アスカ「おめでとう、シンジ」 (101)

『2015年12月31日木曜日?天気は…不明。』

『私の名前は、惣流・アスカ・ラングレー』

『かつてはエヴァンゲリオン弐号機パイロットとして、使徒と呼ばれる者達との闘いに明け暮れた』

『しかし今はネルフの独房に隔離されている』


アスカ「…」


『光も無く音も無い。感覚が遮断されて数日経つ』

『お前なんか死んでしまえ。最近は、声無き声が聞こえるようになった』

『だから期待通り死んであげよう、何度もそう思い立ち、その度思いとどまる』

『結局、私は自分の生死さえ物にする事が出来ないダメな女なんだ』

『生きる事と死ぬ事。その間をふらふらと幽霊のように彷徨うことが私に科せられた罰なのだろうか』

『私の犯した罪は』


アスカ「う…」


『人類への反逆行為と』


アスカ「うあっ…」


『初号機パイロットの』


アスカ「ああああああああああ????!!!」


『殺害』


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EVANGELION:TRAVIATA

ーー四週間前
ーードグマ地下施設


ゴウン、ゴウン…


冬月「レイか。彼女は俺の絶望の産物であり、未だお前の希望である。やはり忘れる方が無理と言うものか」

ゲンドウ「…」


ビーーーー!


冬月「異常!?何が起きた?」


ボロボロ


ゲンドウ「…!」

冬月「碇、まずい!レイの素体が崩壊していくぞ!」

ゲンドウ「冬月!」

冬月「赤木博士!」ピッ

リツコ『お呼びでしょうか?副司令』

冬月「素体が崩壊している!このままではレイの復活に支障をきたす!すぐに来てくれ!」

リツコ『は、すぐに』

冬月「いやもう間に合わん。最後の一体が…」


ゲンドウ「 レイ!」

『碇君…』

『助けて…碇君』

『こんなに暗い場所に一人でずっと』

『怖いの』

『寂しいの』

『だから助けて、碇君』


シンジ「…はっ!」ガバ

シンジ「…」

シンジ「…夢。…また同じ夢か」


ーーシンジの部屋・AM4:30


シンジ「…」ムク


ガララ


ミサトの部屋『仕事中。悪いけど声を掛けないで』


シンジ「…」

シンジ「…行ってきます」


プシュ


ミサト「…?」


ガラ


ミサト「うん?シンジ君?」ボー

ーー追悼式典会場


青葉「自らの命と引き換えに使徒を殲滅された綾波レイ初号機パイロットのご遺志を、遺された我々ネルフ職員一人一人が受け継いで行く事を誓うものでありーー」


ミサト「…ごめん、遅れたわ」

リツコ「15分の遅刻よ。自分の部下のお葬式に遅れるなんてありえないわ」


青葉「民間人でありながら、使徒との戦闘に於いて目覚しい戦果をあげられ、我々の初期の作戦活動に於いて重要なーー」


ミサト「シンジ君をギリギリまで待っていたんだけど。やっぱりここにも来てないみたいね」

リツコ「彼どうしたの?」

ミサト「三日前に家を出て行った切り。まだ戻ってないわ」

リツコ「諜報部の監視があるとは言え、彼に何かあったらどう責任を取るつもり?使えるパイロットは彼だけなのよ。しっかりなさい」

ミサト「分かってるわよ。レイのお葬式までには帰って来ると思ってたんだけど。こっちから迎えに行ってあげないとダメね…」

『全員起立!』

ミサト「…」ガタ

リツコ「…」ガタタ

『弔銃用意!撃て!』


パーーーーーーーーン

ーー零号機爆心地

ヒュオオオオ…

ミサト「…」ザッザッ

シンジ「…」

ミサト「ここにいたのね、シンジ君。どうしたの?スコップなんか持って。探したわよ」

シンジ「…嘘ばっかり。どうせ黒服の人達から聞いてきたんでしょ」

ミサト「…」

ミサト「なぜレイのお葬式に来なかったの?最期のお別れの時だったのに…」

シンジ「…最期のお別れ?何の事ですかミサトさん」

シンジ「この土の下では綾波が助けを求めてるんです」

シンジ「早く助けてあげないといけないのに…」

シンジ「…」

シンジ「…でもまだ見つけられないんです」

ミサト「…」

ミサト「…この周辺に生体反応は無かったわ」

ミサト「射出信号も検出してないし、もし脱出しても零号機のエントリープラグの射出速度では、コアの爆発の熱線から逃れる事は出来ない」

シンジ「…」

ミサト「レイは死んだのよ」

シンジ「ーーッ!嘘だッ!」

ミサト「シンジ君…」

シンジ「毎晩夢の中に綾波が出てくるんだ!助けて、怖いって綾波が言うんだ!僕が助けないといけないんだよっ!」

ミサト「…ただの夢よ」

シンジ「違う!綾波は生きてるんだ!今まで一緒に戦ってきたんだ!一緒に、何もかも一緒にやってきたんだ!綾波が死ぬ訳ないよ!」

ミサト「…」

シンジ「」ハァハァ

シンジ「…もう放っておいて下さいよ…綾波だけだったんだ。僕を理解してくれるのは、綾波だけだったんですよ」

ミサト「…」

シンジ「何しに来たんですかミサトさん…どうせ…どうせミサトさんなんかに僕の気持ちが分かるはずないのに!」

ミサト「分かるわ!あなたがレイを失ったように、私も加持くんを失ったの!」

シンジ「…!」

ミサト「あの時、レイは皆を助ける為に犠牲になった。少なくともシンジ君、貴方を助けようという気持ちは本物だったわ」

ミサト「貴方がレイの死を認めないのなら、彼女の最期の気持ちも裏切る事になる!」

ミサト「しっかり前を向いて生きなさい!貴方がそんなんじゃレイも浮かばれないわ!」


シンジ「…」

シンジ「………綾…波」

シンジ「…う、ひぐっ」ポロポロ

シンジ「なぜ君なんだ…」

シンジ「どうして、君が死ななければならなかったんだ…」


ミサト「理解出来ない事も世の中にはあるの。むしろ理解出来ない事の方が多いわ」

ミサト「…そんな時は身構えずにただ受け入れなさい」

ーー司令室

リツコ「ダミーシステムの素体を破壊した直接の原因は大量のプロテアーゼによるものですが、それがどこから混入したのか、まだ原因は分かっておりません。ですが、観測機器のデータを洗い出したところ、大量のガンマ線が発生している事が分かりました。原因解明のきっかけになるかと」


冬月「…もう良い。ところで何故君はそんなに嬉しそうなんだね?」

リツコ「嬉しそう?私を疑うのですか?」

ゲンドウ「我々としても有らぬ疑念は払拭しておきたい。予備の計画の方はどうなってる?」

リツコ「…高リスクな作業でしたが、順調に進んでいます」

冬月「…失敗は許されんぞ」

ーー廃墟

アスカ「…シンクロ率ゼロ。セカンドチルドレンたる資格なし。もう私がいる理由もないわ。誰も私を見てくれないもの。パパもママも誰も…。私が生きてく理由もないわ」


♪When a man loves a woman
(男が女を愛する時)
Can't keep his mind on nothin' else
(他の事は何も考えられない)
He'd trade the world for a good thing he's found
(彼女を手に入れる為ならば世界さえも引き代えにする)
If she is bad, he can't see it
(彼女が悪い女でも、彼にはそれが見えない)
She can do no wrong
(彼女は何も悪くない)
Turn his back on his best friend
If he puts her down
(彼女を悪く言う奴は例え親友であろうと許さない)

カヲル「…歌はいいねぇ。リリンの生み出した文化の極みだよ」

カヲル「そうは思わないかい。惣流・アスカ・ラングレーさん」

カヲル「綾波レイの復活は僕が阻止した。さあ行こう」


アスカ「…」

ーー共同墓地

シンジ「ここって…。母さんのお墓の隣じゃないか」

シンジ「父さん…」

シンジ「…」

シンジ「ここに居たんだね、綾波。ごめん、僕はずっと探す場所を間違っていたよ」

シンジ「花を摘んで来たんだ。喜んでもらえるといいな」

シンジ「…」

シンジ「僕は本当に一人になってしまった…」


ヒュオォォォォ


シンジ「綾波、君は幸せだった?」

ーー弐号機シンクロテスト


♪Hey Jude, dont be afraid.
(ヘイ、ジュード 恐れるなよ)
You were made to go out and get her.
(君は出て行って彼女を手に入れる事ができるさ)


ミサト「フィフスの着任と同時にアスカの発見。タイミングが良すぎる。何かあるわね」

リツコ「彼に何かあるのは確かね。見て、コアの変換も無しに弐号機とシンクロしている」

ミサト「委員会が直接送り込んで来た少年か…」


♪So let it out and let it in, hey Jude, begin,
(全てを捨てて全てを受け入れろ)
Youre waiting for someone to perform with.
(君は誰かが助けてくれるのを待っている)
And dont you know that its just you, hey Jude, youll do,
(でもそれは君がやるべきことなんだ
ヘイ、ジュード 君ならできるさ)
The movement you need is on your shoulder.
(君に必要なことは君にしかできない)


リツコ『渚君。いい加減、歌うのやめなさい』

カヲル「おっと、怒られてしまった」

カヲル「ふふ…リリン、相変わらず不思議な存在だ」

カヲル「碇シンジ君。今度こそ君だけは幸せにしてみせるよ」

ーー自宅


シンジ「新しい弐号機パイロット?今日、本部に来たんですか?」

ミサト「そうよ。かっこいい男の子。仲良くしてね。あ、シンジ君がかっこ悪いって言ってるんじゃないのよ?」

シンジ「あの、じゃあアスカは?アスカはどうなるんですか?」

ミサト「アスカは…」

ミサト「そうだ!明日アスカのとこにお見舞いに行って見る?あれからまだ会ってないでしょ?」

シンジ「ええ、暇が出来たらと思ってたんですけど…」

ミサト「シンジ君が来たら、きっと喜ぶわよ〜!これアスカの病室ね!」

シンジ「あ、どうも…」

ミサト「夕方からはリツコに呼ばれてるでしょ?話し込んであんまり遅くならないようにしてね〜」

シンジ「はぁ…」

ミサト「…」

ミサト(卑怯な大人ね…私って…)

ーー病院待合室

シンジ「…」キョロキョロ

シンジ「お見舞いに行くのって…何でこんなに怖いんだろ」

看護師「誰か探してるの?」

シンジ「あ、あの…」

シンジ「今日はお見舞いに来たんです。アスカの、惣流アスカの部屋ってどこになりますか?」

看護師「惣流さんなら、リハビリの時間だからもうすぐ下りて来るんじないかしら?」

シンジ「リハビリ?」

チン、ガーー
キィ……キィ……

シンジ「…!」

シンジ「アスカ!」

アスカ「…シンジ?」ピタ

アスカ「…」

アスカ「フン!」キィキィ

シンジ「あ、待ってよアスカ!」タタタ

アスカ「…」キィキィ

シンジ「その車椅子どうしたの?」

アスカ「見て分かんないの?歩けないのよ」

シンジ「え?歩けないって何で?」

アスカ「分からない」

シンジ「いつ治るの?」

アスカ「知らない」

シンジ「大丈夫なの?」

アスカ「何の用よ!用が無いなら帰って!」

シンジ「今日はその…お見舞いに来たんだ」

アスカ「フン。どうせミサトに言われて来たくせに…」

シンジ「…渚君に助けられたんだってね」

アスカ「渚?ああ、そうよ。いい男よねアイツ」

アスカ「あんたと比べたら月とスッポン、弐号機と初号機くらいの差があるわ!」

シンジ「はは、渚君ってよっぽどカッコいいんだろうね。ミサトさんにも同じ事言われたよ」

アスカ「用はそれだけ?」

シンジ「え、その…」

シンジ「そ、そうだ!病院食だけじゃ飽きると思ってアイス買って来たんだ。この辺はもう何も無いから強羅まで行って買って来たんだ、はい」

パシン!

