比奈「オトメゴコロ」 (40)
モバマス・荒木比奈のSSです。
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女の子は誰だって夢見がちだし、
ひとそれぞれ、ありもしないロマンに恋焦がれたりするもんなんスよ。
アタシっスか?
アタシはまあ…へへ。
裕子「ムムム…ではえっと…伏せられたこのカードを戻します。そして…えっと、一枚取って…えっと…これ!」バッ
茜「!」
裕子「はい! 茜ちゃんがさっき見たのはこのハートの3…ですね!?」
茜「はいっ!!! そうです!!!」
裕子「わっ! ホントですか!? やった! えっへへ! サイキックマジック〜完了!!」
茜「わー!」パチパチ
柚「わー」パチパチ
裕子「どうもー、エスパーユッコでした!!!」
茜「ユッコちゃんすごーい!」
柚「そうだねー、まあ、手元のカンペをチラチラ見なかったらバッチリだと思うよ!」
裕子「あはは、それは今後の課題ということで!」
ワイワイ
杏「…」グデー
比奈「…」グデー
杏「…はーいちゅうもくー今からサイキックしまーす」サッ
比奈「お」
杏「むむむーん、はっ」パキッ
杏「折れましたー」
比奈「わーすごーいポッキーがまっぷたつー」
杏「…半分あげよう」
比奈「ん、あ、ハイ、ありがとっス」スッ
ポリポリ
杏「…」グデー
比奈「…」グデー
ども、荒木比奈でス。
今日も事務所はおだやかで、
ちょっとトボけた空気が流れています。
アタシだけ?
いや、そんなことないっスよ。
だってホラ。
杏「あー…そうだ、今日はゲームの予約しなきゃいけないんだったー…ああ、でも動くのめんどくさい…」
比奈「どんだけっスか」アハハ
隣でダラダラ感満開なのは、ご存知、杏ちゃん。
Cuチーム所属で、
…こう見えて、かなり人気のアイドルだ。
アイドルを始めてどのくらいが経っただろう。
少しずつだけど、アタシも仕事を貰えるようになって。
人前で歌ったり踊ったりするなんてものが、
これまで縁のなかった明るい世界のことが、
アタシにもできることなんだって思えて。
ありがたいことだなと思いながら、も。
杏「晶葉ー、全自動飴発生ロボ作ってー」
晶葉「怠惰の極みだな」
比奈「アタシは指示通りに背景を描けるウサちゃんロボが欲しいっスねー」
晶葉「変な方向に高い技術を要求しないでくれ」
ふだんのアタシは、こんなバカ話の中にいる。
人なんて、根っこのところはそう変わらない。
杏「…」グデー
比奈「…」グデー
杏「比奈はさー」
比奈「なんスか」
杏「こう…自分に女子力みたいなもの、感じる時ってある?」
比奈「は?」
杏「いや、女子力」
比奈「…風邪でもひいたんスか。それとも遅れてきた思春期っスか」
杏「おっ、ナメんなナメんなー杏だって恋愛ぐらい」
比奈「あるんスか」
杏「最近やってるゲームでは恋愛マスターって呼ばれてるし」
比奈「そっスか」
比奈「…で、何スか急に女子力って」
杏「いやー最近アイドルみんな女子力高いなーって思ってさぁ」
比奈「そういうもんスかね。Cuは特にそうなのかな」
杏「いやーCoもPaもそうじゃないかな」
比奈「そもそも女子力ってどういうアレなんスかね」
杏「んー、女の子らしさを磨いているとか、かわいさ溢れる感じのオシャレしているとか、そういうのじゃないの?」
比奈「あーなるほど。…いや、アタシは縁ないっスよ」
杏「ないかー」
比奈「…見りゃわかるっしょ」
杏「いやまあここでは杏と一緒にだらだらしてるけどさ、いつもそうとは限らないじゃん?」
何を根拠にそんなことを思ったのだろうか。
影でアタシがオシャレを頑張っているように見えるのだろうか。
杏「比奈ってライブでかわいい服着て歌うのとか、結構楽しそうじゃん。ああいう願望って強いのかなと」
あー、なるほど。
比奈「…いやまあ、アタシにもああいうのができるってわかったのは嬉しいし、楽しいっスけどね。だからってふだんオシャレしたりするかというと、ね」
杏「あと比奈ってCoのプロデューサーのこと好きじゃん?」
比奈「ちょっと待つっス」
杏「好きな人に良く見られたい、とかって女子力あがるキッカケだって聞くしさ」
