ほむら「憧憬と代替」 (86)


 夏雲が漂う空はこの上なく青くて遠い。
 空を飛ぶ術を持つ私だけれど、知る空はいつだって真っ暗でこの上ないのだ。
 良く知る空にはいつだって月と星が浮かんでいて、眼下には足を引くように瘴気が渦巻いている。

 それが私、暁美ほむらの良く知る空だ。

 厚い雲と低い曇、それから青と飛行機雲。そんなものを見上げて目を細める。
 晴れ晴れとした空模様とは裏腹に私の心はいつだって暗澹。

 どんなにこの世界が素晴らしく澄み切っていたとしても、ここにまどかはいない。
ただ、ただそれだけなのだ。

「今更、よね」

「何が今更なんですの?」

 ほとんど無意識に零れ落ちた一言に問いかけを受け、思わずうんざりしたように頭を振る。

 同性から見ても端的な、異性からすれば思わず食い入るような美少女。
名前は志筑仁美。私のクラスメイトでこの世界では美樹さやかの親友。
そして悔しいことにまどかの親友でもあったお嬢様だ。


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「何か用かしら?」

「クラスメイトが木陰のベンチで黄昏ていたら声をかけるのが普通では?」

「そんな常識はないし私とあなた程度の接点ならば、
普通は声を掛けたりしないのが常識的だと思うのだけれど」

 後ろからベンチを回り込んで来て私の隣に腰を下ろす彼女を視線で追いながら、私は拒絶の言葉を並べる。

「そんな他人行儀なことを言わないでくださいまし。私とほむらさんの仲じゃありませんか」

「私はあなたと仲良くなったようなつもりはないし、
そもそも私とあなたの接点なんて美樹さやかくらいのモノだったでしょう」

 腰を下ろした志筑仁美から半歩分遠ざかって座り直す。
随分とベンチの端に近づいてしまったけれど、仕方がない。


「ほむらさん……」

 彼女はため息と共に私の名前だけを呟くにとどまった。
 そして、そこからさらに一拍置いてから意を決したように口火を切る。

「やはり何か、さやかさんのことについて知っておいででは?」

 さてどうしたものか、と思案し小さく息を吐き出して軽く瞬きをする。

「天下の警察も知らないことをただの中学生である私が知るわけないじゃない」

「警察には話せないような何かを隠しているということはありませんの?」

「どうしてそう思うのかしら?」

 疑い、というには漠然と曖昧すぎるモノ。人の感情はままならない。
現実的ではないと理解してもなお一縷の可能性に縋りたくなる。

 しかしてそれは時に核心に最も近づくことさえある狂気の剣だ。


「その、ほむらさんはあまりにも平然とし過ぎています」

「確かに私と美樹さやかは一応は友人と呼べる間柄ではあったと思うわ。
だからと言って、私にとってはたった一ヶ月程度の級友でしかないもの。
冷たいと思われるだろうけど、私にとっては所詮その程度ってことよ」

「ダウトですわ」

「どうしてかしら?」

 私の何を見てこの子は判断を下したのか、それに興味を惹かれて理由を尋ねる。

 そう、今の私には私と美樹さやかとの思い出というものがふわりとしか分からない。
恐らくこれは一つの宇宙から記憶を引き継いでいる弊害というものだ。

 新しい世界に旧い私が差し込まれ、私から私への引継ぎが不完全なままで融合してしまった。
 つまり、この世界に私が接続される以前の私という存在は希薄で曖昧、蜃気楼のように薄弱な空蝉なのだ。