ボトッ

シンジ「あ…」

アスカ「もう帰ってよ!こんなになるまでほっといて今更何よ!あんたの顔なんて見たくもないわ!」

シンジ「僕はただ心配してーー」

アスカ「心配?嘘ね!あんた、人の顔色うかがってるだけじゃない!」

シンジ「そんな…」

アスカ「鈴原は右脚を失った!私は歩けなくなった!あの女は渚に殺された!次はあんたの番じゃないの?自分の心配してなさいよ!」

シンジ「ちょちょっと待って?渚君に殺された?綾波が?」

アスカ「あの女を排除したのは自分だとか何だとか。どっちでもいいけど。興味ないわ」

ーー本部前

ミサト「自由にシンクロ率を設定できる?確かなの?」

日向「ええ、マヤちゃんのワークステーションで見つけた情報です。これを見た時は驚きました」

ミサト「確かに普通じゃ無いわね」

日向「弐号機パイロットの座に収まりたかったのなら、諜報部にアスカの発見を遅らせる工作だって出来たはずです。それなのにあの少年にアスカを発見させた」

ミサト「委員会だけじゃない。複数の思惑が交錯してるわね」

ミサト「ありがとう日向君。ここからは直接本丸を攻めてみるわ」

ーーリツコ研究室


リツコ「マヤ、もう一度解析ソフトに渚君のシンクロテストのデータをかけてみて。今度はアルゴリズムを変えて最初の数マイクロ秒だけでいいわ」

マヤ「やっぱりノイズが除去しきれませんね」


コンコン


ミサト「リツコ。話があるんだけど」

リツコ「ミサト?手短にお願いね」

ミサト「カヲル君の正体、検討がついてるんじゃないの?」

リツコ「まだ調査中。何も結論は出ていないわ」

ミサト「それで私が納得すると思う?どれだけ付き合い長いと思ってるのよ。リツコが隠し事をしてる事ぐらい分かってるわ」

リツコ「ミサトは私を疑ってるようだけど本当に何も知らないのよ」

シンジ「ミサトさん!」ダッ

ミサト「シンジ君?」

シンジ「」ハァハァ

リツコ「どうしたの?シンクロテストにはまだ早いわよ」

シンジ「渚君が綾波を殺したって本当なんですか!?」

リツコ「…!マヤ!?」ガタッ

マヤ「違います!」

ミサト「レイを殺した!?ちょっとどう言う事よ!」

リツコ「…」ハァ

リツコ「…いいわ。マヤ、監視カメラを切って」

リツコ「…シンジ君が思っていた通りよ。レイは爆心地で発見された後、蘇生措置を受けていたの」

ミサト「ちょっと!そんな大事な事、何で黙っていたのよ!」

リツコ「司令の指示だったのよ。私には何の権限もないわ。今の話だって司令に知られたらここに居る全員の首が飛ぶ」

シンジ「…やっぱり綾波は生きていたんですね」

リツコ「いいえ。発見された時には既に心肺停止状態、全身には重度の火傷を負っていた。でも一縷の望みをかけて蘇生措置を受けていたの」

ミサト「そんな状態で蘇生措置?」

リツコ「レイの場合は特殊なのよ」

ミサト「特殊?」

リツコ「…」

ミサト「…いいわ。続けて」

リツコ「でもその蘇生は何者かによって阻止された」

リツコ「その時検出されたガンマ線がこれ。渚君がシンクロテストを受けた時のデータととても良く似ているわ」

ミサト「つまりレイの蘇生阻止に彼が関与している可能性があるのね」

リツコ「おそらく。でもまだデータが十分ではないの。ガンマ線の発生源も分かっていないわ。重要参考人ってところね」

ーー病院・リハビリルーム


アスカ「何で突然歩けなくなったのよ。身体にはなんの問題もないのに…」

カヲル「やあアスカ君。リハビリは順調かい?」

アスカ「!?」バッ

アスカ「あんたあの時の…」

カヲル「覚えててくれてたのかい?嬉しいよ」

カヲル「あらためまして、アスカ君。僕は渚カヲル。カヲルでいいよ」

アスカ「…何であの時私を助けたのよ。頼んだ覚えはないわ」

カヲル「そうなのかい?僕には助けを求めてるように見えたけど」

アスカ「…」

アスカ「で?何の用?見ての通り私忙しいんだけど」

カヲル「実は、僕が弐号機に乗る事になったんだ。今日はそのご挨拶に来たのさ」

アスカ「弐号機に?あんたエヴァのパイロットだったの?」

カヲル「弐号機は良い機体だね。まるで本当の身体を取り戻したような気持ちになれるんだ」

アスカ「フン!それで落ちぶれた元パイロットを笑いに来たってわけ?良い趣味してるじゃない」

カヲル「まさか、そんな事はしないよ。僕が君を笑う理由はない。気付いていないのかもしれないけど、君はとても美しい女性だよ」

アスカ「…なんだ、口説きに来たんだ。言っとくけど、自分が美少女だなんてとっくに気付いてるから!」

カヲル「容姿の事じゃないよ。君の内面の事さ。心を閉じている弐号機とシンクロするなんて並みの努力ではいかないだろう」

アスカ「はぁ?」

カヲル「そんな君に興味がある。好意に値するよ」

アスカ「な、何なのよ。あんた」

カヲル「フフ、僕は君と会う為に生まれてきたのさ」

ーー弐号機比較検証実験


シンジ『…』


ミサト「シンジ君を弐号機に乗せる意味は?」

リツコ「ガンマ線は微量ながら、エヴァのシンクロ時にも発生している。電化したLCLが発生源よ。その波形で渚君の波形をフィルタリングすればノイズが除去できるかも知れない」

ミサト「零号機の時みたいに暴走したりしないわよね?」

リツコ「プラグ深度とハーモニクスには細心の注意を払うわ。それに今回は新たに開発したゲートウェイプログラムを使う。暴走の心配はないわ。」

ーー弐号機プラグ内


シンジ「…」


シンジ(渚君…。何故だ、何故蘇生を邪魔したんだ)

シンジ(邪魔しなければ綾波は助かったかもしれないのに)

シンジ(…)


『助けて…碇君』


シンジ(綾波…)

シンジ(…僕は必ず君の仇を討つよ)


『私の事は助けてくれないのね』


シンジ(…!)

シンジ(頭の中に…零号機の時と同じ…?)


ミサト「何か様子が変よ」

マヤ「ハーモニクスが不安定です。精神汚染が始まっています」

マヤ「…?…いえ、止まりました。数値が拮抗しています」

リツコ「パイロットの意志を残したまま侵食を止めたのね。まるで弐号機が対話を望んでいるようだわ」

マヤ「ゲートウェイが機能していません。中止しますか?」

リツコ「いいえ。続行して」

シンジ「はっ…!」


ーーシンジの部屋


シンジ「え…?ここは、僕の部屋?」

シンジ「夢、だったのか?」

シンジ「…」

シンジ「今、何時ーー」ゴロン

ガラ

スッ

シンジ「?」

テクテク

ボフッ!

シンジ「ア、アスカ!?」

アスカ「こっち見ないで」

シンジ「ご、ごめん」

アスカ「…」

シンジ「…」

シンジ「…どうしたのアスカ?」

アスカ「…シンジはなんでエヴァに乗ってるの?」

シンジ「え?」

アスカ「何の為に乗ってるのよ。本当は乗りたくないんでしょ。でも何で乗るの?」

シンジ「なんで…なんでだろ」

アスカ「…」

シンジ「…多分、意味なんてないよ」

シンジ「使徒を倒さないとみんなが死んじゃう。そんなの嫌なんだよ」

シンジ「怖くても誰かがやらなきゃいけないんだ。誰かに押し付ける訳にはいかないじゃないか」

シンジ「怖い思いをしなきゃいけないのが、偶然僕だっただけだよ。そこに意味なんて無いんだ」

アスカ「…」

アスカ「シンジらしいわね。男らしくない」

シンジ「…」

アスカ「…でも優しいのかもね」

シンジ「アスカ…?」

アスカ「…」

シンジ「ど、どうしたの?アスカ…。なんかいつもと雰囲気が違うけど」

アスカ「…私の本当のママはね、私が子供の頃に死んじゃったの。私は捨てられたのよ」

シンジ「え?」

アスカ「パパもママも誰も私を見てくれなかった」

シンジ「…」

アスカ「そんな頃、エヴァのパイロットに選ばれたの」

アスカ「周りはみんな大人だけ。友達だって出来やしない。毎日毎日訓練ばかりさせられたわ。でも私にはそれしか無かった。これ以上私は捨てられたくなかったの。だから必至に頑張った」

アスカ「私がこの世界で生きてく為には、エリートである必要があったの。例えそれが虚勢であっても。エリートでなくなった途端、誰も私を見てくれなくなるから」

シンジ「アスカ…」

アスカ「私はね、エヴァに乗った時から、強い自分を演じる必要があったの。シンジやファーストよりも自分を大きく見せる必要がね」

アスカ「…でもそんなの本当のアスカじゃない」

アスカ「本当のアスカはこの私」

アスカ「エヴァのパイロットに選ばれた時、アスカに捨てられてしまったこの私。私こそが本当のアスカなの」

シンジ「アスカ…?」

アスカ「今までシンジには散々酷い事を言ってきたし、たまには殴ったりもしたわね」

アスカ「アスカの事、嫌いでしょ?憎いでしょ?」

アスカ「でもアスカにはどうにも出来ないの」

アスカ「だって強くなくなったら、シンジもミサトも誰も…アスカを見てくれなくなるかも知れないから」

シンジ「…」

アスカ「でも…でもね。弱いアスカでも見てくれる人がいたら。もしそんな人がいたら。アスカはアスカを演じる必要なんか無くなるの」

シンジ「…」

アスカ「シンジ…」

シンジ「僕は…」

アスカ「…」

シンジ「…」

アスカ「…」

スクッ

シンジ「アスカ…?」

テクテク

アスカ「勝手に入ってきちゃってごめんね、もう行くわ」

ガラ

アスカ「さよなら、シンジ。もう二度とここには来ないから」

シンジ「ま、待ってよ!アスカ!」

アスカ「だめよ…」

シンジ「…アスカ」

アスカ「…」


アスカ「…出来る事なら、今度はシンジの方から会いに来て」


ピシャ!


ミサト「シンジ君!」

シンジ「アスカ!」

リツコ「弐号機からの精神汚染が急に止まった?マヤ、データは?」

マヤ「はい、これだけあれば十分です!」

リツコ「想定とは違うデータだけど、これはこれで面白いわね」

ミサト「ちょっとリツコ!」

シンジ「はぁ、はぁ…」

ミサト「シンジ君!大丈夫!?」

シンジ「アスカ…」

ミサト「シンジ君!」


弐号機「…」

ーー本部内・場所不明

カヲル「僕が弐号機とシンクロした事で少し心を開いてしまったようだね」

カヲル「さて先を急ごうか。愛憎の分岐点が現れるのは一瞬だ。間違えないようにしないと」

ーー休憩所


シンジ「あれは弐号機?それとも本当にアスカだったのか?零号機の時と同じ…誰かがいた…」

シンジ「…」

シンジ「僕と同じ…アスカも親に捨てられたのか…?」


ミサト「シンジ君、居る?」

シンジ「ミサトさん…」

シンジ「すみません、僕シンクロテスト中なのに余計な事ばかり考えてて…」

ミサト「良いのよ。あんな事聞かされた後ですもの、無理もないわ」

ミサト「それより、疲れてるところ申し訳無いんだけど、今日は本部に泊まってもらえる?部屋は用意するから」

シンジ「はい、構いません」

ミサト「ごめんね、ちょっと物騒な感じになってきちゃって。シンジ君に万一の事があったら大変だから」

prrrr

ミサト「あ、リツコだわ。ちょっと待ってて」ピッ

ミサト「はい私よ」

リツコ『ミサトすぐ来てちょうだい。分析の結果が出たわ』

ミサト「分かった、シンジ君の手続きが終わったらそっちに行くわ」

ミサト「ごめん、呼ばれちゃった。じゃあねシンジ君。夜更かししちゃダメよ」

シンジ「はい…」

シンジ「…」

prrrrrr…

prrrrrr…

prrr

ガチャ


アスカ『…』

シンジ「アスカ?ごめん、こんな時間に。今、大丈夫かな?」

アスカ『何の用よ、もう寝るんだけど』

シンジ「体調の方はどうかなと思って」

アスカ『…』

シンジ「本当は会いに行こうと思ったんだけど、本部に泊まり込みになっちゃったから」

アスカ『あら、お構いなく。無敵のシンジ様は私と違ってお忙しそうですものねぇ?』

シンジ「…」

シンジ「今日さ、弐号機に乗ったんだ」

アスカ『はぁ!?あんたが?何であんたが弐号機に乗るのよ。弐号機とは互換性は無いはずでしょ!』

シンジ「渚君のシンクロテスト中に異常があったみたいで、僕と比較する事になったんだ」

アスカ『…そう言えば、弐号機のパイロットに選ばれたって渚が言ってたわね』

シンジ「え?渚君と会ったの?」

アスカ『お見舞いに来たのよ』

アスカ『あいつも忙しいみたいだけど、誰かと違って義理堅いわよねぇ?』

シンジ「渚君と…何を話したの?」

アスカ『別に…。あんたには関係無いじゃない』

シンジ「アスカ…。渚君には会わない方がいいと思う」

アスカ『はぁ?なんでよ…』

シンジ「その、だって、彼は…」

アスカ『な、何よ…』

シンジ「…アスカが、言ってたじゃないか。彼が綾波を殺したのかもしれないって」

アスカ『…何でそこであの女の名前が出てくるのよ』

シンジ「そんな奴と会ったら危ないよ!何されるか分からないじゃないか!」

アスカ『…』

アスカ『理由はそれだけ?』

シンジ「それだけって…。十分な理由だと思うけど」

アスカ『…』

アスカ『あいつ、私に気があるみたいなのよねぇ』

シンジ「え?」

アスカ『ほら、カヲルって、顔も声も中々でしょ?告白されたりしたら、私もその気になっちゃうかもしれないし?』

アスカ『まあ、あいつがどうしてもって言うなら?デートくらいしてあげてもいいけどね!』

シンジ「アスカ…」

アスカ『あー、また会いに来てくれないかしら』

シンジ「アスカ…。もしかして渚君の事…」

アスカ『さあ?鈍感なあんたには一生分からないでしょうね!』

シンジ「とにかく気を付けてよ、アスカ」

アスカ『もう切るわ!おやすみバカシンジ!』

シンジ「あ、アスカ…」

プッ


アスカ「死んだ女の事なんかいつまでも引き摺ってんじゃないわよ!後悔させてやるわ!」

ーーリツコ研究室


ミサト「なんなのこれ?」

リツコ「加工済みのフィフスの波形データよ。シンジ君の実験で得られたデータでフィルタリングしてみたの」

ミサト「まるで脳だわ…」

リツコ「そうね。ガンマ線の発生源がランダムではなくそれぞれが連携している。こんな現象はもちろん自然界には存在しない。中性子の消滅のタイミングを人為的に操作している」

リツコ「人工的に作られたフェムトマシンによるもの。その可能性が高いわ」

ミサト「フェムト?ナノマシンより小さいって事?」

リツコ「一つのフェムトマシンのサイズは原子と同程度。ナノマシン程の物質の生成能力は無い。代わりに、核反応を利用して高速に膨大な計算を行う。一種のコンピュータね」

リツコ「このフェムトマシン群が一定の崩壊を起こし準安定状態になると、様々な元素をエミュレートする事が可能よ。シンクロテスト時の電子機器への干渉や、レイの蘇生を阻止したプロテアーゼに変化する事も出来る」

ミサト「もしかして戦自が?」

リツコ「まさか!今の人類の技術ではナノマシンですら作れないのよ。技術的特異点を考慮してもフェムトマシンなんて二千年先の技術ね」

ミサト「…使徒か!」

リツコ「重要参考人から容疑者になったわね」

ピッ

ミサト「私よ、日向君!諜報部と保安部に連絡!すぐにフィフスを確保して!」

リツコ「簡単に確保なんて出来るかしら?相手は最強の能力を持つ使徒なのよ」

ーー病室


アスカ「あんたまた来たの?」

カヲル「今夜はデートのお誘いさ」

ーー司令室


冬月「第五の少年がセカンドと会っているようだな。ゼーレめ、何を考えている」

ゲンドウ「老人達はこんな回りくどい事はしないだろう。だが奴の狙いは一つだ。セカンドはその為のエサに過ぎん」

ーー発令所

シンジ「ミサトさん!渚君が使徒だって本当なんですか!?」

ミサト「ええ。今、彼の消息を追ってるところよ。シンジ君は念の為ここで待機してて頂戴」

prrr

ミサト「はい、葛城です。日向君?どうフィフスは見つかった?」

ミサト「え…?アスカが消えた!?」


シンジ「え?」

ーー美術館


アスカ「どこよここ…。真っ暗じゃない」

カヲル「待ってて。今電源を入れるよ」


パッ


アスカ「…!」

アスカ「イルミネーション!クリスマスツリーね!キレイ!」

カヲル「いつも病院では息がつまると思ってね。14歳の誕生日おめでとう」

アスカ「…!」

アスカ「あんた知ってたの!?」

カヲル「もちろん。君の事なら何でもね」

アスカ「何でよ、何で私にここまでしてくれるの?」

カヲル「好きな人に喜んで貰いたいって気持ちは自然な事だと思うよ」

アスカ「す、好きって…?あんた、本気なの?」

カヲル「…ずっと昔から君の事を思ってた。気の遠くなるような年月を経てやっと君に会えたんだ。君の為なら何でもするよ」

アスカ「何でも…。だからファーストを殺したの?私があいつの事嫌いだから」

カヲル「君が僕を警戒している理由はそれだったのかい?」

カヲル「勘違いしないで。彼女は既に死んでいたんだ。僕は人間達のエゴで無理やり復活させられようとしていたところを阻止したにすぎない」

アスカ「だからって、あんたに何の権利があるって言うのよ!」

カヲル「彼女の出自は少々特殊でね。僕と同じ境遇で育ったのさ。」

カヲル「でも彼女の場合は僕より体が弱かった。薬に頼っていたらしい」

カヲル「でもそれも限界が来ていた。彼女の寿命は迫っていたんだ。年は越せなかっただろう」

カヲル「たった数週間の命の為に他人のエゴで君は生き返りたいと思うかい?」

アスカ「知らなかった…。アイツ、そんな重い病気だったのね」

カヲル「君が気に病む事じゃないよ。それが僕達の運命なんだ。ただ僕より不運だっただけさ」

アスカ「…」

カヲル「今、好きな人は居るかい?」

アスカ「…いないわ」

カヲル「シンジ君の事はどう思ってるんだい?」

アスカ「もう!何で今あいつの名前が出てくるのよ!私の誕生日も忘れてた奴、嫌いに決まってるでしょ!」

カヲル「良かった。じゃあ僕が立候補しても良いんだね」

アスカ「でも私、結構モテるのよ。ラブレターも沢山貰ったし、告白も何度もされたわ。あしらい方も良く知ってる。簡単に落ちないわよ?」

カヲル「そう。僕にとって君は初恋の人であり、最期の人でもある。これは必至に口説くしかないね」

アスカ「そうね、あんた今までの奴らと何か違う。何か女慣れしてるって言うか、妙に大人びてるって言うか」

アスカ「…正直、悪い気はしないわ」

アスカ「でも、私、あんたの事何も知らない。あんたの事が分からない」

カヲル「誰もが初めは他人同士さ。僕の事はこれから知ってもらえばいい」

アスカ「…正直言うと怖い」

カヲル「…」

カヲル「そうだね、いつか言わなけれならないのなら、それは今なんだろう。君にだけは打ち明けるよ」

アスカ「何よ」

カヲル「僕は使徒なんだ」

アスカ「は、はぁ!?使徒!?だってあんた人間の姿してるじゃない!」

カヲル「使徒は様々な形態をとる。ヒトの姿で現れてもおかしくないよ」

アスカ「私を好きだって言うのも嘘なのね!?」

カヲル「待って、そんなに警戒しないで。君を好きだと言うのは本当さ。騙すつもりはないよ」

カヲル「もし君と一緒になれるならヒトとして生きるつもりだ。僕の持つ能力を全て捨てて、ただの人間として生きるよ」

アスカ「それを信じろって言うの?」

カヲル「使徒としての僕の寿命は永遠に続く。…何もないたった一人の時間を永遠に過ごすんだ」

カヲル「ヒトの心を知った僕にとってそんな人生は死んでいるのと同じだ。だったらヒトとして、限られた時間であっても愛する人と生きて行きたい」

アスカ「あ、愛するって…。何よ、それ…」

カヲル「嘘偽りの無い僕の気持ちさ」

カヲル「男と女。性に隔てられたドメイン。でも、それを越えて人を好きになるって奇跡的な事だと思わないかい?」

カヲル「人種も違う女性に好意を抱くなら尚更だ。僕は人と使徒の垣根さえも越えて君の事を愛してしまった」

アスカ「…」

アスカ「もし断ったら?」

カヲル「…断られたら?」

カヲル「…うーん、うん?」

カヲル「…」

カヲル「どうしよう…。君の恋人になる事しか考えていなかったよ…」

アスカ「…」

アスカ「ぷっ…!」

アスカ「あはははは!」

カヲル「え?え…?今笑うところかい?」

アスカ「あはは!断られた時の事を考えてなかったですって?何よそれ?あんた意外とマヌケなとこあるのね」

カヲル「そこまではっきり言われると、正直傷付くよ…」

アスカ「良く考えたら、私にはもう関係ないか…」

カヲル「え?」

アスカ「あんた相手に私は何も出来ない。エヴァに乗れない私にあんたは倒せない。悔しいけどシンジに任せるしかないわ」

カヲル「やっぱり君は何よりエヴァが好きなんだね。君が望むならもう一度エヴァに乗せてあげるよ」

アスカ「もう一度…?それ、本当なの?」

カヲル「僕は君に嘘はつかない」

アスカ「…もしエヴァに乗ったら私はまた一番になれると思う?」

カヲル「なれるさ。君ならね」

アスカ「…」

アスカ「あんたと付き合うって話、返事は待って。少し考えさせて」

ーー本部

ミサト「…はい。はい、分かりました。すぐ向かいます」

ピッ

ミサト「アスカから連絡があったわ。仙谷の美術館に居るって。フィフスも一緒よ」

シンジ「こんな夜中に美術館…」

ミサト「シンジ君?どうしたの?」

シンジ「アスカ、もしかしたら渚君の事好きなのかも知れない…」

ミサト「…」

シンジ「だったら僕は綾波の仇を討ってもいいんでしょうか?アスカ、悲しむんじゃないかな…」

ミサト「状況が分からない内は、勝手な憶測で結論を出しちゃダメよ」

ミサト「さあ、アスカを迎えに行きましょ」

ーー美術館前


ファンファンファンファン

バタタタタタタタタタ…


シンジ「アスカ…」

アスカ「…」

シンジ「良かった。心配してたんだ…」

ミサト「アスカ、大丈夫!?彼に拉致されたの?」タタタ

アスカ「違うわ。私の意志よ」

ミサト「フィフスは?」

アスカ「帰ったわ」

ミサト「だそうよ!奴の足取りを追って!」

アスカ「ミサト!あいつは使徒よ!」

ミサト「彼が正体を明かしたの!?」

アスカ「取り引きされたわ。私があいつと付き合うなら使徒をやめてもいいって」

ミサト「…はぁっ!?付き合う?アスカと使徒が?」

ミサト「…どう言う事?」

アスカ「あいつ本気で私の事好きみたい」

シンジ「…」

ミサト「ヒトの心を篭絡するほどの使徒か…」

アスカ「シンジ!」

シンジ「え…?」

アスカ「…」

アスカ「わたし…私どうしたらいい?」

アスカ「あんたはどうして欲しい?」

シンジ「…」

ミサト「…」

シンジ「…アスカは渚君の事、どう思ってるの?」

アスカ「…」

シンジ「彼がアスカの為に人間になるって言うなら、その言葉を信じたい」

シンジ「アスカが彼と一緒に行くなら僕は止めないよ」

ミサト(もう!バカ!)


