【艦これ】とあるクリスマスの出来事 (32)
※地の文あり
※何気に無理やり展開……ごめん
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鎮守府演習場 クリスマス・イブ
銀光が一閃する。
ガキンと金属同士がぶつかり合う音がして、天龍と木曾は互いの獲物を抉り合わせたままの鍔迫り合いだ。
互いの額には汗。
息も上がりつつある。
「なぁ、木曾よ……」
「なんだよ」
「なんでオレたちはこんなことになっちまったんだ?」
「あぁん?」
「この茶番さ」
「はっ、何を今更」
木曾が一瞬だけ刀身を引き、すぐにぐっと天龍を押し返す。
刀身が離れた隙をついて、鋭い突きを一つ。
それを紙一重で躱し、逆に天龍が横合いから薙ぎはらう。
完全に捉えたと思った一撃は、意外にも弾かれる。
それをやってのけたのは、木曾の左手にあるサーベルの鞘だ。
「やるな、木曾!」
「なぁに、これで終いだよ」
そう言って、後ろに飛び退った木曾の左手が腰の後ろに回り、新たな獲物を取り出す。
銃だ。
「なっ、飛び道具とは卑怯だぞ!」
刀以外に獲物を持たない天龍にとっては、どうにもできない戦力差。
ギリギリとかみしめた奥歯が音を立てる。
「一年越しの憂さだ。ケリはつけなきゃなんねぇだろ――なぁ、天龍さんよ」
ニヤリ。
木曾がいやらしい笑みを浮かべ、撃鉄を起こす――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一年前 クリスマス・イブ
しんしんと雪の降る夜だった。
いつものように遠征任務から戻った天龍は食堂にいた。
夕食の時間などとっくに過ぎていたし、誰もいないことはわかっている。
それでも、空腹というやつは情けも容赦もなく襲ってくるものだ。
特に夜遅くに帰投することもある遠征組にとっては、頻繁に直面する由々しき事態だ。
食堂を任されている間宮はその辺も充分に理解していて、そういった遠征組のために、簡単に食べられるものを必ず作り置きしてくれている。
今夜のうちに書き上げてしまおうと、持参した報告書の束をポンとテーブルの上に放り投げ、冷蔵庫を物色する。
「お。竜田揚げとコンソメスープにサラダか……それにメシまである。北上じゃあないが、いいねぇ、シビれるねぇ」
さすがにクリスマスディナーとはいかないが、贅沢は言っていられない。
それに竜田揚げは、パーティで使われた鶏肉のあまりの部分でわざわざ作ってくれたのだろう。
「間宮には感謝、感謝。感謝感激雨霰ってな」
鼻歌交じりで、それらをレンジに放り込んで加熱を始める。
洗い場には、幾つかの食器が積まれていた。
おそらく天龍と一緒だった駆逐艦娘たちが先に食事を済ませ、置いて行ったのだろう。
今頃は天龍と入れ替わりで風呂にいる。
「ったく、あいつら。クリスマスだからって浮かれやがって」
そう言う天龍もニヤついているのだが。
「まぁ、間宮のケーキだからな。仕方ねぇか」
戸棚のガラスの向こうに鎮座する、ショートケーキが嫌でも目に入る。
ふかふかのスポンジを包み込む、真っ白なたっぷりのクリームと、その上に真っ赤なイチゴが強烈なコントラストを描いて映えていた。
このコンビの作り出す、絶妙なバランスは何物にも代えがたい。
味を想像しただけで唾が口の中に溜まっていく。
「いやいや。まずは飯だ、飯」
加熱終了のアラームに我に返った天龍は、大急ぎで夕食を運び、掻き込むように胃へと送り込んでいく。
戦場で戦う兵士にとって、早寝早食いとあと一つ――食事中なので言葉は濁す――は必須技能だというが、今日の天龍に限って言えば、いつもよりもさらに早い。
おそらくは、後に控えるデザートを思っての事だろう。
普段から『ふふふ、怖いか?』などと言って歩くような強面系を装っていても、乙女な部分をすべて隠すのは難しいものだ。
「よう、天龍の。ちっとは落ち着いて食ったらどうだ?」
