鷺沢文香「たった一つを貴方のために」 (18)
「世界で一番綺麗だよ」
あなたのこの言葉を嘘にはしたくありませんから。
私は世界で一番綺麗であろうと思うのです。
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私がアイドルになった理由は単純で、それはスカウトされたからと言う他ありません。
何分、主体性のなかった私です。
それまでの人生を流され続けて生きてきた故にアイドルという道が示された時点で既に逆らえぬものとしている私がありました。
というのは嘘、ですね。すみません。
この世界に興味を持ってしまったのです。
あの人が手を引いてくれるなら、とその差し出された手を掴みました。
アイドルになってからのレッスンは苛烈を極め当時の私はとても耐えられないとさえ思いました。
これは後から知った話なのですが、当時のレッスン内容は通常のアイドル候補生の子達の半分より少し上程度のメニューであったそうです。
そんな私に付きっきりで指導してくださったトレーナーさんには頭が上がりません。
もちろん、こんな私を見捨てないでくださったプロデューサーさんにも感謝をしています。
そうして周りの方々におんぶにだっこのような状態の私でありましたがなんとか初ステージに上がる日を迎えられました。
その時にプロデューサーに頂いた言葉が
「世界で一番綺麗だよ」
というものでした。
思わず頬を朱に染めたことを今でも覚えています。
この言葉を守るために私は衣装を身にまといマイクを携えステージに上がるのです。
私はたくさんのものをプロデューサーにもらいました。
それは曲であったり、衣装であったり。
では、私はプロデューサーに何かあげられているでしょうか。
何もあげられていないかのように私は思うのです。
プロデューサーにこんなことを言うと、きっとあの人は優しいから「そんなことないよ」と言うでしょう。
私にとってのあの人は彼しかいません。掛け替えのない方です。
ですが、彼にとっての私はどうでしょうか。
きっと私の代わりは他にもいることでしょう。
それも、もっと適した方が。
しかし、私にもプロのアイドルとしてのプライドくらいはあります。
他に適役がいるからといって、はいそうですか。と道を譲るほど出来た人間ではありません。
ですから、とっておきを贈ることに決めました。
トッププロデューサーという称号を。
私は目標のために突き進みました。
たくさんのオーディションを受けました。
たくさんの番組に出演しました。
たくさんの雑誌に掲載されました。
しかし、頂点には届きません。
たくさんのことを覚えました。
たくさんのレッスンを重ねました。
けれども、頂点には届きません。
所詮は付け焼刃。
何年も何年も努力を積んできた他のアイドル達を押し退けてただ一つの頂点を掴むことは容易ではありません。
容易ではありませんが掴む機会は均等に訪れます。
All Idol Rating Agency通称A.I.R.A.
ほぼ全てのアイドルが登録しているこの機関はアイドルのランク付けをしている機関であり、
A.I.R.A.の開催する大会を勝ち抜くことでランクが上がり、その年の頂点、シンデレラガールが決まります。
私の現在のランクはA。次の舞台は遂に決勝戦。
全国のAランクアイドルが一堂に会し、頂点を決めます。
その戦いに私はこれから臨むのです。
***
決勝戦当日、私は一人で会場へと赴きました。
プロデューサーには付いて来ないで欲しいと私からお願いをしました。
思えばアイドルになってから初めてのプロデューサーへの同行拒否です。
胸は不安でいっぱいです。
足は震えが止まりません。
しかし、ここで止まるわけにはいきません。
楽屋で出番を待つ時間はとても永く感じられました。
本来、私とプロデューサーがいるはずの楽屋ですが今は私の我儘でひとりぼっちです。
ステージの音が小さく聞こえてきます。
それ以外の音は存在しませんでした。
永劫とも感じられた静寂はドアを叩く音によって破られました。
どうやら、出番が来たようです。
ここ一番の場面には新曲を用意するのが常らしいのですが、敢えて私は一番馴染みのある曲を選びました。
初めての私の曲を。
Bright Blueを。
***
ステージの上での記憶はあまりありません。
ですが、今の私が出せる全ての力を出し切ったことだけは確かです。
やり切った、そんな心持ちでした。
こうして私の出番は終了し、後は結果を待つのみとなりました。
やれるだけのことはやったのです。
鷺沢文香の全てを出し切ったのです。
結果がどうであれ、後悔はありません。
どれだけ楽しいものであろうと、どれだけ辛いものであろうと時間は平等に流れます。
とうとう結果発表の時間がやってきました。
『栄えある第五回シンデレラガールは!』
司会の方の声と共にドラムロールが鳴り響きます。
目を瞑り頭を垂れ祈る子や、ステージを真っ直ぐ見据えている子など待つ姿勢は様々でした。
私は、誰に言うわけでもなく「どうか、お願いします」と呟きます。
『鷺沢文香さんです!』
・・・・・・えっ。
私の席がスポットライトに照らされます。
ということは......?
何が起こったのかを理解するまでに数十秒を要しました。
『今のお気持ちをどうぞ!』
促されるままにマイクを受け取りました。受け取ってしまいました。
「...本当ですか?」
会場に笑いが起こります。
冗談などを言ったつもりはありません。
『本当です!あなたが第五回シンデレラガールです!今のお気持ちをどうぞ!』
では。
本当に...。
本当なのですね。
しかし、今の感情を言い表す言葉が出てきません。
アドリブの効かない私は会場のみなさん、テレビの前のみなさん、そしてスタッフの方々へのお礼を言うことが精一杯でした。
『ありがとうございました!以上をもちましてシンデレラガール決定戦を終了致します!』
司会の方のそんな締めの挨拶とぱちぱちぱち、と会場からの拍手を以て中継も終了したようで、
スタッフの方々が業務連絡を始めました。
どうやら、優勝賞品の授与と雑誌やら新聞やらに掲載するための写真撮影があるようです。
そのため私は楽屋にて化粧直しをするよう仰せつかりました。
舞台の袖から捌け、通りかかる方々の「おめでとう」の一つ一つに会釈をしながら
楽屋へ向かうと消したはずの電気が点いており、何故だろうと思いつつ中に入りました。
そんな私を迎えてくれたのはプロデューサーの笑顔でした。
ずっと、会場で見てくれていたんですね。
そう思うと引っ込んだかのように思われた涙がまたしても溢れ出しました。
声にならぬ声で私が「ありがとう」を伝えると、彼はただただ微笑むだけでした。
汗と涙に塗れた私の顔はおそらくアイドルと呼べるものではなかったと思います。
こんな私に彼はこう言いました。
「世界で一番綺麗だよ」
おわり
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