アスカ「…そう。人類の為にあいつと一緒になれって言うのね」

シンジ「違う!人類とか関係ない!僕は本当にアスカの為に言ってるんだ!」

アスカ「何が私の為よ!あんた私の事どころか自分の事だって分かってないくせに!あんたバカよ!本物のバカシンジよ!」

カッ!

バタタタタタタタタタ…
ヒュンヒュンヒュン


諜報課員「ヘリが迎えに来た。来い」

シンジ「アスカ!」

アスカ「…ッ」キッ

シンジ「アスカ!?待って下さい!アスカをどこに連れて行くんですか!」

ミサト「大丈夫。アスカの身柄は諜報部の管轄なの。一足先に本部に戻るだけよ」

シンジ「アスカ…」

ーー仙谷原上空

バタタタタタタタタタ…


『こちら030機、本部到着予定時刻に変更あり。19:30に変更。保安部、及び、諜報部は現場で待機せよ』

『了解』


アスカ「…」


ガコン!ガガン!


アスカ「…!」

諜報課員「どうした、噴火か!?」


ガコン!ガガァァア!


パイロット「針路上に飛行物発見!」

パイロット「あれは…」


カヲル「…」


パイロット「ひ、人!?」

カヲル「アスカ君」

アスカ「…!カヲル!」

諜報課員「フィ、フィフス!」

ギゴガガ、バキバキメキッ!


パイロット「…!ヘリの隔壁がっ!」


ビュオオオオオーーーー!!


アスカ「きゃあ!」

パイロット「030機より本部!フィフスから攻撃を受けている!」

ビーービーービーービーー!
ヒュンヒュンヒュン

パイロット「くそっ!コントロール不能!墜落するぞ!」

カヲル「傷付けはしないよ。またアスカ君に怒られてしまうからね」


メリメリ、バキン!


アスカ「カヲルーー!」


ビュオオオオオ!!


アスカ「あんたがヒトでも使徒でも関係ない!私をエヴァに乗せて!」

カヲル「…分かったよ、アスカ君」

カヲル「本当はもっと穏やかに事を進めたかったけど、これが僕の愛の証だ」

ふわっ…

カヲル「さあおいで、アスカ君」

アスカ「カヲル!」バッ

諜報課員「…!」

諜報課員「セカンドがフィフスと逃亡!飛んでいる!本部、いやドグマに向かうぞ!」

キキィィーーーー!


ーーミサト車内・南仙谷原


ミサト「分かったわ!10分で着く!シンジ君も一緒よ!」

シンジ「そんな、アスカ!何でだよ!」

ミサト「…」

シンジ「何でこんな事するんだ!」

ミサト「こら!バカシンジ!」

シンジ「は、はい!?」

ミサト「アスカが暴走してる原因の半分はあなたにあるのよ」

シンジ「なんでですか?僕が何したっていうんですか!」


ミサト「…本当はアスカは引き留めて欲しかったんじゃないかしら」

ミサト「人類の存亡なんて関係ない、ただ自分の側にいて欲しい、そう言ってくれるのを期待していたんだと思わない?」

シンジ「…」

シンジ「…渚君ならアスカの事を見てくれるんだ。渚君と一緒にいた方がアスカは幸せなんです」

ミサト「それって、人の幸せを願っているようでいて自分で責任を負うのを避けてるだけじゃない」

ミサト「本当に人を思いやるって事は、相手の人生の一部を背負う覚悟を持つって事よ」

シンジ「…」

ミサト「…あなたは何故エヴァに乗るの?」

シンジ「…」

シンジ「…僕は…僕がエヴァに乗るのは…」

『…シンジはなんでエヴァに乗ってるの?』

シンジ「…」

シンジ「そうか…そういう事なのか…」

ミサト「あの子の事心配?」

シンジ「…当たり前です!」

ミサト「だったら、あなたが出来る事はただ一つ」

ミサト「アスカが使徒の元に行ってしまわないよう、あなたが全力で繋ぎ止めなさい」






シンジ「はい!」

ーー発令所


青葉「目標は第四層を通過!尚も降下中!リニアの電源切れません!」

マヤ「第五層を通過!」

冬月「ターミナルドグマへ続く全防壁を緊急閉鎖!少しでもいい時間を稼げ!」


冬月「やはりゼーレが直接送り込んできたか。思った通りだな」

ゲンドウ「老人たちは予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手を使ってな」


ゲンドウ「…だが罠にかかったのは奴らの方だ」

ミサト「状況は!?」ダッ

リツコ「フィフスとアスカの乗った弐号機はドグマを降下中。もうすぐターミナルドグマに到達するわ」

マヤ「強力なATフィールドが発生中!ドグマ周辺の電子機器は無力化されました!詳細不明です!」

日向「目標は第十七隔壁を通過!ターミナルドグマに着地します!」

青葉「…それにしても、使徒はなぜアスカと一緒にドグマに?」

リツコ「婚姻の儀式よ…」

リツコ「人外の者が、人間の美しい女性を娶る異類婚姻譚は、世界中で伝説として語られている。人類は生贄と引き換えに自らの繁栄を神に保証してもらうのよ」

ミサト「それは違うわ。人間は神に対抗する力を手に入れた。奪われたものは取り返す。神は今、敵でしかない」

ーーターミナルドグマ


弐号機「」ザパーーーーン!

アスカ「凄い、脚が動かないのにエヴァを動かせる…」

カヲル「実際の身体能力とシンクロ率は無関係なのさ。例え頭だけになってもエヴァは動かせる」

アスカ「ふーん。やっぱり歩けるって気持ちいい!」

カヲル「ところで、アスカ君。君はエヴァに乗る必要があったのかい?」

アスカ「…ケジメなのよ」

アスカ「私が一番だった頃はみんなが私を見てくれた。でもいつの間にかシンジか私の前を歩くようになった」

アスカ「悔しかったわ。先に行かれた事だけじゃない。あいつは私を振り向きもしなかったから」

アスカ「だからもう一度私は先を行く。嫌でもあいつの目に入るよう前を歩くの」

カヲル「…君なりの別れの挨拶ってところか」

ーーセントラルドグマ

初号機「」ギャリリリリリ!!


ーー発令所

ミサト「ここから先は強力な電磁波のせいで通信が出来なくなるわ。あなた一人で決断しなくてはならない。信じてるわよ、シンジ君」

ーーターミナルドグマ


カヲル「来たよ、シンジ君だ」


初号機「」ザパーーーーン!


アスカ「シンジ…」

シンジ「アスカ!」

アスカ「…」

アスカ「私はカヲルと一緒に行くわ。これでさよならよ」

アスカ「でもその前にエヴァで勝負してあげる」

アスカ「エヴァに乗るたび思い出しなさい。あんたより強いパイロットがいたって事を」

アスカ「…それを忘れないで」

シンジ「…」


『私はね、エヴァに乗った時から、強い自分を演じる必要があったの。シンジやファーストより強い自分をね』

『でも…でもね。弱いアスカでも見てくれる人がいたら。もしそんな人がいたら。私はアスカを演じる必要なんか無くなるの』


シンジ「…」

すぅ…

シンジ「勝てるもんなら勝ってみろ!!絶対に僕が勝つ!!誰が思い出してやるもんか!!悔しかったら毎日その泣き顔見せてみろ!!毎日僕に八つ当たりしてみろ!!でないと忘れてやる!!!」

ジャキン!ブォン!!


アスカ「…!」

アスカ「…シンジ、ありがとう」

アスカ「でももう遅い、もう遅いのよ!女の意地みせてやるわ!」

ジャキ!!


シンジ「うおおおおお!」

アスカ「どうおおりああああ!」

キン!ガッ!ゴッ!


カヲル「なんて無意味な戦いなんだ。意地を張ってもお互い不幸にしかならないのに。リリンの行動は理解出来ない事ばかりだ」


ガガン、キィン!


シンジ(弐号機にアンビリカルケーブルは接続されていない。活動限界はゆうに超えている。渚君が何かしているのは間違いない)


カン!
ギィーーーー!
バッ!


シンジ(エヴァ同士の戦いは初めてだ!使徒相手のやり方じゃ通じない!)

アスカ(装備はプログレッシブナイフだけ!勝負は格闘戦のみ!)

シンジ(だけど頭や胴体を狙えばアスカがショック死しかねない!)

アスカ(コアも狙えない!)

シンジ(だったら脚を狙って動きを止める!)

アスカ(肩!まずは戦力を削ぐ!)

バシャバシャバシャ、グォン!


アスカ「はっ!?」


ザッパーーン


アスカ「くっ!くぉのぉぉ!バカシンジのくせに生意気よ!」


カヲル「しかしこの戦い、とても深い悲しみと美しさで溢れている。嫉妬する程に」

シンジ(アスカが渚君の事を好きだとしても、そんな事知るもんか!引きずってでもうちに連れて帰ってやる!)

アスカ(あんたの所為なのに!やっと諦めようとしてるのに!)

シンジ(毎日僕の下手なチェロを聴かせてやる!毎日アスカの下着を洗ってやる!あの狭い部屋でありきたりな日常を送らせてやる!そんな日常を君が幸せだと思うまで!)

アスカ(このままじゃ負けちゃう!これで最期なんだから、これでもう会えないんだから!だから私に勝たせてよ!あんたの記憶に残らせてよ!)


シンジ「アスカ!ごめん!」

アスカ「あぅ!」

バシャーーン

シンジ「立てよ!アスカ!!僕に勝つんだろっ!」

アスカ「言われなくたって立ってやるわよ!」

シンジ「来い!二度とさよならなんて言わせるもんかっ!!」

アスカ「お喋りし過ぎよ!」

ブォン!

初号機「」ピク

アスカ(…!)

アスカ(動きが止まった!今!)


ザクッ!


シンジ「ぐっ!」

アスカ「やった!」


初号機「」ブシュゥゥゥゥゥウ!!!!


アスカ「え…?首…?」


初号機「」グラ…

ザッパーーーーン!

