提督「手動充電機」 (131)
提督「明石ぃーッ!」
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明石「お呼びですか?」
明石はそう言うと、もはや提督の物と化した布を被り、電探を背負おうとしている提督の背中を叩いて止める
人間用に改めて改造したものならともかく、艦娘用に作られたものを背負うなど退役に神風確定だからだ
提督は明石の予定通り背負うのを止めて、明石へと振り返ると困った顔で電探を指差した
提督「明石、電探が壊れてる」
明石は首をかしげた。ただ電探と言われたのなら明石は「そうですか?」と言えるが「 いなづまたん 」と言われては困惑する他ない。そして、思う。壊れてるのは提督の頭の方だ。と
しかし、明石はそんなことは言えなかった。明石は優しすぎたのである
明石「……あれ、動く?」
試しに明石が使ってみると、電探はなんの問題もなく動いた。勿論、艦装を扱ってない艦娘には反応しない。そう思って明石は気付く
このバカと書けば名前になる男は艦装を扱ってない艦娘を……しかも特定の1人を文字通り探そうとしているのだと
艦装(かんそう)やのうて艤装(ぎそう)や
明石「電探は電波を捉えるのであって、あの子は無理ですよ?」
提督は唖然とした。明石は頭痛がした。提督がなに言ってるんだという顔をしているからだ。明石は溜め息をつき、「良いですか?」と、前置きをした上で電探について改めて。そう、改めて説明した
提督「煩わしい名前だなあ」
明石は自分の口を塞いだ。頭を患っているのでは。と、言いかけたからだ。しかし、付き合いの長い明石はその原因を知っていた。だから言うのを止めた。それはどうしようもないことだからだ
明石「提督、また充電し忘れたんですね?」
明石がそう言うと、提督は虚ろな瞳で頷く。頭の布のクマが嬉しそうに笑う。いや、元々笑っていたのかもしれない。明石はそのクマから目を反らす
明石「あの子が戻ってきたらちゃんと充電してください」
明石は呆れたように言って執務室を出ていく。ちょうど帰投した第二艦隊旗艦加賀が報告に向かうところだったらしい
加賀「提督はいるかしら?」
加賀がそう聞くと、明石は執務室の扉に振り返り、数秒ほど沈黙した
しばらく黙り込んでいた明石は加賀に振り返る。加賀は困惑した。明石が深刻そうな表情だったからだ。提督が居るか居ないかただそれだけなのに……
明石「居ると言えば、居ますが……」
明石の不可解な表情。そして曖昧な言葉に加賀は「疲れているなら入渠した方がいい」と言った。電が出掛けているここ数日、秘書艦を務めているのは明石だからだ。
加賀「あまり無理は良くないわ」
加賀はそう言って明石の横を通りすぎ、鎮守府の闇に足を踏み入れた
そしてすぐに加賀らしき悲鳴が上がった。明石はやれやれ。と、息をつく。もっとも、なれろと言う方が無茶だった
加賀「あ、明石さん……」
加賀は大破していた。体ではなく、心が。だから明石は加賀から書類を受けとると、「わたしが先に入渠していいですか?」と、苦笑する。加賀は激しく首を振った。「疲れているのは私……そう。私」加賀はとりつかれたようにそう言って走り去る
明石はそれを見送り、執務室に戻った。提督はどうした?と、やや理解していない様子だ。明石は困った顔で自分の頭を指差す
明石「提督、それは帽子ですか?」
明石の言葉に提督は怪訝そうな顔で帽子を取る。クマのプリントされた可愛い布地の帽子だった
提督「そうだが……?」
提督は困惑し、明石は手を上げ首を振る。早く帰ってきて……電ちゃん。願いを込めて天井を仰ぎ見る。目眩がした
明石「提督……お願いですから、下着はせめて履いてください」
明石がそう言うと、提督は「パンツは履いてるしズボンもちゃんと履いてるぞ」と、首を傾げたが、明石の勘違いに気付き、提督は笑う
提督「下着は履くものだが、パンツは被るものだぞ。明石」
明石はもはや耳を疑うことさえ止めた。バケツを頭からかければ治るだろうか。いや、無理だ
明石「そうでしたね。あ、わたし、お暇を取らせていただきます」
そして明石は鎮守府からいなくなった
真面目なのはここまで
基本的にだらだらとした日常の短編集のようなものにする予定
>>3
すまない、「ぎそう」、「ぎ」ででなかったから舟から選んで失敗した。ありがとう
明石「ということがあって……」
カランッと、グラスの中の氷がとけた音が響く。明石が逃げ込んだ喫茶『バーニング・ラブ』の店長金剛は慈愛に満ちた表情を浮かべる
金剛「諦めも時には肝心。敗北もニードデース」
金剛はそう思うデショ?と、明石の隣に並ぶ電に問う。ついさっき帰ったばかりの電はそのままここに連行されたのだ。帰還報告すらしていない
電「電がどうしても我慢出来なければ好きにして言いと言ったからなのです」
その3人の誰もそれがおかしい。という言葉を言わなかった。そうだったんだ。明石が息をつく
天龍「……意味解らねぇ」
未だ常識を持つ新人の軽巡天龍に、金剛は困った顔で笑みを向けた
金剛「それじゃまだまだ研修バッチははずせないネー」
金剛の言葉に、電はなのです。と、平坦な声で言う。この鎮守府で必要なのは能力ではなく常識を捨てる強さだった
提督「!」
電が明石の所へ連行される少し前。電がまだ鎮守府に入っていない段階。提督は体の中を電が流れていくのを感じた
理屈じゃないし、常識など存在しない。第六感。虫の知らせ。提督はそれを得た
提督「電が帰ってきた!」
提督がそう叫ぶと、電の代理の明石の代理の秘書艦である響が鉛筆をへし折った
響「来てないよ。良いから仕事に集中しようか」
響は電のように甘くなければ、明石のように優しくはない。仕事は仕事としっかりと割りきるタイプなのだ
提督「いや、帰ってきた。俺には解る。迎えに行ってくる!」
そう言い、いきり立った提督の膝を蹴り崩し、強制的に膝をつかせた。暴走状態の提督を止めるには、電か暴力しかないのである。まるで戦争のようだと、響は首を振る
響「司令官。仕事は終わったのかい? 山積みの書類に変化は無いみたいだけど」
響は怒りしかない笑顔でそう言った
提督「電に会えたらやる」
切なそうな子犬のような瞳。醸し出す寂しさ。しかし、道端を通る人がつい餌をあげてしまいそうな気持ちに、響はならない
何故なら提督だからだ。雰囲気に流されるほど、響は提督との接し方の練度が低くなかったのである
響「仕事が終わったら会わせても良いよ」
響は呆れた表情で言う。充電さえ出来ていれば真面目な提督なのだ。しかし、それが足りないとすぐに頭まで足りなくなるのだ
