尖閣諸島紛争 (9)
その日、東シナ海の海面は穏やかだった。
尖閣諸島に不吉な影が忍び寄っているにもかかわらず……
中国・東海艦隊は、空母を中心とした大規模な水上部隊を日本近海に集結させた。
その動きが、尖閣諸島の実効支配を狙った物であることを、日本政府は警戒した。
情報収集衛星による監視結果、米国軍事筋からの情報提供、
そうした事前報告を日米両政府は見逃さなかった。
断片的な情報は、日米の政府系シンクタンクによって分析された。
その結果、今回の中国による軍事行動の脅威度は高いと見積もられた。
しかし、対艦ミサイルによる奇襲攻撃は予想外の出来事であった。
あきづき型護衛艦「うづき」が最初の被害を受けた。
中国軍の対艦ミサイルによる飽和攻撃は苛烈を極めたが、自衛隊は辛くも全弾迎撃した。
だが、破片の一部は船体に損害を与えた。
この攻撃が日中武力衝突の嚆矢となったのは、明白である。
旗艦『あかぎ』にいる海将は、『うづき』の被害状況を無線で報告するよう命じた。
「こちらは第二護衛隊群・旗艦『あかぎ』である。『うづき』は被害状況を報告せよ」
無線は正常に機能するようで『うづき』はすぐに返電した。
「こちら『うづき』艦長の島村。現在、当艦左舷に浸水が認められる。
人的被害はなし。航行・武器使用とも支障なし。浸水を防ぎつつ作戦行動を続行する」
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「海将……ついに武力衝突でしょうか」
「あかぎ」のブリッジで作戦参謀が戦いている。
「中国海軍がこれ以上攻撃を続けるのであれば、反撃も止むを得ないだろう」
艦隊司令・本田は、険しい顔をしながら重々しい一言を発した。
そして、内閣府に緊急連絡を入れた。
突然の奇襲攻撃に対して内閣は混乱した。
制服組と背広組の間での衝突、省庁間での連絡の混乱、
そうした事態がかつてないパニックを引き起こし、意思決定は大幅に遅れた。
統合幕僚長・武内は美城首相に進言した。
「首相。これは中国側からの宣戦布告と受け取るべきです」
「ついにこの日が来たのですか」
「はい。通達遅れは反撃の遅れを意味し、それは現場の自衛官を危険に晒すこととなります」
第二護衛隊群からの状況報告を受けた内閣府は、すぐさま交戦許可を発令した。
これは、中国側からの攻撃があれば護衛艦による反撃を認める許可であり、
すなわち戦争状態へ突入する事の許可であった。
その頃、東シナ海では、初の実戦による被害への対応に追われていた。
「こちらは海将の本田である。島村艦長は修理の進捗状況を報告せよ」
「こちら艦長の島村です。現在、浸水被害の復旧に手間取っております。
浸水を完全に止めるまでには、もう少し時間が掛かるかと」
「いつ第二派攻撃があってもおかしくない状況だ。修理を急ぎたまえ」
「はい。『うづき』の乗員一同、全力を尽くして頑張ります!」
「よろしい。貴艦の奮闘に期待する」
同時刻、佐世保艦隊司令の渋谷は、よからぬ報告を受けていた。
「渋谷司令。こちらをご覧ください」
「何事かね?」
「こちらは音響観測艦『ひびき』が捉えた音響情報です。
これによると……どうやら中国はジン型潜水艦を日本近海に接近させている模様です」
「ミサイル潜水艦ではないか! まさか中国は核攻撃を……
いや、それなら近海まで接近する必要がないか」
「おそらく、ミサイル攻撃が目的ではないと考えられます。
狙いは……特殊部隊を侵入させての後方攪乱かと。
最近、中国海軍は、特殊部隊の母艦としてジン型潜水艦を改修したとの情報があります。」
「米海軍のオハイオ改と同様の物か……」
「はい。もし特殊部隊の投入があるとすれば、これは厄介ですよ」
「うむ。このことは陸自にも伝達せねばならんな」
中国によるゲリコマの可能性が浮上してすぐ