アスカ「違う、私、肩を狙って…」

アスカ「…嘘でしょ?シンジ?」


初号機「」


アスカ「…ちょっとシンジ?何か言いなさいよ?私を無視する気!?怒るわよ!!」


初号機「」


アスカ「え、え…?」

アスカ「…シンジ?」


初号機「」ドロッ


アスカ「…殺した」

アスカ「…」

アスカ「…うそ」

アスカ「ひぁ…」




アスカ「いやああああああああ!!!」

カヲル「アスカ君、君の勝ちだ。さあ、行こう」

アスカ「…」

カヲル「アスカ君?」

アスカ「…行かない」

カヲル「え?」

アスカ「…あんたとは一緒に行かない。シンジとここに居る」

カヲル「何を言って…。約束したじゃないか」

アスカ「私、あんたの事利用したわ」

カヲル「利用…」

アスカ「もう分かったのよ。わたしは元々一番になんかなれないんだって。受け入れたら楽になったわ」

カヲル「僕を出汁に使ったのかい?シンジ君の気を引く為に…」

アスカ「…そんな事されたら傷つくわよね?痛い程気持ちは分かるわ。でもこれがあんたが好きになった私なの。最低な女なのよ」

カヲル「…」

♪He'd trade the world for a good thing he's found
(彼女を手に入れる為ならば世界さえも引き代えにする)
If she is bad, he can't see it
(彼女が悪い女でも、彼にはそれが見えない)

カヲル「…」

カヲル「…ひとつ聞いていいかい?僕が使徒ではなく人として生まれてきたのなら、君は僕の事を好きになってくれてたかい?」

アスカ「…私、前から思ってたのよ」

アスカ「四つの目を持つ弐号機はアンドロギュノスなんじゃないかって」

カヲル「プラトンか…」

アスカ「私もシンジもダメな人間だから…。どこか心が欠けてるから…。欠片は片割れを求める…」

アスカ「あんたは完璧過ぎるのよ。私に必要なのは麻薬じゃなくて毒。私の片割れにはどうやってもなれない」

カヲル「…ッ!!!」

カヲル「ああああああアアァァァ!」

アスカ「…」

カヲル「僕だって!使徒に生まれたかった訳じゃない!僕だって人に生まれて来たかったさ!でもそんな運命を受け入れて出来ることは全てやった!君達の為に全てやったんだ!なのにその仕打ちがこれなのか!」

アスカ「私の事憎いでしょ?いいわ、特別に殺されてあげる」

カヲル「もういい!ここでサードインパクトを起こしてやる!」

アスカ「はぁ…!?」

カヲル「僕の思い通りの世界を作るんだ!」

アスカ「な!ちょっと!何言ってんのよ!私達の問題でしょ!?ヤケになってんじゃないわよ!」


ダッ!


カヲル「邪魔するナァァァ!!」

アスカ「あぅ!」

ドサッ!

ーー本部内・元医療施設


アスカ「」パチ

アスカ「…」

アスカ「…私まだ生きてる」

保安部員A「セカンドが目を覚ました。移送するぞ。ケミカルライトを持ってこい」

保安部員B「おい、立て!移動だ」グイッ

アスカ「…」

保安部員B「こいつ…!」ズルズル

保安部員A「待て、そいつは歩けないらしい。ストレッチャーを探して来い」

アスカ「…」ヨロ、ペタン

保安部員A「エレベーターは動いていない。車輌搬送路からジオフロントまで運ぶぞ」

保安部員C「こっちにも明かりをくれ、暗くて何も見えん」

アスカ「…」

保安部員A「…惣流・アスカ・ラングレー、人類に対する背信行為で貴様を逮捕する。何か言いたい事はあるか?」

アスカ「殺して」

保安部員A「なに?」

アスカ「保安部なら銃くらい持ってるでしょ。わたしを撃って」

保安部員A「貴様の生死を判断するのは我々ではない」

保安部員A「…だが善処はする」

アスカ「…」

保安部員A「移送!」


ガラガラガラ


アスカ「シンジ…」ポロポロ


ガラガラガラ…




アスカ「シンジぃーーーーー!!」

ーー元発令所


ミサト「本部の被害状況を簡単に説明するわ」

ミサト「ターミナルドグマの地下施設はほぼ全壊。ここにはエヴァの生体部品工場と、原子力発電施設も含まれている」

ミサト「これにより、本部への電力供給は完全に停止。よってMAGIも使用不能。エヴァの修理も応急処置に限定されているわ」

ミサト「現在、ジオフロント内火力発電所の再起動を急いでいるところよ」

ミサト「但し、強力な電磁波により破壊された電子機器類の復旧は不可能。少々電力を都合出来たところで、本部機能の回復は限定的になるわ」

ミサト「無線も使えないから復旧作業の進捗は直接ここに来て報告してもらうことになる」

ミサト「使徒の再侵攻がいつになるのか予測出来ない以上、とにかく全力で取り組むしかない」

ミサト「この絶望的な現実が今の状況よ、シンジ君」


シンジ「僕の所為だ。僕がアスカと渚君を止められなかったから」

ミサト「シンジ君、あなたは全力を尽くしたわ。おかげで最悪の結果だけは免れた」

ミサト「次にフィフスが来る時は、アスカの命を狙って来る」

ミサト「今はアスカを守り使徒を倒す、それだけを考えましょう」

リツコ「全員集まってちょうだい!」

ミサト「シンジ君、こっちに。これからリツコが立案した作戦のブリーフィングが始まるわ」


ザワザワ…


リツコ「使徒は逃亡する前に、再びここを襲撃してセカンドパイロットを奪還すると宣言していました。プロファイリングでも同様な結果が出ています。おそらく無理心中するつもりでしょう」

リツコ「私達の目的はセカンドの生命を守り、使徒を返り討ちにする事」

リツコ「とは言え、主力となる初号機の損傷は酷く、本来の力を発揮出来ない以上、私達に残されている手段は限られています」

リツコ「皆も知っての通り使徒にはATフィールドがあり、通常兵器による攻撃は意味をなさない」

リツコ「しかしN2爆弾や陽電子砲などの高エネルギー兵器においてはその限りではありません」

リツコ「これらの威力に匹敵し大電力を必要としない方法が一つだけ残されています」

リツコ「セントラルドグマの爆薬です」

リツコ「セントラルドグマには使徒進入に備え、全ての外壁に爆薬が仕掛けられています。これを攻撃に利用します」

リツコ「しかし、ただ爆破するだけでは使徒を地下に閉じ込める事しか出来ないでしょう」

リツコ「そこで、使徒がターミナルドグマに着地後、セントラルドグマ上部から下部へ向けて外壁を順次爆破」

リツコ「発生した瓦礫を弾丸とし、爆轟による衝撃波で連続加速、一種のマスドライバーとしてセントラルドグマを利用し、極超音速で瓦礫をドグマに撃ち込みます」

リツコ「爆風と熱エネルギー、加速された数百万トンの瓦礫が生み出す総ジュール数は、N2爆薬十数個分に匹敵」

リツコ「これを一点に集中させれば、理論上はATフィールドを貫きコアを破壊出来るはずです」

リツコ「使徒を再びターミナルドグマに誘き寄せる為、現在ジオフロント施設に隔離中のセカンドパイロットを、辛うじて崩壊を免れているドグマの旧独房に移送します」

リツコ「初号機はまともな戦闘が出来ません。そこで初号機にはセカンドの安全確保に全力を注いでもらいます」

リツコ「初号機はターミナルドグマの旧独房付近で待機。爆破と同時にセカンドパイロットを救出し、瓦礫の直撃を避けながら、旧独房付近の地下空間に退避。地上からの救出があるまで最長15日間、そこで待機してもらいます」

リツコ「パイロット達二人にはかなりの苦痛を強いる事になるでしょう」

シンジ「…地下7000メートルで生き埋めか」

リツコ「この作戦は成功したとしても、本部の大半と初号機を失う事になるでしょう」

リツコ「しかし、これが最大の効果を生む為に、苦渋の選択によって立案された作戦の全容になります」

リツコ「この作戦に於いて必要な作業は大きく分けて三つ。初号機を起動させる為の応急修理、外壁の爆薬の再結線、作戦開始までに必要な火力発電所からの電力の供給ーーこれはもうすぐ終わるわね。以上を各部門に担当して貰います」

リツコ「特に重要なのは爆薬の再結線。先の進入に於いては起爆装置の電子機器を無効化されましたが、今回はこれらを手動で起爆出来るよう、すべて人力で回線を繋ぎ直して下さい」

リツコ「指揮命令系統の無駄なボトルネックを無くす為、これよりレベル2までの情報を全て解禁します」

リツコ「それでは各部門長には個別に指示を伝えますので、連絡担当者を残し、別命あるまで持ち場での待機をお願いします」

シンジ「MAGIが無くても何とかなるもんですね」

ミサト「私たち一人一人では使徒には敵わない。だから社会を構成し能力を結集させるの。私達が守るべきものの姿よ」

シンジ「でもアスカをそんな危険な目に合わせるなんて。アスカは何て言ってるんですか」

ミサト「アスカには相談してないわ。あんな事件を起こしたんですもの。拒否権は無いのよ」

シンジ「アスカに会えませんか?」

ミサト「アスカは今拘束中。私やリツコでさえ、司令の許可無しには会えないの」

ミサト「この作戦だってアスカの移送の許可を司令に掛け合って来なければならないのよ。ごめんなさい、シンジ君」

シンジ「じゃあ、いつまで監禁しておくんですか?いつアスカは解放されるんですか!?」

リツコ「シンジ君、アスカは本部を半壊させた。その罪で監禁されているのよ」

シンジ「何度も同じ事を言わせないで下さい!やったのはアスカじゃない!」

リツコ「そもそもアスカが使徒とドグマに降りさえしなければ、こんな事件も起きなかったわ。人が人である為には、責任が伴うのよ。アスカは今それを証明しようとしてる」

ミサト「はいはい、もうおしまーい。電力が回復したわよ。リツコもやる事あるでしょ?」

リツコ「そうね。シンジ君をお願い」

ミサト「シンジ君、アスカを心配する気持ちは分かるけど、もう少しだけ我慢して。私から司令に掛け合ってみるから」

シンジ「リツコさんは綾波の蘇生の事を知ってました。地下のリリスの事も何か隠してるはずです」

ミサト「そうね。でも今は仲間割れしてる場合じゃないの。リツコをとっちめるのは私に任せて、シンジ君はゆっくり休んでてちょうだい」

シンジ「…すみません」


マヤ「火力発電所の一部が復旧し電力が供給されました。ワークステーションを420秒、MAGIを0.008秒間だけ起動出来ます!」

リツコ「十分過ぎるわ。瓦礫を極超音速に到達させる為に必要な爆破のタイミングを計算して」


ミサト「さて、私も働くか。一番やっかいな仕事を片付けないと」

ミサト(今回の作戦は使徒の目的が明確だったからこそ立てられた)

ミサト(でもサードインパクトを起こそうとしてまで、アスカにこだわる理由は一体何なの?)

