右京「346プロダクション?」 (415)
アニメ準拠はほとんどありません
気分を害されたら本当申し訳ありません
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457957833
右京「…」
右京「…!」パチ
右京「…ここは…」
右京「…どこ…ですかねぇ…」
右京「…」キョロキョロ
右京「…僕の家では、ないようですが…」
右京「…」フゥー
右京「…困りましたねぇ…」
右京「…?」
右京「…はて、これも…僕の鞄ではないようですが…」
右京「…」ガサガサ
右京「…」
『346プロダクション 係長 杉下右京』
『会社TEL』
右京「…はて…この名刺は…?」pipipipi
右京「…」prrrr prrrr
『はいもしもし346プロダクション総務課、米沢です』
右京「…!……杉下です」
『杉下係長!どうされました!?こんな時間に…』
右京「こんな時間…とは?」
『何って…もう10時ですよ?』
右京「…」バッ
『AM10:02』
右京「これはこれは…申し訳ありません。どうやら寝過ごしてしまったようです」
『おや?杉下係長がですか?珍しい事もあるんですなー…』
右京「ええ。なにぶん今しがた目覚めてしまったようですから」
『…あー………でも、まあ…』ボソボソ
右京「…?」
『杉下係長から借りた落語のCDが余りにも面白くてですな…私からはほら、出勤中、スカウトに精を出し過ぎたって言っておきますから…』ボソボソ
右京「そうしていただけると助かります」
『まあ、気にせずゆっくり来ることですな』
右京「ええ。感謝します」
右京「…」
右京「…何なんですかねぇ…これは」フゥー
翌日
右京「…」
346プロ『』
右京「…はて…僕は一体…どうなってしまったんでしょうねぇ…?」
「おや杉下君。お早う」
右京「…おはようございます」
「うむ?私の顔に何かついているかね?」
右京「いえ。昨日は少し羽目を外してしまったもので、ご迷惑をかけたのではないかと…」
「そうかね?いやいや君の事だ。仕事に精を出していたんだろう?米沢君からもそう聞いているものだからね」
右京「おやおや…」
「まあ、たまにはゆっくりすることも大事だよ。…だが君は今…大変な時期だったね…」
右京「はいぃ?」
「…私で出来ることなら、何とか手助けしてあげたいんだが…」
右京「…」
「とにかく君には期待しているんだ。是非頑張ってくれたまえよ!」
右京「…ありがとうございます」
「うむ!」
右京「…」pipipi
『アドレス登録件数 3件』
『千川ちひろ』
『山西部長』
『米沢守』
…。
右京「…山西部長!」
山西「ん、ん?…な、何かね?」
右京「…いえ、なにぶんまだまだ初めての事ですからねぇ…お力添えして頂ければと思いまして…」
山西「…うむ!任せておきたまえ!」
右京「…」ペコ
山西「頑張ってくれたまえよ!期待しているからね!」
右京「ええ。お心遣い、感謝致します」
右京「…」ペラ
『プロジェクト(仮) 室長 杉下右京』
『○階 階段右突き当り』
右京「…ここでしょうかねぇ…」
『プロジェクト(仮) 室長 杉下右京』
右京「…困りましたねぇ…」ガチャ
右京「失礼します…」
…。
右京「…誰か、いらっしゃいませんか?」
…。
右京「…」
…。
右京「…」ペラ
『プロジェクト内アイドル 未定』
右京「…」
米沢『私からはほら、スカウトに精を出し過ぎたって言っておきますから…』
山西『仕事に精を出していたんだろう?米沢君からもそう聞いているものだからね…』
右京「…なるほど。そういうことでしたか…」
右京「…僕にも、不思議な体験をする機会があったんですねぇ…」
米沢「は?名刺を失くした?」
右京「ええ…どうやら昨日何処かで落としてしまったようなんです。僕としたことが…」
米沢「いやはや…昨日に引き続き珍しいですなぁ…」
右京「ええ。ですので早急に新しいものを…」
米沢「…え…」
右京「…」
米沢「…そ、早急にと言われましてもですな…」
右京「恐らく電話一本で済むと思いますがねぇ?」
米沢「おわっ…相変わらず勘が鋭い…」
右京「…ところで、つかぬ事をお聞きしますが…」
米沢「…なんですかな?」
右京「…実は僕、アドレス帳の名前の部分だけを、消してしまったんです」
米沢「…は?」
右京「米沢さんなら、恐らくどなたか存じ上げると思うのですが…」
米沢「…杉下係長。本当に大丈夫ですか?どこか調子が悪いのでは?」
右京「あ、これはこれは…。買いかぶり過ぎですよ。僕も所詮、人の子ですからねぇ…」
米沢「はあ…まあ、分かる範囲で…」
右京「まず、この連絡先ですが…」
米沢「…ああ。この方は…千川ちひろさんですな」
右京「千川ちひろさん。…ええ…と…あの…」
米沢「あの緑スーツの若い事務員の方ですよ」
右京「ああ!そうでしたそうでした…」
米沢「それでですな…」
右京「ええ…」
右京「…」ガチャ
右京「…」スッ
右京「…」
『346プロダクション 社員心得』
右京「…」ペラ
『その1…』
右京「…」ペラ
『作業手順』
右京「…」ペラ
『アイドルを勧誘するにあたって』
右京「…」ペラ
『オーディションを開催するにあたって』
右京「…」ペラ
『月の売上報告会…第4週土曜』
右京「…」ペラ
『LIVE・イベント・オファー等』
右京「…」パタン
右京「…成る程」
右京「…僕もついに不思議な体験をする機会が出来ましたよぉ…」
「…あのー…」コンコン
右京「どうぞ」
「…あ、失礼します…」ガチャ
右京「…おや、貴方は…」
ちひろ「杉下さん。先日の日報がまだ届いていないようなので…」
右京「ああ!これは僕としたことが…」
ちひろ「簡易的でも構いませんから、書いておいてください。杉下さんの机に入れておきましたから」
右京「どうもありがとう。…あ、千川さん」
ちひろ「は、はいっ?」
右京「…このプロジェクトルームなんですがねぇ?」
ちひろ「え、ええ…」
右京「これ、いつまでにアイドルの方を呼べば良いのですかねぇ?」
ちひろ「え…えーと…ですね…せめて、今月中には…」
右京「ああ…それはそれは。分かりました」
ちひろ「そ、それでは…」ガチャ
右京「…」フゥー
右京「…困りましたねぇ…」
ちひろ「…」
ちひろ「…あの人、やっぱり苦手だなぁ…」
ちひろ「…それに、あのプロジェクトって…」
ちひろ「…いわゆる、追い出し部屋…なのよね…」
ちひろ「なのに…あんなに楽しそうに…」
ちひろ「…あの人、どうしてアイドル事務所のプロデューサーなんてやってるんだろう…」
ちひろ「あの人の能力が役に立つ仕事って、他にいくらでもあると思うのに…」
翌日
山西「やあ」
米沢「あ、これは山西部長。何かありましたかな?」
山西「うむ…それがだね…」
米沢「はい?」
山西「彼に関することなんだが…」
米沢「…」
山西「…」
米沢「…少し、席を外しますか」ガタッ
山西「うむ。そうしてもらえると助かるよ」
ちひろ「…」
山西「…すまないね」シュボッ
米沢「いやあ…中々人前では出来ませんからな」
山西「…しかし、嫌な風潮もあったものだよ」
米沢「…そうですな」
山西「私から見て、杉下君以上に人を見る目がある人間はいない」
米沢「…」
山西「それをどうして皆、分からないのか…」
米沢「…」
山西「思い当たる節は、無いわけではない」
米沢「…」
山西「…杉下右京。彼の下に着いた社員やアイドルは悉く引退、辞職していく」
米沢「…それが、彼の異名となった…」
山西「…杉下右京は、人材の墓場」
米沢「…ふむ…」
山西「おかげで今、彼を煙たがるアイドルや社員は大勢いる」
米沢「…」
山西「だが、それは勘違いだ」
米沢「…私も、そう思うのですがね」
山西「彼はいつだって、誰とでも真っ直ぐ向き合うような人間だよ」
米沢「…ですが、真っ直ぐ向き合い過ぎてしまう…」
山西「…加えて、あの記憶力と洞察力だ」
米沢「社員もアイドルも、彼と関わると自信を失い、辞めて行く…」
山西「…それは、彼のせいではないと思うのだがねぇ…」
米沢「…物腰柔らかな接し方とは裏腹に、社員やアイドルの核心をこれでもかというくらい突く…」
山西「…」
米沢「…彼はプロデューサーとして最も大事なものが欠けているのかもしれませんな…それで、その杉下係長がどうかなさいましたか?」
山西「うむ。…それなんだがね?」
米沢「…」
山西「…この間の、彼がスカウトに明け暮れて時間を忘れていたという…君の優しい嘘だがね?」
米沢「…バレておりましたか…」
山西「…まあ、私からもスカウトだ外回りだと報告しておいたからそれは良いとして、だ」
米沢「何ですかな?」
山西「考えてもみたまえ。オーディション会場で彼の前で一体何百人の子供達が涙を流したと思う?」
米沢「…その場に私はいませんでしたからな。どうとは言えませんが…まあ、想像はつきます」
山西「…まあそれは置いといて、だ」
米沢「…今思うと、彼がスカウトなどするわけもありませんでしたな」
山西「…」
米沢「…む?」
山西「…その、まさかだよ」
米沢「…その、まさかですか…」
山西「…彼が、スカウトに出掛けたのだ」
米沢「…なんと」
山西「…警察を呼ばれなければいいのだがねえ…」
米沢「…流石に身元引き受け人はお任せ致しますよ…」
山西「…」
ちひろ「…」
ちひろ「(…どうして、部長はあの人の事をそんなに…)」
右京キタww
同日 PM14:20
「はーい!当日チケット売ってるよー!チケット持ってない人は買わなきゃ入れないよー!」
「…」
「おっ!?そこのお嬢ちゃん!…もしかしてチケット持ってないの?」
「…売り切れだったんだよぉ…」
「じゃあ買わなきゃ!ちなみに…どっちの席?」
「…でも、それ…アレでしょ?ダフ屋って…」
「堅いこと言わないでよー。こういうの、何処でもやってんだからさー…」
「…んー…」
「で?どっち?…あ、でもあれだ。そのユニフォームって…キャッツだよね?」
「…ん。そう」
「じゃあ良いのあるよ!何と1塁側最前列!」
「えっ!?」
「これまさに奇跡だよ!!このチケット買う為に今日ここに来たんだって!」
「…」
「だってチケット無いのに来たってことはさ、ある程度こういうのも期待してたんでしょ?」
「…くら…」
「ん?」
「…それ、いくら?」
「…んー…苦労したからなー…3でどう?」
「うぇっ!?3万!?」
「当たり前だよー!そりゃあこれ一番良いアングルで見られるんだから!」
「…んー…」
「もしかして手持ちじゃ足りない?」
「…足りないよー…」
「うーん…じゃあ2万5千!!」
「高いよー!」
右京「そういう問題ではないと思いますよ」
「!?」
「!?」
「…誰?お嬢ちゃんの知り合い?」
「…んー…知らない」
右京「僕が彼女の知り合いかどうかはともかく、転売目的でチケット類を公衆に対して発売する場所において購入すること。公衆の場で、チケット類を他者に転売することは迷惑防止条例で禁止されています」
「んぐっ…あ、アンタ警察か?」
右京「…いえ、警察ではなく。ただの通りすがりですよ」
「じゃ、じゃあ俺を捕まえる資格はねえよな?偉そうに説教垂れやがって…」
右京「ですが、警察を呼ぶことは僕でも彼女でも出来ますよ」
「なっ…」
右京「もし警察に捕まれば、10年以下の懲役または500万円以下の罰金。そのチケットを何枚売れば元が取れますかねぇ…まあ、売れないでしょうが」
「…チッ…なあ、オッさん」
右京「何でしょうか?」
「あんまゴチャゴチャ言ってっとなぁ…痛い目見んぞ!!」ダッ
右京「…」ヒョイ
「おわっ!?」ドタッ
右京「…」グイイッ
「い、いででででで!!わ、分かった!!分かった!!もうやめるから!!ダフ屋やめるから!!」
右京「もう遅いと思いますよぉ?」
「…えっ?」
警察「…」
「あっ…」
警察「申し訳ありません。少しお話を伺いたいのですが」
「…あー…」
右京「まだ彼女には売ってはいないようです」
警察「そうでしたか。犯人逮捕にご協力感謝致します!!」
右京「ええ。お仕事頑張ってください」
警察「はいっ!!…ほら行くぞ。立ってホラ」
「…ぁーぃ…」
右京「…」
「…」
右京「貴方、良かったですねぇ」
「えっ?」
右京「もしあの場でチケットを買っていたら、貴方も刑罰の対象になっていたかもしれませんよ?」
「え…えええっ!?アタシもなっちゃうの!?捕まっちゃうの!?」
右京「本来の正規のルートを通さずに買ってしまってますからねぇ…それに、犯罪を助長することにもなってしまいます」
「…ごめんなさい…」
右京「…しかし貴方、野球がお好きなんですねぇ」
「?うん!でもね…好きなのはやっぱりキャッツなんだ!!」
右京「ほー…キャッツ…ですか」
「うん!」
右京「いやはや…野球には疎いものでして。どういった球団なのか…名前しか知らないんですよ」
「えー!?知らないのー!?」
右京「ええ。本当、野球には疎いものでして…ですが、この湧き上がる歓声を聞いていると、どうにも興味が湧いてしまいますねぇ」
「…そうだなー…おじさんもキャッツのファンの一員になる?」
右京「ええ。是非」
「じゃあそこで一緒に観ようよ!あそこの店なら中継で観れるからさ!」
右京「おやおや…。貴方がよろしければ…」
「あ、アタシ姫川 友紀!おじさんは?」
右京「…杉下 右京と申します」
友紀「じゃあ右京さん!助けてもらったお礼も兼ねてガンガン!キャッツの事を教えちゃうからね!」
右京「ああ、それはどうもありがとうございます…ですが」
友紀「?」
右京「先程の後にこんな事をするのは人としてどうかと思うんですがねぇ?」スッ
友紀「…?これ、名刺…」
右京「申し遅れました。僕は346プロダクションで働かせていただいているものです」
友紀「346?…346って…。あ!あの超大きいアイドル事務所!!」
右京「ご存知でしたか。…実はですねぇ?先程、僕は貴方に声をかけようと思っていたんですよ」
友紀「え…アタシに?」
右京「ええ。ですが偶然、先程のようになってしまった…ただそれだけだったんですよ」
友紀「…えっと…それ…もしかして…?」
右京「ええ。是非とも貴方に、346プロダクションでアイドルとして活動して欲しいんですよ」
友紀「…え…」
右京「…」
友紀「…ええええええええええ!!!?」
右京「何か…おかしかったですかねぇ?」
友紀「だ、だってだよ?アタシ…だって…あれぇ?」
右京「…そうですねぇ…ああ、僕という人間は、こういう時、言葉を発することがどうにも苦手でして…不便な性格です」
友紀「そ、そりゃそうだよ。褒めるところなんて…」
右京「ですが…こうして貴方と話していると、僕も何故か笑顔になるんですよ」
友紀「そ、そうかなぁ…」
右京「ええ。これは、何と言うのですかねぇ……ああ!癒しというものですかねぇ」
友紀「い、癒し…?だって、アタシってほら…うるさくない?」
右京「そうでしょうかねぇ…先程の青年にも、僕にも全く警戒心を出さず笑顔で接する貴方のその少年のよう純粋さ。僕はそこに惹かれたのかもしれませんねぇ」
友紀「え、ええと…と、とりあえず!あの、店に…い、行こうよ!試合始まっちゃう!」
右京「ええ。では一先ず、キャッツのお勉強をさせていただきます」
友紀「よ、よーし!ガンガン教えちゃうからねー!」
…。
友紀「あの時はさ、正直驚いたよね」
友紀「え?いや…普通さ、スカウトって…何か、名刺渡してはいさよならみたいな感じじゃないのかなって…」
友紀「でもさ、右京さんは違ったんだよね」
友紀「もう絶対アタシをアイドルにする気満々でさ…。その為なら2時間でも3時間でも10時間でも付き合ってやるって感じでね」
友紀「…今になってみると、ぜーんぶ、右京さんの掌の上だったのかなーって」
友紀「でもね?悪い気が一切しないんだよね…」
友紀「…何だろ…よく分かんないや」
友紀「だってさ、右京さんって、絶対人を悪く言ったりしないし、絶対に見捨てたりしないんだよね」
友紀「怒られたこともあるけど、それでも見限ったりするなんてこと絶対無かったよね」
友紀「…不思議な人…」
友紀「…だったよね」
…。
PM16:00
友紀「…あ!もうこんな時間!?」
右京「おやおや…。何か用がありましたか?」
友紀「う、ううん…。そのー…右京さんは、お仕事大丈夫なのかなーって…」
右京「そうですねぇ…ああ、確かにお仕事がありましたねぇ。…ですが貴方のお話と…」
友紀「…」
『キャッツ逆転大勝利ー!』
右京「試合が面白くてですねぇ…忘れてしまいました」
友紀「…」
右京「では、そうですねぇ…手短に、5分だけ」
友紀「…5分だけ?」
右京「ええ。来る来ないは別として、話せることは話しておきたいものですからねぇ」
友紀「う、うーん…」
右京「まず、何故僕が貴方を選んだか」
友紀「う、うん…」
右京「まず一つ。明るいところです」
友紀「明るい…」
右京「二つ。とても話しやすいところ」
友紀「…」
右京「そして三つ目。これは簡単です。…外見です」
友紀「…そ、そんな事言われてもー…」
右京「ただ外見だけでアイドルになれるのならば、こうして一緒に話をしたりはしません」
友紀「…」
右京「僕の見立てでは、貴方には天性の才能があるようです」
友紀「才能?」
右京「ええ。先程貴方がテレビ画面に向かって応援のコールを叫び出した途端、周りの方々も呼応するかのように応援を始めました」
友紀「…」
右京「君を中心として、輪が出来たんですよ。これを才能と言わずして何と呼びますかねぇ…」
友紀「…買い被りってことは?」
右京「僕、こう見えて、目には自信があるんですよ」
友紀「…」
右京「もし僕のお願いを聞いてくださるのでしたら、いつでもいらっしゃってください」
友紀「…いつでも?」
右京「ええ。明日でも、来週でも」
友紀「…」
右京「今からでも構いませんよ?」
友紀「…そ、それはまだちょっと早いかな…」
右京「ああ、これは失礼しました…どうにも羽目を外し過ぎたようです」
友紀「えっと…」
右京「それでは僕はこれで。…あ、お釣りはどうぞご自由に」
友紀「えっ?…あ、ちょっ…」
友紀「…行っちゃった…」
友紀「…えっと…」
友紀「…アタシが…」
友紀「アイドル…」
友紀「…」pi pi pi
友紀「…」prrr prrr prrr…
友紀「…あ、もしもし…お母さん?」
友紀「うん。久し振り…うん。元気にやってるよ」
友紀「うん。お父さんは?…相変わらず?良かった…」
友紀「…うん。いや、別に何かあったわけじゃな…んー…いや、あったけど…」
友紀「わ、悪いことじゃないよ。ただね…」
…。
友紀「うん…うん…」
友紀「…うん。…分かった」
友紀「うん。お母さんも。お父さんに宜しく伝えといて」
友紀「うん。…ありがと」pi
右京「…」ガチャ バタン
右京「…」ガラ
『日報』
右京「…」
『本日の仕事内容』
山西「杉下君、私だ。入るよ」コンコン
右京「どうぞ」
山西「失礼するよ」ガチャ
右京「お疲れ様です」
山西「ああお疲れ様。…で、どうだったね?初スカウトの成果はあったかね?」
右京「そうですねぇ…」
山西「まあ確かに安易にオーディションを開くより、自分の目で見て確かめた方が良い事もあるからねぇ」
右京「ええ」
山西「…ただ、そうだね…あまり時間をかけ過ぎるのも、後後困りかねないからね」
右京「はいぃ?」
山西「…少なくとも来月までには成果を上げろというのはあまりにも酷だ」
右京「…」
山西「何か困った事があったら気にせず言ってくれたまえよ?」
右京「…お心遣い、感謝します」
山西「それでは、お疲れ様」バタン
右京「ええ。お疲れ様でした」
右京「…」
右京「…」
山西『初スカウトの成果はあったかね?』
右京「…」
右京「僕は、どういった人間だったんですかねぇ…」
「…」
人生で、初めてだった。
「…」
確かに、今までの人生でナンパされたこともあった。
学生時代はそれなりに…青春だって経験してきた。
「…」
だけど、なんだろう。
あの人は、違う。
「…」
アタシに対して、何にもいやらしい目をしなかった。
熱心に勧誘していたけど、そこに無理強いはなかった。
…それもそうかも。
「…そもそもアイドルなんて、儲かるのかな…」
出来るとは思えない。
だからこそ、右京さんはアタシに無理強いをしなかった。
…それでも、絶対にアタシをアイドルにしたい。
そんな目だった。
「…」
…正直、どちらにするか、まだ迷ってる。
「…」
だからこそ、その答えを決めに来た。
…だから、今日。
今日の、右京さんの言葉を聞いて、決める事にした。
「…だけど…」
…。
……。
「…アタシって本当に、こんな所に呼ばれたのかなあ…?」
そこには、見る者を圧倒するような大きな城。
自分がこんな所で何のオーディションも受けずにアイドルになれるなんて、信じられない。
ピシッとしたスーツの…社員の人かどうかは分からないけど。
「…」
ふと、自分の身姿をたまたま停めてあった車の窓で確認する。
「…」
少なくとも、ここはアタシにはかなり不釣り合いなんじゃないかって、そう思う。
「…」
正門の前から中の様子を確認する。
「…あ!」
一瞬。
一瞬だけだけど、見えた。
「…あれって、城ヶ崎美嘉…だよね…」
…。
こんな所に、呼ばれたってこと…?
「ちょっと君!」
「えっ!?」
警備員「え、じゃないよ!ここは関係者以外立ち入り禁止!!それとも許可取ってんの!?」
友紀「え…あ…」
警備員「まー…よくいるんだけどね。君みたいにここからずーっと中の様子見ててさ。酷い奴なんかカメラ構えたりするんだからねぇ」
友紀「え、えっと…」
警備員「何?」
友紀「こ、これ…」
警備員「…え…これ…杉下係長の…」
友紀「は、はい…」
警備員「…うーん…じゃあ、ちょっと…待っててくれる?」
友紀「あ、はい…」
警備員「…あ、もしもしー。はい。杉下さんからの勧誘を受けたという方がー…はい。はい…」
友紀「…」
警備員「えっ?」
友紀「!」
警備員「…あー…はい。じゃあ、はい。お待ちしてますー…」
友紀「…?」
警備員「あのね?杉下係長に繋いだんだけど…ちょっと別の人が来るみたいだから」
友紀「…え、えっと…それって…?」
警備員「あ、違うんだよ!杉下さんに繋ごうとしたら別の人が会うからって総務課の方がね…?」
友紀「えっと…まだ、入ったら…ダメですか?」
警備員「うーん…ちょっとここで…」
友紀「は…はあ…」
…。
…気まずいなあ…。
その後、警備員と他愛のない話をしながら、やがてここに来るだろう右京さん以外の人を待っていた。
「…」
恐らくここの専属アイドルかな…。
あまりアイドルに詳しいわけではなかったから、誰かは分からない。
けど、例えそれか誰だとしても…。
「…?」
「…?」
「…?」
…。
まるで、捕まった子供を見るような目がアタシの精神を徐々に削っていく。
…。
誰でもいい。
この警備員さん以外の関係者なら、誰でもいいから話しかけて欲しい。
それならこんな風に見られることはないはずだから。
「多分もう少ししたら来ると思うから」
「…はあ…」
この寒空、なんたって警備員のおじいちゃんと一緒にいなきゃいけないんだろう…。
呼ばれたから来ただけなのに…。
「…」
…来たのは、アタシの意思、か…。
「…あのー…」
「!」
「…えっと…」
「貴方が杉下さんからスカウトを受けた方ですか?」
「は、はい…」
「…本当に?」
「あ、えっと…名刺…これ…」
「…は、はあ………あの人、本当に…」
「…?」
「…分かりました。でしたら案内致しますのでついてきて下さい!」
「…はあ…」
…。
何だろ…この人。
変わったスーツだなあ…。
「…あ、それと…」
「な、何ですか?」
「…杉下さん、変な事吹き込んでませんよね?」
「…?」
「ほら、ここの会社の愚痴とか、貴方…あ、お名前…」
「あ、姫川 友紀です…」
「姫川さんですね!私は…千川ちひろです!」
ちひろさんはそう言うと、名刺の代わりに胸の幼稚園児みたいな名札を強調してきた。
「じゃ、じゃあ、ちひろさんで!」
「はい!」
「…で、どうなんですか?」
「え?」
「ほら。さっきのお話です…」
ちひろさんは、どうやら杉下さんがアタシを勧誘してきたことがあまりにも珍しいみたいで、その背景をやけに詳しく聞いてきた。
「…え、えーと…特にそういうことは…寧ろ助けてもらったというか…」
「た、助けてもらった…?」
「はい。あのー…ドームで、野球の試合を見ようとしてたんですけど、チケット買えなくて…それでダフ屋に捕まっちゃって」
「あー…そこを…」
「そこを右京さんに助けてもらって…ちょっと怒られて」
「怒られた!?」
「あ!いや違うんですよ!?アタシそのダフ屋からチケット買いそうになっちゃってて…それも犯罪だぞって優しく諭されて…」
「…やっぱりあの人、苦手だなあ…」
「え?」
「…まあ、多分…杉下さんの所に行ったら…」
「…?」
「ちょっとだけ、いや…かなり現実を知ることになると思いますよ」
「…どういうこと…ですか?」
その煮え切らない態度。
何なんだろう、この人…。
仮にも杉下さんはこの会社の係長なのに、何だかアタシが杉下さんの誘いを断ることを期待してるみたいな感じ。
…アタシは、この人が苦手だなあ。
「…ええと、○階の…何処だっけ…」
それに上司のいる部屋なのにも関わらず、場所すら書類を見ないと分からないなんて。
「…」
アタシは自然と口数が少なくなっていった。
「あ、ここを右突き当たり…」
「…」
「…ここ、ですね。…なんせ、最近出来たばかりですからね…」
「…?」
「…私はここで。では詳しい事は正式に決まってから…」ペコ
「…どうも…」ペコ
…何だか、不自然過ぎる。
そもそも、杉下さんの仕事が忙しいからとか、そんな理由も聞いてない。
それに、道中の右京さんへの発言。
…まるで、煙たがってるような、そんな感じ。
…あんなあからさまに、そんな事…。
…だとしたら、考えられるのは…。
「…」
ここにいる、右京さんが、何かしらそういう原因を持ってるってこと…。
「…」
でも、あの人がそんな、女性社員に煙たがられるような事するわけがない。
…自信無いけどさ。
「…」コンコン
『はーい』
「あの…アタシ…」
『はい。存じ上げておりますよ』
「え?」
『どうぞ。お入り下さい』
「あ…うん…」
…。
…。
「…え…」
「どうも。お待ちしておりました」
…そこに広がるのは…いや。
「…」
…広がってない。
「どうかされましたか?」
「あ…えーと…」
…狭い。
5人も入ったら、満員になりそうなくらい狭い。
…つまり、圧倒的に狭い。
「…どうやら僕は、狭い空間に縁があるようでしてねぇ」
「?」
「いえ、こちらの話です」
…。
高そうなスーツに、サスペンダー。
奥に帽子と、トレンチコートがかけられてる…。
「…」
棚を見ると、ティーセット。その上は難しそうな本。
…ここが、アイドル事務所のプロジェクトルーム?
「外は寒かったでしょう。紅茶でも飲んでいって下さい」ゾボボボボボボボ
「え、あ…うん。………ん!?」
「どうかされましたか?」
「えーと…その淹れ方、何?」
「ンフフ…美味しくなるんですよぉ」
…。
右京「ああ、千川さんに…」
友紀「うん。何か案内するーって言ってた癖にここの扉の前でスーってさ」
右京「そうですねぇ…まあ、どうやら僕はそこまで評価の高い人間ではないようですからねぇ…」
友紀「…そうなの?」
右京「何をしたのか、全く見当もつかないんですがねぇ…」
友紀「…でも、右京さんが何かするなんて無いよ。無い無い!」
右京「そうだと思いたいのですがねぇ。いつ何処で恨みを買っているものか分からないものですから」
友紀「だって、アタシの事助けてくれたよ?」
右京「たまたまですよ」
友紀「…」
右京「…さて、今日ここに来てくださった。まずはそこにお礼を言わせて下さい」
友紀「あ、うん…」
右京「その様子だと、まだどちらにするかは決めてらっしゃらないようですからねぇ」
友紀「…アタシって、もしかして分かりやすい?」
右京「分かりやすいというよりは、素直だと思いますよ」
友紀「それ、分かりやすいって事だよ…」
右京「おやそれは失礼しました…」
友紀「…でも、ありがと」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「ここの部屋を見る限り、大仰なアイドル活動が出来るかどうか…保証できないかもしれません」
友紀「…」
右京「だとしたら、どうでしょう?」
友紀「…」
右京「実は僕も、アイドルをプロデュースするという経験は浅いものでしてねぇ…」
友紀「え!?」
右京「ええ」
友紀「え…なのにスカウト…?」
右京「ええ」
友紀「えええ…?」
右京「ですから、牛歩戦術でゆっくりじっくりと見極めていこうと思っている次第です」
友紀「ぎ、ぎゅうほ…?」
右京「ですから、そんなすぐにデビューという訳にはいかないかもしれませんねぇ」
友紀「う、うーん…」
右京「…ですが」
友紀「?」
右京「僕は、君が辞めると言わない以上、何があっても前に進ませます」
友紀「…」
右京「勿論嫌なこともあるでしょう。辛い事も多い筈です」
友紀「…」
右京「ですから、無理強いはしません」
友紀「…アタシに、任せるってこと?」
右京「ええ」
友紀「…あんまり、熱心な感じじゃないね」
右京「貴方の人生ですからねぇ」
友紀「…ねえ」
右京「はい」
友紀「あのさ、その…『貴方』っていうの、やめてよ」
右京「はいぃ?」
友紀「だってさ、それこれからやっていきたいって相手にかける言葉じゃないよ?」
右京「そうですかねぇ…」
友紀「そうだよ!せめて名前で呼ぶとか、貴方じゃなくて、…うーん…」
右京「…そうですねぇ…なら、姫川君。これでどうでしょう?」
友紀「…何か男扱いみたいだよぉ…」
右京「ああ、これはこれは…申し訳ありません。僕、昔からこうでしてねぇ…ええ。僕の、悪い癖…」
友紀「…」
友紀「…あのね…」
右京「ええ」
友紀「この間、右京さんに勧誘された後さ、アタシ親に電話したんだよね」
右京「ああ、それはそれは…」
友紀「…それでね、言われたんだ」
右京「それは、何と?」
友紀「…好きにすればいいって」
右京「…ほお…」
友紀「…でもそれって、別に放任とかじゃないんだよね」
右京「…と、言いますと?」
友紀「人生って、一回しか無いからって。だから好きにしてもいいけど、後悔だけはするなって」
右京「…なるほど」
友紀「…だから、これだけは質問させて?」
右京「何でしょう?」
友紀「アタシ、これからどんなアイドルになるの?」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…これは、僕の提案なんですがねぇ?…チアガールのようなものはどうでしょう?」
友紀「…チアガール…」
右京「ええ。この間の貴方の店の中で起こしたちょっとした出来事。僕はあれがとても印象的でしてねぇ…」
友紀「あの、応援のこと…?」
右京「ええ!まさに。貴方には人を元気付け、力を湧き上がらせる才能があるんですよ!」
友紀「…」
右京「ですから、その才能を生かした仕事をしませんか?」
友紀「…アタシの、才能…」
右京「ええ。是非」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…やっぱり、無理だよ」
右京「おやおや。…ちなみに、何か理由がおありでしたか?」
友紀「…」
高校時代を思い返す。
「…」
野球部の、マネージャー時代。
「…」
アタシのマネージャーとしての仕事は、色々あった。
球を磨いたり、足りない物を発注したり、練習試合のプログラムを組んだり。
部員のユニフォームを洗濯したり、書類を作ったり。
…でも、アタシが一番頑張っていたのは、部員のケア。
応援してもダメな時はダメで、その時は励ましたり、一緒に悲しんだり。
「…」
でも、あの時。
あの時の事は、今でも鮮明に記憶に残ってる。
「…」
高校生活、最後の夏。
対戦相手に全く歯が立たなくて、そのまま大差をつけて負けてしまった時。
アタシが出来ることと言えば、部員を頑張って励ますことくらいだった。
「…」
…けれど。
『…畜生…』
『…これで俺らの野球人生終わりかよ…』
…。
で、でもみんな頑張ってたよ!
『…頑張って、この結果なんだよ』
で…でも…。
『…』
す、凄くかっこ良かった!アタシにとっては凄くかっこ良かったんだよ!
『…は?』
…えっ…?
『大差つけられて、負けて…それがかっこ良かった?』
…そ、そんなつもりじゃ…。
『そりゃ、お前は後ろで見てるだけだもんな』
え…。
『それでも何年も一緒にいてさ、そんな言葉かけるか?こんな時に」
…。
『…もういいよ。どうせ終わりだしさ』
…。
『…だけど、せめて最後くらいは空気読んでほしかったけどな』
!?
『…じゃ、お疲れ…』
…そ、そんな…。
アタシ…そんなつもりじゃ…。
…違う、のに…。
友紀「…それでさ、アタシその事がトラウマで、逃げるみたいな感じで東京に来たんだ」
右京「…」
友紀「…かっこ悪いでしょ?」
右京「…そうでしたか。そのような背景があるにも関わらず、申し訳ありません」
友紀「ううん。気にしないで」
右京「…ですが尚更、僕は君をプロデュースしてみたい」
友紀「えっ…」
右京「そんな気持ちになりましたねぇ」
友紀「…だ、だって…アタシ…」
右京「…」
友紀「アタシ…みんなの気持ちも考えずに…無責任なこと言って、怒らせて…それで…逃げて…」
右京「…ならば、その秘密を抱えたまま、君はその人生を全うしますか?」
友紀「…」
右京「君の罪は、部員の皆さんのプライドを傷つけてしまったこと」
友紀「…うん」
右京「ならば、その罪と向き合うべきです。その罪の意識をしっかりと持ち続けるべきです」
友紀「…罪の、意識…」
右京「ええ。その後の人生が大きく変わるはずですよ」
友紀「…」
右京「それに、罪という秘密を抱えたままで、本当の幸せを手にすることなど、僕には出来ないと思うんですがねぇ」
友紀「…」
右京「今一度、向き合ってみませんか?…自分の罪と」
友紀「…アタシの、罪と…」
右京「きっと、見えてくるはずです。これからの人生が」
友紀「…本当に?」
右京「ええ。きっと」
友紀「…本当の本当に?」
右京「ええ」
友紀「…信じて、いいの?」
右京「ええ」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…なら、約束」
右京「何でしょう?」
友紀「…アタシの人生、ちゃんと幸せにしてね?」
右京「ええ。勿論」
友紀「…じゃあ、これから…ン゛ン゛!」
右京「…?」
友紀「…よろしく!!右京さん!!」
右京「ええ。よろしくお願いします」
…。
友紀「何でだろうね。今思えばこれ、愛の告白みたい」
友紀「うえっ!?さ、流石に無いよ!っていうか向こうもそう思ってるよ!」
友紀「だって考えてみなよ…。少なくとも年齢差30以上あるんだよ?」
友紀「これ、絶対無理だって。世間的に」
友紀「アタシ達の中ではマシって…そんなこと言ったらキリないじゃん!」
友紀「もー…」
友紀「…でも、楽しかったね…」
友紀「…まあ、そうだけど…」
友紀「まあ、ね…」
友紀「…もう、いないんだよね…」
…。
山西「聞いたかい!米沢君!」
米沢「…ええ。耳にはしております」
山西「いやあ…これを機に、彼の評価が変わればいいんだがねぇ」
ちひろ「…あの…」
米沢「おや千川さん。どうかされましたかな?」
ちひろ「ええ。その…彼って…」
米沢「ああ、杉下係長ですな。貴方が案内した姫川さんという方が正式に彼のプロジェクトでデビューすることが…」
ちひろ「…えっ!?」
米沢「?」
山西「あの杉下君が…ついに本格的にプロデュースを始めるんだ。私達も全力でバックアップしようじゃないか」
米沢「そうですな…。ああ、千川さんは彼女と少し話したそうで」
ちひろ「え、は、はい…」
米沢「どうでしたかな?彼女は…今までのアイドル達と比べて…」
ちひろ「そ、そこまでは…」
山西「うむ…まあ、彼が自分で選んだんだ。それなりの実力が無ければこんな事にはならんだろう」
米沢「そうですなぁ…まあ、しばらくは見守っていくとしますかな」
山西「うむ…」
ちひろ「…」
ちひろ「(どうして…)」
ちひろ「(今までの人だったら、こんな事あり得なかった…)」
ちひろ「(…あの人の下に着いて、良いことなんか殆ど無いのに…)」
ちひろ「(…でも、まさか…違う?)」
ちひろ「(今度は…違うというの…?)」
右京「行きましょう、陣か…姫川君!」
友紀「?」
翌日
友紀「おはよー!」
右京「おはようございます」
友紀「…ん?これ、何?」
右京「それですか?ええ…前の職場で、使っていたんですよ。出退勤時に掛け直してくれると助かります」
友紀「ふーん…じゃあ…よい…しょっと!」カタン
『杉下右京』
『姫川友紀』
右京「では…まず昨日渡した書類ですが…」
友紀「ん!書けたよ右京さん!」
右京「ありがとうございます。…おや、元気な字ですねぇ…」
友紀「これからアイドルとしてやってくんだから。これくらい大袈裟な方がアタシらしいかなって!」
右京「良い心がけです。…ところで、君。お腹は空いていませんか?」
友紀「あ…うん。実は…朝ご飯抜いてきちゃって…」
右京「おやおや。それはいけませんねぇ…」
友紀「だってほら…身体測定とか…体重…」
右京「成る程…ですがこういう時に最も大事なことがあります」
友紀「?」
右京「それは、変に飾らないことです」
友紀「飾らないこと…?」
右京「ええ。付け焼き刃程度の努力など、すぐにダメになりますからねぇ」
友紀「う…気にしだしたら余計に…」グウウウウ
右京「おやおや。…でしたら、君の好きな物を食べに行くとしましょう。何でもというわけにはいきませんがねぇ」
『AM9:00』
友紀「あー…でも、リクエストしていいんだよね?」
右京「ええ。何が良いですか?」
友紀「じゃあ、揚げ物と、お肉にピザと…」
右京「……困りましたねぇ……」
第一話 終
書けたら続き投下します
色々むちゃくちゃだと思いますので生温かい目で見てもらえたら良いと思います
期待
でも今西じゃなくて山西なの? 相棒の方に山西ってキャラがいるのか?
>>42
うわああああ
山西部長にしちゃってるうううう
恥ずかしいいいいい
本当にありがとうございます
山西×
今西○
今西部長に訂正します
いきなりやらかしてすいません
相棒とかこだわらずにおそらく右京単体でPとして動かして行くものだと思われ。いつもの5人組の作者だし残りの4人もアイドルとしてスカウトするんじゃない?
ヒマか?のおっさん山西じゃなかっけ?と思ったら役者さんの名前だったw
ドラマでは角田係長だな
…。
「えーい!」バシッ
…。
「やー!」バシッ
…。
「こら!ちょっかい出したらダメ!!」
…。
「すいません…うちの子、本当にヤンチャで…ほら!謝りなさい!」
「ごめんなさーい…」
…。
「ほら!今度はあっちのお店に行ってみようね!」
「はーい!」
…。
「…」クルッ
?
