元大尉「60年前の雪辱」 (48)





太陽が燦々と照り輝き、荒野の乾いた砂が舞う。

女房手製のサンドウィッチを片手に、ワイルドターキーをあおる午後。
机に置かれたレキシントン・ヘラルド・リーダー紙の2004年7月28日発行号。

俺はそのある一面に、いちべつをくれてやった。


「空のサムライ、ケンタッキーの地に降り立つ」


何を馬鹿なことを言ってやがる。
あいつはサムライなんかじゃないぜ。


ただのオカマ野郎さ。






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嫌いなピクルスを包んだ紙をバッグに詰め込んで、俺は腰掛けていた空き瓶入りの木箱を蹴りのける。
コンコロコンと響き渡るは見渡す限りの荒野と、陽炎に揺れる岩山だ。

そこには、俺を入れた総勢8人のクレイジー野郎とその“相棒”が誇らしげに立っている。

仮設の二つのやぐらをまたぐペナントを仰ぐと、こう書かれている。



「レキシントン・エアレース」



84を迎えた今年、俺は最後の勝負に出る。
あのオカマ野郎の“フランク”にリベンジを果たすため。






パァンッ パンパンパァンッ
カタタッ

ブロロロロロォォォォッ


ぞろぞろとギャラリーの集う中、戦いの気運は高まる。

随所で響く、けたたましいレシプロエンジンの始動音。
いずれも原型を留めていないが、参加する8機のうちの4機……。
それは、かつてのWWⅡ最優秀戦闘機だ。



P-51ムスタング。

陸軍航空隊の誇り、かくいう俺の愛馬も“こいつ”なんだ。






他の連中はこいつのあらゆるポイントにチューンを施し、全くの別物へ仕上げてきた。
風防を限界まで小さくし、層流翼を切り詰め、エンジンまでも入れ替えた。
そこに思い思いの塗装で自分の力を誇示する彼ら。若いとは、良いことだな。


だが俺の愛馬は、60年前とほとんど変わらない。

陽の下で輝くジュラルミンの質感、美しいラジエーター周り、1500馬力“奇跡のマーリンエンジン”。

そして、弾痕の残る涙滴形風防。



この弾痕は60年前の雪辱をいつか晴らすため、俺があえて残したものだ。
因縁の相手は、すぐそこにいる。



ごはん食べます

すみません




ムスタングを除くと、他の参加機の数も4。


今年初参加のダラスはコルセアを。
英国ハーフのケビンはスピットファイアを。
ジャンキーのマービィは……なんだありゃ、鼻がすごいことになってるぜ。


残るあいつは……唯一参加の日本人。
連れてきたのは、フランク。
日本ではヨンシキセントウキと呼ばれていたらしい。


イカれた連中が好き勝手に連れてきやがった、イカれた相棒達だ。






レースはいよいよ始まる。


先発で、昨年度優勝者オコナーの真紅のムスタングが空を舞った。

あのやかましい音はいずこかへ消え、青々とした空に心地の良い音が響く。


続いて、ルーキーのダラスのコルセアが。
更に続いてケビンのスピットファイアが。

そういった具合に次々と空へ打ち上げられてゆく、美しいかつての殺人機達。
マービィの機は改造に改造を重ねたエンジンの不調でリタイアだ。
3000馬力のエンジンを二つ繋げるなんて、馬鹿な奴だ。



