兄『俺ジジッ死んだら、どう思う?』妹「死なないから」 (297)

『ジジジジ───ガガッッ…』

妹「ねえ、聞こえてる? ねってば、兄貴ってば」

『ザザザザザ』

妹「……、わかんない全然聞こえないもん。それよりも一ヶ月も帰ってこないからお母さん激怒ってたから」

妹「三日間ぐらい晩飯抜き、覚悟してたほうが良いかもね」

妹「それじゃあ切るよ。授業始まっちゃう」


ぴっ


妹「ふぅー、今の今までなにをしてたんだか」

妹(あ。ひこうき雲だ…)ぼー



~~~



『───ハラショー! なんとか日本の空域圏内に食い込んだぞモンスター!』

『良いか? 私達が乗っているのはSu-35、ステルス機能無しの第4.5世代と呼ばれるジェット戦闘機だ!』

『高い機動性と最新の電子機器で、手放し運転だってお茶の子サイサイだぜ!』

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457105565

『おっと! 怯えるなって、んな馬鹿なことはしない! ただし聞いてくれ、この戦闘機を選んだのには理由がある!』

『Su-35は西側じゃトップクラスの性能だ! 実に快適に飛行は実行される!』


『───まぁ“本物”はそうなんだけどな』


『ん。あれだ、お前は私達の軍にとっちゃ英雄と呼んでも相応しい実績を残してくれた…』

『感謝してもしきれない…まさか生身で宙に飛び出して【BOGEY】を吹っ飛ばした時は度肝を抜かれたもんだよ…』

『ま! でもそれはそれだ! こちとら日本に来るだけですっげー国際情景かっとばして来ちゃってるからな!』

『あはははは! それもモンスター、お前が学校に早く行きたい。なんてお上に言うからだぜ!?』

『こっちはジャパニーズが取り込んだE-2C、E2Dでカッとんで来るF15にグッバイさよならなんだ! 超こえーよどうしてくれるー!』

『だからパチもん乗り込んでチャイニーズに偽装したボギーでやってきたってわけだ! おっと、おしゃべりが過ぎたな!』


パチン


『ポストストールマニューバァアアア! クルビット! モンスター、絶対に吐くなよ!!』

『おひょー! 知らない空でやっていいモンじゃねーな! 心臓が幾つ合ってもたりねーよ!』

『…これで私の願望は叶えられたぜ。ここまで無茶してモンスター、アンタを連れてきたかいがあったもんだ! やべぇちょうたのちぃいいい』

『よっしゃ! 今からベイルアウト、機体から射出する! え?  パラシュート? あーもちろん我が国の証拠となるもんつけさせるわけねーだろ!』

『はぁっ?! あのFAEBを生身で食らって睫毛一本燃え尽きなかったお前が何言ってんだ!?』

『───Fuel Air Explosive Bomb』

『瞬時に2000度以上に加熱し、気圧変化の衝撃波で地上物を軒並み破壊し尽くす! 一度落とされたら瓦礫と炭しか残らねえ!』

『核分裂をしない核弾頭と呼ばれ恐れられてる奴をだ!』

『それをアンタは真っ裸で一週間、着弾地点で過ごしてやがった! あははは! 汚染調査隊の恐怖に震えた声が今でも思い出せるぜ!』

『ヒュー! 科学班の奴らがこぞってアンタの身体を調べたがってたが大丈夫か!? いつの間にチィ座れてたりしてねーよな!?』

『…おっとと、お喋りしてたら迎えがきちまったぜ。ジャパンは法律でガチガチの癖してやるときゃやるんだよなぁー!』


『じゃあなモンスター! 一緒にスクラブっちまうことがないよう祈っとくぜ! アーメン! ガハハハ!』


ボッシュー!


兄「…………」バタバタバタバタバタ

兄「───ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」



ヒュウウウウウウウウウウウ!!!

兄「あびびびばばばばばばばば」

兄(なにコレ!? 嘘でしょ…? 本気で空に放ったの生身で!?)ぐるんぐるんぐるん

兄(頭の整理が現実に追いつかない!! やだこわい!! おえぇー! と、とにかく体勢を整えよう…)


バタバタバタバタバタ!


兄(……すげぇぇ……これが俯瞰風景というやつですか……まったく落ちてる感覚が湧いてこないよ……)

兄(あ。違う飛行機がやったきた、おお、ソフィアさんの飛行機がうまい具合に交わして、おお! 逃げ切ったみたいか? あれは?)

兄(よかったよかった、俺をここまで連れてくるのに色々と問題があったらしいし…これで万事解決ってな…)


兄「ぶぇんぶぇんぼぉぶべぇー!」


兄(このまま俺が死んじゃう! ど、どうしよう! 下は見た感じ思いっ切り地面ですよねー! 海ならワンチャンあったかもしれなのに…ッ!!)キョロキョロ

兄(ど、どうにか泳ぐ要領でいけばそれとなーく海の方に流れて行ったり…)すいすい

兄(うん! だよね! 無理だよね! わーい! こりゃどうしよう!)


ひゅうううううううううう


兄(はっ!? ───そういやロシア空軍基地で、暇な時に読んだ日本のマンガに…)

兄(身体を回転させつつ! つま先、すね外側、もも外側、背中、肩と順番に地面に当て、衝撃を分散する!)

兄(───『五点着地回転法』!!)

兄(そ、それだァー! もうやけっぱちだろうが助かる方法があるなら縋るしかない!)


ババババババ!!


兄(み、見えてきた地面が…もう駄目だ超速い、死んじゃうかも、凄く恐い、けどやるっきゃない!)ババッ

兄「っ……い、妹ちゃあああああああああああああああああ!!」

兄(この時ばかりは! 兄の意味不明な不死身さを祈ってて!! わああああああ!!)




ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!


                            ───ズッ…




どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

学校 教室


教師「えー、であるからして。ロシアは中国にこういった贈り物をすることによって、食料関係や、」

妹「…ん」チラ

妹(今、ちょっと変な感じした。やばい、変なこと起こりそう)ピク



どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


ガタガタガタガタガタ!!


教師「ばぁああああッッ!!?」

「な、なんだ!? 急に校庭が爆発したぞ!?」

「きゃーー!!!?」

「な、なになにテロ!? テロなの!?」

教師「み、みな落ち着きなさい! こ、これは決してそんなことじゃなく…!」

「砂煙で何もみえねー…な、なにが起こったんだこりゃ…!?」

妹「……」

妹(…一瞬、兄貴の声がした)ジトー

モクモクモク……


妹「はぁ~とにかく、まぁ、うん」

妹「おかえり、兄貴」



兄「───ふふっ」

兄「思っても見ませんでしたよ…ええ、そりゃね…上手くいくとは思ってなかったさ…」

兄「けどね、突き刺さるって。つま先から地面にぶっ刺さるって、それってどうなんですかね…そっか俺って体重百キロ超えてるもんね…刺さるよね…」ホロリ

兄(砂煙舞ううちに逃げ出すかなぁ~…どうもうちの学校だし、弁償とか、やだしね。うん、逃げよう!!)


だだっ ザザザザ!!


兄「妹ちゃーん! たっだいまー!」ダダダダダ


過去作
兄「俺が死んだらどう思う?」妹「死なないじゃん」
兄「俺が死んだらどう思う?」妹「死なないじゃん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436450533/)

学校 屋上 昼休み


兄「なんか色々と説明されたし、一応は納得していっぱい手伝ったりしたけどさ」

兄「とにかく、ロシアが今は金欠なのは石油…だっけ灯油だっけ…あれが抑えられたからとかじゃなくて…」

兄「とある『未確認飛行物体』との『兄弟喧嘩』が始まって、それを見過ごすわけにも行かず、取り敢えず手を出したら長引いちゃって…」

兄「しょうがないから一応、カッコいい戦闘機や戦車を送ってたら巻き込まれて、俺に助けて欲しいと拉致られちゃったのですね、ハイ」

妹「それで帰りは空から落ちてきたってコト? 馬鹿だね、ほんとに馬鹿」

兄「いや!? 全然俺は悪くないよね!? 問答無用に放り投げたソフィアさんがさぁ…!?」

妹「……で?」

兄「へっ?」

妹「その操縦士のソフィアさんは、綺麗だったの?」じとー

兄「え、えぇまぁ…ロシアの人は何処見渡しても綺麗な方ばっかりでしたけども…」

妹「今日の晩ごはん抜き決定ね」

兄「ホワイ!? 妹ちゃん!? お兄ちゃんは久しぶりにお味噌汁白ご飯にたくわんの日本食味わいたいんだよー!」

妹「知らない筋肉悪魔。勝手にロシアに永住してビーフストロガノフでもがっついておけば」すたすたすたすた

兄「いっ、妹ちゃーん!! 待って待ってなんで怒ってるの!? やっとこうやって会えたのにぃ~…っ」

妹「…やめて」スッ

兄「えっ?」

妹「シュールストレミング臭がする。今の兄貴って超臭いから近寄らないで」

兄「…それ超臭い魚のやつじゃん…」ガクッシ

妹「ふん」クルッ

兄「シクシク」

妹「…一応、心配とかしてたし」

兄「ふぇっ?」

妹「だけどいちいち兄貴のこと心配しても、意味がないの。面倒臭いから」

兄「妹ちゃん…」

妹「だから、これだけは言っておくから」

妹「……おかえり、兄貴」ボソリ

兄「っ…っ…っ…!!」キラキラキラキラキラ


兄「いっもうとちゃああああああああ!!」ダダッ


女「──化け物が帰ってきたってほんとーかイモウトぉー!?」ガチャ


兄「はぐぅっ!?」バチコーン


女「んお? 開けたドアに凄い衝撃が……おわぁ!? なにしてるんだオマエ!?」

兄「……ただいま嬢ちゃん……」

女「お、おお、お帰り化け物。今回の帰りは随分と遅かったな、なんだ? またコスタリカにでもいって石球を割ってたのか?」

兄「いや、割りたくて割ったんじゃないからね!? あれ滅茶苦茶怒られたんだから! 俺のせいだけどさ!?」

女「まー良いではないか、その後にワタシが直してやっただろ。まぁ、軽く『花崗岩球』の当時の製造法分かったがな」

兄「……え? 今凄いこと言わなかった?」

女「それで? 今回はどうにも派手な登場だな! わっはっは! 流石はワタシの下僕! 天晴!」

女「───見た感じ、落下してきたと見えるが。ただの人間落下にここまで大規模な地盤陥没は怒らんぞ、一体、どうしてこうなった?」ワクワクワク

兄「わくわくするんじゃない! だぁーもう! …あれ? い、妹ちゃん!? いつの間にか妹ちゃんが居ない!?」

女「さっき屋上から出て行ったぞ?」

兄「妹ちゃあああああんっ!!」

女「こらこら、あまり大きな声を出すな。人狼家の一人娘に聞こえるぞ、ただえさえこの一ヶ月オマエに会えず殺気立ってるのだから」

兄「うっ!? ……まだ『決闘だぁー!』とか言ってんの?」

女「無論だ」

兄「いい加減にして欲しいな本当に…俺だけなら良いけど、時間と場所を考えないで突っかかってくるから非常に面倒なんだよ…」

女「血の気の多い一族で有名なのだ。致し方なしと思え、恨まれたことをな!」

兄(始まりは全部、嬢ちゃんのせいじゃん…)


女「ま! それよりもだ、化け物」

兄「…ん?」

女「実はオマエの帰りを非常に待っていたんだぞ! 中々帰ってこないからどーしたもんかと悩んでいた!」

兄「とても嫌な予感がするんで断りたいんですケド…」

女「どうして頼み事をしたいとわかったのだ!?」

兄「大体そんな感じじゃんか…わかるもん雰囲気で…」

女「むぅー…マミーが言うには『女性はミステリアスであれ』と言っていたが、ワタシには難しいようだ…」

兄「ま。こっちとしても久しぶりの帰国で疲れてるんだ、頼み事ならもうちょっと後にしてくれ」コキッ

女「そ、そうか。なら仕方ないな…」


女「今度のGW中に、オマエとイモウトを連れて、とある県に旅行へ誘おうと思ってたのだがなぁ」


兄「………」

女「ならエメトを誘うか。アイツ、化け物に負けて以降ずっとゲームにハマってるから身体が鈍っとるだろーし」

兄「お嬢ちゃん」

女「おっ? どうした?」

兄「───信じられるか、俺、もう怪我が治ってるんだ」

女「お、おお、知ってるぞ! オマエはきっと背骨が折られても数秒後には直ってるだろうな!」

兄「なら、行けるじゃん」

兄「わああああああああああ!! 妹ちゃんと旅行!? 超うれしぃいいいいいいいい!!」

女「な、なんとッ!? もしや行く気になったのか!? すごいすごい! 本当に来てくれるのか化け物!?」

兄「もちのろんだ! そんなの行くっきゃないだろ! すぐさま妹ちゃん誘ってくるから!」ダダッ

女「うむ! 当日の予定は決まり次第、オマエに連絡するからな!」

兄「あいよー!」ダダダダダ

女「…おっと」

女(単に旅行するだけじゃないことを伝え忘れてたな。ま、大丈夫だろう)

女「ヴァンパイア家現当主【7つの仕事】の一つ」


『───ドラゴン・ブレス』


女「その『火山』の調整に行くことぐらい、まぁ、あっち着いてから説明すれば良いか、うむ!」

女「はてさて! 今日もいい天気だ、ちょう楽しい!」



旅行当日 ヴァンパイア城 門前


兄「…ねぇ妹ちゃん、本当に荷物はそれだけで良いの?」

妹「良いの。兄貴こそ二泊三日なのに、大量の荷物を背負ってるワケ?」

兄「そりゃ妹ちゃんの枕に、妹ちゃんの歯ブラシに、妹ちゃんの好きな桃缶! 全部大切じゃん!」

妹「わかった。今からそれ捨ててきて、早く」

兄「捨てる!? ま、待って妹ちゃんの大切な所有物が結構たくさん入ってるよ…!?」

妹「兄貴が触ったものなら、もう要らないから」

兄「ひええええ! ごめん許してぇ…! ちゃんと家に置いてくるから! 冗談でもそんなこと言わないでぇ~…!」

妹「あながち冗談じゃないけどね。黙って触って持ってきてる時点で怒ってるし」

兄「す、すみませんッ」

妹「…ん、それならゴーハウス。制限時間は三十秒で」

兄「わんわーん!」ダダダダ

妹(やっぱり来ないほうが良かったかな。先が思いやられるよ、まったく)


女「お! 来てたかイモウト、おはよう!」

妹「おはよう女さん。兄貴は今、ちょっと野暮用で遅れてるから」

女「む! 我が下僕でありながら君主より遅れるとは、非常にけったいなやつだな全く!」

妹「…くす、そうだね」

女「おおーそうだそうだ、そういや先にオマエに渡しておきたいものがあったのだ!」

妹「? 渡したいもの?」

女「コレだ」

妹「…なにこれ、開けていいの?」パカリ

ピカー!

妹「指輪?」

女「そうだぞ。ヴァンパイア家現当主であるワタシが作った特注品だ、大事に身に付けておけ」

妹「でも…こんな高価そうなもの…」

女「かまわん。オマエと化け物には日頃から世話になっとるからな、その礼だと思ってくれていい」ウムウム

妹「あ、ありがとうございます、でいいのかなコレ…」テレテレ

妹(凄く綺麗。銀色で、中央に真っ赤な宝石が埋まってる。模造宝石かな?)

女「ちなみにリングは純銀製で、埋まってる宝石はルビーだ」

妹「バカじゃないの!?」

女「ほぇ? な、なぜ怒られるのだ!?」

妹「こんなのもらえないよ!? 重すぎるから!」

女「あ、ああ、マミーもブローチで作ったら重すぎて普段から身に付けにくいと助言を貰ったからリングにして…」

妹「気持ち的な意味だってば! こ、こんな高価なもの軽くぽいっとあげないでよ…!」

女「むぅー…金銭的な意味ではワタシは金持ちなので、これぐらいは至って構わんのだが…?」

妹「うぐっ」

妹(本当に兄貴の知り合いっておかしな人ばかり…)

女「っ…っ…っ…」おどおど

妹「…あのね女さん、こういうのは受け取れない。私は高価なものよりもっとちゃんとしたものが欲しいよ」

女「何ッ!? こ、これより高価なものとな!?」

妹「ううん、そういうことじゃない。私は気持ちだけで十分、それを伝える『ありがとう』って言葉で良いの」

女「あ、ありがとう?」

妹「そう。私は貴女からそう言ってもらえるだけで全然構わない。ただ、それだけでいいから」

女「……オマエは変な奴だ、なんだかそう、すごく思ったぞ」

妹「変なのはそっち。私はまっとうなことを言ってるから、本当に」

女「……」じぃー

妹「…なに?」

女「やはりオマエは凄いな。変で凄い、ワタシはもっとオマエと仲良くなりたい」

妹「え?」

女「あの化け物と知り合って、そして話をよく聞くイモウトと出会った。だから思うのだ、オマエは本当に凄いのだと」

女「化け物が言った通り、イモウトは確かに凄いやつだとワタシも思える」

妹「…兄貴が普段、どう私のことを言いふらしてるかは大体、想像つくけどさ」

妹「私は至って普通の人間だよ。何も特技なんて無いし、不死身でもないただの一般人だから」


女「だから凄いのだろう?」


妹「……え?」

女「イモウトよ。それの何が凄くないことなのだ? ワタシはとっても不思議だ、何故あの兄が居て普通に居られる?」

女「普段からワタシの周りは凄いもので溢れかえっている。なにもない者は排他され、そこには何も残らない」

女「───受け入れられなかったものは、灰にしか成らん」

妹「……」

女「言葉だけ言うのは簡単だ。ワタシも礼を済ませるだけなら、その『ありがとう』だけで終わらせる」

女「でも、ワタシはオマエを凄いと思ってる。心から感謝したくて、だから精一杯の気持ちを込めて……そのリングを送ろうと思った」

妹「……」スッ

キラキラ…

妹「…気持ちを、込めて?」

女「ああ。だが、オマエはそれを重たいと言った。だから凄い、変だとも思える。けれど、それがイモウトなのだろう」

女「すまなかった。オマエの気持ちを考えて選ぶべきだった、この通りだ」ペコ

妹「い、いや! そこまでされるほど私も怒ってるわけじゃ…!」

女「うむ。そうだろうと思う、けれど最後だと思って受け入れてくれ。ワタシはもっと知りたい、この日常を…」


女「…太陽が照りつける、この普通という日常を知っていきたい…」スッ


妹「……」

女「だからオマエのような凄い普通な人間と、仲良くしたい、というかな…う、うむ…」てれてれ

妹「…ううん、駄目だよ、それじゃあ」

女「…?」

妹「それじゃあ自分を落としてることになる。相手を知るためには、お互いに知っていくことが大切だから」

妹「教えてくださいって頭を下げること、これからは絶対にしないで。その代わり、私はこれをちゃんと受け取るから」

女「え…受け取ってくれるのか…? その指輪を…っ?」

妹「うん。だからこれでおあいこ、女さんも女さんらしくして、私も私らしく貴女と知り合っていくから」

妹「そしてお互いに折れていくこと。それが大切なんだと思うから、きっと、たぶんね」ニコ

女「………」

妹「だから、握手」

女「おぉう…」

妹「ん。これでもう私と女さんは友達、何時だって普通に会話できるね」

女「───うむ! そうだなっ! よろしくたのむぞイモウト!」

妹「うん」コク


兄「はぁあぁあぁあぁあぁあッッ!! 間に合ったかなァー! 妹ちゃーんッ!」ギュザザッッ!!


妹「遅い」

女「うむ、超遅いぞ化け物」

兄「えぇ~……一応、時速六十キロぐらいで走り抜けてきたよぉ~…?」

女「車かッ!」

妹「どーでも良いよ、兄貴の頑張り具合なんて」

兄「どうでもいい!?」

妹「それよりも、今日は本当に旅行に誘ってくれてありがとうございます」ペコ

女「構わんぞ! ワタシは何と言っても金持ちだ! 幾らでもオマエ等のためなら礼を尽くしてみせよう!」

妹「ありがとう。でも、いらないよ。……そんなは、ね」

女「くすくす、ああ、わかってるとも!」

妹「ふふっ」

女「あはは!」

兄「…? 何々? 俺が居ないたった数十秒の間に何があったワケ?」

妹「じゃ、行こうか」

女「うむ! 早速ながら向かうぞイモウト!」

兄「え、ちょっと? 嘘でしょ? なんでそうも直ぐに仲良くなっちゃってるのー? ねぇって? ちょっとーッ!?」


~~~


兄「はぁ~…着いたなやっと! ひゃ~疲れた、えらい遠くまで来ちまったもんだ」

妹「いや、そんなに疲れてるの兄貴だけだから」ジトー

女「オマエ、なんで『エキベン』とやらを買うだけで電車に乗り遅れるのだ? そして、なぜ走って追いかけてきて、そして私達より先に着いてるのだ?」

兄「駅弁の件は実に俺の責任だ、それは謝る。だが先についてしまったのはものすごーく楽しみで、黙って腰掛けてるのが困難だったから!」

妹「相変わらず気持ち悪いね。頭のなかの精神年齢、十歳以下で止まってるの?」

女「電車の平均速度は約130kmだぞ!? 路線と車両によって変わるが、オマエは相も変わらず化け物スタミナだな!」

兄「あぁ褒めろ褒めろ、俺は妹ちゃんの為にやったことはす・べ・て! ポジティブに捉えきる!」

妹「…駄目だ。旅行テンションでハイになってる、こーなるとメンドだから無視するね兄貴」スタスタス

兄「あぁん! そんな冷たい妹ちゃんも…はぁはぁ…かぅいいよぉ…っ」

女「いつにもましてキモイな化け物…」

妹「ふふっ」

女「あはは!」

兄「…? 何々? 俺が居ないたった数十秒の間に何があったワケ?」

妹「じゃ、行こうか」

女「うむ! 早速ながら向かうぞイモウト!」

兄「え、ちょっと? 嘘でしょ? なんでそうも直ぐに仲良くなっちゃってるのー? ねぇって? ちょっとーッ!?」


~~~


兄「はぁ~…着いたなやっと! ひゃ~疲れた、えらい遠くまで来ちまったもんだ」

妹「いや、そんなに疲れてるの兄貴だけだから」ジトー

女「オマエ、なんで『エキベン』とやらを買うだけで電車に乗り遅れるのだ? そして、なぜ走って追いかけてきて、そして私達より先に着いてるのだ?」

兄「駅弁の件は実に俺の責任だ、それは謝る。だが先についてしまったのはものすごーく楽しみで、黙って腰掛けてるのが困難だったから!」

妹「相変わらず気持ち悪いね。頭のなかの精神年齢、十歳以下で止まってるの?」

女「電車の最高速度は約130kmだぞ!? 路線と車両によって変わるが、オマエは相も変わらず化け物スタミナだな!」

兄「あぁ褒めろ褒めろ、俺は妹ちゃんの為にやったことはす・べ・て! ポジティブに捉えきる!」

妹「…駄目だ。旅行テンションでハイになってる、こーなるとメンドだから無視するね兄貴」スタスタス

兄「あぁん! そんな冷たい妹ちゃんも…はぁはぁ…かぅいいよぉ…っ」

女「いつにもましてキモイな化け物…」

妹「…にしても、確かに兄貴の言うとおり田舎の方に来たね」

兄「山の奥地にある村に向かうって言ってたっけ? またへんぴな所に作るもんだなぁ、不便で仕方ないだろうに」

女「む? まぁ一種の【隠れ里】だからな」

妹「隠れ里って?」

兄「忍者でも住んでるの?」

女「ああ、居るぞ。そういった伝承が伝わる地域ならな、今から向かう里には存在しないが」

兄「ふーん」

妹(…この兄貴の薄い反応、既に忍者に本当に会ってるっぽいな)

女「日本の民話や伝説によく登場する隠れ里、とは仙郷ともよばれ【隠田百姓村】とも名付けられることもある」

女「ようは限りなく現実に隣接した幸せな異世界だと思えば良いだろう」

兄「なにそれ凄い! じゃあじゃあ、俺達ってばそんな幸せな場所に旅行しに来ちゃったってワケ?」

女「アホか、ただのお伽話に決まってるだろーに」

兄「ヴァンパイアとか名乗ってるくせによく言うな嬢ちゃん!」

女「こちとら仕事できてるんだからな! 真面目にもなる、現当主、めちゃ真面目モードよ!」

兄「…仕事? なにそれ、俺それまったく聞いてないけど?」

女「ぶっちゃければ単なる雑務、ルーチンワークに過ぎん。ルーチンと呼べるほど簡易な調整相手ではないがなぁ…まぁ、着けばわかる」

兄(やだ凄く不安になってきた…ものすごーく体のいい感じに使われそう俺…)

妹「じゃあ忍者が居ないんだったら、隠れ里なんか作ってまで何を隠したがってるの?」

女「おお! 良い質問だイモウトよ、それぞ私の仕事相手にして7つの仕事の一つであるのだ!」

妹「7つの仕事……7つって聞くと、兄貴が探しに出て行った『バビロンの空中庭園』とか『アレキサンドラ大灯台』思い出すね」

兄「…どっちも空気が全然吸えない、空と海、に潜ったから良い思い出無いんだけど…」

女「何処にでも行くなオマエは、本当に。とにかくその仕事の一つが『ドラゴン・ブレス』なのだ」

兄「おっとーここでやけにファンタジー系が飛び出してきた、流石はヴァンパイアっすわーかっけぇーすわー」

女「冗談じゃないからな! …まぁ単なる活火山であって、規定されたランクも低い。至ってシンプルな火山と呼べるだろう」

妹「その火山がどーして、ドラゴン・ブレスなんて呼ばれてるの?」

女「……化け物よりよっぽど会話しがいがあるな、イモウトのほうが。つまりはその火山は、マグマを放出しないのだ」

女「『大量の水蒸気』───マグマと地下水が接触し水蒸気となり、圧力の限界が超えた瞬間吹き出すモノ」


【水蒸気噴火『ドラゴン・ブレス』】


女「とーいうわけだな、うむ。ちなみにマグマが含まれたモノを『マグマ水蒸気噴火』と呼んで通常は『マグマ噴火』、流石にこれは聞いたことがあるだろう」

兄「はーい質問でーす!」

女「はい化け物! なんだッ?」ビッシィイイイ

兄「いちいちカッコつけずにフツーに水蒸気噴火とか言えば良いんじゃないんですかー!」

女「却下だ。ハイ、次の質問!」

兄「オイ!」

女「はい。女さんは調整しに来たって言ってたけど、火山を調整ってどういうこと? どーにかできるものなのかなって思うんだけど…」

女「んんむぅ~本当にイモウトは良い質問をするなぁ~…幸せだよワタシはぁ~…」ニマニマ

妹「そ、そうかな」てれ

兄「お兄ちゃんはいつだって妹ちゃんと一緒に居れて幸せだよっ?」

妹「私はそう思ってないよ」

兄「えっ!?」

女「私がここに来たのは、言葉の通り【火山の調整】だ。ドラゴン・ブレス、その水蒸気噴火のガス抜きにな」

妹「…圧力がどうとか言ってたね、ということはその限界点が来る前に減らしておく?」

女「びゅーてぃふぉー! まさにその通り、私は泣く子も泣き増すヴァンパイア家現当主であるのでな!」

女「───先代のお父様でさえ見破れなかった、ドラゴン・ブレスの『放出部位』を見つけ出したのだ! 今から向かうドラゴン・ブレスは『陥没ピストンシリンダー型カルデラ』と呼ばれており!」

女「地下の空洞となったマグマ溜まりに大きな岩石がピストン状に落ちることによって、地下水とマグマを分断しているのだッ!」

妹「う、うん…!」

女「しかしッ! 落ち込んだ後は大規模な円筒形の凹地が出来るのが常だがこの山は違う! なんと幾何学的に切れ込みが入った岩石表面が多重に作用し合い─────」

女「溜に溜まった圧力が押し上げ、落ち込んだ岩石が元の場所に戻るのだ! なんと不思議なことか! まさに神秘! 超常現象パーフェークトォオオオオオ!」


兄「…」

妹「…凄いね、いつもこんな感じ?」

女「たかが数百年という経歴で頭を揃える並の活火山とは比べ物にならないほどの活火山! これをワタシは【超活火山!】と呼ぶことにし───」


兄「…」

兄「まぁ、こんな感じかな。前に自分が作った発明品を喜々として語ってるの見たことあるしな…俺がそれに殺されかけてる時に…」ポリポリ

妹「そっか」

兄「そっかで流さないでね~……まぁでも、今日は本当に来てくれて嬉しかったよ」

妹「? なんで?」

兄「だってホラ、妹ちゃんって面倒臭いこと嫌いじゃんか。だから、嬢ちゃんと旅行なんてどーかなって…個人的にね、思ってたというか」

妹「別になんとも思ってないよ。ただ、フツーに知りたかっただけ」

兄「…嬢ちゃんを?」

妹「うん。兄貴がこれほど長い間、誰かと一緒に過ごすのって珍しいことだから」

兄「…それは」

妹「だったら私も仲良くなりたい。それって、駄目なこと?」じっ

兄「……」

兄「いや、全然駄目じゃないな。めっちゃ素敵なことだって思う、うん」

妹「ん。ならそーで良いじゃない」

兄「あいよ、なら、全力で旅行を楽しもうぜ!」

また明日に ノシ

女「───であるからして、ワタシという存在は如何に必要かわかっていただけただろーな!」

兄「おうともさ! 全然意味がわからなかったけれど、とにかくわかめ嬢ちゃんマジ現当主!」

女「おぉー! 化け物もようやく、ワタシの気高き存在を認め始めたか! うむ、実に素晴らしいぞ!」


兄&女「わっはっはっは!」


女「…くす」


【隠れ里 龍鱗村】


兄「おぉー…こりゃまた大きな木造建築だー…」

女「おぉい! あずさー! いつものドラゴン・ブレスを調整しに来たぞー!」

妹(あずさ…?)


「───はいはいはーい! 今向かいます! ちょっと、お待ちになって、うっいっだァアアアア!?」ドッガラバッシャアアアアン


兄「…何か凄い音が聞こえたけど?」

女「う、うむ、まぁこの里の村長の娘なのだが…偉いのだが…まぁ色々と難点があるというか…」

妹「………」

兄「変に出し惜しみした言い方するな…ちょっと怖くなるだろ嬢ちゃん…」

女「まぁ会えば言いたいことも理解する。おい、あずさ! また本堂に飾った祭神具、ぶっ壊しておらんだろうな!? もう直すのは懲り懲りだぞ!」

「え、ええ、ハイ、大丈夫だから…ふぇぇ…うぇっぷ…」ガタガタガチャ


巫女「あー、えっと! どうも皆さん! 遠いところまで来てくださって、ありがとうございます!」

巫女「わたくし、この村の【龍息吹山】を祀る【龍頭宗】の長───梓と申します、以後お見知り置きを」ペコリ


兄(巫女さんだ…すげぇ袴だ初めて見る…)

妹「……」ダンッ

兄「あ痛い!? なんでぇ!?」

巫女「? どうかされましたか?」

兄「えっ、いやなんでもないといいますか…っ!」

巫女「ハッ!? も、もしやここまでの山道でお怪我をされたのでは……!? お、お待ちになって下さい! 今すぐ診てさし上げましょう…!」ダダッ


巫女「──あいたっ!」こけり


兄「え?」

巫女「きゃー!?」ゴロゴロゴロ

兄「うわぁー!?」


ばたーん!

兄「痛たた…」

兄(物凄い勢いで転がってきた、なんだ一体、何が起こって───あれ? 周りが暗い? どうして?)


『ふぇぇ…また転んでしまった…』

『またあずさ…というか、下下! 思いっ切り座ってるぞオマエ!?』

『…兄貴…』ピキピキ


兄「え、何、皆どこに居るの?」ハァハア


『ひぁっ!? い、いきなりそのようなことをされてしまうと…少しばかり戸惑ってしまいます…』モジモジ

『何をしとるんだ化け物ーッ!?』

『………………………………………』


兄「だぁーッ! 良く分からないけど取り敢えず、起き上がるー!」がばぁ!

巫女「きゃっ!」ころり

兄「……あ、なるほど袴の中に顔を突っ込んでたのか、って」チラリ

妹「………」ゴゴゴゴゴ

兄「待って違うよね妹、今のは確実に被害被ってたのわかるよね? 何もしてないよ! 本当だよぉー!?」

巫女「…」ぽっ

妹「…頬、染めてるけど?」

兄「ちっがぁーう! そんなすぐさま手を出す節操のない兄貴ちっがーう!」

女「またオマエは…巫女なら巫女らしく、元は『渡り巫女』としてスボンタイプのやつを履けばいいだろうに…」

巫女「うう…行灯袴は乙女チックさに欠けるからぁ~…やっぱり女袴が着たいからぁ~」

女「よく転けるクセして無茶するな! まったく!」

巫女「むしろ行灯袴の方がコケやすくなっちゃうの! スカートのほうが歩きやすいの!」プンスカプン


妹「どうして土下座するの? それは自分の罪を認めたってことで良いの?」

兄「…いいや違います、土下座する以外の他の方法が思いつかないからです。無罪です、無罪放免です」


巫女「今回の同行者とは、あの方たち?」

女「うむ、そうだ。エメト達は連れてこず、友と化け物を連れてきた」

巫女「ご友人と……物の怪? わたくしはどちらも、同じく人の姿に見えますが…?」

女「侮るなよ。くっく、あの男は我が一族を一度だけ滅ぼしてる」

巫女「へっ!? 滅ぼし…!? なぜそのような横暴な者が貴女と一緒に旅を…!?」

女「おいおい。そもそも太陽が登った昼過ぎに訪れてる時点で、不思議に思ってくれアズサ」

巫女「はぅあ!? た、確かに!? いつものような真っ暗夜中の迷惑極まりない訪問ではありませんでした!」

女「……いつもそう思ってたのぉ?」

巫女「し、しかし、滅ぼしたとなると───貴女の枷は終わったということですね、吸血鬼様」

女「む。まぁそのようなカタチとなったな。つーか変に畏まって様付けするな、きもちわるい」

巫女「た、立場がありますので! ご了承願いたいですよ!」

妹「くどくどくどくどくど」

兄「ハイ…ハイ…ソウデスネ…」ショボン


巫女「と、とりあえず…本堂に居るお姉様のところへ案内したいのですが…」ち、ちらちら

女「そうだな。仕事は早めに終わらせたほうが良いだろう、おいオマエ達! 兄妹喧嘩なんぞしておらんでさっさと行くぞ!」

妹「あ。うん、わかった」

兄「ひっぐ…ぐすっ…妹のガチ説教とか久しぶりすぎて…ふぐっ…ふぇ…フヘヘ…フヒッ! フヒヒヒッ!」

女(今回の化け物、マジで気持ち悪いな)

巫女(この殿方が物の怪。己の欲望を隠さない威風堂々たるものは感じられますが、…些か気品と風格が…)ウーン

妹「…なんか、ごめんなさい…」

巫女「心を読まれましたか!? い、いえっ! 全然そのようなことは思って無く…!!」

妹「いえ…慣れてるので大丈夫というか…はい…」

巫女「え、えっと、そのぉ~…案内しますのでどうぞ此方にぃ~」スススス

女「うむ!」


兄「…よいしょっと」パンパン

兄(えらいめにあった。嬢ちゃんが言ってたのはこれか、とんでもないドジっ娘と…)

兄「…昔に体質だと言ってラッキーでスケベなことばかり起こす奴とは会ったことあるけど、そのレベルだなまったく…」コキッ


兄「で、誰だ? さっきから見てるだろ───隠れてないで出てこいよ」

シーン


兄「あ。ちなみに【巫女さんの袴から開放された時】、【丁度みんなの死角から放った】この【矢】だけど…」スッ

兄「見てた通り誰にも見せてないから。わざわざ土下座してまで腹の下に隠してやったんだ、この努力を買おうとは思わねーかね」キョロキョロ

兄「……駄目か、こっちの配慮も無視を突き通すッ、とッ!!」


                                           ヒュウインッッ!! 


バチンッッ!! ビィイイイ…ンッ…!



兄「───もう一発とは度胸あるじゃねえか、オイ」

兄「そんなに俺に探し当てて欲しい…って、あれ? オイ! 逃げるのかよ!」


ガサガサガサ


兄(気配が遠くに行っちまった。くそ、エメトさん程じゃないけど、気配消しプラス遠距離過ぎて見つけ切れなかった)

兄「まったく、先が思いやられるコトを経験させるなよ」

兄「………、またまた一筋縄ではいかない展開かな。これはぁ、ふぁ~あ…」スタスタ


~~~


兄「──あれ? みんなして、ここで固まってどうしたんだ?」

妹「ん。なんか梓さんがここで待っててだってさ」

女「そりゃ女支度には時間がかかるだろう。ワタシもそうだもんよ」

兄「嬢ちゃんは何時だって白ワンピース一着じゃんか。つか、それよりも嬢ちゃんさ」

女「他にもいっぱいもっとるわ! 赤いワンピースだろ、ピンクだろ、あと水色! …ん? どうしたのだ?」

兄「───コレ、どういった代物なのか分かるか?」ヒョイ

女「…これは」

兄「シッ! 静かにしてくれ、あんまり妹に知られたくない」

女「……」

兄「見た感じただの矢に見えるんだけど、ちょっと違うっていうか。中央部分に『龍』みたいな絵の焦げ目が付いてるだろ?」

兄「───さっきコレが放たれてきた。俺に向かって、あの感じ、確実に首元を狙ってたね」

女「はぁ…」ボリボリ

兄「あん? どしたの嬢ちゃん?」

女「…良いか? 化け物よ、ワタシも正直に答えるからオマエも正直に答えるのだ」

兄「え、うん?」

女「どっからパクってきた?」

兄「オイ!? どういうことだそれ!?」

女「それは龍鱗里の【龍頭宗】で使われる祭神具の矢だ。退魔儀礼『鳴弦の儀』にて通常は弦だけを使うが、この宗教は違い──矢を実際に構えて放つ」

女「そうして魔鬼や邪気等を祓う目的に使用される。そんじょそこらの奴らが使っても良いシロモノじゃない、そも本堂の祭壇の奥のおっくに仕舞われるものだぞ!」

女「持ち出しなんぞすれば、重罪だ。しかもオマエは二本と来たもんだ! どーしてくれる! こっちは大事な収入源先だ、むごぐぐっ!」

兄「あ、あんまり大きな声を出すなって嬢ちゃん…っ!」グイイッ


妹「…?」じぃー


兄「はぁ、取り敢えずコレが滅茶苦茶すげーやつだって、誰もが持ってて良いやつじゃ無いんだな? 本当だよな?」

女「ぷあっ! [ピーーー]気か化け物よッ!? …あ、ああそのように捉えて良い、つか、まぢで盗ってきたのか…? ど、どうやって…? 錠前は? 警備の者は? どっちも破壊したのか?」