響「電に見せて良いのかい? 働かざる者、食うべからず。この国にはそんな素晴らしい理念があるらしいね」
響の言葉に提督はビクッと震えた。電はこのなにもしていない惨状を見てもなにも言わないだろう
なにも言わず、ただ悲しそうな顔をするだろう。いや、もしかしたら、笑顔でお疲れ様なのです。と、言うかもしれない
提督「ふぐぅ……」
提督は吐血した。電の甘さと言う刃に心を貫かれたからだ。提督は考え直し、ペンを握った
提督「……あっ、電が帰ってきた」
提督は電が帰還したのを何かで感じたのだろう。猛スピードで執務を行った
勿論、間に合わずに電に叱られたが、提督は満足そうに笑っていた
明石「ところで電ちゃん」
明石は徐にそう切り出すと「提督が
被った下着はどうなるんですか?」と、言った。知識は明石の脳内で疑問となったのだ
電「司令官さんが新しいのをくれるのです」
明石はなら良かった。と、溜め息をつく。それで良いのかと迷わせる常識は改になる段階で捨てたのだ。だからだろう。ドッグでは夜な夜な常識の啜り泣きが聞こえるらしい
金剛「ウェイト。ちょっとマッテー。つまり提督は下着を買ってるって事になりマース」
金剛の言葉にハッとした明石は電と顔を見合わせる。電は買っていないらしい。そして勿論、明石や金剛も買っていない
明石「本部支給品……?」
明石の言葉に電は首を振ると「支給品項目に異常な枚数の下着等はなかったのです」と、言った
では、電の下着は一体どうやって新調してるのか。疑問は疑問を連れてきた。正直知らなくて良い話だが、気になった以上は知りたいのだ
金剛「提督にダイレクトに聞くネー」
金剛はそこまで深く考えることなくそう言った。確かに提督なら分からないわけはなく、隠すことなく教えてもくれるだろう
だが、二人は息をのみ黙り込んだ。疑問が真相にたどり着くのが怖いのである。その迷宮の深層。その先には明るい部屋だけしかないわけではないからだ
時には爆発して傷付く事がある。それが真実だからだ
金剛「でも、電の下着は私達が支給されてたのとちょっと違う気がしマース」
金剛は気になるらしい。食らい付いたら放さない。そう豪語する拘束戦艦だからだろうか。明石は「それならマスター、聞いて見て下さい」と、笑みを向ける
金剛「こういう時だけマスター? 明石はズルいネー」
とは言うものの、嬉しそうに照れ笑いする金剛を微笑ましく見つめて、電は席を立った
金剛「oh…もうリターン? ここからは激戦ですヨー?」
それでも。と、電は困った笑顔を浮かべる。電には下着よりも知るべきこと、終わらせるべきことがある
そう。執務だ
明石「わたしも一応、電ちゃんのは……」
そう言う明石に電は「電のものは電のもの。司令官のものも電のものなのです」と言った。かつて、これほど同情したくなるような独占が有っただろうか? いや、無い
電「電がいれば司令官さんは動くのです」
電は提督にとってなくてはならないバッテリーなのだ。そして、それはもう鎮守府中に広がりつつある
それは、体が壊れたらお風呂、装備が壊れたら明石、提督が壊れたら電。そんな暗黙の了解まであることからも分かった
金剛「じゃあ、ユーのコンセント。提督に差してきてあげるのデース!」
金剛は餞別と言ってお手製のお菓子を電に手渡す
電「お昼になったら、電はまたここに食べに来るのです」
少女は愛しき戦友達に背を向ける。行かねばならない。でもそれは自分一人で良いのだ。たった一人。されどその存在は戦艦大和にすら匹敵する
金剛「……戻ったら最高級のティータイム。だから、絶対。アブソリュート。約束デース」
金剛の切なそうな声に、電は振り向こうとした。だが、振り向かなかった。振り向くことは後ろを見ること。冷たい真実、温かい逃避。選ぶべきは一つだ
電「マスター。ここにいるのは、電なのです」
電はそう残して店を出ていった。見送りの鎮魂の鐘がチリンっと響く。見送った明石は電のいた席を見つめる。そこにはもう、彼女はいない
しかし、金剛が電の使っていたグラスを片付けようとした瞬間、明石はその腕をつかみ「電にもう一杯」と、呟く
明石「電は戻ると言った。だから、片付ける必要はありません」
明石の信頼。その強さに金剛は口元で笑い、瞳を閉じて腕を引くと、普通のとはまた違う紅茶をカップに注ぐ。
金剛「ダージリン、マスカテルフレーバー。ミーの奢りネー」
明石は笑みを浮かべ、通りがかり、一部始終を見ていた不知火が顔をしかめる
不知火「何ですか。あれ」
その問いに、「茶番」と、龍田は笑顔で言った。喫茶『バーニング・ラブ』は紅茶を楽しむ喫茶店
だが、明石やマスターである金剛達がふざけあうー当人達は真面目ーのが見られるため、艦娘達は言う。喫茶『茶番劇』と
電「電も手伝うのです」
執務を怠っていた提督を叱ったあと、電は溜め息をつきながらもそう言った。終わってない。だから? やれ、終わらせろ。電はそんな鬼ではなかった
いや、10しかできない人に50、100やれと言うほど、電は人の扱いが下手ではなかったのである
提督「なあ、電」
執務を行いながら、提督は徐に切り出す。瞬間、 深海棲艦を発見した時のような感覚に電は目を見開く。そして
提督「シルクシフォンのパンツ作ったんだけど、履いてみないか?」
提督はさらっとそう言った。制空権を奪われた挙げ句、電は爆撃大破した。無理もない。提督とは練度が違いすぎたのだ
電「それは無理なのです」
電の否定は当たり前。提督もそれが分かっていたのだろう。「だよなぁ」と、苦笑する
提督だって作りたくて作ったわけではない。糸ツレを引っ張れば全部無くなるベビードールをつくりたかったが、失敗しただけなのだ
提督「やっぱり慣れないものはやるべきじゃないな」
電が困った表情を浮かべる。そして、提督は続けて「今まで通り普通のパンツを作るよ」と、言った
電「……!?」
提督の帽子であり、予備バッテリーであり、電の下着でもある万能アイテムは全て手作りだったのだ
不知火「ただいまです。マスター」
明石も帰って暇しているカウンター席に不知火が座る。金剛は「ぬいぬいとは、珍しいネー」と嬉しそうに笑う
不知火は今までここに来たことはない。というのも、つい最近着任したばかりだからである
不知火「マスターも不知火をそう呼ぶんですね」
誰が言い始めたのか、不知火は周りから「ぬいぬい」と呼ばれるようになった。勿論馬鹿にしているわけではないし、親しみを込めてくれていると分かっている。だが、少しばかり気恥ずかしかった
金剛「私も。ではなく、私から。ネー」