だから、食べることに集中していたせいで、横合いから木曾にそうやって声をかけられるまで存在に気がつかなかった。
飛び出しかけた心臓を飯と一緒に飲み込む。
「驚かすなよ、木曾!」
「別にそんなつもりはないよ。気付かない方が悪い」
とは言いながら、そっとコップの水を差し出すあたり、悪いとは思っているのだろう。
「というかお前ら、帰りは明日じゃなかったのか?」
ぐっとそれを一気に飲み干した天龍が問いかける。
木曾は青葉を旗艦とした、南西諸島方面の威力偵察任務を命じられて、天龍たちと前後して鎮守府を離れたのだ。
「それがな……旗艦の青葉だけが大破して帰投さ。他は無傷な」
「なんだそりゃ」
「敵はまだ気づいてないよ? とか言ってグングン前に出て駆逐艦にフクロにされてやがんの」
「傑作だなそりゃ。バッチリ気付かれてんじゃねぇか」
「そりゃそうよ。ツリーの電飾よろしく、あれだけカメラのストロボ焚いてりゃ、遠いお空のお星様からでも見えるってぇの」
木曾はそう言って食堂の隅でキラキラと輝くクリスマスツリーを顎でしゃくってみせる。
「まさか、戦闘入るって時に使ったわけじゃねぇだろ?」
「さすがにそこまでバカだったら、俺が沈めてる」
冗談とも本気ともつかない顔で木曾が答える。
二回目の大規模改修を受けた木曾は、艦種も変わって重雷装巡洋艦だ。
重巡程度ならあっさりと撃沈してしまえるだけの火力を誇っているのだから、不可能ではない話だ。
「クリスマスだからって、あいつ自分でカメラ買っただろ?」
「ああ、そういや……」
せっかく新しくしたのだから撮らせろと、通りかかる艦娘にやたらしつこかったのを思い出す。
それを提督に諌められた後、今度は隠れて撮ろうとしてたのを見つかり、鎮守府内を艦娘多数に追いかけ回されるという愉快なイベントになった。
ちなみにその後、空母連中が手持ちの偵察機すべてを動員するという大捕物に発展。
取り押さえられた青葉は、執務室で二四時間監視付きの正座という制裁をくらっている。
「でな、説明書もろくに読まねぇで使ったもんだから、暗くなったらストロボが自動で発光するわけだ……」
木曾はそう言って、握った手を目の前でぱっと広げて見せる。何度も、だ。
「バカだな」
と、天龍。
「ああ。筋金入りのな」
木曾に同意して、揃って疲れた顔になる。
「で、今は?」
「バケツ被ったあと、自室に引きこもって布団の中。相当怯えてるらしい」
「まぁ、今度は説教のセットが確実か」
「今の秘書艦、妙高だからな」
互いに顔を見合わせて、ぶるっと身を震わせる。
提督からの何らかの制裁措置に加えて、妙高の長い説教だ。
それを想像すると歴戦の猛者と言えども、恐怖が冷たい何かになって背筋を走るのだ。
「くわばらくわばら……さて、口直しすっかね」
ガチャガチャと食器を手に席を立つ天龍。
「口直しって、何か食いモンあるのか?」
予定より早く帰投してしまった木曾たちの分の食事は用意されていなかった。
これに関して、間宮を責めるのは酷というものだ。
木曾たちの練度で考えれば、大破して帰投するなどという事態が起こりにくい海域なのだから。
「ケーキがあるぜ。半分食うか?」
「いいのか?」
「楽しみってのは分け合うから最高――」
ニヤリと天龍が口の端を持ち上げて笑う。
「ってのは建前だ。明日、お前たちの分を間宮が作ってくれるだろ?」
日持ちのしないケーキを遅れて帰ってくる出撃組のために残しておくことはできない。
そういう艦娘たちのために、間宮は新しく必要な分を作って用意する。
当然、明日帰投する予定だった木曾たちの分もそこに含まれていた。
天龍が言いたいのは、今自分のを半分やるから、明日お前のを半分よこせということだ。
そうすれば、互いに二度楽しめる。
「ああ、そういうことか……よし、乗った」
交渉らしい交渉もなく、あっさりと取引は成立した。
がさつそうな言動の割に、几帳面な性格の天龍がケーキを半分に切り分ける。
もちろん上に乗ったイチゴもだ。
綺麗に等分されたケーキを皿に乗せ運んでくる。
「ま、シャンパンはねぇけど、メリークリスマス、だ」
「シャンパンって……どうせあんた飲めないだろう」
木曾が苦笑いをする。
実際、天龍が酒を口にするところなど、鎮守府内の誰も見たことがない。
だから、天龍は下戸なのだろうということになっていた。
しかし、意外なことを天龍が口にする。
「はっ。飲まないだけだって」
「本当かよ」
胡乱な目で天龍を見つめる木曾。
そういうセリフを言う奴に限って、下戸なことはよくあるのだ。
「ホントホント。なんなら一緒に飲むか? 酒ならあったぞ」
「なんだよ、いけるのか……なら、せっかくだし、飲もうぜ?」
「おう、ちょっと待ってな」
戻ってきた天龍の手には日本酒の一升瓶と、湯のみが二つ。
すでに湯のみに注がれた酒は、レンジで軽く燗がされている。
一升瓶のラベルはぬる燗に向いた酒だ。
「なんだ、本当にイケる口なんだな」
それを見て、木曾は新たな飲み仲間を見つけたと喜ぶ。
「ったりめぇよ」
「まぁ、つまみがケーキってのはあれだがな」
「そこは言いっこなしだぜ」
あははと二人の笑いが、無人の食堂に響く。
そして、十五分後――。
事態は木曾の予想を見事に裏切り、かなり深刻なものになっていた。
天龍は飲めないわけではない。確かに飲まなかっただけだ。
正確に言えば、飲まないようにさせられていた、だ。
おそらくは事情を知っている龍田あたりが言い渡していたのだろう。
場の勢いでそれを破らせてしまった自分に非がある。
「だからよぉ――って、聞いてるか木曾ぉ?」
天龍は下戸だった。
それもかなり危険なレベルの、だ。
何せ、天龍が口をつけた酒は唇を濡らす程度。
にもかかわらず。
「聞いてんのかって、おいぃ!」
バシバシと天龍が木曾の背中を叩く。
「聞いてる。聞いてるよ」
「そうかぁ? 中身がどっかに飛んじまってるみたいに見えんぞぉ!」
できることならば、気持ちだけでもとっとと後方避退したい。
なにせ下戸な上にからみ酒だ。
ちなみに二分前までは、意味不明なことをつぶやきつつさめざめと泣いていたし、その前はどうでもいいことでゲラゲラと笑っていた。
要するに関わり合いを持ちたくない類の酔っ払い。
こういう時は、できる限り速やかに、かつ穏便に場をお開きにするのが最良の方法だ。
とりあえず、ケーキを食べてしまおう。
なにやらまた意味不明なことをつぶやき始めた天龍をよそに、木曾はフォークを使って器用にケーキを切り取り、口に運ぶ。
しかし、その手をがっしと天龍に押さえつけられてしまう。
「なんだよ、天龍」
「木曾。お前は何もわかっちゃいない」
据わった目で天龍が言う。
一体なんのことだ、と聞き返す前に。
「ケーキってのはな、上のイチゴから食うもんだ」
先に口を開いた天龍から聞こえてきたのは、やはりどうでもいい話だった。
先に食べようが、後で食べようがイチゴはイチゴだろうが、という木曾の心の声が聞こえでもしたのだろうか。
「そうしなきゃ、イチゴ本来の味がクリームでかき消されてわからないんだ!」
天龍はさらに力説する。
「それにだ! この一番目立つ位置のイチゴってのは、形も色艶も上等なやつだ、当然味も最高なやつなんだぜ!?」
確かに、先に甘いクリームを口にすると、後から食べたイチゴは酸味だけがやたらと際立つ。
一級品の繊細な味は台無しになってしまうかもしれない。
「だけどさ。甘ったるくなった口の中をリセットするにはちょうどいいんじゃないのか?」
いつまでも残る甘ったるさが苦手な木曾にとってはそちらの方が好都合だ。
「スポンジの間にもイチゴはあるだろう! その役目はそっちにあるんだ!」
なぜか天龍は頑として譲らない。
酔っているからなのか、それとも――とにかく、よく分からない。
どっちであろうと木曾には関係はない。
ケーキくらい好きに食べさせてほしい。それだけのことだ。
天龍の手を払いのけ、再びケーキを口に運ぶ。
カキン!
