かつて魔王を討ち、世界を救った勇者は、その後国を興した。
その国は世界の平和を目標に掲げ、人々の支持を集め発展していった。
そして建国から200年後――
兵士「兵士長殿、ウルフの群れが街に向かっているとの事です!」
兵士長「餌を求めてやってきたか…しかし人間を食わせるわけにはいかん。すぐ避難勧告を出し、部隊出動するぞ!」
兵士「はっ!」
滅多にない非常事態にも関わらず、兵士達に焦りはない。
この平和な時代においても彼らは戦闘訓練は怠らず、彼らは『勇者の国』兵の名に恥じぬ自信と実力を誇っていた。
だが――
執事「失礼致します」
兵士長「執事さん、 どうした」
執事「はい…実は姫様が……」
兵士長「………は?」
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姫「ふふっ、血が騒ぐよ…ねぇ、ご先祖様?」
街外れの草原に1人仁王立ちし、姫は好戦的に微笑んだ。
短く切った髪に、機能性を重視した装備――活発な美少年に見紛いそうなでいたちではあるが、彼女は紛れもなく勇者の国王家第二子、姫である。
その姫の視線の先にいるのは――今、正に突っ込んでこようとする、飢えたウルフの群れだった。
姫「さぁ来い! ウルフども!」
姫は剣を抜き構える。
そして先頭のウルフが姫に襲いかかると同時――
姫「でやぁ――っ!!」ズバァッ
一擊でウルフの胴体を切り裂いた。
姫「近年弱体化している魔物なんてボクの敵じゃないね。さ、全員同時にかかっておいで」
姫は自信たっぷりに、ウルフ達を挑発するように笑った。
・
・
・
王「この馬鹿者が―――ッ!!」ゴッ
姫「あだぁ!!」
執事(見事なコブだ)
騒動の後、王の間にて姫は兄――王のゲンコツと説教を喰らっていた。
王「ウルフの襲来でなく、お前の行動に兵士達が混乱していたではないかっ!!」
姫「おやおや。兵団なら、非常事態にも対応してかなきゃ~」
王「非常事態を作り出しているのは、お前だあぁ!!」
王子(わー、またやってるよ~)
姫には兄と弟がいる。
20代で王に即位した、歳の離れた兄は、若き人格者と名高い。
弟の王子はまだ剣を振るには未熟な年頃だが、勤勉な性格である。
王「大体お前は昔から…。少しは姫らしさというものを身に付けようと思わんのか」
姫「ボクだって勇者の子孫だよ、兄上~。将来は立派な姫騎士となり、この国に貢献します!」
王「素行不良な姫騎士などいらん」
姫「じゃあ冒険者になる~」
王「あのな……」
王子「まぁまぁ兄上、姉上は姉上なりに国を想っていらっしゃいますよ。それにこれ以上叱りつけては、姉上は本当に家出してしまいます」
姫「愛しい弟よ~! ボクのことよくわかってるねー、大好き!」ギュゥ
王子「むぎゅう」
王「…今回は大目に見るが、お前もちゃんと勉強をしてだな……」
姫「あっ、急用思い出したっ!!」ダッ
王「話を聞けーっ!!」
執事「逃げ足の早いことで……」
>街
町民A「あら姫様、ご機嫌よう」
町民B「あー! お姫様、おっきなコブできてるー!」
町民C「また陛下に叱られたのかー?」
姫「いってて~、まぁね~」
頭をさする。兄は戦闘の前線にこそ出ないが、勇者の子孫だけあって、ゲンコツの威力もかなりのものだ。
それに、もう一箇所――
姫「いたた。あーあ、ドジっちゃったなぁ」
ウルフとやりあった時、足を引っ掻かれ怪我をしたのだ。
動けない程の傷ではないが、それなりに深い。
姫(もうちょっと強くなって怪我しなければ、兄上も心配しなくなるかな)
両親を早くに亡くした姫にとって、兄は父のような存在でもある。
誰よりも姫に厳しい兄は、姫に姫らしくあれと教えてきた。
姫(けどボクの性に合わないよ、『姫らしく』ってのは。ごめんね、兄上)
心の中で謝りながら、姫は馬に飛び乗った。
学者「おや、姫様は今日も勉強放棄ですか?」
王子「あはは、そうみたい」
学者「仕方ありませんね、ではマンツーマンでのお勉強となりますね。今日は風魔法の基本でも」
王子「あ、それ予習しといた。ほら」ヒュオォ
学者「おぉ」
王子「基本はいいからさ、もうちょっとレベル高いことやってみたいなぁ」
学者「…ふふ、王子。貴方の魔法の才能は素晴らしい」
王子「へへ、照れるなぁ。学者が上手く教えてくれたからね」
学者「私など…魔法に関する知識ばかりが身につき、肝心の実力が伴わなかった半端物です」
王子「そんなことないよー? 学者の作った教本だって、評判かなりいいじゃない」
学者「ふ、そんな評判など…私の野望に比べれば……」
王子「野望?」
学者「いえ…それよりも、今日の勉強を始めましょう」
王子「はーい」
学者(ふ…ふふふ……)
>丘
姫「ん~っ、風が気持ちいいぃ~っ!!」
姫は丘に来て伸び運動をした。
ここはお気に入りの場所で、よく城を抜け出しては遊びに来るのだ。
ここからだと上から城下町が眺められて、とてもいい景色である。
姫「今日はニャンコいないのかなー? おーい、おやつ持ってきたよ~」
猫たち「にゃーにゃー」
姫「おー、よしよ~し。ニャンコは可愛いなぁ」ニヘヘー
~♪
姫「ん~?」
猫と戯れていると、音が聞こえてきた。
他に誰か、近くにいるのだろうか?
姫(むぅ、ボクだけの場所だと思ってたのに。まぁ、いい場所だもんね~)
姫「…それにしてもこの音、よく聞くと……」
ビョボボ~、ブヒョオオォォォ♪
姫「ひっでー雑音」
この雑音の音源は何かと姫は音に近づいていく。
すると…
?「…」<ビュルルル~ビョボロ~ン♪
切り株に座った男が笛を吹いていた。
男の雰囲気だけは吟遊詩人っぽいのだが…。
姫(音外しまくりだし、まず音の出し方が汚いなぁ)
姫も一応は、小さい頃から一流の講師に歌や踊りを教わっていた身なので、耳は肥えている方だった。
音楽は好きではなかったが、この笛の音はそれでもわかる程のひどさだ。
姫「おーい、笛の練習かーい?」
?「!?」<ボフッ
姫は気軽に声をかけてみたが、男はかなり驚いていた。きっと、人がいるとは思わなかったのだろう。
男は顔を真っ赤にして、サッと笛をしまった。
?「ぐ…聞かれていたか」
姫「あはは、ひどい音だったねぇ。人のいる場所では吹けないよね」
?「うっせーな」
男は恥ずかしそうに頭をボリボリ掻いた。
姫「ま、気にするなって。誰でも最初は初心者だよ!」
?「…一応、笛吹き歴5年だ」
姫「え、5日目じゃなくて!?」
?「おい。喧嘩売ってんのか坊主」
姫「坊主? あはは、ボクこう見えても女だよ」
?「お、女!?」ビクッ
男は驚いて、後ろに跳躍した。
?「あぁ、言われてみれば…。色気の欠片もねぇから間違えたわ」
姫「男装するの好きだから、男の子に見えるなら嬉しいよ」
ほとんど知られていないが、さらしを外せば豊満な胸の持ち主なのだが。
しかし色気は出るかもしれないが、姫にとっては邪魔でしかない。
?(参ったな…女には慣れてない)
姫「どしたの? うつむいちゃって?」
?「いや…」
?(まぁ…こんな男っぽい女なら、まだマシか…)
姫「ボクは姫! ここによく来るんだ、宜しくね!」
?「姫? もしかして勇者の国の姫か?」
姫「そうだよ。あ、知ってた?」
?「あぁ…。とんでもねぇじゃじゃ馬姫だと聞いているぜ」
姫「あはは、その通りかもね~」
小さい頃から男の子に混じってヤンチャしてたし、街の不良ともよく喧嘩して、今日だって勉強をサボって遊びに来ている。
髪をバッサリ短く切ったのだって、勝手に自分でやったことで、皆目が飛び出る程驚いたものだ。
笛吹き「俺は…笛吹きだ。旅をしている」
姫「へぇ旅人! 色んな国を回っているの?」
笛吹き「まぁ…な」
姫(うーん、人と話すの嫌いなのかな?)
何となく人を拒絶する雰囲気がある。
それなら無理させる必要はないので、自分は立ち去ろうか…と思った、その時。
猫たち「にゃーにゃー」
笛吹き「お、猫じゃん」
笛吹きの顔はパッと明るくなった。
姫「あ、キミもおやつあげてみる?」
笛吹き「いいのか、じゃあ…」
猫たち「にゃー♪」
笛吹き「おぉ…」ホワーン
粗野な男だと思っていたが、案外そうでもないらしい。
猫におやつをやりながら、顔はもうデレッデレだ。
姫「…そう言えば、笛吹きが動物を操る物語を読んだことがあるなぁ」
笛吹き「あー、楽器使いの中にはそういう特殊能力を持つ奴もいるなぁ」
姫「ねぇ、キミはそういうのできないの?」
笛吹き「そうだなぁ…」スッ
笛吹き(リラクゼーション効果のある曲なら…)<♪ビュロロロ~ン、ボリボリボリ~
猫たち「フギャアアァァ」
姫「うわあぁぁ、頭が、頭が痛い!! ボクの中の何かが目覚めそうだああぁァッ!!」
笛吹き「………」
姫「凄いね笛吹き! よくわからないけど凄まじい特殊能力だったよ!」
笛吹き「……お前、それは天然か? 嫌味か?」ズーン
猫たち「にゃー」
姫「じゃあね~、ニャンコ達ぃ~♪」
笛吹き「……なぁ、1つ聞いていいか?」
姫「ん? なに?」
笛吹き「一国の姫君が、こんな所で護衛もつけず遊んでていいのか?」
姫「いや駄目だよ」
笛吹き「あのな……。ここ数年で弱体化したとはいえ、まだ魔物がウロウロしてるんだぞ」
姫「大丈夫~ん♪」
姫はそう言うと、懐から短剣を取り出した。
姫「ボクにだって勇者の血は流れているんだもの! 襲いかかってくる魔物は、コレで返り討ちさ!」
笛吹き「はーん…じゃ強いんだ、あんた」
姫「まぁね~。ボクは将来、騎士になるから!」
姫はそう言いながら短剣をシュッシュと振り回し、鞘に収めた。
この一連の動作がかっこいい、と姫は思っている。
笛吹き「発展途上ってとこだな」ボソッ
姫「え?」
笛吹き「いや別に。けど勇者の国の姫君は、噂以上のじゃじゃ馬だってことは判明した」
姫「だろう!」フフン
笛吹き「いや褒めてねーし。むしろバカにしてるんだし」
姫「いいよ。『美しく高貴なお姫様~』みたいなおべっかよりずっとマシ」
笛吹き「おべっか…いや、おべっかだけじゃないだろ」
姫「え?」
笛吹き「少なくとも……美人さんであることは間違いないし」
姫「…」
姫「それはボクも否定しない」
笛吹き(謙虚さゼロかよ、可愛くねぇ…)
姫「…っと、ボクはそろそろ帰るね。ねぇ笛吹き、明日もここにいるの?」
笛吹き「あぁ、そのつもりだ。…ここは景色がいいからな」
姫「うんうん、城下町を見渡せて、とってもいい景色だよね~」
笛吹き「あんたも来るのか?」
姫「来るよ。キミの笛を邪魔してやらないと、ここの動物たちが苦しみそうだ」
笛吹き「悪かったなぁ~!」
姫「あはは。それじゃあね!」
姫は馬に飛び乗ると、笛吹きに手を振って丘を降りていった。
笛吹きも姫の姿が見えなくなるまで、 手を振っていた。
笛吹き「やれやれ…とんだアクシデントだったな」
笛吹き「さーて…これからどうしたもんか」
今日はここまで。
100レス超えの長めの話になるかと思います。多分。
>翌日
姫「笛吹き~」
笛吹き「お」
姫が丘にたどり着くと、笛吹きは既に来ていた。
手には猫じゃらし。どうやら、猫たちと遊んでいたようだ。
笛吹き「今日は来るのが遅かったな」
姫「うぅー。踊りの先生につかまっちゃってさぁ」
笛吹き「へぇ。あんた、踊り習ってんのか」
姫「まぁ一応ね」
笛吹き「見せてくれよ」
姫「えー……」
姫は渋ったが、笛吹きが笛を取り出して音楽の準備をしている。
気は進まないが、仕方ない…。
ブヘヘ~ブッピョリポ~♪
姫「……」クルクル
ブリョリョンブッペレ~ン♪
姫「………」タッタッ
プリッポ~ボリョリョ~ン♪
姫「…………」クルリン
笛吹き「下手だな」
姫「キミの笛のせいだよ!!」ムキャーッ
姫「大体、ボク踊りとか好きじゃないんだよ! 兄上も王子もやってないのに、どうしてボクだけ!」プンプン
笛吹き「そりゃ…お姫様だからじゃないか?」
姫「男女差別だよ! もーっ、兄上みたいなこと言うんだからーっ」
笛吹き「王の気持ちはわかる。妹には可愛くしていてほしいもんだろ」
姫「ふーんだ。笛吹きには兄弟いるの?」
笛吹き「…できる予定だ。男か女かは、わからないが」
姫「できる予定?」
笛吹き「義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目」
姫「わぁ、おめでとう! 良かったね~!」
笛吹き「良くはないんだがな…家事情が色々ややこしくなるし」
姫「でも、可愛いもんだよ。ボクも弟は可愛いもん」
笛吹き「あぁ王子か…。何か、魔法の才能があるとか」
姫「そうなの、そうなの! 王子ってば天才なんだから! ボクなんて魔法の勉強、途中で投げ出しちゃったのに~」
笛吹き「天才か。あんたより強くなったりしてな」
姫「そうなったら嬉しいねー。将来どうなるかなぁ、楽しみだ」フフフ
笛吹き「……本当、弟のこと好きなんだな」
姫「うん!」
笛吹き「それと同じくらい、王もあんたのこと好きだと思うぞ」
姫「……え?」
笛吹き「喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ」
姫「べ、べつに…喧嘩してるわけじゃ」
笛吹き「そうか。…後悔しないようにしときな」
姫「後悔?」
笛吹き「…っと、余計なお世話だったか」
笛吹きはそう言うと立ち上がった。
笛吹き「そろそろ帰る。宿の夕飯時間なんだ」
姫「あ、うん」
姫は笛吹きの背中を見送ると、猫たちと戯れ始めた。
だけど頭の中には、笛吹きの言葉が残っていて…。
姫(後悔しないように、かぁ……)
>城
姫「ただいまー」
執事「お帰りなさいませ。肌寒くなってきたでしょう、ホットミルクでも如何でしょうか」
姫「飲む飲むー!」
執事の入れてくれるホットミルクは姫の好物だ。
この庶民の味が、名前の通り気持ちを「ホッと」させてくれる。
姫「はぁ~」ホノボノ
王「……姫」
姫「あ、兄上」
兄がやってきた。兄は何やら、厳しい顔をしている。
今日は踊りをサボらずやったし、問題も起こしていないし、怒られるようなことはしていないと思うが。
姫「な、なに? どうしたの?」
王「舞踊の講師に聞いた。…お前、真面目にやる気がないようだな」
姫(う。図星……)
王「どうして好きでないことには、とことん無関心なのだ。行動を好き嫌いで決めるようでは、この先苦労するぞ」
姫「だってー…ボクだけ踊り習わされるなんて不公平じゃんか」
王「お前にはわからないかもしれないが、男と女では役割が違う。そんな事では、嫁の貰い手が……」
姫「そんなこと、 兄上にあれこれ言われたくないね!」
王「姫……」
姫「フン! 兄上なんか嫌いだ!」
姫は怒りながらその場を立ち去っていった。
笛吹き『喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ』
笛吹き『そうか。…後悔しないようにしときな』
笛吹きのそんな言葉が思い出されたが…。
姫(ボクは悪くないもんね!!)