貴女ですか。と、思いつつ不知火はメニュー表を見つめる。「電や明石とソート。不知火、知らない、しらぬいぬい。というのも登場文句もあるヨ?」金剛の言葉に不知火は困惑した。金剛はそれを察してか
金剛「oh……ソーリー。あんまり好きじゃないノネ」
楽しませようと思っていたのだろう。寂しそうな顔で謝った
不知火「べつに、そんなことは」
なるほど。と、思った。金剛型戦艦の一番艦である金剛を不知火は「子供で大人なお姉様」と聞いていたのだ
茶番劇をしたり、ころころと表情を変える。感情を隠せない。大人っぽい外見に子供っぽさ。確かにそうだ
不知火「着たばかりの時は戸惑いました。でも……輪に入るには良い切っ掛けだったと思います」
意図しているのかしていないのか定かではないけれど、金剛の言動はどこかで必ず誰かの助けになっている。噂では「実は頭の中で考えすぎている為、言動が子供っぽい」というのまである始末だ
金剛「そう?」
嘘。そう言ってみたいという衝動が不知火の中で激しく踊り出す。だが、不知火は出されていた水でそれを飲み下した
不知火は空母ではない。ゆえに爆撃はしないのだ
不知火「不知火は嘘が好きではありません」
金剛「そう言われると恥ずかしいヨ~」
頬を染め、両手をあてがって身をくねらせる。金剛は扱いやすい。不知火はそう聞くこともあったが、それはなぜか違うように思えた
だからといって面倒でもない。ただ単純にその場で誰も傷つかない。嫌な思いをしない。始まりがどれだけ重苦しくとも、終わりは明るく。そんな空気調節をしているのではと、不知火は考えた
金剛「ぬいぬいはベリーカインド。ミーはそんな貴女がライク」
満面の笑みを浮かべる金剛を見つめていた不知火は、見えないように微笑んで頷く
不知火「マスター。今日はマスターのオススメを」
自分の評価は砂糖であって正当ではない。そう思い、「また、来ないとですね」不知火は小さく息をついてそう言った
雷「いかづちじゃないわ。電よ!」
どこからどう見ても電な雷はそう言うと、鏡の前でニヤリと笑う。隣にいる電は「無意味なのです」と、困っていた
なぜ雷が電の格好を真似ているのか。事は単純である。電がいないと提督が壊れるのなら、電の代わりになる人でどうにかできないか。と考えたのだ
出来なければ電は休暇中も提督の事しか考えられないからだ。たまには忘れて天使の羽根を伸ばして欲しいのだ
雷「こほん……司令官。電なのです」
発声練習は完璧だ。幸い、声も同一人物と思われるほどだ。そして見た目も似せた今、誰が見抜けるというのか
電「匂いも変えたのですか?」
電の問いに雷は首を傾げる。そこまではいらないと思っていたからだ
しかし、電は「1000%の確率でバレるのです」と、困ったように笑う。雷は若干怪訝そうな顔をしつつ、念のためと借りた金剛の紅茶のような香水を自分に振り掛けた
電「これで999%バレるのです」
姿を変え、口調を直し、匂いを変えて1%のプラス。流石にそれはないと雷は笑った
電は提督に甘い。だからそんな激甘に見ているのだろう。電は提督を信頼している。だから優しい評価になるのだろう
雷はそう考えて「騙しきってやるわ」と、執務室へと向かった
雷「司令官、電なのです」
声色よし。雷は完璧だと思った。執務室に入る前、ノックをしての言葉だけだからだ。これほど簡単なことはない
提督「雷おはよう。電はどうした?」
ガチャっとドアを開けた瞬間、提督は見向きもせずにそう言った。雷は暫く呆然としたが、慌てて「電はここにいるのです……」と、呟く
ここで声をあげては電らしさがない。極めて心配そうな声、それが電だからだ。しかし、提督は見ることさえしない
提督「どうした? 頭でも打ったか?」
提督はまったく疑うことなく、これは雷だとして譲らなかった
雷「司令官こそ、どうしたのですか? 電はここにいるのです」
それでも雷は電を演じた。種のバレたマジックを披露するマジシャンのような気分になり、泣きそうだった
提督「……ふむ」
必死に電アピールする雷を見つめ、提督は首を振る。声や匂いで分かっていたが、見れば見るほど電に化けた雷にしか見えなかった
提督「その匂い。金剛から借りたのか。良い匂いだろう」
金剛は喫茶店もやっているが、お客様の要望に応えて紅茶の香りがする香水もつくっているのだ。そして、提督もまたその利用者だった
提督「電がいない時の俺の為にわざわざありがとな。雷」
提督はそういうと、雷の頭をポンポンっと優しく叩く。提督に電に関しての偽者は通用しない。だが、それは雷がどうあっても雷だと分かっていることの証明でもあった
雷「電は電なのです」
意地で言う。でも、提督は笑みを浮かべるだけ。バレバレだった
雷「なんで」
雷は泣きそうになりながら言う。悔しいとかどうとかではなく、どうしようもない大敵を前に、諦めを選択してしまったからだ
雷「雷の変装は完璧。声だって……なのに」
提督は困ったように笑う。声が一緒。姿が一緒。でも
提督「雷は雷。電は電だろ? 間違えるなんて、俺には無理だね」
主に体の一部が反応しないから。というのは雷の「そっか」という涙ながらの微笑みにかき消えた
尻尾の取れた電ではなく、少女は雷という立派な名があるのだ
電「時々、思うことがあるのです」
もしも自分が初期艦ではなかったら。ケッコンカッコカリをしているのか、していないのか。仲は良いのか悪いのか
もしかしたら、丸々違った事になっていたんじゃないだろうか。と
雷「それは電も……じゃなかった。雷も思うことがあるわ」
電癖の抜けていない雷は困ったように笑う。数日前の作戦のせいか、暫く「なのです」口調だったりもしたのだ
雷「司令官が、もしも電中毒じゃなかったら……」
雷の言葉に電は顔をしかめて、雷自身も渋い顔をしてお茶を飲む
電「まったく想像が出来ないのです」
そんなのは大井が北上に絶縁宣言するのを想像するようなことだからだ。比叡が金剛に。とも言える
雷は「なのです」と、苦笑して恥ずかしそうに頬を染めた
吹雪「電ちゃーん! 電ちゃーん!! 提督が燃料切れになってるー!!」
電は少し呆れながらも、ほっと溜め息をついた
吹雪の提督の呼び方間違えた
正しくは司令官だ
電「し、司令官さん……」
電はそんな呻きにも似た声を出し、提督の体を両手で押す。提督は「良いじゃないか」と、より体を密着させる
自動執務掃除機は充電したかったのだ。1日頑張った。明日も頑張る。その為に
電「電は寝たいのです……司令官さんも寝た方が……んっ」
提督は脱皮した。電の小さな手の圧迫による脱衣。陸路では行けない高みに行くために。さなぎが蛾へと羽化するように