日本海にも異変が起きていた
―対馬
「前川隊長! 大変です!」
陸上自衛隊の対馬警備隊(通称・山猫部隊)
多田陸曹長は大慌てした様子で本部に入電してきた
「こちら前川。どうしたね、多田くん?」
「海岸にて不審物を発見……
黒いゴムボートが3、ハングルが書かれた木箱が10」
「何だと?」
「足跡らしき物は見当たりませんが……これって」
「工作員が侵入した可能性があるな」
山猫部隊はレンジャー資格を保有する隊員が多く所属する部隊。
その上、対北朝鮮の特殊訓練を受けていた。
彼らは、こうした事態に直面すれば、直ちに警戒を開始する。
前川隊長は事態を市ヶ谷へ報告した後、隊員を招集した。
「整列!」
隊長の大声が響いた。
「何があったんだ?」
「どうやら工作員が侵入したらしいぞ」
自衛官たちは動揺を隠せずにいた。
多田陸曹長の報告を隊員全員に通達した後、
教範通りの山狩りの命令を出した。
静かな対馬の森に、何者かが潜んでいるのだろうか?
確実なことは、まだ自衛官たちには分からなかった。
多田陸曹長は応援を待った
応援到着後、不審物が発見された海岸から森へ向かって
不審者検索をすることとなった
「三村一等陸曹。現着しました!」
「緒方一等陸曹。現着しました!」
多田陸曹長はぐるりと隊員たちの顔を眺めた。
「よし、これで必要な面子は揃ったな!」
隊員を確認し満足そうにガッツポーズを取った。
「多田陸曹長。指示を願います」
緒方が敬礼しながら言った。
「よし、それでは、15分休憩の後に10m間隔の一列横隊で検索開始だ!
緒方の分隊は、俺の隊の左翼に展開。
三村の分隊は、俺の隊の右翼に展開。
トラップが仕掛けられている可能性もあるから、
十分注意しながら移動するように!」
出発前の休憩時、三村は緒方と少し話をした。
「夕飯の時間までに終わるといいが……これは長引きそうだな。
俺の隊ではビスケットを荷物の中に入れてるよ。
すぐにカロリー補給が出来るからな」
「役に立つものでいいじゃないか。
俺なんか四葉のクローバーを手帳に挟んでるぜ。
まるで乙女チックで笑っちまうだろ」
「いやあ、ゲン担ぎしたい気持ちは分かるよ」
三村はビスケットを一口食べ、緒方は手帳に挟まった四葉のクローバーを眺めた。
そんな様子を多田は黙って見ていた。
「はりきっとるじゃないか、多田くん」
「あ、木村小隊長」
多田にとって直属の上司である木村小隊長が来た。
「今回の任務は訓練じゃないからな。
正直、君も含めて皆緊張しているだろ?
私も緊張しているがね」
「おっしゃる通りです。さっきまでの勢いは単なる空元気ですよ」
「実戦……これは実戦なんだな」
「はい。緊張して内心は震えております」
多田は強張った面持ちで答えた。
「交戦がなく終わればいいのだが……たぶんいるんだろうね、工作員」
木々深い森を見つめながら木村は言った。
「正直、この小隊と接触しない事を心から願っています。
こんなときに臆病風が吹いてきて情けないですよ」
「そりゃあ、誰だってそう思うさ」
小銃を眺めながら多田が言った。
「訓練は受けていても実戦は初めてなんですよね。
自衛官は『にわか兵士』なんじゃないかって思えてきました。
戦うって現実が目の前に現れて、そう思えるんです」
「うん、それは私も同感だ」
「『にわか』のままで居られれば、それが最善だったんでしょうね」
「だが、こうした事態になった以上、それでも戦わねばならん」
「撃てるでしょうか……自分も皆も」
「その時にならないと分からんね」
今日はここまでです。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
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