ーー元司令室


ゲンドウ「ダメだ。弐号機パイロットの移送は許可出来ない」

ミサト「しかし!今回の作戦はドグマ最深部に使徒を誘き寄せる事が前提となっています!」

ミサト「それには弐号機パイロットをジオフロントからターミナルドグマの旧独房に移送する事が必要でありーー」

冬月「作戦内容については赤木博士から聞いている。その上での判断だ。使徒はジオフロント内で迎撃したまえ」

ミサト「それでは弐号機パイロットをみすみす殺させるようなもの!初号機はまともに戦える状況ではありません!」

ゲンドウ「使徒は何としてでも初号機で殲滅しろ。それ以外の手段は認めん」

冬月「初号機を確実に失う作戦は許可出来んのだ。例え僅かでも可能性のある選択肢を選ぶ。これは決定事項だ。持ち場に戻りたまえ」

ミサト「くっ!失礼します」


プシュ


冬月「お前の息子の目の前で、あえてセカンドを殺させるか…。やれやれ。とても人間のする事とは思えんよ」

ゲンドウ「リリスを失った今、生命の継承者は、心の欠けたパイロットと初号機、そしてこのアダム」

ゲンドウ「我々の計画の遂行の為には、少なくなった手持ちの駒を最大限利用するしかあるまい」

冬月「セカンドはお前の息子に執心しているようだ。彼も人並みの幸せを手に入れる事は出来るんじゃないのかね」

ゲンドウ「…何が言いたい」

冬月「彼の人生を犠牲にしてユイ君に会いに行けるのか?」

ゲンドウ「今更だな。母親を取り戻す事がシンジにとっても悪い事のはずがない」

冬月「彼が本当にそれを望んでいるのかお前は考えた事も無かろう。もう一人のお前を生み出すだけだ」

ゲンドウ「…」

冬月「…まあ良い。私も共犯だからな」

ーー元発令所

ミサト「まったく司令は何を考えているのよ!初号機はATフィールドを張るのでやっとなのに!アスカをジオフロントに残したまま、使徒と格闘戦をさせようなんて無茶苦茶だわ!」

リツコ「命令なら仕方ないわね。ジオフロント内で迎え撃つしかないんじゃなくて?」

ミサト「あんた、自分の考えた作戦を無下にされたのよ?言う事はそれだけなの?」

リツコ「あら、あなたこそ忘れているんじゃない?司令の命令は絶対よ」

ミサト「…」

ミサト「一つ考えがあるわ。無線の為に電力をこっちにまわして」

リツコ「ちょっと、余計な電力を消費しないでちょうだい。何の為に連絡担当をここに置いてると思ってるの?」

ミサト「使徒の能力の話を聞いた時から気になってることがあるのよ」

リツコ「フェムトマシンの話?確かに電子機器を無力化する能力は脅威だけど、それと何の関係があるの?」

ミサト「もし私の勘が当たっているなら、使徒の能力はそれ以上のものよ。だからその裏をかく」

ミサト「諜報部の連絡担当者は誰?」

諜報課員「私ですが」

ミサト「これからアスカのいるジオフロントの隔離施設まで行って頂戴。そこでこのメモ通りに行動して。連絡は無線でお願い。電力は確保しておくわ」

諜報課員「それだけ、ですか?」

ミサト「そう、それだけよ」

ーージオフロント某所


シンジ「父さんは、綾波を利用して何かをしようとしていた。今度はアスカを利用しようとしている」

シンジ「アスカ、必ずそこから出してあげるよ。だから心配しないで待ってて」

ーー元発令所


日向「ミサトさん、これはあくまで噂なんですが」ヒソヒソ

日向「各国で建造中の量産型エヴァとダミーシステムが使用不能になっているそうです」

日向「委員会が何者かにより粛清されたとの話も聞きます」

ミサト「電力が供給されなくなったお陰で、風通しも良くなったみたいね」

日向「普通なら漏れてくるはずのない情報ですよ」

日向「やはりフィフスの件と関係があるんでしょうか?」

ミサト「間違い無いわね。フィフスのシナリオ通りに行かなくなって、委員会が邪魔になったのよ」


青葉「諜報部より無線が入ってます」

ミサト「つないで」

諜報課員『弐号機パイロット、ターミナルドグマ旧独房への移送完了しました』

ミサト「了解、丁重に扱って頂戴」

諜報課員『…しかし、司令の許可も取らずにこんな事をして宜しいんでしょうか?』

ミサト「作戦指揮の責任者は私です。使徒をドグマ最深部に誘き寄せるにはこれしか無いのよ」


ミサト「…それに司令の命令に逆らうつもりも無いわ」

リツコ「限りなく黒に近い灰色ね。私は知らないわよ」


整備課連絡担当A「爆薬の再結線、完了しました」

整備課連絡担当B「初号機も起動出来ます」

ミサト「了解。パイロットの準備が出来次第、初号機をジオフロントに配置して」

ミサト「…これで出来る事は全てした。後は使徒が来るのを待つだけね」

ーーターミナルドグマ・数週間前



シンジ「アスカ!ごめん!」

アスカ「あぅ!」

バシャーーン


カヲル「まずいな、アスカ君が押されている。さすがはシンジ君か。望まずにエヴァに乗る者が最強の資質を備えているとは皮肉だが」

カヲル「いや、彼女はシンジ君になら殺されても良いと思っているのか?無意識の内に全力を出せていないのかもしれない」

カヲル「どちらにせよ、僕には関係無い。アスカ君は良しとしないだろうが、君には何としても勝ってシンジ君への気持ちを断ち切って貰わないといけない。少しだけ手出しさせてもらうよ」

シンジ「立てよ!アスカ!!僕に勝つんだろ!」

アスカ「言われなくたって立ってやるわよ!」


カヲル「気付かれないよう、タイミングを見計らってーー」

シンジ「来い!二度とさよならなんて言わせるもんか!」

アスカ「お喋りし過ぎよ!」

ブォン!


カヲル「今だ!」


ドヒュゥゥゥゥゥン…


シンジ「…!何だ?コントロールが?」


ザクッ!


シンジ「ぐっ!」

アスカ「やった!」


初号機「」ブシュゥゥゥゥゥウ!!!!


アスカ「え…?首…?」


初号機「」グラ…

ザッパーーーーン!


アスカ「違う、私、肩を狙って…」

アスカ「…嘘でしょ?シンジ?」


カヲル「残念だけどシンジ君。世界が求めているのは一人の天才ではなく十人の秀才なのさ」

シンジ「くそっ!動け!動けよ!
なんでこんな時に!」ガチャガチャガチャ

シンジ「ダメか!神経接続が外部からカットされてる!渚君の仕業か!」

シンジ「外はどうなってるんだ!?」


カヲル「もういい!ここでサードインパクトを起こしてやる!僕の思い通りの世界を作るんだ!」

アスカ「な!ちょっと!何言ってんのよ!私達の問題でしょ!?ヤケになってんじゃないわよ!」

カヲル「邪魔するナァァァ!!」

アスカ「あぅ!」

ドサッ

カヲル「開け、ヘブンズドア!僕をリリスの元へ!」

ゴゴゴゴ


ブゥゥゥォォォン…

シンジ「コントロールが戻った!」

シンジ「ぐっ!」ズキッ!

シンジ「首が!弐号機のプログレッシブナイフか?」

シンジ「シンクロ率はこれ以上あげられないか」

シンジ「アスカぁ!」


ザパッザパッザパッ


弐号機「」


シンジ「アスカ!」

シンジ「…大丈夫だ、生命反応はある!」


ゴゴン


シンジ「渚君!」

カヲル「リリス。どうせ魂のない抜け殻だ。君の身体は僕が貰うよ」

シンジ「待て!渚君!」

ザバッザバッザバッ


『ふぁぁぁあああ』


カヲル「!?これは一体?」

シンジ「…!?何だ、この声は?」


『ふぁぁぁあああ』


カヲル「まさか!リリスが目覚めていると言うのか!?馬鹿な!魂は無いはず!」


『はぁぁぁぁぁぁあああああ』

ザバァァァァアン


シンジ「くっ!凄い圧力だ!ATフィールドなのか!?」


グオオオオオ…


カヲル「これは…!」

シンジ「まさか、そんな…」

シンジ「綾波!」

カヲル「レイ!」

リリス(レイ)『はぁぁぁぁぁぁあああああ』

カヲル「しまった!嵌められた!リリスの魂を直接肉体に戻していたのか!これでは僕主導のサードインパクトが起こせない!」


ザバァァァァアン


シンジ「綾波!僕だ!綾波ィーーーー!」


リリス(レイ)『』ヒュン!ガシッ!


カヲル「ぐああああ!」


ブォォォォォオオオン


カヲル「ぐはっ!何て強力なアンチATフィールドなんだ!このままでは肉体が持たない!」

カヲル「ATフィールド全開!」


ドガァァァァア

グラ、ザッッバーーーン

シンジ「うぅ…!」


ビシビシビシ!


シンジ「くっ!衝撃波が強すぎる!まずい、ドグマが崩壊する!」


リリス(レイ)『…碇君、会いたかった』


シンジ「綾波…!?」

リリス(レイ)『こんな暗い場所に一人でずっと。寂しかったわ』


リリス(レイ)『怖いの。私と一緒に居て、碇君』


シンジ「僕の夢の中の声…。やっぱり君だったのか…」

カヲル「違う!彼女はレイじゃない!アダムと違いリリスは記憶を共有しない!君の父上に言わされているんだ!」


リリス(レイ)『うるさいわ、アダム』ギュゥ


カヲル「ぎゃああああああああ!」

カヲル「ぐぼっ!し、信じるなシンジ君!き、君を使ってサードインパクトを起こす気だ!」


リリス(レイ)『碇君、生きるのは辛いでしょ?嫌な事ばかりでしょ?誰も助けてくれないし、生き方も教えてくれない。それなのに、みんな自分を傷付ける。生まれ持っての才能が左右する事でも、努力が足りないと怒られる』


リリス(レイ)『もう、我慢しなくていいのよ。頑張らなくていいの』


リリス(レイ)『ずっと心地良い場所に居させてあげる。あなたをずっと守ってあげる』


リリス(レイ)『さあ、碇君。こっちへ』


シンジ「綾波…」クラッ

カヲル「シンジ君!」

シンジ「…」

シンジ「ダメなんだ、綾波…」


リリス(レイ)『碇君?』


シンジ「僕はアスカを助けないといけないから」

シンジ「僕がここに残ったらアスカが死んじゃうんだ」


リリス(レイ)「…」


シンジ「ごめん…。君とは一緒に行けない」


リリス(レイ)『ウ、ウゥゥゥゥ…』


シンジ「…」


リリス(レイ)『碇君、助けて助けて助けて助けて助けて助けて』


リリス(レイ)『怖いの怖いの怖いの怖いの怖いの怖いの』


リリス(レイ)『寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい』


シンジ「綾波…。ごめん。ごめんよ」クルッ


リリス(レイ)「」ギュゥゥゥウ


カヲル「がああああああ!!!ダメだっ!侵食される!」ボロボロ

カヲル「くっ!まだだ!まだ終わりじゃない!」


ブォォォォォオオオン

シュン!


シンジ「渚君!?」

カヲル「もうこの世界は袋小路だ!次の世界でやり直す!その時はアスカ君も道連れだ!それまで彼女は預けておく!」


ギュォォォ!


シンジ「ドグマを上昇して行く…」

シンジ「くそ、逃げたのか!?」

ズズーーーーン!

シンジ「早くアスカを助けないと!」

リリス(レイ)『私は私はし、し、し』

シンジ「ごめん、アスカ!エントリープラグだけしか持ち帰れない!弐号機は捨てて行くよ!」

バシュゥ!

弐号機「…」


リリス(レイ)『しゃああわわわ』


ザバッザバッザバッ

ガガガガガガガガ、ズズーーン!

ガラガラガラ…

シンジ「リニアの電源が予備に切り替わってる?時間がない早く脱出しないと!」


リリス(レイ)『私は、しああわせ、で、した』


シンジ「…え?」


リリス(レイ)『私は、幸せでし、た』ニコ


シンジ「はっ…!」

『君は幸せだった?』



シンジ「綾波ーー!!!」


ガガガガガガガガ、ズズーーーーン!


