佐久間まゆ「ああこれが、恋の病」 (138)


キャラ崩壊

キャラに違和感

よくある話

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世界が変わった。

――なんて表現は、相応しくない。

あの日、あの時から私の世界は始まった。

こうも世界は劇的で――

こんなに世界は極彩で――

これほど世界は麗しい。

あの時あの人と出逢って、私はようやく始まった。

あの人が、それを教えてくれた。



それまでにあったどんな嬉しいことも、彼と出逢えたこととは比べられない。

それまでにあったどんな喜ばしいことも、彼と話せたことには及びもつかない。

これまでにあったどんな出来事にもなかった――

――ときめきを、彼はもたらしてくれた。



貴方に逢えれば、どんな苦労も忘れられるほど嬉しくて――

貴方と話せることが、どんな痛みだって気にならないほど幸せで――

貴方がいてくれることが、何より狂おしくて……


でも――


貴方に逢えないと、どんな喜びも忘れてしまうほど苦しくて――

貴方と話せないことが、どんな痛みよりも辛くて――

貴方がいないというだけで、今にも狂ってしまいそう……



甘くて、暖かくて、苦くて、焼け付くようで――

喜ばしくて、悩ましくて、

清々しくて、汚らわしくて、

素晴らしくて、見苦しくて、

誇らしくて、忌々しくて、

涙ぐましくて、嘆かわしくて、

慕わしくて、刺々しくて、

愛おしくて、毒々しくて、

神々しくて、呪わしい――


ああ、これがそうなんですね……


私を蝕む恋の病。


私を苛む愛の呪い。


私を病ませる恋煩い。



貴方と逢えることが何より嬉しいのも、

貴方と話せることが何より楽しいのも、

貴方がいてくれることが何より狂おしいのも、この病のせい。


貴方と逢えずにとても苦しいのも、

貴方と話せずとても辛いのも、

あなたがいないと狂ってしまいそうなのも、この病の――


そして――




まゆ「まゆが最近ポンコツ気味なのも、恋の病のせいだったんですねっ!!」



まゆ「ああ……なんということでしょう……」

まゆ「おかしいとは思っていたんです……」

まゆ「なぜか最近、やることなすこと空回りして、うまく運ばなくなっていて……」

まゆ「自分でも、いつの間に私はこんなに不器用で、要領が悪くなったのかと疑問だったんですが……」

まゆ「そう――そうだったんですね……」

まゆ「これが噂に聞く、恋の病……」

まゆ「まさに――人を蝕む難病……!」



まゆ「しかしそうなると、これは由々しき事態ですねぇ……」

まゆ「まゆのポンコツ化が、恋の病の症状だとするなら――」

まゆ「つまり、まゆは愛しのあの人――Pさんに近づけば近づくほど、ときめけばときめくほどに――」

まゆ「彼への恋が進み、愛が深まるほどに……、ポンコツ化も比例して進行するということです……」

まゆ「愛するほど、深まるほど悪化するなんて……まるで麻薬のよう」

まゆ「うふ……。さしずめ今のまゆは、Pさんに夢中――Pさん中毒といったとこかしら……」

まゆ「ああ……あの人に中毒なんて、とってもすてき――」

まゆ「はっ!? いけないいけない……」ブンブン



まゆ「Pさん中毒になるのは、魅力的ではありますが――副作用にポンコツ化が付いてくるんじゃ話は別です」

まゆ「まゆは普段から、Pさんと添い遂げるのに相応しい人物になれるように、努力し、研鑽を積んでました……」

まゆ「良妻賢母――夫を立てて、三歩引きながらも、共にいても恥ずかしくない、並び立つに足る――そんな女性を目指していたんです」

まゆ「だから、ポンコツなんて言語道断!! なのに……」

まゆ「なのに……まゆの目標への努力が、同時にポンコツ道を進むことにも繋がっているなんて……」

まゆ「はぁ……」

まゆ「……あら、もうこんな時間……」

まゆ「今日もお仕事……行かなくちゃ……」トボトボ



――事務所――


まゆ(今日もPさんは、朝から事務所にいますよね……)

まゆ(まさかPさんに朝から会えることを、憂鬱なんて思う日が来るなんて……)

まゆ(まゆ、どうすればいいんでしょう……)ガチャ


まゆ「おはようございます……」

モバP「おお、まゆ! おはよう」ニコ

まゆ「!!」

まゆ「Pさんっ! おはようございます♪」

まゆ「あなたのまゆですよぉ♪」トテトテ

まゆ(ああっ! Pさんが微笑みかけてくれている……!)

まゆ(今日、一番最初にまゆに……! まゆだけに!!)

まゆ(――って、違うっ!!)

まゆ(ああ……。うっかりときめいてしまいました……)

まゆ(まずいです。今ので、またポンコツ化が進行したんじゃ……)



P「しかしまゆ、随分早いな。今日の予定は午後からだけど……?」

まゆ「うふふ♪ だって、Pさんに早くあいた――」

まゆ(――ちがうっ!)バチンっ!!

P「!?」

P「ま、まゆ……? 突然、自分の頬を叩いて……どうした……?」

まゆ(あいたぁ……)ヒリヒリ

P「まゆ……?」

まゆ「――な、なんでもないですよぉっ!? うふふ……!」

まゆ「あの、ちょっと蚊が……。蚊がいたものですから……」

P「蚊って……今、二月だぞ?」

まゆ「温暖化っ! 温暖化の影響ですねぇ……」ウンウン

まゆ「うふふ……、大変ですよねぇ、温暖化。ストップH2O!」

P「お、おお……?」



まゆ(危ない危ない……)

まゆ(『Pさんに早く会いたい』なんて、ポンコツ化必至ワードじゃない)

まゆ(それでPさんが、『嬉しいよ』なんて言ってくれたら…………ああっ! 考えるだけでポンコツ化しそう!)

まゆ(……というか、Pさんの言う通り――今日は、こんな時間に来る必要はなかったですね)

まゆ(ついつい、いつもの癖で――Pさんに、早く会えるように家を出てしまいました……)

P「ま、まあ……何もないなら、いいんだが……」

まゆ「うふふ……」ヒリヒリ



まゆ(これはまずい状況です)

まゆ(いつもなら、Pさんと一緒に過ごせる時間がたくさんある、と喜ぶところなんですけど……)

まゆ(Pさんと長時間一緒にいるということは、必然的に、ポンコツが悪化しうる状況に、それだけ長くさらされるということ……)

まゆ(ダメですよぉ。それで完全体ポンコツになったまゆなんて、Pさんには見せられない!)

P「……ああそうだ、まゆ。今日の午後からの予定――雑誌のインタビューだけど……」

P「悪い……。俺、今度のミニライブの段取り調整で、凛たちの方に回らなくちゃいけなくなってさ……」

P「お前に付いていってやるって約束、破ることになっちゃって……」

まゆ「なっ……!?」



まゆ(そんな……Pさん……)

まゆ(まゆじゃなくて、他の女の所へ行ってしまうんですか……?)

まゆ(まゆの頑張り……見てくれないんですか……?)

まゆ(Pさん……Pさん……Pさん……)

まゆ(PさんPさんPさんPさんPさんPさんPさんPさ――)

まゆ(――って、いえいえ……)

まゆ(これはむしろ行幸――今回に限っては、願ってもないことですよ)

まゆ(大体、もしこれでPさんに付き添ってもらって、記者さんの前でポンコツになった日には、それこそ、Pさんに迷惑がかかってしまいますし……)

まゆ「――気にしないでください」

まゆ「Pさんは、Pさんのやるべきお仕事を頑張ってください」



P「そうか……? ごめんな、ホント」

まゆ「大丈夫ですよ。あの記者さんは、読モ自体から面識があって、まゆも贔屓にしてもらってますから」

P「ああ……、そういえば、そうだったな」

P「読者モデル時代からのまゆのファンだって言って――ぜひ、アイドル佐久間まゆを取材させてくれって、来たんだっけか……」

まゆ「ふふっ。こう見えても、それなりに人気だったんですから」

P「ありがたい話だよな」

P「読モじゃなくなってからも、変わらず親しみ続けてくれるなんて」

まゆ「そうですね。元々、まゆと同じ地元に務めていたのを、まゆがアイドルに転向してこちらに住むようになってから、同じくこちらの本社に移ってきたそうですよ」

P「はははっ……。すごい、まゆ愛だなぁ」



P「いやぁ、でもあの人、女性でよかったかもな……」

まゆ「……どうしてですか?」

P「いや、だってなぁ……」

P「いくら記者とはいえ、もし男だったら――」


P「俺もちょっと、焼きもち焼いてたかも」


まゆ(ぐっはぁっ!)ブハァ

まゆ(ああああっ! Pさんがぁ! Pさんがまゆに焼きもちを焼いてくれるなんてっ――!!)ダバダバ……

まゆ(そんなこと気にしなくていいんですよぉ……! まゆはあなただけの――)

まゆ(――ちがっうっ!!)ゲシッ!!

