伺うような目が八方から刺さった。


唐沢「なぜ連絡をしなかった? ケータイに連絡が行っていただろう?」

太刀川「居場所を知られたくなかったから、電源ごと切ってました」

根付「なぜそうなるんです!? やはり、例の件になにか関わって……!」

太刀川「例の件……ってのは、最重要規律違反ってやつの関係ですか?」

根付「そうにきまっているでしょう!」


 当たり障りのないように、質問に応えるのは無理そうだった。
 考えるのが面倒になると同時に、考えるのは俺の仕事じゃないという意識が強くなってきていた。
 情報の取捨選択は上がする。俺は見たままを伝えるのが一番じゃないだろうか、という考えだ。


唐沢「……連れの二人は、関係者だと言ったそうだね。どういう繋がりだ?」


 俺は、もうぶっちゃげることにした。
 隠していても、いいことはなにもない予感がしたからだ。


太刀川「黒トリガーです」

城戸「……!?」

林藤「へえ」

太刀川「野良の黒トリガーと、その適合者です。呼んでいいですか」


 冗談でしょうと嘆く根付さんを、忍田さんたちが制した。
 とりあえず言い分を聞こうというわけだ。

 俺は許可をもらって、司令室のドアを開けた。



エル「サイテー-! 悪人! よくも、よくもエルのパパを!」

?「待て待て待て。人違いじゃないの? ちょっと落ち着こう?」

エル「間違いないし! エルのパパは、エルのパパはあッ!」


 甲高い少女の声が、司令室に響いた。
 扉の向こうには、今にも泣き出しそうなエルと、エルを庇うように立っていたルドガーと、困惑している男がいた。


エル「夜にエルの家に来て、パパにひどいことした! パンパンって怖い音がしたの、エルちゃんと聞いた!」

ルドガー「拳銃を、この人が?」

?「違うって! ちょっとボス、違うからね! 趣味は暗躍だけど、流石に一般人を襲ったりしてないからね!?」


 エルに威嚇されていたのは、俺のよく知る’迅悠一’だった。


太刀川「あのガキが黒トリガー持ってました」

 指を刺して示せば、城戸さんはエルの持つ時計に目をやった。


エル「パパは、エルを逃がしてくれてっ、パパは、それでっ、倒れてっ!」

迅「いや、違うからね!? 俺は何もしてないよ!? 話を聞いて!」


 エルの気迫に、上層部はこの話が全くの作り話でもないと考えたらしい。

 迅が、何をしたのか。
 何が起こっていたのか。
 ……そもそもなんで俺たちが犯罪者扱いされているのか。

 もしかしたらもうすぐ分かるんじゃないだろうかという気がした。

投下終了です。素でルルの描写を忘れてました。

【キャラ紹介】
ルル:クルスニク家の真の支配猫。雑種シャム。雷蔵と並ぶと見分けがつかない。
ユリウス兄さん:ブラコン伊達眼鏡。ボーダー開発室で唯一定時に帰る男。門(ゲート)誘導装置を誤作動させて騒ぎに乗じて鳩原ら数名と共に近界に密航した……らしい。
二宮:生活感があるだけで笑いを取る男。部下の鳩原が疾走した事件の主犯をユリウスか太刀川だと考えていた。
忍田さん:太刀川の師匠でボーダーの偉い人。太刀川と同じ反比例グラフの持ち主。めっちゃ強い。
小柄なフードの男:Mr.ディスカバリー・チャンネル。オリキャラではない。

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