曙「バレンタインなんて大っ嫌い」 (39)
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ツンドラ→(長い時間)→クリスマス→大晦日→バレンタイン(これ)
みたいなめちゃくちゃな時間軸。ややこしいね
元々書く予定すらなかったのだけど思い付いてしまったから仕方ない。おかげで本筋が進まない
イベントの合間にのろのろと書いてく
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455250515
一年を通して最も嫌いな時期がやってきた。
司令部中が我を忘れたかのように色めき立ち、浮かれトンチキになるふざけた時期。
例年通りであれば「くだらない」の一言と儀礼程度のチョコ一つで済んでいたのだけど今年は、というか前回との間に何かとあったせいかそれで済ますことも叶わないらしい。
どいつもこいつもが私を茶化し、私の挙動に着目し、何かとつけては野次を飛ばして、何処にいても気が休まることなんてありゃしない。
ホント、バレンタインなんて大っ嫌いなんだから。
執務室——
「——と、言うワケでボノエッティ!今年は正真正銘、全霊全力のEarnestな乙女のbattleデース!!」
「最期に言い遺す言葉はそれで満足かしら」
突き付けられた指を焦がしそうな程の怨嗟に燃える感情を言葉に込めてやる。今の私はそういった呪いの言葉を発するのに相応しい顔付きをしているに違いない。
「っとに、朝っぱらから押し掛けて来たかと思えばくだらないったらありやしない。そういうの本当うっざいから黙っててくんない?」
「Oh……これがゲキオコスティックdreamという奴デスか……」
「分かったら回れ右してとっとと帰れ」
「Hmm……ボノエッティはテートクにチョコ、あげないのデスか?」
「答えてやる義理はないわ、さっさと行った行った」
まるでハバネロデース……なんて言い残して金剛は去って行った。ツンドラの次はハバネロ系女子とでも言うのかしら。
「今日もぼのやん節は絶好調だな」
声の方に向き直ると食後の片付けが済んだのか途中なのか、キッチンのある宿直室の扉からクソ提督が顔を出していた。
色々な元凶だと言うのに呑気に笑っていることに腹が立つ。
「お褒めいただきどーも。十割全にしてアンタが原因だってことを伝えておくわ」
「それはもう聞いたって。まさか去年のことが今になってまで尾を引くとは思わないだろう」
「それもそうだけど」
納得はしたくないが、それ以上続く言葉が出ないので口をつぐむ。
去年頃、と言ってもとっくにバレンタインは過ぎていたが、私はクソ提督とデートをしたことになっていて、その事実は司令部中に十全に行き渡っている。当時の私は違うと否定したり、諦めて認めたりと忙しかった。
が、月日が経ってみれば話題はすぐに移り変わるもので。私の話なんかはあっという間に過去の物となっていた。つい先日までは。
バレンタインが近付いてきた頃に漣が言ってくれたのだ、
「そーいやぼのやん今年のチョコどーすんの?デートまでしておいて去年みたく市販のそのままってこたーないでしょ」
と。
その話を聞いていた誰かがそういえば、といった具合に話の種に再点火しバレンタインとの話題の親和性によって爆発的に広がって。
そのせいで私の一挙一動が見張られることに——なった気がしているだけかもしれないけれど、とにかく去年と同じくして不快な環境に身を置く羽目になった。
「十割全は言い過ぎたかもね、八割五分に負けてあげる」
「残る15%は?」