まゆ(落ち着くのよ……佐久間まゆ……)ヒリヒリ

まゆ(ときめいてはダメ……ポンコツには成り下がりたくはないでしょう……)フーフー

まゆ(うう……、さすがPさんですねぇ……。こうもまゆの心を掻き乱すなんて……)

P「――なーんて、ははっ。プロデューサーが言っていい冗談でもなかったか」

P「まあ、それだけまゆが魅力のある子ってことだな」ウンウン

P「――って、まゆ? なんで涙目なんだ?」

まゆ「うふふ……、花粉症……ですよぉ……」ヒリヒリ



――――――
――――
――


まゆ(あれからも……Pさんは積極的に、まゆとお話ししてくれました……)ゼェーゼェー

まゆ(多分、約束を破ったことを気にしているんでしょう。Pさんは真面目ですから)ハァーハァー

まゆ(とても嬉しいはずなのに……今日はそれを素直に喜べません……)ゼェーハァー

まゆ(Pさんの一言一言が、まゆの心を揺さぶって――ときめかないように自制するのも精一杯……)

まゆ(ちらほら、他の子も来るようになったけど……でも、Pさん、まゆには変わらず話しかけてくれて――)

まゆ(いつもなら、天にも昇る気持ちなのに……今はそれも、ポンコツへ堕ちる危険を孕んでいますからねぇ)

まゆ(だからってPさんに、『話しかけるな』なんて口が裂けても――口を裂かれても言えませんし……)

まゆ(どうしたら――)

まゆ(あら?)




五十嵐響子「…………」ソワソワ





まゆ(響子ちゃん……そわそわして、どうしたのかしら?)

まゆ(あの手に持っている包みは……)

まゆ(ふむ……。あれはさしずめ、Pさんへのプレゼント、かな……)

まゆ(まだ、まゆほど明瞭ではないですが……響子ちゃんも、Pさんに好意を持っているみたいだし……)

まゆ(かなりの強敵となりえる存在で……)

まゆ 「――!!」ティン!

まゆ「うふふ……。妙案を思いつきましたよぉ!」



まゆ(まゆのポンコツ化を避けるために、Pさんの積極的なコミュニケーションをかわす方法――)

まゆ(Pさんからのコンタクトを拒否できないのなら――その対象を、他へ向けさせればいいんです!)

まゆ(Pさんには、今から響子ちゃんを宛がって、そちらに注目してもらうことにしましょう……)

まゆ(その間にまゆはゆっくり、ポンコツ化してしまった自分を療養させればいい……!!)

まゆ(うふふ……。響子ちゃんを――仲間を囮とし、壁とするこの作戦! 外道と非難してくれても構いませんよぉ……)



まゆ「おはようございます。響子ちゃん」

響子「あっ、ま、まゆちゃんっ! お、おはようっ!」アセアセ

まゆ「その包み――もしかして、Pさんへのプレゼントですか?」

響子「えっ、あの……」アセアセ



響子「あはは……。まゆちゃんには誤魔化せないか……」

響子「う、うん。クッキー焼いてみたんだ……」

まゆ「へぇ……。いいですね」

響子「あの、でも、安心してっ!?」

響子「これ――プロデューサーさんに渡すつもりはないから……」

まゆ「……どうしてですか?」



まゆ「見た目もいいし、美味しそうですよ?」

響子「あはは……ありがとう……」

響子「でも、見た目だけなの。それだって、なるべく綺麗なのを選んだんだけど……」

響子「私、家事は得意なつもりだけど――お菓子作りはそうじゃないみたいで……。なんだか味も、パッとしないし」

響子「それに――考えてみたらプロデューサーさん、いつも愛梨さんとか、かな子ちゃんから、もっと美味しいお菓子をもらってるから……」

響子「だから今更――私のこんなものを渡しても、意味ないかなって……」



まゆ「そんなこと、ないと思いますよ? 良くできてるって思いますし……」

まゆ「それに、響子ちゃんが、Pさんのために作ったんですよね? だったら――」

響子「で、でも、こんなの渡せないよ!」

響子「と、とにかく、これは捨てちゃって――」

まゆ「待ってください」

まゆ「それでいいんですか?」

まゆ「そのクッキー、何も不味く作ろうとしたわけじゃないでしょう?」

まゆ「それ――Pさんに喜んでもらいたくて、作ったんじゃないんですか?」

まゆ「頑張ったんじゃないんですか?」



響子「確かに、頑張ったよ……」

響子「でも、頑張ったって、このくらいしかできないんだ」

響子「やっぱり、向いてなかったのかなぁ……」

まゆ「それが、失敗だったとしても――別に、失敗したっていいじゃないですか」

まゆ「何回失敗したって、それからまた頑張ればいいんです」

響子「で、でも……」

まゆ「それに……はっきり、ぶっちゃけてしまえば――」

まゆ「愛梨さんやかな子ちゃんが、美味しいお菓子を作れるというのは――ある意味、当たり前のことです」

まゆ「それは、高級料亭で美味しい料理が出てくるのと変わりません」

響子「でも、それがすごいことなんじゃないの……?」

まゆ「確かに、クオリティが高いものを、当たり前に作れるというのは、素晴らしいことです」

まゆ「でも、それと同じくらい――出来なかったことが、出来るようになることだって、価値があるんじゃないでしょうか」

響子「そ、それは……」

まゆ「お菓子作りが得意じゃないという響子ちゃんが、それを得意と言えるようになったら、Pさんだってきっと喜んでくれますよ」

まゆ「何回も失敗しても、いいじゃないですか」

まゆ「あなたが進もうと努力しているなら、それは確実な一歩なんですよ」



響子「そうだね……そうかもしれない……」

響子「でも、努力したって、頑張ったって……」

響子「上手くいくって保証はない……正しい方へ進んでるって保証はないよ……」

響子「あの人が褒めてくれるって保証は……ない」

響子「頑張って進めば、最後は出来るようになるなんて――そんなの、やっぱり結果論だよ……」



まゆ「……まゆは、『努力は必ず報われる』なんて言いません」

まゆ「『努力は報われるとは限らないが、成功したものは皆努力している』――とも、言いません」

響子「まゆちゃん?」

まゆ「でも、努力するれば――それは確実に、そこから一歩踏み出すことができるんです」

まゆ「一歩でも、半歩でも、一センチでも、一ミリでも……あなたは、そこから変わることができるんです」

まゆ「そして、そうやって歩み出したなら――」

まゆ「Pさんは、その手を取ってくれますよ」

まゆ「その手を取って、一緒に歩んでくれます」

まゆ「だから大丈夫」

響子「Pさんが……手を……」



まゆ「うふふ♪ それに――」

まゆ「美味しいお菓子が出来たからって、あの人に駆け寄るよりも――」

まゆ「美味しく出来たかどうか、あの人が確かめに来てくれる方が、素敵じゃないですか♪」

響子「――!!」



響子「うん……そうだね……」

響子「ありがとう、まゆちゃん」

響子「私――行ってくるよっ!」

まゆ「はい♪」



「プロデューサーさんっ! これ、作ってみたんですっ!」

「おっ、クッキーか。どれどれ……」

「うん! おいしいよ!」

「ホントですかっ!」

「あっ、でも! 次はもっと美味しくしてきますからっ!」

「おお、次も作ってくれるのか。楽しみにしてるよっ!」

「はいっ!!」



まゆ「うふふ……」



まゆ(うふふっ! 哀れな響子ちゃんっ! まゆの舌先三寸にまんまと騙されて……)

まゆ(まだまだ甘いですねぇ。お菓子だけに、いとおかし!)

まゆ(まゆなら、美味しいお菓子を持っていって――なおかつ、それをまた食べたいと思わせて、こちらに引き込みますよ)

まゆ(まあでも……、作戦は成功ですね)

まゆ(響子ちゃんは囮として、まゆのポンコツ防止と治療のために頑張ってください)

まゆ(精々――Pさんから褒められたり、一緒にお菓子の材料を買いに行ったり、勢いで部屋にお招きとかしちゃってくださいっ!!)

