【艦これ】足柄さんは恋ができない (174)

「そろそろ寝るか」

読んでいた小説に栞を挟んで灯りを消す。
本を枕元に置き、ごろりと仰向けになった。

随分と夜更かししてしまったらしい。
窓から見える月は、もう半分ほど沈んでいた。

「明日は昼から……演習か」

意識がしだいに遠のいていき、ゆったりとした微睡みに身を委ねる。
この穏やかな瞬間こそが、自分の感じる幸せで――――――――



快眠を打ち破るがごとく、自室の扉がはじけ飛んだ。

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「提督! 起きてる!?」

のっしのっしと自室に侵攻してくるさまは、全てを壊しつくす破壊の化身のごとし。
何事かと顔を上げるのも億劫だ。

もうここまで来られてしまっては、彼女を拒絶するという選択肢はない。
正確には、無理強いしてでもたたき起こされる未来が目に見えているというだけだ。

「寝てる。起こすな」

「ん? この辺から声がしたような……」

布団に包まったところに彼女の足が乗った。
ぎゃあと声を上げる。

「ああ、そんなところにいたのね」

彼女は嬉しそうに、掛布団を引っぺがした。

「足柄。今、何時だと思ってる」

寒さに打ち震えながら、目の前の彼女に抗議をする。
しかし、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、彼女は一冊の本を突きつけた。

「これ、提督から借りた本だけど……」

「ああ、返しに来たのか。その辺に置いておけ」

「そうじゃなくて!」

ぐわんぐわんと体を揺さぶられ、物理的に眠りを妨げられた。
もう眠る気も起きないくらいだ。

「これ、ここ」

足柄が、ぐっと本を開き、こちらへ近づけた。
「よく読め」とでもいうのか、そのページを押し付けるように示してくる。

足柄さんすき

足柄さんきた!

「これ、本当なの?」

足柄が示すそのページには、確かにこう書いてあった。
『愛は人を強くする』、と。

ああ、わかった。
彼女の言いたいことが手に取るようにわかる。

「待て、何も今でなくてもいいだろ」

「強くなりたい!」

ああ、やはりこうなるか。
こうなった足柄は、誰にも止められない。
止めたことはないが。

「提督、私に愛を教えて!」

大声で、しかも未明に、何を口走っているのか。
鎮守府内が根も葉もない噂で持ち切りになるような、そんな事態が起こっている。

だが、彼女の扱いには慣れていた。
こうやって理不尽に安眠を妨害されることも何度目だろうか。
彼女をどうにか説得しよう。

「それにはじっくりと時間が必要だ」

「うんうん」

足柄は素早く頷いた。
それはもう、食い入るように顔を近づけて。

「資料もいる」

「それでそれで?」

足柄は急かすように頷いた。
それはもう、星のように目を輝かせて。

「その資料を用意するには時間がかかるんだ」

ありもしない資料を取り寄せる体を装い、神妙な面持ちをしてみせる。
寝起きであるというのに、我ながらなかなかの演技力だと感じてしまう。

目の前の彼女は、困ったように首を捻る。
どうやら本当に知りたいらしい。
その愛とやらを。

今すぐにでも強くなりたい!
そんな心の声が聞こえてきそうな足柄に、次の言葉を投げかける。

「資料は明日の夕方くらいに用意できる。それまで待てるか?」

「待つわ! 了解よ提督。絶対だからね!」

炎でも背負っているのか、目にもとまらぬ速さで去っていく足柄。
適当な出任せで、すぐそばの嵐は去っていた――――――――かと思いきや、その嵐は帰ってきてしまった。

「ここで待つわ」

わざわざ椅子を持って来たらしい。
枕元にどんとそれを置き、彼女は腰かけた。

「寝かせてくれ」

ぽつりと呟くも、彼女の返事はなかった。
どうしたことかと顔を見ると、ようやく合点がいった。

「すー……」

「お前が寝るのか」

こんな時間まで本を読んでいたのは、自分だけではないらしかった。
彼女はきっと、これを読んでいたに違いない。
そしてこの一節を見つけ、寝惚けていた彼女は飛び起きたのだろう。

かと思えば、用が済んだら眠気に負けてしまう。
まるで螺子巻きのおもちゃのような存在だ。

「寝るなら布団へ行け」

「ぐぅ」

可愛くてアホな足柄さんは貴重

これは起きない。
ここで寝ていて、椅子から倒れて怪我でもされたら困る。
布団に移してやろう。

「うっ」

寝てしまった足柄は重かった。
よっこらせと悠々と抱えられるようなものではなかった。
よろよろと彼女を布団に下ろす頃には、自分の腕っぷしの貧相さに目が行ってしまう。

本を読むだけの優男だとは思われたくないな。
そう感じたものの、筋力をつける時間くらいあれば本を読んでいたいと強く思った。

これは期待

飢えた狼(意味深)扱いされていない足柄さんの方が魅力的だと思うし、本当はこっちが正しいと思うんだ。④

原作ゲームに近い解釈としてな。
なんかアホ成分入ってるが可愛いぞ期待乙

「おはよう提督。んんー……なんだかよく眠れた気がするわ!」

「そりゃよかった」

寝床を失った自分は、結局のところ眠れなかった。
足柄が持ってきた椅子に腰かけ、夜が明けるまで読書に没頭していたのだ。
眠っている彼女のならぬよう、灯りの位置を調整するのには苦労した。

「それで、資料は届いてる?」

「まだ昼にもなってないからな」

足柄の態度がしゅんとなる。
寝起きでもこの調子なのかとため息が出るが、しおらしい彼女の姿はあまり見たくないものだ。

「なら演習もまだね」

昼からの演習のことだろう。
足柄は時計をじっと見つめたが、時間が慌てて進むようなことはなかった。

「ねぇ、提督」

「なんだ」

急に語勢を落とした彼女は、いつになく真剣な面持ちで告げる。

「愛って何に似てる?」

ロマンティックな発言だった。
しかしそれは、色恋に心ときめく少女のものとは違う。
ただわからないから例えてくれ、と言っているのだ。

「そうだな……」

愛とは何に似ているか。
愛とは何だと定義できるか。
なかなかに哲学的だ。

一言二言で説明できるようなものか。
そんなはずはない。
どこか高尚で、美しいもののはずだと考えてしまう自分自身こそ、夢見る少女のそれに近い。
そう気が付くと笑みが零れた。

「愛は愛だ。それ以外の何物にも代えられない」

「……うーん、わからない」

「それでいい」

「よくない」

頭をがしがしと掻く足柄は、色気の欠片も持ち合わせてはいなかった。
それが彼女らしいと言えばそれまでだが。

もやもやしているらしい足柄は、件の本を手に取って読み返し始める。
何度も読んだのであろうそのページに、何度か視線を落とした。

「まず、好きって何なの?」

「そこからか」

「いや、違うの。人が好き、ってどういうこと?」

足柄は真剣な表情をしていた。
言葉だけ聞いてみればなかなかに面白いものだ。
子供に意味を教えることと同じように、なかなか簡単に答えは出ない問いをかけてくる。

「好きって言葉はわかるわ。だって私は戦いが好きだから」

足柄は、きりりと表情を変えた。
戦いこそすべて。
迷いなく、そう言い切っていた。

「ううむ……」

何と言うべきか、いろいろと思案してみるも答えは出ず。
その場しのぎのような答えで、今回は茶を濁すことにしよう。

「戦いが得意な人間は好きか?」

「うーん、たぶん」

「では、とても弱い人間は好きか?」

「……弱いって? 戦いが?」

「まあ、そういうことだ」

足柄は小さな声で唸り始めた。
そして苦々しい顔をしながら、ゆっくりと答えを導き出す。

「わからない、わからないけど……別に弱くてもいいと思う」

初めて考えたという風に、彼女は次の言葉を探していた。
今まで、他の人間の事を考えていなかったのだろう。
だってその人と私は違うもの、と訴えるように告げる足柄は、どことなく幼く見えた。

「なら、優しい人は好きか?」

「優しいって? どんな風に?」

予想外の返答が飛んできた。
これには少し狼狽えるが、すぐに体勢を立て直して見せる。

「たとえば、戦いたいと言えば相手を見つけてくる人とか、わからないことに親身になって答えを示してくれる人とか」

「あー……」

足柄は弱弱しい声をあげた。
先程まで寝ていた布団に、ごろんと横になる。

自分で考えたこともないのだろう。
ありもしない雲を掴むように手を動かすと、彼女は再び唸り始める。

「いい人だ、と思う」

足柄は枕を抱きしめながら、もう一度呟いた。

「いい人。そう思うわ」

それ以外はわからない、と続ける。
その「いい」とは、誰にとっての「いい」なのだろうか。
枕から手を放した足柄は、いつの間にかうつ伏せになっていた。

アプローチじゃないか

「わかんないー!」

そういいながら、彼女は足をばたつかせる。
これ以上聞くと、足柄が知恵熱を出してしまいかねない。
適当なところで区切りをつけるかと思った矢先、足柄の動きがぴたりと止まった。

「ちょっと待って。それって提督じゃない?」

思わぬ答えに首を傾げた。
そんなことをしていたか?
考えているうちに、足柄はどんどん先へ進んでゆく。

「提督はいい人よね」

都合のいい人なのではないのか。
そう言ってみたが、足柄は聞く耳を持たずに考え続けてる。

そんな最中、「好き」を定義するに相応しい言葉を思いつく。
そうだ、これだ。

「足柄、閃いたぞ」

「ちょっと後でいい? 今、かつてないほど取り込み中で」

そう告げる彼女は、忙しなく動き続けていた。
首をぐるぐると回してみたり、腕を組んでみたり、何かを必死に掴み取ろうとしている。

まあ、邪魔をしてやることもないだろう。
私は足柄の様子を眺めながら、少しだけ待つことにした。

>>1って前にも何か書いてた?鳳翔のとか

足柄はこれが正しい(確信)
アニメ足柄なんて無かったんや

>>26
これなら書いた
【艦これ】鳳翔さんは料理ができない - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1453996789/)

>>28
それか!最高だったよ!このスレも期待している

モノローグに近いものがあるなあとは思ってたな
今作も期待

これからもこの感じのスレタイで建てる?

くっそあの鳳翔さんかよ!大好きでした。初めて艦これSSでビビッとキタ

その鳳翔さん可愛すぎてしばらくは困らない期待

>>32
おそらくそうする
確約はできない

開いてすぐにもしやと思ったらそうだった
今回も期待してます

>>35
了解
追っかけるよ

結局のところ、足柄が答えを見つけることはできなかった。
そして自分が閃いた答えも、彼女に伝えることはできなかった。

それは、演習の時間がやってきたからだ。
「体を動かせば妙案が浮かぶはず」と言いながら、足柄は部屋から飛び出していった。

「本当に自由気ままだな」

そんな愚痴を零した矢先、部屋の隅に置いてある姿見と目が合った。
お前も暇人だな、と言わんばかりに、鏡の中の自分が嘆息する。

夜にはまた、足柄が押し掛けてくる。
それまでに資料を用意しておかなければならない。
でっち上げの適当なものを、小難しく説明してやればいい。

しかし、ただそれを説明してやるだけでは面白みがない。
執務室に足を運びながら案を考えていると、ふと後ろから呼びかける声があった。

「司令官、司令官!」

「青葉か」

振り返ると、カメラを片手に抱えた青葉が立っていた。
何やら不満げに渋い顔をしている。

「先程、足柄さんが提司令官の寝床から出てくるのを見ました」

じとっとした目でこちらを見る青葉。

「ああ、それがどうかしたか」

「……」

一転してぽかんと口を開けたまま動かなくなる青葉。
ころころと変わる表情を見ているのは滑稽だが、どこか様子がおかしいように感じられる。

「んん? 司令官は……足柄さんのことをどうお考えで?」

頭の中は疑問符で埋め尽くされているのだろう。
彼女はひどく混乱した様子で問うた。

「戦績もいい。やる気もある。いい仲間だ」

「そうじゃなくてですねー」

目を細めながら、青葉は額に手をあてた。
からかわれていることを理解したらしい。

「そうやってはぐらかすのは良くないと思いますよ?」

ね?と念押しをしてくるものの、こちらにはあまり意味が伝わってこない。
何に良くないのだと言うのか。

「司令官と足柄さんは、この鎮守府ではかなり話題のお二人なんです」

話題にしたのは誰だ。
そう問うと。彼女は吹けもしない口笛を吹きながら顔をそらした。

「とにかく、私は今、知りたいんです」

「お前に教えると面倒だ」

どうせ聞きたいのは足柄との関係についてだろう。
そう聞いてみると、彼女は力強く頷いた。

この鎮守府で、彼女は情報屋じみた扱いを受けているのは知っている。
だからこそ、中途半端な受け答えをしてはならない。

たとえ事実そのものを伝えたとしても、そこには受け手の勝手な解釈が入ってしまう。
それは自分はともかく、足柄も本意ではないだろう。

「特に大した関係では……」

そう言いかけたところで、あることを思いついた。

「ひとつ、協力をしてもらいたいことがある」

「何ですか何ですか? 青葉にできることなら喜んで!」

先程まで「信頼が……信頼がちょこっと足りないのかしら」なんて言っていた者の反応だとは思えない。
そこには目を瞑ってやろう。

「足柄と話があってだな、そこに立ち会ってほしい」

「痴話喧嘩ですか?」

カメラを取り上げると、青葉は情けない声をあげた。
自分たちは、喧嘩をするほど互いを知ってはいない。
……そのはずだ。

「まあ、なんでもいい。詳しくは追って話す」

カメラをその手に返してやると、青葉はほっとした表情になる。
そして途端に「本にご執心の司令官、ついに人への興味が」などと言い始めるものだからたまらない。

「夜に執務室に来てくれ」

「ではでは」

要件を告げなかったが、青葉はにこやかな表情で去っていった。
何を期待しているのかは知らないが、彼女には少し演技をしてもらおう。

「ただいまー!」

頬に風を受けたような感覚。
彼女が帰ってきたらしい。

「帰ってくるのは夕方だと聞いていたが」

他の仲間は置いてきたのかと訊ねると、足柄は微笑んだ。

「勝利の報告は、早く聞きたいものでしょ?」

どうせ夜の事が待ちきれなくて帰ってきたのだ。
わかりやすいやつだと思いながらも、そこには触れてやらない。

「提督はお昼、食べた?」

「いや、まだだ」

足柄を待っていたわけではない。
ただ、仕事の区切りが見つからなかっただけだ。

そんな考えとは裏腹に、彼女は嬉しそうに近寄ってきた。
彼女の跳ねた髪を見ていると、どことなく犬のイメージが思い浮かぶ。

「それでね、霞ちゃんから聞いたお店があって」

ああ、その通りだ。
執務室の机越しに楽しげに話す姿を見ていると、やはり犬のように思えてくる。
考えてみればみるほどそのイメージに合致してくる。
なぜ今まで気が付かなかったのか。