残すは俺とあいつだけだ。





奴のフランクも、当時と姿をほとんど変えていないように見える。

俺のムスタングと同じ、ジュラルミン質の覗かせる無塗装のボディに鼻柱の黒ライン。
武骨な日本機特有の空冷エンジンとカウルの形。
枠の組まれた角々しい風防。

そこに無いのは、愛馬に弾痕を残したあの禍々しい機銃だけ。
広げた翼に今もでかでかとしたヒノマルを描き、誇らしげにそれを見せつけやがる。


そして忘れもしない、あのふざけた顔。
エンジンカウルのすぐ後ろに描かれた、“バラを咥えたゲイシャガール”のペイントだ。






俺の前で、そいつは飛び立とうとしていた。


カタタッ
プロロロロロロッ


他の連中と違い、空冷エンジン特有の軽快な音が響き渡っている。
馬力はあったはずだが、それでも他の連中と比べていささか非力さを感じてしまう。

実際、奴の参加は他の連中にとって大した関心ではなかった。
完全になめきってやがるんだ……無理もねえ。

俺たちの国は昔、戦争で奴らを圧倒的に下したからだ。


だからこそ、慢心ってのは起きるもんだ。






やがて全ての機が空に上がった。


ギャラリーの歓声を眼下に、やぐらの周りを俺たちの機がグルグルと影を映す。

あそこからフラッグが上がれば、一斉に地表に描かれたラインに向かってフルスロットロルだ。






バサッ

フラッグが上がった。

俺は、右腕隣りのスロットロル稈を思い切り押し倒す。
他の連中も、同時に同じことをしただろうな。






かくして、2004年度のレースはスタートした。


各機、一斉に北へ向かって放たれた矢のように水平高速飛行を行う。


ブロロロロロロロロロロォォォォォォォォ…………



代わり映えの無い荒野が眼下に広がり、通り過ぎてゆく緑の点と7つの影だけが、地表と俺たちの速度差を示した。
思い思いの高度を取り、連中は俺とオカマ野郎との距離を離しだした。


ここから10マイル先へは、直線に飛ぶことになる。
つまるところ、でかいエンジンを積んだもの勝ちだ。

先頭の真紅のムスタングが、大きく張り出した6つの排煙管から文字通りの火を噴くのがわずかに見えた。






対して、俺のムスタングは当時と同じ“パッカード・マーリンエンジン”を積んでいる。
一定のチューンは施したが、ほぼWWⅡ当時のままの状態でだ。


今の時代じゃ、奴と同様に非力と言われても仕方がない。
だが、こいつはこのエンジンでないとダメなんだ。

英国のロールスロイスが生み出したエンジンと、我が国のノースアメリカンが生み出した機体。
これらが合わさって、俺たちのムスタングは産声を上げたも同然なんだ。
それまで自国のエンジンが馴染まなかったこいつが、英国製エンジンで奇跡的な飛躍を見せたんだ。


俺は当時からこの話が好きだった。






ついに茶焦げた大地が途切れた。

先には湖が広がり、煌めくみなもに先の連中の機がチラチラと映る。

目指すはその先、針葉樹の森を抜け、そびえる小山を望む。
そして、小山に立つ第一のやぐら。

周りに遅れて、俺たちはようやくそれを見つけた。


この先は山岳地帯を抜けるんだ。
ここには高度制限が設けられていて、入り組んだ谷を抜けることで次のやぐらが見える。

本当の勝負は、いつもここからはじまる。






先に仕掛けたのは、フランクだった。

さっきまで景気よく飛ばしていたダラスのコルセアが、奴のすぐ前まで迫っていた。
慣れない谷の中でのルーキーの焦りを、奴は食い物にする気だ。

岩肌を避け、大きな弧を描くコルセアのインを、フランクが執拗に狙う。
奴は死ぬのが怖くないのか、それは分からない。


ただ言えることは、奴はその数秒後には銀色のボディを照りつかせ、
何もできないコルセアを華麗なバレルロールで抜き去ったことだ。

イッツ・ア・クレイジー!
岩肌スレスレ、身の毛もよだつクールさだぜ。






何度も言うようだが、この谷は非常に入り組んでいる。
ここは大きなエンジンを積むことが仇になる、魔のエリアだ。

比較的小回りの利く奴のフランクは、ここで稼ぐ魂胆だろう。
フィリピンで出会った昔の奴の動きを思い出す。

海岸上で見た奴のフランクの、おぞましくも惚れ惚れするマニューバ。


だが、感心ばかりしてちゃいけねぇ。
そろそろ俺も、仕掛けるぞ。



しぬほどねむくなってきたので、一旦寝ます
じゃないとまたスロットロルとか書いちゃいます(白目)

夜中にまた書くかもしれません
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます




奴が持ち前の曲芸飛行でこの谷を抜けるなら、俺は俺で長年の経験を頼ることにした。
そうこうしているうちに、一際出張った岩が目に映る。

ここだっ!