まゆ(うふふ……いいですね、こういう感じ。まゆはこうでなくっちゃ)

まゆ(やっぱりこれこそが、ポンコツでない佐久間まゆのあり方、ですねぇ……)



まゆ(といっても、囮が一人だけじゃ心許ないかしら……)

まゆ(誰か、もう一人くらい――)




緒方智絵理「…………」オロオロ




まゆ「ふむ……」



まゆ「智絵理ちゃん、おはようございます」

智絵理「あっ、まゆちゃん。おはよう……」

まゆ「どうしたんですか? なんだか、Pさんに話しかけるのを躊躇っているように見えますが」

智絵理「えっ、そ、そんなことないよ!? 全然――!」パラ

まゆ「あら?、何か落ちましたよ?」スッ

まゆ「――栞、ですね?」

智絵理「あっ……」



智絵理「あの……それ……」

まゆ「四つ葉のクローバーが入って……、これ、智絵理ちゃんの手作りですか?」

智絵理「う、うん……。この前見つけて、プロデューサーさんへ、いつもお世話になってるお礼にって思って……」

まゆ「ふふっ、素敵ですね♪ 幸運の栞。Pさんに渡すんですよね――じゃあ、はい」スッ

智絵理「あっ、でも、あの……」

智絵理「まゆちゃん……欲しかったら、あげる……よ……」

まゆ「……?」



まゆ「いえ、いらないとは言いませんが……」

まゆ「でも、Pさんに渡すつもりだったんじゃ?」

智絵理「そうなんだけど……」

智絵理「でも、ほら――プロデューサーさん、響子ちゃんからお菓子もらってるし……」

智絵理「まゆちゃんも、プロデューサーさんにマフラーとか、いろいろあげてたよね」

智絵理「――それに比べたら、こんな栞なんて、きっと嬉しくないよ……」

まゆ「…………」

智絵理「あっ、ごめんなさい! なんか、いらないものを押し付けるようなことして……」パシッ

智絵理「うん、こんなのじゃ、きっとダメだから――」

まゆ「智絵理ちゃん」

智絵理「ひゃ! はい……?」



まゆ「智絵理ちゃん。あなたは誰ですか?」

智絵理「えっ……?」

まゆ「五十嵐響子ちゃんですか? 佐久間まゆですか?」

智絵理「えっ、えっ……あの、私……緒方、智絵理、です……」

まゆ「ですよね」

まゆ「あのPさんだって、あなたを『緒方智絵理』としてアイドルデビューさせたんです」

まゆ「それは――智絵理ちゃんが持つ魅力を、智絵理ちゃんだけの価値を見込んでのことです」

まゆ「なのに、それを他と比べてどうだとか――そんなこと、関係ないんじゃないですか?」



智絵理「そ、そうかな……」

智絵理「私なんて……全然すごくなくて……」

智絵理「プロデューサーさんに何かお礼しようと思っても、こんな栞ぐらいで……」

まゆ「――では、なぜ智絵理ちゃんは、その栞をプレゼントに選んだんですか?」

智絵理「そ、それは……」

智絵理「わ、私の好きなもので……大切なものだから……」

智絵理「四つ葉のクローバー……幸運のお守り……」

智絵理「これが一番、私らしい――私からの気持ちを込めるのに、相応しいものだって思って……」

まゆ「なら、何も問題はないじゃないですか」

まゆ「何かと比べて、ではなく――緒方智絵理の中で、一番の気持ちであるのなら――」

まゆ「それでいいじゃないですか」

まゆ「それはつまり、あなたの魅力を見初めたPさんへの、一番のプレゼントになるんですから」

智絵理「――!!」



まゆ「智絵理ちゃんが、ちょっと引っ込み思案なのは知っています」

まゆ「でも、それで自分の魅力まで、価値まで否定しないでください」

まゆ「それは、Pさんが最も悲しむことですよ」

智絵理「ま、まゆちゃん……」

智絵理「う、うん……ありがとう……!」

智絵理「えへへ……この想いがちゃんと届きますように……」

智絵理「Pさんに……ちゃんと……」

智絵理「渡してくるね……!」



「ぷ、プロデューサーさんっ! これっ!」

「おお、智絵理。これは――四つ葉のクローバーの栞、か?」

「あの、私が見つけて、手作りで……よかったら、使ってください……」

「おお、ありがとう。いや、しかし使うのはなぁ……」

「えっ、ダメですか……」

「いや、智絵理からのプレゼントだから、それで失くしたりしたらショックだし……」

「えっ、あのなら……また、あげますから……」

「いやいや、でもこれは大切にとっておきたいなぁ……」



まゆ「うふふ……」



まゆ(ちょろいっ! ちょろ過ぎますよ智絵理ちゃん! まんまと、まゆの巧言令色に引っかかっちゃって……)

まゆ(あなた自身の一番をあげるのはいいですが、Pさんの中でそれが一番となるかは別問題ですよ……!)

まゆ(ふふ……、今のまゆは、ポンコツ回避のためなら、純真な智絵理ちゃんを利用することだって厭わない……まさに、修羅っ!!)

まゆ(だから、智絵理ちゃん……)

まゆ(存分に壁として――Pさんにナデナデされたり、一緒に栞に合う本を探しに行ったり、一面クローバーの丘で二人でのんびり過ごすお誘いとかしちゃってくださいっ!!)

まゆ「ああ、自分が恐ろしいですねぇ……Pさんと添い遂げるためなら、躊躇わず仲間を犠牲にできるなんて……)

まゆ(うふふ……畜生の所業と罵ってもらっても結構ですよぉ……。ポンコツ道に堕ちるくらいなら、まゆは六道に堕ちますっ!)



まゆ(いいですね。だんだん前の調子が戻ってきています……!)

まゆ(じゃあ、おまけにもう一人くらい――)



水本ゆかり「……ふぅ」



まゆ「うふふ……」



まゆ「おはようございます、ゆかりちゃん」

ゆかり「あら、まゆさん。おはようございます」

まゆ「ため息なんてついて、何か悩み事ですか?」

ゆかり「いえ、その……実は……」

ゆかり「今度、出演する番組で――フルートの演奏を披露する予定なのですが……」

ゆかり「なんだか、何度練習しても、納得のいくものに仕上がらなくて……」



まゆ「……スランプ、かしら?」

ゆかり「どうでしょう……」

ゆかり「でも、今回の出演は、この事務所からは私一人――いつも、私を支えてくださる方たちがいませんから……」

ゆかり「それで、ちょっと不安、なのかもしれません……」

まゆ「なるほど……」

まゆ「ゆかりちゃん、練習は一人でしているんですか?」

ゆかり「はい。レッスンルームの一つを貸していただいて」

まゆ「だったら――今度から、皆さんを交えて練習してみたらどうですか?」

ゆかり「えっ?」



ゆかり「それは、皆さんでフルートの演奏会を開く、ということですか?」

まゆ「いえ、そうではなくて……」

まゆ「ゆかりちゃんの演奏を、みんなに聴いてもらう――練習の時間を、みんなと一緒に過ごすんです」

ゆかり「……皆さんと?」

まゆ「ええ。あくまで、まゆの素人考えになりますけど……」

まゆ「ゆかりちゃん、演奏技術自体は素晴らしいものですから――重要なのは、本番への気持ちの持ちよう、だと思います」

まゆ「だから、一人で根を詰めて『練習』をするよりも……、みんなと一緒に気楽に、笑い合って、楽しい時を過ごした方がいいんじゃないかと思って」

まゆ「そうやって、『楽しい時間』を積んでおけば――本番で演奏する時も、その楽しさを思い出して、頑張れるんじゃないかと……」

ゆかり「な、なるほど……」



ゆかり「でも……そんなこと、頼まれても迷惑じゃないでしょうか?」

ゆかり「ただ、聴いているだけなんて……」

まゆ「そんなこと、ないと思いますけど」

まゆ「どうしてもと言うなら――Pさんに頼んでみたらどうですか?」

ゆかり「プロデューサーさんに、ですか? でも、それこそ迷惑になるんじゃないでしょうか……」

まゆ「Pさんは、そんなこと思いませんよ。逆に――Pさんにとっても、いい休憩、息抜きになるんじゃないかしら」



ゆかり「――でも、このお仕事自体、プロデューサーさんがお話を持ってきてくださったものです」

ゆかり「任せてくださいとお受けしたのに――今更、不安だなんて……」

ゆかり「困らせてしまうんじゃないかと……」

まゆ「むしろ――『何も不安はない』なんて言う方が、Pさんは困るでしょうね」

ゆかり「そう、なのですか……?」

まゆ「Pさんだって、今回、ゆかりちゃんが初めて単独で出演することは承知しているはずです」

まゆ「そんな初めてのことなのに――『私は大丈夫』『何も問題ない』なんて言われたら、むしろ余計に心配なってしまいますよ」

まゆ「だったら、そういう不安や心配事を、隠さずに正直に話してくれた方が――Pさんだって色々フォローを考えられて、結果的には安心できるんじゃないですか?」

まゆ「それに――Pさんだって、ゆかりちゃんの演奏、聴きたいと思いますよ?」



ゆかり「でも……私の演奏が、プロデューサーさんを元気にしてあげられるでしょうか……」

ゆかり「プロデューサーさんは、皆さんに慕われていて……、いつも、色々なものをもらっているようですし……」

ゆかり「そこで、私があげられるものが、ただの演奏だなんて……」

まゆ「アイドルが、ファンの皆さんに届ける――ときめき、魅了や熱狂は、それ自体は目には見えないし、物質として存在もしていません」

まゆ「でも――確かにそれらは相手に届き、心を動かすものです」

まゆ「目に見えず、触れないからこそ、より深くで感じることのできるもの……」

まゆ「ゆかりちゃんの演奏だって、きっとそういうものですよ」

ゆかり「まゆさん……」



ゆかり「ありがとうございます。なんだか、目が覚めたような気分です」

ゆかり「Pさんをお誘いしてみます。ふふっ、なんだか楽しみですね」

まゆ「うふふっ」



「プロデューサーさん、あの――今度の番組のことで……」

「おお、ゆかり! 大丈夫か? やっぱり不安なこととか、あるか?」

「その件で――あの、ちょっと私の演奏を聴いてくれませんか……?」

「プロデューサーさんに聴いてもらえたら、私も自信がつくと思いますから……」

「ああ、構わないぞ。えーとっ、じゃあ……」




まゆ「うふふ……」



まゆ(みんなちょろ過ぎですねっ! チョロQですかっ! チョロキュートですかっ!!)