掃除機が脱皮したら壊れるのだが、壊れたものが脱皮をすれば1つは正常なものがあるようで
提督「……いつも悪いな」
提督を事が済むといつも優しい言葉をかけ、労って、以降は暫く手を出さない。ちょっぴりご機嫌ななめな電の頭を撫でる
提督「俺が提督で居られるのは電のおかげだ」
居なくなってくれるなよ。提督は言わない。電が強いとか弱いとか関係なく、ただ信頼しているからだ
言わなくとも電は帰ってくる。その心配は裏切りだ。だから言わない。言葉にする信頼。言葉にしない信頼
電「電がいつも疲労付きなのは司令官さんのせいなのです」
電の機嫌はなおせなかった
金剛「ドーピングが必要ネー」
そんな愚痴を溢した先、金剛はそう言って紅茶を出す。勿論、怪しいものなんて入っていない。ただ、キラキラが付くだけの金剛オリジナルブレンドだ
電「昨日は流石に寝させて貰えたのです」
紅茶を一口飲んだ電はそう呟いて、机に伏せる。決まってこういう日の電は仕事を休みになっている
忙しいとさえ言えなかった月日が溜めた休暇。少なく見積もっても一年丸々休みにできなくもない程だ
金剛「……………………」
金剛は知っている。提督が自分の為だけに夜戦をしているわけではないと。ただ、あの人は不器用なだけ
常識のない頭で作った優しさ、労いが変な事になっているだけだと。でも、そんな提督だったから、自分達は兵器ではなく人間として今を生きているのだと
金剛「あからさまな疲労がないと休まないからデース」
金剛の言葉に電は反応しない。返事代わりのような寝息がする。金剛はなにも言わず、笑みを浮かべると店内の客に配慮願おうとした
金剛「……電しか居なかったネー」
お店を臨時休業にして、店裏の部屋で電を休ませた
金剛「ふむ……」
電の残した紅茶を飲み干して、金剛は息をつく。例によって今日の秘書艦代理は明石がやっているだろう。金剛は電の枕元に合鍵を残し、店を閉めて出ていく
茶番劇お休みっぽいー。じゃあやっぱり間宮さんの所に行こうよ。そんな会話がどこからか聞こえてくる
金剛「茶番劇……」
一度は見てみたいと思うのだが、金剛が店を休みにすると必ず茶番劇というのも休みになっていて、金剛は一度も行くことが出来ていなかった
その店に居ることは出来ているが
胸「金剛さん、今日はお休みなの?」
自分の胸から声がした。いや、胸の下にいるように見える位置に暁がいた。どうやら、暁は喫茶店に行きたかったらしい
暁「臨時休業? 何かあったの? レディの力は必要?」
すぐさま手伝おうとしてくれる気遣い。金剛は「センキューネー」と、微笑むと、第六駆逐隊全員分の無料券を手渡す
金剛「明日はオープン。また来るデース」
暁は嬉しそうに去っていく。金剛は近所のお姉さんみたいだったと、目撃者の瑞鶴は思った
金剛「……………………」
日常とは不思議なもので、いつもしていることから外れると、途端に非日常になる。普段仕事している金剛はいつもは見られない昼間の鎮守府を眺めてそう思った
今、自分は非日常にいる。戦いが日常だった日々から喫茶店を開いている日常に切り替わった
そして、穏やかな鎮守府という非日常を見つめる。金剛は時々思う。これは現実か。と
非日常が穏やかで、日常が優しいこれは艦娘だけでなく世界の望み。それが溢れる今は本当に現実なのか。と
金剛「あれだけの戦いがあった……だから今があるのデース」
過去の激しい戦いを思い出して、金剛は首を振る。いつか戦いが非日常という箱に、戦いが教訓となり平和を担ぎ上げてくれるようにと、金剛は祈りを籠めて、空を見た
明石「……………………」
わたしの出る幕がない。明石はその事に呆然と立ち尽くし、提督を見つめる。書類と見つめ合う提督だが、一つ一つに時間はかけない。かといって手を抜くわけでもなく、疑問に思った書類は端に避け再チェックにしていく
明石「あの……コーヒーいかがです?」
明石がそう聞くと、提督は「すまない、頼めるか?」と言った。普段は電のレモンティを所望するのに。当然、それは出さないにしても、提督はおかしかった
いや、これが普通なんだけど。と、明石は今がおかしいと考える頭を振る
明石「じゃあ、入れて来ます」
そう言いつつ書類をチェック。あと何枚どんな書類なのかを見る。明石は自分がいない間はサボるかもしれないと思ったからだ
金剛「? まだランチにはぜかましネー」
コーヒーを淹れようと厨房に行くと、金剛が声をかけてきた。明石は「コーヒー、提督にです」と言うと、金剛は分かっていたと言うようなそぶりを見せた
考えていないようで考えている金剛はどこか提督と似ている。勿論、明石はそんな事は言わないが
明石「提督が真面目で暇なんです」
明石は困ったようにそう言ったが、金剛が「今日は電が充電中」と言うと、なるほど……と、明石は頬を染めた
知っているから恥じない。よりも知っているから恥じる。明石は乙女だったのだ
提督が真面目なのは嬉しいが、明石達にとってそれは非日常だった。本来やらなくて良いことも、気づけば習慣になっている
ゆえに、それをやることが明石の日常だった
金剛「サボりにエクスペクテイションしてるネー」
不意に聞こえた金剛の声。見透かした言葉に明石は一瞬驚きつつも「恥ずかしながら」と、笑みを浮かべる。反論も否定もない。嘘を積んだ爆撃機は整備中らしい
提督がもうお前達は要らない。そう切り捨てることはないと信じている。しかし、戦う必要の無くなった艦娘は一体どうなるのか。それを考えた時ふと恐ろしくなる
明石「わたし達は処分されてしまうのでは。と」
明石はもう一つの可能性を埋蔵金に変えた。掘り出すと不安という呪いに苛まれる埋蔵金だ。金剛はそれに気付きながらも触れるのは避けた
金剛「もしもエブリバディ。必要なくなったら。提督が何とかしてくれマース」
誰一人欠けることなく、艤装を捨て、艦娘という肩書きを捨て、一人の少女となったみんなで一つの家族として生きていく。提督が「望むやつがいるなら悪くない」と、言っていたのを思い出す
金剛「みんなも提督も。マネーはたっぷりあるネー」
明石はそう言った金剛を見つめて、微笑む。金剛さんの抱く希望は子供っぽい。けれどもだからこそ、金剛は強いのだ
明石「喫茶店は、開いてくれますか?」
コーヒーの一滴一滴がカップに滴る音が響く。そして、問いを投げた少女は笑みを浮かべる。コーヒー豆の芳醇な香りが渦巻く空気に混じる紅茶の香り
コーヒーに巻かれて行く明石は座り込んだ金剛にまた明日。と、言い残す
明石「たまには非日常も、悪くない」
提督「匿ってくれ!」