比奈「あの、なんでアタシがプロデューサー好きってことになってるんスか」
杏「違うの?」
比奈「なんで確信してんスか…そんなワケ…」
アタシのいる、Coチームのプロデューサー。
面倒見がよくて、しっかりした人だと思う。
アタシは迷惑かけてばっかりだけど、それでもいつも優しくフォローしてくれるし、感謝しきりだ。
仕事の話でもそうでないことでも、いろいろ気遣ってくれる。
みんなから好かれる感じの人だし、いい人なのもよくわかる。
アタシも慕っているといえば、そうだ。
でもそれが恋愛かっていうと、難しい話で。
いろんな意味で。
P「比奈ー、今ちょっといいか。次の仕事の件なんだけど」
比奈「え、あ、はい! いいっスよ」アセアセ
P「…どうかしたか?」
比奈「いやっ、なんでもないっス! あはは…」チラリ
杏「…」
あまりそんな、こっちを見ないでほしいス、杏ちゃん。
P「…という感じで」
比奈「了解っス」
P「話は変わるけど、レッスンとかどうだ? 問題はないか?」
比奈「最近は大丈夫っスよ。プロデューサーがこまめに相談に乗ってくれているおかげで、自分の身の丈に合ったレッスンをコツコツやれてますし」
P「マストレさんの鬼トレーニングもたまには挟んでいいんだぞ?」
比奈「いやー…当面は遠慮させてほしいっス。あはは」
マストレさんのメニューをしたら、向こう2日間はペンが握れなくなる。
P「比奈らしいな。まあ今はコツコツ、積み重ねてくれればいいよ」ナデナデ
比奈「…どうもっス」ニヘラ
できることからやっていこう。
少しずつマスターしていこう。
アタシがアイドルになった当初からプロデューサーが言い続けてくれていることだ。
過度な期待や無理を強いらない感じが、
アタシみたいなのんびりタイプにはとてもありがたくて。
やってること甘いって言われそうだけど、
アタシはこういう感じ、すごくいいなと思っている。
比奈「いつもありがとっス。こう見えて、実は結構感謝してるんスよ? えへへ」
P「どうした急に。ああいや、でも、こちらこそありがとうな」
信頼関係って大事だ。
アタシのアイドル活動はこのプロデューサーなしには考えられない。
そういう意味では、アタシは彼を慕ってやまない。
そういう意味では、ね。
杏「…ねえCoのプロデューサーさん」
P「ん、ああはい。こんにちは杏ちゃん」
比奈「?」
杏「…最近ちょっと比奈に過保護すぎじゃない? もっと厳しくしていいよ。この子マンガ描く体力はまだまだあるみたいだし」
比奈「ちょっと」
P「あはは、そうなのか。じゃあトレーニング増やそうかなー」
比奈「やめて、ホント翌日以降まで影響出るのはダメっス」
杏「…」グデー
比奈「…」グデー
杏「…比奈さんや」
比奈「…なんスか」
杏「思うに、我々、特に比奈に足りないのはピュアな感じだ」
比奈「そっスか、遂に頭わいたんスか」
杏「聞いてよ」
比奈「なんスか。あとさりげなくアタシだけ問題みたいにしないでほしいっス」
杏「あれ見て」
比奈「?」
ライラ「♪」ズズッ、ズズーッ
晶葉「…ライラ、それもう空っぽだろう」
ライラ「まだちょっとありますですよー」
晶葉「もう氷しか残ってないだろうに」
ライラ「ふふっ、それがいいのですよー。氷は溶けたら水になりますしねー」
池袋研究所のコンビがいる。
今日も晶葉ちゃんは元気そうだし、ライラちゃんの笑顔も魅力的だ。
杏「ねえライラー、ちょっといい?」
ライラ「あ、はいですー」
ライラ「どうしましたかアンズさん」
杏「ちょっと聞きたいんだけどさ、Coのプロデューサーってどんな人? 最近どうよ?」
ライラ「そうですねー。プロデューサー殿はとてもやさしくて温かいですよ。いつもいろいろお忙しそうですが、ライラさんのこともいつも気遣ってくれます。話もしてくれたり。そういうの、とってもうれしいですねー」
杏「そっかー。いい人なんだね。ライラはプロデューサーのこと好き?」
ライラ「はいですー」ニパッ
杏「ライラはいい子だねぇ。これ、きらりから貰った飴だけど、一個だけ分けてあげよう」
ライラ「おおう、よいのですか?」
杏「いいよ。あ、晶葉のぶんもあげるよ。渡しといて。はい」