「一割があのバカナミ、残りは騒いでる連中」
はあ、と自分から訊いておいてどうなのと言いたくなる返事を返してクソ提督は顔を引っ込めた。まだ片付けは終わっていなかったのだろう。
もっとも、こちらも長話するつもりはなかったのでそれについて異議を唱えることもなく、執務机の上の書類やファイルやらに目を落とす。
私の浮わついた話が広まる直前、大本営から各鎮守府及び鎮守府支部に規模の大きな作戦が発令されたのだ。机の上にあるのはそれに関した物が大半で、残りは艦隊状況や資材の貯蔵量、装備の改修度合いなどといった司令部の基本事項。
クソ提督がこの作戦にどう出るつもりかは分からないが、今週の秘書艦だし一応目を通しておこうかなという訳で。
ただ、黙って文字を見ていると余計な考え事が邪魔をしてくるもの。去年の今頃も秘書艦をやったなとか、アイツら揃いも揃って呑気過ぎるでしょとか、文字を脳にしまい込むのを阻害してくる。
「ああもう」
仕事ではないが仕事にならない、と天井を見上げ嘆息する。こうなったらいっそ雑念と向き合った方が手っ取り早い気すらする。
呑気と言えばアイツら、同僚で友達の艦娘共だけど、大規模作戦のことなど一瞬たりとも話題にせず私のことで上書きしてしまった。やる時はやるという奴なのだろうけど、それはどうなのだろうか。
私の話題になってすぐ色んな奴らが私の元へとやってきた。金剛は先程の通りとして、
「また噂にされてるようだけど、実際今年はどうするんだい?」
と訊く時雨は可愛い方で。
「曙ちゃん!私も作るから一緒に頑張ろうね!」
愛の伝道師熱を再燃させた潮の瞳は煌めいていて。
「ま、精々頑張れば?」
などと言う言葉とは裏腹に笑いを堪えていた叢雲。今度しばく。
「いやー、甘酸っぱい青春してるよねー……ここは一番を譲るべき……?いやっでも私も一番がいいっ!どうしよう!」
白露には一人問答を見せつけられて。
「ふっふ〜ん、ぼのりーぬお悩み〜?すずやんパイセンが男の落とし方教えてあげよっか〜?落としたことなんてないけどさー☆」
鈴谷はストレートに面倒臭くて。アイツらの中でも特に漣と来たら——
「ぼのやーん!当日になったら友チョコちょーだーい!ズッ友でしょー!」
あ、アイツだけ通常営業だった。
もちろん、こんな連中を率いるクソ提督がチョコレート色の話題に巻き込まれない訳もなく。それでもアイツはアイツで、
「チョコ?コアラのマーチじゃなければいいよ」
なんて返事で。そう言った時に側にいた漣に脛を蹴られていたけれど、何が気に障ったのかは分からない。
ちなみにコアラのマーチはここに来て初めてのバレンタインを迎えた時に嫌がらせの意味で送ったもの。あの頃は何もかもが嫌いだったからなあ。
コアラのマーチじゃなければいい、と言うのは敵意剥き出しの頃に戻らなければそれでいいという意味なのか、なんて深読みしてみたりする。アイツのことだし大した意味はないでしょ。
にしても、そんな返事も込みで気が長いと言うか変な奴だと思う。普通、自分を嫌う奴なんか側に置かないと思うんだけど、アイツは私がここに来て以来何かとつけて構いに来たし。
それを数年がかりで続けられて。そのおかげなのか私は人を嫌う、嫌われるだけじゃない人並みの友人関係を築けて。
その点については一応感謝の言葉をくれてやったから貸しは……返し切ってはないか?流石に。
本当にその直後に限界突破改装、ケッコンカッコカリとかいう小っ恥ずかしいそれを告げられたっけ。皆気にし過ぎなのよね、やったーもっと強くなれるーくらいに思ってればいいのにさ?
少なくとも私はそう。それに、そういう目線で言えば私はクソ提督のことは嫌ってはないけど別に好きじゃないし、アイツだって年上が年下の面倒を見るみたいな感情しかないでしょ。多分。
艦娘だからってだけで無条件で上官に恋心を抱くなんてのは幻想なんだから。
私がバレンタインなんか嫌いとのたまう理由はここにある。
元々はバレンタインが好き嫌い以前に全く無縁で一分の興味すらなかった。
だけど、ここに来ていざバレンタインを迎えてみれば誰もかれもが浮き足立っていて、世話になっている人——要はクソ提督にチョコを渡すのが当然みたいな風潮が作られてしまって。
ただ渡すだけなら別に構わない。だが、バレンタインというその時期が他の意味を追随させることが気に食わない。
例え渡す相手への好意が一欠片となくともチョコを渡せば周りが持て囃す。そういうのは一切無いと弁明しても「そんなこと言っちゃって」だの「素直じゃない」だの「強情なんだから」だのと好き放題言ってくれる。私でも無いアンタ達が私の思うことを分かるはずがないでしょうが、と声を大にして言ってやりたいくらいだ。言ったところで本気にされないし、そういう反応を面白おかしくからかわれるのが目に見えている。
それでも気に食わない。渡したのであればどんな形であれどれだけの想いの量であれ好意はあるはず、みたいな風に思われるのが酷く気に入らない。自分の意思を勝手に決め付けられるのは嫌いだから。
だったらチョコなんて渡さなければ、と思う自分を何もしなかったらしなかったらでなんでどうしての渦に飲み込まれるでしょうが、と心の中で問答する。
実際に渦に飲まれたことはないのだが、渡さないで済ませたことがないからというだけだ。お喋りが多いこの司令部においては試す必要もないと思うけど。
「はあ、結局今年もこうなるのよね」
投げやりにでもチョコを渡すのが一番無難な選択だと結論付けるのは毎年のことだった。
今年は何匹の苦虫を噛み潰すことになるやら。
「どうした、そんなしかめっ面して」
宿直室から戻ってくるなりそんな一言を放たれる。
大体アンタのせいなんだけど、その言葉は閉まっておいて質問に質問で返すことにする。
「もうすぐバレンタインだけど、アンタは何が欲しい?」
「あー?月曜にも聞いたぞ、それ?だから返事も変わらないって」
不可解そうに首を傾げられる。確かにその通りなんだけど。なんだけど。
「せっかく訊いてやってるんだから他の答えにしなさいよ」
「んー、じゃあメルティーキッス」
「以外で」
「アルフォート」
「以外」
「紗々」
「アンタねえ」
「あ、でも紗々ってなんか食べたいなーと思って食べてみると意外と物足りないんだよな。キャンセル、トッポ食いてえな」
「既製品以外にしなさいよってんの、この馬鹿。空気読めっ」
直接言わないと分からない様な鈍感男に苦々しい視線を突き刺してやる。
この際、返し切っていない借りを返してやろうかと思っていたと言うのにこのクソ提督ときたら。
コイツの思考ベクトルが冗談の方に向かわれてると真面目に相手するだけ無駄で、ムカつく。
「何言ってんの、ぼのやんのくれる物ならなんでもいいってんの」
「うわー、そういうの一番面倒臭いんだけど」
「楽で良さそうじゃんか」
「試されてる感じがして腹立つ」
机に腰掛けたその背中に行儀が悪い、とファイルの角で叩いてやる。
「もういい、分かった。アンタがそう言うんだったら死ぬ程苦い奴作ってやるから」
「えっ」
「何よ、なんでもいいって言ったじゃない」
「そういうなんでもいいじゃないよ!?」
「なんでもいいに種類がある訳ないでしょ、それじゃあ買い物してくるから後よろしく」
部屋から出る際に「せめてトリュフチョコください!」とか聞こえたけど知ったことじゃない。覚悟してもらうから。
カカオ99%とかだとカカオ直接食った方が早いよね、ってところで一旦休憩
また夜に
瑞穂出たり天城出たり朝霜出たりでもうE3攻略しなくてもいいかなってなるんだ
