少年「ぼくんちに勇者様が一泊した」 (52)
ぼくんちは小さな田舎町唯一の宿屋だ。
二階建ての木造建築で、宿屋というよりも民家といった感じ。
これでも暑い季節になると、それなりに観光客がやってきて、満室になることもある。
だけど最近はちっともよそからのお客なんか来やしない。
なんたって魔王が復活しちゃったから、みんな旅行なんかしてる場合じゃないもんね。
おかげで商売あがったり。この町が魔王軍に襲われたことはないけれど、
ずっとこのままなら結局ぼくらは魔王のために滅びることになっちゃう。
ぼくも子供心に不安を感じる中、いいニュースを聞かされた。
勇者様がこの町にやってきたっていうんだ。
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町長さんをはじめ、町のみんなは勇者様を歓迎した。
あんまりやりすぎるとプレッシャーをかけることになるんじゃって声もあったけど、
勇者様はみんなの声援にしっかり応えてくれた。
ぼくはそれを見て、勇者様はすごいって思ったんだ。
日が落ち、勇者様はぼくんちに一泊することになった。
ぼくは勇者様はいっぱい戦うからいっぱい食べるんだろうな、と思ってたけど、そんなことはなかった。
サンドイッチをいくつかとサラダを食べ、水を一杯飲んだだけだった。
「勇者様ってもっといっぱい食べるのかと思ってました」
ぼくがこう尋ねると勇者様は笑って、
「あまり食べると、いざという時動けなくなるからね」
と答えてくれた。
夕食を済ませると、勇者様はぼくに色んな話をしてくれた。
剣の修行の話――
魔物の群れから大都市を守った話――
暗闇の洞窟をおそるおそる進む話――
旅の中で出会った面白い人や奇妙な人の話――
勇者としての心構え――
どれも勇ましくて面白くて、ぼくは夢中になってしまった。
お母さんに「いい加減、勇者様を寝かせてあげなさい」と言われた頃には
すっかり夜は更けてしまっていた。
ぼくは眠れなかった。
お父さんとお母さんからは勇者様は疲れてるから絶対に邪魔しないように、と言われてたけど
どうしてももう少しだけ話を聞きたかった。
だからぼくは寝室を抜け出して、こっそり勇者様の部屋を訪ねることにした。
勇者様は二階の一番奥の部屋にいる。
ぼくは音を立てないようにゆっくりと部屋に近づく。
もし勇者様がまだ起きてたなら話を聞かせてもらおう、もし眠ってたなら大人しく引き返そう、
そう思ってた。
部屋の前に着いた。
勇者様は「もし何かあったら、すぐ私を起こして下さい」とカギをかけてなかった。
それを聞いた時も、ぼくは勇者様ってすごい、と感心した。
ゆっくりとドアノブを回す。
勇者様は起きてるのかな、寝てるのかな……。
わずかに開いたドアから、中を見る。
部屋の中は暗かった。
ベッドの布団は盛り上がっていて、勇者様がいることは確認できた。
寝てるのか、起きてるのか、判断できない。
ぼくは判断できない以上、ここは引き返すべきだと思った。それぐらいのデリカシーはあるさ。
その時だった。
「怖い……怖いよ……」
勇者様の声だった。
「父さん、母さん……助けて……」
さっきまでの勇者様では考えられないような、か細くて頼りない声だった。
「みんな……俺に期待してくれてる……。だけど……無理だよ、俺なんかには……」
耳を澄ますと、歯がカチカチと鳴っているのが聞こえた。勇者様は震えていた。
この時、ぼくが何を思ったか。それは分からないし、覚えてない。
ビックリしたのだろうか、ガッカリしたのだろうか、勇者様も怖がるんだと微笑ましかったのだろうか。
もしかしたら、どれでもなかったのかも。
とにかくぼくは、こう声をかけたのだ。
「勇者様」
勇者様はものすごい勢いで飛び起きた。
きっと魔物に寝込みを襲われた時もこのスピードで起きるのだろう、と思った。
勇者様の表情はひどく頼りなかった。
見られちゃいけない場面を見られてしまった……そういう顔だったのは確かだった。
だけどすぐにいつもの勇者様の顔に戻ってくれた。
「もしかして、私の話を聞きに来たのかい?」
「あの……」
「ん?」
「逃げましょう! ぼくが勇者様をかくまいます!」
「え……?」
ぼくは勇者様の手を取り、ぼくんちを出て、すっかり寝静まった町を走った。
勇者様もぼくに付き合ってくれた。
「こっちです、勇者様」
誰もいない真っ暗な町を走り回るのは普段なら怖いけど、今日は怖くなかった。
勇者様がいるし、なによりぼくには使命感があった。
ぼくが目指したのは、町外れだ。
町外れにある、二つの大きな岩。ここがぼくの目的地。
岩と岩の間にあるわずかなスペースに、ぼくが木の枝を組み立てて、葉っぱや布切れを屋根にして作った、
小さな隠れ家だった。
「ここは……?」
「ここ、ぼくが作った秘密のアジトです!」
ぼくは勇者様を中に招き入れた。他人を入れるのは初めてのことだった。
友達にだってこの場所は教えてない。
「ここなら、絶対見つかりません! 食料だってあります!」
ぼくはアジトの奥に隠してある、うちから持ち出していた豆や干からびたパンを見せた。
「だから、だから……!」
もう魔王を倒すための旅なんかしなくていいんです、とぼくは言った。
勇者様は笑った。
みんなから尊敬される英雄としての勇者様と、ベッドの中で震えていた人間としての勇者様、