>翌日
笛吹き「……で、只今絶賛喧嘩中と」
姫「ボク悪くないもん!」
笛吹き「いやまー…悪くはないけどなー…」
姫「大体、踊れるからって何なのさ。そんなんで女を選ぶような男、こっちから願い下げだね!」
笛吹き「まぁでもわかる。俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!」ハハハ
姫 「キミの意見は聞いてませーん!」プンプン
姫はすっかりむくれていた。
今日は、踊りの稽古をすっぽかして丘まで来ていた。
姫「それにボク、全てを好き嫌いで決めてるわけじゃないよ。嫌いでも、できることあるもん」
笛吹き「例えば?」
姫「貸してっ!」バッ
笛吹き「え?」
姫は笛吹きから笛を奪い取る。
そして…。
姫「…」~♪
姫が笛を吹くと爽やかな音色が流れ、猫たちも和み始めた。
姫「ほらね~。ボク音楽は好きじゃないけど、簡単な楽器なら扱えるもんね。あ、これ返すよ」
笛吹き「」アワアワ
姫「ん? どしたの?」
笛吹き「あのなああぁぁ!! か、か、かんせつ…」ブルブル
姫「へ? 」
笛吹きは顔を真っ赤にして小声で呟いていた。
姫はピーンと察する。
姫「ははーん? 間接キスって言いたいのかなー? 意外とウブなんだねー、笛吹き」
笛吹き「うるせーな!! あんた無防備かよ!!」
姫「ガードは固いよ? ま、笛吹き程純真ではないかもね~」ケラケラ
笛吹き「あんた、良くも悪くも天然の能天気だな…。兄としては心配になるだろうな…」
姫「なんで」
笛吹き「ほら、その足のケガとか」
姫「あ、これ」
笛吹き「ウルフの襲撃の時に負ったんだろ。跡が残ったり…とか考えたら、やっぱ心痛いと思うぞ」
姫「そうかなぁ…」
けど昨日の笛吹きとの会話を思い出してみる。
もし王子が同じようなケガを負ったら自分は心を痛めるだろう。しかも、ケガするようなことをしょっちゅうしていたら、口うるさくなるのもわかる気がする。
兄が自分に対し、そんな気持ちを抱いているのだとしたら…。
姫「そっか…。そうだよね、兄上はボクを心配してくれているんだね」
笛吹き「嫁の貰い手もな。当たり前だろ」
姫「へへ…。でもボクの場合、昔からこうだから今更心配とかしないかなーって…」
笛吹き「そんなわけないだろ。むしろ、ずっと成長しないからこそ心配なんだろ」
姫「うー…」
悔しいけど反論できない。
笛吹き「そうとわかったらホラホラ、早く王と仲直りしてきな」
姫「そうだね!」
あれこれ考えるのは自分の性に合わない。
姫は決意すると、笛吹きの手をギュッと握った。
姫「あ りがと笛吹き! キミのお陰で何とかなりそうだ」ブンブン
笛吹き「わ、わ、わ、て、手…」ガチガチ
姫「じゃあね~! また明日!」ダッ
笛吹き「………」
笛吹き(本っ当~…に無防備だなっ!!)
姫(あれ? ボク、笛吹きにウルフのこと教えたっけ?)
姫(まぁ結構話は広がってるだろうし、知ってるか。ボクって有名人だな~)
笛吹き「さーて笛の練習でもするか」
?「……――様」
笛吹き「っ!」
?「決行日が、決まりました…」
笛吹き「……!!」
>城
姫「…兄上っ」
王「…ん?」
廊下を歩いている兄を発見し、呼び止める。
丁度、周囲に誰もいないので、変な噂がたつこともないだろう。今なら…
姫「その…ごめんなさいっ!」
王「………」
王「まるで『押忍』って感じのポーズだな」
姫「ハッ! しまった、つい!!」
王「お前は本当に礼儀作法がなっていないというか…」
姫「うー、すみませんねー」
王「ま…良くも悪くも飾らないのが、お前という人間なのだろうな」フフフ
姫「あ、兄上……」
厳しい兄にしては珍しい反応だった。
それに兄の笑顔を見るのも、久しぶりだ。
王「こちらこそ悪かった。お前のことを考えているつもりで、お前の気持ちをまるで考えていなかった」
姫「で、でも…兄上はボクを心配してくれていたんだよね」
王「あぁ。お前のことは本気で色々と心配だ」
姫「むぅ~…」
王「お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる」
姫「…うん」
王「それに、その時に1番傷つくのはお前自身だ。だからそうならぬよう、お前にはもう少し慎重さを身につけてほしい」
姫「慎重さ…。そうだね、ボクに足りていないものだ」
王「そして…王族は国の『顔』なのだ。その自覚を少しは持て」
姫「……そうだね」
王「俺がお前に最低限言いたいのは、それだけだ…。だが、まぁ」
姫「ん?」
王「俺個人の気持ちとしては…お前が楽しんでいるのは、とても良いことだと思う」
姫「兄上…」
兄は王という立場があるから、とても大きなものを背負っているのだ。それなのに自分ときたら、兄に余計な気苦労をかけさせるばかりで…。
姫「ボク反省するよ兄上。勉強もちゃんとやる。…遊びにも、行くけど」
王「はは、遊びに行くなとは言っていない。それより、これから王子と一緒にティータイムにしようと思っていたのだが、お前もどうだ」
姫「うん、ボクもご一緒するー! 久しぶりに兄弟水いらずだね!」
王「そうだな」
その後2人はすっかり仲直りし、ティータイムに色んな話をした。
本当に久しぶりになる、兄弟での楽しい時間だった。
>翌日
姫(笛吹き、来てないなぁ)
今日は早めに来た。手には、昨日のティータイムで余ったクッキーの詰め合わせ。笛吹きへのささやかなお礼として持ってきたのだ。
姫(今日は話のネタも沢山持ってきたぞー! 昨日は兄上といい、王子といい、おかしかったなー)
姫「あ、来た。おーい、笛吹きー!」
笛吹き「……」
笛吹きは何やら元気がない。寝不足だろうか?
姫「笛吹き、ありがとね。キミのお陰で兄上と仲直りできたよ。それでね…」
笛吹き「なぁ姫さん」
姫「ん、なーに?」
笛吹き「その…悪い。ちょっと、今日は急用ができて。ゆっくり話している場合じゃない」
姫「そっか。ううん、構わないよ」
そりゃ、そういうことだってあるだろう。
姫「もしかして、それ伝える為に来たの? 生真面目だなぁ~」
笛吹き「ち、違うんだ! その…」
姫「?」
笛吹き「…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか」
姫「なんで?」
笛吹き「その…そこで、話があるんだ」
姫「話?」
姫「わざわざ場所変える必要があるの? それに待ってろって、どれだけ待ってなきゃいけないのかな?」
笛吹き「それは……」
姫「……」
姫(何か事情があるのかなぁ。これは察しなきゃいけないやつ?)
自分はは『察する』というのが苦手だし、その自覚もある。
もしかして今は、その『察する』のが必要な場面なのか。
姫(兄上とも約束したもんね、大人になるって)
姫「わかった。その代わり、早めに来てよ? ボク、ボーッと待ってるの苦手だから」
笛吹き「…悪い」
姫「そんな、謝るほどのことじゃないよ」
笛吹き「いや…」
姫「?」
笛吹き「あんたには…いくら詫びても足りないんだ」ダッ
姫「? 変な笛吹き」
首を傾げながら姫は笛吹きの後ろ姿を見送り、それから丘を下った。
>城
王「王子、勉強は順調か」
王子「はい兄上! 新しい魔法をどんどん覚えていくのは楽しいです」
王「そうか。お前の魔法の才能は、俺や姫より上だな」
王子「ありがとうございます。でも…僕は兄上や姉上のように、剣を扱えるようになりたいです」
王「剣は体で覚えるしかないからな。お前程勤勉なら、習得できるとは思うが」
王子「えへへ…ありがとうございます」
王子(やっぱり兄上に誉められると嬉しいなぁ)
兵士「陛下!!」
王「む。どうした」
兵士「魔物の軍勢が…こちらに向かってきています!!」
王「!!」
王子「!?」
姫(遅いなぁ笛吹き)
泉で馬を水浴びさせた後、泉に足を入れてバシャバシャしていたが、何だか待ちくたびれてきた。
姫(何の用だろうなぁ。想像もつかないや)
姫(待たせれば待たせる程、期待値上がっちゃうよー。早くしろー、笛吹き)
そんなことを考えていた時、ふと兄の言葉が脳裏をよぎった。
王『お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる』
姫(悪意を…)
姫(いやいや。友達を疑うなんてダメだよね)
その考えをすぐに払拭した。
だがしかし、言いようのない胸騒ぎがしていた。
その時――
執事「姫様! こちらにいらっしゃいましたか…!」
姫「し、執事!?」
馬に乗ってやって来た執事を見て、姫は仰天した。
ちょくちょく城を抜け出す姫を連れ戻しに、探知魔法の心得がある執事が来るのは珍しくもない。
しかし、今日は様子が違った。
姫「どうしたの執事、その怪我!」
執事「城が…!!」
姫様「!?」
今日はここまで。
ゆるふわな恋愛モノが書きたいと思っていますが、なかなかそうはいかないです。
姫と執事は大急ぎで馬を走らせていた。
執事『城が…魔物の軍勢に攻められています!』
姫(今日は確か…)
主力の部隊が戦闘訓練の為、城を離れている日だった。
すなわち攻められるには最悪のタイミング、というわけだ。
姫「敵は情報を掴んでいたのか…まさか、こっち側にスパイが!?」
執事「わかりません…しかし近年の弱体化した魔物ならば、いくら主力部隊がいないとはいえ、我が国の兵団があそこまで攻め込まれることは無いはずなのですが…」
姫「魔物達も、密かに牙を研いでいたのかもな…!」
気持ちが焦り、城が遠く感じる。
城は、兄は、王子は、城の者達は――
姫「…っ!」
覚悟していたとはいえ、その光景を見て息を呑んだ。
城からは火の手が上がっている。外壁は、あちらこちら破壊された跡も見られる。
唯一の救いは、街の方には避難勧告が出されたのか、被害に遭った町人の姿は見当たらず、被害は城に集中している。
執事「姫様、隠れて!」
姫様「…っ!」
城から魔物の群れが出てきて、街の外に突っ切っていった。
姫「兄上達は…!?」
魔物達が通り過ぎるのを待ち、姫は城に向かった。
城の中は外観よりも悲惨だった。
見知った顔の兵士達が倒れており、あちこち戦闘で破壊された跡がある。
城内は血の匂いが漂っており、姫はクラクラした。
姫「何てひどい…!!」
絶命したと思われる兵士達を見て、姫は怒りを覚えた。
彼ら一人一人が元気だった頃の姿が思い出される。それが余計に、胸を締め付けて。
姫「兄上と王子はどこに…」
と、その時。
――ガシャアァン
外で、ガラスの割れるような音がした。
姫は咄嗟に振り返り、中庭を見た。
姫「――っ!」
そして、目を疑った。
ガラスを突き破って中庭の地面に叩きつけられたのは――腹に穴をあけた、兄だったのだ。
姫「あ、兄上っ!」
姫は兄に駆け寄ろうとしが、肩をグイッと掴まれる。
執事「お待ち下さい、危険です!」
姫「でも…!」
と、その時、中庭に複数の魔物が降り立った。
歓声をあげている魔物達の中に1人――威厳あるオーラを放ち、只者ではない目つきをしている魔物がいた。
そのいでたちは、まるで――
魔物A「魔王様」
姫(魔王!?)