「フフ」

「どうしたの提督。何かご機嫌ね」

「さあ、何のことだかわからないな」

そろそろ腹も減ってきた頃だ。
席を立ち、外に出ようと声をかけた。

「早く帰ってきて正解だったわね」

機嫌がいいのは自分だけではないらしい。
足柄は軽やかなステップで側に寄った。
近づいたついでに、彼女の頬についた煤汚れを袖で拭ってやる。

一体どこで付けてきたのやら。
先程から気になっていたのだ。

「……」

「ん?」

満足していると、足柄の動きが止まったことに気が付く。

「今の、もう一回やって」

「頬を拭うのをか?」

「うん」

気に入ったのか。
よくわからないまま、もう一度頬に袖をあてる。
足柄は目を閉じ、違うと答えた。

言われた通りにしたと言うと、何かが違うと返される。
押し付けてみたり、引いてみたりするものの、彼女の返事は一向に変わる様子を見せない。

頬に触れさえすれば良いのだろうか。
今度は袖ではなく、掌で足柄の頬に触れてみる。
これだという言葉が返ってきた。

甘い……。今まで見たことのないタイプの甘味だ。
やはり無垢とはかくも尊い。

足柄さん無自覚かわいい
つうかこいつらなんで付き合ってないの?

これから付き合う話だろうが

足柄さんかわいいなぁ。こう言う純粋な子って良いよね

わかりやすいなあ、可愛い

彼女の頬は少しだけ熱を帯びていた。
暖かい春の日差しのような、そんなささやかな温もり。
思えば、彼女の素肌にこうして触れたのは初めてだった。

「なんだか落ち着くわ」

じっと動かないまま、足柄は答える。
目を閉じたまま、この瞬間の温もりを感じているようだった。

「そうか」

この場だけ、すっかり時に取り残されたように静まっている。
聞こえるのは鳥の鳴き声と、自分の鼓動の音だけ。

「提督」

足柄はそっと、手を重ねた。

「この心の安らぎが、好きって気持ちなのかしら」

いつものように興奮した様子はなく、ただ彼女は納得しているようだ。
らしくない、と言えばそれまでだが、その冷静さは違和感のあるものではなかった。

「そうかもしれないな」

この言葉に、さして意味はない。
今の空間を保ちたいだけの、その場しのぎの言葉に過ぎない。
そんなごく平凡な相槌に、足柄は「じゃあ」と続けた。

「じゃあ、私は提督の事が、好きなのかもしれないわね」

それはもう嬉しそうに。
無邪気な子犬が駆け出す一歩手前のように、その言葉は軽やかだった。

きっと彼女が目を開いた時、見える景色は全く違うものになるのだろう。
その変化に、果たして自分は取り残されてしまわないだろうか。
感じたことのない一抹の不安が、心にちくりと刺さるようだった。



この、さして意味のない接触が、自分と足柄の位置関係を大きく変えてしまうこととなった。



「いまいち強くなったって感じはしないけど……」

自室でごろごろしながら感覚を確かめる。
でもやっぱり、いつもと違った感覚はない。

感覚といえば、このベッドも寝やすいけど、提督の部屋の布団も寝心地がいいのよね。
今日も気付いたら寝ちゃってたわけだし……あれには勝てそうにないかも。

「ねぇ足柄。先程からどうしたの?」

「え」

妙高姉さんの声だ。
顔を上げると、姉さんが心配そうな表情でこっちを見ている。

「あ、ごめんなさい。うるさかった?」

「いえ、そういうわけではなくて……。あっ、ほら、もうこんな時間に」

さっと時計と取り出す姉さん。
三時だった。
提督とお昼を済ませて、自室に戻ってきてこの時間。

私は納得したけど、どうやら姉さんは違うみたい。
ますます困ったように私を見つめてくる。
変なのは妙高姉さんの方じゃ……。

と、そんな風に考えていたら、ドアが開いた。

「足柄? なんでこんなところにいるんだ」

現れた那智姉さんに、早速キツい一言を浴びせられる。
そんなに部屋にいちゃいけないって言うの?

「ひ、ひどい! みんなしてひどいわよ!」

思わぬ被弾に後退りしながら二人に牽制する。
しかしそれも効かないようで、二人は顔を見合わせて首を傾げていた。

「……あれ?」

ここまでくると、自分の様子が変なのだということがわかってくる。
私、何か間違えてたかしら……?

「足柄。あなたは普段この時間に何をしているか、覚えている?」

妙高姉さんの優しい声音が耳に届く。
姉さんは、しきりに手元の時計を示していた。

今は三時でしょ?
お昼ご飯を食べ終わったら、四時まで食後の――――

「……ああっ! トレーニングしてない!」

目が飛び出すかと思うくらい、自分でも驚いた。
まさかこの私が、トレーニングを忘れるなんて。

行かなきゃ!
と、今すぐにでも自室を飛び出そうとしたところ、那智姉さんが側に寄ってきた。

「今日は休め」

諭すようにそう言われてしまう。
二人とも、本当に心配しているような目でこっちを見ている。
ベッドに寝かされそうになるも、それは大丈夫だと断った。

「何かあったのなら話してみて」

妙高姉さんは真剣な顔つきで言った。
どうやら私に、何か重大な出来事があったのだと思っているみたい。
そんなことはないんだけど……。

そもそも、私はどうして時間を忘れていたんだっけ?

時を遡って思い出してみるべきね。
私は額に手をあて、さっきまで何をしていたかを考え始める。

提督を好きだとわかって、それを伝えた。
その時の提督の顔が、少しだけ不安そうに、どこか怖がっているような眼をしていたのを覚えている。
でもそれを言い出せなくて、外にご飯を食べに行ったんだっけ。

提督は蕎麦を食べて、私も真似をして同じものを食べた。
刻んだ海苔が歯にくっついて、取るのにちょっと苦労したのよね。

提督はわさびが好きみたいで、多めにもらっていた。
また行きたいって笑顔で言ってくれた。

それで、提督と別れて、一旦自室に戻って、イメージトレーニングをしようとして――――

「ずっと、提督の事ばっかり考えてた……」

私の言葉に、二人は驚いたように口を開いていた。
何故か、ちょっと顔が赤くなっているのは気のせい?