ガチャガチャッ


その岩のすぐ下に差し掛かった時、俺は操縦稈を左に倒し、機を見計らって更に手前へ引いた。
必要な角度なんていちいち覚えちゃいねぇ。すべては勘がモノを言う。

エルロンが先に開いて、エレベーターが追ってバカッと開くと、愛馬は弓なりの機動となった。


ブォォォォォォォォッ


岩肌がすぐ頭上に迫り、それがザーっと流れていく。
地表とはうって変わって、俺と岩肌との速度差が顕著に分かる。

だが、何も怖くねぇ。






ここの谷は一見すると複雑な地形となっているが、ある一定の高度、一定の曲線を描くことで抜けられるポイントが存在することを、俺は知っている。

俺だけじゃねぇ、先に行った真紅のムスタングもそうだ。
これは“地元飛び”とでも言うべきだろうか、俺たちの強みだ。

それを知らずにフラフラと律儀に谷に沿い飛ぶ連中を見ると、気の毒になってきた。

まぁ俺は老いぼれなんだ、ハンデの一つや二つはよろしく頼むぜ。

そう一人ごちながら、俺は愛馬のスロットルを全開にした。


命知らずの加速、吹き抜ける南風のように。
そう、俺と愛馬の描く一筋の軌跡はまさしく風のようだったんだ。






ここで大きく稼いだ俺は、次のやぐらに到達した。
かのフランクも、既に遥か後方だ。

眼の先にはオコナーの「真紅のムスタング」と、ケビンの「グリフォンスピット」が激しく争っていた。

用意されたコースはここが折り返しで、目印のポールが複数立っているのが分かる。
今年になって新設されたものらしいが、面倒なことにルールまでもが更新された。


直線最強のオコナーが一番嫌うコースだろう。
さっきの谷とは違い、このポールをしっかり縫って飛ばなくてはいけないからだ。
持ち前の速度を殺し、せわしなく主翼尾翼の各方向舵が動くのが見えた。

その点、欧州最強の軽戦闘機として名をはせたスピットファイアはさすがだ。
特徴的な楕円翼が生み出す優雅な軌道が余裕を感じさせる。






ここで、予期せぬ事態が起こった。

優勝候補筆頭のオコナーの機が、ポールと接触した瞬間を俺は見てしまったんだ。
真紅のボディの下面をえぐって、奴の機が大きく空を向いた。

俺はそこで奴を抜いちまったから、その後どう持ち直したか知らない。
だが、ポールの高度を越えた奴はその瞬間に失格となってしまったようだ。


まぁやっこさんが無事に生きてりゃ俺はそれでいい。


眼前にはさっきのグリフォンスピット、このエリアで奴に勝てる気はしない。
だが、もたもたしてはいられなかった。

後方では他の連中が追い上げてきており、その中にオカマのフランクいたからだ。






アメイジング!
どうしてこうなりやがった!

俺の前にはグリフォンスピットと、さっきまで真紅のムスタングがいた場所に日本のフランクが並んでいた。

操縦席いっぱいに奴の影がかかったかと思えば、陽気なエンジン音をはためかせたそいつに悠然と抜かれてしまったんだ。
だが俺はどうやら有象無象のひとつらしい。奴のねらいは“グリフォン”だ。