「出会って一ヶ月足らずのクラスの友人と切って捨てる以上にあなたは、
ほむらさんは、さやかさんのことを知り過ぎています」

 なるほど、よくご存じなことだ。


「そんなことないわ。私には分からないことだらけよ」

「いいえ、しかもそれはさやかさんだけに限った話ではありません。
私のこともそうですし、ほかの子のことも……」

 勘が鋭い、と片付けるべきではないわね。強かな人間力、相手のことを良く、よく、観察している。

「参考までに聞きたいのだけれど、私の違和感はどんなところ?」

 幾星霜も繰り返した破滅の中で結局手の届かなかった最適解。
果してそれにどれだけ近づけたのか、それが知りたい。

「逆ですわ、違和感がなさすぎるんですの」

「違和感がなさすぎる?」

 さて、可笑しなことを言い出すわね。

 違和感なくあなたたちに溶け込めていれば私はもっとうまくやれていたわ。
それこそ、まどかを、彼女一人に犠牲を押し付けたりしなくてもいい未来を選べていたはず。


「えぇ、まるでそうなることが分かっているとでも言わんばかりに先んじている」

「そんなことあるわけないでしょう。私はただの中学生よ?」

「違いますわ。そういうことを言っているんじゃありません」

「じゃあ、何かしら?」

「あなたは、ほむらさんは何を知っていて、何を見ているんですの?」

「別に、特別なことなんてなにもないわ」

 そう、特別なんて何一つだって存在しない。
 ただ常識が違うだけ。

 志筑仁美に見えていなくて私に見えているものなんて、たったの二つだけだ。
 二つ、即ち魔獣とインキュベーター。これだけだ。


「そう、ですか……」

 落胆、だろうか。沈んだ様子を見せる志筑仁美に私は疑問を覚える。
 彼女は一体何に対して落胆しているのか。

 疑問は覚えるが特段興味を持っているわけでもなく、というよりもほとんど関心がない。
だから、気落ちしている少女を気にすることもなく、立ち上がる。

「一つだけ、一つだけ答えてほしいんですの」

 背を向けるように立ち上がった私に、志筑が小さく追いすがる。

「答えられるものなら、答えるわ」

「ほむらさんは、ほむらさんは空を見上げて一体何をお探しになっているの?」

 観察と解析。
 人の値段を正確に測るかのように言葉が深く突き刺さる。

 何も知らないくせに、何故そうも分かったようなことを口走るのだろうか。
いつもそうだ、いつだって、いつだって、美樹さやかも、あなたも、そしてまどかだってそうだ。

 どうしてあなたたちはそうやって易々と私の中へと斬り込んでくるんだ。


 怒り、苛立ち。
 しかしそんなものはお門違いでしかなく、どう贔屓目に見ても私が癇癪を起しているだけに過ぎない。

 だから奥歯を噛みしめて長く、ゆっくりと、長く長く、
お腹の底から空気をすべて吐き出し、無理やりに意識をクリアでクレーバーな状態へと変換させる。

「そうね、しいて言うならば憧れと代替かしら」

 それは絶対に手に入れられないモノ。
 分かっている、分かっているけれど求めている。
 まどかの存在を失ったこの世界に、まどかの面影と、その代わりになるものを。

 嫉妬、羨望、執着。

 この世界で私だけがまどかを知っている。
故に、この宇宙で私だけはまどかの祝福と洗礼を受けられていない。

 私だけが世界に溶けたまどかを受け入れられていない。
 まどかという大きな宇宙の中で、それが成立する前の記憶を持っている私だけが異物なのだ。

 だから私はまどかを求め続ける。
 これは多分何度繰り返しても救えなかったまどかに、まどか自身によく似ているのだと思う。

 自分が持っていないモノを、持ちたいものを追い求める自己実現の本能。
 例えそれが絶対に手に入れられないと分かっていてさえ、なお求めずにはいられないモノ。

「それは……、」


「ねぇ、志筑仁美。一つだけ、私も聞いていいかしら」

「えっ、えぇ? 構いませんが……」

「たいしたことじゃないわ。
あなたが私のことを名前で呼ぶようになったのは、美樹さやかの替わりが欲しいからかしら?」

「それはっ――、いえ。そう、なのかもしれませんわね」

 図星をつかれてそんなことを聞き返す私は、酷く本当に酷く性格が悪い。

「冗談よ、それじゃあね」

 自分で投げつけた言葉の刃は私自身をも傷つけていて、
だからもう振り返らずにその場を去ることだけが私の選べる選択肢だった。



 魔獣。
 そいつは夜闇に紛れて現れる。

 まどかが再編した世界で魔女の役割を背負うもの。
言ってしまえば魔女の替え玉。そしてある意味では私の同族だ。

 何故か、そんなのは決まっている。
 魔獣も、私も、この世界に存在しないはずのまどかを求めている。それだけだ。

 もっとも魔獣が求めているのはまどかそのものというよりはまどかが編纂したこの宇宙の歪みを正すことであるらしい。
それが成就するとどうなるのかは分からない。
だけれど少なくともまどかがこの世界に帰ってくるという結果を得ることは出来ないだろう。
であるならば、私は魔獣からまどかを、まどかが構築したこの新しい宇宙を守るために戦うほかない。


「いつにもまして数が多いわね」

 日が沈み切りすっかりと夜の様相を呈し、人の疎らになった駅のロータリーで私は小さく呟いた。
 夜も半ばになってしまえば駅前と言えど静まり返る。

 だけれど、目の前には三メートル半ほどの体躯を持った人型の魔獣が数十体。
人通りは少ないがだからと言って人の実数が少ないわけではない、そう物語るような魔獣の数。

 幸いなことにこちらに気が付いている様子を見せる個体はいない。

 数体の魔獣が道行く人へと近づき、ニオイを確かめるような独特の所作で何も知らない人へと頭を寄せている。
詳しいことは分からないが餌の選別でも行っているのだろう。

 魔獣は人を襲い魂を掴み、貪る。
だというのに普通の人は眼前の化け物に気づくことさえなく、無抵抗に蹂躙される。


 魔獣は魔女と違い基本的に固有の結界を作ることが出来ないらしい。
インキュベーターに魔女結界の話をしたときには、
『非常に興味深いね。つまりそれはそれだけ個々体が強力な力を持っている、ということに他ならないからね』
と言っていた。加えて私自身の経験も踏まえたうえで断言できる。

 魔獣一個体は魔女一個体よりもはるかに弱い。

 ただし、一個体の力が劣っているからと言って戦いを楽に進められるとは限らない。
 第一に結界を展開できない魔獣がどうやって人に認識されずに人を襲っているのか、という問題だ。

 私自身これについては完全に理解しているとは言い難い。
巴マミの言葉を借りるならば、『層位』というものらしい。

 つまり人の世界に重なり合うように魔獣の世界が存在し、
あちら側からは干渉出来るがこちら側からは例外を除けば干渉することはほとんど不可能であるということらしい。

 そしてその例外的な干渉能力を持つのが私たち魔法少女だ。この言い方だと少し語弊を生むわね。
八割方がインキュベーターの科学力のおかげだ、非常に腹立たしいことではあるのだが。

 魔獣の住む『層位』とはつまり『瘴気の層位』である。
分かりやすく言い換えれば『呪いの層位』であり、人にとっては毒そのもので構成された劇物の世界。


 だからこの世界の魔法少女は瘴気から身を守るための障壁を展開し続けながら戦う。
これが対魔獣が対魔女と比べて特別楽にならない理由の一つ。

 もう一つの違いはと言えば、魔獣同士が連携するということ。

 魔獣は魔獣という集団、集合意識を持っているらしい。インキュベーター曰く、
アリやハチ、シロアリなどの社会性昆虫にも似たコロニーのようなモノであるらしい。

 不定形の異形、感情をそのまま具現したような魔女。
 定形であり人型、理性をそのまま具現したような魔獣。
 どちらがより人間らしい形質なのかという問いに対する明確な答え。


「お前たちはより人に近い」

 呟いた言葉は忌々しいことに間近の魔獣に認識されてしまったらしい。
 物色するように人ごみを眺めていた群体の視線が一斉にこちらへと注がれた。
 何十もの視線に晒されるのは気分的にも生理的にも気持ちが悪くて吐き気がする。

「憂さ晴らしには少し物足りないけれど、まとめて潰してあげるわ」

 左手の指輪に魔翌力を通して魔法少女へと成り変わった私は直後に力を開放し、魔獣の層位へと無理やり侵入する。
 まどかから受け取った赤いリボンを軽く撫で、障壁を展開しつつ左手に弓を召喚する。


 まずは牽制の一撃。
 強力な追尾性能を持つ魔法の矢を放ち、間髪を入れずに地を蹴り移動を開始する。

 牽制の一矢とはつまり、

「私はあなたたちの敵よ」

 意思を突き付けるためのもの。
 直後に反撃があった。

 規則正しい鋭角弾道を描いた無数の光線が飛来する。

 走る私を追いかけるような焦げ跡がキレイに地面へと焼きつけられていく。一発の威力はそう大きなものではない。
だけれど、一度完全に捕捉されてしまえば防御が間に合わなくなるほどの連撃で一気に形勢を持っていかれてしまう。

 ただただ合理的なだけの性質は魔女とは正反対のものだ。
魔女の攻撃はいつだって自儘で気儘、一見どころか完全に無意味な一撃も存在すれば、
あまつさえ侵入者を放り出して逃亡することさえある。


 だけれど魔獣は違う。
 魔獣はどんな場面においても目の前の相手を殺しきるための一撃へと繋げるために行動する。

 そこには気紛れな行動や余裕と言った戦術的な『遊び』が介在する余地はない。

 つまり、

「読み、が成立するのよね」

 相手が最速最短の[ピーーー]ための一手を講じるのならば、常にそれを避け続ければいい。
 走りながら弓を構え、無数の熱線から回避不能なものだけを選び出して迎撃する。
 相手が常に最善の一手だけを放ち続けるのならばそれを予測して回避すればいい。


 だけれど魔獣は違う。
 魔獣はどんな場面においても目の前の相手を殺しきるための一撃へと繋げるために行動する。

 そこには気紛れな行動や余裕と言った戦術的な『遊び』が介在する余地はない。

 つまり、

「読み、が成立するのよね」

 相手が最速最短の殺すための一手を講じるのならば、常にそれを避け続ければいい。
 走りながら弓を構え、無数の熱線から回避不能なものだけを選び出して迎撃する。
 相手が常に最善の一手だけを放ち続けるのならばそれを予測して回避すればいい。