兄「とんでもないことサラッと言うな。違う、本当に殺されかけたんだ。死なないけど、殺されかけたの!」

女「意味が分からんッ!」

兄「俺だってわかんないってばッ!」

妹「ちょっとふたりとも? ここ、とても静かなんだから大声だしてると迷惑だってば」

女「う、うぅむ…すまんイモウト…」

兄「あ、ああごめん…妹ちゃん…」

妹「……、別にイイケド」フィ


兄「と、とにかくだ! 嬢ちゃん、このことは絶対に妹には話すなよっ? ゴタゴタが起こると分かったら、確実に帰るって言い出すから…!」

女「そ、そりゃワタシも困るぞ!? ワタシはもっとイモウトと仲良くなりたい…!」

兄「良い返事だ! だったらちょくちょく手助けしてもらう、一回限りじゃないはずだ、もしかしたら嬢ちゃんにも攻撃してくるかもしれんし…」

女「な、なんだとぉー!? オマエまったく迷惑なやっちゃな!!」

兄「アホ言え! その時は全力で守るっての! …だから俺の側からあんまり離れるなよ、約束だ」

女「えっ? あ、ハイ………うん、わかった…あ、ありがとう…」カァァ

明日に ノシ

兄「? 嬢ちゃん、どうした急に?」

女「なっ、なんでもないわ!」


巫女「──あ、皆様。少し宜しいでしょうか、姉様のことなのですが」

女「ん? おお、アズサよ。姉の方はどうだった? 会えそうだったか?」

巫女「…いえ、どうやら体調が芳しくないようで。吸血鬼様とお会いすることを楽しみにされていたのですが…」

女「むお…? そうか…ならしかたないだろう…では姉の方に伝えておいてくれ、今回も無事に仕事は済ませる、と」

巫女「はい。必ず」ペコリ

女「うむ。では早速ながら現場に向かおーじゃないか、化け物よ、イモウトよ」

兄「お、おお」

妹「う、うん」


スタスタ


兄「…お姉さんって、その、なんていうか病弱な方なのか?」

妹「兄貴」

兄「あ、うん、一応聞いておかないと色々あれじゃんか…」

女「まーな。妹のアズサと違って身体は強くない、アイツはよく転ぶが姉はよく寝ている。その程度の違いだ」

兄「いや嬢ちゃん、それはちょっと駄目な言い方なんじゃ…」

女「何を言う。我が目で確認した結果がその言葉だ、別に間違ってはいない。姉妹であれど、他人であれど、違いなど存在しないだろう」

兄「はぁ、ちと難しいな……言いたいことは何となく分かるんだが、つまりどういうことだって?」

女「察しが悪いのぉ。化け物、オマエはなぜ妹のアズサが長と名乗ったのか考えなかったのか?」

兄「へっ?」

女「当主として継ぐのは、どの宗派や一族であっても、最初の子だ。前提が崩されるのはよほどの限り起こらん」

女「───そして龍頭宗の長は、長女が居ながらにして次女が治めておる。この不条理に、何を見る?」

兄「…ちょっと馬鹿な俺にはわから───」


妹「……【隠れ里】」


女「見事」

女「この里は元より、その姉を隠すために創られた『幸せの異世界』だということだ。明らかに時代錯誤で大規模な【枷】だろうが…」

女「この宗派は律儀にそれを守る。従来と続いたルールに縛られ、そして継続されるのだろう」

兄「じゃ、じゃあお姉さんが生きてるってことを隠すために、こんなへんぴな場所に住んでるってことか…?」

女「祀るご神体である『ドラゴン・ブレス』が近場にあるんだ。むしろ、好んで居座ってる感はあるぞ?」

女「しかし、オマエらのようになんら属しておらん者達にとっては歪な光景にみえるだろうが……悪いやつじゃない、仲良くしてやってくれ」

兄「ん、わかった。嬢ちゃんがそういうのなら」

妹「うん」

女「いい返事だ。流石は我が一族と繋がる兄妹だな! うむ、ではドラゴン・ブレスに向かうぞ!」

兄「おー! ところで嬢ちゃん、この里の人達が正式名称っぽい『龍息吹山』と言ってたけど? その名前まだ続けんの?」

女「却下だ」

兄「わー! いっこじぃ~!」

女「変なところばっか気にしないで、ちっとは妹のように本元を察すようにならんか! ふん!」ずんずんずん


~~~


巫女「お姉様」

「ああ、我が愛しい妹よ。お客様方はなんと?」

巫女「吸血鬼様が、一言。今年も無事に終わらせると仰られてました」

「それは、それは、なんと良きお言葉でしょう」

巫女「はい」

「梓」

巫女「はい。如何なさいましたか、お姉様」

「──忘れてはいけませんよ、この【枷】を」

巫女「…はい」

「私たちは一心同体。この龍頭宗を末永く安泰のもとに永続させる、これに疑いを持ってはいけません」

巫女「はい。…我が生命は貴女と共に」

「我が生命は、貴女と共に」

巫女「では、わたくしは吸血鬼様御一行の様子を見てまいります」

「ええ、お気をつけて。───特に、『あの方を』」

巫女「……。はい、お姉様」

龍息吹山


女「うむ。着いたぞ、ここがその『ドラゴン・ブレス』の弱点とも言える部分だな」

兄「…えらい反りだった長細い岩石が、ところせましに地面に突き刺さってんな。ありすぎて地面が見えないぞ」

妹「まるで大きな爪──ここまで所狭しと突き刺さってると、むしろ鱗?」

女「鱗か。良い表現をする、確かにここはドラゴンにとって触られたくない鱗に違いないだろう」

女「言わば逆鱗とでも名付けようか。そして、この岩石達は大小含めてすべてが【この山へにあるマグマ溜まりまで突き刺さっている】」

兄「へっ? じゃあこの小枝みたいに細い、岩も地中深くまで繋がってんの?」グッ


ズボァッ!!


兄「…あり? 抜けちゃったよ?」

女「ばああああッ!? コラァーッッ!! 馬鹿力が安々と逆鱗に触れるでないわッ! あほたれェー!!」

妹「…兄貴」ハァ

兄「だ、だって嬢ちゃんが埋まってるとか言うから取れるなんて思わなくて…!!」

女「最後までちゃんと聞いてから試せ化け物! そうじゃなく、岩石同士が互いに影響しあって刺さり合ってるのが正しい見解だ!」

女「──詳しい説明を省くが、地上から地中、そしてマグマ溜まりに至るまでに段々と岩石の規模が増していく」

女「地上にある小さき一個の岩石が、この奥の奥の奥の奥の奥にある巨大な岩石を押し出すトリガーとなり得るということだ」

兄「え、えーと、つまりは…?」

妹「今、兄貴が抜いた細い岩が、もしかしたら水蒸気爆発を起こす原因になったかもって話」

兄「えぇーッッ!? 超こえーんですけどッ!? そんなん土地に安易に踏み入れちゃってて良いの俺たち!?」

妹「…来る時見たよね看板、私有地だから入るなって」

兄「そ、そうだったとしても怖すぎるだろ…!? こんな細い岩抜いて大噴火とか、ヤバすぎないこの火山…?」

女「そりゃそーだろ! だってワタシが『改造』したからな!」

兄「……へ?」

女「しかし、この火山は元より特殊なのだ。カルデラと名付けられる部位もまた、多くの火山で多種多様の形態を持っておる」

女「特にドラゴン・ブレス。地下水の分量と、今は空のマグマ溜まりの下に存在する───落ち込んだ【本来のマグマ溜まり】」

女「何千、何万という様々な奇跡が揃って置きながら、なんら支障を来すこと無く整っている」

兄「そ、それを、嬢ちゃんはもしや……?」

女「ああ、我が一族のヴァンパイアとして改造させてもらった。この限られた岩石連なる部位、これが『ガスの抜きどころの起点』になると考えたワタシは…」


女「エメト、そしてマミーとゾンビ共を使って『本来存在しないはずの弱点』を作ったのだ」


兄「…」

妹「…」


女「やっぱワタシ天才だな、とつくづく思わった。すごいすごいと、当時はマミーがハンバーグサンドイッチを作ってくれたのがいい思い出だなぁ」

兄「…いやぁ、以前から色々とやべぇと思ってたけど、災害まで改造しちゃうか嬢ちゃんは…」ダラダラダラ

妹(この人は、本当に一体何者なんだろう…)

女「とにかく、だ。ここは安易に行動しては痛い目に合う、化け物よ。今回の仕事はオマエの馬鹿力にかかっておる、心してかかれ」

兄「……。大丈夫それ? 俺、怪我としかしない奴?」

女「そんな恐ろしいことするかッ」

妹「兄貴ならマグマ溜まりに突っ込んでも怪我しないよ、私が保証する」ニコ

兄「なんなの…っ…この俺に対する心配の皆無さは…っ…!」シクシク

女「エメトでもやれた仕事だ。ワタシの言うとおりに動けば問題はない、単なる力仕事だ。頭を使う必要などこれっぽちも無いぞ」

兄「ん…じゃあ俺はどうすれば良いの、嬢ちゃん」

女「無論。その力を存分に振るえ、化け物よ」


女「───殴って、殴って、殴るだけだ」


~~~


巫女「はぁ…はぁ…あ、やっと着きました~…」

妹「あ。どうも」

巫女「ええ、それで、吸血鬼様は捗っておられますか?」

妹「んー、私は専門的なことはわからないので。でも、大丈夫だと思いますよ」


ドォオオオオオオンッ…!


巫女「きゃっ」

妹「ほら、さっきから順調に鳴ってるし」

巫女「は、はあ…でも、このような爆音は以前までは聞いたことがないような…」

ドォオオオオオオン パラパラ…

妹「あ、お茶飲みます?」

巫女「えっ? あ、ハイ頂きます…!」

妹「…大丈夫ですよ。例えなにか起こっても女さんも居るし、結局、酷い目に合うのは兄貴だと思うし」ズズズッ

巫女「は、はあ…」

妹「お菓子もありますよ?」

巫女「あ。頂いきます」パァァァ

妹(…良かった、実は滅茶苦茶焦ってるの気づかれてないっぽい。だってさっきからご神体殴りまくってるなんて絶対に言えない)ダラダラダラ

巫女「あの、一つ宜しいでしょうか」

妹「え? あ、はい? なんですか?」

巫女「その、あなたがたご兄妹は、吸血鬼様とどのような…電話でも友達を連れてくるとだけしか」

妹「えー…っと、なんというか、兄貴が知り合ったのが女さんで、その流れに私がついてきたというか」

妹「特に特別な関係だとかそーいうのは無いんです。ただ旅行に連れて来てもらえた、という感じで」

巫女「なるほど。それはとても素晴らしいことですね」

妹「…素晴らしい?」

巫女「ええ、吸血鬼様にご友人とは……幼いころに同じ時を過ごした仲でしたので、少し、安心と言うか」

妹「………」

巫女「わたくしもそうなのですが、どうにもこのような生まれとなれば自由が効かない身分でして」

巫女「彼女の悩みや苦悩、それらを知ってながら何も言えない、言ってはいけない。それが常なのですよ」

妹「…そうなんですか」

巫女「…今の彼女はとても輝いて見えます。それが、わたくしにとっても凄く嬉しい」

巫女「ああ、一体どのような景色なのでしょうか。一切を禁じられた日の光の下で、真っ直ぐに歩けることを許された世界とは…」


ドォオオオオオオン


巫女「あ。ご、ごめんなさい! わたくしってば、えぇっとぉ…」てれてれ

妹「…えっと、その、余計なお世話かもしれませんけど」

巫女「は、はい! なんでしょうか…?」

妹「……、貴女もきっと、それは」



ドォオオオオオオン!!!!!!



妹「わっ!」

巫女「きゃー!?」

妹「…今まで一番凄い音が…」

巫女「ふ、噴火ですか!? しちゃうんですかっ!? えぇーッッッ!? それは今は流石にッ…!」バッ

妹「…?」


────ひゅうううううううううううううう

兄「……ぁぁああぁあああああああああああああッッ!!!」


どっごぉーん! パラパラパラ…


妹「兄貴」

兄「あい! 妹ちゃん怪我ないッ!?」ずぼぁっ

妹「何度、空から降ってくれば満足できるの? 何回、地面にクレーター作れば気が済むの?」

兄「ぐぁぁ…違うんだよぉ妹ーぉ! 嬢ちゃんの言った通りやってたら、威力ミスったみたいでさァ…!」


巫女「………」ボーゼン


兄「地面から水蒸気の圧力で飛び出してきた岩石に、空高くまで吹っ飛ばされちゃって……わぁあああー!? 巫女さァーんッ!?」

巫女「わぁあああ!? なぜ生きて喋って普通に立っておられるのですかァー!?」

兄「ご神体を殴るのは俺の意思ではなくて…ッ! へっ? そこなの?」

妹「ちょ、ちょっと兄貴は黙ってて。本気で言ってるから、彼女は、一般人。兄貴、わかる?」

兄「あ、ああそっか…俺の不死身しらないもんな…」

巫女「不死身…? そ、それは何か呪いの類などを…?」

兄「呪い…」ズーン

妹「梓さん、本当にごめんなさい。兄貴にとって呪いとか、魔術とか、そういった系はトラウマ持ちだから言わないであげて」

巫女「な、なんと…!」

妹「兄貴。今はとにかく女さんの所に戻って、早く」

兄「う、うん…もう呪いとかで魔女裁判めいたことされないよねお兄ちゃんは…?」

妹「大丈夫。地元の警察の人が来た時には、火が最後まで燃え尽きてて、そのまま炭の上で泣き崩れた、なんてことはもう起きないよ」

兄「うん…うん…わかった…」トボトボ


女「コラァアアアアアッッ!! なにやってんだ化け物ぉーッ! だっから言っただろー! 殴るときは妹体重分、十五人分ぐらいだって!」


兄「ひぅっ!?」

女「貴様はマヂで都合がつかんなまったくぅー!」ジダンダジダンダ

女「化け物は不死身で怪我もすぐ直るからいいかも知れんがッ、肉が弾け飛ぶ醜い激音を側で聞き入れるのはトラウマになるわッッ!!」


巫女「………」


女「だから次からはちゃんと言ったとおりに行動するよう心がけて───ばぁー!!!??? アズサー!? なぜここにぃー!?」

巫女「殴るとは一体…?」

女「ち、ちがっ…違うのだぞアズサ…? そ、それは別にドラゴン・ブレスを殴ってるわけじゃなくってだな…っ」そわそわ

巫女「で、では先ほどにこの方が降ってこられた理由は…」

女「かっ!! 勝手に!? 勝手に空飛んで落ちてきただけだよな化け物ぉー?」

兄「えっ!? あ、うん…! そ、そんな感じかなぁーって…!」

巫女「な、なんと! で、では巷で言う『どM』という感性なのですね…!?」

兄「嬢ちゃんが龍息吹山を殴れと命令しました。それで障害が出て、落っこちてきました」

女「わああああー!!!? ちがうちがうちがうー!!」

また明日 ノシ

巫女「ご、ご神体である……龍息吹山を殴る、と…!?」

女「違うのだぞアズサー!? 詳しく話せばわかってもらえるはずだあ!」

兄(これで旅行もお終いかな、ああ、短かった家族旅行)ほろり


妹「ちょっと待って、梓さん」


巫女「そ、それはどういうことなのでしょうか…! え、なんでしょうか…?」

妹「…」チラリ

女「っ…?」

妹「はぁ。真面目に考えればわかると思うけれど、山を殴るってそれ、冗談だって思わないかな」

巫女「し、しかし、以前に吸血鬼様から【この山はおかしいから、とんでもない刺激がない限り、噴火はしない】と仰られていて…」

妹「だから殴るって? 馬鹿言わないで、いくら兄貴がアホみたいに怪力でも山を拳で刺激……なんて出来ないよ」

兄「うっ」

巫女「は、はあ…ではこの方が急に空から落ちてきたのは…」

妹「………」ポリポリ

スタスタ ぎゅっ

妹「…久しぶりの兄妹の旅行で、テンション上がって、良いところ見せようとしたんだよね。兄貴?」

兄「ヘェッッ!!??」

女「…む」

妹「兄貴って頭の中がお子ちゃまだから、そうやって無茶なことして気を引くぐらいしか能がないの」

兄「ちょ、ちょっとそれは~っ…流石に…っ」

妹「…違うの?」キラキラキラ

兄「そうでーすっ!」

巫女「な、なんと…そのような兄妹愛溢れる仲睦まじき、ああ、なんと…っ!」パッ

妹「わかってくれたかな。まあ、どっちにしろ兄貴が変態なのはかわりないんだけど」

巫女「いえっ! わたくし、とても感動しております! 素晴らしい信頼関係なのですよ、うう…っ…」

妹(チョロい)

兄「ふぇへへ…フヒヒ…」

妹「そーいうことで、梓さん。女さんも仕事で忙しいでしょうし、邪魔しちゃ悪いから一緒に帰りませんか」

巫女「えっ? しかし長として見届けることも大切かと思うのですが…」

妹「大丈夫だよね? 間違っても噴火なんてさせないよね、女さん?」

女「あ、ああ、大丈夫だ! ワタシに任せれば全て、安全に終わるだろうな!」

妹「だそうですよ」

巫女「む、むぅ~…───わかりました、では吸血鬼様。後は宜しくお願いします」ペコリ

女「う、うむともだ!」

妹「じゃあ帰りましょうか。あ。兄貴は女さんと同行して、きちんと無事に帰ってきてよね」

兄「うぃッす!」ピッシィーン

妹「ん」


スタスタ スタスタ


女「…あ、あれで良かったのか? なんだか腑に落ちないのだが…」

兄「ふぇへへ…妹に腕を組んでもらっちゃった…」デレデレ

女「一つ。聞きたいのだが、どうしたバケモノ? 何時も為らず今日だけは、ワタシも見逃せんほどに…その…キモイぞ?」

兄「うむぐっ! …正直に言いやがるな嬢ちゃん、まぁ、自分でも気づいてるよ」ジュル

兄「実は妹と遠出すんのは、今日が初めてなんだよ。生まれて初めて、だから嫌でもテンションマックスになっちまう…」

女「な、なんと! 家族で旅行などいかんのか? ワタシであっても、父上様と何度か行ったことがあるぞ」

兄「親がちっと特殊でな。お袋もこの街から出たがらないし、…クソ親父も傭兵の仕事から全く帰ってこないし」

女「む?」

兄「まぁうちの家庭環境なんてどーでもいいだろ。とにかく、俺はとってつもなく今回の旅行を楽しみにしてたわけ!」

兄「──何処をどう向いても妹がいる! 同じ空間に数十分以上、避けられること無く一緒にいられる!」

兄「ああっ! なんて幸せなことだろかねえー嬢ちゃん! 俺は嬉しすぎて、一回死んでも生き返りそうだぜ…!」

女「うむ。オマエは確かに、イモウトに死ぬなと言われたら、生き返りそうだな」コクコク

兄「いや一回だけあるよ? 以前に、食っちゃ駄目なテングダケの毒をモロに食らって汗とともに毒素だけ取り出した時も───」

兄「───……」ピタリ

女「な、なぜ血流を巡らず汗で流出するのだ…?」

兄「シッ! ──誰かに見られてる、嬢ちゃん」キョロキョロ

女「なにっ?」

兄「今、気づいた。しかも殺意満々だ、こっちを[ピーーー]気で観察してる」

女「じょ、冗談も休み休み言え、技術を磨いたエメトやマミーならいざしらず、化け物はそんなことも出来るのか?」

兄「今更過ぎるだろ。ちなにみに、マミー姉ちゃんにならって『死角のデッドサイド』までわかるようになっちまったぞ」

女「ハッ! すまんが化け物、オマエは確かに化け物だが科学的根拠が得られん現象は信じられんぞ! オマエの不死身はギリギリだがワタシには見破れ───」


ヒュウインッッ!! バチィイイイイインッッ…!


女「…」

兄「ほら来た。また矢だ」

女「なん、なななななっ、なん…っ!!?」

兄「しっかも嬢ちゃんの喉元狙ってきやがった。見事に標的が移っちまったな、ごめん」ぽいっ

女「ばっ化け物ぉ~!! 守るんだぞっ? ワタシをちゃんと守るんだぞ…っ!?」ブルブルブル

兄「了解した」バッ

兄「────んんんんんんんッッッ!!」ギュウウウウウウウ

女「……? オマエ何をするつもり、」

兄「ハァ!!! 震脚ーぅッッ!!」

ドッ ミシッ! ドッゴーン!

兄(さっきは逃したが、今回は震脚からの振動の違いで感知してやる。む! そこだァー!!)バッ


「っ…!」


兄「おらぁあああああああああ!!」ダダダダダ

スカっ

兄「──あり? 足元無くなっ、」

プッシュー! ボッッッッ!!

兄「ぱぐぁーっ!!?」ドメチッ ぴゅーーーーーん

女「ばっ!! 馬鹿者ーッ! この地域一帯に広範囲に衝撃なんぞやるからそうなるー! 落ち込んだ岩石のバランスが崩れ…ッ!」


ボゴン! ボゴン! ドゴン! ガタガタガタ!


女「地面に埋まった岩石共が、水蒸気の圧力で飛び出してきてッ──あわわわわわわ──ふ、噴火するぞこれはーーーッ!!」

兄「そーーーーんなこと言ってもーーーーーーーー!!」ヒュウウウウ


ヒュンヒュンヒュン

兄(ッ、風切り音。幾つか弓が放たれた音───)ギョロ

兄「空中なら当てられると思ったか、それでも俺は避け……ッ!?」

スカ スカ

兄「…? 当たらない、…?」


スッ ヒュウウウ… 


兄(なんだ。放つ威力をミスったみたいに、地面に落ちていったけど)



───ストン ストン



ぶっしゅうううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!