「な、なるほどな」

「よく提督と一緒にいるとは思っていたけれど……」

二人はどちらも納得したように頷いたり、腕を組んだりしている。
何なのかしら。
妙高姉さんも那智姉さんも、私の言葉以上の解釈をしてない?
それについて私が口を挟もうとすると、再びドアが開いた。

「えっ、な、なんで?」

今度は羽黒だった。
そんな意思はないのだろうけど、この子にまで邪険に扱われたような気分になる。
純粋な羽黒だからこそ、一撃の威力が大きかった。

「あっ、そういう意味じゃないんです!」

私の微妙な顔に気付いたらしく、羽黒は慌てて弁明し始める。
いいのよ、わかってるから。
心に負った傷はすぐには癒えないだけで……。

「ご、ごめんなさい!」

羽黒の謝る声に、私の疑問は有耶無耶にされてしまった。
まあ、二人も納得してくれたみたいだし、これでいいわよね。

あら~^

素晴らしいな

犬のような足柄で柴ドッグ提督シリーズの犬耳足柄思い出した

他の二次創作の話題出すなよ…


あほキャラかと思ったらそこまで極端でもないな
かわいい



「司令官。足柄さん、遅いですね」

「ああ」

青葉を早めに呼び立てて、もう一時間が経とうとしている。
足柄の事だ。言った時間の三十分前には来るのだと踏んでいたが、どうやらそうではないらしい。
いつも通りなら、彼女はトレーニングをこなしてから来るはずだ。
それを踏まえても時間がかかりすぎている。

「何かあったのかもしれませんね。一度足柄さんの部屋に行ってみますか?」

「いや、そのうち来るだろう」

何かあったのなら妙高や那智らが言伝に来るだろう。
それもないということは、ただ自分の読みが外れただけだ。

少しは彼女のことを理解しているつもりだったが、そうではない。
何故か寂寥感のようなものを覚える。

ここは本でも読んで待っておこう。
読みかけの小説に手を取り、栞を外して机に置く。
ふと隣に視線を送ると、楽しそうに口角を上げる青葉の顔があった。

「寂しそうですね、司令官」

「何を寝惚けたことを」

「いえ、気のせいかもしれません」

潔く身を引いた青葉に不信感を抱きつつも、本へと視線を戻す。
そこでは、上下のひっくり返った文字たちが愉快そうにこちらを見ていた。
急いで横を見ると、笑いがこらえきれない様子の青葉が顔を手で覆っていた。

「やめだ、やめ」

再び栞を挟み、小説を脇へ置く。
ついでに青葉を小突く。

「もう、認めちゃえばいいんですよ」

わかっているくせに、と小声で付け足しながら、彼女は囁いた。
首を横に振ってやると、納得がいかないように顔をしかめる。

「あ、もしかして……話した内容のすべてを、私が記事にするとか思ってるんですか?」

強ち間違いではないのだろう。
そう問うと、彼女はきっぱりと告げた。

「そんな野暮なことはしませんよ」

「司令官が本気でなかったから、私たちは茶々を入れるんです」

「本気?」

些か言葉不足だ。
童子のように同じ言葉を繰り返すと、青葉は再びはっきりと告げる。

「ええ、足柄さんのことを、本当に愛しているのなら」

馬鹿を言うな。
そんな言葉が喉にまで出かかった。
ただ、どうしてだろうか。
彼女の真剣な目を見ていると、誤魔化しは効かないように思えてくる。

「わからないな。愛とか、本気とか」

気付けば口が勝手に動いていた。
自分の中の、本音の欠片が零れたのだ。
慌てて取り繕おうとするものの、青葉は意地悪な表情を浮かべていた。

「今朝は、足柄さんに『俺が教えてやる』なんて言っていたくせに?」

彼女はどこまで知っているのか。
「そんなところまで聞いていたのか」と呆れると、青葉は笑みを作ってみせる。

腹が立つが、その通りだった。
足柄が来たら、青葉を資料として適当に話してもらおうと考えていたのだ。
最初から、本気で彼女に愛だの恋だのを教えるつもりはなかった。

「そうですね……愛なんて、人から教わるものじゃありませんよ」

突然、すました顔で告げる青葉。
そう言いたかっただけだろう。

こちらから関わりに行くと面倒そうだ。
彼女を放置して、再び本を手に取る。
ここからがいいところなんですよ、なんていう声には耳を貸してやらない。

「あ、足柄さんですよ」

本を閉じて顔を上げると、そこには誰もいなかった。
隣を見るのは三度目だ。
したり顔の青葉を小突いた。

いいぞ青葉

重巡にもて遊ばれたい人生だった

なにこの青葉…すごくいい

ぬc

猫った?

「私が帰るまでに、ちゃんと決着はつけてほしいものです」

青葉は小突かれた額を摩りながらくすくすと笑う。
きっと彼女のことだ、記事にしない囃し立てないのは決着がつくまで。
足柄との関係に何かしら決着がつけば、喜び勇んで茶々を入れてくるのだ。

「さっさと帰ってしまえ」

手を払うジェスチャーをしてやると、青葉は不貞腐れたように頬を膨らませる。

「呼んだのは司令官の方なのに」

ふざけているのか真面目なのか。
彼女の人柄はよくわからない。

「帰るって、そういう意味じゃないですよ?」

青葉は思い出したようにこちらを向いた。
わかっているのかと問うように、やや心配そうな目を向ける。

「元の鎮守府に、か?」

「そうです。寂しくなりますね」

どの口が言うかと返すと、青葉は軽く笑って躱した。

彼女は別の鎮守府から来ている、いわば派遣の艦娘だった。
期間は一箇月。
一時的な人手不足を解消するために、親しい同僚から派遣されたのだ。
その期間の終わりは近かった。

「会いに行こうと思えば、いつでも行ける距離だろう」

青葉のいる鎮守府は、多少離れているとはいえ、それほど遠い場所ではない。
船でも使えば半日もかからない。

元はと言えば、もともと一つだったものを二つに分けたのだ。
激戦が予想されるなどと言って分化し、別々に増強した上の判断は、太陽を緑色だと言うくらいに間違いだった。

「ええっ、司令官、私のために毎週会いに来てくれるんですか?」

心なしか嬉しそうな彼女の姿に、年相応の少女らしさを垣間見た。
しかし次に「足柄さんと一緒に来てくださいね」なんていう言葉のせいで台無しになる。

適当に会話が弾んでいたその時、コンコンと戸を叩く音が響いた。
青葉が訊ねる。

「足柄さんですか?」

ノックなんてするわけがない。
そう思った矢先、「足柄よ」という声が聞こえてくる。

度肝を抜かれるとはまさにこのこと。
椅子から転げ落ちた自分を支えてくれたのは壁だった。

思えばこの壁も、足柄が衝突して砕けたことがあった。
その時の欠けた壁の窪みが妙に懐かしい。

「司令官、大丈夫ですか? ぼーっとしてますけど……」

「いや、何でもない」

本当に声の主は足柄なのか?
「入れ」と言った自分の声は少しだけ震えていた。

「こんばんは」

足柄であった。
現れたのは、足柄に間違いはなかった。

「ささ、司令官の隣にどうぞ」

突如、青葉が立ち上がって椅子を差し出す。
彼女は目でこう訴えている。
私に任せろ、と。

微塵にも期待ができない。
疑いの目を向けていたが、彼女が再びこちらを向く様子はなかった。

ぐいぐいと青葉に押された足柄がこちらへ迫ってきた。
よく見ると、足柄の髪は湿り気を帯びている。

「雨でも降ったか」

「ああ、お風呂に入ってきただけよ」

足柄は照れくさそうに頬を掻く。
トレーニングでよほど汗をかいたのだろう。

しかし、これまでにそんなことはあったか。
珍しいこともあるものだ。

「ではでは、ここは若い二人にお任せしますね」

ふと気が付くと、青葉は廊下に出ていた。
身のこなしの素早さもなかなかだが、変わり身の早さもそれに準ずるらしい。
引き留めようとするものの、うまい言葉が出てこなかった。