再開すでのな
——————
————
歩いて約二十分の場所にあるスーパーは私達の所属している鎮守府御用達——と言うほどでもないけれど、よく利用している。よその司令部の艦娘と出会うことだって珍しくない。
そんなスーパーも開店直後は出入りも少なく、いつぞや買い出しに来た時とは違って快適に買い物が出来るのだけど……
「お買い物ー♪お買い物ー♪おっ買い物ったーらお買い物ー♪」
「……何度も言ったけどさ漣、どーしてアンタは着いて来たわけ?」
「んー?じゃ、何度も答えるけど暇だったから」
艦娘が暇を公言するなと言えばそれだけ平和なんじゃん?だなんて。大規模作戦が発令されてるってのにどの辺が平和なんだろう。
頭の中が平和なそいつは通路の真ん中でくるりくるりと。いい歳してるくせに小学生か。ため息を浴びせてやっても止まらないだろうから言及もしてやらない。
そのつもりだったが、どうこうする前に向こうからピタリと止まりこちらに向き直る。
「ところでぼのやんは何買うのー?」
あまりに間抜けな質問に呆れたけど。
「何って……チョコレートに決まってるじゃない、そういうアンタは何しにくっついて来たのよ」
「なんか飲みたいなーと思って。酒保でも売ってるけどさーってそうじゃねーすよぼのやん、何ってかどれ買うの?」
「どれってどういう」
アンタは何が言いたいの、までは言わなくても伝わるだろう。
「そりゃトッポとかポッキーとかエンゼルパイとか色々あんじゃーん?ね?」
アンタも既製品の民だったんだ。
「まあさー、バレンタインを買いチョコで済ますならお菓子系が無難オブ無難だよにー。もしくはゴディバ。ごでば。男なんてのはゴディバくらいしかチョコレートのブランド知りやしないかんねー。ご主人様もどーせそんなもんだべや」
私の首に手をかけて絡むその姿は年頃の女の子よりも、とにかく誰にでも寄って絡む酔っ払いを思わせた。足柄とか隼鷹でよく見る姿。
「……あのさ漣、違うんだけど」
「マジでー?ご主人様スイーツ趣味あったかー、中々侮れねーなあん人……てゆーか手作りが欲しいくらい言えっつーのあの奥手アドミラールめ……」
「何ブツブツ言ってんの?てかそうでもないから。違うってそういうことじゃなくて」
「ん?漣ちゃん勘違いしちゃってる系?」
そう言うと私を解放し、愛らしくわざとらしく自身の頭を軽く小突いて舌を出す仕草をしてみせたが実際目の当たりにするとなんとも言えなくなるというか、ただただウザいというか。まあいい。
「今年は違う、いや、別にそうじゃないんだけど……」
「ぼのやん、ちょっと難解だぜ」
好意があってそれを伝えたいとかそういうんじゃないんだけど。咄嗟に言い伏せてしまうのは何故なのか。言ったらその通りになりそうだから?好意なんて無いってのに。
「えーと。今年は、買わない」
「何しに来たん……?」
「いや、買うのよ?買うんだけど」
「どっちやねん!あんまりもじもじしてるともじぴったんにしちゃいますよ!」
「手作りするから、買うのは、その材料」
「なーんだそゆことかーってちょい待ちちょい待ちちょい待ち今なんてった何時何分何秒地球が何回回った時に今何言った?」
「近い近い近い、鬱陶しいから離れて」
両手で肩を掴まれてガクンガクンと揺らされる。
しかしそんなに変なことを言ったつもりは……言ったか、な、言ったか。多分。
あ、だめだ。睡魔に負けそう。というわけでD敗北しつつ今日はここまで
誤字りそうになったり同じ行を何度も書き直したりしてたからね、仕方ないね
「え?マジでじま?手作っちゃうの?ハンドメイド?どういう風のゼピュロスブルーム?」
尚も私を揺らし続ける腕を取っ払い、額に手刀を振り下ろす。
人に話をさせたいのかさせたくないのかどっちなんだっつうの。
「別になんてことはないわよ、ただの気まぐれ」
「いたた……さっきまで言い淀んでおいて気まぐれだなんて絶対嘘だぜぼのやん」
「そう思うならそれでもいいわよ、言う気はないから」
ムカついたから一泡吹かせてやるとか、礼を返し切っていないなとか、理由はあるけれど一言漏らせば根掘り葉掘り土壌ごと掘り返されそうなので秘密は厳守する。
しばらくの間、漣がねーねーねーねーと私の周りを飛ぶ小鳥というかネズミのようにうるさかったが、私の口は開かないと察したのか同じように押し黙った。
その後は二人で黙々と商品を買い物カゴに入れるだけ。
「……まあ市販のを溶かして成型しただけだと市販のと変わらない気がするけどね。っていうか何それ、罰ゲームか何か?」
ふと私のカゴの中身を見た漣が露骨に苦そうな顔をする。
それもそのはず、ビターだのブラックだの、果てにはカカオ云十%だのと甘味とは程遠いラインナップが展開されているからだ。他には申し訳程度に普通の甘いチョコレートがあるだけ。
「ふ、アイツにはこのカカオの塊を溶かして固めて、その表面だけミルクチョコレートで偽装した激渋偽装チョコを食らわせてやるのよ。こっちのビターとかのは自分で食べる用」
「アンタ……鬼の所業だよ……せめて70%台の方にしてやって……」
「そういうアンタは何それ。チロルチョコばっかじゃん」
渋い顔して震える漣の買い物カゴを同じように覗き込んでやるといくつかの炭酸飲料が数多の小さなチョコの海に沈んでいた。
「え、あー、二、三十個溶かして固めて巨大チロルチョコーなんつってやろうかなって思って」
「台形の型なんてないでしょうに」
「こんな時のために工廠でこっそり資材を拝借して作りまして」
「イベントごとの時だけアグレッシブになっちゃって」
お祭り女ですから、という漣と共にレジへと向かう。
レジを打つ女性は、私の買い物カゴを見た時は僅かに驚いた顔をして、漣の時には露骨にげんなりとしていた。
——————
————
——
「……先にあがってもいいって言ったのにな」
「おかえ——うわ、何その量」
時計の針が十二時を指す前に帰ってきたクソ提督の両腕はこれでもか、と言うくらいの量の包装されたチョコレートで埋まっていた。
曰く、会議室から執務室に戻る道程で次から次へと渡されに渡されまくったと困った様に言う。
「まだバレンタイン当日でもないってのにね。まあでも、提督冥利に尽きるってもんじゃない?そんだけ貰ったらさ」
「義理の特盛に対してよく言うよ」
「一つくらい本命があったりするんじゃないの?」
冗談半分でそんなことを言ってやる。クソ提督はなんだかんだで慕われていて、慕うあまり勘違いのような恋心を抱く奴も一人くらいはいるだろうし。
「まさか」
ドサリ、と音を立てて執務机に置かれた包装箱を一つ手に取って見る。これは暁のものだろうか、不慣れなりに努力して包んだ形跡が見て取れる。
「一番に食べるよーに!!!」と書かれてあるのは白露。何が入っているのか、紅茶の匂いがする箱は金剛姉妹の誰かだろうか。包装を一つ取っても個性が垣間見える。
「例えば金剛とかさ」
「それは困るな」
冗談めいた答えが返ってくるものと思っていたから、意外に低いトーンに少し目を丸くする。
そんな私を見て「ああ、いや、」と付け加え始める。
「金剛のことが嫌いとかそういうんじゃなくてな。俺はその気持ちに応えてやれないから」
「ああ、司令部の規律が乱れるとか、そんな感じ?」
「……半分はそういうことにしておこうか」
「半分?後は他に、本命がいるからとか」
「ご名答。っても本命からはまだ貰ってないけどな」
ソファに仰向けに転がったクソ提督は疲れを解き放つかの様に息を吐き出した。
ついでにさらっと他の誰かが聞いたらひっくり返りそうなことも言ってたけど。
「へえ?本命がいるんだ?冗談で言ったのに」
「まあな。でもそいつは凄絶的に鈍いし、俺も踏み出す勇気が無いから困ってるんだけどなー」
「アンタも大変ねえ」
私の言葉への返事は無かったが、苦笑いを返された。
そこまで興味は無いけど、誰だろう。那智とか浜風とか?
