藍子「路地裏の喫茶店」 (36)
「藍子、なにかやりたい仕事とかないか?」
「やりたいお仕事ですか?」
プロデューサーさんにそう訊かれたのは、デビューして一ヶ月になる頃だった。
今日は学校帰りに軽くレッスンをした後、事務所に寄っていた。
そんなに広くはない事務所だけど、なんとなく居心地がいいから暇なときに雑誌を読んだりしている。
「人気が出てからじゃないとできない仕事も多いけど、逆に今じゃないとできない仕事もあるからな。どうしてもこれをしておきたいってことがあるのか訊いておこうと思って」
「そういうことでしたか。やりたいことかぁ……」
改めて考えてみると、けっこう難しい。
だけど、言うだけならタダなんだから、なにも考えずにやりたいことを言っちゃおうかな。
「例えば……みんなでお散歩したり、とか?」
「んー、参加者との区別が付けにくいか。となると、どこかを貸切にするかスタッフを増やすか……ちょっと難しいかな」
場所が広いといろいろと問題も出てくるみたい。
やってることはお仕事だもんね。
「えーと、じゃあ……カフェでファンのみなさんとお話するとかどうですか? 私がウェイトレスさんをしたり、ちょっとだけ歌ったりして」
「なるほどね……」
座席数も決まってるし、室内だからどうかな?
「でも、これもお店に迷惑かけちゃうかも? あとは……」
「いや、いけるかも。というか、いいなそれ。採用」
「え?」
企画が通っちゃった?
……あんなに軽いノリで?
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「あ、お久しぶりです店長……誰って、その反応は声と番号でわかってるでしょうに……」
プロデューサーさんはそのまま机の上に置いていた携帯を手に取ると、どこかへ電話をかけた。
「え? あー、はい。すみませんね、マスター」
話し方からして、ずいぶん気安い仲のようだ。
「……はい、どこかの週末でそちらでイベントをできたらと……え? そりゃ俺の担当アイドルですよ。高森藍子って」
相手はカフェのオーナーなのかな?
となると、プロデューサーさんの実家関係かも。
とにかく、早速お仕事の予定を組み始めたみたい。
「……有名じゃなくても、絶対に損はさせないって俺が保証しますから……嫌な信頼のされ方ですねまったく……」
アイドルとして、私のことを熱心に売り込んでくれるのを目の前で見ると嬉しくなる。
まだお仕事では二ヶ月の付き合いだけど、頼りになるというか。
「はい。じゃあ、そういうことで……藍子、二週間後の週末って暇か?」
えっと、二週間後は……
「特に予定はありませんよ。まさか、本当に決まりですか?」
「藍子さえよければな」
ここで私の意志を確認って……それなら、お店と話す前に訊くべきじゃないかとは思うけど。
たぶん、断らないって確信してるからここまで勝手に話を進めたんだろう。
そのくらいにはお互いのことをわかっているとは思う。
そもそも、私がやりたいって言い出したことだし。
「ぜひお願いしますっ」
「よし、OK! ということなので、そのときはよろしくお願いします」
話が纏まったみたい。
やりたいことがこんなにもすぐに実現して、ちょっと理解が追いつかないけど。
「……研修? 不安ならウチの店ででもやろうかと……え? そっちでやるんですか? ……いつでもいいって……」
研修?
そっか、一応お客さんの前に出るんだから、ちゃんとお仕事をできるようにしておかないと。
「……わかりました。じゃあ詳細はまた後で……はい。じゃあまた連絡します……こちらこそ、ありがとうございます」
プロデューサーさんが電話を切った。
携帯を机の上に戻して、私の方を見る。
「本番は二週間後、その前に一日だけその喫茶店で研修だ。というわけで、今週末は暇か?」
「暇、ですけど……」
……やっぱり、ちょっと急すぎませんか?