ライラ「ありがとうございますですー」ペコリ
しばしの会話の後、ライラちゃんは大切そうに飴を持って、もといた場所に戻って行った。
なんとも素敵な笑顔だ。
杏「あれがピュアな感じというものだよ、比奈くん」
比奈「何言ってんスか」
杏「比奈もさ、『実は結構感謝してるんスよ』とかじゃなくて、あれくらい積極的にいこう。Coのプロデューサーに全力で甘えにいこう」
比奈「…さっきから一体何のプッシュなんスか」
杏ちゃんとアタシはたいてい事務所の隅で一緒にだらだらしている。
CuとCoでチームこそ違えど、まあ仲はいい方だと思うのだけど。
杏「別に深い意味はないんだけどね。比奈を見てると、こう…もっと積極的に行ってもいいんじゃないのって思う時があってさ」グデー
比奈「杏ちゃんがそれ言うんスか」
杏「まあね」
比奈「…」
杏ちゃんの言動については、イマイチ腑に落ちないことも多い。
乃々「…」
比奈「お、乃々ちゃん。お疲れさまっス」
杏「おつかれー」
乃々「お、お疲れ様です…」
いつの間にか乃々ちゃんが現れた。
同じCoチームの、ちょっとネガティブな女の子。
…だったのだけど。
最近はアイドル活動も、いろいろ言いつつ頑張っているみたいだ。
仕事が楽しくなってきたってこともあるだろうけど、
たぶんそれは、プロデューサーの影響が大きい。
乃々「あの、比奈さんとプロデューサーさんの話、私もちょっと聞きたいなと…」
杏「乃々そういう話好きだよね」
少女マンガ的な恋愛話が好きなのだとか。
自己主張は控えめだけど、いろいろ女の子って感じがする。
比奈「アタシのは別に恋バナなんかじゃないっスよ」
乃々「でもあの、比奈さんって確かにプロデューサーさんと話している時…なんというか、乙女な感じ、ありますよね…」
杏「ねー、そういうのあるよね」
比奈「…そういう恥ずかしい話はやめて欲しいっス」
次にプロデューサーに会った時に喋りづらくなるから。
事実はともかく、ほら、意識しちゃう的な。
比奈「…というか、乃々ちゃんこそプロデューサーと仲いいみたいじゃないスか」
乃々「え、いや私はそんな…」
比奈「ウワサでは、時々ご飯に連れて行ってもらったりしているとか」
乃々「あ、いえ私は別に…、あの、そういうこともたまにありますけど、別に特別なことは…」
比奈「あーそうなんスね…」
乃々「…」
比奈「…」
杏(もっと聞きたそうなのに踏み込んで聞けないの、比奈の不器用なとこだよなー)
その後もいろいろ話したが、
なんだかんだとぼかされてしまった。
まあ乃々ちゃんの話を聞くに、今のところ特別な関係じゃないってことはわかる。
それはたぶん、あのプロデューサーだからというのもあると思う。
…たぶん、アタシの知るプロデューサーは、そういう人だ。
優しくて、いい人で。でもそれ以上って、あまりイメージできない人。
だけど、少なくとも乃々ちゃんは、プロデューサーのことが大好きだ。
それは恋愛とか得意じゃないアタシでもわかる。
乃々「わ、私はあの…、ほそぼそと…生きていければと思っているだけで…」
周囲やプロデューサーの強いプッシュでアイドルを始めたという乃々ちゃん。
最初はいつも仕事から逃げ回っていたけど、
いつの間にか、ネガティブ言いつつもちゃんとやるようになっている。
これもプロデューサー効果だろうか。
ううむ…。
恋ってすごい、かもしれない。
思えばアタシに限らず、
Coチーム内でも、プロデューサーを慕っている子は少なくない、と思う。
それが仕事の信頼関係に限ったものなのか、
恋愛的なものなのかは、人によって違うだろうけど。
なんと言ってもアイドル事務所だ。
周囲を見渡せば、かわいい子に不足なしだ。
アイドルが恋愛どうこう言うのはよくないかもしれないけど、
たぶん、恋愛的な意味で、プロデューサーを見ている人はいるハズ。
乃々ちゃんに限らず、そんな感じは、ある。
そういうことを考えると…なんというか、
アタシはなぁ、と思ってしまう。
まあ恋愛どうこうってタイプじゃないけれど、
でも少なくとも今はアイドル活動も同人活動も楽しいし、
支えてくれているプロデューサーは…えーっと、その、
…
恩人、そう恩人!
