それは春一番が吹き、冬を越すまであと少しという時期のこと
みんなが鎮守府で朝食を食べているときのことでした。
赤城「……」チラッ
赤城「おかしいですね……」
龍驤「うんおかしい、ゼッタイおかしい」コクコク
提督「ん、何がだい」モグモグ
赤城「来てないんです……」
提督「何が?」
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龍驤「……グラやんが」
提督「……あっ」
提督「言われてみればそうだっ」
提督「真面目なあのグラーフが……」
提督「几帳面で時間は絶対に守るあのグラーフが……」
提督「少しでも何かが遅れたら……」
提督『ニホン人は時間に疎いのだな』キリッ
提督「……とか冷めた笑顔で言ってくるあのグラーフが……っ」
提督「ま・さ・か朝食の時間に遅れるなんてー……まーさーかー」ニタニタ
龍驤「君あの子になんか恨みでもあんの?」ハァ
提督「いやーべつにー」ニヨニヨ
龍驤(うわ、器ちっちゃ……)モグモグ
赤城(それはいつも提督が寝坊するからです……)モグモグ
゙
龍驤「しっかし、心配やなぁ」
赤城「そうですね……いつもなら、何も言わずにこんなことは……」
龍驤「いっぺん、様子見に行ってみる?」
赤城「そうですね」
提督「……君たち、あと10分で航空機輸送じゃなかったか」
「「あっ」」
龍驤「ホンマや!ウチらが遅刻するや~ん!」ガツガツッ
赤城「龍驤さん、急ぎましょう!」ヒョイパクッ
龍驤「あぁっ、ウチのシャケ~……!」グスッ
赤城「緊急時ですから仕方ありません、急ぎますよっ」ガタッ
龍驤「赤城のアホ~!覚えときよー!」ダッ
ドタバタ……
提督「……嵐のように去っていったな」
提督「…………」
提督「よし、グラーフおちょくりに行ったろ」ニコッ
………………
…………
……
グラ「う……コホッ、コホッ」
グラ「あぁ……頭が……」ズキズキ
グラ(……油断した、この私が風邪をひくなど……)
グラ(特に咳が酷い……皆に移すわけにはいかない……)シュン
コンコン
提督『グラーフさーん、NH○デース』
グラ「!」ビクッ
グラ「な、なんだ!?」
提督『いやぁ、今日は“御寝坊”などをされてらっしゃるのでぇ』
提督『どうしたのかなー↑って……うへへ』
グラ(……嫌味か……)ガクッ
グラ「な、なんでもないっ」
グラ「放っておいてくれ……」
提督『んぅー?』
グラ(くぅ……引き下がらないのかっ)
グラ「だから、なんでもな……っ!」
グラ「コホッ……ゴフッ!」
提督『!?』
グラ「ゴホッ……コホッ……」
提督『あ、あのグラーフさん……』
提督『まさか風z』
グラ「えぇい!もう、早く去ればよいだろう!」
グラ「いつまでもしつこいぞっ」
グラ「(うつしてはいけないから)どこかへ行ってくれ!」
提督『……』
スタスタ…
グラ(……行ったか)
グラ「……はぁ」
グラ(アトミラールに……ひどいことを言ってしまった……)
グラ(だめだ……なんだか、心まで不安定になっているらしい……)
グラ(……この国で風邪をひいたのは初めてで、対処法も分からない)
グラ(祖国のように、温めるビールもここにはない)
グラ(……かといって、今は戦時中だ)
グラ(……仲間に風邪をうつすなど……もってのほかだ)
グラ「ゴホ、コフッ」
グラ「あぐ……」ズキッ
グラ(うぅ、関節まで……っ)
グラ(昨日まであんなに動いていた体が、こんなに苦しいなんて……!)ゴロリ
グラ(横になって、待つしかない……か)
グラ(……人とは、かくも弱いものなのだな)
グラ(こんな時、戦争が始まる前までは……誰かがいてくれたんだ)コンコン
グラ(……こんなに心細くなったのは……)
グラ(……いつぶりだろう……)
グラ「…………」グスッ
グラ「…………」ポロ…