……………
………
…
週末、人の少ない朝の街をプロデューサーさんと歩く。
今日はイベントをさせてもらうカフェでの事前研修の日だ。
「こっちの道をまっすぐな。疲れたら言ってくれよ」
「大丈夫です。体力には自信あるんですよ?」
駅からは少し離れたところにあるらしい。
大通りから一本入った路地を真っ直ぐ歩いていく。
「到着。ここだ」
「へぇ……いいところですね」
あるお店の前で立ち止まった。
『クイーンズベリー』という看板がかかっている。
「英国の貴族を意識したんだとさ」
「なるほど、それで……」
まだCLOSEの看板が出ているけど、明かりは点いていて店内の様子も窺える。
外も中もヨーロッパの古いお屋敷みたいで、落ち着いた雰囲気だ。
ここなら、お仕事じゃなくても入ってゆっくりしてみたいかな。
「おはようございまーす」
「おはようございますっ」
プロデューサーさんがドアを開けて、店内に入っていく。
なんとなく、いつもと比べて遠慮がないような……
「お帰りなさいませ。旦那様、奥様」
「はい? え?」
ドアをくぐったところで固まってしまった。
燕尾服を着た男性に出迎えられた、けど……奥様って……?
「そこはお嬢様でいいでしょうが。あんまりからかわないでくださいよ」
「承知いたしました。いらっしゃいませ、クソ餓鬼とお嬢様」
さっきと違って大袈裟に一礼して、ウインクを送ってきた。
「藍子、こういう人なんだ。なんというか、諦めてくれ。いろいろと」
「は、はぁ……あっ! 高森藍子ですっ。よろしくお願いしますっ」
呆気に取られていたけど、挨拶がまだだった。
慌てて頭を下げる。
「写真で見た通りのかわいらしいお嬢さんじゃないか。二日間だけだけど、よろしく頼むよ?」
「はい、こちらこそ」
マスターと固く握手をする。
変わった人だけど、悪いところじゃないみたい。
「ところで、本当にいいのかい?」
「……あぁ、あのことですか。遠慮なくやってください」
なんのことだろう?
ちょっと嫌な予感がするんだけど……
「ふむ、それでは……」
マスターがパチンと指を鳴らすと、奥から古風なエプロンドレスを着た女性が出てきた。
「槙原君、早速取り掛かってくれたまえ」
「はぁい♪ 藍子ちゃん、行きますよ~」
背中をぐいぐい押されて、バックヤードの方に連れて行かれる。
この人、見た目の割に押しが強い。
「ちょっと待って下さいっ。これからなにをするんですか?」
「それは着てみてからのお楽しみってことで! さあさあ♪」
なんとなく先が読めたけど、心の準備くらいさせてほしかった。
プロデューサーさんを睨むと、満面の笑みを向けられる。
その顔に文句をいう前に、カーテンの向こう側に連れ去られてしまった。
「かなり似合ってると思うのだがね?」
「めっちゃかわいい。とりあえず何枚か写真撮っておこう」
着替えて裏から出てくると、上品に笑うマスターとカメラを構えたプロデューサーさんに迎えられた。
「っておーい、藍子ー? 下向いてたら撮れないだろ?」
「……あの、一発、入れてもいいですか?」
返事を聞く前に、プロデューサーさんのお腹に固めた拳を撃ち込む。
「全然痛くないんだけど……気に入らなかったか?」
「とっても気に入りましたよ。かわいくて素敵な服ですね。でも、それとこれとは話が別ですから!」
志保さんと同じエプロンドレスの制服はとってもかわいい。
今よく見るメイド服みたいに露出が多かったりもしないし、着ることに文句はないんだけど。
「せめて事前に言ってくださいよ。お店のエプロンをつけるくらいかなって思って服も派手なものにしなかったのに。全部着替えるなんて知りませんでしたっ」
「言ったら絶対に道中ずっと躊躇ってただろ?」
「それは……うぅ……」
確かに、私にこの衣装が似合うのかって迷ってたのはいつものことだったけど……
「業務開始までにやることも多いし、さっさと撮影してしまうぞ」
「はぁい……」
どこかで使われることになるだろうし、撮影は真面目にしよう。
マスターと志保さんに見守られての撮影の後、志保さんにウェイトレスの基本的なお仕事を教えてもらって。
それが終わると、開店時間が近づいていた。
