不思議ないきものを育てる仕事をしていた。 (3)


カロンと軽やかな音で、入口のドアに取り付けてある鈴が鳴った。


「いらっしゃいませー」


所狭しとモノが置いてある店内に足を踏み入れたのは、丸いお腹をなでる老紳士。

脇には、人の顔が茎に浮き出たワサビの様な植物の鉢を抱えている。


「やあやあ、店の中は熱いなあ」


陽気に手を振りながら入ってきたその人物は、胸ポケットからハンカチを取り出して額の汗をぬぐった。

外はというともう冬の入り口で、コートを着なければ肌寒い。


「シオンさん、今日はどうしました?」

「いやぁ、育てていたマンドラゴラなんじゃがね、どうにも花を咲かさん。一通りの肥料は試したのじゃが……」

「あ、ホントですか。日当たりが良くてもダメでしたか」

「きちんと窓辺に置いて世話しておったんじゃよ。でも駄目だったんじゃよ」

「んー……これ多分僕じゃ分からないんで、先生呼んできますね」

「頼むのじゃよぉ」


不思議ないきものを育てて、人に見せたり、一緒に暮らしたり、コンテストに出したりする人たちがいる。

しかしそういういきものたちは得てして、稀少でお世話が大変なのだ。


ちゃんとした専門家がいないと、あっという間に死んでしまういきものもよく居る。

ここは、そういう不思議ないきものたちが楽しく暮らせるように、僕が先生と呼ぶ人物によって立ち上げられた店だ。


「せんせー、マンドラゴラの花が咲かないって、シオンさんが!」

「あいあい、今行くのニャ」


尤もその人物も、不思議ないきものの筆頭なのだけれど。

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§1 マンドラゴラ


「おおシオン、しばらく見なかったのニャ」


そう言いながら、『先生』が奥にかかったカーテンからひょっこり顔を出した。

もっこりと半纏を着込んで二本足で立つ姿は何とも愛らしく、背丈は僕の半分もない。


茶色と黒のしましまの毛は手に柔らかく、バイト終わりに触らせてもらったりしている。

先生は猫の獣人だ。

後にも先にも、僕は先生以外の獣人を見た事がない。


「先生、お久しぶりなのじゃよ。仕事でアフリカの方に飛んでいましてね」

「お前さんはその歳とその腹で良く動くのニャ」

「はっはっは、いやはや、必要とされればねぇ」


店は真ん中のテーブルを囲むように円形になっていて、周囲にはすりガラスの窓がすっぽり隠れるくらい、ガラクタが積み上げてある。

どこの出土ともわからない土器があれば、最新式のプリンターなんかが埋もれていたりする。


大抵のものは何でもあるから、先生は面白がって『魔法の部屋』なんて呼んだ。

僕にはどちらかと言うと『魔法に失敗した跡地』の方がしっくりくる。


いつも間にか先生とシオンさんはテーブルにつき、世間話を始めていた。


「あっちの人は元気でねぇ、歓迎だって一晩中踊り明かして」

「ふむふむ」

「んで私が『もう勘弁してくれ』って言ったら、今度は仲間が手を引っ張られて、ふらふらになるまで……」

「ふにゃはは、災難だったのニャ」

「ま、井戸が出来た時の喜びようを思えば、無理もない話だったんじゃがね」


僕が淹れた熱いほうじ茶を一気に飲み干すと、シオンさんはまた陽気に笑った。


「ところで神崎くん、向こうで面白い物を見たよ」

「何です?」


申し遅れたが、神崎 ハルと言うのが僕の名前だ。

ついでに簡単に自己紹介をしておくと、歳は今年で19になる現役二回生で、地方の医大に籍を置いている。


大学に入っても染めるのに抵抗があって未だに黒髪、それと値段に釣られた安物の黒縁メガネ。それ以外には特筆すべき特徴もない。

彼女については聞かないでほしい。勧誘に行くのが怖くてサークル活動もしていないので、浮いた話はもちろんない。

閑話休題。


「アフリカのズウォーという村でね、これが祀られてあったんじゃよ」


シオンさんが取り出したのは古い雑誌だった。

世にも奇妙ないきもの達を扱う雑誌だが、これは『いきものの存在が確認された上で』書かれた記事を載せているもの。

その辺のオカルト雑誌とは全く訳が違う。


刊行年がかなり昔なので驚いた。

良く手に入ったな。


「ほれ、このページじゃよ」


付箋の張ってあるページを開くと、そこには狸のような愛らしいいきものが載っていた。


「これは……」

「幻獣『華伯』。夢を現実に変える力を持ついきものじゃよ」

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