 魔獣は魔女とは違い群れて連携する。
 裏を返せば同士討ちを嫌うということだ。

 圧倒的な数的不利に直面した場合には――、

「得物が弓だからと言って、接近戦が出来ないわけないでしょう」

 人型魔獣は魔女と遜色ない体躯と質量を持っているが、
だからと言って魔女と同等の可動域を獲得しているかと言えば、それはノーである。

 不定形で死角や意識の隙を見分け難い魔女と人型というはっきりとした定型を保っている魔獣とでは、
接近戦における厄介さは段違いである。

「同士討ちを嫌って得物を放棄したあなたたちならば、私にとってはただのカモでしかないわよ」

 踏み込む。
 陣形など全く組まれていない雑多な群れの中を疾走しながら狙いをつけて矢を放つ。

 馬鹿正直に巨体と格闘戦をする必要もない。
 相手が大きいのならばその大きさも利用するまで。


 前から振り下ろされる拳を加速して掻い潜り、そのまま眉間に一撃を叩きつける。
 追いかけるように振るわれる腕を上へと飛びあがることでギリギリ躱し、
そのまま相手の腕を蹴りつけて後ろへと回り込み一矢を放つ。

 真横からの薙ぐような一撃を弓の腹で受け止めてそのまま弓へと魔力を通し切り払い、
距離を取るためにバックステップしながら射抜く。

 複数の相手を複数のまま相手取るなんて言うのは基本的には悪手中の悪手だ。
もっとも、広範囲をまとめて吹き飛ばせるような一撃を連発できるのならば話は別だけれど。

 一対一の構図を作り続けられる限りはこのタイプの魔獣に負ける気は一切起きない。

 だけれど、

「んっっ、とっ楽勝とも言っていられないみたいね」

 敵の収支が合わない。
 それに気が付いた直後、周辺にいたすべての魔獣が一斉に融けた。

 いや、これは――。

「瘴気に還った、とでも言えばいいのかしらね?」


 瞬間、静寂。

 直後、猛獣の一声。

 如何して私は今の今までアレに気が付かなかったのだろうか。それが不自然で仕方がない。
今生まれたのか、それとも私が気が付くことが出来ないレベルの隠遁術を持ち合わせているのか、
どちらにせよ今までの人型よりも数段厄介な相手であることは自明の理か。


 姿は鳥、特に猛禽類、いや正確にフクロウ型だ。

 ただ本物とは決定的に違う。

 まずは色、明らかに不自然な白さ。
雪のように白い体毛を持つシロフクロウとは決定的に違う、作り物のような嘘のニオイが漂う白色だ。

 それから鳥類特有の、いいえ違うわね。
生き物然とした柔らかさや暖かみというものがごっそりと抜け落ちている、そんな印象。

 極めつけにスケール感。
一般的なフクロウが最大でも六十センチ程度であるのに対して、
私の目の前で車の屋根に足を下ろしてこちらに視線を注ぎ込んでくるそいつは少なくとも私の身長よりも大きく、
恐らく頭から足までで二メートルほど。
羽を広げた場合の大きさは恐らく六メートルを優に超え、下手をすれば八メートルに届くだろうか。

 鳥型、というのはかなり厄介だ。
まずもってして空を自由に飛び回るという時点で明らかに機動性で水を開けられている。
その上であの巨体、内包される膂力は想像に難しくないし、
魔獣であるならば遠隔レーザーのような分かりやすい攻撃能力も有しているだろう。


「やりにくい相手――ッ!」

 先手必勝。

 番え、射抜く。

 最大まで魔力を込めた一撃に連動して弓の最上部、末弭(うらはず)の先から花弁のように魔力が溢れ出す。

 打ち出された魔力の矢は宙を割り、音を引き裂く。
 出会い頭の全力攻撃、出し惜しみはなしだ。

 そんなことをする意味はないし、余裕だってない。

 だけれど――、

「流石に迅いわね」

 魔獣は飛翔し、あっという間に宙空へと踊り出してしまう。

 見せつけるかのように上空を旋回する姿はこちらをあざ笑っているかのように思えて少々腹立たしく、
もし仮に挑発するための行動だったのならばなるほど効果アリだ。

 上空の敵を睨み付けながら長く息を吐き出し、意識を冷やす。
 この距離感がヤツの間合いだろうか。


 推察する。
空中から一気に距離を詰めてのヒットアンドアウェイ型か、それとも上空からの絨毯爆撃型か。
どちらにしてもかなり厄介なことには違いない。

 しかもこちらの初撃は余裕で音速を超えていたというのにそれはあっさりと回避されている。
とすれば、対処法は思いつく限り二つ。

 ギリギリまで引き付けて回避できない位置から攻撃を仕掛けるか、
それとも矢を追尾と速度に偏重して安全圏から時間をかけて削り倒すか。

 どちらも一長一短。
前者ならば一度の攻防で決着をつけられる、ただし勝とうが負けようが一回限りの勝負だし、
その上で私が奴の最高速度に近接距離で対抗出来ることが最低条件になる。
後者の場合は後者の場合で射程が負けていれば一方的に蹂躙されかねないという致命的な欠陥に目を瞑らないといけない。


 二者択一で攻め手を誤ればその時点で私の負けは決定的。
その上で両方とも外れクジである可能性も捨てきれない。

 だとすれば、

「追いかけっこと洒落込もうかしら?」

 多少無茶をしてでも相手の想定を上回る一手を突き付ける。
 恐らくそれが最も勝率のある一手。

 ひらりと旋回しながらこちらに狙いをつけているであろう魔獣に向けて、
牽制の一矢を打ち上げて追従するように思い切り大地を踏みしめ、蹴り上げる。

 直線距離で縦方向に三十メートルほどだろうか、とにかく目いっぱいありったけの力で飛びあがる。

 魔法少女の空中機動はざっくり二タイプに分けられる。

 一つは魔力によって展開した障壁を足場代わりにして行う疑似的な空中移動。
 もう一つは吸着性の魔力を使用したかなり異様なパルクール。

 それ以外のパターンは固有の魔法に依っているために後付けの魔法としてはほとんど使い物にならない。
つまり願いによる後天的な副産物だ。


 今から私が行使するのは極大のイレギュラー。

 何せ解析不能で再現不可能、私自身でさえ原理不詳。
 インキュベーター曰く、宇宙には存在しないはずの邪法。

 モザイクを内包した漆黒の翼。
 翼の形を持って顕現する疑似的な小宇宙。

 キュゥべえでさえ全容の掴めぬ力でもって私は小さな世界を掌握する。

「さて、これで条件は五分よねッ!」

 旋回から一転、高速飛行へと切り替えたフクロウ型の魔獣を後方から追従する。

 戦場の利は取った。

 用心のために前方へと障壁を展開し様子を見る。空中戦は完全なる相手のフィールド。
高速軌道での追いかけっこの最中に後方への強襲が出来るとは考えにくいが、
はっきりできないという証拠もない。だから用心に用心を重ねる位が丁度良いはずだ。


 直後、魔獣の軌道が急激に変化する。
 ぐるりとバレルロールで沈んだのちに急上昇。

 上下の移動を使ってこちらを振り切る腹積もりかしら。
 だけれどね、私は別に人体の機能を拡張しているわけじゃない。

 正体不明の力によって強引に浮力を得て思考制御で無理やり空を飛ぶ真似ごとをしているに過ぎない。
 つまり、飛行というより高速浮遊に近い。

 どれだけ無茶苦茶な挙動だろうと意識が生きているうちはどうとでもなる。
 空を裂くように羽ばたく巨体へと狙いを定めて弓を構え、切り返しのタイミングを計り、射抜く。

 だが、直後私の狙いは外された。
 急上昇をした直後に相手は両翼を閉じて素早く上下を反転してきたのだ。


 瞬間静止。

 直後に羽々斬り。
 二メートルを超える巨体が砲弾のように降ってくる。

「っ、はッぁぁッ――ッ!」

 それは明らかに自己保存を無視した動き。
いやこの距離からの落下運動からでも直撃回避が出来ると踏んでの特攻なのかもしれない。
だとしてもほとんど自殺と変わらない。

 そもそも魔獣にとっての死とは一体何なのか?

 不意にそんな疑問が浮かぶが無視して防御姿勢を整える。
 突っ込んでくる巨体は障壁と弓で受け止めて背面からくるであろう衝撃は翼で殺しきる。

 そう思考してから否定する。


「ダメね」

 死なないための防御では意味がないのだ。
 このタイミングならば確実に勝負を決められる。

 つまり、殺されないように守るのではなくリスクを背負ってでも、
目の前の敵を殺しきるために戦うことを選ぶべきだ。

 四の五の言っている暇などなく物理的な決着はすぐに訪れる。
 展開した障壁に魔獣の巨体が激突し、ゼロコンマの空白と共に砕け散る。

 一転して空中制御を手放し、弓に力を籠めて魔獣ごと大きく反転。
 弓で相手を搦め私自身よりも先にコイツを地面に叩きつけてやるッ!

 直後、肉が裂けて、骨が砕ける音が確かに響いた。


 だけれど、インパクトの瞬間はやってきていないし、私の身体も損傷なしだった。

 その代わりに目の前には一陣の赤い閃。

 それだけを目視できていれば何が起きたのかを理解するには十二分。
 加えて私の体は思い出したようにふわりと接地する。

「佐倉杏子と巴マミね」

「おう、確かにアタシらだけどさ」

「怪我はないかしら、暁美さん?」

「そうね、助かったわ。助力ありがとう」

 立ち上がり、埃を払いながら私は二人に礼を述べて、
中枢を失いほころび始めた魔獣の層位から立ち去ろうと足を動かす。


「まぁ待ちなよ」

「何かしら?」

 魔獣の巨体を両断した佐倉杏子は首の後ろで槍を担ぎ、犬歯を見せるように私に笑みを投げる。

「アンタ今の一瞬死ぬ気だったろ」

 一転して冷ややかな声色を突き付けられた。

「そうね、私にもそう見えたのだけど……」

 足元にインキュベーターを従えた巴マミもまた追従する。

「別にそんなつもりはなかったわ。ただ身を守るよりも相手を殺すことを優先しただけ。
手足の一本二本、骨の数本くらいは必要経費でしょう?」

 吐き捨てるような私の言葉にカツカツカツとわざとらしく足音を響かせて佐倉杏子が詰め寄ってくる。

 元の場所へと戻ってみれば時計の針はすっかりと頂上を通り過ぎてしまったようで、
季節にしては冷たい空気とどこか落ち着き難い静けさだけが辺りを支配している。


「そんなわけないね。ふざっけんじゃねーぞ! どうしてあんたもさやかも自分のことを大事に出来ないんだよ!
今アタシたちが間に合わなかったらアンタはどうなってたかきちんと想像できてんの!?」

 私の襟首をつかみ上げ、両手で吊し上げる。全く大した馬鹿力だ。

「えぇ、少なくとも右腕と右足は使いモノにならないくらいにはひしゃげていただろうし、
最悪は両方とも千切れてのたうちまわる羽目になっていたんじゃないかしら」

 佐倉杏子は顔をしかめ、青筋を浮かべてかなりきつく奥歯を噛みしめている。

「暁美さん、それが分かっていてどうして相手を倒すことを優先したのかしら?」

 ギリギリと首を締めあげながら、
それでも怒りを抑え込もうとしている佐倉杏子の代わりにマミが冷笑を浮かべて問いかけてきた。

 コレは完全にキレている。

「体は魔法で治るわ。違和感くらいは残るだろうけれど、部位があれば継ぎ合わせるのは容易いでしょう? 
なら厄介な飛行型を始末しておいた方がいい。そのほうが合理的だと思ったの。それだけよ」

 顔を真っ赤にした佐倉杏子の両腕からゆっくりと力が抜けていき、
私の体は今一度地に足をつけることが叶う。


「分かりやすい嘘は止めて頂戴。うんざりよ」

 ウソ?

 はて、別にこれは私の本心だと思うのだけれど、何を根拠にしているのだろうか。

「アンタの戦い方はいつだって死に近すぎる、そう言ってんのさ。
分かんないのか、それとも自覚がないわけ? この死にたがり」

 死にたがりか、まぁ否定できないわね。

「あなたたちから見て私は死ぬために戦っているように見えるかしら?」

 髪をかき上げるように軽く梳き上げながら問いかければ、

「えぇ」

 巴マミは淀みもなく肯定する。

「そう、それはそれは。
それでも一応断っておくけれど、別に私は死にたいわけでもないし、死のうとしているわけでもないわ」


 そっと、手の甲のソウルジェムを撫でる。
 ただ、しいて言うのならば魔法少女の死に近づこうとはしているかもしれない。

 だってそこには、まどかの残滓があるかもしれないから。

「だったらもう少し命を、自分を大切にしろよ」

 絞り出すような佐倉杏子の言葉は、恐らく私だけに向けられたものではないのだろう。
そもそもにおいて魔法少女というものなんてどいつもこいつも所詮こんなものなのだ。
自分のためか、もしくはほかの誰かのためか、少なくとも自分の命をポンと担保にしてしまえるような、
それに疑問を持たないような手合いばかりなのだから。

「そうね、考えておくわ」

 それだけ返してその場を去ろうとしたのだけれど、

「私たちとチームを組む気はない?」

 巴マミにそう呼び止められた。


「マミ、アンタ何言って……? いや、でも、そのほうが……?」

 その提案はどうやら佐倉杏子にとっても青天の霹靂だったようで驚きの声をあげているし、
私も私で驚きを隠して口元を動かす羽目になった。

「どういう風の吹きまわしかしら? それにあなたの相方は反対みたいよ?」

「いや、アタシは驚いただけだよ。嫌ってわけじゃないし、むしろそのほうが都合がいいとさえ思えるね」

 私が彼女を引き合いに出せば、カラリと挑発的な笑みを浮かべて提案を肯定するような言葉を述べられた。

「それとも暁美さんは私たちのことはキライ?」

 好きか嫌いかと問われれば、恐らく好きだ。
 二人が思っている以上に私は二人ともに思い入れがある。

 だけれどそれと同じだけ煩わしいとも思っている。
 だって仕方がないのだ。結局のところ私は誰一人だって救うことが出来なかった。
 今の私は何も達成することさえ出来ずに状況に流されてこの世界を甘受しているのだから。


 まるで箱庭。
 まどかが作った、まどかの存在しない優しく平和な銀の庭。
 私たち魔法少女はそんな箱庭を守る番人。そのための代理人と言ったところだろうか。

 私の目的はまどかの作ったこの優しくも残酷な箱庭を守ること。
そう考えれば二人と手を組むのにはメリットしかないと言ってもいい。

 何せこの二人は有数のベテランだ。何より巴マミは今代では最強候補の一角に数えられているらしいほどに。

「好悪で言えば好ましいとは思っているわ。だけれど、少し考えさせてほしい」

 だというのに、私には即断できなかった。

「そう、ゆっくり考えて。待っているから」

 巴マミの言葉を背中で受け止めて私はその場を去る。



「はぁ」

 分からない、全然と分からない。

 目の前に並ぶ外国語の本のタイトルが、ではない。
もちろんそれも読めないのだけれど、今わからないのはそういうことではない。

 佐倉杏子にしても巴マミにしても志筑仁美にしても、
どうして私に妙に構ってくるのか、それが分からなかった。

 だって私なんてたったの一ヶ月前に突然やってきた転校生でしかないはずなのだ。

 この新しい世界で私が私として目覚める前の記憶は曖昧だけれど、
だとしても明らかに構われ過ぎている、そう感じる。

 それはまるでこの図書館に蔵書されている物語の主人公みたいな不自然さだ。
そんなことを考えながら金字ハードカバーの背表紙を軽く撫でる。
少しざらついた革の質感は年季が入っていて、本が高級品だったころの名残を感じさせる。


 高級品、と考えてから一つの仮説に行き当たった。
 薄々勘付いていたことではある。

 この新しい箱庭は私が知る魔法少女の在り方とは違う『在り方』を許されているのではないか。
 つまり絶望の結末を迎えない魔法少女は生きることに固執しない。

 少し語弊があるかな。
 自己利益に執着しなくても良くなった、とでも表現すればいいのだろうか。

 利己的にならずとも最期には必ず救われる。
そういう心の余裕があるから、利益を守ることに躍起にならない。
だから前よりもずっとお互いに協力的になれるし、縄張り争いをする必要性も薄いのだろう。

 そしてその余裕の有無の差が元々のマミと杏子と、この世界の二人との差異につながっているのではないか。

「助け合いを許容できるだけの余裕のある世界、ね」

 それがまどかの作ったこの世界なのだ。
 そんな世界の在り方の中で私だけはそれを享受する資格がない。
 何故ならば私は、私だけはそんな優しい世界の元々の住人ではないのだから。


「人を助けるのは当たり前のことですわよ」

「志筑、仁美……」

 どうしてこの子はいつもいつも私の後ろから突然現れるのだろうか。まったく心臓に悪いことこの上ない。

「あまり驚かないんですのね?」

「そうね、あなただったらここにいても別に不自然ではないもの」

「あら私は意外とこのような場所には赴くことはありませんわよ?」

「どうせ資料なら家の書庫で事足りるというだけのことでしょう?」

「私が本を読まない、という可能性については?」

「その程度で務まる程度の矜持ならばあなたはこんなところにはいない」

「何でもお見通しですわね」

「いいえ、推測しただけ」

 手を掛けていた革カバーの本を棚へと押し戻して振り返る。
 目の前にはやや薄手の長袖にカーディガンとふわりとした清涼感のあるロングスカートを身に着けた志筑仁美が立っていた。


「これからデートなのかしら?」

「そう出来たら良かったのですけれど……、」

「そう、まぁ彼ならばそんなものよね」

 この子の想い人である少年、上条恭介を思い浮かべる。
 顔はまぁそれなりだし、身長も高い。
特別運動や勉強に秀でているという訳ではないけれど、それを凌駕する音楽の才能を有している。

 才女と神童。
 お似合いと言えば、まぁお似合いなのだろう。

 けど、私個人としては――、

「それでほむらさん、……暁美さんはどうしてここに?」

「別に理由なんかないわよ」

 しいて言うのならば自宅以外の静かな場所で一人に浸りたかったのだけれどそれもご破算だ。


「なるほど、休日は意味もなく一人で図書館に寄ってしまう系女子なのですわね」

「何かしら、その言い方は。そこはかとない悪意を感じるのだけれど」

 目の前の海外原本の棚から視線を外してちらりと志筑の方へと視線を向けつつ、
二つ向こうの翻訳本のコーナーへと足を向ける。

「いえいえ、含みなんて一切合切ありませんわ」

「ハッキリ言ったらどうかしらね、根暗で陰鬱な友達いない系ボッチだって」

「あら、自覚はおありなんですのね」

「薄々気が付いてはいたけれどあなたいい度胸しているわね」

「いえいえそんなこと。でも、一つだけ嘘が混じっていますわよ」

「何よ、人のことを傷つけてそんなに楽しいかしら?」

「いいえ、暁美さんは別にぼっちではないですわ」

「私に友達なんていないし、別に欲しいとも思わないのだけれど」

「そ、そんなっ。ワタクシは、私は友達ではなかったんですの?」

「えぇ、お生憎様だけれど」

 そんな安っぽい美談みたいなことをされたところでうれしくもなんともない。


 元々私が望んだモノなんて既に失くしきってしまっているのだから。
 私の気持ちを代弁するかのように本棚にずらりと並んだロシア文学の背表紙を撫でれば、
志筑仁美は少し熱っぽい表情を覗かせた。

「そ、それでは私とお友達になりませんか?」

「嫌よ」

「にべもないっ」

 やや控えめにそれでも感情の乗った声色で志筑は嘆く。

「ここは図書館よ、もう少し声を抑えたほうがいいんじゃないかしら?」

「それはそうですけれどっ、あんまりじゃないですの?」

「私ってそういう人間なの」

「の割にはあまり邪険に扱ったりせずにいつも相手をしてくれますわよね」

「そうだったかしら、記憶にないわね」

「もしや、ツンデレさんというものでしょうか?」

「そう思うのならそうなんじゃないかしらね。私は知らないわ」


 イギリス文学のコーナーまで来てみたはいいものの、どれが面白いのかなどさっぱりと分からない。
 大体アーサー王伝説だけで一体何冊あるのやら。

 それだけ英国人というのは自国に誇りを持っているのだ、と前向きに捉えておくことにしようか。

「そういえば何かをお探しですの?」

「別にこれと言って目当てのものがあるわけじゃないわ」

「あら、そうでしたのね。それなら私におススメの本がありますわ」

「御崎海香の本なら読まないわ。私には合わないから」

「まぁそうなんですの? 彼女どうやら私たちと同年代らしいんですけれど、本当なんでしょうか?」

「そう、興味もないし知らないわよ」

 結局血と硝煙と未知のニオイのするアメリカのエンタメ小説辺りが私には性に合っているのだろう、
なんて身もふたもない結論を勝手に得てそちらへと足を向ける。


「恋の物語はいつの時代も美しいものだと私思うのですけれど、ほむ、暁美さんはどう思いますか?」

「他人の恋愛なんかに首を突っ込んで何が楽しいのか、不毛に空回っているなぁとしか思えないわね」

「恋愛小説はお嫌いですか?」

「別に嫌いではないわ。理解できないだけ」

 もっと言えば、私にはアナタが理解できない。

「そもそも、志筑仁美あなたはどうしてこんなにも私に構うの?」

 ついと、言葉が飛び出した。

 完全に失言だ。


「ごめんなさい、忘れて」

 ため息を堪えて逃げるように歩を早める。

 図書館のフロアを真っ直ぐと突っ切り、階段を下り出入り口へと急ぐ。

 最低で、最悪だ。
 図書館の自動ドアをくぐった私は、柄にもなく走った。

 なんだ、なんなんだこれは。
 ますます以て分からない。

 なんだって私が罪悪感に喘がなければならないんだ。


「はぁっ、ぁっ――ッ、はぁ」

 ガラにもない、本当にガラにもない。
 どうして私は自分自身に落胆しているのだろうか。
 そもそもなんだっていうんだ、なんだって誰も彼も私を放っておいてくれないんだ。

 そんな風にされたって私には返し方も、それどころか受け取り方すら分からない。

 だから私に好意を押し付けないでほしい。優しくしないでほしい。

「なんてっ、なんだってこんなにも、自分勝手ッ――」

 ここじゃない何処かへと行くために足を動かしていた私は自分の思考に思わず呟く。
 分かってる、分かっているのだ。

 こんなのはあんまりにも独りよがりでとてつもなく非生産的だって。
 人は一人である、それはある意味では確かに真理だ。

 だけれど同時に人は常に一人ではない、これもまた一つの真理。
 私は知っている、だってこの世界にまどかは遍在するのだから。

 だけど、だからと言ったってっ――。


「私は一人でなければいけないのにッ!」

 慟哭。

 気が付けば足は止まり、祈りを捧げるように手を組んでいた。
 私らしくもないほどに弱く、儚い。

 らしくない、そうだこんなのは私らしくもない。
 だって初めに決めたじゃないか、まどかと別れたあの場所で決めたじゃないか。

 まどかの望んだ世界の全て、その一番大事で尊い部分それだけは例え何があろうと私がこの手で守り抜く、と。
例えそれがどれだけの人を傷つけて壊してしまうことになろうとも。

 そうだ、私がここにいる意義はただそれだけでいい。
 それ以外の理由はいらない。

 だとするならば――、


「インキュベーター、いるんでしょう?」

 呼びつければ必ず現れる。
 それがこいつらの存在意義なのだから。

「何か用かい、ほむら」

 無機的な赤目がしっとりと私を見下すように揺らめく。

「いつからかしら、私はいつから飲み込まれていた?」

「それは難しい質問だね。ボクたちが分かる範囲の答えならば恐らく『初めから』じゃないかな?」

「そう、道理で可笑しいわけだわ」


 そうだ、初めから可笑しかった。どうして私は分からなかったのか。
 この世界の全てはまどかに望まれているから存在している。

 だとするのならば、こうして私が生きていることもまた、まどかが望んでいるということに他ならない。
 そうじゃなければあの時の美樹さやかと同じように私も消えていなければおかしいのだから。
 何より私は知っている、私たちにとって大事なものはいつだって一つだ。

 胸に抱えた、たった一つの願い。

 私たち魔法少女にとってはそれが、それだけが唯一絶対の真実なのだ。

 だから私は戦える。
 だから私は前に進める。

 だから私は、

「まどかを信じられる」

 私は私の弱さを認めない。
 そう誓ったのに、それを忘れていた時点でどうして気が付けなかったのか。

 つまり――、


「私の心、返して貰うわよ」

 左の指先から魔法円を展開し、意識の分解と再構築を施していく。
 外付けの魂を抜け殻の器へと染み込ませて馴染ませ直す。

 端から端まで意識を通わせていく。
筋繊維の一本一本から血管の収縮運動まで、深呼吸で取り入れた酸素を意識的に血液へと溶かして取り込む。

 私を司るすべての私で現在の私を肯定する。
 目を開けばそこにはひしめく魔獣がぐるりと囲っている。

 いつの間にか焦りは消えた。
 思考は明白で情報は流れるように処理される。
 数の暴力、戦力比に換算すれば一対三百といったところだろう。

 所詮ワルプルギスの半分以下だ。


「『私』の晴れ舞台としてはおあつらえ向きね」

 思わず笑みをこぼしていた。
 形勢は圧倒的に不利、だけれど負ける気は微塵もしない。

 ここを切り抜けて私は私を始めよう。


 魔獣も私も、主体は遠距離攻撃。
 手数は数の暴力も相まってあちらの方が大分上。

 降り注ぐ熱線は少なく見積もっても三桁程度。
 ただし、絨毯爆撃には隙が多い。

 手数と物量が多い分個々の照準は甘くならざるを得ないわけだ。つまり、こちらの攻め手はそこにある。

 防御は必要最低限、回避行動も最小に。
 初撃を完全に受け切れさえすれば後は照準の甘いただの連撃だ、捌くのに支障はない。

 ステップを踏むように上空から招来する閃光と閃光の合間を縫う。
 断続的なそれは目を塞ぐように私の視界を赤一色に染め上げ尽くす。

 目も眩むような閃光の連撃。私の視界がほぼ光りで埋め尽くされている。
ということは、同時に私の姿も光に覆い隠されているはずで、
それは元々制度の荒いターゲティングが余計にぶれるということ。


 つまり、常に回避行動を起こしながらならば反撃をねじ込める。
 多対一の状況で魔獣が熱線を炸裂させる場合、挙動は二通り。

 最前線の魔獣が放つ打ち下ろし型の直線軌道と後方の魔獣が放つ一度打ち上げてからの落下型軌道。

 つまり、曲射と直射。
 どんな場合でも同士討ちを嫌う魔獣の性質だ。

 反撃に狙うのは直線軌道の方だけに絞る。

 直線軌道への反撃ならば、これほど分かりやすいものはない。
何せ真っ直ぐ放てば確実に敵に当たるのだから。


「にしても、数が多いッ!」

 一対多の殲滅戦において肝要なのは火力と継戦能力の両立。

 敵の殲滅に注力しすぎて全てを終える前にガス欠になっては元も子もなく、
かと言って半端に魔力を温存しようとすれば数に圧されてジリ貧に陥る。

 しかしかと言って敵の詳細な戦力さえ十全に把握できているわけではない。
だから常にある程度の余力は残しておかなければ突発的な事態への対処が出来なくなる。

 身を翻して襲い来る光線を躱し、予備動作に紐づけて反撃を入れる。
 それ自体は別段普段と変わりはしない。


 ただ――、

“手数が足りない”

 そう自覚した。

 そしてその直後、魔獣の連撃が不自然に揺らぐ。
 不自然にわかりやすい隙が、空白地帯が目の前に飛び込んできてしまう。

 逡巡、判断。

 敵の数を一気に減らす取っ掛かりになる。
 決断してそこへと跳ぶ。

 遅れてやってきた直感が“誘われた”と告げていた。
 ほぼ同時に残光を突き破るように煌めきが殺到する。

 思考、空白。後に燐光。

 世界はどうしようもなく光に満ちていて、だから私は思い知ったのだ。



 “まどかは遍在する”


 燐光の中で私はそれが何なのかをわずかばかり理解した。
 これはまどかが私にくれた力、その本質の一端。
 鹿目まどかの力の一端。

 無条件の肯定。

 否定さえ肯定する力の切れ端。
 全てを強大な奔流で受け入れる。

 世界に遍在する無限大のまどか。だとすれば例えそれが一握ほどの力であったとしてもなお無限大。
 たった一欠けらの無限大を内包した器、それが私の翼の正体か。

 燐光が裂ける。

 世界は相も変わらず三六〇度魔獣で埋め尽くされていて、だけれどさっぱりと負ける気はしなかった。

 明確に力の使い方が理解できる。

 血肉が通うようにそれは私の意識に内側へと融けだして、呼吸するように呼応する。
 途切れることなく降り注ぐ魔獣の熱線攻撃へと手を伸ばす。

 必要なのは楯だ。受け止めるだけに留まらず、力そのものを転用できればなお良い。


 思考と行動は同時だった。

 桃色の魔法円が、カバラの樹形図を模った極大の魔力として姿を現す。
 分かりやすい力の具現化、だけどこれでさえ本質を捉えない。

 無限の神様の一粒とはそれだけで世界を塗り替えられるのだから。

 軽く地面を蹴り飛ばす。

 気が付けば私の体は飛びあがり、私を囲っていた魔獣の群れの全てを眼下に収めていた。

 圧倒的な物量だ。
 普通の魔法少女なら圧殺されていたに違いない。

 そう、私が普通の魔法少女だったならば。
 滞空して宙から弓を引き絞り、息を大きく吐き出していく。

 得体の知れない干渉力。だけれどそれは温かい。
 そうこの力は、この力こそが私とまどかを繋いでくれるたった一つの道しるべ。

 だから、遠慮なく思う存分とありったけを込められる。
 引き絞った弓に魔力と力が爆発的に収束していく。
 桜花と濃紺がぐるりと混ざる。


 肺の中身が空っぽになったその瞬間に膨張し、暴発しそうになる矢を射放つ。
 一矢は放たれた瞬間にバランスを崩したように瓦解した。
 瓦解して、眼下の敵へと均等に降り注ぐ。

 音を置き去りにして推定六〇〇を超える魔獣の群れを草を刈るように軽々と薙ぎ払う。
 燃えあがったように燻る瘴気の中へと私の体は舞い落ちる。

 魔獣の世界から魔獣は消え失せた。

 ならば私がここにいる理由もない。
 安堵に息を吸い込んで、私は世界の出口を強引に押し開いてもとの世界へと帰還する。

 だが、そこで気が付いた。
 そこで気が付いたけれど、それはもう遅いのだろう。
 だって、私の魔力はもうそこをついてすっからかんだったのだから。

 暁美タンクエンプティ、かしら。


 ……、


「……、」

 どうやら私は生きているらしい。
 見覚えのある場所だ。

 窓から見える景色はやけに景観の良い夜景、
所謂女の子の一人部屋にありがちな小物や観葉植物がこれでもかと配置されていて、
おしゃれな部屋の見本市のような有様。

 そう、ここは巴マミの家だ。

「……」

 ゆっくりと体を起こしてみれば額に乗せられていたらしき濡れタオルが落ちてきた。
 掴んでみればひんやりとしていて、どうもそれが乗せられてからそう時間は立っていないらしい。


「おはよう、気分はどうかしら?」

 ぼんやりと濡れタオルを眺めていると、盆に水と果物を乗せた巴マミが現れる。

「霧が晴れた気分、かしらね」

「そう良かったわ」

「その、助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら私は多分……」

「そうね。この間も佐倉さんが言っていたけれど、あなたはもっとあなた自身を大事にすべきだわ」

 諭すように、優しい声色で巴マミは、マミは私に語り掛ける。


「知っている? 魔法少女はその大半が誰かのために命を懸けて願いを叶えるの。
だけどね、私は違う。私はね、佐倉さんや美樹さん、もしかしたらあなたとも違う。
でもね、だからこそ私には自分を大事にすることの価値が、意味が、誰よりも重くのしかかっているの。
その上で、私はあなたに死んでほしくないって、そう願っているの」

 思いのほかに素直な言葉に私は面食らってしまう。

「正直に言って、私は自分の命を一番になんて到底考えられないと思う」

 だから、こちらも素直に自分の気持ちを言葉にしようと思う。
 少なくともそれが最低限の礼儀だと思うから。

「……、」

「それでも、もう少し自己を省みるようにするわ。
少なくとも命の無駄遣いになるようなことは絶対にしないようにする。そうね、円環の理に誓って」

 そう、まどかに誓って。


「……、」

 マミが覗き込むように私の顔を見つめる。

 何を知りたいのか、私の表情には何が映っているのか、そんなことは分からないけれど、
たった一つだけ分かることがある。

 彼女の視線から逃げたらいけない。

「うん、そうね。今のあなたなら信じられるわ。憑物が落ちた、そんな表情をしてるもの」

「ふぅ、そうね、ありがとうかしら?」

「うふふ、どういたしまして」

 前かがみになった姿勢を整えながらマミが笑った。
 そういえば、そんな笑みが私に向けられることなどいつ以来だろう。

 ジワリ、視界が歪む。
 涙だ、それは分かる。


「ど、どうしたの暁美さん!?」

「いえ、違うのよ……、なんで、こんなっ!?」

 これもある種の憧憬だったのかもしれない。
 そんなことを想いながら慌てて掌で両目を拭う。

「ど、どこか痛いの!? えぇと、痛み止め? それとも風薬?」

 目の前でアワアワと狼狽える巴マミがおかしくって、私はいつの間にか泣きながら笑っていた。

「あっ、アハハ違いますよ。ただこれは、優しい憧憬を思い出したから」

「そ、そうなの? 本当に大丈夫?」

「えぇ。えっと、一つだけ我儘いいですか?」

「何でも言って! お姉さんにお任せよ」

「紅茶を頂けないかしら、あなたの淹れたおいしい紅茶を」

「お安い御用よ」


 洗面所を借りて顔を拭ってからリビングへと移動した私をふわりとした柔らかな風味が待ち受けていた。

「良い香りね」

「えぇ、期待していいわよ」

 思わず匂いに反応してから、ふと思い当たる。

「随分と早くないかしら?」

 空のカップが用意された三角テーブルへと腰を下ろして問いかける。

「そんなことないわ。茶器はあらかじめ温めておいてあったし、お湯もある程度先に温めておいただけだもの」

「何とも準備が良いわね」

「あなたがなんと言おうと一杯は飲んでいってもらうつもりでしたからねっ!」

 なんともお節介な人だ。
 最もそれに何度も助けられた私が言えたことでもないか。


「それじゃあ予想通りという訳だったのね」

「いいえ、そんなことないわ」

「?」

 さて、それはどういうことなのだろう。
 思わず眉をひそめてしまった。

「縛ってでも飲ませるつもりだったのよ」

 指先から小さなリボンをクルクルと回しながらシレッと答えられた。
 思わず、頭を抱える。

「お節介もそこまでいけば御立派ね」

「本当に縛るわよ?」

 そう言いつつティポットを傾けてカップへと注ぐ。
 全く抜け目がないというか、強引というか、なんというか。


「いただくわ」

「えぇ、召し上がれ」

 すぅと、小さく一口分啜る。
 知っている、私はこのニオイを良く知っている。

 そうだ、懐かしい味。

 今の今まで忘れていた優しい味だ。
 渋みの奥に隠れたふんわりとしたほのかな甘み。

 重過ぎず、しつこ過ぎず、絶妙な芳醇さ。
 あの日、まどかと一緒に夢見た憧憬。

 それは昔のことだけれど、確かにあったことなのだ。
 私以外には他に誰も知らないし、覚えていないけれど、それは確かにあったんだ。

 一口の紅茶から私はそれを確信して、だから思わず微笑んだんだと思う。


「おいしい?」

「えぇ、とても」

 カップとソーサーが擦れる小さな音が部屋に静かに木霊した。

「それで、結論はもう出ているのでしょう? 聞かせてもらえない?」

 私は無言で頷き、軽く瞬きを繰り返す。

「結論だけ言えばあなたたちとチームを組むつもりはないわ」

「そう、何か理由があるのよね。それは聞いてもいいかしら?」

 思いのほか穏やかなマミの反応に私は少々面食らう。
 なんだかこれでは私自身がかまってちゃんみたいで気分が悪いわ。


「えぇ、私が戦う理由は戦いの中にしかないの。
例えどんな状況だったとしても私は魔獣からは絶対に逃げない、
勝ち目がなくとも、支出が合わなくとも絶対に退けない。それが私の願いだから」

「それならなおさら私たちと一緒に戦ったほうがいいでしょう?」

「違うわ。私は私の負け戦にあなたたちを捲込むわけにはいかない、そう言っているの。
私だって分かっているのよ、そんなことを続けてしまえばそう遠くない未来で私の電池は切れてしまう。
そんなことにあなたたちを関わらせるわけにはいかない」

 言い切る。
 私は死ぬ、巴マミにそう言い切る。

「でも、死ぬつもりはないんでしょう?」

「えぇ、命を諦めるつもりは毛頭ないわ。例えどんな状況になったとしても、生き残るために戦う」

 戦うために生き残る。
 これではまるで戦闘狂ね。


「そう、あなたは魔獣を滅ぼすつもりなの」

「最終的に行きつくところはそこかもしれないわ」

 叶うのならばそれもいい。
 その果てにはもしかしたらまどかに繋がる何かがあるかもしれない。

「なら、こういうのはどうかしら」

 マミはそこで軽く一呼吸を置いて、それから言葉を続ける。

「私たちとあなたは積極的な干渉はしない。
だけれど、同じ町に住んでいる者同士やっぱりどこかでかち合うかもしれない、
その時にはお互い協力して敵を倒す」

「それはつまり同盟関係ということ?」

「そうねぇ、結果的にはそうなるかしら。ただし共闘する以外の判断はお互い自由ということにしましょう」

「つまり、やばくなったらそっちは勝手に逃げる、と?」

「えぇ」


 ウソだ。
 間違いない。

 だけれどこの場で重要なのはそこじゃない。

「判断はお互いの自由意思に任せる、そういうことよね」

「そうなるわね」

 知ってはいたけれど、この人は本当に食えない。

「おーけー、よ。それならその同盟に異論はないわ」

「それじゃあ成立ね」

 そう言ってから人差し指で眉を軽く押さえてから、にやりと笑った。
 何か、良からぬことを思い付いた表情だ。
 面倒なことにならなければいいのだけれど。


「な、何を?」

 目の前の少女は唐突に立ち上がって右手を私に差し出している。
 順当に考えれば、握手だろうか。

「握手よ、握手」

「な、何故?」

「ほら、偉い人が対談の終わりによくやるじゃない。
交渉は成立しましたっていうアピールよ。それっぽいでしょ?」

 あぁ、そんな得意げな顔でそんなしょうもないことを。

「一体誰にアピールするのよ」

 私は頭を抱えたい衝動を抑えて立ち上がり、マミの手を握る。

「素直じゃないのね」

「これでいいでしょう。悪いけれど、今日はもう帰るわ。その、ありがとう」

「えぇ、どういたしまして。気を付けてね」



 晴れやかな夏雲はこの上なく遠い。
 きっとこの青空の遥か遠く、外の外がまどかと繋がっているのだろう。
果してそこまで生きていられるかしら。まぁ夢の又夢ね。

 空へと手を伸ばせば、背の高いフェンスがギシリと軋む。

 風が頬を撫でて、ガチャリと屋上の重いドアが開く音が聞こえた。
 視線を向ければ志筑仁美が上品な所作で扉を閉める姿が映る。

「志筑仁美、こっちよ。悪いわね呼び出してしまって」

 フェンスから背を離して声をかける。
 振り向いた彼女が小走りでこちらへと近寄ってくる。


「それで、あの。話って何でしょう?」

「その、まず、昨日とそれからこれまでと、色々ごめんなさい」

「いったい何のことですの?」

「色々とよ。あまりにもぞんざいな扱いをしたり、八つ当たりしたり、
そういうの全部ひっくるめて悪かったと思ってるのよ」

 思い返してみれば分かる。
マミにしても杏子にしてもこの子にしても私のあの態度でよく愛想を尽かさなかったものだ。

 あまりにも私は見えてなさ過ぎた。


「心当たりはあまりありませんけれど、そうおっしゃるのならば、そうですわね。
何か私と友人らしいことをしていただければそれで水に流しますわ」

 友人らしいこと、か。
 私は考える。
 友人らしいことって、何だろう。


「ごめんなさい、私にはあなたの望みを叶えてあげられそうにないわ」

 まるっきり何一つだって思いつかない。

 私には経験がないのだ、あれだけ何度も繰り返したというのに。
 魔法少女の絡まない友人関係というものに全くと心当たりが存在しない。


「それは、またどうしてですの?」

「――ぃ――んがないの」

「も、もし?」

「普通の友人関係というものに対して経験がないのよ!」

「あらあら、まぁまぁ」

「っわ、笑いたければ笑えばいいわよ!」

「そうですか。それじゃあ失礼して」

 そして一歩近づいた志筑仁美が私の目をじっと見つめて、両頬をふにゃりと抓りあげてくれた。


「い、いひゃいじゃにゃいにょ、にゃににょふるにょ」

「そうですわね、取りあえず。呼び方から改善していただきましょうか」

 ぱっと手を離して彼女は微笑む。

「呼び方?」

「えぇ。ちょっと私の名前を呼んでみてくださいまし」

 私は両手で頬を抑えながらオーダーに応じる。


「志筑仁美」

「ブー、ですわ。普通友人のことをフルネームで呼んだりは致しません」

「迂闊だったわ、えぇと、それじゃあ……、」

「そうですわね。仁美、と呼んでいただきたいところですけれど、
ほむらさんには少し荷が重いかもしれないですから、取りあえずは志筑とお呼びくださいな」

「えぇ、分かったわ。志筑、ね」

「なるべく早く慣れてくださいませ。そして私のことを仁美とお呼びくださいな」

「えぇ、善処するわ」


「それから、連絡先も交換いたしましょう」

「えっ、えぇそうね」

「ほら早くスマホをお出しになってくださいまし」

「今は持ってないわよ。大体私スマホじゃないし」

「まっ、なんと! ムムム、それなら明日、明日持ってきてください。
というかほむらさんは本当に変わっていますわね」

「一応携帯類は校則で禁止されていたと思うのだけれど……?」

 そもそも、魔法少女にはテレパシーもあるから、特段携帯を携帯しておく必要を感じないのだけれど。

「古い校則が古いままになっている方が悪いんです。来年度にでも校則の見直しを提案しておきますわ」

「そ、そう」

 ついて行けないわ、この女子学生特有の謎の行動力には。


「そういえばほむらさん、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「何かしら?」

「その、憧れは見つかりましたか?」

「そうね。今はまだ届かないけれど手の伸ばし方を思い出したわ。だから、いつかきっと」


          おわり

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年11月18日 (水) 23:54:08   ID: 3gPP4M7V

どうかこのほむらさんが映画ほむらとは別の幸せにたどり着けますように……なんて

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