閉まったドアを見ていると、すぐ傍から視線を感じた。
しかし言葉はかけてこない。

「……」

こちらから何か話そうかとするものの、先程の青葉の言葉が脳裏にちらついた。
『足柄さんのことを、本当に愛しているのなら』
その一言を思い出すたびに、今までのように接することができないように思える。

「……」

二人して見つめ合い、時折目線をそらす。
互いに、何か切っ掛けはないものかと窺っている。

そんな中、唐突に視界が闇に落ちた。

「なんだ」

椅子から立ち上がって、すぐに事態を察した。
部屋の電気が消えたのだ。

しばしの沈黙を打ち破ったのは、自分でも足柄でもなかった。
窓から外の様子を窺うと、辺りには電気が輝いている。

なるほど。
誰かの仕業に違いない。
その誰かは容易に想像がついた。

「ねぇ、提督」

暗闇の中、声が聞こえる。
窓の外は明るくとも、この部屋を照らしきれるまでの光は持たない。
声の聞こえたほうに振り返り、姿の見えない彼女の方へと向き直った。

「あれ、やってくれない?」

うっすらと見える手が、頬を指しているようだ。
彼女の表情は見えない。

今日はこんなに曇っていただろうか。
月明りもない中、そっと彼女の頬へと手を伸ばした。

ぺたりと何かが手に触れる。
何だこれは。
わさわさと手を動かして、その形を確かめる。

「ひゃうっ」

悲鳴のような声があがった。

「提督、そこは耳!」

「ああ、悪い」

その声を聞いて安心した。
いつもの彼女の声だ。

手前へと手を動かし、彼女の頬へと触れた。
肌触りの良い髪をすり抜けて、無事、そこへとたどり着いた。

「やっぱり、ロマンチックなんて私には向いてないわね」

小さな笑い声が聞こえる。
頬に触れていた手に、別の手が重ねられた。

いいなあ

ええねえ

いいよお

「今度は何の本を読んだ?」

「なんにも」

足柄は手を動かして、こちらの手の感触を確かめるように撫でた。
くすぐったい気分になる。

不思議だった。
顔を合わせていてはぎこちなくなってしまう。
だからこそ、この意図的な停電が二人を導く灯となった。

彼女の表情こそ見えないものの、きっと安らかな顔をしているのだと察しが付く。
さて、本当のところはどうなのか。
自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
ただ、この手の感触だけしか真実を読み取るものはない。

「あの……昼間に言ったこと、覚えてる?」

「もちろん」

それに答えるように手で合図をする。
手を覆う彼女の力が少しばかり強くなった。

「あれね、やっぱりナシ。好きとかどうとか、私にはよくわからないままなの」

普段通りのあっさりとした言い方で、彼女は告げた。
その瞬間、自分が安堵していることに気が付いた。

「前と変わらないまま、か?」

「まあ、そんな感じかしら」

この安堵の正体は、変わらないことへの執着だ。
彼女との関係が変わるよりも、自分はこの関係を維持していたかったのだろう。
愛だの恋だのという、よくわからないものに囚われるくらいなら、いっそ知らないままの方が良い。

「あ、でもちょっと変わるかも」

足柄の手が離された。
この暗闇の中で、彼女を感じられるものは一つ減った。

「何が変わるんだ」

微かな不安が蘇る。
夜が怖くて眠れない少年のように、その心は身構えていた。

ところが、返ってきたのは軽い言葉だった。

「やっぱり、身だしなみとかはちゃんとしないといけないのよ」

何の脈絡もない話題に戸惑った。
だが、すぐにそのことには合点がいった。

「だから風呂に入ってきたのか?」

「ちゃんと寝ぐせも整えたわよ」

そんなもの見えないからわからない。
ありのままの感情を伝えると、彼女は驚きの声をあげた。

「見えなくなるってわかってたら、もっと早く来たのに」

その悔しそうな声を聴くと、笑いがこみ上げてくる。
足柄は何も変わっていない。
そう簡単に変わられてたまるものか。

「でも姉さんたちに怒られたのよ。提督の事が好きなら、なおさらきちんとしなさい、って」

途端に彼女はその出来事を語り始めた。
別に好きとまでは言っていないのに、なんだか三人とも盛り上がっていた。。
知らず知らずのうちに、ドアを破ったことが知れていて、説教に話がすり替わっていた。
そんな風に他愛のない話ばかりが出てくるのだ。

「でもね、本当は優しいのよ」

最初は怒っているようだったが、段々と口調が穏やかなものへと変わっていく。
世話を焼いてくれて助かっている。
いつも助かっている。
そんな感謝の言葉が出て、最後は「風呂は気持ちがよかった」で締めくくられた。

「最後のそれは関係ないと思うが」

「いやいや、これは重要よ」

今度は風呂の話になってしまう。
果たして最初は何の話をしていたのか。

段々と足柄の輪郭が見えてきた。
夜目がきくようになってきたのだろう。

矢継ぎ早に話し続ける彼女を手で制す。
きょとんとしている顔が見てとれた。

「付け焼刃でどうにもならないのは、礼儀も戦闘も同じだろう」

「なるほど。日々の積み重ねがものをいうわけね」

若干話がずれた気がするが、何とか持ち直したはずだ。
足柄の方を見ると、何度か頷いているのが見える。
それほど納得できる話だったか。

それはともかく、話を進めるべきか。

「自分たちの関係を、好き嫌いで考えるから難しいことになる」

それに対して足柄が相槌を打つ。
どうやらそのような答えが出るのは間違いではないらしい。

ならばどうするべきなのか。
一度小説に立ち返って考えてみてはどうか。

足柄に貸したあの小説の内容を思い返し、その答えを探ってゆく。
明確に言葉にできない概念よりも、きっと自分たちに相応しい答えがあるはずなのだ。

本の中の彼と彼女は、一体どのようにして愛を結実させていたか。
思い返してみる。

「……ん?」

思い返して、初めて気付く。
彼らは思いを口にしあうことはあっても、何か特別な行為を行っていただろうか。
男女の愛を描写した様子はあれど、明確に何かを行うことはなかったはずだ。

「……」

「提督? どうしたの?」

考えるほど泥に嵌るように体が重くなってゆく。
愛はすなわち、「愛とはこうである」という認識を互いに共有して、初めて愛であるといえるものなのではないのか。
では「愛とはなんだ」と互いに認識している二人は、前提からしてその資格がないのか。

頭が爆発しそうだ。

「あ、そういえば」

混乱する中、足柄の声がはっきりと聞こえた。
何か妙案でも浮かんだのか。

「姉さんたちに、もうキスとかはしたのかって聞かれたんだけど……キスって何?」

「口づけの事だ」

知識だけは知っているが、活用したことはない。
淡白な反応をした自分とは異なり、足柄は何かに気が付いた様子でこちらへ迫ってきた。

「それができれば、もしかして愛なの?」

「……なるほど!」

思い返せば、あの時の自分たちはおかしかったのかもしれない。
こちらまで届きすらしていない月光か何かに毒されていたのかもしれない。

その夜、足柄から頭突きの如き口づけを受け、気を失った事は覚えている。
情緒も趣も色気も感じられない、ただの唇と唇のぶつかり合いは強烈な痛みを伴った。


そんな有り得ない形の接触は、再び自分と足柄の関係を大きく変えてくれた。

青葉可愛いな
改まった足柄さんにドキドキするのぜ


重巡洋艦の良いところを教えてもらったぜ


最後でくすっときたがいい雰囲気

キスが頭突き……ということは、深雪と電もキスをした?
まてよ? 初風が妙高を恐れているのは、首が捥げたからじゃなくて無理やりキスされたから……?