鋭い金属音が食堂に響く。
腕に伝わる鈍い衝撃。その先を見てみれば、木曾が手にしたフォークの柄を天龍のフォークが咥え、絡め取ろうとしている。
「ちょっ! 天龍!」
「木曾。ここは譲れない」
どこかの正規空母か駆逐艦のようなセリフを吐きながら、ギラギラとした目で天龍が木曾を睨みつける。
「いやいや、そこまでやることかってぇの。好きに食べさせてくれよ」
引きつった笑みで木曾は言う。
相手は酔っ払いだ。怒ったところで意味などない。
静かに天龍のフォークを外し、今度こそはとケーキを運んでいく。
しかし。
カキン!
まただ。
がっちりと絡み合ったフォークが、互いの力をその身に受けて歪んでいく。
「……どうしても、か?」
ついに我慢の限界を迎えた木曾のつぶやくような問いに――
「どうしてもさ」
天龍が答える。
互いの目に闘志の炎がたぎる。
そして、二人の意地をかけた戦いが始まった。
広い食堂の、厨房近くのテーブル。隣り合った席という狭い戦場でだ。
何としてもケーキを口に入れたい木曾と、何としても先にイチゴを口に入れさせたい天龍の小さくも壮絶な争いは、騒ぎを聞いて駆けつけた提督と妙高によって阻止されるまで続いた。
ちなみに翌日には天龍が謝罪し、木曾はそれを笑いながら受け入れたし、約束通りケーキも半分ずつがそれぞれの胃に収まっている。
けれど、二人の間には微妙な空気が漂い続けることになった。
なお、全くの蛇足ではあるが。
青葉には妙高の八時間に及ぶ説教を正座して聞いた後、説明書を一字一句間違うことなく丸暗記するまでカメラへの接触を禁止するという、最高のクリスマスプレゼントが贈られた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現在 鎮守府演習場
木曾によって突きつけられた、古めかしくも仰々しいデザインのフリントロック式拳銃は天龍の眉間をしっかりと狙っていた。
互いの距離は五メートルもない。
いくら当時の拳銃の精度とはいっても、この距離での命中は確実だ。
ギリッと天龍の奥歯が嫌な音を立てる。
「参ったっていうんなら、今の内だぜ?」
勝利を確信した顔で木曾が言う。
確かに絶体絶命だ。
「なぁに、不利を覆しての天龍様よ……なめんなよ」
言うが早いか、天龍が裂帛の気合いとともに、間合いを一気に詰める。
木曾の指が引き金を引きしぼるよりも早く、天龍の剣が一閃。
鈍い金属音だけを残して、拳銃が宙を舞う。
ゴトリと地面に落ちた拳銃が暴発し、パチンという玩具のような破裂音を鳴らす。
周囲は風の音だけを残して静まり返った。
『おおっ! これは天龍の見事な踏み込みからの一撃だぁっ! 劣勢を一気に逆転か! 逆転するのかぁっ!』
霧島の声が周囲の静けさをぶち破る。
同時に周囲からどよめきが上がった。
それを背に二度、三度と天龍が踏み込んで斬撃を放つ。
「おい霧島ぁ! それじゃプロレスの実況中継! これはヒーローショーだ!」
たまらず提督が声を荒げるが、霧島はそれを無視して実況を続ける。
見ているうちに興奮してしまったのだろう。
さながらリングサイドに陣取るカメラマンのように、青葉のカメラから放たれるストロボが、余計に雰囲気を掻き立てている。
『来た来た来たー! 天龍の鋭い連撃に木曾は防戦一方だぁっ!』
実況席のアナウンサーよろしく、半身を乗り出し絶叫する霧島。
その言葉通り、木曾はかろうじてそれを受け流し、ジリジリと後ろへ下がっていく。
ついでに言うと、客席の子供たちも霧島の妙なテンションに若干引いている。
変わらずに盛り上がっているのは、紛れ込んでいる駆逐艦娘たちだ。
「あぁ、もうあのバカ……那珂、霧島と交代しろ」
那珂が司会席に突っ走り、霧島からマイクを奪い取ると、いつものテンションでマイクパフォーマンスを始める。
