男「遠くから君を見ていた」(28)
男「彼女と出会ったのは二週間前です。僕は一瞬にして彼女の虜になりました」
女「二週間前ですね」
男「えぇ。ふと横を見ると彼女が居たのです。憂いを帯びたその表情は美しいという言葉だけでは足りないほどでした」
女「・・・はぁ」
男「その日は彼女を思い続け、夜もろくに眠れませんでした」
女「・・・」
男「次の日も彼女はそこにいました」
女「・・・」
男「その日、彼女は居眠りをしていました。その寝顔も愛らしかった」
女「・・・」
男「しかしその店の店員が彼女の眠りを邪魔した。これには少し腹が立ったね」
女「それが店員の仕事じゃないですか」
男「まぁ、水の追加は彼らの仕事だろうけどね」
女「そうですね」
男「その後店員は彼女に食事を運んだ。何を食べているかは分からなかったけれど彼女はとても満足そうだった」
女「・・・」
男「彼女の喜ぶ姿はやはり美しかった。前の日の憂いの表情よりずっとね」
女「・・・」
男「その日はその顔に満足してすぐ帰りました」
女「・・・」
男「夜には彼女の夢をみた」
男「次の日は彼女を見ることが出来なかった。とても残念だった」
女「・・・その店の定休日ですね」
男「・・・彼女がその日は何をしていたのか知りたくなった」
女「・・・」
男「その日は夜までの時間が長く感じた。日付が変わるのが待ち遠しかった」
女「・・・その日は何をしたんですか」
男「普通に大学さ。・・・普通にね」
女「はぁ・・・」
男「その夜も彼女の夢をみた。嬉しかった」
男「次の日は彼女に会えた。でも彼女は他の男に声をかけられていた」
女「・・・」
男「強い不快感を感じた。と同時にその男が羨ましかった。僕は彼女に近づくこともできないから」
女「・・・なぜですか」
男「彼女に近づくことで彼女の世界を壊すのが恐ろしかったからね」
女「・・・」
男「その日、僕は彼女の夢を見なかった。それがとても勿体無いと思った」
男「ある日、僕は彼女に少し近づいた。彼女は僕に気付かなかった」
女「・・・」
男「これ幸いと僕はどんどん彼女に近づいた。距離は彼女からもう五メートルほどだった」
女「いつもはどれくらいで見ていたんです?」
男「その時の六倍ほど遠くです」
女「目がいいんですね」
男「彼女しかみえないのです」
男「五メートルから少し進んだ時、彼女は僕のことを見た。終わったと思った」
女「・・・」
男「僕の目線の先が自分にあると気づいた彼女は不思議そうな顔をした」
女「それはそうでしょう」
男「ここから逃げるのも不自然だ、と僕は彼女に話しかけた。こんにちは・・・」
女「ほう」
男「すると彼女も『こんにちは』と返してくれた。もう正に天にも昇りそうだったよ」
女「・・・」
男「彼女は声まで美しかった。もうそれ以上なにも言えなかった。名前さえ聞くことが出来なかった」
女「・・・」
男「僕は彼女にさようならとだけ告げてその場を颯爽と去った」
女「はぁ」
男「その時彼女がさよなら、と小さく呟いた。嬉しさでどこまでもいけそうだった」
女「・・・」
男「その夜も彼女の夢をみた。僕が彼女のことを考えない時は無かった」
男「次の日は定休日だった」
女「・・・」
男「先週までは彼女を見なくとも普通に生活は出来た。残念に思う程度だった」
女「ではその日は・・・」
男「あぁ、何もできなかった。何時の間にか彼女は僕の生きる活力になっていた」
女「・・・」
男「人は一週間でここまで愛に溺れられるものなのか、とまで思った」
女「・・・」
男「これまでこんなに誰かを思うことは無かったから・・・」
男「その分、翌日彼女に会えた時の喜びは凄まじかった」
女「その日彼女は何をして?」
男「歌を唄っていたよ。店員に聞くとなんと彼女はその店の専属歌姫らしい」
女「・・・」
男「その歌声は今まで聞いたどんな歌よりも素晴らしかった。ずっと聞いていたかった」
女「でも歌には終わりがあります」
男「あぁ。少し残念だったが僕は彼女に拍手を贈った。彼女は僕を見たとき少し驚いた」
男「その日に僕にはある思いが芽生えた。あぁ彼女を手に入れたい、という独占欲」
女「・・・彼女の世界を壊したくなかったんじゃ」
男「それまではね。その思いは風船のように膨らんで僕の心を支配した」
女「・・・」
男「彼女と共に過ごす人生を考えた。初めて彼女への思いに自分を組み込んだ」
女「・・・」
男「彼女のどこを見たら僕の彼女への思いは消え失せるのだろう。もう彼女が僕の側にいない事がとても辛く感じた」
女「・・・」
男「だから僕は考えた。どうにかして彼女を僕のものにする方法を」
