時間が止まればいいと思っていた。
今というかけがえのない瞬間を、永遠のものにしたいと思っていた。
私にはいつだって時間が足りなかったから。
いつだって、後悔してきたから。
だから……時間を停めてしまいたいと思ってしまう。
子供じみた妄想であることは十分に理解しているのだけど。
それでも、そうあって欲しいと思わずにはいられなかった。
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「それではみなさま、私の歌劇をご観覧あれ」
「その筋書きはありきたりだが。役者が良い。至高と信ずる」
「ゆえに、面白くなると思うよ」
「Atziluth--」
そこは、あたり一面が黄昏に満ちた世界。水平線の向こうに沈んでいく夕日を背景に、私は彼女を眺めていた。
目の前に広がる海を眺めながら彼女は鼻歌を奏でる。女の私ですら聞き惚れてしまう透明感のある歌声は、この奇妙な世界に驚く程調和している。
「血、血、血、血が欲しい」
だからこそ、それは彼女からはあまりにもかけ離れた言葉だった。口ずさまれたのは血に濡れたリフレイン。
綴られる歌に合わせて短く結った髪が小さく揺れる。その姿は少女そのもので、純真無垢にすぎる。
「ギロチンに注ごう飲み物を。ギロチンの乾きを癒すため」
眩しさすら感じる笑顔を浮かべる少女に見とれる私は、やがてそれに気づいてしまう。
少女の首元に走る
傷跡。純白の肌に朱を指すそれはやけに艶めかしく肉感的だ。
そして私は、それを直感的に理解する。
その創傷は断首痕。彼女が歌うのはリフレインなどではなく、断頭台に呪われたものの呪歌だ。
やがて、彼女は私の存在に気づくと、微笑みながら私の首に手を伸ばし――
「……またこの夢か」
ふと、目が覚めた。
シアターのダンスルームは東に位置しており、夕方には綺麗な夕焼けを望むことができる
……つまり、レッスン中に休憩しながら寝落ちしてしまった私は、夕日の光で目が覚めたことになる。
ぼんやりした頭で携帯を開き、私はようやく我に帰る。
可奈と約束した時間まで一時間を切っていた。
「お疲れ様でした。小鳥さん」
「はい。お疲れ様、静香ちゃん」
簡単にシャワーと着替え、化粧を済ませ、小鳥さんに挨拶し事務所を出る。昼前から練習を始めていたのだけど、結局夕方になるまで誰も来なかった。
私が所属する765プロダクションは、50人近くのアイドルを抱える芸能事務所だ。ほんの少し前まではみんな精力的に活動していたが、今では練習に顔を出すのは私くらいになってしまった。
……無理もない。あんな事件が起きてしまっては、練習を休みたいと思うのも仕方のないことだった。
一ヶ月前。765プロに所属するアイドルの二人。伊吹翼と永吉昴が遺体で見つかった。二人に目立った外傷はなく、目撃者もいなかったらしい。
二人が亡くなったことでみんな――もちろん、私も深く悲しんだ。でも、それがなんだというのだ。二人が死んだことが練習をしなくていい理由になるのか。むしろ、二人の分まで私たちがアイドルとして頑張らなきゃいけないのではないか。
無くしたものは帰らないし、失ったものは取り戻せない。
それゆえに、私たちは今という刹那に価値を見出すのだし。
だからこそ、私は時を止めてしまいたいと願って止まないのだ。
私はそう思うのだけど……それを強制することはできない。
翼と昴さんが亡くなった以外にも……そもそも、ここ半年以外私たちの事務所があるこの街は様子がおかしかったのだ。
ガス漏れ事故が多発したり、急に道路工事が始まったり、それも一週間くらいで終わったり。
怪異現象、怪奇現象。オカルトを信じるタチではないが、私自身が現在進行形で巻き込まれているため真っ向から「そんなものはない」と切り捨てることはできない。
毎夜見る黄昏の夢。
血塗られたリフレインを口ずさむ少女との邂逅。
実害こそないが、もともと夢を見ない私からすると十分に不可思議なことだ。
……そんなことをぼんやりと考えていると。
「――あれ。ここ、どこ?」
いつの間にか、見覚えのない路地裏に入り込んでしまっていた。
ふいに、いつかエミリーさんが言った言葉を思い出す。
夕暮れ過ぎは逢魔が時と言って、この世の理から外れたものと出会いらしい。
黄昏とは、目の前にいる人の顔すら見えない暗闇のことで「誰は彼?」と聞いたのは語源になったのだとか。
そういえば、あの子がいる世界も夕暮れ時の海岸だったっけ。
嫌な予感が胸をよぎって仕方ない。早くここから出なきゃいけないのに焦りばかりが先走って正しい道がわからなくなる。
そうして、それは唐突に現れた。
「我は面影糸を巣と張る蜘蛛――ようこそ、この素晴らしい惨殺空間へ
いらっしゃいもがみん。茜ちゃんが歓迎するよん!」
野々原茜。
765プロに所属するアイドルの一人で一ヶ月前から姿を消していた。
そんな彼女が、なぜ今になって私に接触してきたというのだろう。
いや、そもそも彼女は私の知る彼女なのだろうか。
外見こそ私の知る野々原さんのものだが、中身は違う、確実に別人だ。
なんというのだろう。殺気というか、威圧感というか。例えるなら、肉食性の昆虫に睨まれた羽虫の気分というのだろうか。
出来ることなら、今すぐにでも逃げ出したいけど先ほどから足の震えが止まらず動くことすらできない。
「久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」
動揺を気取られぬよう素知らぬ態度で尋ねる。出来れば今野々原さんが着ている軍装についても聞きたかったが正直なところそんな余裕はない。
「んー? いやあ。聖遺物の調子はどうかなと思ってねえ」
は? 聖遺物? なんの話をしているんだこの人は。前々からおかしいとは思っていたけど本当に頭がおかしくなってしまったのか。
「……聖、遺物? あの、聖骸布とか、聖杯とか、そういうもののことですよね」
脳内の知識を総動員させて野々原さんの言葉に答える。
聖遺物という単語にそれ以外の意味があるなんて話聞いたことがない。
「違うよぉ。もがみんはもう夢の中でお姫様にあってるはずでしょ? あれがもがみんの聖遺物だよお……あれは茜ちゃんの趣味じゃないけどさ。
茜ちゃんは今使ってるやつで十分だし……あ、もしかしてバサバサとすばるんからなにも聞いてない? もー、馬鹿だなあ二人とも。虎は死んでも皮を残すっていうけどさあ。あの二人の場合無駄死にだよねえ。
しょうがない。もがみん。ここは一つ同盟結成と行こう。そしたら聖遺物に関してしっかり教えてあげる。どうする?」
「ええわかったわ。十分わかった」
つまるところは。
「死にたいのね、あなた」
翼と昴さんの死を愚弄して。その上で私と同盟を組む? 馬鹿なの? 交渉相手を怒らせておいて交渉もなにもないでしょう。
彼女は言った。私は既に夢を介して聖遺物を手にしていると。
自分自身も、聖遺物を手にしていると。
野々原さんの変化が聖遺物によるものだとしたら――私が彼女を倒せないわけがない。
私自身も、聖遺物の担い手なのだから。
瞳を閉じ、私の中にいるはずの彼女に語りかける。
これは、所詮エゴにすぎない。
言うならば復讐だ。翼達の死を馬鹿にした野々原さんを殺すだけのために、なにも関係ない彼女を利用しようとしている。
そんな自分本位の考えしかできないのが最上静香という人間だ。
彼女はこんな私を軽蔑しただろうか。手をとってくれるだろうか。
祈るように渇望する私に、彼女は――
「……よろしくお願いします。愛しい人(モン・シェリ)」
一番欲しかった言葉をくれたのであった。
さあ、今宵の恐怖劇(グランギョニル)を始めよう。
「形成――時よ止まれ、お前は美しい」
終わりです
シンデレラのアニメ化が去年の春に発表されて今年の1月っから始まりましたよね
もしかしたらミリオンも来年の春に発表されて再来年の1月から始まるんじゃないのか。それならミリオンとDiesはアニメ化のタイミングが被るんじゃないのか
そんな高まりを抑えきれずに書きました
メンツの都合上出てこないアイドルも多々おりますがごゆるりとおつきあいくださいませ
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