俺「俺は服を脱がないと用を足せない」 (20)


あの日俺は、猛烈な腹の痛みに襲われ、通りすがった公園の中にあった公衆便所に入った。



さいわい人はおらず、洋式便所と和式便所の個室があったから、俺は洋式を選んだ。

便器に特に汚れはなかったからさっそく腰をかけ、ズボンとパンツを下ろした。





しかし――出ない。

いくらふんばっても、お腹の中のもんが出てくる気配がない。


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それもそのはず。俺はある程度の開放感がないと用を足すことができないんだ。

開放感ってのはようするに、服を脱いだりして身軽になることを意味する。



ちなみに小便する時も、チャックを開けるだけじゃダメ。

ベルトを外して、ズボンとパンツを足首まで下ろさないと出が悪くなっちまう。



こういう人は意外に多いらしいが、俺はその傾向が特に顕著だった。


しかし、公衆便所で服を脱ぐってのはどうも抵抗があった。



いくら四方を壁に囲まれた場所とはいえ、パブリックな空間であることは確かだし、

脱いだ衣類をあまりキレイとはいえない床や棚に置かねばならないからだ。



「ふんっ……!」



もう少し粘ってみたが、やはり徒労に終わる。

仕方ないので、俺はズボンを脱ぐことにした。


脱いだズボンはきちんと折りたたみ、個室上部にあるトイレットペーパーが設置してある棚に置く

床よりはまだ清潔だろう。

さあこれで、俺の心と体はだいぶ開放された。きっと快便に巡り合えるに違いない。



「ふんっ……!」



出ない。


いくら腹筋に力をこめても出るのは脂汗ばかり。腹の痛みは増すばかり。

まだ開放感が足りないというのか。



「こうなりゃパンツも……」



俺はパンツを脱ぐと、先ほどのズボンの上に置いた。


「ふんっ……! えいっ……!」



出ない。

どう力んでも、腹痛の波をいたずらに刺激するだけで、事態は一向に好転しない。



ならば――



俺は靴と靴下を脱ぐと、それを個室のすみっこに置いた。


これで、俺の下半身は完全に開放されたわけだが――



「出ないっ……!」



俺は上着を脱いだ。


上着を脱ぎ、下半身のみならず、上半身も軽くなった俺。

もういいだろう。そろそろ用を足せるはず。



「ダメか……」



俺はシャツを脱いだ。


シャツを脱いだ時点で、俺はいわゆる「全裸」と称される姿となった。

寒い。情けない。恥ずかしい。だけど開放感はマックスだ。

ここまでしたのだから、もう用を足せるはずだ。



「ふんっ……! ふんっ……! ふんぬっ……!」



ダメだった。おいおい、これ以上俺にどうしろというのだ。

こうなったら……



俺は自分の皮をはぐことを決意した。


そうはいっても、さすがに自分の皮をはぐことにはためらいを覚えた。

きっと痛いし、血も出る。傷だって一生残るだろう。

皮をはいだら用を足せるという保証もどこにもない。

骨折り損ならぬ皮はぎ損になるだけかもしれない。

考えれば考えるほどデメリットだらけである。



だが、この時の俺は自分でもどうしようもないほどの使命感にとりつかれていた。



やるしかない、と思った――


俺は右手の爪を左手首に立て、粘着力の強いシールをはがす時のように一気に皮を引っかいた。



するとどうだ。



バナナの皮をむくように、俺の皮膚はあっさりとむけた。

なあんだ、皮をむくってのはこんなにも簡単なことだったのかと、俺は夢中になって皮をはいだ。

やめられない、止まらない、自分の皮むき。



30分も経つと、俺の全身から皮膚というものは消えていた。

筋肉がむき出しとなり、理科室なんかにある人体模型状態になっていた。


しかし――



「人体模型になってもダメなのかよ……」



出なかった。


「だったら……とことんやってやる!」



俺は最終手段に出た。



「肉も内臓も全部削いでやるっ!」



どうせ人なんかいやしないと、俺は絶叫しながら、自分の肉や内蔵、血管、神経を削いでいった。

俺は面白いように軽量化していった。


やがて、俺をあれだけ苦しめていた腹痛はウソのように消えていた。



そりゃそうだ。

痛みの原因だった便ごと、自分の肉という肉を骨から削ぎ落としてしまったのだから。



「ちょっと、やりすぎちゃったな」



俺は正直な感想をもらしたが、さほど後悔はしていなかった。

むしろ、体が軽くなった開放感、満足感、達成感の方がずっと大きかった。



こうして俺は、脱いだり削いだりしたものに別れの挨拶をしてから、その公衆便所をあとにした。


スケルトン「――以上が、俺が人間からスケルトンになった経緯だ」



ゾンビ「へ、へぇ~……」

ゴースト「そ、そうなんだ」

ミイラ(どうリアクションすりゃいいんだよ、こんな話……)







おわり

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