「高森君。難しいことは言わないし、完璧にしろとも言わないよ。君が楽しんでくれたらきっとお客さんにも伝わると思う。できるかね?」
「はいっ。そういうことなら、私の得意分野です」
「よぉし。それでは、任せたよ」
マスターが私の頭を軽く撫でてから、背中を押す。
こういう仕草が様になるのはすごいなぁ。
「大丈夫だよ、藍子ちゃん! そんなに混まないし、すぐにはお客さんも来ないし。ね? マスター♪」
「おやおや、そんなことを言われるとはね」
マスターも志保さんも苦笑している。
「槙原君の言ったことは残念ながら正解だ。それに、ウチをよく知っているお客さんしか回さないつもりだから、気楽にしてくれればいい」
「はい、ありがとうございます」
初めてのウェイトレスさんは、いいカフェでできるみたい。
そんなことを話していると、ドアの開く音がした。
「さて、早速最初の練習台だよ。行ってきなさい」
「いらっしゃいませ」
決して焦らず、急いでドアの方まで行く。
ドアの前にいたのは、身なりのいいおじさんだった。
「案内をお願いできるかな?」
「はい。こちらへどうぞ」
ちょっとだけ遅れてしまった。しっかりしなきゃ。
入り口近くの席まで案内する。
「ご注文が決まりましたら、お声掛けください」
「とりあえず、珈琲。オリジナルブレンドで」
「はい、承りました。少々お待ちください」
カウンターのマスターのところまで注文を伝えに行く。
「オリジナルブレンドひとつです」
「ありがとう。出来上がるまで暫く待っていなさい」
ふぅ、こんな感じでいいのかな?
「いい子が入ったね、マスター」
「二日だけだよ。気に入ったなら来週も来てくれると嬉しいのだがね?」
マスターは手際よく珈琲を入れながらおじさんと会話をしている。
「どうかな? わざわざ呼んだだけのことはあっただろう?」
「坊主のアイドルが来るって言ったからじゃないか。しかし、あいつには勿体ないくらいだ」
「やっぱりそう思うかい? ちょっとはしっかりしてきたような気もするけどねぇ」
「そこ、人のことを散々に言わないでもらえますか……」
やっぱり、このおじさんは常連でプロデューサーさんとも知り合いみたい。
「それじゃあ、二杯目は坊主に頼むことにしようか。少しは腕を上げたか?」
「大学の頃からあまり変わってませんよ。まぁ損はさせませんけど」
マスターの隣に、スーツ姿のままプロデューサーさんも立っている。
私についていないといけないけど、そうなるとプロデューサーさんは暇になってしまう。
ずっと席を占領するくらいなら手伝え……ということらしい。
「昼まではいるつもりだから、そのうちお代わりを頼むよ」
プロデューサーさんは大学まで実家の喫茶店を手伝っていたから、たぶんその頃から知っているのかな?
「さて。高森君、よろしく頼むよ」
「はいっ」
珈琲ができたみたい。
マスターから受け取って、おじさんのところまで運ぶ。
「お待たせしました」
テーブルに置くときは慎重に、音を立てないように、でも止まらずに……
「ありがとう」
「それでは、ごゆっくりお寛ぎください」
うん、こっちも上手くできたと思う。
「来週、高森さんはここでイベントをするんだね?」
「あ、はい」
振り返って戻ろうとしたときに、おじさんに声をかけられた。
「アイドルには疎くてね。どんなイベントなのかな?」
「ファンのみなさんとお話したり、歌を歌ったりする予定です。アカペラでになりそうですけど」
「ほう。思っていたよりも大人しいというか……」
「みなさんにカフェでゆっくりする楽しさを知ってもらいたいですし、ここの雰囲気は壊したくないなって思いましたから」
「……本当に、いい子じゃないか」
「気に入ったなら来週も必ずお越しください。ちなみにイベント参加は藍子の1stシングルとなっております」
「もう、プロデューサーさん! そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
せっかくお話してたのに、宣伝しなくても……
まだまだ駆け出しアイドルだから、本当は売り込むべきなんだろうけど。
「いや、いいんだ。帰りにCD屋にでも寄って見てみることにしよう」
「あ、ありがとうございますっ」
またひとりファンが増えるかも?
少しでも知ってくれて、好きになってくれるのは本当に嬉しいことだ。
「坊主が他人に勧めたものに外れはそうなかったよな?」
「藍子以上のアイドルはいませんよ。そのうちわかりますから」
プロデューサーさんに目の前で自然に断言されると、さすがに恥ずかしい。
褒められるのになれてないからかな。
平常心、平常心……
「藍子ちゃん、大丈夫?」
気づいたらいろいろと雑用をしていた志保さんが隣に立っていた。
すぐ近くから顔を覗き込まれている。
「大丈、夫ですよ?」
「んん? ふむふむ?」
私が答えると、志保さんがなにかを納得したような表情をして顔を離した。
「ほら、藍子ちゃん。新しいお客さんだよ!」
志保さんの声と同時に、ドアのベルが鳴る。
「あ、はいっ。いらっしゃいませ――」
「疲れました……」
日が落ちて、柔らかいランプの明かりに照らされた店内で。
私はテーブルに突っ伏して、伸びていた。
「お疲れ様。初めてにしては上出来と言っても過言ではないと思うよ? 実はこの仕事をやったことがあるのかい?」
「カフェにはよく行くんです。だから、お客さんから見える範囲では知ってることが多かったですから」
予習ではないけど、いつも店員さんの動きを見てなかったら今日を乗り切れたか怪しい。
それでも、なれない仕事で失敗をしないようにずっと集中していたから大変だった。
「二人とも、本番はよろしく頼むよ? ああ、でも君は少し修行をしてきなさい」
「はいはい、わかりましたよ。ちょっと忘れてるとこありましたし」
プロデューサーさんは補習があるみたい。
やってることが違うけど……今日は私の勝ちだ。
たまには、そういうことにしておいてもいいと思う。
プロデューサーさんに知られたらまた弄られそうだし、絶対に言わないけど。
「藍子ちゃんよかったよ! とってもかわいかったし♪」
「ひゃへてくだひゃい」
志保さんに後ろから頬を揉まれた。
振り払う気力も残っていなくて、構われるのはほぼ諦めている。
「そろそろ店を閉めたいのだが……」
「あ……はい。すぐ着替えてきますね」
いつまでもこうしてるわけにはいかないよね。
着替えて、お家に帰ってからゆっくり休もう。
「私も行く!」
私を構う手を止めて、志保さんが歩き出す。
遅れないように、慌てて立ち上がって後をついていく。。
「藍子、今日は送ってくぞ」
「はーい!」
背中越しに聞こえるプロデューサーさんの声に返事をして、バックヤードに入った。
来週、楽しみだな。
……………
………
…
今回はここまで。続きは今月中には。
マジアワで、カフェでファンと交流するのが夢って言ってたから仕事を取ってくる以外なかった。
あと、数日前にとてもいい藍子SSが投下されてたのでやる気が出ますね。
イベント当日の天気は晴れ。
暖かく、春らしい朝だ。
今日もまた、プロデューサーさんと一緒に朝の街を駅から歩いて来た。
お店にはあの日と同じく、マスターと志保さんがいた。
「「おはようございます。今日はよろしくお願いします」」
店内に入って、プロデューサーさんと一緒に挨拶をする。
