【げんしけん】斑に咲く花 (9)

「もしもさ。私と高坂が別れたって言ったら、あんたはどうする?」

 昼休み、飯を食いに訪れた現視研でたまたま鉢合わせた春日部さんに、俺はそんな問いを投げられた。
 
 「……え?」

 数瞬の硬直の後、口から漏れたのはあまりにも間抜けな声。この二人の絆は強固かつ堅固で、俺の入る隙なんてかけらも存在しない。あの日、春日部さんの口から答えを聞いて、後悔こそすれあいつを妬んだことなんて一度もない。
 だからこそ、仮にたとえ話でもそんなことを話題にすることがある種のタブーなわけで。
 それを本能的に知ってる俺は、まともな答えを返すことができなかった。

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 「質問に質問に返すなっての……今の私は高坂と別れて一人身です。これは斑目にしかまだ話していません。あなたは私になんて返事をしますか?」

 挑発的な、ともすればやけっぱちともいえる春日部さんの態度を見ていくら鈍感な俺でも流石に察せざるをえない。

 「……え。いや、それマジな話なの?」

 正直な話、まだ完全に信じることはできないけど。長い仲だから本能的に理解できる。このトーンの声の時はだいたいマジだし、そもそも例え話だとしても、春日部さんが高坂との別れ話を話題になんて出すわけがない。

 「……マジもマジも大マジよ。もー、あんたってなんでそう確証が確信に変わらないと行動ができないわけ?」

 そんなとこもあんたらしいっちゃあんたらしいんだけどさ。そんなことを言いながら春日部さんが俺の隣にやってくる。
 おかしいぞ。どうなってる。俺はただ弁当を食いに部室に来ただけだ。
 それがなぜ、こんな決断を強いられているんだ?

 「なに。春日部さんは俺になんて言ってほしいわけ?」
 「はあ!? なんであんたそんなに空気とか人の気持ちがわかんないわけ!? だからオタクはダメなんだよ!」
 「うるせえ! オタクなめるな! 空気が読めたら今まで……っはは」
 「ちょっと、なにがおか……あはははっ! あー……なんか懐かしいねこういうの」
 「……ん。そだな」

 だから、思わず笑ってしまったんだ。卒業してもう長いこと経つのに、いまだに当時みたいなノリの会話ができたんだから。

 「……この前さ。久々にあいつの誕生日を二人で過ごせる機会が来たのね
  私もあいつも仕事あるし、なかなか二人の時間が作れなくてさ。学生時代ぶりに誕生日を二人きりで過ごせると思ったんだけど……その日、あいつの好きなゲームの発売日だったらしくて……そっちに徹夜で並ぶって言われてさ……そりゃね!? あいつが自分の誕生日になにしようがあいつの勝手だよ!? ……でもさ。やっぱり無理だった」

 唐突に始まった独白に、涙と嗚咽が混ざるまではさほど時間はかからなかった。
 社会人を初めて身についた知識を総動員してなんとか介抱する。具体的には背中をさすってあげただけだけど。

 「……ありがと。ごめん。誰にも言ってなかったから……ちょっと安心しちゃって」
 「や。いいよ。俺も気にしないから。春日部さんも気にしないで」

 今にもこぼれそうな涙を両目に浮かべながら俺を上目使いで見つめる。
 そうだ。普段は勝気で、強気で、どこまでもゴーイングマイウェイな人だけど。
 ボヤ騒ぎを起こしたせいでたばこが吸えなくなるくらい、繊細な子だったんだ。

 「俺は童貞で、包茎で、短小で、遅漏で」
 「えっ、あ、あんた、なによ急に」

 本音をさらして、泣き顔まで見せて、ここまで彼女に恥をかかせた以上、俺もそれ相応の態度を見せなければ筋が通らないというものだろう。
 これは、その筋を通しているだけだ。

 「オタクだし、リアルの女に耐性ないし、堅物だし、人の話聞かないし、そもそも聞こうともしないし」

 あー……自分で自分の自覚している悪いところをさらすのがここまでしんどいこととは思ってなかった。けど、この人にはそれくらいぶつからないと俺のほうがもたない。

 「だからさ! 春日部さんも元気だしなよ! こんなクズでバカな俺がなんとか生きてんだから」

 ……いや、これフォローになってないよな。

 「……なにそれ。全然フォローになってないし」

 ですよねー。

 「次付き合う相手は斑目みたいな人がいいなー」
 「いやいや、やめとけってこんなオタク」

 そこで彼女は、俺の頭にポンと頭を乗せ。

 「いいんだよ。というか、あんたみたいな人がいい、じゃなくて。あんたがいい」

 そんなことを、平然といってのけるのであった。

Spotted Flowerだけじゃ満足できずにそこに至るまでの話を書きたくなり筆を取りました。
続きは近日中に

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