そういう感じの意味では慕っているし、感謝もしているのだ。
比奈「恋バナ…か」
ううむ。
好きかどうか、なんて。
そんな簡単なものじゃないと思うんだけどな。
帰り道。
雑踏を抜け、公園の並木道を歩く。
モヤモヤした気持ちはイマイチ晴れないままだ。
比奈「なんっ…スかねー、ホント」
すれ違う人々の中にも、カップルらしき二人組を見つけることは難しくない。
こうしてみると、恋だの愛だのって結構当たり前のことなのかな、
などとわけのわからない自問自答が出てきてしまう。
大きく息を吐き、ふと周りを見遣る。
夕方の公園。
木々の色づきこそまだ僅かだが、
気候はもう秋めいている。
こんな季節は、こういうところを歩くのもいいかもしれない。
…フフ。
以前のアタシなら絶対に思わなかったようなことだ。
ちょっと笑ってしまう。
アタシも少しずつ、変わってきているのかもしれない。
とはいえそれは、劇的なものでは、決してないのだけど。
「おや、比奈くんじゃないか」
声に振り向くと、ベンチに一人のイケメン、
…じゃなかった、カッコイイ女の人がいた。
あい「奇遇だね、今帰りかい?」
ベンチに深く腰掛け、
背もたれに片腕を掛けたその姿。
今をときめくアイドルで、このポーズがここまで似合う人はそういないだろう。
東郷あい、23歳。
水瓶座、両利き、AB型。
事務所屈指の、いや、たぶん業界屈指のカッコイイ系アイドル。
比奈「…あ、ハイ。どうもっス」
片手には文庫本が見える。
公園で読書の秋…といったところだろうか。
あい「日が落ちるのが早くなったね。このあたりもすっかり秋の気配だよ」
アタシと3つしか違わないのに、この佇まい。
素敵だなと思う一方で、
なんだろう、ちょっとだけ、やるせない気持ちになる。
比奈「読書っスか」
あい「ふむ、たまには外でね」
沙紀ちゃんもそうだけど、
イケメン美女は外で読書をするものなのだろうか。
あい「せっかくだから、少し雑談でもどうだい?」ポンポン
ここ空いてるよ、という仕草を見せるあいさん。
お誘いに乗っかる形で、お隣にお邪魔する。
ファンの方々にはたまらないシチュエーションなのではないだろうか。
あいさんは素敵な人だ。
同じCoチームで、
いつもみんなを気にかけてくれる優しいお姉さん的存在だ。
一方で、アタシや杏ちゃんのふだんのダラダラした様子にも寛容で。
実はちょっと憧れの存在でもあるのだ。秘密だけど。
比奈「相変わらず、あいさんはカッコイイっスね」
あい「フフ。褒めても何も出ないよ?」
憧れといっても、別にアタシがイケメン女子になりたいとかそういう話じゃなく、
こう…自分らしさを堂々と持っている姿が羨ましいな、と。
見習いたい良さがあるというか。
まあ時々、その凛とした姿のせいで
思わず目をそらしてしまう時はあるけど。
あい「…どうかしたかい?」
比奈「いえ」
だって眩しいっスよ、あいさん。
我々日陰者には、周囲の輝きが素敵であればあるほど、
辛い瞬間ってのもあるんスよ。
チラリと見える手元の本。
黒を基調としたブックカバーがおしゃれだ。
比奈「…ちなみに、何を読んでるんスか?」
あい「これかい? 『つま先立ちでキス☆』って作品だ」
比奈「ブフッ」
あい「知らないかな? 少し前だが、話題になった小説だよ」
比奈「あっいえ、一応名前は知ってますけど」
激甘とウワサされた恋愛小説じゃないか。
これはボケなのだろうか。
それとも…えっと。
比奈「あいさん、えっとそういう…恋愛小説とか、好きなんスか?」
あい「ん? いや…今日はそういう気分だった、という感じかな」クスッ
カッコイイ。カッコイイんだけど。
なんとも掴めない人だ。
あい「まあ、たまにはこういう甘い話も読みたくなったりするものさ」
甘い…か。
あ、そういえば。
比奈「…あいさん、最近プロデューサーと仲いいっスね」
あい「おや、そうかい? フフ」
思いのほか肯定的だ。
あいさんとプロデューサー。