「…」ベー
…。
友紀「ああああああああああ!!!!」
右京「どうかされましたか?」ペラ
友紀「どうかじゃないよ!これって本当にアイドルの仕事なの!?」
右京「ええ。れっきとしたお仕事ですよぉ…」ペラ
友紀「だってさ、こういうのってたまにインターネットサイトとかでバイト募集してるじゃん!」
右京「それはあくまで一般のイベントのみなんですよ。こういったアイドル関係のイベントにおいては、身内を使った方が信頼出来ますからねぇ…」ペラ
友紀「へー…じゃなくてさ!」
右京「どうしましたか?」
友紀「いや、これってさ!どこのプロジェクトの人達もやりたがらなくて断った仕事なんでしょ!?」
右京「ええ。屋外とはいえ人混みの多い中でのイベント。そのような密閉された着ぐるみに身を包めば、体調を崩すかもしれません」
友紀「…それをアタシに回すの…?」
右京「貴方は新人。僕は煙たがられる社員。これだけでも十分理由になると思いますがねぇ?」
友紀「…じゃあさ、いつになったら本格的に活動出来るの?」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…それは、これから探すとしましょう」
友紀「…えええ…?」
右京「とにかく、水分補給は大事ですが、あまり摂り過ぎないよう注意して下さい。次の休憩は2時間後らしいですからねぇ」
友紀「汗で消えるよ…。…あー、確かに現実と理想って違うなー…」
右京「そうですかねぇ…」
友紀「だってほら、アイドルってさ、こう…歌ったり踊ったり、司会やったりさ?」
右京「誰しも初めからそんな大役を任されるわけではありませんよ」
友紀「そうなんだけどさぁ…」
右京「君は足し算を飛ばして割り算を学びますか?」
友紀「…これって、足し算かなぁ…」
右京「少なくとも、何の経験も無い君が休憩中こうして愚痴を吐きながらでも見逃してもらえる簡単なお仕事だと思いますがねぇ?」
友紀「うっ…もしかしてスタッフの人に聞かれてた?」
右京「ええ。とても」
友紀「…あー…何かやらかしちゃったなぁ…」
右京「そう思うなら、これから一生懸命やることです」
友紀「…例えば…どうやって?」
右京「そうですねぇ…例えば、先程の子供」
友紀「?」
右京「彼は貴方が無抵抗であるのを確信し、蹴るという行動に移りました」
友紀「その堅苦しい言い方辞めてよ…」
右京「本来イベントの潤滑油でなければならない着ぐるみ達が、ただ棒のように立ち尽くしていてはそうなるのも当然だと思いますがねぇ」
友紀「でもさ、着ぐるみなんて誰が見たりするの?」
右京「見ていたからこそ、君の所へやってきたんじゃありませんか?」
友紀「うーん…」
右京「ただ仕事をすれば良いというものではありません。常にベストを尽くし、出せる知恵は全て出してやりきりましょう」
友紀「大袈裟じゃないかなあ…」
右京「塵も積もれば山となる…。小さな仕事でも、やり続ければそれは大きな財産となります」
友紀「でもほら、こんな塵じゃ風に吹かれて終わりだよ…」
右京「今はともかく、与えられた仕事をこなすのみです。そうでなくてはあのような舞台にはいつまでも立てませんよ?」
友紀「?」
『悪い子はタイホしちゃうぞー!バキューン☆』
友紀「…はーい…」カポッ
右京「ああ、それと」
友紀「?」
右京「昼休憩の時間が少し短くなったそうですから、弁当は僕が持ってきましょう。少しでも休憩時間を長くしなければなりませんから」
友紀「…はぁぃ…」
アタシがアイドルになって、はや2週間が経過した。
初めの1週間は、宣材写真を撮ったり、いろんな説明を聞いたりした。
そしてそこからは、トレーナーについてもらって、アイドルの基本的な動きを学んだ。
ダンスや、歌。
表情や、表現。
最初は物珍しさから、何でも楽しかった。
怒られることも、苦じゃなかった。
だけど、人間3日も過ぎると環境にいい加減慣れてくる。
そして、怒られるのが辛くなりだした時、アタシに初めての仕事が舞い込んできた。
初めての仕事は、新発売のジュースの店頭販売。
何の興味もないそれを褒めちぎるのは演技力の無いアタシにとっては至難の技で、勿論後でスタッフから直々にお叱りを受けた。
右京さんはアタシと一緒に頭を下げ、そして何事も無かったかのように終わる。
…参ったなあ…。
アイドルって、もっと簡単になれるって思ってた。
「…」
こうやって細々と小さい仕事やって、ただ延々と日々が過ぎてくのかな…。
「…」
右京さんは、アタシをどうする気なんだろう。
…上手いこと言って、上手いこと利用する…。
「…!」ブンブンブンブン
違う。
それは違う。
右京さんだってギリギリなんだ。
社会経験が少ないアタシにだって分かる。
「…」
あれはどう見たって、そういう部屋だ。
いらない社員を追い出すような、そんな部屋だ。
そんな所にいる人が、最後まで足掻こうとしてるんだ。
一緒に足掻こうとしてるアタシがこんなんじゃ、右京さんに迷惑をかけることになる。
「…ねーねー」
「?」
その時、誰かがアタシの手を引いた。
耳には子供らしき声が聞こえる。
…これって、さっきのちょっかい出してきた子供?
…あれ?何で前が見えないんだろ…?
「…首が後ろ向いてるよ?」
「え?」
「ちょっとさ…いくらなんでもあんな風に仕事されちゃこっちも堪らないよ」
「すいません…」
「申し訳ありません」
また、やっちゃった。
思いっきり首を振った時に顔部分が後ろ向いちゃったんだなあ。
「…」
隣で深々と頭を下げる右京さんを見ていると、本当に心苦しくなる。
自分よりも年下だろうはずの人に、何の迷いもなく頭を下げてる。
しかもそれは、アタシのせい。
そしてそれは、アタシの為。
もっとちゃんとやらなきゃ、というのはちょっと遅かったみたいで、現場リーダーの説教を小一時間聞かされた。
「…まあ、その子反省しているみたいだしさ、午後からはちゃんとやってよ?こんなんでも仕事なんだから…」
「はい…」
「申し訳ありませんでした」
…ホントこの半日で、アタシはどれだけ迷惑かけたんだろう。
友紀「ごめんなさーい…」モグモグ
右京「過ぎてしまったことをとやかく言うつもりはありません。君も反省しているようですからねぇ」
友紀「…その、これからどうなるんだろって不安が多過ぎて…」モグモグ
右京「それで今の仕事を台無しにしていれば、いつかその不安は本当の事になりますよ」
友紀「う…」モグ…
右京「今からさあ頑張ろうとしている君にこんなことを言うのは酷かもしれませんが、嫌ならいつでも辞めて頂いて構いません」
友紀「…」
右京「君が限界を感じたなら、一刻も早く辞表を提出すべきです」
友紀「…」
右京「ただ、限界というのを決めるのは自分です」
友紀「…んー…」
右京「僕は限界というものは無いと思っています。もし限界があるとするならば…」
友紀「…」
右京「それは、諦めた瞬間でしょう」
友紀「…」
右京「君は、諦めましたか?」
友紀「…まだ」
右京「なら、また始めましよう。歩き続ければ、必ず光は見えてきます」
友紀「…ん…」
右京「おやおや…相当疲れたようですねぇ」
友紀「疲れたっていうか、堪えたっていうか…」
右京「ああ、なるほどなるほど…」
友紀「体力は結構自信あるんだよ。けどさっきや今みたいに淡々と怒られるのは慣れてないよー…」モグモグ
右京「君らしいですねぇ…」
友紀「…そういえばさ、朝何の本見てたの?」
右京「ああ、そのことですか…。…これです」
友紀「?…これ…346の…?」
右京「ええ。346プロダクションで研修時に使われる教科書のようなものです」
友紀「なんたってそんなの今更…?」
右京「新人アイドルをデビューさせるんです。僕も今一度新人のような気持ちで仕事をしたいと思いましてねぇ」
友紀「へー…」
『おーい』コンコン
友紀「?」
右京「どうぞ」
アタシが昼休憩を取っている時、不意に休憩室の扉がノックされた。
さっきの現場を仕切っているリーダーさんかなと思ったけど、この声は女の人だ。
…誰だろ?
「どーもー。杉下係長ー」ガチャ
…あれ?
この人さっき、舞台に立ってた…。
「ああ、片桐さん。これはこれは…」
「ん…まあ、噂には聞いてたけど…本当にデビューさせたのね」
…片桐…。
何処かで聞いたことあるような…。
「…あ!」
「何よ。挨拶も無し?」
「…あ、す、すいません!えっと…は、はず…初めまして!」
「…」
「…」
「…」
…うわー…噛んだー…。
友紀「あの、今後ともよろしくお願いします…」
早苗「分かった、分かったわよ。…それにアタシだってまだデビューしてそんな長いわけじゃないから」
友紀「えっ…」
右京「彼女がデビューしたのがおよそ6ヶ月前ですねぇ」
早苗「ほー。にしてもよく覚えてるわね…」
右京「ええ。情報や物は一度見たら忘れられないものでして…」
早苗「…警察やった方が向いてると思うわよ?」
右京「…どうですかねぇ…」
友紀「そ、そうなんですね…で、でもアタシより先輩…」
早苗「そりゃそうだけどさ。それならもうちょっと気張りなさいよ。スタッフに連れて行かれる着ぐるみなんて聞いたことないわよ」
友紀「あ…す、すいませんでした!」
早苗「あーいいわよもう。どうせここの責任者に怒鳴られたんでしょ?」
右京「怒鳴られたというよりは、窘められたという方が正解ですかねぇ」
早苗「余計な事言わなくていーの」
右京「おやおや…」
早苗「…ん、まー…ね?それでさ、アタシ午前で仕事終わりなのよ」
友紀「あ…え、えっと、お疲れ様でした…」
早苗「あー違う違う!そうじゃなくってさ…」
右京「?」
早苗「ほら、午後になってまたアンタがやらかしたらアレだから」
友紀「え…」
早苗「だからねー…んー…」
右京「…」
早苗「アタシが一緒にやったげる」
友紀「…え…」
右京「…!」
初めはただの軽い冗談かなと思った。
けど早苗さんは新たに用意された着ぐるみに何の躊躇もなく着替えていきなりアタシはの手を引いて走り出した。
何をするつもりなのか、というのを聞くのは野暮かなと思ってやめておいたけど。
「わー!クマと犬が走ってるー!」
「追いかけろー!」
…この様子を見ると、何となく分かる。
きっと、早苗さんもこういった仕事をしてきたんだなって。
だから、アタシに見本を見せたかったんだなって。
自分も同じ体験をしたんだぞって、行動で表してる。
そりゃ、さっきのやり取りでこの人が右京さんみたいに言葉で表すよりは、こうした方が得意ってのは分かるよ。
…だけど…。
「わー!」
「捕まえろー!」
これが、イベントの潤滑油になるのかな…?
『おやー?ワンちゃんとクマさんが会場を闊歩してますよー!?』
「待てー!」
「わーい!」
…。
…この追いかけっこ、いつまでやるの?
早苗「ゼーッ…ハーッ…」
友紀「そんなになるくらいならどうしてあんなこと…」
早苗「これくらいやってりゃあの口うるさそうな責任者も嫌でもまたアンタ使おうかなってなるでしょうよ」
友紀「あ…」
早苗「いーい?芸能人の仕事ってのは棚から牡丹餅みたいなもんじゃないの。自分で手に入れなきゃ始まらないのよ」
友紀「…」
早苗「とにかく与えられた仕事を「一所懸命」こなしてね。…あ、これアタシの好きなタレントの造語だけど」
友紀「あー…はい」
早苗「そうやってやり続ければ、「ああこいつ頑張ってんな」って、また新しい仕事くれるようになんのよ」
友紀「…ありがとうございます」
早苗「分かったなら良いわよ。アタシもアンタに質問あったし」
友紀「え…アタシなんかに?」
早苗「そ。アンタなんかに」
友紀「でも…特には…」
早苗「何言ってんのよ。あの杉下右京が初めてご指名したアイドルなのよ。絶対なんかあるわ」
友紀「…?」
早苗「あら…その様子だと杉下係長がなんて呼ばれてるかも知らない?」
友紀「…そんなの、知りません」フイ
早苗「えー、そんな怒んないでよ。ちょっと興味があるだけなんだって」
友紀「…別に、何も特別なことは…」
早苗「そお?…あ、まだ杉下係長の本質までは知らないか…」
友紀「…どうして、みんなそうやって杉下係長を悪く言うんですか?」
早苗「え?」
友紀「あの人がどんな人間かも知らないくせに。変な噂だけは信じて…」
早苗「ほー…」
友紀「…何ですか?」
早苗「随分買ってるみたいじゃない」
友紀「そりゃ、アタシの半生預けてんですから…」
早苗「ふーん…まあ、大事よね。そういう信頼も」
友紀「…だから、正直嫌です。右京さんの悪口聞くのは」
早苗「悪口だなんて言わないわよ。ただ本当のことを…」
友紀「そろそろ子供達に気づかれますね。行きましょう!」グイッ
早苗「オウッ!?まだ無理!横っ腹痛い!!」
「…いやー…午前とは打って変わって違うねー…」
右京「恐らく先輩アイドルに発破をかけてもらったのでしょう」
「彼女、元警察官だからね。後輩の面倒を見たくなったんじゃないかな…」
右京「そうでしょうか?」
「?」
右京「犬に引っ張られる熊というのは、いかがなものですかねぇ」
「あー…」
右京「…しかし、元警察官の方ですか…」
「うん?もしかして…知らなかった?」
右京「いえいえ。改めて彼女の行動力に感嘆したんですよ」
「そうだねぇ。とにかく明るくて、場を盛り上げようと頑張ってくれるからねぇ」
右京「…成る程」
「あれは間違いなく近い将来大物になるよ」
右京「ええ。僕もそう思います。…ああ、それと」
「ん?何?」
右京「先程姫川君には言って聞かせました。まだ現実に向き合えてはいないようですが…」
「まあ、そりゃそうだよ。ただああやってさ、がむしゃらにやっていけばみんなの見る目も変わるんじゃないかな」
右京「でしたら、また彼女に目を向けていただけると助かります」
「あっはっは!そんな言い方されたら断れないなー…」
右京「今の僕は、プロデューサーですからねぇ…」
「そうだねぇ…今度、地下の小さいイベントだけど、それの司会やらせてみようか?」
右京「おやおや…それはありがたい限りです」
「今度は顔も出すし、台本があるにしても舞台の上では全部自分でやらなきゃならない。小さいけど責任重大だよー…?」
右京「ええ。覚悟しています」
「じゃあ、僕向こうのブース行ってくるから、彼女達はよろしくね」
右京「ええ。僕でよろしければ」
「何かあったら係員に伝えておいてねー」
右京「ええ」
右京「…」
右京「…」
右京「…」
「…あのー…」
右京「はい?」
「あのー…ここに中学生くらいの、薄紫の髪の毛した子が来ませんでしたか?」
右京「はいぃ?」
「あれ?も、もしかして責任者の方では…?」
右京「いえ。関係者ではありますが、スタッフではありません」
「あ、そ、そうですか…えっと…」
右京「特徴を教えていただければ、伝えておきますよ」
「あ、はい…えっとですね…こう、横がハネてて…眼鏡をかけた大人しい感じの女の子です」
右京「薄紫で、横がハネていて眼鏡をかけた女の子ですね?」
「ええ。娘なんですけど…ちょっとはぐれちゃったみたいで…」
右京「了解しました。スタッフの方に伝えておきますので、ここを真っ直ぐ行ったブースでお待ちください」
「はい!ありがとうございます…」
右京「それでは」
「はい!」
右京「…」
右京「…」
右京「…はて、中学生、ですか…」
友紀「え?薄紫の髪の毛の子?」
早苗「見てないわよ、そんな子」
右京「そうですか…」
友紀「普通に迷子アナウンスしてもらえばいいんじゃないの?」
早苗「まあ、そうよね」
友紀「スタッフに言ってないの?」
右京「ええ」
早苗「えっ!?何仕事放棄してんのよ!!」
友紀「今すぐ言わなきゃ!親御さん待ってるんでしょ!?」
右京「…まだ30分も経ってませんよ?」バッ
友紀「十分すぎるでしょ!!苦情来るよ!!」
右京「そうなんですがねぇ…僕にはどうも、迷子とは思えないんですよ…」
早苗「…迷子と思えないって…」
右京「ええ。中学生といえばもう一人で電車にも乗るような年齢です。親と一緒に来たとはいえ迷子になるとは考えにくい…」
早苗「考え過ぎよ。今の子なんてそんなもんでしょ」
右京「そうですかねぇ…だとしたら何故その子供の方はスタッフに声を掛けないのでしょう…」
友紀「スタッフが分からないとか?」
右京「それは考えにくいというものです。ええ、何故かと言いますとスタッフの方々は皆共通のベストを羽織っている。その上一つのブースに3人以上のスタッフが常駐している徹底ぶりです」
早苗「ただ単に恥ずかしいだけでしょ。中学生にもなって迷子って…あれ?」
右京「?」
友紀「?」
早苗「あれじゃない?」
友紀「んー…?」
「はいお待たせ!焼きそば一つ!」
「ありがとうございます!一度で良いからやってみたかったんです!こういうこと!」
「そうなの?じゃあ楽しんできなよ!ここら一帯色んなもん売ってるからさ!」
「はい!」
友紀「いやー…あれは…」
早苗「薄紫よ。でも」
友紀「だって全然おとなしくないじゃないですか。眼鏡もかけてないし」
早苗「…うーん…でもどう見ても特徴と合致するわよ…?」
右京「…妙ですねぇ」
早苗「…ん!まあでもほら、見つかったかも分かんないんだからさ!ほら親御さんのとこ行った行った!あの子はアタシが捕まえとくから!」
右京「そうですねぇ…」
早苗「アンタらの仕事は着ぐるみと迷子探し!探偵ごっこは家でやんなさい!」
友紀「は、はーい…」
「あ、そうでしたか…良かったあ……でもちょっと遅いんじゃないですか?」
右京「ええ。なにぶん迷子の方が多いようでして。手間取っていたようです」
友紀「…」
「でも見つかったみたいで良かったです。あの子は私が見てないと不安で不安で…」
右京「そうでしたか…それは申し訳ありませんでした」
「ええ、大丈夫です。…全く、旦那が見てくれないから、私が見ててあげないと…」
右京「…」
友紀「…」
「あの子、誰かにいじめられたりしてませんか?ちょっかいかけられたりしてませんか?」
右京「ええ。僕の見た限りではそんな事はありませんでしたよ?」
友紀「そうですねー…凄い笑顔dムグッ…」
右京「案内しますので、どうぞこちらへ…」
友紀「んぐぐ…んん?」
「…」
「本当に申し訳ありませんでした…この子がご迷惑をおかけしたようで…」
早苗「大丈夫ですよー」
「…」
「この子は私が見てないとダメなんですよ。とても一人にはしていられません」
「…」
友紀「…」
右京「…」
「ほら貴方も謝りなさい」
「…」
「…幸子?」
「!」
「幸子」
友紀「お、お母さん…そんなことしなくても大丈夫ですから…」
「いえ!この子には謝ってもらわないと!悪いことしたんですから!」
「…」
友紀「え、えっと…」
「…ごめんなさい…」
「ごめんなさいじゃないでしょ?幸子。言った通りにしなさい」
早苗「…」
「…ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした…」
「そう!それでいいの。ちゃんとお行儀良く出来る子は将来も安泰なんだから…」
友紀「…」
右京「…」
「それではこれで。どうもありがとうございました…」
右京「ええ」
早苗「…」
「…あっ…」ポト
「あ、幸子!貴方また財布をお尻のポケットに入れたりして…」
「ご、ごめ…すいません…」
「こんな持ち方は不良になりますよ!…全く…」
「は、はい………あっ」
右京「…」ヒョイ
友紀「!」
早苗「!」
「…!」
右京「落としましたよ?」
「は、はい…あ、ありがとうございます…」
「まあ!ちゃんとお礼が言えたわね!」
「…」
右京「お礼はともかく、財布をお尻のポケットに入れていると体の重心が左右非対称になり、骨盤が歪んでしまう可能性があります」
早苗「それにスリにあうかもしれないわよ」
「…どうも、ありがとうございました…」ペコ
「本当にありがとうございました。さ、行くわよ幸子」
「…はい…」
友紀「…」
早苗「…」
右京「…」
早苗「ちょいちょい」
友紀「?」
早苗「これ、見て」スッ
友紀「え?…うわっ!血出てますよ!」
右京「…先程の彼女ですか?」
早苗「ん。そう」
友紀「そうって…何でそんなこと…」
早苗「声掛けたら逃げようとしたのよ。そんで捕まえたら暴れられてその時引っかかれちゃった」
右京「おやおや…」
友紀「その…何か…アレな感じとか?」
早苗「いや、別にどこかおかしいってわけじゃないのよ。あの子。むしろ頭はかなり良い方に見えるわ。…でしょ?」
右京「ええ。とても聡明な方だと思いますよ」
友紀「なら、そんな子がなんで…」
早苗「さあ…ねぇ?」
友紀「そもそもさっきだって右京さん、どうしてアタシが喋ってるの止めたの?」
右京「…考えられることは一つです」
友紀「?」
早苗「…あの子、親に飼われてるわね」
友紀「…あっ…」
右京「ですが、それならそれで疑問が浮かびます」
早苗「何?」
右京「飼う、という表現は少し気に入りませんが、まあ良しとしましょう」
早苗「…何よ。もったいぶってないで…」
右京「飼っているということは、大事にしているということです。しかしそれなら何故この人混みの中に、それも迷子になりそうな空間に彼女を連れてきたのでしょう?」
早苗「…そういえば、そうね…」
友紀「…でもほら、アタシ達じゃどうしようも…」
早苗「さあ?どうかしらね?」
友紀「え?」
早苗「杉下係長?アンタあの子の財布に名刺…入れたでしょ?」
友紀「えっ…」
右京「おやおや。見破られていましたか」
早苗「元警官舐めんじゃないわよ。何?まさか同情であの子をスカウトするつもり?」
右京「どうでしょうねぇ…」
友紀「…」
早苗「…相変わらず何考えてるか分かんないわねぇ」
友紀「…でも、考えれば考えるほど…あの親子…」
右京「…妙ですねぇ」
友紀「妙だねぇ…」
早苗「妙ねぇ…」
右京「…ああ!それと」パン
友紀「?」
右京「君、来週に行なわれるイベントで司会をやらせてもらえるそうですよ」
友紀「えっ!?」
早苗「あら、良かったじゃない」
右京「片桐さんの手助けのおかげですねぇ」
友紀「!…あ、ありがとうございます!」
早苗「あーいいのいいの。こういうのって持ちつ持たれつだから」
右京「勿論簡単なお仕事ではありませんよ」
友紀「う、うん!頑張る!」
早苗「…でもアンタ、どうすんのよ。あの子は」
右京「それはまた別の話です」
早苗「…まあ、名刺渡したところで来るかどうかも分かんないからね…」
右京「そうですねぇ…」
早苗「…何よその顔。まるでもう来るみたいな…」
右京「…ンフフ」
早苗「…やっぱアンタ苦手だわ、アタシ」
右京「そう思われているようですねぇ」
友紀「さ、早苗さん!」
早苗「あーはいはい。もう言わないから」
右京「…」
早苗「良い相棒が出来たみたいじゃない。今度は大事にしなさいよ」
右京「…ええ」
友紀「…?」
「それじゃ!お疲れ様ー!」
「「お疲れ様でしたー!」」
「お、お疲れ様でしたー!」
早苗さんの掛け声に始まり、会場の一室でアルコールの無い小さい打ち上げが始まった。
アタシみたいな小さな役柄の人間にもその場を与えてくれて、少しでも盛り上がりを分かち合えるよう尽力してくれたんだろうなぁ。
…。
それでも…。
「…」
右京さんは出された物は口にせず、ただ笑顔でみんなと談笑していた。
…まあ、確かにあの人が変わった人だっていうことはなんとなく理解出来る。
けれど、別にそんな事で煙たがれる人には見えない。
…それでも、やっぱり気になる。
さっき、早苗さんが言った言葉。
「今度は」大事にしろ。
「…」
…あれって、どういうことなんだろう。
…右京さんは、アイドルを大事にしない人?
…いや、それは考えにくい。
アタシの為にどれほどプライドを削っていると思ってるの?
…本当は、知ってる。
さっきの仕事の件だって、責任者の人が頼み込まれたって言ってたから。
「…」
なら、一体何がどうなって、右京さんは今みたいな地位になったんだろう。
…。
……。
そして、そのアタシの疑問は。
…意外な形で解消されることになったんだ。
…ただ、アタシはこの時その疑問を遥かに上回る事を思い出したんだ。
そう。
「…………え?イベント…来週?」
第二話 終
また書けたら続き投下します
「あの!と、ととと突然呼び出してす、すま…、ごめん!」
「ええんどすえ。ウチもこれから暇やったから…」
「あ、そ、そうなんだ!…えっと…」
「どうされたんどすか?」
「えっと…んー…」
「…」
「…ああああ…ど、どうしよう…」
「どないしました?はっきりしておくんなはれ」
「え、は、はい…えっと…」
「…」
「こ、これ!…これ!受け取ってください!」
「…これは?」
「あ、あの!か、帰ってからでも良いので!よ、読んでいただければ…」
「…」ポイ
「えっ…」
「…そのやり方、気に入りまへんなあ」
「あ、え…」
「男やったら、どっしり構えとくんなはれ。帰ったら読めだとか…いいえ。むしろ手紙自体ウチの好みじゃありまへん」
「…」
「そんな女々しい態度、ウチは気に入りまへんなあ」
「…ン゛ン゛!…わ、分かった!それなら、俺も覚悟き、決めるわ!」
「どうぞ」
「……お、俺…」
「…」
「俺、不器用で、こういう経験も少なくて…」
「…」
「そんなに頭も良くない。運動神経がええわけでもないし、イケメンでもない…」
「…」
「それでも、俺、紗枝ちゃんと…つ、付き合い思うとる…」
「ここ、覚えとるか?は、初めて俺が紗枝ちゃんと会うた場所や…」
「こ、こんな俺で良かったら!付き合うてくれへ…ん………か……」
「…あれ?紗枝ちゃん…?」
友紀「zzz…」
『えー、間もなくー、京都ー。京都でござい…ます』
友紀「zzz…」
右京「…」ペラ
『出入り口はー、右側ー。右側…です』
右京「おや、着いたようですねぇ。それでは、行きましょう」
友紀「zzz…」
右京「姫川君」
友紀「…紅茶が…紅茶が服にかかる…」
右京「姫川君」
友紀「!う、ヴぇ!?」
右京「おやおや。先程までの緊張はどうしたんでしょうねぇ」
友紀「え……えっと…あ、着いた?」
右京「ええ。もうすぐ止まります」
友紀「…あー…また来た…緊張が…」
右京「おやおや…。随分と気持ち良く寝ていたようですから、随分な鉄の心臓を持ってらっしゃると思ったのですがねぇ」
友紀「だって…朝の5時おきだよ?緊張してても睡魔には勝てないよぉ」
右京「夜更かしは体にも肌にも良くありませんよ。君はもっと規則正しい生活を心掛けるべきです」
友紀「でも…流石に本番3日後とか言われても困るよぉ。こういうのってほら、もっと入念な練習とかさ…」
右京「仕方ありません。本日出演される方が怪我をしてしまったらしいですからねぇ」
友紀「ピンチヒッターってこと?」
右京「ええ。それでも掴んだチャンスです。モノにしない手はない…」
『京都ー。京都で、ござい…ます』プシュー
右京「さて行きますよ。愚痴は歩きながらでも吐けます」
友紀「ふぁぁ…い」
右京「あ、それともう一つ」
友紀「何ー?」
右京「君、顔を洗った方がよろしいですよ?」
友紀「え?…あ、涎出てた…」
右京「しかし君、随分荷物が多いようですねぇ」
友紀「だってほら、やっぱりテレビ越しでも応援したいもん」
右京「ああ、キャッツの応援グッズですね?」
友紀「うん!今日は張り切って応援するつもり!」
右京「そうですねぇ…そうなれば僕も助かるのですがねぇ…」
友紀「?」
右京「君がこの仕事を難なくこなせる方なら、それも出来るでしょう」
友紀「え?」
右京「予想集客数は最高1000人と大きなイベントに比べればさほどながらも、君はその人数の前でイベントを進めなければならないのですよ?」
友紀「え…それってまさか…野球観れないってこと…?」
右京「ですから、君次第です」
友紀「無理って顔してるじゃーん!!」
右京「欲望に身を任せ仕事を捨てるか、多少の欲は我慢し、仕事を全うして次に繋げるか」
友紀「ぅ…」
右京「納得いきませんか?」
友紀「納得はしてるよ…でもついてないなぁって…」
右京「でしたらこう考えてみてはどうでしょう」
友紀「?」
右京「君が仕事を頑張り続けたかいあって、やがてキャッツから何らかの形でオファーが来る…」
友紀「…そっか…」
右京「それもまず今回の仕事をやり遂げてからですがねぇ?」
友紀「う…ヤバい…お腹痛くなってきた…」
右京「…無理もありませんかねぇ」
友紀「…もし右京さんならこんな時どうするの?」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…でも右京さんって、こういう時でも平然としてそうなんだよねぇ…」
右京「僕も人の子ですよ。人並みに緊張はします」
友紀「絶対嘘だー!右京さんこそ鉄の心臓だよー!」
右京「おやおや…」
本当にびっくりした。
先週の着ぐるみ仕事の後、アタシは何かの間違いかと思って右京さんに再度、いや何度も聞き直した。
けど、やっぱり日にちは来週。
それは決定。
何でも当日の主役が骨折しちゃったとかでイベントには出れなくなり、急遽空きのタレントを探していたそう。
そこにたまたま右京さんが頼み込み、早苗さんの発破のおかげもあってアタシが滑り込めた、という事。
…だけど。
「あまりにも急じゃないかなあ…はむっ」
「そうですねぇ…少し、僕も急ぎ過ぎたかもしれません」チュー
今の時刻は朝の9時前。
かなり都会の京都といえど、流石にこの時間に開いている定食屋などあるわけもなく、仕方なくアタシ達は早朝からやっているファーストフード店で朝用のメニューを注文した。
「マフィンってやっぱ手につくね…」ペロ
「君が頼んだんですよぉ…」
ふと、思う。
「ねえ右京さん」
「何でしょうか?」
「…右京さんって、コーヒー飲むんだね」
「頼まざるを得ない状況になりましたからねぇ」
「ご、ごめんって…お腹空いてたから…」
でも、コーヒー飲んでる姿とか似合いそうだなあ…。
…相変わらず事務所では紅茶をバチャバチャやってるけどね…。
友紀「それで…今日からみっちりやるってこと?」
右京「ええ。僕はそのつもりです」
友紀「…うぇぇ…」
右京「どうかされましたか?」
友紀「だってぇ…久し振りの京都だよぉ?小学校以来だよぉ…?ゆっくりもしてみたかったり…」
右京「まず、僕らがここに何をしに来たのか。それを君は考えるべきですね」
友紀「分かってるよー…」
右京「僕らのような身分の人間は、交通費、宿泊費を出してもらえただけでもありがたいと思わなければなりません」
友紀「…米沢さんに頼み込んだんだって?」
右京「流石にぶっつけ本番というわけにはいきませんからねぇ」
友紀「…交遊費なんてものは…?」
右京「君のお小遣いから捻出していただければ幸いです。最も、その時間があるなら、ですが…」
友紀「…時間無い?」
右京「ええ。本来こうして座っている時間すら惜しいというものです。食べる事は歩きながらでも出来ますからねぇ」
友紀「アタシも右京さんみたいに見たもの聞いたもの全部覚えられる頭があればなー…」
右京「そんなものを言い訳にしていれば、いずれ困るのは君ですよ」
友紀「ぁーぃ…」
右京「とはいえ朝ぐっすりと寝てしまったせいで活動が遅れている脳には丁度良い栄養分が補給出来たかもしれません」
友紀「…ん!まあね!じゃあ…行く?」グググ…
右京「ええ。そうするとしましょう」
友紀「…あのさ」
右京「何でしょう?」
友紀「駅で何か買う分にはアリ?」
右京「帰りに買うのでしたら結構です。僕も、そうするつもりですからねぇ」
友紀「え!?右京さんお土産買う人いるの!?…あ、ご、ごめん…」
右京「お気になさらず。しかしこれがいるんですよ…」
友紀「…米沢さんだよね?」
右京「ええ。米沢さんも…」
友紀「…「も」…?」
右京「ええ。とはいえ僕も彼には色んな借りがありますからねぇ。昔も、今も…」
友紀「へー…付き合い長いんだ」
右京「そのようですねぇ」
友紀「えー…完璧他人事じゃん…」
友紀「狭い道だねぇ」
右京「そうですねぇ」
友紀「あ、見て見て。向こうのゲーセン凄い人混み。子供達がたくさん…」
右京「春休みですかねぇ。この快晴に最近穏やかになってきた気候。外に出たくなるのも分かります」
友紀「アタシも外好きだよ。球場はもっと…」チラッ
右京「君もしつこいですねぇ」
友紀「分かってるよ!いつか来るキャッツの為に!」
右京「ええ、その意気です。ですがあまり愚痴が多いとスタッフに聞かれてしまうかもしれませんねぇ」
友紀「うぐっ…わ、分かってるって…」
右京「おや、どうやら心当たりがあるようですねぇ。ならばそれは改めるべきでしょう」
友紀「…右京さんって絶対腹黒だよね…」
右京「そのようなことも言われたことがありますねぇ」
友紀「だってさ、まず逃げ道無くしてから言ってくるでしょ?ちょっとは油断させてよ」
右京「僕はごく普通の事を言っているだけなんですがねぇ…おや」ドン
「…きゃっ」
友紀「あ…ご、ごめん!大丈夫?もー…右京さん!前見て歩きなよー…」
右京「おやこれは僕としたことが…申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「…え、ええ。大丈夫どすえ」
右京「お怪我はされていませんか?」
「ええ。気にせんといて下さい。ウチも前見んと走ってしもたんどす」
右京「そうでしたか…」
「…お二方は、ご旅行どすか?」
友紀「えっ!?ち、違うよー!仕事だよー!」
右京「ええ。彼女はまだ新人とはいえ、アイドルなんですよ」
「それはそれは…ウチてっきり親子かと思てしまいましたわ」
友紀「親ッッ…!?子ッ……!!?」
右京「おやおや。確かにそれくらい歳が離れてはいますがねぇ」
友紀「こ、この人はアタシのプロデューサー!アタシはアイドル!!」
「そないに怒らんといておくれやす。軽いてんごどすえ」
友紀「て、てんご?」
右京「京都弁で、冗談。ですね」
「ふふ。よく知っとりますなあ。お二方、東京の方どすか?」
友紀「ん、うん…」
「それはそれは…京都はええ所どすえ。どうか楽しんで下さい」
右京「ええ。お心遣い、感謝します」
「ほなウチはこれで…」
右京「ええ。それでは…」
友紀「じゃーねー」
友紀「えーっと…ホテルはこの道を真っ直ぐ…2つ目の信号を左…」
右京「3つ目ですよ。覚えていないなら常に僕が用意したプログラムを手に持っておくべきです」
友紀「うー…昨日ちょっとDVD観てたから…」
右京「DVDを観る前にでも暗記出来たはずですがねぇ。道のりくらいは」
友紀「…あー言えばこー言う…」ボソッ
右京「何かおっしゃいましたか?」
友紀「な、何でもない!」
右京「そうですか」
友紀「…あ。ねえ右京さん?」
右京「どうかされましたか?」
友紀「ん…あのさ、さっきの子、めちゃくちゃ可愛くなかった?」
右京「そうですねぇ。確かに、とても綺麗な顔立ちをしていらっしゃいました」
友紀「だよね!それにおっとりしててさー…」
右京「それが、どうかしましたか?」
友紀「ん?いや…ほら、スカウトとか…」
右京「そうですねぇ…」
友紀「あ、この間みたいに気づかれないように名刺を仕込んだとか?」
右京「僕は何の理由も無しにそんな事はしませんよ?」
友紀「?…じゃあ、スカウトしないの?」
右京「そうですねぇ…今のところは、考えていません」
友紀「え!?もったいないなー…」
右京「僕が君をスカウトした時、何と言ったか覚えていますか?」
友紀「?…んー………」
右京「君、すぐに忘れますねぇ…」
友紀「てへへ…ごめんごめん」
右京「顔が良いだけならば、僕はスカウトはしません」
友紀「?」
右京「…僕の勘が正しければ、彼女は恐らく何らかの意思を持って僕にぶつかってきました」
友紀「…え?…わざとってこと?」
右京「ええ。ですから避けるにも避けられなかったんですよ。この狭い路地ですから。それに凶器のような物も持っていなかったようですし…」
友紀「考えすぎだよ…。それにわざとだとしたら何でそんなこと…」
右京「理由は分かりませんが、彼女は恐らく君が思っている人間とは大幅に違う方だと思いますよ?」
友紀「えー…?何かぶつかられたからって根に持ってない?」
右京「おやおや…」
友紀「考えすぎだって。あるわけないじゃん」
右京「ええ。普通はそうでしょう。ですが見て下さい。この狭い路地を」
友紀「狭いけど…何?」
右京「ええ、狭いというのに、路地にまで出ている店の看板や石像。果ては回収されていないゴミ袋の山。前を見ずに歩いていれば僕にぶつかる前に何度ぶつかる羽目になるのでしょう?ええ、あのような角のある物にぶつかればタダでは済まないと思いますよ?」
友紀「あー…確かに人にぶつかるよりも危ないね」
右京「ですが彼女はこう言いました。「前を見ていなかった」と…」
友紀「確かに、怪我してた様子もなかったけど…でもほら、携帯いじってたとか…あ、だったら携帯落とすよね」
右京「ええ。そう思います」
友紀「ん…んー…」
右京「そして何故かは分かりませんし、名刺を仕込んだりもしていませんが、逆はあるようですよ?」
友紀「ん?あれ?…それ、ハンカチ?」
右京「ええ。そのようですねぇ」
友紀「さっきの子?」
右京「ええ。まるで気づいてくれと言わんばかりに僕の足元に落ちていました」
友紀「ふーん…何で?」
右京「何ででしょうねぇ…」
友紀「んー…でもほら、それに関しては本当に落としたとか…」
右京「彼女の服装、何でしたか?」
友紀「え?…普通に、ズボンと…長袖の…」
右京「そうですねぇ。しかし彼女の上着にはポケットが無かった。だとしたらハンカチが入っているのはズボン。それに身体にフィットするようなものです。そのフィットしたズボンのポケットからハンカチがそんな簡単に落ちますかねぇ?」
友紀「細かいなぁ…」
右京「ええ。細かい所がいちいち気になってしまう。僕の、悪い癖…」
友紀「まあいいじゃん。会ったら会ったで返せばいいし、会わないなら会わないで交番にでも届ければいいし…」
右京「そうしますかねぇ」
友紀「…ん、何かそれ良い香り…」
右京「お香を焚いてあるのでしょうねぇ」
友紀「ふーん…それに結構高そう…」
右京「ならば尚更、返さないわけにはいきませんねぇ」
友紀「そりゃあねぇ…そんな綺麗に使ってる物…あれ?」
右京「ええ。そうなんですよ」
友紀「…そういえば、引き返してこないね」
右京「ええ。それほど大事に使っているのであれば失くしたことにすぐに気がつくはず…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…ま、考えるのやめよ?」
右京「そうしましょう」
…ああ。
この感じ、ほんまに久しぶりやわぁ…。
歩き方、話し方、接し方、立ち振る舞い全て…。
あれこそ、ウチが求めていた男…。
…ああ、アカン…。
これは、ほんまにアカンわぁ。
『お、俺…』
あないないちびったモンとは違う。
年齢…そんなものどうでもええ。
ウチは、ウチの好きなモンがええ。
ああ、まさか友達との遊びの行きしにこないな出逢いがあるとは…。
「駅から後を追って正解やったわぁ…」
…普通、親子があないな格好で旅行に来るわけがない。
…アンタらの関係がどんなもんかなんて、どうでもええ。
ウチは、欲しいモンはとにかく手に入れたい主義なんどす。
その為なら、思い入れのあるもんなんて捨て駒にしてもええ。
「…」カチッ
『こちらが今日泊まるホテルですねぇ…』
『あ、ここ?…あ、ちゃんと別々の部屋だよね?』
『君、そこも覚えてないんですか?』
『え?あ…待って…あ、うん。別々…』
『…』フゥー
『あ、ちょ!右京さん!失望しないで!こっから!こっから巻き返すから!』
『ちなみに君、何時に何処に行くかは覚えてますか?』
『そ、それくらい覚えてるよ!○時に○○の○○…ってもう無いじゃん!!』
『ええ。急ぎましょう』
…。
「…フフッ…」
あのお方、右京はん言うんやなあ。
ああ、右京…。
ええ名前やわぁ…。
しかし、右京はんは無理でも。
…。
『ほなウチはこれで…』ポイ
『ええ。それでは…』
『じゃーねー』ポスッ
…。
…あのキャップ被ったとぼけた方やったら、分からんやろなぁ。
…鞄の中に、盗聴器放り込まれたなんて…。
友紀「あー!つ、着いたー!」
右京「ええ…。本来なら…ここまで息を荒くすることはないんですがねぇ」
友紀「…お腹空いてたんだもん…」
右京「君は睡魔にも空腹にも、滅法弱いようですねぇ」
友紀「しょうがないでしょー。人間の三大欲求!食べる!眠る!………あっ…」
右京「…」
友紀「…」
右京「さ、行きますよ」
友紀「…ぁぃ」
右京「お待たせしました」
「あー!待ってたよー!いやー…本当に申し訳ないね!」
右京「いえ。むしろこのような素晴らしい仕事を下さったことに感謝しなければなりません」
「大袈裟だよー!まあ、ある程度はさ、台本あるから。それと僕らも全力でフォローするからさ!」
友紀「み、346プロダクション所属、姫川友紀です!よ、よろしくお願いします!」
「ん!よろしく頼むよ!…まー…ここだけの話さ、杉下プロデューサーには話したけど…」
友紀「あ、その…休んじゃったって…」
「そう!そうなんだよー…。実はその子も新人でさ。何だか可哀想でねぇ」
右京「本来ここにいらっしゃるはずの方がまさか体調不良とは…いやはや、しかも身内である為、いささか複雑な心境でもあるというのが本音です」
「本当だねぇ。でもほら、この間みたいにさ、早苗ちゃんを引っ張るくらいの度量見せちゃおうよ!」
友紀「え?」
「もうね、僕は確信したね。君はいつか大物になるって!」
友紀「ほ、本当ですか?え、えへへ…」
「だから頼むよ!1000人規模なんだからさ!」
友紀「…それ、思い出させないで…」
右京「大丈夫ですよ」
友紀「え?」
右京「人間、追い込まれれば本来の力を発揮出来るものです」
友紀「うわー!ライオンの親みたいなことやってるー!!」
右京「ンフフ」
「大丈夫大丈夫!…って言えないのがね…」
友紀「えー…えっと…ここで、「み、みんなー…待たせてごめんねー…」」
右京「…」
「…」
友紀「「やっぱり学生さんが多いかなー?卒業生はお、お疲れー!在校生はこれからも…頑張ってー…」」
右京「…」カチ
友紀「…ど、どうだったー!?」
右京「『それでは後ろまで聞こえませんよ。もう少し大きな声でお願いします』」キーン
友紀「えー!?」
右京「『僕達が今立っている場所は大体200人くらいの場所です。そこにギリギリ聞こえる程度ですよ』」キーン
友紀「えー…」
右京「『何の為にピンマイクが着いていると思っているんですか。いつもの君のテンションでいけば出来ることですよ』」キーン
友紀「い、いつものって…そんなさあやりましょうじゃ出せないよー!」
右京「『恥ずかしさを捨てて下さい。それだけです』」キーン
友紀「う…だって聞いてるの右京さん達しかいないし、道行く人たちがこっち見てるんだよー!?」
右京「『本番はこんなものでは済みませんよ』」キーン
友紀「う…」
右京「…」
「…本来ならこんな練習しないんだけどねぇ。彼女の場合は、何もかもが初めてだから…」
右京「ええ。その上本番はもうすぐそこ。これ以外に良い場慣れのさせ方が思い浮かびません」
「…昨日今日デビューしたての子じゃ公衆の面前で大声出してっていうのは難しいよねぇ」
右京「正しくは2週間と3日です」
「でも、こういったことは初めてでしょ?」
右京「ええ。しかし彼女は元野球部のマネージャーであり、その経験は今でも染み付いています」カチ
「じゃあ、それをこれからどうやって出してくか、だね…」
右京「『声出しが出来るようになるまで次のステップには進めませんよ。頑張って下さい』」キーン
友紀「わ、分かったよぉ…」
ああ…恥ずかしい。
そりゃ、部員応援する時とかは全力でやってたけど…。
あれは、ただそれが楽しかったから、そうしただけ。
…今は、どうだろう?