まゆ(ゆかりちゃんがフルートなら、まゆはその知略の才を存分に振るいますよぉ!)

まゆ(さあ、踊ってくださいっ! 精々――Pさんを二人っきりで演奏会でもして、遅くなったからと送ってもらって、そのままPさんのフルートも――ゴホゴホッ!!)

まゆ(と、とにかく……、これだけ肉盾を用意すれば、Pさんもまゆに近づけないでしょう)

まゆ(これでPさんとの接触の機会――ひいてはポンコツ化のリスクもだいぶ下がったはず……)

まゆ(ひとまず安心ですね)



まゆ(でも……)



P「あははっ、それでな――」

響子「ふふふ……」

智絵理「えへへ……」

ゆかり「ふふっ……」



まゆ「………………」

まゆ「ちょっと、羨ましい……かも……」

まゆ「あっ、そろそろインタビューの時間……」

まゆ「行かなくちゃ……」

まゆ「Pさん……、まゆ、頑張りますよ……」

まゆ「頑張って、きますよ……」トボトボ






「………………」




――――――
――――
――


記者「それじゃ、インタビューは以上です」

記者「まゆちゃん、お疲れさまっ!」

まゆ「はい。ありがとうございました」

記者「いやー、読モからアイドルになって、どうしてるか心配だったけど……、楽しくやれているようでなによりだわ」

まゆ「ふふっ。これも、ファンの皆さんと事務所の皆さんのおかげ、です」



記者「……それにしても、まゆちゃん」

記者「今日はあの人、一緒じゃないの?」

まゆ「あの人……?」

記者「ほら、まゆちゃんが一目惚れして、アイドルになることを決意させた、あのプロデューサーさんっ!」

記者「この前は、ずっと一緒にいたから」

まゆ「ひ、一目惚れだなんて……そんな……」

まゆ「確かに、プロデューサーさんの熱意に惹かれた、という意味なら、そうかもしれませんけど……」

記者「あははっ、まゆちゃんガードが堅いねぇ……」



記者「まあまあ……、まゆちゃんのファンの一人として、記事になんてしないからさ……」

記者「あの人と、最近どうなの……?」

まゆ「えっ、あの……その……」

まゆ「とっても仲良し、ですよぉ……」

記者「ふーん……。好きなタイプとか知ってるの?」

まゆ「どうでしょう……。あんまり、そういうお話はしませんし……」

記者「私はまゆちゃんみたいな子、お似合いだと思うけどなー」

まゆ「えっ……!」



記者「私の見立てでは――あのプロデューサーさん、仕事熱心だけど、それで私生活が疎かになるタイプっぽいからねー」

記者「だからまゆちゃんみたいな、家庭的な女の子が支えてあげるのが、ぴったりだと思うんだけど」

まゆ「そ、そんな……」

まゆ(そんなこと言わないでくださいぃぃ!!)

まゆ(おおお、お似合いだなんて……Pさんと、まゆが……うふふふふ……)

まゆ(――はっ!! だめだめっ! 揺らいじゃダメですよ……!)

まゆ(油断すれば、ポンコツ面に引きずり込まれます……! せっかく治ってきたのに、ぶり返しちゃ元も子もないっ!)

まゆ(ここは、心を落ち着けるためにも……なるべく、当たり障りのないことを――)



まゆ「そ、そんなこと、ないと思いますよぉ……」

記者「そう? でも、まゆちゃんくらいに家庭的なら――」

まゆ「ぷ、プロデューサーさんは、もっとこう……ワイルドで、大雑把な人が好みなんです……」

記者「へぇ……。刺激を求めるタイプなのかしら?」

記者「でも、まゆちゃんみたいな、小さくて可愛らしい子とか好きなんじゃない?」

まゆ「い、いえっ! Pさんはもっとこう、すっごく大柄で、筋肉モリモリでマッチョマンな方に燃えるそうですっ!!」

記者「モリモリ……。結構、アグレッシブな子がいいのかしら?」

記者「でも、まゆちゃんみたいな、穏やかな見た目の子とか――」

まゆ「Pさんは、もっとこう、荒々しくて! 髪型もスキンヘッド! いえ、モヒカンみたいで――!」

まゆ「肩パットに棘とか生えてるような、特技がバイクと、火炎放射器と、独特の断末魔な、女の子らしさなんて微塵もない方が好みなんですっ!!」

記者「ずいぶん、世紀末な趣味なのね……」

記者「芸能関係者って、そりゃ、変わった人が多いけど……」

まゆ「う、うふふふふ……」



――――――
――――
――


記者「じゃあ、まゆちゃん、今日はありがとう」

記者「ばっちり魅力が伝わるようにするから、任せておいて!」

まゆ「はい、ありがとうございました」

まゆ「今後とも、よろしくお願いします」ペコリ

まゆ(ふぅ……危ない危ない。切り抜けましたよ)

まゆ(これで、今日の予定は終了。なんとか、ポンコツにならずに済みましたねぇ……)



まゆ(帰る前に、事務所に顔、出しておこうかな)

まゆ(それで、Pさんのお顔を一目だけでも……)

まゆ(――いえ、駄目ですね)

まゆ(そういう甘い考えじゃ、治るポンコツも治りません)

まゆ(もうすぐ暗くなりますし……連絡だけ入れて、今日は帰りましょう……)

まゆ(そう――ポンコツ治療のために、今は我慢して――)

ヴーヴーヴー

まゆ(あら、メール?)

まゆ(……輝子ちゃんから? 一体どうしたんでしょう?)

まゆ(これは――)



――――――
――――
――


まゆ(輝子ちゃんからの呼び出し……この公園かしら?)

まゆ(こんな所を選ぶなんて、珍しいですね。気に入ったキノコでも見つけたんでしょうか?)

まゆ(……それにしても、ここ――意外に夜景が綺麗……)

まゆ(こんな所で、Pさんと二人っきりになれたら……)




「おーいっ! まゆー!」




まゆ「――!?」ビクッ



まゆ(Pさんっ!? どうしてここに!?)

まゆ「えっ、あの……!? Pさ、ん……!?」アセアセ

P「悪いな、待ったか?」

まゆ「い、いえ……」

まゆ(一体何が……!? どうして!? 輝子ちゃんは!?)

まゆ「あの……、どうして、Pさんが……?」アタフタ

P「いや……突然、輝子からメールでさ――」

P「まゆと二人っきりにさせてやるから、この公園に来いって言われてな……」

P「ははっ、俺もよく分からないんだが……。でもここ、結構、夜景が綺麗だな……」

まゆ(しょうこちゃぁぁんっ!?)

まゆ(ど、どういうつもりでそんなことを……!?)



まゆ「あ、あわわわわ……」

P「まゆ、寒くないか? カイロあるぞ――」








星輝子「ど、どう……? うまくいってる……?」ソロー

森久保乃々「まだ、始まったばかりですけど……」ソロー

早坂美玲「なんとかなるんじゃないか? アイツだって一応、男だろ」ソロー

輝子「う、うむ……。あとは、親友――プロデューサーに、任せるしかないか……」

美玲「ウチたちでできることは、全部やったしな」

乃々「でも、まさか――キノコさんが、あんなことを言いだすとは……」


――――――
――――
――



輝子『なあ、二人とも……』

輝子『今日のまゆさん……ちょっと様子が変、じゃないか……?』

美玲『そうか? 元気がないとか?』

乃々『言われてみれば――いつもより、プロデューサーさんへの積極性が少ない気はしますが……』

輝子『それどころか、今日は基本――プロデューサーの方から話しかけない限り、まゆさんはプロデューサーと会話してないんだ……』

美玲『キノコ、お前よく見てるな……』

輝子『机の下からしか、見えないものもあるのさ……、なんちゃって……』

美玲『掃除機に吸われてなきゃ、カッコ良かったけど……』



美玲『でも、プロデューサーと話さないくらいで、様子が変、ってことになるか?』

美玲『正直――あんなヤツなら、まゆだって怒ることとかあるだろ?』

乃々『美玲さんは、あまり経験がないかもですが……』

乃々『机の下において、ホットな話題のトップ3は、『キノコ』『帰りたい』そして『プロデューサーさん』、なんです……』

美玲『お前だけネガティブだな……。もうちょっと、明るさ出していけよ』

乃々『もりくぼは基本、聞き役に徹しているので……』



輝子『とにかく……そんな風に、いつもプロデューサーのことを話題にして、楽しそうに話しているまゆさんが――そのプロデューサーと距離を取っているというのは、かなりのこと

