菊地真「待ち合わせ」 (19)
・ほぼ地の文です。
よろしくお願いします。
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穏やかな春の日差しを受けながら、ボクは目的地へと早足で歩く。
待ち合わせの時間まで後10分はあるので、ゆっくり歩いても十分に間に合う。
けれど、おそらく――いや、絶対に待ち合わせをしている人物はボクより早く来ているだろう。
彼はそういう人間だ。
彼とは短い付き合いだけど、濃い時間を過ごしてきたからそれぐらいは分かる。
「そういえば初めて会ったのもこの公園だっけ……」
歩きながらふとそんなことを思い出していた。
第一印象は最悪だった。
会っていきなり男だと間違えられた。
まったく、プロフィールもちゃんと確認してないなんて。
いや、確認してなくても分かるべきでしょ。
これ以上思い出すと、会った瞬間に殴りそうになるので思考を止める。
そんな彼だけど、勤務態度はすごく真面目だった。
ボクのことを第一に考えてくれて、アドバイスも的確だった。
当時の人気アイドル菊地真がいたのは彼の功績だと言っても過言ではないと思う。
けれど、彼は絶対にそれを認めたりしない。
『真の実力だよ』
いつもそういって忙しそうに仕事をこなす。
今思えば照れくさかっただけかもしれない。
その頃にはもう最初の悪い印象は消え、ボクは彼を信頼するようになった。
そして、彼はどんどん仕事を任されて、他のアイドルの担当もするようになった。
『体がいくつあっても足りないよ』
そういった彼の顔がうれしそうだったのが印象的で、その笑顔が今も頭の隅に残っている。
彼にとってプロデュースとは、仕事ではなく趣味になるのかもしれない。
そして、他のアイドルのプロデュースを任されるたび、ボクとの時間は減っていった。
別に寂しいと思ったわけではない。
薄情だと思ったわけでもない。
それなのになぜか腹立たしい気持ちになって、仕事に集中できなくなった。
彼と築いた功績が少しずつ無くなっていく実感がした。
当然焦りもでるわけで、ある日の仕事でボクは怪我をしてしまった。
全治3日。大きな怪我ではなかったのが救いだ。
だけど彼にはしこたま怒られた。
もう運動系の仕事は取ってこないとまで言われた。
その場は社長と小鳥さんが彼をなだめてくれたおかげで今も運動系の仕事はできている。
だけどあのとき、怒られたことに安堵した自分がいた。
彼が自分の中で大きな存在になっているのに気づいた日だった。
怪我が完治した後は、今までの失敗を取り返すように頑張った。
ラジオ、ドラマ、バラエティなど様々なジャンルに挑戦もした。
ただ、どれをやっても女性ファンが増えるだけで男性のファンは増えなかったけど……
『女性ファンがいっぱいだな。真が羨ましいよ』
彼に言われたフレーズが頭をよぎる。
ボクだって普通の女子高生だ。女性ファンばかり増えても面白くはない。
男の人に「真ちゃん、かわいい!」って言われてみたい。
そんな気持ちを知ってか知らずか、男性ファンからもかっこいいと言われ始めた。
複雑な気分だった。
そんなときだ。ファンレターの中にボクをきちんと女の子として見てくれる人が現れた。
ボクは小躍りして喜んだ。
けれど、何度もファンレターを読むたびに気づいた。
これは彼の文章だ、と。
今も彼はファンレターを書き続けている。
ボクにばれてるとは知らずに。
いつかは彼に伝えないといけない。このファンレターを書いているのが誰かボクは知っていますよ、と。
ボクのファンレターを書く作業なんかで彼の仕事をする時間を奪ってはいけない。
そう頭では分かっているのに、彼に伝えることができないでいる。
彼からの手紙だと分かっているのにどうしようもなく嬉しいのだ。
いや、彼だからこそ――
そんなことをずっと考えている間に、目的の場所が見えた。
桜の木の下に人影が見える。
「おう、真。今日はよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
ほら、やっぱり彼はボクより先に来てた。
たったそれだけのことだがなんだか嬉しかった。
挨拶もほどほどに桜の木の下で互いにストレッチを始める。
ボクたちは今日、ランニングをするために来たのだから当然だ。
ちなみにボクの日課のランニングに彼が付き合う形だ。
彼曰く、「最近腹まわりが気になってなぁ」らしい。
彼はいつものスーツ姿ではなく、ジャージ姿で屈伸をしている。
正直、似合ってないなぁ……。
「お、なんだ真。そんなに俺のジャージ姿がまぶしいか?」
「目の毒ですね」
「ははは、真。使い方間違ってるぞ」
そこまでボクはバカではない。
けれど、本当のことを言うと傷ついちゃうだろうから黙っておこう。
あ、そういえば真。知ってるか?」
「ん?何がですか?」
「お前が待ち合わせ場所に指定したこの桜の木の下。カップルの待ち合わせによく使われてるみたいだぞ」
なんとはなしに彼が口を開く。
「そうですか」
赤くなった顔を彼から背け、ボクは短く一言だけ返す。
ここがカップルの待ち合わせに使われているのは知っていた。
知っていてボクは彼をここに呼んだのだ。
きっと言葉にしない限り鈍感な彼にこの気持ちが届くことはないのだろう。
だけど、今はこれでいい。
ボクはアイドルだ。
アイドルはファンを裏切ることができない。
何よりボクがそうしたくない。
もしそんなことをすればボクはアイドルを引退するだろう。
それはイコール彼との時間がなくなるということだ。
――けどいつか。
いつになるかは分からないが、ボクがアイドルを辞めたとき。
そのときのためにボクはこの今の時間を大切にしよう。
彼との思い出を積み重ねるために。
準備運動が終わる。
靴紐をキュッと結ぶ。
大きく息を吸い込む。
願わくば――
「さぁ、行きますよ。プロデューサーさん!」
この毎日の日課に相棒が増えることを――
END
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
拙い文章でお目汚し失礼いたしました。
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