>>109
頭突きの『如き』だ
歯と歯がガツーンってなる勢いでキスしたんだろ

それ前歯折れかねないんじゃ

軍人ならそれくらいヘーキヘーキ

「……はっ」

意識を取り戻したのは、外が明るくなってからのことだった。
執務室の床にべたりと寝そべっていたのだろう。
硬いところで寝ていたからか、体のあちこちが痛い。

「今、何時だ……?」

真上にある掛け時計を見ようと体を起こす。
窓から差し込む光が自分の胴を照らしていた。

下から見上げるように窓の外を確認すると、太陽はもう真上に傾きかけていた。
正午に近いのか。
そんなにも気を失っていて、誰も気付かないと言うのは些か酷い扱いだなと笑いが漏れる。

時計が示した時刻は十一時。
朝食は食いそびれたようだ。

「腹が減ったな……」

手で背中の汚れを払いつつ、腹の虫の機嫌を訊ねる。
怒鳴るように声をあげる彼は、やはり本人に似て呑気なのだろう。

ふと足柄のことを思い出す。
暗闇でよく見えなかったとはいえ、かなりの速度でぶつかったのだ。
彼女も無事では済んでいない可能性がある。

まるで酔いつぶれた翌日のように額が痛む。
そこを抑えながら彼女を捜す。
よく考えてみれば、唇が触れる前に額同士をぶつけていたような気がした。

本当に触れたのか。
自分の唇を触ってみるも、答えは返ってこなかった。

「もう出て行ったのか」

辺りを見回しても、彼女の姿は見つからなかった。
仕方がない。
足柄は自分よりも頑丈なのだから、先に意識を取り戻していたに違いない。
もしや気を失ったのは自分だという可能性も考えられる。

「トレーニングにでも出たのか」

虚しさを感じながら、外の景色を覗いてみる。
昨日の出来事は夢だったのだろうか。
そんな風に感じるほど、この景色は普段通りだ。

本も部屋に戻しておこう。
そう思い、ちらりと机の上を見た。

「む」

昨日とは違う点が、一つだけ存在していた。
本が一冊増えていたのだ。
この本は足柄に貸していたもので、彼女が愛を知った一節が描かれた本だ。

何故こんなところにあるのか。
もしかすると返却しに来たのかもしれない。
机に並んだ二冊の本を眺めていると、ふと寂しさが込み上げてきた。

この本は、いわば足柄との奇妙な関係を繋ぐ対象だった。
それがここにあるということは、その関係が切れてしまったようなものだ。

そんなことはない。
自分にそう言い聞かせてみるが、姿を見せた切なさは消えない。
一方的に繋がりが切られてしまったような不安が、自分の心に波紋を呼んだ。

彼女に会って、何を話そうか。
気兼ねなく話せるような関係だった彼女の背中が、どこか遠くへ行ってしまったような気がした。

「んにゃ……」

自分の背の方から声がする。
寝惚けたようなその声は、よく聞き覚えのあるものだった。

「足柄?」

「ああっ! 提督! よかったぁ……」

後ろまでは見ていなかったなと感じる前に、彼女が胸元に飛び込んでくる。
弾丸のような速度で、こちらの懐へ入り込まれた。

「生きててよかった……!」

勝手に殺すなとおどけて言えば、怒りの言葉が返ってくる。
心配したんだから、と。
潤んだ瞳でこちらを見ながら、彼女は声を震わせていた。

「なんだ、泣いているのか?」

「泣くわけないでしょ」

強がりを言った足柄は、胸元へと顔を押し付けてきた。
なんとなく湿った感覚が押し付けられたのは、気のせいと言うことにしておいてやろう。

「あー、よかった」

彼女は目元を擦りながらため息をつく。
その目元をよく見ると、うっすらと隈があるように見えた。

「寝ていないのか?」

「……朝日が上るのは見た」

どういうことだと話を聞くと、とんでもない事の顛末が明かされることとなった。

頭をぶつけた足柄は、気絶するようなこともなく、ただ痛がっていただけだったらしい。
だが、すぐに相手の異変に気付いた彼女は、名前を呼んで起こそうとした。

なかなか起きないとなり、彼女は慌てて部屋を出て助けを呼びにいった。
そこで彼女は、ドアの前で様子を窺っていた妙高らと協力して自分の処置にあたったという。

「具体的には、氷で頭を冷やしたり、安静にしたりって感じで……」

さほど心配するようなことはないと念を押されたらしいが、どうしても心配で離れられなかったという。
この事態を招いたと、責任を感じているのだろう。

尤も、一番の責任は電気を消した者にあると思ったが、あれには少々助けられた。
不慮の事故は不問にしてやるべきか。

「悪かったな、すぐに起きなくて」

「本当よ、まったくもう」

怒る素振りを見せてはいるものの、こちらから離れようとはしない。
頭くらいは鍛えておくべきだったか。
そんな滑稽な後悔が思い浮かんだ。

「あ、そうそう」

彼女はあどけない表情で告げた。

「あの本でね、キスの描写を探してみたの」

件の本を指で示すと、足柄はこちらへまっすぐ向き直った。

何故そんなことをしていたのか。
合点のいかぬまま足柄を見ると、彼女は「ああ」と呟いた。

「あのまま終わらせるのは癪なのよ」

なるほど。
彼女はどうやら、この行為についても勝利で幕を下ろしたいらしい。
引き分けという決着のつけ方では納得がいかないようだ。

「それで、どうするんだ」

声をかけた瞬間、彼女はすっと背伸びをした。

「……っ」

目の前が足柄の顔に試合される。
彼女は目を閉じ、それでいて確かな狙いで唇を当てていた。

「……ぅ……っ」

漏れる吐息が煽情的ではないだろうか。
唇に触れる柔らかな感触だけが、今感じられるこの状況のすべてだった。

彼女のしていることは、唇を押し当てているだけ。
ただそれだけが、その行為の拙さを伝えてくる。

「……ぷはっ」

十秒も経たないうちに、足柄はよろめきながら後退した。
その運命的な時間が、たったそれだけで途絶えてしまった。

息を止めていたのか。
それはこちらも同じことだが。

「どう?」

頬を赤らめながら、足柄はこちらを見る。
口元は笑っているが、眉は困ったように垂れていた。

この行為の意味を理解したのは、互いに同じのようだ。
それを裏付けるように、自分の顔が熱くなるのを感じた。

「さあ、わからないな。もう一度試してみなければ――――」

今度はこちらから足柄へと近づいた。
彼女は戸惑いを見せたものの、そっとこちらに手を伸ばす。

きっと自分たちは、日光にも毒されていた。
太陽が真上に上るころ、食事を取ることも忘れて、足柄と二人でキスに溺れていた。


>口元は笑っているが、眉は困ったように垂れていた。
これを足柄がやってると思うとたまらんね

乙以外の何者でもない

乙乙
今更前作読んできたけどそっちも凄く良かった


けしからん

足柄って色気のあるお姉さん枠のイメージが強かったけど……

何これ超可愛いっ!!