なんだ……』

美玲『そ、そんなにか?』

輝子『そう……大事件だ。庭にオニフスベが生えてると思ったら、頭蓋骨だってってくらい……!』

美玲『警察沙汰レベルなのか!?』

輝子『こ、これは、キノコジョーク……フヒ……』

美玲『ジョークで呼んだら、警察も怒るぞ……』

乃々『でも概ね、それくらいの異常事態には変わりないかと……』

美玲『アイツ……プロデューサーのこと好き過ぎだろ』



輝子『……だから、あの、なんかさ……』

輝子『まゆさんに何か、してあげられないかな……』

乃々『えっ……?』

輝子『まゆさん、ユニット組んだりとか、机の下のお隣さんだったりとか……いろいろ世話になったし……』

輝子『何か、まゆさんのためになることがないか、知恵を貸してほしいんだ……』

乃々『確かに、まゆさんとは、もりくぼも仲良くしてもらってますし……』

乃々『協力するのに、やぶさかではないですけど……』

美玲『う、ウチは、あんま関係ないけど……』

美玲『で、でも……事務所の仲間は、元気な方がいいよな……。いや、うるさかったらアレだけど!』



乃々『でも、まゆさんを元気づける方法なんて、もりくぼたちに思いつきますかね……?』

輝子『げ、元気になれるキノコなら……』ゴソゴソ

美玲『いや、そういう元気のさせ方は違うだろ』

乃々『もりくぼが出せるのは、あの……漫画かポエムぐらいで……』

美玲『お前にダメージ入るだろ、それ』



美玲『――なあ、なんか難しく考えてないか?』

輝子『フヒ……?』

乃々『えっ……?』

美玲『オマエら、散々言ってたじゃないか』

美玲『まゆは、あのプロデューサーが好きなんだろ?』

美玲『だったら――アイツと、デートとかさせればいいんじゃないのか?』

輝子『で、でぇと……!』

輝子『さ、さすがだぜ……。私みたいな非リア充には、思いもよらない考え……!』

美玲『キノコは、自分のこと非リア充って言ってると、そろそろ怒られそうだけどな』

乃々『で、デート……ですか……』

乃々『なるほど……さすが美玲さん……。もりくぼだったら『デッド』と聞き間違えてたとこです……』

美玲『後ろ向きっていうか、下向き過ぎるぞ……』



――――――
――――
――


美玲「それで、そういうのに詳しそうなやつに聞いてみたんだよな」

輝子「そ、そうだな……。幸い、当てには困らなかったし……」

乃々「蛇の道は蛇――ですね……」

美玲「いや、餅は餅屋くらいは言えよ……」


――
――――
――――――



城ヶ崎美嘉『おすすめのデートスポット?』

美嘉『なになに~? 輝子ちゃん、誰か誘うつもり~?』

大槻唯『あちゃー、美嘉ちゃん……。先、越されちゃったねー』

美嘉『ちょ、どういう意味っ!?』

藤本里奈『んでんで~? なんか希望とかあるカンジぽよ?』

輝子『き、希望?』

唯『んー、だからねー……』

唯『一緒にはしゃいで遊びたーいっ! とか――』

唯『二人っきりで、静かに過ごしたい……とか』

輝子『な、なるほど……』



輝子『そ、そうだな……。なんか、ろまんちっく? なやつがいいかも……』

唯『おおー、いいね! 美嘉ちゃんも見習いなよ』

美嘉『だからどういう意味っ!?』

里奈『近場がいい? それとも、どっか出かけんの?』

輝子『ち、近場がいいな……』

輝子『静かで……それで、二人っきりで話せるとこ……みたいな……』

美嘉『じゃあ、あれじゃない? 遊園地っ!』

輝子『フヒ!?』

美嘉『あれの観覧車! 乗ったら二人っきりだし、夜はライトアップも綺麗だし――』

唯『美嘉ちゃん、ベタベタだねー。っていうか、乗ったらライトアップ見えなくない?』

里奈『近場かどうかも、微妙くさくない? やっぱ歩いて行けるとこがいいっしょ?』

輝子『は、はい……』



里奈『んじゃ、こことかどうよ?』

唯『んー? 公園?』

里奈『この前、ツーリングで見つけてさ。ライトアップじゃないけど――多分、ここなら町の夜景とかがイイカンジで見れると思うんだよね~』

里奈『こんだけバリ寒いなら、夜に人もいないっしょ』

輝子『おっ、そ、そうだな……。場所も、分かりやすし……良さそうだ……』

美嘉『えっ、でも大丈夫? 暗いし、人気がないんでしょ?』

唯『まあまあ、Pちゃんもいるから大丈夫でしょ!』

美嘉『え、Pちゃん……? えっ!?』

輝子『あ、ありがとう、ございます……。や、やってみる、ぜ……』

里奈『かましてこーいっ!』

唯『ファイトー!』

美嘉『えっ、ええ??』





P「ああ、そうだまゆ……」ゴソゴソ

P「まあ、いつも頑張ってるまゆへの、俺からの労い、とでも思ってくれ」

P「これ、プレセントだ」

まゆ「プレゼント……?」

まゆ(ぷれぜんとぉぉぉぉおお!?!?)

まゆ(そ、そんなものをPさんから頂いてしまったら……!)

まゆ(まゆは……まゆはぁぁぁああ…………!!)ニヘラァ

まゆ(――はっ!? 駄目ですっ! 正気を保たなきゃ……!)ブンブン







乃々「そういえば……プレゼントも、考えましたよね……」

輝子「あ、あれは、手強かったな……」


――
――――
――――――



乃々『ぷ、プレゼントですか……』

乃々『確かに、あったら喜ばれるでしょうけど……』

輝子『な、何がいいかな……。私だと、キノコの原木くらいしか、思いつかない……』

美玲『眼帯――は、まゆが付けてもなぁ……』

輝子『で、でも――そういうアクセサリーは、いいんじゃないか……?』

輝子『給料三ヶ月分、とか聞くし……』

美玲『いいけど……それ、アイツに出させるのか?』

輝子『そ、そうだな……。確かに、そういうのって高いか……』

乃々『あ、あの……』

美玲『乃々、なんかあるのか?』



乃々『あの――日記、なんてどうでしょうか……?』

美玲『日記? 日記帳……?』

乃々『はい……』

乃々『まゆさん、いつもプロデューサーさんのことについて、日記をつけているみたいですし……』

乃々『いつも使うものなら、高くなくても喜ばれるかも……なんて……』

美玲『おお……。いいかもな、それ』

輝子『実用性重視、か。私も、菌床栽培にもっと目を向け――あ、いや関係ないね……』

輝子『とにかく、じゃあそのプランでいこう……』



美玲『二人を引き合わせるのは、どうすんだ?』

乃々『そこは――あの、この前読んだ漫画にあった感じで……』

輝子『ああ……。まゆさんとプロデューサーに、それぞれメールを出して、公園に呼び出すんだな……』

輝子『プロデューサー宛の方は、まゆさんがいることと、プレゼントの旨を入れとこう……』メルメル

美玲『まゆの方には、プロデューサーのこと伝えないのか?』

輝子『そこは、あの――サプラァァァアアアイズッ!! ということで……』

美玲『なんか楽しそうだな、オマエ……』





P「これ、高いもんでもないけど……まゆが喜ぶって聞いてな」

P「日記帳だ。良かったら使ってくれ」スッ

まゆ「あ、ああ……」

まゆ(ああああああっっ!!!)

まゆ「ありがとう……ございます……」スッ

まゆ(Pさんが! まゆのためにっ! しかも日記帳だなんてっ!!)

まゆ(愛しのPさんについての日記を、愛しいPさんからもらった日記帳にしたためるなんてっ!!)

まゆ(ぶっはぁ!!)

まゆ(うぅ……心の鼻血が止まりません……)ダバダバダバ

まゆ「とっても嬉しいです……! 大切にしますね……」ガクガク

まゆ(ぐぅぅ……胸が疼くっ!!)

まゆ(し、静まれ――内なる自分……! まゆはポンコツになんか屈しないんだからぁ……!!)





美玲「こっからじゃ、よく見えないけど……。まあまあ、イイカンジじゃないか?」

乃々「そうですね。特にトラブルもなさそうですし……」

輝子「そ、そうだな……。良かったよ……」

輝子「ここまで、なんとか漕ぎ着けてられて……」

乃々「キノコさんが、一番働いていましたからね」

美玲「そうだな。ボッチとか言ってる癖に、よく頑張ってたと思うぞ」

輝子「そ、そうだな。うん、すごく、頑張ったかもな……」

輝子「本当に、良かった……」

輝子「わ、私の身体もなんとか――」



輝子「保ってくれ――ゴパァ!!」ビチャビチャ!!



