・外伝2発売記念!でも下手するとザック外伝とはパラレルになるかも…(見る前から書き出してます)
・1日1回まったり進行
・できれば次の水曜日までに完結させたい(希望的観測)
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「お疲れ、ザック!さすがに本選出場までは軽かったな」
ロッカールームに現れた眼鏡の青年は、見慣れた人影を見つけるなりそう声をかけた。
茶髪で小奇麗なルックスに、赤と黒を基調とした流麗なステージ衣装が眩しい。
その衣装に付けられたプレートには、彼のダンサーとしての名前である「ペコ」と記されていた。
「ああ。こんな所で敗退したら『チーム・バロン』の名が泣くぜ」
ペコの軽く繰り出した拳に、同じく拳を合わせたもう一人の青年・ザックは笑いあった。
着替え途中のタンクトップにジーンズというラフな姿は、黒髪や鍛え抜かれた筋肉という風貌と重なり
情熱的な雰囲気を醸し出していたが、傍らに置かれたステージ衣装はペコと変わりない。
ふとペコが拳から視線を落とすと、何やら雑誌らしきものが目に入る。
どうやら自分が来るまでの間に読んでいたものらしい。
「何見てんの?例のフードの連中の下調べ?」
「いや。アイツら以外に、ちょっと気になるチームがいてな」
「気になる?」
疑問の声もそのまま、ペコはザックと向かい合う形で少し身を屈めた。
逆さの状態ではあるが、載っているのが2人組の女性ダンスユニットの特集記事なのはわかる。
そこに書かれていたチーム名は、大会参加者のチェックを一通り済ませていたペコにとって記憶に新しい。
「『アーティスター』…ああ、TV番組の企画絡みで出てきたイロモノね」
「お、ナメて見てるな?」
「だって本業はアイドルだろ?あの子ら。いくら運動量あっても畑違いでしょ」
肩をすくめながら、ペコは雑誌を思いきりめくって他のページを見る。
タイトルに見覚えはないが、中身からしてアイドル情報誌か、そうでなくとも一般の情報誌であることは知れた。
少なくともザック達の載ることの多いダンス専門誌の類ではないと、冒頭部に入るグラビアページの存在が告げる。
ペコからすれば、軽い気持ちで参加してきた部外者程度の認識だった。
だがペコと異なり、記事を読み込んでなお、ザックの態度は軽くない。
「前情報だけ見た時は、オレもそんな感じだと思ってたんだけどな…
さっき実際に見た感じではどうも違うらしい。ありゃイロモノと思わせたガチだ」
その発言を意外に思いつつも、ペコはすぐ態度を改めた。
2人は同じチームのメンバーだが、リーダーはザックである上、ダンス歴にも差がある。
ペコにだって踊りが誰よりも好きだという自負や、ステージで踊り続けた経験から来る自信はあった。
だからこそ遅れを取るつもりはないのだが、ことダンスに対する感覚においては、
渡米して1年の武者修行まで行ったザックの方が鋭敏であると認めている。
そのザックにこうまで言わせるなら、油断ならない相手ということに他ならない。
「驚いた…念のため、本戦までに僕もチェックしとこう」
「それがいいな。頼まれ事の方の特訓もあるだろうが、オレ達からすれば大会優勝はそれ以上の目標だ。
いざ対面して負けましたってのは、戒斗にも示しが付かないぜ」
冷静さを取り戻したペコを前に、ザックは改めて『アーティスター』の特集記事に目を落とす。
そこに映るのは沢芽市で感じたものとも違う、新たなライバル。
(幕引きついでの称号取り、って思ってたが…こりゃ面白いことになってきたぜ!)
誰よりも熱い漢・ザックの瞳は、静かに燃えていた。
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Kamen Rider Gaim
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オン・ザ・ストリート・コーナー
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The IdolM@ster Cinderella Girls
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<R------→I>
「ストリートダンス・デュオぉ?」
タオルで汗を拭いていた吉岡沙紀は、聞き慣れない言葉にその中性的な顔を曇らせた。
ショートカットに十分な背丈も持ち合わせるその姿は、ともすれば童顔気味の青年と見えなくもない。
ましてそれが、全身運動を伴うダンススタジオの隅に座っているとなればもはや性別不詳である。
しかし、青と水色に染まったジャージに映るボディラインは、服の下から彼女の性別を雄弁に物語っていた。
「…って、なんすかソレ」
「あー、やっぱ知らなかったか。そんな気はしてたけど」
沙紀の疑問に、その隣に座る小松伊吹の返した声は軽かった。
アクティブな気性を感じさせるツリ目の上で、短めのツインテールが自己主張している。
沙紀と色違いのオレンジのジャージもまた、豪快に歪んでいた。
会話の合間にスポーツドリンクをぐびぐび飲んでいた伊吹は、
ぴっ、と人指し指を立てながらボトルから口を離した。
「ほら、ストリートダンスって割と数集まって踊るイメージあるじゃん?
実際にはそんなことないんだけど、テレビ番組とかの影響もあってどうしてもそう思われがちというか」
「あー、それはたしかに。学校の授業でストリートダンスが採用されてるのも、
人数ありきで教育的要素があるからって聞いたことあるっす」
「そうそう。教育もそうだし、人数がいれば社交ダンスと違った迫力も出るってもんだけど、
数が必要となればどうしても敷居は上がってく」
人差し指をくるくる回しながら、伊吹のダンス講釈は続く。
「で、あんまり人数いないとできないイメージが固まるとマイナス面も出てくるってことで、
あえて人数絞った形態も押し出してみようって動きが出てきたの。デュオは文字通り2人組ってこと。
人数少ないだけに個性はよく出るけど、誤魔化しが効かないから精度やフォロー力もかなり問われる。
想像してみるといいよ、2人でやってる時に1人コケたらどうなるか」
「想像したくないなあ…なんというか、思ったよりかなりハードなんすね」
沙紀の口元は少しだけ引きつっていた。
それはただ、2人競技で失敗した状況の惨事と後味の悪さを想像したから、という理由だけではない。
「軽くOK出しちゃったけど、ホントに大丈夫なんすかね?
そりゃ、アタシだってダンスやるのは大好きですけど…」
沙紀の口から、思わず不安げな言葉が漏れる。
『ストリートダンスの仕事』というだけであまり詳細を聞かないまま、既にオファーを受けてしまっている。
慎重になり過ぎず大胆に、一度決めたら後悔はしない。
そんな性分の沙紀でも、フタを開けてみたら想像より現実が厳しかったと知れば、不安が全くないではない。
それも、目の前にいる伊吹を巻き込んだ仕事となれば尚の事である。
「できるって、沙紀なら。アタシが保証する」
沙紀の不安を拭うかのように、伊吹はそう言い切った。
しかし沙紀の顔は浮かない。
そもそも、ダンススタジオにいることもあって2人の姿はまるで本職のダンサーのように見えるが、実際にはそうではない。
ダンスサークルではなく、芸能プロダクション所属のれっきとしたアイドルなのである。
小松伊吹は、今の舞台に上るまで一介のダンサーとして活動していた。
ダンス事情に詳しいのも、舞い込んでくる仕事にダンス絡みのものが少なくないのも、その下地によるもの。
だが、同じアイドルであっても、吉岡沙紀の下地は伊吹と違う。
「…なんで自分なんすかね?こう言っちゃなんですけど、他にも候補はいると思うんすよ」
周りに聞こえないよう小声で、沙紀は伊吹の耳元にそう呟いた。
プロダクション単位で場所を借りている以上、練習場にいるのは何も2人だけではない。
その中には水泳選手から転向した西島櫂や、運動量の多さとカラダの動かし方に定評のある斉藤洋子の姿もあった。
沙紀もダンスの腕前や体力で引けを取るつもりはなかったが、なまじ周囲を見てしまうと、
ダンスが一番に来る伊吹の相方に一番ふさわしいとまでは言えずにいる。
だが、スポーツドリンクを口にした伊吹は、そんな沙紀の引け目を全く気にしていなかった。
「ま、アタシがゴネたからね。『これがガチ企画なら沙紀と組ませなきゃ出ない』って」
「推しっすか!?そりゃまたなんで…」
わかりやすく驚く沙紀と対照的に、やはり伊吹の態度は事もなげだ。
何か確信めいたその姿に、沙紀は反射的に理由を尋ねていた。
そして、返ってくる伊吹の答えもまた早かった。
「一言で言えば、センスよ」
「センス…アートの?」
「んー、それも無関係じゃないけどね」
伊吹のやんわりとした否定に、沙紀は少しだけ目を大きく見開く。
自身の下地からすれば当然の答えで、他のアイドルにない自分だけの長所としてもっとも妥当だと考えていた。
それだけに、それ以外の理由を自然と思考から外していた。
わずかだけ間が空いて、伊吹は答えを改めた。
「ストリートのセンス。路上で活動する時のあの感覚。沙紀ならわかるでしょ?」
(…なるほど、ね)
見開いた目はそのまま。
だが、沙紀の頭の中では合点がいっていた。
吉岡沙紀は、アイドルになる前はグラフィティアートを生きがいにしていたという変わり種だ。
それも作業場に籠るだけではなく、許可を得て住宅のシャッターなどにグラフィティを描くことが少なくなかった。
そのような公共の場所に踏み込んだ時、長時間の作業は環境が許さない。
ならばこそ、いざ事に当たればそれが完全であろうとなかろうと、確実に形にする必要に迫られる。
そこで問われるのは事前の計画や特訓以上に、イレギュラーを常に把握し対処し続ける即応力だった。
整った舞台やパターンだけで活動していては、これを日常的に鍛えるのは無理がある。
それに、必ずしも周囲の人目が好意的とは限らなかった。
一度だけ、路上で衝動的にペンキを持ち出した時に感じた、刺すような視線。
その行為自体は若さと持ち前のアーティスト気質ゆえにやりかけた過ちではあるが、
たとえ権利関係がクリーンな状況になっても、少なからず沙紀は同じ痛みを感じていた。
これも競技アスリートには無縁の経験だろう。
公共であるが故に、常にアウェイかつ容赦のない場所に立つ中で得られる感覚。
これがストリートのセンスであるなら、確かに持ち合わせている。
伊吹の思っているものと同じかはともかく、他ではない自分が選ばれる理由には十分だった。
「納得してくれた?」
「とても。まぁ、自分なりに…っすけど」
沙紀の少しだけ慎重な答えは、どうやら伊吹の期待したものであったらしい。
笑顔の後に軽く安堵のため息が漏れる。
「先にアタシが企画の話もらった時、プロデューサーに何度も問い質したの。
『この取材企画で欲しいのはタダの体験記なのか、優勝なのか』ってね。
ダンス普及のための体験記なら、経験者のアタシより他のが適任。
逆に優勝まで考えるなら、アタシの目線でパートナーを選べないならかなり厳しい。
…根気よく言ったら、プロデューサーも優勝目指して関係各所を駆け回る覚悟決めてくれたよ」
くるくる回した人差し指で、ツインテールをいじっていた伊吹の指がそこで止まる。
ふと見ると、沙紀の目を見る伊吹の視線は怖いほど真剣だった。
そこにそれまでの軽い態度は感じられない。
「…念のため言っとくけど、学園祭ライブとかで一緒に組んだ贔屓目じゃないからね。
本気だよ、アタシは」
「もちろん。OK出したからには、アタシもアートとダンスで全力出すっすよ!」
2歳程度とはいえ、年下の自分を完全に同格に見て、本気で勝ちを狙っている。
そんな伊吹の本気を無碍にできるほど、沙紀はヤワではなかった。
アイドルとしても、ストリート育ちとしても、ここで退くなど許されない。
待っていたその覚悟が、伊吹を動かす。
一度閉じ、再び開けたその目は相手に怖さを与える目ではない。
代わりに映るのは、情熱に燃える瞳。
「じゃ、決まりだね。『アーティスター』再結成ってことで、頂上目指そう!」
「改めてよろしくっす、伊吹さん!」
練習場の隅でアイドル達が堅く腕を組んだのは、全日本ストリートダンス選手権開催の3ヶ月前のことだった。
<R←------I>
「お、ザック!思ったより早かったな」
全日本ストリートダンス選手権・本戦前日。
椅子に座ってくつろいでいたペコは、入って来たザックを明るく迎えた。
白い内装にアクセント程度の装飾でまとめられたシンプルな部屋だが、
それだけにチームバロンの正式衣装である赤と黒のステージ衣装がよく映えている。
彼らの本拠地であるこの場所は、普段ならチーム構成員が集まって賑わう風景が珍しくない。
ただし、それは活動日である前提の話。
中核を為すメンバーが大会に出場していることから、今日明日は臨時の休息日となっていた。
だからこそ今ここには、当のザックとペコしかいない。
「大会の前日まで身体をイジメ抜くのは良い方法じゃないからな。
たるまない程度に抑えて切り上げてきた」
「とかいって、どうせいつもの場所行くんでしょ?わかってるんだからね」
「はは、お見通しか。かなわないな」
軽く笑いながら、ザックはペコの向かい側の椅子に座った。
室内に設置されているテレビには、ダンスの競技映像が映っている。
それは全日本ストリートダンス選手権・デュオ部門のものに間違いなかったが、
中心に映っているのはザック達ではない。2人組の女性ダンスチームだ。
「忠告もらった『アーティスター』の件だけど、姉ちゃんが録画してたおかげで
これまでの放映内容もさっくりダイジェストで追えたし、予選会の映像もキレイに見れた」
姉ちゃん、と聞いてザックはペコの姉・アザミのことを思い出す。
根っからののダンス好きで有名で、就職した今でこそ一線からは退いたものの、
元を正せばザックやペコがダンスを始めたのはアザミの影響である。
メディア露出の珍しいストリートダンス、それもアイドルが参加したことで
大々的な宣伝を伴った企画となれば、なるほどアザミがそれを追わない道理はない。
「…映像見ながら城乃内とも話したんだけど、たしかに彼女達は実力で上がってきてるね。
技術だけで言えばそこまで突出してるワケじゃない。沢芽市の他のチームでもまだ追いつける範疇だ」
ペコの言葉に、ザックは改めてテレビに目を向けた。
吉岡沙紀と、小松伊吹。
映像の中の2人の動きは、たしかに細かくステップだけ追えば多少の粗が見える。
それでも沢芽市の女性ダンスチームであるチームPOPUPより明らかにハイレベルだが、
今のチームバロンなら同格かそれ以上に立てるだろう。
しかし、彼女達の思いきりと大胆さの目立つ動きに、ザックは違った印象を持った。
その印象を代弁するかのようにペコが続ける。
「でも、それぞれの持ち味の出し方が上手いし、何よりその場の判断力が高い。
アドリブもフォローも上手くてグダグダにならない、粗があってもそう感じさせない。
そこにビジュアル面でも切り込んでいけば、評価は上がるってもんだ」
ザックよりゆっくり鑑賞しただけあって、ペコの冷静な観察力は冴えていた。
ダンスと違い、ビジュアル面については存在感が目立つ程度の印象は持ったが、ザックも深く追い切れていない。
改めて映像を見ると、『アーティスター』の存在感は目立つという域を超えていた。
ストリートダンスとなると、動きやすさ以上に表面的な「ストリート」のイメージを重視し過ぎて、
総じてラフで地味な格好になりがちだ。
そこに来て『アーティスター』は、ロカビリースタイルという古いディスコ・ミュージックをベースにした衣装で現れた。
一見奇をてらっているように見えるが、実際は動きやすさを損なわない合理性と踊りの中で生きる華やかさを両立している。
チームバロンもストリートダンスの固定観念に一石を投じるべく気品あるジャケットを着こんでいるわけだが、
彼女達のビジュアル路線はそこから一歩も二歩も先に進んでいた。
「女性だからなのか、アイドルだからなのかはわからないけど、発想のセンスがホント自由だね。
まぁ、アイドルなら専任の美術担当が付いていてもおかしくないけど…」
「いや、彼女達自身のセンスだ」
思わずペコはその先の言葉が止まった。
『アーティスター』に対するザックの発言は、時折あまりに確信めいたものに聞こえる。
ザックが比較的ズバっとモノを言う性格であることは理解していたが、それでもこうも言い切ってしまうことは珍しい。
ペコはその違和感が少なからず気になっていた。
「…この間もあっさり断言してたけど、実はなんか知ってるんじゃないの?ザック」
余計な疑念を持ったまま大会に臨むのも良くない。
ペコは思い切って直接問う。それに答えるザック当人の声は気楽だ。
「オレ様のセンスなら当然だ、って言いたいところだが…実を言うと大会前に見たことあるんだよ。片方だけな。
だから、その時の印象がちょっとあるってだけのことだ」
「前って、アイドルとしての彼女達?