最近、なにかと会話を密にしている印象がある。
やはりその、そういうの、あるのだろうか。
比奈「…あいさんも、その…恋愛願望、みたいなものってあるんスか」
あい「まあ、多少はあるかもしれないね。ともあれ今はアイドル第一だが」
比奈「それは…プロデューサーと、的な」
あい「フフッ、そう見えるかい?」
どうなんだろう。
アタシから見たら、
あいさんは落ち着いていて、
カッコよくて。
比奈「…わかんないっス。でも、プロデューサーとは最近仲よさそうだなと」
あい「…なるほどね」クスッ
こういう話を振られて、
笑顔で受け答えができるのって、大人だなって思う。
やっぱりあいさんはこういう美麗でクールなイメージだ。
とはいえ。
比奈「すいません、変な質問でしたね」
あい「どうだろうな」ファサッ
風でなびく髪がカッコイイ。
佇んでいるだけなのに、粋な感じなの、すごいと思う。
比奈「………あいさんは、いつもそんな感じで、疲れませんか」
あい「そんな、とは?」
質問が変だっただろうか。
比奈「あっごめんなさい、悪い意味ではなくて」
あい「構わないさ。ただ…フフッ」
比奈「?」
あい「以前にも、同じような質問を受けたことがあってね」
比奈「…そうなんですか?」
あい「ああ、なんともかわいい、パンを頬張った少女からね」
みちる「へっくしゅっ!!」
みちる「…いま誰かパンのウワサ話しましたかね!」
輝子「フヒッ、そ、そこはみちるちゃんのウワサ話じゃないのか…」
かな子「大丈夫? 風邪じゃない?」
みちる「大丈夫です! フゴフゴ! 元気ですよー!」モグモグ
法子「気をつけないと! お腹痛くなったら満足に食べられなくなるよ!」
みちる「たしかにそれは一大事!」
時子「一大事なのは貴女たちの食欲でしょ」
みちる「ホントですね! あははー!」
法子「でも時子さんいい人だから一緒に食べてくれるよ!」
時子「冗談は炭水化物の量だけにしなさいよ」
法子「時子さん、ドーナツ食べよ!」
時子「昨日も食べたでしょうが」
かな子「そういえば、私マドレーヌ持ってきたんだけど…みんないっしょにどうかな?」スッ
法子「やったー! じゃあみんなの分のドーナツも並べるね!」
みちる「フゴフゴ! パンもありますよ!」
法子「…」チラッ
時子「こっち見るんじゃないわよ。あんたたちで勝手に食べてなさいよ」
法子「えー時子さんもいっしょに食べようよー美味しいよー」ワサワサ
時子「…」
法子「昨日とは違う味だよー美味しいよー」キラキラ
時子「…一個だけよ」
法子「えへへ! はいどーぞ!」ノソッ
時子「…ありがとう」
時子「(…何で私の周りには食欲旺盛なメンバーが集まってくるのかしら)」
輝子「フヒ…時子さん、あ、甘いのに飽きたら…キノコもあるよ…」モソモソ
時子「…」
あい「比奈くんもプロデューサーとはかなり親しいじゃないか。特別な関係だったり、特別な思いがあったり…というわけではないのかい?」
比奈「あっいえ、アタシはそんな、その…」
どう言っていいのかわからない。
比奈「そんな、特別なことは…なくてですね…えっと」
けれど、きちんと答えたい。
アタシの中の何かが、そう告げていて。
適切な回答を探すかのように、精一杯右往左往しながら言葉を紡ぐ。
比奈「…仕事のパートナーとしては、その、とても、………理想の人だと思っています。ただ、それ以上は、まだなんとも、わからなくて…」
あい「フフ、なるほど」
比奈「回答に…なってるんスかね?」
あい「もちろん。素敵な答えだと思うよ」ニコ
あいさんは優しい笑顔を向けてくれた。
………。
いや、でも、改めて思うと、
プロデューサーが特別なような、
…いや違う、「特別であってほしいと思う」ような、
そんな物言いだったような気がする。
比奈「あ…えと、その…///」
顔が熱くなっているのがわかる。
何言ってんだアタシ。
いや、何意識してんだアタシ。