乃々・美玲「「!!??」」



乃々「ちょっ!? どうしたんですか!?」

美玲「キノコ!? おい、何があった!?」

輝子「ふっ……フヒ……。分かり切っていた、こと……さ……ゲフッ!!」ビシャァ

輝子「非……リア充で……ボッチの私が……カハッ!!」ブシャァ

輝子「他人のものとはいえ……『デートプランを考える』、なんて……リア充みたいなことをすれば……ゴホッ!!」バシャッ

輝子「からだが……拒否反応を……起こして……こうなるって、ことぐらい……な……」

乃々「いえ初耳ですけど!? なんですかその設定!?」

美玲「だからオマエ、いい加減ボッチとか非リア充とか言ってるとガチの人たちから怒られるぞッ!!」

輝子「そ、そうだな……。ボノノさんも……美玲さんも……」コヒューコヒュー

輝子「まゆさんも…………『他人』……じゃない……」コヒューコヒュー

輝子「私の、トモダチ……だもんな……」コヒューコヒュー



輝子「なぁ……教えて……くれ……」

輝子「もう……目も……開けられないんだ……」

輝子「まゆさんは……、トモダチは……笑っているか……?」

美玲「えっ!? あの、ええと――」




まゆ「――――!? ~~~~!!」ワタワタ

P「――。――――――」

まゆ「――――――!!」アセアセ




美玲(なんかワタワタしてるぞッ!?)

美玲「いや……あのな……」




乃々「――笑っていますよ」


美玲「乃々!?」

乃々「まゆさんは――とっても、幸せそうに笑っています……」

美玲「………………」

美玲「……そうだな」

美玲「すごく、嬉しそうだぞ……」

輝子「そ、そうか……」ヒュー……ヒュー……

輝子「よかった……」ヒュー……ヒュー……



輝子「やっぱり……トモダチには……笑っていてほしい……もんな……」ヒュー…………ヒュー…………


輝子「そっか……私……」ヒュー……


輝子「もう……ボッチでも……非リア充でもない……」ヒュー…………


輝子「『友達』の笑顔によろこべる……そんなやつに……なれたんだな……」ヒュ……





輝子「こいつはとんだサプライズ――――」ガクッ




乃々「キノコさん……!?」

美玲「き、キノコ……!!」

輝子「」

乃々「……キノコさん……どうして……」グスッ

美玲「ばかやろう……オマエってやつは……」グスッ



二月某日 某所


星輝子 休眠(19:20~7:20)





まゆ(なんですかこの状況……)

まゆ(Pさんと、綺麗な夜景の前で二人っきりで、しかも彼からのプレゼント付き!?)

まゆ(――まるでこの前見た、乃々ちゃんの漫画に出てきたような展開じゃない……!)

まゆ(Pさんの話を聞く限り、この邂逅の段取りをしたのは輝子ちゃんみたいだけど、なぜこんなことを……)

まゆ(もしかして、この前勝手にキノコを料理しちゃったことを、やっぱり怒ってるのかしら……)

まゆ(それで、『お前もポンコツにしてやろうかっ』みたいな……)

P「いやぁ……、それにしてもこんな近場に、こんなに夜景が見渡せる場所があったなんてな」

まゆ「そ、そうですねぇ……」ブルブル

P「ん? まゆ、もしかして寒いのか? 震えてるけど……」

まゆ「へっ!? い、いえ! 大丈夫で――」

P「ははっ、変なとこで強がるなよ。大事なまゆが風邪でも引いたら大変だ」

P「よかったら、これ着てろ」ファサ

まゆ「んっほっ!!」

P「?」

P「まゆ……?」

まゆ「なななななんでもないですぉ……!!」ガクガクガク





美玲「おお……。プロデューサーのやつ、まゆに自分のコートを羽織らせたぞ……」

乃々「さすがのまゆさんも、照れていますね……」

乃々「まゆさん、いつもプロデューサーさんと話してる時は、嬉しそうですけど、でも堂々としていますし……」

乃々「だから、あんな風に恥じらう姿というのは、ちょっと新鮮かも……です……」

美玲「確かに、ウチも、まゆのあんな慌ててる姿は初めて見たな」

美玲「いつもしっかりしてるけど……。やっぱ乙女なんだな……」



まゆ(おおお、おおおおおおほっ! Pさんがまゆを心配してくれて、しかも脱ぎたてのコートをほっ!!)

まゆ(ぬくもりが……香りが……!! 肌にっ! 鼻にっ!) 

まゆ(だめです……! 気を緩めてはだめっ! 集中して、意識を繋ぎとめるんですっ……!!)

まゆ(落ち着け……落ち着け……!! まゆの中のポンコツ……いい子だから……)

まゆ(あれですあれ! こういう時は、Pさんが今日話しかけてくれた回数を数えて――)

まゆ(――シャラップッ!!)ぐさぁー

まゆ(違うでしょっ! 違う違う違う違うノーセンキュー……)

まゆ(オッケー……。自分で自分に突っ込めるくらいには冷静に、ポンコツも落ち着てきました……)

P「……本当に、綺麗だな」

まゆ「うふふ……、そうですね……。本当に綺麗ですね……」

P「そうだな。きらきら煌めいていて、どこか寂しくて……」

まゆ(よーしよし、いい子ですねぇ……。グッボーイ……グッボーイ……)

P「うん。やっぱりそうだな……」


P「夜景をバックにしたまゆ――すごく、綺麗だ」


まゆ(オーマイグッドネスッッ!!!)




P「――なんて、ステージに立ってるまゆの姿と重なったんだが……」

P「ははっ、さすがにちょっと臭すぎたか」

まゆ「イエトテモイイ匂イデス」

P「ん?」

まゆ「――い、いえっ!」

まゆ(何か、何か策はないかしら……)

まゆ(この状況、敗色濃厚なこの戦況を潜り抜ける秘策……!)

まゆ(引っ繰り返らなくてもいい……! 針の穴のような小ささでもいいから――)

まゆ(何か、活路は……!!)



P「なぁ、まゆ――」ヴーヴーヴー

P「あれ? 電話だ……」

まゆ「!!」

P「ちょ、ちょっと悪いな――」ピッ

P「もしもし。ああ――」


P「――凛か」


まゆ「!!!!」





美玲「お、おい……! 今、『凛』って言わなかったか?」

乃々「え、ええ……。恐らく、凛さんからの電話じゃないかと……」

美玲「だ、大丈夫かな。なんか分かんないけど、波乱の予感がするぞ……」

乃々「どうであろうと……、もりくぼたちは、もはや見守ることしかできません……」

乃々「もう、もりくぼたちは、ただの……無力な傍観者です……」

美玲「そ、そんな……!」

美玲「これはキノコのやつが、命懸けで立てたプランなんだぞッ!?」

輝子「ZZzzz」

美玲「そ、それなのに……」

乃々「し、信じましょう……。プロデューサーさんを……」

乃々「それしか、ないです……」





渋谷凛『もしもしプロデューサー? ちょっといいかな?』

P「どうした、凛。何か用事か?」

凛『うん。ちょっと今度のミニライブの流れで、相談しておきたいことがあってさ……』

凛『衣装の着替えのタイミングとか、まだちょっと分からないんだよね』

P「確かに、今日のリハだけじゃ、はっきりしてない部分もあるからな……」

凛『そうなんだよ。だからさ――』

凛『これから、ご飯でも食べながらちょっと話さない……?』

凛『私、いくらミニライブだからって手を抜きたくはないし――それにそんなライブを、ケアレスミスで台無しにしたくもないから……』

凛『だから、プロデューサーの都合がつくうちに、しっかり話しておきたいと思って』

P「そ、そうか。凛がそう言うなら、もちろんいいが――」

凛『ホント!?』

P「ああ。ただ……」チラッ

まゆ「…………」



まゆ(……凛ちゃん――相変わらず、狙いすましたかのようなタイミングですね)

まゆ(いつもなら、忌々しく思うところですが――今回に限っては地獄に仏、しかも芳乃ちゃん付きの光明ですよ……!)

まゆ(Pさんだって、『大事なライブのため』と言われてしまえば断るに断れないでしょうし……、これを利用すれば、お互いに自然に解散できますね)

まゆ(だから、あとはまゆが、一言言えば――)

まゆ「Pさん、凛ちゃんからの電話ですか?」

P「あ、ああ……」

P「悪いな、まゆ。今度のライブの打ち合わせ、凛がしっかりしておきたいみたいだし、その――」

まゆ「うふっ、気にしないでください」

まゆ「今度のミニライブへ向けて、Pさんも凛ちゃんたちも頑張っているのは、よく知っていますから」

まゆ「まゆは、今日はプレゼントも頂けましたし――これ以上、Pさんを独り占めしたらバチが当たっちゃいます……」

まゆ「まゆは満足ですから」

まゆ「――だから凛ちゃんのところへ、行ってあげてください」

P「ホント、悪いな……」



P「ああ、凛か? ええとな――」

凛『プロデューサー、誰かと一緒にいるの?』

P「ん? ああ、今まゆといるんだが――」

凛『まゆと……?』

凛『ふーん……』

凛『二人でいるわけ?』

P「あ、ああ……」

凛『そっか……』

P「あの、でももう用事も済んだし、今からそっちに――」

凛『プロデューサー』



凛『……ごめん』

凛『ライブの打ち合わせは、また今度でいいよ』

P「えっ……? でも、重要なことだし、できるならすぐにでも――」

凛『そうだね。できることはすぐに、その時にやるべきだよ』

凛『だからプロデューサー』

凛『今は、まゆといてあげて』

P「……えっと、それはどういう――」

凛『それが今、アンタがするべきことだから』

P「ど、どういうことだ……? もしかして遠慮とかしてるのか? 気にしなくても飯くらい奢って――」

凛『プロデューサー!』

凛『……私のことはいいから、今はまゆのこと、考えてあげて』

凛『ちゃんと向き合ってあげて』

凛『私――仕事を言い訳にして、アイドルから逃げるプロデューサーは嫌いだよ』

凛『私……、仕事を言い訳にして、自分から逃げるプロデューサーも、嫌いだよ……』

P「凛……」



凛『とにかく、そういうことだから』

凛『じゃあ、頑張って』

凛『ああ、それと――まゆに伝えてくれる?』

P「伝言か……?」

凛『うん、まゆに言っておいて』

凛『これは借りとか思わなくていい――ってさ』



P「……そうか。分かったよ」ピッ

まゆ(ふう……。一時はどうなるかと思いましたが……、やれやれ……)