これはほんとに足柄さんですか?何この可愛い生き物
おつつ

それから、彼女との距離は縮まった。
これまで以上に、足柄が隣にいる時間が増えた。

トレーニングにあてていた時間が、執務室へ来る時間へと変わった。
昼食や夕食を取る時間が、自分と同じ時間帯に変わった。

「足柄、顔が近い」

「……わかってるくせに」

こんな風に、彼女は隙あらばスキンシップを求めてくるようになっていた。
この言葉の意味が分からないほど、自分は鈍感ではない。
だが、一つだけ気がかりなことがあった。

彼女のストイックさ、戦いへ向ける直向きさが、ゆっくりと損なわれていくように思えたのだ。

普段通り、足柄の髪を撫でる。
彼女は気持ちが良さそうに目を細めた。

「安心する」

「そうか」

彼女の落ち着いた声音を聞くと、こちらまで気が緩みそうになる。
今は休憩時間だといえど、そう簡単にやりたいことをやっているとなると示しがつかない。
まあ、休憩時間に執務室を覗きに来るような物好きは、青葉くらいしかいないわけだが。

戸を見ても、今まで頻繁に訪れていた彼女の姿は見当たらない。
こそこそと隠れているという気配もない。

本気になったから、彼女は茶化さなくなったのだろうか。
青葉の真意は掴めぬまま、ただ時は過ぎていくのみであった。

時が過ぎてゆく。
するとまた、気がかりな点が一つ増えた。

足柄の体調が優れないのだ。
元気が取り柄、嵐のような豪快さを秘めた彼女が体調を崩すことなど、今までになかった。
那智らがそれについての報告をしてくる前から、体調不良には勘付いていた。

しかし、足柄は強かった。
何を聞こうとも、一度たりとも彼女が弱音を吐くことはなかった。

この鎮守府で足柄を一番見ているのは自分だ。
そうは言えたものの、彼女の心の内は察することができないでいた。

「顔色が優れないな」

「平気よ平気。寝たら治るわ」

普段通りの台詞を口にする彼女は、昼食を半分しか食べなかった。
行きつけの飯屋でも、彼女はいつものカツ丼を頼まなかった。

「ちょっとやることがあるから、今日は先に行くわね」

お勘定はこれで。
そう言って、足柄はこちらに、明らかに多すぎる金銭を押し付ける。

金勘定もできなくなったか。
ふざけて返してみるも、彼女は乾いた笑いを漏らすだけだった。

「待て、足柄」

異常なのは明らかだ。
食いかけの蕎麦から箸を離し、彼女の手を掴む。
何度も触れていた足柄の手は、少しばかり細くなっているように思える。

「あっ」

軽く手を引いただけで、彼女はぐらりと体を揺らした。
驚きで頭が埋め尽くされる。

足柄は、押して倒れるような華奢な体をしていたか。
言葉にできない不安のあまり、気が緩んだ。

「……ごめんなさい、提督」

そんな言葉が聞こえた矢先、細腕はするりと抜けてしまった。
飯屋の戸から飛び出した彼女は、自分から逃げるように町の喧騒へ消えていく。

茫然自失とはこのことを指すのだろう。
そんな場違いな感想が出るくらいに、何かが自分の心から抜けていったようだった。

「追わなくて良いのか、若い提督よ」

その声にはっと我を取り戻す。
そうだ、自分はこんなことをしている場合ではない。

振り返ると、店主らしき人物が立っていた。
先程の声は彼のものだろう。
ただ不思議な事に、その店主は面を被っていた。

「さっさと追いかけな!」

店主の面妖さに足を止めていたところに、怒号のような声が響く。
顔を左へ傾けると、気の強そうな強面の男が立っていた。
彼は箸を持ったまま、飯屋の戸を指さしている。

「アンタ、あの子の恋人なんでしょ! 早く行きな!」

今度は右側から、肝っ玉の大きそうな女性が声を張った。
彼女もまた、口元に米粒を付けたまま叫んでいる。

「そうだそうだ!」

「右に曲がっていったのが見えたぞ!」

「このへたれー!」

周囲には、まだ昼食をとっていたはずの客たちまでも、立ち上がってこちらを見ている。
中にはただの野次も飛んできていたが、その言葉は身に染みた。

彼らの声援を身に受けて、気分が高まった。
しかしその前に、今にも走り出そうとする身を止めて、店主に声をかける。

「代金はそこに」

先程まで食べていた蕎麦の横に、足柄が渡した金を置いたままだった。
いくら急を要するとはいえ、ただで食って逃げるわけにはいかない。

だが、それを示すと店主は「ははは」と高らかに笑った。
面の下で籠った笑い声は、そのまま次の句を告げる。

「いや、これは受け取れん。次来た時に、必ず払いに来ることを誓え」

言葉の真意など、考えるまでもなかった。
その堅苦しい言い回しに聞き覚えを感じながら、その飯屋を飛び出した。

人の隙間を掻い潜り、鎮守府へと走ってゆく。
背の方からの声援は、ゆっくりと遠ざかっていった。

「はぁ……はぁ……」

早くも息が上がり始める。
だが、気分は高翌揚していた。

何故だろうか。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、心臓が張り裂けそうになったころに気が付き始める。