兄「な…っ!!? 急に水蒸気が地面から、あっづうううううううううううううううううう!!?」

女「……!!?」

兄「蒸し焼きされッ! ぐぁあああああああ!!」ヒューン ドゴーン

女「お、おい大丈夫か化け物!? おい!!」

兄「ばああああああああッ!!!?」ぶわぁっ

女「だああああああああッ!!?!」ビックーン

兄「あづづづづッ! あづーぃ! ぐぁー!」ゴロゴロゴロ

女「うっ…」ババッ

兄「ちょ、ちょっとーッ!? 避けてないで心配して駆け寄ってきてよぉー!」バッ

女「ば、馬鹿言うな! げほごほっ! 数百度以上で気化した単純な水蒸気ならまだ良いが! そりゃガスが含まれてる! ヘタしたら一呼吸でお陀仏だ!」

兄「へ…ガスって…そういわれるとちょっと喉が痛いような…?」ウーン

女「二酸化硫黄や硫化カルボニルを吸い込んで置いて喉がいたいとな!? どれも数分で死に至る程のものでありがなら…ううっ兎に角、噴出口から離れろ!」

兄「う、うん」とぼとぼ

女「…あいも変わらず、自然災害に巻き込まれておいてピンピンされてると常識を疑いたくなるぞ…」

兄「うへぇ…滅茶苦茶卵臭いよぉ…」

女「後で風呂にはいれ。里に戻れば温泉もある、それよりも、だ」チラ


ぶっしゅうううううううううう


女「なぜ、急に水蒸気が噴出したのだ…?」

兄「あ。それな、なんか空中に放たれた矢が三本ぐらい、地面に刺さったんだよ。そしたらブッシューて出た感じ?」

女「たっ、たった3本の矢で…ッ!? 新たな噴出口がいともたやすく刺激されたとでも言うのか…!?」

兄「…やっぱり凄いことなのか?」

女「ああ、驚愕だ。ワタシであってもピンポイントでガス抜きなんぞ出来やしない。…地面に刺さった矢は、オマエを前に襲ったものと一緒だったか?」

兄「え? 多分、そうだったかな。言っちゃえばさっき嬢ちゃんを狙った矢とも一緒だった」

女「…オマエの言うとおり、確かに命を狙われているようだ」

兄「だろ? 俺が言ったとおりだったじゃんか」

女「違う」

女「…それは、違う。オマエの命なんぞ死んでも死なないのだ、意味など無い」

兄「ちょっとー?」

女「言ってしまえば【ワタシの命であっても相手には興味を持たれておらんだろう】。これはもっと大規模な狙いに違いない…」

兄「えっ?」

女「かも、しれん」

兄「いや、自信満々な表情であやふやなこと言われても…」

女「……。まったく何を隠しているのか知らんが、とにかく今は後処理だ」

兄「後処理?」

女「この水蒸気がどのレベルで『ドラゴン・ブレス』に影響しているか調べる。吹き出されたガス残留も気になるから、軽く受け皿的なものを作るぞ」

女「化け物、手伝え。仕事の手間は増えたが、確かにガス抜きをは完了したみたいだからな」


ぶっしゅううううう…


兄「…あのさ、俺達って無事に家に帰れるのかな」

女「…オマエが関わってくると、なーんにも保証なんてできやしない、まったく」

山道 帰り道組


妹(後ろで色々と問題が合ってる気がする)もんもん

妹「…はあ、また厄介事にでも巻き込まれてるのかな。兄貴ってば」

巫女「───も、申し訳ありません! お待たせしました…!」タタッ

妹「あ。お帰りなさい」

巫女「ええ、ええ、まさか見慣れた山道にて珍しい山菜を見つけるとは思わなくて、ふぃー疲れました~」

妹「良いのが採れましたか?」

巫女「それはもちろんですよ! 今晩の一品が増えたと思ってくだされば、ええ、絶品ですよ」ニコニコ

妹「なるほど。それは超楽しみです」

巫女「腕によりをかけて作らさせてもらいます!」

妹「……」

巫女「ふんふーん♪」スタスタ

妹「ねえ梓さん」

巫女「はい? なんでしょうか?」

妹「一つだけ、気になってることがあるんだ。別に答えなくても良いんだけどさ、あ、敬語じゃなくても大丈夫かな…?」

巫女「もちろんです! お気になさらず、好きなように」

妹「ありがと。あのね、…お姉さんのことなのだけれど」

巫女「お姉さまですか?」

妹「うん。梓さんのお姉さんって、多分だけど梓さんと双子か…それとも同年代じゃない?」



巫女「……」ボーゼン

妹「あれ? 違ったかな?」

巫女「なっ、何故それを…っ!? きゅ、吸血鬼様からお聞きになったのですか…!?」

妹「ううん、聞いてないよ。ただ私が【直感的】に思っただけだから」

巫女「…直感的に?」

妹「例えば梓さんが着てる巫女服。それってお姉さんのお下がりじゃないかな」

妹「…所々、補修が見えるし、けれど丈を合わせるよな修正は見られないからね」

妹「和服って案外、身体のラインに沿ったものじゃないと見栄えが悪くなっちゃうからさ。だから、お姉さんと同じ体格だと思ったの」

巫女「しかしですね、それでも同じ年だとはわからないのでは…?」

妹「うん。だから、カマかけたの」

巫女「へっ?」

妹「本当はそれしか分からなかったから、取り敢えず双子か同年代じゃないかって訊いてみた」

巫女「な、なるほど…」

妹「ごめんね。急に変なこと訊いて、それと騙すようなことしちゃって」

妹「───でも、そうは言っても梓さん」

巫女「っ…」びくっ

妹「何か隠してること、ないかな。なんだか嫌な予感がするんだよ、とっても厄介事になるんじゃないかってさ」

巫女「…すみません、仰っている意味がよく…」

妹「本当に? ──本当に、兄貴の事を見るのは初めてじゃない?」

巫女「ッッ……!?」

妹「……。気になったのは3つ」

妹「この里は隠れ里。本来ならきっと、誰でも入れる場所じゃない。女さんのような仕事でない限り来ちゃ駄目何じゃないかと思ってた」

妹「旅行だからと気軽に私達を迎い入れてくれたけど、私には不思議な話しか思えない」

妹「二つ目が、兄貴の不死身っぷりを見たリアクション……普通ね、兄貴の死に際を見た人って言葉を失うんだよ」

妹「けれど貴女は普通にリアクションを取った。それこそ、まるで知っていたかのようなわざとらしい感じで」

巫女「……っ…」

妹「そして3つめ」


妹「どうして、今はスカート袴じゃないの?」


巫女「…それは、」

妹「山道でもとより歩いにくいのに、わざわざ行灯袴を着てる理由は何? 転けやすから履きたくないんだよね、それって」

妹「けれど、今は何かしらの理由で履かなくちゃダメだった。特に疑問に為らないかもだけど、私はとても気になるんだ」

巫女「………」

妹「梓さん。何を隠しているのか教えてほしい、私はその不安要素を知っておかなくちゃ駄目なの」

巫女「…しかし」

妹「お願い」

巫女「………」

妹「ふぅ、理由としてはね。あの馬鹿兄貴がまた変なことに巻き込まれるのなら、それを予めに潰しておきたいんだ」

妹「──だって、可哀想だもの。あれだけ楽しみにしてた旅行がおじゃんになっちゃうの、見てらんないからさ」

巫女「……お兄様思いなのですね」

妹「そう? そう、かな。私は単に面倒臭いことが嫌いなだけ、無駄なことを最初から潰しておきたいだけ」

妹「例えその行為が他人にとって大切なことであっても───私は、邪魔になるのなら否定する」

巫女「……」

妹「急に変なこと言い出したごめんなさい。でも、わかってほしいの。私はただ平和に2日を過ごして帰りたいだけだから」

巫女「…いえ、わかりますですよ。それはきっと正しい思いのはずなのです」

巫女「妹様。ええ、貴女の言うとおり、私はお兄様の姿は───初見ではありません」

妹「そっか。それは何処で? 写真? 映像?」

巫女「……手紙でございます」

妹「手紙…?」

巫女「妹様、ああ、ああ、妹様…! どうかこのことはご内密に、吸血鬼様であっても…例えご本人であってさえもです…!」


巫女「───貴女のお兄様は、今宵、命を狙われているのですよ…っ」


妹「どういう、こと? 命が狙われてるって……兄貴の命が? この里で?」

巫女「はい、わたくしは話を聞いただけであり、手紙の内容は知り得ていません」

巫女「全てはお姉様が仰った事。あの方は、【不吉を呼ぶ者】として各一族にて有名なのです」

妹「………」

巫女「空を統べる『鷹李雲』、地を治める『龍頭宗』、海を束ねる『櫛羅渦』」

巫女「この三頭全てがお兄様のことを驚異的な存在として認識しており、そして殺害又は抹消を望んでおられます」

妹「どうして? 言っちゃ何だけど、例え兄貴が不死身で馬鹿力でも、梓さんたちには関係のないことだよね?」

巫女「……ヴァンパイア一族」

巫女「あの方は吸血鬼様の枷を外した、それは間違いないのでしょう?」

妹「…多分、だけど」

巫女「単純なのですよ。結局は、その枷が外れたことに……三頭が怯えているのです」

巫女「また【赤い夜】が訪れるのではないかと。生まれる子は全て死に絶え、老人は幸せな死を迎えず、若者は年端も行かず床に伏す」

妹「…赤い、夜?」

巫女「あぁ、わたくしもまた怯えているのです。吸血鬼様は知らずとも、いずれ起こる可能性を……わたくし達は……」

妹「え、えっと、梓さん? それはえっと、兄貴が女さんを外に引っ張りだしたから? それで周りが怒ってるってこと?」

巫女「……はい」

妹「でも、貴女は女さんを素敵だって…」

巫女「妹様」

巫女「──わたくしは龍頭宗の長なのですよ、例え古くからの友人であっても、弁えなければならぬものもありますでしょう」

妹「……」

巫女「ご理解して欲しいのです。この件はきっと、妹様には関係がない。ただ兄様が何事も無く二日間を過ごせば良いのです」

妹「…え?」

巫女「確かに三頭はあの方の殺害を望んでおられる。しかし、今回は様子見なのです。まだ【判断は下されていない】」

妹「…だから兄貴をこの里に呼んだんだ、兄貴が危険な人物じゃないかと見極めるために」

巫女「はい。そして吸血鬼様が変わらず、わたくしたちの望む仕事を行うかどうか。それも含めてです」

妹「なるほど…じゃあ兄貴が本当に何もしなかったら、それて無事に終わるってことか」

巫女「……」コクリ

妹「ん。そっか、わかった。ありがとう梓さん、言い難いことを言ってくれて。本当に感謝してる」

巫女「いえ、わたくしも初めから話すべきでした。貴女のようなご兄妹を思う方に、その生命の危険を告げないとは…例え長であったとしても…」キュッ

妹「んーん、いいんだよ。大丈夫だから、そんなこと」

巫女「……。そんな、こと?」きょとん

妹「うん。だって兄貴の命の危険性だけなんでしょ? 別に世界規模で破滅を迎えるとか、街全体の住民を人質に取られるとか」

妹「空が割れるほどのかまいたちを起こすロケットを止めたりだとか。後はまぁ、色々と【過去にあった】けれど」

巫女「……」ぽかーん

妹「結局は兄貴の身体一つが狙われてるんだったら、うん、別に平気かなって」

巫女「それは、どうして、そのように思われるのですか……?」

妹「え? だって梓さんも知ってるでしょ、うちの兄貴は不死身だよ?」

巫女「し、しかしですねッ? 例えそうであっても…!」

妹「女さんも危険だって? あれは自業自得だよ、兄貴もそれはわかってるはず。だから死ぬ気で守るはずだもん」

妹「──それに、私の命も危ないんだったら、そんな心配いらないよ」

巫女「………」


妹「だって私、兄貴の為なら[ピーーー]るから」


巫女「───……」

妹「ん。そんな感じだから、まあ兄貴が普通に過ごせば安全だってわかれば~…ふわぁ~…ちょっとは気が楽になったかな、うん」

巫女「…妹様」

巫女「貴女は、どうしてそこまで…どのようにして…そこまで…」

巫女「いえ、わたくしも初めから話すべきでした。貴女のようなご兄妹を思う方に、その生命の危険を告げないとは…例え長であったとしても…」キュッ

妹「んーん、いいんだよ。大丈夫だから、そんなこと」

巫女「……。そんな、こと?」きょとん

妹「うん。だって兄貴の命の危険性だけなんでしょ? 別に世界規模で破滅を迎えるとか、街全体の住民を人質に取られるとか」

妹「空が割れるほどのかまいたちを起こすロケットを止めたりだとか。後はまぁ、色々と【過去にあった】けれど」

巫女「……」ぽかーん

妹「結局は兄貴の身体一つが狙われてるんだったら、うん、別に平気かなって」

巫女「それは、どうして、そのように思われるのですか……?」

妹「え? だって梓さんも知ってるでしょ、うちの兄貴は不死身だよ?」

巫女「し、しかしですねッ? 例えそうであっても…!」

妹「女さんも危険だって? あれは自業自得だよ、兄貴もそれはわかってるはず。だから死ぬ気で守るはずだもん」

妹「──それに、私の命も危ないんだったら、そんな心配いらないよ」

巫女「………」


妹「だって私、兄貴の為なら[ピーーー]るから」


巫女「───……」

妹「ん。そんな感じだから、まあ兄貴が普通に過ごせば安全だってわかれば~…ふわぁ~…ちょっとは気が楽になったかな、うん」

巫女「…妹様」

巫女「貴女は、どうしてそこまで…どのようにして…そこまで…」

巫女「いえ、わたくしも初めから話すべきでした。貴女のようなご兄妹を思う方に、その生命の危険を告げないとは…例え長であったとしても…」キュッ

妹「んーん、いいんだよ。大丈夫だから、そんなこと」

巫女「……。そんな、こと?」きょとん

妹「うん。だって兄貴の命の危険性だけなんでしょ? 別に世界規模で破滅を迎えるとか、街全体の住民を人質に取られるとか」

妹「空が割れるほどのかまいたちを起こすロケットを止めたりだとか。後はまぁ、色々と【過去にあった】けれど」

巫女「……」ぽかーん

妹「結局は兄貴の身体一つが狙われてるんだったら、うん、別に平気かなって」

巫女「それは、どうして、そのように思われるのですか……?」

妹「え? だって梓さんも知ってるでしょ、うちの兄貴は不死身だよ?」

巫女「し、しかしですねッ? 例えそうであっても…!」

妹「女さんも危険だって? あれは自業自得だよ、兄貴もそれはわかってるはず。だから死ぬ気で守るはずだもん」

妹「──それに、私の命も危ないんだったら、そんな心配いらないよ」

巫女「………」


妹「だって私、兄貴の為なら死んでもいいから」


巫女「───……」

妹「ん。そんな感じだから、まあ兄貴が普通に過ごせば安全だってわかれば~…ふわぁ~…ちょっとは気が楽になったかな、うん」

巫女「…妹様」

巫女「貴女は、どうしてそこまで…どのようにして…そこまで…」



妹「…ん、じゃあ梓さんのこと色々と訊かせてくれたら教えてあげる」

巫女「へっ? わ、わたくしのことをです、か?」

妹「この際だから、友達に為らない?」

巫女「ふぇっっ!!?!」

妹「だってもう面倒臭いことで知り合っちゃったなら、後はもう好き勝手すればいいだけなんだよ」

妹「【二つは同時に選べない】。どちらも同等に大切でも、私は【本当にしたいことを選んで生きたいんだ】」

妹「兄貴は兄貴で心配。でも、今の私は──梓さんと友達に為りたいな、って思ってる」

巫女「…妹様…」

妹「どう? それに女さんとも今日で友達になれたんだよ、もう一人増えたって、誰も怒らないでしょ」ニコ

巫女「…友達、ですか」

妹「好きなお菓子を話したり」

巫女「うっ」ピクッ

妹「…好きな芸能人とか言い合ったり」

巫女「むぃっ」ピクピクッ

妹「夜は枕くっつけて、恋話トーク?」

巫女「…ぱぁあぁあ…超やりたいですぅ…」

妹「でしょ? にひひ」

巫女「お、お友達ですかっ? そうであれば、色々と…? 気兼ねなく、話せる…と?」

妹「うん。そうだよ、それが友達ってことだもん」

巫女「…素敵ですね」

妹「いやいや、普通だよ。これが普通なんだよ、梓さん」

巫女「………」

巫女「…わかりました。妹様、ではわたくしとお友達になって下さい」

妹「おっけ。なら、さっそくだけど呼び捨てで呼び合おっか?」

巫女「なっ! ななななな、なんとっ!? 呼び捨てですか!? それはなんという……修行ですか!?」

妹「うん。わかった、貴女も女さんタイプなんだね。よし! ゆっくりやっていこう!」

巫女「は、はい! ご、ごきょうじゅおねがいします!」

妹「うむうむ。こりゃあ先が長いぞ、頑張っていこうね」

巫女「……はい!」

妹「えーと、例えばだけどさ。うちの兄貴居るじゃん、あんな感じの男性ってどーおもう? カッコいい?」スタスタ

巫女「か、かっこいいと思われますが……? ち、違うのでしょうか…?」スタスタ


スタスタ ──ガタリ コト…


巫女「…」ピクッ

妹「ん? どうかしたの梓さん?」 

巫女「いえ、なにも」ニコ

~~~

兄「んお? 嬢ちゃん。あそこ見て、里の人たちが集まってる」

女「この山道でか? 一体どこなのだ? まったく見えんが…」

兄「あ、ゴメ、こっから数キロ先のだったわ。丁度、里の入り口辺りらへん」じぃー

女「オマエとの会話は時に疲れるな…どう言った様子なんだ、言ってみろ」

兄「特には……ただ、なんだか慌ただしい雰囲気ではあるかな、多分」

女「そりゃそうだろな」

兄「え、なんで?」

女「祭神具が消えたのだぞ、しかも最低で六本以上。これが騒ぎにならんで何になる」

兄「あ~…そりゃスゲー困るわな、うん」

女「しかし予想より早く騒動になったな。少し面倒ごとになるかもしれん。───そもそもだ、ワタシ達のような余所者は里のもの達にとって良くは思われておらん」

兄「だろうと思った。この里に訪れたとき、出迎えてきてくれたのは巫女さん独りだけだった、しかも長なのにな」

女「うむ? 気付いておったのか?」

兄「そりゃ俺みたいな【外れモン】は人一倍人の視線に敏感だっての。特にここの里に着いてから、やけに視線だけは感じてた。なのに人の気配は全くという摩訶不思議ぐあい」

兄「…それが弓矢で攻撃、なんて発展するとはわからんかったけど、とにかく常に、多勢に、隠れて見られてたことはわかってた」

女「……どうする、化け物」

兄「あん? そりゃどういった質問だ?」

女「逃げるのも得策だ。関係がないとワタシ達は知っているが、里のもの達は真っ向から疑ってかかるぞ。して場所にいたっては道理が通りにくい隠れ里ときた」

女「ここの者達は【まだ穏便な方だから】今はまだ疑われる程度で済むかもしれん。しかし彼らが信教する祭神具となれば、下手に動けば怒りを買いかねん」

兄「……なんもかんも放り投げて逃げるってか」

女「里さえ出てしまえばこっちのもんだからな。隠れ里の範疇外であれば、よほどの限りは手出しはせんだろう。…まぁ禍根は残るだろうが」

女「この際だ。ワタシの仕事先が減ることも厭わんぞ、それぐらいのことにオマエ達二人を巻き込んでしまったと思ってるつもりだ」

兄「…………」

女「…どうする? 決めるのはオマエだ化け物」

兄「…何か」クンクン

兄「何か匂うんだよなぁ…こりゃ余計なモンであって、本来あっちゃいけねぇモンだと思うんだよ嬢ちゃん…」

女「言ってることはわからんでもない。祭神具を盗みだし、誰かがワタシ達を陥れようとしている可能性も否めん。さっきの襲撃もそうだ、しかしだな…」

兄「……。俺は馬鹿だから力関係ならバッコバッコと殴り倒して、ハイおしまい! つぅーことは出来る。むしろそれで終わるんだったらお茶の子さいさいだ」

兄「けれど、これはアレだな、妹を頼った方が良い気がする」

女「…巻き込むのか?」

兄「俺だって妹を巻き込みたくない、それに面倒事も。…けれど嬢ちゃん、もしこれが逆の立場だったら同じ事をしてたぜ」

兄「───嬢ちゃんを困らせたくない、だから出来ることをして、最後まで足掻き通したい」

兄「きっと妹も同じことを思うはずだ。それが一番だってな」

女「っ……し、しかしだな…!」

兄「なぁ嬢ちゃん。困ってる人を助けることに、理由は必要か?」

女「そ、それはオマエこそが一番悩んでることではないのか…っ?」

兄「その通りだ。俺は人を助けること、人のために動けるから【本当の化け物じゃない】と思ってる」

兄「…そう妹に教えられたからだ」


ギュググググ


兄「それが根っから正しいと、俺は本気で思ってるんだよ。悪いことや良いことだから、なんて、俺が化け物みたいに強いから……つう事で揺れ動きたくない」

兄「妹が『人の為に動ける化け物であれ』と言って、そして今でも信じてくれてるのなら、何時だって人のために俺は生き続けるよ」

女「……化け物」

兄「嬢ちゃん、行くぞ。あっちが少し不穏な空気になった、妹と巫女さんが危ないかもしれん」ぎゅっ

女「……うむ」コクリ

兄「嬢ちゃん」

女「な、なんだ?」

兄「あんがとな。俺たちの為に逃げるという選択をしてくれて、俺たちなんかの為に自分を犠牲にしようとしてくれて」

女「ば、ばかもの! ワタシはもう、オマエ達と他人のつもりなど毛頭ないのだ…!!」

兄「……。気に入った」ギュググググ

兄「というか火がついた。その心構え、人のために動ける嬢ちゃんの為に───」


兄「───俺は、今、また化け物として胸を張ろうか」


ギュッ ズッドォオオオオオオオオンンッッ!!!

龍鱗里 入り口


「梓様! 梓様…!」

巫女「何ごとですかっ? この騒ぎは一体……」

「先ほど警備のものから、祭神具の矢が十本程なくなってるという報告が───」チラ

妹「…?」ぴく

巫女「祭神具の矢が? しかし、倉庫には錠をしている筈でしょう?」


「…それが…っ」

「何者かに壊されたようで…まるで【強引に捩じ切られた】かのような不気味な壊れ方を…っ」


巫女「それは…」

妹「梓さん。ちょっと待って、言いたいことも分かるし私だって【そう思ってしまってる】から」

巫女「妹様…」

妹「話は上手く掴めないけど、とにかく大事なモノが倉庫からなくなって困ってる。それで良いんだよね?」

巫女「は、はい。そして倉庫には鍵が閉まっていました、長であるわたくし以外開けられるはずもありません」

妹「で、捩じ切られたかのように鍵が壊されて持って行かれていたと。うん、それじゃあまず壊れた錠を見てみようよ」

「…お前は何なのだ、長に向かって意見などを…っ!」

巫女「落ち着きなさい、今はわたくしたちが言い争っている場合ではありません」バッ


「し、しかし梓様…!」

「言ってしまえばこの者たちが現れた途端このようなことになったのですよ!? 今まで何ら平穏な里であったというのに…っ」

「だ、だから俺達は反対だったんだ! 幾らご神体の『娯楽』だといえ、あの赤い夜を産む吸血鬼などに…!」


妹「………」

巫女「み、皆の者! 落ち着きなさい! 龍頭宗の長の命令ですッ!」


「コイツラが奪ったんだ! 吸血鬼は全てを奪っていく! 我々の命も、そしてご神体の全てを!」

「何が目的だよそ者ッ! また私達を赤い夜に巻き込むのか…!?」

「返せーっ! 我々の祭神具を返せーッ!」


妹「…はぁ」

妹「───いやはや、笑っちゃうよね。なにそれテンプレ過ぎない?」


「…何?」


妹「あのね、ちょっとは考えなよ、幾ら人里離れた辺鄙な場所で暮らしてるとはいえ、思考回路すら凝り固まったらどーしようもないよ」

「貴様…」

妹「そこの人」ピッ

「っ?!」

妹「ここで集まった人たちの割合で見る限り、唯一の男性で、身体も大きいね。さっきまで倉庫を警備してた人?」

「…っ…」

妹「見たいだね。じゃあ実際に壊れた鍵を見たんだ、どんな感じだったか教えてよ」

「な、何故そのようなことを余所者にっ」

妹「───良いから教えなよ」


妹「その【膨らんでる胸元に入った錠前】、見せれば済む話でしょ? 違う?」


「な、にッ」

巫女「……!? まさか現場を保存せず持ってきたのですか……!?」

「あ、ああ、いや、しかしッ、この場合は既に盗賊は決まったようなものではありませんかッ?」

巫女「ッッ~~!! なんという無様な…ッ! 例え皆が疑ってたとしても【確かな証拠】がなければ断じて、わたくしは認めませんッ!」

「あっ…うっ…」

妹「待って、落ち着いて梓さん。起こってしまったのならもう飲み込むしかしない、とにかく私は壊れた錠前を見せて欲しい」

巫女「ッ……わかりました、では、その隠し持っている錠前を早く出しなさいッ!」

「は、はいっ」

ガチャリ

妹「……」じっ

巫女「こ、これは…まるで【鉤爪を持った化け物】に壊され、いや、蹂躙されたかのように…っ」

妹「──はぁ」

巫女「い、妹様? どうかなされましたかっ?」

妹「いや、うん、大丈夫なんだけど。なんていうかやっぱりなって」

巫女「え?」

妹「うん」


妹(ああ、どう考えても【兄貴が壊したように見えてしまう】。人為的な威力を超えてる、破損部位がまるで尖ったハンマーで殴られたかのようだ)

妹(流石に言い逃れできない。兄貴が化け物だと分かってしまえば、この里の人達は100%疑ってかかる)


巫女「この錠前が壊れる瞬間、貴方はどこに居たのですか」

「わ、私は交代のものと会うために現場を離れていました…すみません…通常ならば現場での交代なのですが…多分、その時かと…」


妹(ヤバイヤバイヤバイ)

妹(兄貴ぃ…一体今度は何に巻き込まれてるって言うのよ、マジで、私は絶対に巻きまないでって言ってるじゃん何時もさァ…!)

妹(なのになのに、すぐこうやって面倒事になっちゃう! だから一緒に旅行なんて着たくなかった! 一緒に数十分以上居たくなかった!)

妹(無事に…無事に【あと2日過ごせば何ら支障なく終わる】っていうのにっ! …ああ、もうっ…いまさら嘆いてたって仕方ないっ)

妹(どーせ最後の最後に死にかけるような目に合うのは兄貴のほうなんだしッ!)

妹「あの…!!」

巫女「は、はい!」ビクン

妹「…その、あの、ですね…」

巫女「はい…?」


『貴女のお兄様は、今宵、命を狙われているのですよ』


妹(──…兄貴、兄貴なら。ここで【兄貴が思う私ならここで一体何をする?】)


『──妹』

『例え笑ってしまうぐらい簡単に、この世界が滅んでしまうとしたら』

『きっとそんな冗談みたいなことは起きないだろうけど、でも、それでも絶対にお前を守ってみせるんだ』


『そしてこんなことを冗談のように誓った化け物を、最後まで信じててくれ』


妹「……」ギュッ

妹「……。みなさん落ち着いて聞いてください、この錠前のことで報告したいことがあります」

「何っ?」

巫女「何か分かられたのですか!? 妹様!」

妹(ああ、そうとも分かったさ。【それは】私が思う兄貴ならするだろうし、兄貴がおもう私もすると思うんだ)

妹(絶対に。絶対に絶対に絶対に、誤魔化して逃げたりしない。こっちから立ち向かってやる、逆にこっちに巻き込んで見せる)

妹(──だって私は、兄貴の妹だから)



『バカ言わないでよ、お兄ちゃん』

『その冗談まったく笑えない。おんぶにだっことか、ほんと惨めじゃん私、むしろ逆だよ、世界が滅びるとか、そんな時になったら──』



妹「この錠前を壊したのは…!」



『死んででも、お兄ちゃんを守ってみせるよ? にひひっ』



妹「私で…ッッ」ぎゅっ





「──俺だよ」





ズッドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!

「うわあああッ!?」

「何だ一体……!?」


パラパラ… モクモク…


妹「……」

妹「…兄、貴?」


「話は『雲の上から』聞かせてもらった。ちっと跳びすぎて皆を驚かしたのは謝る」

「けれど納得いかねえなぁ。そうも簡単に人を疑うのは、脳みそ持った人間様がやっていいことじゃねーよ」


スタスタ


兄「オイ、てめーら覚悟は良いか。妹に文句をたらしたやつら、一字一句ごとにデコピン食らわせるぞ」ギラァ!!


「なんだなんだこいつはぁ…!?」

「空から振ってきた…悪魔だッ…不吉を呼ぶものだ…ッ!」


兄「あんッ?」

「ひぃいいいいいっ!!」

兄「ったく、睨んだだけで怯えんなっつの…まだうちのクラスの連中の方が根性値高いぞ…」チッ

兄「…んで」チラリ

妹「……」

兄「どーする、妹ちゃん。こっからは」

妹「…兄貴…」

兄「良い。知ってるから一々語んな、見つけるんだろ犯人」

妹「………」ギュッ

妹「ん。そうだね、良くやった兄貴。一発でみんな兄貴の事を真っ向から疑ってくれるよ、むしろ犯人で間違いないよ」

兄「うぐッ! 仕方ないこととはいえ、やってることがまんま怖がらせることだもんなぁ…! くそ、覚えてろ真犯人っ!」ググッ

妹「あれ? そういえば女さんは?」

兄「へ? ああ、着地の衝撃受けきれんと思って落下中に【更に上に】投げ飛ばしたから、そろそろ……」チラリ



女「────ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!」ヒュウウウウウウウウウ



兄「よいしょっと」ドスンッ

女「   ──……… っ… ───… !」パクパクパク

兄「おーい息しろ、息を。呼吸しないと幾らヴァンパイアでも死んじゃうだろー?」ぽんぽん

女「ばっっっっ!!?? おまっ!? ほんっっっとになぁあッッッ!!?」ヒュコォオオ

また明日にノシ

兄「いや、跳び過ぎた俺も悪いよ? けれどあのまま一緒に落っこちたら重症を負うのは嬢ちゃんの方だけだし…」

女「そうであっても状況を考えろ状況をッ!? ひとりぼっちで何百メートルをも落下する者の気持ちを考えろォーッ!」

兄「わかるわかる~落下中って孤独って言うか、超寂しい気持ちが湧いてくるよなっ」

女「んな共感など出来るかッ! 超必死! めちゃ必死だった! 身の危険が───なんだ、この状況は?」ぴたり

巫女「きゅ、吸血鬼様…」

女「む」


「吸血鬼が現れたぞ…」ヒソヒソ

「…本物だ…あの『赤い瞳』は間違いない…っ」ヒソヒソ


女「…」

妹「そ、それがね女さん! 実はこの里の人たちの大切な…」

女「ああ、祭神具が無くなったのだろう? 先ほど雲の上で化け物から聞いた、皆が矢を探しておるとな」チラ

兄「……」フルフル

女「…それは大変困った状況なのだろう、心中お察しするが、今回の紛失事件に一切関与しておらん。みたまんま、ワタシ達は仕事の帰りだからな」

女「【失くなった矢などいっぺん足りとも身に覚えがない】。今現在、どこにあるのすら分からん」

兄(まあ嬢ちゃんのマントの後ろに隠してあるけど、襲撃された分、全部で六本)

女「それで? どうするのだ長よ、なんの根拠も存在しない無駄な討論を続けるか?」

巫女「………」チラリ


「あ、アズサ様! この者達の言うことを信じるのですか…!?」

「私たちはどうにも信用できません! そ、それに…あの者ッ…空から降ってきた者はどういう…!?」


巫女「吸血鬼様…」

女「あー、わかっとるわかっとる。それも空でコイツから聞いたわ、ワタシが作った南京錠が壊れていたのだろ?」

妹「お、女さんが作ったモノだったの?」

女「うむ。これはまた豪快に遊ばれ壊されてるな、これでは頑丈を一点に充実させた意味がないわ」

兄「……」

女「化け物、わかってるんだろーな」

兄「ああ、わかってて【やったんだ】。どう始末着けさせられても素直に従うって」

女「……すまんな」

兄「謝るのは全部終わってからだ、嬢ちゃん」

女「……。さて、皆の者! ワタシの言葉を拝聴させよ! これから貴様らの疑問を解いてやろう! この者───」ズビシッ

兄「……」

女「この男はかような人間離れな所業を為す、言わば魑魅魍魎の生き残りの化け物だッ!」


ざわざわ… ざわ…

女「してこの無残にも蹂躙された南京錠が、如何にして為ったか言わずとも理解できよう!」

女「一概にして疑われれば、ワタシとてこの者の首を差し出すことも吝かではない!」

妹「…ッ…」

女「しかァーーーーしッ!!」

女「この者はワタシの連れッ! 過去に、我がこの身を腕っ節だけで太陽の下へと引き入れた豪傑たる者なり!」

女「…このような陰湿際まわりない、こそ泥めいた所為をするぐらいであれば…」


女「貴様ら全員を八つ裂きにし、血祭りに仕立てあげた後、悠々と祭神具を強奪していったであろうなァー!?」


巫女「な、なんと…っ」

「ひぃいいいっ」

「ば、化け物…!」


兄「…」ホロリ

妹(耐えて、耐えて兄貴。ここで泣いたら絶対に駄目)


女「うむ。なのでワタシから一つ、申し出がある。皆の者はアズサに一任し、さらなる事の究明にかかれ」


~~~~


龍鱗里 西母屋


巫女「皆様…誠にこのようなことに巻き込んでしまい…」

女「良い、良いのだアズサ。何度も謝らんでも構わん」

巫女「し、しかし…それでは兄様が…」

女「そこは狙った上でのことだ。イモウト、そうなのだろう?」

妹「うん。私が思うに、確実にあの南京錠は『兄貴が壊した』と思えた。多分、本当に兄貴だろうって思えるぐらい」

女「確実なのか?」

妹「以前、家の鍵を外国に忘れて、でもトイレに間に合わなそうだったから玄関のドア壊した時もああいった感じだったから」

女「やることが一々豪快だな、化け物も」

巫女「お、お待ちになって下さい! で、では皆の者に疑われたまま、敢えてそれに乗っかったと…!?」

妹「私達が言えることは、絶対に犯人が兄貴じゃないこと。あと一つが、もう一人、この龍鱗里には───」


女「──化け物と同じほどの【馬鹿力を隠密に扱える者】が居る、ってことだな」


巫女「……!? そのものが祭神具である矢を盗んでいった…!?」

妹「そして兄貴に罪を擦り付けようとしているみたいだね。盗むのであればもっと秘密裏にやるだろうし、時期も狙ってやった感もあるし」

女「ったく、例を見ない化け物を類似した盗人など…考えるだけで寒気がするわ…」

巫女「で、では何故あえて盗人の思惑通りに事を進めたのですか…? これでは兄様が浮かばれない…!」

女「だーから、アズサ。この作戦はほとんど、その化け物が企てたものだぞ」

巫女「え?」

女「それ故に、さっきのド派手な登場をしたのであろうに。ああまで非現実的な所業を魅せつけられれば、誰だって疑うぞ」

妹「完全にノリでやってるだろうけどね。兄貴は何時だって自分をダシにして物事解決しようとするクセがある…」ギュッ

妹(兄貴が現れた瞬間、すぐに乗っかった私が言えることじゃないけど…)グググ

巫女「……っ…」

女「……。まあ双方にも思うところがあるだろうが、盗人の思惑通りにことは進んでおらんとワタシは思うがな」



龍鱗里 地下牢


兄「ぶぇっくしぃッ!!」

門番「えぇい! さっきから何を何度も何度もくしゃみしている!」ガンガンガン

兄「……、そんなこと言われても。どっかの奴らが俺のうわさ話をしてるんだろーよ」

門番「ハッ! そうだろうそうだろう、貴様はこの里で誰よりも囁かれている名であろうな!」

兄(この門番の人元気だなー。しっかし、こんな小さい子を門番にして大丈夫かね)

門番「む! 貴様! 今、オレの身体を品定めするかのように見ただろう!」

兄「おい坊主」

門番「なっ…!? い、今なんて言ったんだ貴様……!?」ブルブルブル

兄「だから坊主って…」

門番「………」


バチィッッ!!


兄「あいてッ!? な、なんだ今の弾…!?」

門番「良いか、貴様は『龍頭宗』の隠れ里に居るのだぞ。それが如何に危険なことなのか、理解していないだろう」

兄「な、何?」

門番「里の者達は皆、ほとんど全てが戦うことを前提にした守り手だ。一見、餓鬼にしか見えない姿であっても──」ギャルギャル

門番「──賊に遅れを取るほど、腕は甘くない」バチバチ!

兄「あ痛ッ!? くそ、なんださっきから何を飛ばしてやがる…!!」バチン

兄「黒い、玉?」

門番「フン! 貴様、目は良いようだな。掴みとるなどやるじゃないか!」

兄「…指弾って奴か。君みたいなちっちゃい小僧がやるのは初めて見るかも」ボソリ

門番「ッ~~~~!!! ッ!!!」ビュンビュンビュン

兄「痛い! 痛いからやめて! ごめんなさい!」

門番「はぁ…はぁ…! だ、だから甘く見るなと言っているだろう! このような見てくれであっても、オレは戦うものだ!」

兄「う、うんうん…!」

門番「それにもっとすごい人達だっていっぱいる! 拳だけで岩を砕く人もいれば、数百メートル離れた的に矢を当てる人だって!」

兄「あ。じゃあ何の道具もなく、あの南京錠を砕く人も居たりする?」

門番「ぐっ…居るわけ無いだろそんな物の怪じみた奴なんて…!」

兄「デスヨネー」

門番「……とにかく、里の者達はみんな納得してないけど、貴様は捕虜なんだ。本当に犯人が居るかは分からないけれど」

門番「アズサ様が言うんだ。この門番だってアズサ様から直々に承った…だからちゃんとこなすんだ、ちゃんと、ちゃんとだ…」ギュ

兄「そっか。あ、でもずっと立ってると疲れちゃうだろ、座って休憩してても良いんだぜ」

門番「子供扱いすなっ!!」

兄「痛いッ!!」


~~~


巫女「──つまりは、疑われて捕まることより、自ら牢に入ることよって不都合を起こしたと?」

妹「…多分、犯人はきっと里の人達全員から疑われて、兄貴が捕まることを狙ってたんじゃ…無いかなぁって…」

女「うむ。しかしそうはならず、自ら牢に入った。そこに疑問という予知を残したというわけだな」

巫女「……。確かにそうでしょうが、しかし、そうであっても状況はほとんど変わらずのような…」

女「心配するなアズサ。化け物は見た目通り、精神力もタフだからな」

巫女「…わかりました。里の者達には引き続き、怪しい人影無かったか捜索を続けさせます」

巫女「あ。それとお茶などを用意してきますね、お待ちになって下さい」トトト

妹「はぁ~~~………やぱい、なんだろ、どっと疲れちゃった…」

女「よく頑張ったなイモウト。いやなに、立派に南京錠を問い詰めた話は、流石だと言わざるをえん」

妹「そりゃこっちも必死だったからね…うん…大の大人に説教めいたセリフなんてもう吐きたくないよ…」グテー

妹(これも全部兄貴のせいだ。ほんっとばかじゃないの、後でどんなお返しもらってやろうか)

女「イモウトよ」

妹「…え? 何?」

女「これからワタシが知ってる限りの事実を話す。無論、誰にも言うなよ。アズサにも、化け物にもだ」

妹「事実…?」

女「一度だけしか言わん。質問もナシだ、ワタシもものすごーーーーく困ってるのだ。状況を整理するためにも口に出して、まとめておきたい」

妹「えっと、つまり、今から人に聞こえるぐらいの大きな独り言いうぞって話?」

女「それでいい。──まあ少しは質問も許そう、ワタシも助言は欲しいのでな」

女「実は祭神具の矢を数本、ワタシは所持している」

妹「は? なに、それっ!?」

女「静かに。最後まで聞け、…襲撃されたのだ。今日一日で数回、最初はお前の兄貴だった」

女「次にワタシを含めて二回目の襲撃があった。それも全てこの祭神具の矢が使われた。化け物が言うには気配消しも使え、そして弓の腕も達人レベルなんだとよ」

妹「……っ…じゃ、じゃあその人が犯人なんじゃ…」

女「ワタシもそう思う。そこで【ワタシ個人】として一番あやしい人物は一人しか無い。弓の達人であり、祭神具も誰の手も借りず持ち出せる……」


女「──姉、アズサの姉しか該当しないのだ」

また明日にノシ

妹「姉…梓さんの、お姉さん…?」

女「無論、未だ納得しきれない部分はある。ただ可能性として見るのなら、この里でトップクラスで怪しいだろうな」

妹「待って、違う、それはおかしい、だって南京錠の鍵は龍頭宗の長しか持たない、そう梓さんは言ってたよ…!」

女「イモウトよ」

妹「それにッ! 仮にもし鍵を持っていたとしても壊す必要性が全く無い! だったら誰にもばれない方法で盗っていくはずだから…!」

女「その話はもう済んだろう? あの化け物を陥れるための行為だ、盗むことと、その盗んだ祭神具の矢で化け物を襲う関連性が全く分からんが…」

女「この事件は元より【オマエの兄貴が里の者達から盗人だと疑われる】、その為だけに行われたものだ」

妹「…ッ…」

女「思うところがあるだろう、しかし、この可能性は否定できん。重要なのは、この事件、姉一人では必ず完遂出来なかったハズなのだ」

女「必要以上に破壊された南京錠、盗まれた祭神具の矢、その矢によっての襲撃」

女「この関連性はただ一点に絞られる。限りなくこの里で権力と実力を兼ね備えた人物に違いない、それが梓の姉、そして───」


女「梓の姉に【共犯者】がいる」

女「それは、姉同様に弓の実力を持ち、そして権力を持つ…」


妹「……っ……やめて、ききたくない!」

女「ふん。今の反応で納得がいったわ、オマエ、アズサに何を吹きこまれた?」

妹「な、なに…?」

女「出会って間もないにしては必要以上に庇うじゃないか。共通の秘密でも握らされたか? それもワタシや化け物に言えない、そんな重大なコトを告げられでもしたか?」



『貴女のお兄様は、今宵、命を狙われているのですよ』



妹「…そん、なこと無い」

女「そうか、まあ良い。いずれと分かっていくことだろう、良いかイモウトよ。ワタシは確実に姉が主犯で、共犯者がいると踏んでいる」

女「それがアズサだ。化け物を陥れて何を得るつもりなのか全く分からんが、しかし、里の者たちを巻き込んでの大騒動だ。よほどのことだと言えような」

妹「……」

女「しかし、だ。化け物がこの里たちにとって不都合な存在として処理されることを望む、と推測すれば色々と納得も行く」


女「イモウト。最後にもう一度問う、一体何をアズサに言われた? それが今回の根源となる問題のハズなのだ!」


妹「………」


『この際だから、友達に為らない?』

『【二つは同時に選べない】。どちらも同等に大切でも、私は【本当にしたいことを選んで生きたいんだ】』

『兄貴は兄貴で心配。でも、今の私は──梓さんと友達に為りたいな、って思ってる』

『…妹様…』


妹「──まだ、駄目。私はまだ女さんに素直に言えるほど、納得できない…」

妹「だから、だからもう少しだけ待って、ください。私は最後まで信じていたい、から…」

女「………………………」

女「そうか、そうだよな。ああ、わかっていた、そうだろうともよ」スッ

妹「お、女さん…?」

女「良い。皆まで言うな、ワタシはオマエを信頼している。心から友だと誓えるほどに、この想いに一切の偽りはない」

女「……ただ、なんだろうな、すまんな、ワタシも……」

女「……………」

女「…鬼風情が人間を語るな、くっく、笑い草にもならんな全く」

女「合点承知。イモウトの意気込みしかと受け止めた、だがな、ことは早急に決着を着けなければならんぞ」

妹「うん…」

女「誓ってくれ。どう迷おうとも【化け物の気持ちを裏切るコトだけ】はしてくれるな、アイツはオマエを根っから信じている」

女「……ワタシは裏切ってい良い、ただ、アイツだけは裏切ってくれるなよ」

妹「女さん…」

女「もうすぐアズサが戻ってくる。その迷い悟られるじゃないぞ、心して掛かれ」

妹「…はい」

女「良い返事だ」


ガララ


巫女「お茶を入れてまいりましたー、…えっと、その~?」

妹「ありがとう梓さん。いい香りだね、この緑茶」

巫女「え、ええ、そのつかぬことをお聞きしますが…何かあったのですか?」

女「なにもないぞ。しいて言えば、ふむ、化け物の処置具合などが上がっていたがな」

巫女「ああ、それならば安心を。兄様は確かに我が里の地下牢に居られますが───」

巫女「──その処遇は、ほとんど客人と相違ない饗しをさせて頂きます」

女「ふむ。だが、それでは里の者達に面目が立たないのではないか?」

巫女「その点についてはお任せを。門番に一任させた者に、例え疑わしき者であれど一級のおもてなしを、と言い伝えております」

女「秘密裏に?」

巫女「秘密裏に」コクリ

女「流石だアズサ。ドジっ娘でありながら長としての立ち振舞い、見事なり」

妹「…………」

巫女「それとみなさま、お茶の後はお食事のご用意をしていますので、どうか東母屋の方へとお越しください」

妹「あ、あの梓さん! その…!」

巫女「は、はい? なんでしょうか?」

妹「えっと、ね、その…」

巫女「……?」

女「待て待て。今日は色々とありすぎた、皆、気になることはあるだろうが…まずは食事と風呂をすませようじゃーないか!」パン!

女「──アズサ、この里に秘湯と呼ばれる『露天風呂』があることは、このヴァンパイヤ家当主のワタシ、知っておるぞ?」ムフフ

明日にノシ

地下牢


兄「じゃんけん、ぽん」

門番「あっち向いてホイ!」

兄「フヌゥンンンンンッ!!」ギュアアア メキメキィ!

門番「やった勝───おおいッ!? なんだ今の首の動き!?」

兄「はぁ…はぁ…まだ勝負はついちゃいねーぜ…っ」

門番「明らかに右を向いておいて、どうして今は左を向いてんだ!? こ、恐い…」ブルブル

兄「筋肉は時に不可能を可能にする。覚えいておけ、小僧」

門番「ぐっ…だから小僧と言うなって言ってるだろーが、まったく」


コンコン


門番「ハッ!?」ビックゥウウ

兄「ん? なんだ交代の時間か?」

門番「し、静かにしてろ! 今開ける! 待ってろ!」ガチャ


「大丈夫か、なにか変わった事でも」


門番「何もない。少し物の怪が腹が減ったと騒いだだけだ、そちらの状況は?」

「発展は無し。梓様には困ったものだ、明らかに犯人はコイツ等だと決まっているだろうに」ギロ

兄「ふんふーん♪」

「チッ」

門番「そ、それで? 何の用事があってここに? 見張りはオレ一人に一任されていたはずでは?」

「ああ、その牢に入った『お客人』とやらに飯の施しだ。今、【赤目の異端者】も食っておるわ」

兄「………」

門番「わかった。わざわざご苦労」

「お前も気をつけろ。そいつは我々とは違い、本当の化け物だ。食後のおやつに食い散らかされるなよ」


キィ バタン


門番「………。ほら物の怪、梓さまから有り難い施しだ。受け取るが良い」

兄「あん? 良いよ俺は、一ヶ月ぐらいなら水だけで生きられるし」

兄「それよりもお前が食べれば? ずっとこんなつまんねー場所で立ちっぱなしなんだ、ろくに食事をとってねーだろ?」

門番「何を言うか! 馬鹿者! 梓様の御好意を無下にするつもりか!」

兄「む。そういう言い方されると…」

門番「オレにはこれがある。一口かじれば半日は腹が持つ優秀な携帯食だ、…味はいまいちだが、オレにはこれで十分なんだ」

兄「おー? ちょい気になるなそれ、食わせてくれよ」

門番「へっ? いや、だからな、…美味しくないぞこれ?」

兄「食えれば味なんて関係ねーよ。…こういったら妹ちゃんやらお袋にコテンパンされるけど」

兄「俺的に食指が動かされるのは、甘いモノか興味がそそられるもの、そして妹ちゃんが作った飯だけだと言いっきってい良い」

兄「そして、俺はそれがどーしても気になってる」

門番「…けどコレを食べられちゃうと、オレ、飯が…」

兄「んじゃ交換だな」ニッ

門番「はっ? 貴様ッ、まさか…?」

兄「あんだよ別にそれなら問題ねーだろ? それともなんだ、巫女さんの大切な客人のオモテナシを無下にするつもりか?」

門番「なんという…!!」

兄「本気に受け取るなっての! まあ良いだろ、物々交換だ」ひょい

門番「あ!」

兄「ぱく! もぐもぐ…ふぇぇ…なんの味もしなぁい…」

門番「だ、だから言っただろ! そんなのも、こんな豪華なモノと比べたら…」チラ

門番「ゴクリ」

兄「もぐもぐ、でも慣れれば案外イケるかも。…おいおい、早く食べないと冷めちゃうぞソレ」

門番「で、でもっ」

兄「良いから食えって。巫女さんやら他の奴らには黙っててやるからさ」ニシシ

門番「……っ…」ゴク

ひょい パク

門番「…おいひぃ…」

兄「確かにな。純和風料理とはまさにそれに違いない、思ったんだがそのソースっぽいのコレと合わないか?」

門番「え? どれどれ…」ちょんちょん パクリ

兄「頂きます」パクリ


兄&門番「ッ~~~~!!!?」ぺかー


兄「なん、だと…突如と無味無臭の固形物が、カロリーメイト的な美味しさに激変した…!?」

門番「この味であれば半日と言わず、数日、いや一週間は戦える気がするぞ…!?」

兄「ちょ、ちょっとまってくれ! おい、お前、まさかだと思うが、その山菜っぽいやつ…付け合せとして最高なんじゃね…?」

門番「ば、バカ言え! これは我が里でも滅多に食べれない高級山菜! こんなちっぽけな携帯食とあうわけが…」


ぱくり


兄&門番「うぱぁーーーーーーーいっっ!!」ぺっぺかー!