グラ「…………」グスッ
グラ「……Mutti(ママ)……」ポロ…ポロ…
グラ「…………」グスッ
ガサッ
グラ「…………っ!」ハッ
グラ「!?」
提督「……一応ノックはしたけど……」
提督「なんかしんどそうだったから」
提督「お見舞いの品を酒保で……ほれ」ガサッ
グラ「――――――っ!」カァ-…
提督「おーい、ちょっとー」
提督「グラーフさーん?」
提督「布団に丸まってないで出てきてくださいよー」
グラ『だ、だめなんだ!』モゾモゾ
グラ『い、今は……だめだっ』カァー…
提督「……?」
提督「……まぁいいや」
提督「ここに置いておくから、自由に食べてもらっていいよ」
提督「お邪魔すると治りが遅くなるし……」
グラ『!』
提督「そんじゃ、おだいz」
グラ「ま、まってくれっ!」ガバッ
提督「あ、出てきた」
グラ「うぐっ!」
提督(顔赤いなー……やっぱ熱あんのかな)
提督「どしたの?」
グラ「え……そ、それは、だなっ」アタフタ
グラ(心細いとは……口が裂けても言えない……)
グラ「えと……」チラ
グラ「……そうだ、このオミマイの品っ」
グラ「とても有り難いが……私には使い方が……」
提督「あっ、そっか」
すこしぬけます
すみません
提督「んじゃ、少しだけお邪魔するよ」
グラ「嬉しい(そうか)……」ホッ
提督「……ん?」
グラ「ん?」
提督「……いや、なんでも」
グラ「そうk……ゴホッゴホッ!」
提督「あぁ、楽な姿勢になって!」
提督「したらば、早速……」ガサゴソ
提督「これをっ」スッ
グラ「……アトミラール、これはなんだ?」
提督「腹巻」
グラ「ハラマキ?」
提督「そう、お腹に巻く腹巻」
提督「お腹は一番温まりやすい場所だし」
提督「ここが冷えたままだと、何を食べても消化に悪いからな」
グラ「ふむ……」ジーッ
提督「最近のはデザインもなかなかかわいいだろ」フフン
グラ「……あぁ」…スチャ
提督「うん、似合ってる」コクコク
グラ「そ、そうか」フフ
提督「熱は測った?」
グラ「あぁ、38.6℃らしい」
提督「あぎゃー、なかなかキツいな……」
提督「それと、朝食の場にいなかったってことは……」
提督「ごはん、まだだね」
グラ「……」コク
提督「んしっ、じゃあ用意しよう」
グラ「すまない……」
グラ「しかしアトミラール、たしか料理は……」
提督「はい、できません!」キッパリ
提督「でも、最近のインスタント食品の力を侮ってはいけない(戒め)」
提督「見とけよ見とけよ~(迫真)」
提督「うどんとおかゆ、どっちがいい?」
グラ「……ウドン?オカユ??」
提督「あ、そか……じゃあ、ヌードルとライスだったら?」
グラ「あぁ、では……ライスかな」
提督「合点」
提督「ちょっと台所借りるし、寝てていいからな」
グラ「……分かった」
提督「――っ」アタフタ
ジュ-…
提督「アツゥイ!」グスッ
グラ(……こう、慣れないものを頑張っている所を見せられると……)
グラ(なんだか……眠れないな)クスッ
提督「お待ちどうさま!」
グラ「すまないアトミラール」
グラ「これが……オカユ……」ジーッ
グラ「セイキクウボノ会で食べた、ナベの締めというものに似ているな」
提督「あはは、そんなに美味しいものじゃないかな」
提督「でも、消化にいいから……」
提督「このへんの薬味とかと一緒にどうぞ」
グラ「あぁ……イタダキマス」スッ
グラ「……ん、あつ!」
提督「おっと、熱いから気を付けてー」
グラ「――っ……」ジワ…
提督「あぁ……こぼしちゃってまぁ」フキフキ
グラ「こ、子供扱いするな……っ」ムッ
グラ「……」モグモグ
グラ「……とても落ち着く食感と風味だ」
グラ「それに、ヤクミのショウユとカツオもいい感じだな……」モグモグ
提督「ほっ」
グラ「ゴチソウサマデシタ」スッ