似ているのだ。
この状況が。


主人公とその恋人は、仲の良い二人だった。
しかし物語の途中で、些細な仲違いからすれ違う。
主人公が歩み寄ろうとしても、彼女は逃げ去ってしまう。

だが、周囲の人間から激励された主人公は諦めなかった。
彼女の隠れ場所を、長い付き合いから推測した主人公は、後を追って彼女を見つけ出す。


足柄に貸していた件の小説に、この状況は酷似していた。


「げほっ……」

痰が絡んで喉が痛い。
あまり体を鍛えていない自分にとっては、この距離を走り切るだけでも精一杯だった。
だが、この両足は止まらなかった。

「今までの自分なら、さほど何も感じなかったに違いない」
そんな気持ちが思い浮かぶ。

戸を開け、先へ進むたびに彼女へ近づいている。
そんな気持ちが背を押した。

「だが、今は違う。あの主人公のように、たった一つの気持ちだけで彼女を追いかけている」
そう感じる。
今、自分を動かしているのは、ただ唯一、単純な気持ちのみだ。

鎮守府の中の娘たちを驚かせながら、ひたすらに走った。
汗で張り付く衣服が不快に感じ始める。

しかし、足を止めるわけにはいかない。
この熱い感情が、自分を突き動かしていたのだ。

ただ、好きだという気持ちだけで。

この熱い思いは、何物にも代え難く、何よりも己の身を苦しめた。
いや、これはただの身体的な疲労か。

ともかくこの、やたらと青臭い感情に共感できたのだ。
これが愛か。
主人公と同じ気持ちになり、その思いを感じられたことが素晴らしかった。

この気持ちは誰にも描写できることはないだろう。
愛とは、理解ではなく感じるものだ。

長い廊下の角を曲がり、足柄たちの自室の戸へと手をかける。
まずはここだ。
ノックもせずに、勢いよくそれを開いた。

「えっ」

着替え途中らしき下着姿の妙高の姿が目に入る。
驚きに動きを凍りつかせた彼女以外の人の姿は見えない。

「……足柄はどこだ」

掠れた声で訊ねると、彼女はあたふたと慌てながら答えた。

「て、提督と一緒にいたのでは……?」

何も知らないか。
邪魔したなと告げ、戸を閉めて次の候補へと向かった。

次はここだ。
執務室の戸に手をかける。

自分から逃げていったのだ。
逃げ込む場所としては不適切な気もするが、ここが最も長く二人でいた場所である。
居てほしいという願いもあったのかもしれない。

「足柄!」

勢いよく戸を開けると、驚きに目を見開いた那智が視界に入った。
そのまま部屋全体を見回すと、羽黒もいることがわかる。
だが、肝心な足柄の姿は見当たらない。

「て、提督?」

「どうしたのだ……?」

なぜこんなところにいる、と聞きたかったが、そんなことは後でも良い。
また後で聞くと叫び、再び戸を閉じた。

もう思い当たる場所はなかった。
体も限界に近い。

「どこだ……」

息を吐きすぎたか心臓を動かしすぎたか、意識が朦朧とし始める。
普段体を動かさないせいだろう。
鈍らのような自分の足を呪いながら、手あたり次第に戸を開けてゆく。

もしやここにはいないのではないか。
そんな考えが脳裏に浮かんだその瞬間、もう一つ別の考えが思い浮かんだ。

「自分の部屋は――――」

戸を勢いよく開く気力は残っていなかった。
だからこそ、自室のドアがなかったことは僥倖だった。

足柄がこの戸を壊したこと、これから色々な事が動き出した。
停滞していたものが動き出した。
全ての始まりは、ずっと前に足柄に出会ったことではなく、この戸が壊されたことだったのかもしれない。

「……はは」

部屋に入ってすぐ、不自然に積まれた掛布団が見える。
思わず笑みが漏れる。
この声に気付いたらしく、掛布団は少しだけ動いた。
中に誰かが、見知らぬ誰かが隠れているらしい。

「隠れるのが下手だな」

ゆっくりと近づいていくと、そのたびに布団は後ろへと下がってゆく。
数度それを繰り返すと、ついに彼女は壁際へと追い込まれた。

「……足柄」

逃げ場を失った布団が、びくんと跳ねた。
もう引っぺがしてやるのも面倒だ。
そのまま布団ごと、彼女の体を抱きしめる。

「やっと感じることができた」

もぞもぞと動いているのは、逃げ出そうとしているのだろうか。
もうこの際、何でも構わない。
ただこの言葉だけを伝えよう。

「足柄、好きだ。気が狂いそうなくらい、お前を愛している」

しんと静まり返った部屋で、自分の言葉が反響する。
気が付けば、布団は動くことをやめていた。

「提督……」

彼女の声が返ってきた。

「提督が話しかけてるところ、膝なんだけど……」

戸惑うような、恥ずかしそうな声だった。

抱いていた手を離すと、どうやらそうらしい。
布団の下から、抱えた膝のようなシルエットが浮かび上がった。

「はー……締まらないな」

つい本音が漏れた。
もう彼女を引き留めるような余力は残っていなかった。

体をごろんと投げ出すと、掛布団の塊の隣へと寝そべった。

おつおつ

乙 この一気にいくようで行かないのが良いな

待ってるでー

どうして逃げた。
そんな野暮な切り口は好ましくない。

顎を引き、その塊へと視線を送る。
彼女はまるで殻に籠ったかのように堅牢だ。

「足――――」

「言わないで」

逸る気持ちは抑えたつもりだった。
それでも、彼女の名前すら呼ぶことは叶わなかった。

何を言っても無駄だ。
無能の烙印を押されたような虚無感が、心臓を握った。

意図しなかったわけではない。
彼女の口から直接「拒絶」の言葉が表面化したのが、予期していたほど重いものではなかった。
ただ、それだけだ。

「……」

「……」

互いに沈黙を保ったまま。
拳二つ分の距離を保ったまま。

呼吸を整えるという言い訳は、もう使えなくなるくらいの時間は経っていた。

>>159 訂正



何を言っても無駄だ。
無能の烙印を押されたような虚無感が、心臓を握った。

意図しなかったわけではない。
彼女の口から直接「拒絶」の言葉が表面化したのが、予期していたほど軽いものではなかった。
ただ、それだけだ。

「……」

「……」

互いに沈黙を保ったまま。
拳二つ分の距離を保ったまま。

呼吸を整えるという言い訳は、もう使えなくなるくらいの時間は経っていた。

来たか待ってた

目を合わせることもできないまま、時は過ぎていく。
互いの呼吸が認識できるほど近い距離だ。

もどかしい。

「あー……」

ふと、沈黙を切り裂いたのは足柄だった。

欠伸か、それとも溜息か。
どちらにも聞き間違うようなそれが、自分に向けられるものだと気付くまでに数秒を要した。

「今から言うのは独り言」

この部屋には自分のほかに誰もいないのだ。
そう言わんばかりの彼女の声は掠れていた。

こんな前置きは、どんな大根役者でもしないだろう。
口元が綻ぶのを感じる。

ただ、ここで自分が何を言っても封殺されるのは目に見えている。
口を引き結び、次の句を待った。

「戦いたい」

最初はその言葉だった。

彼女らしい。
そう言い切ってしまえば簡単だろう。

だが、その言葉は久しく聞いていない言葉だった。
それは、もっと裂帛の意思を持つような言葉であったはずだ。

声音は弱弱しく、どこか折れてしまいそうだった。

「前みたいに、何も考えずに、好きなように戦えたらなあ」

二言目は、将来の夢を語るような声音で呟かれた。
その、「前みたいに」という言葉の指す意味は、彼女の変化に関わっているそれに違いない。

「敵を見つけて、狙って、撃って倒すだけ……」

布を被った彼女の肢体がさらに丸くなる。

「戦場で、敵のこと以外なんか考えられるはずもないのに」

足柄は、吐き捨てるよりは優しく、思いやるよりは厳しく言い放った。

突如として、睨み付けるような視線が飛んでくる。
まったくもって身構えていなかった。
自分に刺さったそれは、弛緩していた緊張の糸を再び張る。

「……だぁめだ」

しかしどうだろう。
布越しに感じられる殺気は、たちまち跡形もなく消え去った。

代わりに現れたのは、ゆったりとした慈しみのような視線。
その変化がわからないほど、愚鈍ではない。

「あのね、提督」

独り言だと言っていたはずだが、いつの間にか切り替わっていたらしい。

「ああ」

「返事はしないで」

「わかった」

どうやら独り言だったようだ。
考えるまでもなく、口を噤んだ。

「弱くなったの、私」

「そうだな」と、口の中で呟く。

「いつもみたいに戦えない……提督は気付いていたと思うけど」

黙って顎を引いた。

「なんでかしら」

子供の疑問そのものだった。
できることができなくなった、それはどうしてか、なんていう素朴な疑問だった。

「ねぇ、なんでだと思う?」

独り言だと言っただろう。
その一貫性のなさに、そんな小言も言いたくなった。

惚れた弱みだろう。
気付けば口が勝手に言葉を紡いでいた。


「戦いより、好きなものができた。それだけだ」

きてたー

待ってる

age

足柄さん

そろそろやばいぞ

まつ

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