あい「フフッ、比奈くんは少し不器用そうだけど、とても純粋な女の子だね」
比奈「え、いや、そんな」
アタシ純粋なのか。そりゃすごいや。
あい「比奈くんは、恋愛は奥手な方かな?」
比奈「え…そ、そんなの、あたり前じゃないっスか」
あい「ああ、勘違いしないでくれ。君を愚弄する気はないんだ。それに私だって恋愛ごとはあまり得意じゃないからね」
アタシみたいな人間に、急に何を聞くのかと思えば、そんな。
あいさんの自己評価は…謙遜だろうか。
まああいさんならそう言うだろうなとは思うけど。
あい「それに、少なくとも比奈くんは十分に魅力に溢れた女性だろう。だからアイドルをやっているんだし」
比奈「…そりゃまあ、ありがたいことにアイドルはやらせてもらってますけど、普段のアタシは…ただのオタク女子ですし」
あい「そうだね。でもどちらも君で、どちらも君の魅力なんだよ」
…どちらも。
あい「カッコイイからよくて、だらしないからダメで。真面目な社会人だからよくて、オタクだからダメで。そんな先入観からくる話はひとまず置いておくといい。今この瞬間に、あるいはステージの上で、その一瞬に魅力的かどうか。まず大切なのはそこじゃないかな。アイドルだろうと、恋だろうと」
あいさんはおもむろに立ち上がった。
見上げる立ち姿は、麗人と呼ぶにふさわしいそれだ。
比奈「…ありがとうございます。あ、でもその、恋愛は…アタシたちアイドルですし…」
あい「もちろんそうだね。そりゃ我々はアイドルだし、スキャンダルになるようなコトはよくない。だが、巷のカップルによく見るような甘々なことをするばかりが恋愛じゃないだろう」
比奈「えっと、それは…」
あいさんは続けた。
あい「誰かに魅了されたり、憧れたり。尊敬したり、恋い焦がれたり。秘めたる思いを抱いたり。一緒の時間を幸せに思ったり。それらすべて、恋愛なんじゃないかな」
比奈「…」
あい「片思いだって立派な恋だし、下心だって十分に愛だ」
どうしてこんな言葉がスラスラ出てくるのだろう。
でも、心に響く言葉だ。
あい「たとえば、大切なひとときがあって。それを何より素敵に思うのだって、恋じゃないかな」
比奈「…」
あい「どうだい?」
いつものプロデューサーとの時間も、アタシにとっては大切なひとときだと思う。
それも恋だということだろうか。
比奈「…あいさんも、あ、いや」
あい「うん?」
比奈「あいさんこそ、プロデューサーのこと、好きなんじゃないんですか」
あい「…フフッ、どうだろうね」
こちらを向き直ったあいさん。
髪に手をかける仕草が粋だ。
あい「私もまだまだ未熟な人間だよ」
比奈「…それはつまり」
あい「ま、今はこれくらいにしておこう。これ以上彼の話をするのは、お互いいろいろ…ね」
比奈「え、あ、はい」
きっと、多少の照れ隠しも入っているんだろうけど。
なんというか、やっぱりあいさんはすごい人だ。
あい「ま、愛想のいい鈍感男の話を続けても、たぶんこの先は愚痴になるしね」
比奈「…あ、はい。…うん、そっスね。そっスね」
わかる。
すごくわかる。
夜。部屋で原稿の続きをやりながら、改めて思う。
言葉のうえで。
表現のうえで。
好きだとか、恋だとか、愛だとか。
そんなことはたくさん見てきたし、たくさん描いてもきた。
けれどいざ、目の前のこととして考えると。
それはとても恥ずかしくて。
でもとても、素敵なことで。
いやでも、想像力逞しいアタシはすぐそうなるけど。
落ち着こう。
アタシはまだ、ちゃんと恋をしていない。
甘々なことだけが恋愛とは限らない。
なるほどたしかにそうかもしれない。
でもだからこそ、
目の前の温かで、楽しくて、ちょっとフニャフニャした幸せを、
アタシにとって大切なことだと再確認するために。
もっときちんと言っておきたい。
いつもありがとう、と。
こんな毎日に感謝している、と。
あと…。
………。
比奈「〜〜〜っ!!!」プルプル
言えるかそんなの!!!!!
