この世の全ては『時の運』で廻っている (17)
「この世の中に、実力なんてものは存在しないんだ!」
昼休みだというのに静まり返るこの教室、俺のその声はとてもよく響いた。
うちのクラスは、どうも昼休み中の活気が薄い、いつも。
たぶんそれは、元気があってクラスを盛り上げる的な役割を担う人たちが、教室で昼ごはんを食べる習慣を持たないからだ。
だが、それにしても、今日は何故かとても静かだった。音という音といえば、時折風が窓を叩く、そんなものだけ。
だから俺のその言葉はとてもよく響いた。突然の思いつきだった。とりあえず言ってみたくなったのだ。
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「はぁ?」
俺の向かいで、弁当をつついている彼は眉根を寄せる。
何をいきなり言い出すんだこいつは、アホか。そう言いたげな表情だった。アホは余計だ。
ふと、視線を感じたような気がして、俺はあたりを見回した。
この教室で昼飯を食している我がクラスメイトたちが、何事かと俺に視線を集めている。お前らせっかくの昼休みなんだから、もうちょっと騒げよ。
俺はそれらを気にしないことにして、彼に向き直る。
「何言ってんだよ」
面倒くさそうに彼は言った。
「いや、この世の中には実力なんてものは存在してなくてさ、全てが運で回っていると俺はそう悟った」
「はぁ……」と彼は俯いて、ため息か生返事かよく分からない声を漏らす。
しかしすぐに彼は顔を上げて俺を見る。「続けて」と言っているようだった。
続ける。
「例えば……、性格も良くてスポーツ万能で頭もいいイケメンが『何でお前彼女作らないの?』って、無神経なこと聞いてきたらお前どうする?」
「それ、性格良くないじゃん」
「殺したくなるでしょうが!」
俺は机を叩く。弁当が溢れるといけないので、優しく叩いた。
「はぁ」
彼の生返事。
いまいち俺の話が理解できていないようだ。さっきの話と、この話に何の関係があるのか分からないご様子。
仕方ないので、俺はもう少し続ける。
「わかるか?」
「わからん」
「イケメンで生まれれてくるかどうかは、運任せじゃん?」
「……まぁ、そうだな」
彼は曖昧に頷く。
「それでさ。性格が良くなるか、ならないか。それも運じゃん?」
「そうか?」
今度は彼は頷かない。
「いや運だよ!」
「はぁ」
「じゃあ聞くよ?」
俺が言うと、彼は首肯した後、机に頬杖をついた。
仕方ないから最後まで付き合ってやる、そんなふうに。
「性格がいい親に育てられた子供と、性格が悪い親に育てられた子供、どっちが性格よくなる?」
「そんなの、場合によるだろ」
彼は視線を窓の向こうにやった。鳥が飛んでいた。カラス。
「まぁ、確かにそうかもしれない。けど、親によって子供の性格ってのは変わるだろう? つまり、そういう親のもとに生まれるかどうかは運であるわけ」
「まぁ、そうかもしれないな」
彼は軽く頷いた。
「じゃあ次、運動神経が良いとか、頭が良いとか、そういうのも運だろ?」
「お前何が言いたいんだよ」
「まぁ落ち着いて最後まで聞け」
そうは言ったが、実際のところ、俺も自分が何を言いたいのか、具体的には分からない。
突然思いついたことだから。
まあでも、とりあえず、自分がどういうことを言いたいのかは分かる。
だから、彼にソレを話しながら、自分の考えを少しずつまとめているわけだ。
俺は口を開く。
「つまり、世間一般的に言われる『実力』ってヤツはさ、その人が実際に持っているチカラなわけじゃん?」
「うん」
「それでさ。そのチカラを手に入れられるかどうかは運だろ?」
「うん?」
彼は納得がいかないご様子。
「あー、だからそう、そのチカラを手に入れるためには努力がいるじゃん?」
「うん」
「で、その努力ができるかどうかも運じゃん?」
「うん?」
「性格とか、友達や家族の励ましとか、周りの応援とか、努力するやる気がちょうど良いタイミングで得られるかどうかとか。それらの要因が、全てうまい具合に重なった結果努力ができるわけじゃん? つまり、運だ!」
「……」
「つまり、運が悪くて、周りの友達や家族が性に合わなかったり、親のせいで努力しない性格になったりしたら、実力はつかない」
「あー」
俺がそこまで言うと、ようやく彼は俺が言いたいことを理解したようだった。
「詰まる所お前は、自分がブサイクで、頭も悪くて、スポーツもてんでダメ、おまけに性格も悪いことを自覚した上で、それら全てを『運』のせいにして嘆いてるわけだ」
「ちがうぅ!」
俺はまた机をソフトに叩いた。でも、さっきよりは強め。
「まぁ今のは半分冗談だ。お前が言いたいことはなんとなく分かった」
「半分って何だ」
俺はそう突っ込むが、彼は気に留めず続ける。
「この世の全ては、『時の運』で回ってるってことだろ?」
「そう、そういうこと。彼女ができるのも、ちょうど良い自分に見合った女の子が、うまい具合に自分の前に現れるかどうかで決まる。いくら自分が彼女を作ろうと頑張っても、そういう女の子が現れるかどうかは、運だ。つまり、大して頑張らなくても、運がいい奴には彼女は出来る」
俺は力説する、この世の中の理不尽を。
「この世の中は運だ。だから、俺はもう努力をしないことにした。こうして、俺がこの世界の真理に気づき、努力をしなくなるのもそういう運命ーー運だったわけだ」
「まて、それはなんか違う。努力はしとけ、後で後悔するぞ」
彼は頬杖をやめて、俺の目を見た。
「そうか……やっぱり、努力はしたほうがいいか」
俺は顎に手を当てる。
「そりゃそうだ」
彼が当たり前の様に言う。当たり前か。
「じゃあやっぱり努力するわ、俺」
「そうしとけ」
「こうやって、そういうことを気づかせてくれる友達がいるってことは、俺は運がいいということになるな。やっぱ世界は運だ」
俺はうんうんと頷く。
「お前なんかおかしいぞ」
彼が訝るように言う。
「多分、彼女ができないせいでおかしくなってるんだよ、俺」
なんとなく、こんなことを考えてしまった理由はわかっていた。
マジで彼女欲しい。
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