【ラブライブ!】真姫「私、ことちゃんのこと……」 (165)
ラブライブ! ことまきSS。
地の文、設定の捏造注意。
更新不定期。
それでもいいよという方お願いします。
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西木野 真姫
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────笑ってよ悲しいなら、吹き飛ばそうよ」
一人きりの音楽室。
高校生になった私の一番好きな時間。
両親が経営する病院に近いこの学校……音ノ木坂学院に通い始めて一月ほどたった。
クラスに居場所のない私の唯一の楽しみは、こうしてピアノを弾くこと。
ピアノを弾かないと、なんだか勉強にも身が入らないんだもん。
…………なんてね。
「時々、雨が降るけど、水が────」
私がやらなくちゃいけないこと。
たくさん勉強すること。
高校を卒業したら大学の医学部に入るから。
そうしたらまた、たくさん勉強する。
両親の病院を継ぐために医者にならなくちゃいけないから。
だから本当は、
「さぁっ、愛してる、ばんざーい」
こんなところで弾き語りをしている場合じゃないんだけど……。
私の『心』はあの日からおかしいのだ。
どこかなんだかおかしいのだ。
少なくとも私自身はそう思ってる。
ぽっかりと穴が開いて。
そこに『ナニカ』が居座っていて。
私が次の道へ進むのを邪魔しているんだ。
だから今はこれで──。
「────昨日に手を振って、ほら……前向いて」
ピアノを弾き終わって「ふぅっ」と一息。
どうして私は、自分に言い訳をしながらピアノを弾いているのだろう。
どうしたら私の心は納得するのだろう。
そうやって考えるのはいつものことだった。
意味のない自問自答を繰り返す毎日。
スーパー高校生な真姫ちゃんのスーパーな脳細胞でもわからないことだってあるのだ。
さ、そろそろ帰って勉強しなくちゃ。
そう思って椅子から立った時だった。
ぱちぱちぱちぱち。
────それは突然の拍手。
「うえぇっ!?」
な、なに?
だれ!?
「すごいねぇ! 歌、上手だね! それに──アイドルみたいに可愛いっ!」
「うぇっ……」
とっても元気な声に私の心臓はドキリとした。
うぅっ、この人、なに?
リボンの色から察するに二年生ね。
二年生が私になんの用なんだろう……。
「な、なんですか?」
「あぁ、ごめんね急に! びっくりさせちゃったよね!」
二年生は人懐っこく笑うと、私を真っ直ぐに見てこう言った。
「私、二年生の高坂 穂乃果。あなた、アイドルに興味ない?」
「あ、あいどるぅ?」
……何を言っているんだろうこの人は。
私は医者にならなくちゃいけないんだから。
アイドルに興味なんて……。
「そう! アイドル! スクールアイドル!」
あ、それってこの間テレビで見た……、
「A-RISEとかの、こと?」
「そうそう! それそれ!」
だからそれ。
人懐っこくにっこり笑うの、やめて。
「穂乃果たちもね、はじめたんだ! 音ノ木坂のスクールアイドル、その名も────」
と、二年生が言いかけた時に、廊下からの声が遮った。
「穂乃果? そこにいるのですか?」
声の主は、同じく二年生の────。
「園田 海未先輩……」
やば、思わず名前をつぶやいちゃった。
はて、なぜ私の名前を?
なーんて顔してる。
多分、一年生ならみんな知ってるわ。
だって、園田先輩は後輩からとっても人気があるんだもん。
容姿端麗で武道の達人(?)でとってもカッコいいってみんな言ってる。
「海未ちゃん! この子、作曲できるかもしれない!」
元気満点の声にため息で返す園田先輩。
「穂乃果、ちゃんと話はしたのですか?」
「話って?」
「μ'sの活動のことです」
「いまから話すとこだったんだよ」
「しっかりと順序だてて話せているのですか?」
「う、うん?」
「いきなり話掛けてアイドルに興味ない? とか言ってるんじゃないですか?」
「うっ……」
「……はぁ」
大きくため息をついて私に向き直る園田先輩。
なんて真面目そうな人なのだろうか。
誠実な眼を向けられるとドキッとしてしまうわ。
「申し遅れました。私は園田 海未と申します。あなたの名前を教えていただけませんか?」
「私は……」
と、自分の名前を告げようとした時だった。
失礼します、と高い声が聞こえて。
音楽室の扉が開いた。
「私、二年生の……あれ?」
そして、その声の主の顔を見た私の心臓は今日一番の心臓の跳ね上がりを見せるのだった。
「────もしかして、真姫ちゃん?」
「こと、ちゃん……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────と、いうわけで。作曲が出来る方を探していたのです」
園田先輩はμ'sのこと、自分たちのことを教えてくれた。
学校のため、となれば私にも無関係じゃないけど……。
ちょっとチラッと盗み見る。
ことちゃんは……バツが悪そうに顔を伏せている。
どうしよう、まさかこんなふうに再会するなんて思わなかった。
「ねぇ、二人は知り合いなの?」
高坂先輩が明るい声を上げる。
でも、その明るさと。
その質問は。
私にとってはとっても辛かった。
「う、うん……」
とことちゃんが弱々しく頷いた。
……なによそれ。
やっぱりことちゃんは私のこと……。
そう思ったらさっきとは違う感情が私を支配してしまって。
私、どうしたらいいのか────。
「だったらさ! 真姫ちゃんもμ'sやろうよ!」
なんて。
くらーい私の気持ちを吹き飛ばすように高坂先輩。
そうやって誘ってくれてすごく嬉しいけど。
だけど。
でも。
協力したいのは山々なんだけど……。
私にはやらなければいけないことがあるから。
それに『ことちゃん』は──。
「せっかくのお話ですがお断りします」
「えーなんでよぉっ!」
ぶーぶーと不満を顔に出す高坂先輩。
「あー、わかった! 出来ないんでしょ、作曲!」
「なっ!?」
「ちょ、穂乃果?」
「な、なによその言い方!」
この真姫ちゃんがアイドルソングの作曲が出来ないっていうの!?
い、いや。
駄目よ真姫。
安い挑発に乗っちゃだめ!
だめだけど────、
「なによ? 馬鹿にしてるの?」
「えーだって、真姫ちゃん自信なさそうだからー」
にししっ、と笑う高坂先輩。
そんな顔見せられたら、真姫ちゃんのスーパーな作曲をみせてあげたくなっちゃうじゃない!
いいわ! やってやろうじゃない!
って、言おうとしたんだけど。
私の啖呵は──、
「もうやめてよ穂乃果ちゃん!」
見事に遮られてしまうのであった。
「真姫ちゃんを無理に誘わないで!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ…………」
一人溜息を吐く公園のベンチ。
手に持っていた缶の紅茶を一口。
…………冷たい。
本当はね、暖かいのがよかったんだけど。
…………この時期だもんね。
「はぁ」
もう一つ溜息。
『真姫ちゃんを誘わないで』
そう言ってことちゃんは音楽室を出て行ってしまった。
私も残された二人と一緒にいるのも気まずくて後を追うように音楽室を出ちゃったけど。
こうして何も出来ずにベンチに座っていた。
「ことちゃん……」
思わず溢れてしまった想い。
でも、それを受け止めてくれるあなたはもう────。
「────ことりのこと、ですよね?」
はっ! と思わず息を飲んだ。
誰かに聞かれっちゃったのもそうなんだけど。
まさか、聞かれた相手が……。
「園田先輩……」
「すみません、つい反応してしまいました。聞き流せばよかったのに……」
うぅ、最悪。
一番弱いところ、見られちゃった。
なんだかもっと気まずくなってしまって。
私は園田先輩と眼を合わずらくなってしまった。
ストンッ、と隣に腰掛ける先輩。
……もう。
隣いいですか、とかなんとか。
一言かけてくれてもいいのに。
そうしたら、どうぞどうぞとこのベンチを明け渡すのに。
ちらりと横目で先輩の顔を伺うと、なんだか深刻そうな顔をしていて。
「……あんなことり、はじめて見ました」
なんていうでしょ?
なんだか逃げられない雰囲気なんですけど……。
「あの、西木野さんはことりとお知り合いだったのですよね?」
「そう、ですけど」
「差し支えなければ教えてくれませんか? ……ことりとのこと」
一瞬考えた。
多分私、嫌そうな顔した。
だって、ことちゃんとのことは私にとって苦い思い出だったから。
だからいつもみたいに怒ったような態度でやり過ごそうと思った。
でも────。
「…………ごめんなさい。嫌でした、よね。では、他のことを話してくれませんか?」
それすらさせてもらえなかった。
「他のこと?」
「はい。好きな音楽とか、その、西木野さんのことを」
なんか、慌ててる、わね。
これが後輩に大人気の園田 海未先輩、なの?
────クールで、カッコイイ?
「す、すみません。ほぼ初対面なのにこんな…………あの、今時の高校生ってどんなことを話すのですかね?
私、そういうの苦手で…………」
あははっ、ってカラ笑いする園田先輩。
そんな風にさせたのはきっと、私がポカンと口を開けていたからかな。
「────ことちゃんを追いかけなかったんですか?」
不意の質問にどうして? っていう顔をする園田先輩。
でも、すぐに暖かい微笑みを浮かべる。
「────なんででしょうね?」
「はぁ?」
「そうですね……なんと言ったらよいか」
今度はくすくすと愛くるしく笑う。
こんなにも可愛く笑う人なんだ。
先輩の百面相を見てたらなんだか、おかしくって。
同世代の子とこんな風に会話するのっていつぶりだろう?
