【ピアノの森】『雨宮修平 シュウヘイ・アマミヤ~七色のピアニスト~』【完結記念】 (26)

ピアノの森界2020年ショパンコンクールは雨宮・レフ・パンvsカイ・カイ憧れ世代・誉子

優勝候補筆頭のパン・ウェイが三次予選で敗れる大波乱の展開

決勝ではカイ憧れ世代が観客こそ湧かすものの「あれはショパンか?」という雰囲気の中
憧れた年季が違うわよと言わんばかりの誉子が挑戦的なピアノで観客を魅了する

ショパンなど関係ないエゴイトストたちの戦争さながらの雰囲気の中
緊張でガタガタになるコンテスタントが続き指揮者もオケも動揺が隠せない

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次なるコンテスタントは前回三位地元ポーランドのレフ
オケがガタついている終わったと頭を抱えたくなる観客達の悲壮なざわめき
しかしただピアノを聴ける弾ける喜びに満ち溢れている二人がそこにいた
長い眠りから目覚めたエミリアとプロとして自信に満ちたレフ・シマノフスキ
家族に支えられ車椅子から確信の視線を送る姉と雄大なオーラで指揮者をも鼓舞する弟
パン・ウェイを思わせる揺るぎない演奏で満場のスタンディングオベーションと信頼で結ばれた姉弟が交わす微笑みと鳴り止まないスト・ラットの大合唱
レフとパンはこの数年で最も仲の良い存在として親交を深めていてパンは惜しみない拍手を送りレフはそれにガッツポーズで応えた
元々ひねくれ者の二人がツアーにおいてフランスに赴いた時
ソフィーって俺らにないもん持ってるよなと語り合った事から意気投合した
レフの後押しもあり交際を始めたパンとソフィーだが
共にまさかの予選落ちに落胆の色を見せない様努めてはいたが
自分達の分まで戦ってくれた親友にパンの傍らに立つソフィーは感涙の拍手を送り続けレフは笑顔で返した

この三人の友情は生涯続くことになる
レフとパンが最も怖れるピアニストが雨宮修平でソフィーが最も尊敬するピアニストが雨宮修平だったりして彼らの友情の絆には雨宮修平の存在が大きく影響している
三人は雨宮洋一郎と阿字野壮介の大ファンで二人のおじさんの前だとただの子供になってしまうほど敬愛している

ちなみに光生はパンとソフィーの交際を知り「落ちるとこまで落ち切った」と呟き人が変わった様にピアノに打ち込み
あわや最終審査入りを果たすほどの大健闘をみせた
演奏後のインタビューでは「名前は言えないが絶対に負けたくない奴がいた」とコメントしたが
自分もパンもソフィーも最終審査を逃すと「所詮俺達はモブなのさ」とニヒルな笑いを浮かべトイレでひとしきり泣いた後
ソフィーに握手を求めパンに肩を抱かれ雨宮に縋り泣きカイに慰められた
憎めないキャラである
10代から海外に出ていた平田光生は実は非常に根性があり2025年のショパンコンクールでは日本人唯一のファイナリストになる

そしてディフェンディングチャンピオンの一ノ瀬海が登場する
ショパンコンクールで過去の優勝者が出場する事は現代では後進の道を塞ぐ事になるので推奨されない風習があるが参加は自由である
この背景には小学生時代からの勝負師としての雨宮とカイの真剣勝負の約束の歴史がある
まだお互い一人立ちしていなかった前回の勝負はカイが勝ったが
今回はお互いプロとして一人立ちしている同士の真剣勝負でカイと雨宮にとっては公に許される最後の真剣勝負だった

プロとして国際的な活躍で更なる地力をつけたカイ
ポーランドを中心とした欧州プロとして地道に力をつけた雨宮
そして雨宮は自身で貯めた金でコンクールの二年前からは兄同然のアダムスキ
一年前からは父の洋一郎にレッスンを志願し彼らしい挑戦と万全の準備をしてきた
それを知るカイはこのコンクール決勝においてかつてない高揚と緊張に森の端育ちの野生に火がつき武者震いを隠しきれないでいた

雨宮と勝負

それはカイにとっても人生で最も重大な事であり
自分のピアノをどれだけ弾けるかの究極の仕儀でもあった
カイの原点は幼少期にあり
彼はツアーで行く先々の街にある森や公園で子ども達を招待し野外コンサートを行ってきた
この野外コンサートは彼の生涯のライフワークになる

前奏者レフの最高の演奏と熱く煮え立った観客にカイの野生は頂点に達した
中性的な容姿と星空のピアノと評されるカイだが
彼の本質は森の端と森のピアノである
ギラギラと妖しく輝く解放された眼と本能のままに
魅惑的且つ暴力的なタッチでオケと観客を虜にする
これはジャズ?と思わせる超独創的な演奏に審査員すら踊り出さんばかり
これがショパンコンクールだなんて事は全員忘却の彼方で憧れ世代などは後方で踊り出す始末
ジャン爺は子供の様にはしゃぎ阿字野は苦笑が止まらず洋一郎は唖然として笑いが止まらない
演奏後半に入るとカイは椅子から立ち上がって弾き
つられてコンマスが立ちバイオリンやヴィオラ・オーボエ・フルート達が一斉に立って弾き出す
観客も総立ちになり前代未聞のライブに審査員までもが立って恥ずかしがって座り直すという有り様
「これがカイ君なんだぜ」と誇らしげに言って拳を突き上げる雨宮
クライマックスに近付くとなんと指揮者が指揮棒を放り投げ観客の方を向いて踊り出す

カイオリジナルクライマックス

最早歓声や手拍子を抑えきれない観客と羞恥心など吹き飛んだ審査員総立ち
「全く敵わんよ」と言ってパン・レフまでもが立ち上がる
ソフィーは笑いが止まらない
会場は興奮の坩堝と化しテレビの前で世界中が踊り出す
会場に飾られたショパンまでもが笑っていて史上の音楽家達と森の動物達とキンピラがピアノの上で踊る
グラナドスはアン兄弟を両脇にヘッドロックしながら飛び跳ね
タイス・向井をはじめ前回ファイナリスト達は肩を組んで踊っている
怜子・ベンちゃん・亜理沙・大貴そして冴ちゃんが顔を紅潮させ弾んでいる
佐賀先生と司馬先生は今にも天国に昇りそうだ

「やっぱり貴方には敵わないわ」

誉子が嬉しそうに泣いている

最後の一音と共に演奏者達が拳を天上に突き上げた

「ブラボー!!!!!!!」
「キャアアアアア!!!!」
「イチノセーーー!!!!」
「カイーーーー!!!!!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアア
ドドドドドドドドドドドドドドドドド

会場が壊れんばかりの歓声と足踏みに満面の笑顔で応えるカイ
ロックコンサートを終えたかの様に汗だくの指揮者と抱き合いコンマスと抱き合う
割れんばかりの歓声にオケがガッツポーズで応えカイとウインクをする
招待された子ども達が壇上に次々と飛び上がってきてカイに抱きつく
他の観客も壇上に寄っていく

カイは子ども達に囲まれながら深々と頭を垂れた
まるでマイケル・ジャクソンの様だ
これほど世界中から愛されるピアニストはもう二度と出ないかもしれない
冴ちゃんは誇らしかった

「自分のピアノが弾けた時
最高の気分が味わえる」

だがどうやら最高の気分にさせられたのは我々観客の様だと阿字野は改めてカイに出逢えた事に感謝した

「凄いヤツですね」
洋一郎が阿字野に語りかけた
「はい凄いヤツです敵いません」
二人は笑い合った

ジャンはそんな二人を我が子の様に微笑ましく想い肩に手をかけた
「さあ僕の孫も残すところ後二人だ」
洋一郎と阿字野は顔を見合わせ頷いた

壇上では指揮者がカイの左手を掲げて「これがカイイチノセだ」と言わんばかりに讃えている
観客からは賞賛の声と共に「アンコール!」の声が響き渡る
カイは静かに微笑み首を横に振り両手でそれは出来ないとジェスチャーをする
後方のショパンに一礼し
そして再度深々と前方へ礼をしショパンとショパンコンクールへの敬意を表す
審査員達もにこやかに拍手を贈って彼の敬意を受け取る
子ども達を引き連れ去っていく背中にショパンが微笑んでいた

階段の下にはカイ憧れ世代で最年少の優勝候補・南アの新鋭ハバナが眼を輝かせて待っていた
三次予選パン落選は彼のピアノがそれを上回っていた事が大きな要因で若くして高い技術と落ち着いたハートが持ち味の唯一の黒人ファイナリストだ
そしてカイは彼のヒーローだった

「カイさん凄かった!」
「ありがとうハバナ!」

二人はカイがツアーで南アを訪れた時からの仲で
その確かな技術と陽気で落ち着いた性格に感嘆しすっかり仲良しになってしまい将来一緒にツアーをしようと約束する程だ

「カイさん僕のピアノ聴いていてね」
「勿論だよハバナ約束する」

そう言って若き友の背中を頼もしそうに眺め子ども達の頭を撫でるカイ

通路に出ると凄まじいフラッシュと共に記者達の山に囲まれるカイと子ども達

「すいません友達のピアノをこの子達と観るって約束してるんです
後で必ず時間をとりますから皆様の名刺を頂けますか?」

記者達もハバナとカイの仲は知っていたので察して名刺を渡していった

「一言だけ
今の気分は?」

「最高です
僕には子供の頃からの最高のライバルがいて彼との勝負においてはお互い自分のピアノを全力で弾くと約束してるんです」

「シュウヘイ・アマミヤさんですね?」

「はい
今日は特別な日です
ハバナも全力を尽くすでしょうから僕の大切な友達二人を応援させてください」

記者達は快くカイと子ども達を送り出した

通路の離れた所で雨宮が待ってくれていた

「カイ君素晴らしかった」

「ありがとう雨宮
けどごめんコンクールでは評価されない演奏しちゃった」

「いいんだよカイ君
自分のピアノで勝負するって約束なんだから
紛れもなくカイ君のピアノさ」

頷くカイと微笑む雨宮

子供時代からの二人の歴史を物語る様にその視線は互いに優しい

「いよいよだね雨宮」
微笑むカイ

「最後の勝負だカイ君」
頷く雨宮

後に伝説のライバルと語り継がれる天才ピアニスト二人の若き日の姿は静かに美しく輝いていた

会場では興奮し切った観客達を現実に戻すかの様に情熱的且つ沈着なピアノでハバナが見事な演奏をしていた
アフリカの大地を思わせる雄大なピアノはパン・ウェイを思わせるスケールがありしかし当人は陽気に楽しそうに演奏している所がアフリカの若者らしい
ところどころミスタッチはあるのだが彼の良い所はそれも彼の演奏と思わせる所にある
カイに憧れてショパンコンクールに乗り込んで来ているが
ショパン解釈は実直で王道のピアノを弾く
彼もまた天才なのだ

前回に続き最年少のピアニストがこれだけ骨太のピアノを弾くのだから観客達は度肝を抜かれて聴き入る

ジャン・阿字野・洋一郎も凄い子だなこれはと若き才能に驚嘆する

前回ファイナリストの面々も驚嘆の色を隠せない

審査員達もこれはレフのピアノと競るぞと手を握る

指揮者とコンマス・オケも充実した音を奏で今大会の驚愕のレベルに演奏者冥利に尽きる様な表情で疲れを感じさせない

子ども達はカイの手を握りハバナの演奏に魅入っていて
カイも眼を輝かせている

「ブラボー!」

レフ・カイに負けない怒涛の様な歓声が起こり
観客が総立ちになる

最年少の少年は照れくさそうにしかし自信を持った笑みで立ち上がりそれに応える
指揮者と抱き合いコンマスと握手をしてオケから讃えられている少年にパンも清々しい表情で拍手を贈る

「パンもソフィーもどちらかと言うとソリスト向きだけど彼はオールラウンダーって感じだね
全く次から次へとエラいのが出てきて参っちゃうよ」
そう言いつつ嬉しそうに讃えるレフ

「同感だね
悔しいけど俺の負けだ」
パンも並々ならぬ想いでこのコンクールに挑んできたが彼に負けたなら仕方ないといった表情だ

「私も一からやり直しね
カイといい彼といい負けてられないわ
私達は仮にもプロだものね」
ソフィーは自分がアマチュアだった頃を想い出しながらまた一つ腹をくくったようだ

「さあ次は僕達が本当に怖れる大トリだ」
レフが言った

「いよいよアマミヤか」
とパン

「アマミヤ…」
ソフィーが言う

元々雨宮の精巧極まる技術を高く評価していた三人だが
ここ近年での彼の表現力の高まりに一番怖いのはカイではなくシュウヘイだと認識を共通していた

レフの姉エミリアが意識を取り戻し厳しいリハビリに耐えていた頃
レフの呼び掛けで若手演奏家達が集まりエミリアとシマノフスキ家へのリサイタルを行ったのだ
その時に雨宮も参加してピアノを披露したのだがその見事さにパン・ソフィー・レフは驚き
エミリアは雨宮のファンになってしまった
エミリアも元々は凄腕のピアニストである
四人やそのリサイタルにいた人達はアマミヤの存在を深く刻み込んだ
エミリアの笑顔が増えた事にレフはピアニストアマミヤには怖れを抱きつつも雨宮の紳士な人間性に感謝していた

誉子と結婚するのではないかと思われていた雨宮が後にエミリアを支え交際し結婚する事になる

誉子は今大会の後プロとしての華々しいオファーが多く来るが
全て丁重に断って一線から退き
指導者として子ども達を育て保育士の男性と結婚しささやかに幸せな家庭を築く

雨宮と誉子
彼ららしい生き様である

三度に渡るハバナへの祝福が終わりショパンコンクールも最終奏者を待つだけとなった

そう雨宮修平の登場である

今大会優勝候補に挙げられていたパン・カイ・レフ・ハバナ・雨宮だが
玄人達は皆アマミヤに最も注目していた
世界的にはまだまだ無名の彼だが記者達も審査員達もプロ達も指揮者・オーケストラも彼の実力を知っていた
それは雨宮洋一郎の息子だという事は全く関係がないほどに既に父親を超えていると業界では密かな話題になっていた

その事に一切動揺しなかったのが修平であり
一切驚かなかったのがカイである

カイは雨宮の技巧の精巧さと人間性の高さを最も知る人間であり
雨宮はカイの表現力と人間的魅力を最も知る人間で
前回コンクールに至るまでにカイがその技巧を必死に高めてきたのを知るのが雨宮であり
今回コンクールに至るまで雨宮がその表現力を必死に高めてきたのを知るのがカイである

カイはもうどこかで雨宮には勝てないと分かっていた
まだ物心もつかない頃から辛く地道な努力を極限までやってそれを楽しみに変えられる崇高な人間性を持っている雨宮
小学生の頃から雨宮はカイの先生であり前回コンクールでは雨宮との直前練習がなければ間違いなく負けていた
120%雨宮はこれまで苦手としてきた強いタッチと深い表現力を尋常ならざる努力で身につけてくるだろう

カイはあの小学生時代に「俺が雨宮と勝負になるわけないじゃないか」と言った言葉を想い出していた
同じ物心つく前からピアノを触っていた二人だが
カイは自分の好きな様に弾いてきて雨宮の技術の凄さにただただ感嘆したものだ

「雨宮のピアノだから綺麗に耳コピ出来たんだよな
他の奴じゃそうはいかない
雨宮はいつも俺の先生なんだ」

雨宮との歴史を振り返り改めて雨宮の存在の大きさを認識するカイ

階段の下で待つ雨宮もカイとの歴史を振り返っていた

「カイ君に出逢ってなかったら僕はとっくの昔に苦しさからピアノを辞めている
僕は努力の天才なんかじゃない
カイ君のおかげでピアノの素晴らしさを知った
あの日阿字野先生に言われた〝君はもっと自分のピアノを好きになった方がいい〟というあの言葉
その意味が前回のコンクールで分かりかけてからは
努力を楽しいと思える様になった
カイ君・先生ありがとう
今日は僕の人生で自分を最も好きになれるピアノを弾きます
きっとそれが二人への恩返しになる筈ですから」

雨宮は落ち着いていた
レフ・カイ・ハバナと怒涛の三連発に沸き立つ会場の雰囲気の中でも穏やかに静かに歩みを進めその眼は疲れたオケを安心させ指揮者に気遣いの必要はないと自然体にさせるほど優しかった

父の雨宮洋一郎の大きな優しさのオーラとはまた違う
繊細だが闘志を秘め知的で労りのあるそんな優しさと愛が芯に感じられた

会場の雰囲気は落ち着き既にシュウヘイ・アマミヤの空気に変わっていた

ショパンに一礼する雨宮
観客席に一礼し拍手を受ける
指揮者・コンマス・オケとアイコンタクトをし頷く
静かに腰をかけ椅子を調整し
ジャケットのボタンを外す
静かで流麗な所作だ

指揮者を見
頷き合い

指揮者がタクトを降ろす

オケの前奏が始まった

実に落ち着いていい音色である

雨宮は静かに眼を閉じ長く住んだここポーランドとショパンに想いを馳せた

そして雨宮は奏で始める

それはショパンが愛したポーランドの大地と森の音だった

「よし!」
とアダムスキは心の中でガッツポーズをした

静かに美しく力強く優しく
繊細で深くおぼろげで確かな
哀しく楽しく荒々しく儚く
昔と今と現実と夢と

こんなピアノがあるのだろうか

観客達は皆眼を閉じて情景を思い浮かべ聴き入った

この様な美しいピアノは聴いた事がない

情景はヨーロッパの各地に移っていった
音色が変わるのである

なぜこんな事が可能なのか?

観客達は眼を閉じながら涙を流していた
審査員達もである

カイは泣いていた

「雨宮
凄いよ雨宮
雨宮ピアノ上手すぎるよ
雨宮がこれまで見てきたものが俺の心に映ってくるんだ」

子ども達は幸せそうに眼を閉じて聴き入っている

情景は日本に移った
音色は皆が聴いた事のあるものだった
そう父洋一郎の音である

これには会場が感嘆した

信じられない
いくら親子だからといってこんな事が可能なのか?

それは大きく優しい愛の音だった

雨宮夫妻は手を握り合って泣いていた
「修平
ありがとう」
洋一郎はそう心で感謝した

これには誉子と白石も涙が止まらなかった
「凄いよ修平君」
誉子はそう心からエールを贈った

パンもソフィーもエミリアもレフもこれには涙を隠せなかった
「何て凄い人なの」
「何て凄いヤツだ」
そう心で呟いた

審査員達は驚愕していた
こんなに見事なコンテスタントが過去いただろうか
ミスというミスが一つもないではないか
それ以上にこんなに静かにオケとピアノが一つの楽器の様に一体になるものなのか
信じられない

後半に入り
眼を閉じて聴き入るカイの耳に強い衝動が入った

それはまさしく森のピアノでの一ノ瀬海との出逢いの衝撃の音だった

著しい喜怒哀楽
それを強いタッチと激しい表現で奏でる雨宮

その情景はリアルにカイの心に映らせた

カイとの出逢い
森のピアノの衝撃
学校でのイジメ
阿字野先生との出逢い
カイとの約束
魅せられたカイの音
カイに完敗した全日本予選
カイとの別れ
スランプ
カイとの再会
喜びと嫉妬
掴んだ音と挫折
疑心暗鬼
友情と愛情
親友の快挙
祝福と悔しさ
挑戦への喜び
先生の復活
そして最後の真剣勝負

カイにとって何より大切な歴史が
雨宮にとっても何より大切な歴史だった事が情景としてカイの心に飛び込んできて
親友の誇らしさに胸を強く打たれるカイ

そしてその音色は…

「こ…これは…」

カイそして阿字野に衝撃が走る

「わああああああああ」
「素敵」
「何て美しい」
「これはあのイチノセの」

そう森のピアノの音である

これにはカイは泣き崩れ
阿字野も涙が止まらない

ジャンは幸せそうに頷いていて
洋一郎は誇らしげに息子を眺めている

怜子は自分の息子を見る様に暖かな心で涙を流し
冴ちゃん・大貴
森の端ファミリーもみんな泣いている

前回・今回コンテスタント達は驚愕の様相で雨宮修平という天才の一挙手一投足に心を奪われている

クライマックスに近づくに連れ雨宮の精密機械の様な技巧は精度を増す
精度を増すのに音色は柔らかくなるという最早異次元のピアニストである

そしてその音色は

地球そして世界史

雨宮が奏でるピアノの上には
地球の自然と共に古今東西全ての音楽家達が寝そべりながらリラックスして修平の音に聴き入っていた

癒しのピアノもここまでいくとバケモノである

クライマックスに入り
これまで積み上げてきたものと今現在の雨宮修平の自信が語る雄大な音で
その主張は会場を圧倒する

ピアノへの想い
ピアノへの愛
ピアノへの自信
ピアノへの誇り

それら全てが流動し雨宮修平という大きな愛を支え
スモールオーケストラからビッグオーケストラへと変遷する

「これが雨宮の音か…
完璧だよ雨宮…」

カイは遂に神の領域に達した親友雨宮を眺めながら誇らしげに呟いた

そうそれは正に雨宮修平の音だった
前回コンクールで掴んだ音
それを磨きに磨いた神の領域とも言えるシュウヘイ・アマミヤオリジナルのピアノ

審査員達は奇跡を目の当たりにして泣いた

テレビに釘付けになって観ていたキンピラは
「これがあの弱虫の雨宮かよ…」
と号泣しながら呟いた

おそらくこの演奏で泣かなかった人はいないのではないかという程に
会場とテレビで観ていた人達は全員泣いていた

最後の一音と共に高らかにその神の手が上がった

一瞬の静謐の後

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

地球が腹の底から雄叫びを上げるかの如くショパンコンクール史上最高の歓声で会場が揺れた
世界中のテレビの前も揺れに揺れた

カイは激しく落ち込んでいた
完全敗北だった
初めて雨宮の気持ちが分かった気がした
今壇上にいる親友に強い嫉妬を感じた
悔しい…
自分もあれを味わいたい
どうやったらあんなピアノが弾けるんだ?
練習してやる
あいつにだけは負けたくない!

永遠とも思える祝福に繰り返し応える親友にそれでも今回だけはおめでとうだよと拍手を贈りながら
もうコンクールは二人とも無理だから
どうやって対戦するかを考えなきゃなと思うピアノバカがそこにいた

記者に囲まれ家族・これまでの先生とアダムスキと抱き合い祝福され礼を言い語り合いやっとの事で解放された雨宮を待っていたカイを見つけると
雨宮はトイレに誘う

「ここで前回アダムスキに助けられたんだ」

「ったく誉子といい雨宮といい便所が好きなんだな」

「ははっ確かにね
まあ今回は本当に疲れたよ」

「うん」

「なあ雨宮」

「ん?」

「今回は俺の完敗だわ」

「うん今回は僕の勝ちだね」

「雨宮」

「ん?」

「おめでとう
凄かったよ」

「ありがとうカイ君
やっとここまでこれたよ」

「それでさカイ君」

「ん?」

「最後の勝負とか言ったけどそれ取り消していいかな?」

「え?」

「僕思ったんだよね
カイ君との勝負が無かったらこの先ピアノやる意味無いなって」

「雨宮俺おんなじ事思ってた」

「だって俺死ぬほど悔しかったモン」

「言うてもまだ僕が負け越してるけどね」

「までもちょっと今の雨宮には勝てる気がしないから盗むって意味も込めて今度共演しようぜ」

「それいいね
僕も盗ませてもらうよ」

積年の親友は互いを労う様に笑い合った

「よし行けよチャンピオン」

「ちょそれは分かんないよ」

「いいや雨宮がチャンピオンだ」

「ははっカイ君が言うんだから説得力抜群だよ」

「そう王座を奪われた元王者のお墨付き」

「ははっ」

「雨宮」

「ん?」

「雨宮は最高だよ」

「僕達は永遠のライバルだね
行ってくる」

今現在世界で最高のピアニストであり幼少期からのかけがえのない親友・雨宮修平の背中は輝きに満ちて本当に頼もしくカイは彼との出逢いに心の底から感謝した

「ありがとう
雨宮」

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