事務所ぐるみのライブツアーでアメリカ行ったことはあるらしいから、その時とか?」
「いや、違う。もっと前なんだが…まぁ、深く話すことでもないさ。
それより、そろそろ本題に行こうぜ」
追及するペコの言葉をはぐらかし、ザックはやや強引に話題を変えた。
気にはなったが、一応の答えが出ていることもあり、それ以上ペコも追及しない。
何より、元々大会前日でありながら練習場ではないこの場所に集まったのは、
『アーティスター』とも違う別の問題のためだった。
全日本ストリートダンス選手権の本戦開催地は、沢芽市に新設された文化ホールだ。
元よりダンスが盛んだった場所の上、災害復興という名目も立てば誘致は行いやすい。
どこで開催されようとザック達は足を運ぶつもりだったが、ホームグラウンドであれば当然余裕はできる。
そして肉体的・精神的な消耗が避けられれば、それだけ充実したパフォーマンスも行える。
-もっとも、それが今回の大会に別の事情を持ち込まざるを得ない要因であるなら、歓迎するばかりとはいかない。
「よし、準備できた。…こっちが例の連中の映像。見たら驚くよ?」
ペコがリモコンを操作すると、『アーティスター』の予選会映像が消える。
代わりに映し出されたのは、別の予選会場での演技風景だ。
画面に映るのは、黒を基調としたパーカーのフードを深く被り、目元までを隠した2人組。
表示されたチーム名は『黒陣羽』。
スタイルは軽快なヒップホップダンスだが、動きのキレだけで高い実力が見て取れる。足運びにも全く迷いがない。
しかし、ただ上手いのではない。2人は冷静を通り越して超然としていたのだ。
目元から上が一切見えないので人相はほぼわからないが、動きだけで無機質さを容易に感じ取れる様は尋常ではない。
客席の拍手に全く反応することなくステージを退場したところで、ペコは映像を止めた。
映像終了まで一言も喋らなかったザックが、おもむろに口を開く。
「たしかに驚いた。一縷の隙もないパフォーマンスもそうだが、何より…アイツらに似過ぎてる。
アイツらの動きを、淡々と完成度上げてったらああなるとしか言えない」
「そう、それ。にわかには信じ難い話だったけど、さすがにコレ見たら僕も疑えないよ」
ザックとペコの印象は一致していた。
上手い下手ではない、2人の記憶にある人物との類似性があまりに目立つ。
そして『黒陣羽』の素性は、問題の核心と直結していた。
「戦いは避けられなさそうだな。ペコ、あっちの練習はできてるか?」
ザックの問いに、ペコはポケットから木製のパチンコを取り出した。
その表層はボロボロで、一見してよく使い込まれていることがわかる。
「やれる限りは。ミッチがどういう意図で僕に任せたかはわからないけど、
やれることをやり切れるようにはしているよ」
「それでいいさ。オレだって最初はそうだったからな」
おもむろに立ち上がり、ザックはペコの肩に手を乗せて励ました。
そしてそのまま出入り口へと向かう。
その手には黒いバックルと茶色の錠前が握られていた。
「いつもの場所に行ってくる。
ぶつかるのは今日じゃないだろうが、念のためドライバーは持っていくよ」
「わかった。気を付けて!」
ペコに見送られ、ザックはチームバロンの本拠地を飛び出した。
<R------→I>
アイドルの中でもダンス志向となれば、運動量やトレーニングの精度は本職のダンサーに勝るとも劣らない。
しかし、ことコンディション調整という部分では確実に不利だ。
フリの確認などはセッティング待ちの合間で対応できても、ロケなりライブなりで身体への負荷は確実にかかるし、
何より余計なことを考える時間が多過ぎる。
ダンス一本に集中できないという点は果てしなくマイナスだ。
それでも『アーティスター』が勝る部分があるとすれば、息を合わせること。
今回の企画が大会終了までの2人を追う追跡企画である以上、仕事でもプライベートでも顔を合わせる時間は多い。
加えて、元より沙紀と伊吹は年齢差を超えて仲が良かった。
-だからこそ、企画のメインになるアイドル2人が相部屋、という事態も起きる。
「とりあえずはお疲れ様っす!」
「おつかれー!…って、本番は明日だけどね」
ホテルの一室に、プラスチックの蓋同士がぶつかる軽い音が鳴る。
部屋着で女同士のお疲れ会というのは実に気楽なものだ。
ゆったりと椅子に座り、ペットボトルに口を付ける。
本戦を明日に控えた夜なだけに、刺激物はよろしくない。
それ故にプロダクション提供のスポーツドリンクが口に合う伊吹に対し、
沙紀は市販のミネラルウォーターで付き合っていた。
エスプレッソを砂糖なしで平然と飲み、激辛チップスを苦にしないほど
味覚の強弱の激しい沙紀からすれば、これは炭酸やアルコールを抜いて調整しているに等しい。
「にしても、思ったより平和な場所だったっすね。
二度も大災害があったって聞いてたから、プレハブとか残ってるイメージあったんですけど」
窓際のテーブルにボトルを置き、沙紀は街の風景を見下ろす。
そこに広がる風景は活気のある新興都市そのものだ。
部屋に戻るまで沢芽市内を巡って番組収録をしていた2人だが、その内容も普通の観光番組の体になっている。
「プロデューサーが言うには企業城下町として再開発された場所みたいだし、ここらへんは経済力があるんじゃない?
といっても封鎖令が出るくらい危険だった割に、結局何があったのかは収録終わってもわからないんだけど」
伊吹は少しだけ困ったような顔をしていた。
大会に参加する身からすれば不便でないのは良いことだし、復興番組となると観光番組よりよほど気を使うので困る。
それでも、ことストリート-街の空気に鋭敏な者である以上、彼女達も思うところがないではない。
「…たしかにあんなムチャな噂話が流れるくらいには、不透明っすね」
「撮影で入った洋菓子店でもそんな話聞いたよね。アーマードライダー、だっけ?
さすがに荒唐無稽な感はあるけど、あったら面白そうな話ではある」
伊吹の言葉に、沙紀は街に流れる噂話を思い出していた。
-フルーツの意匠を伴った錠前と、ベルトを使って変身するという戦士。
異世界からの侵略者に封鎖令が出るまで追い込まれた都市を、
アーマードライダーと呼ばれる戦士達が救ったという、そんな英雄譚のような話。
お伽話としても実に子供染みたものではあったが、ただの噂話にしては妙にディティールが子細まで語られていた。
アーマードライダーのまことしやかな目撃証言まである始末で、最初は沙紀も手の込んだドッキリと思っていたが、
プロデューサーに問い詰めてもそのような企画はないという。
「あんな妙な話があれだけ認知されてるってこと自体、妙なんすよ。
実際には何がしかの不祥事が絡んでる…ってとこかな、と」
沙紀がそう言うと、スポーツドリンクから口を離した伊吹は軽く目を伏せる。
だが、すぐに再び顔を上げた伊吹は、軽く笑って窓から目を外した。
「ま、あんまり気にしても仕方ないって。不祥事にしろあの話にしろ、都市伝説の範疇でしょ。
私達は明日の大会と撮影が無事に終われば、それでヨシってことで」
…たしかに伊吹の言う通りである。
裏がある場所なら、なおのこと深入りせずに通り過ぎるのが良い。
幸い、今のところ後を引くような問題は起きていない。
それにただでさえアイドル業で大会に集中できていない状態だ。
話のネタにしてリラックスするならともかく、余計なことに気を回すと明日のためにならない。
伊吹のように、気持ちの切り替えをスッキリ行うのが最善策のはずだ。
沙紀も理屈ではわかっている。
だから、何事もなかったかのように伊吹ととりとめのない話に興じていた。
それでも、窓から街の風景を時折眺め続ける。
何かが引っ掛かる。そんな些細な違和感からの行動。
-ふと、街のダンスステージが目に止まる。
(あれは…)
気付けば、沙紀は椅子から腰を浮かせていた。
「…コンビニ行ってくるっすけど、何か欲しいものとかあります?」
「特にないけど…どしたの、急に」
いきなり立ち上がっただけに、目の前の伊吹も驚いているようだった。
外に出るにしても、もう日が落ちて久しい。
「ちょっとした気まぐれっす。ほら、急にあんまんとか食べたくなることあるじゃないっすか?」
言いながら沙紀は、既に外出用のジャケットと帽子を取り出していた。
田舎の真っ暗闇ならいざ知らず、夜の街に出ることへの抵抗はない。
なにせ今のプロデューサーとも、夜の街でグラフィティアートに興じる中で出会ったのだ。
さすがにTV出演するレベルになってから顔バレに警戒するようになったが、
それでもアイドルとしてはかなり気軽に外出する方だった。
「あんま食べると明日に響くぞー?」
「大丈夫、1個くらいならウェイトコントロール的にもセーフっすから。
…じゃ、行ってくるっす」
伊吹の忠告も軽く流すと、そのまま沙紀は部屋を出て行った。
一人部屋に残された伊吹は、窓の外に目を向けた。
たしかに中華まんを突発的に食べたくなる衝動はわからないでもない。
だが、ここ3ヶ月で吉岡沙紀という人物の内面も多少なりとも理解している伊吹は、
それを額面通り受け取る気になれなかった。
ストリート・アーティスト出身だけに、沙紀の感受性はかなり鋭敏だ。ならば-
(ふーん…アレ、かな?)
扉がもう一度開くのに、時間はかからなかった。
<R←------I>
午後8時。
ザックはステージで踊っていた。
音源やライトは切ったままだが、チームバロンの赤と黒の衣装を着てのダンスは本番さながらだ。
しかし、その周辺にはザックの他に誰もいない。
近隣のビルからは見えるかもしれないが、それを聴衆とは呼ばないだろう。
沢芽市にはフリーステージという公共ステージがいくつかある。
完全無料とはいかずとも、市民会館などと比べても圧倒的に敷居の低い発表の場。
それが沢芽市のダンス文化を支えていることは疑いようがなかった。
昔はステージを巡ってチーム同士の抗争も起きたほどだったが、予約制となった今ではそのような混乱もない。
大会の前夜祭という名目で、今日は中央部のステージ群では多くのダンスチームが踊っている。
代わりに、この離れのステージには人がいない。
普段なら海辺を望むこの場所は眺望も良く、中央部とは違うロケーションから人入りも悪くないのだが、
前夜祭を盛り上げるために人の分散を嫌った大会側の要望で人払いがされていた。
もっとも、たとえ主催の意向がなかろうと、前夜祭に人目が向くこのタイミングでは聴衆が期待できない。
この場所が前日に空くだろうことはザックにとって予想済で、事実その通りだった。
(見えているよな、この場所なら。お前の残したこのダンスで天下を取るからな…!)
ジャズダンスにストリートのセンスを織り交ぜた独特のステップに、ザックの思いと熱が籠もる。
そうしてキレのあるターンで再び客席側に顔が向けると、風変わりな聴衆がいることに気付いた。
黒いナイロンジャケットと黒い野球帽が夜の闇に溶け込み、風貌は分からない。
背丈や体格からは性別も知れなかったが、しかし確実にザックのいるステージを見ている。
ステージ用ライトを点ければ容姿はわかるだろうが、ザックにその気はなかった。
わざわざこんな状況でも見に来る手合いである。
そんな観客が求めるのは下手なコミュニケーションではなく、ダンスそのもの。
完成形ではなく最終調整段階だが、それでもザックは手を抜かなかった。
だが次の瞬間、ただ1人の観客は勢いよくステージの上に駆けあがり、なんとザックに合わせて踊り出した。
ザックの振付を参考に、それに合わせた動きで。
そして乱入にも足を止めず、自らのダンスを続けられるザックもさるものだった。
知らぬ人が見れば、その光景はザックの仲間が後からやってきただけに見えただろう。
フリの最後、パートナーと向かい合い、互いの顔の脇に銃の形をした手を向けるポーズ。
そこまで踊り切って、ついに相手の顔が見える。
「お前…」
全く予感がしなかった、と言えば嘘になる。
だがそれでも、実際に顔を合わせるとは思っていなかった。
「お久しぶり-で、合ってるすよね?」
黒い帽子の下に見えた顔は、中性的なサバサバした笑顔。
ショートカットも相まって美青年と見紛うその姿は、しかしザックには見覚えがあった。
「合ってる。こんな形で会うとは思ってなかったけどな」
「ストリートにいる者同士なら、いつだって顔を合わせることはあるっすよ」
「はは、そいつはそうだ。角を曲がった先が同じなら、出会うこともあるか」
伸ばした手を戻し、ザックは笑いながらステージの縁に腰掛けた。
黒いジャケットがその隣に並ぶ。
夜の海辺は暗いが、それだけに方々に浮かぶ灯りが光り輝いて見えた。
「あの時からは想像できなかったぜ、アイドルになってるなんて」
「それを言うならこっちも同じ。あの時の兄ちゃんはダンサーになるような予感すらなかったっすよ?
4年もあれば、人間変わるもんっすね」
(4年…か)
海風を浴びながら、ザックは内心でそう思う。
このタイミング、この場所で彼女がやって来たことも何かの縁だ。
明日会ってもこうは話せまい。
ならば、たまには後ろを振り返るのも悪くない。
「そうだな、昔話でもするか。積もる話ってのはオレも大分あるからな」
海に浮かぶ船の灯りから目を離し、ザックは再び黒い帽子の下の顔を覗いた。
-吉岡沙紀。
今大会本戦出場者、『アーティスター』の片割れ。
アイドルにスカウトされた若手グラフィティ・アーティスト。
そして、沢芽市に流れ着く前のザックを知る人物である。
<R------→I>
(まったく、良いダンスしてくれるじゃないの…)
ホテルの一室を出た伊吹は、沙紀がステージに乱入する光景を影から眺めていた。
そして、ザックと沙紀が顔なじみであることを察すると、来た道を引き返そうとする。
だが、その足は途中で止まった。
「あなた、イブキ…よね?」
「アザミさん!?」
懐かしい声に振り返る。セミロングの茶髪に、落ち着いた雰囲気の若い女性。
アザミというステージネームを持つこの女性は、伊吹にとって知らない相手ではない。
「お久しぶりです!」
「ああもう、頭下げるとか別にいいから!
たしかにダンスチーム時代は私がリーダーだったけど、ほとんど上下とかなかったでしょ。
…それに、今はあなたの方が私より上だと思うわよ?
ダンスが好きな普通の社会人になっちゃった私と違って、あなたはダンスで身を立ててるじゃない。
ライブ会場にはあまり行けてないけど、私もライブDVDやCD買って応援してるから」
反射的に頭を下げる伊吹に、アザミは温かい声をかける。
そして頭を上げた伊吹と共に、ステージを遠くから見やった。
「ザックが一人でステージに出てるのが気になったんだけど、もう1人男がいるなら大丈夫ね」
縁に座る2つの影を見てアザミは安心していたようだが、
その言葉に含まれた勘違いに気付き、伊吹は申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、すいません…一緒にいるの、アタシの今の相棒です」
「相棒って『アーティスター』の沙紀ちゃん!?
ごめんなさい!あの、悪気はないの!遠目だとわからなかったものだから!」
「大丈夫ですよ、それが普通の反応なんで…アタシも1回見間違えたことありますし。
アイツ、自分の見られ方を逆手に取って、プライベートで外出する時はワザとああいう服着るんです」
今度は謝るアザミを、伊吹がフォローしていた。
ダンスの指導力や包容力はあるものの、割とポンコツなところもあるアザミを、
要所で伊吹がフォローする関係は時を経ても変わっていなかった。
「それにしても、アザミさんとザックってどういう関係で?」
空気が和んだところで、伊吹は思った疑問を口にした。
本戦参加選手である以上、伊吹もザックのことは名前と容姿程度は知っている。
だが、アザミとの接点には全く心当たりがない。
「ダンスの師匠…ってことになるのかな?そんな気はしないんだけど」
「ここでもチームやってたんですか?チームバロンって名前、なんかアザミさんのセンスじゃない感じだけど」
「チームはあの子達が興したもので、私は関係ないわ。私がしたのは、ザックと弟に限った個人的なコーチだけ」
遠い目をするアザミは、ザックとの出会いを語り出した。
「弟と一緒に沢芽市に来てしばらくした頃、市外から流れ着いたザックを偶然見つけたの。
ボロボロだったわ。多分、多勢に無勢で一方的に殴られでもしたのよ。
それで、倒れ込んだ彼の手当てをした後、彼にダンスを教えたの。
殴り合いくらいしか取り柄がないって言う姿が、あまりに痛々しかったから」
伊吹は、ステージの縁に座るザックの姿を改めて見た。
服装こそ流麗なジャケットだが、踊りの後にジャケットを脱いだ姿からは鍛えられた腕が見える。
ダンサーも大なり小なり身体が鍛えられるものだが、それとはやや質が違う。
よく言えば熱血漢、悪く言えばやや暑苦しい感の漂う原因は、格闘家然としたその筋肉が原因と伊吹は見ていた。
「ひたむきだったわ。柔らかい動きに慣れるまでずいぶんかかったけど、練習は誰よりも熱心に取り組んでた。
努力のおかげでセンスも開花して、めきめきとレベルを上げていったの。
それで、私の弟のペコと一緒にチームを立ち上げて…色々あったけど、今ここまで来てる」
「なるほど、道理で動きがいいワケだわ。
でも、チームがあるのにわざわざ選抜デュオってことは…」
伊吹が言い切る前に、その先を察したアザミは首を縦に振っていた。
「ええ。実力差もあるんだけど、ちょっと人が離れててね…
それでも出たいって希望を汲んで、デュオに絞るようアドバイスしたの」
アザミの顔が浮かないように見えるのは、おそらく気のせいではない。
チームがあるにも関わらず、チーム参加ではなく少人数編成を選ぶケースは確かに存在するが、
大抵はあまり表沙汰にできない事情が裏にある。
チーム内でよほどの実力差があるか、問題が起きて実際に動けるメンバーが少ないか。
「あー…うん。見方を変えれば実力者に絞って来た、ってことですよね。
元々油断してはいないけど、これは気合い入れないと」
軽く頭を掻きながら、伊吹はわざとらしく話題を変えた。
内情を聞いたところで今の伊吹には関係ないし、気持ちの良い結果にもならない。
だから、アザミもそれ以上チームの話に執着しなかった。
「実力者に絞ったのは、イブキもそうでしょ?
あなたのことだもの、沙紀ちゃんは自分で指名して呼びこんだものだと思ってるのだけど」
「あはは、やっぱりバレてた。なんかアザミさんには、そう言われそうな気がしてたんだ」
「なんだかんだで負けず嫌いなあなただから、ダンスとなれば無茶もしてくるかなって。
今まであなたと組んだアイドルの中でダンスの実力は一番高そうだし、
あのアートのセンスは良い刺激になるわ。それに、ストリートの勘もある」
伊吹は思わず肩をすくめた。
「かなわないなぁ。ホントにアタシのことは色々お見通し。
プロデューサー以外でそう言った事情全部わかったの、アザミさんだけですよ」
「ずっと一緒にいたもの、事情を察するくらいはできるつもり。
…良い人に恵まれたみたいね」
温かな笑顔を見せるアザミに、しかし伊吹は少しだけ意地の悪い笑みを見せていた。
「アザミさんと違って、変わった人ですけどね。勢いでヘンなこと言う癖があるんですよ。
髪がキレイな人に『整髪料にカーワックス使ってるの?』って、いくら相手の趣味が車いじりでもフツー言わないでしょ?」
「それは…か、かなり変わってるわね…」
目の前のアザミのキレイな眉が思いきり歪む。
美談にしようとした矢先にフラグをポッキリ折られると、その先を話しにくいものである。
が、そんなとても微妙な表情のアザミを前に、伊吹は続ける。
今度は、ストレートな良い笑顔で。
「ただ、良い人なのは間違いないよ。腕だけじゃなく、色々と。
アタシも沙紀も、あのプロデューサーじゃなかったら-」
<R←------I>
「あのプロデューサーじゃなかったら、アイドルやってないっすよ。
変わり者のアタシには、変わり者じゃないと合わないっすから」
アイドルになるまでを語る沙紀の顔を、ザックはすぐ隣で見ていた。
「…今さらっと『オレも変わり者』って意味で言わなかったか?」
「あれ?違ったっけ?」
「いや…違わないけどよ」
ツッコんではみたものの、結局否定できなかった。
当然だった。思い返せば、出会いからして普通ではなかった。
-4年前。
治安の悪い裏路地の近くにザックは住んでいた。
ゴロツキやチンピラの類が騒ぎを起こすこともままある場所だったから、
ただ学校から帰宅するまでの道を行くだけで自然と腕っ節は鍛えられた。
それでも家がそこにあるだけで落ちぶれてなどいないから、
拳を振るうとしたらそれは自分や姉を守るためだけだった。
ある日、いつものように帰宅しようとトンネルの中を歩くザックは、見ない顔を見つけた。
黄色のパーカーに安いジーンズ、ベージュの帽子。そして手にはペンキの缶が幾つか。
そんな少女が、チャラいナリをした男に絡まれている。少女が嫌がっているのは明白だった。
…気付けば男を殴り飛ばしていた。
はっきりしていたのは、目の前の少女を守れたということだけ。
「アートの衝動に突き動かされた」と語る変わり者の少女は、そのままトンネル内でペンキの缶を開ける。
ここが夜になるとそうそう人も車も通らないことを知っていたから、ザックは止めなかった。
ザックに守られた吉岡沙紀が、はじめてのグラフィティ・アートを完成させるのは、それから1時間後のことである。
「たしかにあんな状況で手を出すような変わり者は、そうそういないよな」
上着のジャケットを脱いだザックは、少し苦笑いしながら自嘲した。
さらけ出された腕は、あの頃よりもさらに鍛えられている。
基本的に自業自得がルールのあの場所で、下手な干渉はただ面倒事を増やすだけ。
それでも手を出したのは、やはりザックも変わり者であるからだった。
少女に何の過失もないだろうという推測からか、ザックの拳が守るためのものだったからか、
あるいは少女に自分にない可能性を感じたからか。
他にも理由らしきものはあれど、そもそもザックが平凡な人間だったなら、この出会いはなかった。
「いいじゃないすか。そのおかげでアタシはこうしていられるんだし。
それに誰かが見ていてくれるって、モチベーション上がるんすよ。
兄ちゃんがいなかったらアートを始められなかったし、アイドルにもなれてない」
ケラケラ笑う沙紀の笑顔は、あの頃よりも眩しく感じる。
これも変化なのだろうとザックは理解した。
良い笑顔を見せるのは変わらないが、思いも見栄えもよりストレートに、心を打つように見える。
「そいつは嬉しいな。ただ…オレは守るしかできなかった。見守るってのも含めて。
人を導く指針を見出せるって意味じゃ、オレは沙紀のプロデューサーにはかなわないな」
大学進学を機に街を離れることになったザックが気がかりだったのは、沙紀の活動を見守れないことだった。
沙紀自身の実力もあって、芸術に好意的な夜の仕事の人間の応援は付いていたものの、
それでも色々な面で沙紀の味方になっていた自分が離れれば、また危険が及ぶ可能性もある。
最後にできる限りのことはして、身の安全だけは確保できたが、アーティストとしての成長はもうサポートできない。
その後は不幸にもダンスチームや街のことで手一杯になり、連絡を取る余裕もなかったから、縁は切れたかと感じていた。
だから、大会参加の時に沙紀の名前を見た時は目玉が飛び出るほど驚いたし、すぐに彼女の出ている雑誌も買った。
自分と入れ違いになる形で沙紀を支えた担当プロデューサーに、ザックは恩義を感じると同時に少なからず興味があった。
それは親心のようなものだけでない。
「オレの話、していいか?」
「もちろんっす。積もる話、あるんでしょ?」
「ああ」
沙紀が自分の顔を注視している、とザックは感じた。
ザック自身がそうであるように、沙紀も自分の知らない過去が気になるらしい。
ただでさえ昔の話をすると感傷的になるものだが、隣にいるのが沙紀というのは
少々気恥ずかしいものがあった。
「沙紀がいない間に、オレも人を導く立場のヤツに会った。
アイツは沙紀のプロデューサーと真逆で、強いカリスマと信念で人を引っ張るタイプだった。
自分からステージに立つってのも違いなのかもしれないが、とにかく色々な意味で強いヤツだった」
「ザックより強いって、パンチとかもっすか?」
半分冗談のつもりで聞いただろう沙紀の言葉に、ザックは本気で答えた。
「ああ、強かった。サシで戦ったこともあるが、素手でも武器でも結局勝てなかった。
信念は絶対に曲げない、踊れば華がある、ダンスの指針も自分で切り開く、殴り合いになっても躊躇しない。
強い人間ってのを絵に描いたら、ああなる気がする」
「へえ…たしかにアタシのプロデューサーとは違うけど、スゴイ人だな」
素直な感想を口にする沙紀の前で、ザックはかつて自分を導いた男の姿を脳裏に描いていた。
最後に彼と踊った場所でその名を言うのは覚悟を要したが、そんなものは今なら十分ある。
「駆紋戒人って言うんだ、ソイツ。
オレの前のチームバロンのリーダーにして、チームの名付け親。そして-」
「アーマードライダー・バロン、そしてロード・バロン…じゃないすか?」
「…!?」
「当たり、みたいっすね」
思わぬ答えに、ザックは言葉に詰まる。
沙紀のいない間のザックの過去、その核心に触れる単語が、
まさか沙紀の側から出るとは全く思っていなかった。
「シャルモンって洋菓子店で撮影した時に、事情通っぽい眼鏡のパティシエ君を捕まえて聞いたんすよ。
『この街の噂話で気になることがある』って。
最初は渋ってたけど、アイドル仲間の愛梨ちゃんのファンみたいだったから、
貰いものの私物譲ったら気前よく教えてくれたっす。
噂にあるアーマードライダー・バロンの話と、その名前の由来がチームバロンにあるってこと。
…だから、アレを見ても驚かなかったっす。半信半疑だったのが、確信になっただけで」
「やれやれ、隠したつもりなんだがな」
「目が良くないとアートはやれないっすから!」
沙紀の指さす先には、ザックの上着があった。
その裏側には、万一を警戒して持ち出したザック本人用の装備が隠してある。
つまり、小刀の備えられた黒いバックルと、クルミを模した意匠の茶色い錠前。
「アレの実物持ってるってことは、あの噂話やメガネ君の話はやっぱり大体真実で…
兄ちゃんもアーマードライダー、ってことなんすよね?」
既に城乃内が話しているなら、バックルも錠前もひた隠しにする必要はない。
それに沙紀はアーティスト故か、妙にカンが鋭い部分があったので、遅かれ早かれこうなっただろう。
そう割り切ることにした。隠しながら話すのも疲れるものだ。
「ああ。アーマードライダー、ナックル。2年前は本当に街中で変身して戦ったもんだ。
…そして、駆紋戒人はもういない。全てを精算するために命賭けで戦って、そして倒れた」
目の前の沙紀の表情が暗くなった。
直接は知らずとも、ザックが世話になった人物が死んだ、という事実は悲しいものがある。
ザックがプロデューサーの名を引きあいに出したなら、なおのこと。
「いなくなった今になって、オレは戒人の強さを身に染みて感じてる。
誰もがアイツみたいに強くはなれないって思うほど、強い人間だったからな。
…だから沙紀もプロデューサーは大事にしろよ。
戒人みたいに消えちまうってことはないだろうけど、セルフ・プロデュースとかで自分から離れたら、
導いてくれる人が担ってた重みに嫌でも気付かされる」
「肝に銘じとくっす。ま、プロデューサーさんの方が当分離してくれない気もするけど」
「いいことだよ。最後まで一緒にいられるなら、もっといいな」
プロデューサー氏を信じて言葉なのか、かつて最後までいられなかった自分の後悔なのか、
ザック自身にもわからない。ただ、本心であることは間違いなかった。
言葉が途切れた。
ふと、沙紀が少しだけ腰を上げ、突然ザックの耳に顔を近づけた。
そして何かを警戒するような小声で、耳元で囁く。
「この場にわざわざ変身道具持ってきてるのは、後ろの連中を警戒してのことっすか?」
ザックはわずかに首を縦に振り、そしてジャケットを着直し始めた。
その動きの中で悟られないよう後ろを振り返る。
夜の暗がりに紛れてはいたが、たしかにザックの想像したものがそこにはあった。
映像で見覚えのある、黒いパーカー姿の2人組-『黒陣羽』。
一瞬しか確認できなかったが、その視線は間違いなくザック個人に向けられていた。
「まいったな…オレがいない間に沙紀はとんでもなく成長してたらしい」
「アイドル以前に、元々ああいう視線には鋭いっすから。
4年前もあの刺すような視線の感覚に吐き気がして、トンネルまで逃げたんすよ」
ジャケットを着て何事もなかったかようにまた縁に座ったザックは、意外な形で知った4年前の真実に驚いた。
人を爪弾きにするような視線は気に入らないが、そのおかげで沙紀と会えたこと自体は幸いだった。
だが、感傷に浸る間はない。誤魔化したとはいえ相手を目視した以上、長居は難しい。
ダンスの最終調整は既に終わっている。ついでに夜風も出てきた。
昔話はまだあれど、限界は迫っていた。
「そろそろ、帰るか」
「だったら途中までついてくっす。あの連中、アタシがいたら下手に手出しできないでしょ?
そろそろ帰らないと、アタシも不審がられるし」
「…悪い。頼むぜ」
かつて守っていた少女に守られるという逆転に内心で自嘲しながら、ザックは沙紀の申し出に乗っていた。
『黒陣羽』は予選終了後から、ザックが1人になる機会を窺って度々姿を現していた。
予想される正体から、対面すればロクなことにならないのはわかっている。
それでも「戒人と最後に踊った場所だから」という理由で、このステージに危険を承知でやってきたザックは、
完全に戦う覚悟で装備一式を持ち出してきていた。
沙紀がやってきた偶然のおかげで危険はなくなったが、帰路に就くまで気は抜けない。
2人並んで、ステージを離れる。
明日もまた一緒にステージに立てればいいなと、ザックは漠然と思っていた。
<R------→I>
ザックを自宅まで見送った沙紀は、足早にホテルへの道を辿った。
パーカーを着た例の2人組の狙いはザック個人のようだったが、自分が移るとも限らない。
それを警戒してのことだった。
だから、急に肩を叩かれるとひどくビックリする。
思わず口から出た短い悲鳴とともに振りかえった先には、パーカーの男ではなく、見慣れた顔があった。
「遅いぞ、相棒!」
「伊吹さん!?」
「まったく、気になることがあるんだったら正直にそう言えばいいのに。
ほら、あんまん」
コンビニの袋に入ったあんまんを手渡され、とりあえず口にする。
そう言えば自分はこれを買うという口実で外出したのだった、と今になって思い出した。
「にしても、良いダンスだったじゃない。
明日のアタシたちの演技は絶対アレ以上のものにしないと」
「み、見てたんすか…」
「そりゃあ大事なパートナーが不自然に出てったら、気にしないワケないでしょ?
だからすぐ降りてきたの、プロデューサーを上手くごまかしてね。
まぁおかげでいいモノ見れたし、こっちも懐かしい人に会えたけど」
ふと、過去を懐かしむ伊吹の顔に、過去の話をするザックの顔がダブって見える。
-プロデューサーは大事にしろよ。
あんまんを頬張りながら、そんなザックの言葉を沙紀は思い出していた。
その後、ホテルに戻った2人は、ロビーで1人待つプロデューサーに
特製ブタまんとビーフカレーまんの入った袋を渡し、自室に戻った。
伊吹が部屋を出る際に、他のスタッフやアイドルのおっかけの類への対応を行う代わりに、
代価のような形で要求された…ということらしい。
だが、どう見てもただ自分も中華まんが食べたかっただけにしか見えないその光景に、
やはりプロデューサーは腕は別として自分と同じ変わり者なのだと、沙紀は改めて実感した。
大会前の夜が更けていく。
明日が過ぎれば、全ては終わる。
<R←------I>
大会当日。
ザックとペコは時間ギリギリまで調整をかけてから、本拠地の部屋を出発した。
会場へはアザミの運転する自家用車で現地入りする。
降り際に、運転席から心配そうな声が掛かった。
「ザック、ペコ、2人とも絶対無茶はしないで。
私は観客席で待ってることしかできないけど…」
「アザミさん…必ず、戻ってきます」
「オレとザックなら大丈夫だよ。それにアイツもいる。
絶対にラストパフォーマンスまで行ってくるから、姉ちゃん」
アザミの不安を拭うように、ザックとペコは強気の言葉を並べる。
もちろん、ザック自身不安がないと言えば嘘になる。
だが「弱さを自覚して強くなる」と誓ったザックは、その不安を真正面から受け止められる。
車のドアを開け、力強く一歩を踏み出して降りた2人の姿は、正しく貴族のように誇り高いものだった。
会場入口への道を行く中、脇の空きスペースを見やる。
そこでテレビ撮影中の『アーティスター』の姿を見て、さすがにザックは驚いた。
(これは…アートのセンスは伊達じゃないな、沙紀!)
大胆にも『アーティスター』は衣装を完全に変えてきた。
そこに予選で見たロカビリースタイルのイメージはカケラも存在しない。
沙紀は、白を基調に赤紫のラインが入ったフード付きの改造ジャケットとミニスカート。
肘もへそも太ももも丸見えだというのに扇情的に感じないのは、
衣装の露出度合いとアーティスティックな沙紀のイメージが上手く調和しているためだろう。
そのような芸当ができるということは、この衣装もまた沙紀自身のセンスが相当に入っているということだ。
その証拠に手には塗料の入ったスプレーガンを持っている。
さすがに会場には持ち込まない小道具だろうが、そのスプレーガンはザックにも見覚えがある…4年前に。
対して、伊吹は濃淡2色の青紫で彩られた、露出度の高い衣装だ。
沙紀とスタイルは異なるが、ファーや色合い、そして所々にある星-スターの意匠が、
確かに同じチームのメンバーであることを感じさせる。
こちらは太ももどころか胸の谷間すら見えるかなり派手なスタイルだったが、
それでもセクシーさ以上に活動的な印象が際立つ。
車内で聞いたところでは、伊吹はアザミがかつてダンスチームにいた頃の仲間だという。
そんな伊吹の衣装も一見色っぽさを強調しただけのように見えて、
その実は踊った時の華やかさを重視していることは、今のザックなら理解できた。
カメラの後ろを通り過ぎ、会場入りしようとする。
一瞬、撮影合間の沙紀と目が合う。
さりげなくサムズアップしてきた沙紀に、ザックもさりげなくサムズアップを返した。
(がんばれよ、沙紀。オレも負けないからな)
大会のライバルで、人気アイドルと一介のダンサーという違いはあれど、
ストリートで出会った仲間であることは違いない。
互いの健闘を祈りながら、ザックは会場内に足を踏み入れた。
受付をペコに任せ、ザックはロビーで待機していた。
その間に今日の段取りを確認する。
まず、全8チームが順番にステージに上がり順次審査に入る。
沙紀たちの『アーティスター』は最後の8番目、
対してザックとペコの『チームバロン・コア』は最初の1番目だ。
その後は審査結果の取りまとめにいくらか時間空いた後、表彰式。
そして優勝チームと準優勝チームは、合同での記念パフォーマンスが待っている。
コンディション次第では最後のパフォーマンス辞退もできるが、
名誉としてもメディア露出としても、これを辞退するチームはまずないだろう。
だからこそ審査前は当然、審査後もコンディション調整は続ける必要があった。
あらかた確認したところで、受付からペコが戻って来た。
「ザック、もう他のチームは全員受付済ませてるみたい。受付の人に聞いてきた」
「そうか…アイツらは?」
「見てない。予定の場所にいないから、上手くいったってワケじゃあないと思う」
ペコの言葉に、思わずザックは顔を強張らせた。
他のチームが揃っているのは、ギリギリまで会場入りを遅らせたのだから当然である。
だが、今回ザック達が参加しているのは、ただ優勝を狙うためだけではない。
懐から携帯電話を取り出したザックは、手慣れた手つきで知人に電話をかけた。
つながるなり聞こえるのは相手側からの謝罪だった。
「ザックか?すまない、受付での確保には失敗した」
「わかってる。元々、簡単に捕まるような手合いじゃないとは思ってた。
なら勝負は多分-」
「ええ。チームバロンの演技が終わってから、表彰式が始まるまでの間になる。
記念パフォーマンス打ち合わせの密室に持ち込ませないよう、先手はこっちで打つよ」
さすがの判断である。ザックは素直に相手を称賛した。
元々頭脳派の男だったが、自分に不利なビジョンも受け入れられるようになったことで、
先を見通す力が確実に上がっている。成長しているのは、ザックやペコだけでない。
「僕しか覚えてないことだから念のため言うけど、アイツらは並の連中じゃない。
特に紘汰さんの方は、ザックじゃないと太刀打ちできないと思う。
僕も応援に行くけど無理はしないで」
「わかった。じゃっ、次はステージを降りた後で」
「了解。…頂点を取れることを祈るよ」
健闘を祈る言葉と共に電話は切れた。
段取りは十分、あとはもうやるだけだ。
「いよいよだな、ザック…オレがどこまでやれるかは本当にわからないけど、
ミッチから夢の世界で使いこなしてたってのを聞いてがんばってたら、少しは力になれる気がしてきた」
「その意気だぜ。あの時のオレだって、ただ人より覚悟ができてただけだ。
今のペコなら、やれるさ」
肩を叩きながら、ペコを励ます。
そしてロビーにあるソファーに座ったザックは、目を閉じて精神を集中した。
身体を温めるのは、本拠地を出る前の時点で十分できている。
大会前の緊張感も、ニューヨークで修行していた時の容赦ないプレッシャーに比べれば問題ではない。
そう、問題はその先にある。頂点を取るためには負けられない。
(いよいよ夢の世界の最後の因縁、ってヤツとご対面か。
オレに覚えはないが、戒人も苦戦した程の相手っていうなら…やっぱりオレが乗り越えるしかねえよな)
決意と共に握りしめたザックの拳の中には、栗の意匠を象った錠前があった。
<R------→I>
「なんか踊る前から気合い入り過ぎた感じ?競技順が最後で良かったよ」
「ホントっすね。前日は顔見せ程度だったからって、今日になって撮影詰めってのも困るっす」
沙紀はミネラルウォーター片手に、伊吹にそう答えた。
アイドルということもあり、沙紀たちの待機場所は他の選手から離れた別室になっている。
会場の熱気を感じる時間が短いことを沙紀と伊吹は残念がったが、
コンディション調整という観点では助かる部分もあった。
それに安全面の配慮もある。かつてのザックのように殴って守ることができない芸能事務所からすれば、
警備の整った部屋で不審者そのものをシャットアウトするのは当然の判断だった。
「にしても、1番手から大盛り上がりだね。さすがは全国大会ってとこ?
…まぁアザミさんの弟に直弟子なら、実力的にも妥当だけど」
ステージ衣装のままストレッチで調子を整える伊吹の言葉に反応し、沙紀も備え付けのテレビに目を向ける。
モニターの中の映像は、今まさにステージにいる『チームバロン・コア』を映し出していた。
ジャズダンスのステップと、ストリートダンスの基本的なそれとは融和しにくい。
文化的な土壌が真っ向反するから、とは沙紀の世話になっているベテラントレーナーの言だった。
それを一体にし、ストリートにありながら流麗さを失わない形態を生み出すのはただのセンスだけでは難しい。
2つの要素が空中分解しないだけの力が必要だ。
(気付いてないだけで、多分兄ちゃんは受け継いでるんすよ…導いてくれた人に負けない強さを)
モニターの中のザックとペコのダンスは、ザックの話を思い出させるに十分なものだった。
-駆紋戒人。
ザック自身が、アイツみたいに強くはなれないと言った男。
だが、戒人が残したというステップを元に、デュオの形まで推し進めたザック達のダンスから、沙紀は強い力を感じていた。
戒人を直接は知らない沙紀には、その力が戒人にどこまで届いているか知る由もないが、
それでも本人が思う以上に、ザックは強くなっていることは確信した。
少なくともチームを引っ張るだけの強さは、もう十分あるだろう、と。
「ずいぶんと見惚れてるねえ、沙紀ってば」
「え?そ、そうっすか?」
にやにやする伊吹の顔に、さすがに沙紀は少し顔を赤くした。
ザックに対して恋愛感情などこれっぽっちもないものの、初めての相棒の晴れ姿に見入っていたことは間違いなかった。
「にいちゃ…ザックは、アート始めた頃のアタシを守ってくれた人っすから。
危ない場所だったっすけど、ザックがいたからグラフィティ・アートに集中できたんで。
進学で引っ越しちゃったけど、アタシの原点につながってるんすよ」
「ふーん…ん、引っ越し?」
柔らかい声の沙紀の答え。だが、伊吹は何かが引っ掛かった。
沢芽市に来る前のザックは、沙紀を危険から守っていた
でもプロデューサーから聞いた話では、ザックがいない時期にも沙紀は特に危険な目に遭っていないはず。
そしてアザミから聞いた、市外から流れ着いたザックの様子。
点と点が、つながる。
「沙紀…こんな時に言うのもなんだけど、ザックって人は重要なことを隠してるんじゃないかと思う」
「…どういうことっすか?」
きょとんとした顔をする沙紀だが、伊吹のある推論を聞くと途端に顔色が変わった。
沙紀の知らない、沙紀にとって信じたくないだろう話。
「そんな…そんなことって…」
「事情を知らないアザミさんが嘘を言ってるとは思えない。だから多分真実だと思う。
でも、これは沙紀を守るためにあえてやったことだから、本人も納得してるハズ。
今まで知らなかったこと自体が、ザックって人の優しさなんだよ」
「それは、そうっすけど…」
沙紀の落ち込みようを考えれば、今この場で話すのは普通なら得策ではなかっただろう。
だが、この手の「優しい嘘」は、バレるタイミング次第で人間関係に致命的なこじれを起こしかねない。
2歳とはいえ沙紀より年上の伊吹が身を以ている事実だからこそ、見過ごせなかった。
ただ、タイミングが悪かった。
パフォーマンスステージを終えた『チームバロン・コア』の姿が、モニターに映る。
彼らの向かうステージ袖に潜む何かを、目の良さを自認する沙紀は捉えてしまっていた。
(あれは…昨日のあの視線の!!)
『黒陣羽』。
彼らの競技順は、本来『アーティスター』の直前にあたる7番目である。
しかし、黒いパーカーは確実にそこに見えた。
まるでザックを待ち構えるかのように…。
「沙紀!?」
「アイツら、ザックを狙ってるヤツなんすよ!昨日も死角を選んでずっとザックとアタシを見ていた!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて沙紀!」
「それに伊吹さんの推論通りなら、今も絶対に兄ちゃんはまた無理してくる!」
自分の論から出た以上、その言葉には反論できなかった。
たしかに沙紀の言うような危険があるとしたら、ザックの取る行動への危惧はおかしくない。
だが危険が本当にあるのかもわからないし、今行かせれば競技にも番組にも影響が出る。
だからこそ、伊吹は羽交い締めにして沙紀を止めざるを得なかった。
そこに、不意に扉の開く音が響く。
「おーう、2人とも体調は…っておうわ!?」
待機部屋に現れたのは、沙紀達の担当プロデューサーだった。
目前の光景に一瞬驚くも、すぐに冷静さを取り戻したのは胆力の違いというものだろう。
「どうしたんだ、沙紀?どう見たって尋常じゃないぞ、おい」
「離して!少しだけでいいんすよ。ザックを…兄ちゃんの無事を確かめて、安全なここに連れてくる!」
「そんなの無理だって!スタッフに呼び出しかけてもらって、2人を止めるならともかく…」
開いた扉の代わりに障害物になる格好のプロデューサーは、伊吹と沙紀の言葉から何やら思案すると、力強く言った。
「わかった。行ってこい」
「「…え?」」
伊吹と沙紀の声が意図せずハモる。
普通ならば、こんな状況で行かせるとは思えない。
しかし、このプロデューサーは勢いだけで喋ることはあっても、判断力まで勢いだけで動く男ではない。
「最初に宣材は多めに撮っておいたし、競技直前はコンディションの問題もあるから元から撮影は飛ばしてある。
競技に専念したいって名目立てちゃえば、今ならある程度離れられるようになってるさ。
何より、コンディションってのは身体だけじゃないんだよ。
不安定な精神状態はダンスにもバッチリ反映されるって、トレーナーさんも言ってたろ?
ンな状態でそのまま踊ったら、そっちの方が大問題になる」
「でも、行くったってどこに…」
思わず伊吹が口を挟む。
仮に沙紀の危惧通り『チームバロン・コア』を『黒陣羽』が襲撃したとしても、
ステージ袖を基点に彼らがどこに向かったかはわからない。
状況が正しいなら呼び出しをかけても無駄だろう。
だが、プロデューサーはその問いに不敵な笑みを浮かべた。
「アテならある。というか、ちょうどそれに絡んだ話をしに来たんだよ。いいタイミングだったな」
2人してポカンとする担当アイドル達を前に、プロデューサーは部屋の中に押し入る。
その背後にもう1人、沙紀達は自分の見知らぬ人物がいることに気付いた。
<R←------I>
『チームバロン・コア』と『黒陣羽』。
本戦参加チームでも有望株とされる2チームは、会場を少し離れた裏路地にいた。
人目はない。ここで何か起きても、周囲に気付かれずに終わる可能性は高いだろう。
(やはりこのタイミングで来たか…)
ステージを降りた直後のザック達は、半ば強引にここまで同行させられていた。
予想していた展開。だからこそ、ザックもペコも会場内では騒動を起こさなかった。
もし下手に抵抗していたら大会が様々な意味で崩壊していただろう。
目の前に並ぶは、黒いパーカー姿が2つ。
相変わらず全く顔を見せない、不気味な連中である。
彼らがこのような場所まで連れてきたとなれば、理由はもう1つしかない。
「1回だけ聞いてやる…俺達と一緒に来ねえか?
どいつもこいつも互いに傷つけ合うだけのくだらねえ世の中だ、こんな世界ブッ潰しちまおうぜ」
パーカーの下から、はじめて声が聞こえた。だが、声そのものは聞き覚えがある。
そしてだからこそ、ザックには絶対に認められない。
「うるせえ!その声で、アイツの声でそんなこと言うんじゃねえ!」
「そうだ!そんな悪行許したら、ザックもオレも戒人さんに怒られちまう…!」
ザックとペコの啖呵に、パーカーの男達がその顔を晒した。
男気に満ちた顔と、理知的で賢さを窺える顔。
だが、そんな印象はどうでもいい。彼らはザック達の知る2人の人物と瓜二つだった。
すなわち-葛葉紘汰と、呉島光実に。
「お前が紘汰のヤツを歪めようとした悪の塊で…お前は歪んでた頃のミッチの映し身なんだってな。
ミッチ本人から聞いてるぜ」
「わかってるなら話が早いね。死んでもらうよ」
ザックの言葉を、理知的な顔の男が即座に肯定した。
その手にはブドウに似た歪んだ茶色い錠前と、黒いバックルが握られている。
そのバックルはザックの手の中にあるものと寸分違わない。
(戦極ドライバー…コイツらの背景からすれば、持ってて当然か)
ザックの睨め付ける視線を意に介さず、男は黒いバックルを腰に当てた。
一瞬にしてベルトが展開し、腰に巻かれる。
さらに錠前をバックルの中央にドッキングさせ、男はバックルに付いた小刀を降ろした。
「変身」
『ヨモツヘグリアームズ! 冥・界! 黄泉・黄泉・黄泉…』
おどろおどろしい音と共に、何処かから出現した歪んだ果実のような鉄塊が出現する。
それは男の頭に覆い被さると、自動的に展開され鎧になった。
茶色い鎧を纏った中国の武芸者。
まるで歴史小説にでも出てきそうな姿だが、その内にあるのは確かな殺気だった。
同時に男気に満ちた顔の男も、真っ黒に染まったオレンジを模した錠前を取り出す。
「変身…」
錠前の発声の代わりに金切り音が響くと、その頭に黒いオレンジを思わせる鉄塊が落ちる。
変身するは、黒い鎧の武者を思わせる姿。
ザックの脳裏に一瞬、同じく黒く染まった西洋騎士の姿が過ぎる。
虫唾が走る思いを奥歯を噛んで堪えた。
「目下の障害はテメエだ…一緒に来ないなら、まずテメエをブッ潰す」
黒い鎧武者、鎧武・闇が攻撃的な物言いを隠さずぶつけてくる。
知人と全く同じ声だからこそザックはさらに苛立ちを覚えたが、怒りに呑まれはしない。
挑発に乗っては相手のペースで戦うハメになる。
「貴虎さんが海外出張中で不在の今なら、オレとミッチを倒せばいい。
そして各個撃破する舞台として、ミッチが参加しないこの大会を舞台に選ぶ…
たしかに認識は間違ってなかった。お前らの存在をミッチが看破するまではな」
ザックは冷静さを強めるよう、現状を語り続けた。
「ヨモツヘグリロックシードの破片を盗まれたことに気付いたミッチは、早い時点で対抗策を練り始めた。
その1つが-お前らの想定しない戦力の追加だ」
ザックのその言葉に合わせ、ペコが腰の裏に隠してあったものを取り出す。
ザックや『黒陣羽』のものと違う、何かを握るグリップの付いた赤いバックル。
「へえ、ゲネシスドライバーか…1つしか現存していないと思ったが」
歪んだ中華武人、龍玄・黄泉がそう聞いてきた。
「たしかにゲネシスドライバーはほとんど壊されてる。
オレも最近まで、貴虎さんの持ってる1つしかないと思ってたよ。
…今ペコが持っているのは、かつて湊さんが付けていたものを回収した代物だ。
ネオバロン騒動の後に、収拾を兼ねて現場周辺を捜索した貴虎さんが偶然見つけたんだよ。
今の出張直前に見つかったものだから、お前らが知るはずはない」
そこまで話したザックは、『黒陣羽』に先手を打たれる前に自らも変身する。
ザックは黒いバックルにクルミを模した錠前を、
そしてペコは赤いバックルにマツボックリを模した透けた色の錠前を。
「「変身!!」」
『クルミアームズ!ミスター・ナックルマン!』
『リキッド!マツボックリエナジーアームズ!』
ベルトの発声と共に、それぞれの頭上にクルミとマツボックリを模した鉄塊が落ち、展開する。
ザックは巨大なナックルガードを付けたインファイターの戦士に、
そしてペコは十字槍を持った軽装の兵士に姿を変えていた。
「ナックルに黒影・真か…いいじゃねえか、叩き潰してやる!」
鎧武・闇のその言葉がゴング代わりとなり、裏路地での戦いは始まった。
直後、ザックの変身したナックルが鎧武・闇を強烈な右ストレートでふっ飛ばし、
同時にペコの変身した黒影・真は龍玄・黄泉の右側面へ回り込む。
対する『黒陣羽』の2人も、真正面の相手にそのまま襲いかかっていった。
「雑兵がゲネシスドライバーを得たところで、この僕に勝てると思うのかい?」
挑発めいた言葉と共に、龍玄・黄泉が手にした銃から弾丸を連射する。
十字槍1本しか持たない黒影・真は、軽装を活かした機動力で避けるしかない。
楕円を描くように回避することで距離を詰め、間合いを見計らって突きを入れるものの、
絶え間ない連射に対して槍の突き1回ではあまりに押しが弱い。
そしてその突きすらも、龍玄・黄泉には直撃を回避されている。
(持たせるにもキツイね。たしかに動きやすいのはオレのスタイルに合ってるけどさ…!)
ペコは苦々しげに、内心でそう吐き捨てた。
元より劣勢は覚悟の上だが、それにしたってあまりに差がある。
2年前から何度も実戦を経験しているザックと違い、ペコはこの戦いが事実上初の実戦だ。
慣れない槍の使い方も練習したし、仲間の協力で模擬戦もこなしたが、実戦と模擬戦は違う。
まして使っている錠前-ロックシードの性能は龍玄・黄泉が格段に上だった。
いくらゲネシスドライバーの能力が戦極ドライバーを上回るといえど、地力の差が有り過ぎる。
だが、そんな苦境でもペコは足を止めない。
「まだ懲りずにヒット&アウェイを続ける気?」
「城乃内達から学んだんだ…『諦めちゃダメだ、チャンスを待て』ってね!」
「残念だけど、君にそのチャンスは来ないよ」
再び接近する黒影・真を前に、龍玄・黄泉が銃を持った手を後ろ手に回した。
すると手にしていた銃が消え、同時に大型の両手剣が現れる。
咄嗟に振りおろされた剣を十字槍の刃で剣を捕えるが、振りおろされた剣の勢いが止まらない。
それどころかどんどん増していく。
「はあっ!」
ガキン、と耳触りな金属音がした。
(いぃっ!?)
さすがのペコも驚く。
黒影・真の持つ十字槍、影松・真は刃の根元からポッキリ折れていた。
「言ったろう?チャンスは来ないと。もっとも、たとえ君が素手になろうと逃がす気はないけれど」
「この馬鹿力め…!」
「今の僕は生命力という代償なしに、ヨモツヘグリの力を使える。人間の膂力など塵にも等しい。
…じゃあ、終わりにしようか」
再び龍玄・黄泉が手を後ろに回す。その手には再び銃が握られていた。
容赦のない銃弾の嵐。
ダンスで鍛えた足を武器に避けるが、槍のリーチのない状態では反撃できない。
一度バランスを崩せば、地面を転がって避けるのが精々だ。
-だが、チャンスは来た。
裏路地に現れた乱入者に、龍玄・黄泉が思わず動きを止める。
その一瞬を見逃さず、乱入者は思い切った飛び蹴りを叩き込むと、龍玄・黄泉はバランスを崩す。
そして現れた青年の顔は、龍玄・黄泉に変身した理知的な顔の男と同じだった。
「大丈夫かい、ペコ?」
「ミッチ…来るの、かなり早かったな!」
「思わぬ協力者のおかげで、想定以上に事がスムーズに進んだからね。作戦は上手くいったよ」
青年-本物の呉島光実は、龍玄・黄泉が立ち上がるまでの短い間に倒れ込んだ黒影・真の手を取り、
すぐさま助け起こした。そして、龍玄・黄泉に向かって言い放つ。
「君たちのチームは大会を棄権したことになったよ。
ついさっき、君と同じ格好の僕が実行委員会に進言してきたからね。
これでたとえ会場に戻っても優勝は狙えない。
チーム以外が人払いされた記念パフォーマンスの打ち合わせ中に
ザック達を殺害することも、当然できないってわけだ」
「へえ、何のためにこの茶番に付き合ったか読んでたか。でも、それが今更どうなる?
ここで君達を倒せばいいことだ。こちらから足を運ぶ労力を減らしてくれてありがとう」
策を折られても、龍玄・黄泉は動じないどころか軽口で返して来る。
対する光実も動じない。そしてそのまま、戦極ドライバーとブドウを模した錠前を取り出した。
「一気に勝負を決めよう。トドメは頼むよ」
「ああ…いくぜ!」
力強く頷くペコの前に出た光実は、錠前をドライバーにセットした。
「変身!」
『ブドウアームズ!龍・砲・ハッハッハッ!』
光実の変身した姿-アーマードライダー・龍玄は、色こそ緑だが姿は目前の龍玄・黄泉と酷く似ていた。
それは、変身者の根源が等しいということ。
「罪を精算するなんかつもりじゃない。罪は、どこまでも背負ってくしかない。
それでも…罪が暴れるなら話は別だ。『黒の菩提樹』が僕の罪を悪用するというなら、ここで討つ」
龍玄の仮面の下から、光実の覚悟が透けて見えたようにペコは感じた。
そして、自分のゲネシスドライバーに手をかける。
直後、色違いの2つの銃が同時に火を噴いた。
<R------→I>
会場を少し離れた路地を、沙紀は猛スピードで駆け抜ける。
大通りであれば確実に民衆がパニックを起きる所業だったが、あいにくここに人目はない。
(今は時間との勝負…止まってるヒマはないっすよ!)
正面を塞ぐゴミ箱を見据え、足元の車輪がスピードを上げた。
直後に跳躍し、勢いを殺さず側面の壁を走り抜ける。
最短距離で障害物を抜け、そのまま裏路地へ。
その先はザックの携帯電話に仕込まれたGPS機能が示した場所だ。
-自分達の審査開始までの間にザック達を連れ戻す。
言葉にすれば短いが、時間的にも行動的にも実行するのは難しい。
少しでも時間を短縮すべく、プロデューサーが秘密裏に車を回し、行ける範囲内で目的地まで近づいてくれた。
そして車の通れない細い道を高速で抜けるべく、沙紀は愛用のローラースケートを履いて突撃する。
本来は優勝後の記念パフォーマンス用に持ってきたものだが、この状況でそんなことは言っていられない。
『アーティスター』はまだ競技を終えていない。
ましてその前に踊るはずだった『黒陣羽』も競技を棄権している状態だ。
パフォーマンスだけでなくステージセットの調整の時間を含めても、猶予は短い。
(…!見えた!!)
長い直線を残すのみとなった沙紀の視界には、巨大なナックルガードを付けた戦士と黒い鎧の武者が見えていた。
アーマードライダー・ナックルという名は知らずとも、体の動かし方と昨日見た錠前の意匠から、
ナックルガードを付けた方がザックであると沙紀にはすぐわかった。
鎧武者-鎧武・闇の刀をナックルガードで受け流し、的確なパンチで反撃する。
しかし、圧倒はできていない。一進一退というべきだろう。
ようやく音が明確に聞こえる距離まで近付いた時、ベルトから鳴ったと思しき声が聞こえた。
『オレンジ・スカッシュ!』
『クルミ・スカッシュ!』
鎧武・闇が叩きつけるよう右手で振り降ろした黒い小刀を、ナックルは渾身の右ストレートでで真っ向殴り返す。
だが、沙紀には鎧武・闇の左手に、銃口らしきものがある黒い長刀が握られているのが見えた。
対するナックルは、渾身の一撃ゆえのフォロースルーから抜け出せない。
長刀が直撃するとナックルはきりもみになって吹き飛ばされ、ザックは変身を解かれてしまっていた。
鎧武・闇が迫る。変身解除に追い込むほどの威力を持つ一撃など、生身で喰らえばどうなるかわかったものではない。
瞬間、沙紀は速力を限界まで高めた。
倒れ込むザックを追い越し、そのまま迷いなく鎧武・闇へ突撃する。
「なんだ、コイツは…!」
突然乱入した沙紀に、鎧武・闇は反応を鈍らせながらも長刀を真横に振るった。
ならばと、スピードを殺さぬまま低姿勢を保つ。刀は沙紀の頭上を通り過ぎていく。
直後、景気の良いスプレー噴霧の音。
沙紀の右手に握られているスプレーガンは、ただの小道具ではなくれっきとした作業用だった。
「グッ…クソっ!!」
黒い仮面を極彩色に塗りつぶされ、視界を失った鎧武・闇がたまらず呻く。
スケートのローラーが腹に突き刺さると、その勢いを殺せずじりじりと後退していく。
ついには柵に激突したその姿を尻目に、沙紀は引き返してザックの元へ急いだ。
「沙紀、なんでここに…!?」
問うザックを前に、沙紀は思いきり右手を振り被る。
平手の乾いた音が響く。
振り抜いた手は、そのままザックの襟首に伸びていた。
「聞きたいのはアタシのほうっすよ…
なんで、なんでいつも自分だけで危ない目に遭おうとするんすか!」
「沙紀…」
「引っ越しで街を抜けるって時に、アタシのためにそれまでちょかいかけてきた連中全員引きつれてたなんて…
沢芽市に着いた時には全身ボロボロだったって!アタシのために!」
ザックは黙っていたが、否定は一切しなかった。
-沙紀の安全を確保するために、危険を起こし得る相手全員を引きうけたのではないか。
そうでなければザックがいなのに沙紀がプロデューサーに会うまで何事もなかった理由も、
新たな都市に来て間もないザックが多勢に無勢のリンチ刑をくらうほどの理由も考えられない-
伊吹の語ったそんな推論は、つまり真実だったのだろう。
聞いた瞬間から罪悪感と、ザックに会わねばという使命感がない交ぜになって爆ぜていた。
責める気などない。それでも何か言わねば気が済まない。ただその勢いだけでこの場まで来た。
精神的な衝動に呑まれるその姿は、かつてペンキを手に街へ繰り出した日のそれに似ていた。
「アタシの時だけじゃない、アーマードライダーの戦いも、ネオバロンとかいう組織とも最後はザック1人で殴り合って…
その度に死にかけてるって…アタシ、聞いてないっすよ…」
「…すまねえ。オレは本当に、みんなに心配かけてばかりだ」
ザックの声が耳に響く。
戦いの中にありながら、沙紀を見据える瞳は優しかった。
「オレは弱い男だ。他と違うとしたら、誰かを守るためになら立ち上がれるってことだけだ。
だから、最後はいつだって1人で立ち向かっていった。みんなを守るため、危険な目に合わせないため。
いや、そんなものすら言い訳なのかもしれねえ。守るためでも人をブン殴るために拳を振るった自分を許せないのか、
弱い自分を見せたくないだけなのか、本当はオレ自身にもわからない。
…1つだけわかってるのは、そんな事を飽きもせず繰り返す、オレのどうしようもない弱さだけだ」
「違う!弱さじゃない!」
言葉を遮るように、思わずそう叫ぶ。
それがアイドルの命である喉を酷使する行為だろうと構わなかった。
ここで黙っていたら、絶対に後悔する。
「弱さじゃ、ないっすよ。兄ちゃんは弱くなんかないし自分を責める必要もない、ただ自分を省みてないだけ…!
強くなっても、みんなのためでも、それが自己犠牲で終わったら兄ちゃんは救われないじゃないっすか!!」
ザックの表情がハッとする。
それを見て、沙紀も手から力が抜けた。
「…単純なこと、だったんだな。
オレがペコやアザミさんや沙紀を亡くしたくないのと同じように、オレもみんなにそう思われてたってことか。
どこまで行ってもストリートの不良上がりのオレに、そんなこと一生縁がないと思ってた」
「ただの不良少年だったら、アタシだってそんなこと思ってないっす。
でもアタシ達はストリートの片隅で出会った仲間…だったら、気にかけて当然でしょ?」
「そっか。沙紀は賢いな…本当に自慢の、妹分だ」
ザックの手が頭に伸びる。
衣装越しに頭を撫でられる感覚は慣れなかったが、沙紀は嫌いではなかった。
『レモンエナジー…ミックス!ジンバーレモン!』
余韻を切り裂くように、沙紀の背後で金斬り音とベルトの発声が聞こえた。
振り返れば鎧武・闇の頭上に、謎の鉄塊が浮かんでいる。
それはまさしく陣羽織のような形。これが『黒陣羽』か、と沙紀は思わず納得した。
そのまま鎧武・闇が袖を通すようさらなる鎧を装着する。
右手からは小刀が消え、代わりに赤い弓のような武器が握られている。
さらにはスプレーの汚れも、仮面が変わったことで消えていた。
「沙紀、ここからは全力の戦いになる。
…危ないって言っても、聞かないんだろ?」
「わかってるじゃないっすか。聞かないし、退かない。絶対に」
軽く笑いながら2人は並び立った。
ザックはクルミと栗の意匠を象った2つのロックシードを手に、沙紀はスプレーガンを手に。
「一気にカタを付けるぞ。オレ達にはステージが待ってる」
「ちゃっちゃと終わらせるっす。こんなところで、アタシ達は止まらない!」
『アーティスター』のステージ開始までの時間は刻一刻と迫っている。
だが、今この場では不安など感じていなかった。
ザックがわかってくれたなら、後は目の前の障害を蹴散らすのみ。
「テメエ…最初に言ってたよな?『互いに傷つけ合うだけのくだらねえ世の中』だったか。
あいにくオレはもう、そうじゃない世界を知ってるんだよ!だから絶対に負けられない!」
一歩踏み出したザックは、ゲネシスドライバーの中央部だけを抜き出したパーツを、巻いたままの戦極ドライバーに取りつけた。
そして錠前を同時に起動させる。
『クルミ!マロンエナジー!』
音声と共に2つの錠前をベルトにセットしたザックは、バックル備え付けの短刀で一気に2つとも切り分けた。
「変身!」
『ミックス!クルミアームズ!ミスター・ナックルマン!ジンバーマロン!』
舞い降りる2つの鉄塊が融合し、陣羽織のような姿を為す。
巨大なトゲの生えたナックルガードが両手に備わる。
その威容は鎧武・闇の姿-ブラックジンバーアームズに勝るとも劣らない。
襲いかかる鎧武・闇をナックルガードで投げ飛ばし、すぐさま追いかける。
ザックの変身したアーマードライダー・ナックルは真っすぐ駆け出した。
「ビートに乗るぜぇ…ついて来いよ、沙紀!」
「もちろん!言われなくたって、ついてくっすよ!」
<R←------I>
『キウイアームズ!撃・輪・セイヤッハッ!』
錠前を変えた龍玄が距離を詰める。
手にするは2つの巨大なチャクラム。
対する龍玄・黄泉も全く同じ形のチャクラムを召喚した。
激しく打ち合うが、どちらも決定打にならない。
格闘を格闘で、銃弾を銃弾で、武器を武器で。
鏡合わせのごとく同じ手段をぶつけ合う2人は全く互角の戦いを繰り広げていた。
「同じ武器じゃあ決着は付けられないか…なら、こういうのはどうかな!」
龍玄・黄泉が手を後ろに回すと、手元に斧が現れた。
その形状に光実は見覚えがあった。シンムグルンという、オーバーロードの武器。
ストレートに力を発揮する斧を、円形のチャクラムで弾くのは容易ではない。
まして龍玄・黄泉には十字槍を叩き割るパワーもあった。
2つのチャクラムで合わせて受け続けるも、片方のチャクラムを吹き飛ばされる。
それでも受け身を取って避けるが、姿勢を低くした頭上に斧の影が落ちていた。
「あのクズは敵前逃亡したのかな?何を期待したのか知らないけど、
僕らの戦いは僕ら同士でしか決着は付けられないよ。そしてそれも、終わる!」
黒影・真の姿がないことをあざ笑いながら、龍玄・黄泉は斧を大上段に振り上げる。
この一撃を、1つしかないチャクラムで受けることは無理だろう。
たとえ避けても絶対的な不利は変わらない。
だが、光実の口から出たのは、これ以上ない不敵な言葉だった。
「そう思ったのなら、僕の勝ちだ」
何、と聞き返す間も龍玄・黄泉にはなかった。
斧を大上段に構えたまま、動きが痙攣するように止まる。
異常を感じてか視線を下げた龍玄・黄泉には、光の矢が消える瞬間が見えた。
ヨモツヘグリロックシードを、ドライバーごと貫通する一撃。
矢の撃たれた方向を見ると、確かに黒影・真の姿があった。
その手には赤い弓が握られている。
「ソニックアロー…だと?そのロックシードで、出せるわけが…」
よろめきながら後退する龍玄・黄泉を前に、チャクラムでの反撃が直撃した。
斧が手から落ち、龍玄・黄泉自身の身体も地を転がる。
「なぜあのロックシードを使うと『リキッド』と鳴るかわかるかい?
僕も不思議だったんだ、他のエナジーロックシードではそんな音しないからね。
夢の世界で聞いたのは最終局面だったから、その時は調べる猶予なんてなかったけど」
言いながら、手放した2つ目のチャクラムを回収し、盤石の態勢を整える。
状況が有利であろうと油断をしないのは、今の光実の持つ強さだった。
「答えはプロフェッサー凌馬の研究資料にあったよ。解決策も合わせてね。
…単純にエネルギー不足なんだよ。元のランクが低いマツボックリは、エナジー化しても使えるエネルギーが少ない。
ならエネルギー供給を満たしてやれば問題は解決する。一番手っとり早いのは、2個を連続して使うことだった」
黒影・真のベルトの中央にも、ソニックアローの中心部にも、全く同じ錠前が同時にセットされている。
その光景を見て、光実が自身に注目を向けるようタイマン勝負に専念していたのは、
決して自身に対するこだわりではなく、錠前を連続使用する隙を見せないための策にしか過ぎなかったことを、
龍玄・黄泉は悟っていた。
「…たしかに僕はかつてペコをクズと罵った。君の言動は否定しないよ。
でも、僕は変わった。だからトドメをペコに任せた。君では…昔の僕では理解できない、ジョーカーとしてね」
「うるさい!甘くなった君などに、僕が負けるものか!」
理解できない、という言葉に怒りを覚えてか、龍玄・黄泉が背中に手を回す。
手に現れたのは斧と矛を融合させた武器。
戟という中国の武器に似たそれも、光実の知るレドゥエという敵の持つ武器だった。
「ペコ、トドメ決めるよ!」
「よっし!拘束頼むぜ、ミッチ!」
その返事を確認すると同時に、龍玄はチャクラムを豪快に投擲した。
絶妙なカーブを描くそれは、迎撃しようと振り回される戟をかわして龍玄・黄泉の脇腹を切り裂く。
次の瞬間にはチャクラムではなく、龍玄の拳がみぞおちに突き刺さっていた。
続けざまに掌打で叩き込み、反撃を許さない。
『ロック・オン!マツボックリエナジー!』
背後から聞こえるその音声で、ペコの側も準備が完了したことを知る。
龍玄・黄泉は武器を変えて黒影・真を迎撃しようとするが、後ろに回した手は刃に裂かれた。
そしてブーメランのごとく戻って来たチャクラムをすぐさま受取った龍玄は、
ベルトの小刀を操作すると、すぐさま錐揉み回転しながら跳び上がった。
『キウイ・スカッシュ!』
龍玄の手に持ったチャクラムがオーラを帯び、凄まじい切れ味で上半身を切り刻む。
同時に無防備になった下半身を、ペコのソニックアローが正確に狙う。
「ぐ…あああああああああああ!!!」
龍玄の着地と、龍玄・黄泉の絶叫はほぼ同時だった。
振り向いて確認すると、ペコがフルパワーで放った2射目は、
1射目と全く同じようにドライバーとロックシードを貫き、今度こそ破壊していた。
(肉体のない存在を、ドライバーとロックシードで現世に繋ぎ止める、か。
厄介な話でもネタが分かってさえいれば、対策のしようはいくらでもある。
正直感謝なんてしたくないけど、研究資料を厳重保管していたことだけは助かりましたよ…戦極凌馬)
今はもういないベルトの開発者の姿が、光実の脳裏に浮かぶ。
同時にその眼前では、龍玄・黄泉が砕け散っていた。
その中にいるはずの、黒いパーカーを着た同じ顔の青年は存在しない。
半壊状態のヨモツヘグリロックシードと戦極ドライバーに支えられた彼は、
それらが破壊された今はもう消滅する他なかった。
「やったな、ミッチ!…というかやったんだよな、これ?」
「ああ、大丈夫。これでもう終わりだよ」
射撃のために離れて待機していたペコが、変身を解かないままやってきた。
もはや錠前もドライバーも、完全に消え去っている。
それを2人で確認すると、龍玄の姿のまま光実は歩き出した。
「あとはあの黒い鎧武だけだ。もう救援は行ってるけど、僕達も急ごう」
「救援?まさか、貴虎さんも出張蹴ってきたのか!?」
ペコの言葉に光実は首を横に振る。
そして足を止めぬまま、光実は答えた。
「違うさ。それどころか、彼女はアーマードライダーですらない。
それでも彼にとっては駆紋戒人に勝るとも劣らない、心強い味方のはずだ」
その言葉が真実であることをペコが知るのに、時間はかからなかった。
<R------→I>
「両手にそんな武器持ってても、全力で使えなきゃ意味ないっすよ!」
軽口と共に、沙紀が疾走する。
それに気を取られた鎧武・闇の空振りを見逃さず、ナックルの拳が叩き込まれる。
とっさに両手の武器で防御する鎧武・闇の後頭部をスプレー噴霧の音が襲う。
背後に気を回した一瞬に、今度こそナックルの右ストレートが腹に突き刺さった。
…せいぜいがスプレーガンでの目潰ししかできない沙紀は、ザックと違い正面切って戦うことは一切できない。
しかし、鎧の重みがない上にローラースケートを使いこなしている以上、機動力では負けない。
隙を狙ったローラーでの蹴りが入れば武器を取り落とすか、チャンスがあれば錠前を引っぺがすくらいはできる。
さらに沙紀を無視してナックルに挑むなら、今度こそスプレーガンの直撃で視界を潰すつもりだった。
現に、鎧武・闇の身体の各所は既にカラフルな色彩に塗られつつある。
互いの強さを活かした2人は、ただ1人強いだけの鎧武・闇の力を上回っていた。
ジリジリ押される鎧武・闇は、一気に後方に飛び退いた。
同時に長刀の柄にある銃口が火を噴く。狙いを付けない6連射。
いくら機動力があるとて、範囲制圧を狙った弾幕を無傷で切り抜けるのは難しい。
「沙紀、しゃがめ!」
「オーケー!」
声に応じてすぐさま低姿勢を保った沙紀の頭上を、ナックルが跳ぶ。
『ジンバーマロン・スカッシュ!』
ベルトの発声と共に、ナックルガードに生えたトゲが全て射出される。
それらは鎧武・闇の放った弾丸を撃ち落とし、さらにソニックアローでの反撃を狙う鎧武・闇本人をも襲った。
「があぁぁ…ここからは、オレの-」
「言わせるかよ!葛葉紘汰本人ならともかく、テメエなんかに!」
鎧武・闇の言葉に反応したザックは、そこへ強引に割り込んだ。
手に装着されたナックルガードはトゲを失い、さらにサイズも一回り小さくなっていたが、
同時に赤熱する高温を発し出している。
その熱は温度だけでなく、ザックや沙紀のテンションも上げていた。
「むしろ逆に言ってやる!ここからは、オレ達のステージだ!」
突撃するナックルを、沙紀がカバーする。
同時に、鎧武・闇も真っすぐ突っ込んでくる。
その手がベルトに伸びていることを、沙紀は見逃さなかった。
-勝負を決めてくる!
『ジンバーレモン・オーレ!』
鎧武・闇が猛スピードで踏み込み、長刀とソニックアローでの交差斬りを仕掛ける。
狙うはナックル。ここでザックが倒れれば、沙紀などどうとでもなるという判断か。
直撃をもらえば一撃ダウンもありうるその重い攻撃に、ナックルは拳で受けに回った。
だが斬撃は止まらない。
「ブラック…無双…ソニック!」
流れるような連続斬りに、ナックルは受けに回り続けている。
赤熱する拳のパワーを持ってしても、完全に威力を殺し切れてはいない。
反撃を許さない猛攻。これが最後まで決まればタダでは済まないだろう。
だが、この場にいる相手はナックルだけではない。
「させない!」
不意を突こうとしてかあえて背後を向き、二刀で同時にナックルの脇腹を狙おうとするその瞬間、
鎧武・闇の正面に沙紀が現れた。
そして錠前目掛けてローラースケートでの蹴りが放たれる。
反射的に錠前をかばって体勢を崩した鎧武・闇の背後で、ナックルは燃えていた。
『ジンバーマロン・オーレ!』
ベルトの発声と共に、ナックルガードがさらに凄まじい熱を発する。
両の拳をぶつけると爆発と炎が巻き起こり、鎧武・闇を吹き飛ばした。
そのまま両の手を燃やす炎を纏い、ザックが、ナックルが渾身の拳を繰り出す。
爆熱するダブルパンチ。
その先にあったのは、間違いなく鎧武・闇の戦極ドライバーだった。
錠前もろとも、拳がベルトを打ち砕く。
「グガガ…オレが負ける、はずが…」
鎧武・闇の変身が解かれる。
その下にあるべき黒いパーカー姿の男が、黒い霧となっていく。
ジンバーマロンの熱で錠前が燃え尽きると、その霧すらも消え去った。
「終わった…んすよね、これで」
「コイツはな。でもオレ達は、まだ終わりじゃない」
消えゆく鎧武・闇を前に、ザックは変身を解いた。
もちろん沙紀にだってわかっている。
終わりじゃないからこそ、沙紀はここまで来たのだから。
援護の甲斐もあり、思ったよりは時間が経っていない。
それでもプロデューサーのいる車の元に引き返すのは、かなりギリギリだ。
ましてや行きのように全力でローラースケートを飛ばすには、体力を消耗し過ぎている。
それでも、諦めず会場に戻ろうとする沙紀達の前に現れたのは、2人のアーマードライダーだった。
ザックの背後で消える鎧武・闇を見て、2人は変身を解く。
「さすがザック、1人でアイツを倒しちまうなんて!」
「1人じゃない。沙紀がいなきゃ、あれだけ思いきり戦えなかった」
選手リストで見たザックの相棒が、ザックに駆けよって来た。
答えるザックの言葉に照れくささを覚えた沙紀だが、その目前に別の青年がやってくる。
呉島光実。プロデューサーと共に、無理を言う沙紀の行動を支えた人物。
その表情に諦めは見られない。
「沙紀さん、今から会場に送ります。ザックの腕なら時間に間に合うはずだから」
「届けるって、どうやって…」
光実の言葉に、思わずそんな言葉が沙紀の口をついて出た。
ザックなら知っているかと思ったが、彼も怪訝な顔をしている。
どうやらザックも知らないらしい。
対する光実の態度はあくまでも冷静だ。この状況ですら、計算の内ということなのだろうか。
「これを使って」
ポケットから取り出した1つの錠前を、光実はザックに投げ渡す。
ザックの手を覗きこんでみると、その錠前は赤い薔薇を模したものだった。
「ローズアタッカー!まだ残ってたのか、コレ…」
「たしかに僕もメガへクスとの戦いで乗ったけど、これは別に新しく出てきたものだ。
ネオバロンの地下アリーナに転がってたんだよ。多分、あの黒いバロン用にね。
これを譲る。色々な意味で、ザックが持っているべきだから」
「…すまん、恩に着る!」
豪快に頭を下げ、そして顔を上げたザックの顔は希望に満ちていた。
そしてすぐさま錠前の脇にあるボタンを押し、その場に放り投げる。
すると、錠前はすぐさま巨大化し、変形していく。
薔薇の花と茨を象った、真紅と緑の鉄騎。
「え…これ、バイクっすか!?手の平サイズから、バイクって!」
あまりに常識を超えた光景に、さすがの沙紀も驚愕する。
今はロボットを製造したりするアイドルもいるとはいえ、ここまでの芸当はできないだろう。
そんな沙紀の手を引いて、ザックは迷いなくローズアタッカーに跨った。
「行こうぜ、沙紀。いくらコイツがあるからって、立ち止まってちゃ間に合わなくなる。
相棒とプロデューサーが待ってるんだろ?オレが沙紀に心配かけちまったみたいに」
「…そうだね、アタシ達のステージが待ってる!」
アクセルを握るザックの腰に手を回し、沙紀もローズアタッカーに乗る。
細い裏路地を突き抜けるその姿は、ストリートから抜け出る綺羅星のようだった。
<R←------I>
「今回は本当に助かりました。
メディア対応に理解のある方がいると事がスムーズに進みます」
呉島光実が丁寧に礼を述べた相手は、『アーティスター』の担当プロデューサーだった。
今いるのは会場内の待機室だが、当の『アーティスター』達はこの場にいない。
「ま、こちらもかなり迷惑かけたからな。
焦る場面がないワケじゃなかったが、八方丸く収まって何よりだ」
プロデューサーがいい笑顔で答える。
その表情を見るに、少なくとも最悪の結果ではなかったらしい。
「大会は、問題なく進んだんですか?」
「ああ。『黒陣羽』の棄権については穏便に処理できた。
発表直後こそ少し騒がれたが、直後に出てきた沙紀達がアレだからな。
元よりインタビューをことごとく蹴ってる連中だったこともあってか、すぐに話題から消えたよ。
さすがにSNSまではどうこうできないが、当人達がもういないからそもそもボロの出ようがない」
その言葉に光実は内心で安堵した。
元々光実は、この策のためにプロデューサーに協力を仰いだのである。
予選ならまだしも、数が絞られた本戦での出場チーム棄権ともなれば、
『アーティスター』付きの番組スタッフが黙っていない。
そうなれば大会どころか、ザックやペコの今後にも関わる可能性がある。
ただ、『黒陣羽』の棄権すら押し流す沙紀達の様子が、少し気にかかった。
「…あの後、彼女達はどうなったんでしょう?
色々あって結果発表も見てないんですが」
「お、それはいいことだ。これから始まるものを楽しんで見れるぞ」
光実の心配をよそに、プロデューサーは待機室内のモニターの電源を入れる。
映し出されるのは大会のメインステージだ。
そしてそこにいるのは-
「これは…まさか!?」
「そう、優勝・準優勝の合同パフォーマンス。
そこにいるってことは、可能性は2つしかないよな?」
ステージに並び立つ『チームバロン・コア』と『アーティスター』の面々を見て、
プロデューサーは笑いながらそう言う。
「答えを言っちまえば、ウチは2位だった。テレビ的にも彼女ら的にも、これ以上ない結果だと思う。
いきなり1位だと大抵は逆境に弱くなる。3位以下じゃ最後の魅せ場に出れない。
イレギュラー満載だったが、その結果がコレならオレとしては良い仕事をしたことになるだろうね」
モニターの中では、先にザック達が立つステージに、ローラースケートとスケートボードで乱入した
沙紀達が割って入るという、ダンス対決の前座のような流れが終わりつつあった。
まるでアーマードライダーが生まれて間もない頃のチームバロンとチーム鎧武の抗争を見ているようで、
光実は懐かしくも複雑な気持ちになった。
「沙紀の発案で、上手い事衣装の傷をイメージ調整に転換できたことが功を奏したな。
なにせストリートダンスだから、アンダーグラウンドなイメージは親和性が高いし、
朝の撮影時点でイメージが鮮烈過ぎて浮くかもという危惧はあった。
偶発的な要因とはいえ、結果的にはちょうど良い調整になったワケだ。
ま、それ以上に良い結果になった要因は-」
そこで一度言葉を止めると、プロデューサーは口に何かを加えた。
アイドルがいるのに煙草か、と光実は疑ったが、よく見るとそれはシガレットだった。
箱にはオレンジの輪切りが描かれている。
「2人のメンタリティだろう。…ほんと、強い子達だよ。
伊吹には沙紀のコンディションが悪化した場合に備えて、ダンスパターン調整しておくよう無理言ったが、
それが全く必要ないくらい精神的なコンディションが保たれてた。覇気に満ち満ちてるっていう感じか?
伊吹は伊吹で、あんなことになっても最後まで沙紀を信じて会場でコトを進めてくれてた。
自分の選んだパートナーだからってのもあるだろうが、それ以上にリーダーとしての資質が出てきた気がする。
これなら、それぞれ個人の活動にも大きなプラスになるだろう。勘だけどね」
モニターの中の4人の表情は明るい。
それは演技ではなく、心の底から楽しくて出たものなのだろう。
自分が長らく失っていたものだからこそ、光実にはよくわかる。
そうして穏やかにステージを見ていたが、不意に何かを思い出したようにプロデューサーが口を開いた。
「そうそう。今回は色々あったが、実をいうと一番困ったの、ノーヘルでの2人乗りを迎えた時だったりするんだ。
見つからない場所とわかってても色々怖いぞ、アレ。今後使う時は注意してね」
「すみません…本来はアーマードライダー用なので、ヘルメット規制無視した造りなんです」
言い訳がましいと思いながらも、光実はそう説明しながら謝罪した。
そして、いくら前提があるとはいえ、ロックビークルにヘルメットが付属しないことは、
たしかに今となっては運用上の問題になる。
ムカついた光実は、研究資料の件で内心言ってしまった戦極凌馬への感謝を、これまた内心で取り下げた。
「まぁそういう細かいことはともかく…最後の本題だな。
メディア統制でネオバロン対策、だったか」
「はい」
話が本題に戻ったことに気付き、脳内の戦極凌馬を追い出す。
無理を承知で相談したことだが、プロデューサーはなにやら手書きで文字を連ねている。
つまりは保留ではなく、何らかの案を持ち出したということだ。
「解決策はこんなのでどうだろう?この結果なら、問題なくいけそうだけど」
案の定、1枚の殴り書きの紙がそのまま提示される。
だが、それは光実を驚かせるに十分なものだった
「良いんですか?僕としては問題ないですし、彼ら自身も受けてくれるとは思いますけど…」
思わず口ごもる光実に、プロデューサーが続ける。
「光実くん、『木を隠すには森の中』というけれど…実際に使われるのはもうちょっと効率がいい方法なんだ。
都合良く森があるとは限らないし、森を創るのは簡単じゃない。でもその両方が簡単で、同じ効果を生み出せるものがある」
「なんです?」
指抜きグローブに力を入れた変わり者のプロデューサーは、人差し指を立ててこう答えた。
「巨木さ」
<R------→I>
全日本ストリートダンス選手権から半年が経っていた。
大会での変貌から、『アーティスター』はそれまで取材のあったアイドル雑誌だけでなく、
ストリートダンスの専門誌にも顔を出すようになった。
かつては愛読者だったという伊吹に至っては連載記事まで貰っている。
沙紀は沙紀で、大会で見せた発想力が評価され、再びグラフィティ・アートの世界に飛び込んでいた。
2人の飛躍は留まるところを知らない。
だが、それ以上に変わったことは-
「悪いな、見送りに来てもらって。
…というか見送りって、搭乗ゲートまで来ていいもんだったっけ?」
「ホントはダメっすよ。アタシ達は番組撮影のついでっす、空港内施設の宣伝!」
明るく答える沙紀の前にいるのは、なんとザックだった。
-羽田空港。
国際線・ニューヨーク行きの搭乗ゲート前に、沙紀と伊吹は来ていた。
そしてベンチに座って待っているのは、チームバロンの面々。
もちろんその筆頭には、ザックとペコがいる。
「ザックはともかく、オレは見送りいらないんだけどなー…」
「なに言ってんの!アザミが心配してるから、アタシが代わりに来てるんじゃない」
「だから毎度余計だっての!伊吹さんには恨みないけど、姉ちゃんは心配性過ぎるんだよ!」
ペコと伊吹の言い合いを横目に、ザックは少しげんなりした顔を見せた。
いつものこととはいえ、中々に面倒事ではある。
「まーた始まったか…出発前に落ち着くかな、コレ」
「ま、平和でなによりっす。みんな上手くいったから、こうしていられるんだし」
ザックを宥めながら、沙紀はこれまでにあったことを思い出した。
大会の翌日、『アーティスター』の所属する芸能プロダクションは、
『チームバロン・コア』、ひいては「チームバロン」そのものの活動を支援することを決定した。
全国大会優勝という結果と、彼ら自身の人となりを見て、件のプロデューサーが立ち上げた方針である。
結果、「チームバロン」の名は全国区で通用する知名度を獲得し、
世間的に「イケメン」と言って差し支えないザックとペコは、ダンス以外にも活躍の場を広げた。
その一方であくまでダンスチームとしての活動がメインである点は常にブレなかった。
だからこそダンス領域での活動が増えた『アーティスター』とも、少なからず接点はあった。
そして今回旅立つのも、かつてザックが単身旅立ったニューヨークでのリベンジである。
かつての武者修行はザックのセンスを強力に研ぎ澄ませはしたが、オーディション合格という結果は出ていない。
「チームバロン」の名に込められた「最下層から天下を取る」という意を汲んだ時、
まさしく最下層だったニューヨーク時代を思い出すのは当然のことだった。
ただし、今度はチームバロン全員で。
あの日沙紀が言った「自分を省みていない」という指摘を、ザックは忘れていない。
そして、たった半年で沢芽市という枠を外れて「チームバロン」が成長したことで、
「ネオバロン」という組織は「よくあるチームバロンの紛い物」に成り下がり、急速に組織力を失った。
あの光実という青年が言うには、例の『黒陣羽』の裏にいる黒幕だという。
そんな存在が動けなくなったなら、少なくとも当面はあの日のような戦いに発展することはない。
その期間はニューヨーク遠征を無事に終わらせるのに十分だった。
「沙紀、ゲート開いたみたいだよ?」
そんな伊吹の声で、我に返った。
ふと隣を見ると、伊吹が落ち着いてチームバロンの面々を見送っている。
ペコとの漫才さながらの掛け合いは終わったらしい。搭乗口のゲートも開いたようだ。
いよいよ、ザックが旅立つ。
「今度こそ、1年で戻ってくる。戻ってきたら世界レベルだぜ!」
「アタシも、どんどん限界超えてくっすから!」
拳を突き出すザックに、沙紀も拳を合わせて返した。
「「またな!」」
揃った別れの声は、悲しさのない明るいものだった。
笑顔で手を振って見送る背中は、ゲートの先に消えていく。
-今はまた別れてしまうけど、また必ず会えるはず。
いつか、どこか。名もなきストリートの片隅で-
-END-
これにて終了となります。お目汚し失礼いたしました。
鎧武外伝2合わせでパラレル化を覚悟でスタートしましたが、思いっきり鎧武外伝2の内容を含む代物に…
冒頭のネタバレ注意が嘘になってる気がするorz
そんでもって水曜完結目安がずれ込んで日曜完結になってしまいました。アカン()
今回も少しだけ本編内小ネタに触れておこうかと。もちろんネタバレなので注意。
・沙紀と伊吹の衣装
予選での衣装は[ボーイッシュエレガント]吉岡沙紀(特訓後)と[フェイバリット☆タイム]小松伊吹(特訓後)。
本戦での衣装は[アーティスティックチアー]吉岡沙紀(特訓後)と通常版の小松伊吹(特訓後)の組み合わせ。
前者は第9回アイドルLIVEロワイヤルで『アーティスター』として出た時の姿そのままです。
・ライブツアーでアメリカ行き
「アイドルLiveツアーinUSA」のこと。
ただし実はライバルユニットに沙紀と伊吹は出ておらず、実はペコの勘違い。
出会い自体がもっと前、という意味でザックも否定していますが、
そもそも沙紀達はアメリカ行ってないので偶然会う可能性もありません。
・『整髪料にカーワックス使ってるの?』
「アイドルプロデュース 鎌倉あじさい巡り」で原田美世相手にプロデューサーが言ってしまった世紀の暴言。
沙紀や伊吹と一緒に入ってそう、というイメージを考えた時に思い浮かんだのが櫂くんと原田さんだったのですが、
名前出さずに一発でわかってもらえる&これ以上ない変人エピソードなので抜擢となりました。
原田さんはプロデューサーのことグーで殴っていいと思うよ?
・夢の世界
劇場版『鎧武』のこと。TV版最終回のコウガネ再襲来後、ミッチはあの世界を思い出せたということにしています。
逆にザックやペコは忘れたままですが、あの世界のことを覚えていたミッチがペコにマツボックリエナジーを奨めた形。
・ドライバーとロックシードで現世に~
鎧武外伝2で狗道供界がやった方法そのものです。というかデューク編の全力ネタバレ。
今回は供界ではなく、劇場版『鎧武』で一時出現した黒い紘汰と、大破したヨモツヘグリに残された
黒ミッチ時代の残留思念を固着させた形。
供界がシュラにブラックバナナ渡した場所と、黒い紘汰さん出た場所があまりにも激似なので何か関係ありそう…
と疑ったのでこういう形で接点付けてみました。
・「ブラック…無双…ソニック!」の先
鎧武・闇 ブラックジンバーアームズが一気に勝負に出た時の攻撃は、
「仮面ライダーバトル ガンバライジング」での必殺技「ブラック無双ソニック乱舞」を元にしています。
作中ではジンバーマロンスカッシュで潰されてますが、実際は無双セイバーでの射撃から背面二刀刺しまでで一つの技。
ちなみに龍玄・キウイアームズのトドメも実はガンバライジングの「キウイ飛龍乱舞」が元ネタ。
みんなもガンバライジングやろうぜ!
・タイトルの元ネタ
山下達郎のCD「ON THE STREET CORNER」を拝借しました。
ストリートダンスということで頻出する「ストリート」という語が自然と出る他、
達郎氏自身がアーティストにしてある意味どこまでも強い人なのでぴったり。
あ、CD聞いてない方は一度聞いてみるといいですよ。1人多重録音の完全アカペラとか衝撃受けると思うので。
…ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
それでは、またストリートの片隅で。
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