提督「お粗末様でした」ニコ
グラ「……ニホンでは、こういったもので滋養を付けるのだな」
提督「そか、グラーフの国には御粥ないもんね」
提督「他に何食ってるのか、気になるっちゃなるな」
グラ「あぁ、わた……ゴホッコホッ」
提督「おっと、無理はしないでくれよ」
グラ「コフッ……いや、大丈夫だ」
グラ「そうだな、私の国では……」
グラ「風邪のときはまずハーブティーを飲むな」
提督「ほぅ、なんか洒落乙だなぁ」
グラ「ん、どういうことだ?」
提督「……ごめん、なんでも」
グラ「あと、野菜たっぷりのチキンスープを頂くことが多いな」
グラ「おそらくこれが、この国のオカユに相当するだろう」
提督「おぉ、なんか滋養付きそう!」
グラ「あぁ、実際に付くんだこれが……」フフッ
グラ「そして、温めたビールを頂くんだ」
提督「ほうほ…………えっ?」
提督「ビール……温めて飲むの?」
グラ「あぁ、そうだが」キョトン
グラ「ビールとはもともと常温か、温める飲み物だろう」
提督「へ、へぇ……」
提督(知らなんだわ……)
提督「にしたって、風邪時にビールか……」
提督「さすが麦酒の国だなぁ」
提督「でも、あいにく酒保には置いてなかったな……」
グラ「そ……そうか……」シュン
提督(うわ、めっちや落ち込んでるぅー!)
提督(……そりゃ、故郷の味ってものがあるだろうしな……)
グラ「ニホンでも、風邪の時に酒を飲むと聞いたことがあるが……」
提督「え?まじでじま?」
提督「……あっ、ひょっとして玉子酒のことかな」
グラ「タマゴ……ザケ?」
提督「……ちょっと休んでて」スタッ
グラ「あ、あぁ」キョトン
提督「えと、まず卵の白身を切りながら砂糖とかき混ぜて」カチカチカチ
提督「この日本酒(提供千歳)を温めて……」グツグツ
提督「こうやって注ぐんだっけ……」ソロ-…
提督「おまちどうさまなのです(裏声)」
グラ「プッ」
グラ「……コホン」
グラ「こ、これは……エッグノックか?」
提督「実はこれ、あんまり好きって日本人はいないけど……よかったら」
グラ「イ、イタダキマス……」ズズッ
グラ「……んっ」
グラ「優しい味だ……」
グラ「すごく……暖かい」ニコッ
提督(あれ、喜んでもらえてるぞ)
グラ「エッグノックは、私の国でも馴染みがあるんだ」
提督「なんと!」
グラ「ニホンシュとはいえ、この国でも飲めるとは……」
提督「……俺のでよかったら、また言ってくれれば作るよ」
グラ「ありがとう、アトミラール」ニコッ
グラ「……」
グラ(うぅ……)
グラ「……」キョロキョロ
提督「ん、どしたの?」
グラ「…………てくれ……ないか」
提督「え、なんて?」
グラ「……」グスッ
グラ「……トイレだ」
グラ「あと、汗をかいている……着替えを取ってくるから」
グラ「……あっちを向いていてほしいと言っている」カァー…
提督「そりゃ失礼しました」ソソクサー
グラ「」スンスン
グラ(く、やはり汗くさいな……)
グラ(アトミラールに気付かれないといいが……)ヌギッ
グラ(……しかし、少し体が楽になっている……のか?)ゴソゴソ
グラ(先ほどより、関節も楽だし)ス…
グラ(咳もなくなった……やはり……)
グラ(……“気持ち”の問題というやつ……だろうか)クスッ
提督「……」
提督「」チラ
提督(やはりでかい)
グラ「ふふ……」トロン
提督(少しは眠くなったかな……よしっ)
提督「グラーフ、ここいらで薬を飲んで……もう寝よう」
グラ「む……むぅ」シュン
提督「……ん?」
グラ「……いやっ、なんでもない」
グラ「ありがたくそう、させてもらうと……する」
グラ「……」モゾモゾ
グラ「しかし……アトミラール」
提督「ん?」
グラ「貴官は……風邪の対処の手際がいいな」
提督「あはは、俺の手際でいいなんて言ったら他の女性陣が怒るぞ」