「…」
『どうかされましたか?』
…アタシ、今これ、楽しんでるのかな…。
「…」
元々、アイドルって仕事にも…あんま興味あったわけじゃないし。
…じゃあ、何でだろ…。
『姫川君』
「あ!ご、ごめん!ボーッとしちゃってて…」
『慣れない事だと思いますが、やっていけば必ず慣れてきます。ですから何度もやりましょう。こういうものの楽しみは、やり続けなければ分かりません』
「え…」
…どうして、アタシの考えてること…。
…そういえば、前にもアタシの顔を見ただけでアイドルになろうか迷ってる事を見抜いてみせたよなぁ。
『やりがいは、やらなければ感じません。ですからまずやれるだけやってみましょう』
右京さんの声がスピーカーを通して聴こえてくる。
アタシを慰めようとしている優しげな声。
その中にはスタッフへのフォローもあるんだろうけど…。
…あ。
そういえば、言ってたなあ、あの人。
限界を感じた時、それは諦めた時。
「…」
なんとなく空を見上げる。
「…」
『…』
今日は、雲一つない晴天。
こういう時、上を見るとなんとなく元気が湧いてくるってみんな言う。
…それが、今は少しだけ分かる気がする。
「…ン゛ン゛!」
一つ咳をして、息を吸い込む。
そして、アタシは。
目の前にいるお客さんに向けて、いつもの声を出した。
「みんなー!!待たせてごめんねー!!」
…今のお客さんは、二人。
右京さんと、スタッフを纏めている人。
「やっぱり学生さんが多いかなー!?卒業生はお疲れー!!在校生はこれからも頑張ってー!!」
正しくはお客さんじゃないけど。
それでも、今アタシの目には二人以外にもお客さんが見える気がする。
勿論アタシの頭の中だけだけど。
そこには、大勢のお客さんがいると思い……というより、いる。
そこには、いるんだ。
「…」
結局、アタシの声はどうだったのか。
「…」
それは、さっきよりももっと奥で拍手している右京さんを見て分かった。
…あれ…なんだろ。
「…」
顔が、とんでもなくにやける。
ただ褒められただけなのに。
あの笑みを見ると、どうしてか顔の筋肉が緩んでしまう。
「…あ」
…そうだ。
分かった。
アタシ…やっと褒めてもらえたんだ…。
右京「とても良かったですよ。君の元気のある話し方に、僕も思わず疲れが吹き飛んだようです」
友紀「お、大袈裟だよ…」
「いやー、良かった!じゃあ次のステップは台本を覚えることだね!」
友紀「あ…こ、この分厚いやつを…」
右京「20ページ程度ですよ」
友紀「そりゃ右京さんはパッと覚えられるだろうけどさぁ…アタシがそんな顔に見える?」
「まー…これも慣れだよねぇ。トラウマになるくらいやれば嫌でも覚えるから」
右京「ああ、それは素晴らしいですねぇ」
友紀「えー…」
「ほんまに、素晴らしいどすなあ…」
右京「…」
友紀「え?」
「え?」
「ほんま、何から何まで…」
右京「…」
「こ、この子誰?友達?」
友紀「え…あ、いや…友達じゃないですけど…朝…会ったよね?」
右京「ええ。会いましたねぇ」
「ええ。そして今回も…」
友紀「な、なんたってこんな所に…」
「あんだけ大きな声でやってたら気になりますわ。こないな民家の少ない場所でも…」
友紀「あー…やっぱり聴こえちゃうよねぇ…」
右京「そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました」
「でもちゃんと許可取ったんだよー?…っていうかお嬢ちゃん関係者じゃないんでしょ?」
「ええ。たまたま通りがかっただけどすわぁ」
右京「たまたま、ですか」
「ええ…そうどすぇ。それにちょっと落し物を…」
友紀「落し物?…あ、あのハンカチ?」
「そうなんどす。大事にしてたもんを落としてしまうなんて…」
友紀「ご、ごめーん…あれ、近くの交番に届けちゃって…」
「あらぁ…そうなんどすか?」
友紀「うん。だから…」
右京「忘れ物はハンカチだけでしたか?」
「ええ。…え?」
右京「僕はてっきり、他の忘れ物を取りに来たのかと思いましたが」ゴソゴソ
「え…」
右京「携帯電話。これ、君のですよね?」
「・・・・・・」
友紀「え!?それも落としてたの!?」
右京「ええ。君の鞄の中に」
友紀「え…ちょ!ちょっと!勝手に漁ったのぉ!?」
右京「申し訳ない。どうにも目に入ってしまっていたので、君が荷物を預けた時に少しだけ」
友紀「言ってくれれば出したのに…」
右京「ええ。申し訳ありません」
「・・・・・」
右京「電源は切れているようです。どうぞ?」
「え、ええ…ど、どうもおおきに…」スッ
右京「…」ググッ…
「…え…?」
右京「…「これ」を犯罪として訴えるのはとても難しいですからねぇ…」ボソッ
「…」
右京「それではこれで。姫川君。次は台本を覚えましょう」
友紀「あ、うん…じゃあね!イベントにも来てねー!」
「…は…」
…なんで?
「…はは…」
…もしかして、全部バレてたん?
「…」
…なんちゅうお人なんやろか。
…オマケに、あの姫川っちゅう女の方にバレへんよう、電源が切れるんを待ってたっちゅうこと?
「…アカン」
アカンわぁ。
…あないなことされたら。
「…もうウチたまらんわぁ…」
6時間後
友紀「…あ゛ー…」
「だいぶ堪えたみたいじゃない」
右京「…おやおや。もうこんな時間でしたか」バッ
友紀「…冷静になって考えたら、昼にまで終わるわけないよねぇ…」
右京「ようやく地に足のついた考え方が出来るようになったということですかねぇ」
友紀「うーん…」
「でもよく頑張った方じゃない。…でも本番でいざこれが出来るかってなったら、分かんないけどねぇ」
友紀「…そういえば、知らない間にステージ作りが凄い進んでる気がします…」
「それだけ集中出来たって事だよ。OKOK!」
右京「頑張っているのは決して君だけではない…。スタッフの皆さんや、工事の方々。皆さんのお力があって初めて仕事というのは完成するんですよ」
友紀「うん…」
右京「君の仕事ぶりは先程まで、自分の為だけに頑張っているように見受けられました。ですがこのように目を向けると、考え方も変わってくるはずです」
友紀「…」
『はいそこー。そこの溝にくっつけてー』
『当日の弁当ってこれで合ってますー?』
『雨天用のテントはこっちにまとめといてー!』
右京「全ては当日のイベントを成功させる為。一人がわがままを言ってしまえばその成功率は大幅に下がります」
友紀「…うん。ごめん…」
右京「「その」気持ちがあるなら必ずイベントは成功する筈です。君は思い込みは強いですが、とても正直で素直な方ですからねぇ」
友紀「褒めるならもっとちゃんと褒めてよー…」
「…そういえばさ、さっきのあの京都弁バリバリの可愛い女の子。あの子いつの間にか居なくなってたね」
友紀「あー…さっきまであの辺で座って見学してましたね…」
右京「…」
友紀「右京さん、何かあの子のこと…嫌がってる?」
右京「嫌がるということはありませんが、彼女は先程、僕達を見ていたというよりは…何か別の事をしていたように見受けられます」
友紀「…別?」
右京「ええ。何でしょうねぇ…」
友紀「…普通にTwitterとかで呟いてたとか?」
右京「彼女が手にしていたのは、携帯電話ではなくメモ帳でした」
「相変わらずよく見てるんだねぇ。さすが大手アイドル事務所のプロデューサーだね」
右京「おやおや。ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、僕はそれほど大した人間ではありませんよ」
「またまた…」
友紀「もしかして右京さんって…褒められるの慣れてなかったり?」
右京「慣れていると聞かれると、そうでもないですねぇ」
友紀「…へー…」
右京「どうかされましたか?」
友紀「なーんでもなーいよ?」
「まあ、今日はこれくらいにしようよ。スタッフ帰してあげないと可哀想だから」
友紀「え?…もうこの際あと2、3時間は…」
右京「ここを管理する方もいらっしゃるんですよ。僕らだけで残るというのは無理があるというものです」
友紀「そ、そうなんだ…」
「じゃあ…おーい!そろそろ切り上げてー!今日は終わりにするよー!」
『『はーい!!』』
友紀「みんな、元気だなあ…」
「元気ってより、疲れを見せまいとしてるんじゃないかな。僕に気ぃ遣って」
右京「充実していたのでしょう。…君はどうでしたか?」
友紀「え?あ、うーん…」
右京「?」
友紀「…まだ、よく分かんない」
右京「おやおや…」
「ははは!そんなもんだよ!やっていけば慣れてくって!」
友紀「そ、そんなもんなのかなあ…」
「こういうのはさ、場慣れしていくしかないんだよ。数やって、自分で覚えていくしか上達する方法なんかないって」
右京「ええ。しかし、姫川君」
友紀「?」
右京「マンネリという言葉もあります。それは慣れる、ではなくダレるということ…」
友紀「マンネリ…」
右京「そうならないよう、仕事時は常に気を引き締めて真剣に臨んで下さい」
友紀「は、はいっ」
右京「良い返事です。それでは今日はホテルに戻るとしましょうかねぇ」
友紀「うん!あー!お腹空いたー!」
右京「おやおや。もう気が緩んでいますよ?」
友紀「あ…」
「ははは!そりゃ終わった時はみんなそうだって!」
右京「では許しも出た事です。野球は観れませんでしたが、一日の終わりに少しだけ乾杯するとしましょうか」
友紀「え…い、いいの?」
右京「君が、宜しければ」
友紀「う、うん!行くよ!行く!」
右京「そうですか。では行きましょう」
「僕も行きたいところだけど、奥さんがうるさいからねぇ…」
右京「それは残念ですねぇ」
友紀「右京さーん!行くよー!」
「あーあ。もうあんなにはしゃいじゃって。…まるで親子だねぇ」
右京「…親子、ですか」
「うん。親子」
右京「そうですか…」
「どうかした?」
右京「いいえ。お疲れ様でした」
「うん。じゃあまた明日宜しくね」
右京「ええ。お疲れ様でした」
友紀「ほら行くよー!早くー!」
?『右京さーん!先行っちまいますよー!』
右京「…」
第三話 終
言うの忘れてました
紗枝Pさんごめんなさい
ただの箱入りお嬢様が盗聴機まで仕掛けるというのは、些か無理がありますねぇ
>>117
携帯を複数持ち歩いてて、その一つを盗聴器代わりにしたということで…
『こっち紙皿足んないよー!!』
『ガスボンベはもっと奥!子供がぶつかったらどうすんだよ!』
『す、すいません!』
『あと2時間だよ!項目全部確認出来てる!?』
『こっちオッケーでーす!!』
…。
内心、半分は早くやってみたいと思った。
けれど、もう半分は、出来ればやりたくなかった。
でもそんなアタシの頭の中など関係無く、時間は否応無しに過ぎていく。
「…」
今日も、快晴。
春の嵐もどこ吹く風と、雲一つない青空が広がっている。
「絶好の仕事日和ですねぇ」
アタシの隣でそう呟く右京さんは、アタシが今どれだけ緊張しているか、分かっているのだろうか。
…いや、絶対分かってる。
分かってるからこそ、あえてアタシを奮い立たせようとしている。
もう逃げられないぞ。
もうやるしかないんだぞ。
…そうアタシに言っているんだ。
「…」
アタシはいつもだったら、どちらかといえばお客さん側で。
食べたい物食べて、やりたいものやって、それで終わってた。
それが、今。
立場が完全に逆転し、今までにないほど追い込まれている。
野球で言うなら、9回裏2アウトで負けてる状態。
…そのせいでもあるのか、アタシはかなりマズいことになってた。
「あと10分程したらリハーサルをしましょう。最も、もうこの間のような大仰な事は出来ませんが」
「…もうちょっと台本見てていい?」
「それ、もう3回目ですねぇ」
「だ、だって…」
「昨日は全部覚えられていた筈ですよ?」
「…う…」
…緊張のせいか、台本の内容が、一切出て来なくなっていたんだ。
前日 PM9:00
友紀「えっと…ここでまた壇上に上がって…そしたら『さてここからビンゴ大会をします』…」
『♪』
友紀「?…あ」
『右京さん』
友紀「もしもし?どうかした?」
右京『ええ。少し心配になったもので』
友紀「大丈夫だって。今日だってもうほとんど見ないで行けたし」
右京『そうですねぇ…しかし何と言っても、これが初めて人前で話すというお仕事ですから、やり過ぎることに越した事はないんですよ』
友紀「うん。大丈夫。ちゃんと今も練習してるから」
右京『そうですか…』
友紀「もー…信用無いなあ…」
右京『信用はしていますよ。君は嘘をつけない体質のようですから』
友紀「本当?」
右京『ええ。だからこそ、心配なんです』
友紀「…?」
右京『君はすぐに顔に出ますから。いざという時皆さんに悟られないか…」
友紀「やっぱり馬鹿にしてるでしょー!」
右京『いえいえ。君がとても正直者だということです。しかし…』
友紀「?」
右京『…いえ、なんでもありません。ですから一つだけ』
友紀「どうしたの?」
右京『君に期待しています。頑張って下さい』
友紀「…うん!ありがとう!」
右京『それでは、また明日』
友紀「おやすみー!」
現在
右京「一回は出来たんです。なら何度でも出来る筈ですよ?」
友紀「う、うん…だからもう少し…」
右京「リハーサルは台本を持ったままでも構いません。何にしても声に出した方が頭に入ってくる筈ですからねぇ」
友紀「わ、分かってる。分かってるけど…」
右京「どうしましたか?」
友紀「あ、足が…足が震えて…」
右京「…」
友紀「全然、立てる気がしない…」
右京「怖くても、嫌でも、立ち向かっていく事が大事です。そうすることで光は必ず見えてきますからねぇ」
友紀「…だって、こんなの、生まれて初めて…」
右京「まだ、君は20歳でしたかね」
友紀「う、うん…」
右京「そうですか…しかし、若いウチにこういった経験をしておくのは将来きっと役に立ちますよ」
友紀「将来より今が一番大事だよ…」
右京「おやおや。分かっているのなら早く練習しなければなりませんね」
友紀「…う、うん…わわっ」ガタッ
右京「…」ガシッ
友紀「ご、ごめん…こんな時に…全然頼りなくて…」
右京「…まだ諦めるには早過ぎると思いますよ?」
友紀「…だって、全然頭に入ってこない…」
右京「…」
友紀「あんな何百人もの前で、いつもみたいに出せる気がしないよ…」
右京「…困りましたねぇ…こういう時に、何か気の利いた一言でも出せることが出来たなら良いのですが…」
友紀「…うう…」
右京「ですから、一つだけ」
友紀「…」
右京「頑張って下さい」
友紀「本当に気が利いてないよぉ…」
右京「おやおや…」
声が、出ない。
足が震えて、動けない。
自分の体が、自分のものでない錯覚に陥る。
何かを考えている余裕も、この時のアタシにはなかった。
ただ、時間よ過ぎないでくれ、止まってくれと考えていた。
「…」
もし、失敗したらどうしよう。
もし、声が聞こえていなかったらどうしよう。
そうなったら恐らく、アタシは耐えられない。
スタッフに迷惑をかけるんじゃないか。
右京さんに捨てられるんじゃないか、と。
そこまで思いつめていた。
怖い。
ただひたすら、怖い。
リハーサルにもその思いは顕著に表れていたようで、段々みんなの顔が曇っていくのが手に取るように分かった。
「…!」
そしてしばらく目にしなかった時計の方を向くと、既に1時間前だということを容赦無く告げていた。
アタシは今すぐここから逃げ出したくなるような衝動に駆られながらも、ギリギリ理性を保っていた。
こんな筈じゃ、なかったのに。
早苗さんみたいにパッとやって、パッと終わらせられたらいいなって、考えてただけなのに。
現実は、こうだった。
いざという時ここまでパニックになる自分の器の小ささに、失望した。
「いやー…なんとなく予想はしてたけど…これは予想以上だなぁ」
右京「なにぶん初めての事ですからねぇ。しかしそれで済む話ではない…」
「そうだねぇ。今更変えるわけにもいかないし、っていうか変えたらこの子も346プロさんも立場が無いならねぇ」
友紀「…」
「最悪、台本持ったままっていう方法もあるよ?案外珍しくないし…」
右京「確かにそれなら出来るでしょう。しかし彼女の場合、もう一つ…」
「…萎縮しちゃってるねぇ…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…アタシ、ホントにダメだね…」
右京「はいぃ?」
友紀「…今になって、マネージャーの時のこと思い出してる」
右京「…」
「?」
友紀「また、みんなを傷つけて、それで何処かに逃げちゃうんじゃないかって、そう思い始めてる…」
右京「君は、そこまで弱い人間でしたか?」
友紀「…弱いよ。これがホントのアタシ…」
「…」
右京「そう、君が思っているんですか?」
友紀「今までもそうだったよ。築いてきた信頼もすぐに無くなって…ううん。信頼なんて、無かったんだよ。きっと、初めから…」
右京「…」
友紀「みんな、アタシの事煙たがってたんだ…」
右京「それはどうか知りませんが…今ここにある真実を、君に伝えましょう」
友紀「…?」
右京「僕と君の信頼関係は、あるかどうかと聞かれれば、まだ、無いのかもしれません」
友紀「…」
右京「何故なら、君はまだ自分という殻を破ろうとしていないからです」
友紀「…殻?」
右京「ええ。過去のトラウマに怯え自分を閉じ込めた、その殻ですよ」
友紀「…」
右京「…金銀多分積みおくは、よき士を牢へ押しこめおくにひとし…」
友紀「?」
右京「かつて、豊臣秀吉が言ったとされる言葉です」
友紀「…どういうこと?」
「金銀財宝を蔵に閉まっておくなんて、有能な奴を牢屋に閉じ込めておくのと同じだよってことだね」
右京「ご解説ありがとうございます。…今、ここ。この場所での金銀財宝というのは、君です」
友紀「え…アタシ?」
右京「ええ。僕が君に会った時、言ったことを思い出してください」
友紀「…えっと…」
右京「僕はあの時、君に大きな才能があると言いました。君を中心とした輪が店の中に瞬く間に広がり、その場を盛り上げてみせた…」
友紀「あれは…」
右京「それは、僕には出来ないことです。しかし君には出来る…これは少なくとも、僕よりもエンターテイナーとしての才能があるということじゃありませんか」
友紀「そう…なのかなあ…」
右京「そしてさらに言うのなら、金銀財宝はその君の才能ですよ」
友紀「…」
右京「その才能を眠らせ、閉じ込めるのはとても懸命な判断とは僕には思えません」
友紀「…でも、どうしたら…」
右京「それをどうするか、僕も今考えているところです」
友紀「…でも、信頼関係は、無いって…」
右京「それもそうでしょう。僕と君とは、まだ始まったばかりじゃありませんか」
友紀「…!」
右京「僕はこの先、何があろうと君を捨てたりはしません。僕が君の、相棒である限り…」
友紀「相棒…」
右京「今日がどのような結果になるにせよ、君が全力を出せたなら僕に責める権利はありません。ですから、どうか頑張って下さい」
「僕にも責める権利は無いのかな?」
右京「責任を取るのは、僕一人で十分ですから」
「お…」
友紀「えっ…」
右京「ですから、やれるだけやってみてはどうでしょう?」
友紀「そ、そんなのダメ!右京さんが辞めるなんて…アタシの為なんかに…!」
右京「…自分自身を否定することほど悲しいことはありません」
友紀「でも…!」
右京「また逃げればいい。全てを捨てればいい。それで人生をやり直すことなど出来ると御思いですか?」
友紀「…」
右京「君は、姫川友紀以外の何者でもありませんよ。どんなに不本意な人生だとしても、逃げ出さずに立ち向かっていくことでしか、本当の幸せを手にいれることは出来ません」
友紀「…」
右京「…成功させられますよ。君ならば。必ず」
友紀「…じゃあ、約束して」
右京「何でしょう?」
友紀「アタシ、やれるだけやってみる。だから…右京さんも、二度とそんなすぐ自分を犠牲にするなんてこと言わないで」
右京「おやおや…」
友紀「だって、まだ始まったばっかりなんだから…ね?」
右京「…」
友紀「アタシ、今まで自分の為だけに頑張ってた」
右京「…」
友紀「…本当は、そうじゃないんだね」
右京「ええ」
友紀「自分だけじゃなくて。右京さんや、スタッフさん。それと、見に来てくれるみんなの為に頑張るんだよね」
右京「ええ」
友紀「…だったら、頑張れる」
右京「…それが、君です」
友紀「…うん!行ってくる!!」
…前に言われたっけ。
アタシをどういう風にプロデュースしてくのかって。
チアガール…だっけ。
…何か、良いなあ、そういうの。
「みんなー!!待たせてごめんねー!!」
人を応援する。
それはアタシのトラウマであり、好きな事でもあった。
「やっぱり…学生さんが多いかなー!?」
アタシ、やっていいんだ。
やって良かったんだ。
「卒業生はお疲れー!!」
そう思うと、途端に台本の内容がポッと出てきた。
「在校生はこれからも頑張ってー!!」
みんなの視線がアタシに注目してるのがなんとなく分かる。
携帯カメラを向けて撮っている人もいる。
そうだよ。
今、君達が撮っているのは…。
「346プロ所属!応援大好きチアガールアイドル!!姫川友紀でーす!!!」
『ワアアアアアアアアアアア!!』
「みんなー!!ユッキって呼んでねー!!」
『ユッキー!!』
『ユッキー!!』
「絶対覚えてよー!!これからよろしくねー!!」
ユッキ、ユッキって。
みんながアタシの名前を呼んでいるのが分かる。
そっか。
これが、アタシの才能なんだ。
今、ようやく理解出来た。
これなら…アタシ…。
「…!」
この時、アタシはすぐに気がついた。
観客の中に、二人。
二人だけ、稀有な視線を向けている人達がいることに。
そしてその二人は、見覚えのある人。
「あ…」
あれは、アタシがマネージャーをやっていた時の、キャプテンと…アタシの後輩のマネージャー。
…付き合ってたんだ、この二人。
…でも、そんなのは重要じゃなかった。
「…」
その顔からは、何を思っているのかは分からない。
分からないけど、今のアタシの精神を狂わせるには持ってこいの二人だった。
あの時、アタシを突き放したキャプテン。
アタシに何も言わず、静かに離れていった後輩マネージャー。
目が合ったこの数秒で、過去のトラウマが鮮明に頭に蘇るのが分かる。
この時のアタシは、こう思った。
『どうしてお前みたいな奴が、応援が大好きだなんて…』
『うるさいだけのお前が、こんな所に…』
そう、思われているんじゃないかって。
「あ…えっと…」
次第に、口が回らなくなり、足が微妙に震え出す。
舞台袖で待っている右京さんの目が見開かれているのが横目で見えた。
やらかした。
なんだってこんな時に、こんな所に来てるんだろ。
…酷い偶然も、あったもんだなあ。
やっぱり、アタシにアイドルなんて…。
「ユッキはん、何黙っとるんどすか?」
「え?」
数分前
「大丈夫そうだね、彼女」
右京「ええ。まだメンタルの弱いところがありますが…」
「そんなの、これからどうにでもなるよ」
右京「ええ。今はまず、この仕事を無事終わらせる事を祈るのみです」
「ほんまどすなぁ」
「え?」
右京「はいぃ?」
「いやぁ、ここのスタッフさん、ほんまお優しい方ばかりどすわぁ」
右京「君、どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「右京さんの名前出したら、すんなり通してもらえましたわぁ」
右京「どうやって、ではありません。どうして、と聞いたんですよ?」
「え…この子って、この間見学してた子?」
「ええ。あん時はご迷惑をおかけしました…」
右京「今も、十分かけていると思うんですがねぇ?」
「いいえぇ。今回は友紀はんを助けたろかなと思ったんどす」
右京「…はいぃ?」
「今の今までそこで糸の切れた人形みたいに座り込んどったあの方が、今すぐさあやりますで行けるとは到底思えまへん」
右京「…」
「…右京はんも、そう思っとるとちゃいますか?」
右京「…」
「えーと…とりあえず、関係者以外はねぇ…」
「ウチ、あの台本もプログラムも頭に全部入っとりますえ?」
右京「!」
「!」
「ウチなら、ピンチヒッターのピンチヒッターになると思いますえ?」
右京「…ですが、今やっているのは彼女です」
「ええ。分かっとります。ですから、もしもの時の為に…これ以上ご迷惑はかけまへんから」
右京「…」
「…もしもの時の為に…なら、まあ…ね?」
右京「……貴方がそう仰るなら、僕は許可する以外ありませんね」
「つれない態度。でもそこがまたええわぁ…」
右京「…」
「……この子って、杉下さんの何なの?」ボソ
右京「全く知りませんねぇ……おや?」
「あら?」
「え?……あれ?友紀ちゃん急に黙っちゃったよ?」
右京「…内容を忘れた。…ようには見えませんねぇ…」
「…?」
右京「…考えられるとするなら、過去のトラウマに出会ってしまったか」
「それ、さっき言ってたやつ?」
右京「ええ。しかしここで何か考えている余裕はありません。とにかく姫川君を一度…」
「待って下さいな」
右京「?」
「丁度良えのが、ここにおります」
右京「…」
「いややわぁ。そんな目で見ぃひんといて下さいな。ウチも友紀はんの過去なんて知りまへん」
右京「…」
「これだけは、嘘ちゃいますえ。人を陥れたりするんはウチの家の教えに反することになりますからなぁ…」
右京「…だとしたら、どうするのですかねぇ?」
「あらぁ…ただ右京はんが、出してくれればええだけどすえ?」
右京「…」
紗枝「…ウチへの…小早川紗枝への、GOサインを」
右京「…」
アタシが、再びパニックに陥っていた時。
隣で、最近聞いた覚えのある声がした。
目をやると、そこには最近会ったばっかりのあの子。
あまりにも急過ぎてピンマイクは用意出来なかったのか、即席のマイクを持っていた。
まさか、こんな偶然もあるなんて。
「え…」
「なんや友紀はん。まるでウチが出番無いみたいな目で見て…お客さん方、酷いと思いまへんか?」
その瞬間、少し静かになっていたお客さん達が再びドッと湧き上がった。
「でもウチの登場が遅れたくらいでそんなパニックになっとったらあきまへんで?」
「あ、うん…ごめん…」
「それに友紀はんずるいどすえ?ウチの紹介してーな!」
…えええ?
だって、名前も知らないんだけど…?
