真姫「ふぅ…なんだかお腹が減ったわね…」 (24)

真姫「ああ、もう…っ!!」

ガガーーン!…とピアノを叩きたい衝動をかろうじて抑える。

ダメダメ、そんなの3流の音楽家がカッコつけてすることよ。それに、そんなことしたらパパやママが血相を変えて飛んでくるもの。

真姫「はあ…」

それでもため息。

真姫「やっぱ才能ないのかも…」

来月に迫ったμ'sのサマーライブ。いい加減に新曲を完成させて練習にはいらないと。

それはわかってるんだけど…全然、うまくいかない。


真姫「もうこれでもいいのかしら…」

一応は完成した楽譜を見てひとりごちる。悪くは、ない。いや、むしろ女子高生が作ったという点を加味すれば十分すぎるほどの出来だと思う。


でも――

「「私達μ'sには絶対絶対真姫ちゃんが必要なんです!」」

あんなこと言われたら、そりゃもう、意地でも、歴史に残る名曲を完成させないといけなくなるじゃない。

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真姫「…」

あ、ヤバ。思わず口元がニヤけそうになるのを必死に修正する。

真姫「―うわ、もうこんな時間?」

もうすぐ日付が変わる頃。ママと夕飯を食べてからずっと部屋に閉じこもってたからわからなかった。

真姫「もう、今日は無理かな…」

シャワーでも浴びてさっさと寝ましょ。そう思った時。


ぐうぅ~~~~


夜のしじまにマヌケな音が響いた。。

真姫「…っ///」

慌ててお腹を抑えてキョロキョロと辺りを見回す。

真姫「って、誰もいるわけないわよね。」

少しホッとした。花陽ちゃんじゃあるまいし、私のキャラじゃないものね。




真姫「――う~ん…やっぱりなにもない、か…」

ちょっと迷ったけど…キッチンに忍び込んで、冷蔵庫の中をのぞき込んだ私は予想通りの結果に落胆した。

真姫「和木さん、作り置きとか残り物とか嫌いだもんね。」

前もって言っておけばお夜食ぐらい作ってくれるんだけど…

生憎、今は和木さんは法事で田舎の方に帰っているからうちの冷蔵庫はきれいなもの。

そのまま食べれるものと言ったら…ワインのおつまみのチーズくらいかしらね。


ぐうぅ~~っ


真姫「もう!やめてよ!」

真姫「うう、何か…何かないかしら…」

何よ、もう!なんだか段々イライラしてきちゃった。

真姫「インスタントとか、レトルトとか…あっ。」

そこまで言って思い出した。


凛『――まーきちゃん!これあげるっ!』

真姫『なによ、これ。こんなの私食べないわよ。』

凛『え~?でもでも、商店街の福引でいっぱい当たっちゃって…凛一人じゃ食べきれないよぉ~』

真姫『しょうがないわね…もらってあげる。』



思い出した!

小走りで部屋に戻ってかばんを漁ると…あった!

普段だったら絶対に食べない、カップラーメン!

――ふふふ、凛ちゃんったら。こんなの食べない、なんて言っちゃったけど撤回するわ。

私はもう、それはそれはウッキウキでキッチンに戻って、お湯を沸かしたわ。

真姫「ふふ…早くわかないかしらね♪」

やかんを火にかけながらじっと見つめる。

こういうのって待ってるとダメなのよね。



ピ…

真姫「あっ、っと…!」

慌ててやかんの笛をはずす。

真姫「危ない危ない…」

あとはお湯をそそいで…




「――真姫か?」

真姫「えっ!?」

「何やってるんだ、こんな夜中に。」

真姫「え、え、あの…パパこそなんで…」

慌てて、それでいてさり気なくカップ麺を隠す。

こんなとこ見られたらますます怒られちゃう。


『お前はいつからこんな不良娘になったんだ、やはりスクールアイドルのことも考えなおさないと―』


やだやだやだ!それは絶対ダメ!

