磯風「私は、磯風はもう駄目だ。…よもやここまで追いつめられるとは思いもしなかった。砲煙弾雨吹き荒ぶ戦場においてさえ、この磯風を排することはできないと言うのに! 」
霞「…だからなに? 演劇の練習? あたし暇じゃないんだけど」
磯風「ち、違う! 頼むからこの磯風を見捨てないでくれ!」
霞「はー大仰ねぇ、誰かの恨みを買ったの?」
磯風「え、いや、そういう訳ではないが…」
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霞「じゃあ大丈夫よ。気のせい気のせい」
磯風「む、む…? なんだ、どういう基準なんだ?」
霞「よっぽど恨まれなきゃ味方には殺されないから大丈夫よ。戦場で死ぬなら本望でしょ」
磯風「死生観が少々過激な気がするが…、いや違うぞ? なにも私は身の危険を感じているわけでは決してないのだ。そもそもこの磯風が死を恐れたりするはずがないだろう」
霞「良い覚悟ね。じゃあはい、頑張りなさいな」
磯風「? これはなんだ?」
霞「水の入った盃」
磯風「だから!!」パリンッ
霞「おー、いい割りっぷりね。天晴だわ」
磯風「違う! 違うからことあるごとに殺そうとするな!」
霞「じゃあなんだっての?」
磯風「では答えてやる。…なぜ、何故この鎮守府は、提督は磯風に無聊を託つ日々を強いるのだ! いかなる深慮をもってこの私を飼い殺しにする! ひとたび戦場へと送り込まれれば立ちどころに人類の栄光を勝ち取ってみせるというのに!」
霞「吉川英治みたいな自画自賛してんじゃないわよ。三國志であったわよそんな文言」
磯風「ん、んん…? 読むのか? 三國志、霞が?」
霞「あによ、読んでちゃ悪い?」
磯風「そうではないが…、いや、やはり意外だな。読んでも教本くらいだろう。と、勝手に思っていた」
霞「まぁ、…まぁ、そうね。本を読む暇があるなら体を動かすわねあたしは。でも三國志なんて一般教養の部類でしょ?」
磯風「む、それもそうか。戦乱の時代での三國志は、確か修めるべき学問としてあったというからな」
霞「そうでしょう。まぁそういう感じで時雨がせめてこれくらいは読め読めとうるさかったのよ」
磯風「ん、時雨? 話が繋がらないが…」
霞「いやね、たまたま話す機会があったから少し世間話をね。そしたらあいつ」
時雨『…君は詩心を解さないこと甚だしいね、僕としては君には少し本を読むことを勧めたいものだ』
霞「とまぁこんな感じなことを言うのよね」
磯風「う、うむ。…彼女がそこまで言うまでの流れが目に見えるようだが、ひとまず捨て置こう。かくいう私もそういうのは苦手だからな」
霞「ちなみに三國志に出てきた武将の中では魏延が好きね」
磯風「…ああ、確かにお前は好きそうだな、反骨…」
霞「あんたは?」
磯風「私か? 私ならまぁ、関雲長を挙げるかな。彼の忠義の有り様は、この私をして感服させる」
霞「ふーん、あんなチャラチャラした髭がいいなんて変わってるわね」
磯風「変わってるも何も多数派なくらいだと思うが。…チャラチャラした…?」
霞「そうよ、髭はやっぱりシュッと引き締まってないと」
磯風「それはまた、…変わった性癖だな…。髭がいいのか?」
霞「髭がいいのよ。具体的には貫禄を感じるカイゼル髭ね。ただ長いだけの髭なんてナンセンスだわ」
磯風「…」
霞「まぁその辺り阿武隈先輩は良くわかってて、この前も一緒に背中を丸めつつも威厳を感じる釣りの仕方を…」
磯風「わかった! わかったから! …むむ、頼みの霞がこの有り様では、私はもう本当に駄目かもしれんな…。所詮、非力な駆逐艦の限界といったところか…」
霞「馬鹿ね、そう自分を卑下するもんじゃないわ」
磯風「いやだからひげの話はもういいと、…その顔やめろ!」
霞「どの顔よ」
磯風「あ、いや話の流れでつい突っ込んでしまった。すまん」
霞「失礼な奴ね」
磯風「…なぁ、いったいどうしたんだ? 私が言うのも何だが、なにか悪いものでも食べたのか?」
霞「そんなんじゃないわよ。ただ時雨がね、あたしのことを冗談の通じない余裕が無い奴みたいに言うもんだから」
磯風「少なくとも慣れないことをするものではないな。…良く見ているよ時雨は…」
霞「で、助けてくれってなによ。正直、あんたなら大抵の事は自分でなんとかするでしょうに」
磯風「まぁ、その、それはその通りなのだが」
霞「なんだ、あんたがSOSを出すくらいだから、命を危機を覚えてあたしのところに来たのかと思ったじゃない」
磯風「むしろ命の危機においては助けてくれるつもりだったのか!? どれだけ頼もしい奴なんだお前は!!」
霞「そんなわけないでしょ。軍内部での殺傷沙汰なんてあたしの手に余るわ。軍法会議ものじゃないの」
磯風「…では霞は、私がどのような状況にあれば助けてくれるというのだ…?」
霞「『できないことは諦めさせる。できることできそうなことはそいつにやらせる』 それがあたしのモットーよ」
磯風「うわぁ、いるんだなぁこんな奴。…なんて友達甲斐のない…」
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