~~~


門番「うぐぇぇ…何時もは口にしない食事に固形食を食ったから、は、ハラが…」

兄「う、うう…確かに…魔の胃袋と恐れられた俺でさえもこの満腹度…」

門番「……、なあ物の怪」

兄「普通に呼びなさいよ、名前を。俺の名前は兄だっつの」

門番「じゃあ兄」

兄「おうよ、どした」

門番「お前は、本当に、祭神具の矢を盗んでないのか?」

兄「訊いてどするよ。正直に言っても誰も認めねーだろ、俺が化け物なのには変わりない」

兄「あの南京錠の壊れ方は人の範疇を超えてるし、言ってしまえば俺にだったら簡単に出来る。…本当に、指先ひとつでな」

門番「じゃあ命令されたのか?」

兄「はぁ? 誰に?」

門番「お前はやってないという、だけど正直に言えないのは──命令をされたから、あの赤い目の吸血鬼に…」

兄「……。あんたら里の人達が嬢ちゃんに、なんだか色々とゴチャゴチャ言ってたな」

門番「ああ。オレ達は未だに吸血鬼がご神体様に触れることは認めきれてない、表立って声を上げては居ないが…」

門番「…みんな心から恐れてる。赤目の異端者、吸血鬼は【一度怒らせしまえば赤い夜】」を産みだすって」

兄「ふーん。んで、なんだその赤い夜って」

門番「………」

兄「えらく詩的な表現じゃんか、悪い意味で。言いたくなかったら別に構わんけど、ああ、そうそう、別に俺は嬢ちゃんには何の命令もされてないよ?」

兄「例えあんたらが赤い夜だとか、イタンシャだとか、怖がってたとしても──あの子はただの子供だ、俺より年下の、ちょっと頭のいい嬢ちゃんなだけだ」

門番「…ただの子供が、どうして里の大人たちが皆怯える」

兄「それは…」

門番「お前は知らないから簡単に言ってるだけだ、それとも物の怪だから気にしないのか? オレ達は吸血鬼の恐ろしさを身にしみてる…」

門番「あの目は全てを見透かすんだ。心も身体も、自分たちが持ってる弱い部分を簡単に見破ってくる」

門番「───そして惑わされて、トリコにされて、二度とコッチに戻ってこれない」ギュッ

門番「あんな見た目でも、ガキの姿をしてたとしても、…裏は人を食らう鬼なんだ。人の気持ちなんて一切、わからないんだよ」

兄「…鬼、かあ」

門番「……」

兄「そっか。そりゃ恐いもんは恐いよな、俺だって妹ちゃんに三分間意図的に無視されてたら[ピーーー]る自信があるし」

兄「でもな、結局それってわかろうとしてないだけだろ?」

門番「…何?」

兄「【知らないから恐い】んだよ。理解できないから、怖がったままなんだ」

兄「赤い夜とやら里の人達にどんなトラウマを植えつけたかしんねーけど、結局、そればっかりに囚われてねーか?」


兄「どうしてお前らがそんな目にあったのか、どうして吸血鬼とやらが赤い夜を生み出したのか、考えたことはねーのかよ」


門番「…ッ…」

兄「なーんて説教めいたこと言ってみる。ごめんな、何もしらねーから好き勝手言ってるだけだ。俺は嬢ちゃんの味方だから、気に食わねぇなら反論するだけだ」

門番「…良い、全部言えないオレが悪いんだ」

兄「おっ? 案外殊勝じゃんか、怒られると思ってたのに」

門番「最初に好き勝手言ったのは、里の連中だ。つまりオレ達が勝手にお前らを犯人だと言ったんだ」

兄「……」

門番「オレは、オレとしては怒れる立場じゃない。ただ、それでも認めることは出来ない。龍頭宗のひとりとして、気高く生きるんだ」

兄「ん。そっか」

門番「なあ、物の怪」

兄「なにさ」

門番「……犯人、早く見つかると良いな」

兄「ああ、そうだな」フッ



『───~~~…───…』



兄「…」

兄「!!!!??」ババッ

門番「な、なんだ!? 急に立ち上がって…!?」

兄「お、おい…今どこかで人の声が聞こえて…この地下牢から聞こえるってそりゃ…どういうことだ…!?」

門番「え、人の声って…」


『──きゃっきゃっ──…ふふ……』


兄「また聞こえた…!?」キョロキョロ

門番「な、何をそんな警戒をして…別になんでもないぞ、多分」

兄「どういうことだよ!?」

門番「ここの地下牢は西母屋の地下にあるんだけど、その真逆の東母屋の地下には───」



『おー! これが地下秘湯! 見事なり!』

『きゅ、吸血鬼様! 走っては危ないですよ! 転けてしま、おわぁー!?』

『アズサーァ!? お前こそ転けて、ちょおまっ、こっち来るなッ! だぁーッ!?』



門番「ご神体の地下水から汲み取ってる温泉があるんだよ。その排水管がこっちにも通ってるから、たまに声が聞こえたりもするけど…」

兄「……」

門番「けれどよく聞こえたよな。聞こえるっていっても超小さいのに」

兄「………………」


『──ほら、ふたりとも。そんなにはしゃいでると、本当に怪我しちゃうよ』

兄「………」ギュググ メキメキ

兄「なあ坊っちゃんよ」

門番「だから坊主って言うなって、…な、なにその目?」

兄「後生だ! 頼む! 数分間だけ牢から出してくれ! お願い!」ドゲザー

門番「急になにいってんだお前!? はぁっ!? 出せれるわけがないだろ!」

兄「お願いします本当にお願いします! このチャンスを逃したら今後、絶対に訪れない展開なんだから!」がばぁ!

門番「な、なにがあってそんなこと…っ」

兄「い、妹の風呂を覗きに行きたい!!!!」

門番「変態かよお前!!」

兄「だって実家の風呂とか除きに行けば一発にバレるし出来ることじゃないし! 今回は一応は旅行だし、妹ちゃんの隙も大きくなってるはずだもん!」

門番「だもん、てお前は…!?」

兄「お願いします! もお俺が犯人だって言いふらしてもいいから! それなら良いでしょ!?」

門番「良くないだろまったく!」

兄「へェ~ッ…! だったらこっちにだってやることやるぞ、良いのか? 絶対に後悔すんなよ?」

門番「ど、どんな脅しをされてもオレは竜頭宗の一人! 絶対に屈しないぞ…!」

兄「ソウデスカ」

兄「なら巫女さんに、俺の晩飯食べたってチクる」

門番「………お前……お前ぇえええっ!!」

また明日にノシ

兄「そーとなったら口をつぐんで黙って見届けろォ! 俺は此度、妹の裸体を見る修羅と為す!」メキメキメキ

門番「ひぃいいッ!? 背中から妖気みたいなのが立ち上ってるぞ…!?」

兄「良いか? 俺はこーみえて案外、横暴さんだ。妹の為なら地獄にも付いて行く、妹の為なら天界をも撃ち落とす、妹の為なら──」


兄「──例え出ちゃいけない障害でさえ、人間関係又は檻だってぶち壊すぞ!」


門番「一応言っておくが風呂場を覗きに行くのは、ただのお前の欲望だろ!?」

兄「正論なんて聞こえないね! ごちゃごちゃ抜かすとこのまま突っ切るぞ!」

門番「うっ…なんてやつだ…お前が出て行けば、自分だけじゃなく周りの奴ら、その妹さえも巻き込むってわかってるだろうに…!」

兄「大丈夫。なんとか誤魔化してちゃんと戻ってくる」フシュルルルゥ~

門番「そんな顔してる奴が隠密など出来るか! な、何だというのだ…そんなに女体が見たいとでも…!? そこまで飢えてるのかお前は…!?」

兄「…」ピク


『イモウトよ…お前…ちっさいな…』

『!? なに、今なんて言った、の?』

『華奢で綺麗ですね~』


兄「あぁ…あぁんもうだめぇ! 超行きたい! 俄然やる気になる! もう、くそっ、俺は行くぞぉおおおおお!!」ガッ メチベキベキベキッッ!!

門番(なっ、若木の真芯を素材に鋼鉄で加工した檻を握力だけで──本当に逃げられる! マジで脱獄される!)

門番「っ…や、やめろ…!」


兄「うぉおおおおおおおお!!」バキバキバキバキッ!!


門番「あわわわわわ」キョロキョロ

門番「っ───こう、なったらもうっ、どうとでもなれ! オイこっちを見ろ物の怪!!」

兄「あぁンッ!?」ギョロ

門番「…っ…」ギュッ


門番「やああっ!!」ぐいっ がばぁ!


ぽろん


兄「───……」

門番「うっ…あっ…こ、これで…満足して、ほしい…どうかお願いする…」カアアア

兄「お、お前……女の子だった、の…?」じぃー

門番「……、…」コ、コクリ

兄「え、嘘、でも、あれ!? ていうかちょっともう良いから前かくして前! つかどうして下着着けてないんだよ!?」ババッ

門番「こ、今回はお前を監視する目的だから…暴れる必要もないと、晒も巻いて来なかった…」プルプル

兄「必要最低限なセーフティは着けたほうが良いと思います!」

門番「ふ、ふんっ! そうであっても一目から今まで、お前は一度もオレを女だと思ってなかっただろうに…!」キッ

兄「そりゃ悪かったがまずは服を降ろせバカタレッ! いつまで見せるつもりだよ…!?」チ、チラリ

門番「フフ、フハハ! 何やら愉しくなってきたんでなァ…! おい物の怪! 貴様は女体を見るのは初めてかッ!?」

兄「あぁその顔はやけっぱち気味だねッ! 正気に戻りやがれ! もういいもうわかったからしないしない! 脱獄しない!」

門番「ほ、本当かッ?」

兄「いいようもう衝撃すぎて、妹の風呂覗き行く気が無くなっちゃったよ…」

門番「……」イソイソ

兄(びっくりこいた。しかし俺が女性だと気づかないなんて、急に鼻でもおかしくなったか───)クンクン

兄「待て、ちょっと待てオイ」

兄「え、なに、じゃあさっき俺が立ちションした、時、」ちらり

門番「……」ポッ

兄「ぎゃあああああ!? バカじゃないのお前!? 俺ってあの時『ほれ坊主、この大きさはガキには勝てねえだろガハハ!』なんて言って…」

門番「初めてみたから…ちょっと気になって…」ポリポリ

兄「いやぁー!!!!!! そん時カミングアウトでしょうが! んだよもぉー!!」ガンガンガン

門番「か、代わりに胸を見せてやったろ! これでそれなりの報酬は与えてやったはずだ!」ビッシイイ

兄「頭トチ狂ってんのか!? イーブンじゃねえよ、もっと自分を大事にしやがれってんだよッ!」

門番「ううっ…お、オレは戦う者だ! そういった女性的価値は無い、のだから…っ」

兄「じゃあ顔を真赤にせず堂々と言ってくれ! ああもうっ、これが妹ちゃんにバレたらなんて言われるか!」


コンコン


兄「ひぃっ!!」

門番「だ、誰だ?」

兄(イヤナ、ヨカン、スルヨ)ザザザザ

門番「? なんだそんな端っこに寄って───ま、またトイレか…?」ワクワク

兄「期待するんじゃない! さっさとドアを開けて早く! 不安が的中してるかもしれんのだから!」

門番「言われなくても開ける。どうした、確認のノックはしなくとも」ガララ

門番「ひぃっ!!」


「───兄貴」


兄「あいッ!!」

「知ってた? 東母屋には地下温泉があって、パイプが繋がってて、ココの声が聴こえちゃうんだ」

兄「…………ハイ」ダラダラダラダラダラ

「で?」


兄「…で、とは如何なる問いかけかお兄ちゃん困っちゃうなっと…」

門番「…」ダラダラダラダラダラ


「門番さん」チラ


門番「はいっ!!」


「この不精な兄を数時間も面倒見てくれて、ありがとうございました」ペコリ


門番「い、いえ…これが私の仕事なので…はい…」コ、コクコクコク

兄「妹ちゃん? 何故にございましたと、過去形なのですか?」


「あ?」


兄「うん! DIEなのですねこれは! わーい! ──すんませんでしたァァアアア!!」ドゲザー


「……」ぴろりーんぴろりーん


兄「写メはやめてください! どうか兄の土下座姿を写メに収めるのはおやめになってください!」

東母屋 地下温泉


女「ふむ。突如、走りだしたと思ったが構造的に西母屋に向ったようだな」

巫女「急に静まり返って爆走し始めたのは驚きましたが…」

女「時にイモウトは化物のことになると、化け物以上に勘が良いらしい。本人が言っておった」チャポ

巫女「ご本人とは?」

女「どっちも、兄妹もろともだ」

巫女「仲がよろしいのですね」ニコ

女「だろうな、羨ましい限りだ。なあアズサよ」

巫女「……はい、そのとおりですね」

女「そういやアズサ、オマエは風呂に入らんのか。巫女服のまま水場まで来おってからに」

巫女「あ、あたり前でしょう吸血鬼様! お客人と同じ湯船に浸かるとはもってのほかです!」

女「あーいい、良かろう硬いこと言うな。面倒くさいやっちゃな相変わらずに」

巫女「もてなす者として当然の行為ですっ」

女「一応言っとくがな、別に気にせんぞイモウトは。例え【どのようなモノ】であってもアイツはちゃんと聞く」

巫女「………」

女「このワタシが言うのだ。信じられんか、認めきれんか、幼馴染の言葉を」

巫女「いえ…その…妹さまがどうであれ私は…私は、この【身体】は人の目に見せてはいけないものですよ、吸血鬼さま」

女「しかしだな、その事実を語らん限りは…」

巫女「ご理解お願いします、私はこの身体を受け十数年と経ちました」

巫女「──龍頭宗の長として努め、生きる、その覚悟はむしろ身体があるからこそなのです」

巫女「妹様は仰ってくれました。私と、このような辺鄙な山の奥地に住む世間知らずは私に…」

巫女「友達になってくれる、と。ああ、それがどれだけ嬉しいことか…心救われる言葉か…」

女「………」


ちゃぷ ちゃぷ


巫女「どうか一つ願わくば、妹様の前だけでも普通でありたい。愚かにもそう望んでしまっているのです」

女「良い、分かった。すまなかったなアズサ、確かにそのとおりだ」

女「その願いはワタシも共感できる、共感どころかむしろワタシ自身の願いでもある」

女「…そうか、そうだろうな、じゃなくてはならなんよな…ワタシ達のような生き様に、くす…アイツはまぶし過ぎる」

巫女「吸血鬼様…」

女「ん。じゃあこの話は終いだ、オマエも心が決まればぶち撒けるが良い。アイツは『へー兄貴に比べれば普通ですね』と、さらっと言うぞ」

巫女「それはそれは…くすくす…お兄様のような方と比べらてしまっては…」

女「ふむ。世界は思うほど広いようだ、一度、壁を超えて見渡さんと永遠に井の中の蛙。大海を知らずして不幸を語るな、だ」

巫女「はい。心命じておきます、吸血鬼様」

女「おう。つーこって【ここからが本題だアズサ、ヴァンパイヤ家現当主として【命を投げ出して答えよ】】」

巫女「……」ピク

女「命令だ。無様に死に体を望むのなら構わんが、どうせなら赤い夜でさえも起こしても良いが、どうするアズサよ」

巫女「──何なりと」スッ

女「よい返事だ。今宵はまだある命に感謝して眠れ」スッ


パシャ ぱしゃぱしゃ…


巫女「……」ビクンッ

女「【私】が此度、この隠れ里で強襲された回数を知っているか?」

巫女「いえ、初耳でございます」

女「それはすまない。答えは2回、ドラゴン・ブレス調整中に気配を消す能力を持った者に闇討ちされかけたのだ」

女「───さきほど、錠前が壊された倉庫から盗まれた祭神具によって」

巫女「……」

女「実に腹立たしい。実にご立腹だよ吸血鬼様はな、例え里の連中に快く思われておらんでも──殺されるのは腹立たしい」スッ

巫女「……」ゴク

女「オマエ、知ってるのか、なにかを」ジッ

巫女「何を、でしょうか、吸血鬼さま」

女「知らんぷりか? ならば腹を括れ、次の質問で【私が納得できなければ】【里を滅ぼす】ぞ」

巫女「……っ…」

女「出来ぬと思うか? 出来ぬと高をくくるか? 出来ぬと、私のような人間に出来ぬと思いきるか?」

女「では手始めに。私の覚悟を健気に証明する、この地下温泉で息を潜め監視する里の者、ふむ、予想するに三人ほどか…」

女「殺すか」スッ

巫女「──吸血鬼様ッ!!」バッ

女「我は現代に生まれし誉れ高き、吸血鬼。価値を惑わし破壊する者、如何なる道徳性も無いものと知れ」

巫女「どうかお言葉を、私の言葉をお聞き入れ下さいまし…っ」

巫女「私は強襲などは知りません…ッ! しかし、貴方様が何かを隠していることは気づいてましたが、そのような事実だったとは少しも…ッ!」

女「なぜ訊かぬ。訊けば答えるのが通りだろう、ならば端から疑い事実を揉み消したいと願うのはオマエではないのか、龍頭宗の長、アズサよ」

巫女「な、何一つとして、私や里の者達に…何もやましいことなど…っ」

女「ほう。懇願する立ち振舞は様になっておる、少し憐れんで見せるかどうだろうか」

女「ハン! どうしたものかと悩んだが、やはり粘着するような視線が気に食わんので、一人殺すことにした」


パチン


女「【そこの】【オマエ】【今から】───【溺れろ】」


「っ…あ! …ぅ、そだ、ボゴボゴゴゴブグググ…」


巫女「吸血鬼さまッ!! なんと、ああ、なんてことを…っ!!」

女「死ぬぞ、可愛い里の者たちが無様に自ら望んで溺れ死ぬぞ」

女「さて質問だ。もう一度訊く、私は此度この村で襲われた。その指示を行ったはオマエか? アズサ?」

巫女「あぁああっ…わ、わたくしはなにもっ…なにも…なにも知らない、のです…っ」ブルブルブルブル

女「【オマエ】【オマエ】【今から】【隣のクビをシメろ】」


パチン


「がっ!? ぐっ、や、やめっ!?」

「ぐぅううっ!? なにを…!?」


巫女「あぁ…あああ…っ! 吸血鬼様! どうか何卒…ご慈悲を! どうか何卒…!!」

女「良い清さだ。望むのであれば施さんでもないな、では、皆全てに己の喉を掻ききれと命じるか」

巫女「……なに、を…」

女「分からんか。死ね、と言っている」

女「──不必要な存在など価値無し、自殺という最大級の罪を行って地獄に落ちるが良い」

女「良いか、訊け、心して訊け、アズサ」ナデナデ

巫女「ッ…ッ…」ガチガチガチ

女「私は怒ってるんだ。さいごに幼馴染の好でオマエの願いを聞いてやっただろう」

女「───全てをイモウトに知らせずに、友達のままで殺してあげるんだ。感謝するが良い、私の優しさにな」

巫女「吸血鬼…様…」ゾク

女「いい顔だ。私が見たかったのはそれだよ、アズサ。簡単に絶望されては気が済まない」

女「一つでもいい。何か死にゆく理由に救われるものがあり、抗う気力も無くし、小さく納得を迎える」

女「それが私が望むオマエ達の制裁だ。一人ひとりに問うてやろう、オマエが死ぬ際に何を望むとな」


女「───これぞ世直し、作り直し。全ては私の手の中で、踊り狂い、そして死ね」


巫女「あ…ああ…」

女「そうか。ならもういい、とっと逝け」



バチン!!



女「ハイ、オワリだ」フゥ

巫女「───……ッ!?」ババッ

女「どうだ? 数年ぶりに吸血鬼道具【第六式】を使ってみたが、ふむ」

巫女「…………………」ボーゼン

女「意外と効果テキメンだったようで何より。ふん、ワタシの見せた【幻覚】は相当答えたと見える」

巫女「…吸血鬼様…今のは、一体…」

女「私が湯けむりに乗せてトランス状態に持っていく『香辛料』を使用した。これがちと特殊でな、精製法はとある原住民しか知らん」

女「残量も少なく使用頻度が限られた高級品だ。この生産だけに我が財産の3%は持っていかれる」

巫女「なん、と…悪趣味なモノを…私の感覚では…一度貴女の手によって…」

女「死んだろうな、抵抗することもなく。ブレンド次第では極楽浄土に誘われる夢すら見せるぞ」

巫女「………」

女「監視しておった奴らも尻尾巻いて逃げおったか。こりゃ明日か夜に殺される覚悟を決めとくか、くわばらくわばら」

巫女「何故、このようなことを、吸血鬼様は…何を望んでおられるのです…」

女「すべてを話せ」

巫女「…え…」

女「ワタシの覚悟は伝わったはず。今宵から里連中は確実にワタシを殺しにかかる、くっく、それだけじゃない」

女「他の宗の『鷹李雲』『櫛羅渦』の長たちも動き始めると見るが、どうだ?」

巫女「…知って居られたのですか、貴方様は」

女「なーに、ワタシが太陽の下に出るリスクとしてはとっく昔に考察済みよ。そして端から覚悟の上」

巫女「……」

女「此度がワタシが原因ならば静かにしてたとも。どうせ口ばっかのジジババだ、脅せば古巣に逃げ帰る」

女「だが違うのだろう。ワタシじゃない誰かが目的にされてるに違いない、ワタシはそう考える」

女「化け物。アイツが今回の標的になった、この回りくどさは、長連中らしいやり口だからな」

巫女「…手紙が、届いたのです。彼の者を監視し、多少でも怪しければ即刻処分せよ…と…」

女「己の手を汚さず、手柄だけは独り占めか。かっか、まさに畜生の体現者よ。今度土産を持って顔を見せに行くか」

巫女「…私は…」

女「なに、そうも怯えるな。ワタシが龍頭宗に化け物を連れて来るとアズサに言ったのが元の原因だろうに」

巫女「し、しかし、この重大なことをひた隠しにし、よりにも吸血鬼様にすら報告をせず…っ」ギュッ

女「だがイモウトには教えた、違うか?」

巫女「っ…!? そ、そこまで既に…!?」

女「えらくオマエを信用してたもんでな。思わず嫉妬せざるを得なかったわ、ワタシだってトモダチになったのだぞ!?」プンスカプン

女「一つの持論をゆーてみたら『あり得ないあり得ない!』…全力否定されたわ、あぁ、他人免疫ないワタシ泣いちゃうぞ…」

巫女「…っ…その持論とは、私のことなのでしょうか」

女「無論。襲撃にしろ祭神具の強奪にしろ、全てはオマエが仕組んだ罠だと」

巫女「吸血鬼様…」

女「しかし、オマエはただの協力者だろう」

女「オマエの姉が仕組んだことだとワタシは思う。だから訊かせろ、何を望んで化け物を陥れる?」

巫女「わ、わたくしは…」

女「幻覚であっても一度、ワタシはアズサを殺した。死に際でさえも漏らさなかった事実、一体そこに何が潜んでる?」

巫女「……」

女「答えられんか。だろうな、すまんな知ってて訊いていたのだ。だったら本人に訊くしかないだろう」

巫女「…っ…」

女「【今から出せ】、【わざわざ本堂に行かなくても】、【姉の人格】は出せるだろうに」

巫女「…だ、駄目です、例え呼び出すとしてもきちんとした手順を踏み本堂にて…」

女「イモウトに知られたいのか」

巫女「それは…ッ」

女「脅すようで悪いが心に決めろ。オマエの姉は確実に企んでいる、それをどう解釈したか知らんがオマエも共犯者になる」

女「寝ているのなら起こせ。叩き出してワタシの前に持って来い、ならば【そっち】の身体に直接呼びかけることも厭わん」

女「ワタシだけの覚悟はとうの昔に決めた、だがワタシ以外の者が関わる覚悟は───初めてなんだ…」

巫女「……」

女「オマエを幻覚に嵌めて殺めたことも、それ故に、自分で自分を戒めるため。自ずと吸血鬼として悪辣な思考に至る為…」

女「あぁ、嫌になる、この思考はまさに極悪非道だ。問題解決に命を軽く見るとは、…例えそれが衝動だったとしても…」

女「自分が恐いよ。加減をしらないガキが力を持ったばかりに、他人を思いやる仕方が分からない…」

巫女「…吸血鬼様、私は…」

女「どうか、どうか頼む。この通りだ、ワタシが…太陽の下に出てこれたワタシが最初に…初めて決めた、覚悟なのだ…っ」ググッ


女「──人として、友とその兄を、助けたい」グリッ


巫女「……」

巫女「顔を上げて下さい…そのようなことを現当主がやっていいわけ無いでしょう…」

女「駄目だ。オマエが良いと言うまで絶対に上げん、これっぽっちもだ」

巫女「──……吸血鬼様、私は、本当は、」

カンカンカンカンカンッッッ!! カカカンッ!


女「むっ!? なんなのだ一体…!? 警鐘か、コレは!?」

巫女「五回…ふたつ目の…」

巫女「──侵入者です吸血鬼様! この里に不審なものが現れた、と…!」ババッ

女「侵入者だと!? このタイミングで実に腹立たしい! なんだというのだまったくもって!」

巫女「場所は…西…西母屋の地下牢、ですって…!? まさか、ではお兄様や妹様が…!」

女「くそ、狙ってか! これもどうだ心当たりないのかアズサッ!」バシャァアッ


ダダダダダダッ


巫女「くっ…こ、答えられません…!」

女「ほんっとバカタレだなオマエは! ったくもー! イモウトに知られても知らんぞーッ!」

巫女「す、すみません…本当に長でありながら本当に…」

女「もういい! だったら侵入者に直接訊くことにするわッ!」

巫女「え…それは一体、どのような方法で…?」

女「マントだけ羽織っていくか。ん? な~に言ってんだ、オマエは」

女「───相手はとんだ間抜けだ、一体誰に喧嘩をふっかけたのかわかってない!」


~~~

妹「信じらんない。なに、出会って間もない相手の裸見るとか。変態、バカ、露出見たがり変態ばか」

兄「うぐっ…ひぐッ…ぼぇんばばぁい…」ボロボロボロ

門番「あの、それじゃ、オレが変態みたいな」

妹「とにかく兄貴。今は里の人達全員に疑われてるんだから、今だけでも静かにしててお願いだから」

兄「ばぁいッ」グスグス

妹「……。信じられない、ねえ門番さん鋼性のチェーンとかある?」

門番「鋼性のチェーン!?」

妹「それすら壊すけど私が直接かけたら、兄貴は絶対に壊さないから」

兄(よくわかってらっしゃる…)

門番「そのような高価なものは…」アタフタ

妹「そっか…」

兄「ね、ねえ妹ちゃん? さっきから気になってたけど、その、バスタブ一枚巻いて居続けるのやめない…?」オドオド

妹「変態」サッ

兄「兄としてのまっとうな意見だよー! 聞いてあげて叶えてあげてぇー!」

門番「お、お客人! とにかく事の事態はオレにも責任の一端が有ります! だから、罰するのであればオレ諸共…!」ペコペコ

妹「……」

妹「本当に兄貴って酷いよね。こんな可愛い女の子まで毒牙にかけて、自分の身を守ろうとするなんて」

兄「あーんもう最初から俺の評価が駄目だ! 門番ちゃんもう俺だけ背負うから逃げて! どこか遠くへ!」

門番「逃げれるか物の怪! 元よりオレの仕事だぞ、最後までちゃんと突き通してみせる!」

兄「立派だけど場所と時間を考えて下さい! 君が話すたびに俺の立場鬼下がりしてるから!」

門番「ぐっ、じゃあ分かった! 正直に話して謝ってみせる、それが、アニキもアネキも一番の方法だって言ってたし…」

兄「待てぇええええ! 一番しちゃいけない方向性に持って行こうとしてるよねそれ!?」

妹「…なにしたの、兄貴…」

兄「してないしてない不可抗力! 全然意図してないから平気平気!」

門番「じ、実はコイツのち、ちんこ…を…」カァァア

兄「にゃああああああああああああああああ!!!」



カンカンカンカンカンッ!!!



妹「───え、なにこの音」

門番「……。侵入者だッ! しかもここから近い、嘘だろ、こっちは迎撃用の準備は───」



ストンッ


門番「ぇ」チラ

門番(地下牢の廊下に、いきなり人影、マントで顔見え、刃物、危、嘘、死、狙いが…)

妹「……ぁ…」ビクッ

門番「危なッ! 逃げ…ッ!」ババッ



バァギィイイイイイイイイミチミチミチミチミチミチ!!!

バッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



『……!?』

兄「───……死ぬ気で気張れ、本気で殴る」



ブゥンン! ドッッッッッバァアアアアアアンンンッ!!



門番「ひっ」グググッ ブワァッ

妹「兄貴…!」


パラパラ… ガララ…


兄「チッ、ぎり避けたか。目がいいなアンタ」ブンブン

『……』スチャ

兄「お? 対戦すんの? 逃げたほうが良いと思うなあ、誰も言葉を耳貸すつもりないから」

妹「兄貴! 絶対にこ、殺しちゃ駄目! 絶対だからね…!」

兄「アンタ体格的に男だな。気配を消す技術は一級品だ、侵入されてて感知できなかったし」

妹「兄貴ッ! 兄貴ってば! 聞いてるの!?」

兄「つーことはアンタが真犯人。蔵の祭神具盗んで俺達襲った奴、決定な」コキッ

『……』シュバァッ!

兄「ん」ザクゥ!

『……!』ピクッ

兄「刺さんないよ。肌で止まってる、ついでに筋肉の繊維で挟んで動き止めてるから」グュググメキィ!

兄「んで一発は一発返しだ!」ブォン!


ドッッゴオオオオオオンンンンッ!!


兄(簡単に獲物放すんじゃ、本命は未だ隠し持ってると)ぽいっ

兄(いちいち床殴って土煙出してたらきりがねえ、妹ちゃんも門番ちゃんも鼓動が聞こえるし平気っと!)ヒュン

兄「投げナイフ…暗殺はお得意ってか、ならアンタは失敗だ」

兄「アサシンらしく息を潜めて狙うんだったな。俺の目の前で大事なもんを手を出した代償は、ちとデカすぎる」

『……』ぶわぁっ

兄「んおっ!? 正面対決ってか!? いーぜ堂々とやり合おうぜ、なァ!?」ニィイイイ

門番「けほっ…こほっ…一体何が起こって…」

妹「……」

門番「あっ! 客人!? 怪我などされておりませんか!?」

妹「ばか、ばか、本当にばか…」ブツブツ

門番「え?」

妹「声が聞こえてない、本気でキレるの久しぶりすぎて、ああもう、どうしたらっ」ブツブツ

門番「……」

門番「あ!それなら!」ピコーン

妹「ん?」


~~~


兄「一発ぅううぅうぅうう~…ッ! 二発ぅうぅうううぅう~…ッ!」ドガンッッ! ドメチィッッ!

『がっ…はっ…ぐっ…』

兄「お? 二発耐えんのすげーなアンタ! エメトさんみたいに衝撃受け流しとかしてんのか!」

『っ…っ…』ガクガクガク

兄「………」

兄(あ。やばいな、これはやばい、手加減できない奴だ。そして俺も忘れてる流れだ、ははっ! どうしよう! 妹ちゃん…!)ポロ

ポロポロ…ポタポタ…

兄(ちょっと妹ちゃんを殺意ムンムンで刃物向けちゃったから、うん、俺止められない! ああ妹ちゃん近くにいるなら俺を…っ…)グスッ

兄(人を殺す前に、どうかいつものように───)ギチッ!

兄「あぁ…大好きだよ、妹…」


スッ


兄「だから、アンタ。死なないでくれ最後まで」

『はぁッ…はぁッ…はぁ…ッ』

兄「良いお兄ちゃんで居るために、うん、死ぬな」ニコッ




妹「コラアアアアアアアアアア!! すっぱり諦めるなぁああああああ!!」ババッ




兄「え、ちょ、前線出てきちゃ駄目だって妹ちゃ」パァアアア

兄「──キャアアアアアアア!? 何故に裸、ぶっはッ!」ドタリンコッ!

『…!?』

妹「あぁもう! 妹のは、裸みたぐらいでぶっ倒れるなばかあ!」カアアア

『……!?』

門番「やった成功だ!」グッ

兄「…!? …ッ…!?!」ビクンビクンッ

妹「とっとと起きろバカ兄貴! い、色々言うことあるけど、これでまともになったでしょ! 少しは格好いいところみせてよ!」

兄「──ああ、そうだな」バッッ

兄「すまん。本気になり過ぎた、今から手加減すっからさ」ニッ

『……』スッ


兄「んっ!!!!」ダァアアンッ!


『っ!?』バキバキバキッ…!

門番(金属系の破壊音っ? けど相手はまだ何もして…)

兄「出そうとしたな、本命の獲物。つぅか【出させるかよ】、二度と妹ちゃんの前で刃物見せるんじゃねえ」

『…貴様、懐の刀を手刀で…化け物め…』

兄「そりゃ褒め言葉だろ、ちっとは怯えろ暗殺者さんよ」

『チッ』バッ

兄「おーっとと、逃げれると思ってんのか。ここは地下牢、出口は一つだぞ」ズササッ

兄「無事に出たきゃおとなしく捕まっとけ。抵抗するなら骨の十数本、覚悟しとけよ」

『………』

兄「チッ、余裕だねアンタ。幾らでも逃走手段はあるみたいじゃねーか、ならいっぺん試してみるか? おっ?」くいくいっ

ガタタタッ!

女「──無事かイモウト! 門番とやらも!」

巫女「ご無事ですか皆さん!?」

妹「あ! 女さん! 梓さんまで…!」

巫女「妹様! はやく此方に! すぐさま護衛の里の者たちが来ますから…!」


兄「……」ジリジリッ

『………』


女「化け物、そやつが今回の黒幕か! 何としても捕まえろ、絶対に逃がすんじゃないぞ!」

兄「わかってる。けど保証が出来無い、さっきら妙に勿体ぶんってんだよ。この人」

女「ハッ! そんなモノとうに承知! ──雑兵よ、キサマはワタシの到着を待っておったな!?」

『……』

兄「なに? どういうことだ嬢ちゃん?」

女「全員集合が此奴の目的よ、その懐に爆薬でも隠し持ってるのか? それとも毒霧の小瓶か! まるごと全て一網打尽がお望みか!」

巫女「爆薬…!? な、ならば早急に避難を…!」

女「化け物わかっておるだろうな! 何としても自爆はさせるな、生きたまま証人としてひっとらえよ!」

兄「…わざわざ煽って言ってくれるな、嬢ちゃん。けど、それならそれでやるべきことは決まったぜ」グググッ

兄「全力で身ぐるみを剥ぐ。力技になるからか弱い女みたいな悲鳴あげてくれるなよ」ズッドォオオン!!

『………』スッ ゴソゴソ 

兄「させるか馬鹿野郎ッ!!」ブゥン!


カチリ! ボワワワワン!


兄(な、に…煙幕だと!? しかもノータイムで爆発とか高性能過ぎる! くそっ、皆の安全を優先にっ!)キョロキョロ

「きゃあああ!」

兄「ッ!? こっちも勿体ぶらず使うぞッ! 一日限度二回の筋肉振動波ッ! パアアアアアアアアアアアアッ!」


ブルッ! ボッ! ドッパァアアアアアン!


兄「よし、霧が晴れ!」


女「──む? ワタシのマントが…」

巫女「突然真っ暗闇になりましたが!? 一体どのような事態になりましたのですぅ!?」

門番「アズサ様ァー!? す、スカート袴が頭の上にまで捲れ上がっ、オレも裸になってるぅー!?」


兄「…あ…」チラ


妹「…………………兄貴…ッ…」ブルブルブル

兄「あ…」カァァア

妹「…また見た…っ」ササッ

兄「違う違う違うッ! 分かってこの状況凄い不可抗力! こんな被害思ってもなかったよマジで!」

妹「い、言い訳するよりあっちッ!!」ビシィッ!