迷彩模様と銀色の二つの影が互いに譲らないバトルを繰り広げる。


俺は、それがたまらなく悔しかった。

お前が覚えていなくても、俺が覚えているんだ。






ポールが消え、オカマのフランクが大きく前にでた。
これは、当初誰もが予想しえなかった出来事だ。

本大会初参加の、しかも我が国に劣ると思われていた日本の機が、レキシントンの荒野を悠然と飛ぶ。
これは、とんだ大番狂わせだ。



そうでなくちゃいけねぇ。


俺の60年は、お前のために捧げた60年だったんだ。






フランクに抜かれたグリフォンスピットが、突如失速を始めた。
どうやらグリフォンエンジンがイカれたらしい。

フラフラと下方へ下がるそいつを視界に入れ、俺は叫んだ。


「仇はとるぞ!」


無線を使っていないのだから聞こえるはずはないが。

ケビンの手が「グッドラック」の形を作ったのが分かった。






残すは直線コースのみとなった。
もう、奴の小細工は通用しねぇ。


高度制限がなくなった途端、俺は操縦稈を手前へ思い切り引き倒した。

愛馬は奴に腹を見せ、照り輝く銀色の機が急上昇をした。

それは直線コースにおける、はたから見れば謎のループだろう。
速度を殺す、自殺行為ともいえるそれは、もちろん意図したものだ。


実に60年ぶりのインメルマンターンだ。
俺の小隊で、一撃離脱をとるために多用したマニューバ。

まさかレースでこの戦闘機動を使うことになるとは。






欲しい高度を稼ぐだけ稼いだ俺は、その行為が冗長に終わらないうちに俺は急降下を開始した。

重戦闘機としての、ムスタングの真骨頂。
かつて双璧をなした我が国のP-47サンダーボルトでも同じことをしていたそうだが、あれの落ちる様はまるで煉瓦だ。

こいつは違う。
洗練された液冷エンジンとボディの処理によって、まさに風を切るように“進む”んだ。

身体が一気に軽くなり、内臓が後ろへ後ろへと押される感覚に陥った。
これしきのこと、何百と経験した。何も苦しくなどない。


速度メーターがぐるぐると回り、時速はついに800を超えた。






この大会で誰よりも速くなった俺の軍馬は猛追した。

いくつかの同型機を下方に見たが、今一番輝いているのは間違いなく60年前と変わらないこいつなんだ。


ブォォォォォォォォォォォォォォッ


1500馬力のマーリンエンジンが唸りを上げる。

凄まじい振動が起こった。
風防の弾痕がピキピキと音を立てている。
こいつの両翼端が、蒼空に二筋の白い爪痕を残す。

この先は機動なんてもんは、関係ねぇ。


9回裏の最終局面。狙うは直球勝負だ。






フランクをとらえた。

俺は、存在しないはずの12.7㎜機銃のトリガーを握っているかのような錯覚に陥った。
眼前のそいつに6門のそれを見舞う。
ジャップの貧弱な機体は、これの直撃でたまらず四散、バラバラだ。ちげぇねえ。



なんだこれは、60年前と同じじゃないか。






そうこうしているうちに、フランクの姿がみるみる近づく。


800……

700……

600……

500……




「くたばれッ!!」


俺は叫んだ。

ゴールはすぐそこ、フランクは目前。








なんだこれは。

奴は背中に目でもついてんのか。








相対距離がのこり100を切った時、奴は目の前でその陽に輝く機体をグルンと右斜めに起こしやがった。

俺の愛馬の射線を、自身の愛機で遮ったんだ。



眼前に迫るそいつにビビッた俺はエアブレーキを目いっぱい開いて、左手前に操縦稈を引き起こした。

オカマ野郎はそんな俺の愛馬を悠々とロールで飛び越えた。

陽を遮って、俺の愛馬の操縦席に再び影を落としたんだ。



それもまた、60年前と同じ光景だった。







その瞬間。
風防の弾痕がパリンと音を立て、はじけ飛んだ。

俺は思ったんだ。





「奴のゲイシャガールが……」

「そこにバラを落としていきやがったんだ」


と。








大きく失速した愛馬。

誇らしげにゴールラインを越えて行った奴の機を、俺はただ見ているしかなかった。







………………
…………
……



表彰式が終わった後だ。

風吹き抜ける荒野の夕暮れ。


銀のトロフィーを手に、俺はフランクの下を訪れたんだ。




そこにいたのは、相変わらずヒョロヒョロとしたオカマのようなジジイだった。






「…………」

「…………」



「congratulation!」

「ありがとう」







オレンジに焼けた空を背に、俺たちはハグを交わした。
今年の引退レースは、俺の60年に決着を付けるためのものだった。


結局、俺と愛馬が奴に敵うことはなかった。
だが、俺はすがすがしい気持ちに包まれている。



ギャラリーの消えた大地に佇むオレンジと黒のコントラスト。
それは、かつて空を血で染め上げた美しい戦闘機たちだ。


おれは愛馬とフランクの立ち並ぶすがたを、いつまでもガキのように眺めていたんだ。




――――――――fin――――――――――



このお話は、これで以上になります。

需要があったかは分かりませんが、“スロットロル”の誤記については、本当に申し訳ない気持ちです。
許してください!なんでもしますから!

あと、ぼくはP-51が大好きです。

ここまで読んでくださった方、楽しく書かせていただきありがとうございました。

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