そりゃね、そりゃね、
告白とかじゃないけど。
そうは言っても…ねえ。
…。
比奈「…言えないっスよそんなの!!!!!」ジタバタ
翌日、夕方。
レッスンを終えて、事務所で一息。
杏ちゃんは仕事に出たままだ。
…直帰だったっけ?
帰ってくるって聞いていた気がするんだけど…。
比奈「…」
向こうには、一人黙々と作業をしているプロデューサーの姿が見える。
他に人のいない、夕日の差し込む事務所。
比奈「………」モゾ
しばしの躊躇の後、
いや、長らくの躊躇の後、
アタシの足はプロデューサーのもとに向かっていた。
比奈「…プロデューサー、今忙しいっスか?」
P「んー、ちょっと待ってな………はいメール送信っと。よし、急ぎの仕事はだいたい終わったから、いいぞ。どうかしたか?」
…あ、どうしよう。
切り出しを何も考えていなかった。
えーと。
比奈「…ラ、ライブの衣装! またかわいい感じっスね」
P「お、そうだな。比奈的にもお気に入りか?」
比奈「アタシは…好き…っスね」
P「そっか。よかった」
比奈「…似合いそう、ですかね?」
P「もちろん。比奈にぴったりだと思うぞ」
比奈「…えへへ」
そっと、隣のイスに腰かける。
何がというわけではないけれど。
何かとても嬉しいアタシがいる。
そうか。うん、そうだよね。
比奈「アタシ、最近楽しいっス」
言葉を選びながら、少しずつ、少しずつ話す。
P「どうした、改まって」
比奈「時々思うんスよ。こんなにきらきらしたアイドルの世界。これって全部ウソか夢なんじゃないのかって」
P「何言って…」
比奈「部屋にこもってマンガ描いてるばっかりだったアタシが、ある日を境に突然ですもん。ストーリーが素敵すぎますよね」
なんというか、作り話みたいにロマンチックだし。
P「比奈に魅力がなかったら、こうはなってないぞ」
比奈「…ありがとうございまス」
でも。
比奈「でも、アタシを”アイドルらしく”見出してくれたのはプロデューサーなんスよ」
誰しも、いろんな一面がある。
アタシだってオタクである前に一人のオンナノコだ。
脱オタして、ちゃんとしたオシャレをするのにも、実はずっと憧れていた。
でも、かわいいだとか、素敵だとか、そんな言葉とは、あまり縁がなくて。
気がついたらすっかりオタクな毎日で。
それはとっても楽しいんだけど、
オタクって日陰者って、ずっと思ってたから。
比奈「…」ポスッ
P「お」
あー。
わーー。
うわーーー。
P「…」
比奈「こっち見ちゃダメっす」グイッ
もう顔は見せられない。
自分でやっといて言うのも変だけど。
肩にもたれかかる…って、
こんなに恥ずかしいことだったのか。
今後はマンガで描くのにも勇気がいりそうだ。
比奈「…急な世界の変化に戸惑いもあったんスよ」
P「…うん」
そう。だから。
嬉しいのに、
ホントはとっても嬉しいのに、
うまくその気持ちを表せなくて。
比奈「それに、オタクのアタシと、アイドルのアタシの、どっちがホントの…とか、いろいろ考えちゃったりもして」
P「まあ仕方ないよな。でもそれは」
比奈「わかってるっス」
今ならわかる。
どちらがとかじゃなく、全部が荒木比奈なんだって。
オタクのアタシも、
アイドルのアタシも、
…今、この状況にドキドキしているアタシも。
比奈「…アタシ、プロデューサーに声かけてもらえてよかったっス」
P「…そりゃ、よかった」ナデナデ
少しは、素直に表現できるようになったかな。
どうっスかね、杏ちゃん。
比奈「へへ」
P「…さっきの話」
比奈「ん、はい」
P「ウソでも夢でもないさ。確かなものだ」
比奈「えへへ」
P「…いや夢かな?」
比奈「えっ」
P「夢なら夢で、これから叶えなきゃな。一緒に」
比奈「…」
ああもう、ホントにこの人は。
P「頑張ろうな。俺も、みんなも一緒だ」
比奈「…あ、ハイ」
ああもう、ホントにアタシは。
今のくだりで「俺」と「一緒に」だけが気になって仕方ないアタシは、
もうだいぶ頭がキているのかもしれない。
んー。
比奈「…あはは、キザなセリフはあんまり似合わないっスね!」
P「あ、なんだとー」ムニー
比奈「あひゃひゃ、いひゃいいひゃい」