『……』ダダッ

兄「あいッ! 今からとっ捕まえますッ!」ババッ


~~~


『……』タッ タッ タタンッ

兄(クソッ、脚が速い。このまま森に入られて気配消しもされたら逃がしちゃうかも知れん)

兄「こっちは筋肉疲労で走るのも辛いんだぞ、まったくッ! だったら死なない程度に死んでくれアンタッ!」ガッ!

兄「──そぉおおれぇえぃいッ!!」ブォン! ボッ!!


兄(岩の砲弾だぞッ! 掠っただけでもバッキバキになると思───)

『……』チラ


ガッ! バゴォオンッ!


兄「……、はい?」

『……』スッ タタッ

兄「今…嘘だろ…砕いたのか岩を素手で…」

兄(しかも岩は俺が投げて威力があった! でも簡単に砕かれて、相手さんも負傷してるフリも無し…!?)

兄(さっき地下牢でタコ殴った時も、受け流しじゃなく、単純に耐久力が馬鹿高いのかッ!?)

『……』タタタタッ

兄「ッ! 考えてる暇はない!  まずは捕まえないと、」


カンカンカンカンカンッ!!


兄「…!? あれは…煙…火事かありゃ…? …ッ!!?」バッ!


『……』ジッ


兄「テメェ…! 火ぃ着けて回りやがったなァ! クソがッ! そうまでして逃げ果せたいのかよオイッ!」ギリリッ

兄(どっちを取る考えろ俺、アイツは出方を伺ってる。理由なんて馬鹿な俺には分からん、チャンスなのは変わりない!)


『……』カチリ ボォオ… ギリギリギリ


兄「弓!? 矢尻に火が──ああもう分かったぶっ飛ばすッッ!! そこから動くんじゃねェぞゲス野郎ッ!」

兄(距離にして十メートル、俺なら全力三歩で近づけるッ! その勢いを持ってして、)

兄(テメーの意味不明な耐久力を上回った威力を文字通り叩きだしてやるよォオオ!)グググッ


ダァン! ダァン! ダァアアアンッ!


兄(近づけた! このままぶん殴って、)フワ…

兄(匂い? 異常なほど『コイツの周りが変な匂い』がする)

『……』チラ

兄(こっちを見やがった!? どうするこのまま、それとも様子見を──否ッ! 押し通すッ!!)

兄「あるぅうあああッッ!!」ブゥン!

『ぐッ!? があああああッ!?』


ギュン! ドコーン!


兄「っ…はぁ…はぁ…クリーンヒットした…けど、なんだ違和感が…」クンクン

兄(ぐぅ、変な匂いが周辺から漂ってやがる…コイツ一体なにを撒いたんだ…?)

ビュウン!

兄「ッ? ──矢が飛ん、……あ」

兄(もしかして火山のガス、じゃ)


ヂリッ! ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!

モクモクモク…


『はぁ…はぁ…』ガサガサ

『(流石に天然ガスによる爆発じゃ木っ端微塵に、)』

『………』バッ!ギリギリギリ!


「──うん、よく弓を構えてくれた」

兄「正直、爆炎から飛び出してアンタの頭を殴ってやろうかと思ってたし」スタスタ


『死なないのか』

兄「ごめんな。この程度じゃ無理なんだぜ」コキッ

『…化物め』

兄「アンタが言うなよ。ちょっとわかってきたんだ、その耐久力の正体って奴」

『……』

兄「身体が【二つ】あるだろ、アンタ。動きまわる人間と攻撃を受ける人間、まるで一人の姿のようで」

兄「そのマントの下に二人居る」

兄「だから俺の攻撃を食らって動き回れると見た。おい、大丈夫か? 死んじゃいないだろうな片方は」

『戯れ言を』

兄「あっそ。認めないならそれでいい、二人いると分かったなら、他にやり方はある」

兄「──例えば、」ギュンッ! ボッ!

ビュウウウウンッ! …カーン!

兄「おっと、避けるか。…今投げた石ころ、もう一人のやつに当たりかけたぞ」

『……』

兄「既に分かれてるんだろ? マントの下はアンタ一人、片方は後方から俺をクビを狙ってた」

兄「そういった手合はとことん騙し合いを続ける。けど正体がバレちゃ、ただの悪手だ」ギュググ

兄「──勢力を分担して、俺に勝てるわけねーだろ?」ダンッ

『…ッ…』ヒュバァ!

兄(苦し紛れの一矢報いるって奴か。そんなの避ける必要もなし)ザクッ

『……!』

兄(例え、矢尻に毒だろうが麻痺だろうが即効性の麻薬が塗ってあっても『俺には効かない』)

兄「気合入れろよアンタ」

兄「───死なない程度に、死んでくれ」ブゥン!

『………』

『───全方位、一斉射撃』

兄「…え…?」


~~~~


巫女「火事ですって…?」

「は、はい! 火の移りが異常に早く、どうも仕組まれていたようにも…!」

妹「梓さん! 私達も早く消火にしに行きましょう…! 貴女が指揮すればもっと迅速に対応できるはずです!」

巫女「…で、ですが」

妹「ど、どうしたんですか?」チラ


女「……」


巫女「吸血鬼様、私は、」

女「構わん。この際だ、この騒動中に『バレたら不都合な証拠』を消し去ろうともな」

巫女「……」

女「里の長として最善の行動をしてこい」

巫女「わかりました。では、行って参ります」バッ

「此方です! 梓様!」

巫女「ええ、私は火力の高いトコロへ向かいます。あなた達は逃げ遅れた者達の救助を」

「は、はい!」


ドタドタドタ…


女(火事か。元より自分の命より証拠隠滅が目的だったか、舐められたものだの)

妹「…女さん」

女「イモウトよ。ここも本堂であっても木造建築、風が吹けば火移りする可能性も否めんぞ。早く…」

妹「女さん!」

女「……。私は正直に言ったまでだ」

妹「どうして、なんで、今回の犯人はマントのやつだってわかったでしょ…!?」

女「正体が見破れん限り、龍頭宗に否がないと断言出来んだろうに。私は疑ったままだぞ」

妹「だからってあんな言い方は…!」

女「イモウト。ワタシは『今回の襲撃、祭神具の強奪』が全くアズサが絡んでいないとは思っておらん」

女「むしろ主犯格の一人だと睨んでおる」

妹「…ッ…」

女「少しは頭を冷やせ。…化物の件はワタシも耳にした、何時まで友情ごっこを続けるつもりだ」

妹「……何?」

女「今は人の生死が重要だろう? オマエは頭が冴える。ワタシの側から離れず、逐一に助言をくれ」

女「──アズサを一切信用するな、絶対だ」

妹「…っ…っ…」フルフル

妹「酷いよ、そんなの。なんで信用しちゃ駄目なの? 友達なのに、梓さんを疑わなくちゃいけないの?」

女「情を絆されるな、我々は影に潜む世に認められない人間たちだぞ。常識外をいともたやすく手にかける」

妹「ッ…そうだね、そうなんだろうね。だってこんなにも人の気持ちがわからないんだもん…!」

女「なに?」

妹「友情ごっこ? 女さんにはそう見えても、人はそれが当たり前なんだよ…?」

女「…」ズキン

妹「なにもかもわかったフリして、人の気持ちを否定する女さんにはわからないだろうけどね…!」キッ

女「そうか、よく言ったイモウトよ」スッ

妹「ッ…!?」

女「ワタシは現当主、世に生まれる歪曲された『事実』を修復する吸血鬼なり」

女「少し、知りすぎたな。人は認められぬ現実に晒され続ければ、いずれと同類に相成る。…オマエもその一人だ」

妹「なに、するの…?」

女「どうとでも。後でオマエの兄貴に肉片へと様変わりされても、ワタシは今のオマエを守ろうと思うよ」

女「だから記憶を飛ばし、家へと送り返す。既にマミーとエメトに連絡は入れた」ピッ

妹「そんな…っ!」

女「あと数時間で迎えが来る。この非常事態に些か遅すぎる報告だが──オマエの言うとおりワタシも狂っていたようだ」

女「なにもかもわかったフリして、人の気持ちを否定していた」クルッ

妹「あ…」

女「事実なんてものは全部話せば友情か? 知られたくない秘め事があるからこそ、友を求めるのではないか?」

妹(私、言い過ぎた、そんなの女さんだって…)

女「押し隠したい事実など、誰も知りたくない。けれど今は『オマエの命』が関わってる」

女「…ワタシこそ友情ごっこにほだされていたな」

妹「女さ、」

ぐるん バタン…

妹「…っ…おぇ…」

女「魅惑の瞳。微細な電流をオマエの体内に流した、気分が悪いだろうがじきによくなる」

妹「女…さ、ん…っ」ブルブルブル

女「すまんなイモウトよ。ワタシはアズサもイモウト、どちらの気持ちも汲み取るつもりだ」

女「アズサには知られたく無い事実がある。暴くにはオマエが邪魔なんだ」

妹(ああ…視界が暗くなって……)

女「……。は、ははっ、これが友情にしては」

女「なんともまあ、歪な結果になったもんだ」

妹(…ごめ、んなさい…)スッ


~~~


『一斉射撃』

兄「…え…?」


ヒュバババババババババババ!!


兄「ぐぁああああっ!?」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ!

兄(何処からとも無く無数の矢…ッ…一体、何が起こって…!)

兄「ぁに…っ?」くらぁ

バタン!

兄「はッ…がッ…ぐぅッ…!?」ガクガクガクガク

『…数千種類の毒には対応できないか』

兄(どうなってやがる!? 俺には毒は効かないはず、が、まさか──)


がさ がさ

がさがさがさがさがさががさ!


兄(物陰から、草むらから、一人二人──数十人以上のマントの奴らが…!?)

『我々は全にして一、一にして全』

『痛みも苦しみも全て分け合える』

『一つにして全の可能性』

兄「はぁッ…はぁッ…か、カカッ! これだけ襲撃者が居て誰一人、里の連中にバレてないってーのは…ッ」

兄「──ちっとばかし、できすぎた話じゃねーのかよ…?」

『未だ口を開けるか』

兄「俺の良さは力自慢じゃなく、耐久力にあるもんでね…ッ…腕力はそのオマエだ…っ!」ガクガクガク

『………』

兄(不味い、非常に不味い! 身体の自由より、数分間この場に縛られるのが!)

兄(この人数が『あのスピード』と『耐久力』を持ってるなら、人数が減っても殺す気でやらんとみんなが…)

『始末させてもらう』

兄「く、くく、どうかな…短刀も弓も毒も、俺を殺すには役不足だぜ…?」

『確かに。そのとおりだ、我々もそれなりのモノを用意する』

兄「…ぁに…?」チ、チラ

『……』ゴキゴキィン!

兄(見るからに握力やばそうな奴がこっち来てる…南京錠ぶっ壊したのはコイツか…)

『足の関節計六個。腕の関節計六個、運動性のに関わる部位を破壊する』

『──耐久力に自慢があるのなら、耐えてみせろ』

兄「…っ…」ダラダラ

兄(どうしよう、まずい、この事実を嬢ちゃんに伝えなくちゃならんのに)

兄(流石に死なないだろうけど、俺が動けないのをいい事に滅茶苦茶になるのなら──)

兄「いっそ…殺してしまったほうが良いかな…」


『…っ…』ピタリ

『どうした? 何を躊躇ってる?』

『……気配が尋常じゃない。今手を出せば嫌な予感がする』


兄「………」ニ、ニヤ


『では放置するか?』

『不確定要素は取り除いたほうが良い。コイツは【おまけ】だ、本来の目的を達成させる』

『二つの部隊に分かれ作戦を実行しよう』


兄「…ハッ! …そん、なこと俺が許すわけ…ッ」

ガサリ

「……物の怪?」

兄「ぇ──」

門番「ここで何をして、その連中は…」

兄「──逃げろッッ!! 早くッッ!!」

『……』シュバッ

『……』ギリギリギリ

門番「あ…」

兄(駄目だ此奴が早い! このままじゃ殺さ…!)


『……』ブゥン!

門番「──…」


ギャルギャルギャルギャリリリリィッッ!!


門番「一、二、三、指弾」ビュパァ!


『ぐぅっ!?』ビシィ
『がっ!?』ベキィ


兄「………へっ?」

門番「爆音につられ来てみれば、やはり襲撃者だったか」ギャリギャリ

門番「──オレは龍頭宗の護り手、指弾使いの一人!」

門番「賊に後れをとるほど、なまっちょろくないぞッ!!」

兄「やっるぅうううう!!!」

門番「物の怪! 大丈夫か!?」ピュパァ!

ずささー!

兄「あ、ああ…俺は大丈夫だ、それより気を抜くんじゃない…っ」

門番「わかってる。こいつら本当に一体なにものなんだっ? オレの指弾を着弾直前でずらしてくるぞ…!?」

『……』ジリジリ

兄「ただ者じゃないってことはわかる。けどもう少しだけ、時間を稼いでくれ」ダラダラ

門番「なにか秘策でもっ?」

兄「勿論だ。マント共をこっちに近づけるな…あと矢も撃墜してくれ…」

門番「まったく無茶を言うぜ物の怪!」バチィイイン


ガッ! ガガガガガッ!


『…!』

門番「──でも、やってやるさ」ギャルギヤル

『……。全方位、一斉射撃』

兄「っ! 来るぞ構えろ! どうにか耐えろ!」

門番「応さッッ!!」


ガガガガガガガガガガガガッッッ!!


門番「くぅううううう!! なんて猛攻…! 出来ればここから逃げ出したい…ッ!」

兄「すまん…どうにか無事にここを切り抜けたら…今度は何だって見せてやるよ…」

門番「なにっ!? じゃ、じゃあアネキが言ってた生殖行為ってやつを…」

兄「もうちっと大人になったら考えてやらんでもないかなぁ!?」

『…キリがない』

『我々三人で突撃、他の我々は本命を急げ。残りの我々は同時に射撃だ』

兄(来たか同時襲撃! 間に合え、間に合え、間に合え───!!)ダラダラ

門番「くっ!? 残数がもう、きゃああ!?」

兄「門番!!?」

門番「だ、大丈夫だ…かすり傷程度…なんとも…がっ!? うっ!?」ガクガク

兄「毒が──くそおおおおおおおお!!」ガバァ!

ストトトトトッ!!

兄「うぎぃ!? はぁ…はぁ…大丈夫、大丈夫だ、安心しろ…」

門番「も、物の怪…お前…っ…」ガクガク

兄「平気だって、ああ、本当に。俺は本当に幸せだ、ありがとう。助けてくれて…人のために動いたお前は立派な戦士だ…」ぐらぁ

門番「物の怪…ッ!」

『──死ね』シュバァ


兄「……」ガシィッ

『……!?』


兄「──死なねえよ、バカ!!!」ガン!

『ぐはぁああ!?』ズサァー…

兄「ふぅーーーーー………」スクッ

兄「よし。全部【毒は汗で流れ出た】、えらく時間がかかった。よくもまあとんでもねえ数打ち込んでくれたなオイ」

『…何を世迷い言を。妄言にしてはたちが悪、ごはぁッ!?』

兄「一人目」ピッピッ

『ッ…!?』ピュイン!

兄「──いつまで抗体できた毒に頼ってやがんだ、アホ」ずぽっ

『ひぃっ!? ば、化け物ぉ…!!? がはぁ!?』だだっ

兄「二人目、三人目──」

『各我々、後退しろ! 森へ、ぐあああ!?』

兄「逃がすか。全員ここで雁首揃えて狩らせてもらう」フシュルウゥウウウウ~…

兄「あともう二つ。…妹ちゃんに刃物向けた奴と、門番ちゃんに矢とナイフ向けた奴でて来いこの野郎ォオオオオオ!!!」


バキバキバキィイ! ドッタンバッタン! ギャアアアアア!!


門番(これじゃあどっちが敵なのか…)ダラダラ

兄「──おっとと、そうだった忘れちゃ駄目だったぜ」スタン

門番「っ…っ…?」

兄「ほれ。俺の血を飲め、大丈夫。病気は持ってないし、むしろ門番ちゃんの病気のほう殺しちゃうかも」

門番「…か、…とんでもない、な…お前…」

兄「よく言われるよ。理屈は分からんけど毒に抗体作れたら、俺の血である程度だけ他人も存命できるんだ」

兄「……。俺の血飲むの、嫌か?」

門番「……ぜん、ぜ…ん…」ニコ

兄「ん。上等だ、お前は凄いよ。じゃあほれ」ポタポタ

門番「ん…あ…っ…ん…」

門番「───」ピクッ

門番「──…嘘、だろ?」ぽかん

兄「言い忘れてたけど、即効性だ。すぐに動けるようになる」にっ

門番「本当に人間なのか、それともマジで物の怪…?」

兄「どっちだっていい。こうやって人を守れるなら、俺は何時だって胸を張って化け物として生きてやるよ」

兄「だから…」スッ


仮面『……』ガサガサ


兄(見るからに親玉──ああ、こりゃやべえな、人目で分かる『こっち側』の人間だ)

兄「ああいった類の化け物相手に、動ける自分はかっこいいと思ってる」スッ

門番「お、おい!」

兄「門番、伝言だ。心して巫女さんじゃなく、嬢ちゃんじゃなく『妹ちゃんにだけ』に届けろ、──敵は外じゃない、きっと中にいる」

門番「え…? 中にいる…?」

兄「詳しい事情は頭悪い俺にはちっともだ。けれど、なんとなく『敵じゃない感』があるんだ。…操られてるとも違う、すごい違和感が」ズシャ

仮面『………』

兄「…くそ、ははっ、まったく隙がねえ、エメトさん以上だな…」ぶるっ

兄(まるで全方位から見つめられてる奇妙な視線、どうなってやがるよ、マジで)

門番「お、俺も加勢する! 伝言はあいつを倒してから一緒に言えばいいだろう…!?」

兄「冗談言ってくれるなって」

ヒュバ!

門番「──……っ!?」

兄「…っ…っ…上等ッ、手負い狙う畜生具合は殴り倒す価値があるなァ…!?」ギリギリギリ

仮面『……』ギチギチギチ

門番(なんという俊敏性、一切、動作が見切れなかった)ゾク

兄「早く行け! 伝言をきっちり言ってこい!」

門番「…死ぬなよ、兄!!」だだっ

兄「簡単に死んでりゃここにはいねえよ!」ギリギリ バッ!

スタン

兄「はぁ、さっきから一言も喋らないけど、もしかして喉潰れてる系の人?」

仮面『……』

兄「単にお喋り嫌いな人か。…できれば教えて欲しいんだけどな、目的とかさ」

仮面『……』スッ

兄「ん…!?」サッ


パァアアアアアン!


仮面『……』ィィィィィン…

兄(手拍子? 何の意味が、大した衝撃でもなしに───)

『…ぁ…』
『ぶぶぶ、ぶぎぎっががががあがが、』

兄「…なに…っ?」

『…壊して、壊して、壊して強こわこわこわこああわっわわわわ』
『あああああああああああああああああああああ!!!!!』
『壊して強して怖して恐して剛毀壊壞!!!!1』

兄(気絶させたマント共が起きあがって、クソ! 冗談じゃない、まるでゾンビさん達じゃねえかこれじゃあ…!?)

仮面『……』ビュン!

兄「ぐぅう!? テメー一体何をしやがったんだ…!?」

仮面『……』ギチギチギチ

兄(度を超した腕力! だったらこっちも、おるぅううううあああああ!!)メキメキメキ!!

仮面『……』

仮面『……………兄』

兄「───!」ばばっ!

仮面『……』スタン

兄「…お前、今、俺の名前…呼んだのか?」

仮面『退却』パン!

兄「待ちやがれ! オイ! どうして俺の名前を…!」

ふらぁ

兄(くっ、抗体作りに体力を奪われちまった。さっきの筋肉振動波の疲労も…っ)ズキンズキン

ドサッ


兄(いや、今はいい。寝てでも頭は動くんだ、少し休もう)

兄(この状況、どう動けば最善か考えねえと…)

兄(マントの奴らは、俺は『オマケ』だと言ってやがった。襲撃云々はそもそも狙いじゃなかった?)

兄(わざわざ襲撃に祭神具の矢を使用するのは…俺を嵌めるためだったはず…)

兄(……じゃあアレか、俺を嵌めることと『本来の目的』が合致したと言うこと)

兄「…いや、そうじゃないだろ、そこは違う…」

兄(──そもそもこの【状況】こそが狙い、だったとしたら)

兄「あぁ、嫌な予感がする。理由がない予感、…当たっちまうんだよな、こういう時に限って」

兄(──ともかく最善なのは、仮面野郎の追跡!!)ババッ!!

ダダダダダダッ

兄「くそ…匂いが…なんで今頃になって硫黄で狂ってた嗅覚が戻っちまうかね…ッ!」



~~~


女「…」キョロキョロ

女(意外にも本堂は静かだな。屋外では鐘鳴に人の声が微かに響く程度)

女「──つまりここが、外界から最も離れた場所だと言えよう」チラ

妹「……」


女(この場を離れるわけにも。だが行幸は行幸、みすみす逃すこともない)

女「化け物が居れば少しは楽になったが…」

女(無い物強請りは性に合わん。最小のリスクで得るものを得る)

女「今は西母屋、地下の牢獄の入り口。ここから祭壇へルートは」

女(中央通を出て、東母屋に通じる廊下に出る。
  西母屋からのルートは外回りをぐるりと一周する必要があるからな)

女「…非力なのが悔やまれる。どの道を選ぼうにも最短距離は望めん」

女「つまり──」チラ

『西の間』

女「……」スタスタ ガラリ

女「…そうか、やはりそうなるか」ボソッ

女(ままならんのは頭では理解していた。こうまで疑いが深まれば、行動はひとつ)

女「『イモウトを隠す』だ。答えに辿り着く為の一歩、そしてイモウトの命も保証される」ぐいっ

ズリズリ…

女「くそ…本当にワタシはこれで合っているのか…っ」ズリズリ

女(イモウト…化物…ワタシはちゃんと…オマエ達のために動けているのか…っ)ポロ

グシグシ

女「んんっ! 泣いておる場合か! ファイトだっ!」ズリズリ

~~~

カンカンカンカンッ!!


巫女「───……」

巫女「今の状況は?」

「里の者達は殆ど救出しました。火の流れも十分に弱まっています」

巫女「では早急に火元消滅を。私もそこに案内しなさい」

「…梓さま! 梓様!!」

巫女「どうしました?」

「じ、実はあの客人たちの安否を確認しに言った里の者が…っ」

「──二人共、その場から唐突に居なくなってたと報告が…!!」

巫女「っ…!? な、なんですって…!?」

「わ、私達は本堂の入り口から西母屋に向かいました…!」

「しかし、西母屋へと通じる道は正面入口の中央通のみです!」

巫女「じゃあ鉢合わせになるはずでは…! ま、まさか急襲者に…!?」

巫女「──私が直接確認しに行きます! 貴方達は火事の現場に向かいなさい!」

巫女(きゅ、吸血鬼様…妹様…っ…どうかご無事で…っ)


「──梓様ぁあああ!!」


門番「ど、どうかお待ちになってください…はぁはぁ…っ」

巫女「どうして貴女がここに…確か兄様のところへ駆けつけたはずでは…?」

門番「は、はい! 状況はもっと過酷になっております!」

巫女「ど、どういうことなのです…!?」

門番「っ~~~…も、申し訳ありません! 私には説明することは出来ません…っ」

門番「その兄からの伝言は『妹様』だけにと、そう約束されたのです…」

巫女「……それは、どういう…」

門番「あ、兄が言うには…あ、梓様は…信用してはいけない、と」

門番「──敵は内なる者、とだけ…」ぎゅっ

巫女「……………」

門番「申しわけございません! この事態が終わり次第、即刻この首を差し出す覚悟でございます!」

巫女「……いえ、いいでしょう。私自身も覚悟を決めております」

門番「うぐ…ひぐっ…」

巫女「偉いですよ、門番。貴女が信じる者の言葉を突き通す覚悟、心から…」

巫女「…羨ましい限りです…」ボソリ

門番「…えっ…?」

巫女「では、着いてきなさい。私も妹様と吸血鬼様へ向かうところです」バッ

門番「は、はい!」

巫女(……お姉ちゃん…っ…私は…っ)ギュッ


~~~

『お□ちゃん』

『わたしはね、ずっとずっといっしょにいるよ』

『お□ちゃんとならつらくない、たのしい、だからずっといっしょだよ』

『だからね、だから、』

『お□ちゃんと一緒なら、私、いつまでも───』


妹「──……」パチリ

妹(また昔の夢を見た。あの時、お兄ちゃんってどんな表情してたっけ)

妹「……」ぽけー

妹(…!? ここ、どこっ!? あいたぁ!?)ガン

妹「いたた…なにこれ、近くに壁がっていうか…暗っ!? せまっ!?」ガンガン

妹(何処かに閉じ込められてるっ? どうして、あ、段々と思い出してきた…)

妹(女さんに、よくわからないけど気絶させられて…そこから…運ばれてるような感覚があって…)


『ん。起きたか、イモウトよ』


妹「この声! お、女さん…? 近くにいるの…!?」

『いるとも。離れるわけがない、オマエの側から絶対にな』コンコン

『混乱する前に説明してやる。オマエは今、木材で出来た四角い箱に仕舞われておる』

『開けるには鍵が必要だが、吸血鬼道具で壊させてもらった。誰にも開けられんよ』

妹「……」

『ふむ。慌てぬ所を見るに、解決方法は理解済みか。そうとも、オマエの兄貴にぶち壊してもらうだけだ』

『つまりこの里において破壊を持つものしか妹を救出できん』

妹「…じゃあ、この箱が置いてあるのは【破壊が行われては行けない場所】なんだね」

『……流石だな』

妹「思うに祭壇じゃないの? 暴力性を持った人間が一番、目立ってしまうから」

『くっく、やはり冴えるなイモウトよ。実に惜しい、冷静ささえあれば右腕にしたいほどだ』

妹「…女さん、私、さっきのこと…」

『良い。多くは語るな、全て終わってから話そう』

『──状況は看破しつつある、どうにもならんよ。もう、どうにもな』

妹「本当に、梓さんを疑ってるんだね」

『ああ。だがしかし、それはオマエに説明してない部分が大きく関わってくる』

『【梓の秘密】こそがワタシが疑う原因だ』

妹「…でも梓さんは私に知られたくないと思ってる」

『その通り。しかし人となりを考慮しておれば命など刹那のごとく散っていく』

『…ワタシは吸血鬼として、オマエの友として、…アズサの幼馴染として行動を取る』

妹「…どういうこと?」

『実はこの箱は防音なのだ。ワタシの声はオマエが持つ携帯に直接送っておる』

『そして数分後、アズサがこの祭壇室へと来るだろう』

『──そしてワタシとの会話を、ワタシの有無でオンオフしながら訊いてもらうのだ』

妹「つまり、梓さんが訊いてほしくない秘密だけを切り取って…」

妹「…事の真相を私に知らせようってこと?」

『理解が早くて助かる、しかし』

妹「うん。それだと『女さんが改変した会話』を流す可能性もあるってことだよね」

『……流石だな、本当に』

『ぶっちゃければ出来る。可能性じゃなく絶対に出来る、私には人の声などちょろいもんだ』

『一定の単語のみで形成された会話文など一分もかからず製作可能だ』

妹「…うん」

『イモウトよ。聡明であり、人ならぬ兄を持ったイモウトよ』

『──吸血鬼の戯言、心から信じるか?』

妹「信じるよ」

『……!』

妹「当たり前だよ。私、本当に馬鹿だから」

妹「すぐに怒っちゃうし、すぐに信じちゃう。わーわー周りが褒め称えてくるけど、これでも本当に普通の一般人なんだよ?」

妹「…だけどね」

妹「私は、その時に思った『これでよし』って感覚は凄いと思ってる」

妹「直感とも違うけど、梓さんのことも女さんのことも、疑うことも信じたいことも、どっちもこれでよしって思ってた……」

妹「だから、どっちも信じたい」

『…どちらも選べんぞ、真実は何時だって一つだ』

妹「知ってる。けど、私は信じたい」

妹「女さんも梓さんも、どっちも悪くない。ちゃんと人の為に動いてるって、私は思いたい」

『……はぁ~あ…本当にオマエら【兄妹】って奴らは…』

コン…

『…憧れる、本当に』

妹「もしかして前も言われた? あはは、そりゃ血の繋がった兄妹だもん。おんなじこと、言っちゃうよ」ニコ

『…うむ、ワタシも覚悟が決まった』

『じきにアズサがやってくる。イモウトよ、オマエも覚悟を決めておけ』

妹「女さん」

『ん、なんだ?』

妹「さっき、感情的になって否定してごめんね」

『……。くっく、それこそオマエの持ち味だろうに』

『立場、状況関係なく感情論で否定こそ、ワタシが一番知りたい友情だからな』

妹「…そっか。なんていうか、私ってばかみたい」

『上等だ。今後、ワタシのこともそうやって否定してくれ』

『オマエとは右腕なんぞツマラン関係じゃなく、そうであってほしいからな』

妹「…うんっ」

~~~

ガラララ…

巫女「はぁ…っ…はぁ…っ」

「遅かったな。もうちっと頭の回転が冴えると思っていたが」

巫女「吸血鬼様…! なぜ、このような場所に…ッ」スタスタ

女「まあそう怒るな、オマエとワタシの仲であろう…、おっと」チラ

門番「っ…っ…」

女「化物を見張って居った里の者か。なぜ、ここにいる?」

門番「お、おれはっ」

巫女「ッ~~~! 彼女から、話があるそうです! 妹様だけに言付けがあると兄様から…ッ!」

女「何? イモウトのみだと? …事実か?」ギロ

門番「あ、うっ…そ、その通りだ…っ」

女「──そうか、ならここで話せ。私に話すことはイモウトに話すと同意義だ」

門番「だ、駄目だッ! それも約束された! あ、梓様ときゅ、吸血鬼! どちらも話してはならぬと!」

女「……、駄目だ今話せ。即刻だ」

門番「断る! 早く妹様の場所を吐け吸血鬼ッ!」


巫女「──いいかげんにしなさいッ! ここがどのような場所かわかっているのですかッッ!!!」


女「……」

門番「ひっ!」

巫女「神聖な龍頭宗たる最奥の祭壇、普段であれば里の者達でさえ足を踏み入れることすら許されぬ…ッ…最も尊厳たる聖域…!」

巫女「貴方達は何を考えておられるのですかッ!?」

女「真実のみだ、梓よ」

巫女「ッ…ではここではなく東母屋の方に…ッ」

女「ここでなければワタシの求める真実は明かされん。アズサ、【ミズメ】を出せ」ピッ

巫女「…ッ…!」

女「本堂の祭壇、己が言ったとおり聖域ならば出すのも簡単だろう?
  ワタシが何の考えもなしにここへ逃げ隠れたと思っていたか? いや、端ではわかっておっただろ」

巫女「私は…ッ」

女「──【しにじょうず】」

女「巫女は時代の流れにおいて、神聖の変化がより多大に影響を受けた一つ」

女「アズサ、オマエの名もまた大きく意味を持っておる」

女「単に民間信仰程度の由来で名付けられんからな。さて、全てを語らせるつもりか?」バッ

ストン

女「それともなんだ、昔みたいにあの木の葛に入れられ持ち運ばれんと無理なのか?」

巫女「…ッ…」ギュッ

女「何を躊躇う。真実こそが解決への一歩、ワタシは幾らか常渡しておるつもりだがな」

巫女「…妹、様は…っ」

女「ここには居らん

門番「っ…では、どこに…!?」

女「隠しておる。一般人にこの場の状況、知るには荷が重い」

女「──無論、オマエに教える道理も無し」

門番「…っ…!」ギュッ

女「さて、梓。龍頭宗の現当主よ、ワタシに真実を述べよ」

巫女「…吸血鬼さま」

女「ああ」

巫女「私は、真実のみ話します。どうか心から寛大なご処置を…」

女「無論だ」

巫女「……、我が姉はもう既に【居ません】」

巫女「既に私の中からは消えているのです、もうミズネに会うことは叶いません」

女「……。何時からだ」

巫女「…しん、じるのですか?」

女「元より疑っていた。思うに、手紙が届いた時点じゃないか?」

巫女「その、通りでございます。私に【兄様を処罰せよ】と言葉を残し…」

巫女「私の奥の奥へと消えていってしました。私にとって初めての経験で…どうすればいいのかさえ…わかりません…」

門番「あ、梓さま…わたしは…」

巫女「ええ、里の者達に伝えることも初めてです」

門番「…っ…そんな、では龍頭宗は…この隠れ里の意味は…っ」

巫女「──瓦解するでしょう、今回を持って」

門番「…ッ…!」

女「つまり、オマエはミズネが残した遺言を忠実に守った、ということだな」

巫女「……」コクリ

女「成る程。里の連中にすら口を閉ざす理由に合点がいった、ではもう一つ」

女「今回の謎の襲撃者。あの者たちを引き入れたのは、オマエか? それともミズネか?」

巫女「…姉だと思われます」

女「不確定か。だろうな、声が聞こえぬのであれば今更問いただすこともできん」ハァ

巫女「……はい」

女「そうなると、事の真相は他の宗の手紙による『化物処罰』を受け取った、姉のミズネが」

女「オマエに命じ、そしてオマエの中から姿を消した」

女「その異常事態に里の連中にすら相談できず、しかし姉の命を無碍に出来ずに」

女「いつの間にか里に忍び込んだ奴らを、梓自身釈明が出来ぬと」

巫女「……」コクリ

女「そうか。難儀であったなアズサ、大変であっただろうに。すまなかった」

巫女「いえ…私は…里の者達を思うこそ…このような行動に至ったわけです…」

女「……、立派だった。だからこそ、ワタシも吸血鬼として最善の行動する」


女「──直接問いただすことにするぞ、ミズネに」ガタリ

巫女「…えッ…今、なんと…!?」

女「どうりではない。オマエはアズサであってミズネであり、その身体に二つで一つだ」

女「精神観点から見ても【死亡】する意図が見受けられんからな、無理やり起こさせてもらう」

巫女「其のようなことが可能なのですか…!?」

女「可能だ。オマエ達、三頭宗全てに『明確な改変』を施したのは誰だと思っている?」

女「──我が父、前当主だろう? ならばワタシが再度、改変を行えぬどうりではないといっている」

巫女「なんと…そのような…思ってもなく、私は最初から吸血鬼様に話さえすれば…っ」

女「己を責めるなアズサ」

巫女「吸血鬼様…申し訳ございません…っ」

女「不問にする。全てを解決し、またまっさらな状態から始めようじゃないか」

女「…イモウトにも、話せるようにな」

巫女「っ…っ…は、はい…っ」ポロポロ

女「門番よ」チラ

門番「な、なんだっ」

女「席を外せ、少しばかりオマエの長が見苦しいことになる」

門番「わ、私は…っ」

女「護り手であるならば最善を尽くせ。この状況に、オマエは必要か?」

門番「…くっ…ならばせめて、妹様の場所を…っ」ギュッ

女「言付けか。それは確実にイモウトのみ伝えるべきものなのだろうな?」

門番「そう、言われた…なら、そう従うしか…」

女「──例えに状況が悪化した、それをオマエ自身が目にしたとしよう」

女「その具合を己自身で判断し、約束を反故する可能性は考えられんか?」

門番「…っ…!」

女「どうだ、そうであっても語れぬか」

門番(…兄、アイツは本当に妹様だけに伝えるべき、なのか…!?)

門番(あの襲撃者の数、そして脅威、どうにも簡単に対処できるものじゃないっ)

門番(…だったら今ここで話すべきじゃないのかよ、なぁ兄…!)ググッ

チラリ

巫女「…?」

チラ

女「……」ジッ


門番「~~~~ッッ…!」

門番「……だめ、だ…」ボソリ

門番「言わない、言えない。絶対に、これは…っ…アンタが吸血鬼だからってことで否定するんじゃない!」

門番「恐れを抱いているからとか、怖いからだとか、赤目の異端者だからじゃなく…!」

門番「信用するな、と…兄が言った二人が…こうやって話してる姿をみて…!」

門番「自分で考えて! 思ったからこそ、オレは絶対に報告しない…!」

巫女「門番…」

門番「も、申し訳ございませんアズサ様! わ、私はやはり、今回を持って首を差し出す覚悟です…!」

門番「けど、けどっ! わたしは…オレは…兄に言われたんだ…」

門番「『知らないから怖がる』、『だから好き勝手言えるんだ』って…っ」

女「………」

門番「だから…だから、オレは知ってその上で言わないおく…こんなの、おかしいんだってわかってる…けど…」

門番「【今の状況こそがおかしいって】、オレはそう思うから…ッ!」

巫女「あ、貴女は一体なにを言って…一体何をかくして…?」

女「時間の無駄だったな。ふん、覚悟は良いが状況を捉えきれて居らん」

女「だったら脳髄に刻め。これから起こる真実を知る苦痛を──いぎぃ!? あがががががっ!?」

巫女「きゅ、吸血鬼様!?」

女「あひゃー!? お、大きな声でいきなりどうしたっ…イモウト…ナニ…?」ヒソヒソ

巫女「吸血鬼様…?」

女「な、なんでもないぞー!? なんでもなー!」

女「……」ピタリ

女「──なんだと? もう一度言え、なんと言った今?」


『梓さん。今、どっちの袴着てる?』


女「…おいアズサよ、その袴、どっちタイプだ?」

巫女「へっ? タイプというと、ズボンタイプを着ておりますが…?」

『…違和感がある。なんで転けやすいズボンで消火活動を?』

女「お、おい…そりゃ着替える手間がなかっただけで…」


『違うよ。牢屋の時、【スカートめくれ上がってたじゃない】』


女「───………ぁ…」

『どうして、わざわざ消火する前に【一旦着替えてる必要があるの?】』

『しかも【転けやすくて動きにくいと自分で言ってたズボンタイプに】』

女「…っ…」

『門番さんに兄貴の伝言を言わせて』

女「ま、待て! お前の存在をアズサに知らせるつもりか…っ!?」

『なにか、間違ってる気がする。もしかしたら【女さんが梓さんにナニカやることが目的】かも…』

『だから門番さんが全ての鍵! 私がここにいるって伝えて! 早く!』

女(────そんなことしたら、もう、二度と───)タラリ


『女さん!!』


女「…駄目だッ! ワタシはやると決めた、例え不確定要素があろうともまずは早急な解決!」

ズンズンズン

女「──鳴弦、【梓弓】」

女「吉凶や厄落としなどに使われる祭神具。龍頭宗では実際に弦が張られ、その【福音】で儀式が行われる」

女「そう、【音】こそがオマエ達二人の起源」

巫女「……!」

女「古来から縁が強い梓弓の音であれば、姉のミズネを呼び出すことも可能なはずだ」

巫女「で、では…!」

女「ああ。後は弦を鳴らすだけでいい、しかし、そうであっても特有のテンポがある」

女「行えるのはワタシだけ。知っているのもワタシだけだ、吸血鬼であるワタシがな」

女(ズボンタイプの袴。──その意味がもし【アズサの二重人格】に起因するならば尚更だ!)

女(無意識に姉の人格を呼び起こしている可能性。…時に病状的に、二重人格者は無意識にて行動基準がブレる。すなわち未だ姉が存命している理由にもなる!)

女「ワタシはやるべきことを、やるだけだ」

巫女「───……」


『──忘れてはいけませんよ、この【枷】を』

『私たちは一心同体。この龍頭宗を末永く安泰のもとに永続させる、これに疑いを持ってはいけません』

『ええ、お気をつけて。───特に、『あの方を』』


巫女(…姉様が消える直前に仰った『あの方』とは)

巫女(はたして、明確には一体誰だったのでしょうか。私は素直に兄様のことだと思っておりました)

女「行くぞ、アズサ」スッ

巫女「…吸血鬼様」

女「どうした? 心配なんぞ無用だ、ワタシに失敗などあり得んからな」グイッ

巫女「ええ、それは、そうなのでしょうが…」ギュッ

巫女(──いえ、全ては姉様が説明してくださるはず。杞憂にすぎないでしょう)

巫女「お願いします、どうか」スッ

女「ああ」

ギリギリギリ…

女「すぐさま、証明してやるさ」

~~~


『すぐさま、証明してやるさ』

妹「……っ」

妹(今すぐ女さんを止めなくちゃいけないような気がするっ、だって、兄貴が【私だけに伝言】だって言ってた…っ)

妹(一番関係無がない私が選ばれた、多分、兄貴は絶対に勘で言ったんだろうけど…こうゆうときに限ってものすごーくその勘が当たってるのを何度目にしたか…!)ゴソゴソ

カチリ!