まゆ(九死に一生を得るとはこのことですねぇ……)シミジミ

まゆ(さて……)

まゆ(じゃあPさんを見送ってから、帰りましょうか……)

まゆ「Pさん、今日はありがとうございました」

まゆ「頂いた日記帳、大切にしますね」

まゆ「それじゃ――」

P「あー、まゆ。えっとな……」

P「凛との打ち合わせは、なくなったよ」

まゆ「へ……?」

P「ははっ、凛に怒られてな……」

P「言い訳して、アイドルから逃げるな……。自分から逃げるなって……」

まゆ「にげっ……、えっ……?」

P「――なぁ、まゆ」

P「少し、話さないか……?」





美玲「あれ……。プロデューサー、まゆとベンチに座ったな」

美玲「凛のことは片付いたのか?」

乃々「よく分かりませんが……そのようですね……」

美玲「ふーん……。なんかアイツなら、ホイホイ凛の方へ行っちゃうような気がしたけど……」

乃々「そうですね……」

美玲「……なんか、あったのかな。アイツの中で……」

乃々「……そう、ですね」



乃々「……美玲さん」

乃々「そろそろ、もりくぼたちは撤収しましょう」

美玲「えっ? 最後まで見ていかないのか?」

乃々「その……なんというか……」

乃々「やっぱり、二人っきりにさせてあげたいというか……」

乃々「いくら向こうは知らないとはいえ、これ以上覗いてるのも悪いですし……」

美玲「乃々……」

美玲「……そうだな」

美玲「恩着せがましく、いつまでも見守ってるのもカッコ悪いか」

乃々「ええ……」

乃々「それに――」



乃々「いい加減、キノコさんをこの寒空の下で寝かせておくと、本当に凍死しかねません……」

輝子「……ふ……フヒ……」スースー

美玲「つーか、よく寝れるよな……」

美玲「よし、乃々、お前は足の方を持て」

乃々「うう……。肉体労働は専門外なんですが……、そうも言っていられませんね……」ヨイショ

美玲「まったく……幸せそうな顔しやがって……」ヨイショ





本田未央「しーぶりんっ!」

未央「どうどう? 作戦はうまくいきましたかい?」

凛「……作戦って、なんのこと?」

未央「とぼけなさんなぁ。プロデューサーを、ライブの打ち合わせって建前で、ディナーデートに誘うってミッションがあったであろう……?」

凛「別に……、ライブの打ち合わせだってしたいとは思ってたけど……」

凛「まあ、でも――」



凛「断った」

未央「断った? 断られたじゃなくて?」

凛「断った。私から」

未央「……どうしてさ?」

凛「どうしてだろう……」

凛「カッコつけたかった……からかな……」

未央「プロデューサーに?」

凛「自分に……かな……」

未央「……そっか」

凛「うん……そう……」



凛「あーあ。馬鹿なことしたかな」

未央「そうかい?」

凛「もったいないこと、したかな」

未央「そう思ってる?」

凛「そりゃそうだよ」

凛「せっかくのチャンスを、自分から棒に振ったんだから」

未央「そうかもね」

凛「でも――」



凛「ちょっとだけ、いい気分、かな……」


未央「……そっか」

凛「……うん」

未央「しぶりんはカッコいいね」

凛「そう?」

未央「しぶりんは、優しいね」

凛「そう?」

凛「……ふふ」


凛「……そっか」






まゆ(りんちゃぁぁぁああああん!!!!)

まゆ(なにしてるんですか! あなたはっ!)

まゆ(いえ、なに何もしないんですかっ! 仕事を建前にPさんを誘える絶好のチャンスでしょうっ!?)

まゆ(何が『これは借りとか思わなくていい』ですかっ! 思うわけないでしょっ! このアホライトブルー!!)

P「なぁ、まゆ」

まゆ「はひっ!」

P「えーとさ……」

P「なんか、なんでもいいけど――最近、困ってることとかないか?」

P「悩んでることとか、ないか?」

まゆ(今まさにっ!)

まゆ「そ、そんな……! だ、大丈夫ですよっ!」

まゆ(そう大丈夫。人間、大丈夫って言えるうちはまだ大丈夫……なはず……)

まゆ「まゆは、いつも頑張ってお仕事していますし」

まゆ「今日のインタビューだって、ばっちりこなしましたし」

まゆ「これからPさんが取ってきてくれるお仕事だって、なんだって頑張れるから……」

まゆ「だから、まゆに問題なんて、何も――」

P「本当か?」

まゆ「えっ……」



P「いや……。俺もちょっと気になっていたんだ」

P「今日のまゆ、いつもと様子が違ったから……」

まゆ「えっ……」

まゆ(そ、そんな……嘘……)

まゆ(きょ、今日は、少なくともPさんの前では、ポンコツにはなっていないはずなのに……)