その二つが混ざったような笑顔だった。
「ありがとう」
「へ……?」
「おかげですっごく気持ちが楽になった。
なんたってこんなとっておきの隠れ家を紹介してくれたんだからね」
勇者様は続ける。
「だけど俺はまだ大丈夫だ。ここを使わせてもらわなくても大丈夫だ」
いつも「私」を使う勇者様が「俺」を使ってくれたことがなんだか誇らしかった。
ぼくは自分が勇者様の相棒だと認められたような気がした。
「だけど、もし……もし、俺が本当にピンチになって、どうしようもなくなったら、
ここにかくまってくれるかい?」
「はい! ぼく勇者様をかくまいます! だからいつでも来て下さい!」
二人でぼくんちに戻る頃には、勇者様は完全に英雄の顔に戻っていた。
翌朝、町の人たちに見送られながら勇者様は旅立った。
その時ももちろん、勇者様は英雄の顔をしていた。
それからというもの、いつ勇者様がやってきてもいいように、ぼくは毎日アジトの掃除をした。
一日も放っておくと、アジトには砂が散らばってるからね。
お父さんやお母さん、友達にもバレないように秘密のアジトに行くのは大変だったけど、
なんとかぼくはそれをやり続けた。
この町を出た勇者様があれからどうなったのかは、まったく分からなかった。
ぼくの町はただでさえ外の情報が入ってくるのが遅い町だったから、それは当然のことだけど。
ぼくはぼくにできること、勇者様がいつ逃げてきてもかくまえるようにと、アジトの掃除をし続けた。
勇者様がぼくの町を訪れてから半年が経った。
やっと、ぼくの耳にも勇者様がどうなったのかっていう報せが入ってきた。
勇者様はみごと魔王を倒した。
だけど相討ちだったという――
「勇者様が死んだなんて、死んだなんて……っ! ぼく、信じないっ……!」
ぼくらの町で、勇者様の死に涙を流したのはぼくだけだった。
町の人にとっては勇者様は「たった一晩だけ町にいた人」だったし、
なにより魔王がいなくなった喜びの方が大きかった。これでまた町は活気づくことになるだろうから。
ぼくはそんな町の人たちになんだかとても怒りを覚えて、一週間ぐらいはふてくされてた。
それでもアジトの掃除だけは欠かさなかった。
ぼくは勇者様を待った。
待ち続けた。
……だけど、やってこなかった。
勇者様と魔王が相討ちになったって聞いてから一ヶ月後、ぼくのもとに一通の手紙が届いた。
それは勇者様からだった。
勇者様は冒険の途中で、ぼくに手紙を出していたのだけれど、
なにしろ世の中は魔王のせいでてんやわんやだったから到着が遅れてしまったのだ。
手紙の内容は――
「俺は今、もう少しで魔王の城というところにいる。
これからどうなるか、俺が生きて帰れるかは分からない。
ここまでこれたのは、君のおかげだ。
君があの時、俺に秘密の隠れ家を紹介してくれたからこそ、
俺はいざという時はそこに逃げればいいと思って気持ちが楽になれた。
どんな困難や強敵にも立ち向かうことができた。
ありがとう」
手紙を読み終えたぼくの目から、ぽろぽろと涙が出た。
お父さんとお母さんはぼくを心配してくれたけど、
手紙になにが書いてあったのか聞かないでおいてくれたのが、嬉しかった。
手紙のおかげで、ようやくぼくも勇者様はもういないってことを受け入れることができた。
だけど、秘密のアジトの掃除は続けた。
なぜかは分からない。
やっぱりぼくの中で整理はついてなくて、ぼくはまだ勇者様が生きてるんだと思ってるのかもしれなかった。
ぼくと勇者様が出会ってから一年……町はすっかり活気を取り戻していた。
ぼくんちにも、ちらほらと旅人が泊まるようになってきた。
お父さんとお母さんの顔もだいぶ明るくなった。
「行ってきまーす!」
ぼくはいつものように、アジトへ出かけようとした。
だけど、町はちょっとした騒ぎになっていた。
馬に乗り、剣を腰につけた立派な服装の人たちが大勢いる。
偉い人たちなんだな、と偉い人を見たことがないぼくにもすぐ分かった。
「探せっ!」
「目撃者がいたんだ! このあたりにおられるはずなんだ!」
「陛下からの勅命だぞ!」
思わずすくんでしまいそうなカミナリみたいな声が次々と飛んでくる。
ぼくはおそるおそる、その中の一人に話しかけた。
「なにかあったんですか?」
「実は……勇者殿は生きておられたんだよ! 重傷を負ってたらしいがね!」
ぼくは驚いた。
驚きすぎて、心臓が止まるかと思っちゃったくらいだ。
「生きてたのに……どうして探してるんですか?」
「陛下は勇者殿にどんな恩賞でも、将来的には王位すらも与えるつもりでいた。
しかし、勇者殿は自分には向いていないと行方をくらませてしまったのだ。
せめてもう一度話だけでも聞いてもらうために、こうして探しているのだが……」
ここまで話すと、これ以上子供にかまってられんと、馬に乗った偉い人は別のところを探しに行った。
この人たちには勇者様がどこにいるか分からないようだ。
だけど、ぼくには分かった。
ぼくは走った。
きっと勇者様はあそこにいる。
いや、絶対にいると。
息をはずませて二つの岩までたどり着いたぼくを迎えてくれたのは、あの声だった。
「ごめん……。少しの間、俺をかくまって欲しいんだ」
―おわり―
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