妹(どうにかぬけ出す手段を見つける! 携帯のライトで、内側から開けられる手段を見つけ───)


妹「───」

妹「……え、なに、」ゾクゥウウ


『   タスケテ』

『タスケテ コワシテ アケテクライ 助けて タスケテ タスケテアケテアケテ』

『開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けてあけてあけてあけてあけてアケテアケテアケテ』


妹「……これ…は、…?」

妹(箱の内側に、たくさん、削られたように文字が、いっぱい…血…滲んで…爪で削った…っ!?)ゾクッ


~~~

女(──イモウトから通信が途絶えた? もしや他の機能を使用した、のか?)ピクッ

女(……まあ今は良い。私がすることはただ一つ、姉の存在の証明)

門番「…っ…」

女(化物。此奴に何を託したか知らんが、ワタシがワタシで出来ることを突き通すのみだぞ)

女(例えそれが、現状を覆す決定的な事であっても───)

ヒュッ …ビィイイイン…

巫女「……」ピクッ

女「一節目、個の固定」

女「二節目、人体の分別化」ディイン…

巫女「うッ…!」ガク

門番「梓様…!?」

巫女「ま、まだ【大丈夫】です…これぐらいならば…まだ…っ」

門番(まだ、とは…一体…っ?)

巫女(──流石です、吸血鬼様。この感覚は明らかに姉様がいる証拠他なりません)

女「平気か? 続けていくぞ、アズサ」

巫女「ど、どうぞ…お気にならさらずに…っ」

女「……。三節目、人格の浮上」ディンッ


キィイイインッッ!!!


巫女「───……ッッ!!?」ガバァッ!

巫女「あ…ぅっ…がッ…!」ガクガクガクガク

門番「あ、アズサ様ぁ!? そ、その腕は…!?」

女「ミズネだ、門番よ。アズサは元より姉の身体を保有している【テラトーマ】という畸形嚢腫だ」

女「珍しいことではない、症例はあまり耳にしないだろうが比較的に頻度の高い病気のひとつである」

女「卵巣性テラトーマ──本来ならば受精、という外部刺激を得て胚発生する細胞が【排卵も受精もせず卵巣内で胚発生】を始めてしまうのだ」

女「その後、あたかも受精卵と同じ工程で細胞分化を行い、同時期に受精卵となった細胞と同じようにホルモンバランスを受けて成長していく」

女「…これにより、身体一つでありながら髪、脂肪、歯、はたまた横隔膜から脳髄まで」

女「【一対の身体に2つの部位】が存在するケースが存在する」

門番「…ッ…!」

女「テラトーマ…ハッ! 言い得て妙だが、もっとアズサの場合は完璧に共存しておるから不思議なものだ」

女「畸形嚢腫とは取り除くべき腫瘍の一つ。だがしかし、アズサの身体は二人の人間が確実に同時に存在している、勿論、意識もあるぞ」

女「そして意思疎通も可能だ。アズサ本人も、そしてワタシ達外部の人間であってもな」

ギリギリギリ…

女「右腕、左脳、子宮、左大腿部、左眼に心臓。上げた部位全ては姉の【身体】だ」

女「つまり、これが龍頭宗が崇め奉る姉の正体だ」

巫女「…吸血鬼、様…っ」

女「この際だ、里の者には知らせておくべきだろう。オマエと姉の差別化への明確なアプローチにもなり得る」

巫女「…そう、なのですね…確かに『匣』の中の姉様が微かに反応を示しております…」

女「じきにオマエの身体に浮かび上がるだろう。概念が完全に浮上すれば此方の物、あとはワタシが確立させる」

女「──さあ姿を現せ、ミズネよ。全てを洗いざらい吐いてもらうぞ」


ギリッ…


女「四節目、酔い狂え」ビィイイン!

巫女「───はぁっ…あぁああっ…んんっ…んはぁっ…!」ビクンッ



ジジッ…ジジジジッ…!


『雨期で雨乞いを成せんとは』

『なにせ龍頭はまがい物。一を成すのに二人要ると聞く』

『壊せ。何を怯える。里の存命が掛かっておるのだぞ』

『命が2つ、身体が一つ。くだらん、だから両頭と呼ばれるのだ』


『所詮は歴史に擦り寄った出来損ない。秘匿を怠るどころか、根源に至る道すら自ら閉ざしおった』

『何を思う。何を願う。何を断ずる。』

『力とは、使うからこそ意味がある。オマエはイッタイなんのタメにイキテいる』

巫女「──…ッ……──…!」


ジジジッ


『──言葉にするのは容易いさ』


『だから世界は【歪】を認容しないんだ。なんて悲しい、人類のカタチなんだろうね』

『否定、否定、否定。その在り方で未来へと辿り着けると思うのか?』

『この世に生まれ落ちるチカラは望まれるべきだろうに』

『…だから君タチも否定しろ』

『願え抗え集え』

『そして』


『[ピーーー]』


ジジジジッ ジジッ ジジ! 


巫女「…────」

女「……」ピクッ

門番「梓さま…?」

女「来たか、随分と客人を待たせる主人だなミズネ」

巫女「……」カクゥン…

女「これから全てを洗いざらい吐いてもらう。そして報いるべき処罰を…」

巫女「…………」

女「…? ミズネ? どうしたのだ、一体…?」スッ

巫女「…」ピクッ


スルリ カタン!


門番「梓様、懐からなにか…あ、あれ…こ、これは…仮面…?」

女「……。そうか」


女「──【やっぱり】オマエ、誰だ?」


巫女「……」ニマァ!

女「ッ!? 離れろ門番ッ!!」ババッ

門番「え──」だ、だだっ


巫女「クッ」ぶるるっ

巫女「アハハハハハアヒャヒャヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハ!」メリッ! ベキベキゴキバキバキバキバキィッ!!


女(右腕全体が急速に膨張延長して、いかんっ! これじゃリーチが届いて、)


巫女「キャハァアアアア…ッ」グググッ

巫女「ヒャハァッッッ!!」ボッ!!


女「ぐっ…!」バッ ズサァアア…

女「……なんという、裏拳の風圧に飛ばされるとはどういう理屈だ…ッ!」


巫女「ダヒャッ! キヒヒッ! カカカカカカカ!」ビクンビクンッ


女「おいアズサかミズネかわからんが! どっちでもいい聞いておるのか! そのなんだ、とりあえず…っ」

巫女「……?」ギュグググッ

女「この音を聴け」ビィンッ!


キィイイイイイインッ!


巫女「うッ! ぐ、がッ…! ぎゃああああああああああああ!!」

門番「げほごほっ…こ、これは…アズサ様…!?」

女「流石に響くか、すまんなアズサ。無理矢理にでも押さえ込ませてもらう」デイイイン

女(梓弓の福音は龍頭の血筋には絶対的効力を持つ。暴れようとも抗うことなど到底、無理──)


巫女「………」じぃー


女「………。…へ、…な…に…?」


ダァンッッ!!


女(消え、)

巫女「──コワシテアゲル」メキメキメキッ!

女(また裏拳。あ、これ死ん、)


ズッ! ドオオオオオオオオオンッ!!


門番「っ……!!? あ、アズサ様ぁー!? …あ…!」


「──こりゃツライな、ちっとばかし」


兄「しゃれになってねェ、衝撃受け止めた部位全部折れてるしッ!」ギチギチギチギチ


女「…化物!? おまっ、いつの間に! つぅかなんだどうしてぼろぼろなのだ!?」

兄「質問は後で。今は『コイツ』の対処が先だ、門番ちゃん」ブルブルブル

門番「な、なんだ…?」

兄「アノことは言ってないのか? 妹ちゃんとは会えなかったのか?」

門番「っ…あ、ああ…そうだ教えてない、居場所を教えてもらえなかったから…っ」

兄「そうか、まあそれでいい」

門番「えっ?」

兄「だからこの状況なんだろうってコト。仮に門番ちゃん、妹ちゃん意外に教えてたら───」

兄「──俺が来る前に全員死んでた、気がする」

門番「なに…っ?」

兄「今は鼻がきいちまってるし、頭のわっるい俺でも大体のことは理解出来始めてるよ」ガッ!

巫女「ッ!」ババッ

兄「きなくせー展開だと初っ端から感じてたけど、マジで鼻が戻りゃわかっちまうもんだなぁ」コキッ

兄「嬢ちゃん。妹ちゃんは」

女「…隠しておる、今は安全だ」

兄「ならいいや。じゃあ嬢ちゃん【後で覚えてろ】。【殺される覚悟でいろ】よ、マジで」

女「…ワタシは…っ」

兄「どんな状況でも妹ちゃんを巻き込ませた始まりは俺だ。そこは認めるし、ちゃんと責任取る」

兄「俺が言いたいのは【何を始めっから隠し通してるのか】を洗いざらい喋ってくれれ良いだけだ」

女「…っ…」

兄「それに、その考え全部敵さんにバレてるって思う」

女「ど、どういうことだ!? ワタシの考えだと、なぜそれをオマエが…!」

兄「端から言ってんだろ、匂いがぷんぷんしてるんだっつの」


巫女「…………」


兄「あの時、仮面の奴と対峙した時。そして今も、嫌でも匂ってくる」

兄「──嬢ちゃんの家の、匂いがなッ!!!!」ダァンッ!!!

巫女「キャハハハハッ!!」ブォン!

兄「好きだな裏拳ッ! もしかしたら身体片方、バケモンってやつか…!!」ジャリッ


ギュルルルウルル!!


兄「だったら裏拳勝負だなァッ!」ギュボッッ!

巫女「コワシテェエエエエエエエエエエ!!」ギュバァアッッ!



ドメチッ! ダァアアアアアアンッッッッッッッ!



兄「…くっは! すっげ、まさかふっ飛ばされるとは…ッ!」ヨロロ

巫女「キヒッ! ヒャハハハハ!」

兄「ハッ、さっき会った時とは打って変わって随分お喋りだ。やっぱ【嬢ちゃんの行動が強化のキー】になってんなこりゃ」

女「ワタシの行動が…?」

兄「ああ、とんでもねェよ。さっきより格段にやばくなってる、俺でも殺さずに喧嘩出来るかどうか、…っ!」ヒュバ!

兄「──…ッ…エメトさんみたいな殺し殺されてナンボの輩なら、引き際弁えてるからやりやすいもののっ…! こういった狂人系はなぁ…!」ギリギリギリ

門番「梓様!?」

兄「来んじゃねェ門番ッ! 一発食らったら即お陀仏級のガチ喧嘩だ、なるべく【手を抜く】けど暴れ通されたら対処に困るッ!」

門番「ッ…なら、オレはここで黙って見届けろと…ッ?」グググ

兄「巫女さん為に動きたいなら無事を祈っとけ! ──元より、お前の状態もすっげー不安なんだよッ!」

門番「え…? オレの状態…?」

兄「嬢ちゃん! 質問だッ、巫女さんがこーなった原因を教えろ! なにかやったのかッ?」ググッ


ボッ!!


女「くっ…お、音を聞かせた…この梓弓を放つ音、これがアズサとミズネを分かつ手段となるからな…っ」

兄「チッ! 気絶狙いワンパンも避けられる───音だと!? ああ、そうか、なるほどなァ!!」

巫女「……キャハッ……」ストン

兄「【鐘】かテメェ、そうかやっぱり火事も作戦の内だったのかよ。くそったれが、性根が腐ってやがるな」

女「っ!? まさか里で鳴り響いていた鐘の音のことか…!?」

兄「どーやら端から仕組まれてたみて~だな、嬢ちゃん。全部まるっきり通して【嬢ちゃんを困らせる】ことに特化してやがる」

兄「巫女さんは鐘の音でも変化しちまうらしい。ミズネだったか? 鐘の音で人格変化なら、色々と納得も行く」

巫女「キャハッ! ギャハハハハハハハハハハァ!!!」ダァンッ

兄(こっち一直線! だったら正面衝突しての取っ組み合いに持ち込ませてもら──)


巫女「キキ!」ダァンッッッ!


兄「──なに、飛んだ!?」バッ

巫女「……」スタン

兄「…随分と飛び越えてくれたじゃねぇか、なんだ、祭壇の後ろに何があるって…」

女「化物!! 早くあいつを止めろッ!!」

兄「あん?」

女「あいつが乗ってる匣は───」


巫女「ギャハハハ! ケケケケケケケケケケケッ!」ガシッ! ググググググ…


兄「…お、おい、まさか、妹ちゃんが入ってるとか…そんなん…」ピクッ


───ブチッ


兄「殺すぞ、離せコラ」ギラァアアッ!

巫女「…っ……!?」びくぅ

女「お、落ち着け化物!? まだどうにかなると決まったワケじゃあるまい…!」がしっ

兄「止めろと言っただろ。要望通り止めて、停めて、今後一生──一生が終了することすらやってやる」ゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

巫女「きゃ、きゃはっ!」ガタンッ

兄「……ああ、肩に担いだな箱を。そっか、うん」



ヒュンッ



巫女「…?…」



ズッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッ!!!!

門番「……は、……れ…?」

門番(んだコレ。えっ? 本堂の壁が消えた、っていうか消失した、一瞬で?)


ガラガラガラ… ガシャン… パラパラッ…


兄「──ったく、直前で避けるなよ。通りすぎて壁にぶつかっちまっただろ、腹が立つなァもう…」スタスタ

兄「次は顔面ブチ抜く。覚悟しろ、一瞬で原型残さん拳を減り込ませてやる」



女「……」ダラダラダラダラ

門番「……」ダラダラダラダラ

巫女「…、……、……」ダラダラダラダラ



女「──門番とやら! 速急にアズサを安全なところに避難させよッ!」バッ!

門番「ッ……アズサ様! こちらに!」

巫女「が…ぐ…ッ」

門番「抵抗してる暇などありませんよマジで!? あんなん地球上で誰も敵わないですって本気でッ!!」ぐいぐいぐいぐいっ

巫女「むぐぐ」

門番「そんな匣などぺっ! してください! それだけで命の保証は出来る気がしますから…!!」だばーっ

巫女「………ギュググ…」スッ


ピィイイイイイイイイ


女「指笛…、まさか仲間を──化物! 気をつけろ! もしや仲間を呼んだ可能性が──」

兄「知るかよ。俺が用があるのは、コイツが担いでる妹ちゃんが入った箱だけで───」


『……』ヒュンッ ?20


兄「他の、」スッ


ボッッッッッッッッッ!!


兄「奴らになんら要件なってこれっぽっちも」

ドッ!!!!

『──ぐぁああああああああああああああああああああああ!!!!???』ドババッババババッバババ! ?20



兄「ねーんだよ、オイ」フリフリ


ズサァァァアアアア…


女「一瞬で退場させられたァーーーー!!」

門番「ひぃいいぃいぃいぃぃぃいぃいぃッ!?」

兄「手加減は一応施しておいた。…まぁすぐ入院させれば死なねえだろ、だからとっとと下ろせ箱を」

巫女「っ…っ…!」

兄「聞いてもらえねえなら実力行使だ。覚悟決めろ、巫女さん」メキィ


スタスタスタ


女(やばいやばいやばいやばいやばいやばい。このままじゃアズサが殺され、絶対に殺される、どうする、どうすれば…っ)

女(箱を──箱を降ろさせれば殺されずに済む、してもアズサ本人の意識が戻らん限り望めん結果…)チラ

女(戻す、為には音。梓弓の効力は逆効果、ならこの場で最善の効果は───)


女「──鐘だッッ!! 鳴らせ門番ッッ!!」


門番「……、やってくるッッ!!!」ダァンッッ!

巫女「ハァアアアアアッ…フウゥウゥウウウウウッ…」

兄「一つ、二つ、三つ。ああ駄目だ、我慢の限界も三秒で終わる。どうしてくれようか、どうしてしまおうか」ジャリッ

兄「お前が妹ちゃんを持ってるってだけで、この身体がはち切れんばかりに怒り狂う」


カクン…


兄「──殺すか、一思いに」

女「ばかものがッ! 吸血鬼道具第二式! 『魅惑の瞳』ッ!」キッ


バヂリッッ!


女(機器等を瞬間的に、誤作動を促す『微電流』を流すコンタクトレンズッ! 人体なら数十分間麻痺させる効果だが…ッ!)ギギギギギッ

兄「………」ピクッ

兄「……」すたすたすた…

女「だろうと思ってたともッ! 気を静めよ馬鹿者っ! 例えイモウトの危機としてもアズサを殺せば恨まれる結果になるのだぞ!?」

兄「死んだ後に後悔が生まれるか? …生ぬるいだろ、ふざけるな餓鬼」スタスタ

女「ならば最善を尽くしてから怒り狂え! オマエがやってることはなんらアズサと変わらん、ただのバーサーカーだッ!」

兄「で? それが何だ?」

兄「──殺すことと、殺されること。どっちに意味がある、テメーが語ってるのは単なる『偽善』だ」

兄「信じる信じない関わらず、どっちにしろだ。…妹ちゃんが死んでみろ」

女「…っ…」ゾクゥウウ


兄「世界、滅ぼすぞ」


女(ほんとーーーに笑えん冗談だまったく! 此奴が暴れ通されたら地球自転すら数時間狂わされ地下変動起こされそうだッ!)ダラダラダラダラ

巫女「……」ジリジリ

兄「呑気に間合い図ってんじゃねェよ……ッ…あーーーーーーーーーーッッ!!! 腹が立つぅッッ!!」ビキビキビキッ

兄「その程度で妹ちゃんに手を出して命の危機にさらして俺を怒らせてッ!」ダァンッ

兄「なにがしたいの死にたいの? そっか、じゃあ死んでよ頼むからッ!!」


ドンッッ!!!


女「あ…ッ、やば終わっ…!」



ドッッッパアアアアアアアンッ!!



女「……ぇ…」

巫女「…?」

兄「──光……?」


キラッ キラッ


女(箱の隙間、から光が漏れ出してる。あれは、『私が渡した銀製指輪』の…)

キラキラキラッ


女「…携帯のライトで光照らして反射を、待て、そうじゃなくあのテンポ…」

女「──化物ッ! 手を出すなと言ってるぞイモウトはッ!」

兄「……」

女「トン、ツーツー、ットン。──暴れるな、動くな、もう晩ごはん作らない、…と」

兄「……!」


ガクガクガクガクッ…


兄「それは…あまりにも想像出来ない絶望…っ!」ガクゥン

女「効いたァー!! そら逃げろアズサ! 今なら平気だとっとと失せろッ!」バッ

巫女「……ッ…」

女「なぜ動かんッ! 精神汚染されたとしても危機を察知できんほどではないはず───」


女(──まさか、護ってる、のか?)


女「…、どの程度【破壊】されたかしらんが…ッ…」

女「護っておるならキチンとせいッ! 大切に想うならば最初から最後まで突き通せッ! その為ならワタシも加担するッ!」

巫女「あッ…がッ…ぐぅぅッ…!」ビクンビクン


ダァンッ!!


兄「あ、逃げっ」

女「……」ババッ!

兄「くそっ、そこをどけ嬢ちゃん! アイツを止めなきゃ妹ちゃんが…!」

女「なおさら退く訳にもいかんな。…後でこっぴどくマミーに怒られ蕩けられろ」

女「一つ学んだ。オマエは今後、一生イモウトと行動するな。特に命の危機に晒される可能性があるかぎりな」

女(当初から誘ったのはワタシだ。責任は全てワタシにある、肝に銘じておく)

女「…化物、ああ、オマエが言ったとおり大体が初めからわかっていたよ」

女「この件にワタシの過去が関わっていると。ワタシの吸血鬼一族が軸になっているとな」

兄「……」ジッ

女「今回の敵。主軸は我が一族の【汚点】が施した可能性が見え隠れしている、ワタシはそれを極秘に暴き切りたい」

兄「そのためだったら、妹ちゃんだって使い捨てか?」

女「……。一度だけで言う、心して受け止めろ」


女「そのとおりだ。イモウトすらワタシにとって道具にすぎん」


兄「………」ヂリッ

兄「…良い、良い覚悟だ。初めてだよ、ここまで切れたのは久しぶりだ」

女「後悔はない。元より望んだ結果だ、遅かれ早かれの問題だからな。…ここで命終わろうとも果たさせてもらう」

女「ワタシは止めなければいかんのだ。あの【赤い夜】を産み出す前にな」

兄「どうだっていい。世界が滅んで人類皆死に絶えても、俺は妹ちゃんさえ安全ならどうだっていい」

女「悲しいこと言うなよ、化物。オマエはそうじゃないだろ? そんな化物じゃないだろ?」

女「…人のために生きる化物、それがオマエの命題だったはずじゃあないか。信じる生きる道だったはずじゃあないか」

兄「…テメーになにがわかる、俺を、俺がなにがっ」

女「わかるよ。救ってもらった、オマエにだ」

兄「…っ…」

女「そんなオマエに救ってもらった。一生拝めるはずもない太陽を見届けた、それがオマエ自身のワガママであっても」

女「ワタシは救われたんだ。単に太陽を見れただけで救われるはずもない、ワタシが、言葉にして伝える事ができるほどに……ワタシは感謝している」

女「だから──」ぎゅっ

女「──いい加減にしろ馬鹿者ッ! イモウトの危機にひんひん泣き悲惨でみっともないッ!」

女「男で兄ならどんと構えてしゃんとしろ! ワタシは! 妹もオマエも、どちらも信頼してると言っただろ!」

女「…ワタシが巻き込んで、お前たちに迷惑をかけた、この償いは幾らだって支払う、この生命を差し出そうともッ!」


女「だから…頼む、落ち着いてくれ…ッ…お願いだ化物…ッ」ポロポロ


兄「───……」

兄「…昔、妹ちゃんが言ってた」ボソリ


『女の子が約束取り付けるときにね、涙を流してちゃ信用しちゃダメ。でも、流さなかったら抱きしめて』


女「……っ…」

兄「…でも」



『はぁ? 馬鹿じゃないの? 嘘でも取り繕ってたとしても、大切なら抱きしめるのが男でしょ!』



兄「……信用する、嬢ちゃん。俺はどうしたらいい」

女「化物…っ」

兄「すまんな。最後の最後まで妹ちゃんが頼りっぱなしだ、悪いと思ってる。でも、仕方ないんだよ」

兄「──それが俺なんだ。全て、俺なんだ。ごめん」

女「…いい、今はとやかく言うつもりはない。すまん、ワタシも黙っててすまなかった…」

兄「その話は後で沢山聞く。納得するまでちゃんと聞く。それよりどうする、この状況を看破するために俺はどう動けばいい?」

女「それは…」


カンカンカンカンッ!!!

女「鐘の音──聞こえたか、化物よ。ワタシの見解では【あの音】は未だアズサに戻せる」

兄「……」

女(鐘の音が聞こえる範囲であればの話だが、今此奴に語っても不安を煽るだけ、まずは)

兄「回数制限」ボソリ

女「……、なにっ?」

兄「【鐘の音が有効な回数】、そんなコトあったりしねーか嬢ちゃん」

女「そ、それはっ」

兄「はぁ、その動揺っぷりだとありそうだな。まさしく、嬢ちゃんが【考えてない】ってところを見る限りでも」コキッ

兄「明らかに敵は嬢ちゃんを困らせたい、予想だにしてない、不可能だ! って部分を痛く突いてくる」

女「…っ…」

兄「まったく嫌らしいぜ。こういった難しい話は嬢ちゃん頼りだっつーのに、思うように掻き回される」ハァ

兄「嬢ちゃん。今から全部、お前が出来ないって思うことを敢えてやってくると思ってくれ」

女「…しかし、だ。面倒くさくなると覚悟の上で言うが、それすら予想されていたら…」

兄「そうなったらもう俺が死ぬ気で頑張るよ。そん時は色々と諦めてくれ、人の命なんてポンポン亡くなっちまうよ」

女「…駄目だ、そうであっても活かせ、殺すな、人としてオマエは生きろッ!」

兄「──カッコ良いこと言ってくれるよ、マジで」

女「ワ、ワタシも死ぬ気で状況を看破する! オマエも死ぬ気でやれ…! 最強のふたりなら不可能はないはずだ、まったくもって!」

兄「…最強か、そりゃいい」

女「言うぞ化物、オマエの助言含め作戦を立てる。作戦内であれば存分に暴れろ、誰も止めやせん」

兄「ああ、頼む。嬢ちゃんの頭いいっぷりだけが頼りだ、どうか妹ちゃんを……助けたい」

女「……」

女「まずはその勘違いだけを解消させておこう、化物よ」

兄「勘違い、だと?」

女「事の真相はもっと深いのかもしれん。オマエの言うとおり、ワタシこそだから見破れん本当のオワリ──」

女「──赤い夜を産み落とす、その絶望を」


~~~


カンカンカンカンッ!!!


巫女「──ぁ…」クラァ


ズッサアアアア…


巫女(脳が、焼けるように痛、いぃいい、ああああああああああ!!!)ビクンビクン

巫女(この状況は、私はなにをしているっ、一体どのようことが起こって──)



【壊せ】



巫女「っ……ああぁあぁぁあぁああああああああッッ!! 痛い痛い痛い痛い痛いッ!!」

ベギギギッ! ボキボキボキボキッ…!

巫女「右腕が…っ…異様なカタチに変貌して…ッ」

巫女(里のみなはどうなって、私は、そうだ、吸血鬼様にミズネお姉ちゃんを呼び出してもらって……)チラ


ドクン ドクン


巫女「あ、…あ…ああ…」ドクンドクン

巫女(あの匣を本堂から持ちだして、なぜに、…そうだ匂いがしたんだ)

巫女「私の大切な友人を…護ろうと…」


メキメキメキッ!!


巫女「あぁああッ…あああああッ…!!」

巫女(どうして、どうしてどうして、こうなってしまったんだ、私はただ皆のために、里のためにただ───)

巫女(この体に生まれ、姉の命とともに、龍頭宗の長として立派に生きるために、全てを)

巫女「ただ全てを…守るために…」


【壊せ】


巫女「───………」

巫女(嫌だった。全部捨てたかった。なかったことにしたかった、もう怒られるのは嫌だ。もう嫌われるのは嫌だ)

巫女(一人で居たい。独りだったらこうじゃなかった、全部全部私一人では背負いきれなかった、だから、だから)

【ダイジョウブ、アズサ、ヒトリジャナイ】


巫女「だから…っ」ポロ

巫女(全部姉に任せた、全ての決断を姉に放り投げた。私はなんの取り柄もない人間、ただ姉の身体を受け継いただけ)ポロポロ

巫女(何も、何も一つとして守れず、作れず、ひたすらにもう一人へと押し付けてしまった)


【アズサ】


巫女「わた、しは…っ」ギュウウウッ


【──ダイジョウブ】

【コワシテアゲル】



巫女「そうだ…っ…私の身勝手な願いすら姉に託してしまったんだ…っ」

巫女「私はただの入れ物だからって…悩みも想いも気持ちも…お姉ちゃんに押し付けちゃった…っ」


パタタっ パタッ


巫女「…ごめんなさい、お姉ちゃん…私は…私は本当に…っ…!」

巫女(…お姉ちゃんがいなくちゃ何も出来ない、屑な人間…ッ)


ぞわっ

『──それは【運命】と呼ばれる、一人個人に設定された宿命なのさ』

『出来ない、やれない、残せない。くっく、よく凡人が零す愚痴の類だけれども』

『望むものに実力が伴わないのが世の常だもの。仕方ない、せいぜい絶望せず生きるだけ』


『しかし、宿命を背負わされたキミタチは違う』


『時に【一歩先でも凡人より進んでしまった実力】、それは捨ててはならない本当のチカラなんだ』

『絶望してはいけないよ。キミの身体は【まだ知らない】だけなんだ』

スッ

『壊してあげよう』

『常識を、壁を、認識を、実力を、全て本来のキミタチに変えてあげよう』

『それこそ世直し作り直し、これぞ良き世界を作る【効率手段】だからね』

『……あぁ』

『素晴らしい、素晴らしいッ、素晴らしいッ!!』

『人という器で破壊を生み出す異形! 異形! …偉業…』


『…キミタチこそ【死なない人生】だ』

『さあ望むがまま壊せ、壊せ、壊せ、燃え尽きる限り』



『───世界はオワリを望んでいるのだから』

巫女「ぁ…」


パキン!


巫女(壊さなきゃ、全部。まるごとなかったことにしなくちゃ、ダメなんだ)

巫女(そうしなきゃ気付かない。無くさなきゃ今の大切さを思い出せない。溢れてるから、忘れてしまうんだ)

巫女「人は…ありんこ程度の意味だけで十分なんだ…」


ズサッ!!


巫女「……」チラリ

門番「ハァッ…ハァッ…!」バッ

巫女(無駄な命、無駄な存在、世に無駄なものは息を吸ううことさえ無駄)

巫女「……」

門番「俺はもう、決めたッ! この場から動かない、絶対にっ、この箱を守るッ!」

巫女「……?」

門番「例えアズサ様、アナタであってもオレは抵抗する! 武器を振るう! 命令だって聞かない!」

門番「…それが正しいと、今は思えるからっ」ボロボロボロ…

巫女「ああ、美しいですね門番」

門番「…ぇ…」

巫女「今のアタナは輝いてる。人の常識外で物事を捉え、己自身の目的のみで行動している。それは破壊です」

巫女「──里の者達と異なった観点、それがアナタを突き動かす原動力なのでしょう」ニコ

門番「…アズサ、様…?」

巫女「素晴らしい、なんと見事な昇華なのでしょう。羨ましいです、括りから一向に努力せず立ち向かわない私では目も開けられない───」


【長ならばやれ】

        【何を迷う、持っているではないかチカラを】

                       【役立たずが、これでは里の質を疑われる】



巫女「羨ましい…本当に…」



【もういい姉をだせ。それで済む話だ】

【なぜ彼女が生まれ、あやつが生まれたのだ。不便どころか品にかける】



巫女「…本当に」


巫女「ああ、アナタを殺せばもっと壊す意味を知れるのかもしれない」


ダァンッ!!!!!


門番「あ…」

巫女(さようなら、ありがとう、心から感謝して殺されてくださいああ尊い我が里の生命の末端よ)



───がぁぁああん…


巫女「…」ピクッ


ババッ!


門番「ぐぅううううううううッッ!!!」ズサアアアアッ…

門番(間一髪ッ! ギリギリ避けれた…! というかアズサ様が直前に威力を落としたようにも、)

巫女「……」じぃー

門番(視線がこっちじゃない? 一体どこを──)チラ


がぁあああんっ


門番「箱…? 箱の中から音が…?」

巫女「──……ぁ…」ダダッ

門番「アズサ様!? くそっ、狙いは妹様か…!」グググッ

門番(なにっ!? 身体が思うように動かない、何故だ…!?)


ダッダッダァンッ!


巫女「ッ…!」ガッ


ベキベキベキベキッ!!

バゴォンッ!!


巫女「ハァ…ハァッ…!」

「遅いよ、このままじゃ窒息死するところだったじゃん」

巫女「…アナタは…本当にギギギギギギッ…アハハハハッ! ぐっ…妹様…!」

妹「良いよ無理して喋らなくて。大体のこと、うん」スッ


妹「──梓さん、貴女が悩んでたことわかったから」


巫女「……妹様」

妹「苦しい? そーいうの辛いよね、兄貴がたまにそうなって帰ってくる時があるんだ、なんでも壊したくなる気分ってやつ」

妹「どっかで存分に暴れて帰ってくればいいのに、家に帰るってことだけは絶対に忘れないからさ」

妹「……その境目で苦しがって、尚更暴れちゃうんだ」

巫女「っ…ぎっ…がァッ…!」ブルブルブル

妹「一体なにをみて、経験して、すべて壊したいって思うのかわからない。…私はただのふつーの人間だから」

妹「高校生なりたての、ただのガキだから」

妹「こうやって偉そうに口を開くことしか出来ない。どっかで聞いたことのある一般論しか言えないんだ」

妹「でもね、そうであっても【信じるよ】」

妹「何度挫けたって、何度悲しい目にあったって、人は必ず立ち上がれる」

妹「化物だからって、簡単に世界を壊せたとしても、…それはただの【可能性】だよ」

妹「私は友達だもん。梓さん、一緒に帰ろう?」

ぽたぽたポタ…


巫女(血が拳から、それほど殴ってこちらに興味を惹かせ…)

妹「ね? もういいよ、暴れなくてもみんなわかってくれるよ。ちゃんと話そうよ、全部をさ」

妹「辛いことは分かちあうのが友達だよ。…今まで居なかったのなら、私がそうなってあげる」

妹「──私は貴女がそうなる可能性に賭けたい。壊すことを望む貴女じゃなくて、一緒に笑える貴女を」


巫女「…………」


【また暴れたか。良い、匣で運べ】

【弱音は全てここで吐け。必ず里の者達に零すな、龍頭宗を思うのであれば長を穿け】


巫女「あぁ…あああ…っ」ボロボロ


【ダイジョウブ】

【アズサ、ツライナラ、コワシテあげる】



妹「大丈夫」ぎゅっ

妹「梓さん。辛いなら一緒にいて話を聞いてあげる、ちゃんと考えてあげる」

妹「──貴女が決めるんだ、なにをしたいのか誰でもない貴女が決めるんだよ」

巫女「あ…」


パキン! ……キンキンキンキン…キキキキキ…


巫女「ああ、妹様…私は…私はっ…!」


キィイン!


巫女「私は…逃げたのです、長としての立場に耐え切れず…全て姉に放り投げた…」

巫女「成さねばならぬ偉業お姉ちゃんに全て…全部、まるっきり…押し付けてしまった…」

巫女「それだけこそが私が責任を逃れる手段で…うまく行かなければ全部姉のせいだと自分を慰めた…っ」

巫女「…そうならば、私はなにも悪く無いと…思うことが出来ると…っ」

妹「……うん」

巫女「なのにッ! なのに普段の私は…姉のという存在を蔑ろに、普通に生きれぬ理由を姉のせいだと…」

巫女「姉が居なければ、貴女のような友人をたくさん作れたと…あぁっ…なんという傲慢な…ッ」ギュッ

巫女「──私という、存在は、この世に要らなかった」

妹「…そんなことない」

妹「例え梓さんが責任から逃げようとしてとしても、それはふつーのことだよ」

妹「私だって逃げる。大きいほど逃げ出したくなる、それがふつーのことなんだよ」

妹「いっぱいチカラを持ってても、ふつーに生きることを望んじゃダメだって誰が決めたの? 誰にだって決めつけられない、それこそ」

妹「……貴女が決めて動くべき瞬間だよ。梓さん」

巫女「……妹様…」

妹「ほら手を出して、梓さん。私の手を握って」スッ

妹「まずは仲直りっていうか、まあケンカなんてしてないけど。とりあえず握手しよ、ね?」

巫女(握手…この手で…)ゴキィン

妹「……」ニコ

巫女(なんと強きお方なのでしょう。醜い私に、このような優しい言葉をくれとは、私はなんて幸せものなのでしょう)

【アズサ】

巫女「───だからこそ、どうかご無事で【お逃げになってください】」

妹「え、」ガシッ

巫女「…お姉ちゃん、殺さない程度だよ…」ググググッ

【コワサナイテイド】

巫女(そう、壊さない程度。ここはもう何処も安全じゃない、なにより里に来てしまった彼女を救う手立ては無いのだから───)

巫女「宙へ、」


グォオオオオ!!


妹「ちょ、待っ!」

巫女「飛ばしますッッ!!!」ビュバァァアアアアア!!

巫女(──護らなければ──私は知ってしまった。私達は知ってしまった)

【コワシカタヲ】

巫女「…もう止められない、だから」


「──ああ、任せろ。【あんたが守りたかった奴は俺が守る】」バッ


巫女「…」ニコ

巫女(こうなる運命が私の宿命なら、きっと私は最初から壊れていたんだ)

巫女(産んでしまった未来は変えられない。だったらもう、私達ができることはただひとつ)


メキメキメキメキィイイイイイイイイ!!!


巫女「──最後に、願うだけ」スッ


妹「…ちょっと、なんで投げられて、つーか兄貴ぃ!?」

兄「着地の準備しろ、ちっと響くかもしれんから」

妹「そうじゃなくっ──梓さんは、なんで私、というか兄貴はなんでここに!?」

ずどぉん!