「こちらこそ。それでは、高森君は着替えをお願いできるかな? 槙原君はサポートをよろしく頼むよ」
「はーい♪ さ、藍子ちゃん。こっちこっち!」
この前と同じように、志保さんに連れられてバックヤードに向かう。
「ああ、君はこっちだよ」
「は? 俺になにをさせようと?」
「いいから、さあさあ」
後ろでプロデューサーさんもマスターに連れ去られてたみたいだけど……
「よく似合ってると思いますよ?」
「……ありがとう」
奥でエプロンドレスに着替えてから。
店内で、マスターと同じように燕尾服を着たプロデューサーさんの隣に立っていた。
向かいには同じようにマスターと志保さんが立っている。
今日もこの四人でお店を回す予定だ。
「配置も役割も前回と同じだから、リラックスしてくれたまえよ? 高森君はお客さんと話すこともあるだろうから、槙原君はフォローを」
「お任せください♪」
「よろしくお願いしますっ」
先週でやることはだいたいわかっているし、志保さんも手伝ってくれるなら心強い。
「問題はないかい? それじゃあ、オープンとしようか」
扉を開けると、お客さんが店内に入ってきた。
「今日はお越しいただきありがとうございますっ」
「こちらへどうぞ♪」
志保さんと一緒にお客さんを案内していく。
店内の座席は八割ほど埋まってしまった。
あとは注文が決まるまでちょっと休憩かな。
「朝の最初からこんなにお客さんが来てくれるなんて、藍子ちゃんってすごいね!」
「ありがとうございます。私もちょっとびっくりでした」
開店までお店の前に人影はなかったのに、時間になったら急にこれだけの人数が集まった。
こんなことって、よくあるのかな。
あまり来ないかなって思ってたから、驚いたし嬉しかった。
「すみません、注文決まりました」
「はーい」
志保さんと一言二言話すと、早速最初のお仕事がやってきた。
「抹茶シフォンとオリジナルブレンドをお願いします」
「はい、承りました」
前回に比べたら自信を持ってお仕事ができている。
今日は最初から忙しいけど、少しは慣れてきたおかげだろう。
「そうそう、今日の服かわいいですね」
「へ、ふぇ?」
かけられた声に思わず間抜けな声を上げて立ち止まってしまった。
「あ、それ俺も思ってました。めちゃくちゃかわいいです」
「うん、かわいい」
「かわいい」
「かわいい」
ぽつぽつと、店内のあちこちから同じような声が上がる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。一旦ストップです! ストップ!」
声がピタリと止まった。
「服は……確かに今日の服はかわいいですね。でも、なにも今更みんなで言わなくてもいいじゃないですか」
周りを囲んで言われるとかなりはずかしい。
慣れてないのが大きいんだけど……
「こう、言っていいのか迷うし」
「誰かが言ったらもういいかなと」
「私はよくないですっ。今日は普通にお話しませんか? ね?」
みなさん普段はいい人なんですけど……いい人、ですよね?
当分はこうやって弄られる気がする。
悪い予感は当たってほしくないんだけど。
「藍子ちゃん、そろそろ注文とらないと。私も手伝うから!」
「あっ、ごめんなさい。お願いします」
「お待たせしました」
「ありがとう」
このお客さんは紅茶とクッキーを注文していた。
朝のティータイムにするみたい。
「今日はどちらから来たんですか?」
「長野の松本からだから、少し遠いかな?」
「十分遠くですよ。わざわざありがとうございます」
まだまだ駆け出しなのに、二つ先の県にもファンが居てくれるんだ。
テレビに出たりはまだしてないけど。
「どんなところなんですか?」
「それなりにお店はあるかなぁ。都会ってわけじゃないけど、過ごしやすいよ。歩いてても楽しいし」
「へぇ、そうなんですね。電車で行けるなら旅行もしてみたいです。最近はちょっと遠出もしたいなって思ってて」
「いつかって思ってたら忙しくて行けなくなりそう」
「もっとお仕事が増えて、そうなったらいいですね」
「お待たせしました! ストロベリーチョコパフェDXです♪」
「お、大きいですね……」
お客さんと話していると、志保さんが隣のテーブルにパフェを運んできた。
だけど、特集とかをされるビッグパフェみたいな大きさなんだけど。
「朝からそんなに食べて、大丈夫ですか?」
「朝食だから大丈夫ですよ。甘いものは別腹って言うじゃないですか」
「それはそうですけど……」
私はここまでは無理だ。
世の中には凄い人っているものなんだ。
「藍子ちゃんは食べるのが遅いせいもあると思います。特にスイーツ」
「そうですか? 普通くらいだと思いますけど……」
「先に満腹になるし、絶対溶けますから。ああ、一口食べますか?」
「い、いえ、お仕事中なので……」
「そうですか。美味しいので休憩か終わった後にでも食べてみてください」
「わかりました。後で食べてみますね」
なんだかマイペースな人だったな。
パフェは……普通のサイズでつくってもらおう。
「ショートケーキとオレンジジュースとカフェオレですね。どうぞ」
今度は小さい女の子とお母さんが来てくれていた。
「あいこちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
この組み合わせも今日の喫茶店には珍しい。
「この子が藍子ちゃんのファンなんです。今日もこんなイベントがあるって言ったら絶対に行くって言って」
「そうだったんですね。今は何歳なのかな?」
「五さい!」
「じゃあ、幼稚園とかかな? 楽しい?」
「うん! あいこちゃんのうたをうたったりしてるよ!」
「わぁ、ありがとう」
「あいこちゃんはたのしいからだいすき!」
「ふふっ。これからもそう言ってもらえるように、私頑張るね」
本当に、私のファンにはいろいろな人がいるなぁ。
こうしていつもよりゆっくりお話できる機会があってよかった。
「珈琲とサンドイッチです」
「ありがとうございます」
次のお客さんは若い男の人だ。
プロデューサーさんと同じくらいかな?
「いつも藍子さんには元気をもらってますよ」
「ありがとうございますっ」
「もっと声が聞ける機会があるといいんだけど……例えばラジオとか」
「ラジオですか。できればやってみたいですね」
「でも、番組の時間に収まるかなぁ」
「そこまでまったりにはなりませんよ! ……たぶん」
まだイベントでちょっとだけ時間をオーバーしたことしかないし。
それにしても、ラジオかぁ。
毎週お手紙も読めるし、いつかはやってみたいな。
「おはよう、藍子ちゃん」
「あ、今日も来てくれたんですね」
「あれからCDを買ってね。ほら」
そう言って、おじさんが私のCDを見せてきた。
「ありがとうございます。どうでしたか?」
「よかったよ。なんというか、藍子ちゃんらしくて聴いてて落ち着くし」
「どちらかと言えば落ち着いた曲が多いですからね。アイドルとしてはちょっと変わってるかもしれませんけど」
「似合ってると思うよ。まだ二曲だから、新曲も楽しみだ」
「もうすぐ発売日ですよね。そっちもよろしくお願いします」
「もちろん」
そろそろ時間かな?
プロデューサーさんのほうを見ると、軽く頷いた。
「それでは、この後はちょっとしたステージがあるので。楽しんでいってくださいね」
カウンター前の少し広くなっているところが今日のステージだ。
段差もマイクもスピーカーもないけど、ここではそれがいいと思う。
「フフフフンフンフンフフン♪」
足でリズムを取って、イントロも鼻歌で。
ダンスもなくて、だたの歌だけ。
この『お散歩カメラ』と『君のとなり』の二曲だけ。
まだまだ私は駆け出しだけど、今日はきっといいステージにできると思う。
……………
………
…
「ふー」
先週と同じように、私は閉店後の店内で机に突っ伏していた。
違うのは、先に着替えを済ませいてること。
前回よりもずっと大きな満足感と、疲労があった。
「藍子ちゃんお疲れだねー」
「ん、あんまり強くしないでくださいよ」
志保さんに頬をつつかれたけど、今日は何も反応できない。
それなりに体力には自信があるけど、今日は精神的にもかなり疲れた。
慣れない接客をずっとするのは大変だ。
「君もお疲れ。それにしても、もう少しトラブルがあるかと思っていたのだがね」
「大人しいものだったでしょう? 客層もいつもと変わらないくらいだし」
「確かに。こんなことならまた来てくれてもいいくらいだよ」
このお店にも迷惑はかからなかったみたい。
よかった。
「これから先はイベントで、となると少し難しいかもしれませんね」
「ほう、それはまたどうしてだい?」
「藍子だから、今だからできたんですよ。たぶん」
「というと?」
「藍子はボーカルもダンスもビジュアルも、平均と比べてもまだ勝っているというわけではありませんから」
事実だけど、そこまで言わなくてもいいのに。
「あ、藍子ちゃんのほっぺぷくーってなった♪」
「ははは。だからこそ、今の藍子を好きになってくれた人は藍子自身に惹かれているんです。それなら、ほぼ間違いなくいい人しか来ないでしょう?」
「なるほど。もっとファンが増えていったら」
「こうはいかないでしょうね」
「ねえ藍子ちゃん、アイドルも大変なんだね」
「確かに大変ですけど、それ以上に楽しいですよ」
「そっか!」
志保さんが手を離した。
軽く頬を揉んで解す。
「そうだ、槙原さんには渡しておこうかな。はい、これ」
「名刺ですか?」
「アイドルもできると思うから。気が向いたらウチも考えてくれると嬉しいな」
「へー、本物だ!」
「おいおい、槙原君はウチの大事な従業員なんだぞ」
「だからあくまで一応ですって」
「うーん、せっかくのお誘いだけど、私のお仕事はこれだし。いつか気が向いたらにしますね♪ 馬に蹴られる趣味もないですし!」
「はっはっはっ、見事に振られたものだね」
たまにスカウトもしてるみたいだけど、プロデューサーさんの成果はほぼないみたい。
「それじゃ、そろそろ帰るとするか」
「はーい」
プロデューサーさんの声に答えて、席から立ち上がる。
「今日も送ってくから」
「よろしくお願いします」
「今日と先週と、ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
マスターと志保さんに二人揃って頭を下げる。
「また来てね!」
「次はお客さんとしてゆっくりしていくといいよ」
「はい、近いうちに絶対また来ますっ」
日が暮れて、街の明かりに照らされた道を歩く。
この道沿いには居酒屋はないようで、人もあまりいなくて静かだ。
「今日はどうだった?」
「とっても楽しかったです。やっぱりファンのみなさんとお話できるっていいですね」
「そっか……じゃあ、ラジオの仕事も探してみようか。やってみたいんだろ?」
「聞いてたんですか?」
「一応な。確か新人アイドルの枠があったはずだから、調べてオーディションを受けてみるか」
「はい、ぜひ。楽しみですね」
「俺も藍子のラジオは聴いてみたいくらいだからな。きっとうまくいくよ。2ndシングルも忘れずにな」
「頑張りますっ」
少しずつ、少しずつお仕事が多く大きくなってきた。
この調子でこのままやっていけたらいいな。
大きくなったら変わることもあるけど、それでも。
「藍子、この先人気になっても今の方針は変えないからな」
「ふふっ、信頼してますから。大丈夫です!」
少なくとも、プロデューサーさんと一緒の間は大丈夫。
きっと、みんなを笑顔にできるようなアイドルでいられるから。
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
カフェで一日店長をしてファンと交流したいって夢はちょっと違うけど叶えられたかな。
次はたぶんポジパの学園祭ライブでも。副業が忙しくなってきたので時間はかかると思いますが。
それでは、舞踏会にいってきます。
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