「ところで、どうしてまだ執務室にいるんだ?」
クソ提督の本命を考え始めたところで疑問を投げかけられた。椅子ごと向き直り、疑問に答えてやることにする。
「そりゃあ、アンタを待ってたからね」
「俺を?……なんか去年を思い出すな、バレンタインじゃないけど」
「私も軽くデジャヴってた、去年と違って作ったのはカレーじゃないけど。はいこれ、私から」
机の端に置いておいたそれを手に取り、クソ提督の胸元に軽く放り投げる。
クソ提督は投げられたそれを目で追うのみで受け止める動作を起こさず、それは見事クソ提督の胸元にベシ、と着艦に成功した。我ながら見事なコントロールだ。
クソ提督が手に取るそれは、飾り気のない控えめな包装紙に包まれた小さな板のような物。隙間から漏れる匂いからしてすぐに中身がチョコレートだと分かるだろう。
ただ、クソ提督は怯えた目でこちらを見る。
「ええと……これが……死ぬ程苦いと言う……」
「何言ってんの、甘い匂いで分かるでしょ。ただのチョコレートよ」
「やー……匂いだけならいくらでもつけられそうだし……」
「なんだったら食べてみなさいよ?そこまで怖いなら舐めるだけでもさ」
そう促されるがまま、怯えを残したままクソ提督は包装を解き始める。地雷処理でもしてるのかと言うくらい慎重だが。
そうして露わになったそれはどこから見ても立派な板チョコのはずだ。クソ提督はそれを身体を起こした後にしげしげと見つめ回し、後には引けず観念したかの様に目を瞑り、表面を軽く舐めた。
「……あっ、普通のチョコだコレ」
「言ったじゃん」
ふぅ、とする様子からして完全に安心した様だ。そこまで怯えられるとちょっと面白くすらある。
「なんだよー、包装紙に包んだり一度溶かしてまた成型なんて手間踏んでくれちゃって。完全に騙しに来てるじゃねーか」
「アンタがよくするイタズラみたいなもんでしょ。どうせなら舐めるだけじゃなくてガブって行きなさいよ」
「……コレ渡すために待ってたのか?」
急に神妙な顔つきに。確かに消灯時間は過ぎているけど、コイツが今更そんな事で咎める性格してるだろうか。
私としてはそれ以外にやましいことはしていないので素直に答えるのみだ。
「うん、そうだけど」
「…………」
無言で見つめられるのは居心地が悪く、つい視線を逸らしてしまう。何かあるってなら言ってくれればいいのに。何も言わないで伝わる程私はサイキックとかに通じていないんだけど。
一分か数十秒か経ったくらいか、クソ提督の表情からは硬さが消え、代わりに諦めと悟りが混じった様な笑みが浮かぶ。
それの意味するところは分からないが、とにかく私に何か落ち度みたいな何かがあった訳ではなさそうだ。
「それじゃ遠慮なくいただきますか」
クソ提督は私から目を外し、私"特製"チョコに深くかぶり付く。
私が笑いを堪えていることになど気付きもしないだろう。
……………………。
クソ提督がチョコにかぶりつき、咀嚼して数秒。執務室には沈黙の音が流れた。
その中でクソ提督はぎぎぎ、と首だけをこちらに向ける。
「なに、これ……?」
絞り出された声に対し、一つのチョコのパッケージを掲げて見せる。カカオの専有率が極めて高いそれを。
まだ、笑ってはいけない。
「コイツを全部溶かして固めて、表面をミルクチョコレートでコーティングしたの。硬くならない様にするの大変だったけどね。で、お味はいかが?」
「しぶい……」
その味は作る過程で味見をしたから私自身も身を以て知っている。
それでも、大量に口に含んでしまった渋さ、苦さのあまりに泣きそうで、おかしすぎて笑いそうで、そんな感情がめちゃくちゃに混ざった顔と声を受けてしまっては我慢の限界だった。
「ぷ、あっははははは!!ふっ、ひひ、でしょうね!ひっかかったひっかかった!くふ、はははは!」
「くそう!よくも騙したあっ苦っ渋っ」
心底悔しそうなのがより痛快だ。
クソ提督もクソ提督で、嫌なら吐き出せばいいものを律儀に咀嚼し続けている。
「言ったでしょ、覚悟しろって?有言実行なんだから!ふひひっ」
「ちっくしょう!ちょこっとだけでも期待した俺が馬鹿だったよ!!」
「まあそう怒らないの。こんなにいくつも甘ーいチョコがあるんだから相殺しながら食べればいーの。丁度いいんじゃん?」
「チョコをおかずにチョコを食べるってのはどうなのさぼのやん……!」
「バレンタインの時期なんだしそんな日があってもいいでしょ。あー笑った笑った」
「良くはないっ」なんて言葉は耳に入れずに席を立ち、扉へと向かう。
「ま、私は満足したことだし寝るとするわ。じゃーねークソ提督、また明日ー」
扉を閉める直前に見えたのは恨みがましい笑みを浮かべるクソ提督だった。
——————
————
——
「うぇ」
自分の発した情けない言葉で目が覚める。部屋には誰の気配もなく、身を起こして見回せば誰もいない。
朧の目覚まし時計を見てみれば時刻は八時をとっくに過ぎていて、心が少しざわつく。
(もしかもせずに寝過ごしちゃったか。消灯時間を過ぎてもなお執務室に居残って、十二時過ぎに眠ればこうなるのは仕方ないかもだけど——)
と思いつつも静かな焦りは止まらない。クソ提督の食事の用意はその週の秘書艦の仕事だ。
子供じゃないのだから口を開けて待つだけのはずはないが、与えられた仕事をこなせないとモヤモヤするしでつい頭を掻き毟る。
半開きの瞳のまま着替えたりアレコレと身支度をしていると扉が開く音がした。
「おっ、ぼのやん起きたー?おはよー」
「おはよう曙。珍しいね、君が寝坊するなんて」
反射的に返事をしてから顔を向けるとそこには漣と時雨。いや、なんで時雨?
そう思う私の疑問を感じ取ってくれた訳ではないだろうけど、漣が言葉を続ける。
「朧ちんと潮ちゃんはもうご飯食べ終わって遠征に行ったよー。で、ぼのやん起こしに行くっつったらしぐりんがついてきた」
「人をオマケみたいに言ってくれるね」
「実際オマケっしょ?」
「まあね」
たまにコイツら仲悪いんじゃないのかと少しハラハラする事がある。でも今はそれを気にしている場合ではない。
僅かに急ぐ私の様子を見てか、漣は更に付け加える。
「ご主人様には言っといたから平気だよー、自分で作るかとか言ってたし」
「そ、でも仕事あるし……ゴメンどいて」
二人の間を通って部屋を出た直後、
「おうぼのやん、いい朝だな」
「げっ、クソ提督」
出くわしてしまった。
私に呼応するように二人は足を翻し、クソ提督の存在も視認した様だ。
「んー?どったのご主人様、ぼのやん起こしに来たの?」
「いや違う。仕事始める前にちょっと野暮用でな」
「うん?それは何だい?」
野暮用と言って掲げたのはある店のロゴが描かれたビニール袋。この司令部どころか、鎮守府においてそれを知らない者はいないと言う程の。
「その袋って……」
「昨日寝る前にベッドの上に置かれてたんだよ。中身はコレな」
袋から取り出されたのはラップで軽く巻かれた、手のひらサイズの四つ葉のクローバーの形をしたチョコレート。一口かじった跡がある。
「まだ寒いのに洒落てるよな。て、じゃなくて、チョコくれた子には軽い礼くらいするつもりなんだけど差出人不明のままじゃなーってことで訊いて回るつもり」
「へえ……心当たりとかは、まあないよね。ビニール袋とラップとではノーヒントだ」
「知ってるかも、って子はいるけど。ぼのやん、なんか知ってる?」
名を出された瞬間に三人の視線がチョコから私へと向けられる。
「何で私なわけよ」
「昨日、会議行く前にはコレは無くて、その間ぼのやんは執務室にいた訳だろ?だとしたら俺の部屋に誰か入ったとか気付いたんじゃないかと思ってな」
「ん、もしかして曙がそれを置いて行ったなんてことは?」
「それは無いな、ぼのやんからはそれは壮絶な物を貰ったから……」
壮絶?と不思議そうにする時雨の隣で漣が「マジでやったんだ」と言いたげな視線を送ってくる。それについては無言で肯定するとして、
「悪いけど何も知らないわ。私もアンタが帰ってくる少し前まで眠りこけていたから」
私から出せる情報は他に無い、とも答える。
クソ提督も納得した様で、「また後でな」と残してから去って行こうとした時に。
「質問、それ何味だった?」
漣の質問に短く答え、歩き出して行った。
「ほんのり甘いビターチョコだったよ」
「それじゃあ僕はこれから講義があるから。本当についでについてきただけなんだよね」
そう言って時雨も去ってからその場に残された私達二人の間には何故か沈黙が流れていた。
特に黙っている理由はないけど、口に出す話題も無いのでどうしたものかと心の中で首をひねる。
……だが、そのうち漣が口を開くだろうと思っていた。いつも騒がしいからという理由ではなく、他の理由を以ってして私はそれを予感していて。
「ぼのやんよ」
予感は確信へと昇華する。
「何よ」
「何か知ってる、どころじゃないんでしょ」
「……さあね。私がアイツに"渡した"のは昨日アンタに話した通りの苦い奴よ。宿直室でちゃっちゃっと作ってね」
「……なるへそ、嘘はついてないってことか。ったくもーどいつもこいつも面倒くさいったらありゃしない」
それ以上何も追及する気はないのか、漣は部屋へと入って行った。
私も遅めの朝食をどうしようかと考え、廊下を歩き始める。宿直室の冷蔵庫に何かあったかな。
けどそれは一旦思考の隅に置いて、既にこの場にいないアイツに向かって心の中で呟く。
(返し切っていなかった残りの礼は、それで返したつもりだから)
終わり
くぅ使
これまでのツンドラ話のスピンオフと違ってガッツリとツンドラ話と関連する内容になっちゃったthprみたいな反省
ついでに最初から最後まで抽象的な表現が多過ぎる気がする。分かりにくかったらすいませんなんでもしまむら
結局どの辺が大嫌いだったんだ。楽しんでんじゃねーかお前。言う事とは裏腹にって事にしておけば幸せになれる
だけどバレンタイン当日で終わらせられて満足です
とりあえずいい加減本筋進めなきゃなあってあともうこの頃。クロスオーバーって楽じゃないね
ではまたそのうち
くっついて欲しい様なこのままの掛け合いもいい様ななんとも言えない距離感だなぁ
本筋ってどれなんですか(小声)
>>38
ツンドラ→こたつラッキースケベクリスマス編の合間ですね、まだ構想だけあって手付かずですが
ただ、初めからならまだしも途中から他作品とクロスオーバーするのってどうなのと迷い始めているのでしばらく時間ががが
このSSまとめへのコメント
ぼのやんカワイイよぼのやんハァハァ