グラ「そうなの……か?」
提督「実際、俺もカーチャンの真似事をしただけだしなぁ」
グラ「カーチャン?」
提督「母親のことだよ」
グラ「……母親……」
グラ「では、アトミラールの母親はとても立派な方なのだな」ニコッ
提督「そうなのかな……うん、そうだな」
提督「少なくとも俺は、そう思ってるよ」フフッ
グラ(母、か……)
提督「そういえば……」
提督「俺がさっき部屋に入ったとき、グラーフなんて言ってたの?」
グラ「!」
グラ「あ、あれは何でもないっ」オロオロ…
グラ「忘れてくれ……」
提督「?」
グラ「……なぁ」
提督「はい」
グラ「なんだか……楽になってきた」
グラ「今日は……本当にありがとう」ニコ
提督「お安い御用だよ」
提督「“君も”、うちの大事な艦娘の一人だからね」
グラ「…………」
グラ「……そうだな」シュン
グラ「…………」シュン
提督「……ん、どれどれ」
ピト
グラ「ひゃうっ!?」
提督「そんなに驚かなくても……」
グラ「だ、だって、アトミ……!」
グラ(ひ、額同士を……!)アタフタ
提督「んー……少しは下がったかな」
グラ(かお、ちかいっ)ドキドキドキ
パッ
提督「このまま安静にしていれば、きっとすぐよくなるよ」
グラ「あ……」プシュ-…
提督「ここに居たら気が散って寝られないと思うから、俺はこれで失礼するね」
グラ「あ……あ……」コクコク
提督「えっと……こう言うんだったかな」
提督「ぐーて、べっせるんぐ!」ビシッ
グラ「……あ……」コクッ
バタン
テクテク
提督(あーあ、今日はおちょくれなかったなぁ)
提督(……でもま、いっか)フフッ
モゾモゾ
グラ(だから……っ、奴は……っ!)ドキドキ
グラ(どうしてこう……いつもいつも、いつもいつもいつもっ!)ドキドキ
グラ(……また、眠れなくなってしまった……)
グラ(顔も……熱い……これも熱のせいなのだろうか……)
グラ(……そう、だよな……きっと……そうだ……)カァー…
グラ「……アトミ……ラール」ドキドキ
……
…………
………………
提督「……ゴホッゴホッ」
提督「なんてこったい……うつっちまったぁ」
提督「おちょくったりしようとしたから、天罰が下ったのかな……」
提督「ゴホッゴホッ!オウェ!」
提督「心細いよぉ……カーチャーン」グスッ
提督「こ、こんなときは、BB劇場でも見て気分を……」ス…
コンコン
提督「ん?」
ガチャ
提督「えと、どなたー……あっ」
グラ「や、やぁ……アトミラール」
提督「グラーフさん!」
グラ「すまない……私のせいで……」シュン
提督「いや、マスクしてなかった俺のせいなんだよな……」
提督「一鎮守府のトップが、情けない……」
グラ「……そう気を落とすな」クスッ
グラ「……で、その……」
グラ「じ、実は、部屋でチキンスープを作って来た……」
グラ「……アトミラールの口に合うか……分からないが……よければ」ドキドキ
提督「うわーお!最高!」
グラ「!」
提督「グラーフの手作りなら、なんでも嬉しいやっ」
提督「ありがとう!」ニコッ
グラ「…………」
グラ「……そうか」クスッ
グラ「では、中にお邪魔するぞ……アトミラール」ニコッ
これは厳しい冬の終わりと桃の咲く春の訪れ――
それらのちょうど間に起こったできごとでした。
―――――――――――fin――――――――――――
これはドラッグストアに勤める友人のための、マスクのステマです(迫真)
たまにはやめたつもりだったグラーフネタで書くのも楽しいものです(予防線)
ここまで読んでくださった方、楽しく書かせていただきありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
素晴らしいssをありがとうございました!