まゆ「そ、そんなことないですよ……?」

まゆ「今日のまゆだって、いつも通りの……」

P「本当に、そうか……?」

P「なんだか、無理しているように思えてな……」

まゆ「ち、違いますっ! 無理なんてしてませんっ!」

まゆ「まゆは――」

P「確かに――まゆにとっては、俺なんかじゃ、頼りにならないかもしれない……」

P「でも、それでもプロデューサーだからな。お前の様子が変なことくらい、分かって――」

まゆ「変なんてことありませんっ!!」



まゆ「違います……変なんてことありません……」

まゆ「まゆはいつも通りですよ……!」

まゆ「いつもの、しっかりした佐久間まゆですっ!」

まゆ「貴方がスカウトした、あの時のままのわたしですっ!」

まゆ「何も、変なところなんて――何もおかしいところなんてありませんっ!」

まゆ「まゆは貴方のために尽くす、貴方の――」

P「お、落ち着け、まゆ!」ガシッ

まゆ「きゃっ!?」パシッ



まゆ「あっ……Pさん……」

まゆ「ご、ごめんなさい……」

P「い、いや。突然掴んだ俺が――」

まゆ「ごめんなさい……」

まゆ「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

P「ま、まゆ……?」

まゆ「嘘……なんです……」

まゆ「Pさんの言う通り……貴方の思う通り……」

まゆ「まゆは、おかしくなってしまったんです……」



まゆ「まゆは、Pさんのために……、私を見つけてくれた貴方のために、いつも頑張ってきました」

まゆ「貴方に褒めてもらいたくて、貴方の傍にいたくて、貴方のためになりたくて……」

まゆ「でも、駄目なんです……」

まゆ「貴方に近づけば近づくほど……、ときめけばときめくほど……」

まゆ「貴方を想えば想うほど……、私は私でなくなってしまうんです……」

まゆ「貴方が見込んだ佐久間まゆは崩れて……」

まゆ「貴方が見初めた佐久間まゆは壊れて……」

まゆ「やることなすこと――Pさんのためにやることなすこと空回って、うまく運ばなくなっていくんです……」

まゆ「自分でも止められない……。ただ堕ちていくだけなんです……」



まゆ「ごめんなさい」

まゆ「もうきっと、貴方が見込んだ佐久間まゆも……貴方が見初めた佐久間まゆも……」

まゆ「貴方が望む佐久間まゆも……」

まゆ「崩れて、壊れて、蝕まれて、病んで……死んでしまった」

まゆ「今、Pさんの目の前にいるのは、違うんです……」

まゆ「それはただの――失敗作で、無意味で、無価値な……ただのガラクタ」

まゆ「ただのポンコツなんです……」



P「ただのポンコツ……か……」

まゆ「………………」

P「そっか」

P「それは良かったよ」

まゆ「……え?」

P「そんなお前が見れて――やっとそんなお前の姿が見れて、良かった」



まゆ「なに……言ってるんですか……?」

まゆ「あなたの好きだった佐久間まゆなんて、もうどこにもいないんですよ……?」

P「そうかな」

まゆ「だって――」

P「……正直な、ずっと不安だったんだよ」

P「お前をスカウトした時――ほとんど二つ返事で、まゆは俺の誘いに応じてくれた」

P「それで、すぐにこっちに越してきて、すぐにアイドルとして活動を始めて――」

P「すぐに色んなことを吸収して、努力して……」

P「――それは、見ていてすごく嬉しかったさ」

P「俺はなんて人材をスカウトできたんだろうって、誇らしくなった」



P「でも、よく考えてみたらさ……」

P「俺は、お前にかなりの無理難題を押し付けたんじゃないかって、思ったんだ」

まゆ「…………?」

P「スカウトされて、すぐにそれを受け入れて――」

P「読者モデルも辞めて、親元を離れて、こっちで一人暮らしを始めて――」

P「アイドルのレッスンとか、アイドルの仕事とか……、歌って、踊って――その他の色々なことを、全部ちゃんとこなして……」

P「でも、そんなこと――まだ16歳の子にやらせてもよかったのかなって、さ……」

まゆ「…………」

P「いや、それを言ったら、まゆ以外にだって同じような事情のやつはいる」

P「でもまゆは、そんないきなり始まった初めて尽くしの変化を、なんの問題もないって言って、弱音も吐かずにこなして、過ごしていてさ……」

P「不安、なんだよ……」

P「もしも、俺はまゆにそんな風でいることを、知らず知らずのうちに強いているんじゃないかって」

まゆ「そ、そんなことは……」

P「まゆは、そう言うだろうけどな――でも、お互い意識していなくたって、そういうことになっているんじゃないかって……」



P「だから、少し安心した」

P「お前が、弱音を見せてくれて」

P「まゆが、不安をさらしてくれて」

P「ちゃんと、しっかり張り詰めるばっかりじゃなくて――緩んで、へたって、気を抜くことができるんだって分かって、安心したよ」

まゆ「安心……だなんて……」

まゆ「なに、言ってるんですか……」

まゆ「まゆは、そんなまゆじゃ、貴方に迷惑かけるかもしれないんですよ……?」

まゆ「Pさんの望んだ結果が出せない……失敗ばかりの……役立たずの……ポンコツなんですよ……?」

まゆ「なのに―――」

P「いいじゃないか」

P「っていうか、それが普通だろ」



P「いきなりスカウトされて、いきなりアイドルになって、いきなり一人で移り住んで、一人でやり繰りして――」

P「いきなりレッスンして、歌って、踊って、アイドル活動やって――」

P「そんな初めて尽くしを、いきなり全部うまくできるやつなんていないだろ」

P「まゆはしっかりしてるけど、でも、何もかも初めてなんだ」

P「普通に失敗して、いつもみたく空回って、毎度のことのようにやらかして――」

P「それの何が問題だよ。みんなそうさ」

P「初めてのことなんだ。当たり前だろ」

まゆ「初めてのことだから……?」



初めてのことだから?

初めて感じた気持ちだから、空回って……

初めていだいた想いだから、不器用で……

初めて描いた未来だから、要領が悪くって……



初めてした、恋だから……?





P「ガラクタのポンコツだなんてとんでもない」

P「むしろ――お前はこれから輝くんだ」

P「これから大活躍するんだ」

P「これから――もっと素敵な、佐久間まゆになっていくんだよ」

P「だから失敗だろうが、空回りだろうが、関係ないさ」

P「それで、お前の価値が否定されるなんてこと、ない」

P「佐久間まゆじゃなくなるなんてこと、ないさ……」



まゆ「P……さん……」

まゆ「私は……まゆは……」

P「……ごめんな、ちょっと向き合うのが遅くなった……」

P「しっかりしたまゆも大好きだし、そうじゃないまゆだって大好きだから……」ギュ

まゆ「……Pさぁん!」ギュ



……ああ、そうなんですね。


私を蝕む恋の病。


恋の病は、不治の病


熱に浮かされ、恋に浮かされている限り続く持病


なら、きっと……


それとうまく付き合っていくことが、賢いのかもしれませんね。



――後日――


P「おはようございます」ガチャ

まゆ「おはようございます、Pさん♪」

P「おはよ、まゆ」

P「早いな……。今日の予定、午前からっていっても、まだまだ時間あるぞ?」

まゆ「だって、一番にPさんの顔が見たかったから」

P「はははっ、そうか。それは嬉しいよ!」

まゆ「うふふ♪」



――――――
――――
――


P「よーし。だいぶ人も集まってきて、騒がしくなってきたなぁ」カタカタ

まゆ「Pさん? よかったらコーヒーを入れたので、いかがですか?」

P「おお、ありがとう。丁度欲しいと思ってたんだ」

まゆ「うふっ。まゆは、Pさんのことなら、なんだって分かるから――」

まゆ「だから、Pさんが今はアイスコーヒーの気分ってことも、分かってますよ」

P「そうなんだよ。暖房が効いてると乾燥してな……」

P「いやぁしかし、まゆはよく気配りができるよなぁ。まゆと結婚できるやつは、将来幸せだろうな」

まゆ「うふふ♪ まかせてください」

まゆ「まゆが、今よりもっと幸せにして――」ズルッ

まゆ「あっ――」

バシャ



P「おおう……。大丈夫か、まゆ?」

まゆ「ま、まゆのことより……」

まゆ「ご、ごめんなさっ! Pさんのワイシャツにコーヒーがっ!」ワタワタ

P「まあ、気にするな。替えはあるから」

まゆ「でも、あのっ! まゆは……!」

まゆ「うぅ……Pさんのワイシャツに……」ズーン

P「大丈夫だよ。そう落ち込むな」ナデナデ



凛「プロデューサーのワイシャツ……」ズーン

未央「あれ、なんでしぶりん落ち込んでんの?」

美嘉「暖房で汗ばんだ一品……」ズーン

唯「美嘉ちゃん? おーい、もしも~し?」



――――――
――――
――


ゆかり「あの、まゆさん」

まゆ「はい? なにかしら?」

智絵理「あの、今度みんなでお菓子を持ち寄って、ピクニック、したいなって思って……」

響子「それで、まゆちゃんも一緒にどうかなって」

まゆ「本当ですかぁ……! うふふ、ぜひ」

ゆかり「よければ、私の演奏も披露したいですね」

智絵理「あっ、それすごくいいと思いますっ!」



響子「そうだ、まゆちゃん」

響子「今度、私のお菓子をみんなにも味見してもらおうと思ってるんだけど」

響子「迷惑じゃなければ、まゆちゃんに、リボンでのラッピングを教えてほしいなって……」

まゆ「はい。構いませんよ」

響子「ラッピングって、難しいかな……?」

まゆ「大丈夫です。響子ちゃんだってすぐできるようになりますよ」

まゆ「例えば――簡単なものなら、こうして――」シュルシュル

まゆ「こうやって――ここで――――あれ……?」シュルシュルシュル

まゆ「あれ、あれ? 絡まって……、あれ?」

響子「ま、まゆちゃん? 腕に絡みついちゃったけど……」



まゆ「お、おかしいですね……。こんなはずでは……」

まゆ「もう一回っ! あれ、絡まって……とれないっ!」

智絵理「だ、大丈夫……?」

ゆかり「随分、複雑に絡みついてしまいましたね……」

ゆかり「仕方ありません。ここは、バッサリと切って――」シャキン

まゆ「だ、だめですよ!? これはまゆとPさんとの運命の――」ズルッ

まゆ「きゃあっ!」

どてんっ!



まゆ「うう……」

響子「だ、大丈夫!?」

智絵理「どこか打ってませんか!?」

まゆ「だ、大丈夫ですよ……」

まゆ「丁度、何かがクッション代わりになりましたから」ゴソゴソ

まゆ「――って、なんですかこれは!?」

まゆ「Pさん似の男性が、筋肉モリモリマッチョマンのモヒカンと、くんずほぐれずしてるっ!?」

ゆかり「『俺の火炎放射をくらえ』……? なんだか物騒ですね。何が始まるんですか?」

響子「な、なにって……」

智絵理「あわわわわ……」



まゆ「だ、誰ですかっ! こんなものを持ち込んだのはっ!!」

ゆかり「『こんなモノで俺の秘孔を突こうとは、片腹痛いわ』……?」

響子「ゆかりちゃんっ! 音読しないでっ!///」

智絵理「あわわわわわわわ……///」チラッチラッ



輝子「ボ、ボノノさん……」

乃々「いえ誤解ですけど!?」

乃々「あんな薄い本、見覚えありませんしっ!」

里奈「いやー、最近の少女漫画、マジ侮れないわ~」パラパラ

里奈「おおー……そこでヤる? そこをヤる?」

輝子「ボノノさん……」

乃々「何してるんですかーー!!?」



「Pさんのはこんなに大きくないですっ!!」

「そうだよっ! 大体、まだむけ――」

「ちょっ!? 凛っ!」

「ちょっと待て、なんの話してんの!?」


キャーキャー!!

ワーワー!!


美玲「……なーんか、まゆのやつ、ずいぶん変わったな」

美玲「なんか、抜けてるっていうか……ポンコツ気味っていうか……」

美玲「どうしたんだろ」

「まゆちゃんにも、何か事情があるんじゃないかしら?」

美玲「事情……? 事情ってどんな?」

「ふふっ、それはもう――」





高垣楓「やむにやまれぬ事情、ですよ。ふふっ」














輝子ちゃんにトマトジュースを吐かせたかっただけ

誤字脱字、キャラの違和感はごめんなさい

読んでくれてありがとう

ひたすら智絵里が誤字だったな

>>135

マジすまんかった。

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