…精一杯平静を装ったつもりだが、どうだろうか。
顔が真っ赤なのは、もう、その、勘弁してほしい。
オタクはなろうと思ってなるものじゃなく、
気がついたらなっているものだって誰かが言っていた。
ならばアイドルは、どうだろう。
恋する乙女は、どうだろう。
答えはわからない。
たぶんそれは、勇気を出して、踏み出してこそわかること。
比奈「あ、あー、えっと」
P「?」
比奈「プロデューサー…このあと時間あるんスよね? その…」
P「…」
比奈「もし差し支えなければ〜その…ごはん…的なそういうの、連れてってくれたら嬉しいな〜、なんちゃって…」チラ
P「…ぷっ、あはは」
比奈「なっ、何で笑うんスか!」
P「何でそんな畏まってるんだよ。ご飯くらい時々一緒に行ってるじゃないか」
比奈「だってそりゃ…もういいっス! どうせそんな畏まった感じは似合ってないっスよ! すんませんね!」
P「まあまあ、そう言ってくれて嬉しいよ。そうだな、じゃどこか食べに行こうか」
比奈「…」プイッ
P「ひーなー」ナデナデ
比奈「…おいしいトコがいいっス!」プンスカ
P「ふふっ、わかったわかった」
あー、なんだろう。
なんというか、その、
…
アタシ、今とっても幸せな感じ、あるっス…なーんて。
杏「♪ー♪ー♪ー」
杏「♪もう伏し目がちなきーのーうなーんていらない」
杏「♪今日これからはーじーまるわたーしのでんせつー」
杏「…なーんて」
世の中、誰もがいつも恋愛なう!ってわけじゃないんスよ。
でもね、聞いてほしいんでス。
オンナノコは誰だって夢見がちだし、
ひとそれぞれ、ありもしないロマンに恋焦がれたりするもんなんスよ。
アタシっスか?
アタシはまあ…へへ。
この目の前の素敵な毎日をなくさないように。
ちょっとずつ、頑張ろうと思いまス。
ちょっとずつ、ね。
脱オタどころか、こんなキラキラした場所まで連れてきてくれるなんて。
アタシにとって、プロデューサーは魔法使いっスね。
あ、ネット用語じゃないっスよ。
比奈「これからもよろしくっス、プロデューサー!」
以上です。
☆おまけ
比奈「もしかして今日みたいなことって、担当の子みんなに言ってんスか」ジトー
P「えっ…どうした急に」
比奈「少なくとも乃々ちゃんとか、あいさんには言ってますよね、ああいう気取ったセリフ」ジトー
P「…」メソラシー
比奈「…プロデューサーがキザなこと言っても、あいさんみたいにカッコよくはならないっスよ」
P「うるさい」
☆おまけ2
ガチャッ
時子「…」
柚「あ、時子サンお疲れさまー」グデー
時子「…だらしない格好ね」
柚「えへへ。今みんな出払ってるから休憩中ー」
時子「…そう。じゃあ柚でいいわ。走りに行くから一緒に来なさい」
柚「えっ」
時子「少し時間があるから、身体を動かしたいの。貴女も来なさい」
柚「…あ、ひょっとして時子サン、ドーナツ食べ過ぎたから気にしt」
時子「来 な さ い」
柚「ま、ちょっと待とうよ、茜ちゃんとかユッコちゃんとかもうすぐ戻ってくるから、走るならそちらに」
時子「うるさい」
ズルズル
柚「うわぁ〜!!」
バタン
乃々「(…せ、セーフ…)」
以上です。
過去にも似たような青臭い作品をいくつか書いています。
今作に関連するものとしては
・みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
・あい「恋より先の、もっと先の」
などがあります。
よろしければどうぞ。
*参考:あいさんが読んでいた本について
・『つま先立ちでキス☆』(秋月律子推薦図書)
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%A4%E3%81%BE%E5%85%88%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%A7%E3%82%AD%E3%82%B9%E2%98%86
ありがとうございました。
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