どうしよう、どうしよう―


「学会の資料がまとまらなくてな。…何を隠してるんだ?」

真姫「あ、ううん、なんでもないの。ちょっと喉が渇いただけで…」

そう言い繕う私の視界のはしっこでカップ麺の蓋が蒸気でゆっくりとめくれていくのが見えた。

真姫「あっ…」


――しまった、つい手でおさえちゃった。

「…」

パパの視線が突き刺さる。

真姫「あ、その、違うの、ううん違わないんだけど…その、お腹がどうしても減って…」

「…」

真姫「…えと…」

ああ、もうどうしよう。絶対怒ってる。

そのままパパはカップの蓋を押さえてる私の方に近寄ってきて――

「貸してみなさい。」

真姫「え?」

「手をどけて。」



そのまま、やかんを持ち上げて、アイロンみたいに押し付けた。

真姫「え…?」

「こうすると、もう一度くっつくんだ。」

背中でパパの表情はわからなかったけど…その声は怒ってはないみたいだった。

少ししてパパがやかんを離すと、蓋は開ける前みたいにくっついていた。

真姫「すごい…」

「すごいもんか。こんなこと。」

真姫「…ぷっ。」

「?」

真姫「ふふっ…ごめんなさい。パパがこんなこと知ってるなんて、ふふっ…なんか、おかしくって…」

「…そんなに笑わなくてもいいだろう。」

真姫「だって、パパってこういうのと縁がなさそうじゃない。お腹が空いても顔には出さずに我慢して―」

「おいおい…パパだって、若いころはこういうものをよく食べたんだ。」

真姫「え、そうなの?なんだか意外ね。」

「ああ、これだって、医学部の先輩から教えてもらったんだぞ。」

先輩――パパの口からそんな言葉が出るなんて。なんだか不思議な感じがする。

真姫「ふうん…なんだか変なの。」

そう思ってたらついつい口に出ちゃった。

「おいおい、パパだって若いころがあったんだぞ。そりゃもう、腹が減ってな…なけなしの小遣いをはたいて…」

そこまで言ったところで


ぐうう~~~


真姫「…」

「…」


今度はパパのお腹がなった。

真姫「――あっ、ダメよ!まだ3分たってない!」

「いや、パパはこれでいいんだ。」

もうひとつもらっていたカップ麺をパパにおすそ分けして、二人でならんだ深夜のキッチン。

親子二人が麺をズルズルすする音だけが聞こえる。


真姫「ねえ、そんなのおいしいの?」

「昔は時間がなかったからな。こうやってよく食べていた。」

真姫「ふうん…なんで?」

「…時間があったら少しでも勉強したかったんだ。」

真姫「…」

「周りの奴らに大病院のボンボンだろうってよくからかわれてな。そいつらの鼻を明かすために頑張った。」

「もちろんそれだけじゃない。父の名に恥じない医者になるために必死だったんだ。」

真姫「…」

思わず箸が止まった。

「研修医になってからはもっと時間がなかった。少しでも時間があれば研鑽を深めたかった。」

真姫「…えっと。」

「…真姫はあの頃のパパよりずっと優秀だよ。気に病むことはない。」

真姫「あ、ありがと。」


「いい友達もたくさん出来たみたいだしな。」


そう言って、パパは少しだけ笑った。

――それから、パパはいろんな話をしてくれた。


学生時代の話。友達とバカなことをした話。

高校を卒業する時に進路について真剣に悩んだ話。

当時好きだった女の子に歌を送ったけど結局フラれた話。

友達に慰められて酔っ払って帰って、お爺ちゃんにすっごく怒られた話。

初めて患者さんに「ありがとう」って言われた日、嬉しくて眠れなかった話。

すごくすごく厳しい先生に目をつけられ滅茶苦茶にしごかれた話。

その先生がパパとママの結婚を大喜びしてくれた話。

今でもその人に頭が上がらない話。


他にもたくさんたくさん―私の知らないパパがいた。

変なの。

パパは生まれた時から私のパパだったのに。

パパは 私のパパじゃない時間のほうがたくさんあった。



「――それはそうだ。パパは、真姫のパパを15年しかやってないけど、真姫のパパになるまではもっと長かったんだから。」



そこまでお話を聞いて、ちょっと寂しかったけど…なんだか嬉しかった。


―だって、パパだって、私と同じように泣いたり、笑ったり、悩んだりしてたんだってわかったから。

真姫「―ごちそうさま。パパ、お話ありがとう…おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ…うまくいきそうかい?」

真姫「やだ、パパったら、知ってたのね。」

「まあね、勤続15年のひよっこだけど、君の父親だからね。」

真姫「ふふ…どうしたの、なんだかいつものパパじゃないみたい。」

「無理したらだめだよ。」

真姫「うん…うまくいきそう。」

「そうか、よかった―ところで、さっきの話だけど、ママには…」

真姫「うふふ、どうしようかしらね…条件次第、かな?」

「おいおい…わかった。何がほしいんだ?洋服か?靴か?」

真姫「ううん、違うの…えっとね…あの、ね…」

「?」

真姫「来月、ね、μ's、私のやってるスクールアイドルの…ライブがあるの。」

「…」

真姫「見に来て、ほしい…」

恥ずかしくってパパの顔なんて見れなかったけど…ちゃんと言えた。

「…わかった。行くよ。」

真姫「っ!ありがとう!」

「じゃあ、今度こそ本当におやすみ。」

真姫「おやすみなさい、パパ。パパも頑張ってね―」





真姫「――よし。」

部屋に戻った私は再びピアノに向かう。

もう日付はとっくに変わっているけれど…ちっとも眠くなんてなかった。

――

――――

――――――


凛「ま~きちゃん!おっはよ~!」

花陽「おはよう、真姫ちゃん。」

真姫「おはよう。」

わざわざ待っていてくれた二人に挨拶を交わす。

凛「ねえねえ、新曲できた?凛もう楽しみで楽しみで待ちきれないよ~!」

花陽「り、凛ちゃん…!せかしちゃだめだよ!」

凛「え~!?だって真姫ちゃんの曲ってすっごく素敵なんだもん!だから一刻も早く―」

真姫「はい。」

楽譜を突きつける。

花陽「えっ?本当にできてるの?」

真姫「当然!私を誰だと思ってるの?」

凛「すっご~い!さすがは真姫ちゃんだにゃ!ねえねえ、歌ってみてよ!」

真姫「ええ…?今歌うの…?」

凛「いいじゃんいいじゃん!凛達も合わせて歌うから!」

真姫「もう…」

まあ、しょうがないか。今回は凛ちゃんのおかげでもあるしね。

真姫「えっとね―」

~♪

朝の通学路、静かな声で私は歌い出す。

やがてそこに、目を閉じて聞いていた凛ちゃんと花陽ちゃんの歌声が合わさっていった。


~おしまい~

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