提督はそう言って由良の部屋に駆け込んできた。駆逐艦娘の寮の中、平然と異性である提督が居ることは、もはや考えなかった
由良「提督さん……何したんですか?」
寮内外から提督を探す声が聞こえてくる。彼女達は少しばかりご立腹な様子で、一部怒号に近い迫力まで混じっていた
提督の常識はずれな行いがもはや許容されかけているこの鎮守府で提督に対し激しい怒りが発生している異常さに由良は目を開く
提督「電の下着が無くなったらしい」
由良は「提督さん、借りたら返そう? ねっ?」と、疑う以前の言葉をかけたが、提督は俺じゃないと首を振る
提督「ちゃんと1枚残したはずなんだ!」
提督の必死な形相に由良は悲しそうな顔で告げる「電さんが履いたら0枚です」と。提督は呆然とした。由良は唖然とした。提督は本気で分かっていなかったのだ
提督「昨日は電ノーパンだったのか!?」
そうじゃない。由良がそういう前に、提督が思わずあげた声を聞き取ったのだろう。「ワンパンなのです!」と、声が聞こえ、ドアが開き、振り向いた提督は気づけば宙を舞っていた
電「昨日は急いでて履き忘れたのです」
由良は色々と諦めた様子で目を閉じる。もはやなにも言うまい。そんな溜め息をつくと、続々と入ってくる駆逐艦達に終わったよ。と、手を振り追い返す
由良「今日も鎮守府は平和です。平常運行だね」
嬉しそうな由良の部屋に提督と電の声が聞こえる。そんなBGMのある日常が由良は好きだった
暁「今日の遠征はここよ!」
元気よくホワイトボードを叩いた暁だったが、意外にも痛かったらしい。涙を浮かべて「良く聞きなさいっ」と、呟く
響「遺言なら聞かないよ。暁」
違うわ!と、赤くなりつつある手を撫でて、暁はホワイトボードを指差す。第六駆逐隊、間宮遠征と書かれている
雷は「征じゃなくて足じゃないの?」と言ったが、暁は首を横に振る。この暁いわく、間宮での艦娘達とバーニング・ラブの客層は似ているが、所作は全く違うというのだ
響「客層はこの鎮守府の艦娘だからね。むしろ同じだよ」
しかし、雷にもそれは少し気になることだった。店の雰囲気1つでがらりと空気や態度が変えられる。それこそが大人なのでは。と
響「暁、質問良いかい?」
しっかりと挙手する響にちょっぴり不満を抱きつつ暁が許可すると、「電がいないよ」と響は言った
雷「雷が行くと間宮さんはともかく、金剛さんの所が別のお店になるからじゃない?」
雷の間も開けない回答になるほど。と、頷く。喫茶店が劇場になっては意味がない。だから今回は間宮にもつれていけないと言うわけだ。間宮に連れていけば喫茶店にも連れていくことになるからだ
取材の必要もある以上、内容を明かさずみんなで一緒はやや難しいのである
響「電には説明してあるのかい?」
暁は「レディにぬめりはないわ」と、言ったが、響には不安しかなかった
ぬめりなんて普通ないと思うよ。暁
暁「内容は簡単。みんなで二つのお店のお手伝いをするわ。初日間宮。二日目バーニング・ラブよ」
暁のホワイトボード朗読を聞き終えて、響と雷は頷く。報酬はあるのか分からないが、お店の手伝いと言うのは新鮮で興味があったのだ
暁「第六駆逐隊、出撃よ!」
撃ではなく勤だと、響は思うだけにしておく。正しいことが正しいとは限らないからだ
間宮「はい、よろしくお願いします」
電抜きの第六駆逐隊の元気な挨拶に、間宮は手慣れた様子で答える。無理はさせないが、やはり金剛が店を閉めているのが大きく、人手が足りない
残念ながら調理はさせてあげられないが、ホールでの仕事全般は任せることになるだろう。間宮はそれを口早に説明すると、店内を見る
満員御礼。見事に埋まっている。金剛特製サンドイッチをお昼にする艦娘は多いが、しまっているのだからその客層だって間宮に来る
たまには手作りします。そう意気込んで大井が北上を連れ去ったりして減ってはいるがやはり多い
響「これは激戦だね」
依頼掲示板に急募で入ってくるわけだ。と、達観する響は間宮から注文用紙を受け取る
響「書き方を教えてほしい。客……いや、敵は待ってくれないからね」
この響、意外と乗り気である。普段経験できないこと。と言うのが、響には魅力的らしい
響「スパスィーバ」
間宮の説明を受け、響は早速向かった
磯波「あ、響ちゃん」
近づく響に気付いた磯波が声をかけると、同伴者の深雪も「おっ、本当だ」と、響へと目を向ける
響「今日は金剛さんが出ているからね。流石に手が回らないようだ」
金剛は別に出撃はしていないのだが、私用で外出しているため、やはり店は開いていない。開店したばかりの時に一度、比叡に店を任せたのだが、鎮守府の比叡除く全員の要望により、金剛がいないときは開けないと言う決まりになったのだ
深雪「でも、響達が間宮で仕事してるとなんか雰囲気変わるな」
深雪は店内を見渡す。内装に変化はないが、第六駆逐隊がいつもの制服にエプロンを付け、うろちょろしているだけで、ある種の趣向を持つ人達のための専門店のような気がしてならなかった。もっとも、間宮は甘味処であり、甘いもの専門店と言っても過言ではないが
深雪「オムライスにサービスで響のラブ注入とかできない?」
出来るわけない。響は迷惑客に顔をしかめると、後がつっかえているんだ。と、踵を返す
磯波「じ、冗談だよ響ちゃんっ」
焦った磯波の言葉に「こっちもだよ」と、響は苦笑して注文を聞いた
雷「はーい。今行くわ!」
雷はホールの仕事をそつなくこなしていた。経験者というわけではないが、雷は元々こういった仕事に向いているのかもしれない
雷「注文は決まってる? 今日のおすすめはコレよ!」
次から次へと注文を受けて厨房へとオーダーを流し、出来た料理を席へと運ぶ。その姿を見ていた長門のところにも雷は駆け寄ってきた
雷「あら、長門さん。今日のおすすめは辛いわ」
注文するだろうとふんだ雷の言葉に、長門は驚く。図星だったのだ。長門が「それなら別のおすすめを」と言うと、辛さ控え目のカレーを指差す
雷「じっくり煮込んだ間宮カレー。トロけた野菜が野菜嫌いにもしっかりと栄養をくれるわ!」
長門「私は別に野菜まで嫌いではないが……」
長門が困ったように言うと、雷はそういうおすすめポイントです。と、苦笑する。もっとも、それに関しては内容を見た雷が勝手に作ったものであり、栄養は嘘ではないが、間宮の本当のおすすめポイントとは限らない
長門「まぁ、雷のおすすめなら貰おう」
長門の注文に頷いてしっかりと確認。自分もあとで食べようかなと考えつつ、雷は次の仕事へと移った
短編集書くの向いてない……話を膨らませたくて困る
10%でくぎって止める予定になるのです
すまない
暁「みんな中々やるわね……」