『みんなー、キャプテンキソーとテンリューショーグン、どっちの味方かなー!?』
舞台の前に詰めかけた子供たちが一気に釣り上げられ、歓声をあげ始めた。
もはや用意された脚本なぞ何処へやら。全編アドリブの展開になりつつあっても難なくこなす。
さすがアイドルを自称するだけのことはあった。
芸人の方が向いているのかもしれないが。
『キソー!』
『テンリュー!』
『じゃあ、負けないように応援パワーを送らなきゃだめだよー!』
『はぁい!』
なんとか持ち直した場を見てホッと胸をなでおろす。
その隣にいつの間にか立っていた妙高が静かに問いかける。
「よろしいのですか? 一度収まった矛をまた持ち出すなんて」
「いいんだよ。あのままにしておいても、変にくすぶったままだったからさ」
喧騒を離れ、かろうじて舞台が見える位置まで下がると、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
「そうなんですか?」
律儀にも後をついてきた妙高が、その最初の一服を肺から吐き出すタイミングを見て話の続きを促す。
「互いに決定打を放てなかった。勝負がつかなかった。そういうやつ」
「それで、決着をつけさせると?」
「いや、つかないだろ」
そう言いながら、プカリと吐き出された煙が輪を描く。
「偽装を使った艦娘としての戦闘ならいざ知らず、近接格闘戦なら実力伯仲だからさ」
「それでは解決にならないのでは……」
「いや、しなくて結構。ただ今回は邪魔も入らず思い切りやれるんだから、互いに納得した上で高みを目指して研鑽を積んでくれるだろ?」
そう言って、子供のようないたずらっぽい笑みを浮かべ、それにな、と続ける。
「来年もこの出し物が使えるし、こっちとしては願ったり叶ったりだ」
「まったく。提督もひどい人ですね」
呆れた顔の妙高が、そう言って深いため息をつく。
「知ってるよ……だから、酷いついでに一つお願いをしてもいいか?」
「なんでしょう?」
「この後に配るケーキ、イチゴを一つずつ追加してやってくれ。できれば全員だ」
夕方のパーティまでそれほど時間はない。
かなり無茶な類のお願いだ。
全員となれば、二百を超える数を用意しなければならないのだから。
多めに発注はしているとはいえ、そこまでの数はないはずだ。
「ええと……」
「そうすりゃ、どっちの食べ方も出来るだろ? もし足りないなら子供達と天龍、木曾を優先。それと請求書は俺の机に置いといてくれ」
この時期の需要に供給量が追いつかないのはいつものことで、正直な所、手に入るかどうかすら怪しい。
「なるほど。では天龍か木曾のどちらかに提督の分を回すとして、もう一つはどうしましょう。私もイチゴは食べたいですしね」
これ以上ないくらいに爽やかな笑みで妙高がさらっと答える。
提督の口からは、くわえたタバコがぽろっと落ちる。
「ええっ! そりゃないぞ妙高!」
「ふふ。私、間宮さんに相談してきますね」
抗議の声をさらりとすり抜けて妙高は厨房へ向かう。
「……ま、大丈夫だろ……多分」
不安げな提督のその声が妙高に届いたかどうかは定かではない。
ひときわ高くなった子供達の歓声がかき消していたのだから。
…………
そうそう。
この後、子供達や艦娘に配られたケーキには、二つのイチゴが仲良く載せられていたという。
誰が手配したかわからないイチゴが、タイミングよく届けられたのだそうだ。
きっと頼りなさげで、いたずら好きな、ちょっと気の利くサンタクロースがいたのだろう。
艦!
再び駆け足で失礼致しました。
後ほどHTML化依頼を出しておきます。
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