いつもの私とは大違い。
笑っちゃうのを我慢していた私だったけど────、
「じゃあ、こういうのはどうです?
あなたのことを話してくれたら教えます」
なんていうんだもん。
ついに、
「ぷっ」
って吹き出しちゃった。
「先輩それ、普通は私のセリフじゃない?」
私の言葉に、
「あっ」
って呟いてまた慌てる園田先輩。
「い、いまのはなしですっ!」
「なしって。くすくすっ」
高坂先輩に園田先輩かぁ。
こんな不思議な人達だからかな?
固く閉ざされた扉が────。
私の心の扉が、すこーしだけ開いてしまったのは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
回想──西木野 真姫──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ことちゃんの足は私が治すよっ!」
「真姫ちゃんが?」
「私ね、お医者さんになるんだ。パパみたいなすごいお医者さんにっ!」
「あははっ。それっていつかな?」
「わかんないっ」
そんな他愛ないやりとりでことちゃんはくすくすと笑ってくれた。
私は嬉しくなってことちゃんの手を握った。
「ことちゃんっ!」
────ぎゅっ。
「ねえ、真姫ちゃん。ことりの足は心配しないでいいのよ。
先生が診てくれてるから大丈夫」
子供の頃、足が悪かったことちゃん。
ことちゃんのお母さんと私のママは知り合いだったの。
「そうなんだっ。さすがパパねっ!」
いわゆる幼馴染というやつで。
ピアノばかり弾いて外で遊ばない私にとって一番の友達だった。
頻繁に会えるわけじゃなかったけど、
二人に時はいつも楽しかったわ。
二人の時はいつも楽しかったわ。
だけど、その日のことちゃんは急にうつむいてしまって。
元気が無くなっちゃった。
私、その理由がわからなくて聞いたの。
「ことちゃん、どうかした? 体痛い?」
「違うの真姫ちゃん。ことり、怖いんだ」
「怖い? なにが怖いの?」
「────手術」
「えっ?」
理由を聞いてもやっぱり私にはわからなかった。
だって、パパが手術すれば絶対治ると思っていたから。
それにその時は、『手術』という行為を魔法みたいなモノだと思っていたから。
でも、そんな子供の私でも。
ことちゃんが不安なんだってことはわかったの。
ことちゃんを元気付けなきゃいけないって思ったの。
「ことちゃん、聴いてっ!」
コーンッ。
私はピアノを弾いた。
覚えたばかりの曲を弾いた。
とびっきり明るい曲を弾いた。
ことちゃんが笑うまで。
────弾いた。
「あ、この曲……」
その時、私が弾いた曲でことちゃんが知っている曲があったの。
ことちゃんは歌を口ずさんだわ
私も歌を口ずさんだ。
わかんない歌詞もあったけど。
とっても楽しかった。
そして、曲を弾き終わると二人で笑いあった。
「ありがとう真姫ちゃん。元気、出たよ」
笑顔のことちゃんを見て私はすごく安心したわ。
後日、行われた手術は成功。
……そうね、自分のことのように嬉しかった。
ことちゃんが入院してる間は毎日お見舞いに通ったっけ。
その時、だったなぁ。
私の心にぽっと火が灯ったのは。
「ねえ、ことちゃん」
「なぁに、真姫ちゃん」
「そのあの…………」
素直になれない私。
「私、ことちゃんのこと……」
「えっ? なぁに? 聞こえないよ?」
「な、なんでもないっ!」
「…………変な真姫ちゃんっ」
今では後悔しているわ。
あの時、自分の想いを伝えられたら良かったのに。
それからしばらくして…………ことちゃんは歩けるようになったわ。
今までみたいにぎこちない様子ではなく、普通に。
その頃から段々と、私たちの距離は開いていった。
ことちゃんの通院回数も減った。
それはとても良いことなんだけどね。
だけど、ことちゃんに会えないという事実が私をどんどん焦らせた。
…………キッカケが欲しかったの。
ことちゃんに会うための口実が。
だから私はピアノ発表会の招待状を送ったの。
ことちゃんは絶対に来てくれる。
そしたらまた、二人で楽しく笑うんだ。
そう思って、毎日毎日ピアノを弾いたわ。
前の発表会では上級生にまじって賞を取ったから……。
今回も頑張って賞を取って……ことちゃんにかっこいいところを見せるんだって張り切っちゃったの。
そして、発表会の時が来た。
雨が、たくさん降る日だった。
外の天気とは裏腹に私の心は燃え上がっていて…………。
そして、ついに来た私の番。
(みててね、ことちゃんっ!)
意気込んで登場したまでは良かったんだけどね。
ほら?
発表会って壇上に上がった時、一礼するでしょ?
その時ね、見えちゃったの。
…………ぽっかりと空いた招待者席が。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──西木野 真姫──回想終
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これで、私の話は終わり。
それ以来ことちゃんとは会わなかったわ。
…………今日になるまで」
「そんなことがあったのですか……」
どうしてことちゃんは私に会ってくれなくなったのか。
…………でも、どうだって良いわね。
あの言葉だけで、私の選択は決まっているのだから。
「だから先輩、私は作曲は────」
────ぎゅっ!
……また、遮られてしまった。
「真姫」
どうしてこうなるのかしら?
「諦めてはいけませんよ」
私の手を握るその手はとても暖かくて。
「私は不器用で、穂乃果やことりみたいに喋るのが得意ではありません」
ホットコーヒーなんかよりずーっと暖めてくれる気がする。
「────『だから』、書いたんです」
私の瞳から溢れた雫が、ぽたっとその手に着地する。
園田先輩は無言で手を離すと、ハンカチと一枚の紙を取り出した。
「────これを」
ハンカチ、はわかるけど。
「ぐすっ。これ、は?」
「μ'sの……いや。あなたの始まりの歌です」
園田先輩が書いた歌詞。
チラッとだけ中を見るとタイトルが見えた。
この曲のタイトルは、
『START:DASH!!』
私の始まりの、歌……?
────って。
「先輩! 話聞いてた!?」
「もちろん聞いていました。
その上であなたに……いえ、あなただからお願いしたいのです」
「なによそれ、意味わかんないっ!」
「では、歌詞を読んでみて下さい。
読んでみてもう一度考えて下さい。
お願いします」
「────っ!」
深く。
深くお辞儀をする園田先輩。
「…………うぅ」
やめてよ!
早く顔を上げてよ!
なんでそんなに熱心なの?
そんな風にされたら私……。
それに、私は勉強しなきゃいけないし、音楽なんて────。
音楽、なんて?
「…………読んでみるだけ、だからね」
そう告げると先輩はようやく顔を上げた。
嬉しそうな先輩の顔を直視出来なくて私はそっぽを向いた。
音楽なんて。
その後に続く言葉は私の素直な気持ち。
目まぐるしい展開について行けなくなった頭は、言い訳すらも思い付かないのね。
あーもう!
素直になれたらどんなに楽なんだろう?
自分のやりたいことだけ出来たらどんなに楽しいんだろう?
ふと、青空が眼に入った。
「────綺麗な空、ね」
あの時とは大違い。
私の心もいつかこの空のように爽やかに晴れるのかな?
大きな声で言っても良いのかな。
今日の様々な出会いが、私を変えてくれるのかな?
────私はゴシゴシと目蓋を擦った。
「ねえ、先輩。返事はいつまでにすれば良いの?」
曲……作ってみよう。
だって、
『音楽なんて?』
その答えはあの時から変わっていないのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日はここまで。
書き込みしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
遅筆ですみません。
続けます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
園田 海未
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
はじめて見た顔は泣き顔でした。
今でもはっきりと覚えています。
大粒の雨の大合唱に負けないくらい大きな声で、誰かを呼ぶあなた。
幼い私は母に手を引かれあなたの目の前に立ちました。
「ごめん…………ごめんなさいっ」
はじめて聞いたあなたの言葉。
どうして謝っているの?
そう言いたかった。
だけどそれは、あなたの心に土足で踏み入るようで。
私は見ていることしか出来なかった。
あなたの名前を知ったのは次の日のこと。
「今日から転入生が来る予定でしたが……運悪く風邪を引いてお休みとなります。
ですので、家が近い人にプリントを────」
「はいっ!」
誰よりも早く手を挙げたのは私の幼馴染み。
「先生っ! 穂乃果と海未ちゃんが行きます!」
「わ、わたしもぉ?」
「高坂さんのお家は…………まあまあ近いですね。
では、お願いします」
「先生っ、その子の名前はなんて言うんですか?」
「『南 ことり』さんです」
「ことりちゃんかぁっ!」
あぁ、なんというか。
とても懐かしい。
それが私たちの出会いでしたね。
真っ直ぐに伸びた穂乃果の手。
天まで届くかと錯覚するような。
太陽みたいな優しい手。
その手がに繋がって私たちは……。
ねえ、ことり?
私はあなたの────。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────んっ」
夢、ですか。
ずいぶん懐かしいですね。
あの後、穂乃果と一緒にことりのご自宅へ行ったらことりが手に持った『何か』をじっと見ていて……。
ピピピッ!
ピピピッ!
────稽古に遅れてしまいますね。
西木野さん……ま、真姫との約束もあります。
午前の予定はなるべく早く済ませなければ。
だ、大丈夫。
ちゃんと言えます。
穂乃果がいなくてもちゃんと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西木野 真姫
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────ふぅっ。ど、どうですか?」
「す、すごい……凄い良い曲ですっ!」
「あ、ありがとう」
私は園田先輩を自宅に招いていた。
「……イメージが湧いてきました。
曲に合わせて歌詞も少し変えます。
テーブル、お借りしますね」
「ど、どうぞ」
人を家に呼ぶなんて何年ぶりだろう。
そんなことを考えながらドキドキする私。
曲が出来た。
そう伝えると先輩はすごく嬉しそうな顔をした。
けど、次の瞬間、嬉しそうな先輩は恐ろしい事実を口にした。
なんでも高坂先輩が勢い余って、で新入生歓迎会での講堂の使用を申請したらしく、
それが通ってしまったの。
本人はライブをすると言っているんだけど、肝心の曲がない。
だから一分一秒でも早く、μ'sの曲を完成させきゃいけないらしい。
「これでどうですか?」
園田先輩が子供のようにキラキラとした顔で歌詞を見せてくる。
頭の中でメロディーと歌詞を擦り合わせようとしたけれど。
がちゃり。
と、扉が開く音が思考を停止させた。
「真姫ちゃん、ケーキ持ってきたわよー! お友達もどうぞっ♪」
「ちょ、ノックくらいしてよ!」
「あらあらごめんなさい」
うふふっ、と楽しそうに笑うママ。
「だって、真姫ちゃんのお友達に会いたかったんだもん。
ノックなんてしたら、恥ずかしがって隠されちゃうかもしれないわ」
そんなこと、しないって。
「ママ、この人はお友達じゃなくて、その。学校の先輩で────」
「はじめまして、園田 海未と申します」
ぺこりと頭を下げる園田先輩。
「まあ、なんて礼儀正しい! 真姫と仲良くしてくださいねっ」
「や、やめてよ……」
うぅっ。
やっぱりこういうの恥ずかしい。
自分でもわかるくらい頬が熱くなっているのがわかった。
お願いよママ。
その手に持ったケーキとお茶を置いて一秒でも早く退出して下さい。
いつもおっとりしているママだから、動きがゆっくりなのはわかるけど…………。
今日は余計に長く感じちゃう。
「それではごゆっくり〜」
パタンと扉が閉まると同時に安堵のため息が出てしまった。
「さっ、先輩! 続きをやりましょう?」
そうやって引きつった笑顔を浮かべる私。
あーあ、私ってなんでこんなに不器用なんだろう。
「…………待って下さい」
作業を再開しようと思ったんだけど、
真剣な顔をした先輩がそれを制した。
「先輩? どうしたんですか?」
「あの、その…………『先輩』は止めてくれませんか?」
「え?」
「わ、私は『真姫』と呼びます。
ですからその、『海未』と呼んでくれませんか?」
じっと、私を見つめる園田先輩。
なんていうかその。
潤んだ瞳と赤くなった頬がヤケに色っぽい────。
じゃなくて!
「そ、そんな! 呼び捨てなんて……」
「いいのです! 私は先輩後輩ではなく、あなたに友人のように接したいのですっ!」
「うぇぇぇっ!?」
ゆ、友人!?
友人って、友達のことで、それで…………。
一緒に遊んだり。
一緒にピアノとか弾いたり。
それで…………。
「と、とりあえずケーキでも食べましょう!
う、海未……ちゃん?」
「────っ!」
…………一緒に、お菓子とか食べたりするの。
だけど、今の私には『ちゃん付け』が精一杯だった。
「はいっ! 喜んでっ♪」
…………やっぱり変わった人ね。
にっこり笑顔の海未先輩につられて。
私も『うふっ』と笑ってしまうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──新入生歓迎会当日──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アイドルかー、あんまり興味ないかな」
クラスメートが発したその何気ないその言葉に。
まるで自分のことのように心臓が跳ね上がった。
今日はμ'sのファーストライブの日。
────ダメ。
考えたらなんだか緊張してきちゃった。
…………音楽室に行こうかしら。
そうね。
ピアノを弾けば少しは落ち着くと思うし。
ライブを見に行けない私には心の中で応援するくらいしか出来ないんだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ピアノを弾いた。
とにかく弾いた。
ことちゃんのためにと弾いた時を思い出して。
(……どうして?)
さあ、なぜかしら?
(…………なんのために?)
なんのため、かしら?
(わからないの?)
………………。
「────ふぅっ」
気が付けば外は薄暗くなっていて。
ライブはもう、とっくに終わってる時間だった。
帰ろう。
そう思って椅子から立った時だった。
ぱちぱちぱちぱち。
…………最近、こういうの流行ってるのかしら?
「くすくすっ♪ みーちゃったっ」
拍手の主は、悪戯っぽく微笑む金髪の美少女だった。
「…………何の用ですか? 絢瀬生徒会長」
「あら? 私のこと知ってるの? 西木野 真姫さん?」
「あなたのことを知らない人がこの学院にいるんだったら、
それは他校の生徒で間違いないわ」
私の言葉に、まぁっ! と大袈裟に口を開ける生徒会長。
「もうっ、オーバーですよ?
それよりどうして私のことを知っているの?」
金髪で美人で人望もある生徒会長をみんなが知ってるのは当然。
そんな生徒会長が私のような一生徒を知っているなんて。
「音ノ木坂の七不思議を知ってるかしら?」
あいも変わらずくすくすと笑う生徒会長。
「その中の一つに、音楽室の幽霊って言うのがあるの。
夜な夜な一人でピアノを弾いてる美少女の霊がいるって噂」
「それがなんの関係があるのよ」
もちろんそんな噂、私は知らない。
「そしたら私の妹分が言うじゃない?
『それは真姫ちゃんかもしれない』ってね」
いや、ウインクとかされても。
…………ん?
「どうしてそこで私が出てくるの?」
生徒会長はケラケラ笑っている。
「西木野さんもそう思うでしょ? まったく穂乃果ったら」
「高坂先輩?」
「あの子ってちょっと独特でね。
お化けの正体はピアノで、西木野さんがそれに取り憑かれてるんだっていうのよ。
だからアイドルが出来ないんだって────」
な、によそれ。
私がピアノに取り憑かれてるですって?
そんな、そんなの……っ!
「意味、わかんないっ」
「怒らないでよ。
ただの冗談なんだから。
可愛い顔が台無しよ?」
「…………生徒会長は私を怒らせに来たんですか?」
「いいえ、違うわ。
あなたに見せたいモノがあって来たのよ」
「見せたい、モノ?」
「ええ、はいこれ」
ビデオカメラ……?
「これは?」
「海未にこっそり頼まれたのよ。
あなたがまだ学校にいるなら見てもらいたいって。
クラスメートに聞いたら音楽室っていうでしょ、それでね」
それで、私のところに来たのね。
海未ちゃんがってことは、見せたいモノって────。
「じゃあ、再生するわね」
ポチ。
生徒会長持っていたビデオカメラ。
そこに映るのは、μ'sの姿だった。
だけど────。
「────泣いてる?」
いつもあんなに楽しそうな高坂先輩も。
作詞に夢中になってた海未ちゃんも。
私にとっての陽だまりだったことちゃんも。
みんな瞳を潤ませて涙を溜めていた。
「大丈夫よ? ちゃんと見てあげて」
ドキドキする心臓にグッと手を当てる。
(……頑張れ。
頑張れことちゃんっ)
最初は涙目だった表情は次第に変わっていった。
ホッとした。
さすがね。
あれだけ練習したんだもんね。
二回目のサビを歌う頃には笑顔を見せていて。
私も思わず微笑んでしまった。
(素晴らしいステージね。
これが、μ's…………え?)
だけど、気付いてしまった。
「えっ? …………え?」
たしかにみんな笑顔なの。
だけど。
なんで?
どうして?
本当に、心からの『笑顔』なの。
だけど。
────ことちゃんだけは、『笑顔』じゃなかった。
そう、まるで────。
仮面を被っているみたい。
「ふふっ♪ 頑張ったでしょ?
お客さん、全然来なかったんだけどね。
あの子たちったら、来てくれた人のために最後まで踊るんだって」
ビデオの再生が終わって。
私の心はことちゃんで一杯になった。
『笑顔のことちゃん』で。
「…………西木野さん?」
「────っ! は、はいっ」
いけない、考え過ぎてた?
「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」
「大丈夫ですっ。ちょっと、びっくりしただけ」
「なら、いいんだけど」
生徒会長はにっこり笑った。
私も彼女に合わせて笑顔を浮かべる。
…………物凄くぎこちない笑顔を。
「────先輩、ありがとうございました。
私、そろそろ帰ります」
から笑いじゃ気まずさは払拭できないのね。
勉強になったわ。
ピアノから離れて、カバンを肩に掛ける私。
失礼します、と彼女の横を通り過ぎようとしたけど。
「ねえ、西木野さん」
……どうしてみんな、すんなりと帰してくれないんだろ。
振り返ると、生徒会長はさっきまでの表情とは裏腹に、真面目な顔をしていた。
「ライブ、どうだった?」
一瞬、答えに躊躇してしまった。
生徒会長の瞳は全てを見透かしているようだったから。
「────良かったと、思います」
そう答えるのが精一杯だった。
今日はここまで。
見てくださった方、コメントくださった方、ありがとうございます。
コメントありがとうございます!
再開します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
────次の日
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日も今日とて音楽室。
こんなんだから『ピアノに取り憑かれてる』なんて言われちゃうのかしら。
「ふぅっ…………」
でも、これじゃあ全くの逆ね。
私がピアノに取り憑いてるのかも。
ま、いいわ。
今日は短いけど、次の曲で────。
ぱち。
ぱちぱち。
「うぇっ…………」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!
ま、また見られてた。
音楽室って、一人になれるから好きなのにな。
最近はなんだか賑やかね。
「す、すごいですっ!」
本日の拍手の主はそう言った。
メガネをかけた背の低い子。
…………あれ?
この子、たしか同じクラスの────。
「────小泉、さん?」
「あ、はいっ! 小泉 花陽ですっ!」
よ、良かった。
あってたわ。
「こんなところでどうしたのよ?」
「こ、これを…………」
「あ、これ────」
私の生徒手帳?
「ありがとう。どこで落としたのかしら」
「みゅ、μ'sのポスターの前でみつけました」
「・ぇっ」
しまった。
さっきポスターを見てた時ね。
「あ、アイドル……西木野さんも興味あるの?」
うぅっ、なんてキラキラした眼差しなの?
「べ、別に? 可愛い絵が気になっただけよ」
「あ……っ。そう、なんだ」
な、なによこの子。
今度はしょんぼりしちゃって……。
ずいぶん感情の起伏が激しいのね。
「あなた、アイドルが好きなの?」
「は、はいっ! 小さい頃からアイドルに憧れてて……」
「じゃあ、見た? μ'sのライ────」
「もちろんですっ!」
「ひゃっ!?」
ち、近いって!
「音ノ木坂に突如として現れたスクールアイドル!
その名もμ's!
二年生でもトップクラスの三人が集まって出来たユニットですよ!?
注目しないわけがありませんっ!」
「・ぇっ…………」
そ、そっか!
この子、アイドルの話になるとキャラ変わっちゃうんだわ…………。
「特に、高坂 穂乃果さんはすごいですっ!
単純な『アイドル力』で言ったら、あのA-RISEに匹敵するかもしれません!」
「な、なによ『それ』?」
「────人を惹きつける力です」
い、意味わかんないけど……。
この子のドヤ顔が可愛いのとこの子がアイドルに詳しいことはわかったわ。
…………もしかしたら。
「ねえ、アイドルって笑顔を作らなきゃいけないんでしょ?」
「どういうこと?」
「きゃ、キャラ作りとかが大切って聞いたの。
そういうのって大変じゃないのか気になって……」
「あー、それだったら私よりも詳しい人がいますよ」
小泉さんよりも詳しい人?
そんな人がいるのね。
……その人『アイドル』に詳しいのかしら?
その人だったら────。
「ねえ、その人はどこにいるの?」
「ふむふむ、西木野さんはそういうのに興味があるんですね。
わかりました……。
ついてきて下さいっ!」
小泉さんは私の手をぎゅっと握って駆け出した。
振り払う理由は────ないわ。
「ど、どこへ行くの?」
「────アイドル研究部ですっ!」
にっこり笑った彼女の笑顔は、まるでひだまりみたい。
…………あの頃のことちゃんに、ちょっと似てるかも。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────ここですっ!」
「ここが…………」
部室、ね。
ドアに付いてる窓に小さなプレートが貼ってある。
『アイドル研究部』
なんだか、とっても愛らしい字だわ。
────ガチャッ。
「にこちゃん、入るよー」
「────花陽っ!」
「わぁっ!?」
小泉さんがドアを開けると同時に飛び出して来た人……。
「花陽! 遅かったじゃない花陽!」
「うわぁっ! くすぐったいよぉにこちゃんっ♪」
…………訂正。
小泉さんがドアを開けると同時に小泉さんに飛び込んで、すりすりと頬ずりしてる人。
この人が矢澤先輩────。
「だって、花陽が他の部活に取られるんじゃないかって!
もうそうなったらにこはやって行けないわ!」
「にこちゃん、大げさだよぉ。
心配しなくても花陽はずっとにこちゃんと一緒だよぉ〜」
「ほんと!?」
「ほんとだよ?」
「週末のご当地アイドルフェスも一緒に行ってくれる!?」
「当たり前だよ。
チケット二枚、アリーナで取ってあるよ?」
「じゃあ! じゃあ!
終わったあとはにこと一緒にごはん食べてくれる!?」
「もちろんだよ!
にこちゃんのために美味しいお米を取り寄せてるんだよ?」
「じゃあ! じゃあ! じゃあ!」
「うん♪ うん♪ うん♪」
「じゃあ! そのまま花陽のお家にお泊まりしてもいい!?」
「……………………っ」
…………え、なにこの沈黙は。
「…………っ」
「────もちろんっ!
だってもう、お母さんに伝えてあるんだ」
「な、なんて!?」
「花陽にとって世界で一番大切な人がお泊まりに来るってっ♪」
「────っ! 花陽っ!」
「にこちゃんっ♪」
ぎゅうううううぅぅぅぅっ!
なに、これ?
……………………ちょっと、羨ましいかも。
「それでねにこちゃん。今日は────」
「────っ!? だ、誰よあんた!
いつからいたのよ!?」
き、気付いてなかったの?
まあいいわ。
先輩、よね?
私から自己紹介を……。
「は、はじめまして。私は西木野 真姫と────」
「もしかして花陽を狙ってるの!?」
と、思ったんだけど…………。
えと、どうしたら。
小泉さんは嬉しいんだか困ってるんだかよくわからない笑顔。
た、助けてよぉ。
「ダメよ!
花陽は絶対渡さな────」
「にこちゃんアイドル研究部のお客様だよ?
アイドルについて聞きたいことがあるんだって」
「あ……。そ、そうだったの。
ごめんなさい。
部長の矢澤 にこです。
にこにーって覚えてラブにこっ♪」
「え?」
「え?」
いまの、なに?
「い、いまのなんですか?」
「なにが?」
「いや、ラブにこって……」
「あぁ、キャラ作りよキャラ作り」
あ、あれがキャラ作り…………。
思わず唾を飲み込んじゃったわ。
「とりあえず入りなさいよ。
ここじゃやりにくいわ」
さっき小泉さんに抱きついてた時の表情が嘘みたい。
これもキャラ作り、なのかしら?
とにかく、部室にはりましょう。
「お邪魔しま…………な、なにこれ!?」
「ふっふーん。驚いた?」
お、驚いたって言うか。
「い、いいの、これ?」
大きな棚にはCD、DVDや雑誌。
壁にはポスター。
アイドルグッズがこんなにたくさん……。
「良いのよ。資料だから」
「全部、にこちゃんの私物なんだけどね」
あははっと笑う小泉さん。
いや、でもさすがに……。
「大丈夫よ。生徒会には通してあるから」
ほっとした。
それなら大丈夫ね。
「それで、つり目のあんたはなにを聞きたいのよ?」
「西木野 真姫さんだよ、にこちゃん」
「あの、アイドルのキャラ作りってどういうことなんですか?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「────っ!」
確かに。
なんでだろう?
ただ、ことちゃんのことが気になって、それで。
私は、どうしたいんだろ。
私、ことちゃんのこと……。
「はぁっ。仕方ないわね。魅せてあげるわ」
「にこちゃんっ! アレを…………っ!」
え、あ、アレ?
アレってなに?
私たちに背を向けて何を?
次の瞬間、『矢澤先輩』は再びこちらに振り返った。
でも────。
「にっこにっこにー☆
あなたのハートににこにこにー☆
笑顔届ける矢澤にこにこー♪
にこにーって覚えてラブにこっ♪」
────でも、振り返った時、そこにいたのは『アイドルにこにー』だった。
「────どうっ?」
ふんっ! っとそっぽを向く矢澤先輩。
「こ、これがキャラ作り……っ!
すごいっ!」
「にこちゃぁんっ。可愛いよぉ〜」
ぎゅうううぅぅぅぅううっ!
「えへへっ♪」
何故抱きつくの。
────とにかく。
『キャラ作り』っていうのがどんなものかわかったわ。
だけど、これは…………ことちゃんのとは、違う。
「少しは参考になったかしら?」
「え、ええ」
あれはなんだったんだろう。
私にだけそう見えてるだけ?
わかんない。
ことちゃんのこと、わかんないよ。
「────そういえば、今日はμ'sの映像を見るって約束だったよね?」
「────っ!?」
μ'sの映像……。
昨日のライブ、よね?
「ええ。生徒会長にもらったの。
…………よかったらあんたも見て行きなさいよ」
「────はいっ」
昨日のことちゃんを見るのは怖い。
だけど、もう一度見てみたい気持ちもある。
…………この二人が見て何も感じなければ、私の勘違いね、きっと。
そうあって欲しい。
そうでなければ私は────。
(────そっか。
私、知りたいんだ。
ことちゃんの今を)
「それじゃあ行きますよー」
いつの間にかパソコンの前に小泉さんが座っていて。
マウスをかちかちっとすると、
μ'sの映像がモニターを支配した。
「はうぅぅっ。凄いですぅっ!」
「おー、結構よく撮れてるじゃない。
さすが絵里ね」
昨日の小さい画面よりも表情がよくわかる。
私は…………ちゃんと見たい。
今のことちゃんを。
『本当』のことちゃんを────。
そう思った時だった。
(どうして?)
心の奥底から漏れた『それ』は。
私の作り上げた『偶像』の声だと気付いた。
(どうして真姫ちゃんは…………なの?)
そんなの……。
そんなの決まってるじゃない。
それは私がことちゃんのことを────。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
見てくださった方、コメントくださった方、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
コメントありがとうございます。
再開します。
「わぁーっ! すごいねぇμ's!
可愛いねえμ's!」
動画の再生が終わった瞬間、小泉さんが声をあげた。
「改めて見るとまだまだ荒いところがある。
けど、それが味になってるわね」
私は、
「────あの」
意を決した。
「先輩から見て、この子はどうですか?」
「……南先輩だね」
先輩は一瞬だけ目を伏せた。
「可愛いわよね」
それだけ?
「ほ、他には?」
「…………あんた、この子の友達?」
「……幼馴染み、です」
「そっか。
じゃあ、逆に聞かせて?
あんたが見て、この子はどうなのよ?」
「え……っ」
私、から見て?
でもそれは、私の主観で、勘違いかもしれなくて。
だから確認を────。
「真姫。
本当のこの子を知っているのは。
今ここにはあなたしかいないわ」
「────っ!?」
…………そうだ。
誰かに『その』判断を委ねようなんて。
でも、それを先輩に伝えても……。
いいえ、私はそのためにここに来たようなモノじゃない!
「────仮面を被っているみたい、だと思います。
……笑顔の仮面を。
私、アイドルってそういう顔も時にはしなくちゃいけないって思ってる。
だけど、ことちゃんのは────」
「なにか、違うって思うんだね」
小泉さんの言葉にこくんとうなづく。
少し、感情的になっちゃったかな?
小泉さんの相槌は、行き場のない私の気持ちを受け止めてくれたような気がした。
「────ねえ、アイドルの仕事ってなにかわかる?」
ぽつりと矢澤先輩。
その表情はさっきよりも真剣で。
だけどなんだか、どこか寂しそう。
「アイドルの仕事?」
「そう、それはね────」
────ガチャッ!
「にっこちゃーん! 呼んできたにゃーっ!」
って、このタイミングで!?
あれ、この子同じクラスの────。
「なによ凛! 今いいところだったのに!」
「凛ちゃん! おかえりなさいっ♪」
────星空 凛さん。
星空さんは部室に私の姿を見つけると、キョトンとした顔。
「あれ? なんで西木野さんが?
まあ、いっか。
西木野さん、詰めて詰めてーっ!
人数が多いから詰めないとすわれないよ」
人数が多い……?
その言葉通りに、星空さんのあとにつづいてぞろぞろと人が……。
「にこ、お邪魔するわよ」
「こんなお天気なのに部室にこもってたの?
体なまっちゃうよーにこっちー?」
生徒会長、副会長。
そして────。
「はわわっ! すごいねー!
アイドルグッズでいっぱいだねー!」
「わぁー、すご……あ、このサイン…………」
「校内にこのような場所があったなんて……あっ!」
いち早く私を見つけて驚く海未ちゃん。
「あっ! 真姫ちゃんも来てたんだね!」
なんて明るい声を掛けてくれる高坂先輩。
その声に反応してうつむくことちゃん。
────なんて、タイミングが悪い。
「にこ、例の件なんだけど今大丈夫?」
ちらりと私を見る生徒会長。
なにか、大事な話?
気になるけど私は…………。
退室したほうが良さそうね。
だって、部外者だもん。
「先輩、私お邪魔みた────」
「ええ、大丈夫よ。
この子も、うちの部員だから」
────────はっ?
「先輩っ! 私は入るなんて一言も────」
「にこにーよ」
「にこにー! 私は部活には────」
「いいから座ってなさい。
あんたの話は絵里の話のあと」
なんで、と言い掛けて、
やめた。
正確には、やめることができた。
言い掛けようとした瞬間に星空さんが私の手を握ったから。
彼女の顔を見るとにっこりと笑っていた。
「まーまー、落ち着いてよ西木野さん」
そう言ってことさらに元気満点な笑顔を浮かべた。
…………お、落ち着いてって言われても。
「ふぅん」
うぅっ、副会長が意味深な顔でこっちを見てるわ。
「じゃあいいかしら?」
全員が着席したのを見計らって生徒会長が言った。
……なんか、緊張するわね。
「知ってる人も多いかもしれないけど、
一から話をするわね。
みんなはμ'sのことはもう知っているわよね」
全員がこくりと頷く。
「そのμ'sからアイドルとしての活動を、
部活動として認めて欲しいとの申し出があったわ」
「アイドルに関する部活ならアイドル研究部があるからね。
にこっち達と話し合いが必要かなって」
なるほどね……。
生徒数が少ない音ノ木坂で、同じような部活があっても仕方ないもんね。
「アイドル研究部さんっ!」
っと大きな声で高坂先輩。
「にこにーよ」
「にこにーっ! 私たちをアイドル研究部に入れてください!」
「…………まあ、そうなるわよね」
「お願いしますっ!」
高坂先輩は深く頭を下げて。
にこにーはうーん、と考え込んで。
他のみんなも誰かの発言を待ってそわそわしていたけど。
ことちゃんは、ずっと下を向いていた。
「ねえ、絵里と希はなんでこの子たちを連れてきたの?」
「よりよい学校生活のためよ。
生徒の要望に応えるのは生徒会の役目だわ」
ぱちんっ! とウインク。
「だったら、にこの要望にも応えてよ」
「おっ! なになにー?」
「あんたたちも入ってよ、アイドル研究部」
「くすくすっ♪ それはだーめっ♪」
「ぬぁんでよ!」
「九人ってちょっと多くないかにゃ?」
「は、花陽はちょっと…………」
────なんて。
みんな好き勝手に話し始めちゃった。
……九人でスクールアイドルかぁ。
私も、そんな風に出来たら楽しいかも。
────そんな、ふわふわした気持ちだったから。
「ちょっ! 穂乃果!? あまり無理を言っては────」
とても居心地が良かったから。
「ねえ! ことりちゃん!」
私は我慢を忘れてしまったのかもしれない。
「いいと思うでしょ!?
九人でスクールアイドル!」
ことちゃんの『今』を見ようとしなかったのかもしれない。
「────うん、穂乃果ちゃんがそう言うなら」
────ばんっ!
「…………西木野、さん?」
だめっ。
「────なによそれっ!」
抑えきれない。
「なんでそんな風に言うのよっ!?」
ずっと、フタをしていたモノが。
「この前はあんな風に私を拒絶してっ!」
溢れちゃう……っ!
「高坂先輩がいいならいいってっ!」
心の中の『ナニカ』が。
「ことちゃんにとって、私ってなんなの!?」
「待って真姫ちゃん!
ことりは────」
「私はずっとことちゃんのことがっ!
ずっとずっとことちゃんのことをっ!」
「ま、きちゃん?」
「────意味、わかんないっ!」
「真姫!? どこへ────」
伝えたかった想いは飲み込んで。
私は、逃げ出した。
最後に見たことちゃんの顔は、
涙が邪魔をしていつも以上にぼやけて見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
走った。
走って走って。
どこをどう来たのかもわからなかった。
とにかく逃げ出したかったから。
(ここれだけ走ればもう、学校からは大分離れたわね)
そう思って顔を上げたら、眼に入ったのは見慣れた男坂だった。
────なによ、もう。
私って、こんなに体力なかったんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………綺麗ね」
男坂を登り切ると綺麗な夕日が私を待っていた。
坂を登ったご褒美ってわけね。
これだったら毎日登ってもいいかも。
────そういえば、今日はたくさん勉強する予定だったわ。
もう、日が落ちちゃいそう。
あーあ。
勉強して。
勉強して。
たくさん勉強して。
お医者さんになる、のよね。
それで…………。
それでどうするんだっけ?
「────見つけたっ」
突然背後から声がして。
「まったく、探したわよ?」
私は自問自答をやめた。
振り返るとそこにはにこにーがいた。
ぜぇはぁと息を切らして。
トレードマークのツインテールは形が崩れてしまっている。
「にこもねたまに来るんだ、ここ。
良い景色よね」
「…………それなら、毎日来ればいいじゃないですか」
ふふっと笑うにこにー。
「たまにがいいのよ。
嫌なことがあった時。
心が折れそうになった時。
頑張らなきゃいけない時。
…………そんな時だけでいいのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうなの」
にこにーの言ってることはよくわからなかったけど。
とりあえず、今の私はここに居ていいんだってことはわかった。
「…………どうして私を?」
「話の途中だったでしょ?」
ああ、言われてみればそうだった。
明日でもいいのに。
にこにーって律儀なのね。
「私ね、スクールアイドルやってたの」
「にこにーが?」
「うん。今でもね、やりたいって気持ちがあるんだけど────」
その言葉で私は我に返った。
「ご、ごめんなさいっ! 私、話し合いの場をダメにしちゃって……」
「あぁ、それはいいの。
にこが言いたいのはそういうことじゃないの」
そういうことじゃ、ない?
「さっきの話の続きよ?
────ねえ、アイドルの仕事ってなにかわかる?」
「…………わかりません」
「アイドルはね、笑顔を見せる仕事じゃない。
『笑顔にさせる』仕事なの」
どくんっ。
────心臓の音が聞こえた。
「にこはね、そんなアイドルを目指してるの。
その夢を追いかけたいの」
「夢、ですか」
「────真姫の夢は?」
私の夢?
なんだろう?
お医者さんになること。
────ちがう。
それは私の夢じゃない。
じゃあ────。
「夢とかそういう大きなことじゃなくてもいいのよ。
ただ、そうね。
あんたにだってやりたいことの一つや二つくらいあるでしょ?」
私のやりたいこと。
そうね。
「今は、ピアノが弾きたいわね」
「どうして?」
「…………楽しいから」
「なんで楽しいのよ?」
「なんでって────」
そう言われると言葉に詰まってしまう。
にこにーの質問の意味がわからない。
なんで楽しいの?
「えと、それは…………」
なんで?
なんでだろう。
ピアノを弾くと気持ち良くて。
歌を歌うと笑顔になって。
…………笑顔になるの?
誰が────。
『ありがとう真姫ちゃん。元気、出たよ』
「────あっ」
なんて。
私はなんてバカなの。
臆病で。
不器用で。
意地っ張りで。
『やらなくちゃいけないこと』に追われてるどうしようもない人。
だけど、そんな私にも一つだけあるの。
────心に灯った小さな願いが。
「…………真姫?」
私はにこにーの眼を真っ直ぐに見つめる。
「いい顔になったじゃない?
じゃあ、そろそろ教えてくれる?」
「私の『音楽』でみんなが笑顔になる。
だから、ピアノが楽しいの」
────取り戻したい。
遠くに消えた少女の笑顔を。
私のピアノで『あなた』を笑顔にする。
私の歌で『あなた』を支える。
それが私のやりたいこと────。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日はここまで。
見て下さった方、コメント下さった方、ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
再開します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
南 ことり
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────うん、穂乃果ちゃんがそう言うなら」
────ばんっ!
誰かがテーブルを叩く音にどきりとした。
「…………西木野、さん?」
そっか、ことりはまた間違っちゃったんだね。
「────なによそれっ!」
ことりは自分の意思をはっきり伝えられない弱い子だから。
「なんでそんな風に言うのよっ!?」
ごめんね。
「この前はあんな風に私を拒絶してっ!」
ごめんね真姫ちゃん。
「高坂先輩がいいならいいってっ!」
────はやく謝らなきゃ。
「ことちゃんにとって、私ってなんなの!?」
違うの……!
そうじゃなくて────。
「待って真姫ちゃん!
ことりは────」
あっ。
真姫ちゃん…………泣いてる。
「私はずっとことちゃんのことがっ!
ずっとずっとことちゃんのことをっ!」
────『まきちゃん』が泣いてる。
「ま、きちゃん?」
ことり、『まきちゃん』を泣かせちゃったんだ。
「────意味、わかんないっ!」
「真姫!? どこへ────」
あぁ、あの時と一緒だ。
ことりはあの時から何も変わってないから。
あははっ。
さよなら真姫ちゃん。
わかってたよ。
昔みたいには戻れないって。
もう、昔みたいには笑いあえないって。
だけど。
だけど、ことりは────。
「────真姫がいないんじゃ話しが出来ないわ。
後日改めさせてもらうわ。
花陽、凛!
あんたたちは部室でまってて。
戻ってくるかもしれない」
矢澤先輩がそう言った。
「にこちゃんはどうするにゃ?」
「────希?」
ちらっと矢澤先輩が目配せする。
それに合わせて希先輩はタロットカードの山から一枚カードを引いた。
「────外、スピリチュアルな場所に行く可能性が高いね」
「おっけー。
ってなわけで学校の外に出るわ」
「────私も行きます。
手分けして探しましょう」
あぁ、いいなぁ。
にこ先輩も海未ちゃんも。
真姫ちゃんを探しに行くことが出来るんだ。
あんなすぐに決められるんだ。
「じゃあ、私と希も念のため校内を探すわね」
…………ことりも。
ことりも行かなくちゃ。
でも。
でも…………。
「────ことり? 大丈夫ですか?」
「────っ!」
い、いけない。
頭がぼーっとして…………。
「ことりは無理をしないでください」
海未ちゃんが心配そうに私を見つめる。
「だ、大丈夫だよ海未ちゃん。
体調は良くなってきてると思うんだっ」
「ですが、今日は安静にしていてください」
チラッと穂乃果ちゃんに目配せする海未ちゃん。
「うんっ! ことりちゃんのことは穂乃果が責任を持って送っていくよ」
あははっ。
二人とも過保護だよぉ。
「────ごめん、なさい」
ほんと。
出会った日から変わらないなぁ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
回想──南 ことり──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「────ねえ先生。
お医者さんってすごいんですね。
たくさんの人の病気や怪我を治せるなんて」
「ははっ、ありがとう。
でもね、凄いのは病気や怪我を治すドクターだけじゃないよ。
病気や怪我と戦う患者さんだって凄いんだ。
もちろん、ことりちゃんもね」
「そうなの?」
「そうだよ。
手術、怖かったでしょう?
ことりちゃんはその恐怖と立派に戦って勝ったんだから」
「ありがとうございます。
でも、先生。
ことり知ってるよ?
先生みたいになるにはたくさんたくさん勉強をしなきゃいけないって」
「そう、だね。
人の命を預かる仕事だからね」
(────あぁ、やっぱりそうなんだ。
みんなが言ってた通りなんだ)
その事実は幼かったことりの心にはとてもショックなことだった。
『私ね、お医者さんになるんだ。パパみたいなすごいお医者さんにっ!』
…………それが真姫ちゃんの夢だもん。
いつか真姫ちゃんはたくさん勉強しなくちゃいけなくて。
ことりと、遊ぶことなんかなくなっちゃうんだろうな。
でも、時間が経てば経つほど。
ことりはきっと、真姫ちゃんから離れられなくなっちゃう。
…………だったら。
────そう考えて、幼かったことりは真姫ちゃんから離れることにした。
ことりが真姫ちゃんのことを大好きな気持ちは。
フタをしていなくちゃいけないモノなんだ。
これから起こるであろう楽しことや、
大切になるであろう思い出があってはいけないの。
それからしばらくして、真姫ちゃんから届いたお手紙。
…………ピアノ発表会の招待状。
それを受け取った瞬間、冷たくなっていたことりの心がきゅーんと暖まったような気がして。
大好きな真姫ちゃんのピアノを聴きたくて。
会場まで行ったんだよ?
────だけど。
だけどことりは、その先にはいけなかったよ。
臆病者で弱虫なことりは。
あなたの優しさに甘えてしまうから。
だから、ただただ泣くことしか出来なかったよ。
ごめんねまきちゃん。
「ごめん…………ごめんなさいっ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
────夢。
ずいぶん懐かしい頃の夢だね。
「────っ」
やだ、ことり泣いてた?
高校生にもなって……。
はぁ。
けど、仕方ないかも。
昨日あんなことがあったし。
結局体調を悪くして学校を休んじゃうし…………。
────辛い、なぁ。
真姫ちゃんと再会したあの日から。
ことりの心は訳が分からなくなっちゃってる。
思い出してしまったから。
『まきちゃん』のことをこんなにも────。
────そんなことを、考えていたら。
こんこんっ。
ってドアがノックされて。
ことりの心は現実に戻されちゃった。
「ことり? 起きていますか?」
この声は……海未ちゃんだね。
そっか。
ことりのことを心配して、学校の帰りに寄ってくれたんだ。
「うん、入っていいよ」
ガチャッ。
……パタン。
「体調はどうですか?」
「もうだいぶ良くなったよ。
明日には学校に行ける、かな?」
「それは良かったです」
…………優しい笑顔を浮かべる海未ちゃん。
いつか、この優しさに…………。
────いや。
それは違うよ。
だって、ことりだけが甘えるなんて。
そんなことあっちゃいけない。
「風邪の時は水分をよくとるようにしてくださいね」
そうだよ。
あっちゃいけないんだ。
「練習のことは気にしないでください。
ことりが治るまでは穂乃果と二人でみっちりやりますから」
だから…………しないで。
「ことり? どうしたのです?」
優しく、しないでよ。
「な、なぜ泣いているのですか!?」
わかんない。
「どこか痛いのですか!?」
わかんないよ。
「────なぜ、謝っているの、ですか?」
……それ、は………………。
「…………では、一つだけ教えてください。
ことりにとって私はどういう存在ですか?」
ダメ。
「そ、そんなの…………」
海未ちゃんの顔、見れない。
「私は、ことりを大切な友達だと思っています。
出会ったあの日から、ずっと」
「────っ!」
その言葉にはっとして。
ことりの心臓は大きく飛び跳ねた。
顔を上げると海未ちゃんはとっても真剣な顔をして────。
────ぎゅっ。
「海未、ちゃん?」
「────だからもう、我慢をしないでください。
微力なのはわかっています。
だけど、私はあなたの力になりたい」
「あ、ははっ。
なんのこと?
ことりわかんな────」
「────いやなんです!
出会ったあの日のままではっ!
あなたを…………いつまでも、一人ぼっちにさせたくないんですっ!」
海未ちゃんの大きな声がことりの頭に響く。
────海未ちゃん。
優しくて。
クールで。
強くて。
カッコ良くて。
でも、ちょっと天然で。
そんな海未ちゃんが大粒の涙を流して。
ことりに感情をぶつけて来てる。
(どうして『あなた』はそんな顔をしているの?)
(『あなた』はどうしてそんな顔をしているの?)
なんでかな?
出会ったあの日の二人の顔を思い出したよ。
『はじめまして! 私は高坂 穂乃果!
こっちは園田 海未ちゃん!』
『よ、よろしくお願いします…………』
『よろしくねっ!
南 ことりちゃんっ!』
────────そっか。
そうなんだ。
ことりはずっと一人だったから。
だからこんなにも心配をかけて。
だからあんなにも元気を分けてもらって。
…………二人に優しくしてもらって。
「────ねえ、海未ちゃん。
ことりホントは知ってたよ。
あの曲は真姫ちゃんが作曲したんだって。
わからないわけないよ。
だって、ことりは何年も何年も、
真姫ちゃんのピアノが聴きたかったんだもん。
本当は嬉しくて嬉しくて泣きそうだったよ。
だけど、隠すしかなかった。
だって、ことりの気持ちは誰にも知られちゃいけないんだもん。
知られたらきっと、穂乃果ちゃんと海未ちゃんはなんとかしようと思ってくれて。
けど、そしたら真姫ちゃんに迷惑が掛かっちゃうから。
ことりは真姫ちゃんの夢の足かせになりたくないんだもん…………。
────ううん、違う、ね。
本当はことり、傷付きたくないだけなの。
いつか真姫ちゃんに拒否されるのが怖くて。
心に傷が付くのが怖くて。
それで…………。
────逃げ出した、だけ」
あぁ、言っちゃった。
ついに言っちゃった。
ことりの気持ち。
誰にも知られちゃいけない、弱虫なことり。
「…………はぁっ」
深く。
深くため息をつく海未ちゃん。
当たり前だよね。
こんなズルいことりは、
海未ちゃんにも穂乃果ちゃんにも嫌われて当然だもん。
でも、これで良かったんだよ。
ことりには最初から友達なんて────。
「────まったく、あなたという人は。
いったいどこまで優しいのですか?」
「え?」
優しい?
ことりが?
「でも、ダメですよ?
一人で抱え込んでいてはいけません。
困ったときこそ、私と穂乃果を頼って下さい。
私たちはあなたの────」
「なに、言ってるの、海未ちゃん?
ことりは悪い子なんだよ?
昨日だってっ!
話し合いの場も壊しちゃったし!
真姫ちゃんも傷付けたっ!」
「それを言ったら私だって悪い子です。
内緒で真姫に作曲をお願いして……。
あなたのためを思っていたのに、こんな結果になってしまいました。
申し訳ありません」
「ちがうよ、そういうことじゃない。
『ことり』が穂乃果ちゃんと海未ちゃんに迷惑を掛けたってこと!」
「────迷惑なら、いくらでも掛けて下さい」
「え……」
「むしろことりは掛けなさすぎなんですよ。
いまままで何度……何度、穂乃果と私があなたに迷惑を掛けたことか…………」
「そ、そんなことないよっ!」
「アイドルだってそうです。
あなたがいなければ、きっと私は穂乃果と仲違いしていましたよ」
くすくすと微笑む海未ちゃん。
「だから本当は、真姫のことも相談して欲しかったのですよ?
悩んでることりを放って置けませんから」
見覚えのあるその顔は、いつも穂乃果ちゃんに向けている顔で……。
それって、海未ちゃんは本当にことりのことを────。
『ことりにとって私はどういう存在ですか』
────そんなの。
『私は、ことりを大切な友達だと思っています。
出会ったあの日から、ずっと』
そんなの、決まってる。
「────ことり、ね。
海未ちゃんに見て欲しいモノがあるの」
「見て欲しいモノ?」
────もう決めた。
ことりはもう逃げない。
だって、やっぱりずっと一緒にいたいんだもん。
真姫ちゃんと一緒に、笑いたいんだもん。
本日はここまで。
読んでくださった方ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
続けます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西木野 真姫
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
授業が終わって身支度を整えた私。
席を立っていつもの場所に行こうと思ったら────。
「真姫ちゃんどこいくにゃー?」
なんて声を掛けられた。
凛?
花陽は一緒じゃないのね。
「どこって、音楽室よ」
────あれから数日経って。
私は相変わらず、音楽室に入り浸っていた。
「ダメだよ、今日はにこちゃんが話があるって言ってたよ?
部室に行こうよぉ」
「そう言われても……私、アイドル研究部員じゃないんだけど」
えーっ!
っと残念そうな顔を浮かべる凛。
彼女たちはあの一件以来、私を気に掛けてくれていて。
クラスでも一人ぼっちだった私としてはとっても嬉しい。
…………絶対本人には言わないけど。
「でもにこちゃん、真姫ちゃんに話があるって言ってたよ?」
「いや、でも……」
────音楽室に行きたいのには理由があって。
私の歌が。
ピアノが。
ことちゃんに届くような気がしていたから。
それを聴いたことちゃんが、
もしかしたら私のところへ来てくれるんじゃないか。
そんな期待をしていて。
…………ダメね。
にこにーと話をして一歩踏み出せるかと思った私だったけど、
結局待つことしか────ぐいっ!
「つべこべ言わないにゃっ!
ほら、はーやーくーっ!」
「わ、わかったっ!
わかったから手を引っ張らないで!」
────もう、強引なんだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「突然だけど、真姫にお願いがあるの」
そう、にこにーは切り出した。
部室に集合したのはアイドル研究部員の三人と私だったけど、
花陽と凛はすぐにどこかへ行ってしまった。
「待ってにこにー。
二人はどこへ行ったの?」
「二人には準備をして貰ってるわ」
「準備?」
「そう」
髪の先をクルクルと弄る私に、にこにーはこう言った。
「あのね、真姫。
私の妹、ピアノが大好きでね。
ピアノが弾ける友達が出来たって自慢したら、
是非聴きたいって言うじゃない?
だからあんたに弾いてほしいのよ」
にこにーの……妹?
「え、なんで私?
にこにーなら他にピアノが弾けそうな友達くらいいそうだけど?」
「ふふんっ♪ よくぞ聞いてくれたわ。
こう見えて私、交友関係が狭いのよ。
友達なんて数えるくらいしかいないわ。
希と絵里、そして凛とあんた。
花陽?
花陽はあんた、あれよ?
にこの大切な…………ってなに言わせんのよバカっ!」
顔を真っ赤にするにこにー。
いつにも増して微笑ましいわね。
「で、いつどこでにこにーの妹にピアノを聴かせればいいのよ?」
ごほんと咳払いをするにこにー。
気を取り直しても顔は真っ赤で……。
「ぷっ、くくっ。
トマトみたい」
「だれがトマトよだれが。
明日の放課後、場所はあんたの大好きな音楽室よ」
「明日!? ずいぶん急じゃない」
「こーいうのは早い方がいいのよ。
お願い。
こんなこと真姫にしか頼めないわ」
「…………わかったわ」
「ありがとっ。
じゃあ楽しみにしてるわ、明日の発表会」
かくして私はピアノ発表会をすることになった。
小さい子が好きそうな曲ってなにかしら?
楽譜……用意しないと。
家に適当なのがあるわよね。
「にこにー? その子が好きな曲とかってある?」
私の質問に対してにこにーはくすくすと笑った。
「大丈夫よ。あんたはいつものように好き勝手にピアノを弾いて、
好き勝手に歌ってくれればいいから」
それって丸投げじゃない?
ウインクされても、困るんだけど……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──次の日
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────これでよしっ!」
私の髪の毛を梳かし終わると花陽はにっこりと笑った。
「あ、ありがとうっ」
「ちょっとまって花陽、ピンとかつけた方がよくない?」
「凛はどっちでも可愛いと思うよ?」
音楽準備室。
私たち四人はお客様を迎える準備をしていた。
「でも、ほら?
もう、時間ないから。
ね?」
「うーん……そうね! アレンジするのは真姫が入部してからにしましょ」
なんて勝手なことまで言っちゃって。
思わずくすくすと笑っちゃった。
「ちょっと、みんな大げさなんじゃない?
にこちゃんの妹に会うだけよ?
制服だってこんなにきっちり着る必要なんてないんじゃない?」
「なに言ってるにゃ真姫ちゃん。
発表会なんだからっ!
キチンとしなきゃダメにゃ」
「そ、そうかしら……凛がそう言うならそうなのね」
なんか、今日の凛はいつにも増して強引ね。
「さっ! そろそろ行きなさいっ!
私たちはここで待ってるわ」
「えぇっ!? にこにーは一緒に来てくれないの?」
「真姫ちゃん……? 緊張、してるの?」
うぅっ。
言わないでよ、花陽。
だって、発表会って言われるとなんだか不安なんだもん。
「────思う存分ピアノを弾きなさい」
「にこにー?」
「真姫、あんたはピアノを弾きなさい。
あんたは歌を歌いなさい。
それがあんたのやりたいことなら。
その扉の向こうにはあんたのピアノを聴きに来た人がいる。
その人を今日一番の笑顔にしなさい。
────あんたの想いを、ぶつけて来なさい」
にこっと、にっこり笑顔をするにこにー。
なんでだろう。
ふわふわ浮ついていた気持ちは、ピタリと私という器に収まった。
「────お、大袈裟よ?
じゃあ、行ってくるわね部長」
音楽室へ続く扉へ歩み寄る。
ドアノブへそっと手を掛けて、ゆっくりとその扉を開ける。
目の前に広がった音楽室という世界は、いつもと違って少し賑やかだった。
凛と花陽が飾り付けしたのかしら?
とっても綺麗ね。
────けれど。
次の瞬間、私の視界には飾り付けが入る余地はなくなってしまった。
「…………え?」
心臓がどきりと飛び跳ねた。
「────こと、ちゃん?」
そこには今にも泣き出しそうなあなたがいて。
「まき、ちゃん」
(なんで? どうして?
にこにーの妹は? ことちゃんが妹?
妹分ってこと? いみ、わかんない)
それだけで、私の身体は動かなくなっちゃって。
(わ、私……どうしたら────)
とくんっ。
「────っ!」
その時だった。
私の心に小さな火が灯って。
心がぽかぽかとあったかくなった気がした。
「真姫ちゃん、大丈夫。
花陽たちがついてるよ」
「凛、知ってるよ。
真姫ちゃんのピアノは聴いてると元気が出るんだって」
「「真姫ちゃんはもう────一人じゃないよ」」
とんっ。
────優しく背中を押し出された。
さっきまで震えて動かなかった足はすっと一歩前に出て。
ピアノの前に…………。
ことちゃんの前に立つことができた。
「真姫ちゃんあのね……ことりね。
あ、その。
…………これ」
ことちゃんが私に差し出したのは一枚の────。
「これ、招待状? …………あの時の!?」
「ことり、ずっと、持ってた。
本当は真姫ちゃんのピアノ聴きたかったっ!
でも、ことりっ。
どうしても行けなくてっ!」
────そっか。
ずっと、持っててくれたんだ。
こんなに、何年も経っても。
私のこと、想っていてくれたんだ。
「ことり、ダメな子だから。
だから、海未ちゃんに相談して、それで…………」
海未ちゃんが?
…………なによ、みんなして。
なんなのよっ。
「ことり、真姫ちゃんに謝りたくて。
真姫ちゃん、本当にごめ────」
「────っ!」
コーンッ。
とピアノの音がことちゃんの言葉を遮った。
「ま、きちゃん?」
────ごちゃごちゃ考えるのは止めたわ。
ここにピアノがあって。
目の前には一番大切な人がいて…………悲しんでる。
だったら────。
やることは一つしかないじゃないっ!
私は椅子に腰掛けると勢いに任せて鍵盤を弾いた。
「────っ! この曲……っ」
『μ'sの……いや。あなたの始まりの歌です』
(────行くわよ、海未ちゃんっ!)
「I say...…。
Hey,hey,hey!
START:DASH!」
『────思う存分ピアノを弾きなさい』
(いつまでだって弾いてやろうじゃないっ!)
「Hey,hey,hey!START:DASH!」
(────あなたを今日一番の笑顔にして見せるんだからっ!)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
南 ことり
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
綺麗だなって。
そう思った。
ピアノを弾くあなたは、
いつでも私の心をポカポカ暖めてくれて。
歌を歌うあなたは、
いつでも私に元気を分けてくれて。
────憧れた。
どうしようもなく憧れた。
お外の世界に行きたくてもいけなかったことり。
そんなことりをあなたはいつもどこかへ連れて行ってくれるんだ。
────キラキラして。
────眩しくて。
そう。
あなたはことりのアイドルだった。
「────ふぅっ
どう、だった?」
何曲か弾き終えて、ことりに笑顔を向ける真姫ちゃん。
その笑顔はやっぱり綺麗で。
あの頃と同じようにキラキラ光って見えた。
…………本当だったら拍手をしたかったんだけど。
溢れる涙を拭うので精一杯。
「ぐずっ、まきちゃ……ひぐっ。
ことり…………」
────困ったな。
嬉しい時でもこんなに涙が溢れてくるなんて。
「────ねえ、ことちゃん」
なぁに、真姫ちゃん。
「私ね、音楽が好き」
知ってるよ。
「私のピアノでことちゃんを笑顔にする。
私の歌でことちゃんを支える
それが私のやりたいこと」
嬉しい。
「まきちゃん……ことり、ぐずっ。
ことり…………っ!」
こんなことりに。
まだ。
そんな嬉しいことを言ってくれるなんて。
「ことちゃんっ!
一緒に歌おう?
あの頃のように…………二人でっ!」
「────うんっ!」
「せーのっ────」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西木野 真姫
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「────さぁっ!」
今日も今日とて、私は音楽室に入り浸っていた。
「大好きだっ♪ ばんざーいっ♪」
愛らしい歌声が音楽室に響いた。
────ことちゃんの歌声が。
「負けなーいゆーうーきー♪」
……こうして、幼い頃のように。
二人で歌を歌えるなんてね。
もうなんていうか。
嬉しくって仕方ないわ。
『私たちは今を、楽しもうーっ♪』
それもこれも、『みんな』のおかげね。
『大好きだっ♪ ばんざーいっ♪』
あの発表会を海未ちゃんが……μ'sのみんなが計画してくれなかったら。
『頑張れるーかーらーっ♪』
私は今も一人で歌を歌っていたと思う。
『昨日に手をふって……ほらー♪ 前向いてーっ♪』
「えへへっ♪ 楽しいね、真姫ちゃんっ!」
にこっと、ことちゃんが笑った。
「ええ、とってもっ♪」
私もことちゃんに微笑みかける。
「じゃあ、もう一曲────」
「ダメよっ」
「えぇっ!? なんでっ!?」
なんでって……。
「はいっ」
「んー?」
私は自身の携帯を取り出して、ことちゃんに見せた。
「わかったでしょ?」
「海未ちゃんから連絡来ています」
「そうねっ。つまり────」
「浮気だね…………」
「ってなんでそうなるのよっ!
見てわかるでしょ!?
もう時間なの、じ・か・ん!」
「えーーーっ!」
ぷくぅっ、と頬を膨らませることちゃん。
なによ、可愛いじゃない。
「どうせ希ちゃんと絵里ちゃんは遅いんだからっ。
ことりたちも遅くても〜」
「エリー…………」
そう、だった。
二人は生徒会の仕事があるから。
今の時期は特に忙しいらしい。
引き継ぎのために整理してるとかなんとか。
そういえば。
ちょっと前に、絵里に聞いたことがあったっけ。
「どうして、アイドル研究部に入ることにしたの?」
と。
その質問に対して彼女はくすくすと笑いながら答えてくれた。
「バトンを渡す人を見つけたからよ。
だから、これからは自分のやりたいように活動するわ」
そう言って、真っ直ぐににこにーと希を見つめるエリー。
とっても優しい顔をしていた。
「むーっ。真姫ちゃん?」
「────っ!」
いけない、ことちゃんと話してる途中だったわ。
「海未ちゃんの次は絵里ちゃん?
やっぱり浮気なんじゃ────」
「ちょっと、さっきからなによそれ!」
「じゃあなあに!? ことり怒っちゃうぞぉっ!
ぷんぷんっ!」
なによ、やっぱりかわいいじゃない。
「────ただ、友達っていいなって。
そう、思っただけ」
「……そっか。
────うんっ♪ そうだねっ!」
私の顔をまじまじと見て。
ことちゃんは満足そうに頷いた。
「さっ、行きましょう?
みんなが首を長くして待ってるわ」
「そうねっ♪」
私たちは、抱えていたモノをみんなに持ってもらって、また仲良くなれた。
勉強だって、教えてもらえるし。
ダンスやアイドルのことだって。
もう、私たちは道を誤ったりしない。
────みんなが教えてくれたから。
出入り口へと向かいながらもことちゃんは終始楽しそう。
「ふふっ♪ 今回の新曲、みんなもきっと気にいると思うな」
「当然でっしょー?
誰が作ったと思ってるのよ?」
私がウインクをするとことちゃんはにっこりと微笑んだ。
それは私の中の幼い頃のことちゃんとピタリと重なって……。
(あぁ、この笑顔だ。
私が見たかったことちゃんの本当の笑顔は)
心に灯った火が大きくなる感じがする。
「そう言えば、新曲のお名前は決まったの?」
「ええ、決まってるわ。
曲名は────」
そう言いかけた時だった。
────コーンッ。
突然頭の中に響いた音。
振り返ると。
いつか、遠くへ消えてしまった少女の影がみえた。
『私、ことちゃんのこと……』
(────大丈夫。今度はちゃんと伝えるから)
この音楽に。
私は想いを込める。
ことちゃんのこと。
みんなのこと。
まだ見ぬこれからのこと。
『不器用』な私に出来るのはそれだけだから。
(だから、聴いてね────)
「────music s.t.a.r.t」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真姫「私、ことちゃんのこと……」
おしまい
見てくださった方、コメントくださった方、ありがとうございました。
機会があればまたお願いします。
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