妹「うぎぃっ!?」

兄「っはぁー、やっぱ人抱えたまんまの着地は神経使うな。これぐらい離れときゃ平気……でもないだろうな、うん」チラ

妹「一体、なにをさっきから…っ」

兄「起こるぞ、巫女さんが一番警戒してたやつが。妹ちゃんを俺からさえも護って連れ出そうとしたモンが起こっちまう」

妹「え…?」

兄「……。少し同情する、巫女さんにも居たらこうならなかったかもって」

兄「妹ちゃんみたいな存在がいれば、もうちっと早くに変われただろうに」ジッ

兄「──……」


ズッッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

妹「っ…この音、なんの音…?」


~~~


女「…始まるか」

女(だろうよ、そうだろうよ。ワタシだからこそ思いつかない、そんな結果だ。ならそれしかあらずしてなんになる)


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

女「地響き、ガスの放出」

ボゴォ! ┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ┣¨┣¨┣¨┣¨!

女「くっ…地表が隆起し、地盤が割れ、木々が倒木していく…っ」グラグラ

女「地下数百メートルに空いた空間に溜まりに溜まった天然ガス、地下水とマグマ溜まりにより昇華された気圧が岩石を押し上げ───」

女「──複雑怪奇に波立ち、山の頂上へ昇る光景は、まさに龍の如し」



兄「…過去にこの現象を抑えこんだのが、巫女さんの先祖らしい」

妹「っ…っ…」

兄「祝い、祝福し、本堂を建て山の怒りを収めた」

兄「それは巫女さん血筋のみが遺伝子的に起こす二重人格の片割れ、そっちがやり方を何故か知ってたんだってさ」

妹「…やっぱり二重人格だったんだ」

兄「うん。でも、それも【時代の流れで災害だとみんなが知ってしまった】、途端に山の怒りは収まり効かなくなった」

兄「時代の流れに逆らわず、あえて寄り添うことで反映していった巫女さんの一族だからこそ、やっちまった過ちらしい」


女「自然にできた一歩先、常任では感知できん現象を皆が認識した」

女「それは常識と呼ばれ、もはや特異的な意味を成さない」

女「ならば長がするべき業とは。この里の存在理由、それすら山の力と共に栄光を閉ざす。隠れ里、龍頭宗に輝ける未来はない」


ズズズズズズ…


女「…だから吸血鬼が【保管】した」

女「例え紙に描かれた絵空事でも、形は人となって存在している。ならば調整し、改造し、山とともに生きる為【不死身の血】を溶き入れた」

女「…すべてはヴァンパイア家の栄光に」

兄「つーか、まあ、あれだ。この里はもう終わっちまうってさ」

妹「……」

兄「誰も望んでいない。ただあることだけが、この里の意味だから。山が山であるように、里も里があって意味がある」

兄「…望んだのは巫女さんだ、俺達にはどうしようもない」

兄「そして、望んだことをやり遂げられる。そのやり方を巫女さんは、今回の敵さんに植え付けられた可能性がある」

妹「…起こるの?」

兄「ああ、さっき巫女さんが地面を殴ってるのをみた。あれがキーになってアレが起こっちまう」

妹「…ドラゴン…」


女「ブレス」

女(今からでは里の連中を全員救い出すのは不可能だ。化物の話もある、皆が各自脱出を図っても間に合わない)

女「そして、なにより」


ズズズッズズズズズ…


女「…音だ…っ」ギュウウウウ

女(音が、鳴る。この音は、ああ、くそっ、この万能な脳みそが憎らしい! できないやれない、と思うほど、解決方法が遠ざかっていく…ッ)

女「ワタシの…吸血鬼としての常識が、壊されていく…ッ」ギリッ

ポタタ…

女「──どうか、頼む、どうか、化物よ…イモウトよ…無事にやり遂げてくれ…」ぎゅっ

ピリリリリ

女「…!」バッ


~~~


兄「この里は、もう壊れる。妹ちゃん、俺たちは逃げよう」

妹「……」

兄「最後の最後まで巫女さんは、妹ちゃんを救おうとしてた。俺もその意気込みを背負って行くよ。他人のために動く化物でいようと思うよ」

兄「この話は全部、龍頭宗の奴らが勝手に起こしたことだ。俺達にはなんにも関係ない、だから」

妹「兄貴」

兄「…妹ちゃん」

妹「ねえ、兄貴。もう朝日が昇ろうとしてる、次の日になっちゃうよ」

妹「…旅行、どうだった?」

兄「とんでもねェよ本当に。こんな大騒動に巻き込まれるとは思わなかった、さんざんな目にあったよ」

妹「そうだね、うん」

妹「確かにそうだよ、大変な目にあった」

スッ

妹「お兄ちゃん」

兄「……なあ妹ちゃん、ひとつだけ聞きたいんだ」

妹「うん」

兄「いやーまったく、おせっかいだってわかっちまってる。意味もないし大変だし、考えるだけで苦労背負い込もうとしてるって」スタスタ

ピタ

兄「だから、そんなお兄ちゃん死んじゃったらどうする?」ニッ

妹「…くす」

妹「だって死なないじゃん、兄貴」


~~~~

巫女「…これでいい…」グラリ

巫女(全部終わったんだ。私の選択で終わらせた、なにひとつ残せなかったけど、なにひとつ守れなかったけれど)

巫女(私だけの願いは、叶えられた)ドサリ

巫女「かっ…かはっ…!」

巫女「あ、はは…本当に皆様に申し訳ない…こんな私の最後に巻き込まれてしまって…いいように使われてしまって…」

巫女(無事に逃げおおせてください、妹様…)スッ

兄「おい、寝るな巫女さん」バチィイインン!

巫女「ぶほぁいッッ!!??」

兄「どうせ寝るならやることやって寝てくれ。あ、結構本気目で叩いたけど大丈夫…?
  肌が紫色のマッチョになってる方を殴ったけど折れてたりしてないよね…?」

巫女「??? っ…な、なぜに兄様がここ、にっ、というか妹様は!?」

兄「あそこら辺の屋根の上。行ってやってくれ、そして俺の代わりに連れて行ってくれよ」

巫女「…は、い…?」

兄「すまんかったな。本堂の時は頭にちぃー上ってて周りが見えてなかった。
  でも今は大丈夫! うん! めっさ巫女さん信用してるし、むしろ巫女さんしか信頼出来ないっていうか!」

巫女「ま、待ってください! 一体何をおっしゃって…っ?」

兄「一つ聞く。ドラゴンブレスは、あとどれぐらいで起こる?」

巫女「…っ…定かじゃありませんが、十数分もないかと…っ」

兄「そっかー十分程度かーマジか~」ぐったり

兄「…うん、ならなんとか里の人達全員ぐらいは抱えて逃げれそうかな、うん」

巫女「………は?」

兄「無茶な話じゃない。気絶してる人や、元から意識あって逃げるてる人も居るしな。そこは気が晴れるっつーか、面倒じゃなくていい」

巫女「あ、兄様…! なにをおっしゃって、貴方様も早く逃げてください!」

兄「俺は大丈夫。何千度の溶岩に打ち込まれようが、くっそ熱い空爆くらって睫毛も燃えなかったしな!」ニッ

兄「他にもたくさんあるよ? ロシア行ってそりゃ最初は溶け込めなかったし、女性のくせに拳で語れと無茶言う美女がいたりとかー」

兄「くっく、下着ドロ疑われてクルーたち全員に村八分的なことをされた時は精神的に参ったけれど…」

兄「──でもよ」スッ

バヂィイイイイインッッ!!

巫女「…ッ…!? 矢…が飛んで…!?」

兄「別に【里の連中全員に敵意を向けられても】、なんとかしちゃいなって思うんだ」


「……」ザッ
「……コワシタイ…」
「ァァ…ああああああああああ!!!」ガクンガクン

巫女「里の者達…なぜ…私はなんともないのに…!?」

兄「敵さんが最後に残したのは、このオチだろうな。ドラゴンブレスでの地響き、この音での里の連中の精神汚染」

兄「巫女さんには敢えて残さなかった暗示の一つ、流石だよ嬢ちゃん。予測通りだ…いやここは【予測外通り】か?」

巫女「……」

兄「ほれぼさっと寝てやがんな!
  相手は俺がする、無事にみんな気絶させて連れいく! 巫女さんは妹ちゃん連れて安全なところへ逃げろ!」

巫女「…わたし、は…っ」

兄「里のみんなと一緒に死ぬとか、馬鹿なこと抜かすんじゃねえぞ!」

兄「隠れ里? なんかもう一人いる? 知るかんなモン! もっと世の中にゃ大変で苦しくて嫌になることがたっくさんありやがんだよッ!」

兄「ちぃーせぇことで悩んで縮こまってんじゃねェ、俺は化けもんだけどちゃんと高校通ってクラスメイトに怖がれながらも頑張って赤点逃れてんだよ!」

兄「…絶望すんのはまだ早い、願って自分で壊したんだろ? だったらまた新しい願いを見つけに、手をついて、膝をついて、立ち上がって!」ググッ


兄「──化物として、人のために生きろッッ!!」

巫女「…っ…っっ…っ」ギュッ


【アズサ】


巫女「…ぁ……私は、」

【アズ、ジジジッ…アズサ…】

巫女(ごめん。お姉ちゃん、私、もっかい願ってもいいかな)

【ジジジガガガッ…ガガッ…】

巫女(最後のひとつだけ、ううん、また【もう一度】最後の願いを)

【──いいでしょう、それが貴女の選択なら】

【わたくしももう一度だけ、普通にしておいてあげます】

巫女「……普通に喋れてたんだ……」

【ま! なんて子かしら、わたくしがどれだけ苦労かけて自己暗示したと思っているの?】

巫女「て、てっきり【あの方】にすべて狂わされたかと…!?」

【あほいえ! コホン、あんな暗示程度効くもんですか。わたくしの存在は一にして全、全にして一。…干渉はここから施されたようですが】

【敢えて『貴女の願い』だろうと思い、乗ってあげたのです】

巫女「…お姉ちゃん…」

【お客人への襲撃、祭神具の錠前破壊、…これをわざと暗示のかけられた里の者達にやらせたのも貴女の為】

【例えそれが多くの死を生む結果となろうが──】

【可愛い妹の願い。叶えてあげるのが私の役目です】

巫女「……」

【さあ、多くの人たちを巻き込んで大迷惑な貴女の願い。くすくす、わたくしは貴女さえ生きてれば満足ですが】

【決着つけられるようならば、願ってみてはどうかしら?】

巫女「…お兄さま」

兄「わらわら出てきやがるな、本当に…あん?」

巫女「私は、進もうと思います。身勝手で他の者を巻き込んだ、この騒動。どう責任取ればいいのか図りかねますが…」

巫女「…私は…前へ進みたい…」

兄「そっか。じゃあ頑張れ」ぐっ

巫女「……」ぽかーん

兄「んだよ、もうそういうのいいってば。とっくに妹ちゃんで終わってんだろ、その会話って」フリフリ

兄「なら言うことなし。せいぜい頑張って、死ぬ気でやれ」

巫女「……はい…っ」

ダァンッ!

兄「…あーやっぱ気持ちがいい、人の為に動くって頭動かさなくていいからさ」

「…!!」ギュンッ

兄「こうやってすぐに行動に移せるんだ。迷ってると傾いちまう、弱くあっても意味が無い。強くあっても意味が無い」


ドゴォオンッ!


兄「──常に人を殺せる俺には、接待プレイが一番性に合ってる」ニッ

ズズズズズッ

兄「タイムリミットは、脱出含めて三分。カップラーメンの用意でも嬢ちゃんにさせておくべきだったか、ははっ」

兄「まあ、これが終わったら、そんな下界のごちそう奢ってやるから許してよ、みなさん」

ダァンッ!!!

~~~

門番(──…んだ、感覚が鈍っていく)

門番(口が開かない、手が足が、動かない。まるで自分の手足じゃないようで)


ガガァン! ギギギィン!


門番「……?」


「は、はははは、あははははははは!!!」


門番(笑い声、なんだろう、楽しそうな声──)

【コワセ】

門番(うるさい、声が、声が聴こえない)

【スベテコワセ】

門番(なんだ、何を壊せと? オレは護るモノ、龍頭宗の守り手として立派な戦士になるんだ)

門番(なんも壊しゃしない。壊させない。オレがみんなを護る)

【コワ──】

門番(黙れ。オレに指図するな、ならば先におまえを壊すぞ!)

【───】

門番「……黙りやがった」ぼんやり

門番「…ん…?」ぱちぱち


兄「ゲハハハハハアハハハハハハ!! まだこれだけェ!?
  まだあんだろ奥の手ってやつぅー!? そうだそうだそーいうのじゃんじゃん出しやがれよテメェラアアアアア!!!」


門番「……………」ボーゼン

兄「──あん? きゃああ!? お、起きてたの門番さん!?」カァアアア

門番「…まるで本物の物の怪だったぞ、オマエ…」ドンビキ

兄「い、いやっ、ちょっと一人だったし強い人達だったしぃ? なんか気が乗っちゃったってーいうか? 大丈夫大丈夫ッ! 手加減してるしねッ!?」

門番「…その顔、絶対に他人に見せるなよ、もう誰もオマエを人間だと読んでくれなくなるからな…」

兄「…ウッス…」

門番「それで…くっ…この状況は? というか! なぜに里の人達に襲われてるんだオマエは!」

兄「説明してる暇なしッ! 端的に言えば暗示架けられて暴走中、とだけ!」ガキィン

門番「暗示…?」

兄「何故か、門番ちゃんは無事みたいだな。仕組みはよくわからんが、気絶させればおとなしくなる。とにかく今は脱出だけを考えろ!」

門番「脱出って一体どこから、」

兄「里からだ! アレを見れば一発だ!」

門番(…! 龍息吹山が、まるで龍が昇る如く隆起して…!?)

兄「あれが限界まで膨れ上がっちまったらここら一体、地盤が地の底にどっぽん!
  だとさ! 嬢ちゃんは何やら秘策ありそうだったが、期待するなって言ってたし──」

兄「──門番ちゃんも早くここから逃げろ! 俺もあとから逃げるから!」ガァアアン

門番「逃げるたって、オレはこの里のっ」

兄「いいから逃げろッ! もうおまえが護るべき里は壊れちまった! もう、無い、どうしようもない! 俺達ができることはひとりでも多く救うことだ!」

ガァアンン

兄「くッ…辛いかもしんねぇが、これが龍頭宗の終わりだ…ッ!」ググググ

門番(里の終わり? 隠れ里、龍頭宗の…終わり…?)

門番(…小さい頃からずっと里を護るよう育てられた、それだけがオレの全てだった。オレの全部だった)

ズズズズズッ

門番「…なのに、」

【──セ】

門番(じゃあ、オレは一体、なにを)

【─ワセ】

門番(これから何を願って生きていけば)

【コワセ】

「───門番ッ!!! 危ないッ!!」

門番「……ぇ」

ドッサアアアア…

門番「っ…物の怪…!?」ハッ

兄「くっそ、躊躇なく刺しやがって、ああもう槍が貫通するなんてどれくらいぶりだよ…ッ」

ズズッ ポイッ カランカラン

門番「だ、大丈夫かッ!? 怪我は…!?」

兄「なーにすぐ治る。それよりも早く逃げろ、どうやら門番も狙われ始めてるぞこりゃ」


「あぁ…あ…ああ…」
「こわーせこわせこわせこわせコワセ」


門番「っ──あれは、オレのアニキだ…アネキもいる…ッ」

兄「──……、そうか兄妹か、そっか」ギリッ

兄「アッタま来んなマジで。仕組んだ奴、どうぐちゃぐちゃのボキボキにしてやろうかなァ…!」

門番「……」


【コワセ】


門番「……良い、大丈夫だ」グッ

門番「平気だ。そうだ、オレは変わらない、最初から最後までこの里の守り手なんだ」


【コワセ】


門番「黙れ。オマエの望みは聞かないぞ、オレはオレの望みを叶える」


【──……】


門番「壊れたなら、もう一度だ。もう一回を何度も繰り返せばいい、そのための【護り手】だ。何度も何度もオレは壊れても守り続ける」

【──マモリツヅケル】

門番「そう、それがオレが望む未来だッ!」キィイイイイイインッ!

門番「お?」すくっ

兄「おわっ!? ど、どうしたもう立てるのか…!?」

門番「……」ぐるんぐるん

門番「わかんねーけど超身体かるい、なんだろ、すげー動けそう」

ヒュン

門番「うぉっと」バチィイン

兄「……」ぽかーん

門番「……。おい物の怪、オレも手伝うぞ」ぽいっ

門番「オレにできることは護ることだ! 里のみんながおかしくなってるなら、オレがみんなを救ってやる! 護ってやる! 全力で、みんなを!」

門番「──誰一人、壊させやしねぇってなッッ!!」ググッ

兄「…じょ、上等だ門番ちゃん」

兄「ならいっちょ俺の背中護って見せろ。ああ、くそっ、一度言ってみたかったセリフをここでいうとはな…っ」ゾクゾク

門番「…キモいぞ物の怪!」バッ

兄「キモいは褒め言葉だっつーの!!」ダダッ


~~~

巫女「…ガハァッ…!」ドタリ

妹「あ、梓さん!?」

巫女「申し訳ありません…っ…身体が思うように動かずに…」グググ

妹「む、無理しないで良いから!」さすさす

巫女「妹さま…」

【なんて優しいお方。ふふ、惚れちゃいそうですわね】

巫女「お、お姉ちゃんは黙ってて…!」

妹「ふぇい!?」

巫女「あ…その…私は…っ」

妹「あ、うん、なんとなーくわかったから大丈夫、お姉さんと会話出来てる感じ?」

巫女「…はい、そのとおりでございます…」

妹「なるほどね。じゃあ、ちょっと私も会話できたりできる?」

巫女「へ? おねえちゃ、ゴホン、姉様とですか…?」

妹「少し話しておきたいことがあるんだ。もしかしたら、この件が終わったら閉じこもる可能性も考えられるし」

【…手強い】

巫女「…図星だったようです、今から変わりますね」スッ

巫女「【あら、強制的に閉めだされましたわ。やるわねあの子】」

妹「こんにちわお姉さん。お名前はなんておっしゃるんですか?」

巫女「【……。貴女も突然の登場になんの驚きもないとは、下界こわい】」

巫女「【良いでしょう、わたくし名をミズネともうします。以後、お見知り置きを】」

妹「こちらこそ。それで3つ質問です」

妹「一つ目、兄貴と女さんを強襲したのは貴女の指示ですか?」

巫女「【その通りです。結果はこの通り、吸血鬼様がワタシタチを疑い梓弓を使うまでを誘導するのが目的でしたわ】」

妹「二つ目、貴女は梓さんを大切に思ってますか?」

巫女「【……。二つ目がそれならば、3つめがやや恐ろしく感じますわね】」クスクス

巫女「【無論、そのとおりで御座います。この子がいなければわたくしは居ない、共同体故に親愛せずしてなんになりますか?】」ニコ

妹「もっともな意見です。では、最後に」

妹「──ドラゴンブレス、収め方を知ってますよね?」

巫女「【ほ、】」

巫女「【ほほほほほほほ!! キャハハハ! …コホン、なんとも、これはこれは】」

巫女「【ええ、無論です。知ってて当然ですわ、やり方自体は【植えこまれ】ましたが、そもわたくしの存在は息吹山の収め役】」

妹「でしょうね。兄貴の話では先祖代々、努めていらっしゃったと」

巫女「【しかし】」ニコ

巫女「【今回の噴火は理解外です。すでに限界寸前、ここまで龍が気多ってしまえば収まりがつかない。祝福の言葉も通らないでしょう】」クスクス

妹「それが里の人たちを巻き込んでしまっても?」

巫女「【…少し勘違いをされているようで】」

巫女「【里の者達はチカラなき者達ですわ。少なくてよく、多くても良い。減ろうが増えようが龍頭宗の名に意味はなし】」

妹「……」

巫女「【里の者たちも暴走こそすれ、山と共に散るのも本望でしょう。ならば先程の質問通り、わたくしはアズサのみ生きれば十分なのですよ】」

妹「…そうですね、そんな感じだと思ってました」

巫女「【ええ、貴女方には感謝しております】」

巫女「【梓の願いを叶える切っ掛けをお作りになられた、例え被害が産もうがそれは多少の犠牲。代償なしに願いは叶えられませんからね】」


妹「……」ジッ


巫女「【なにか?】」

妹「させませんよ、そんなこと」

妹「誰一人犠牲なんて出させない。そんなバッドエンドは迎えさせない」

巫女「【…自覚されてる通り、口だけは大きいようで】」クスクス

妹「ええ、そのとおりです。私はなにもできない、なにも救えない。ただ口を開いて会話するだけの、なににもなれないちっぽけな人間です」

妹「でも、それがどうしたんです? 希望も口にできず、嫌なところしか吐けない人間よりマシじゃないですか」

巫女「【………】」

妹「貴女は間違ってるとは思わない。梓さんには貴女が必要だった、だからこうなった。それは誰がどう言おうが仕方なかったことです」

妹「だから、だからこそですよ」

妹「…貴女が叶える願いは、私が上書きさせる」

巫女「【フッハ! くくく、いいですわぁ、一体貴女になにができて?】」

巫女「【例え貴女のお兄様がすべて救ったとしても、噴火は止められない】」

巫女「【神聖な龍息吹山はもう誰も止められない! わたくしであれ、なんであれ! 怒り狂った龍はもはや神へと昇華され、噴火を促す…!!】」



妹「……【そこ】だ」ビッ



巫女「【…え?】」

妹「やっぱり引っかかる。なぜ貴女はずっと【噴火】と言い切るんですか?」

巫女「【………】」

妹「確かに今から起こることは噴火でしょう、いろいろと女さんから火山の噴火種類は聞きました。ここの山は水蒸気を貯めこんで放出すると」

妹「けれど、兄貴も言ってたんですが【脅威は地盤沈下】だけだったと」

巫女「【言葉の綾ですわ。わかりやすく伝えるために、ただ、】」

妹「ありえません。断言します」

妹「貴女は神聖なチカラ一部、それを象徴する龍息吹山の現象のことを単なる噴火だと端的に言いますか?」

巫女「【……ッ】」

妹「里の人たちと自分を区別するあなたに、チカラを示すものをないがしろにするはずがない。けれど、貴女はそれをやった──」


妹「──つまり、隠したい【何か】がある」


巫女「【それ、は】」

妹「教えて下さい。貴女の願いの叶え方には、濁りがある」

妹「本当に望むハッピーエンドが作れるはずです。なのに、貴女はそれを隠してる」

巫女「【…っ…】」


【お姉ちゃん、それ本当なの?】


巫女(わたくしは、なにも)


【だってこんなにも動揺してる。隠せるわけがない、私たちは一緒なんだから】


巫女(ッ…梓、わたくしは…っ)


【お姉ちゃん。ごめんね、本当に、ごめん。…もう何度謝っても許してもらえないだろうと思う、けどね】

【私は願いたい。もうひとりで駄々をこねるはやめたい、きっとこうだからって諦めるのをやめたい】

【だから、信じて。もう絶対に絶望したりしないから、絶対に最後までやり通すって約束するから】


巫女(…梓……)

巫女「【…妹様】」

妹「はい」

巫女「【願うのは里の崩壊なのですよ。だから、わたくしは彼女に因子を残したくない。また破壊を望む妹を見たくないのです】」

巫女「【……誓えますか、そうならないと】」

妹「誓うも何も、もう友達ですから」


妹「一緒に頑張ろうって、いうだけですってば」ニコ


巫女「【…なんともまあ、お強いお方でしょう】」

巫女「【──わかりましたわ、龍頭宗の長の片割れ、このミズネ】」スッ

巫女「【このチカラをすべてを捧げましょう】」

妹「…ありがとうございます、ミズネさん」ペコリ

巫女「【ただ、しかしですわ】」

妹「え?」

巫女「【解決させる手立てはありますが、ただ手段が足りてない。行動を移すのに圧倒的に人手不足。これでは成せません】」

妹「い、今から兄貴を呼んでくれば…!?」

巫女「【あちらも里の者たちを救うことに手一杯でしょう…むしろあちらこそが手が足りぬ可能性も…】」

妹「そんな…っ…じゃあやりたくてもやれないってことですか…!?」

巫女「【それは、】…お姉ちゃんは良いよ、私が説明する」

妹「あ、梓さん?」

巫女「やり方はあります。ああもう、お姉ちゃんは黙ってて! …けれどそれには一つだけ妹様にお願いがあるのです」

妹「…っ…自分が犠牲になるとか言わないでよ…!?」

巫女「流石です、妹様…私とお姉ちゃんがギリギリまで居残れば、なんとかで切る可能性がある…」

妹「それじゃあ意味が無い! 貴女の願いはそれじゃかなわないッ!」

巫女「ええ、ですがみなを救える」ニコ

妹「…ッ…!」

巫女「私の願いは、それなのです。みなの言葉、本当に感謝しております」

巫女「…だから最後に、私も叶えたい。貴女を救いたいと」クルッ

妹「梓…さん…ッ」ぎゅっ

巫女「どうか、ご無事で。ふふ、大丈夫ですよ。お兄様とも約束しました、やることをやって寝てしまえと」

巫女「…ならできることをやり通そうと思います、最後の最後まで。諦めずに」

【…アズサ】

巫女(うん。ちゃんと決められた、これでいいよね、お姉ちゃん)

【なんとも無様、いえ、長としての勤めるのですね貴女は】

巫女「そうだよ。これが私が決めた、未来だから」

【……】

巫女「さあ、行こう」ググッ



『──あー、あー、マイクてすと、聞こえるかオマエら』


巫女「え…?」

妹「え、あれ、この声…女さん…?!」

『やっとワタシの声が届いたか。地盤の摩擦で電磁波が起こっておってな、連絡が遅れた』

『さてみなのもの』

『話はイモウトの携帯越しに全部聞いた。あーもう、バラバラうっさいぞ! ったく、やっぱ隠しておったかミズネ。この山の【結果】を』

巫女「…!」

『ならば話は早い。手段が足りないのであれば【ワタシがなんとかしよう】』

巫女「し、しかし貴女様一人ではなにも…!?」

『一人?』


───バラバラバラバラバラバラッッッッッ!!!


妹「きゃあ!?」ブワァッ

巫女「こ、これは…空飛ぶ乗り物…!? ヘリ…!?」

『そんなところにおったか、探したぞ。なーに安心しろ、もう大丈夫』

『──我がヴァンパイヤ一族、すでに到着済みだ』


~~~


兄「…くそ…ッ」

門番「はぁっ…はぁっ…! まだ終わらねーのこれ!?」

兄「どんだけ里の連中隠れ潜んでたんだ!? すでに里ってレベルじゃないだろこれ!!」

門番「オレもびっくりしてるよッ!」

兄(これじゃ、ああ、もう間に合わんかもしれん! 気絶させた人たちも運ばならなんのに、一向にそっちに迎えない!)

兄「これじゃあ───」スッ


兄「──……嘘だろ」

門番「ど、どうした物の怪!? ぎゃー!? もうダメだァー!?」

兄「……くく、ははっ」

門番「気でも狂ったのかよぉ!?」

兄「ああ、もしかしたら幻想見てるのかも。でも、ありゃ違うよなァ!」


『α部隊、ソンビ共【このまま飛べぇい】』

『御意』ババババ!!


門番「ッ──!? あれは…!? なんかうっさいのから、人が落ちてきて…!?」


┣¨┣¨┣¨┣¨ドドドンッ!!


門番「……ふつーに落ちたけど…ありゃ一体なん、」


ぶわぁっ!


黒服「かかれ」

黒服「御意」
黒服「御意」
黒服「御意」


門番「うわぁっ!? い、生きてる!?」

兄「──ゾンビさんたち! 気絶した奴らを頼む! こっちはどうにかすっからさ!」

黒服「し、しかし貴方を優先に救出しろとのメイド長から…っ」

兄「あほいえッ! 俺がこんなところで死ぬタマかって通信で伝えろっつーの!」

黒服「…御意」

兄「くっく、こりゃ百人力だ。すっげーよ、もう大丈夫だ門番!」

門番「そ、そうなのか? 確かに黙々と運ばれて言ってるけど…」

兄「ああ、兄妹はみんな平気。あとは残りを取り押さえるだけでいい」

兄「──行くぞ、相棒!」

門番「っ…お、おう!」テレ


~~~


「まあまあまあまあ」

「なんて素敵な、あぁんもうお兄様ったら、ふふふのふ」


メイド「あのように煌めくよう駆ける姿。貴方さまの可憐メイドこと、このマミー」

メイド「じゅんじゅわーって感じです」ポッ

「──マミー、いい加減にせい。全通信に響いておるぞオマエの声が」


執事「ああまったく、相も変わらず無茶な小僧だの。あの山はなんだ、屍の礎か? 何たる化物具合、世が世ならば鬼神と恐れられるぞ」

メイド「それこそ兄様なのですよ。ああもう、やっぱきゅきゅんです」

執事「無駄話は良い。お嬢、儂らはどう動くべきかの?」

女「待て、今聞いておる。…ふむ、なるほどな」

女「今、イモウトとアズサが【ドラゴンブレス】の頂上へ昇る」

メイド「妹様までですか? 何故に…」

執事「どちらにせよ災害からは免れん。放置するより連れて行くほうが得策だということだろうて」

メイド「成る程」

執事「貴様もバケモノだけ見ずして状況把握に専念せんか」

メイド「やるときはやるのが秀麗メイドの嗜みです」

執事「言葉も通じらん。もうやめたかのーこの仕事ー」

メイド「筋肉と気配消ししか取り柄のない爺に、なんの仕事がありますか?」

執事「貴様、とうとう同僚としての容赦は捨て去りおったな。あー二次元のメイドと戯れたい、萌え萌えじゃんけんしたい」


バラバラバラバラッ!!


女「化物ォー! きこえるかぁー!!?」

兄「っ? おおっ! きこえるぞーーーー!!」

女「相も変わらず化物な聴覚だな、まあいい! 今、アズサとイモウトがドラゴンブレスの頂上へと登った!」

兄「………ハァアアアッッ!? なんで逃げてないんだアイツ等!?」

女「諸々諸事情はある! しかしッ、ワタシの言葉を信頼しろ! そしてイモウトとアズサを信頼しろッ!」


女「──必ずドラゴンブレスは食い止めるとッ!!」


門番「物の怪…ここはオレに任せて妹様の方へ行ったらどうだ…?」

兄「…ぶっちゃけ、行きたくてたまらないよ俺」

兄「でも信じる、きっとどうにかできるんだろ。だったら俺がやるべきことをやり通す、それが兄貴ってもんだ」


グググッ


兄「かっけぇ兄貴でいてーからな、何時でもどんな時でも」

門番「…おう」

女「…了解は得られたな、ではッ! ワタシたちは頂上へと向かう! ああ、それともう一つ──」


ズッドオオオオオオン!!


女「【一人手助けを送った】【存分に暴れてこい】」

門番「ッ…また誰か落ちてきたぞ、今度はすげー地響きだったけど…!」

兄「…ははっ…こりゃ今度は千人力だぜ、まったく」


「万人力の間違いか、小僧」ブワァ!


執事「クハァアアア! バハァッ! 久しぶりの戦場、枯れた心身ともに心躍るわい」

執事「どれ、儂の遊び駒は果たして何奴かのぉ?」ズンズンズン


「…ッ!」ババッ


執事「お? クハッ! 貧相な割に機敏に動きまわるではないか、夕焼けに飛び回る蜻蛉の生まれ変わりか?」

執事「ならば───首を落とすか、羽を百喰か』スッ

門番「は、消え、た!?」


「ッ…!? っ…!?」キョロキョロ


『つまらん。児戯にも満たぬ【気配消し】、この程度見破らんで儂に歯向かうか』

『束となり壁となり山となろうが、その生き様、幾ら増しても腹の足しにもなりゃせんわ』


執事「──粛清ェエエエエエエエエエイイイイイイ!!」ズドォオオンッ!!

門番「………」ぽかーん

執事「小僧。このれべぇるで手を焼いておったのか、笑けてくるぞ。大いに笑うぞ、過去に儂へ楯突いた記憶は消し去るべきか?」

兄「…無茶言ってくれるよ、俺も全力でやれりゃやってるさ。でも、あんたみたいに引き際弁えない奴らなんだ。嫌でも手を抜く」

執事「クッハ! ならば教えたであろう【やり方】を。趣味を極めれば技となり、そして武となる、とな」

兄「へっ? あ、もしかてアレ使えっての…?」

執事「許可する。小僧の熟練度ではむしろ枷、本来のチカラの3分の1も出せまいて」

兄「まじかよ! 良いこと知った、だったら最初から使うってのに!」キラキラ


すっ たん


兄「──八極拳、こんな感じのかまえだったっけ?」

執事「及第点」

兄「これは手厳しい。けど、いっちょやってやんよ!!」ギュルルルルウ

兄(肩、腕、背中、これら一体を壁と捉え、向かってくる相手に【衝突したと勘違いさせる】合わせ技のカウンタータックル──)

兄「──鉄山靠ッッ!!」ドッボッッ!!!

「ぐはあ、ッッ!!?」

兄「んんんんんんんんッ!!! ハァアッッッ!!」ドッゴォオオン!!


ギュンッ! ズサアアアア…!


兄「……キモチイイ」

執事「馬鹿者、それは単なる体当たりだ。予備動作がわかりにくい、単なる体当たりだろうてッ!」

兄「ハァァッ!? どーみたって上手く行ってただろ、完全に拳法使えちゃってただろーが!?」

執事「氣の通っておらん技に法を語るな。クッハ~、やはり化物に人の理を学ぶなど不可能であったか…」

門番(よ、よくわかんねーけど、とにかくヒゲモジャの大きい人来てから、里のみんなが怯え始めてる…)

門番「あ、あの、…お名前はなんという、いうんですか?」


執事「ムッ! ──小童、貴様もしや【なちゅなる】か?」


門番「へっ? な、なちゅなる…?」

執事「クハハッ! なんとなんと、龍頭の血筋の取り巻きに覚醒者とは」

執事「他の二頭が耳にすれば頭の痛いどころじゃないわい、マジわろえるわッ! フゥ~~~~ムウ」じろじろ

門番「え、えっと…」

執事「小童、我が名を知りたければ無事にこの場を生き抜け」

執事「そしておのが血を輝かせるが良い、貴様に宿る宿【命】は燃え尽きてこそ意味を成す」

門番「は、はあ…?」

執事「残り余生に楽しみができたわい、クック」

執事「クハッ、おい小僧! 貴様はまったくお人好しよ、不慣れな小童を先導するため限りなく手を抜いておったか!」

執事「笑えんが、惹きつけるものは実に出来がよい、今後も儂を笑わせろ」

兄「ッ~~~…あんま調子に乗らせたくないから言わなかったけど、門番ちゃん」

門番「な、なんだ皆してオレに何を斯くしてやがんだっ?」

兄「……。多分、今のお前って巫女さんより強いと思う…」ボソリ

門番「……。ふぇえええええええええ!!??」



女「…あの門番…」じっ

メイド「どうか成されましたか?」

女「いや、エメトがどうにかするであろう。マミーよ、頂上へ向かえ」

メイド「お嬢様」

女「なんだ?」

メイド「……。確証が無い根拠で申し訳ありません、ですが」

女「もしや【視られてる】か?」

メイド「はい。視線を感じます、詳細までは分かりかねますが…確実にあの方は近くに」

女「…そうか」

女「ならば、見せつけねばな。ワタシという存在を、ヴァンパイア家頭首としての在り方を」

女(やらわせはせんぞ、赤い夜は必ず阻止してみせる、絶対にだ)


~~~

妹「なるほど。つまりこの山は『噴火しないからやばい』と」

巫女「はい。今、龍唯吹山のマグマ溜まりでは爆発寸前の水蒸気が溜まっております」

巫女「高効率で排出するには頂上付近の岩肌地帯、その岩石を取り除く必要があるのです」

巫女「吸血鬼様が言うには、マグマ溜まりが二段階に分かれているそうで──」

巫女「─一階層目に溜まった水蒸気、それが二階層目に流れ落ちた際に莫大な圧力がかかり、地表全てが巻き込まれると」

妹「本来、噴火とは圧が低い地上へと逃げるのに、この山は【その岩石】のせいで地下に水蒸気が戻される…とんでもない、こんなの自然に出来ていいものじゃない…」

巫女「『ごもっともな意見ですわ。まるで全てを飲み込み糧とする龍の如し』」

妹「今は二段階目のマグマ溜まりが、地下水とマグマで排出する水蒸気で平気…だと行ってましたけど、この時間制限とは?」

巫女「『温泉ですわ、妹様』」

巫女「『この地下水。源泉が枯れかけております、すなわち水蒸気を発する元がなくなれば膨大な空気はそちらへと向かう』」

妹「…それは」

巫女「『妹様。わたくしのチカラを一つ明かしましょう、わたくしことミズネの力は【水源】の場所を当てるのです』」

巫女「『龍唯吹山には多くの水源が眠っておりますわ』」

巫女『枯れれば次を言い当て、また次を言い当てる。これぞ水を由来にして繁栄した、我がチカラ』」

妹「…じゃあわかるんですね、今の源泉が切れるタイミングか」

巫女「『というか止めました。さっき地面を殴打した時がそれですもの』」

妹(まったく規格外の話だよ、本当に)

巫女「『交流する地下水の本源、その本元を止めたからには他の水源を流し込んでも無意味。ならばやることは一つ、』」

妹「…地上に穴を開け、溜まった水蒸気を地下じゃなく上に出す。本来の噴火を起こすってことですね」


『そのとおりだ、イモウト』


巫女「吸血鬼様…! 里の者達、そして兄様方は大丈夫でしたか…!?」


『ぬかりない。我が一族が総出で取り掛かる、安心しろ』

『そして今回の作戦だが、心して聴け。単に穴を開けては本末転倒。ただの噴火とは聞こえが良いが被害の規模はその名の通り災害だ』

『例え水蒸気噴火であっても、里の者たちを巻き込む可能性がある。──そこで天才的頭脳を持ったワタシの出番ということだなッ!』


妹「ほんと期待してるよ女さん…!」

『お、おう』

『コホン! オマエ達はこのまま頂上へ向かえ、そして岩肌地帯、通称『逆鱗』でワタシが選んだ岩を粉砕してもらうぞ』

巫女「…壊すことなら私には簡単です。ですが、精巧な威力など私は…」

『案ずるな、ことは災害。きちんとカバーしておる』

『マミー準備はいいか』

妹(マミーさん、って。ああ、確か兄貴が行ってたメイドさんの…)

妹(顔にいつも包帯を巻いてて、でもとったらめちゃくちゃ綺麗な人だったとか)

『ええ、こちらの準備は整っております』ガチャチキィンッ

妹「ん…? この音は…?」

『──.950 JDJ』

『ふふふのふ。世界最大95口径ライフル弾『.950 JDJ』、弾頭重量233g、秒速670mで対象物を『粉砕』する威力は文字通り【粉すら砕きますよ】』

『もはや私の手首並みのシルエットは既にギャクの域。エメトの見せたら抱腹絶倒もの』

妹「…………………えーっと」

『あら、もしや反動を気にしてらっしゃいますでしょうか? ええ、勿論、頭イッてる銃好きファッキン野郎共が赤子同然に吹っ飛ぶぐらい化物級です』

『むろんワタシが改造してほぼ反動なしにしてやったライフルだから平気だけどな!』

妹「う、うん! わかった、メイドさんが銃で色々やってくれるのは……それで、タイミングはどうしたらいい?」

『開始はそっちが到着次第に始める。事は早急に終わらせたいのでな』

巫女「は、はい、ではすぐに向かいます…!」ダァンッ

岩肌地帯

巫女「つきました吸血鬼様…! 何から始めればよろしいでしょうか…!?」

『む…煙いな…ちょっと待て、イモウトよ』

妹「え、私っ?」

『ああ、オマエに渡した指輪があるだろう? それをこっちに掲げてくれ。できれば朝日に照らしつけるように』

妹「えっ、あっ、昨日の朝にくれた銀の指輪か…!」ゴソゴソ

妹「こ、これでいいの?」キラキラ

『よし、見えたぞ! マミーも肉眼で確認しろ、そしてアズサ、そこから北に十歩、右手にある大岩を押しこむように叩け!』

巫女「十歩先の右手の岩、…大岩というには可愛らし過ぎる響きでは…」

『今のオマエならば容易いであろうに! 時間が無い、とっととやるのだ!』

巫女「お、お姉ちゃん行くよ…? 『ええ、やりなさい。ある程度は手加減するよう気をつけますわ』」

巫女「えぇえいっ!」ズガゴォン!


ズズズッ…グラグラグラグラ…

妹「う、うわあ…あんな山みたいな岩が地面に埋まった…」

『既に地面が流体化しておる。熱、電磁波、摩擦、これら起こす現象は規模がデカイほど急速に物体は崩壊していくからな』

『さて、初撃は好印象。龍もよほど機嫌が良いらしい、己の弱点を触れられ未だ暴れださん』

妹(あ。なんとなくわかった、今からやっていくのっていわゆる『わにわにパニック』みたいなってことか)

『今の目的は【選別】だ』

『的確に龍の怒りを【買いそうで買わない鱗】を押し込んでいく。絞りこまれていくのは一番触れてはいけない【本当の逆鱗】』

巫女「てりゃー!!」ドゴォーン!

『一歩間違えれば途端に龍が怒り狂い、すべてがおじゃんになる。無事に最後の逆鱗が露わになれば、最後にそれを無理やり押しこむ』

妹「すると、起こるのは指向性の噴火ってこと?」

『イグザクトリー! そして圧力の先が、龍の怒りがどこへ向かい、なにを起こすのか』

巫女「『ええ、わかっておりますよ、吸血鬼様』」

巫女「私たちにはその結果を知っている」ズドゴンン!

妹(えーと、つまり梓さんたちは『最後の一本の歯』をおした時、『ワニがどう口を閉じるか』わかってる、みたいな?)

妹「そっか、地上に逃げた圧力…どこから水蒸気爆発──ドラゴンブレスが起こるか知ってるから、その一点に的確な穴を開けるんだね…!」

『流石だイモウトよ! 穴を開けるには衝撃が必要不可欠、なのでトンデモ弾丸を用意させてもらったというわけだ』

『アズサ達よ。良いぞ、あと二つだけだ。どちらかが本元の逆鱗に違いない』

巫女「はぁ…はぁ…はい、わかりました…」ギュッ

巫女(体力の消耗が激しい…例え無事に成功しても、妹様を連れて逃げるのはもしや…)

巫女(…お姉ちゃん、もしもの時はそっちに任せるね。好きに私の身体を使っていいから、とにかく妹様だけでも助けて)

【……それは貴女の身体を保証できませんわよ、梓】

巫女「上等だよ…ッ…今更泣き言なんて言ってらんないもん…ッ!」ググググ

【ふふ、キャハ! キャフフ】

巫女「…その笑い方、本当に直らないね昔から」

【良いではないですか。にしてもいい加減、そろそろ姉離れをして欲しいものですが。ふふ】

巫女「…考えとくよ、これが終わったらねッ!」ダァン

『──左だ、左の尖った岩石! それをぶっ叩け梓!!』

巫女「はいッッ!!!」スッ

巫女(これを叩けば、あとは穴を作りに行くだけ───!!)



メイド「……ッ」ガチャッ

女「? どうした、きちんとスコープで確認を──」


メイド「誰か居ますッ! 妹様たちの至近距離、なんと言う高度な気配消し──!」

女「なにっ!?」

メイド(何故、ここまで近づけたのですッ? 視線は感じていた、高射での俯瞰視点であり優位な立場でなお上回る、その…ッ)



妹「───!」ピクッ

妹(嫌な、予感がする。あれ、居ないはずなのにどうして)

妹(まるでそれは兄貴が起こすような、嫌なタイミングの気配)

妹「あ、梓さんッ! 気をつけて、なにか……!!」

巫女「え?」ヒュン

…ストン

巫女「──これ…コフッ…ぁっ…うそ…」ぐらっ

巫女(胸を矢で刺された、誰に、何故気配を察知できず)

妹「梓さんッ!! 梓さ…ッ」ハッ

妹「…誰なの、そこにいるの…?」


『……知らなくて良い、僕はただの一般人。キミと変わらない、普通の人間さ』


妹「…ッ…」ビクッ

『おや怯えているね。無理もない、僕ら人間は化物なんて目の前にしたら腰が引けて足が震えて手が震えて、ココロが震えて』

『──思わず武器を手に取り討伐しにかかるよね?』

妹「アナタは…誰なの…?」

『だから力なき人間さ。何処にでも居て、何処にでも消える』

『雑踏の中で通り過ぎる他人の一人で、昨日は顔を合わせなかっただけの存在』

『ただ今日は偶然にも出会ってしまっただけ、なるほど、そりゃ運命だろうか』

ズズズッ

『ならば祝福しよう、今日という奇跡に』スッ

妹「ひっ、あっ!」ゾクゥウッ

『素晴らしい。普遍的な日常を編み続ける日々に降って湧いたアンライン。見方を変えればそれは芸術かな? それともゴミかな?』ギュッ

妹「あぐっ…はッ…はぁッ…!?」

『…奇跡は、絶望がなければ意味が無い』

『運命とは奇跡と絶望が交差し合うことで永遠を刻み続けるんだ』

『蔑ろにしては可哀想だろう? 嫌だ駄目だと捨てちゃ悲しいだろう?』

『果たしてキミはどんな希望を望むのかな? 僕はその結果をどうか知りたいんだ、そして協力して叶えてあげたいんだ』

『まあ僕は【壊し方】しか知らないのだけれども、クスクス』

妹「はッ、がっ…せ…ろう…!」

『なにかね?』

妹「離、せッ! くそ、やろうッ…!!」キッ

『ふっ、アハハハ! いいね、面白い。僕の好みだ実に良い』パッ

妹「…ッ…っ…!」

『おぅっと怖い怖い。キミ、銀の指輪持ってるだろう? ありがとう僕に向けないでくれて、危うく寿命が大幅に消え去るところだった』

『なんて優しい僕は【化物の兄を持ち、吸血鬼と友となった君だけ】に特大なヒントをあげるのさ』

妹「……!」

『さて、上の現当主はそろそろ気づくかな?』

『相も変わらず規格外の現象に頭が弱いなあ、大したナチュラルでもないくせに出しゃばるからこうなる』

『そして…』ダンッ

巫女「…ッッッ!!」ズドゴォオオオオン!!

『残念だよ。そしてオメデトウ! 君たちは破壊を元に新たな一歩へと踏み込んだ! それは成長、それは成功、それは正常だよ!』

巫女「『よくもまあ顔を出せたものですわ』」

『…なんだ姉の方か、そっちは興味ないんだよね。だってこの世に存在しなきゃ箸一つさえ持てないじゃないか。あとなんで君が怒ってるの?』

巫女「『そうですわー、別にわたくしは怒る理由なんて無しですもの』」

巫女「『けれどもう、わたくしは一人じゃないですから』」メキメキィイ

『クスクス。やっと仲直りか、それもまた良いね。今日という日があって、普遍的な日常に幕が降ろされた』

『その奇跡は破壊があってこそだよ、ミズネ』

巫女「『キャハハハ! ええ、ええ、貴方のいうことはわたくしにとって大いに賛成、大賛成ですわ』」

巫女「『……でもただひとつ、教えてもらったことがありますの』」ギゥウウ!!

『ほうほう? なにかな?』

巫女「『ええ、例え破壊が生んだ今に感謝し、貴方という存在を認めるのも良しとしても』」

巫女「『──希望も口にできず、嫌なところしか吐けない人間よりマシだとね』」


ドゴォオオオオオオオオオン!!!


『──ハハッ! 良いこと言うね、まさにその通り! 僕は運命の絶望であり続けなければならない! それこそが課せられた宿命なのだから!』バッ

巫女「『……』」

『むしろ褒め言葉だ、ありがとう。息を吸って吐き続ける限り、この世に真っ黒な絶望を塗りたくり続ける』

『…もし止めようとしても、キミタチには無理だ。到底ね』

巫女「『むしろ貴方に近い存在ですから。わかっております、だから』」

ピシッ

巫女「『──だから、御尤もな奇跡に倒されてくださいまし』」ペコリ


ぶっしゅううううううううううううう!!


『(何、割れた地面からガス? さっきの襲撃はこのために──あ、なるほど、これで上空の火山煙を──)』ニコ



『FIRE』カチン



ヒュゥゥゥッゥッゥゥッゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
ズッダァアアアアンッ!



メイド「命中しました」

女「流石だな。…いや待て、違うぞマミー!」

メイド「やはりですか」ハァ

メイド「残り3発。どうかその身体に得と味わってくださいまし」カチン


ズドォン! ズドォン! ズドォン!


『ははっ! こりゃおっかない!』スタンッ

巫女「『逃げ足だけはお早いのですね、まったく』」

『光りに照らされた闇は何処へ散る? 勿論、どこにでもさ!』

『また会おうよ希望だけに縋る可哀想な人間たち! 僕はただ一人の人間であり続ける限り、あえる時がきっとあるのだから!』ババッ


『……特に、君とはね』チラ


妹「…ッ…」

シュンッ


巫女「『まったく、蜉蝣のように湧いて陽炎のように散りますわね。ゴミ虫が』」

妹「今のは誰なん、ですか?」ジンジン

妹(掴まれた首が寒気がする。なのにちゃんとした生きた人間の温もりがあった、あんな、あんな人が居るんだ)

巫女「『わたくしミズメに破壊の助言をくれた、ただの人間ですわ』」

巫女「『今回は利害が一致したから里への侵入を許したものの、感謝こそすれ味方とは言い難い』」

カクン

巫女「『…なんにせよっ、この事態を引き起こしたからには敵と断言しても…コホッ! ゴホッ!』」

妹「ミズメさんっ!?」

巫女「『矢尻に毒を…親切に我が里で扱っていない別種を仕込んで…っ』」

妹「──女さん! どうしたらいい!?」


『……』


妹「聞こえてるの!? 女さんってばっ!」

『ああ、聞こえてる。少し気を取られてた、調子を戻す。しばし待っとけ』

『お嬢様』

『良い、気を使うな。わかっている、端から【奴】が暗躍していたなんぞ、…わかっていたのにな』

『クソッタレとでも負け惜しんでみようか。見事戦況を一矢で覆しよってからに、全て作戦通りとでもッ?』

『──ならば我が頭脳を持って更に覆すッ! 現当主ヴァンパイアに不可能は決してない…ッ!』

『流石です。その不屈さこそ我が主ですよ』

『もっと褒めいッ! ワタシは褒められ伸びるタイプ! この状況へあっぱれ三唱を呼び込んでみせるわッ!』

『ミズメ。アズサの身体はどれぐらい持つ、オマエの肉で毒を中和しての制限時間を言え』


巫女「『もって二分、ツンと匂う柑橘系は即効性の疑いがありますので…』」

『移送、治療込みでややギリだな。最後の逆鱗、押し叩く活力は未だ健在か?』

巫女「やってやりますよ、吸血鬼様…っ」グググ

妹「梓さん…っ」

巫女「妹様…お願いがあるのです…きっと吸血鬼様も同じことを考えてらっしゃるはず…」ニコ…

妹「え…お願いって…」


『ああ。アズサはヘリで回収する、既に此方の治療準備は整えた。しかし、最後に龍の大顎をこじ開けねばならん』


巫女「龍の口は『わたくしにしか』わかりません。常に龍は山を駆け昇り、一箇所で留まることがない…」

巫女「此処が、其処。などという部位が存在しないのですよ」

妹「………」ギュッ

巫女「妹様…」

妹「わかった。うん、私が行けばいいんだね」

妹「安心して、絶対に上手く行かせるから。梓さんは自分のことだけを考えてて、絶対に絶対に、諦めちゃ駄目だからね!」

巫女「──……」

巫女「…はい…っ」ポロ

『見惚れてる場合違うぞ、アズサ』

巫女「っ…!? ば、ちがっ、違いますよ吸血鬼様…!?」


バラバラバラバラッ!!


女「よっと、マミー! アズサを運ぶのを手伝ってくれ、担架を寄越せ!」

メイド「了解でございます」カタン

女「ワタシからも言っておく。安心しろ、決してオマエを死なせはせん。ヴァンパイア家の名をかけて必ず治す」

女「あとイモウトよ、コレを持っていけ」

バサァ

妹「これは…?」

女「吸血鬼道具一式『漆黒の翼』、耐熱、耐寒、対電、その他ハンググライダー諸々。ワタシの一番お気に入りだ」

女「オマエには今から、誰より過酷な使命を背負う。送り出す餞別に足りんぐらいだ、…このこと化物に知れたら極刑ものだ」

妹「ううん、ありがとう。大切に使わせてもらう、あと兄貴には後で強く言っておくから」

女「…すまんな」

妹「良いよ、友達でしょ」

女「っ…おう…!」グス

巫女「い、妹様…! 最後に、私に巫女として貴女にお祈りを…っ」ギュッ

妹「…うん」ギュッ

巫女「───どうかご無事で、必ず生きて会うことを誓ってください。どうか、どうか…」

妹「ありがと。アズサさんも、頑張ってね」ニッ

巫女「…はい、妹さま」


女「──さぁ行くぞ、さァやるぞッ! 我々の力持ってして、怒り猛る龍のド頭ぶっ叩き! 見事その土手っ腹に風穴開けてやるとな!」


巫女「…行きますよ、お姉ちゃん…ッ」

巫女「『ええ、生きますわよ。梓』」


妹「…ゴク…」ギュッ



女「叩けェーーーーーーー!!! ダァアアアアアアアシュウウウウウウウウ!!!」



巫女「てぇやああああああああああああああ!!!」ズダァンッ!!

妹「──行ってきますッッッ!!!」ダダッ!


~~~


兄「ん…ッ?」ピク

門番「ほぼ皆居ると思う。後は安全なところについれていくだけだな、…どうした兄?」

兄「ちょい静かに。なんか聞こえない?」

門番「? なんにも聞こえないケド───」


ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッ!!

門番「わっ!? な、なんだ山鳴りみたいなのが…!?」

兄「…まるで雄叫びだな、吠えてやがんのか」ジッ


オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


兄「随分とまあ、悲痛な声だ。まるで今にも山から飛び出しそうじゃねえか」

門番「ご神体がか? こんなことってあるのか…」

兄「そりゃ世界じゃ沢山不思議な事はある。たかが数十年生きた俺だって、両手以上に知ってるし」

兄「ただ、そうであっても…」

門番「どうした?」

兄「…何かが終わる光景ってのは、何度見ても慣れないモンだな」


~~~


妹「ハァッ…ハァッ…! んぐっ、はぁっ…!」ダッダッダッ

妹(私がやり遂げることは二つ、ヘリで治療中の梓さんから『龍の口』の居場所を教わる)

妹(常に『水蒸気排出孔』が動きまわる前提なら、今、私だけが自由がある)

妹(操縦と銃を持つメイドさん、治療を女さん、上空から指揮を取る梓さん。やれるのは私だけッ!)


ダダダッ


妹(ヘリ内部で梓さんとメイドさんとの情報交換では支障が出てしまう、リアルタイムで現場を抑えなければ決して…ッ)

妹「山の頂上は…ッ…ここらへんのハズ…ッ」ハァハァ


『ジジッ、こえるか、モトよ』


妹「あ、うんっ! ちょっと聴こえづらいけど、大丈夫! そのまま話して!」バッ

『解し──梓は無事…ガガガッ…今からそちらに伝ビビビッ! 準備…たか?』


妹「うん。平気だよ、きっと上手くいくから」きゅっ

妹「──だって私は、あの兄貴の妹だもん」


オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


妹「きゃあっ!? な、なに…!?」

妹(地面が揺れて、もう地盤の限界が来てる!? 急がなきゃ、はやく排出口を──)


ゴゴゴゴゴゴ!!!


妹「ッ…!? 地面が隆起してこっちに向かって…!!」


『──妹さま!!!』


妹「あ、梓さん!?」

『お気を確かに! 龍はもはや手を付けられないほど怒り狂っています! しかしどうか慌てず、わたしの声を聞いてくださいまし!』

妹「う、うん! 実は超怖いけど、なんとか堪えてみせるから…!」

『! 早速顔を出しました! 北東、岩場の影から妹様へ迫ってきてます!』

妹「えっ!?」チラ

ズッ! ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

妹(わぁー!? もぐらみたいなのがとんでもないスピードでこっちに…!?)

妹(か、覚悟を決め燃えろ私ッ! きっと、きっと大丈夫、私なら──)


『マントを被れイモウトォーーーーー!!!!』


妹「──ぇ…」チラ


ブッシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!


~~~


メイド「これは…」カチャ

女「ち、地下天然ガスだ…! 既に頂上付近は脆弱な地面になっておる…!」

メイド「なる程ですよ。これでは現地に人を送らねば正確な情報を得られない、噴煙と合わさり悪視界で困らされる」

巫女「妹様は…!? 妹様は大丈夫なのですか…!?」

メイド「……分かりかねますが、ガス噴射へのカバーは間に合ったように思えました」

女「チッ、ワタシとしたことが助言を怠るとは…しかしマミーっ! 当てつけるようで悪いが偉い余裕だなッ!」

メイド「一重に語っても仕事ですから。心は平常、鉄一心なのですよ。…しかし、我が主よ」

メイド「あの方はお兄様の血縁、ならば疑うことすら痴がましい。わたくしに出来ることはただ一つ、全てを出し切ることです」

メイド「疑えば心が定まらない。信じなければ腕の精度が落ちる」

チャキッ…

メイド「ただ一つ、たった一つでいい。この指を動かすだけ」

メイド「──最高のパフォーマンスを、最高のタイミングで」

巫女「そうです! 私たちが信じなければ誰が信じるんです…! 妹さまが独り駆ける姿を想像するだけで…心が折れそうになりますが…っ」

巫女「必ず成功させると仰いました…! だったら、私は最後まで──


女「……」ギュッ

女(…アズサの体調も良し、マミーが持つスナイパーライフルは反動軽減でワタシでさえ扱える、操縦は自動制御で滞空ならば問題ない)

女(今、この時は一般人であるイモウトに託す暴挙など許されない。誰もがそう理解して、だが口を閉ざし、各自背負った役目を独自の解釈でこなしている)

女(信頼、約束、責任──どれも不確定要素の、無駄な思考)

女(本来ならば絶対にワタシじゃやらぬ配役。わかっている、成功率を限りなく引き上げるべきなのは…しかし…ッ)


『友達でしょ』


女「──…ッ!」

女「信じろ、友の約束を疑うな…ワタシは変わるのだ、頭だけでは得られないその先を…」

女(見ていろ、ワタシは変わったのだ! それでは駄目だと頭で理解した、その先をッ! 敢えてワタシは突っ走る!)

女「イモウトよッ! 時間がない、一刻も早く大顎を捉えるのだッ!」


ゴゴゴゴゴゴ…


メイド「…空気が変わりましたですよ」

巫女「『…きますわ』」


ご ごご… ご… …

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!


女(ドラゴンブレス、最後の予兆…イモウト…ッ)


『──女さん』ジジッ


女「生存確認ッ! さっきの場所だっ! 正確なタイミングを伝えろアズサッ!」

巫女「『特定しましたわ』、妹さま2秒後に視認できるはずですッ」

メイド「確認します」ガチャッ

メイド「…駄目ですよ、噴煙がここにきて最高に増しております、未だ位置を『正確に』確認できぬままでは妹様に当たる可能性が」

女「な、に──」ぞわぁ



『女さん』

『投げるよ、許してね』

女「──え」バッ


キラッ


女(噴煙から光る何かが飛び出してきて、アレは…ワタシが送った指輪…!)

スッ…

巫女「そのまま落ちて、いく……?」


──カチャンッ!!


メイド「成る程」

メイド「──【そこなのですね、その落下位置、そのタイミングなのですね、妹様】」

メイド「fire」カチン


ズドォオオンン!!!

ギュウウウウウウウウウウウウウ──


妹「当たれぇえええええええええ!!!」バサァッ! クルン!


ズドン…ッ


オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!!


バキバキバキッ! ガガガガッ!! ──ブシュッ



どっぷぅぱぁぁぁぁああああああああああんんんん!!!



ガタガタガタガタガタガタガタ!!


メイド「きゃあっ!? …手動操縦にき、切り替えます…ッ」ババッ

巫女「っ……吹き出した蒸気で一気に噴煙が晴れ──上手くいったのですね…っ!? あ、あれは…!?」

巫女「『あれほどの龍の怒り。己の猛りさえ飲み込み糧とする御神体──想像以上ですわ、これが龍の口…』」

女(地表に大規模な断裂、亀裂の底が浅いにしろまるでこれは、大口を開けた龍の大顎だと、言うのか…っ?)


『ジジッ…女さん、聞こえる…?』


女「無事なのか!? なんともないのかイモウト!?」

『うん、平気。貸してくれたマントが蒸気とかいろいろ、護ってくれたよ』

『ありがとう。そして、これで無事に終わったんだよね』

女「あ、ああ…よくぞ、よくぞ成し遂げたよ…オマエは…ッ」ポロ

巫女「妹さま!! すぐさま迎えにいきますのでお待ちになっててください!!」

『あ、梓さん! もう身体は大丈夫なの?』

巫女「何ともありません…っ…妹さまが達せられた事を前にして、なにを弱音を吐きますか…!」だばぁー

『そっか。うん、でも安静にしててよ! 絶対に!』


『あはは。あーあ、本当になんだろう──大変な一日だった!!』


~~~

「んーん、流石にこうなるとは想像してなかった」

「まさか一般人である彼女を大役にするとは。まあ他の奴たっだたら容易いだろうし、僕が邪魔をしただろうけど」

(監督係は誰だろう? もしや…だったら嬉しい限りだ)

「しかし予定調和とも言える。そも絶望を満遍なくくべた希望は『神様の奇跡』より最高の幸福をもたらすしさ」

「これもまた僕のお陰だとも言えるね。いいことした、いいことした」

『つまんねェことイッテんじゃねェ。アホか、オレがみてェのはぜつぼーした顔だゾ、HAPPYに終わってんじゃねェか』

「絶望は手段だよ、ジョンドゥ。失敗から得られるのは成功への経験、ならば君が拝みたいのは不屈の精神を持つ人間達の在り方だろう?」

『アリカタ? くはぁ! わらえねェーよ、勝手にオレにヒト語るんじゃねェ。つかつか、ヤマつぶれちまェばこン里オワリだろ?』

『楽シミはのこってェんだ。くはは! てめェーとの仕事こなしたし、ぜつぼーに歪んだ里連中のカオでも拝みにいくかッ』

「………」ニコ

『…ンだよその糞キモチワリィ笑みは、存在ごとケすぞ』


「───【終わらないよ、希望は】」


『アァッ? なにイッテンだてめェーは───』

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

『アァンッ!? まだナンかあるってェのかよッ!?』

「絶望が調律を壊し、調律は希望を汚し、希望は絶望を裁つ」スッ

「永遠と終わらない、世界の在り方──ちっぽけな僕らでは、どう駄々こねても動じない」

『オ、オイ…気のせいじゃねェならこン山…ッ』


『──縮んでってねェか…!?』


~~~


巫女「…………」ジッ

メイド「これは、まさかこれが貴女方々が隠していた【結果】なのですか…?」

巫女「その通りです。龍息吹山は【大量の空気圧】で山というカタチを象っているだけなのです」

巫女「地下水を絶ち、蒸気圧を抜き、このように大口さえ開けてしまえば──龍などという仮初めの姿は消し去ってしまう」

巫女「本来の常識に収まった、山というカタチに」

妹「…梓さん」

巫女「ええ、大丈夫ですよ。望んで壊し、また望んでこの結果を呼び込んだ。…素晴らしいことではないですか」

妹「うん…」ギュッ

巫女「龍頭宗は今日を持って壊れました」

巫女「しかし、私たちは【生きています】。ならばまだ願い、もう一度、またもう一度を叶え続ければいい……」

巫女「…ありがとうございます、そして、心から申し訳ありませんでした…」

妹「ううん、良いんだよ。私は出来ることをやっただけ、梓さんも、…そしてお姉さんもやれることをやっただけ」

妹「良かったね、叶えられて。みんな笑顔で終わってさ」

巫女「…はい…っ」

メイド「おーいおいおい、仕事一徹メイドこと、このマミー。素晴らしい結末にいますぐお兄さまになでなでしてもらいたいですよ…」ホロリ

女「………」

メイド「お嬢様。今すぐ危険は迫らなそうですが、この場から退避することが望まれるかと」

女「待てぇーーーいい!!」

女「みなのもの、しばし待たれぃ! …ちょっとイモウト、マントをよこせ」

妹「あ、うん」スッ

女「これがなけりゃ締まらんのでな、よいしょっと」イソイソ

巫女「吸血鬼様…? 如何されたのですか…?」

女「いかがもなにも無いッ! 言ったであろう!? このヴァンパイア家当主、不屈で我慢強いワタシに万歳三唱を呼び込ませるとっ!」

妹「え、えっと…それで…?」

女「【まだその命!】【龍は未だ生きている!】」


ゴゴゴゴゴ


女「──山が縮む、これは内包された水蒸気が効率よく抜け出し、表面体積の特殊な岩石がマグマ溜まりに落ち込んでいくため」


ずずずずずっ


女「して山のかさが減少。一回層の空間は消し去り、普遍的な活火山へと価値が戻ってしまう」

妹「…っ…」ごくり

女「──しかし、言ったであろう? この山は既に【改造】したのだとッ!」

巫女「つ、つまり…?」

女「つまりッ! 何度も言うが龍は生きている! 大量に吐き出した【空気!】 なら生命息づく命であれば次なる行動とはなんだ!?」

妹「…………え、、」



巫女&妹「【息を】、【吸う?】」




「岩石がマグマ溜まりに落ちていく際に漏れ出す空気、水蒸気、地下天然ガス…この山は二階層目マグマ溜まりがあるから溶岩は漏れないけれど」

「その二階層目、マグマ溜まりがキモなんだ」

『…ツマリ?』

「見たこと無いかな? ビニール袋に布団を入れて掃除機で吸い『圧縮』する便利グッツ」

『アア、あんYO。つか拷問のヒトツじゃネそれ』

「うんうん、そんな感じの奴だね」クスクス

「つまり、あの山の中は【気圧0】。空気だけが漏れだし、代わりに特殊な切れ込みが入った岩石だけが詰まっていく」

ゴゴゴゴ ズズズズ…

「行き着く先は二階層目、そこで初めて密閉された岩石同士の隙間に、潤滑油要素で【溶岩が滑り込まれる】んだ」


ズズズズ… ジャボッ… ボコボコボコボコッ

『カァー! イミわっっっかんねェかったりィッ! 結局なンが起こるだこっからッ!?』

「くすくす。それはねっ──」


バラバラバラバラバラァッッッ!!


女「──【反動】だ」

女「極限まで圧縮され、気圧が減少した内部は【真空】に近い」

女「そうして常に引っ張り続けられた岩石は、潤滑を得て一気に地上に向かって解放される。その刹那、」


ジュルッ ジョゾゾゾッゾゾゾゾゾゾ バキィンッ!!


女「【完全な真空となり大量の空気が内部へ流れ込む】ッッ!!」

女「【この現象、これぞ……ッッッ!!!】」


ブゥウウウウウオオオオ…ッ



女「──ドラゴン・ブレス(龍の呼吸)ぞっとなッッッ!!!」



ズズォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



妹「きゃああっ!!?」バタバタバタ

巫女「『これ、は──』」

女「…ほれ、オマエたち龍頭宗の御神体は」くるっ


オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


女「──このワタシが、無事に息を吹き返したぞッ! ムハハ!」バッサァァァッッ

巫女&妹「きゅ、吸血鬼さまァーーーー!!!!」ワーイ

女「わー!」バンザーイ


~~~


『言葉どおりツブレちまッタと思いきや、風船みたいに膨らみヤガッタぜ』

「そら僕らも帰ろう。やることやったし、お腹がへったよ」テヘ

『……てめェー自体は一切信YOできねェが、てめェーがツクルぜつボーは超興味アリまくる。なんだァてめェーは、何を考エテ生きてやがル?』

「期待しないで欲しいな。僕はただの人間で、それも何も生むことが出来ない底辺の役立たずさ。君のほうがよっぽど世界にとって価値がある」

『……』

「でもね、だからこそ成せる業があると思うんだ」スッ

「──絶望を、世界に希望たらしめる漆黒の絶望を…破壊、失墜、堕落、ふふふ、人間であって生むことが出来ないなら、僕はそちら側でしか生きられない」


「壊すことだけさ、僕の望みはね」


『奇遇ダネ! おれェもニンゲンを【消す】コトしか脳がネェ! くはは気に入ったゼ! 仕事はオワッタがもうチットだけ付き合ってやんYO』

「君も物好きだ。けれど感謝するよジョン・ドゥ、君のナチュラルは非常に貴重だもの。どうか僕の宿命の糧となってほしい」

『悪いネ! おれェがみてェーのてめェーのぜつボー顔でもあんのッ!』

「勿論それもアリ、後に待つのは多大な希望さ」

『口がヘラねェやつ。ま! カエリにラーメンたべようぜラーメン!』

「ふふ、はてさて人間さん達」すっ

「友情の指輪では得られない絆。更なる絶望を、いずれまた君に達に送らせてもらおう」ギュッ

ジュゥウウウ…

「──光ある限り、影は何処へも行かないさ」


~~~


ズォオオオオオオオオオ!!!


メイド「最高です我が主よ、ここまで予測を?」

女「いやァ…単に的確な空気圧の出口がわからず、とりあえず山の内部に真空が出来やすい構造にしておいたのだ」

女「一種の賭であったが、なーに、このワタシに掛かれば──」


巫女「あぁ…山が元の大きさへと戻って…っ」

妹「梓さんっ! 梓さん梓さんっ!」だきっ

巫女「きゃああっ!?」

女「──…」

女「いや、ワタシ等にかかればなんてことはない」ニッ

メイド「…左様ですか、ふふ」


「おーい!! 妹ちゃーーーーんっ!!!」


妹「あれ、この声…兄貴!? なんで山の頂上にいるの!?」

「違う違ーう! いきなりここら一体が山のてっぺんになったの! びっくりしてるの!」

女「ほほぅ。やはり元の姿へ膨らむのは無理だったか、多少だが地表の高低差が変化しておるのかも」

「よっくわっかんねーけど上手くいったんだねぇーーー!!」

妹「うーん!! とりあえず、兄貴もヘリで回収して──」


オオオオオオオオオオオオオ!!


妹「あれ、なんかまた地面が震えてない…?」


「あれ、なんだろ地響きが。…って!? うおおああああああ!!?」ひゅーん


巫女「わああああ!? 兄様が突然開いた亀裂に落ちていきましたがーーッ!?」

妹「あ…」

女「見事、龍に喰われおったな…」

妹「それに、ああやっぱり。コレだんだんと亀裂が閉じていってない?」

女「たんまり息を吸ったのだろ。なら口は閉じるだけだもんよ」

妹「なるほどね」

巫女「先ほどから御二方リアクションおかしくありませんっ!!?」

メイド「あぁん…流石ですわお兄様…なんて不遇で運の悪さ、お姉ちゃん属性ことマミー。不憫な貴方を抱きしめてあげたい…」

妹(…とにかく、無事に終わったんだ)


「とりゃああああああ!!」バッゴォーーーン!!

女「あ、飛び出してきた」


妹(良かった良かった、本当に)ニッ



学校 屋上


兄「……」じゅるるる ベッコォオオオオ

兄「ぷはぁ! 美味しかった」

女「はやっ! なんぞそれ、一リットルを一秒かからんてオマエ」ビクッ

兄「なぁ嬢ちゃん。俺が落っこちてきたグラウンドの穴、まだ直ってないんだな」

女「まあ、あの日から一週間も経っておらんし」

兄「ん。そうだな、それしか経ってないんだよな…」


わいわいがやがや


兄「…そっか、そっかそっか」

女「化け物よ」

兄「あいよ。なんだい嬢ちゃん」

女「ひとまず片づいた話だけ済ませる」

女「龍頭宗の規模収縮化は可決された。山のカタチだけは戻ったが、長が起こした破壊は里の連中の心を見事にへし折ったからな」

女「信仰が薄れ里を離れる者が少なくない。あの様子では龍頭宗が今まで通り利益を生むのは不可能であろう」

女「他の二頭が渋りおったが、手土産持参で顔を出したら笑って許してくれたぞ」

兄「うん、それで?」

女「…オマエには関係ない話だったが。しかしこれだけじゃないぞ、これを期にアズサとミズメが隠れ里から解放された」

兄「本当かっ!? そうだよそうだよ、そーーいうの聞きたいのこっちは!」

女「だろうな。ワタシも小難しい話より、こっちが良い。未だ新居は定まっておらんが決まり次第に挨拶に来るそうだ」

兄「良かったじゃん。出来れば里の人たち全員に、またもう一度あいたかったけどなぁ…」

兄「あれ? そういや門番ちゃんは? …結構悲しんだんじゃ」

女「うちにおるぞ?」

兄「へっ!?」

女「里を護ると、三頭宗会議に乗り込んでくるほどの大馬鹿者だったが、その熱意を買ってエメトが弟子にしおったよ」

兄「なにやってんだ二人とも…」

女「エメトが言っておったよ」


『力なき小童になにを護れる? おのが価値を知れ、貴様の声と腕と足は無様に暴れるだけにこの世に生まれたのか?』

女「全てを護りたければ、力を得ろ。だとさ」

兄「はぁーあ、あん人なら言いそうな台詞だぜまったく」

女「会いたければ城へ来るといい。門番も会いたがっていた」

兄「…ま、気が向いたら」ボリボリ

女「ワタシは思う。さんざんな休日だったが、何気に丸く収まったのだとな」

兄「……」

女「誰でも死ぬ状況下だった。一人助かれば誰か死ぬ、逃げまどえば全て壊れていた」

女「──しかし、結果は『誰もが笑顔で太陽の下に居る』」

女「化け物よ、人ならぬ身体を持つ我が下僕よ」

女「今回の黒幕は──ワタシの血縁、吸血鬼の片割れ」

女「当主の座に選ばれなかった…ワタシの兄だ…」

兄「そっか、兄貴か」スッ

コン…

兄「全部、嬢ちゃんの兄貴がやったことなんだな」

女「……。奴は我が一族の汚点、やってはならぬ【あかいよる】を産みだそうとし、それを父上が命からがらに阻止した」

女「…追放された兄が、どこでどう動いておるのか。ワタシは散々調べ尽くしたが陰のヒトツも掴めなかったよ」

兄「……」

女「だが今回、尻尾を出しおった。そりゃ驚いたし疑ってもいた、けれど考えれば考えるほど奴の顔がチラつき決心したよ」

女「なんとしてでも、なにをしてでも。…ワタシは止めなければならん、とな」

兄「……」

女「終わればまた逃げ去り、結局、なにも得られなかった。はは、なんて無様で仕方ないワタシだ…」


ぎゅっ


女「これが全てだ。化け物よ、これがワタシがイモウトに隠し巻き込んでまで得たかった答えだ」

女「…どう裁いても構わん、とうに覚悟の上だ」

兄「そうか」スッ

女「…っ…!」びくっ


なでなで


兄「うん、頑張ったな嬢ちゃん」なでなで

女「…ぇ…」

兄「怒るに怒れねえよ。だって家族問題だもん、確かに妹ちゃんを巻き込んだのは許せない。最初に対処できるならやってほしかった」

兄「でも、駄目じゃんか。俺だってホラ……」ポリポリ

兄「い、妹ちゃんと旅行するの…叶えてもらったしぃ…?」テレ

女「本当に…オマエというやつはイモウト中心で考えておるんだな…」

兄「そうともよ! んで、それが俺の生き方ってわけ。誰に否定されても俺はそう生きるよ。きっともし妹ちゃんが………」

兄「……死んじゃっても、俺はそう生き続ける」

女「…ばかもの、もっと広い目で周りをみろ」

兄「うん? まあ妹ちゃんにも言われてるよ散々な、でも、…」

ぎゅううっ

兄「おおっ?」

女「ばかもぉ~…っ! 恐かったぞ、謝るのすごい恐かったんだぞ…! そんなしょーもない理由で許しおってからに…っ」ポロポロポロ

兄「え、なに…本当に殺されると思ってたの嬢ちゃん…?」

女「里での暴れっぷり見てりゃ誰でも思うだろうてっ!」がばっ

兄「あれは一応考えて暴れてるよ、一応」

女「ううっ…オマエの一応なんぞなんら当てにならん…!」

兄「あーもうぼろぼろなくなよ、かわいい顔台無しだぞ」フキフキ

女「むぐぇ」

兄「謝ってくれればそれでいい。恐いこと言ったけど、俺は本気だったと伝えたかっただけだ。…それに対して嬢ちゃんは本音で語ってくれた」

兄「誰に一人でさえ語れなかった、兄貴のことをちゃんと言ってくれた」

兄「俺は人の為に自分の隠し事を言えた、そんな嬢ちゃんを許したんだ」

女「……」ポロポロ

兄「それで良いか、嬢ちゃん」ニッ

女「…ひぐっ…ぐす…うん、それでいい」コク

兄(なんで俺が許される立場になってんだ?)

女「はぁ~…良かった、本当に…ふふっ…」

兄(まあ、うん、でもそれでいっか。それが一番だよな、なあ妹ちゃん)スッ

兄「──今日も、また誰かのために動けた化け物になれたぜ」



妹「なにいい感じで空見上げてたそがれてんの、兄貴」



兄「あぃいッ!?」

妹「聞いてたよ全部聞いてた。なに、脅してたの? 女さんのひみつ語らせるために兄貴、男で年上の癖して女の子脅してたの?」

兄「ま、待って妹ちゃん!? これは全部、妹ちゃんの為…!」

妹「女さん、女さん。こっちおいで、ほら」スッ

女「イモウトぉ~…!」だきっ

妹「…サイテー」ジトー

兄「うん! なんだか思ってました俺もね! ごめんなさいッ!」

妹「……」

妹「兄貴は、強いんだよ」

妹「なら胸を張って、誰かを護って助けるのが役目なんだから──もう二度と、誰かを脅したりしないで」

兄「……はい、ごめんなさいでした…ッ」

妹「自信ないの?」

兄「ありますあります! 全然ありまーーーす!!」がばぁ!

妹「そう、ならいい」フスー

女「いい、ワタシも! 悪かったのだぁ~…!」

妹「女さん、大丈夫。これからはちゃんと話してくれれば良いから」

女「すまん、すまんな妹よ…っ」



兄「……」キョドキョド

妹「兄貴」

兄「うっすぅう!?」

妹「今から誓ってよ、私の新しい言葉だよ」


妹「大事な妹の私、その大事な友達の女さん──これからも死ぬ気で守ってよね」


兄「久しぶり、妹ちゃんの言葉」びっくり

妹「どうなの? 誓えないの?」

兄「くくっ、ちっとばかしぃー? お兄ちゃんはカッコつけられるんだよな~~っ」


兄「守ってやる! しかーしッ!」


兄「──不死身で化け物の兄貴は死なずに守ってみせんよっ!」



支援等乙等ありがとう!

機会があればまたノシ

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