雷や響の
暁「みんな中々やるわね……」
雷や響の仕事を眺めていた暁は少し羨ましそうにそう言った。暁も一生懸命にやっている。ミスだってしているわけではない
しかし、現状を楽しめているわけでもない。良い意味でも悪い意味でも暁は一生懸命だったのだ
叢雲「注文、聞いてくれるんじゃないの?」
客の声にハッとして振り向く。叢雲は暁を見つめて目を細める。暁達が本来この仕事についているわけではないことは叢雲だけでなく全員が知っている
だから、ある程度のミスは許容するつもりだったし、そうでなくとも幼さ残る暁型の駆逐艦だから多めに見るつもりだった
しかし、客を放置して余所見をするのはいただけない。叢雲の表情は厳しかった。暁は体を強張らせた
暁「ごめんなさい」
悲しそうに謝る暁に叢雲は「そこまで怒ってはないわよ」と、息をつく。初めての仕事、想像を越えた忙しさ。きっと一杯一杯なんだろう
叢雲はそう考えて笑みを浮かべる
叢雲「失敗しないやつより、失敗したやつの方が私は好きよ」
失敗し続けるのは問題だけど。暁は叢雲の言葉に驚きながら、自分のために言ってくれているのだと気付いて頷く
暁「ありがと……レディーらしく頑張るわ!」
そういう冗談が言えるなら平気。叢雲の茶化し言葉にも暁はしっかりと反応を返す
余裕のなかった暁に出来た余裕の空間。だからか、暁は叢雲の注文を忘れて怒られてしまった
暁「……ぐすんっ」
駆逐隊「ありがとうございましたー!」
最後の客を見送って、第六駆逐隊の少女達はようやく一息つく。正午の激戦の披露を癒すために座り込む
響「みんな、今回の作戦内容は覚えていたかい?」
響の言葉に全員で「あっ」と、漏らす。かくいう響自身も忘れていたが為に、苦笑して首を振る
響「それだけ楽しかったって事だよ」
雷達は顔を見合わせて頷く。その表情は明るく、仕事の疲れなど感じさせなかった。確かに疲れた。確かに大変だった。でも、楽しかった
調査結果報告。間宮で食べてるみんなは凄く楽しそうでした。働いていても楽しかったです。だから多分、お店自体か楽しいからお客さんも楽しい
暁「出来たわ!」
響はどれどれ? と、暁の報告を見て首を振る。それではいけないという意思表示だ
響「バーニング・ラブはつまらないお店なのかい?」
暁は誤魔化すように笑って、報告を書き直した
提督「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その日、鎮守府に激震が走った。提督絶叫100%のその揺れは瞬く間に艦娘達に広がる
艦娘達は「やばい、電がいないから発狂しだした」と、判りきった原因に溜め息をつく
現在、電は本営の召集に強奪されていた。召集なのだから仕方がないのだが、提督が強奪といえば強奪なのだ
電の代わりに秘書艦を務める明石としては、違反で解雇、減給、降格処分。とにかくなんらかの罰則が無かっただけでも有りがたいことだった
というのも、本営からの召集がかかる度に「艤装が壊れた」、「超長期遠征中」、「えっ? 何だって?」を駆使して全て無視、断ってきたからだ
明石「最初から行かせていれば良かったんでは?」
机に突っ伏す脱け殻に対し、明石は呆れて言う。素直に応じなかった日数が全て利息として加算された電の貸し出し期間は一年以上
本来なら休みを与えられたときに鎮守府に帰ることが許されるが、電に関しては【召集されていた事すら知らされていなかった】のに、帰ることを禁じられてしまったのだ
提督「金剛を貸し出してるのに……」
今にも死にそうな声で提督が呻く。この鎮守府は比較的どころか平和そのもの。ゆえに強い艦娘がいても仕方がない。遊ばせておく余裕はない。ということで最初から金剛を貸し出すことが多々あった
金剛はこの鎮守府の最古参の一人で、やはり、実力も経験も段違いだからだ。鎮守府がまだ激戦区だった頃を生き抜いたそれは、最強と謳われる本営の直属艦隊の第一艦隊旗艦に抜擢されるほどだ
否、経験豊富な金剛が旗艦だからこそ、その艦隊は最前線にいながら、絶対に沈まない艦隊として名を馳せている
提督「……明石、空母全員呼んでくれ」
明石が唐突な指示に面食らって首をかしげると、提督は「早く、至急、島風」と、無気力なままに言う
明石「お言葉ですが、今は遠征などはーー」
無意味。そう言う前に提督は首を振る
提督「本営に空爆して艦隊を解散させる」
提督の頭が狂っていた。元々おかしいところがあったが、ここまで来たか。と、明石は悲しげに踵を返す
明石「少し、休んだ方が良いですね」
明石はそう言い残して執務室を後にした
一人になった提督が電の写真を味わっていると、「電なのです」と、声が聞こえてきた
提督「!」
提督はいきり立ち、拍子に椅子を蹴り飛ばす。だが関係ない。知ったことではない。足早に扉に近づくや否や、とびらを開け放つ
雨
田「しれーーー」
し
即刻締める。扉がなければ首を絞めていたかもしれない。さすがに大事な艦娘を傷つけたくないが、それでもあれはさすがにない。と、提督は唸った
提督「あめだし……天気予報にすら使えないじゃないか」
雷「司令官、入るわ」
つい先程の歪な電モドキの中身であろう雷が執務室へと入る。明石がいたときよりもひどい有り様から目を背ける
さすがに、写真に頬擦りしながら、電のものらしき制服を枕にする提督など、視界には入れたくなかったのだ
雷「司令官っ、私に頼っても良いのよ!」
どうせ断られる。どうせ見向きもされない。雷はそう思いながらも言う。雷は雷。電は電だと、他でもない提督が言ったからだ
しかし
提督「じゃあ、電の下着くれ。パンツくれ。パンティくれ」
提督が呻く。喘ぐ。今まで培った信頼や好感度が吹き飛びそうな言葉を。だが、それこそがこの提督
変態と誤字っても本営ですら迷わずこの提督に連絡するくらいに変態で通るこの男への信頼も好感度も揺らがない。致し方なし。と、受け入れる
雷「残念だけど、通販はやってないわ」
勿論、望みを叶えるかどうかは別だ
提督「……そうか、じゃぁ龍玉集めてきてくれ」
提督は端から無駄だと思っていたかのように、落胆した様子もなく、単調に返す。勿論、そんな玉など存在しておらず、集められるはずがないことも提督は分かっていた
提督は変態だが馬鹿ではない
雷「それも無理……だから、その」
自分を電の代わりにしてくれて良い。雷はそう言うつもりだった。何かされてしまう恐怖はない。色々とおかしい提督ではあるが、傷つけることはしないし、したらしっかりと反省・自粛出来るからだ
しかし
提督「俺は雷を電の代わりにするつもりはない」
提督は雷の言葉を聞く前に答える。気づけば電のスカートに埋めていた顔をあげていた
雷は驚かなかった。分かっていたからだ。自分は電に似ているが違う存在で、この変態は変態ゆえにその区別、仕切りをしっかりとしていたからだ
だが、雷は「どうして?」と、問う。朝は発狂、夜は絶叫、夢は即興の提督はもう限界だと目に見えてわかる。限界なら壁を取り払っても良いはずだ。と
提督「俺は例え他の鎮守府の電でも。代わりにする気はない」
提督ははっきりと告げる。容姿も声も癖も一緒であろう同じ電ですら、代わりにはしないと
なぜなのか、理解出来ずに雷が目を開く。雷どころか同じ電ですら……というのが分からなかったのだ
提督「俺と生きてきた電は1人しかいない。あいつの代わりなんて。双子だろうと出来ないさ」
それに。と、提督は続ける
提督「代わりにされたやつはどこに行く? 俺はそういう否定。嫌いだよ」
提督は変態でも提督だった。変態過ぎて誰からも嫌われていてもおかしくない提督
それがなぜ、慕われ、愛され、変態を許容され、自分ですら好意的なのかを雷は改めて実感した。込み上げてくる何かに、雷は笑みを浮かべる
雷「なら、もう少し頑張りなさい!」
提督が提督で嬉しかった。提督が代わりになれと言う人でなくて嬉しかった
提督「いや、それ無理」
雷は「えー……」と、思わず呆れを溢した
提督「なぁ雷。俺、深海棲艦の目的がわかったんだ」
なんの前触れもなく、誰もが分からない謎が分かった。と、提督は呟く。無気力で突っ伏す提督はチラッと雷に目を向けた
提督「あいつらは妻が欲しーー」
違う。断じて違う。確かに深海棲艦という言葉に妻が入っているが、それはない。ありえない。深海棲艦というのは人間が付けたに過ぎないからだ
提督「そして電の砲撃に直撃することに悦びを感じてるに違いない!」
違うわよ! そう怒鳴りそうになって首を振る。怒鳴るだけ無駄だからだ
提督「……!」
提督はそこまでずれた考え方をして、気付く。どうしたら争いがなくなるのか。どうしたら深海棲艦という無機質な生物達を駆逐することなく共存することが出来るのかを
提督「雷、船を出す」
雷は提督の表情に本気を見て首を振る。自分は電ではない。古参と言えるほどのものでもない
しかし分かった。分かってしまったのだ。提督が何をしようとしているのかを
ゆえに、雷はもしかしたら自分は提督と同類なのでは? という誤連想魚雷に直撃大破し、膝をつく
提督「あとは任せる」
提督はへたり込み頭を抱える雷に告げ執務室を後にする。提督は雷が頭を抱えた理由を解ってはいなかった
提督「待ってろ、深海棲艦!」
提督は怒るように言い放ち、カヌーを漕ぐ。なぜカヌーを漕いでいるのかは長くなるが、簡潔に言ってしまえば艦娘に止められたからだ
だから提督は先代の偉い人にしたがった。先代の偉い人の巻物には記されている。「カヌーに不カヌーはない」と
ゆえに提督は誰にも悟られることなく、鎮守府から大海原へと出ていくことができた
まともな船を使わずに海に出るような馬鹿はいない。そんな常識という名の隠密機能が、カヌーにはあったのだ
提督「俺が、この無意味な戦争を終わらせるッ!」
意気込んだ提督は全力で漕いだ。漕いで漕いで、通りすがりの駆逐イ級に命乞いして、捕虜となった
目的通り、提督は深海棲艦のもとに辿り着いたのである
レ級「コロセ」
深海棲艦の戦艦レ級は無情にもそう言い放った。当たり前だ。敵に情けをかける理由はない
捕虜の男が、いつぞやに沈めた船に乗っていた海軍の将校と名乗った人間と同じ衣服を纏っているなら尚更だ
提督「良いのか? 俺は変態だ。変態を殺すと大変なことになるぞ」
提督は至って真面目な顔で言うと、レ級を真っ直ぐ見つめる。艦娘ですら目を背けたくなるような、最凶と謳われる戦艦レ級
だが、提督は目をそらさない。その眼差しにレ級は戸惑った。軍人とやらとはいえ、生身の人間が自分を見据えているからだ
提督「俺が死ねば、第二、第三の変態にお前達がなるかもしれない」
それでも良いのか?と、問う提督に対し、レ級は苦笑して砲口を向ける
レ級「アリエナイ」
そう。あり得ない。そんなのは提督のハッタリだ。ハッタリ未満の冗談でしかない
だが、砲口を向けられ、笑われてなお提督は無の境地に至った悟り顔で言う
提督「そうか、なら殺せ。衣服を脱ぎ捨て裸で艦娘に突撃したいなら。だが」
レ級「…………ッ!」
追い詰められてなお、忠告する男の言葉にレ級は動揺した。カヌーで海に出る頭のおかしい男だ。命の危機なのに、意味不明な事を言う男だ
でも、だからこそ。レ級はあり得ない事があり得ないのではと思考を空回りさせた
無理もない。あり得ないはあり得ないを実行した男が目の前に居るのだから
レ級「ハダカ……デ……ッ」
ゆえに、レ級は考えずに入られなかった。なまじ頭が働くために、裸で特効する自分の姿が想像できてしまったのだ
レ級「ア、アリエナイ……アリエナイッ!」
激しく首を振り、強く否定し、全力で拒絶する。その瞬間、レ級は今まで感じたことのない熱さを体に感じ、気づけば露になっていた胸や臍を手で隠していた
提督「……どうした」
男の問いを睨み、視線に紅潮する
レ級「ミ、ミルナ……ミルナァッ!」
レ級には先程までの余裕はなくなっていた。レ級は、羞恥心を手に入れてしまったのだ
レ級「ナニヲシタッ」
レ級は初めて経験する羞恥心に戸惑い、苛立ち、焦って、怒鳴る
冷静さを欠いたその姿に、提督は落ち着いた様子で息を吐くと「俺は何もしていない」と、嘘偽りのない答えを返す
しかしレ級は「ウソダ!」と、怒りを顕にすると再び砲口を向け、放つ
が、それはほとんど目の前だったにも関わらず男に掠る事すらなく大幅にそれ、遠く離れた場所に着弾する
動揺するレ級に対し、提督はなだめるような優しい表情、穏やかな声で「俺に弾は当たらない。当てる側だからな」と、ヒントを与える
レ級「ナゼ……ダ。ナゼダッ」
レ級は羞恥心を知らなかった。恥ずかしいという言葉の意味さえ知らなかった。レ級は最強だ。最凶だ。そう、最も、凶だった
この男に関わった時点で、その無知、その無恥が精神を穿つ小さくも強大なる砲弾になることを知らなかったからだ
レ級は項垂れた。ご自慢の砲撃は狙いが逸れる。手で首をへし折ろうにも、体を隠すことを優先したくなる
提督「チェックメイトだ。レ級」
提督ははっきりと告げた
提督の勝利宣言。レ級の敗北宣告に周りの艦隊がザワつき、レ級が目を見開く
レ級「マケ……ダト?」
呆然と言ったその言葉に、提督は慈愛に満ちた表情で頷く。気づけば、レ級は涙を流していた
傷つき、傷つけ、失い、奪う戦争に生きる間、敵味方が慄くほど笑しか浮かべてこなかったレ級の涙に誰もが、そして当人が最も強く驚いた
提督「戦艦レ級。お前は強い。俺の電と張り合うほどに。だがな、お前は強いだけだ」
強いだけ。そう、誰よりも強く、誰よりも強大で、誰よりも恐れられ、誰よりも孤独
そして、最凶ゆえに、誰もレ級に教えず、レ級は誰にも教わらなかった。強ければそれでいい。それが深海棲艦だったからだ
レ級「ワタシハ……」
レ級は初めて、教わろうと思った。敵である男に。有り得ないは有り得ないを行う男に。だからレ級は問う
敵意のない言葉。尋問ではなく質問を
レ級「ワタシハ、ドウシタライイ」
提督は一瞬驚きながらも、小さく笑みを浮かべる。我が子に勉強を教えるような感覚だと。提督は思った。提督には子供などいないが
提督「まずは服を着ろ。ないなら俺の上着を貸してやる。脱がせよ。俺の上着を」
レ級は少し考え頷くと、提督の拘束を解く。今の自分には隠すことが出来るほどの服はない。ゆえに、提督の上着を借りようとしたのだ
すると、上着を脱がせようとしたレ級を、提督は力いっぱい抱きしめ頭を撫でた。驚き、突き飛ばそうとしたが、その暖かさに、レ級は躊躇う
提督「この世界にはまだ知らないことがたくさんある。それを知って。それでもなお世界が憎いってのならまた戦争しよう」
提督は優しく言う。穏やかに教える。レ級がするべきこと。深海棲艦達がすべきこと。これからの、あり方を
提督「世界がお前たちを認めなくても。俺たちがお前を認めてやる。だから、世界を知るまで。休戦しよう」
レ級「シカシ……」
自分達は深海棲艦だ。人類の敵だ。沢山殺した。沢山殺された。相容れるのは難しい。まだ初だった北方棲姫とは違う
しかし、水上を駆け水面を揺らし、降り注ぐ弾幕を掠りさえせず一直線に接近してきた少女は言う
電「だからこそ。電達は失った全てのために終わらせるのです」
電だった。本営直属第一艦隊所属にして捕虜の提督の大切な存在。電は抱き合う二人を見つめ、「浮気なのですか?」と、笑う。目が笑っていなくても笑顔と言えるなら。だが
提督「待て。安心しろ! 俺の単装砲の照準は電にしか向かない!」
短早砲だった気がしたが、電は「あとで詳しく聞くのです」と言うと、提督を引き剥がし、レ級の涙を拭う
電「人間も沢山失いあったのです。でも、今は共存出来ているのです」
だから。と、電は続ける
電「電達もきっと、それが出来るはずなのです」
電の笑みに控え目に頷き、差し出された手を取る。まだすべてが終わったわけではない。これからがきっと大変だ
けれど。きっと大丈夫だ。そんな安心感が電と戦艦レ級の繋がれた手に。そして、何かを忘れ肌色をさらけ出したままの電のスカートの中に、提督は安心感を感じた
提督「電……今日はノーパンなんだな」
誰かが居なくなったせいなのです!という言葉とともに頬に激しい衝撃を受け、提督は気が遠くなるのを感じながら笑う
提督「そうか、俺が。俺こそが……電はパンツだったのか……」
レ級は意味が意味が解らなかったが、それだけは違うと確信できた
>>119
レ級「シカシ……」
自分達は深海棲艦だ。人類の敵だ。沢山殺した。沢山殺された。相容れるのは難しい。まだ初だった北方棲姫とは違う
しかし、水上を駆け水面を揺らし、降り注ぐ弾幕を掠りさえせず一直線に接近してきた少女は言う
電「だからこそ。電達は失った全てのために終わらせるのです」
電だった。本営直属第一艦隊所属にして捕虜の提督の大切な存在。電は抱き合う二人を見つめ、「浮気なのですか?」と、笑う。目が笑っていなくても笑顔と言えるなら。だが
提督「待て。安心しろ! 俺の単装砲の照準は電にしか向かない!」
短早砲だった気がしたが、電は「あとで詳しく聞くのです」と言うと、提督を引き剥がし、レ級の涙を拭う
電「人間も沢山失いあったのです。でも、今は共存出来ているのです」
だから。と、電は続ける
電「電達もきっと、それが出来るはずなのです」
電の笑みに控え目に頷き、差し出された手を取る。まだすべてが終わったわけではない。これからがきっと大変だ
けれど。きっと大丈夫だ。そんな安心感を電と戦艦レ級の繋がれた手に。そして、何かを忘れ肌色をさらけ出したままの電のスカートの中に、提督は感じた
提督「電……今日はノーパンなんだな」
誰かが居なくなったせいなのです!という言葉とともに頬に激しい衝撃を受け、提督は気が遠くなるのを感じながら笑う
提督「そうか、俺が。俺こそが……電のパンツだったのか……」
レ級は意味が解らなかったが、それだけは違うと確信できた
それからというもの、深海棲艦との戦争はこれまでが嘘のように静まり返り、一般の漁船が艦娘の護衛なしに漁が出来るまでに海の治安は回復した
時折はぐれ深海棲艦が現れるが、巡回する艦娘が無事仲間のもとに送り届ける事を義務付けたからか、これまで戦闘になったという報告はない
レ級「………………」
意味、価値、理由を失い始めた鎮守府は次々に併合され消えていく。レ級は人間は自分達よりも冷酷だと思って、首を振る
提督「電ぁぁっ! 俺と建造しよう!」
どこからかそんな声がして「変態だ、殺せ!」という怒号が響く。気づけば、レ級は笑みを浮かべていた
冷酷な人間もいる。けれど、そうではない人間もいる。忌むべき人間がいる。けれど、そうではない人間もいる。レ級はそれを知ったからだ
北方棲姫「……ドウスルベキ?」
並んで座っていた北方棲姫の問いに、レ級は苦笑して答える
レ級「ワタシハ、ミカタダ」
北方棲姫は一瞬驚いたが、すぐに「ソウカ」と返して立ち上がる。レ級の変化を喜ぶべきかどうか迷い、目を瞑る
北方棲姫「ミカタハイイ。デモ。フクハキタホウガイイ」
内外纏めてパーカー一着のレ級は困ったように「テイトクヲミナラッテルダケダ」と、返す
その言葉に、北方棲姫は目を見開き、拳を握りしめ、唸る
北方棲姫「ワタシハ、テキダ!」
当たり前である。同胞をいつの間にか痴女に仕立てあげたやつが味方な訳がないからである
レ級「コウシテルト、カラダカアッタカインダ」
頬を朱に染めるレ級に、北方棲姫は溜め息をつく
北方棲姫「ネツダナ。シコウカイロガ、ヤキキレテルンダ」
深海棲艦は変わった。人も少しずつ変わっていく。いつかきっと。そう。必ず、深海棲艦が軍人とだけでなく、市民と交流する事が出来るのかもしれない。と、見守る明石と金剛は思った
終わり
以上、なんの変鉄もない日常SSでした
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