聖「あれだけ愛した野球を捨ててしまうのか?」 (39)

書き溜めがないのでゆっくり書きます

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 初めての夢の舞台は、のぼせるように熱かった。
 俺はじんわりと汗ばむ額を袖で拭い、キャッチャーマスクを被った聖ちゃんを見る。
 黒土に向け、ぴんと人差し指が立つ。
 サインはストレートだ。

「先輩、ここが踏ん張りところだぞ」

 マウンド上にまでそんな発破が聞こえてきそうなほど、彼女は赤い目でキッと見つめてくる。

「……分かっているよ」

 どくどくと暴れる心臓を落ちつけるために長い息を吐く。
 緊張がかすかに解れ、割れんばかりの歓声が耳にまで届いてきた。三回戦だというのに観客のこの熱狂具合はさすが甲子園というべきか。それとも、このシチュエーションゆえか。
 3対2。1点リードの9回裏、2死満塁。ボールカウントはツースリー。
 そして立ちはだかる打者は、帝王実業高校きっての強打者――友沢亮。

「絶対、打ちとってやる」

 俺はマウンドを踏みしめた。
 何万回と繰り返してきた投球モーション。右腕を大きくしならせ、全ての想いを指先に込めるようにして投げた。
 それは野球人生の中で、最高のストレートだったと思う。
 けれどその球は、聖ちゃんのミットに収まることはなかった。

 キィィ――ン。

 空気を裂く甲高い快音。
 白球は、青空まで届くかのようにぐんぐんと伸びていく。
 ベンチに下がった先発のみずきちゃんは悲痛な叫び声をあげ、センターの矢部くんは途中で追いかけるのを止めた。
 逆転満塁サヨナラホームラン。
 友沢はいつもの仏頂面を崩し、小さくガッツポーズ。数万人の喝采を一身に浴びながら、ダイヤモンドをゆっくりと回っていく。

「……ひぐっ……うぐ……うぅぅ……」

 ホームベースの奥で、聖ちゃんが両膝をついて泣いていた。
 俺も、嗚咽が、我慢できなかった。

 翌週

『――ショート友沢とる。投げたっ。アウトォォ! 夏の甲子園、優勝はっ、帝王実業高校でぇぇすぅぅぅっ!!』ワーワー

パワプロ「やっぱ優勝は帝王実業か。下馬評通りって感じだな」

みずき「昼間から部室で何やってるかと思ったら。ラジオで甲子園の中継を聞いてたんだ」ガチャ

パワプロ「あっ、みずきちゃん。お疲れ。そこにパワドリあるよ」

みずき「ん。それでどっちが勝ったの?」キュッキュッ

パワプロ「帝王実業。圧倒的な強さだったよ」

みずき「ふーん。ま、わたしたちに勝ったんだもん。当たり前よね」ゴクゴク

パワプロ「やけに美味そうに飲むなぁ」

みずき「ランニングの後の一杯は格別なのよ」プハー

パワプロ「そういやそうだね。何日も走ってないから、その感覚忘れちゃったよ」

みずき「……ねぇ、パワプロくん」

パワプロ「ん?」

みずき「大会前に言ってた通り、その、本当にさ……」



みずき「野球、辞めちゃうの?」

 ガチャッ…

聖「……先輩、それは本当なのかっ?」

みずき「あ……っ」

聖「どうしてなのだ。甲子園で打たれた、あのホームランのせいか?」カツカツカツ

みずき「ちょっ、聖」

聖「あれだけ愛した野球を捨ててしまうのか?」

みずき「聖!」

聖「答えてくれ、先輩」

パワプロ「……うん、僕は野球を辞めるよ」

聖「ッ!」

聖「……見損なったぞ」ダッダッダッ

みずき「待ってっ……あーもう、こんな時だけ足がすこぶる速いんだから」

みずき「矢部くん、聖を追いかけてー!」

矢部「なんだか良く分からないけど任せろでやんす~!」シュバババッ

パワプロ「……後輩には話してなかったもんな」

みずき「……余計な心配させまいとしたのが裏目に出ちゃったわね」

 その日の夕方

『タチバナー、ファイ、オー! ファイ、オー!』

パワプロ「やばっ……もう最後のランニングやってるよ」

パワプロ「はやくロッカーの整理しなきゃっと。みずきちゃんと矢部くんはプロ志望届だしてるからまだいいけど、それ以外で終わってないの俺だけだしな」

パワプロ「うわっ、くっせぇっ!」

パワプロ「まぁ、3年間使ってたから当たり前……当たり前だよな、うん」ハナツマミー

パワプロ「えーっと、これはいる。これもいる。ガンダーロボは……いーらない」ポイー

パワプロ「ん? これって――」

 個人ロッカーの奥。そこにあったのは、一枚の紙が挟まれたクリアファイル。
 入部当時、監督に書かされた『自分の夢』だ。

パワプロ「プロ野球選手になる、か」

 声にだして読んでみると、自分の三年間がありありと脳裏に蘇ってきた。

パワプロ「そういや、最初は3人しかいなかったんだよなぁ。太鼓さんと俺と矢部くんだけで」

パワプロ「生徒会に交渉して、部員集めて、練習設備を買って貰ったりして」

パワプロ「聖ちゃんが入部してくれたときは嬉しかったなぁ」

パワプロ「みずきちゃんにはダーリンなんか呼ばれちゃったし……嘘の婚約者役だけど」

パワプロ「ま、念願の甲子園にも出れたし。ほんと、ここで野球をやって良かった」

パワプロ「良かった……」ウルウル

パワプロ「」グスン

聖「……先輩」ガチャ

パワプロ「うわああああああ!!」

聖「なーーー!」

パワプロ「び、びっくりしたぁ」

聖「こ、こちらこそ、いきなり叫ばれて驚いたぞ」

パワプロ「そ、それでどうしたの、聖ちゃん。クールダウンは?」ナミダフキフキー

聖「先に済ませてきた。その……さっきのことを、謝ろうと思ってだな」

聖「すまなかった、先輩」アタマサゲー

パワプロ「相変わらず律儀だね、聖ちゃんは。頭をあげてよ」

聖「しかし……」

パワプロ「いいから。それに、野球を辞めるのは本当のことだから」

聖「……先輩」アタマアゲー

聖「良ければ教えて欲しい。なんで野球を辞めるのかを」

パワプロ「……うん、分かった」

パワプロ「じゃあさ、ミット用意して、グラウンド行こうか」

聖「グラウンド……?」

パワプロ「うん。先行ってて、俺も用意するからさ」

聖「む、分かった」

 困惑する聖ちゃんを余所に、僕はロッカーからグローブを取りだす。
 毎日、欠かさずにグリスを塗って手入れしていたそれは、使い込まれてはいるものの決してボロくはない。

パワプロ「お前ともこれでお別れだな」

 労うような手つきで革の表面を撫ると、また目尻にうっすらと涙が溜まってきた。

パワプロ「あーくそ。なんか今日は涙もろいなぁ」フキフキ

 俺はグローブを左手に嵌め、白球を手に持ち、歩きだす。
 人生で、最後の投球をするために。

ここからは明日以降になると思います、すいません

 他の部員が外野でストレッチをしている中、俺はマウンドに上がる。
 グラウンドより少し高いこの場所の景色は、たった何日振りかだったけど、ひどく懐かしいように思えた。

パワプロ「聖ちゃん、座ってくれる?」

聖「キャッチボールはいいのか?」

パワプロ「問題ないよ。しても同じだから」

聖「?」

 聖ちゃんは首をかしげながら、ホームプレートの奥に腰を下ろした。
 ミットを構える。
 マウンドから本塁までは18・44メートル。
 以前は慣れ親しんでいたけれど、今は果てしなく遠く感じてしまう、そんな距離。

聖「いいぞ。いつでも来い」

 俺はマウンドを踏みしめた。
 何万回と繰り返してきた投球モーション。右腕を大きくしならせ、指先に力を込める。

聖「な……っ!」

 しかし、放たれた白球は聖ちゃんには届かず、互いの中間でバウンドした。

聖「どうしたんだ、先輩。らしくないぞ」

 聖ちゃんは白球を拾いあげ、キュッキュッと磨いてから投げ返してくれた。
 俺はそれを黙って受け取り、再びマウンドを踏みしめる。
 だけど、結果は同じだ。
 ボールは聖ちゃんにまで届かない。

聖「先輩。私は冗談はあまり好きじゃ――」

 彼女の大きな目が、更に大きく見開かれる。

聖「……先輩?」

 それは、僕がうずくまっているからだろう。
 たった2球投げただけだというのに、滝のように流れる汗は疲労によるものではなく、肩に走る激痛によるものだ。

聖「先輩!」ダッダッダッ

 聖ちゃんはマウンドに駆け寄り、心配そうな顔で俺を見つめてくる。

パワプロ「ははっ。こんなんざまじゃ、野球なんて出来ないだろ」

聖「もしかして、先輩は……」

パワプロ「……うん。大会前に怪我をしちゃって」

パワプロ「痛み止めを打って、だましだまし投げてたんだけど。昨日、病院でさ。ボールを投げるのはもう無理だって言われちゃったよ」

聖「ッ!」

パワプロ「甲子園での無理がたたっちゃったかな」

 聖ちゃんは俺の制服の裾をギュッと握った。

聖「どうして、なにも言ってくれなかったんだ……!」ウルウル

パワプロ「皆に心配をかけたくなかったから。思い切ってプレーをして欲しかったから」

聖「私は先輩のキャッチャーだぞ!」

パワプロ「だからこそ、重荷になりたくなかったんだ」

聖「私は、重荷にでもなんでもなって欲しかったッ!」

パワプロ「ごめんね、聖ちゃん。それでも俺は――」

 マウンドに、聖ちゃんの涙がぽたぽたと落ちる。
 春の雨のように温かいそれを止めるため、俺は彼女の顔に視線を合わせた。


パワプロ「俺は聖ちゃんに惚れてるから。だから、迷惑にはなりたくなかったんだ」



聖「なー!?」ガバッ

パワプロ「ミートも上手けりゃ、外野に運ぶ力もある。肩も強いし、何より送球動作に入るまでが早い。それに俺は、聖ちゃんが捕逸する姿なんか見たことない」

聖「や、野球のことか……」ションボリ

パワプロ「?」

パワプロ「つまりはね、聖ちゃん。俺はその才能に惚れ込んでいるんだ。だからこそ、自慢をしたかったんだ」

聖「自慢?」

パワプロ「うん、うちのキャッチャーはこんなに凄いんだぞって。甲子園で皆にお披露目したかった」

パワプロ「でも、優しい聖ちゃんのことだ。俺の怪我を知ってしまえば、本来の力は出せないだろう」

聖「そんなことは……!」

パワプロ「しないって言えるかい? 遊び球を少なくしたり、打たせて取ることを中心にしたり」

パワプロ「出来るだけ球数を減らそうとせずに、本来のリードをしっかり出来るって言えるかい?」

聖「……それはっ」

パワプロ「少しでもあるなら、その可能性は潰すべきだ。だから、他の三年生と監督には伝えて、他の皆には教えなかったんだ」

パワプロ「……監督には、試合で投げずに治療を優先してもいいって言われたけど」

パワプロ「プロ野球選手になることと同じぐらい、甲子園も俺の夢だったから」

聖「先輩は」

パワプロ「ん?」

聖「先輩は、その選択に後悔はしていないのか?」

 俺はあの甲子園のマウンドを思いだす。
 むちゃくちゃ熱くて、心臓が爆発しそうなぐらい緊張したあの場所。とても苦しかったけど、それは間違いなく。

パワプロ「もちろん」

 俺にとって、夢のような時間だった。

 そして時は経ち、卒業式。
 プロ志望届を出した二人は無事にドラフトにかかり、ファームの日程が合わずに式には参加できなかった。

『見てなさい。わたしの伝説はここから始まるのよ!』
『もう嫌でやんす。キツイし、怖いし、デカイでやんす~』

 キャットハンズに見事1位で指名されたみずきちゃんと、パワフルズに6位指名された矢部くん。
 昨日交わしたメール内容を見ながら笑いつつ、俺はタチバナ学園の出入り口へ向かっていた。

パワプロ「入学式もこんな桜が咲いていたなぁ」シミジミ

 感傷に浸りながら桜並木を歩いていると、出入り口には小さな人影。
 聖ちゃんだ。

パワプロ「見送りに来てくれたの?」

聖「う、うむ」

パワプロ「ありがとう、聖ちゃん」

聖「べ、別に礼を言われるほどではない」

 最後だというのに、いつもと変わらぬ態度に苦笑い。
 そんな俺を余所目に、聖ちゃんは意を決した様子で口を開いた。

聖「せ、先輩。き……聞きたいことがあるのだ」モジモジ

パワプロ「うん、なに?」

聖「先輩は、その……こ、これからどうするのだ!?」ガバッ

パワプロ「どうする?」

聖「し、進路はどうするのだ!」

パワプロ「ああ、なるほど」

パワプロ「浪人して、大学を目指すつもり」

聖「大学?」

パワプロ「うん。勉強して、スポーツトレーナーの資格を取るつもり。それで、プロ野球に関わる仕事をしたいと思ってるんだ」

パワプロ「野球は辞めても、野球を愛するのは辞めるつもりないからね」ニコッ

聖「……そうか。やっぱり、先輩は先輩なんだな」ホッ

パワプロ「それで、聞きたいのはそれだけ?」

聖「いや、その……」モジモジ

 歯切れの悪い返事をし、聖ちゃんは大きく深呼吸。
 頬を僅かに朱色に染めて、それよりも赤い瞳で俺をじっと見つめる。そして、可愛らしい口を開いた。

聖「せ、先輩が、惚れているのは、私の才能だけか?」

 聖ちゃんの顔が真っ赤に染まる。

パワプロ「えーっと……」

 俺は頬を掻き、空を見上げる。
 あの日と同じような快晴。太陽光は照りつけていないが、頬はのぼせたように熱くなっていた。
 返す言葉はもう決まっている。
 だけど、その言葉を言うには勇気がいった。
 それこそ、あの場面で友沢相手に投げたストレートと同じぐらいに。

「お、俺は……」

 腹をくくり、口にした。

「才能以外も、惚れてる。好きだよ……聖ちゃん」

 この告白(ストレート)ならまだ届くかな、なんて思いつつ。

 完

IDが変わりましたが作者です。
SSが初めてということもあり、至らぬ点も多々あったと思います。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
サクセスで肩の爆弾が爆発したので、むしゃくしゃしてやりました。
お目汚し失礼致しました。

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