「…皆はん、ウチの名前もちゃんと覚えて下さいな?」
ちゃんと、と言った時にアタシに対してジロリと目を向け、思わず寒気がした。
だけどもっと寒気がしたのは、その次の彼女の発言だった。
その発言に驚いたのは、きっとアタシだけじゃないはずだと思う。
「346プロダクション所属、京都生まれのアイドル、小早川紗枝どす。皆はん、どうぞお見知り置きを…」
「…え?」
思わず舞台袖にいる右京さんに目を向けると、勿論アタシと同じ反応。
そりゃそうだよなあ…。
だって、こんな事、こんな大勢の前で大々的に346プロダクション所属だなんて発表されたら…。
「これからどんどん仕事していくつもりどす。皆さん…覚えといて下さいな?」
流石に、雇わざるを得ないよねぇ。
『紗枝ちゃーん!!』
『二人とも応援するぞー!!』
…この子、右京さん以上に黒いんじゃないかなぁ…。
だけど、この子といると…。
「え、えっと!じゃあここからはアタシと紗枝ちゃんで、盛り上げていくからねー!!」
『『オオオオオオオオ!!!』』
何故だか、アタシの緊張が解れていっていることに気がついたんだ。
紗枝「いやぁ、楽しめましたわぁ…」
友紀「…」
右京「…」
紗枝「どうしたんどすか?そないな目で…」
右京「どうしたか。それは君自身が理解している筈です」
紗枝「…ああ!忘れてましたわぁ。あまりにも突然やったんで…ついつい…」
友紀「…」
紗枝「せやけど、ホンマに何があったんどすか?」
友紀「え?」
紗枝「台本忘れるくらいやったらカンペでも持っとく筈やし…」
友紀「…何を言って…」
右京「…姫川君、その方は今回の事に関して何もしていませんよ?」
友紀「え?」
紗枝「?」
友紀「…あ、本当に何も知らないんだ…」
紗枝「何があったんどすかぁ?」
友紀「絶対言わない!!」
紗枝「教えて欲しい…なぁ…」
友紀「可愛く言ってもダメ!」
右京「それよりももっと大事な事がありますよ」
紗枝「?」
右京「君はこの先、どうするおつもりですか?」
紗枝「…さて、どうしまひょか…」
右京「僕は構いませんよ。君を突如乱入した不審者として通報しても」
紗枝「堪忍しとくれやす…」
友紀「…でもさ、ああ言っちゃったし、アタシもそのまま進めちゃったし…紗枝ちゃんのおかげで上手く行ったってのも、あるし…っていうか、不甲斐なくてごめん…」
右京「それに関して僕は責めるつもりはありません。君がベストを尽くした結果ですから」
友紀「…う、うん…ごめん…」
右京「しかし君はどうでしょう?君は確かに姫川君を助けましたが、やったことは偽計業務妨害罪にあたる可能性もあるんですよ?」
紗枝「う、ウチ難しい事は分かりまへんなぁ…」
友紀「うわー…嘘ついてる顔だー…」
紗枝「…あの、もしかして相当怒ってはります?」ボソボソ
友紀「…うーん…アタシもよく分からないよ。そもそも何考えてるか分かんないし…」ボソボソ
右京「何か仰いましたか?」
紗枝「い、いえ!」
友紀「なんでもない!」
紗枝「あー…その…」
右京「…」
紗枝「ほ、ほら、ウチ…」
右京「…」
紗枝「…ちょ、ちょ!友紀はん…」グイグイ
友紀「え、え?」
紗枝「頼んますわぁ!ほら、今回の借りはこれでチャラにしたりますから!」ボソボソ
友紀「か、借りって…そもそも、どうしてそんなに右京さんを…」
紗枝「…そりゃ…見てくださいな!」グイッ
友紀「イダイッ!…え、ええ?」
紗枝「あの立ち振る舞い。話し方、歩き方…どれを取っても、正にオトコって感じ、しますやろ?」
友紀「………ええええ……?」
紗枝「ウチ…まさしく、あのお方に…」
友紀「…」
紗枝「…これ以上は言えまへんわ!ライバルの目の前でなんて…」ペシッ
友紀「……まさか、ジジ専…?」
紗枝「年齢なんて関係あらしまへん。良えなあと思った方が良えんどす」
友紀「…だからって、アタシにどうしろって…」
紗枝「…簡単どす。ウチが右京さんにスカウトしてもらえるように話してもらえば…」
友紀「え!?無理無理無理!!あの人を言葉で納得させるとか爪楊枝でホームラン打てって言ってるようなもんだから!!」
紗枝「…そんなぁ…」
右京「終わりましたか?」
紗枝「えうっ!?」
友紀「うわっ!?」
右京「一先ず君は置いといて、姫川君。君にお客さんが来ていますよ?」
友紀「え?」
右京「どうぞ」
「…失礼します…」
「…失礼…します…」
友紀「…ッッ…」
紗枝「?」
右京「…学生時代の、お友達の方だとお聞きしました」
友紀「…どうして…」
「…」
「…」
友紀「…」
「…その…ユッキ…」
友紀「…」
「…その、まさかこんな所で会うなんて、夢にも思わなかった…」
友紀「…アタシも…」
「…えっと…」
「…もう!!いいから!!私が言います!」
友紀「!」
「ユッキ先輩!本当にすいませんでした!!」
友紀「!!………え?」
「私達、あれからずっと後悔してたんです!あんな別れ方して、連絡も取れなくなってて…!」
友紀「…」
「……お、俺も、俺も本当に、ごめんな!!」
友紀「…キャプテン…」
「俺ら、本当はずっと感謝してたんだ。いつも元気に、汗だくになりながら俺らを応援してくれてたお前に…」
友紀「…」
「けど、学生生活最後ってなった瞬間、ついお前に八つ当たりして…なんて器の小ささだって、後悔してた」
友紀「…でも、アタシは…」
「違う!お前は俺達を元気付けようと、無理をして…お前の優しさは、俺達だってよく分かってた筈なのに…!!」
「…キャプテン。大学に行ってもずっと先輩の事探してました。何とかして連絡を取ろうと…」
友紀「…」
「だって、キャプテンは…」
「おい!言うな!」
「ダメ!!今言わなきゃ絶対後悔する!!」
友紀「…え、え?」
「キャプテンは…」
「おい!」
「キャプテンは、ユッキ先輩の事が好きだったんです!」
友紀「…え?」
友紀「…」
「…」
「…」
紗枝「・・・」
右京「…」
友紀「…え、嘘…」
「嘘じゃ…ない…」
友紀「…え?」
「…俺、お前の事が、その…好き、だったんだ…」
友紀「だって、2人は…」
「私達、付き合ってないんですよ」
友紀「…え?」
「今日はサークルの仲間で来ただけです。私とキャプテンが同じ大学に進んで…」
友紀「…」
「…」
「…だから、もう今日を逃したら、一生会えないかもしれないって…」
友紀「…」
「…だから、もし、その…キャプテンの事を…」
「待てよ」
「…え?」
右京「…」
「そ、そんな、いつまでも同じ女を追いかけるなんて女々しい真似、俺がするわけないだろ?」
「え、でも…」
友紀「…」
「…だからさ、お前はアイドル、頑張れよ!今日のお前、めちゃくちゃ良かったからさ!」
友紀「…」
「だから、これからはテレビの向こうから俺らの事応援してくれよ!俺、大学でも野球やってるから!!」
「…」
紗枝「…」
「おい!いつまでもいたら邪魔だから、帰るぞ!余計な事言いやがって…」ポカッ
「痛いっ!!…えっ!?あ、ちょっと!」
「じゃあな!俺らも応援してるから!!」
友紀「あ、うん…」
友紀「…」
右京「…良いんですか?」
友紀「…何が?」
右京「追いかけなくても良いのか、ということです」
友紀「…」
右京「君は、彼に対して…」
友紀「右京さん」
右京「…」
友紀「…あのね。アタシはアイドルだよ?恋愛禁止だよ?」
右京「…」
友紀「そんな…恋だなんて、アタシがするわけないじゃん」
右京「…そうですか」
友紀「…それに、追いかけたら、右京さん困るんじゃないの?」
右京「…君の人生、君が一番良いと思ったことを…」
友紀「なら決まりだね!」
右京「…」
友紀「アタシは、応援大好き、チアガールアイドル…姫川友紀なんだから!!」
右京「…そうですか。君がそれを選ぶのなら、僕も最善を尽くす以外ありませんねぇ」
友紀「うん!」
「いやー、今回は本当にお疲れさんね。でもびっくりしたよ!まさかの隠し球だもん」
紗枝「いややわぁ。照れてしまいますわ」
右京「隠し球ではなく、客席からの乱入です」
紗枝「…堪忍しとくれやす…」
友紀「でも助かったのは本当だよ?」
「そうだねぇ。本当に勧誘しちゃいなよ。才能もあるよ、きっと」
右京「…」
「おーい!!紗枝ちゃーん!!」
友紀「?」
「?…今度は誰?」
紗枝「…」
「紗枝ちゃん!!ああ良かった!ギリギリ間に合ったわ…」
紗枝「…」
友紀「あれ…なんかこの光景…」
「…紗枝ちゃん!!こないだは悪かった!!せやからもういっぺん俺の告白を聞いてくれ!!」
友紀「おっ!!?」
右京「…」
紗枝「…」
「俺、紗枝ちゃんが、この世で一番…!!」
紗枝「お断りします」
「す」
友紀「…」
右京「…」
「…」
紗枝「ウチ、もうアイドルになるって決めたんどすわ。せやから人と付き合うなんて出来まへんわぁ…」ケラケラ
「」
友紀「うっわー…腹黒…」
翌日
友紀「いやー…今回は疲れたねぇ…」
右京「それだけ頑張って働いたという証拠です」
友紀「そ、そう?えへへ…」
右京「君の仕事ぶりも、ちゃんと評価されていたようですからねぇ」スッ
友紀「?あ、これ今日の新聞…アタシが載ってる!!」
右京「ええ。早速オファーが来ているようですよ。事務所から連絡が来ましたからねぇ」
友紀「うぅ…良かったぁ…」
右京「ええ。…しかし」
友紀「…」
紗枝「あ、これウチの事も書いてありますなぁ…」
右京「…」
紗枝「勿論、ウチにもオファーが来とるんちゃいますか?」
右京「来ているにせよ。君はまだ事務所に所属してすらいませんよ?」
紗枝「そんなん、これからどうとでもなります。せやから今は、束の間の休息を…」
右京「…君、親を説得出来たんですか?」
紗枝「これでも、人を説得するんは得意分野なんどすえ」
友紀「うわー…」
右京「…困りましたねぇ」フゥー
紗枝「うふふ。前途多難。これもまた一興…」
友紀「で、でも仲間が増えて良かったじゃん!右京さん!」
右京「今は、そうするとしますかねぇ…」
紗枝「うふふ」
右京「…ああ、それよりも…」ガサガサ
友紀「?」
右京「…これを、君に」
友紀「?…これ、グラス?」
右京「ええ。お酒を嗜む君に丁度良いかと思いまして…」
友紀「…あっ」
…。
友紀『駅で何か買う分にはアリ?』
右京『帰りに買うのでしたら結構です。僕も、そうするつもりですからねぇ』
友紀『え!?右京さんお土産買う人いるの!?…あ、ご、ごめん…』
右京『お気になさらず。しかしこれがいるんですよ…』
…。
友紀「…あ、ありがと…」
右京「ええ。気に入っていただけると嬉しいのですが…」
友紀「う、うん!大事にする!一生使う!」
紗枝「…あらあ?もう酔いが回ったんどすか?友紀はん…顔が真っ赤どすえ?」
友紀「え!?ち、違うよ!!日焼けしただけ!!」
紗枝「…ま、それより…これから先輩として、よろしゅうたのんます。友紀はん」
友紀「え、あ、うん…」
右京「…ンフフ」
友紀「!な、何で笑ってるのー!」
右京「何故でしょうねぇ…」
紗枝「うふふ。ほんま、面白い方やわぁ」
友紀「え!さ、紗枝ちゃんまでー!」
第四話 終
「みんなー!準備できてるー!?」
『『ワアアアアアアア!!!』』
アタシと右京さん。
それにもう一人、紗枝ちゃん。
3人での仕事が、遂に本格的にスタートをきった。
「アタシのサイリウムの色はー!?」
『『オレンジー!!』』
まだ売れっ子アイドルだ、なんてこれっぽっちも言えないけど。
「それじゃーみんなー!いっくよー!!」
『『ワアアアアアアア!!!』』
アタシは、この現状に満足している。
…勿論、目指すところはトップアイドルだけど。
「気持ちいいよねー!?」
『『一等賞ー!!!』』
こんな幸せな日々が、いつまでも続くといいなあ。
※参考動画
http://youtu.be/CTl1BDngldc
右京「とても良かったですよ。君のファンもとても楽しそうでした」
友紀「うん!ねえ次のお仕事は何?」
右京「そうですねぇ…2時から○○ビル内にて雑誌のインタビュー、5時からは○○スタジオで番組の撮影ですかねぇ」
友紀「うん!分かった!」
右京「君、とても楽しそうですねぇ…」
友紀「当たり前だよ!こんな楽しい事無いって!」
右京「そうですか。君が楽しそうで何よりです」
友紀「えー…もっとこう…ないの?一緒に盛り上がるとか…」
紗枝「右京はんがそないな事すると思いますか?」
友紀「だって、いつも何考えてるのか分かんないし…右京さんがこう…めちゃくちゃ楽しい時って、何なの?」
右京「楽しい時、ですか…」
友紀「うん」
右京「僕も毎日が楽しいですよ?」
友紀「えー…本当に?」
右京「ええ。中でも、君達が喜んでいる時が一番ですかねぇ」
友紀「ングッ…!!またそうやって恥ずかしいことをー!」
紗枝「いややわぁ。ウチが喜んどる時が一番だなんて…」
友紀「…アタシも入ってるぞー…」
紗枝「…ほな右京はん。ウチも行ってきますわ。ウチのこと、ちゃんと見といて下さいな?」
右京「ええ。勿論見ていますよ。ですから…」
紗枝「頑張って下さい。もう右京はんが次に何言うかなんて分かっとりますえ?」
右京「それは何よりです」
紗枝「ウチも右京はんのこと、よう見とりますからなぁ…」
友紀「ほーら!早く行かないと遅れちゃうよ!」
紗枝「そんな急かさんと…もしかして友紀はん…」
友紀「ほら早く早く!見ててあげるから!」
紗枝「うふふ…」
今日アタシ達が来たのは、都内にある公会堂。
そこでは新人のデビューシングルを歌わせてもらえるイベントが定期的に行われていた。
これでアタシ達もまた、歌手としてようやく本格的にデビューすることが出来たってことなんだよね。
勿論、ここでのお客さんやスタッフの印象が悪ければ、その後の仕事に響くということもあり、それなりにプレッシャーは感じていた。
でも、アタシや紗枝ちゃんは他の人に比べたら大分幸運なのかもしれない。
右京さんが色んな所に頭を下げに行って、そのおかげでラジオや音楽専門番組で取り上げてもらう事が出来たから。
だから、ちゃんとした前情報があって。
お客さん達も、みんなアタシの特徴とか、曲名とか、知っててくれた。
「…初めて人前で歌った気分はどうでしたか?」
「え?」
「まだ、余韻が残っていらっしゃるようでしたから。少しクールダウンというものをしてみては如何でしょう?」
「あ…」
難しい言い方だけど、一言にするならこうだ。
『はしゃぎ過ぎ』
「…ご、ごめん。あんまり嬉しくて」
「ええ。そのお気持ちは良く分かります。僕としても君の元気な姿を見ることほど助かる事はありませんからねぇ」
ほら。
そうやって、まるで孫でも見るかのような目でアタシを見る。
「おじいちゃんみたいだね。なんか」
「おやおや。…僕ももう、そんな年齢でしたかねぇ」
…でも、その気持ちが、アタシにとっては心地良くなってきているのも確か。
「あ、準備出来たみたい。…あ、あれって…傘?」
「蛇の目傘ですね。舞妓さんが日常生活で愛用している和傘です」
「あー…それで着物…」
右京さんって本当、何でも知ってるんだなあ…。
「でも、本当に似合ってるよね」
「ええ。ちなみにあれらは全て彼女の私物だそうですよ?」
「…えっ!?」
…さすが、京都生まれのアイドル。
※参考動画
http://youtu.be/kpiYajeu7-s
ピンク色のサイリウムが、会場内を照らす。
さっきのアタシとは違って、妖艶な雰囲気を漂わせつつも華やかに踊る紗枝ちゃんが、随分大人びて見える。
…確かに、はしゃぎ過ぎちゃったかなあ。
「…」パシャ
隣で事務的に写真を撮っている右京さんを見ると、改めて自分が舞い上がっていたという気持ちになる。
…それでも。
「…」
アタシ達を撮ったカメラの中の写真を見ている右京さんは、今までにないくらい上機嫌そうに見えた。
「…やっぱり、嬉しいんだ?」
「ええ。仲間がここまで有名になるというのは、こんなにも嬉しいものだったんですねぇ。…改めて思いました」
「…改めて?」
「ええ。…こちらの話ですが」
改めて…。
それって、昔もこんな感じでアイドルをデビューさせてたってことなのかな…。
「…!」
ふと、少し前の早苗さんの言葉が頭をよぎった。
『今度は、大事にしなさいよ?』
…あれ、結局なんだったんだろ。
今になってもよく分かんないし…。
「…」
この右京さんが、アイドルを大事にしないだなんて考えられない。
自分を犠牲にしてでも、アタシを守ろうとしたこの人が、そんな酷い人だなんて。
…無い。
少なくとも、アタシはそんな右京さんは知らない。
今、ここにいる右京さんこそがアタシの知ってる右京さんなんだから。
だから、そんな事知らない。
もし、そういう人間だったとしても、今の右京さんは違う。
だって、ずっと一緒にやってきたんだから。
「…そろそろ準備をしておいた方がよろしいと思いますよ?」
「え?」
「小早川君の曲が終わったらすぐに移動ですからねぇ。準備を早めに済ましておいて損は無い筈です」
「あ、うん!着替えてくるね!」
…ちょっと細かいところはあるけど、ね。
右京さんは、社用車をあんまり使わない。
自分の車の方が乗り心地が良いから、らしい。
「…」
だけど、紗枝ちゃんがウチにやってきて三人組になったから右京さんの二人乗りの車では移動出来なくなった。
そこだけはちょっと不満そうな顔をしてたけど、社用車でも難なく乗りこなしているところを見ると、やっぱりこの人って凄いなあって思う。
…ただ。
「右京さんってさ、壊滅的に白ワゴン似合わないよね…」
「あまり好んで乗る事はありませんねぇ」
「友紀はん、何言うてますの。ウチは右京はんが運転してくれるなら補助輪付きの自転車でも喜んで乗りますえ?」
「そんな右京さん見たらアタシ泣くよ…?」
「僕も、それは勘弁してもらいたいものですねぇ」
「例えどすえ」
別に取り合いになったわけじゃないけど、当たり前のように助手席に乗り込んだ紗枝ちゃんを見てると、本当に右京さんが好きなんだなあって改めて思う。
そりゃ、確かに頼りになるし、色々知ってるけど…。
「…」
バックミラーを見ると、結構シワのある見慣れた顔が映る。
…冷静になって考えると、結構異常だよね。
だって、例えば紗枝ちゃんが26になったら右京さんってもう定年退職してるくらいの…。
…あれ?
「…ねえ、右京さん」
「どうかされましたか?」
「…右京さんってさ、何歳なの?」
「…」
…アタシ、右京さんの年齢も、誕生日も知らない…?
「ウチも気になりますわぁ」
紗枝ちゃんが食い気味に右京さんに詰め寄る。
そういえば、右京さんってアタシに対して一度も自分の個人情報を話したこと、ない…よね。
「…」
アタシ達の質問に、右京さんはただひたすら黙っている。
今更隠すような仲でもないのに。
…っていうか隠すような事でもないのに。
「ほら、右京さんの誕生日とか祝ってあげたいから!」
「そうどすえ。ウチなんてもうそれはそれは盛大に祝いたいと思っとります」
「あとはね、右京さんの好きな物とか…」
「どんな京都の若い女子が好みか…」
「あ!行きたい所とか!」
「ウチは右京はんと一緒なら…」
「ちょっと紗枝ちゃん静かにして」
「あら、いけず…」
「…」
…あれ?
もしかして、話したくないのかな…。
…祝われるのが、嫌い…とかってわけじゃないみたいだけど。
「…」
多分、この質問には一生答えてくれなさそうだなあ。
「…もしかして、こういうの苦手?」
「苦手ではありませんが、特に答える事でもありませんからねぇ」
「えー!?そんなの寂しいじゃん…」
「でしたらこういうのはどうでしょう?」
「?」
「僕と君が初めて出会った日が、誕生日ということで」
「…えええ…そんな拾った犬みたいな…」
「その程度の認識で構わない、ということですよ」
…なんだか、複雑だなあ。
誕生日も、年齢も、家も、過去も、知らないのに、こうやってほぼ毎日顔を合わすのって。
「せやけど、連絡先は教えてくれましたやんか」
「連絡先が分からなければいざという時に困りますからねぇ」
「んー…」
…やっぱり、教えてくれなさそうだなあ。
友紀「…」モグモグ
紗枝「…」ハムハム
右京「すみませんねぇ。先程の渋滞が無ければ、何処かの店に入って少しゆっくりと昼食を取る予定だったんですが」
友紀「ん、でも忙しいって証拠だよ!気にしない気にしない!」
紗枝「ウチ、昼食にコンビニのパンなんて初めてやわぁ…はむっ」
右京「おや。やはり、あまりお気に召しませんでしたか?」
紗枝「いいえぇ。今までこういう時は必ずお弁当を持たされとったんどす。せやから何だか新鮮で…」
友紀「あー…もしかして箱入り娘ってやつ?」
紗枝「…せやなぁ。そうかもしれまへんなぁ」
友紀「あ、ご、ごめん…ちょっと軽い気持ちで…」
紗枝「ええんどす。来る日も来る日も電話がかかってくるさかい、なんて過保護な親なんやろかと思いましてなあ…」
右京「それだけ君を大事にしている証拠ですよ。悪い方向ばかりでなく、良い方向にも目を向けてみるべきです」
紗枝「…それでも、実家での暮らしはほんまに息が詰まりそうでしたわ」
友紀「…よく説得出来たね。アイドルになるって…」
紗枝「うふふ。それはまあ、簡単でしたわ」
友紀「え?」
紗枝「ウチ、ほんまは説得なんてしてまへんの」
友紀「…な、何をしたの?」
紗枝「父親の不貞をちょこっとネタに使うただけですわ」
友紀「うわー…腹黒…」
紗枝「不貞をやらかすあの人が悪いんどす。浮気する男は女の敵やさかい…」
右京「君、意外と探偵向きかもしれませんねぇ」
紗枝「ほな一緒にどうどすか?トップアイドルになった後は2人でゆっくりと…」
右京「…約束は出来ませんねぇ」
紗枝「あら…冷たいお返し…」
右京「君がそうなっている時は、僕はもう動けなくなっているかもしれませんから」
友紀「ブフッ」
紗枝「そんなんウチが何でもしますさかい。気にせんといて下さいな」
右京「君が気にしなくても、僕が気にするんですよ」
友紀「…でもさ、現実問題右京さんって結構ムリしてない?」
右京「ムリ、というのは君達も変わりませんよ」
友紀「でも、アタシ達は…何と言うか…」
右京「お心遣い、どうもありがとう」
友紀「…何かごめん」
右京「しかし君達にムリをさせているのは間違いないんですよ」
紗枝「ウチらが?」
右京「ええ。あれ程の大人数やカメラの前で何かをするというのはかなりのプレッシャーがあるというものです」
友紀「確かに今はまだちょっと緊張したりするけど、でもやってけば楽しみも分かるんでしょ?」
右京「おやおや…」
友紀「右京さんがそう言ってくれたからさ。だからとにかくやり続けることにしたんだ。そしたらきっとそのうち慣れてくはずだし」
右京「そうですか…でしたら、次のお仕事のような時も、慣れていっていただけたら幸いです」
友紀「?」
紗枝「次は…雑誌のインタビューどすなぁ」
友紀「アタシで、紗枝ちゃんで…」
右京「ええ。それと対談もあるんですよ」
友紀「対談?アタシと紗枝ちゃんの?」
右京「いえ」
友紀「…?」
『さて、今回先輩アイドルと、新人アイドル。お互いがお互いをどう思っているのかを率直に聞かせていただきたいのですが…』
瑞樹「そうですねぇ…まだまだ出てきたばかりとはいえ、色んな所に引っ張りだこで、瑞樹も負けてられない!って思っちゃいますね!」
『姫川さんと、小早川さんは?』
友紀「え!?えー…」
紗枝「そう…どすなぁ…」
『川島さんという同じ事務所の先輩アイドルに対し、どのような思いを持ってらっしゃいますか?』
友紀「そ、それは勿論、尊敬してます!はい!」
紗枝「ウチも川島はんのようにハキハキと喋る余裕が欲しいどすわぁ」
瑞樹「あらまぁ…瑞樹照れちゃう!」
友紀「は、ははは…」
紗枝「うふふ…」
友紀「(慣れてくって、こういうアレ…?)」
とにかく驚いた。
車を出る瞬間、ああ。と言い忘れていたかのように告げられた対談の相手。
その人は、同じ事務所の先輩、川島瑞樹さん。
早苗さんと同時期にデビューして、メキメキと頭角を現している実力派アイドル。
「何かのサプライズでも狙ってたのか知らないけど、そんなサプライズ、嬉しくないよ…」
「おやおや。いつ何時も真剣に取り組むべきだとも言ったはずですよ?」
「えー…」
「その、川島はんって方はお優しい方なんどすか?」
「分かりませんねぇ。一緒にお仕事をしたことがないものですから」
瑞樹さんがどういう人なのか。
怖い人なのか、優しい人なのか。
早苗さんみたいに豪快な人なのか、右京さんみたいに細かい人なのか。
どういう人かは分からないけど。
…その答えは、割とすぐに分かった。
「あら心外ですね。顔くらいなら何度も合わせてるじゃないですか」
「はいぃ?」
「あっ!……は、初めまして!姫川友紀です!」
「こ、小早川紗枝どす」
「川島瑞樹です。ちゃんと教育出来てるみたいですね。杉下係長?」
「そうですねぇ…恐らく彼女らの順応が早いのでしょう」
「あらあら…相変わらず謙虚なんですから」
…この人が、川島瑞樹さん…。
まさか、現場に一人で来るなんて。
…あ、そういえば早苗さんも一人で来てたっけ…?
「まだ新人ということで至らない点もあるかもしれませんが、どうかこの2人をよろしくお願いします」
「そんな…上司がそんな簡単に頭を下げたらダメですよ?」
「今日は、お世話になる立場ですから。そこに上司も部下もありません」
…でもなんだろう。
この人は、早苗さんに比べて、凄い柔らかい接し方だなぁ。
「ではこちらからもよろしくお願いします」
「ええ。今後とも…」
早苗さん…個人的に何かされたのかな…?
『先輩として、何か伝えておきたいことなどはありますか?』
瑞樹「そうですねぇ…やっぱり、若さはいつまでも持ってて欲しいということですね!」
友紀「若さ…」
『若さ、ですか?』
瑞樹「ええ。それは肌とか、顔とか、身体とか。色々あるかもしれませんけど、一番は気持ち!若いウチはとかじゃなくて、いつまでも若い気持ちでいること!…それが大事なのよ?」
紗枝「勿論川島はんも、若い気持ちで?」
瑞樹「そうね。学ぶ事は常にあるから。だからいつまでも初心を忘れずに、常に一年生という気持ちでいたいのよ」
友紀「へー…立派だなあ…」
瑞樹「そう思うなら、貴方もそうならなくちゃダメよ?」
友紀「あ、は、はいっ!」
『…では、今の川島さんの意見も踏まえた上で何か質問したいことなどはありますか?』
友紀「質問したいこと…?」
瑞樹「何でも良いわよ?答えられる範囲なら…」
友紀「答えられる範囲…あ!」
瑞樹「何かしら?」
友紀「…えーと…でも、ここだと聞けない…かも…?」
瑞樹「あら、もう伝説を作る気?」
友紀「い、いえ!そういうアレじゃなくてですね!」
紗枝「…そうどすなぁ…ほな、同期の片桐はんについては…」
瑞樹「あ、早苗ちゃん?」
紗枝「ええ。やっぱり親しいんどすか?」
瑞樹「そうねぇ…最近になって、割と話すようにはなったわね…」
友紀「え?同期なのに?」
瑞樹「ええ。つい最近。2人で特番やって、その収録の前に一回お酒を飲み交わしたことが交流の始まりね」
紗枝「大人の方々はやっぱりお酒なんどすなぁ…うふふ」
瑞樹「まあ、そこで大喧嘩したのだけれど…」
友紀「えっ?」
瑞樹「私達、喧嘩から始まったのよ?」
紗枝「…ほー…」
瑞樹「…ま、そこからは普通に仲良くなったけどね」
友紀「なんか、漫画みたいですね」
瑞樹「そうねぇ…確かにそうかも。…ふふっ。変なの…」
瑞樹さんと話して1時間程。
その時間は割とすぐにやってきて、アタシ達の今日2本目の仕事が終わった。
瑞樹さんは意外とあっけらかんとしていて、アタシ達の質問にもポンポンと答えていってくれた。
…元アナウンサーともいうこともあり、結構厳しい事を言われるかと思ったけど、違うんだなあ…。
全く…右京さんめ。
「…全部分かってて言わなかったんだね?」
「はて、どういうことですかねぇ…」
「あー!ごましてるー!」
「ンフフ…」
けど初めて知ったことがもう一つあった。
この人、見た目に反して結構お茶目なところもあるんだ。
…仲良くなれた証拠なのかな。
だとしたら、なんか嬉しく感じる。
「…まだ時間には余裕があるようです。10分程ここで休憩するとしましょう」バッ
「あ、うん!じゃあちょっとトイレ行ってくるねー!」
「あらまぁ…女子がトイレだなんて、はしたないどすえ」
「あはは。ごめんごめん!ちょっと待っててねー!」
…。
友紀「…次は番組撮影かー…」ジャー
瑞樹「緊張するかしら?」
友紀「緊張、しますね…」
瑞樹「変に力み過ぎちゃダメよ。ロクな事にならないから」
友紀「あはは。右京さんにも言われました…はしゃぎ過ぎるなよって」
瑞樹「誰でも言うわよ。こういうのは適度に力を抜くって事も覚えなきゃ」
友紀「は、はい…」
瑞樹「…」
友紀「…」
瑞樹「…で?」
友紀「え?」
瑞樹「聞きたいことって、何かしら?」
友紀「え…」
瑞樹「あるんでしょう?聞きたいこと」
友紀「…」
瑞樹「まあ、何が聞きたいかなんて分かってるけれど」
友紀「…えっと」
瑞樹「右京さんの、過去の話よね?」
友紀「…」
瑞樹「…違うかしら?」
友紀「…いえ、その事です」
瑞樹「前に早苗ちゃんと仕事したって聞いたけれど、その時は聞かなかったのかしら?」
友紀「…んー…アタシが結局途中で聞くのやめちゃったというか…」
瑞樹「あら、そんな嫌がるようななこと言ってたの?」
友紀「…その…」
…。
瑞樹「ふーん…そんなこと言ってたのね?…あの子らしいわ」
友紀「はい…何だか右京さんを煙たがってるみたいで…全員ってわけじゃないんですけど…」
瑞樹「そうね…総務部の米沢さん、今西部長………辺りかしら」
友紀「…あんな優秀なのに」
瑞樹「そうね。杉下係長は本当に優秀よ。…本当に」
友紀「なら、どうして…」
瑞樹「だからこそよ」
友紀「…だからこそ?」
瑞樹「ええ。優秀だからこそ」
友紀「それの何処が…」
瑞樹「優秀だから、色んなところに目がいくの」
友紀「…?」
瑞樹「それこそ、決して目をつけてはいけないものにも…」
友紀「…どういう…」
瑞樹「杉下係長はね、罪といつものは見逃せない主義なのよ」
友紀「…」
瑞樹「それが例え、自分の上司の不正であったとしても」
友紀「…まさか…」
瑞樹「…そういうことよ」
友紀「…」
瑞樹「彼のプロジェクトは解体。アイドルも他の事務所へ移籍。そして彼自身は…」
友紀「…あの…狭い部屋に…?」
瑞樹「ええ。けど安心したわ。今度はちゃんと上手くやっているようだから」
友紀「…でも、だからって…あんなに煙たがらなくても…」
瑞樹「…実はね」
友紀「…?」
瑞樹「彼、オーディションとか開かないでしょ?」
友紀「…そういえば…」
瑞樹「…見抜いちゃうのよ。嘘とか、本当の性格とか」
友紀「…落とすってことですか?」
瑞樹「ええ。それも数十人単位で」
友紀「え!?そんなに!?」
瑞樹「それはもう、みんな喚いて、泣いて帰ったって聞いているわ」
友紀「…えええ…?」
瑞樹「それに、彼といて思わない?ちょっと頭が良過ぎって」
友紀「…まあ、はい」
瑞樹「例えば台本一つにしても、アイドルが苦労して、数日かけてまで覚えたものを1、2分。たった一度の流し読みで覚えちゃうのよ?」
友紀「…確かに、そうですね…」
瑞樹「…オーディションで見事合格したアイドルもたまたま彼の下に入った社員も彼のそういう能力に圧倒されてね。どんどん自信を失くしていって、辞めていっちゃうのよ」
友紀「アタシはそんなこと…」
瑞樹「…まあ、貴方はね…そういうの全く感じなさそうだし…」
友紀「あ、今バカにしましたねー…」
瑞樹「ごめんごめん。…ま、そういう悪い偶然が重なってね。ついたあだ名があるのよ」
友紀「…右京さんに?」
瑞樹「ええ」
友紀「…ちなみに、何ですか?」
瑞樹「…人材の墓場」
友紀「…ッッ!!」
瑞樹「酷いあだ名でしょ?」
友紀「そんな…酷過ぎですよ!悪いのは右京さんじゃないでしょ!?」
瑞樹「ええ。でも内情を知らない人はただの変わり者としてしか見ていないのよ」
友紀「そんなっ…じゃあ、なんで早苗さんは…」
瑞樹「あの子、不器用だからね…けど嫌ってるわけじゃないのよ?」
友紀「…」
瑞樹「あの子なりに気を遣ってるのよ。これ以上余計なことをするなって」
友紀「…早苗さんが…」
瑞樹「…杉下係長だけの問題じゃないものね」
友紀「…でも、それならどうして右京さんの無実を…」
瑞樹「…私やあの子が言ったところで、変わりはしないわ。それに常に目を光らせてるみたいだからね」
友紀「…」
瑞樹「さっきのスタッフの中に、女性カメラマンがいたでしょ?」
友紀「は、はい…」
瑞樹「あれはね、役員の息のかかった監視役よ。もう何度も見てるからいい加減覚えたわ」
友紀「え…」
瑞樹「だから私も早苗ちゃんも大仰な事は出来ないの。こうやってトイレの片隅で話したり、言葉を濁して伝えることしか…」
友紀「…」
瑞樹「だからこそ、貴方達には彼の力になって欲しいのよ。あの人のお目にかかった貴方達に」
友紀「…」
瑞樹「貴方達の笑顔が、どれだけ杉下係長の心の支えになっているか、よく考えて」
友紀「…」
瑞樹「…そして、もう一つ」
友紀「…」
瑞樹「彼はまた再び同じ事をやるかもしれないわ」
友紀「…」
瑞樹「だからお願い。そうなる前に彼を止めて」
友紀「…瑞樹さん…」
瑞樹「杉下右京の正義は、時に暴走してしまうから」
友紀「…」
瑞樹「だから、止めてあげて。…相棒として」
友紀「…」
瑞樹「分かった?」
友紀「…はい」
「お待たせー!ごめんね!ちょっと瑞樹さんと話しちゃってて…」
「おやおや。確かに忙しい先輩とお話しする機会はそうありませんからねぇ」
「あんまり遅いとウチと右京はんで行ってしまいますえ?」
「あはは。ゴメンゴメン」
…。
初めて知った、右京さんの話。
やっぱり右京さんは悪い人じゃなかった、という思い。
…でも、決して良い人だけってわけでもないという思い。
「…」
時に右京さんの正義感は暴走し、自分以外も巻き込んでしまう。
完璧な人間なんて、いやしない。
右京さんにもまた、人間らしい部分があった。
…聞いたのはアタシ。
ただの自業自得。
それは勿論分かってる。
だけど、今では聞くんじゃなかったという思いが頭の中を占めている。
「…」
尊敬すらしている人の、危険な部分。
「どうかされましたか?」
「え!?い、いや、なんでもないよ…」
「そうですか。では参りましょう」
「う、うん…」
右京さんに嘘は通じない。
それは、もう分かってる。
だから今もきっと、アタシに何かしらあったということはバレてる。
「…」
ただ単にアタシが嘘を言うのが下手なだけということもあるけど。
「姫川君。早く乗って下さい」
「あ、うん…」
右京さんは、あえてそれを聞こうとはしない。
「…ほんで?」バタン
「え?」
「…瑞樹はんに、何言われたんどすか?」
「…な、何も…」
「…いじめられたんどすか?」
「そ、そんなことないよ!凄く優しい人だったよ!」
「…そうどすか。まあ、それはホンマみたいどすなぁ…」
聞いてくるのは、紗枝ちゃんだけ。
…紗枝ちゃん。腹黒な割にはアタシの事それなりに気遣ってくれてるんだなあ。
「…」
相変わらず運転席で無表情のまま車を走らせる右京さんに目をやる。
「…」
もしもこの人が、また会社を敵に回したとして。
「…」
…アタシは、止めることが出来るのかな…。
紗枝ちゃんなら、止められるのかな…。
「右京はん。ウチ、女子寮で早速友達が出来たんどすえ?」
「それは喜ばしいことです。大事にしてください」
…止めるどころか、着いていきそう…。
「…」
窓から外を眺めると、生憎の曇り空。
今のアタシの心中を物語っているかのような、そんなイメージ。
「…」
人材の墓場、杉下右京。
アタシがいるここは、果たして墓場なのか、それとも光差す花道なのか。
もし前者なら、アタシはどうするのか。
墓場から抜け出そうともがくのか。
はたまた毒を食らわば皿まで、なのか。
「…」
たまらず頭をガリガリと掻く。
その動作を訝しげに見つめる紗枝ちゃんと、何を考えているのか分からないウチさんと目が合う。
アタシには出来ない。
この2人を足場にするなんて。
…でも、一緒に引き摺り込まれる気はない。
…だから、止めなきゃ。
もし、右京さんがそうなったなら。
「…」
…。
……。
……この人を…どうやって?
第五話 終
とりあえず幸子Pさんごめんなさい
春。
桜が咲いて、花見シーズンも訪れた。
しばらく見なかった虫も目覚め、陽気な日が続いている。
「…」
…はずなのに。
「…あー…寒い…」
朝のニュースを見ると、今日の最低気温は2℃。
放射冷却で寒い朝方は越えたからそこまではないだろうけど、まだ朝早いし、気温は多分5℃くらいなんじゃないかと思う。
「…こんなんじゃ、咲いたもんも閉じちゃうよ…」
ただでさえ寒いのが苦手なアタシにとっては、かなり嫌な温度。
早く事務所に行って、暖房の効いた部屋で休みたい。
「…」
右京さんの部屋は、狭いし、ロッカーも無いしで不便だけど、狭いからこそすぐに暖房が効く。
そこだけが唯一の利点ともいえる。
それに右京さんはアタシ達よりもかなり早く来てる様子で、入ったら既に暖房が入ってる状態だし。
…ん?
「…ちゃんと、家に帰ってるよね?」
…うん。
まあ、それは無いか。
普通に帰ってるし…。
「…」
アタシ達の一日の始まり。
一番乗りで右京さんがやってきて、エアコンのスイッチを入れて紅茶の準備をする。
その30分後くらいにアタシが来て、もう10分後に紗枝ちゃんが来る。
そして入口の横に設置してあるタイムカード代わりの木札を表にして、そこから一日が始まる。
紗枝ちゃんは平日なら学校に行って、その他の日はレッスンに。
アタシはまあ、大体レッスン…。
「…」
…でもあの木札、右京さんが自分で作ったって言ってたから驚いたなあ。
…紗枝ちゃんのは、お手製だったけど。
…。
『あ、紗枝ちゃんそれどうしたの?』
『ウチも作ってたんどす。どうどすか?』
『はー…達筆だなあ…』
『書道は日本女子の嗜み…友紀はんもやってみたらどうどす?』
『えー…苦手だなあ、そういうの…』
『…』ヒョイ
『?』
『…そうですか…』ガリガリ
『あら?右京はん…気に入りまへんでしたか…?』
『気に入らないというよりは、気になりますねぇ…縦が5mm、横が3mm大きいです』ガリガリ
『まあ、そんなに!』
『…えええ…そのくらい良いじゃん…』
『どうにもこういうのは気になって…仕方ありません』ガリガリ
…。
あの性格は、絶対直らないんだろうなあ。
「細かい事が気になるのが、僕の悪い、癖…なんちゃって……ん?」
…正門で、警備員のお爺さんと誰かが言い合いしてる…。
「いやだからね?関係者以外は…」
「何を言ってるんですか!ボクはスカウトされたんですよ!」
「いや…ならさ、名刺とか…」
「うぐっ…め、名刺は失くしました!」
「…じゃあ、ダメかなあ…」
「何故ですか!」
「…うーん…」
…あの子、何処かで見覚えがあるなあ。
薄紫の、横がハネた髪の毛に、中学くらいの姿。
「…あ!」
「いやー…助かりました!感謝してあげますよ!」
「あ、あはは…」
アタシの知ってる範囲の事を警備員さんに話すと、意外とすんなり通してくれた。
勿論、聞いたらマズそうな話は言わずに。
…でも、こんな簡単にアタシの頼み聞いてくれるってことは、それだけ、アタシは顔馴染みになったってことなのかな…。
だけど、正門を抜け、エレベーターに乗るまでの間だけでもこの子はとにかく喋る。
アタシもお喋りな方だけど、この子は、ちょっと違う気がする。
だって、アタシが初めて見たこの子は…。
「全く、ボクの可愛さを見ればアイドルだとすぐに感づく筈でしょう!そう思いませんか?」
「いや…許可無しで入れるとあの人が怒られるから…」
…こんな感じではなかった。
アタシの知ってるこの子は、もっと。
…いや。
そういえば、静かになってたのは親の前だけだったっけ?
一人でいた時は、凄く楽しそうで、こんな感じだった。
「…」
『あの子、親に飼われてるわね』
早苗さんが言ったあの言葉。
それがどういう意味なのか、流石にアタシでも理解出来る。
だけど、そうしたら疑問は残る。
それを言ったのは右京さんだけど…。
「…」
どうしてそれ程大事にしている子を、あんな所に連れていったのか。
…分かんないや。
「ここの階ですね!ここにボクが来てあげる事務所があるんですね!」
「うん。きっとすぐ馴染めるよ」
「当たり前です!ボクの可愛さでメロメロにしてあげますよ!…で?」
「ん?」
「何処に行くんですか?そっちはトイレですよ?」
「…あー…トイレの、もっと向こう…」
「え?あそこは物置部屋でしょう?倉庫って書いてありますよ!」
「……ま、とりあえず来て」
「?」
「…」
「…あ、あの…ちゃ、ちゃんと部屋はあるんですよね…?」
「あるよ。…ちょっと狭いけど…」
「狭い?…まあ狭いというのは我慢出来なくはないですが。倉庫の近くというのは……え、ここッッ!!?」
友紀「そうだよ。ここ」
「ここって…倉庫…」
友紀「ううん。見なよ、ここ」
「プロジェクト(仮)…室長、杉下右京…」
友紀「ここが、アタシ達のお城!慣れたら良いとこだよ!」
「…あの…あの人って、係長…なんですよね?」
友紀「ん…うん…」
「係長の部屋が、倉庫ですか?」
友紀「…うん」
「そしてトイレの近くですか?」
友紀「うん…良いでしょ?」
「そこだけでしょ!!しかも大して羨ましくない!!」
友紀「まあ、住めば都だから…話だけでも聞いてってよ」グイグイ
「あ、ちょ!押さないで!まだ入るとは…!」
友紀「右京さーん!紗枝ちゃーん!新しいメンバーだよー!」ガチャ
「あっ…」
右京「…」
紗枝「…」
「…あ、あはは…」
友紀「これからこっちでやってみたいって!」
右京「おやおや。貴方でしたか。お待ちしておりましたよ?」
紗枝「?…この方、どなたどすか?」
右京「説明すれば長くなります」
紗枝「一言でどうぞ?」
右京「僕がスカウトしたんですよ」
紗枝「まあ…こないちっこい子を…」
「ち、ちっこくないです!!ボクはこれでも中学生ですよ!!」
紗枝「そうどすか?それはそれは…」ケラケラ
「ぬぐっ……初対面の人になんて失礼な…!!」
友紀「あー…とりあえずさ、自己紹介とか…ね?」
「あ…ええ!いいでしょう!可愛い可愛いボクの名前、今ここで発表してあげますよ!!…ゴホン!」
右京「おやおや。気になりますねぇ」
紗枝「こないな所で大声出さんといてくださいな。響いてしゃあないんどす」
幸子「輿水幸子!!それが可愛いボクの、可愛い名前ですよ!」
右京「杉下右京と申します。こちらの着物の女性は小早川紗枝さん。そちらの貴方を連れてきた方は…」
幸子「姫川友紀さんですよね!先程教えてもらいましたから!」
右京「そうでしたか。ではまず、貴方に色々お話を伺いたいもので…」
幸子「む…何でしょう?」
右京「ええ。色々と…」
幸子「む…」
輿水幸子、14歳。
何だか気圧されるような話し方だけど、何処か遠慮がちな雰囲気があるような、そんな気がする。
「…私立○○学校…」
「あれ?その学校名って何処かで聞いたことある…」
「ええ。都内にある中・高・大学とエスカレーター式になっている学校ですねぇ」
「え!あそこって…超エリート校じゃないの!?」
「フフーン!ボクは頭脳も完璧ですからね!」
あー…そういえば早苗さんも右京さんも絶対頭良いって言ってたなあ…。
「せやけどそない頭の良え学校の方がようこないなお仕事する気になりましたなぁ」
「完璧なボクはこの程度の事、造作もありませんよ!」
…確かに、エリート学校の人って聞くと、常に勉強勉強みたいな感じがするなあ。
…意外とそうでもないのかな?
「そしてボクを完璧なまでのアイドルにする、杉下さん!」
「完璧かどうかは別として、どうかされましたか?」
「まずこの部屋はなんですか!一人一つ物を置くスペースは用意して下さい!ギュウギュウ詰めじゃないですか!!」
「本来は倉庫ですからねぇ。2人もいれば満員だったんですが…」
「ならばスペースの広い場所を確保するべきです!係長ともあればもう少し広い…場所を…」
「…」
「あー…幸子ちゃん。あのね?」
「…いえ、まあこの部屋でもやりようはありますからね!許してあげましょう!」
「え?」
「…さ、ボクに聞きたいことがまだまだあるんでしょう!どうぞ聞いてください!」
「…」
…まるでアタシの言葉を遮るように被せてきた。
…きっと気づいたんだ。
隔離された狭い部屋。
直されない部屋の名前。
与えられたそれなりの役職。
アタシが数日かかってようやく理解した事を、この数分で。
そしてそれに関して何も言わない。
それは取るに足らないことだという優しさなのか、ただの現実逃避なのか。
…この時のアタシには、まだ分からなかった。
右京「成る程。貴方がとても聡明な方だということがよく分かりました」
幸子「そうでしょうそうでしょう!もっと褒めて下さい!」
右京「僕としては今すぐにでも貴方を採用したいところなんですがねぇ…」
幸子「どうしました?」
右京「ええ。未成年者を採用するには、親御さんの許可が必要なんですよ」
幸子「…」
右京「ですので、親御さんの許可を頂ければと思いまして…」
幸子「…そ、それって…どうしても必要ですか…?」
右京「ええ。これはルールですので。…勿論父親母親、どちらでも構いませんので」
幸子「…」
右京「いつでも構いません。僕はいつまでも待っていますので」
幸子「…は、はい…」
友紀「…」
紗枝「…」
右京「…」
幸子「…分かり…ました…」
右京「…それでは、お待ちしております」
幸子「はい…」
紗枝「さっきのお方、親御さんの話題になった途端静かー…になりましたなぁ」
右京「君のように親御さんを手玉に取ることが出来る方もいれば、そうでもない方もいるということです」
紗枝「…エリートにはエリートなりの悩みがある言うことどすか?」
右京「ええ。そういうことです」
友紀「…」
右京「…携帯電話の電源を、切っていた可能性があります」
友紀「え?」
右京「腕時計はしていませんでした。そしてここの部屋の時計はあの棚に置いてある小さい電波時計のみです」
友紀「ん…まあ。確かに見にくいけど…」
右京「ええ、見にくいんですよ。その上彼女が座っていた位置からは死角と言ってもいい程見えない…。しかし彼女はその見にくい時計を目を凝らしてまで見ていた。携帯電話を見れば済む話なんですがねぇ」
紗枝「…そういえば、あのお方、右京はんの腕時計をやけにチラチラ見てましたなぁ…」
右京「ええ。それほど時間を気にするのならば尚更、携帯電話を見ればいいだけの話なんですよ」
友紀「…持ってないとか?」
右京「あれくらいの年齢の方なら持っておいておかしくはありません。その上彼女はエリートとも呼ばれる学校の生徒。連絡手段の一つとして持っていても不思議ではない…」
友紀「…時間を気にしてるけど、携帯は見ない…?」
紗枝「…?」
右京「分かりませんか?」
友紀「…うーん…」
早苗「考えられるのは、塾…もしくは習い事をサボってまで来た…」
紗枝「!」
友紀「うわビックリしたぁ!!」
早苗「暇?」
友紀「暇?じゃないですよ。どうしたんですかいきなり…」
早苗「だって見覚えのある子がいたんだもん。気になってしょーがないわ」
紗枝「…片桐はんどすか?」
早苗「そうよ。瑞樹ちゃんが余計な事言いまくった早苗ちゃんよ」
友紀「…あの雑誌見てたんですね…」
早苗「…で?アタシの推測は正解?」
右京「正解かどうかは分かりませんが、僕と同じ考えですね」
早苗「そ」
紗枝「…つまりは、お嬢様校やから習い事していてもおかしない…。それをサボってここにやって来た、と…」
右京「そんなところでしょうかねぇ」
友紀「…え…だったら結構ヤバいんじゃ…」
早苗「そうね。今頃サボった理由考えてるわよ。あの親からバンバン電話かかってきてただろうし…」
友紀「あー…だから電源切ってた…」
早苗「…にしてもよ。今度は何やらかすつもり?」
右京「はいぃ?」
早苗「杉下係長はね、何でもかんでも首突っ込み過ぎなのよ。絶対苦情来るわよ」
右京「おやおや…僕はまだ何かをするとは言ってませんよ?」
早苗「未来が見えてんのよ。何の理由も無しにあんな事しないでしょ」
紗枝「あのー…何があったかは置いといて…背景が…」
友紀「え?…あー…」
早苗「…」
幸子「…」
幸子「…」カチ
幸子「…!」
『着信 塾 3件』
『着信 母 24件』
『メール 母 37件』
幸子「…」ガタガタ
『♪』
幸子「ひっ………も、もしもし…」ピ
『幸子!!貴方今何処にいるの!!?』
幸子「あ、あの…ちょっと…お腹が痛くて…」
『だからってどうして電話に出ないの!!お母さん先生から連絡が来てビックリしたのよ!!?』
幸子「は、はい…すいません…」
『今すぐ先生の所に行って謝ってきなさい!!今日は塾で出来なかった分家庭教師にやっていただきますからね!!』
幸子「…はい…」
『そういえば…貴方まさか…アイドルになろうだなんて思って…346プロダクションに行ったんじゃないでしょうね…?』
幸子「い、いえ…」
『そうよね。あんな危ない仕事、貴方には相応しくないから』
幸子「…」
『聞いてるの!?』
幸子「は、はいっ!」
『貴方はちゃんと勉強して、一流企業に勤めて、エリートとしての人生を歩んで…』
幸子「…はい…」
紗枝「…そうどすか」
友紀「まあ、何というか…アタシらには分からない悩みだよね」
紗枝「ウチも習い事はぎょうさんやっとりましたが、そない強制された覚えもありまへんなぁ…」
早苗「行き過ぎた教育。…ほら、たまにあるじゃない。頭の良い筈だった子がドローン飛ばすとか…」
友紀「あー…」
早苗「やり過ぎは良くないのよ。やらせなさ過ぎも良くないけど」
友紀「なんでアタシ見て言うんですか…」
紗枝「…ほんで?右京はんはあの方をここに入れるつもりどすか?」
右京「出来ることなら…」
紗枝「ウチは反対どすなぁ」
友紀「!」
早苗「…」
右京「…と、言いますと?」
紗枝「実の親も納得させられへんような方が他人を納得させられるとは到底思えまへん」
右京「…」
紗枝「それにあの態度。ただ強がってる風にしか見えまへん。そんなメッキ…すぐ剥がれますえ?」
右京「僕は何も、彼女をそのままアイドルにするとは言っていませんよ?」
紗枝「…?」
早苗「…まさか…」
右京「…いずれ、彼女の親にも会うことになるでしょうから」
早苗「…ハァ…」
友紀「…でもさ、右京さん」
右京「どうしましたか?」
友紀「あの子って、頭良いんでしょ?未成年なら親の許可がいるって分かってる筈じゃ…」
早苗「…分からない?」
友紀「え?」
早苗「…助けを求めてんのよ。誰でもいいから」
紗枝「助け、言うよりは…安らぎ…そんなところかもしれまへんなぁ」
右京「その言い方の方が、正しいかもしれませんねぇ」
早苗「…いずれにしても、あの子にとってアイドル云々はどうでもいいのよ。虐待されてるとかなら児童相談所とかに行くかもしれないけど、そうでもないみたいだし」
友紀「…藁にもすがる思いって事ですか?」
早苗「…ま、そんなところね…」
友紀「…」
紗枝「…」
右京「…」
早苗「…で、よ」
右京「はいぃ?」
早苗「トボけんじゃないわよ。杉下係長も見たでしょ?あの母親がはいそうですか分かりましたで済ませる人に見える?」
右京「見えませんねぇ」
早苗「アタシらは警察でも公的機関の人間でもないのよ。普通の…まあ普通じゃないけど、会社の、社員と、タレント」
紗枝「…」
早苗「そんな人間が何の関係もない人に出来ることなんて何も無いのよ。そもそもあの子に実害でも出てんの?」
友紀「…むしろ、アタシらのが有害なんじゃ…」
早苗「そう。世間一般で見ればアタシらのがよっぽど有害。こんな人生棒に振るかもしれない職業なんてそうそうやらせるわけにはいかないのよ」
紗枝「そうどすなぁ…」
右京「…そうですねぇ」
早苗「…でもまあ、その救いたいって優しさは認めてあげたいけどね…」
右京「お心遣いどうもありがとう。…」
友紀「…どしたの?何か納得いってないって顔だけど…」
右京「…ええ。親を恐れてる。果たしてそれだけが塾を無断で休んだ理由になるのか…」
早苗「…行きたくない理由が、他にもあるってこと?」
右京「ええ。僕はそう考えています」
紗枝「…はい!この話はここでやめまひょ!」パン
早苗「…」
紗枝「推測するんはええと思います。せやけどもうすぐお仕事の時間どすえ?」
友紀「…あ」
右京「…そのようですねぇ」バッ
友紀「ん…まあ、じゃあ、行こっか。早苗さん。…えっと、何か…ありがとう…ございました…?」
早苗「何もしてないし変な気ィ使ってんじゃないわよ」
「…」
あの時、右京さんが考えてた事って、何だろう。
幸子ちゃんが塾に行かなかった理由。
親だけじゃなくて、他にもいる。
「…」
アタシとは180°違う人生を歩んでいるあの子。
あの子にしか分からない悩み。
「…」
でも、右京さんは見破ってるのかもしれない。
「…」
ただ、それをこの人が教えてくれるだろうか。
…聞いたら、教えてくれるのかな。
「…」
…でも、聞いてどうするの?
聞いたら、アタシは何とかしようとするの?
自分の人生すらまだ上手くやっていないアタシが、他の人をどうにか出来るの?
「…難しいなあ」
「どうされたんどすか?」
「ん…なんでもない」
紗枝ちゃんから逃げるように窓に顔をやる。
こういう時、アタシはすぐ顔に出るから。
…だからかな。
「…!!?」
この時、アタシは決して見てはいけないものを見てしまった。
「右京さん!!止めて!!」
それと同時に、本能的にアタシの口は動いた。
「…!」
アタシの言葉を聞いた瞬間、右京さんは急ブレーキをかけた。
…後ろの車に野次を飛ばされていたけど。
「…!」ガチャッ
この時のアタシは、無我夢中だった。
シートベルトを強引に外し、ドアを開け、「そこ」に向かって一直線に走っていった。
「何してるの!!やめなさい!!」
「!」
「…逃げるよ!」
これが全く知らない赤の他人だったら、まだ余裕があっただろうけど。
「そこ」にいたのが赤の他人じゃなかったからか、アタシには逃げる彼女達を追いかける余裕は無かった。
だって、あの子達が寄ってたかっていじめてたのは…。
「さ、幸子ちゃん!大丈夫!?」
…他ならない、さっきまで元気に自分と話してた幸子ちゃんだったから。
「…」
急いで時間を確認する。
…正直、そんなに余裕は無い。
だけど、この子を一人にしておく事も出来ない。
「幸子ちゃん!」
怪我をしている様子は無い。
けど、彼女の目は虚ろで、アタシの問いかけには返事をしない。
これだ。
これが、右京さんの恐れていたことだったんだ。
この子が塾をサボった理由。
親への恐怖。
そして、同じ塾生からの、陰湿ないじめ。
「輿水さん!返事をして下さい!輿水さん!」
「…う、右京さん…」
そして、これまで見たことのない程焦っている右京さん。
彼女がどれ程マズい状態なのか、それだけで理解出来る。
「…あ…は、はい。わ、私…でも、お金、ありません…」
「…!?」
「…輿水さん!!」
「…!は、はい!?…あ、杉下さん…」
…この時のアタシ達の顔は、どれだけ酷かったんだろう。
「…」
紗枝ちゃんですら、幸子ちゃんをいじめていたあの子達を嫌悪感をあらわにした目で睨みつけている。
「ど、どうしたんですか…そんな3人で…」
そして全く意識の無かった幸子ちゃん。
アタシ達が来たことでようやく我に返ったようだけど。
…何なの、これ…。
「…幸子ちゃん…」
何なの、これ。
「そ、そんな泣きそうな顔して…何があったんですか…」
親に怯え、同級生に怯え。
いったいこの子が、何をしたっていうの…?
この子に、いつ安らぎが訪れるっていうの?
「…!」
この時のアタシが出来ること。
「ど、どうしたんですか…姫川さん。全く仕方ないですね!」
それは精一杯幸子ちゃんを抱き締める事だけだった。
そして、この時のアタシはまだ気がついていなかった。
「…」
瑞樹さんが言っていた、あの言葉。
『杉下右京の正義は、時に暴走する』
今からアタシは知ることになる。
杉下右京という人間の、凄まじいまでの正義感を。
「…」
弱者を守るためなら、例え何をしてでも止める、その生き様を。
「…!!」
第六話 終
早苗「…あー…今日も疲れたわぁ…」
『♪』
早苗「?…瑞樹ちゃんかしら……げっ…」
『杉下係長』
早苗「…何気に初めて電話が来たわね……もしもし?」pi
早苗「あー…うん。お疲れ様。そっちはどうだった?」
早苗「あ、そ。まあ上手くやれたんなら良いわ」
早苗「で、何よ。そんな事でかけてくるような人間じゃないでしょ」
早苗「…え、まあ…そういう知り合い?…それならいるけど…」
早苗「…会いたいって…今何時だと思ってんのよ」
早苗「…どうせロクでもない事に首突っ込んだんでしょ。嫌よ。巻き込まれたくないし」
早苗「…それに、杉下係長が何をしようとしてるか、なんとなく分かるわよ」
早苗「やめときなさい。ホント」
早苗「…………いや、アタシが言って止まるならもう止まってるわよね」
早苗「とりあえず何があったのか、話してもらうわよ。そっちの奢りで」
早苗「ん。はい」pi
早苗「…あー…ねぇ」
「はい?」
早苗「プロデューサー君に伝えといて。今日は直帰だからって」
「良いですけど…そろそろ連絡先交換しといて下さいよ」
早苗「だって過保護過ぎるんだもん。目つき悪い癖にアンバランス過ぎでしょあの子」
「まあ、見た目は確かに怖いですけど…良い人じゃないですか」
早苗「そうだけどね。あの子前にすると見下げられる感じがしてヤなのよ。背めちゃくちゃ高いし」
「それで?…あの万年係長からは何て連絡があったんですか?」
早苗「さあ…ね。聞いてたの?」
「…ちょっとだけですけど」
早苗「なら忘れなさい。もし会社の人間に告げ口したら即外してもらうから」
「…えっ!?シメるとかじゃなくて!?」
早苗「何か問題でもある?」
「いや、まあ…言いませんけど…どうしてあんなおじさんに?」
早苗「変に勘繰るんじゃないわよ。そういう関係でもないし」
「…まあ、私は早苗さんのスケジュール管理が仕事ですから。その後はどうもしませんけど…」
早苗「勘繰るなっつの」ペシ
「…」
「…あの子ったら…一体何処に…」
「…」
「…いえ、そんな筈はないわ。だってあの子はちゃんと成績トップなんだもの」
「この世は一番頭の良い子こそが一番偉いのよ。だからきっともう…」
「…そうよ。あんな不良達は幸子に相応しくない」
「だから、もっと勉強して、偉くなって…そうすればきっと…」
「…」
『PM9:00』
「もう家庭教師が来る時間じゃない…。一体何をやっているのよ…」
『すいません』ピンポーン
「…?はーい。今出ますねー…」
『夜分遅くに申し訳ありません』
「…?失礼ですが、どなたですか?」
『ああ、申し遅れました。私特別臨時家庭教師の杉山と申します。こちら輿水さんのお宅で間違いございませんか?』
「まあ!それはそれは申し訳ありません…はい!今開けますので…あ。でも…今幸子が…」
『ええ。そのことも兼ねてお話を…』
「?……あら、幸子!!貴方何処を…!」
『まあまあ。今回は少しお話をしたいだけですので…』
「…分かりました。とりあえず上がってください…」ガチャ
「どうもありがとうございます。それでは輿水さん。参りましょう」
幸子「…はい」
「幸子…貴方今日だけでどれだけ迷惑を…」
「輿水さんのお母さん。実はですねぇ。今回彼女がこうなったのには理由があるんですよ」
「…?」
「ええ、僕がここに来る途中、ご老人をお世話している彼女を見ましてねぇ…」
「…あら。幸子。本当なの?」
幸子「…は、はい…」
「そのご老人の方に尋ねたところ、腰を痛めて道端でしゃがんでいたところを彼女に介抱してもらっていたと。その上荷物を持って遠い家まで運んでもらえたと仰っておりました…それはそれはご機嫌な様子で…」
「…でも、それだけでは塾をサボったり家に帰らない理由にはなりませんね…」
「ええ。何にしても無断で欠席をするのはよろしくないことですが、ここは一つ、彼女の善行を認め、今日の事は水に流してもらえませんかねぇ?」
「…幸子」
幸子「は、はいっ!」
「本当かしら?」
幸子「は……は、はい…」
「そう…そうなの…」
「勿論僕も今日は勉強を教えに参ったのですが、いかんせん彼女がほとほと疲れていらっしゃるようで…このままでは恐らく勉強も捗りません」
幸子「…」
「…」
「なにしろ半日もの間人助けをしていらっしゃったんですから…ですから今日のところはゆっくり休んでいただいて、また後日連絡を頂ければと思いまして…ええ。勿論お代は頂きません」
「…そうですか…先生がそう仰るのでしたら…そうですね…」
「実はですねぇ。あまり短期間で詰め込み過ぎるのは科学的に考えるとよろしくないんですよ」
幸子「…!」
「…何ですって?」
「ああ。気を悪くされたのでしたら申し訳ありません。ですが知識習得の一過性はテスト後折角覚えた知識を忘れてしまう可能性もあるんです。勿論学習方法は貴方にお任せしますが…」
「…」
「それに輿水さんは僕が担当している生徒に比べとても聡明な方だとお見受け致しました。これは普段からのお母さんの教育が素晴らしいのでしょうねぇ」
「…幸子」
幸子「は、はい…」
「…今日は早く寝なさい。それと明日はお母さんが教えるわ。いつもと違う環境なら新鮮な気持ちで出来るでしょう?」
幸子「…はい…」
「それが良いかもしれません。しかし輿水さん。来週からはちゃんと塾にも行くことですよ?」
幸子「はい…」
「それではお邪魔しました。お茶、とても美味しかったですよ」
「いえ。此方こそ幸子を送って下さってありがとうございました」
右京「…」バタン
友紀「…」
右京「お待たせしました。それでは参りましょう」ガチャ
友紀「参りましょう、じゃないよ…」
右京「はいぃ?」
友紀「よくもまあ、嘘八百並べて帰ってきたね。怒られなかったの?」
右京「ええ。家庭教師が臨時ということが救いでした」
友紀「…いくら幸子ちゃんを助けるからって、流石にやり過ぎじゃ…」
右京「恐らく彼女の母親は、先程の事を話しても信じないでしょう」
友紀「お婆ちゃん助けたって方が信じないよ…」
右京「いえ。そういうことではありません」
友紀「?」
右京「彼女の母親は、輿水さんの良い部分だけを信じるようです」
友紀「…都合の悪い話は聞かないって事?」
右京「そうとっていただいて構いません」
友紀「…でも、今でも信じられない。あんな事が実際にあるなんて…」
右京「僕も現場を見たのは初めてですねぇ」
友紀「…酷いよね。あんな事…」
右京「ええ。とても」
友紀「…これから、どうするつもり?」
右京「どうするとは?」
友紀「とぼけないでよ。さっき早苗さんに電話してたでしょ」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…ダメだよ。変な事したら…」
右京「かといって、このまま彼女を見過ごすのはあまりにも酷です」
友紀「だって、もしあの親が苦情出したら、今度は…」
右京「そうならない為に、片桐さんに協力を仰ごうかと」
友紀「…」
幸子ちゃんが、いじめの被害にあっていた。
背景は知らないけど、恐らく同じ塾の人達。
幸子ちゃんが不意にこぼした台詞から察するに、あの子達は幸子ちゃんからお金の無心をしていたようだった。
そしてアタシ達が駆けつけ、ようやく元に戻ったかと思うと、今度は親の事で暗くなっていった。
その時、右京さんがやったこと。
まず、紗枝ちゃんを女子寮に帰し、幸子ちゃんに家庭教師のキャンセルをさせた。
その後、自分がその家庭教師になりすますことであの場を収めた。
…でもこんなの、一時的なもの。
来週になれば、幸子ちゃんはまたあそこに通わなければならない。
「…」
またあの子達が待っているんだろう。
アタシ達もいつでも駆けつけられるわけじゃないのは当然知っている筈だから。
「…」
もし、仮に右京さんが何かしようとしているなら。
今こそ、アタシは止めなきゃならない。
「…」
…でも、止めていいのだろうか。
もし、ここで止めたとして、あの子はどうなるのか。
これからも常に怯える生活を送るのか。
…そう考えると、口が動かなくなる。
「…」
分かってる。
今、右京さんは仕事そっちのけで幸子ちゃんを助けようとしてる。
…でも、それを止めたくないアタシもいることは確か。
「…!!」
ジレンマ、というやつなのか。
ダブルバインドというやつなのか。
こんなの、どうしていいか分からない。
ただ、これだけははっきり言える。
「…」
右京さんがやろうとしていることは、正しくない。
蛇の道は蛇。
まさにそれだ。
「…矛盾してるよ…」
「何か仰いましたか?」
「…何も」
…聞こえてるくせに。
「…」ガラッ
幸子「zzz…」
「…幸子…」
幸子「zzz…」
「貴方は、立派な人間になるのよ」
幸子「zzz…」
「そうして、もっと見返してやるの。あの酷い子達に…」
幸子「zzz…」
「大丈夫。貴方は私が守ってあげる」
幸子「zzz…」
「あの時も、守ってあげたんだから…」
幸子「zzz…」
「貴方に取り付く悪い子は、みんなお母さんが追っ払ってあげる」
幸子「…」
「…どんな事を、してもね…」
幸子「…!」ビクッ
「…だから、安心して寝なさい。……お休み、幸子」
幸子「…」
「…ちゃんと、明日もお勉強するのよ」
幸子「…」
PM10:00 某居酒屋
早苗「…ん!あ、こっちこっち」
右京「どうも。お疲れ様です」
早苗「ん。…あれ?杉下係長の娘達は?」
右京「お二人とも帰りましたよ」
早苗「…ふーん…人払いはOKってこと…」
右京「…」
早苗「…で?なんたっていきなり探偵の知り合い?」
右京「警察の方に調べてもらうわけにもいきませんから」
早苗「探偵も同じよ」
右京「おやおや…」
早苗「…」
右京「…」
早苗「そうやって暴走して、またアイドル達の人生ダメにするつもり?」
右京「はいぃ?」
早苗「とぼけてんじゃないわよ。前の事件を忘れたとは言わせないわよ」
右京「…」
早苗「折角スカウトした二人を、ダメにするなんて許さないわよ」
右京「…」
早苗「アンタの本業はプロデューサー。探偵でも警察でもないの」
右京「…ええ」
早苗「だから協力出来ない。分かるでしょ?」
右京「…」
早苗「アンタには最後までやり通して欲しいのよ。あの子達の事を…」
右京「…」
早苗「だから冷静になって自分の仕事と向き合って。まずあの子達の事に目を向けて」
右京「…手を伸ばせば、届くかもしれない。その時、伸ばさずにはいれない」
早苗「…」
右京「僕は、そういう性分なんですよ」
早苗「…」
右京「…」
早苗「…もう、これっきりにしてよ?」
右京「ええ。よろしくお願いします」
3日後
友紀「…おはよー…」
右京「おはようございます。寝不足ですか?」
友紀「ん…」カタン
右京「…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…で?いい加減何しようとしてるのか教えてくれないの?」
右京「…何でしょうねぇ」
友紀「ダメだよ。話さなきゃ」
右京「おやおや…」
友紀「アタシだって、もう片棒担いじゃったんだから。聞く権利はあるでしょ」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…全てが終わった後にでも、話しましょうかねぇ」
友紀「えええ…この空気で断るの…?」
右京「話せば君は動きますから」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…右京さんは、幸子ちゃんの為に人生棒に振るつもり?」
右京「どうですかねぇ…場合によっては…」
友紀「…それで、あの子が喜ぶと思うの?」
右京「僕の考えが正しければ、今彼女の心身は疲弊しきっています」
友紀「…」
右京「そうした者が選ぶ最終的な行動。僕は何度か目にした事があります」
友紀「…あの子は、そんなに弱い……」
右京「少し関わっただけですが、とても心の弱い方だと思います」
友紀「…でも、それで右京さんが…」
右京「残念ながら、この世に人の命より価値のあるものなどありません」
友紀「…」
右京「僕は今日、予定が入っています。申し訳ありませんが代行を引き受けてくれた方がいらっしゃいますので…」
友紀「…ホントに、ちゃんと話してよ…?」
右京「ええ」
「…」
右京さんが、早苗さんと話してから約3日。
右京さんは相変わらず何も話してはくれない。
今日も予定があるからと半休を取り、他の人に引き継いでもらっていた。
「本日は杉下係長が緊急の予定があるとのことですので、よろしくお願いします」
「あ、うん。そんなかしこまらなくても…」
「いえ…それと、今日も頑張りましょう」
…まさか、早苗さんのところのプロデューサーとは思わなかったなあ。
「えっと…今日の予定は…」
「○時に○○スタジオにてCM撮影が入っております」
「あ、ありがと…何か右京さんみたい…」
「…杉下係長から学べることは、沢山あります。誤解されてる方も多いかもしれませんが…」
…この人、良い人…なのかな。
「…あ」
「はい。何でしょうか?」
「早苗さんと瑞樹さんは?」
「お二方は、ご自分の車で移動しているようです。私が着いていると力を発揮出来ないと…」
「…あー…」
確かに、あの人達…この人とは合わなそう…。
首に手をやる仕草をし、ほとほと困っているという顔をする彼を見てそう思った。
右京「…」
「…あのー…」カランカラン
店員「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせを…あっ」
右京「すいません。僕と待ち合わせしていたんですよ」スッ
店員「あ、そうでしたか。…ご注文は…?」
「ええと…ホットコーヒーを…」
店員「かしこまりましたー」
「…」ガタッ
右京「…」
「…」
右京「はじめまして。杉下右京と申します」
「はじめまして。輿水幸子の父親です」
右京「ええ。そう聞いております」
「…話は聞いています。何やら大変な事になっていると…」
右京「ええ。本当に」
店員「お待たせしましたー。ホットコーヒーです」
…。
「元々、幸子の面倒を見ていたのは私でした」
右京「…」
「…少なくともその当時は明るく、普通の子供でしたよ」
右京「…」
「しかしその当時から私と妻の幸子の教育方針は対立しており、私に隠れて幸子へ家庭教師をつけたり、習い事をさせたり…」
右京「…」
「元々あの子は頭が良かったのでそんな必要は無いと思っていたのですが…妻は常に一番を取らせると…」
右京「…」
「おまけにアレはとにかくヒステリック持ちで…見てください。この腕…」
右京「切り傷ですねぇ。それもとても深い…包丁ですか?」
「ええ。とにかく自分の思い通りにならなければ暴れる。それを毎日毎日やられていれば…別居したくもなりますよ」
右京「…」
「…勿論幸子の事は心配してましたが…まあアレは幸子には手を出しませんから」
右京「何故、そう思うのですか?」
「自分の作り上げた作品だからですよ。塾に通わせ、習い事もさせ…そんな手塩にかけて育てた作品を傷つけはしないんです」
右京「…作品、ですか…」
「…あ、勿論私はそんな事思っていませんからね!?」
右京「ええ…」
「…しかし、私は違う。私に対しては敵意を剥き出しにしてくる。このままじゃいつか殺される。そう思って逃げ出したんです。幸子を置いて…」
右京「そうですか…」
「今、私とアレの繋がりは膨大な養育費、ただそれだけ…」
右京「…」
「…しかし、今の幸子の様子を聞くと…」
右京「…」
「…あの子は…」
右京「彼女は、とても頭の良い方です」
「…ええ」
右京「その中でも特に目を見張るものは、空間認識能力」
「…」
右京「彼女は今現時点で何が起こっているのか、そしてそれの原因、それをどうにかする為の措置を瞬時に感じ取れます」
「…」
右京「そして彼女は、今自分が出来る最善の選択をした」
「…それが…」
右京「…自我を捨てる」
「…」
右京「そうすることで、母親の感情の起伏を最低限に抑え、いじめのダメージも抑えた」
「…」
右京「しかし、今。ここに来てそれが限界を迎え始めています」
「…それは…」
右京「必死にもがいているんです。抜け出そうと。この狭い牢獄から」
「…だから、助けを求めたんですね」
右京「恐らく、そうなのかもしれません」
「…」
右京「貴方がもし、彼女を大事に思っているのでしたら…」
「…」
右京「行動を起こすべきです。直ちに」
「…」
右京「彼女はまだ、自分を持っています。しかし一刻の猶予もありません」
「…私は、出来るでしょうか?」
右京「…」
「…今更…父親面など…」
右京「出来る、出来ないではありません」
「…」
右京「やるか、やらないかです」
「…やるか、やらないか…」
右京「ええ」
「…やるか……やらないか…」
「…」
今日、一人での仕事が終わった。
「…」
…結局、今右京さんは何をやってるんだろう。
…アタシには、全く分からないことをやってるんだろうなぁ。
「姫川さん、本日は直帰でしょうか?」
「ん…いや、とりあえず…事務所で」
「かしこまりました」
何だか、アタシだけ置いてけぼりにされてる気がする。
それはアタシ達を巻き込みたくないという右京さんの意思なのかもしれないけど。
…でも何だか、面白くない。
「…」
初めて会った時は、凄い人だと思った。
自分よりも背の高い怖そうな人をヒョイとねじ伏せて、捕まえて。
巧みな話術でアタシを勧誘してきた。
でも、最近は幸子ちゃんにかかりっきりだ。
…右京さんにとって、アタシはもう、端に置かれてる人形みたいなものなのかな。
「…私の意見を、言ってもよろしいでしょうか」
「え…あ、うん。どうしたの?」
「本日のお仕事、大変良かったと思います」
「あ、うん。ありがと…」
「ですが、あれは貴方の、本当の笑顔…だったのでしょうか?」
「…え?」
「…私には、そうは見えませんでした」
…笑顔。
そういえば今日、あんまり笑ってなかった気がする。
「…ごめん。次から気をつける」
「…もし、何かあったのでしたら、私で良ければお話してみてください」
「…えー…っと…」
「杉下係長の、事だと思いますが…違いますか?」
「…もしかして、アタシって顔に出やすい?」
「…それもまた、貴方の長所かもしれません」
…あはは。
またやられちゃったぁ。
友紀「…まあ、何と言うかさ…新しい人新しい人ってね、どんどんかかりっきりになっちゃって…」
「…」
友紀「…おかしいなあ。嫉妬してるわけじゃないけどさ」
「…」
友紀「だってさ、アタシ、右京さんの相棒だって、瑞樹さんも言ってくれたのに…」
「頼りにされていない、そうお考えですか?」
友紀「うん。そんな感じ」
「…そうでしょうか」
友紀「だって、他の人に任せるって…アタシなんてどうでもいいみたいじゃん」
「頼りにしているからこそ、1人でも良しと判断したのではないでしょうか」
友紀「だって…今日だって…」
「私が頼まれたのは、運転のみです」
友紀「…」
「姫川さんは、1人でもちゃんと仕事が出来る方だと、そう仰っていました」
友紀「…ホント?」
「ええ。貴方が杉下係長から心から頼りにされている、何よりの証拠です」
友紀「…もう…」
「…」
友紀「…口で言わなきゃ、分かんないよ…」プクー
「…」
翌日
友紀「おはよー!」
右京「おはようございます。昨日はちゃんとお仕事が出来たようで何よりです」
友紀「あ、聞いたの?」
右京「ええ。褒めていらっしゃいましたよ?」
友紀「…変な気遣っちゃって」ボソ
右京「どうされましたか?」
友紀「何でもない!」
右京「ところで今日、君は午前のレッスンが終わってからのスケジュールは空いていますか?」
友紀「え?あ、うん。空いてる…けど…?」
右京「それは良かった。少し君の力を貸して頂きたいのですよ」
友紀「え?…あ、アタシの力…?」
右京「ええ。恐らく君が適役かと」
友紀「…ホント?変にご機嫌取ろうとしてない?」ジロッ
右京「無理なようでしたら他の方に頼みますが」
友紀「分かったから!行く!行きます!!」
右京「助かります」
…。
そしてこの後、アタシは今年これ以上のものはないってくらい驚愕した。
右京さんがアタシを連れていった場所。
そこはただの喫茶店。
そう、ただの喫茶店。
安めのコーヒーに、トースト。
子供でも通えるくらいの空気感。
…なのに。
それは今のアタシには、混乱を招く一手にもなっていた。
「…」
そこに座っていたのは、この間幸子ちゃんをいじめていた3人の中のリーダー格の子。
…右京さんがアタシを呼んだのは、恐らく通報を避ける為。
つまり、いるだけで良し。
…。
…ま、いっか。
これで大体分かるわけだし…。
店員「ご注文をどうぞー」
「…」
右京「お好きな物を頼んで構いませんよ?」
「…クリームソーダで…」
右京「僕はミルクティーを」
友紀「アタシはコーラで…」
店員「かしこまりましたー」
「…」
右京「本日は来て頂きありがとうございました」
「…」
友紀「君って、この間…」
「…悪いのは、幸子ちゃんだよ…」
友紀「…!お金を無心してたンムググ…」
右京「今日はですねぇ。君達と輿水さんの間に何があったのかを聞きたかったんですよ」
友紀「ンムグググ…」
「…塾の場所を言ったのは、幸子ちゃんなの?」
右京「ええ」
「…そうやって、大人に頼って…」
友紀「…?」
「悪いのは幸子ちゃんなんだからね!私らはただ仕返ししただけ!」
友紀「…えっ…?」
右京「…」
右京「仕返しをしただけ。…それと今回の件、関連性は…?」
「…アンタに言ったって、分かんないよ。どうせ幸子ちゃんの味方なんだから」
右京「味方かどうかはともかく、こういう時お互いの意見を聞くことは何よりも大事だと思いますがねぇ?」
「…」
友紀「自分達が悪くないってなら、弁明しないとダメだよ。悪いって思われたままで終わるよ?」
「そんな事分かってるよ。だけど…」
右京「信じる、信じない。それはともかく。まず話してみることが重要です」
友紀「うん…そうだよ」
「…」
右京「輿水さん個人が、あなた方に危害を加えたのでしょうか?」
「…」フルフル
右京「でしたら…」
「…」
右京「輿水さんの、お母さんですか?」
「…」
友紀「え…」
「…」コク
友紀「…えっ?」
店員「お待たせしま…したー…ミルクティーと、コーラと、クリームソーダ…です。ど、どうぞごゆっくりー…」
「…」
友紀「う、右京さん。今の…どういうこと?」
右京「そのままの意味です」
友紀「…だ、だって…だよ?それ……普通に犯罪…」
「証明出来ないよ」
友紀「?」
「…元々、ウチの塾での一番は、幸子ちゃんじゃなかったんだ」
友紀「…」
「幸子ちゃんは二番で、その子が一番。…それでまあ、ウチの塾は毎月一回必ず授業参観もどきみたいなことをやるんだよね」
友紀「うわー…」
「…でさ、その授業参観もどきが終わった後にね、その子塾の階段から足を滑らせて落ちちゃってさ。全治2カ月だって」
右京「…」
「偶然かなって思った。だけど、おかしいんだよね」
友紀「?」
「…階段にさ、ダンボールが落ちてたんだ」
友紀「…風とかじゃ?」
「そんな強くなかったよ。よく分かんないけど、何故かその階段に、まさに踏めって感じで落ちてたの」
右京「誰かが故意に置いた、と?」
「…うん」
友紀「それが、幸子ちゃんのお母さん?」
「うん。…笑ってたんだ」
友紀「え?」
「…あの子が滑り落ちて、みんなが心配してる時、一人だけニヤニヤしてた」
右京「…」
「みんな噂してる。あの人がやったんだって」
友紀「…」
右京「…お金の無心をしたのは…」
「治療費だってあるんだよ。…でもあの人が認めるわけがないから…証明出来ないし」
友紀「幸子ちゃんを介せば、何らかの形でってこと?」
「…うん。…っていうよりも、ただあの子の親のせいでってのもあったから…」
友紀「だからって…」
「あの人、いつも凄く高そうな服着てて、化粧も、車とかも…だから…」
右京「…」
「…」
右京「話は分かりました」
「…」
友紀「…これって、どうにかなるもんなの?」
右京「…未必の故意を証明することは、非常に…いえ、無理と言っても良いでしょう」
友紀「み、みひ…何?」
右京「友達を大事にしたい君達の気持ちも分からなくはありません」
「…」
右京「しかし、君達のやっていることは仕返しではありません」
「…」
右京「思春期の一人の女の子の精神を著しく傷つける、ただのいじめですよ」
「…」
右京「幸子さんは今、母に怯え、君達にも怯えています」
「…」
友紀「…軽い気持ちでやり始めたなら、もうやめてあげて」
「…」
友紀「幸子ちゃんは、何も悪くないでしょ?」
「…うん」
右京「…ならば、もう彼女を責めることはありませんね?」
「…うん」
右京「でしたら、次来た時は暖かく迎え入れてあげてください。それだけでも彼女は救われます」
「…うん」
その後、もう二度と幸子ちゃんに酷い態度を取らないことを約束させ、店の前で別れた。
こっちに向かって遠慮がちに手を振るあの子は、本来は優しい子なのかもしれない。
…だけど。
「右京さん」
「なんでしょうか?」
「…どうするの?あの子達の事は終わったとしてさ…」
「そうですねぇ…」
「その、あの人が原因で幸子ちゃんが周りから孤立してったんでしょ?じゃあほっとくわけには…」
「ええ。放っておくわけにはいきませんねぇ」
「…でもどうやって?」
「この数日間、僕は輿水さんと様々な事をやっていました」
「…あ、ようやく教えてくれるの…」
「…そうですねぇ…中身も見えたことですし、もう良いでしょう」
…。
そして、アタシが聞いた事は。
これまでにない程、あの母親にダメージを与えることが出来るだろう最初で最後の、最強とも言える一手だった。
「…」
「…」
「…何よ、これ…」
『離婚届』
「…何なのよ、これは…」
「…ふざけるんじゃないわよ!!」ガシャアン
「あの人…まさか…」
『すいません』ピンポーン
「…」
『少しお話ししたいことがあります』
「…この声、何処かで…」
『それと、謝らなければならないことがあります』
「…今出ますので…」
『ああ、それはどうも』
「…」
「…」ガチャ
右京「どうも」
「…貴方は、確か…家庭教師の…」
右京「いえ。本当は家庭教師ではないんですよ」
「…え?」
右京「申し遅れました。僕は346プロダクションでプロデューサー業をさせてもらっている、杉下右京という者です」
「…何ですって?」
右京「そして、用があるのは僕だけではないんですよ」
幸子「…」
「…」
「…!…あなた…それに、幸子まで…!?」
「…」
今、一つ屋根の下で、とても重苦しく、ピリッとした空気が流れている。
「…」
幸子ちゃん、幸子ちゃんのお父さん。
そして幸子ちゃんのお母さんが対面して座り、アタシ達はそれをじっと眺めている。
ここに来て数分が経過しているけど、今だ誰一人口を開かない。
「…」
動揺と、苛立ちを隠せないのか指で机を叩き続ける幸子ちゃんのお母さん。
その視線の先には、先に郵送で送られてきたのだろう離婚届。
それだけならこの人にとっては何てことないのかもしれない。
けれど、この椅子の座り方を見れば一目瞭然。
「…」
自分の隣に来る筈だと思っていた娘が、自分と対面している。
それが何を表すのか。
…その現実が、彼女には受け入れ難いのかもしれない。
「…そこにサインをしてくれ。話はそれだけだ」
「…いきなり、どういうつもり?」
今まで見下していた夫からの突然の通告。
あからさまな幸子ちゃんの態度。
本来こんなこと、子供の目の前でやるべきではないのかもしれない。
けど、今のこの3人にはどうでもいいことなんだろうなぁ。
「…君の教育は、幸子の為にならない」
「…よく言うわね。今まで何もしてこなかったくせに」
「…確かに、一度は僕は君から逃げた。幸子を見捨てた」
「そうよ。貴方は幸子のことなんて考えてない」
「考えているさ、これからは幸子の思うようにやらせてやる。自由に」
「…幸子」
「…」ビクッ
母親の低い声に、幸子ちゃんは肩を震わせる。
二人暮らしの間で植え付けられたトラウマのせいか、口が上手く開かない様子だ。
「私は、貴方に何かしたのかしら?」
「…」
「答えなさい!幸子!私が貴方に一度でも暴力を振るったことがあるの!?」バンッ
「ヒッ…」
「…僕から、参考までに」
「何!?部外者が口を…!」
怯える幸子ちゃんと母親の間に突如入った右京さん。
当初は話が終わるまで口を出さないつもりだったけど、どうにも出てしまったみたい。
「日本において、法律的には2000年に成立した児童虐待防止法の定義に心理的虐待に該当する部分か・あります」
「はあ!?し、心理…!?」
「さらに2004年の改正て・心理的虐待に該当する定義はより具体的て・分かりやすいものに変更されました」
…ただうんちく言いたかっただけなんじゃないのかって思うけど。
「今の幸子さんは貴方に対し、恐怖を抱いているのは誰が見ても明らかです。これはまさしく長い期間の心理的虐待によるものといっても過言ではないと思いますよ?」
「…な、何の根拠があって言ってるの!?幸子が言った!?そんなことを!!」バンッ!
…確かに、幸子ちゃんからは一言も聞いていない。
たまにあるドラマでも、虐待を告発する子供は少なかったりするけど、現実でもそうなのかもしれない。
ましてやこれは肉体的ではなく、精神的なもの。
そして、そういうドラマの中では、総じて味方が少ないことが多い。
「…」
「どうなの!?幸子!答えなさい!」
…だけど、今の幸子ちゃんには、味方がいる。
「…」
「幸子!私は貴方の為に…!!」
少なくとも、この場に3人。
「…」
それだけでも、彼女の勇気を後押しするには十分だった。
幸子「…だった…」
「え…」
幸子「…嫌、だった…」
「…さ、幸子…?」
幸子「いつも、お母さんが怖くて、嫌だった…」
「…な、何を…」
幸子「ボクは、貴方が嫌いです。ボクから友達を遠ざけて、自分の物のように扱って…!」
「…さ、幸子…」
幸子「もう、顔も見たくありません!」
「…!!?」
ついに決壊した幸子ちゃんの我慢。
我慢というよりは、偽の人格。
「輿水幸子」という、お母さんに作り上げられたもう一人の人格。
幸子ちゃんのお母さんは、目の前で起きた事を理解していないのか、瞬きすらしていない。
「…」
ただただ呆然としている。
…だけど…。
「ボクは、お父さんのところに行きます。だからもう…」
「…にを…た…」
「…え…」
「…何を…たの…」
母親の視線が捉えているのは、幸子ちゃんではない。
…捉えた先にいるのは…。
「幸子に、何をしたの!!!」
「…」
彼女の怒りの矛先が向いたのは、右京さんだった。
「アンタの、アンタのせいで幸子が変わった!!アンタのせいで変わっちゃった!!!」
「…」
右京さんは何も答えない。
凄まじい剣幕で食ってかかる彼女に対し、冷たい視線で返す。
「幸子は私が育てたの!!私の子なの!!」
「…」
その目には、どう映っているのか。
「誰にも渡さない!!ましてやアンタ達なんかに!!」
心の内は分からないけど、一つだけ、分かる。
「幸子は、私の物なのよ!!」
…これは、嵐の前の静けさだ。
「いい加減にしなさい!!!」
「ッッ!!」
友紀「…」
幸子「…」
「…」
右京「実の娘を物などと…親の言うことですか!!」
「…な、何を…」
右京「彼女の気持ちをほんの少しも理解出来ない貴方に、親を名乗る資格など…ありはしませんよ…!」
「わ、私は…幸子の為に…」
「…右京さんが紹介してくれた探偵さんから、聞いたよ」
「ッ…な、何よ…」
「…お前、この数ヶ月で、どれだけ借金してるんだ?」
「!!」
「…変だと思ったよ。俺が出してる養育費だけで、あんなに高い車や服、幸子の塾や家庭教師…絶対に無理なんだ」
「…」
「家の中だってそうだ。随分金をかけてリフォームしたんだな」
「…これは全部…」
右京「貴方の言う、誰かの為、というのは、本当に幸子さんの為なのですか?」
「…そ、そうよ…」
右京「ならば幸子さんの目を御覧なさい」
「…」
幸子「…」
右京「その目が、感謝を表している目だと本気で思えますか?」
「…」
右京「…貴方がやっていることは、全て、貴方の為なんですよ」
友紀「…」
右京「…貴方の、小さなプライドの為」
「…」
友紀「…絶対、幸せになんかなれませんよ」
「…」
友紀「嘘で塗り固められた人生なんて、その後もずっと嘘の人生でしかないんだから…」
「…」
右京「…」
…あれから数日が経過した。
その後、何も言い返さなくなった幸子ちゃんのお母さん。
糸の切れた人形のように動かなくなり、アタシ達もそれ以上は責められなくなっていた。
「彼女も、ギリギリだったのでしょう」
いつものように紅茶を飲む右京さんは、そう語る。
見えを張り続け、その結果借金苦。
誰にも、娘にさえも言えないまま、強がるしかなかった彼女。
その全ては崩壊し、最早何もかも失った。
…そう思ってた。
だけど、幸子ちゃんのお父さんは、離婚は取り下げると言っていた。
…。
『家のものも、家も、全て売り払います。それで借金を返せると思いますし。…妻は、まあ向こうの実家に戻ってもらいますが』
『…そう、決めたんですね?』
『ええ。一度は愛した女ですから。だから、またいつか…元に戻れる日が来ると信じています』
『…良い、ご決断です』
…。
全てが元通りになったわけじゃない。
もう元通りにはならないかもしれない。
でも、なって欲しい。
幸子ちゃんが産まれた時のように、みんなが幸せに笑っていた時のような生活に。
「失いかけたからこそ、背負う覚悟が出来たんでしょうねぇ」
「…背負う、覚悟…」
「ええ。ご英断だと、僕は思います」
…こうなることも、お見通しだったのかな。
…でも、右京さんの激昂する姿は初めて見たなあ。
「…右京さんも、声出るんだね」
「…」
いらぬ質問だと言わんばかりに無視をする。
…もしかしたら、本当はあっちが本当の右京さんで、またやっちゃったとでも思ってるのかな。
「…でも、さ。右京さん」
「何でしょうか?」
「…難しいね。家族って」
「…そうですねぇ……しかし」
「?」
「君のあの時の発言。僕は非常に親近感を覚えました」
「…?」
あの時の発言…?
何だろ…。
「嘘で塗り固められた人生なんて、その後もずっと嘘の人生でしかない。…僕もまた、そのように思っていましたよ」
「…」
それって、つまり…。
「…褒めてる?」
「褒めているかどうか、それを僕に決めることは出来ませんが…」
「…」
「少なくとも、親近感を覚えるということはありました」
…何だろ。
ちょっと、嬉しい。
それと、ここ数日で変わったことがもう一つある。
「…」
それは、アタシ達にとってはなるべくしてなったものなのかどうか。
「…」
果たして、どうなのか…。
「おはようございます!」
「…」
「…」
「どうしましたか?ボクが来てあげたのに全く!」
…。
「おはよ。幸子ちゃん」
「はい!おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございます!…あ、これ…ボクの…?」
「ええ。君も一員ですからねぇ」
「…」
もしかしたら、なるべくして、なったのかもしれない。
集まるべくして、集まったのかもしれない。
「ほらほら幸子はん。そないなところで立ち止まっとったらウチが通れまへんえ?」
「おや紗枝さん!今日も可愛いボクが見られて…」
「はいはい。ちっこくてかわええなぁ」
「ちっこくないです!」
…これからどうなるのか分からないけど。
「それよか友紀はん…」
「ん?」
紗枝「ウチがおらん間に、色々あったみたいやなぁ」
友紀「えっ…!?ち、違うよ!そんな…そんなことは無いから!」
紗枝「…何がどすかぁ?」
友紀「…最近何もアクション起こさないと思ったら…!」
紗枝「ウフフ。そない怒らんと。さあ、幸子はん。改めてよろしゅう…」
幸子「あ、はい!………よ…い……!!!」プルプル
右京「…」
友紀「…あれ…もしかして…」
幸子「もう……ちょっ…とぉ…!」プルプル
紗枝「届いてまへんえ」
幸子「うー…!!」プルプル
右京「…」ヒョイ
幸子「あっ…」
右京「幸子君。君はこれから、様々なことを人に頼る事になるでしょう」カタン
幸子「…」
右京「慣れていくことです。普通でいることに」
幸子「…」
右京「…」
幸子「…いえ流石に今のは子供扱いですよね!?」
右京「ンフフ」
幸子「あー!バカにしてますねー!?」
友紀「…ねえ右京さん」
右京「はい?」
友紀「…何で幸子ちゃんだけ、名前?」
紗枝「…」
右京「…何故でしょうねぇ…」
幸子「そんなの決まってます!」
友紀「…」
幸子「ボクが、可愛いからですよ!」
右京「おやおや…」
紗枝「幸子て…幸薄そな名前やなぁ…」
幸子「何を言うんですか!とっても幸福な名前ですよ!」
友紀「…」
右京「…しかし、何故でしょうねぇ…」
友紀「…多分、幸子君って言い過ぎたんじゃない?」
右京「ああ!…そんな簡単なことでしたか」
友紀「この際だから、みんな名前で呼びなよ。ほら、アタシは?」
右京「…」
友紀「…」
右京「…姫川君ですねぇ」
友紀「あっ…こらー!」
第七話 終
乙
ユッキが最初のアイドルなのは亀山が野球のスポーツ推薦で大学進学したから?
>>263
偶然の一致です
「ふー…自分でコーヒーを淹れるというのも新鮮で良いですね!最も?ボクなら卒無くこなせますが!」
「手洗い場の水汲もうとした方が言わんでくれますか?」
「がっ…!冷蔵庫にミネラルウォーターがあるってパッと言ってくれれば良かったでしょう!!」
いつのまにか置かれていたコーヒーポットを利用しているウチの新入り、幸子ちゃん。
「…これで、スイッチを押す、と!」
今までは、お母さんが何でもやっていたからか、それすらが新鮮でならないみたい。
「あれ?…色薄い…」
「粉入れなさ過ぎだよ…」
「だって、スプーン一杯で良いって…」
「それは右京さんが紅茶混ぜてる小さいやつ。普通のはそっち」
…最近、幸子ちゃんの家庭にちょっとした動きがあったみたい。
実家に戻ったお母さんが、働き出したというのだ。
「麻痺した金銭感覚を戻すとかなんとか…まあ、ボクはそれくらいで許す気はありませんがね!」
じゃあ、何でそれをアタシに嬉々として話すのかな。
そんな疑問が浮かんだけど、聞くのは野暮かなと思ってやめておいた。
「…今の生活は少し苦しいですが、これもいつか慣れていくでしょう!ああ…なんて順応の早いボク…」
この子は、今まで外食が多かったらしい。
…そんな彼女が、なんと自分の意思で寮に入ることを決めた。
料理は出来ると豪語してたけど、紗枝ちゃん曰く、どうやら食に関しては寮のおばちゃん頼りみたい。
それにフカフカのベッドなどではなく、固い畳の上に敷布団。
温室育ちだった幸子ちゃんにとってはかなり寝辛いはず。
それでも楽しそうにしているということは、よっぽど解放感があるんだろうなあ。
「…ええと、これは何処で洗うんですか?」
「それは、手洗い場どすえ。あっち。ほんでこれ、洗剤どす」
「あ…改めて思うとなんだか行きづらい…」
「慣れればどうということありまへん」
…あれから、塾は結局辞めたらしい。
寮から通うのは難しいし、全員の誤解が解けた訳ではないから。
それでも、もう変に辛い態度を取られる事は無かったようだ。
幸子ちゃんのお母さんは、この子をとにかく一番にしたかった。
そう言っていたけど、本当は違った。
一番の幸子ちゃんの母親である自分が好きだったんだ。
だから、他の子達が大勢いる中にもわざと連れていって、自慢気に引き連れて歩いていたんだ。
「…」
異常だと、今でも思う。
そんなのはまるでペット扱いだから。
だからそのペットのわがままは許さなかった。
貰った名刺も即座に発見して、破り捨てた。
…名刺を失くしたって言ってたのは、そういうことだった。
「…よく、頑張ったね」
「む…な、何ですか…いきなりそんな…やめてください!恥ずかしくなりますから!」
…右京さんは、この子を心の弱い子だって言ってたけど、アタシは違うと思う。
弱い部分しか見ていないから、そう思っただけなのかもしれないけど。
こんなに色んな重圧に耐え抜いたこの子が、そんな弱い訳がない。
「…」
…だけど、どうなんだろう。
あの人を毛細血管の一本一本まで見抜くような人だ。
何かしらの意味を込めて言ったのかもしれない。
「…」
…だとしたら、この子は。
今でも、無理をしているのだろうか。
なら、この子が受けた心の傷は、いつか癒える日が来るのだろうか。
「しかしボクの初仕事がもう決まっただなんて、流石ボクですね!」
「…宣材撮影は誰でもやるから…」
「どうせならカメラマンさんを悩殺するくらいの…」
上半身を必死に反らせて胸を強調している。
…アタシが言うのもなんだけど、正直…無い。
「どうですか?悩殺されましたか?」
「時間の無駄になりそやなぁ。そういう意味でならカメラマン殺し言うんちゃいます?」
「ムキー!ああ言えばこう言う!!」
…紗枝ちゃんとの相性は良いのか悪いのか。
こういう自然なやりとりを見ていると、答えは自然と分かる。
「ならこれはどうです?スカートをヒラヒラっと…」
「鳥の求愛ダンスどすか?」
「何でカメラマンに求愛してるんですか!!セクシーさですよ!セクシーさ!!」
「…あかんなぁ。セクシーのセの字も理解してまへん」
「…そんなに言うなら、見せて下さいよ」
「ふ…」
不敵な笑みを浮かべ、紗枝ちゃんが立ち上がる。
すると、突然着物を少しだけ緩め、スリットを作り出した。
艶やかな表情とともに、妖艶に足を少し出し…。
「…こんな感じ…どすか?」
「おー…」
思わず拍手が出た。
これはアタシにも出来ない。
…っていうか、そんなんやりたくない。
「ふ、ふふふ。それくらいボクにとってはお茶の子さいさいですよ!ほーらほら!」バッサバッサ
「あらあら、ここにオス鳥はおりまへんえ?」ケラケラ
「誰がメス鳥ですか!!そもそも求愛するのは雄の方でしょうが!」
…最年長のアタシが、一番置いてけぼりくらってる気がする…。
幸子ちゃんがここにやってきた当初の理由。
早苗さんや右京さんの想像でしかないけど。
…誰でも良いから助けを求めていた、から。
今、この子にとってアタシ達は求められた側の責任は果たせているだろうか。
…むしろ、こんなことを考えている方が不謹慎なのか。
「…」
アタシには、分からない。
「…」
でも、今は、これでいいのかなって思う。
紆余曲折あったけど、来てくれたんだから。
今は、それでいいや。
それに、変に悩み過ぎるのもアタシらしくない。
…そんなことより。
「…」
【輿水幸子】
【小早川紗枝】
【姫川友紀】
[杉下右京]
…右京さん、どこ?
紗枝「友紀はんが来た時もおらんかったんどすか?」
友紀「うん。いつもはあれ表にしてあるし」
幸子「寝坊ですか?」
友紀「あの人が…?」
紗枝「…考えられまへんなあ」
友紀「まず寝てるのかって話になるよ。右京さんの場合」
幸子「と言ってももう無理をするような年齢ではないと思いますが…」
友紀「…まあねぇ…」
紗枝「何処か行っとるんちゃいます?右京はんがそないミスをするとは思えまへんしなぁ…」
幸子「連絡は無いんですか?」
友紀「今のところ無いなぁ…」
『♪』
友紀「うわびっくりしたぁ!!」
『右京さん』
幸子「…噂をすれば…ですね」
紗枝「そないなことより早よ出なあきまへんえ」
友紀「あ、うん…」pi
友紀「…もしもし?」
右京『おはようございます』
友紀「ん。おはよ!…いやそうじゃなくて!」
右京『君達は今、事務所内ですか?』
友紀「え?…う、うん…」
右京『それは良かった。今日の予定は、君は午後からレッスン、小早川君は学校に、幸子君は宣材撮影後、学校ですね?』
友紀「え?…あ、幸子ちゃん。学校は撮影終わってからだよね?」
幸子「はい!今からどんなポーズを取ろうか…」
友紀「撮影後学校だって」
右京『聞こえています』
友紀「・・・あ、そ・・・」
右京『今回、幸子君に付き添って頂きたいんですよ。君に』
友紀「え?右京さんは?」
右京『僕は今日中に終わらせなければならないことがあります。…ああ!僕の木札を表にしておいて下さい』
友紀「…はいはい」
右京『では、よろしくお願いします』
友紀「ん。…で?予定は?」
右京『それは後ほど』
友紀「え?ちょっ……あ、切られた…」ツーツー
幸子「何だか、猫みたいですね」
友紀「…あんな猫嫌だよ」
紗枝「猫…ウチも言われたことありますわぁ」
幸子「言われてそうですね。お腹突き抜けて背中まで真っ黒ですから」
紗枝「幸子はんはお尻が青いんとちゃいます?」
幸子「ムガー!!子供扱いしないで下さい!!」
紗枝「ウフフ」
右京「…」
店員「お待たせしましたー。ミルクティーです」
右京「どうもありがとうございます」
店員「どうぞごゆっくり…あれ?」
今西「やあ杉下君」
右京「おはようございます」
今西「ああ、私はホットコーヒーを」
店員「…か、かしこまりましたー」
右京「…」
今西「いやー…聞いたよ。随分盛り上がっているようだね!」
右京「ええ。しかしそれは彼女達の頑張りがあるからこそです」
今西「ふむふむ。しかし君の力もあってこそ、だ!」
右京「…恐縮です」
今西「…それと、輿水君に関してはそれとなく聞いているよ。いやはや、君の行動力にはいつも驚かされる…」
右京「…」
今西「…と!君は無駄話はあまり好きではなかったね。…まあ、確かに社内では色々面倒だからねぇ」
右京「僕も、自分自身がどういう立場なのかは承知しています」
今西「…そうかね?」
右京「ええ」
今西「…何せ君を快く思っていない連中もいる。変に聞かれて邪魔されるのは私も防ぎたいからね」
右京「…それで、会社から離れた喫茶店ですか」
今西「…その方が、君も話しやすいかと思ってね。迷惑だったかな?」
右京「いえ。お心遣い感謝致します」
店員「お待たせしましたー。ホットコーヒーですー」
今西「ああどうも。…それで?」
右京「ええ。是非とも今西部長のお知恵を借りたいと思いまして…」
今西「それは光栄だねぇ。…どんな相談かね?」
右京「まずは、これを見て下さい」
今西「む?…ほう…これは…」
右京「それをスタートするにあたって、まず初めに必要なものは…」
今西「ふむ…」
「はーいこっちに目線頂戴!…うーん…ちょっと堅いかなぁ…」
「うぐ…」
アタシも、というか芸能人になるなら誰でも必ずやることがある。
それは、宣材写真の撮影。
この人はこんなですよ。
こういう感じの人ですよ。
ああ、じゃこうしましょうね、これに使いましょうね。
という流れを作る為の、第一歩となる仕事。
アタシや紗枝ちゃんはそこまで苦労はしなかったこの仕事だけど…幸子ちゃんには難しいのかな?
「…」
自分が出来ることを、人が出来ないとどうしても疑問になる。
でも、右京さんならきっとこう言うんだ。
『君のように撮られるのが苦でない方もいれば、そうでない方もいるということです』
自分を基準にするな。
人には人の基準がある。
そういう教え。
そしてもう一つ、右京さんはアタシにこうも言っていた。
『自分が人より知恵のある人間だと思わない事です』
…ならアタシの事バカにしないでほしいけど。
「…」
けど、この言葉の本心は、多分こうだ。
『上には上がいる』
だから、井の中の蛙ではいるな、と言いたいんだと思う。
その上は、知恵だったり、力だったり。
…ただの、地位だったり。
だから、変に敵を作ると危ない目に遭うということ。
…まるで自分を反面教師にしろと言わんばかりだよね。
幸子「うー…思い通りに行こうとすると恥ずかしくなります」
友紀「世の男性をメロメロにするんでしょ?じゃあ頑張らないと!」
幸子「不特定多数の人に見られてる、見られると思うと…」
友紀「あー…」
幸子「友紀さんは、無かったんですか?」
友紀「いや、あったよそりゃ…」
幸子「どんな感じでした?」
友紀「初めて大きい仕事貰った時さ、数百人の前で司会やるんだけど…緊張して言葉忘れたり、体動かなくなったり…」
幸子「数百人…」
友紀「いや、そりゃ大物みたいにうん万人とまではいかないよ。でも慣れると…なんか悪くないなって思っちゃう」
幸子「…なるほど…」
友紀「だからさ、とにかくやってみたら良いよ。アタシもそうだったから」
幸子「…」
「すいませーん。そろそろ再開しますよー?」
友紀「あ、はい!…じゃ、幸子ちゃん、ほら早く早く!」
幸子「は、はい。分かりましたから…押さないで…」
友紀「そんなんじゃ紗枝ちゃんにバカにされたままだよ?」
幸子「う…それは嫌です…」
友紀「じゃ、頑張らなきゃだね!」
幸子「は、はい…」
休憩が終わってまた撮影してるけど。
…まだぎこちない。
人見知りではないけど、恥ずかしがり屋なのかな。
「うーん…ちょっとまだぎこちないかなぁ…」
カメラマンの人もどうしようか悩んでいるみたいで、それを見た幸子ちゃんの顔も次第に曇り始める。
「…」
相手の顔色をうかがっているのか、彼女の体がどんどん小さく縮こまっているのがなんとなく分かる。
…こんな時右京さんだったら、何て言うんだろう?
何も言わず、静かに見守るのかな?
魔法の言葉でもかけるのかな?
…あの人には、無理そう。
「…」
カメラマンの人がスタッフと写し方を話し合っている。
撮らない訳にはいかないから、構図を変えてみようという話をしているみたい。
「…で…を…」
「…あー…それで…」
幸子ちゃん、ちょっと出だし躓いちゃったかな、なんて思ってるその時。
「すいませーん!!」
「!」
…突然、知らない女の人の声がスタジオに響いた。
「ハァッ…ハァッ…す、すいません!お待たせしてしまいましたぁ…」
「あ、君…」
誰だろ…?
…っていうか、何だか奇抜な服装だなぁ。
今風って訳でもないし…でも大人っぽい訳でもないし…。
「アルバイトで少しトラブルが起きてしまいまして…」
「あ、そういうことじゃなくて…」
「ま、まさか!…く、クビですか…?」
「あ、いやだからね?………君、入り時間違うよ?」
「えっ?」
「あと2時間後だね。まあ…間違えたのは最初だから良しとして…」
「あ、そ、そうだったんですか…」
「…うーん…どうする?」
「そうっすねぇ…あ、幸子ちゃん!」
「はいっ!?」
「ちょっと他の人の参考にしてみよっか!見てみたら案外分かるかもしれないからさ!」
「は、はい…」
「というわけでさ、順番変わっちゃうけど良い?」
「あ、はい!大丈夫です!」
スタッフとカメラマンが入り時間よりも遥かに早く来てしまったこの人を、幸子ちゃんと入れ替えてみることにしたらしい。
学校に行く時間はまだ先っぽくなったけど…。
「それじゃあ…化粧して…服着て…」
「あ!お化粧は大丈夫です!衣装は…」
「大丈夫?…まあ、そっちが良いなら…」
その人は化粧は自分でやる派なのか、それとも幸子ちゃんに気を遣ったのか。
衣装に手を伸ばし、そして一切の迷いなく、それを選んだ。
「…メイド服?」
「はいっ!これはアルバイトでも着てますから!」
…メイド喫茶の人だったんだ…。
「…じゃー撮影するよー!…緊張してない?」
「ちょっぴりしてますけど…大丈夫です!」
幸子「…」
友紀「…」
「そう!じゃあ安心だ!幸子ちゃん!こういう感じだよ!だからリラックスリラックス!」
幸子「は、はい!」
友紀「…」
「はい!じゃあ自分で良いなと思ったポーズを取って!」
「はいっ!」
「じゃー名前言っちゃおう!大きな声で!」
友紀「…」
幸子「…」
菜々「安部菜々!ウサミン星からやってきたウサミン星人です!地球ではJKやってます!キャハッ♪」
「・・・」
友紀「・・・」
幸子「・・・」
菜々「・・・」
「…よーし!!良い笑顔貰ったよー!!」パシャッ
菜々「はいっ!これからウサミン星人の侵略が始まりますよー!!」
幸子「…」
友紀「…幸子ちゃん」
幸子「はい?」
友紀「…参考になる?」
幸子「…なりませんけど、あのハートは見習います」
友紀「…あはは…」
「いやー…かなり早く終わっちゃったね!いやさっきのはびっくりしたよー…」
「ナナは本物の宇宙人なんですよ!」
「あ、そ、そうなの?」
「はいっ!」
安部菜々ちゃん。
17歳の女子高校生で、メイド喫茶でアルバイトをしながら生計を立ててるらしい。
「次は…えっと…」
「輿水幸子です」
「幸子さんですね!頑張って下さい!ウサミーン!パワー!注・入!!ビビビビーン!」
「やめてください!伝わりましたから!色々と!」
「元気は出ましたか?」
「出ました!出ましたから!」
「良かったです!キャハッ♪」
…何だろう。
この子、色々ぶっ飛んでる人なのかな…?
「…あ!貴方は姫川友紀さんですね!」
「え?知ってるの?」
「はいっ!ナナはアイドルの方なら結構知ってるんですよ?」
菜々ちゃんは、アタシの方に向くと、すぐにアタシの名前を言い当ててみせた。
…アタシも、有名になれたってことなんだなぁ。
「嬉しいなぁ…これからよろしくね!菜々ちゃん!」
「はいっ!」
…確かに、この子に応援されたら元気出るかも。
「じゃあ、幸子ちゃん。…オッケー?」
「…はい!オッケーです!」
幸子ちゃんの緊張も解れたみたいで、カメラマンもスタッフもみんな安堵の色を浮かべている。
「じゃあ、幸子ちゃん!張り切ってこうね!」
「はい!」
…うん。
…良いスタートがきれたかな。
「じゃあポーズ取ってー!」
「はい…」スッ
「?…お、セクシー路線かー…良いよ良いよー!挑発的な表情いってみよー!」
「はい!…これで…?」
「……オッケー!はい撮れたー!」
アタシはプロデューサーではないけど。
…今なら気持ちが分かる気がするよ、右京さん。
「おーし。良いの撮れたじゃない!」
「はい!」
…身内が成功すると、こんなにも嬉しいものなんだね。
右京「そうでしたか。幸子君の初仕事は大成功でしたか」
友紀「うん。…よ…いしょっ…」グググ…
トレーナー「はい息吸ってー…」
友紀「すうううう…」
トレーナー「はい3秒止めて、吐く」
友紀「んっ・・・ふうううう…」
右京「君も、随分成長しましたねぇ。少なくとも後輩の面倒を見るくらいには」
友紀「大袈裟だよ。それに菜々ちゃんって子の手助けが無かったら…」
右京「遅かれ早かれ、君なら手本を見せるということに気がつくでしょう」
友紀「まあ…よ…いしょっ………ね」
右京「…今回、僕は今西部長に企画を提案してきました」
友紀「すうううう……んむ?」
右京「ああそのままレッスンを続けて下さい。僕は勝手に話していますから…」
友紀「ふうううう……で、どうしたの?」
右京「…3人が3人ともバラバラというのも、どうかと思いましてねぇ」
友紀「…まあ、アタシも紗枝ちゃんもセットで呼ばれること多かったしねぇ」
右京「ええ。ですからこの際、君達にユニットを組んでもらおうかと思いまして…」
友紀「…え!ユニット!?」
トレーナー「あら…おめでとうございます!」
友紀「あ、ありがとうございます…。でもそんな、こんな所で話さなくても…いや嬉しいけどさ」
右京「小早川君も幸子君も学校。校内で電話をいじるのはよろしくありませんから」
友紀「…アタシはここにいるもんねぇ…」
右京「それもありますが、まず君に話しておきたかったものですから」
友紀「…そっか。なんか…ありがと」
右京「…思えば君がここに来て、随分経ちます」
友紀「…そだね。もう半年くらい?」
右京「5カ月と、21日です」
友紀「細かいなぁ…」
右京「…僕の…」
友紀「悪い癖、でしょ?」
右京「それはともかく、このプロジェクトの中では、君が一番の先輩ですから」
友紀「…でも、ユニットかぁ…」
右京「ええ。まだまだ先の話ですが…」
友紀「そう、だね…。名前とか、リーダーとか決めなきゃだし」
右京「ええ。ですがそれらは君達にお任せします」
友紀「そう?」
右京「君達が決めたことなら、君達も納得するでしょうから」
友紀「…そっか」
右京「ええ。今のところはまだ企画段階ですが、何か質問はありますか?」
友紀「え?…うーん…じゃあ、さ」
右京「何でしょうか?」
友紀「リーダーは、誰が良いの?」
右京「…君達で…」
友紀「そうじゃなくってさ、右京さんは、誰が良いの?」
右京「…」
友紀「ほら、右京さんの意見もないと…」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「やっぱり紗枝ちゃんかな?落ち着いてるし…」
右京「…色々と考えました」
友紀「…例えば?」
右京「小早川君は落ち着きのある方。幸子君は空間認識能力が高い…君は年長者で、2人の面倒を見ている…」
友紀「見てるって、そこまでは…」
右京「僕としては君にお任せしたいところですが、まあ…そこは話し合って頂ければ幸いです」
友紀「…ん…」
右京「それでは僕は部屋に戻っています」
友紀「ん。また後でね」
…。
「はい。脚の柔軟いきますよ」
「はい…んしょ…」
さっき、何気無く聞いた質問。
誰がリーダーなら良いか。
「身体、柔らかいですねぇ…」
「チアガールやったこともありますから…」
右京さんは少し考えた後、何の気なしにアタシを推した。
…自分は頼りにされてないんじゃないかって思ってたけど。
…全然、違うじゃん。
「…嬉しそうですね。さっきのお話ですか?杉下さんとの」
「え?あ、いや…」
…また顔に出てる。
…気をつけなきゃ。
「でも尚更頑張らないといけませんね!」
「あ、はい!」
ま。まだ企画段階だし、リーダーが誰なんて話し合わなきゃ決まらないけどさ。
「…よいしょっ…」
…でも、まだ、気がついてなかった。
こんな何気無い日々がずっと続いていくと信じていたアタシ達。
もう、すでにこの時からその時計は針を進め、その時は刻一刻と迫っていた。
それが、どんな時間か?
…それは、アタシ達にとって、とても悲しくて、辛かったこと。
…右京さんとの、別れの時間。
第八話 終
アタシが右京さんと関わって、色んなことがあった。
新しい仲間も増えたし、頼れる先輩も出来た。
狭いけれど、居心地の良い第二の家が出来た。
その中では、本当に色んなことがあった。
そして、イレギュラーな事も、当然あった。
…それが起きたのは、突然。
それは、遅かれ早かれ起きたのかもしれない、小さな事件のようなもの。
…いきなりの事に混乱したけど。
右京「…」
友紀「…」
紗枝「…」
幸子「…」
紗枝「…友紀はん」
友紀「何?」
紗枝「何?やあらしまへんがな。どういうこどすか?」
友紀「…いや、アタシに聞かれても…」
幸子「友紀さんが知らないなら、ボクも知りませんよ」
紗枝「…やっぱり、無理し過ぎたんちゃいます?」
友紀「それはなんとなく分かるけどさ…あれ、そういう感じ?」
幸子「疲れてる…ようにも見えますが…」
紗枝「言うてもアイドルとそう変わらん体力の持ち主どすえ?」
友紀「…」
幸子「…」
紗枝「…ほんま、どないしたんどすか?」
右京「…」ボー…
朝。
右京さんが紅茶を淹れながらアタシ達を待っている。
今日も同じようにアタシが二番目で、いつもと変わらない挨拶をした。
「おはよー!」
「おはようございます」
「…あれ?右京さん…」
「どうかされましたか?」
「木札、変えてないよ。ほら」カタン
「…おや。そうでしたか…」
…。
「それと、紅茶は?」
「…ああ!そういえば…」
…。
「…どうしたの?」
「…はいぃ?」
「…」
…おかしい。
何がおかしいかって聞かれると、具体的には答えられないけど、めちゃくちゃおかしい。
まず、返事がワンテンポ遅い。
そして、変えていない札。
淹れてない紅茶。
ただのミスだろう。
そう思うかもしれないけど、この人に限ってそれはない。
…でも、それ以上に…。
「…」
「…」
…あの右京さんが、ボーッとしてる…?
紗枝「まさか、どこか頭を打って…」
友紀「それも無いよ」
紗枝「そんなん、分からへんやないどすか」
友紀「見てなくても足元の段差とか避けるくらいだよ?」
幸子「…ま、こんな日もあるんじゃないですか?右京さんだって人間ですし…」
紗枝「そんなん嫌やわぁ。幸子はん、いつもみたいにじゃれてきてくれまへんか?」
幸子「貴方にとってボクって何なんですか…それに何だか話しかけづらいですよ…」
友紀「うん。何か…ね」
右京「…」ボー…
紗枝「あんな右京はん、右京はんやありまへん!」
友紀「分かった。分かったからそんな…」
右京「…」
友紀「右京さん!」
右京「…どうかされましたか?」
友紀「ほら、今日のアタシ達の予定、覚えてる?」
右京「?…そうですねぇ…」パラパラ
紗枝「手帳見てますやん!いつもやったらコンマ1秒とかからず詳細に答えるようなお人が!」グイグイ
幸子「あうあう…それとボクを揺さぶるのに何の関係があるんですか!」グワングワン
友紀「…大丈夫?体調悪くない?」
右京「…体調は、すこぶる快調ですがねぇ…」
友紀「…えええ?」
やっぱり、おかしい。
アタシの知ってる右京さんではない。
こんな隙だらけで、何も考えていないおじさんではない。
「…」
ただただ、心配になる。
もしかしたら、季節の変わり目のせいでこうなったのか。
はたまた、早めの夏バテなのか。
…考えたくないけど、ボケちゃったのか。
「…!」
違う違う。
右京さんはそんなヤワじゃない。
…最も、それはそうであって欲しいと思うアタシの願望なだけなんだけど。
「…」
無表情で車を運転する右京さんを見ていると、不安要素しか感じられない。
「…事故、起こしませんよね?」
「…多分、大丈夫だと思う…」
幸子ちゃんがそう思うのも、無理はない。
昨日今日で、これだけの落差があるといくらなんでも混乱する。
アタシを華麗に助けた事。
紗枝ちゃんを華麗に躱した事。
幸子ちゃんの母親に啖呵を切った事。
そのイメージが、途端に崩れ去るような感覚に陥る。
「…右京さん、今日…アタシ達タクシーで帰るから…」
「…いえ、体調はすこぶる…」
「だってほら…ねえ?」
「そうどすえ。いつもやったら、何でもぱっぱとしてくれますやん…」
「…そうですか…」
「…あああ…」
相変わらずの受け答えに紗枝ちゃんが頭を抱える。
…ホント、どうしちゃったんだろ、右京さん…。
「えーとですね…ここでお菓子持って…3人でダンスを…」
幸子「あの、並び方は…」
「うーん…そうだなぁ…346さん、どうします?」
右京「…そうですねぇ…」
「こういう時は、背の低い子が真ん中に来て…」
右京「…そうですねぇ…」
「で、そこを左に紗枝さん、右に友紀さん。こんな感じでいいですかね?」
右京「…ええ。良いと思いますよ」
「良し!じゃあそれでいきましょう!」
幸子「…」
紗枝「…」
友紀「…」
「まず先に送っておいたビデオの振り付けをですね…」
友紀「あ、はい!」
「最後ターンを決めて、カメラに寄って一言!…ってな具合ですから!頑張っていきましょう!」
幸子「は、はい…」
右京「…」ボー…
紗枝「…うう…」
「あ、あれ?紗枝さんどうしました…?」
友紀「あ、な、何でもありませんから!大丈夫ですから!」
「は、はあ…それじゃ撮影いきますよー!」
幸子「ほら立って下さいって…!紗枝さんまでそんなになってどうするんですか!」
紗枝「…せやかて幸子はん…」
「はい撮影まで5…4…3…2…」
右京「…」ボー…
友紀「(…これ、相当ヤバいんじゃ…)」
瑞樹『あら…そんなことが?』
友紀「そうなんです…どうにもこうにも…アタシ達じゃ…」
瑞樹『…そうねぇ。そんなこと言われても、前例が無い事だし…』
友紀「瑞樹さんも、分かりませんか?」
瑞樹『そうねぇ…私達も、直接彼の下にいたわけじゃないから…』
友紀「そうですか…」
瑞樹『そもそもプライベートなんて一切話さない人でしょ?原因なんて何も分からないわ』
友紀「うーん…でもこのままだと、紗枝ちゃんが…」
紗枝「…」
瑞樹『あらあら……なら、そうね…』
友紀「あるんですか!?解決策!」
瑞樹『大声出さないでよ…』
友紀「あ…すいません…」
瑞樹『まあ、解決策になるかどうかは分からないけれど…総務課に行ってみなさい』
友紀「総務?」
瑞樹『ええ。そこに行けば米沢って人がいるから』
友紀「米沢さん…」
瑞樹『ええ。眼鏡を掛けてて、ちょっとおかっぱのふっくらした男の人よ』
友紀「…うーん…」
瑞樹『まあ、行けば一瞬で分かるから。とりあえず帰ったら行ってみなさい』
友紀「あ、はい!ありがとうございます!」
瑞樹『彼、杉下係長とは346でも一番親しいから。だから何か教えてくれるんじゃないかしら?』
友紀「米沢さん……はい!ありがとうございました!」
結局この問題の解決策が見つからないまま、仕事を終えた。
スタッフの提案にも生返事だったし、帰りの車でも何だかボーッとしてた。
…右京さんを何とかしないと紗枝ちゃんのモチベーションに関わるみたいだし…。
「…」
…アタシも幸子ちゃんも、なんだか嫌だし…。
とにかく、米沢って人に会ってみようかな。
そしたら、解決はしないまでも、右京さんがこうなった原因が分かるかもしれないし。
…っていうか、これ完全にロボット扱いだよね。
とりあえず、戻ったら紗枝ちゃんと幸子ちゃんを連れていこう。
「…」
…でも、瑞樹さんは見たらすぐ分かるって言ってたけど…。
そんな分かりやすい特徴かなあ?
おかっぱに近い髪型で、眼鏡の…太ってる人。
「…うーん…」
…。
友紀「…」
紗枝「…」
幸子「…」
米沢「…」カタカタ
友紀「…あの人、だよね?どう見ても」
幸子「…そうですね」
紗枝「確かに、どこか目立ちそうな風貌どすなあ…」
幸子「何というか…何処か近寄り難いと言いますか…」
紗枝「何やろか…いわゆる…オタ…」
幸子「シッ」
友紀「(…確かに、右京さんと仲が良いっていわれるくらいだもんなあ…)」
友紀「…あ、あのー…」
米沢「…」
友紀「あのー…」
米沢「?私ですかな?」
友紀「あ、はい…」
米沢「…?おや、あなた方は…」
幸子「右京さんのプロジェクトの…」
米沢「ええ。存じていますが…杉下係長は?」
友紀「あ…えーと…」
紗枝「右京はんについて聞きたいこと、あるんどすわぁ」
米沢「はて…私にですか?」
幸子「は、はい」
米沢「ふむ…でしたら」ガタッ
幸子「ひうっ!?」
米沢「…?」
友紀「あ!ご、ごめんなさい!ちょっとこの子人見知りなところあるんですよ!」
米沢「ああ。そうでしたか。…まあここではなんですから、外のカフェにでも行くとしますかな」
紗枝「え?」
幸子「そ、そんな事までしなくても…」
米沢「ああ、いえいえ…」ズイッ
友紀「うえっ!?」
米沢「…杉下係長の話は、ここでは難しいものですからな…」ボソ
友紀「あ…」
幸子「そういう…ことですか…」
米沢「では行きますかな。かくいう私もまだ休憩をとっていなかったものですからな…」
幸子「あ…はい」
紗枝「…」
友紀「…」
幸子「…右京さんと仲が良い理由、なんとなく分かります…」
紗枝「…ウチもどすわ…」
友紀「…」
それからアタシ達は米沢さんに連れられ、346プロダクション内にあるカフェで少しの休憩をとることにした。
…確かに、見てすぐに分かるような人だったなぁ。
「すみません。私はクリームソーダを一つ」
「あ、はい!」
席に座ると同時に店員さんに注文をする。
突然の注文に店員さんも慌ててこっちに飛んでくる。
…。
「あれ?菜々ちゃん?」
「どうもー…ナナです」
見覚えのある顔が、そこにあった。
…でも、菜々ちゃんが働いてるのって…。
「菜々さん、ここで働いてるんですか?メイド喫茶は…」
「こっちの方が近くて便利なんです。お別れは寂しかったんですが…ううっ」
「あ、あはは…」
そうは言いながらも、今の彼女の格好はメイド喫茶と比べても大差ない。
店長さんや、他の従業員さんを見ると普通の格好、ということから恐らくここはエプロン以外は自由ということなのだろう。
そこでメイド服というのは、彼女の譲れない部分というものなのかどうなのか…。
「ウチ、メイドはんなんて初めて見ましたわぁ」
「あ、ち、違いますよ!これは仮の姿!ナナの本当の正体は…」
「ウチ緑茶くださいな」
「アタシアイスコーヒー!」
「ではボクはミルクティーを」
「無視ッ!!?」
米沢「はあ…杉下係長が…」
紗枝「そうなんどす。何しても何言うても…ただのおじさまのように…」
米沢「お、おじさま…」
友紀「米沢さんは、何か知らないの?」
米沢「そうですなあ…」
幸子「…」
米沢「…私も、杉下係長の全てを知っているわけではありません」
友紀「…そう、だよね…」
米沢「…が」
友紀「!」
紗枝「何か、知っとるんどすか?」
米沢「いやいや、これは私の都合なんですがな。…大分前に、彼が足繁く通っていた小料理屋が無くなってしまいましてな…」
友紀「…?」
米沢「杉下係長としても、習慣にしているものの一つが無くなったわけですからな…」
紗枝「そない危ない薬みたいな…」
米沢「いやいや、バカにできんものですぞ。彼としてはあの店は酒を飲みにいくよりも、女将さんに会いにいくということの方が正しいかもしれませんからな…」
友紀「えっ」
紗枝「えっ」
幸子「…ほほう」
米沢「まあ、そういう…」
友紀「ど、どういうこと?あの人にそんな人が…?」
米沢「おや、聞いておりませんでしたかな?」
紗枝「聞くも何も、そない習慣があったなんて…」
米沢「ここだけの話、そこの女将さんは、杉下係長の元配偶者だったとかなんとか…」
友紀「はっ!?」
幸子「え!?」
紗枝「なっ…」
友紀「ちょっ…ちょ!!知らないって!何それ!?」ブンブン
米沢「ぐぐぐ…わ、私も聞いただけのお話ですからな…」グワングワン
紗枝「お付き合いどころか、結婚から離婚まで…」
幸子「…待って下さい。とどのつまり…」
友紀「…」
幸子「……会えなくて寂しいと?」
友紀「う…」
米沢「ううむ…そういう方ではないと思いますがな…まあ、習慣の一つが無くなったということ…」
紗枝「…」
米沢「そして、その影響が大きいこと。…それくらい…ですかな」
友紀「…」
紗枝「…」
幸子「…と、いうことは…」
友紀「…うん」
米沢「?」
紗枝「まあ、良え機会と思て…」
友紀「…」ガタッ
紗枝「…」ガタッ
幸子「…」ガタッ
米沢「おや、解決には至ったのですかな?」
友紀「うん。ありがと!米沢さん!」
紗枝「ほんま、おおきに…」
幸子「ありがとうございました!」
米沢「ああ、いやいや…」
友紀「じゃーねー!また何かあったら相談するからね!」
米沢「あ、はあ…」
紗枝「ほなウチらはこれで…」
米沢「え?」
幸子「お疲れ様でした」
米沢「あ…」
米沢「…1700円。高い昼休憩でしたな…」
右京「…」
右京「…」
友紀「右京さん!」バタン
右京「…どうかされましたか?」
友紀「ほら、早く着替えて!行くよ!」
右京「?…おや、今日はもう終了のはずでは…」パラパラ
紗枝「ほらほらはよ準備して…」グイグイ
右京「?」
幸子「行きますよ…!」グイグイ
右京「…はいぃ?」
友紀「いいから!!」
右京「…」
紗枝「何にしても今日は、色々話してもらいますえ」
幸子「ボクのプライベートにはズカズカ入り込んで、自分は秘密主義なんて許しませんよ!」
右京「おやおや…」
友紀「そもそも、結婚してたって何!?」
右京「…おや、どなたから?」
友紀「あー!!嘘じゃなかったー!!」
右京「…君、僕をどういう風に見ていたんですかねぇ」
幸子「それもこれも含めて、全部話してもらいますからね!」
右京「僕のプライベートなど、何の面白みもありませんがねぇ…」
友紀「はいはい早く歩いて」
右京「…ちなみに、僕はこれから何処へ連れていかれるんですかねぇ?」
紗枝「何処でもええやないどすか。お酒が飲めて、人と話せるなら…」
右京「…」
友紀「あ、勿論二人はジュースだからね」
幸子「分かってますよ!!」
右京「…」
紗枝「ふふ。水臭い事せんと、早う言っとくれば良かったのに…」
右京「…僕は今日、車なんですがねぇ…」
友紀「あ」
幸子「あ」
紗枝「あ」
…。
「…っていうさ」
「そんな事も、ありましたかねぇ」
右京さんはどうでもいいと言わんばかりに日本酒をチビチビしていた。
大酒飲みというわけではないのか、飲み方はいつもどこか遠慮がちだ。
「…でも右京さんって、こういうの好きなんだね」
「ええ。静かで、人も少ない方が、僕好みというものです」
「じゃあさ、良いとこ見つけたアタシに感謝だねー…」
「ええ。高垣さんには本当に感謝ですねぇ」
「う…き、聞いたのはア・タ・シ!!」
「ンフフ…」
あれから右京さんをあれやこれやと連れ回し、彼自身も嫌と言わず着いてきたは良いけれど。
…結局右京さん好みの店を見つけたのは、高垣楓さんという先輩アイドルだった。
何処か暗く、近寄り難かったけど、意外とすんなり穴場を教えてくれた。
…何だかあの巨大プロデューサーさんにべったりだったけど。
「でもさ、一時はどうなるかと思ったんだよ」
「そうでしたか」
「だって、いつもみたいに重箱の隅をつつくような感じじゃないんだもん」
「…君には、幸子君を見習ってほしいものですねぇ」
「じゃー…アタシのこと名前で呼んだら…」
「…」
「…」
…。
「…ね。右京さん」
「何でしょうか」
「…今でも、その…奥さん…のこと…」
「…」
「…」
「彼女の人生は、彼女の人生です。僕にとやかく言うようなことは…」
「はぐらかさないで」
「…」
「ちゃんと言って」
「…誰とも繋がっていない人間など、この世にはいません」
「…」
「たとえ離れていても、必ず繋がっています」
「…」
「…それが僕の答えです」
…離れていても、どこかで繋がっている。
そしてそれは、誰しもが持っている。
みんな何処かで、誰かと繋がっている。
…。
『…絆…っていうの?』
『君らしく言うならば、そうなります』
…絆。
右京さんと、別れた奥さんの、絆。
右京さんと、アタシの絆。
アタシと、紗枝ちゃん、幸子ちゃんの絆。
…離れていても、か。
…そうだね。
…。
右京さん。
だから、そんな事言ったの?
自分にこれから訪れる事を、知っていたから、そんな事を言ったの?
…。
右京さんが消える、1ヶ月前の出来事だった。
第九話 終
>>70
地下の←×
無しでお願いします…
矛盾してますやんけこれすいません…
>>176
その動作を訝しげに見つめる紗枝ちゃんと、何を考えているのか分からないウチさんと目が合う。 ←×
何を考えているのか分からない右京さんと目が合う。←○
ウチってなんやねん…
ここで過ごして、はや半年、以上。
それなりの知名度は出てきて、仲間も増えた。
「…」
『…やはり今の状況は厳しいですか?』
『そうですねぇ…週5でバイト入れて…ギリギリです』
休憩中に観ていたとある地下アイドルに焦点を当てたドキュメンタリー番組。
『でもいつか私もテレビとかに出て…』
…正直、このご時世でこういう仕事で食べていけるって、凄いことなんだろうなって、つくづく思う。
そして、いつ終わるか分からないこの状態をいつも心に置いておかなければならないプレッシャーも、次第に感じるようになってきた。
…確かに、親がやらせたくない仕事というのも納得。
「…お気楽だけじゃ、やっていけない世界なんだね。こういうのって」
「君からそのような言葉が聞けるとは思いませんでしたよ」
「・・・」
いつものようにパソコンと書類に目を向ける右京さんは、軽口なのか本気なのか分からないけど、そう答えた。
…もう慣れたよ。
「おはようございます!」
「どうも、おはようございます」
「おはよー!」
「おはようございます」
幸子ちゃんと紗枝ちゃんが学校から直でやってきた。
学生アイドルということもあり、制服のまま来るのは珍しくない。
「でも二人とも寮でしょ?近いんだし着替えてくれば良かったのに…」
「着物は時間がかかるんどすえ」
「着物着なきゃ良いのに…」
「う…正論を吐かれたわぁ…」
…本当は普通の私服持ってるくせに…。
「今はワンタッチ式の物もあるみたいですよ。ほら」
「ほー…」
幸子ちゃんが最新式の携帯の画面を見せる。
そこにはマジックテープでくっつく着物の画像が表示されていた。
…というより、お父さんにかなり甘やかされてるな、なんて思うのは野暮…かな。
「…あかん」
「え?」
「あかん!こんなちゃちいモン、着物とは認められまへん!」
…あ、変なスイッチ入ったみたい。
友紀「そういえばさ。右京さん」
右京「何でしょうか」
友紀「今日でアタシと右京さんが会って、何日か知ってる?」
右京「半年と、3日ですかねぇ…」
友紀「…まあ、半年。半年だよ」
紗枝「あら、そない経つんどすか…つまり、ウチは3、4カ月…」
幸子「ボクは2カ月ですかね」
紗枝「…密度の濃い半年どすなぁ…」
友紀「…色々、あったよねぇ…」
右京「そう思えるのは、君達が努力してきたという何よりの証拠です」
幸子「…」
紗枝「…」
友紀「…」
右京「…」
紗枝「…そう…どすなぁ…」
幸子「そう…ですね…」
友紀「…えへへ…」
幸子「…ところで」
友紀「?」
幸子「決まったんですよね?」
右京「何がでしょうか」
幸子「何がでしょうかじゃないですよ!ボク達のユニット!企画書出したんですよね?」
右京「ええ」
紗枝「そういえばもうかれこれ2週間は経ちますなぁ。お返事は来てまへんの?」
右京「そのようですねぇ…」
幸子「そのようですねぇって…」
友紀「今西部長に渡したんでしょ?」
右京「ええ。確かに」
紗枝「ほな今西部長で止まっとる…ちゅうことどすか?」
友紀「んー…あの人は確かにアバウトだけど…そんな鈍臭いことするかなぁ」
右京「…」
幸子「…」
友紀「どうかした?」
幸子「…いえ」
紗枝「…」
幸子「…」
紗枝「言いなはれ」
右京「…」
紗枝「そない煮え切らん態度、かえって不安を煽るだけどすえ」
幸子「…」
友紀「…」
幸子「…考えたくはないですけど…その…今西部長以外の役員の人達って…」
紗枝「…」
幸子「…ボク達のこと…」
友紀「…あ…」
右京「…」
友紀「だ、だとしたら…アタシ達…」
紗枝「…」
右京「…もう少し、待つとしましょう」
幸子「…」
友紀「…」
今西「…」
「…」
今西「…これは、どういう事でしょうか?」
「言ったはずですよ。杉下右京のこれ以上の勝手は見逃せない」
今西「結果は出している筈では?売り上げだけなら他のプロジェクトに比べても遜色ないと…」
「…それで?」
今西「彼の功績は、評価しない…と?」
「評価される人間じゃない。言い直して欲しいですね」
今西「…そこまで、彼は邪魔でしょうか?」
「邪魔…そうだねぇ。上司に従わない者がいつまでも出しゃばるのはどうかと思いますけどね」
今西「…最近は大人しくしているじゃありませんか」
「油断ならないね。あいつはその気になれば尻尾に噛み付くどころか根こそぎ飲み込んじゃう奴だから」
今西「…」
「…とはいえ、確かに結果を出しているといえば、否定出来ないよね」
今西「…ならば」
「うん。ユニットを組んで活動するのも良いんじゃないかなあ」
今西「…」
「…」
今西「…その条件が、これですか?」
「何かおかしいかな?これは社長からの直々の通達ですよ?」
今西「…」
「そんな目で見ないでくれよ。僕はただ社長からこれを渡してくれと言われただけなんだよ」
今西「…彼から、何もかも奪うつもりですか…?」
「奪うだなんて。担当が変わるだけじゃない」
今西「それを奪うと言うんじゃないんですか?」
「人聞きの悪い。これは栄転だよ?杉下も喜んでくれると思うけどね」
今西「…」
「…君だって、踏み込まれたら困る人間の一人じゃない」
今西「…」
「だから、当然の措置。こういうのは早いのに越したことはないんだから」
今西「…」
「ま、そういうことだから…」
今西「…」クシャ
自分達が無事ユニットを組めるのかどうか。
そういった問題はとりあえず置いておくことにした。
「…せやけどユニットを組むんであれば…当然、決めんとあかんもんがあるんとちゃいます?」
「?」
紗枝ちゃんが右京さんの淹れた紅茶を啜りながら静かに呟く。
…決めなきゃいけないこと?
「ふむ…確かにそうですね」
アタシにはまだ分からないけど、幸子ちゃんには分かったみたい。
そしてその答えを聞こうとする前に、右京さんが口を開いた。
「ユニットの名前、それとそれを纏めるリーダー…でしょうかねぇ」
言い終わると同時にカップを皿に音も立てずに置いた。
…確かに、そうだよなあ。
それに、それはこの間少し右京さんに聞いてみたし…。
「ユニットの名前は一先ず置いといて…まずリーダーを決めんとあきまへんなあ」
右京さんの真似事なのか、カップを皿にカチンと置き、そしてチラチラと彼に目配せをする。
自分らで話し合うよりは、第三者、自分達を一番近くで見てきた右京さんに決めて欲しいんだろう。
…ただ、別の意味も含めてそうだけど。
「当然、ボクに決まってますよね!ボクはカワイイから!!」
「確かにカワイイどすなぁ。こないちっこくて」
「ちっこくないです!」
「…」
…カワイイが基準とは思わないけど。
でも、幸子ちゃんがリーダーというのも一理ある気がする。
洞察力に優れて、何より頭も良い。
ただ年長者だからアタシというのは安直過ぎるだろうし、紗枝ちゃんがリーダーというのも何だか偏った方向に行きそうだし…。
「右京はん、右京はんはどなたが良えと思いますか?」
「…僕が決めるというよりも、第三者に決められたものには少なからず不平不満が出るものです。ですから君達で決めることの方が後腐れなく、そして一番良い方法でしょうねぇ」
「そんな…右京はんが決めたんやったらウチは…」
「貴方が良くても、ボクは良くないんですよ」
「そういうことです。君達で決めて下されば、僕も幾分か楽になりますから」
…右京さんらしいや。
紗枝「…ほな、友紀はんはどうなんどすか?」
友紀「え?」
幸子「そうですよ。何も言わないのはダメですよ」
友紀「…えー…」
紗枝「誰がなっても、メリットデメリットはあると思いますえ?」
友紀「…んー…」
幸子「これはですね、やはり何かで競うべきですよ」
友紀「…競う?」
幸子「そう!学力とか…」
紗枝「ほな保健体育でもやりまひょか。ほれ、これなーんや?」
幸子「ひ…卑怯ですよ!」
友紀「…あ!」
紗枝「?」
幸子「?」
右京「…」
友紀「あれは?あみだくじ!」
紗枝「…」
幸子「…」
右京「…」
友紀「…」
紗枝「…ない、どすなぁ」
幸子「…ない、ですねぇ」
友紀「…えええ…?」
…結局、そんなすぐに決まるものでもなくて。
この問題はとりあえず全て一時保留として、次の仕事に向かうことになった。
…でも、ユニットかぁ。
「…」
偶然、右京さんの目に止まったアタシと。
偶然、目をつけた紗枝ちゃんと。
偶然、関わることになった幸子ちゃんが。
偶然、こうして同じプロジェクトに腰を据えることになった。
「ほなこれはどうどすか?カラオケで一番点数の高い子がリーダー言うんは」
「リーダーに求められるものは歌唱力ではありませんね!やはり可愛さ…ちっこくないです!」
「何も言うてまへんやん…」
…一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は必然、四度目は…。
「…運命、かぁ…」
「え?」
「え?」
「な、なんでもない…」
…声に出ちゃってた。
「う、運命て…」
「あ、いや…紗枝ちゃんが想像してるのじゃないよ」
…そもそもそれって、一人の相手に使うものだしなぁ。
今西「…」
米沢「…」
今西「…」
米沢「…俄かには信じ難い、無茶苦茶なご通達ですな」
今西「…だが、いつかはこうなる。そんな予感はしていたんだよ」
米沢「確かに、いずれ自分達に牙を剥くであろう人物をいつまでも置いておくとは到底思えませんな。あの重役の方々が…」
今西「…」
米沢「しかし、信じられないのはそれだけではありません」
今西「…うむ」
米沢「…まさか貴方も、一枚かんでいたとは…」
今西「…弁解は出来んねぇ…」
米沢「…まあ、大方、付き合わされたのでしょうな」
今西「…」
米沢「そうでもなければ、ここまで杉下係長の味方を引き受けたりはせんでしょうからな」
今西「…私は、これを彼に渡さなければならないのかね?」
米沢「…期限は、書いておりませんな」
今西「ああ。せめてもの、というやつだろうさ。…とはいってもそう長くは待ってくれんだろうがね」
米沢「…」
今西「…最近の、彼の顔」
米沢「…」
今西「…どう、思うかね?」
米沢「あくまで私の主観ですが…」
今西「…」
米沢「…とても、楽しそうにしていると思っております」
今西「ああ。それも色んな事を含めて、だ」
米沢「…」
今西「…だからこそ、だ」
米沢「…ふむ」
今西「…こんな残酷な結末を、誰が渡してやれるかね?」
米沢「…」カサ
『杉下右京 346○○株式会社 北海道支店への出向を命ず』
『尚、プロジェクトの人員は他のプロジェクトへ回すこととす』
米沢「…私は」
今西「…何かね?」
米沢「…私は、なんだかんだで杉下係長とはもう十数年の付き合いになります」
今西「…私もだな」
米沢「…彼は、いつだって純粋でした」
今西「…ああ」
米沢「純粋に仕事に向かい、純粋に人と向き合っていました」
今西「…ああ」
米沢「だからこそ。あえて言わせていただきます」
今西「…」
米沢「彼は、必要な人材です」
今西「…」
米沢「これからの346プロダクションには、彼が必要だと私は思っております」
今西「…」
米沢「…と、下っ端の私が言うことではないですがな」
今西「…いや」
米沢「…」
今西「…当然の、台詞だよ」
米沢「…」
今西「…」
米沢「…これから、どうするのですか?」
今西「…どうする、かね…」
米沢「…」
今西「…」
米沢「…心中、お察しします…」
今西「…うむ」
「…んー…!疲れたー…」グググ…
「座りっぱなしのお仕事やありまへんか。特に動いたわけでもない…」
「むしろそういう方が苦手なの!動いてた方が良いよー…」
「全く底知れないスタミナなんですね。友紀さん」
「あれー?褒めてるのそれー…」
仕事から帰り、時計を確認する。
時刻はもう4時を回っており、夕方と言っても良い時間帯だ。
日の入りが遅くなってきてはいるけど、休みの日ならこの時間でも晩御飯を食べたりするのは珍しくない。
「しかしこの部屋は日光もほとんど入ってきませんね…」
幸子ちゃんがそうぼやく。
ここは元物置部屋と分かっていても、流石に窓が換気用程度の小窓一つでは納得がいかないのかもしれない。
「どのような場所でも仕事が出来るだけマシ。そう考えるべきです」
スーツのジャケットを掛け、紅茶の準備をしている右京さん。
暑くなってきたからか、コートは着なくなったらしい。
そして自身の机の中の茶葉を取り出そうとした時、上に置かれていたそれに気づいた。
「…」
「?…何それ?右京さん」
厚手の封筒。
そこには一枚のCDと書類が3枚。
「おや。ようやく届きましたか」
「…あっ」
それだけで、アタシ達はそれが何なのか、すぐに分かった。
「幸子君。君の曲が出来上がりましたよ」
そう言って、歌詞の書かれた紙とCDを幸子ちゃんに渡す。
「…」
目を見開き、呆然としている彼女は、それをどう受け取っていいのか、というよりはまだそれがどういうことなのかがよく分かっていない様子だ。
「…あ…え…」
「やったね幸子ちゃん!これで本格的に歌手デビューだよ!」
「あらまぁ…ほんまおめでたいことどすなぁ」
「…あ…」
幸子ちゃんが笑顔の右京さんからそれを受け取るのは、少し時間が経ってからだった。
「びっくりしましたよ…いくらなんでも渡し方が自然過ぎです!」
「おやおや。何かおかしかったですかねえ…」
「当たり前です!もっとおめでとうとかあるでしょ!」
案の定軽口を叩く。
多くを言わない右京さんの事だから、こういう渡し方以外想像出来ないのに。
…その軽口がただの照れ隠しだというのは、アタシでも分かるけどね。
「で、どういう感じなの?早く聴かせてよー!」
「…そうですね。まあ、このボクの曲ですから?勿論カワイイんですよね?」
「可愛いかどうかはともかく、まずは聴いてみてはいかがでしょう?」
「わ、分かってます!こういう時くらいムードってものを…」
右京さんも早く聴いてみたいらしく、コンポを我先にと部屋の真ん中にセットした。
「じゃあ、かけますから。皆さん、静かにですよ!」
「はよ再生してくれまへんか?」
「わ、分かってますから!」
まるで誕生日に欲しかった玩具を与えられた子供のようなテンション。
…アタシにも、分かるよ。
「…」
「じいじー…」
「…その呼び方、何とかなりませんか?」
「…おしっこ…」
「おや。トイレですか…」
「トイレは?」
「トイレは…この辺にはありませんね。仕方ない。そこの草むらで済ませましょう」
「…んー…」
「我慢が出来るなら、コンビニまで連れていきますよ。15分くらい」
「やだー!我慢出来ないー!」
「なら仕方ないですよね。さ、早めに済ませましょう」
「…」コク
「あ。一応これ軽犯罪ですからね。まあ、僕は警察官ではありませんから…多めに見ましょう」
「…うん」
「…あ、そうだ」
「…」
「…」
「…じいじ。どうしたの?」
「貴方、何処か行きたい所はありますか?遠い所とか」
「え?…でも、いつも忙しいって…」
「じいじはもう疲れました。今度は外側から彼らを見ることにします」
「…?」
「まあ、時間はいくらでも取れるということです」
「…なら、水族館!」
「水族館…」
「うん!じいじと一緒に!」
「そうですか。ではそろそろじいじは勘弁してほしいですね」
「じいじー!」
「ほらほら、早くしまって。車の中にウェットティッシュがありますから手を拭いて下さい」
「はーい!」
「…」
「…」
「…さて…」
「…今度こそ、僕を殺すのは、杉下かなあ」
幸子「…2ヶ月後…」
右京「ええ。それが君の歌手デビューの日ですねぇ」
友紀「じゃあ、頑張って覚えなきゃ!」
幸子「ええ!まあボクなら1週間後でも…」
右京「ではそのように」
幸子「冗談ですよ!察して下さいよ!」
紗枝「…まあ何にせよ、これで各々体制がしっかりしてきたわけどすなぁ…」
右京「そうですねぇ…。ではそれまでに、君達のユニット名とリーダーを決めておくことにしましょうか」
友紀「あー…」
幸子「ユニット名…」
紗枝「…せやけど、中々浮かびまへんなぁ」
友紀「皆の頭文字を取るのは?」
幸子「安直ですね…」
紗枝「安直どすなぁ…」
友紀「ぐ…でも他に何かある?」
幸子「…まあ、無いですけど…」
右京「君達の名前のイニシャルを取っていくと、Y・S・S…」
紗枝「何やアイドルユニットに見えまへんなぁ…」
幸子「…なら、これはどうでしょう?…ズバリ、共通点です!」
友紀「共通点…」
幸子「はい!」
友紀「…ある?」
幸子「…う…」
友紀「どう見てもアタシ達って、バラバラじゃない…?」
紗枝「…ほな逆転の発想でいきまひょ」
友紀「?」
右京「共通点ではなく、バラバラという事を生かす。ということですか」
紗枝「そうどす。まずウチは…京風…自分で言うのもあれやけど…」
友紀「それでいくと…アタシは…野球…なのかなぁ?」
右京「挙げるとするならば、それが一番、君らしいと言えますねぇ」
幸子「…ふむ…」
紗枝「幸子はんは?」
幸子「…そうですね…京都、野球…とすればボクの個性は一つです!」
友紀「え!?な、なになに?」
右京「…」
幸子「ズバリ…」
紗枝「…」
幸子「カワイイ!!!」
右京「・・・」
紗枝「・・・」
友紀「・・・」
幸子「・・・」
紗枝「もう満腹どすえ?」
幸子「何でですか!!個性は各々自由に決めていいんでしょ!?」
紗枝「言うてもそないカワイイカワイイて、可愛い事は個性やないし…」
右京「可愛さというのは人それぞれです。例えば子猫が可愛いという方がいらっしゃれば虫が可愛いという方もいらっしゃるんですよ」
友紀「可愛いにしても、どんな可愛さってのがあるよね」
紗枝「さあどんどん掘り下げていきますえ」
幸子「これが公開処刑ってものなんですね」
右京「いえ、自分の長所を堂々とアピール出来るということはとても良い事なんですよ」
幸子「そ、そうですかね?フフーン!ならボクはカワイイ!それ以上もそれ以下もありません!」
友紀「…まあそれは良いとしてさ、名前どうするかだよね?」
右京「まだ時間はあります。ゆっくり考えて下さい」
幸子「…あ!」
友紀「ん?…あ…もう5時かー…」
幸子「こ、こうしてはいられません!ボクは早目に帰りますよ!」カタン
紗枝「あらあら…そない急いで…寮の女将はんは少しくらい待ってくれますえ?」
幸子「ま゛っ…違います!ただみ、観たい番組があるんです!そ、それではお疲れ様でした!」
友紀「またねー」
右京「お疲れ様でした」
紗枝「…ま、ゆっくりと考えることにしまひょ。ウチも今日は寮でご馳走になりますさかい、失礼します…」カタン
友紀「うん!お疲れー!」
右京「お疲れ様でした」
友紀「…いやー…ついに来たね!アタシ達のユニット!」
右京「ええ」
友紀「…デビュー…出来るよね?」
右京「ええ」
友紀「…本当に?」
右京「ええ。本当に…」
友紀「…なら良いけど…そういえば右京さんって、今日は何処かで食べるの?」
右京「ええ。少し用事を済ませてから」
友紀「用事かー…」
右京「どうかされましたか?」
友紀「ん?…ほら、たまにはご馳走になろうかなーって…」
右京「君は、正直ですねぇ…」
友紀「えへへー…」
右京「そうですねぇ…順調に行けば、30分程で済みます。ここで待っていて下されば、戻ってきますので」
友紀「?手伝わなくていいの?」
右京「ええ。一人で十分ですから」
友紀「ふーん…じゃあここで待ってるね!」
右京「ええ。そうしてくれると助かります」
友紀「はーい!」
http://youtu.be/KvGPT3tG0o0
右京「…」
『部長室 責任者 今西』
右京「…」コンコン
右京「…」ガチャ
右京「…」
右京「…」
右京「…」ガラ
右京「…」ペラ
右京「…」
右京「…成る程。そういうことでしたか…」
右京「…?」カサ
右京「USBメモリ…」
右京「…」
後悔しているか?
そう聞かれたなら、アタシは少しの間頭を抱えて、こう答える。
「人生は後悔の連続だよ」
…と。
しているか、していないかは、察してくれればいい。
…というより、どっちでもいい。
してると言われれば、しているし。
してないと言われれば、してない。
ただ、アタシはこう思う。
「完璧なハッピーエンドなんて、現実には無い」ということ。
そんな物が実際にあったと言うなら、アタシはそれをテレビだ漫画だと声を荒げるかもしれない。
…でも、ある意味、ハッピーエンドなのかもしれない。
…どうなんだろ?
そんなもの、人によりけりなんだし、分かんないよね。
「…」
ただね、右京さん。
右京さんにとっては、ハッピーエンドかもしれないけどさ。
…アタシ達にとっては、ただのバッドエンドなんだよ。
第十話 終
多分次で最終回になります
ちひろ「…」
ちひろ「…」
「千川さん。これで宜しいでしょうか」
ちひろ「え?は、はいっ!ちょ、ちょっとお待ちください!」
「…?」
ちひろ「確認しますので…えっと…はいっ!これで大丈夫です!」
「え、ええ…ありがとうございます…」
昨日 PM17:20
ちひろ『…ここ数ヶ月の納品書…?』
右京『ええ。無理ですかねぇ?』
ちひろ『無理…というより、どうしてですか?』
右京『どうしても、確認したい事があるんですよ。ええ、勿論秘密裏に』
ちひろ『…そういうことは…私に言われても困ります…』
右京『おや…これは僕としたことが…』
ちひろ『流石に多過ぎますし…きちんと目的を…』
右京『ええ。分かっております。大変ご迷惑をおかけしました』
ちひろ『…』
右京『米沢さんに頼むとしましょう』
ちひろ『えっ!?』
右京『それではまた』
ちひろ『あ…ちょっ………待って下さい!』
右京『はいぃ?』
ちひろ『だから……ああ、もう!』
右京『?』
ちひろ『わ、分かりました……で、でも……ホントに秘密ですよ…?』
右京『ありがとうございます』
ちひろ「(…どうして、あの人、あんなこと…)」
ちひろ「(…っていうかどうして私、あの人に協力してるんだろ…?)」
ちひろ「(あのままだったら米沢さんに聞いてたから?)」
ちひろ「(…違う、かなあ…)」
ちひろ「(…あの人って、上から嫌われて、ああなった…)」
ちひろ「(…あれ?じゃあどうして嫌われてたんだろ?)」
ちひろ「(…そういえばあの人って、能力が異常に高くて、めんどくさいだけで…別段何か悪い事してるわけじゃ…)」
ちひろ「(…だから、なのかな…?)」
ちひろ「(…ちょっと、調べて見ようかな…)」
右京「…」カタカタ
右京「…」カタカタ
友紀「おはよー!右京さん!」
右京「おはようございます」
友紀「…仕事?」カタン
右京「ええ。そのようなものです」
友紀「そのようなものって…テキトーだなあ…どんなの?」
右京「それよりも君、今日は8時からダンスレッスンが入っていますよ」
友紀「…あ!」
右京「早めに行くことをお勧めします。柔軟なり、やることはありますから」
友紀「そうだねー…じゃ、行ってくるねー!」
右京「ええ」
友紀「…あ、右京さん!」
右京「どうされましたか?」
友紀「あの事、幸子ちゃんに伝えた?」
右京「伝えていませんよ。君が秘密にしろと仰っていたので。…君の後にレッスンが入っていますから、もうすぐ来られるでしょう」
友紀「ん…そっか!じゃー…また後でね!」
右京「…ええ」
右京「…」カタカタ
右京「…」ペラ
『○月○日 ○○…200ケース』
『○月○日 ○○…1000本』
『○月○日 ○○…10000冊』
…。
右京「…」
右京「…」フゥー
「8時…後30分…」
…30分って、微妙な時間だよなあ。
ちょっと早く行き過ぎたかなあ…。
「…右京さん、何で今日に限って早く行けだなんて…」
あの人の辞書に気まぐれなんて言葉は無いし…。
「きゃっ」
「うわっ」
…痛てて…。
「す、すいません…大丈夫ですか?」
「あ、はい…あ、ちひろさん!大丈夫?」
「は、はい…すいません。前を見てなくて…」
「わ、私も…」
「あ、いえ…」
ぶつかったのは、ちひろさん。
アタシとぶつかった拍子に落としてしまっただろう書類を必死に拾っていた。
「あ、拾う、拾うから…ホントにゴメンね」
「あ、だ、大丈夫です!」
「え、え?」
罪悪感を感じて拾うのを手伝おうとすると、今度はそれを必死に止めてきた。
ぶつかったことを気にするような人じゃないのはよく知ってるけど…。
…だとしたら、今のちひろさんは何だろう?
「…で、では…これで…!」
「あ…」
…行っちゃった…。
「…あ…」
ちひろさん…1枚、拾い忘れてるけど…。
「…ちょっとくらい、見ても…」
…。
…?
「…納品書?」
…何だろ、これ?
「あ」
ちひろさんって、事務員だし…まあ、持っててもおかしくはない…よね。
「…けど、なんたってこんな数ヶ月前のものを…?」
…。
…ま、どうでもいいか。
「…っていうか、これじゃアタシ右京さんみたいじゃん」
変に細かいこと気にしちゃって…。
悪い癖が移っちゃったじゃんか。
「…ってかこれ渡さないと!!」
…あー。
早めに出て助かったあ…。
幸子「…おや?」
紗枝「あら…」
幸子「今日は早いんですね。いつもより30分も」
紗枝「せやなあ。たまたまとはいえ…」
幸子「雪でも降るんじゃありませんか?珍し過ぎて…」
紗枝「そら困りますわぁ。寒くて縮こまって、ちっさい幸子はんがさらにちっさくなってしまいますわ」
幸子「ちっさくないです!!」
紗枝「ほんま、からかいがいがありますわぁ」ケラケラ
幸子「…あー言えばこー言う…」
紗枝「…にしても、ジャージ姿が板についてきたとちゃいます?」
幸子「仕方ないでしょう。仕事の無い日はほとんど向こうなんですから」
紗枝「そない言わんと…女子力いうもんはどないしたんどすか?」
幸子「愚問ですね。ボクはジャージでもカワイイんですよ。ジャージでも着こなしてみせますよ」
紗枝「…のわりには随分ぴっちりした着方しとりますなぁ。ちょっと前なんて不良の着こなし方真似しとった方が…」
幸子「んがっ…!わ、忘れてくださいよ!」
紗枝「うふふ。あれは傑作やったわぁ」ケラケラ
幸子「ぐぬぬぬぬ…」
紗枝「…さて、ウチがどないしてこない早めに来たんか…」
幸子「偶然じゃないんですか?」
紗枝「ウチが偶然で生活リズムを変えるわけないやないどすか」
幸子「む…確かに…何か隠し事ですか?」
紗枝「はて…」
幸子「むー…あれ?友紀さん…」
紗枝「あらあら、あない急いで…」
幸子「友紀さーん!廊下走ったら駄目なんですよ!」
友紀「え?あ、ご、ごめん…えへへ」
幸子「全く…最年長なんですから、しっかりしてもらわないと…」
友紀「ごめーん…」
紗枝「あらあら、しっかりするんは友紀はんだけやないどすえ?」
幸子「?」
紗枝「これからは幸子はんもしっかりせんと。今まで以上に」
幸子「…どういうことですか?」
友紀「あー!あー!まだまだ!もうちょっと後!!」
幸子「?」
紗枝「そない焦らんと…今言うても後で言うても変わりまへんて…」
友紀「そうだけどさ…」
紗枝「それに今から行くんとちゃいます?…ほな、そこで発表してもらいまひょ」
友紀「んー…アタシそんな時間無いんだけど…まあ、いっか!」
幸子「あの…?」
紗枝「ほな行きますえ。ウチはさっさと終わらせて右京はんにお茶を淹れたいんどす」
友紀「また断られるだけだと思うけど…」
幸子「カフェインの摂取量がどうのこうのって…」
紗枝「いいえ!京の女子として、意地でも飲ませたります!!」
幸子「…妙なところでスイッチ入りますよね…」ボソ
友紀「ねー…」ボソ
紗枝「何か?」
幸子「いーえ」
…。
ちひろ「…杉下係長…」
右京「…」
ちひろ「…その、これって…」
右京「ええ。そういうことでしょう」
ちひろ「…どうするんですか?こんな事がバレたら…」
右京「…どうですかねぇ…」
ちひろ「…」
右京「…」
ちひろ「…杉下係長は、どうするおつもりなんですか?」
右京「…」
ちひろ「…確かに…こんなこと、組織ぐるみでやって良いことではありません」
右京「…」
ちひろ「…だけど、これをもし公表でもしたら…」
右京「…」
ちひろ「…杉下係長も、タダでは…」
右京「…」
ちひろ「…杉下係長だけならまだしも…」
右京「…」
ちひろ「…その…」
右京「…そうですねぇ…」
ちひろ「…」
右京「…」
友紀「ちひろさーん!!」コンコン
ちひろ「!」
右京「…」
友紀「これ、忘れてったよ?」
ちひろ「あ、はい…」
友紀「…でもどうしてここに?」
ちひろ「あ…えっと…」
右京「日報を届けてもらっていたんですよ。残りが少なかったものですから」
ちひろ「…」
紗枝「ほー…」
幸子「…にしては、随分重苦しい空気が流れてましたけど…」
右京「おやおや。それはそれは…」
ちひろ「え、えっと…じゃあ、私はこれで…」
友紀「あれ?もう良いの?」
ちひろ「え、ええ。実は今日ちょっと忙しくて…」
右京「そうでしたか。このようなお使いじみたことをお願いして申し訳ありません」
ちひろ「い、いえ…それでは…」
友紀「あ…」
紗枝「…」
幸子「…」
友紀「行っちゃった…」
紗枝「何や…逃げるように行ってしまわれましたなぁ…」
右京「きっと忙しいのでしょう。ご無理をさせてしまいました」
幸子「…確かに、ほとんどのプロジェクトに顔出してますからね…」
友紀「…あ!そ、それよりさ!右京さん!」
右京「…ああ!そうでしたねぇ。人数が揃ったら言うつもりでした」
紗枝「あんまり遅いんで、ウチがフライングで言うたろ思いましたけど…」
幸子「…あれ?ボクだけ何も…」
友紀「そりゃそうだよ!だって幸子ちゃんの事なんだもん!」
幸子「…え?」
紗枝「ええ。ま、ウチはそない期待してまへんけど…」
友紀「こーら。紗枝ちゃんだって賛成してたでしょー」
紗枝「そやったかしら…」
幸子「…あの、いい加減教えてもらえませんかね…」
右京「ええ。そうですね…」
幸子「…」
右京「まず結論から言いますと、今回のユニットリーダー。君に任せたいと思っています」
幸子「…」
友紀「…」
幸子「…え?」
紗枝「…」
幸子「え…え?」
右京「…」
幸子「…ええええええええ!!?」
紗枝「よおそない大きな声出ますなあ。朝早くから…」
幸子「な…何を…!そもそも話し合いはどうしたんですか!話し合いは!」
友紀「んー…」
右京「少し前、姫川君から電話を頂きました」
幸子「いえ、だから…」
右京「そして、その後に小早川君からも連絡を頂きました」
幸子「…あの」
右京「多数決です。僕は君達に任せると言いましたから、これに含まれますねぇ」
幸子「あ…なるほど。3対1でボクがリーダーなんですねじゃなくて!!」
紗枝「どないしました?あないリーダーリーダー、TOKIOのメンバー並に連呼してましたやんか」
幸子「いやそれは…だからってこんないきなり…」
友紀「ほら、幸子ちゃんって頭良いしさ」
幸子「む…」
紗枝「その上優しく、空気も読めて…」
幸子「むむ…」
紗枝「ほんで、カ・ワ・イ・イ」
幸子「それバカにしてますよね!?もう顔から魂胆滲み出てますよ!!ボクに面倒な事全部押し付けるつもりでしょう!?」
紗枝「リーダーになったあかつきに、ユニット名を決める権利だけ与えられますえ」
幸子「だけってなんですか!!あの人古株だから一応形だけみたいな感じになってるじゃないですか!!」
右京「しかし、君の実力を認めているのは確かですよ」
幸子「…む…」
友紀「そうだよ。流石にこんなの何の気なしに任せたりしないでしょ?」
幸子「…でも、ボクってまだ、一度もLIVEやったこと…」
紗枝「ほなウチが引き受けまひょか?」
幸子「あっ…だ、ダメです!!ボクがリーダーなんです!!」
紗枝「はい聞きました」
友紀「じゃあよろしくねー。アタシレッスン行くから」
幸子「んなっ!!?ちょ、ちょいっ!!」
右京「君も、アイドル業が板についてきましたねぇ」
幸子「ついてませんよ。普通に係り決めの日に学校休んだ生徒なだけじゃないですか」
右京「不満でしたか?」
幸子「不満というか…決められ方が…」
右京「小早川君はああ言っていましたが、内心では君を頼りにしていましたよ」
幸子「…む…」
右京「姫川君もまた、君のその頭脳を頼りにしています」
幸子「あの人全っ然覚えませんもんね。あれこれ」
右京「そして僕は…幸子君」
幸子「は、はい…」
右京「僕が君を推薦した理由は、一つです」
幸子「…」
右京「…」
幸子「…そ、それは…?」
右京「…君が一番、現実と向き合ってくれそうですから」
幸子「…現実?」
右京「ええ。…少し言うのは憚られますが、辛い経験を乗り越えた君だからこそ…」
幸子「…ま、まあ、そこまで言うんでしたら…引き受けますが…」
右京「と、いうわけです。ユニット名も君に任せるとしましょう」
幸子「…ほう…」
右京「彼女達も任せると言っていましたから。どうぞお好きに」
幸子「そうですねぇ…でしたら、デビュー当日にでも発表するとしましょう!」
右京「おやおや…」
幸子「とてもボク達に似合った名前をつけてあげますよ!何せこのボクが!つけてあげるんですから!」
右京「頼りにしています。…それと、幸子君」
幸子「はい?」
右京「…君、今は楽しいですか?」
幸子「…いきなりどうしたんですか」
右京「そのまま受け取っていただいて構いません」
幸子「…そんなの、今更聞くことではないでしょう?」
右京「確認ですよ。ええ…」
幸子「…そうですねぇ…ま、まあ、勿論……楽しいですよ。と、とても…」
右京「…」
幸子「アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!」
右京「…そうですか」
幸子「…で?右京さんはどうなんです?」
右京「はいぃ?」
幸子「ボクが答えたんです!右京さんにも答えてもらいますよ!」
右京「…」
幸子「…」
右京「…僕はいつでも、真剣に仕事と向き合ってきたつもりですよ」
幸子「…そうじゃなくて…」
右京「君達に会えた事は、僕にとってかけがえのない、大切な思い出となっています」
幸子「…」
右京「それでは、不満ですかねぇ?」
幸子「…いえ…」
右京「それでは、頼みましたよ」
幸子「…はい!」
右京「…」
「はいそこ!そこでもっと腕上げて!」
「は、はいっ!」
「そうそう!そこ!」
「はい!」
人生というのは、何があるか分からない。
だから面白いのかもしれないけど、辿り着いた先が先の見えない暗闇ならそれは元も子もなくなる。
アタシのように何も考えず、ただトラウマから逃れたい一心で上京などしたら、どうなるか。
行った先で成功するか。
たまたま幸運に巡り合うか。
「イッチニ、サンシ…」
紗枝ちゃんは、前者。
幸子ちゃんは…多分後者。
…アタシは間違いなく後者。
「はい!ワン・ツー!ワン・ツー!」
もし右京さんがアタシに目もくれなかったら、どうなっていたか。
…今頃働いてたアルバイト先で正社員登用制度の項目に真剣に向き合ってたかもしれない。
「…うん!今のは良かった!じゃあ、もう一回通しでやってみよう!」
「はい!」
でも、それも悪くないんじゃないかと思ってるのも確か。
少なくとも、今の仕事よりは安定してお金は入るだろうし、正直嫌いじゃなかったし。
「…そういえば、ユニットデビューの噂が流れているようだが…」
「はい。だけどその前に幸子ちゃんのデビュー曲もありますし…」
「ふむ。輿水か…」
…でも、じゃあそっちに戻るかと聞かれたなら、答えはNO。
「何かあったんですか?」
「ん?…いやな、私も色んなアイドルにこうやってレッスンを行ってはきたが…あそこまで運動神経が無いのは初めてだ」
「あー…」
それを幸子ちゃんに聞いても同じ答えが返ってくるだろうとアタシは思う。
「ただ、ガッツはそんじょそこらの者達より遥かに上だ。人は見た目によらないというのは本当だったよ」
「…それ、聞かなかったことにしておきます」
…何故か。
それは、まあ。
…言わなくたって分かると思う。
「…」
ふと、カレンダーに目をやる。
今月の日にちのほとんどに可愛らしい色取り取りの丸印がつけられている。
ひと月でこれだけあるのは、それだけ有名アイドルを育てている証拠なのだろう。
そんな中、特に装飾のない薄紫の蛍光ペンで囲われた日にちに目をやる。
「…あ…」
幸子ちゃんのデビューまで、後数日を切っていた。
…時が経つのは、意外と早い。
そういえば、最近幸子ちゃんのレッスン量はかなり増えてきた。
事務所にいる時間よりも、レッスンルームにいる時間の方が長くなり、346に来る時はジャージのまま行動するのは珍しくなくなった。
紗枝ちゃんにはからかわれたりしてるけど、いちいち着替えるよりそのままで居る方が時間を効率的に使える、と。
…あの子らしいや。
「…さ!休憩は終わり!ぼさっとしてると時間は過ぎてくままだぞ!」
「あ、はい!」
…この人の熱血漢な話し方も、もう慣れた。
今西「…」
右京「…」
今西「…」
右京「…」
今西「…さて、どこから話そうかな…」
右京「まずは、こうなった経緯…」
今西「ふむ…」
右京「それから、何故これを僕に渡したのか」
今西「ほう…それを…渡したと?」
右京「ええ」
今西「どうしてそう思うのかね?」
右京「まず、部屋の鍵がかかっていませんでした」
今西「たまたまいなかっただけかもしれんよ?」
右京「だとしたら、大変不用心な方だと思いますがねぇ。部長職の貴方が、会社の機密情報が入った机や金庫を野放しにするなど…」
今西「ふむ…」
右京「そして、机の上の書類。役員クラスの貴方に届くようなものですから、ファイルに入れてしまっておくか、机の上に置くならば裏返して重石を乗せておくなりするはずです。…しかし、書類は綺麗に表になっていました。見てくれと言わんばかりに」
今西「…」
右京「そして、このメモリースティック」
今西「…」
右京「これもまた、これ見よがしに置いてありました」
今西「…うむ」
右京「書類の内容はユニットを作る代償として、僕の転勤。そしてこのメモリースティックの内容は…」
今西「…君の事だ。もう察しはついているんだろう?」
右京「ええ。あくまで僕の憶測ですが」
今西「…」
右京「千川さんに、ここ数ヶ月のうちの、ここに届いた納品書をある程度見せて頂きました」
今西「うむ」
右京「すると、不自然なまでに大量発注されていたものが、これまた大量にありました。このメモリースティックもそれと同様…」
今西「…」
右京「…架空発注」
今西「…うむ」
右京「キックバックを受け取っているのは、誰でしょう?」
今西「…」
右京「…」
今西「役員は、全員…受け取っているよ」
右京「…」
今西「…私も、その一人だ」
右京「社長もでしょうか?」
今西「…それは、ノーコメントだ」
右京「そうですか…」
今西「…」シュボッ
右京「…」
今西「…君は、どうするつもりかね?」フゥー
右京「その台詞、そのまま返しましょう」
今西「…そうだったね。…うむ…そうだ」
右京「僕に、どうしろと?」
今西「…君の、好きにしたまえと…言える訳がない、か」
右京「…」
今西「私はね、杉下君」
右京「ええ」
今西「君が、君の生き方が、羨ましかったんだよ」
右京「はいぃ?」
今西「ただひたすら真実を追求し、ルールに基づき行動する」
右京「…」
今西「それを当たり前のようにやってのける君が、羨ましかった」
右京「それが、当たり前の事だと思っていますから」
今西「その当たり前の事が、当たり前のように出来ないのが今の社会、サラリーマンの社会なんだ」
右京「…」
今西「…小さな違反なら、どこもかしこもやっている」
右京「…」
今西「だが、それで良いわけがない」
右京「ええ」
今西「…だから、君にこの問題を任せようと…思った」
右京「…思った…」
今西「ああ。思った、だ。何せその時にあのとんでもない通達が来たものだからねぇ」
右京「…」
今西「あれは間違いなく予防策だ。君という制御不能の人間を遠ざけ、それと同時に人質も取った…」
右京「…」
今西「…正直、ここまで腐敗しているとは思わなかったよ」
右京「…意見を言わせてもらえるならば」
今西「む…?」
右京「罪に屈した貴方が、上の人間をとやかく言う資格は無いということです」
今西「…間違いないね」
右京「しかし、後悔しているというのならば」
今西「…」
右京「しっかりと、罪の意識を持つべきです。これからもずっと、さらに、貴方は後悔し続けるべきです」
今西「…うむ」
右京「そして、僕もまた、後悔し続けるでしょう」
今西「…」
右京「これは、お返しします」
今西「ああ」
右京「それでは、これで」
今西「うむ。…すまなかったね」
右京「…ああ!それと、もう一つ」
今西「?」
右京「真実というものは、いつか必ず白日の下に晒されるものです。どれだけ闇に葬られようとも」
今西「…」
右京「今回の場合、それの役目を負うのは、僕は出来ない、というだけです」
今西「…ならば、私からも聞いていいかね?最後に一つ」
右京「何でしょうか」
今西「…もしも、君がこちら側にいたら…どうだったかね?」
右京「はいぃ?」
今西「君が私の立場だったら、屈していたかね?」
右京「…」
今西「…たまたま運が悪かった。そう、言い訳することは出来ないものかね…」
右京「…」
『アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!』
右京「…僕にとって、プロデューサーという職業は向いていないようです」
今西「…私も、そう思うよ」
右京「…」ペコ
今西「…」
今西「…」フゥー
今西「…お返しします…か…」
今西「…」ペラ
今西「…」
今西「…私が守ったものは、私自身に過ぎなかった、か…」
幸子ちゃんがアタシ達のリーダーになって、数日後。
「…あー…緊張する…」
その日はやってきた。
「何で友紀さんが緊張するんですか…」
「ほんまどすなぁ。ウチの時なんて次の仕事はーなんて言うてましたのに」
「だって幸子ちゃんのデビューだよ!?緊張するじゃん!」
「ボクは雛鳥か何かですか!!」
幸子ちゃんの、念願の歌手デビューの日がやってきたのだ。
「自分のことではなく、誰かの事で緊張する余裕が出来たということですかねぇ」
「うー…言い方悪いぞー」
ちょっと年長者らしくしたらこれだもんなあ。
…だけど。
「…」
当の本人は全く緊張していない、わけがない。
「…」
ヘッドホンを着けて何度も繰り返し練習している。
「精神論になりますが、練習はやっただけ力になります。やればやるほど…」
「うん。…でもアタシだって…」
「君は、本番前日の夜テレビを観ていましたねぇ」
「うっ…な、何でそれを…」
「電話越しに、君の声に重ねて聴こえてきましたから」
「ああ、それならああなるはずどすわ」
「あ、あんなプレッシャーかかるって思わなかったもん!」
「ちょっと!静かにしてくださいよ!集中してるんですから!」
幸子ちゃんがヘッドホンを外し、注意を促す。
…アタシが言うのもなんだけど、これじゃどっちが年長者か分かんないよね…あはは。
「そない神経質にならんと…力抜いて、普段通りやったらええんどすえ」
「そう簡単に言ってくれますけどね…」
「小早川君は、全く緊張していませんでしたからねぇ」
「しとらんことはなかったんどす。せやけど失敗したら失敗したで、それがデビュー仕立てのウチの実力なんやと言い聞かせよ思いまして…」
「それ、開き直りと言うんですよ」
「ええやありまへんか。結果オーライっちゅうことどすわぁ」
そりゃ、右京さんにも臆せず立ち向かえるんだもんなあ。
…流石、としか言えないや。
「…まあ、参考にしてあげますよ。メンバーの意見も取り入れるのがリーダーの務めですからね!」
「失敗したら開き直るリーダーなんてウチ嫌やわあ」
「アドバイスくれたんですよね!?」
「…あ!もうそろそろ準備しなきゃ!幸子ちゃんほら早く早く!」
「え!?あ、ああ!もう!こうなったらやってやりますよ!!もう!」
「幸子君。僕からも一つ」
「え?な、何ですか?」
「これからも、色んなことがあるでしょう」
「…?」
「?」
…?
「どうか、変わらない、飾ることのない君達のままでいてください」
「は、はい…」
「…?」
…いきなり、どうしたんだろ…。
…君達?
『会場にお越しいただいた皆様、ありがとうございます!』
友紀「アタシ達の時もこうやって暗転してたよね…」
紗枝「そうどすなぁ。なんや懐かしい思い出になりましたわぁ」
『本日、346プロダクションより歌手デビューを果たす子が来てくれました!』
友紀「うんうん…」
右京「ちなみに、ここでユニット名を発表するらしいですねぇ」
友紀「えっ?」
紗枝「それはそれは…サプライズ返しされましたわぁ」
『そしてなんと、なんと!その子はあの姫川友紀ちゃん!小早川紗枝ちゃんとユニットを組み、なんと!そのリーダーに抜擢された実力者なのです!』
友紀「うわー…めっちゃお客さん盛り上がってる…」
紗枝「今頃向こうで白くなっとるんちゃいます?」
『そして今宵、そのユニット名が決まったのです!』
紗枝「…」
友紀「…」
右京「…」
『その名は、『KBYD』!!『カワイイボクと、野球どすえ』!!』
紗枝「」
友紀「」
右京「おやおや…」
『『KBYD』!これからの活躍に目が離せませんね!!』
紗枝「ウチ向こう行ってきます」
友紀「ダメダメダメ!!荒らしに行く気満々じゃんか!」
紗枝「あないな名前、納得出来まへんえ!!あない金魚の糞の糞みたいな名前!!」
友紀「アイドルがそんなの言わないの!!」
右京「君達が彼女に任せたんですよ」
紗枝「う…せやかて…」
右京「今は、彼女の晴れ舞台を見ることにしましょう」
友紀「…ん。まあ、そう…だね!」
紗枝「…そう、どすなぁ」
『それでは皆様!彼女の名前を呼んであげてください!!せーのっ!輿水ー!?』
「「「幸子ちゃーーーーん!!!」」」
http://youtu.be/jMxTo56Z-88
友紀「やっぱりみんな薄紫のペンライト持ってきてるね…」
紗枝「これも前情報いくつか流しておいたからどすか?」
右京「僕は君達の時も、色まで指定はしませんでしたよ」
紗枝「ほー…」
右京「それはつまり、その色が君達の個性だということです。皆が一様に思う程…」
友紀「アタシが、オレンジ…」
紗枝「ウチが、ピンク…あれ、ズルないどすか?薄紫色なんてそない被りまへんえ」
友紀「まあ、アタシ達確かに単色だしね…」
右京「でしたら、埋もれないよう目立つ努力をしましょう」
友紀「…あ!こ、転んだ!転んじゃっ…うわー…」
紗枝「思い切り体ひねって回避しましたえ…」
友紀「本人は誤魔化してるつもりだけど、一切誤魔化せてないよね、あれ」
右京「…幸か不幸か、小早川君のアドバイスが効いたようですねぇ…」
紗枝「どう見てもお笑い芸人どすえ」
友紀「あ、あはは…」
幸子「いやー、流石はボクですね!多少のアクシデントにも動揺することなくやりきりました!」
紗枝「汗びっしょりどすえ」
友紀「絞れそうなくらい出てるよ」
幸子「当たり前でしょう!!どれだけ精神をすり減らしたか…」
右京「きちんと見ていましたよ」
幸子「見なくていいんですよ!」
右京「そして、君の初めてのLIVE。成功したかどうか…」
幸子「…」
右京「…観客の方達を見れば、分かるでしょう」
幸子「…」
「「「アンコール!アンコール!」」」
紗枝「もっかい転べ言うてますえ」
幸子「おかしいでしょ!!そうなってるならただのお笑い芸人ですよ!!」
友紀「…ふふっ」
幸子「な、何がおかし…わっ」
紗枝「あら…」
友紀「…じゃ、アンコールに応えよっか!」
紗枝「…」
友紀「今度は、アタシ達で、ね?」
幸子「…」
友紀「ね?」
紗枝「…そうどすなぁ」
幸子「ふ、ふふふ。ならばせいぜいボクについてくることです!」
紗枝「嫌やわぁ。ウチあない芸人みたいな真似…」
幸子「だーかーら!!」
友紀「右京さん!」
右京「カメラの準備なら、出来てますよ」
友紀「…うん!じゃあ……行ってくるね!」
右京「ええ」
幸子ちゃんと、紗枝ちゃんの手を引き、舞台へ上がる。
それと同時に、大きな歓声が聞こえてくる。
衣装を着た幸子ちゃんと違い、私服姿のアタシ達は浮いたように見えるかもしれない。
勝手に来てしまったからか、スタッフも少し慌てていた様子だった。
けど、すぐに納得した様子でライトをこちらに向ける。
「みんなー!!待たせてごめんねー!!」
観客が手を振る。
どこに隠し持っていたのか、アタシ達専用のペンライトを取り出す。
オレンジ、ピンク、薄紫。
3つのペンライトが、ホールを彩る。
「先程はホンマにお見苦しいモンを…」
「何でですか!!嘘でも良いから褒めて下さいよ!!」
その光景を見て、改めて確信する。
「アタシの名前はー!?」
「「「ユッキー!!」」」
「ウチはぁ?」
「「「紗枝ちゃーん!!」」」
「ではボクは!!」
「「「幸子ーーー!!!」」」
「呼び捨てにしない!!」
…アタシって、本当に幸せ者だ。
https://youtu.be/CTl1BDngldc
https://youtu.be/kpiYajeu7-s
http://youtu.be/jMxTo56Z-88
友紀「右京さん!」
右京「ええ、見てましたよ。ああ!それに勿論、きちんと収めさせて頂きました」
友紀「あ!見せて見せて!」
紗枝「あらぁ…なんやいけるもんどすなぁ」
幸子「当たり前です!なんせこのボクがまとめているんですから!」
紗枝「そやなあ。良かったどすなぁ」
幸子「あー!またバカにしてー!」
紗枝「ふふ。今はまあ…終わったということで。結果は出しましたさかい…」
右京「ええ。本当に…」
友紀「よーし!じゃあ早速打ち上げだー!」
紗枝「そうどすなぁ。幸子はん、今日は女将はんに頼らんと晩御飯食べられますえ」
幸子「む…し、仕方ありませんね!なら、せ、折角ですから?行ってあげても…」
紗枝「幸子はん不参加らしいどすえ」
幸子「行きます!行きますって!!」
紗枝「ふふ。そうならそうと早よ言わな…」
友紀「…じゃ、これで決まりだね!KBYD!結成だー!!!」
幸子「わっ!…ちょ、ちょっと!こんなところではしゃがないでください!」
紗枝「ふふ…ほんまに陽気なお方…」
右京「…そうですねぇ。時間も早いですが…着替えたら事務所に戻り、行くとしましょう」
友紀「うん!」
「んー!これ美味しー!!」
「ちょっ…それボクのですよ!もう!友紀さんのも貰いますからね!」
「ええなあ。賑やかで…」
「たまには、良いものですよ」
右京さんの新たな行きつけとなった店で、アタシ達だけの密かな打ち上げが行われた。
ユニット結成の、記念パーティー。
静かな店でこういうことをするのは、よろしくないのかもしれないけど、店の人も快く許可してくれた。
それどころか暖簾を片付け、貸切にまでしてくれた。
『まあ、良かったじゃない。そのうちアタシらも祝ってあげるから』
早苗さんや瑞樹さんも、アタシ達の門出を喜んでいてくれた。
「これからも頑張っていこー!」
「もう…飲み過ぎですよ!友紀さんが寝ても面倒なんか見ませんからね!」
「えー…リーダーのくせにぃ…」
「年長者でしょ!!ちょっとは自制して下さいよ!」
とても、楽しかった。
楽しくて、仕方なかった。
これからのことを、思い浮かべて。
未来の自分達を、思い浮かべて。
だけど、それを思い浮かべていたのは。
…アタシ達だけだったんだ。
「右京さん!もう一回カンパーイ!」
「…ええ」
アタシ達が、右京さんの、姿を見たのは。
…この日が、最後だった。
第十一話 終
ごめんなさい終わりませんでした
次が最終回です
文章力無えなぁ…
「…」
それは、あまりにも突然だった。
「…」
突然過ぎて、訳が分からなかった。
「…」
予想など、出来るわけがない。
「…」
その人は。
「…」
杉下右京という人間は。
「…」
…まるで、初めから存在していなかったかのように。
自分が居た痕跡を、自分を。
全てを、消した。
幸子「…どうして…」
友紀「…」
幸子「…どうして、こんな事に…」
紗枝「…」
幸子「…ボクは、ボクはただ…」
友紀「…幸子ちゃん…」
幸子「…楽しく居たかった。それだけなのに…」
紗枝「…そないなこと…ウチかて…」
友紀「紗枝ちゃん…」
幸子「右京さんは…どうして辞表なんか…」
紗枝「…」
友紀「…」
幸子「折角、これからだって時に…」
紗枝「ほんまどすなぁ…」
幸子「…〜ッッッ!!!」
友紀「…」
アタシ達が、打ち上げを終え、休みとなった翌日。
右京さんは一人でプロジェクトルームに入り、荷物を片付けた。
辞表は既に今西部長に渡していたそうだ。
有給休暇を使い切った後にそのまま辞める、と。
一言に纏めればそう書いてあったらしい。
あまりにも突然の事に、早苗さんや瑞樹さんも驚いていた。
…だけど、違う反応を見せた人もいた。
ちひろさん。
米沢さん。
今西部長。
…あの人達は、間違いなく何かを知っている。
そう確信していた早苗さんや瑞樹さんは、3人にそれぞれ事情を聞きにいった。
けれど、3人とも口を閉ざしていたそうだった。
…それが自身の身を守る為であるならば、無条件で怒るつもりだった。
そう2人は語っていた。
…けれど、怒る事は出来なかった。
3人の顔は、決して自分を守るといったもののそれではなかった。
決して演技派ではない彼らの表情は悲しみに満ちており、早苗さんも瑞樹さんも、それ以上は聞くことが出来なかったらしい。
「…」
勿論、今に至るまでに何度も何度も、電話やメールをした。
…でも、相変わらず返事は無い。
「…」
右京さんが残したものは、どうやらただの物ではなかったようだ。
…あまりにも、酷なものを残してくれた。
「…」
…残したものは、ただの虚しさだけだよ。右京さん。
「3人のこれからについてですが…」
ちひろさんが努めて冷静に、プロデューサーのいなくなったプロジェクトのこれからを事務的に話し出した。
「…」
けど、紗枝ちゃんはそれを聞こうとはしない。
明後日の方向を向き、ちひろさんに敵意を剥き出しにする。
アタシと幸子ちゃんは、彼女がいつちひろさんに喰ってかかるか心配でいつでも抑え込めるよう準備していた。
普段は大人しい彼女が牙を剥くというのがどれだけ恐ろしい事なのか、それなりに付き合いの長いアタシ達は重々承知していた。
「新しいプロデューサーさんに着いていただいて…」
…確かに、何かを隠してるのは分かっているのに何も知ることが出来ないのはフラストレーションが溜まる。
「…それで…」
「ええ加減にしとくれまへんか?」
「え…」
…初めに限界が来たのは、勿論紗枝ちゃん。
「…紗枝さん」
幸子ちゃんが彼女の袖を柔らかく摘む。
紗枝ちゃんはそれを制止し、決して喰ってかかることはないと態度で示す。
「ちひろはん。そない態度と話で、ウチが納得すると思うとるんどすか?」
「…」
そして座ったまま、ちひろさんに思いの丈をぶつける。
「何故右京はんが辞めたんか、辞めなければあかんかったんか…その辺をウチにも分かり易く説明してくれへんと、聞くもんも聞きたないんどすわ」
普段よりも低い声で、はっきりと敵意を示す。
「…それは…」
だけど、その質問に彼女は答えない。
答えられない理由があるのかもしれない。
「…お答え出来ません」
「そうどすか。…ほな、ウチもこれ以上は聞けまへん」
「…しかし…」
「紗枝ちゃん。ちひろさんだって…」
「分かっとります。ウチまで辞めるとまでは言いまへん。ただその程度でクビ言うんやったら…話は別どすわ」
「さ、紗枝ちゃん…」
「それに友紀はんもほんまは何かを知っとるんとちゃいますか?」
…。
…正直、なんとなくは目星はついてる。
…それは、右京さんの過去。
彼が、牙を向けた相手。
この会社の、役員の人達。
そして、その結末。
「…」
「黙っとるっちゅうことは、何か隠しとる…ゆうことでええんどすな?」
隠すつもりは、無い。
だけど、ちひろさんや米沢さんの件を聞くと、喋って良いのかどうか分からない。
「…」
アタシも、演技力には自信はない。
だから、こうやって突っ込まれると弱い。
「ウチらだけ蚊帳の外。幾ら何でも酷いとちゃいます?」
「…」
「…」
アタシとちひろさんは、ただ紗枝ちゃんの言葉を黙って聞くしかなかった。
「…もう、ええどすわ。ウチは今日は帰らせていただきます」
乱暴に立ち上がり、荷物を持って出ていく紗枝ちゃんの背中も、黙って見続けることしか出来なかった。
「紗枝さん」
「…」
…ただ一人、幸子ちゃんを覗いて。
紗枝「どうされました?」
幸子「こうやって話を聞くのも仕事ですよ」
紗枝「気分が悪いんどす。体調不良とでも言うといて下さいな」
幸子「話を聞くことくらい出来るでしょう。聞いた後は帰って良いですから」
紗枝「…この方を、庇うんどすか?」
幸子「庇うじゃありません。ボク達のこれからの仕事の方針を一生懸命話してくれてる人に耳を傾けるのは人として当然ということです」
紗枝「一生懸命?その方元々右京はんを煙たがってはった方の一人どすえ?」
幸子「それがどうしたっていうんですか?」
紗枝「…それが?」
幸子「ボク達はアイドルです。アイドルの仕事はファンの方々を笑顔にすることです。プロデューサーが代わっただけで…」
紗枝「…話になりまへんわ」
幸子「…」
紗枝「ウチらが今までやってこれたんは、ウチらだけの力やない。それをそない言い方…」
幸子「いい加減にして下さい!!」
紗枝「!」
友紀「!」
ちひろ「!」
幸子「貴方は、何の為にアイドルをやってるんですか!?」
紗枝「…」
幸子「プロデューサーの為だけですか!?右京さんの為、それだけですか!?」
紗枝「そ、そないなことは…」
幸子「貴方がここまでやってきたのは、ボク達がここまでやってこれたのは、右京さんの力だけじゃないでしょう!?」
友紀「…紗枝ちゃん…」
幸子「…ボク達の力は、絆はそんな小さなものなんですか…?」
ちひろ「…」
幸子「ボク達の力は、右京さんがいなくなっただけで消えるようなものなんですか?」
紗枝「…」
幸子「…もし違うと言うなら、今すぐ出ていって下さい。そんな簡単に、ボク達のチームを否定出来るなら!!」
紗枝「…!」
友紀「さ、幸子ちゃん…右京さんだって、大事な…」
幸子「そんな事分かってますよ!!」
友紀「…」
幸子「だけど、まだ…まだここにはいるでしょう!?貴方も、貴方も!!ボクも!!」
紗枝「幸子はん…」
幸子「…確かに、右京さんはいなくなってしまいました。…でも…」
友紀「…」
幸子「…まだ、右京さんはいるじゃないですか…」
紗枝「…」
幸子「…ここに」カタ
幸子ちゃんが手に取ったもの。
それは、アタシ達全員集合の写真が貼られていた写真立て。
右京さんはあまり写真に写る事を好んでおらず、その数は少ない。
その中の一番写りの良いものを手に取って、アタシ達に見せた。
その行為が意味するもの。
いくらアタシでも、それは分かる。
「…まだ残ってるでしょう?」
歩み寄り、アタシの胸をぽんと叩く。
「…」
「ボク達が忘れない限り、右京さんはここにいます。ボク達の、心の中に」
「あ…」
今なら、なんとなく分かる気がする。
何故、右京さんが幸子ちゃんをリーダーにすることに賛成したのか。
それは、多数決などではない。
「…」
アタシの目に映る、幸子ちゃん。
その後ろに見える、一人の影。
「…右京…はん…?」
…そうだ。
まだ、ここにいるんだ。
「…」
涙のせいで、見えなくなったけど。
右京さんは、まだここにいる。
「…何泣いてるんですか。二人とも…」
「…幸子ちゃんだって…」
「…それでは、話を、続けましょうか」
一つ咳をしたちひろさんが、アタシ達の真ん中に立ち笑顔で話す。
「…うん」
…でも、その前に。
「ちひろさん」
「…はい」
「…ティッシュ下さい」
「……はい……」
早苗「…いざいなくなると、何か虚しいもんね」
瑞樹「そうね。憎まれ口叩いてたの貴方だけだけど」
早苗「うっさいわね。気遣ってたのよ」
瑞樹「あら?貴方にもそんな優しさがあったの?」
早苗「アタシの半分はバファリンで出来てんのよ」
瑞樹「なら優しさ1/4しかないじゃない」
早苗「それだけあれば十分よ」
瑞樹「…にしても、一番ショックを受けてるのは、あの3人よ」
早苗「そうね。…で、どうするの?」
瑞樹「どうするって…」
早苗「アタシらが出来ることなんて、見守ることくらいよ」
瑞樹「…」
早苗「これからの、あの子らの行く末を…」
瑞樹「…」
早苗「…ん?」
瑞樹「何?」
早苗「…」
瑞樹「…」
早苗「…本当に見守るだけで良さそうね」
瑞樹「…そうね」
早苗「…あー。何か心配して損した…」
瑞樹「損得で考えてたの?やっぱりそういう人間なのね」
早苗「何よ。アタシはバファリンで出来てんのよ」
瑞樹「アンタもうただのバファリンじゃない」
…。
友紀「よーし!今日はアタシが奢っちゃうぞー!!」
紗枝「はいはい。今日はどこのファミレスどすか?」
幸子「ちょ…皆さん速過ぎですよ!」
「…」
「お待たせしましたー!ミルクティーの…セットです!」
「ああ、どうも。そこに置いといてくれますか?」
「あ、はい。…でも、出来立てが…」
「もうすぐ来るはずですから。だから気にしないで」
「?…あ、い、いらっしゃいませー!」
「あ、それ。その人僕と待ち合わせてる人」
「え?あ、は、はい!」
…。
「いやあ、久しぶりだねぇ」
右京「…」
「お前も何か頼んだら?ここのセットは美味しいんですよ」
右京「その前に、確認したいことが一つ、あります」
「何?」
右京「貴方は、小野田官房長で宜しいんですね?」
「…」
右京「どうでしょうか?」
「…」
右京「…」
小野田「うん。よく分かりました」
右京「やはりそうでしたか」
小野田「ちなみに、どうして分かったの?」
右京「僕は、どうやらここでは貴方とは殆ど関わっていないようですから」
小野田「あ、そうなの?」
右京「ええ。それなのに随分僕の事を知っていらっしゃるようでしたから」
小野田「ふーん。まあいいや」
右京「…貴方は、何か聞きたいことは?」
小野田「勿論、ありますよ」
右京「…」
小野田「まず、どうして今回の件で何もしなかったのか。気になりますね」
右京「何もしない、というのは告発しなかったということですか?」
小野田「うん。お前の事だからやると思ってた」
右京「…」
小野田「アイドルの皆に影響を受けたのかな?」
右京「…」
小野田「どうやら今度の相棒達は、一癖も二癖もあったみたいですね」
右京「影響を受けたかどうかはともかく、僕自身も疑問はありました」
小野田「あれ?自分のしたことに疑問があるの?」
右京「ええ。大きな罪を見逃すというのは、少し…いえ、とても心苦しいものでした」
小野田「…」
右京「…」
小野田「…じゃあ、こう考えたらどうですか?」
右京「はいぃ?」
小野田「彼女達の笑顔を再び消す事になるかもしれない…それもまた、大きな罪」
右京「…」
小野田「…お前のキャラじゃないね」
右京「…いえ」
小野田「で?お前はこれからどうするの?」
右京「どうですかねぇ…」
小野田「ここの警察官にでもなる?」
右京「それも悪くありませんが、恐らく僕はもうすぐ戻るでしょう」
小野田「どうして?お前も死んだんじゃない?」
右京「どうでしょう。ただ当初の目標は達成しましたから」
小野田「ふーん」
右京「…これから貴方はどうするおつもりですか?」
小野田「まだ汚職を続けるかってこと?…心外ですね。僕は無関係ですよ」
右京「受け取っている時点で貴方も同じですよ」
小野田「あ、そうだね。じゃあ…辞める原因も出来たかな」
右京「…」
小野田「これからは余生を静かに過ごします。ゆっくりと」
右京「…そうですか」
小野田「お前もさ、大概にしなさいよ。もう良い歳なんだから」
右京「残念ながら、僕はまだそのつもりはありません」
小野田「そっか」
右京「それでは僕はこれで」
小野田「あれ?食べてかないの?奢ってあげようと思ったのに」
右京「僕はもう食べてきましたから」
小野田「ふーん。変わりませんね。お前は。…それじゃ」
右京「…」ペコ
幸子「…右京さんと友紀さんに、そんなことが…」
友紀「あの時はさ、正直驚いたよね」
紗枝「?」
友紀「え?いや…普通さ、スカウトって…何か、名刺渡してはいさよならみたいな感じじゃないのかなって…」
幸子「…確かに、イメージとしては…」
友紀「でもさ、右京さんは違ったんだよね」
紗枝「それはもう…よう分かっとりますわ」
友紀「もう絶対アタシをアイドルにする気満々でさ…。その為なら2時間でも3時間でも10時間でも付き合ってやるって感じでね」
幸子「ボクの時も、そうでしたね…」
友紀「…今になってみると、ぜーんぶ、右京さんの掌の上だったのかなーって」
幸子「…」
紗枝「…」
友紀「でもね?悪い気が一切しないんだよね…」
幸子「どうしてですか?」
友紀「…何だろ…よく分かんないや」
紗枝「よお分からんのに…?」
友紀「だってさ、右京さんって、絶対人を悪く言ったりしないし、絶対に見捨てたりしないんだよね」
幸子「…そうですね…」
友紀「怒られたこともあるけど、それでも見限ったりするなんてこと絶対無かったよね」
紗枝「ウチらが諦めない限り、どこまでも背中を押す…」
幸子「…」
友紀「…不思議な人…」
紗枝「…」
友紀「…だったよね」
幸子「…でしたね」
紗枝「そやったなぁ…」
少し無理をしようと敷居の高そうな店に入ろうとしたところ、制止されて近くのファミレスで落ち着いた。
…アタシのお財布事情は、筒抜けなようだ。
そこでアタシ達は、これからの話に前向きに行こうと語っていた。
だけど、話はいつの間にか思い出話になり、その話題の中心はやはり右京さんになっていた。
そして、その話は幸子ちゃんも紗枝ちゃんも詳しくは知らなかったアタシと右京さんの出会いにシフトされていた。
「人生なんて…重い言葉使いますなぁ…」
「何でだろうね。今思えばこれ、愛の告白みたい」
過去の話でのたうちまわる経験ならたくさんあるけど、それがつい半年前のことだからかのたうちまわろうにも出来なかった。
「…まあ、紗枝さんの事は分かりましたけど…まさか友紀さんも…?」
「うえっ!?さ、流石に無いよ!っていうか向こうもそう思ってるよ!」
紗枝「はて…どうだか…」
「だって考えてみなよ…。少なくとも年齢差30以上あるんだよ?」
「ボク達なんて40はいきますよ」
「これ、絶対無理だって。世間的に」
「まあでも、ウチらの中では…」
「比較的マシな部類…」
「アタシ達の中ではマシって…そんなこと言ったらキリないじゃん!」
「ふふ。冗談冗談…」
「もー…」
思い起こせば、密度の濃い時間だった。
…けど。
「…でも、楽しかったね…」
「楽しい事ばかりじゃなかったですけどね…」
「…まあ、そうだけど…」
「全て踏まえた上で、楽しい時間…」
「まあ、ね…」
…だけど。
「…せやけど…」
「…ええ」
「…もう、いないんだよね…」
…それは、もう。
過去の話となっていた。
紗枝「…さ!思い出に浸ってる時間もありまへん!」パン
幸子「紗枝さん…」
紗枝「幸子はんが言うたんどすえ?これからも何とかやってく、と…」
幸子「…そう、ですね…」
友紀「…紗枝ちゃんは、その…」
紗枝「…確かに、初めは右京はん目当てでここに来ましたわ。それは認めまひょ」
幸子「公然の事実ですけど」
紗枝「…せやけど、もう…それだけやないんどすわ」
友紀「…」
紗枝「こんな深く、太く繋がったん、もう千切りようがない…」
幸子「…」
友紀「…」
紗枝「…ちゃいます?」
友紀「…うん!」
幸子「はい!」
紗枝「ほな、先ずはユニットデビューしたゆうことで…勿論!歌は欲しいどすわ…」
幸子「あ、それボクも思いました!」
友紀「じゃあさ!歌詞はアタシ達で書くとか!」
紗枝「ええどすなぁ。その代わり野球系の単語は禁止どすえ」
友紀「え!?アタシのアイデンティティが!!」
幸子「なら紗枝さんは京都系禁止で」
紗枝「ほんならカワイイ禁止」
幸子「もうボク達のアイデンティティ無いじゃないですか!!」
紗枝「…」
幸子「…」
友紀「…」
紗枝「…ふふっ」
幸子「ふふふっ」
友紀「えへへ…」
…右京さん。
アタシ達、これからも何とかなりそうだよ。
今西「…」
米沢「…」
今西「…君も、か」
米沢「ええ。実を言うと私、ヘッドハンティングなるものを受けまして」
今西「…そうか。それは…良かった」
米沢「貴方はどうするおつもりですかな?」
今西「…私は、まだ残らなくてはならない」
米沢「ふむ。そうですか…」
今西「…来年」
米沢「む?」
今西「来年、新しい人材がここに来る。部長職から始めるそうだ」
米沢「おや。ここでもヘッドハンティングですか」
今西「…いや、そうではない」
米沢「…とすると、社長の親族の方ですかな?」
今西「ああ。まだ私も二、三話した程度だが…かなり面白い人間だったよ」
米沢「面白い…とは?」
今西「まるで、彼らを見ているようだった。…若々しい目をしていたよ」
米沢「ほう…貴方の言う彼らとは…例のお二方ですかな」
今西「…願わくは…彼女がこの世の中に流されないよう…」
米沢「…」
今西「私が出来る罪滅ぼしは、それくらいだ」
米沢「…そう、ですか…」
今西「しかし、君がいなくなるとすると…いよいよもって私の昼時の話し相手がいなくなるな…」
米沢「おや?まだいるではありませんか」
今西「む…?……ああ…」
「部長!今西部長!」
今西「…そう…だね…」
米沢「それでは私はこれで。彼にもよろしく伝えておいて下さい」
今西「ああ」
「今西部長!」
今西「どうしたかね?」
「…今西部長。その…杉下係長が…」
今西「ああ。だが気に病むことはない。彼は満足して辞めていったよ」
「…」
今西「…君も、満足出来る人生を送りたまえよ」
武内P「…はい」
友紀「…ただいまー」ガチャ
友紀「ふー…今日は食べ過ぎちゃったなあ…」
友紀「ビールは…あ…やめとこ。太ったらヤバイし…」
友紀「お風呂、入ろっかなぁ」
友紀「…あ!その前に…野球野球…」
『♪』
友紀「ん?」
『♪』
友紀「あれ?…この着信音って…」
『杉下 右京』
友紀「!!?」バッ
右京『もしもし』
友紀「もしもしじゃないよ!!今までどこで何やってたの!?」
右京『何処かで何かをしていました』
友紀「そ…そんな冗談…」
右京『まだやり忘れた事があることに気づきましてねぇ』
友紀「え…な、何!?」
右京『最後に別れの言葉を言おうと思っていたのですが、どうにも思いつかず…お時間を頂きました』
友紀「…わ、別れって…」
右京『…というわけで、一言だけ』
友紀「…」
右京『頑張って下さい』ブツ
「…」
…最後に残した言葉が…それ?
「…ふ…ふふ…」
…頑張って下さい…。
「…本当、勝手な人だなぁ…ここまで人を巻き込んでおいて…」
…でも、良いや。
それが、杉下右京なんだから。
「そうだね…」
これからも、アタシ達は頑張るよ。
右京さんに負けないくらい。
ずーっと、頑張っていくよ。
「…」pipipi
…右京さん。
『ありがと!!』
…ビール、飲んでも良いよね?
http://youtu.be/iDBQG3yc278
http://youtu.be/I49ki5ZKPdc
くぅ疲
完結
ここからこれに続いてると思ってるイタ過ぎるアレ
右京さんだったら普通に元の世界に戻れるっスよね?
武内P「シンデレラ…プロジェクト…」
武内P「シンデレラ…プロジェクト…」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1453378881#container)
美城「シンデレラガールズ、プロジェクト」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1453649632
おつ
この後味の微妙さ、season5ぐらいまでの相棒っぽいわ
>>408
個人的には亀時代が一番かなと
乙!!
限りない乙を!!
後質問なんだけど、もしかしてGACkTアイマス書いてた?
>>413
知らんな
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません