提督「艦娘達がいなくなった」 (76)

ゆっくり進行、キャラ崩壊超注意
出るキャラは作者の独断と趣向です

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提督(――とある日、麗らかな春の日のことだった)

提督(何の前触れもなく、突如として深海棲艦の大群がこの鎮守府へと攻めてきた)

提督(まるで海が黒く染まったかのような、そんな馬鹿げた数だったのを覚えている)

提督(すぐさま大本営に応援を要請するも、どうしても援軍の到着まで時間が掛かる。ここは人類における重要拠点、撤退の選択肢は最初から存在しない)

提督(援軍が来るまでの間、どうにかして持ち堪えろ――)

提督(それが彼らが下した命令だった)

提督(お国の忠実な犬である僕はそれを彼女達に、一字一句違えず伝えた)

提督(だから彼女らは死兵となった)

提督(あらゆる戦力、あらゆる策、あらゆる運。全員の死力を尽くした作戦は、過去最悪の戦闘となった)

提督(とにかく死に物狂いだった。正直ぼんやりとしか覚えていないが、それだけは感覚として残っている)

提督(そして気がつけば、あれだけいた深海棲艦はイ級一匹すらいなくなっていた)

提督(拠点は無事。本土への被害もゼロ。絶体絶命の状況からの奇跡的な防衛成功だった)

提督(――これが、今から2ヶ月前の話)

『執務室』

提督「…………」コンコン

ガチャ

提督「……ただいま。帰ったよ」

提督(こうして呼び掛けても、誰の声も返って来ない。当然だ――)

提督(先の作戦で彼女達は、一人たりとも帰って来なかったのだから)

提督「今日はさ、大本営に呼び出されたんだ」

提督「お前達を沈めた罪で軍法会議に掛けられるもんだとばかり思ってたら、全然違った。むしろ昇進の話だったよ」

提督「本土防衛の特別功労者とかで二階級特進。おかげでこの歳でもう少将。全く……なんつーか、偉くなったもんだね僕も」

提督「軍令部に来ないかって話も貰ったよ。流石にここを離れるわけにはいかないからって断ったけどさ」

提督「離れるわけにはいかないっていうか、単に離れたくなかっただけなんだけどね。はは」

提督「お偉いさんも見る目ないよな、こんな我侭言う無能を引き入れようとしてるんだから」

提督「はは、あはははは、はは」

提督(……もし、彼女達が生きていたら)

提督(この話を彼女達は喜んでくれただろうか。そして僕は、もっと素直に喜べただろうか)

提督(…………)

提督「……さて、今日の分の書類を片付けますか」

―――
――

提督(あれ以降、深海棲艦の動きは沈静化しているらしい。少なくとも目立った動きは見られていない)

提督(そのおかげで諸々の処理はつつがなく終わったそうだ)

提督(聞いた話によると、後日この鎮守府にも再び艦娘が配属されるらしい)

提督(今は他の鎮守府の艦隊を護衛に出向して貰い運営している状態なので、出来るだけ早く来て欲しいものだ)

提督(……そう、思うべきなのだろう。この鎮守府の司令官として。何より彼女達に守られた者として)

提督(――新しい艦娘に着任して欲しくないなんて)

提督(そんなことは、思うことすらあってはならない)

提督「……頭、煮詰まってんな。外出てくるか」

―――
――

提督(あれ以降、深海棲艦の動きは沈静化しているらしい。少なくとも目立った動きは見られていない)

提督(そのおかげで諸々の処理はつつがなく終わったそうだ)

提督(聞いた話によると、後日この鎮守府にも再び艦娘が配属されるらしい)

提督(今は他の鎮守府の艦隊に出向して貰って運営している状態なので出来るだけ早く来て欲しいものである)

提督(……そう、思うべきなのだろう。この鎮守府の司令官として。何より彼女達に守られた者として)

提督(――新しい艦娘に着任して欲しくないなんて)

提督(そんなことは、思うことすらあってはならない)

提督「……頭、煮詰まってんな。外出てくるか」

―――

提督(今回出向して来ているのは旗艦に翔鶴、そして瑞鶴、陽炎、不知火、霞、霰の合計六人)

提督(一通りの見回りが終わったのか、今は二対二と審判と分かれて演習形式の自主練に励んでいるらしい。熱心なことだ)

翔鶴「少将殿。こんにちは、見回りでしょうか? お疲れ様です」

提督「ああ……まぁそんなところ。そっちこそ訓練ご苦労様。何か異常は?」

瑞鶴「ヒトヒトマルマル現在、異常は見られません」

提督「了解。一応任務の内容上定時までここから離れることは認められない……がそれさえ守ってくれればこっちも細かく口を出すつもりはない。ここにある設備なら是非好きに使ってくれ」

瑞鶴「あ…はい! お気遣い、感謝します」

語句とか文法はスラングといいますか、日常生活で使う際の使い方が多いと思うので、もし間違えていたら何となくのフィーリングで取ってください

ついでに正しい使い方をそっと指摘して頂けるとありがたいです

提督(彼女達はかねてより懇意にしていた、比較的近くにある鎮守府からの出向だ)

提督(もともと彼女達の提督とは縁があり、今回も艦隊一つを好意的に貸し出してくれたどころか僕の鎮守府にいなかった娘ばかりを選んでくれた)

提督(どこも余裕なんて殆どないこのご時世、そこまで気を遣ってくれている。本当に感謝してもしきれない――)

翔鶴「すみません、少将殿。お時間よろしいですか?」

提督「っ……と、何か?」

翔鶴「今から私達の中で半分に分かれて演習形式の訓練をしようと思うんですが、もしよろしければ外から見て思ったことなどを指摘して欲しいんです」

翔鶴「もちろん何かご予定があればそちらを優先してくださって構いませんが……どうでしょうか?」

提督「あぁ……うん、大丈夫。特に予定もないし、何よりこちらはわざわざ出向して来て貰ってるんだ。それくらい全然構わない」

提督「折角の機会だ、是非とも見学させてくれ」

翔鶴「はい!」

翔鶴って瑞鶴以外を呼ぶ時さん付けしますっけ?

―――

提督「――とは、言ったものの」

―――

瑞鶴「不知火走りながら弾幕で撹乱! 霞は裏から魚雷全発!」

霰「おっけー!」

不知火「了解しま――っ、ぐ!?」

陽炎「ヒット! このまま突っ込むわ!」

翔鶴「霞さん、陽炎さんの後に続いて魚雷の処理を! 終えたら同時に魚雷発射、後方退避!」

霞「分かったわ!」

―――

提督(……と、こんな具合に僕から口出しするような点が殆ど見つからない)

提督(そもそも指摘される前に自分達で気付いて直すことが出来る辺り、流石は海軍最高峰と呼ばれる鎮守府所属。練度云々の前に各々の基盤がしっかりとしている)

提督(そんなことを考えていると、ふと、頭の中を一つの考えが過ぎった)

提督(――もしあの時にこの娘達がいたら。あいつらは死なずに済んだのだろうか、と)

提督(……分かってる。こんな考え、お門違い以前の問題だと)

提督(あいつらが死んだのは僕の無能が殆ど。それと少しの理不尽な現実のせいであって、この娘達が関係する余地は微塵もない)

提督(それくらい誰でも分かること――にも関わらず、他人のせいにしようなんて思う時点でド最低。こんな幼稚なif話など、今日日小学生だってしない)

提督(これはそれくらい甘ったれた、名実ともにクソ提督極まれりなクズの発想)

提督(そうだ、分かっている。理解はおろか、納得だってしている)

提督(だから、誰か教えて欲しい)

提督(どんなに嫌だと思っても、その考えが頭から離れてくれない場合)

提督(そんな時は、一体どうすればいいのだろうか――)

―――

提督「ただいま」

提督「今日、あの娘達が任務終了ってことで帰ったよ。この2ヶ月くらい、とてもお世話になった」

提督「ここ最近は向こう流の演習とかよく見せて貰った。流石のレベルの高さだったよ。やっぱり日本最高峰の名は伊達じゃないね」

提督「とは言っても流石に向こうにとっても上の方の部隊だろうし、そんな部隊を貸してくれたわけだから。うん、何かお礼は考えておかないと」

提督「何か送るならこの時期だと何がいいかな。せっかく海が近いんだからイカとか鰹とか……は向こうも同じか。なんせあっちも鎮守府だもんな。はは」

提督「しかし、そうなるとウチの鎮守府オリジナルの何かってことになるわけだ」

提督「ウチの鎮守府名産、ねぇ……思い付かん。あるのか? そんなもの」

提督「――そうだ、深海棲艦の破片とかどうだ?」

提督「奴らの欠片がゴロゴロしてる浜辺なんざ日本全国探してもウチくらいだろ? 他所だと浜までなんてとてもじゃないけど流れ着かないし」

提督「加工すれば結構綺麗だしな。皮肉だけどさ」

提督「意外性オーケー、オリジナリティオーケー、クオリティもオーケー。問題はただ一つ、そんなもの貰っても何も嬉しくないってところだけだ」

提督「はは、お礼だったらそこが一番大事だっつの。あははははははは」

提督「ははははは、ははは、はははは」

提督「はは……」

提督「……」

提督(遂に明日)

提督(この鎮守府に、新しい艦娘が着任する)

―――

提督(彼女達がいなくなってから、決まって同じ夢を見るようになった)

提督(沈んでいった皆が出てくる夢)

提督(夢の中の彼女達は何もせずに立っているだけで、何も言わないし動かない)

提督(平手の一発も、恨み言の一つもない)

提督(ただひたすらに悲しげな目を向けてくるだけという、そんな夢だ)

提督(明晰夢、というのか知らないが、起きても夢のことは細部まで全て覚えていた)

提督(彼女達はどうしてあんな顔をしているのか。どうして僕に何も言わないのか)

提督(答えは、分からない)

提督「……」ムクリ

提督「……ああ、朝か」

提督「……」

提督(最近、朝起きて最初にすることがある)

提督(まず、責められなかったことに安堵し、落胆する。そしてそんな自分を嫌悪する)

提督(そんなことが習慣になってもう2ヶ月近くになる。我ながら、本当に気持ちが悪い)

提督「――ってそうだ、今日からもうぼーっとしてる暇なんてないんだった」

提督(この鎮守府もようやく再始動する。幸か不幸かは置いといて、また忙しくなるだろう)

提督「……よし、頑張ろ」

――

提督(現在時刻、彼女達の着任予定時刻であるヒトフタマルマル……の少し前)

提督(大本営の書類を信じると、今日着任するのは非戦闘員を除けばたった一人らしい)

提督(そしてその一人は偶然にも、僕が最初に出会った艦娘と同じだった)

提督(そんな、彼女の名前は――)

提督「――叢雲」

「なにかしら?」

提督(そんな声と共に、不意に扉が開いた)

叢雲「何やら呼ばれたようだから、ノックは省かせて貰ったわ。アンタがここの司令官ね?」

提督「あぁ、そう―――っ!?」

提督(この時初めて、彼女と目が合った)

提督(心臓がドクンと跳ねた気がした)

提督(彼女の容姿は、僕の記憶と寸分違わず、叢雲だった――)

叢雲「……なによ、急に黙って。そんなにノックしなかったの、怒ってるの?」

提督「っ」

提督(違う……そうだ、違う。彼女は叢雲じゃない。叢雲だが、アイツとは別人。同じ艦だから容姿が同じなのは当たり前だ)

提督「……いや、ごめん何でもない。ちょっとぼーっとしてただけで、怒ってたとかそういうのじゃないから。気にしないで」

提督「あ、でも今度からはちゃんとノックするようにしてくれよ?」

叢雲「ぼーっとしてたって、アンタね……まぁいいわ。分かったから、そっちこそ気を付けなさいよね」

提督「はは、本当に悪かったって。……そうだ、イチゴのショートケーキがあるんだが、食べるか?」

叢雲「はぁ? なによいきなり……」

提督(イチゴのショートはとある年のクリスマス以来、叢雲の大好物となっていた。しかし殆どの『叢雲』はコレを敬遠している)

提督(目に見える形でこの娘とアイツが違うことをハッキリさせておきたい)

提督(そんな目的からの質問に、彼女は――)

叢雲「いいえ、いらないわ……悪いけど私、洋菓子は好きじゃないの」

提督(そう言って、首を横に振った)

―――

提督「――とまぁ、差し当たっての業務はこんなところかな。覚えられた?」

叢雲「……微妙ね。実際にやってみないとなんとも言えないわ」

提督「今は大体の全体像が把握出来てれば充分さ。と、次はここのオリエンテーションだけど……どこからがいいとか希望はある?」

叢雲「ないわよ、そんなの。アンタに任せる。楽しませろとまでは言わないから、せめて退屈させないでよね?」

提督「それなら……そうだね、取り敢えず腹ごしらえといこう。丁度間宮の着任も今日だったしね」

提督「何より、さっきから誰かの腹が鳴りっぱなしで耳が辛い」

叢雲「え―――う、嘘っ!?」

提督「いや本当。さっきからずっと鳴ってるよ」

叢雲「〜〜〜〜〜っ!!」

叢雲「……し、しょうがないでしょ!? 今日朝起きてすぐに出発だったから殆ど何も食べてないのよ! お腹が鳴るくらい大目に見なさいよ!!」

提督(キッと涙目で睨みつけられ、言い訳を重ねられる)

提督(流石に良心が痛む光景なので、早々にネタばらし)

提督「――ちなみに今の、僕の腹の話ね」

叢雲「……はァ!!?」

提督「はは。ほら、もたもたしてると置いてくぞー」

叢雲「ちょっ……あ、アンタねぇぇ!!」

提督(どうやら、存外子どもな面もある娘のようだ)

提督(上手くやっていけそうだと、こっそり思った)

――間宮――

叢雲「へぇ……おいしいわね、このカレー」

提督「だろ? 間宮で一番のオススメなんだ。味が変わってないようで安心したよ」

提督(言いながら、こっそりと様子を窺い見る)

提督(どうやら機嫌を直してくれたらしい。さっきまでむっつりしていた顔が柔らかくなっている)

提督(よかった、よかった)

叢雲「というか、私に勧めてるくせにアンタは違うの頼んでるのね……」

提督「あはは。これを機に今まで食べてなかったのにも挑戦してみようと思ってさ」

提督「……うん、やっぱり美味い。良かったら少し食べてみる?」

叢雲「いいわよ、別に。また今度、ちゃんと自分で頼んで食べることにするから」

叢雲「で、午後はどんな予定なのかしら」

提督「取り敢えずオリエンテーションを終わらせる。ここから近いのは演習場か工廠だ。どっちから見たい?」

叢雲「なら……工廠で」

提督「分かった。じゃ食べ終わったら向かおう――って、あれ? もしかしてもう食べ終わってる?」

叢雲「いや、もうとっくに食べ終わったから。アンタ、食べるの遅過ぎるわよ。本当にそれでも軍人?」

提督「……あー」

提督(『食事中は様々な面で隙が出るから飲食は迅速に』。士官学校時代に暗記アンド実践させられたことだ)

提督(……ぶっちゃけ今の今まで完全に忘れてたな。常在戦場。先生がここにいたら顔の形が変わるまで殴られてたところだ。くわばらくわばら)

叢雲「よく見たら顔色も悪いし……ねえ、聞いてるの?」

提督「……ああうん、聞いてる聞いてる。大丈夫、何でもないよ。ただここのご飯食べるのがちょっと久しぶりだったから、何だか味わっちゃってて……悪いね」

叢雲「久しぶりって、ここはアンタの鎮守府で――」

提督「……? どうした?」

提督(聞くも、彼女は斜を向いたままこちらを見ようとしない)

叢雲「……いえ、何でもないわ。それより、早く食べ終わって頂戴」

提督「あ、ああ……?」

提督(……突然、どうしたんだろうか?)

―――

提督「――で、ここが駆逐艦寮の吹雪型の部屋だ。今は一人で使って貰うけど他の子達が来たら共同部屋になるから、ちょくちょく掃除しとくといい」

叢雲「……本当に、誰もいないのね」

提督「は?」

叢雲「何でもない。掃除、了解したわ。……」

提督(……正しく上の空、といった様子だ。昼に一度態度がおかしくなってから、ずっとこんな歯切れの悪さが続いている)

提督(昼……どんな会話だったか。確か間宮がどうとか――)

叢雲「……ねぇ。ちょっと、聞いていいかしら」

提督「……何かな? 僕で答えられる範囲のことならいいんだが……」

叢雲「……着任前、幾つかの噂を聞いたわ。この鎮守府の――そしてアンタの」

叢雲「『日本一のチェス名人』『黒塗り鎮守府』『死体指揮官』……こんなのをたくさん聞いた」

提督「……へぇ、よくもまぁ考えつくもんだ。もしそいつらに会ったら国語の先生でも勧めてやってくれないか?」

叢雲「真面目に聞いて。……勿論、殆どはやっかみ半分の根も葉もない妄言だと思ってる。思っていた」

叢雲「……確認するわ。間宮に行くのが久しぶり。それは、間宮さんが先の防衛戦で轟沈したから。……合ってるかしら?」

提督(っ……)

提督「……あー。そういうのって確か、着任前に配られる資料に載ってたと思うけど?」

叢雲「いいから、答えなさい」

提督「……ああ、その通りだ、合ってるよ。前の間宮は前線に出て、見事に役目を果たして轟沈した。――これでいいか?」

叢雲「ッ……なんで、なんで間宮さんが前線に出るのよ? 今の彼女は前線に出るなんて考えられてないのに……!」

提督「間宮には前線部隊に補給させてから、敵の潜水艦隊を引き付けて貰った」

叢雲「……!」

提督「君の言ってることは正しいよ。彼女は戦闘用じゃない完全な後方支援型の艦娘だ。実際、水に浮くことは出来ても主砲は愚か機銃すら積めなかった」

提督「多分、時間なんて1分も稼げなかったんじゃないかな」

叢雲「……なら、なんで!」

提督(胸倉を掴まれ、引き寄せられた。すぐ下には激しい怒りの色を目に浮かべた『叢雲』の顔がある)

提督(……やはり、本当によく似ている)

提督「……間宮は艦隊がこの鎮守府にいる時、初めてその仕事が出来る。裏を返せば艦隊が帰投しないと何も出来ない」

叢雲「それがっ……!」

提督「で、前作戦は防衛戦だった。敵の数は数え切れないほど多くて絶え間なく攻め込んでくる」

提督「資材はどんどんなくなって、皆疲労を溜めていって。部隊も最初は時間ごとの交代で回していたのに、最後の方はどこも戻ってこれなかったくらいだ」

提督「そんな、艦隊が帰投出来ないような状況で――間宮に出来ることなんて、何もなかったんだよ」

叢雲「だから……囮にしたっていうの……?」

提督「……水に浮いてさえいれば、少なくとも的にはなれるからね」

叢雲「―――ッ!」

バチッ!

提督「っ……く」

叢雲「アンタ、そういう考え方をする人間だったなんてね」

叢雲「……最悪の気分よ」

提督「あぁ……」

提督(そう、だろうな)

提督「……上官への暴行、それも艦娘から人間への傷害行為は重罪だ。何故会ったこともない人のためにここまでする?」

叢雲「ハッ、そんなこと……アンタなんかには分からないでしょうね」

叢雲「……それと、重罪なのは知っているわ。軍法会議にでも何でも掛けて頂戴」

提督(彼女はそう言って自室へと下がろうとする。彼女が部屋に入る前に、へらへらと、気持ち悪く笑いかけた)

提督「これからもその調子で頼むよ」

叢雲「は?」

提督「何でもないよ、お休み。あぁ、明日から早速仕事あるからあまり夜更かしはしないようにね」

叢雲「……フン」

バタン

提督「……っはは。挨拶はなし、か」

提督(それが最も単純に、今の自分と彼女の距離を示すものなのだろう)

提督(きっと、それでいい)

提督「……その調子で頼むよ」

提督(自分勝手なことをこれまた勝手にお願いしてから執務室へと歩き出す)

提督(その足取りは幾分か、軽くなっていた――)

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