女「・・・」
男「彼女はあの店のマドンナだ。きっと彼女を狙う人はたくさんいるだろう」
女「・・・」
男「そう思うととても苦しかった。どうすればいいのだろうか」
女「・・・」
男「その日はそんなことを考えていて眠れなかった。夢で彼女に会わなかったことを悔やんだ」
男「次の日、僕は彼女のおじいさんに聞いた。どれほどの人が彼女に惚れているのだろうかと」
女「・・・」
男「沢山いるだろうね。でもここまで彼女を思っているのは君くらいだろう。とおじいさんは笑った」
女「・・・」
男「僕はとても誇らしかった。誰よりも彼女を思っているのだということが」
女「・・・」
男「その日彼女に話しかけた。居眠り中で返事は無かった」
女「・・・」
男「その夜決意した。僕のこの欲望は抑えられない。彼女を手に入れようと」
女「・・・」
男「その為に失うものも沢山あるだろう。でもそんなものは彼女を前にすると何の意味も無いんだ」
女「・・・」
男「彼女さえ僕のものになれば後は何もいらないんだ」
女「・・・」
男「その夜はすぐに眠った。夢で彼女に会うためだ」
女「・・・」
男「次の日僕は大急ぎで店に向かった。ちょうど店が開いたばかりのようだった。店には彼女と彼女のおじいさんしかいなかった」
女「・・・」
男「彼女は息を切らした僕に驚いた。おじいさんも驚いたようだった」
女「・・・」
男「僕は二人に僕の思いを告げた。おじいさんは嬉しそうだった。彼女は少し考えているようだった」
女「・・・」
男「すると彼女は歌を歌い始めた。昔流行ったラブソングだった・・・こうして彼女はその日、僕のものになった」
男「それからの日々はとても充実したものだった。家に帰ると彼女が僕を見ておかえりと言う。それだけで疲れは吹っ飛ぶほどだ」
女「・・・」
男「僕は彼女の為に尽くして、彼女が僕の為に歌ってくれる。そんな生活がいつまでも続くと思っていた」
男「・・・まあそれはたった四日の生活だったけどね」
女「・・・」
男「・・・今日、朝目覚めると彼女はいなかった。彼女はどこかに行ってしまったんだ」
女「・・・」
男「彼女がどこにも行かないようにもっと束縛するべきだったのかもしれない」
女「・・・」
男「僕は彼女を束縛したくはなかった。ありのままの彼女が好きだったから・・・」
女「・・・」
男「あぁ、どうしてこんなに愛しているのに彼女僕から離れてしまったのだろう」
女「・・・これで終わりですか?」
男「・・・はい。以上です」
女「・・・そうですか。それがあなたと彼女の出会いですね」
男「・・・はい」
女「・・・どうして私がここに来たのかはもうわかりましたね?」
男「・・・」
女「無言は肯定とみなします」
男「・・・はい。わかりました」
女「・・・では、改めて言わせていただきます」
女「・・・
お前が大学来ないのはオウムのストーカーしてたからかよ!!」
男「オウムじゃない!彼女は彼女だ!」
女「私からすればただの鳥よ!何で鳥の為に大学休むのよ!」
男「鳥とか言わないでくれ!オウムは賢い美しい鳥なんだ!」
女「鳥じゃねーか!お前も今鳥って言ったじゃねーか!」
男「うるさい!彼女は・・・あぁ、彼女はどこにいったんだ・・・」
女「何でゲージに入れておかないのよ・・・」
男「・・・彼女にとって窮屈だろうと思って」
女「・・・」
女「私を呼んだのは・・・」
男「うん、彼女を一緒に探してほしいんだ」
女「なら何であんなにお前とオウムの馴れ初め語ったんだよ!さっさと探せよ」
男「だってどんな鳥?って聞いたじゃないか」
女「今の話からは何も分からなかったわよ!」
男「君は思ったより残念な頭だね」
女「やかましい!・・・とりあえずその店に行きましょう」
男「うん・・・捜し鳥ポスター貼ってもらおう」
店主「・・・あら、本当?」
男「ごめんなさい・・・」
店主「しょうがないよ。鳥は気まぐれだからね・・・」
男「必ず探します!おじいさんもよろしくお願いします!」
店主「おじいさんって歳じゃ無いんだけどなぁ」
男「だって彼女の親の飼い主さんですから」
店主「あ、そうそう!うちの看板娘が君のオウムの妹になったんだよ」
男「あらら変わったんですか」
店主「そうそうこの子だよ」
女「・・・!」
女「美しい・・・」
男「えっ」
女「・・・このオウム・・・」
男「女・・・」
女「・・・今日から私、この子に会うためここに通うわ・・・」
終わり
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