そう、正に魔物の王に相応しい風格だった。
魔王「…この国の王は確実に仕留めた」
姫「…っ!!」
姫はその言葉で一気に感情が爆発しかけ、執事に抑え込まれていなければ飛び出していただろう。
くい止められていたお陰で、次の言葉を聞くこととなった。
魔王「あとは、王子を手に入れるのみ」
姫「王子を…!?」
嫌な予感しかしなかった。
魔物A「王子は天才的な才能の持ち主とはいえ、まだ子供…襲撃を察知した時点で、避難させられたか」
魔物B「かつて勇者が築いた城だ。侵入者にはわからない隠し部屋があってもおかしくはないな」
魔王「手は打ってある」
魔物達が心配を口にする中、魔王はそう言い切った。
「魔王様、お待たせ致しました」
姫「えっ!?」
執事「な…」
そして新たに現れたその人物を見て、姫と執事は驚きの声をあげる。
学者「全て手筈どおり。事は順調に進んでおります」
姫「何で学者が…」
城に仕え、魔法の講師でもあった、学者だった。
だが、驚きはそれで終わりはしなかった。
学者「魔王子様――」
魔王子「…」
姫「――っ」
魔王子と呼ばれた男は、気を失った王子を抱えて姿を現した。そして、その魔王子とは――
姫「笛吹き…!?」
紛れもなく、笛吹きだった。
魔王「王を殺し、王子を手に入れた――学者よ、貴公の協力に感謝する」
学者「フフ…その代わり、魔王城で魔法の研究をさせて頂けるお約束…どうぞお忘れなく」
執事「学者…! 奴が内通者だったのか!」
姫「……」
信じられないことの連続で、姫はただ茫然としていた。
――何? これは夢? だとしたら、何てリアリティのない……
魔王「ところで勇者の末裔にはあと1人…姫君がいると聞いたが」
姫「っ!」
名を呼ばれ、姫は咄嗟に飛び出しそうになった――が、即座に執事に抑えられる。
執事「危険です姫様、このまま出て行っては貴方まで…」
姫「~~っ」
口を抑えられて声が出せない。
頭では、危険だとわかっている。だけどこの怒りを魔王にぶつけないと、気が済まなくて。
魔王子「…放っておいて良いでしょう」
その時、ずっと沈黙していた笛吹き――魔王子が、口を開いた。
魔王子「話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です」
魔王「…どう思う、学者」
学者「魔王子様のおっしゃる通りで。姫様は多少戦闘の心得はありますが、部隊を率いる能力も、我々を出し抜く頭もありません。むしろ頭の悪い娘です、その内迂闊な行動を取って自滅するでしょう」
魔王「そうか」
魔王が何を考えているか、その様子からはわからない。
魔王「まぁ、いい。戻るぞ」
そう言うと、中庭にいた連中は光に包まれ…
――フッ
一瞬で姿を消した。
姫「兄上…」
魔王らが去った後、姫は王の側に駆け寄った。
少しの希望を抱いて、王の胸に耳をあててみた――だけど鳴らぬ鼓動に、希望は簡単に裏切られた。
姫「…」
執事「姫様、近隣の国に亡命しましょう。まずは姫様の安全を確保するのが最優先です」
姫「……」
姫は落ち着いていた。
執事にはその様子が、余りにも衝撃的な出来事に、理解を拒否しているように見えた。
しかし、違った。
姫は打ちのめされるような衝撃を受けながらも、冷静に事態を理解していた。
姫(学者が魔王と繋がっていて、兄上は魔王に殺され、王子は魔王に連れ去られた。笛吹きは――)
笛吹きは魔王子、魔王側の者だった。
姫(…魔王子は――)
笛吹き『…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか』
――その言葉は、ボクが襲撃に巻き込まれないようにする為だろう。
魔王子『話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です』
――その言葉は、ボクを魔王に狙わせない為だろう。
魔王子が笛吹きとして過ごした時間は、きっと嘘じゃない。
短い期間で築いた友情も嘘じゃなくて、だから魔王子は自分を庇ってくれた。
わかっている。わかっているけど――
姫「…許さないよ」
執事「え?」
姫「執事…ひとつ頼みたいことがある」
・
・
・
笛吹き(姫は、まだいるか)
笛吹きは衣装を替えると、泉へ急いだ。
あの泉は丘のふもと、城への襲撃に気付かぬ場所。
思いの外、かなり遅くなってしまった。それだけ、姫が泉を離れ襲撃に気付いてしまう可能性が高くて…
笛吹き(泉に…)
泉が見えてきた。
人影は――あった。
その姿を見てホッとしたが、すぐに気付いた。あれは姫じゃない。男だ。
執事「笛吹き様ですか?」
笛吹き「お前は…? 姫はどこに…」
男の着ている執事服を見て、すぐに城で仕える者だとわかった。
執事「姫様は――…」
そして、執事の口から出た言葉は。
執事「亡くなりました…城を襲撃した魔物に襲われて」
笛吹き「――っ!!」
笛吹きの頭に、岩を落とされたような衝撃が走った。
笛吹き(ばかな…魔物達には、兵以外は殺すなと…)
執事「異変に気付かれた姫様は、制止も聞かず襲撃中の城に駆け込んでいき…私が見つけた時、姫様は既に…」
笛吹き「なんで…」
執事「泉に友人を待たせている、と姫様が言い残されていたので、私は貴方に事を伝えに参りました。生前姫様と仲良くして頂いたことを、感謝申し上げます」
笛吹き「姫は…なんで、城に戻ったんだよ…」
執事「それは…」
執事は笛吹きの動揺を悟り、ここでそれを煽ることにした。
執事「姫様は大人しくしていられない方です。ご友人であられた貴方なら、それをご存知では」
笛吹き「…っ!」
執事「姫様のご遺体は、目も当てられない程ひどい有様でした…その表情は苦痛に満ちており、さぞ苦しまれたことでしょう」
笛吹き「~~っ!!」
笛吹き(どうして――)
どうして自分は、それを予測できなかったのだろう。
いや――姫が異変を察知するのは、十分予測できる事態だったではないか。
異変に気付いた姫が城に駆けつけ、魔物達に立ち向かうことだって――
笛吹き(だけど…)
魔物達には、兵以外の者は殺すなと伝えてあった。
姫を兵と見間違えたか。いや、違う。
笛吹き(俺や父上の命令を無視した者がいるのか!)
これは予想外だった。
もしそんな予想外のことが起こす奴がいなければ――最悪でも、姫は魔物に取り押さえられて、せいぜい生け捕りだっただろう。
その場合は、姫に自分の正体がバレるという事態になるが――それでも、
笛吹き(姫が死ぬよりは…ずっとマシだっただろ)
笛吹きは未だ現実を受け入れられず、茫然としていた。
しばらくして、笛吹きはフラフラしながら立ち去っていった。
その姿はやがて見えなくなり…
姫「ありがとう、執事」
姫は姿を現した。
執事「良かったのですか」
執事は笛吹きのことを、姫から聞いた情報でしか知らない。
そして話を聞く限り2人は、ある程度の友情を築いていたに違いはない。
だというのに――
姫「うん、ベスト対応」
姫は全く動揺も見せず言い放った。
執事「…学者の態度からして、魔王子は魔物の中でも高位の者でしょう。上手く取り入れば、王子様の奪還くらいはできたのでは…」
姫「所詮、魔王子は魔王の傀儡。ボクはあいつに騙されたんだ…あんな奴、もう信用できないよ」
執事「…」
姫からの指示で魔王子の動揺を煽った執事だったが、違和感しかなかった。姫が友人に対し、こんな冷たいことを言い放つなど。こんなに冷静に、効果的な計画をたてるなど。そんなことできるのは、執事の知る姫ではない。
執事(いや…今まで、そんな一面を見せる必要がなかっただけか)
あの姫に残酷な顔をさせる程、この出来事は大きな事件であった。
姫「ボクは隣国…音楽の国に亡命するよ。表向き、ボクは死んだことにして、国は音楽の国の王にお任せする。執事、キミは城に残った使用人達を頼んだ」
執事「姫様…今後どうなさるおつもりで?」
この姫がこのまま王族の地位を捨て、安全な道を選ぶなどありえない。
無鉄砲に魔王達に挑むものかと思っていたが、魔王子にわざわざあんな嘘をついたからには、何か考えがあるのだろう。
姫「決まっている」
姫に迷いは見られなかった。
姫「――復讐」
今日はここまで。
姫様ダークサイドへ。
魔王による、勇者の国襲撃事件――それは平和だった世界に大きな衝撃をもたらした。
勇者の子孫である王と姫は魔物に殺され、王子は行方不明。その報せに人々は嘆いた。
魔王に挑もうという国もあったが、ことごとく返り討ちにあった。
争いは長く続き、国々は疲弊していく。
時が経つほど世界は絶望に満ちていき、魔王に逆らおうという者も減っていった。
200年前――魔王の恐怖支配による時代の再来であった。
>魔王城
魔王子「…」
城は祝杯ムードに包まれていた。
世界最大の国である中央国が、遂に魔王に降伏したのであった。
魔王「200年――長かった」
魔王は歓喜の笑みを浮かべながら言った。
魔王「先祖が勇者に討たれ、魔物達は人間達により迫害され…長年、我々にとっての屈辱の時代が続いた。しかし、我々は密かに牙を研ぎ、反逆の時を待っていた」
側近「世界最大の土地と発言力を持つ中央国が降伏したなら、もはや反逆は果たされたも同然…」
魔王「勇者の国の王を討って半年…」
そう、あれから半年が経っていた。
勇者の国の名が出される度、魔王子は姫を思い出す。
姫の件は魔王子の心に刻み付けられた、ここ半年で唯一の『無意味な殺し』だった。
魔王子「父上…そう言えば最近、学者を見ませんね」
魔王「奴は魔法兵器の研究に没頭しているからな。あれが完成すれば、恐怖支配は更に確実なものとなるだろう…」
魔王子「奴は同属である人間を裏切った者…我々を裏切らないという保証はありません」
魔王「想定の内だ。しかし奴の魔法の分析力は我々に利益をもたらしてきた。利用できる内は利用してやる」
魔王子「裏切られたなら、処分するだけ…と」
父はそういう性格だ。わかりきっている愚問だった。
その日も魔王子にとって、愉快ではない日になるはずだった。
しかし――
魔物A「魔王様、音楽の国の使者が来ました」
魔王「音楽の国? …あぁ、そんな国もあったな」
魔王A「魔王様に是非、お会いしたいと申しております」
側近「何か企んでいるのか…? 使者を装った刺客だろうか」
魔王「それならそれで良い」
側近「魔王様?」
魔王「ここの所、順調にいきすぎて我は退屈していた。…何か企んでいるのなら、むしろ大歓迎だ」
魔王子(父上の悪い癖だ)
魔王はトラブルを楽しむ趣向がある。
もっとも、その余裕は確かな力から生まれるものだったので、咎める者もいなかったが。
魔王「通せ。今日の我は気分が良い」
魔物A「はっ」
使者A「お会いできて光栄です魔王様」
使者B「我々は音楽の国から参りました」
音楽の国の使者達は、魔王の前に通されるなり、へりくだった愛想笑いを見せた。
側近「単刀直入に聞く、今日は何の用で来た」
使者A「はい。魔王様への降伏を伝えに」
魔王「ほう?」
魔王はつまらなそうに言った。
音楽の国など、眼中にもなかった弱小国。危害を加える前に降伏するなど、いかにも弱小国だ。
使者B「ご存知の通り、我が国はろくな武力を持たぬ弱小国でございます。ですので降伏の意を伝えに…」
魔王「ふむ。賢い判断だ」
その賢い判断というのが、魔王の嫌いなものだが。
使者B「そして…今日は降伏の証として、魔王様に我が国の宝を献上しに参りました」
魔王「何だ。宝石か? それとも…音楽の国だけに楽隊、とは言わんな?」
魔王は嘲るように冗談を言った。
使者A「流石魔王様、察しのいい」
魔王「何だ、本当に楽隊なのか」
使者A「音楽こそ我が国の宝…魔王様に献上致しますのは『舞姫』でございます」
魔王「舞姫?」
使者A「まずはひと目、見て頂くのがよろしいでしょう。おい、舞姫様をお連れしろ」
片方の使者が一旦部屋を出る。
そして使者は戻ってきた時に楽隊の者を引き連れており、そしてその中に――
魔王子「――!」
魔王「ほう…」
華やかさが目を引く、一人の美女がいた。白くなめらかな肌、長く艶のある銀糸の髪。
顔に施した化粧はやや派手めで、やや露出した衣装は女の持つ抜群のプロポーションを強調している。だというのに――その女は、不思議と品格を纏っていた。
魔王子は目を疑った。
魔王子「姫――?」
その女は半年前に亡くなった、姫とどことなく似ていた。
舞姫「お初にお目にかかります、魔王様――音楽の国の、舞姫と申します」
魔王子(姫じゃ…ない…)
声を聞いた瞬間、魔王子はハッと現実に戻った。
魔王子(顔貌こそ似てはいるが、纏っている雰囲気が違う…)
姫と別れたのは半年前だから、姫に関する記憶は脚色されているかもしれない。
だが、そもそも姫は半年前に死んだのだから。
魔王「ほう…大層美人だな。音楽の国にこんな姫がいたとは、初耳だ」
使者A「舞姫様は訳あって、王族としてのご身分を隠しながら育った身…しかし王室仕込みの舞は、それはもう見事なもので」
魔王「舞か。どれ、せっかくだから見せて貰おうか」
舞姫「はい、魔王様」
舞姫が顔を上げると同時、楽隊の者達が音楽は奏で始め――
魔王子「――」
魔王子は息を呑んだ。
音楽の波に乗るように、舞姫は舞う。
奏でられる音に溶け込むようでありながら、存在感ははっきりあった。
小刻みなステップが軽い音を鳴らす。
細やかな動きは見た目以上に激しいはずなのに、舞姫の美しい顔には艶のある笑み。
魔王子(何て楽しそうに…美しく舞うんだ)
魔王子が舞に心を掴まれたのは、一目瞭然だった。
舞姫「……」
舞姫はそんな魔王子の様子をさりげなく伺っていた。
そして手応えを感じ、心の中で呟く。
舞姫(魅了されるがいい…そしてお前達を終わらせてやる、笛吹き…いや、魔王子!)