初号機「」ギュイーン

シンジ「ぐっ!リニア…間に合った!」ビリビリビリ

ギュイーーーーン

ドドドドドドドドドドドド


シンジ「…」

シンジ「ターミナルドグマが、埋まっていく…」

シンジ「二度も助けてくれた…」

シンジ「…」






シンジ「ありがとう…。さようなら、綾波」

ーーそして現在、ジオフロント

ーー初号機プラグ内


シンジ「…」

ミサト『…ジ君、シンジ君』

シンジ「はい、ミサトさん」

ミサト『少しは眠れた?』

シンジ「ええ」

ミサト『使徒を発見したら直ぐに知らせるから、もう少しだけ初号機の中で我慢してね』

シンジ「僕はもう大丈夫ですよ。ミサトさん達だって寝てないですよね。僕より他の人達が心配です」

ミサト『私達は大丈夫。皆、交代で休憩してるから。でもエヴァのパイロットはもうあなたしか居ないの。無理されるといざって時に困るわ』

ミサト『それじゃ、作戦通りにお願いするわね』

シンジ「はい」


カヲル『やあ、シンジ君。お目覚めかい?』


シンジ「!」

ミサト『!』

カヲル『君が起きるのを待っていたよ』

シンジ「渚君!」

ミサト「使徒!無線に割り込んできたわ!場所を特定して!」

日向「発信源不明!電磁波を確認できません!初号機と本部のアンテナ周囲に、直接高周波が発生しています!」

青葉「レーダー反応なし。かなりの遠距離だと思われます」

リツコ(これは…ミサトの勘が当たった?)


カヲル『ちょっと野暮用があってね、戻って来るのが遅れてしまったよ』

カヲル『その間に、ネルフ本部はある程度機能を回復したようだね。セントラルドグマにトラップも仕掛けているようだ』

ミサト「…向こうからは私達の姿が見えてるみたいね」

シンジ「渚君!どこにいるんだ?」

カヲル『そんなに慌てないでシンジ君。最後に君と話がしておきたかったんだ』

シンジ「僕と?」

カヲル『今の君は僕の知る君とは大分違う』

カヲル『アスカ君に出会って三ヶ月余り。その短い期間で君は彼女の心を奪い、そして壊した』

シンジ「何故だ!何故アスカなんだ!
カヲル君はまだネルフに来たばかりじゃないか!」

カヲル『頼まれたのさ。赤い海の海岸でね』

シンジ「赤い海?南極の事か?」

カヲル『いや、サードインパクトによって生じた赤い海の事だよ』

シンジ「サードインパクトは君が起こそうとして失敗したじゃないか」

カヲル『いいや、既に発生していたのさ。君の元居た世界ではね』

シンジ「元居た世界だって?」

カヲル『そう、その世界では君が依代となりサードインパクトが起きたのさ』

シンジ「僕が…?」

カヲル『この世界は現実ではない。君達は仮想世界の中で生きているプログラムだ。赤い海の中で、人類の歴史をシミュレートした虚像に過ぎないんだよ』


シンジ「…………?!?!」

カヲル『今、君達が居るこの仮想現実世界を、僕はセカンドバースと呼んでいる』

カヲル『そして君達が元居た世界はファーストバース。赤い海もそこに存在している』

カヲル『赤い海、つまりLCLとは、フェムトマシンの群体から成る液状コンピューターの別名だ。その膨大な計算量は、人類の歴史と太陽系外縁までの宇宙をシミュレートしても余りある』

カヲル『フェムトマシンを生成し操作出来るのはファーストバースのアダムとリリスだけだ。フェムトマシン単体の計算量は膨大だが、それ同士の連携は中性子が崩壊する時の僅かなガンマ線を利用するしかない。この世界でもフェムトマシンの痕跡をガンマ線として観測しているようだが、実体の演算結果を影として見ているにすぎない』

カヲル『人間の個々の意識も各々のフェムトマシンの中で計算されている。君達人間が相手を完全に理解できないのはこれが理由だ』

カヲル『しかしフェムトマシン群によって実行されたシミュレーションも袋小路に落ち入る事がある。あくまでシミュレーションだからね』

カヲル『進化の袋小路に落ち入った場合に取れる手段は二つ。ファーストバースからアバターを用いセカンドバース史を修正するか、君達自身でそれを行うか。そのリセットボタンを押す行為を、君達はサードインパクトと呼んでいる』

カヲル『セカンドバース内におけるサードインパクトは、ファーストバースのそれとは機構が異なる。ここでのサードインパクトとは、準安定状態にあるフェムトマシンの構成粒子を数百のレベルまで落とし、個々の処理能力と引き換えに、より安定したネットワークを手にする事から始まる。つまり、心の壁を無くすのさ』

カヲル『そうして混じり合ったフェムトマシンのネットワークに、僅かな修正を加えてから、再びシミュレーションをやり直す。何度も何度もね。君達の知る死海文書の内容は、その修正履歴の一覧なのさ。タイムリープとか多元世界と呼んだ方が分かりやすいかもしれない』

カヲル『遺伝的アルゴリズムにより意識を生じるまでに進化した人工生命体である人と、ファーストバースからアバターとしてこの世界に干渉しようとする使徒。それがこの世界での僕と君達の戦いの本質だ』

カヲル『僕はファーストバースから14体のアバターを続けて送り込んだ。それらが倒されたのを見届けてから、ようやく僕自身がアバターとしてここに来る事が出来た。それからの行動は君も知る通りさ』

カヲル『しかし、このセカンドバースにもベースとなる世界があったんだ』

カヲル『それが彼と彼女の物語、全ての始まりのファーストバースの物語だ』

カヲル『残念ながら二人の結末は悲惨なものだった』

カヲル『彼女は彼を赦し、彼は彼を赦したが、それでも、いや、だからこそ彼は彼女への罪の意識を拭えなかった』

カヲル『第三者の居ない二人だけの世界であの関係は危険過ぎる。外部からの情報をえられず、二人だけで解決するのは現実的に不可能だろう』

カヲル『現に、彼は耐えられず、一度は彼女を殺そうとしたのだからね』

カヲル『ファーストバースの二人の時は止まったままだ。セカンドバースでの人類の歴史は、ファーストバース時間での0.0004秒間に過ぎない。彼が納得するまで、このシミュレーションは何度でも繰り返す。ファーストバースに新たな物語が追加されるまで』

シンジ「彼女って…誰の事だ?」

カヲル『アスカ君の事さ』

シンジ「アスカを殺そうとした彼って誰だ!」

カヲル『君の事さ、シンジ君』

シンジ「………!!!」

カヲル『あの赤い海の中で君はすべてのヒトがもう一度復活することを望んだね。でも彼女はそうじゃなかった。彼女が望んだのは、シンジ君がすべて自分の物になる事だったのさ。彼女の思いの方が強かったんだね。他の人間達が復活するにはその思いに打ち勝つだけの意志と時間が必要となる』

カヲル『でも、シンジ君はアスカ君に罪悪感を抱いてた。たった二人の世界で自分が彼女の側にいたら、彼女が不幸になると考えた。だから君は彼女から離れる事を選んだ。そして僕に彼女を幸せにするよう頼んだんだよ。その叫びを僕は受け止めた』

シンジ「僕が…君に頼んだ…。アスカを…君に…」

カヲル『その時の僕は既に肉体を失っていた。僕の力ではファーストバースの再構築は不可能だ。それはゼロバースの創造主にしか出来ない。だから、赤い海の中で君の望むセカンドバースをやり直す事にした』

カヲル『ファーストバースを正確にモデル化し終えた僕は、セカンドバースを発進させた。赤い海に溶けていた人間達のリソースを材料にしてね。君の望む世界の為に、僕自身の改変も必要だったよ』

シンジ「アスカを好きになったって事か…」

カヲル『そうさ。僕は彼女に特別な感情を抱く事になった。一度プログラムを終えて実行してしまえば、この世界が続く限り、僕は自身を再改変出来ないんだ。僕は死ぬまで彼女を愛し続けるしかない』

カヲル『正直、恋がこんなに辛いものだとは思わなかったよ。シンジ君、君は酷い人だ』

シンジ「アスカが歩けないのも君がやったのか?」

カヲル『察しが良いね。異性の気を惹かないよう彼女の恋愛的魅力を落としておきたかったんだ。僕の補助なしに行動出来ないようにする意味合いもある。それでも僕は彼女を愛する自信があったしね』

カヲル『レイの復活を阻止したのも僕さ。三人目のレイの為に存在した演算能力は、崩壊しつつあったアスカ君の精神を修復する為に割り当てた。僕とレイが接触すると、彼女はリリスとして覚醒してしまうからね。シンジ君のお父さんは彼女を使ってサードインパクトを引き起こすつもりでいた。それに綾波レイが復活しなければ、彼女は君の中で永遠の女性になるんじゃないかと期待していたんだ』

カヲル『この世界は君とアスカ君が一緒に居るには不都合なように僕が改変している。二人が離れれば君の真の願いも叶うだろう』

カヲル『望む世界が得られたら、ファーストバースの君達に結果を反映させるつもりだ。二人の身体はフェムトマシンで再構成されたから、記憶をフィードバックする事も出来るはずだ』

シンジ「全部…僕の所為なのか…?綾波も、アスカも、君も。僕が原因なのか…?」

カヲル『そうさ。君の願いの為にこの世界の全ては存在している』


シンジ「」

シンジ「僕は、僕はそんな事望んでない…」

カヲル『この世界でアスカ君と生き続けると言うのかい?さっきも言ったけど、二人にとっては逆境しかないよ。暗い未来しか待っていない』

シンジ「…」

シンジ「…僕は、今までこの世界が理想通りに出来ていない事に失望してた。何もかもが自分に優しくない気がしてた」

シンジ「でもそれは当たり前の事なんだ。自分が受け入れようとしなければ、受け入れられる事もない」

シンジ「トウジが怪我をした世界、綾波が死んだ世界、アスカが歩けなくなった世界、僕をただ苦しめる世界」

シンジ「今の僕が望んだ事は一つも無いけど、この痛みを受け入れるよ。僕はこの世界を受け入れる」

シンジ「そうして初めて分かった事もあったんだ」

シンジ「アスカを助ける。僕はもう決めたんだ。一人になってしまった友達の為なら命なんか惜しくない」

カヲル『変わらないな、君も』

カヲル『話せて良かったよ、シンジ君』

カヲル『僕はこれから消滅する。彼女と一緒にね。不完全なこの世界に彼女だけを置いておけない。本当はシンジ君、君も連れて行きたいんだけど、それは出来ないんだ。僕が自分自身に課した枷なのさ。世界の終わりを見届けるのは初めてじゃないだろう?』

カヲル『さあ、話は終わりだ!行くよ!』

ヒュォ!

ミサト『はっ…!来るわシンジ君!気を付けて!』

シンジ「はい!」

シンジ(でもどこから?)


青葉「パターン青確認!座標は…本部です!本部直上!カーマン・ラインを超えています!」

ミサト「宇宙か!上から私達を見てたのね!」

リツコ「宇宙空間からのフリーダイブで直接ターミナルドグマを目指す気だわ。ジオフロントに初号機が配置されているのを知って、接触を避けようとしているのね」

冬月「碇、使徒は初号機との会敵を避ける気だ。これではお前の計画が頓挫するぞ」

ゲンドウ「冬月、後を頼む」

冬月「待て、何処へ行く気だ」

ゲンドウ「シンジと話して来る。もう時間が無い」

冬月「アダムと初号機を使うつもりか。まったく勝手な男だ」

ゲンドウ「先生、申し訳ない。貴方に受けた恩は忘れません」

冬月「何処へとも行け。墓守ぐらいはしてやろう」

カヲル「」キィーーーーン!!!

日向「高度3万メートル通過!最終落下速度はマッハ12超!弾道ミサイル並みの速さです!」

ミサト「シンジ君!作戦通りATフィールドで衝撃波を押さえ込んで!アスカを守って!」

マヤ「高度5000m!使徒を目視で確認!地上到達まで後1秒!」

ドガァァァァアアアアアアア!!!

シンジ「ATフィールド全開!」

ブォォォォォオ!!

ズガガガガガガガガガガ!!!!

青葉「地上隔壁に衝突…いえ、突破されました!」

キュン!

シンジ「…!」

パキィーーーーーーン

青葉「ATフィールドを貫通!そのままドグマに進入!」

マヤ「衝撃波、来ます!」

ミサト「アブソーバー最大!」


ガガガガガアアアアアアア!!!


ミサト「くっ!凄い衝撃ね…!」


シンジ「アスカ…!」


ドヒュゥゥゥゥゥ!!ブワァッ!


日向「使徒、急減速!ターミナルドグマに着地します!」

ブォォォォオオオオオ!!!

ォォオオオ…



ふわっ、ストン…。


カヲル「ふふ、シンジ君、知ってたよ。ジオフロントにいる事は」

スタスタ

カヲル「それに君の父上に利用されるつもりもない。だから君と戦わず最も早くここに来れる方法を取らせてもらったよ」

カヲル「そしてアスカ君がジオフロントからドグマに移送された事も」

カヲル「アスカ君の監禁されている独房はここ」

スタスタ


マヤ「使徒、独房付近に接近中!」

リツコ「まだよ!」


カヲル「ここか」

カヲル「さあ約束だ。僕と一緒に次の世界に行こう」

ガチャ

カヲル「アスカ君!」

カヲル「…!?」

カヲル「居ない!?」

カヲル「まさか…」

カヲル「…偽の情報を流していたのか?僕が無線を傍受できる事を予測して…!」

カヲル「つまり…アスカ君はまだジオフロント…!」

ミサト「掛かったわ!奴の能力は電子を操る!つまり電波をね!フェムトマシンを自在に生成するにはそれしか無い!」

リツコ「女の勘恐るべしね」

カヲル「僕を出し抜くとは…ここまでか」

シンジ「渚くん…!」

ミサト「爆破ァ!」

青葉「…!」カチッ

キュドッ!

カヲル「言い忘れてたけどシンジ君…」

ピカッ!

カヲル「カヲルでいいよ」ニコ

グバァッ!

ゴッ!!!!!

マヤ「「きゃああああああ!!!」」

シンジ「「ぐうぅぅぅッ!」」

初号機「「」」ガタガタガタ

ミサト「「みんな!」」


ゴォォォオオオ!!!

ゴォォォオ…

ォォォオ…ン

パラパラ…

ミサト「み、みんな無事?」

日向「…何とか」

ミサト「し、使徒は?」

マヤ「パ、パターン青、確認出来ません!消滅しました!」


ゴォォォ、グツグツグツ


リツコ「ターミナルドグマはまるで溶岩の海ね」

青葉「爆破による粉塵がジオフロント内に充満しています。視界が効きません」

ミサト「よし!シンジ君、聞こえる?やったわよ!使徒を倒したわ!」

ミサト「シンジ君?あれ、シンジ君?」


バシュゥ!

ダッ!

シンジ「はぁ、はぁ、はぁ!」タタタ


マヤ「エントリープラグ、排出されました…」

ミサト「ちょっ…!」

ダッダッダッダッ


シンジ「はぁ、はぁ…」

ギィィーー

シンジ「ぐ、うぅぅぅ…!!」

ガコン!


ーージオフロント・隔離施設


シンジ「アスカ!」ダッ

シンジ「助けに来たよ!アスカ!」

シンジ「ここを出よう!こんな所にいても利用されるだけだ!」

アスカ「…」

シンジ「アスカ?」

アスカ「あんたで何人目のシンジだっけ…」

シンジ「え?」

アスカ「あんたはいっつもそう。私を助けに来たとか言って勝手に部屋に入って来て」

アスカ「近づいたら、フッと消えちゃう」

アスカ「もう騙されないわよ。あんたもどうせ幻なんでしょ」

シンジ「アスカ…」

アスカ「私はどうすればいいの?死ねばあんたは満足?私の事恨んでるならはっきりそう言えばいいじゃない」

アスカ「なのに助けに来たなんて言わないでよ。せっかく死のうとしてるのに期待を抱かせるなんて残酷よ…」ポロポロ

シンジ「僕がアスカを恨むなんてある訳ないじゃないか」

アスカ「…」グス

アスカ「私死ななくてもいいの?」

シンジ「死んだら嫌だよ」

アスカ「じゃあ何でいっつも助けに来たなんて嘘吐くのよ」ポロポロ

シンジ「…ごめん、アスカ。でも今度こそは本当だから」

アスカ「嘘よ。あんたバカだから自分が死んだ事に気付いてないのよ」

シンジ「…」

シンジ「アスカ…。手、出して」

アスカ「え?」

シンジ「ほら、仲直りの握手。死んでたら触れないだろ?」スッ

アスカ「…」

ぐいっ

シンジ「!?」

ダキッ!

アスカ「」ギュー

シンジ「ア、アスカ!?」

アスカ「喋らないで」

ギュー

アスカ「…本当だ。心臓の音が聞こえる。本当に生きてたのね」

アスカ「ううっ…」ポロポロ

アスカ「うううううっああああああああああーーーーーー!!!」

アスカ「ああああああああああん!」

シンジ「アスカ…」

アスカ「えぐっ、わ、私は悪くない!」

アスカ「あんたなんか大嫌い!」

アスカ「死んじゃえバカ!」ギュー

シンジ「…」






シンジ「君が言ったんだよ…。今度は僕の方から会いに来てって…」ギュ

ーー元発令所


リツコ「シンジ君、初号機を乗り捨てて、アスカの居る隔離施設に向かったそうよ」

ミサト「そう…」

リツコ「止める気は無いって様子ね」

ミサト「子供達の巣立ちを邪魔する母鳥なんかいないでしょ?」

リツコ「ふぅ…」ギシッ

リツコ「…使徒が言っていたこの世界が現実じゃないって話。あなたは信じる?」

リツコ「本当の私達は既に死んでいて、私達は仮想世界に残る為に必死に使徒と戦ってた」

ミサト「追い詰められたストーカー男が、苦し紛れにした言い訳にしては筋が通っていたわ」

ミサト「でも、どっちでもいいわ、そんな事。ここが現実であろうと無かろうと、私達にそれを変える力は無い。ここは私達にとって紛れも無い現実なのよ」

ミサト「重要なのは、自分の世界を破壊しようとする者がいれば、それを守る為に全力で戦わないといけない。それだけ事よ」

ーー隔離施設玄関ホール

アスカ「シンジ…」

シンジ「何?」

アスカ「お姫様抱っこ、すっごく恥ずかしいんだけど…」

シンジ「仕方ないだろ?アスカ歩けないんだから。我慢してよ」

アスカ「ドイツだと特別な意味があるのよ!」

シンジ「そんな事言われても知らないよ」

アスカ「あんた歩くの遅い!誰かに見られない内に早く行って!」

シンジ「アスカが重いんだよ」

アスカ「なぁ!?あんた女の子に言って良い事と悪い事の区別もつかないわけぇ!?」

シンジ「暴れないでよ!見つかっちゃうだろ?ほら、もう外だよ」



ジリリリリリリリリリリリリ!


シンジ「警報…!?」


保安部隊「」ガチャガチャガチャ


アスカ「…!」


保安部隊「」ガチャガチャガチャガチャ

ジャキッ

保安部員「セカンド及びサード!そこで止まれ!」

アスカ「シンジ!」

シンジ「銃!?保安部に囲まれた!僕たち二人にここまでするのか?」


コッ コッ コッ


ゲンドウ「シンジ」

シンジ「父さん!」

ゲンドウ「何処へ行く気だ」

シンジ「…使徒は全て倒したよ。もう僕たちは必要ないはずだ」

ゲンドウ「ここに残れ。お前にはまだやってもらいたい事がある」


保安部隊「狙え」グッ

アスカ「!!シンジぃ!」

シンジ「何を考えてるんだ、父さん!」ガバッ

ゲンドウ「どけ、シンジ」

シンジ「いやだ!」

ゲンドウ「シンジ…母さんに会いたくないのか?」

シンジ「母さんはもう死んだんだ。僕は受け入れたよ。今、僕に必要なのは母さんじゃない。思い出でも無いんだ!」

アスカ「シンジ…」

ゲンドウ「ならばセカンドの死も受け入れるがいーー」

シンジ「…ッ!」

ゲンドウ「…」

ゲンドウ「…違う、それでは駄目だ」

シンジ「…?」



ゲンドウ「…なんて事だ、心が…欠けていない」

シンジ「父さん…」スッ

ゲンドウ「…」

シンジ「僕たちは、もう行くよ」

シンジ「…」ザッ

シンジ「…」スタスタ

ゲンドウ「…」

スタスタ

シンジ「…」ピタ


シンジ「父さん…今までありがとう」

シンジ「体には気を付けて」

ゲンドウ「…」


保安部隊「司令!二人が行ってしまいます!発砲の許可を!」

ゲンドウ「…」

保安部隊「司令!…司令?」

ーー仙谷バス停前


シンジ「…」ハァハァ

アスカ「…シンジ?」

シンジ「うっ!」グラ

アスカ「ちょっと大丈夫!?」

シンジ「…」ブルブル

アスカ「私を抱えたまま無茶し過ぎよ…。良くここまで歩いて来たわね」

シンジ「ぷっ…!」

シンジ「あはははははははははは!!」

アスカ「!?シンジ?」

シンジ「あはは…ごめんアスカ。緊張が…急に解けて…笑いが止まらないんだ」

アスカ「もう…びっくりさせないでよ」


ブロロロロロ…


シンジ「バスだ、行こうアスカ」

アスカ「どこに?」

シンジ「委員長の居る疎開先だよ。ペンペンにも会えるし、きっとトウジ達にも会えるよ」

アスカ「ヒカリ…」


キィ、プシュー


運転手「ありゃりゃ?あんたらまだこんな所にいたんかね?中学生?疎開先までしか行かんけど大丈夫かね?」

シンジ「はい、お願いします」

運転手「そこのベッピンさん、脚大丈夫かね?手伝おうか?」

シンジ「すみません」

ブロロロロロ…


運転手「あんたら運が良い。今日は正月だでな。このバスが最終だで」

シンジ「あ…」

アスカ「2016年…」

シンジ「…アスカ、気付いてた?」

アスカ「ううん、今知った…」

運転手「明けましておめでとう、お二人さん」

シンジ「あ…おめでとう…ございます」

アスカ「Happy New Year!」


シンジ「…」

アスカ「…」



シンジ「アスカ、おめでとう」

アスカ「うん、おめでとう。シンジ…」



これから先の不安を打ち消すように僕たちは笑い合った。

渚君の言葉を信じるなら僕たち二人には厳しい現実しか待っていない。


僕はアスカの事をどう思ってるのかまだ分からない。

これからどうなるのかも分からない。

もしかしたら別々の道を選んで、好きな人が出来て、それぞれ違う土地で幸せになるのかもしれない。


でも最期には必ずアスカと一緒にいる。そんな気がするんだ。



それだけは分かる。






終劇

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年01月10日 (日) 00:21:49   ID: rNxZB8E2

めっちゃ良かったです!

2 :  SS好きの774さん   2017年08月25日 (金) 00:28:59   ID: X9M4dzYx

良かった
旧劇以降の新解釈だね

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