話は一旦、半年前に遡る――
祖国から亡命してきた姫を、音楽の国の者は手厚く出迎えた。
音王「勇者の国であった惨事は既に耳に入っている…! そんな中よくぞ生き残ってくれた、姫君!」
姫「音王様、まずは『私』を受け入れて下さったことを感謝致します」
普段じゃじゃ馬な姫とはいえ、ここは他国。一国の国の王にするべき態度は弁えている。
音王「姫君は勇者の末裔、その血を途絶えさせるわけにはいかん。他国と協力の下、全力で保護しよう」
姫「いえ。戦わず保護され、勇者の血に何の価値があるというのでしょう」
音王「まさか姫君、魔王に挑むつもりか? それはいかん、そちらの国王の二の舞になるというものだ」
姫「ええ。ですから真っ正面からは戦いません」
音王「というと?」
姫「多少不本意な方法ですが…『女』の部分を使います」
女らしさ。それは姫が拒絶してきたもの。
だが姫はその『女らしさ』は武器にできることも知っていた。
姫「音王様、お願いが御座います。私に舞踊を指導して頂きたいのです」
音王「舞踊を…? それは構わないが、何をする気だ?」
姫「それは……」
姫は音王に、計画の全てを伝えた。
その無謀とも言える計画に音王は表情を曇らせたが、姫の真剣な様子を見てか、何かを決心したようだった。
音王「ある意味賭けに近い方法だが、我が国のような弱小国では、それ以上の方法を考えつきそうにない。だが、反対だ――その計画のままでは」
姫「何か改善点が?」
音王「我が国でもその策の手助けをする為…音楽の国王家の者としての身分を与えよう」
姫「!! ですが、それは失敗した時に、そちらの国に危険を背負わせることとなり…」
音王「勇者の国での事件は、人類全体の危機に発展しかねない問題だ…弱小国である我が国にできるのはこんなことだけだ、協力させてほしい」
姫「音王様…感謝致します」
音王「それなら、姫の名は名乗らぬ方が良いな。そうだな…我が国の姫としての名を与えよう。その名も…」
舞姫――それが姫に与えられた新たな名であった。
やがて音楽は鳴り止み、舞姫も動きを止めた。
踊りが終わると同時、魔王に向かって頭を深々と下げる。
頭の 方から、ゆっくりパチパチと音が鳴った。
魔王「なかなか楽しめた」
魔王はご満悦のようだ。
よし――まずは上手くいった。
魔王「この舞姫が献上品か。なかなか洒落ている」
使者B「はい。魔王様が望めば、いつでもどこでも舞を披露させて頂きます」
魔王「うむ。しかし舞踊の音楽はどうするか…我が国にはそれを奏でられる者はいない。聞き苦しい笛を奏でる王子はいるがな」
使者A「そうおっしゃると思いましたので…楽隊の者を一人、置いて行きましょう。チェロ弾き」
チェロ弾き「はい」
楽隊でチェロを弾いていた、中年の男が前に出た。
側近「魔王様…相手は何か企んでいるかもしれません。人間を受け入れるなど、リスクが伴うものと思われますが」
側近はそう耳打ちしたが、魔王はそれを一笑に付した。
魔王「我があの様な小娘と、しょぼくれた中年に出し抜かれるとでも思うか?」
側近「いえ…しかし」
魔王「それに我は、あの舞を気に入った。飽きるまでは、側に置いてやっても良かろう」
側近「……」
側近は何か言いたげだったが、この魔王は言っても聞かぬと理解してか、何も言わなかった。
舞姫「…」ニコッ
こうして姫は舞姫として、魔王城に置かれることとなった。
半年かけて、死に物狂いで舞踊を身に付けた。
髪を伸ばし、嫌いな化粧を覚え、礼儀作法を叩き直した。
全ては、魔王に取り入る為――
今日はここまで。
素材はいいけど洒落っ気ゼロの姫が、女を磨いたのが舞姫。
>舞姫の部屋
舞姫「まずは成功、だね」
チェロ弾き「しかし、ここからが大変でしょう」
舞姫「承知の上さ。王子のことが心配でたまらないけど…失敗はできないから、慎重に行くよ」
チェロ弾き「…変わられましたね。昔は猪突猛進な性格と思っておりましたが」
舞姫「あの頃は平和だったからね」
あの頃は守られていた。
もし自分が失敗してもフォローして貰えたし、そもそも失敗できない状況、というのもそんなに無かった。
自分はそんな当たり前のことを、失ってから気付いたのだけれど。
舞姫「それよりもチェロ弾きも怪しまれないようにね。ボクと違って戦う手段もないのだから」
チェロ弾き「承知の上」
チェロ弾きはチェロの奏者であり、音楽の国の軍師でもあった。
長年平和に浸かっていた弱小国の軍師など大した力にならないかもしれない、と本人は言っているが、それでも自分より知恵のある仲間がいるだけで、舞姫には心強い。
舞姫「ところで今晩、早速魔王からお呼ばれがあったけど…」
城内を散策してた時に会った魔王より、今夜私室に来い――とだけ伝えられた。
チェロ弾き「魔王は舞姫様を気に入った様子ですが、まだ『信頼』は築いていません。魔王を討つタイミングとして好機とは言えない。…しかし」
舞姫「しかし?」
チェロ弾き「…魔王の用事が、舞の披露だけなら良いのですが」
舞姫「あぁ」
察した。
男が女を部屋に呼んですることと言えば――嫌でも、それを連想させる。
舞姫「…むしろ好都合じゃない? 魔王が好色家のエロジジイだったら、ボクの前で隙を見せる可能性が高くなる」
チェロ弾き「しかし…」
舞姫はまだ、経験がない。
いくら魔王を討つ為と言えど、そんな手段を取るなど――
舞姫「覚悟の上さ」
そんな心配をよそに、舞姫は勝気に微笑んだ。
舞姫「これ以上魔王の好きにさせるくらいなら、その程度…なんてことないよ」
舞姫(その程度…)
何度も何度も『その程度』と頭で繰り返した。まるで自分に言い聞かせるように。
舞姫(ボクが今更、怯えるわけないじゃないか…)
>晩、魔王の私室
~♪
魔王「ふむ…」
舞姫の舞を独占している魔王は、ご満悦の様子だ。
私室は狭くはないが、先ほどの広間より魔王との距離が近い。
舞姫(こいつが、兄上を…)
そんな憎しみの感情を抑えつける。本当は今にでも飛びかかってやりたいが、そんなことしても無駄だとわかっている。
魔王「うむ、良かった」
舞が終わると魔王は淡白に言った。
舞姫とチェロ弾きは、魔王に向かい頭を下げる。
魔王「舞姫よ、褒めてやろう。我が人間を気にいることは稀であるぞ」
舞姫「もったいなきお言葉です、魔王様」
それはそうだろう、人間を見下し、侵略しようとしているのだから――そう言ってやりたいのを我慢する。
魔王「舞姫に褒美をやりたいところだが――」
魔王はチラリとチェロ弾きに目をやった。
魔王「舞姫に褒美をやろうにも、第三者がいるのは無粋だな」
チェロ弾き「失礼致しました」
チェロ弾きは感情を表に出さず、立ち上がる。
そして物分かりのいい人間を演じて、そのまま部屋を出て行った。
魔王「さて…」
魔王はニタァと笑った。
来る――舞姫は唾を飲み込む。
魔王「近くに寄れ、舞姫よ」
舞姫「…はい、魔王様」
ずっと拒絶していた『女らしさ』。それは武器にできるということを、舞姫は知っていた。
化粧を施した顔も、抜群のプロポーションを強調する衣装も、男の下心を引き出すには最適と知っていて――
舞姫(せいぜい油断しろ、エロジジイ)
それを利用してやる気満々でいたけれど。
魔王「…まさか経験がないのか? 緊張感が見て取れる」
舞姫「――っ!」
経験のない舞姫が、そう簡単に魔王を手玉に取るなどできるわけなかった。
舞姫「…はい」
魔王「その容姿にしては意外だが…誰かの手付きよりは良い」
舞姫「……」
自分に向けられる淫蕩な目は、鳥肌が立ちそうな程おぞましい。
舞姫(耐えろ、ボク…王族は政略結婚が多いから、好きでない男とそういう関係になることだって珍しくないんだ)
頭ではわかっているけれど。
魔王「舞姫…」
魔王の手が伸びると、足は逃げ出しそうになって。
舞姫「――っ!!」
拒絶感と義務感が反発し合い、頭は発狂しパンクしそうで――
魔王子「父上」トントン
魔王「む」
触れる前に、魔王は手を引っ込めた。
魔王子「父上、失礼します」
舞姫(『父上』…魔王子は魔王の息子だったんだ)
魔王「どうした魔王子」
魔王子「えぇ、政治的な話で…第三者がいると話しにくいのですが」チラ
魔王「急ぐのか?」
魔王子「はい」
魔王「仕方あるまい。舞姫、今日は下がるがいい」
舞姫「…はい」
チェロ弾き「おや舞姫様、出てこられるのが早かったですね」
舞姫「魔王子が入ってきてね」
チェロ弾き「そうですか」
チェロ弾きはどこか、ホッとしたような様子だ。
舞姫(けど、魔王もなかなかのエロジジイと見た…今日のような機会は、いくらでも)
「おい」
その時、後ろから声をかけられた。
振り返ると――
魔王子「まだ部屋に戻っていなかったか」
舞姫(魔王子…!?)
大事な用件で魔王の元に来たように見えたのだが、彼は思ったより早く出てきた。
舞姫「魔王子様、何か御用でしょうか?」
魔王子「一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな」
舞姫「…何のことでしょうか?」
魔王子「父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ」
舞姫(…魔王子はボクを助けてくれた…のか?)
だから無理矢理理由を作って、部屋に入ってきたのか。
もしかしたら、魔王子は魔王の好色家な部分を良く思っていないのか…。
舞姫「ご忠告感謝致します、魔王子様。ですが1つ訂正させて頂くと、私はそんな下心など抱いていませんわ」
魔王子「そうか。そういう下心を持って父上に近付く女が多くてな。気を悪くしたなら、すまなかった」
舞姫「…」
その中には、自分のように魔王の命を狙ってきた女もいたのだろうか。
何にせよ、あの場は魔王子に助けられたというわけだ。
舞姫「…お心遣い感謝しますわ、魔王子様」ギュッ
魔王子「!!」
舞姫が手を握ると、魔王子は即座に硬直した。
そして魔王子の様子を伺いながら、ゆっくり顔を近付ける。
舞姫「ご興味がおありでしたら、是非魔王子様も、私の舞をお近くで…」
魔王子「」プルプル
舞姫「では魔王子様、お休みなさいませ♪」クルッ
チェロ弾き「魔王子を誘惑する作戦に切り替えましたかな?」
舞姫「違う。確かめただけ」
チェロ弾き「確かめた?」
舞姫「あいつ…やっぱ、すっごいウブ」
魔王子「……」プルプル
魔王子(女に触れた女に触れた女に触れた女に触れた)
>翌日
チェロ弾き「舞姫様、魔王の女癖についての情報を耳に入れました」
舞姫「どんな?」
チェロ弾き「はい。魔王子の言う通り、魔王は大変女癖が悪いそうです。城内で魔王が手を出した女は数知れず…ですがその女の中に、1人だけ『特別』がいました」
舞姫「へぇ。やっぱ魔王でも、女の人を本気で好きになることがあるんだ」
チェロ弾き「いえ。それが、魔王が酔った勢いで、たった一回手を出しただけの下女だそうで」
舞姫「下女…ってのはともかく、何でたった一回手を出しただけの人が特別なの?」
チェロ弾き「そのたった一回で、その女は身篭ったそうです」
舞姫(あ…そう言えば)
姫『笛吹きには兄弟いるの?』
笛吹き『…できる予定だ。男か女かは、わからないが』
姫『できる予定?』
笛吹き『義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目』
舞姫(あいつ、そんなこと言ってたっけ)
チェロ弾き「一応魔王の子を授かったということで、その女は魔王の側室の座につけたそうです」
舞姫「子供…か」
魔王の子を孕む…想像するだけでおぞましい。出来ればその手段は取りたくないが…。
チェロ弾き「その女ですが、側室の座についても横柄な態度も取らず、城の者には評判が良いですね」
舞姫「ふむ…。何か話を聞けるかな?」
チェロ弾き「挨拶しに行ってみましょう」
側室「あら貴方達が音楽の国から来たという…。遠い所からご苦労様でした」
挨拶に向かうと、身重の側室は気さくに出迎えてくれた。
側室「あ…というか、貴方はお姫様なのよね。私よりずっと良いご身分の方じゃない」
舞姫「いえ、この城においては、貴方の方が上です」
側室「あらあら、まぁ。でもあまりへりくだらないでね、私の方が萎縮しちゃう」
舞姫「……」
側室の雰囲気は素朴だが、包容力を感じる。
第一印象は悪い所が全くない。
舞姫(ま…『笛吹き』の本性を見抜けなかったボクが言っても説得力ないけどね)
側室「舞姫さんは魔王子様と同年代かしらねぇ? 魔王子様も音楽が好きな方なのよ」
舞姫「あら…それなら魔王子様とは仲良くできるかしら」
側室「うーん、どうかしらねぇ…魔王子様、女性が苦手だから」
舞姫「魔王様と似ていらっしゃらないのですね」
側室「魔王様と魔王子様は度々、親子間で衝突を繰り返していらっしゃって…最近は表面的には収まったけど、冷戦状態に近いわ」
舞姫「それは困りましたねぇ」
側室「あ、でも舞姫さんは気にしなくていいですからね」
舞姫「はい。では長々失礼致しました」
チェロ弾き「親子間の衝突か…それを利用できぬものか」
舞姫「期待はできないかもよ。衝突も、ただの魔王子の反抗期かもしれないし」
チェロ弾き「まずは魔王と魔王子の関係性について、もっと情報を…」
と、話していた時だった。
<♪ベリョロロリ~ン
チェロ弾き「な、何だ…このおぞましい音は!?」
舞姫「これは…あいつだ」
音のした方に向かって行く。
すると舞姫の予想通りの人物がいた。
魔王子「~~っ」<♪ブベプーバリョリョン
舞姫「半年経って成長が見られないとか…ある意味、才能だ」
チェロ弾き「我が国なら国外追放レベルです」
魔王子「よし…今日は上手くいった!」
舞姫&チェロ弾き「嘘ぉ!?」
魔王子「うん? …舞姫とチェロ弾きか」
舞姫「ご機嫌よう、魔王子様。笛の練習中だったのですね」
魔王子「あぁ。お前達の舞踊と演奏を見たら、焚きつけられてな」
チェロ弾き「ほ、ほう。練習熱心なのはいいことですね」
舞姫「そうですね…向上心が大事ですものね…」
何とか絞り出した精一杯の誉め言葉だった。
しかし魔王子はそれで気を良くしたようで、得意気に鼻を鳴らした。そして――
魔王子「そうだ。俺の笛で踊ってみてくれないか」
舞姫&チェロ弾き「……」
身の程をわきまえろと、これほど強く思ったことはない。
舞姫「チェロ弾き、一緒に演奏できない?」ヒソヒソ
チェロ弾き「あんな雑音とですか…」ヒソヒソ
魔王子「俺の笛が未熟なのはわかっている…それでも未熟ながら、メロディーを奏でらるということを実感したいのだ!」
舞姫&チェロ弾き(奏でられてねぇよ!!)
舞姫「まぁ…わかりましたわ」
笛の音をなるべく意識から逸らして舞えば良いだけのこと。
言う程簡単なことではないが、魔王の息子の頼みは多少無茶でも聞いておくべきだろう。
魔王子「では頼んだぞ」
♪バビューボリロビョーん
舞姫(きっつ)
音は無視して舞う。
舞は音楽(と呼ぶのもおこがましい)とまるで合ってはいなく(合わせたら悲惨な舞になること間違いないが)、こんなベストから程遠い舞で大丈夫かと心配になる。
やがて演奏は止まり…。
魔王子「いや素晴らしかった! 音楽の国の舞姫の名に恥じぬ舞だ!」キラキラ
舞姫&チェロ弾き「……」
舞姫&チェロ弾き(ゼッテー適当に言ってやがる)
魔王子は音楽センスも、舞を見る目もないようだ。
魔王子「俺の笛は今まで苦情ばかりだったから、こう気持ち良さそうに踊って貰えると嬉しいな!」
舞姫「まぁーそれは良かったですわー」
舞姫(気持ち良いわけあるか! 木魚の音の方が遥かにマシだ!)
チェロ弾き(具合悪くなってきた…)
魔王子「なぁ、もし良かったら、また俺の笛で踊ってはくれないか!」
舞姫(えぇー…)
あの気が狂いそうな雑音と一緒に踊ったら、舞の価値までだだ下がりになりそうなので嫌なのだが…。
魔王子「たまにでいいんだ、たまにで!」キラキラ
舞姫(な、何つー純真な笑顔…!)
断るのに罪悪感を抱かせるような笑顔だった。
舞姫(…魔王の息子とは、お近付きになっておいて損はないよね?)
チラッとチェロ弾きの顔を伺うと、チェロ弾きも頷いていた。
舞姫「はい、構いませんよ魔王子様」
魔王子「ありがとう!」キラキラ
舞姫(…あぁ、そう言えばこいつは、こういう奴だったな)
基本的には無愛想で大人しいのに、時折無邪気な一面を見せる。
笛吹きを名乗っていた時も、そんな奴だった。
笛吹きのそんな所が結構好きでもあった。
舞姫(…でも、こいつはボクを騙していた)
思い出に浸っていた頭をすぐに切り替える。
笛吹きとは魔王子の偽りの名前。築いた友情は、偽りの上に成り立っていたもの。
舞姫(魔王は勿論…キミも許さないよ、魔王子)
舞姫は微笑みを浮かべながら、心の中で戦線布告した。
今日はここまで。
自ssではいつもはヒロインの相手キャラを気に入るのですが、今作ではチェロ弾きのおっさんがお気に入りです。
~♪
その夜、舞姫はまた魔王に呼ばれ舞を披露していた。
舞姫「…」
魔王子『一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな』
魔王子『父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ』
舞姫(昨日と同じ展開になったとして、また魔王子が邪魔しに来てくれるかはわからない)
魔王に抱かれた所で無駄とはわかったが、それでも魔王から呼ばれれば断るわけにはいかない。
舞姫(『そういう雰囲気』になったら上手く断れるかな…)
昨日よりも大分、逃げ腰だった。
元々『そのつもり』で来たとはいえ、それが無駄だというのなら、できれば避けたい所だ。
そうこう考えている内に音楽が止まり、魔王の拍手が聞こえた。
舞姫(どう断るか…)ドキドキ
魔王「ご苦労であった。2人とも、今日は下がるが良い」
舞姫(あれ?)
だが、心配していた事態にはならなかった。
舞姫が不思議そうにしていると、魔王はそれを察したのか、言葉を続けた。
魔王「魔王子に言われたのだ、舞姫に手を出すなと」
舞姫「…魔王子様に?」
魔王「あの馬鹿息子の言うことを聞いてやる義理もないが、面白い事態だと思ってな」
舞姫「面白いとは?」
魔王「あの女嫌いの童貞が、珍しく女を気に入ったと見た。まだお主を手つきにせずに、魔王子の様子を見てみるのも面白そうだ」
舞姫「…私は、どう振る舞えばよろしいで しょうか?」
魔王「ん?」
舞姫「私は魔王様に仕える為、この国へ参りました。ですから私は魔王子様に対し、どう振る舞えば…」
魔王「なら、適度にからかってやれ。ただし、あれでも我の息子だ。いじめすぎぬようにな」
舞姫「…わかりました」
舞姫は言われた通り、下がることにした。
舞姫「魔王子…どういうつもりだろう」
チェロ弾き「魔王の言葉の通り、貴方を気に入ったのでしょう」
舞姫「……あ」
笛吹き『俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!』ハハハ
舞姫(そう言えば今のボク、魔王子の好みに近いタイプを演じてるかもしれない)
チェロ弾き「…舞姫様は以前、魔王子と面識があったのですよね? 」
舞姫「うん」
チェロ弾き「もしかしたら…魔王子は舞姫様が姫様だと勘付いているかもしれません」
舞姫「えっ」
それは予想外。
そりゃ同一人物だが、以前の色気も洒落っ気もない自分と、今の自分はかなり別人だと思っている。
それに、自分は死んだという話は世界中に広がっている。
チェロ弾き「舞姫様の正体に気付くとまではいかないまでも、姫様の面影を感じている可能性はあります」
舞姫「どうだろう…」
チェロ弾き「…確かめてみますか?」
舞姫「え?」
チェロ弾き「魔王子をからかってもいいと、魔王から許しが出たでしょう」
♪プッパラビラリ~ン
魔王子「よし! 着実に上達しているぞ!」
舞姫「ま、魔王子様」ヒクヒク
魔王子「舞姫…それにチェロ弾き。どうした、こんな遅くに」
舞姫(こんな遅くに騒音出すなよ)
チェロ弾き「舞姫様が、まだ踊り足りないと言われましてね」
舞姫「宜しければお付き合い頂けませんか、魔王子様」
魔王子「良いぞ。じゃあまた俺の笛で…」
舞姫「それは勘弁を」
魔王子「え?」
舞姫「あ、いえ…先程とは違った趣向の舞を披露したく」
魔王子「そうか。それは是非見てみたいな」
舞姫「はい、では…チェロ弾き」
チェロ弾き「はい」
チェロ弾きにより、優雅なメロディーが奏でられる。
その音楽に合わせて、舞姫はステップを踏み始めた。
魔王子「おぉ…」
魔王子は感嘆の声をあげながら、その舞を見ていた。
舞姫(魅了できている)
手応えを感じた舞姫は、魔王子に向かっていき――そして、手を取った。
魔王子「あ、え?」
舞姫「是非ご一緒に、魔王子様」
舞姫は誘惑の笑みを浮かべた。
魔王子「あ、ちょ、待っ!?」
あわあわしながらも、魔王子は舞姫のリードに合わせて動く。
即座に対応できる所を見れば運動神経は良いのだろうが、その動きはガチガチだ。
舞姫(こいつ、緊張しているな)
わざわざ色気をアピールしなくてもガチガチになってくれるので扱いやすい。
こうして舞が終わるまで、魔王子はガチガチだった。
魔王子「~~っ」
舞が終わっても余韻に浸ってか、魔王子は顔を真っ赤にして固まっていた。
チェロ弾き「魔王子様は舞姫様のことを気に入られましたか?」
魔王子「え、あ、はっ!?」
チェロ弾き「舞姫様をご覧になる眼差しが、特別なものに見えましてな」
舞姫「まぁ…魔王子様ったら」
魔王子「い、いや、ちがっ」アワアワ
チェロ弾き「…まさか魔王子様ともあろう方が、女性が苦手と言いますまい?」
舞姫「面白い冗談を言うわね。魔王様のご子息たる魔王子様が、まさかそんな」
魔王子(いやマジに女が苦手なんだよッ!!)
チェロ弾き(しかしプライドがあるから本当のことなど言えまい)
ここで少しカマをかけてみることにした。
チェロ弾き「初めて舞姫様が魔王様の前に姿を現した時、魔王子様は身を乗り出して舞姫様をご覧になっていましたね」
魔王子「そ、そうだったか?」
チェロ弾き「まさか一目惚れでしょうか」ニヤリ
魔王子「ち、違うっ!」
魔王子は慌てて否定した。そして…
魔王子「舞姫が…知り合いに似ているような気がして」
かかった――チェロ弾きは畳み掛けることにした。
チェロ弾き「あぁ…そう言えば舞姫様は、勇者の国の姫君と似ているとよく言われますね」
魔王子「やはりか!」
チェロ弾き「おや。魔王子様は姫君とお知り合いでしたか?」
魔王子「あ…っ」
魔王子「…勇者の国を偵察していた頃、何度か見たことがある。その程度だ」
流石に本当のことは言わなかった。なら、それはそれで良い。
舞姫は事前にチェロ弾きと打ち合わせていた台詞を言うことにした。
舞姫「私は他国の情報には疎いのですが…確か勇者の国王家の三兄弟様は魔物によりその命を…」
魔王子「少し情報が違っている。末の王子は生きているぞ」
チェロ弾き「魔王子様…王子様について、何かご存知ですか?」
魔王子「知ってるも何も、我が国にいる」
舞姫(…っ!)
魔王子がいとも簡単に情報を漏らしたこと、王子が生きているとわかったこと――舞姫は笑うのを堪える。
チェロ弾き「そうだったのですか。全く見かけないもので、気づきませんでした」
魔王子「そりゃそうだろうな。勇者の国を裏切って、こっちの国に仕えてる奴がいるんだが…」
舞姫(学者のことだな)
魔王子「王子はそいつと共に、地下の部屋にいる。もっとも、俺は地下に行かないから、王子の様子はわからんがな」
舞姫「…」
聞きたいことはもっとあったが、これ以上聞くと怪しまれるだろうか。
とりあえず今は、それを聞けただけ良しとしよう。
舞姫「魔王子様」スッ
魔王子「!!」ビクゥ
手を握ると魔王子は固まった。
舞姫「多くの人々がそうであるように、私も平和を願っております…不幸な人をこれ以上増やさないことをお願い申し上げますわ」
魔王子「あ、あぁ…」
舞姫「ふふ。では魔王子様、これで失礼致します」チュッ
魔王子「!?!!?」ビクゥウゥ
頬への軽いキスで、魔王子は声にならぬ悲鳴をあげていた。
そんな魔王子に気付かないフリをして、舞姫はそこから去って行った。
舞姫「さて。王子が地下にいるとわかったけど…」
チェロ弾き「どう救い出すか、ですね。魔王子も訪れぬ地下に行くには…」
舞姫「迷った、って言って忍び込むのは?」
チェロ弾き「怪しまれる危険性があります」
舞姫「どうしたものか…」
チェロ弾き「策は練っておきます。舞姫様、貴方は引き続き、魔王子をたぶらかして下さい」
舞姫「わかった。何か進展があったら教えてね、チェロ弾き」
チェロ弾き「はい。…あ、舞姫様」
舞姫「ん?」
チェロ弾き「くれぐれも…操は大事にするように」
舞姫「アハハ大丈夫、あんなヘタレウブ男がボクに手を出せるわけないから」
チェロ弾き「万が一の時は…」
舞姫「股間をガツンと」
チェロ弾き「…素が出ないようにも、お気を付け下さい」
舞姫「オホホ、これは失礼」
と、冗談を交えながら話してはいるが、内心焦ってはいた。
王子は一体、地下でどんな目に遭っているのか…。それにこれ以上、魔王に好き勝手させたくもない。
世界が魔王への恐怖に染まっている今、自分が魔王に立ち向かわねば――
舞姫(勇者の血よ…ボクに力を)
翌日から舞姫による、怒涛の色仕掛けが続いた。
舞姫「魔王子様、私にも笛を貸して下さいませ♪」パクッ
魔王子「ちょ、そそそれは、か、かんせつ…」
舞姫「うーん、やっぱり楽器は苦手ですわ。魔王子様、お手本見せて下さいませんか?」
魔王子「む、む無理だーっ!」ダーッ
舞姫(ククク、間接キスを意識してや がる)
<きゃーっ
魔王子「舞姫の声だ…どうしたっ!?」ダッ
舞姫「あ、ま、魔王子様!」
魔王子「ブハッ」
魔王子(何で床一面に女物の下着が…)
舞姫「うぅ、替えの下着が一枚もなくなったと思ったら…誰がこんなことを…」
魔王子「こ、これは全部お前の…!?」
舞姫「はい、グスッ…い、今全部片付けますから…」
魔王子(誰だよこんなことしたバカ…)
舞姫「きゃーっ、何か体液ついてるーっ!」ブンッ
魔王子「」<顔面にパサッ
魔王子「」パタッ
舞姫「きゃーっ魔王子様ーっ」
舞姫(回避しろよ、バーカ)
舞姫「魔王様からのねぎらいで、新しい衣装を仕立てて頂きましたの。どうでしょう、魔王子様?」
魔王子 (露出が…)
舞姫「この衣装で踊ってみたいですわ。魔王子様、演奏お願い頂けますか?」
魔王子「お、おう…」<♪ビリョイーィン
舞姫(ほれほれ)プルプル
魔王子「」<ブポッ
舞姫(オラオラ、興奮しろやあアァ!)
舞姫(面白ええぇ、あのウブからかうの面白えぇ!!)
変な快感に目覚めた舞姫は、部屋で枕に顔を埋めながらほくそ笑んでいた。
舞姫(ボクなんかの色仕掛けで惑わされるなんて、まだまだだねー)
半年前まで色気の欠片も無かった舞姫は、正直自信が無かった。
だけど魔王子は、面白いくらいに惑わされてくれる。
チェロ弾き「舞姫様」トントン
舞姫「どうぞー」
チェロ弾き「失礼致します」
舞姫「チェロ弾き、そっちどんな感じ?」
チェロ弾き「今日は例の地下室で、学者と顔を合わせる機会がありました。ですが、王子様とはお会いできず…」
舞姫「そっか。ちなみに、どうやって地下室まで?」
チェロ弾き「側近に、魔楽器作りの依頼をしたいと申し出た所、学者を紹介されました。奴は今では、魔王に魔法研究を任されているとか」
舞姫「うちの国にいた時から、魔法研究者としては優秀だったからね…」
チェロ弾き「魔楽器作りの経過の様子見という名目で、今後の地下室への立ち入りを許可されました。できる限り、様子を探ってみたいと思います」
舞姫「わかった。気をつけてね、チェロ弾き」
チェロ弾き「ところで、今日は晩餐会の後に舞を披露する予定では」
舞姫「そうだね。そろそろ会場に行こうか」
その日、広めの晩餐会会場で舞を披露した。
魔王の他にも魔王子、側室、それに何名かのお偉方が舞を見ていた。
緊張しながらも舞を終え、複数の拍手が鳴った。
舞姫の舞は、この城の者達にも評判が良い。そんな中…
魔王子「…」
ここ数日の色仕掛けが効いたのか、魔王子は固くなっている様子だ。
舞姫がわざと流し目を送ると、魔王子は慌てて視線をそらす。
そんな2人の様子を見ながら、魔王はニヤニヤしていた。
舞姫(実の息子に対して意地悪だねー)
とか思いつつも、舞姫もその意地悪がクセになってきたのだけれど。
魔王「舞姫」
魔王は舞姫の名を呼ぶと、空のグラスを前に差し出して振った。
これはお酌しろということか。隣の側室も、嫉妬心はあるのかないのか、ニコニコしながらその様子を見ている。
舞姫「では失礼します」
舞姫はワインのビンを手に取ってお酌を始めた。すると…
舞姫「!?」ビクッ
魔王「ククク」
尻に何か触れたと思ったら、魔王の手だった。人目をはばからず魔王は、舞姫の尻を撫でる。
舞姫「あらぁ、魔王様ったら」
舞姫(このクソエロジジイがあぁ…!!)
顔では笑顔を浮かべ、内心殺意を燃やした。
魔王子「父上っ!」バァン
そんな様子を見て、魔王子がテーブルを叩いて立ち上がった。
魔王「おや、どうした魔王子?」
魔王子「魔王ともあろう方が何をしているんですか! 手を離して下さい、今すぐ!」
魔王「いつものことではないか」
魔王子「もうすぐ第二子も生まれるのですから、少しは落ち着いて下さい!」
魔王は魔王子の反抗にニヤニヤしている。これも魔王によるからかいだろう。
側近と側室は2人をなだめているが、その他の魔物達はというと、心配の素振りも見せない。きっと、この親子喧嘩に慣れているのだ。
魔王「魔王子、お前は子供の作り方は知っているか?」
魔王子「当たり前でしょう!」
魔王「なら本能に忠実であれ、我のようにな」サワサワ
舞姫(がああぁ、やめんかクソエロジジイ!)
魔王子「父上えぇっ!!」ダッ
舞姫「!?」
魔王子がテーブルを乗り越え、こちらにダッシュしてきた。
そして――
側室「きゃあ!?」
魔王「ほう?」
魔王子は剣を抜き、魔王に突きつけた。
魔王子「もう一度言う。…その手を離せ!」
その瞳は真剣なもので、本当に魔王を刺しかねない程の意志がこもっているようだった。
魔王「わかったわかった」
魔王は半笑いを浮かべながら、ようやく手を離した。
魔王子もそれで剣を収める。
側近「魔王子様、親子喧嘩に剣を持ち出すのは如何かと…」
魔王「良い。それだけ、舞姫の尻を守りたかったのだろう」
魔王子「ふざけるな」
魔王「魔王子、舞姫が気に入ったか?」
魔王子「そんな特別な感情など…」
魔王「そうか。それなら、舞姫を我の側室にしても良いのだな?」
魔王子「はっ!?」
舞姫「…!!」
予想外の言葉だった。
魔王「お前もいい歳だ。我もそろそろ孫の顔が見たいのだが?」
魔王子「それは…」
魔王「お前が気に入っているように見えたので、舞姫を譲ってやろうかとも考えたが…我の気のせいだったか」
舞姫「あっ」
魔王は見せつけるように舞姫を抱き寄せた。
魔王「お前が要らぬのなら、我のものにしても良いのだな?」
魔王子「…っ!」
チェロ弾き(これは…)
思わぬ分岐点だ。
魔王と魔王子、どちらのものになるか――
チェロ弾き(どちらになっても、舞姫様の地位は上がるが…)
魔王は特別、舞姫を気に入ったというわけではなかろう。ただ息子を挑発したいだけだ。
チェロ弾き(親子間の確執がチャンスをもたらしたのか…)
魔王と魔王子、こちらに選ぶ権利はない。
だが、選べるのなら――
魔王子「…わかりました」
チェロ弾き「……」
願わくば――
魔王子「舞姫が嫌でなければ――俺の妻に迎え入れます」
チェロ弾き「!!」
舞姫(これは…)
唐突な展開に、舞姫の頭は追いついていなかった。
魔王「どうだ舞姫」
舞姫(そう言われても…)
判断がつかず、横目でチェロ弾きを見る。
チェロ弾きは――
チェロ弾き「…」コクッ
舞姫(承諾しろ、ってことか)
舞姫「…嫌ではありませんわ」
魔王「聞いたか、皆の者!」
魔王は室内に響く大声をあげた。
魔王「我が息子に、遂に花嫁が来るそうだ! これは是非とも祝ってやらねばなぁ!」
魔王子「ちょっ」
側室「あらあら、おめでたいですわ魔王子様」
側室がパチパチ手を叩くと、他にもチラホラ手を叩く者が現れ始めた。
やがてホール中は、盛大な拍手に包まれ――
「おめでとうございます魔王子様!」
そんな声も聞かれた。
魔王子「~~っ」
当の魔王子は困惑している様子だったが。
魔王「そういうわけだ、舞姫。正式な婚姻は、我が第二子が生まれるまで待ってもらうが」
舞姫「は、はい」
魔王子「…」
舞姫「…」
晩餐会が終わった後、舞姫は魔王子に呼び出され2人きりになった。
魔王子「…何か、誤解があるようだが」
魔王子の第一声はそれだった。
魔王子「俺は、俺より年若い義母ができるのが嫌だったので、ああ返事しただけだ。お前と子を作るつもりはない」
舞姫「あら、そうですか」
こちらとしても御免だが。
しかし散々色仕掛けにやられておいて偉そうに言われるのは何か腹立つ。
魔王子「話はそれだけだ」
舞姫「…」
色々思うことはあるが、とりあえず今後のことはチェロ弾きと相談することにした。
チェロ弾き「魔王様、少しよろしいでしょうか」
チェロ弾きは魔王を呼び止めた。魔王が振り返るなり、礼儀正しく頭を下げる。
チェロ弾き「本当によろしかったのでしょうか? 舞姫様を魔王子様の花嫁として迎え入れるのは...」
受け入れろと指示したチェロ弾きだったか、不安もあった。
魔王が持ちかけた話も実は魔王子に対するからかいの一種で、舞姫がそれを受け入れたのは魔王にとって不本意なのではないかと。
魔王「良い」
だが魔王はあっさりそう答えた。
魔王「このままでは、魔王子は一生童貞だ。それに舞姫は魔王子の花嫁として、身分も申し分ない」
チェロ弾き「そうですか。失礼致しました」
チェロ弾き(良かった…。魔王よりは魔王子の方がマシだろう)
魔王「それに」
チェロ弾き「?」
魔王「魔王子の花嫁だろうと、この城のものは全て我のもの…舞姫が我のものであるのも変わらん、ククク」
チェロ弾き(まさか…息子の嫁に手を出すつもりか)
親子間の確執は本物だと悟った。そして舞姫の貞操の危機も、まだ去っていない。
チェロ弾き(正式な婚姻を結ぶ前に魔王を討ちたいところだ)
晩餐会での出来事はあっという間に城中に広まり、舞姫が魔王子の花嫁になるのは周知の事実となった。
そしてチェロ弾きは魔王に、ひとつ頼み事をした。
チェロ弾き「祖国より、舞姫様の使用人を何名か呼び寄せてもよろしいでしょうか。舞姫様がマリッジブルーになっておりまして、馴染みのある者を側に置きたく…」
その頼み事を魔王は快く承諾した。
そして数日して…
執事「お久しぶりでございます『舞姫』様」
勇者の国で姫に仕えていた執事が呼び寄せられた。
執事「私が呼び寄せられた理由は、王子様の救出の為ですね」
チェロ弾き「その時が来たら頼みます、執事殿」
執事には探知魔法の心得がある。以前は、城をちょくちょく抜け出す姫を連れ戻す為に使われていた魔法だったが、王子の探索にももってこいだ。
執事「魔王子は私の顔を覚えているのではないだろうか」
チェロ弾き「勇者の国は、今は音楽の国の王が統治しており、勇者の国に仕えていた者も同様。顔を覚えていたとして、舞姫様の執事として執事殿が呼ばれても、不思議ではありません」
執事「私の他に呼ばれたのも、腕利きの者揃い…」
チェロ弾き「舞姫様が地位を確立されたお陰で、大分動きやすくはなりました」
舞姫「…作戦決行の日は近いの?」
チェロ弾き「…わかりません」
少しずつ、こちらに有力な戦力が揃ってはきている。それでも…。
チェロ弾き「魔王を確実に討つ決め手には欠けます」
ここにきて、弱小国軍師の臆病さが表れ始めた。
失敗を恐れるあまり慎重になりすぎて、行動に移せない。
舞姫(まぁ、それも仕方ないよね)
何といっても、相手はあの魔王なのだから。
今日はここまで。
サクサクいきましょう。
舞姫(どうしたものかな)
何かヒントがつかめないかと城中を歩いてみたが、これといった考えは浮かばない。
舞姫(うーん)
<♪ブビェピャラ~ボン
舞姫(この雑音は…)
魔王子「今日は調子が悪い」
舞姫(いつもだろーが)
魔王子「うーん…ん? 舞姫か」
舞姫「魔王子様、今日も笛の練習ですか」
魔王子「お前の国から耳の肥えている使用人が来ただろ。そいつらの前で下手な笛は吹けないからな」
舞姫(耳肥えてなくてもわかるひどさだよ)
舞姫「魔王子様は本当に笛が好きなのですね」
魔王子「あぁ。亡くなった母上が奏者だったので、笛の音色で母上を思い出すんだ。…こう言うとマザコンっぽいか?」
舞姫「いえ。きっと貴方にとって良いお母様だったのでしょうね」
魔王子「あぁ。…優しい母だった」
そう言われては笛を否定してはいけない気がしてきた。
…ただ、場所は考えてほしい所だが。
魔王子「父上は…誰かを不幸にせねば生きていけないんだ」
舞姫「え?」
突然、何を。
魔王子「魔王の力は凄まじい。…人間が魔王の子を孕めば、それだけで生命力を相当消費する」
舞姫「まぁ」
魔王子「母上は俺を産んでから、体を悪くしたそうだ。俺の記憶の中にある母上は、大抵ベッドで具合悪そうにしていた」
舞姫(魔王子は人間との混血なのか…)
魔王子「だというのに…父上はそんな母上に、第二子を産ませようとした」
舞姫「では…お母様は…」
魔王子には、側室の腹にいる子以外に兄弟はいない。つまり…
魔王子「あぁ。無理に魔王の子を産もうとして、親子共々死んだ」
舞姫「…」
魔王子と魔王は不仲だと聞いた。女が苦手な魔王子が、女にだらしない魔王を嫌っている程度かと思っていたが…違った。魔王子の恨みは、かなり根深いものだろう。
彼もまた魔王により不幸になった身。だとしても――
舞姫(魔王を討つ為、その確執を利用できれば――)
復讐に燃える舞姫には、同情する義理もない。
舞姫「ねぇ魔王子様…」スッ
魔王子「!」
頬に触れると魔王子はいつも通りビクつく。だが、構うものか。
舞姫「私…これ以上、人々が恐怖し、不幸になっていくのは耐えられません」
魔王子「そう…だよな」
舞姫「魔王子様も魔王様と同じく、人間との争いを望んでいるのですか?」
魔王子「断じて違う!」
――信用できない。
魔王子「俺だって、誰かが不幸になるのは望まない!」
舞姫(…なら何で、魔王と共に勇者の国を襲ったんだ!)
怒鳴りつけてやりたい衝動をこらえる。
魔王子の言葉は嘘ではないだろうが、完全に信用もできない。
舞姫「魔王子様…魔王様を止めることはできませんの?」
魔王子「…そんなことは、誰にもできない。父上の、先祖の雪辱を晴らそうという意思は固い」
舞姫「…そうですか」
舞姫は手を引っ込める。
魔王子を焚きつけてやろうかと思ったが、この様子では期待できそうにもない。
舞姫「魔王様がいずれ満足され、平和になる日が来ることを願いましょう」
魔王子「そうだな…」
そんな日は来ないだろうと、わかっていたけれど。
>地下室
学者「魔楽器の試作品ができたぞ…。魔楽器など初めて作ったので、苦労した」
チェロ弾き「ありがとうございます。ふむ、良いメロディーだ」
学者「私は音楽など好かんので、わからんね」
チェロ弾き「…ところで、姫様の使用人としてこちらに送られた者の中に、学者殿と同郷の者がいてですね」
学者「あ、そうなの? ま、別にどうでもいいけど」
チェロ弾き「その者が、王子様の身を案じていらっしゃいました」
学者「はー、王子の。じゃ無事だと伝えておいて」
チェロ弾き「…王子様と会わせる気はない、と」
学者「王子は、私の大事な研究材料。邪魔が入っては困るのでねぇ」
チェロ弾き(…一刻も早く王子様を救出する必要があるようだ)
チェロ弾きはカマをかけることにした。
チェロ弾き「学者殿。実は…その者達の中に、貴方を暗殺する為の刺客も紛れているのです」
学者「何だって」
学者の顔つきが変わった。
チェロ弾き「裏切り者の貴方を始末する為に来た…と話しているのを、偶然立ち聞きしました」
学者「…それなら、そのまま魔王様に密告すれば良いだろう。そいつらが行動を起こせば、君や舞姫さんも巻き添えで疑われるぞ」
チェロ弾き「それが…万が一、魔王様に勘付かれた時の為に…学者殿に不利な情報も持っているとか」
学者「な!!」
チェロ弾き「その情報が何かは知りませんが…このまま捕まっても奴らは、その情報を魔王様に流し、学者殿にも良くない影響があるかと」
学者「何てことだ…」
学者は明らかに動揺していた。カマかけは予想以上に効果があったようだ。
やはり、一度祖国を裏切った者。そんな者に心からの忠誠心などあるはずもなく、魔王にバレてはまずい弱味もあるのだろう。
チェロ弾き「勇者の国の中でも、やり手の連中が派遣されてきたはずです。さて、どうしましょうね?」
学者「なぁチェロ弾き殿。君も人間だから、本音じゃ勇者の国の奴らの味方だろ?」
チェロ弾き「私は自分に被害が無ければ何でもいいです」
学者「私は勇者の国の連中と取り引きしたい。君は中立の立場で橋渡しをしてほしい」
チェロ弾き「取り引きとは?」
学者「魔王を討つヒントをやるから、私を見逃せ…と」
チェロ弾き「ほう」
そうきたか。魔王を討つヒント…それはチェロ弾きが今、最も欲しているものだ。
チェロ弾き「わかりました、間に立ちましょう。それで、魔王様を討つヒントとは?」
学者「これだ」
学者は液体の入ったビンを引き出しから出した。
学者「これを刃物に塗って切りつければ、体の魔力の巡りが悪くなる。魔王は魔力を封じても強いが、あるのとないのでは大分違う」
チェロ弾き「ふむ。確かにこれは心強い」
学者「魔王を襲撃する日が決まったら教えてくれ。私は逃げる準備をしておく」
チェロ弾き「はい」
学者を放置するのはどうかとも思ったが、魔王討伐の方が優先順位が高い。
チェロ弾き「では、ありがとうございます」
チェロ弾き(…それにしても、あっさり裏切りを選んだな…何か企んでいるのか? 一応この液体も本物か確かめておかねば…)
学者「…」
学者「ク、ククク…」
学者「時期尚早だが、まぁいい…これはチャンスだ」
舞姫「なるほど…これがその液体」
チェロ弾き「野生の魔物で実験しましたが、効果は学者の言った通りでした。魔王にも同じように効くと良いのですが…まず、魔王を切りつけるのが難しいですね」
舞姫「複数人で弓を沢山射つってのは?」
チェロ弾き「魔法で弾かれる危険性があります」
舞姫「むぅ」
魔王に回避されても、ガードされてもいけない。
油断した隙にでも一撃、叩き込むことができれば…。
舞姫「…そうだ」
チェロ弾き「何か方法がありましたかな?」
舞姫「あのね…」ゴニョゴニョ
チェロ弾き「それは…確かにそれなら少しは可能性が上がりますが…。貴方の危険が」
舞姫「ボクがやらないでどうするのさ」
チェロ弾き「…そう言われるなら仕方ありませんね。正直私も、それ以上の策を思いつきそうにありません」
舞姫「ん。絶対、成功させてやるから」
チェロ弾き「はい…」
不安は残るが、魔王相手にできる対策はこれが全てだろう。
チェロ弾き(あとは、皆を信じるしかないな…)
>夜
舞姫「魔王様」
魔王「む」
部屋へ戻ろうとした時、舞姫に声をかけられた。後ろには、いつも通り存在感の薄いチェロ弾きがいる。
魔王「どうした、舞姫」
舞姫「はい…新しい舞を是非、魔王様にお見せしたく」
魔王「夫となる魔王子が先ではないのか?」
舞姫「はい。魔王様はこの城の城主。私が真っ先に舞を披露したい方は、魔王様です」
魔王「嬉しいことを言う」
舞姫「他の誰にも、まだ見せたくはありません…なので、人のいない中庭なんて如何でしょう?」
魔王「そうだな。夜空の下も悪くはあるまい」
舞姫「ふふ。では魔王様、参りましょう」
舞姫からの誘いとは珍しい。派手な成りに妖艶な雰囲気を漂わせてはいるが、舞姫は男の扱いには慣れていない。そのギャップがまた、彼女の魅力なのだが。
魔王(今宵は、どの様な舞を見せてくれるのか…)
>中庭
舞姫「では魔王様、ご覧下さいませ…」
チェロ弾きがゆっくり演奏を始めた曲は、魔王の耳に馴染みがないものだ。舞姫は曲に合わせ、ゆっくり揺れる。
今日はまた一段と衣装の露出が大きく、しなやかな肢体が妖艶に動く。
魔王「見事なものだ」
舞自体も素晴らしいが、やはり舞姫は美しい。
魔王(魔王子の花嫁にはするが、その前に我が夜伽を教えてやろうか)ククク
舞姫「魔王様…」
ふと、舞姫がトロンとした目で見ていた。舞いながら、舞姫は少しずつ近づいてきて、香水の香りが漂ってきた。
魔王「どうした、舞姫よ」
魔王はにやけながらそう口にした。
舞姫の胸は目前にあり、眺めは悪くない。
舞姫「魔王様…私は…」
魔王「――っ」
魔王の視界が塞がれた。柔らかいものが顔に触れていた。
誘っているつもりか――魔王は即、舞姫の背中に手を回した。
舞姫「あぁっ、魔王様ぁ…」
背中を愛撫すると共に、魔王の耳を犯すような、のぼせた声が上がった。
魔王の手は背中から下に這っていく。
視界は塞がれて見えない。手探りで舞姫の体を確かめ、耳に入ってくる喘ぎ声に集中し――
――ざくり
刺すような痛みが、首にはしった。
露出の大きい衣装を選んだ理由は2つ。
魔王を誘惑する為と、もうひとつは、「何も隠し持っていない」と視覚で情報を与え油断させる為。
舞姫は何も隠し持つことなく、魔王を刺すことに成功した。
魔王「これは――」
魔王は自分の首に刺さっていたものを凝視する。
これは――舞姫のかんざしだ。
舞姫「魔王…」
後方に跳躍した舞姫の顔つきと声はいつもと違う。妖艶さは鳴りを潜め、今は勇ましくこちらを睨みつけている。
そして首にかんざしが刺さったと同時、チェロ弾きの演奏する音楽がガラッと変わった。それを合図にするように、周辺から複数の足音が聞こえてきた。
舞姫「覚悟しろ、魔王――ッ!!」
魔王に向かって十数本の弓矢が放たれた。
魔王「憤っ!」
怒号と共に魔王が手を振り払うと、弓矢は薙ぎ払われた。
何本かは魔王の体に刺さったが、どれも致命傷には至っていない様子。
潜んでいた勇者の国の兵達が姿を現し、1人が舞姫に上着と短剣を手渡した。
魔王「謀ったか舞姫よ」
舞姫「始めからこのつもりで来た。終わりだ魔王!」
魔王「フッ…そうか。それが本来のお前か」
それを聞いても魔王は笑いを浮かべていた。まるで、楽しんでいるかのように。
魔王「良いだろう舞姫、向かってくるがいい」
舞姫「その前に、ボクの本当の名を教えてやるよ」
もう、偽る必要はない。
姫「ボクの名は姫! 誇り高き勇者の血を受け継ぐ者!」
今日はここまで。
直接的なエロシーンはないとはいえ、ヒロインの尻や胸が恋愛相手じゃない男に触られるのはなかなかつらいもんがありますなぁ。
>一方、城から離れた場所
学者「ほうぅ…あの舞姫、姫だったか」
学者が持っている水晶玉に、姫達と魔王の戦いの様子が映し出されていた。
馬に荷物を積み、逃げる準備は万端にしてあった。
学者(だがこの様子なら、逃げる必要はないか――)
執事「いた」
学者「!!」
見覚えのある奴らが近付いてきた。確か皆、勇者の国にいた奴らだ。
学者「おや、久しいな」
執事「裏切り者め。貴様のせいで国は…」
学者「私を殺しに来たか? 取引を破る気か…」
執事「貴様の命に興味はない。だが…王子様は返してもらう」
学者「…あぁ思い出した、君は確か探知魔法の使い手だったねぇ」
執事「その積荷に王子様を隠しているのだろう。大人しく王子様を解放しろ」
学者「解放、か…。いいだろう、だが――」
学者はそう言うと、王子を隠すように巻いていた布をバサッとはがした。
それと同時――
執事「――」
そこら一帯は光に包まれた。
学者「君達は全員死ね!!」
姫「くっ…」
魔王「どうした、もう終わりか?」
魔王の足元には何人かの兵が倒れていた。
魔王の魔力は封じた。ダメージもかなり与えた。だが、それ以上にこちらの戦力が削れていた。
チェロ弾き「肉体の力だけでここまでとは…」
残った戦力は姫と、兵士4名。だが彼らもかなり疲弊していて、長くは戦えまい。
チェロ弾き「全員、一旦撤退!!」
チェロ弾きの判断は早かった。
その号令で全員散り散りになり、近くに停めていた馬に飛び乗った。
チェロ弾き「国境付近に、こちらの部隊が待機しています。彼らと合流しましょう」
姫「そうだね…!」
魔王を討つ最大のチャンスなのに、こちらの戦力の方が先にへばるなんて。
しかしこちらは出来る限りのベストを尽くしているはずだ。魔王を討てると信じて、諦めずに戦おう。
魔王「逃がさんぞ…!」
側近「魔王様!どうされたのです!」
いち早く異変を察知した側近が駆けつけてきた。
魔王「舞姫による謀反だ」
側近「舞姫の!?」
魔王「奴の正体は、勇者の国の姫…報復の為に、素性を偽っていた様子だ」
側近「なんてことだ、気付かなかったとは…この側近、一生の不覚!」
魔王「後悔は後にしろ。我は今、魔法が使えぬ。代わりに魔物達に伝令を送れ」
側近「はっ!」
“総員、聞け! 緊急事態だ!”
魔王子「側近から伝令? 珍しいな…」
“舞姫が謀反を起こした! 至急、奴らを追うのだ!”
魔王子「舞姫が…!?」
“奴の正体は姫…忌まわしき勇者の血を引く者だ!”
魔王子「姫…だって!?」
チェロ弾き「もうすぐです姫様!」
姫「皆、もうちょっとだ! 頑張れ!」
側近「見つけたぞ、人間ども!」
姫「っ!」
上空に側近と、複数の翼を持つ魔物達がいた。
見つかった――姫は舌打ちする。
側近「かかれ!」
姫「仕方ない…返り討ちだ!!」
飛びかかってくる魔物達を次々と斬り伏せる。
こちらの残った戦力は少ないとはいえ、下っ端ごときに苦戦はしない。
側近「ふん、雑魚どもには時間稼ぎ以上の期待はしていない」
1人、側近だけが上空で冷静に事態を見守っていた。
側近「魔王様、こちらです!」
チェロ弾き「む、しまった!」
チェロ弾きが側近の思惑を察知したが、遅かった。
魔王「追いついたぞ、姫よ」
姫「チッ! 歳のくせに、素早い奴だな!」
姫は最後の魔物を斬り伏せると、魔王と対峙した。
魔王「本当のお前は男勝りなのだな。今まで、よほど無理していたのか」
姫「まぁね。付け焼き刃の色仕掛けに引っかかるなんて、魔王もまだまだだねぇ」
魔王「クク、まぁ楽しめた。それに、今のお前も嫌いではない」
姫「ハンッ、色ボケジジイが!!」
兵達と共に魔王に向かっていく。
魔王を取り囲むように襲いかかり、誰か1人でもダメージを与えることができるだろう…と思ったが。
魔王「覇ッ!」ブオッ
姫「!!」
魔王の腕一振りで、兵士達が吹っ飛んでいった。
残っているのは、姫のみ――
魔王「姫。今なら許してやらんでもないぞ?」
姫「誰がお前に許しなど請うか!」
魔王「お前だけでない。兵達の命も助けてやるぞ?」
姫「…っ!」
兵士達は魔王の攻撃に倒れたとはいえ、まだ生きている。
兵士「姫様、私共のことは良いのです…早くお逃げ下さい!」
姫(兵士達は、死ぬ覚悟を持って来た…)
この半年の間、確実に魔王を討つ準備をする為に、他の国々が魔王に敗れていくのを黙って見ていた。沢山の人達を見捨ててきた。
姫(また、見捨てろって言うのか…!?)
チェロ弾き「姫様、早く! 国境まであと少しです!」
チェロ弾きが急かすが、姫の足は動かなかった。
葛藤していた。確実に魔王を討つ為に、彼らを見捨てねばならないことは理解している。それでも――目の前にいる人を見捨てるのは躊躇してしまって。
魔王「勇者の血を引く姫よ…改めて我のものとなれ」
姫「誰が…!」
魔王「勇者の血を引く女に、我の子を孕ませれば…きっと、凄まじい力を持つ子が生まれるだろう」
姫「馬鹿言うな! お前の子なんて産むものか!」
魔王「お前が抵抗しても…」
魔王はじりじり距離を詰めてきた。
姫は後ずさりしたが――恐怖で足がすくむ。そして――
魔王「力ずくで我のものにしてやる!!」
姫「――っ!」
飛びかかってくる魔王相手に、姫はひるんで動けなかった。
――ズシュッ
魔王「――っ」
姫「え…っ!?」
姫は目を疑った。
目の前には刃―ーその刃は魔王の胸を貫き、鮮血に染まっている。
魔王「何故…だ!?」
魔王は信じられないものを見るような目で、後ろを見ていた。
「――決まっている」
姫「キミは――」
魔王子「もうこれ以上…あんたに大事なものを奪われるのは御免だ」
側近「ま…魔王子様が魔王様を!?」
魔王「魔王子よ…貴様、自分が何をしたかわかっているのだろうな…!」
魔王子「わかってるよ。一撃で殺せなくて残念だ」
魔王「クク、魔王子よ…それでこそ我が息子だ、だが…」
魔王は自分の胸を貫いている刃をへし折り、それを魔王子に向けた。
魔王「貴様は我を怒らせた…父の手で葬ってやろう、魔王子!!」
魔王子「来いよ魔王…母上の仇だ」
姫「どういうこと…魔王子が魔王に歯向かうなんて」
チェロ弾き「今の一撃で魔王にかなりのダメージを与えたはずですが…」
魔王「魔王子よ…この程度の攻撃、我を弱らせるには軽いぞ」
魔王子「わかってる。あんた、化け物だもんな」
魔王「我程の力を持たぬことを後悔するのだな、魔王子よ…」
魔王子「…」ゴクリ
魔王「死ね、魔王子イイィィッ!!」
魔王子「…っ!!」
姫「魔王子…!」
――カッ
そこら一帯が光に包まれたのは、一瞬のことだった。
その突然の光に目がくらみ、少しの間状況を理解できていなかった。
しかし「それ」を見るなり――
姫「え…っ」
チェロ弾き「何だと…」
誰もが目を疑った。
魔王「ガハ…っ」
魔王は半身を失い、大量の血を流していた。
ドサッとそこに倒れる魔王。流石に、致命傷だったのだろう。慌てた様子の側近が側に降り立つが、もはや打つ手はないように見える。
あまりにも唐突な出来事に、姫は、何故そうなったのかと考える余地もなかった。
チェロ弾き「あれは――」
チェロ弾きにつられ、彼の向いている方角を見る。
そこには――
学者「いやぁ、危なかったねぇ」
へらへら笑いを浮かべる学者と、
王子「……」
姫「王子…っ!!」
側に、半年ぶりの再会となる王子がいた。
姫「王子!!」
姫は歓喜し、王子に駆け寄ろうとした。
だがその肩を、チェロ弾きが止める。
チェロ弾き「お待ち下さい姫様…何か様子が変です」
変。確かに変だ。
王子の目は白昼夢を見ているように朧げで、こちらを見ていない。表情も人形のように無表情で、手には――
姫「なに…それ?」
後ろに持っているそれは何か――気付いた姫は戦慄した。そしてそれを認めるのを頭が拒否していた。だか――
ごろんっ
姫「!!!」
チェロ弾き「ひっ…」
魔王子「これは…」
王子が放り投げたもの――それは、執事の生首だった。
姫「な、な、何で!? 王子、何をしたの!?」
チェロ弾き「…貴方の仕業ですね、学者殿」
チェロ弾きが声をかけると、学者は無言でニヤリと笑った。
チェロ弾き「答えて下さい。王子様に…何をしたのです?」
学者「なぁに…『心』を封じただけのこと」
魔王子「心を封じた…だと!?」
学者「そう。王子はたぐいまれなる魔法の才能の持ち主。しかし、その争いを嫌う性格のせいで彼は真価を発揮できない…そこで心を封じ、真価を発揮できるようにしただけよ」
側近「何故、魔王様を…!!」
学者「何故…? ハッ、ハーッハッハッハ!! そんなもの、決まっているじゃないかぁ!」
学者は大笑いしながら、王子の肩を抱き寄せた。
学者「ずっと機会を狙っていたのだよ…王子を使って魔王を殺す機会を! 魔王に代わり、私が世界の頂点に立つ時をおぉぉ!!」
姫「何だと…!」
今日はここまで。
学者にドクターなんちゃらとかって名前をつけたい。
ドクターオボカタ
>>120採用で。STAP細胞マジパねぇ!
では続き投下します。
チェロ弾き「くっ、予想外だった…。学者殿が魔王を討つのに協力的だったのは、そういう理由か…!!」
側近「よくも魔王様をぉ!」バッ
側近が学者に飛びかかっていった。だが学者は余裕の笑みを浮かべ、その隣で王子が側近に向け手をかざし――
ゴォッ
魔王子「側近――っ!!」
王子の手により、側近は一瞬で塵となった。
学者「ムダムダァ! 今や殺戮兵器となった王子と、それを操れる私に勝てるわけないだろう!!」
姫「王子…」
目の前で、何の動揺も見せず魔物を葬った王子を見て姫はショックを受ける。王子の心は本当に封じられてしまったのだ。あの王子は、姫の知る王子ではない。
学者「私は貴方達など眼中にない。黙って去れ」
姫「ふざけんな、王子を返せ! よくも執事を殺したな! お前を放っておくわけにはいかない!!」
学者「なら…」
――ドガアァン
とっさに回避したが、姫のいた場所には大穴が空いていた。
こんなもの喰らったら、ひとたまりもない。
姫「王子がボクを殺そうとするなんて…」
チェロ弾き「王子様の心は今、学者に支配されています。それが魔法による呪縛なら、学者を倒せば王子様の心は元に戻るかもしれません!」
姫「オーケー! 狙いは学者だね!」
そう言って姫は学者に向かって走るが。
学者「そうはさせない…王子、私を守れ!」
王子「…」ドォン
姫「…っ!」
学者「馬鹿め。私を討つには王子を突破せねばならない。お前達ごときにそれは不可能だ、フハハハハッ!!」
魔王子「撤退しろ、姫」
魔王子が姫を庇うように前に出る。
魔王子「あんなの人間の手には負えん。今、魔物達に召集をかけた。ここは俺らに任せて…」
姫「任せられるかよ」
魔王子「姫…?」
姫「キミは王子を殺す気だろ! そんなことさせるものか!」
魔王子「決めつけるな。殺さず元に戻す方法を見つけて何とか…」
姫「信用できないんだよ、キミの言葉は!!」
魔王子「姫…」
姫「キミは一度、ボクを騙した。そしてボクから大事なものを奪っていった。もう騙されないからな!」
魔王子「…っ」
チェロ弾き「しかし姫様、あの王子様相手にどうすると言うのです?」
姫「これだ」
姫はかんざしを見せた。
姫「これで王子の魔力を封じる」
チェロ弾き「しかし、王子様には近付くことすら…」
姫「何とかやってみせるよ。チェロ弾き、待機してる兵士達を呼んできて。後のことは、兵士達に任せる」
チェロ弾き「しかし…」
姫「頼んだよ、チェロ弾き!」ダッ
チェロ弾き「姫様…っ、ご無事で!!」ダッ
学者「立ち向かってきますか、じゃじゃ馬姫様ぁ!! 王子、やってしまいなさい!!」
ドガアァン
姫「くっ…」
姫は攻撃を回避する。
舞で身に付けた身軽さが役に立っていた。
学者「では、これは如何かな?」
姫「わっ!」
強い風が吹き、姫は吹っ飛ばされた。
木に体を打ち、全身に痛みがはしる。それと同時…
姫(かんざしが…)
今の衝撃でかんざしを落としてしまった。
あれが無くては、どうしようもない。
学者「所詮、勇者の血など過去の遺物…私は貴方をただの小娘程度にしか思っていない」
姫「く…」
学者「しかし、チョロチョロ動き回られては邪魔くさい。…今の内に叩き潰しておくか」
学者が視線を送ると、王子は自動的にこちらを向いた。
魔力は既に滾っている。一方の姫は、強い痛みで思うように動けない。
姫「王子…っ」
学者「呼びかけても無駄ですよ…さようなら、姫様」
姫「――っ」
王子の手がゆっくり、こちらにかざされた――
魔王子「こっちだ!!」
姫「――え?」
学者「!!」
魔王子と学者の距離が縮まっていた。魔王子は剣を構え、学者に襲いかかろうとしている。
学者「王子っ!」
王子が即座に反応し、魔王子に攻撃を放った。
魔王子はこれを跳躍して回避。
魔王子「ったく…お前を城に迎え入れた父上の判断は、やっぱ間違ってたか」
魔王子はそう言って体制を立て直す。
手には――姫が落としたかんざしだ。
魔王子「クソ親父め、厄介な問題残して死にやがって…まぁいい、俺が落とし前つけてやるよ」
魔王子は王子に向かって走り出した。
学者「王子! 奴を殺せ!」
魔王子に向かって無数の魔法弾が撃ち込まれる。
魔王子「…っ!」
魔法弾が直撃し、魔王子は血を噴いた。
学者「ざまぁ見ろ、そのまま…」
魔王子「そのまま…何だ?」ダッ
学者「!!」
魔王子はまるでダメージを意に介していないように、王子に向かう足を止めなかった。
学者「王子ぃ、もっと、もっとだ!!」
魔法弾が魔王子の腹、腕、脚――至る所を貫く。早くも魔王子の全身は血に染まる。
それでも――
魔王子「ああぁ…!!」
魔王子の突進は止まらなかった。
魔王子と王子の距離は、どんどん縮まっていった。
学者「王子ぃ、爆破だ! 爆破しろ!!」
――ドガアァン
辺りは煙に包まれた。
姫「魔王子…!!」
王子「――あぁっ!」
姫「…え?」
煙の中から王子の叫び声がした。
煙はすぐに晴れ――
魔王子「はい…終わり」
姫「魔王子…っ!」
魔王子は王子の肩にかんざしを刺していた。
王子の魔力はみるみる小さくなっていく。
魔王子「手間かけさせやがって…ゴホッ」
しかし魔王子も涼しい顔に反し、無事ではなかった。全身は焼け焦げ、片目は潰れ、手の指も何本か吹っ飛んでいる。
王子を刺した時には限界を越えていたのだろう、魔王子はその場に倒れた。
学者「そんな…バカな…」
切り札を失った学者は震えていた。が、怯える間もなく――
――ザクザクっ
学者「ガハあぁっ!!」
チェロ弾き「姫様、ご無事でしたね!」
チェロ弾きが呼んできた増援の兵士達により、学者は弓矢で全身を射抜かれ、そのまま絶命した。
王子「…」パタッ
それと同時、王子も糸が切れたように倒れた。
チェロ弾き「王子様…良かった、心臓は動いていますね」
即座に王子に駆け付けたチェロ弾きは、王子の容態を確認して言った。
これで心配事は無くなったが…。
姫「魔王子…」
姫は倒れている魔王子に駆け寄った。
魔王子は虫の息といった所だが…姫を見るなり、笑った。
魔王子「はは…ざまぁみろ、って所か?」
姫「…どうして、助けてくれたの?」
彼が魔王を憎んでいるのは知っていた。だから魔王が魔力を封じられている機会を狙ったのはわかる。
だが魔王子は、命を削って王子を救ってくれた。そこまでする理由が、姫にはわからなかった。
魔王子「…何もできない自分は、もう嫌だったんだ…。言い訳になるけどさ…俺は平穏を望んでいた。でも…」
姫「…うん」
魔王子「俺は魔王が怖くて、逆らえなかったんだよ…。魔王を憎んでいるのに、奴の言いなりになるしかなくて…そんな自分が嫌だった」
魔王子はぼろぼろ涙を流していた。
魔王子「俺…ずっと心痛めてたんだ。あんたが死んだと思ってたから…それで、舞姫にあんたの姿を重ねて…ガハッ、ゴホゴホッ」
姫「魔王子!?」
魔王子「ひとつ――頼みがある」
血の気を失った顔で、魔王子は言った。
魔王子「俺のこと、また――『笛吹き』って呼んでくれないか…」
姫「…っ」
姫は魔王子の手を握った。
ずっと憎んでいた。騙されたと思っていた。それでも、2人の間に築いていたわずかな絆は、決して嘘ではなくて――
姫「――笛吹き」
そう名を呼ぶと、魔王子――笛吹きは、ニコッと笑った。
笛吹き「姫…俺、あんたのこと――」
声がかき消え、笛吹きは瞼を閉じた。
そしてその目は、もう二度と開くことはなくなった。
姫「言うのが遅いんだよ…ばか」
姫の目から涙が溢れる。
こんな奴、もう友達じゃないって思っていたのに。
利用するだけ利用して、自分の味わった絶望感を味わわせてやろうとすら思ったのに。
姫「でも1番のバカは、ボクだ……」
復讐に囚われて忘れていた。笛吹きとの間に築いた友情、彼の思いやりを。
姫「うあああぁぁ―――っ!!」
姫は大声をあげて泣いた。叫んでも取り戻せない、後悔の証。
姫が感情を剥き出しにするのは、兄を殺されて以来だった。
・
・
・
王子「うぅん…」
姫「王子…!」
王子「姉、上…?」
王子が目覚めたのは、倒れてから数時間後。既に魔物の国からの逃亡に成功し、王子と姫は音楽の国の城にかくまわれていた。
姫「具合悪くない、王子?」
王子「…っ」ガタガタ
姫「王子!?」
突然真っ青な顔で震えだした王子を心配し、姫は王子の体を支える。
王子は怯えるような目で、姫の顔を見た。
王子「姉上…僕は、執事達を殺しました……」
姫「!」
どうやら、心を封じられていた時の記憶が蘇ったようだ。
まさか覚えているとは思わなかったもので、姫は言葉に詰まる。
王子「それに…僕を救ってくれた魔王子のことも……」
姫「王子……」
王子が笛吹きを殺さなかったら――自分はちゃんと彼に礼を言えただろうか。
笛吹きがいなければ、魔王を討つことすらできなかったのに――
姫「……王子は、悪くないよ」
だけど、もやもやしたものを抑えてそう言った。
姫「自分を責めないで、王子。失ったものも多いけど、キミが無事でいてくれたことは喜ばしいことじゃないか」
王子「姉上……」
そうだ。失ったものを振り返っても仕方がない。
姫「国を盛り返そうよ、2人でさ!」
王子「…はい、姉上」
前を向いて行こう。それが王族としての責務であり、姫にとっての『自分らしさ』なのだから。
その後、魔王と魔王子を失った魔物の国は衰退し、魔物達は大人しくなった。
魔物からの圧が無くなった人間達の社会は、少しずつであるが、活気を取り戻していた。
そして勇者の国は――
姫「あぁーっ、資料ばっか見てたら、頭おかしくなってくるわーっ!!」
王子「これも国民の為です姉上。公務は王族の義務です」
姫「あうぅ、兄上は本当に偉大だったねぇ…」
音楽の国より国を返還され、姫と王子が治めていた。勿論、様々な人の手を借りてはいたが。
王子「ところで姉上、音楽の国で行われるパーティーですが…」
姫「ボクは踊らないよ」
王子「魔王をも魅了した舞を見たいという方は沢山いるでしょうに」
姫「勘弁してぇ。そういうの、ボク本当に好かないんだから」
あれ以来、姫は踊っていない。
舞は元々魔王に取り入る為の手段であって、好きでやっていたことではない。
兵士長「姫様、不審な来訪客が来ました。姫様にお会いしたいと…」
姫「ボクに? 誰だろ」
王子「姉上は遊び歩いて友達が沢山いますからねぇ…」
姫「真面目に仕事してるから、いいじゃーん! それに遊び歩いてるつっても、健全な遊びしかしてないよ!」
兵士長「訪れたのは、側室と名乗る、赤ん坊を抱えた魔物の女です」
姫「側室さん!?」
姫は面会を許可した。
側室「お久しぶりですねぇ。わざわざお会いして下さって、ありがとうございます」
姫「久しぶり、側室さん」
魔物の国のゴタゴタには関与していなかったので、本当に久しぶりの再会となる。
それに姫が『姫』として側室と会うのは、これが初めてだった。
姫「赤ちゃん、無事に生まれたんですね」
側室「えぇ。男の子でした。ボク、お姫様にご挨拶なさい」
赤ん坊「あうあう」
姫「魔物でも、赤ちゃんは可愛いねぇ」
側室「今、魔王様の血を引くのはこの子だけですが…もうこんなこと起こらないように、この子は争いと無縁に育てていきます」
姫「そうして下さるとありがたい」
♪プッピャリャピャー
姫「ん?」
急に気の抜けた音がしたと思ったら――赤ん坊が笛をくわえていた。
赤ん坊「キャッキャ」
側室「あらあら。この子ったら、この笛を気に入ってしまって、いつも吹いているんですよ」
姫「へぇ…」
♪ピリャリリャ~
姫「……」
姫は気付いていたが、言わなかった。赤ん坊が吹いているのは、笛吹きの笛だと――
姫(偶然だよね)
姫「ちゃーんと練習して、雑音出さないようにするんだぞ~」
赤ん坊「だぁ♪」
姫「おーヨシヨシ」
平和は日常のものとなり、やがて人々はその日常に染まっていく。
兵士長「姫様ぁーっ!! 姫様をつかまえろーっ!!」
姫「ハンッ! 来いよ、競争だ!」
チェロ弾き「久々に来てみたら…。この城は、いつも騒がしいですねぇ」
この日常は永遠のものになるかはわからない。
チェロ弾き「『不穏のソナタ』」~♪
姫「うぐっ! きゅ、急に足が重く…」
兵士長「姫様、つかまえたーっ!」
姫「ぎゃあぁ!?」
だけど、永遠でないかもしれないから、大事にしておこうと誓う。
王子「姉上、貴方はいい加減に~」ガミガミ
姫「うえ~ん、王子が兄上みたくなってきたよ~」
王子「いつもいつも城を抜け出して、何をしているんですか!」
姫「何をしている? 修行だよ修行」
ボクは姫、誇り高き勇者の血を受け継ぐ者――
姫「これからも平和を守っていくよ――勇者の血を受け継ぐ者として!」
Fin
ご覧下さりありがとうございました。シリアスって難しい(´・ω・`)
過去作こちらになります。普段は恋愛物多めに書いてます。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません