女勇者「勇者よりも、お姫様になりたかった」 (134)

※女性向けな気がします。

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城内を行き交う淑女たちの声は明るい。
今日のパーティーの為にした目一杯のお洒落は、彼女らの心まで装飾する。

令嬢「あら勇者様、ご機嫌よう」

勇者「ご機嫌よう」

すれ違う人達に挨拶されるのは今日の主役。
この世界を救う為に日夜戦い続ける少女、勇者。

今日はこの勇者を労う為のパーティーが開かれるのである。

令嬢「素敵なお召し物ですわ、勇者様」

勇者「あぁ、これ? デザイナーのことはよくわからないけど、家の者が特注してくれたんです」

令嬢「勇者様の凛々しさが際立つ、見事なデザインです。これで勇者様が男性なら、私の心を虜にしたことでしょう」

勇者「…ありがとうございます」

凛々しい――その言葉を受け入れて、表情は崩さない。凛々しいは、男装に身を包んでいる勇者への最高の褒め言葉だろう。
純粋な笑顔でそう口にした令嬢の後ろ姿を見送りながら勇者は思う。

美しいのは、貴方の方だと。

勇者(ドレス…いいなぁ)

一世紀程前、魔王を名乗る者が人間達に攻撃を仕掛けてきた。
それまで魔物すらいなかった世界に突如現れた、人間の『天敵』である。

人間達は総力を上げて魔王に立ち向かったが、魔王率いる軍勢は圧倒的な強さで人間達を蹂躙した。

一族当主「国々は争いで疲弊し、次々と白旗を上げていく中――女神を祀っていた一族の者が、女神の加護を受け、魔王に立ち向かった」

それが『勇者一族』の始まりである。

一族当主「魔王は勇者に討たれる前に予言した。『後に、我の意思を継ぐ者が再び現れ、世界を蹂躙するだろう』と」

勇者「はい――そして我々『勇者一族』は魔王との戦いに備え、その技を磨いてきた」

一族当主「我々一族の中で、最も女神の加護を強く受けているのはお前だ」

勇者「……はい」

一族当主「一族の者を率いて、必ずや魔王を……!」

勇者「……」

わかっている。幼い頃から何度も聞かされてきた言葉。

その為に自分は修行を続けてきた。
自分の性――女であることを、抑圧してまで。

勇者「必ずや魔王を討ち取ります」

それが使命なら、果たさねば世界を裏切ることになる。
我慢は、もう慣れた。

勇者(いいなぁ…いいなぁ……)

遠目で招待客の女性達が身につけているドレスを眺める。
フリフリに、キラキラ。それを身につけている女性達は誰もが可愛らしく、美しい。

勇者(レースやリボンをふんだんに使ったデザインが好きかな~…薄いピンクだと可愛いよね~。あとアクセサリーは~…)ニヤニヤ

王子「やぁ、勇者。ニコニコご機嫌だな」

勇者「わわっ、王子様!?」

ドレスに見とれていた勇者は、王子の接近に気がつかなかった。
接近してきたのが暗殺者なら、危ない所だった。

勇者「きょ、今日は、わ私の為にこのような催しを、あり、ありっ…」アワアワ

王子「はは、慌てるな」

今日のパーティーの開催を王に提案してくれたのは、この王子だと聞いた。

王子「これ位はやらないと、勇者に申し訳が立たない」

勇者「わ、私には勿体無いお言葉…です……」

王子「とんでもない。勇者は人々の為に戦っているのだ、この程度じゃ足りない位だ」

勇者「………」

気さくに笑う王子の笑顔は、美しく、優しい。
将来この国を背負って立つ、この若き人格者は人々、特に女性達からの人気が高い。

勇者(王子様……)

そして勇者もご多分に漏れず、密かに王子のことを想っていた。

王子「……それにしても、今回の魔王は曲者みたいだな」

王子はそう言いながら歩き始めた。
話を続ける為、勇者は彼について行く。

勇者「手下の魔物を仕向け、自身は身を隠しています。未だ所在も掴めず、申し訳ありません」

王子「焦る必要はない。だが、何を企んでいるかわからないのが不気味だ」

戦い始めて半年経つが、未だ所在の手がかりすら掴めぬ『宿敵』。
魔王は最悪のタイミングでこちらを出し抜いてくるのではないだろうか。この現状も、魔王の掌の上で踊らされているだけなのではないだろうか。そんな不安に苛まれる。

勇者「……私は、魔王に勝てるでしょうか」

王子「弱音か?」

勇者「い、いえっ! 失言です、お忘れ下さい…」

王子「ははは気にするな。勇者だって人間なのだから。私の前では、弱音くらい吐いても良い」

勇者「…っ」

王子「でも」

王子は途中にあったドアのノブに手をかける。
その部屋には、勇者も何度も足を踏み入れたことがある。その部屋は――

王子「あれをご覧」

部屋のドアが開き、2人は『それ』を見上げた。

勇者ちゃん可愛い

そこは先代の勇者が持ち帰った品々を置いてある部屋だった。
王子が見上げた先にあるのは剣――先代の勇者が魔王を討った時に使ったという代物だ。

使い古された上、製造技術も今より遅れていた時代に作られたその剣は、武器としてはもう使い物にならない。
それでも――

勇者「あの剣は、我が一族の誇りです」

見ると気が引き締まる。
あの剣には、先代の勇者が戦ってきた『歴史』が刻まれている。

王子「いずれ君の剣も、あの横に飾るつもりだ」

勇者「王子様……」

王子「君も勇者として名を残すのだ。私はそうなる未来を信じている」

未来。それは不確かなもの。
それでも王子は、信じると言ってくれた。

勇者「私も、信じます――」

それだけで勇者は、戦う決意を強く抱くことができた。




パーティーは滞りなく進行した。
仲間達(同じ勇者一族の出身で、勇者の親戚)も各々、酒や料理で舌を唸らせ、楽しんでいる模様。

勇者(あの髪飾り可愛いなぁ……)

自分の外見で唯一女らしい(と思っている)長い髪は、地味なリボンで簡単に纏められているだけだ。

勇者(ちゃんと綺麗に結って、可愛い髪飾りつけて、それでドレスとか着たら……)



王子『見違えたぞ勇者…人々の為に戦う君も、可愛らしい一人の女性だったのだな』

勇者『王子様…これが私の本当の姿です。貴方の為に、私……』

王子『あぁ勇者…もっと近くでその姿を見せておくれ……』



勇者(なんちゃってなんちゃってなんちゃってー!!!)

勇者(って、いかんいかん。顔を引き締めて……)グググ

招待客A「勇者様の顔が険しい……」

招待客B「こんな時でも気を抜かないとは、流石勇者様だ……」

賢者「勇者さぁ~ん、どうしたのぉ。そんなしかめっ面しちゃってぇ」

既に酔っ払っている仲間が近づいてきた。

勇者「何でもない。それより賢者、たるみすぎ」

賢者「たまにはいいじゃないですかぁ~。こういう時くらい、楽しまなきゃあ」

勇者「敵襲があったらどうするの」

賢者「大丈夫でーっす、私の大魔法でパパーっと片付けちゃうもんねぇ~」

勇者(お酒好きなくせに弱いんだから…)

この賢者、これでも普段は堅物なのである。

勇者「そんなに泥酔してちゃ、ダンスには出られそうにないね」

賢者「ダンスぅ? なんですかそれ~」

勇者「あれ、聞いてなかった? もう少ししたらダンスが始まるんだよ」

賢者「へぇ~そうなんだ~。まぁ私、ダンスは見てる方が好きですからぁ。じゃあ、いい観覧席を確保しときますかぁ~」

勇者「うん、また後でね」

勇者(……そうか、踊らないんだ)

普段の賢者はローブ装備だが、今日はパーティーに合わせて『大人の女性』といった格好をしている。
同じ一族出身でも、男らしく育てられた自分と違い、彼女は女性らしさを制限も抑圧もされずに育ってきた。

だから、何というか、こう……

勇者(私が賢者だったら、普段からもっと可愛い格好するし、ダンスにも出るのに!! あぁ何て勿体無いんだ!!)

勇者(私も踊ってみたいけど…)

自分のこの格好では出られそうもない。出られたとしても、男役だ。

改めて周囲の、ドレスを着飾った女性達を見る。彼女らがダンスフロアを舞う光景は、さぞ華やかであろう。
ダンスが始まれば、彼女たち一人一人がお姫様になるのだ。

羨ましい。正直、そんな気持ちはある。

勇者(でも、そんなことに気を取られている場合じゃない……)



王子『君も勇者として名を残すのだ。私はそうなる未来を信じている』



勇者(王子が私を応援してくれているんだから)

勇者(だから今は――我慢、しなくちゃ)

勇者「……あれ?」

急に思い出して、勇者はキョロキョロ周囲を見渡した。

勇者(王子…どこに行ったのだろう)

まだダンスパーティーまで時間がある。
勇者はそっとパーティー会場を出た。

勇者(王子、ダンスは出ないのかな?)

兵士「勇者殿、どなたかお探しですか?」

勇者「あっ、いえ、ちょっと外の空気を吸いに」

正直に言えず、適当に誤魔化す。
もしかしたら王子は外にいるかもしれないと、勇者は庭の方に出た。

勇者(ここは静かだなぁ)

特別パーティー会場をうるさいとも思わなかったが、こう静寂に包まれた場所に身を置くと落ち着く。

勇者(…そう言えば、夜のお城は初めてかも)

庭の風景を見渡す。庭師が毎日手入れをしている花壇や、一流の職人がデザインした彫刻品が、月夜に照らされ幻想的な美しさを醸し出している。
深夜、人々が寝静まった頃に、妖精達が集まって踊りだす――そんな光景が目に浮かぶようだ。

勇者(何だかロマンチックだなぁ。こういう場所で――)

「愛しています」

勇者(そう、王子に愛の言葉を――って、え?)

声のした方に目をやると、バルコニーに王子がいた。

勇者(王子……?)

暗くてよく見えないが、他にもう一人いる。
勇者は目を凝らし、その光景をじっと見た。

勇者(あ、あの方は――)

姫「……」

見覚えがある。以前立ち寄った国の姫君だ。
小柄で大人しく、年齢よりも幼い雰囲気を持つ姫君だった。

勇者(お姫様も招待されてたんだ……あれ? 王子、さっきお姫様に……)

王子「もう一度言います――愛しています、姫様」

勇者「っ!?」

姫「勿体無いお言葉でございます、王子様」

姫は俯きがちに答えた。

姫「私のような小国の姫は、貴方に相応しくありません。ですから……」

王子「姫様。貴方の私への気持ちをお聞かせ願えませんか?」

姫「それは……」

王子「貴方がわずかにでも、私に気持ちを抱いて下さるのなら、私はどの様な障害も取り払ってみせます。貴方の気持ちを、是非……」

姫「……私も」

姫はゆっくり顔を上げ、王子の目を見据える。

姫「私も、貴方を愛しています……王子様」

王子「姫様……」


勇者「……っ」

その光景を見ていられず、勇者はそこから静かに立ち去った。

今の顔を誰にも見られたくなくて、勇者は人のいない場所――先ほど王子と訪れた部屋に向かっていた。
足早に歩きながらも、頭の中でぐるぐると色んな想いが渦巻く。


勇者(王子は――)


王子『愛しています、姫様』


勇者(そう…だよね、好きな人、いるよね)


王子『貴方がわずかにでも、私に気持ちを抱いて下さるのなら、私はどの様な障害も取り払ってみせます』


勇者(お姫様のこと、本当に好きなんだ……)


王子『とんでもない。勇者は人々の為に戦っているんだ、この程度じゃ足りない位だ』

王子『ははは気にするな。勇者だって人間なのだから。私の前では、弱音くらい吐いても良い』

王子『君も勇者として名を残すのだ。私はそうなる未来を信じている』


勇者(そう…王子は『勇者としての私』に期待しているだけだ)

勇者(それで……物凄く、優しいんだ……)

勇者(……私、舞い上がっちゃって。馬鹿みたい……)

勇者「う、うぅっ……」


部屋の中に足を踏み入れると、勇者は嗚咽を漏らした。

姫『私も、貴方を愛しています……王子様』


勇者(お姫様……)

可愛らしい姫君だった。小柄で、大人しく、守ってあげたくなるような女性だ。

勇者(私とは、何もかもが正反対……)

幼い頃から修行に明け暮れ、立派に成長した体。
常に力強い存在であれと、すっかり様になった男装。
豆だらけの手。生傷の絶えない体。

勇者(私は、勇者だから……)

見上げると、先祖の剣が目に入った。
人々の為に立ち上がり、戦い、魔王を討ち取った勇敢な先祖は、誇りだった。だが――

勇者(可愛くしていたい。ピンク色の服を着て、髪を綺麗に結って、アクセサリーで装飾して、毎日お風呂に入って香水をつけて……)

勇者(……一人の男性を愛して、愛されたい――)

勇者(私は――)

自然と足が進み、剣に距離が近づいていく。
一族の誇りである剣――だが今は、それが『呪縛』のようなものに見えて――

勇者(勇者よりも、お姫様になりたかった……っ!!)

その想いをぶちまけるように、勇者は壁を殴った。

カラーン

勇者「あっ」

壁を殴った衝撃のせいか、剣が目の前に落ちてきた。
勇者は我に返って慌てた。

勇者「こ、壊れてないよね!?」

剣を手に取ってじっくり見る。
一族の誇りを壊したともなれば、大変なことだ。

勇者「あぁ良かった……壊れてない」

?「痛いな~」

勇者「……え?」

空耳か、それとも外の声か……と、思ったその時。


?「あーうー…頭ぶっけた……」

勇者「え、えぇっ!?」

いつの間にか、少年が目の前に立っていた。
少年は文句を言いたげに頭を摩っている。

勇者(あれ、でもこの人……)

普通の人間じゃない。何故なら彼の体は、半透明になっていたから。

勇者「幽霊かっ!?」

勇者は後方に大きく跳躍し、警戒する。
幽霊に遭遇のは初めてだが……。

勇者(悪霊だとしたら、この場から退散し僧侶と賢者を呼ぶ…物理攻撃が効かない相手なら、私は手を出せない)

?「幽霊…あ、もしかして俺? えっ!! 君っ、俺の姿見えるの!?」

幽霊少年は嬉しそうに詰め寄ってきた。
勇者はつい咄嗟に身構える。

精霊「あ、安心して。俺は~…剣の精霊! 怖くないよ~」

勇者「剣の…精霊?」

精霊「そ。わかったらナデナデしてよナデナデ。頭痛いの、ほーらっ」

勇者「わっ」

精霊はやや強引に勇者に頭を差し出してきた。
この感触――普通に実体があり、幽霊ではない。
勇者は一瞬躊躇したが、剣を落としてしまったのは自分なので、仕方ないと頭に手を置く。

勇者「ご、ごめんなさい……」ナデナデ

精霊「へへへ~、役得役得~♪」

精霊のニンマリした笑顔は、何というか無邪気だ。
身長は勇者より小さく、外見年齢的には10代半ばといった所だが、中身はもっと幼いのかもしれない。

勇者「痛いの治った?」

精霊「ん~…あ、そうだ。膝枕っ」ゴロン

勇者「調子に乗るな」ゴッ

精霊「あだーっ」

訂正。中身は下心バリバリのオッサンだ。

精霊「いででで。所で君、勇者一族の人だよね?」

勇者「えぇ、まぁ。何でわかったの?」

精霊「たまーに、君がここを訪れるのを見ていたからね。それに君、先代の勇者にどことなく似てるし」

勇者「見ていた? でも君の姿、初めて見る」

精霊「どうしてかなー。ここに飾られるようになってから初めてだよ」

勇者「……確かこの剣は、ご先祖様が持ち帰ってからずっとここに飾られていたんじゃ……」

精霊「うん。だから人前に姿を表すのは一世紀ぶりかな~。ああぁ、あまりにも久しぶりで自分のキャラ忘れかけてたよ! 人と話せるの、嬉しいなぁ」ニコニコ

勇者「そんなに長いこと一人だったの」

精霊「まぁね~。何せこの部屋からも出られないし、たまにしか人来ないし、孤独で発狂しそうだったよ~」

勇者「そうだったの……」

精霊「この可哀想な俺を抱きしめて、お姉さ~」

勇者「……」ギロ

精霊「ごめんなさい何でもありません」

勇者「でも良かれと思って剣を大事に飾っていたのに、貴方には気の毒な思いをさせたね」

精霊「でしょ? だからね~、もし良かったら俺をこの部屋から出してくれないかなぁ?」

勇者「剣を持ち出すわけには……」

精霊「今夜だけ! ね、ねっ!? お願~い」

勇者「……」

手を合わせて上目遣いで懇願する精霊に、断りきれず、ひっそりと剣を持ち出すことにした。

初回から長くなりました。
次回から10レスくらいずつの投下になると思います。

男勝りで内面乙女な勇者と、あざとい系ショタジジイ精霊の物語をどうぞ宜しく。

俺得だ乙

タイトルで作者が予想できるこの安心感

>>21
わかる。

この人の恋愛作品大好き。

>>21>>23
同じく

てか>>1に女性向けとか書くのってこの作者ぐらいだしな
あんま読んだことないが

期待

精霊「うわぁ~、お城だお城だ~!!」ドタドタ

勇者「廊下で騒がない」

精霊「大丈夫だよ、俺の姿が見えているのは君だけだもん。女の子のスカートの中も覗き放題だもんね♪」

勇者「そんなことしたらどうなるかわかってるね?」ゴゴゴ

精霊「うそごめん冗談やめて」

勇者「全く…剣を持っている所を人に見られたくないから、人のいない所に行くよ」

精霊「りょうか~い。じゃあさ、外に出たいなー」

勇者「外……」

庭には確か、王子と姫が……。

精霊「行こう行こう、ねっ!」

勇者「あっ」

躊躇していると、精霊は勇者の手を取って走り出した。

勇者「良かった……いなくなっている」

バルコニーを見上げ、誰もいないことを確認し勇者はほっとため息。
そんなこと知らない精霊は、庭で大いにハシャいでいる。

精霊「花だ~! 月だ、風だ、土だ~!!」ピョーン

宙に浮かび空中を飛び回る精霊。
月明かりの下で精霊が無邪気に遊んでいる光景だというのに、ちっとも幻想的に見えないのはどうしてか。

精霊「あぁ~懐かしいなぁ外は……うん?」

精霊はピタリと動きを止め、何やら城の方を気にしだした。

精霊「何かなこの音楽。フンフンフーン♪」

勇者「あぁ……今頃ダンスパーティーをやっているからね」

色んなことがあったせいで、すっかり忘れていた。
王子は今頃、姫と踊っているのだろうか…。

精霊「ふーん。君は参加しないの?」

勇者「うん、まぁ……こんな格好だし」

精霊「格好? 変かな?」

勇者「変だよ。皆ドレスなのに私だけ男装だよ」

精霊「ドレス着ればいいのに、可愛い顔してるんだから」

勇者「かっ!? か、かかか可愛いわけ」

精霊「あ~、ウズウズしちゃうなぁ。……我慢できないっ!!」ガシッ

勇者「えっ!?」

精霊は勇者の体を抱き寄せ、ステップを踏み始めた。
その小柄で細い体躯にも関わらず、抱き寄せる力は強いせい――というか勇者自身の戸惑いもあって、勇者は精霊のなすがままだ。

勇者「なっ、なっ!?」

精霊「あぁ大丈夫、俺に委ねてよ」

くるくる。音楽に合わせ、廻り、跳ねる。
月光に照らされたダンスフロア。貸し切りの舞台で主役は舞う。

精霊「あははっ、楽しいねー♪」

勇者「あっ、あのっ、あのねっ!?」

精霊「まるで俺達、王子様とお姫様だよ」

勇者「~っ!!!」

勇者はその言葉で耳まで真っ赤になった。

精霊「あれれ? もう疲れちゃった?」

勇者「そ、そそそんなんじゃないけど……」

初めてだった。こうやって、女の子扱いされるのは。
憧れだった。お姫様のように踊るのは。

勇者(……何か、変な気分)


音楽が止まるまで、2人は月の下で踊り続けた。

精霊「ああぁ~っ、楽しかった」ドサッ

精霊は芝生の上に大の字で寝転がった。
その動作だけなら無邪気そのものだが、自分より体の大きな勇者をリードして踊りきった体力はタフである。

勇者「もう……」

散々振り回された勇者だったが、そんな精霊の様子に、叱る気が失せてしまった。
それに何だかんだで、楽しくなかったと言えば嘘になる。

勇者(それに……)

精霊「楽しい時間って、あっという間だなぁ~…」シュン

勇者「そうだね…そろそろ剣を元の場所に戻さないといけないしね」

元の部屋に戻れば、精霊はまたあそこに居続けることになる。
それはまた一世紀続くのか、永久なのか、勇者にもわからない。

精霊「あーあ、このまま隠居なんてやだなぁ」

勇者「この剣は国にとっても宝だからね…連れて行ってあげたいけど」

精霊「本当!? 連れて行ってくれるの!?」ガバッ

勇者「いや、だから剣は国の宝だから連れては行けないって…」

精霊「それが、いい方法があるんだよね~」

勇者「いい方法?」

精霊「俺が剣の精霊をやめて、えっと……君の守護精霊になればいいんだよ」

勇者「……できるの、そんなこと?」

精霊「できる、できる!」

勇者(……ほんっとーにわからない、精霊の仕組み!!)

精霊「お願い、絶対に役に立ってみせるから!」

勇者「……」

先代の勇者の剣を守護していた精霊。そんな精霊の力を借りられるのなら、心強いかもしれない。
それに……ずっとあの場所にいる、というのも気の毒だし。

勇者「いいよ」

精霊「やったぁ~、お姉さん優しい!」

勇者「勇者でいいよ。で、守護精霊になるには何か、こう…儀式的なものは必要ないの?」

精霊「儀式? あぁ、あるある! 協力してくれるよね、勇者!」

勇者「どんな儀式?」

精霊「ふふ~ん」

精霊はイタズラっぽく笑う。
そして人差し指で、勇者の唇を軽くつつく。

精霊「キスするの♪」

勇者「…………」


勇者は無意識の内に、精霊を殴っていた。

精霊「いったあぁ~!! 何するのー!!」

勇者「グーパン」

精霊「真面目に言ってるんだよ~。口づけで俺の精気が吸引されて君の体に宿るんだよ」

勇者(精気とか宿るとか、何かヤラシイ響き…)

勇者にとって初キスは、本当に好きな人に捧げる為にとっておかねばならぬものである。
精霊との契約の為とはいえ、そう簡単に唇を許していいものか……。

精霊「大丈夫、キスとは言ったけど、実際はキスじゃなくて儀式だから!」

勇者「唇を重ねることに変わりはないよね!?」

精霊「ノーカンだよノーカン!」

勇者「でもぉ……」

精霊「それとも勇者……心に決めた人がいるの?」

勇者「……っ!」

心に決めた…とまでは言わないが、想いを寄せていた相手ならいた。
だけど――


王子『愛しています、姫様』

王子『貴方がわずかにでも、私に気持ちを抱いて下さるのなら、私はどの様な障害も取り払ってみせます』


自分の一方的な気持ちだった。
相手は自分を見ていない。これからも、ずっと…――。


精霊「それなら仕方ないよね。嫌なものを無理にするのもやだし…」

勇者「…いいよ!」

精霊「へ?」

勇者「しよう、儀式。いいよ、心に決めた相手もいないし」

精霊「でもさっき……」

勇者「いいからっ!」

精霊「っ!」

勇者は精霊に覆いかぶさるように体を近づける。
一旦深呼吸し、精霊の頭に手を回す。

勇者(どうせ、取っておいたって……)


――恋愛なんて、自分には無縁だから


勇者「んっ――」

精霊「――」

時が止まったような静寂。
初めてのキスは甘酸っぱくもなく、どこか味気ない。だけど柔らかな感触は唇を伝い、隙間から漏れる息が鼻をくすぐる。

精霊「んっ~、んんん~っ!!」ジタバタ

勇者「どうしたの」

異変に気づき唇を離すと、精霊はゼーハーゼーハー呼吸を乱していた。

精霊「ぷはぁ!! もっと優しくして、優しく!!」

勇者「やっ、優しくしたつもりだよ!」

精霊「えーん怖かったよ~、えーん」

勇者「私の初めてのキスなんだけど!? その感想、失礼だよ!!」

ロマンもムードもあったもんじゃない。
だが、おかげで気恥かしさとかが紛れたかもしれない。

精霊「…けど、これで」

精霊は泣き真似をやめて、こちらを見上げた。

精霊「儀式完了。改めて、宜しくぅ♪」

勇者「うん…宜しく」

今日はここまで。
精霊の一人称は最初「僕」にしようと思ってたんですが「俺」の方が可愛くなったような気がします。

初回更新でエスパーの方が何名かスレに降臨されて戦慄を禁じえない。

ショタは「僕」も「俺」も可愛い乙

まったく違う内容書いても文体だけで分かるって人もいるからなあここ

文体どころかスレタイで滲み出てる

>翌日


重騎士「ハァ~、パーティーで食いすぎた。腹調子がわりぃ」

賢者「頭が痛いです……」

僧侶「ん~、昨日はお嬢さん達とハッスルしすぎたなぁ」

勇者「だから気を緩めすぎるなとあれ程言ったでしょ!」

精霊『あはは、勇者大変だぁ』

勇者「ほんとだよ……」

朝方、北の山で騎士団が襲われたという報せを受け、勇者一行は早速そこへ向かっていた。
ちなみに精霊の姿や声は、他の仲間には確認できないらしい。

精霊『まぁでも、これだと俺の力を発揮し甲斐があるよ』

勇者「全員、戦力外みたいなもんだからね……」

勇者(精霊にはどれだけの力があるのかわからないけど)

僧侶「勇者ちゃん、戦力外だなんて。君は相変わらず、手厳しいなぁ」サワサワ

勇者「うおぁ!?」ビクッ

精霊『……』


バチバチバチイッ!!


僧侶「ぐぁっぼあああぁぁぁぁ!!」

賢者「なっ!? 僧侶さんが黒い雷に打たれた!?」

重騎士「天罰だろ」

精霊『どうだ、参ったか!』

勇者(お、おー。力は本物だ)

>北の山


勇者「この辺で騎士団が襲われたっていう話だけど……」

賢者「魔物の気配を感じませんねぇ」

精霊『……』ジー

勇者「どうしたの?」ヒソッ

精霊『あれ見て』

勇者「うん? あれは――」

精霊が指差した方向にいたのは――
勇者が口にする前に、賢者が小さく悲鳴をあげた。

賢者「へ、蛇いぃ!?」

重騎士「あぁ蛇だな」

賢者「やだやだっ、蛇いやぁ! あっち行って、シッシッ」

僧侶「僕も蛇はちょっと…」

重騎士「木の枝か何かないか、今追い払……」

勇者「この蛇?」ヒョイ

重騎士「て、手づかみ!?」

勇者「どうかしたー?」

僧侶「え、あ、いや……」

精霊(引かれてるよ勇者)

勇者「で、この蛇がどうかしたの」ヒソッ

精霊『この蛇の眼球、なーんか妖しい』

勇者「眼球?」

精霊『ちょっと待ってね、ぐりぐり……よし、取れたよ眼球!』ヌメラーッ

勇者「汚いなぁ」

賢者「へ、蛇の、眼…きゅう……」ブクブク

僧侶「ビバ怪奇現象☆ ……おや、この眼球、変じゃない?」

重騎士「そりゃ勝手にくり抜かれて浮かんでるんだから、変な眼球だろ」

僧侶「そういうことじゃない。この眼球…水晶だよ」

パリーン

賢者「あ…割れた?」


「水晶を通してそちらの動きを伺うつもりだったが…それを見破るとはな。流石、勇者一行だ」


賢者「っ!? あれは……」

突然黒い霧がそこに集まっていき、霧は人の形となった。
肌は真っ青で、体中に文様が刻まれている――その姿は、魔族のものだ。

蛇使い「待っていたぞ勇者一行。私は蛇使い、魔王様の忠実なる下僕」

賢者「蛇使いぃ!? む、無理です、私……」ガタガタ

勇者「大丈夫、賢者。私が前衛で守るから」

勇者は勇ましく剣を構え、前に出た。

蛇使い「行け、我が下僕達よ!!」

蛇使いの手から召喚された蛇が一行に飛びかかる。
その数……およそ50匹!!

賢者「きゃああぁぁ!?」

重騎士「危ねぇ! ……うぐっ」

仲間を庇って、重騎士の腕に蛇が噛み付いた。
噛み後はみるみる内に赤く腫れ上がっていき、重騎士はそこに膝をつく。

賢者「これは…毒!?」

僧侶「普通の毒より回るのが早いね…完全治癒に時間がかかりそうだ」

膝をつく重騎士に寄り添うようにして、僧侶は回復魔法を唱える。
だがその格好は、2人とも隙だらけだ。

蛇使い「馬鹿め! もう1度行け、我が下僕……」

勇者「させるかああぁ!!」

勇者は重騎士達の側に着地すると、剣をひと振り。
そのひと振りで、5匹ばかりの蛇を叩っ切った。

勇者「あと何匹召喚する気? ま、何匹でも関係ないんだけど」

既に地面には、勇者が切ったと思われる蛇の残骸が大量に散らかっていた。

重騎士「ヘッ、流石勇者だな……俺らの出番、ないんじゃねーの」

僧侶「だとしたら、ただ毒を受けただけの重騎士君は格好悪すぎるね」

重騎士「うるせー」

蛇使い「ほう、思った以上の腕前だな。では、これならどうか!!」


蛇使いの体が再び黒い霧と化す。
そして黒い霧は宙を高く上っていき、形を成していく。


精霊『これは……』

蛇使い「これぞ私の切り札〝大蛇変化”だ!!」

大蛇と化した蛇使いを見上げる。
全長は塔くらいの長さだろうか。巨大な蛇の睨みは、普通の蛇とは比べ物にならない程の威圧感がある。

蛇使い「行くぞ!!」

勇者「くっ」

蛇の頭が勇者に襲いかかる。
素早い一擊――だったが、勇者はそれを回避。

重騎士「よっしゃ、今の内だ! トリプルアタック仕掛けようぜ!」ガバッ

僧侶「オッケー、毒完治。サポートだ、賢者ちゃん」

賢者「了解です!」

重騎士「おらああああぁぁ!!」

重騎士の斧が表皮を切りつける。その傷口を広げるように、賢者と僧侶の攻撃魔法が追撃された。
既に完成されたと言っても遜色ないトリプルアタックは、周囲に轟音を響かせた。

精霊『行け行けーっ!』

簡単に毒を受けるような迂闊な重騎士に、蛇に尻込みする賢者、聖職者のくせに不真面目な僧侶だと思っていたが…。

精霊『でも彼らも勇者一族だ、やる時はやるんだね』

蛇使い「フッ……この程度か」

精霊『えっ』

ドオオオォォン

精霊『なっ』

尾で地面を叩きつけただけで、地響きが鳴った。
3人はその攻撃をギリギリ回避したが、体制を崩している。

蛇使い「隙ができたな!! 死ねぇっ!!」

勇者「危ないっ!」ガンッ

間一髪、仲間に迫る蛇の歯を剣で受け止める勇者。

勇者「く……」

勇者は剣一本で蛇を止めている。
鍛え抜いた腕とはいえ相手は大蛇、かなり無理をしているのが伺える。

重騎士「加勢するぞ勇者」ダッ

勇者「お、おねが……」

蛇使い「させん!!」パァン

勇者「……っ!!」

勇者の体が宙に舞う。蛇使いの尾で、弾き飛ばされたのである。
そして勇者の下では――蛇使いが大きな口を開けて待っていた。

賢者「まずい! あの口を閉じさせないと!」

魔法で蛇使いの口元を狙って攻撃する。

蛇使い「ふんっ」バッ

だが、尾で魔法を防御された。
先ほども見た通り、表皮はかなりの防御力を誇っており、大ダメージに繋がらない。

重騎士「勇者ぁーっ!!」

勇者「仕方ない……!!」

勇者は剣を下に向ける形で構える。こうなれば、あえて口に落下し、飲み込まれる前に喉を突き刺すしかない。

蛇使い(私の喉を刺すつもりだな……だが、その前に飲み込んでやるぞ!)

勇者「……っ!!」

だが――


蛇使い「……!?」

僧侶「あれっ?」

突然、勇者が消えた。
一瞬のことだった。蛇使いに飲み込まれた様子もない。

賢者「あ、あれっ!!」

最初に気付いた賢者が指差した方向には――勇者が、ふわふわ浮いていた。


勇者「せ、精霊……」

精霊『いやぁ、俺の出番が無くなるかと思ったよ。ああいう危険な作戦は賛成しないなぁ』

実際は、精霊が勇者を抱えて浮いていた。

精霊『しっかし、敵さん防御力が高いね~』

精霊は少し離れた所に勇者を下ろす。

勇者「でも倒せない相手じゃないよ」

精霊『うん。でも、その時には皆がボロボロになってるだろうね~。駄目だよそんなの』

そして、突然のことだった。

勇者「っ!?」

精霊が勇者をぎゅっと抱きしめたのは。

勇者(せ、せせせせ精霊!?)アワワ

戦闘中にも関わらず、勇者はフリーズする。

精霊『俺が守護精霊になったんだから、スマートに勝ってよね。勇者』

勇者「!」

ふと気付いた。触れ合っている部分を伝って、精霊から勇者に力が送り込まれていた。
これは――何なのだろうか。

蛇使い「何をボーっとしている!!」

尾を地面に叩きつける。
勇者は――回避しなかった。

重騎士「ゆ、勇者ぁ!! ヤベェ、勇者が下敷きに! 助けに行くぞ!」

賢者「ちょっと待って下さい、おかしいです」

重騎士「何がだ?」

賢者「あんなに勢いよく尾を叩きつけたのに…今度は地響きが鳴りません」

僧侶「確かに……あっ、あれ!」


蛇使い「クッ…、な、何が起こった…っ!?」

蛇使いが尾をゆっくり上げる。
その尾には――ズタズタに切られた跡があった。

勇者「こ、これは…!?」

勇者自身、自分の体に起こった異変に理解ができずにいた。
防御の為に剣を振り回した。だけどその剣が硬い表皮を貫き、ダメージを与えているだなんて。

精霊『簡単な話。相手の防御力が高いなら、こっちの攻撃力を上げちゃえばいいんだよ』

勇者「これが、精霊の力……」

勇者を信じてか蛇使いの攻撃を避けていなかった精霊は、勇者の側で得意気に笑った。

精霊『余裕の勝利を頼むよ。そっちの方が、格好いいじゃん』

勇者「うん……任せて!」

勇者「でりゃああああぁぁ!!!」

蛇使い「!!」

足の力も強化された勇者の跳躍は、蛇使いの頭を超えた。
そして――

勇者「うらああぁっ!!」

蛇使い「――」

勇者の一閃が、蛇使いの首を切り落とした。

僧侶「おぉ、凄い!」

賢者「勇者さん、いつの間にそんなに力を…」

勇者「え、えぇと……修行の成果、かな~」

重騎士「ははは、流石勇者だ! 見た目は細身でも実は脱いだらゴリラなのか、わっはっは」

勇者「」ガーン

僧侶「いや見てみたいものだね、勇者の一糸まとわぬ」バリバリバリッ「うぎゃあああぁぁぁぁ」

賢者「さて、帰って報告しましょうか」

勇者「うん……」(ゴリラ…ゴリラ……)

精霊『……』

勇者「あれ。行くよ、精霊」

精霊『あ、先行ってて』

勇者「?」

精霊『蛇ってのは強い呪力を持つ生物だからね。呪われるかもしれないから、浄化しておくね』

勇者「何か申し訳ないし、私も残るよ」

精霊『なーに勇者ぁ、俺と一緒にいたいのー? 大丈夫だよ、勇者が世界のどこにいても追いかけて行くからぁ』ニコーッ

勇者「だ、誰がぁ!!」

賢者「勇者さーん? 行かないんですかー?」

精霊『ホラホラ勇者ぁ、傍から見てると独り言言ってる怪しい人に見えるよ?』ギュム

勇者「むぐ~っ! 口を塞ぐなぁ! 先行ってるからね!」プンプン

精霊『は~ぁい♪』

精霊『……』

精霊『さ・て・と』

蛇使い「グ、ウウゥ…」

精霊「やっぱ生きてた。タフだね~」

蛇使い「!?」

精霊は蛇使いにその姿を見せた。
唐突に姿を現した精霊に、蛇使いは驚きを隠せない。

精霊「ま、その内死ぬでしょ。でも、死ぬなら楽に死にたいよな?」

蛇使い「何を――っ!?」

精霊「質問に答えろよ、楽に死にたきゃ」

精霊は蛇使いを正面から睨みつける。
蛇使いはその表情を見て固まる。顔つきは少年そのものだが――その目は冷淡そのもので、『死』以上の恐怖を連想させる。

蛇使い「……っ」ガタガタ

精霊「質問だ。嘘ついてもわかるからね」

蛇使い「何…だ……?」

精霊「魔王はどこにいる?」

蛇使い「……!!」

配下の魔物を仕向けて、自身はその所在すら掴ませぬ、魔物達の王。

蛇使い(この者、勇者一味の者か? だから魔王様の居場所を――しかし)

精霊「答えろよ…痛い目に遭いたくないだろ?」

蛇使い「!!!」

精霊の視線が、首の切断面に移る。

精霊「延命の魔法をかけて苦痛だけ与えてやることだってできるんだよ。いやでしょ、そんなのは」

もし切断面を攻撃されては――その激痛を想像するだけで、蛇使いは震え上がった。

蛇使い「し…知らん……」

精霊「え?」

蛇使い「ほ、本当なのだ! 魔王様は身を潜め、力を蓄えていらっしゃるという……居場所を知っているのは、限られた者のみ……」

精霊「ふーん……」

精霊の、蛇使いを値踏みするような目。
黒く濁ったその瞳からは、ただただ冷たい感情が伺える。

精霊「……ま、嘘は言ってないみたいだな。で、誰なら知ってそう?」

蛇使い「四天王なら、知っているはず……」

精霊「で、四天王はどこにいる?」

蛇使い「わからんのだ……四天王の動きは誰にも……」

精霊「そうかぁ…」

ため息をつきながら、精霊は蛇使いの頭に軽く手を乗せる。
そして次の瞬間――蛇使いの首が、激しく燃え盛った。

精霊「所詮、君ら魔物は邪神の力で生み出された傀儡……俺は同情なんてしない」

自分に言い聞かせるように呟く。
今殺した相手のことは忘れろ。自分が見るべきは、先のこと。

精霊「四天王か……よし、次の目標ができたぞ…」

今日はここまで。
ショタは多少黒い方が可愛いと思っている。

>ショタは多少黒い方が

すごくわかる

まったく同感だわ

>城


勇者は王の元に出向き、蛇使いとの戦闘のことを報告した。


王「ふむ。未だ魔王の所在は掴めずか……」

勇者「申し訳ありません」

王子「父上、まずは勇者を労うのが先です」

王「うむ、そうだったな。すまんな勇者、ご苦労である」

勇者「い、いえっ」

王子「あとはゆっくり休むといい。休養も大事だからな」ニコッ

勇者「……はい」

>城下町、宿


勇者「ハァーッ……」ゴロン

勇者(相変わらず優しいなぁ、王子……)

勇者「でも…………」


王子『愛しています、姫様』


勇者「~っ……」

勇者「いかんいかん! 王子のことは忘れないとっ!!」ガバッ


トントン

賢者「勇者さーん」

勇者「ん、どうしたの賢者」エッサエッサ←ダンベル

賢者「あら、筋トレですか。休まないんですか?」

勇者「うん、まだまだ余裕」

賢者「元気ですね……。あ、私は飲み屋へ行ってきますので」

重騎士「俺も街ブラついてるぜー!」

僧侶「僕もお嬢さん達とデートの約束があってね」

勇者「行ってらっしゃい」エッサエッサ

勇者(さて、もう1キロ重いやつにしてみるかな)


その時、バァンと音が鳴りドアが開いた。


精霊『勇者ぁ~、寂しかったでしょ~! お帰りのキスしてー!!』

勇者「あ、精霊。浄化お疲れ様」エッサエッサ

精霊『えー。休まずに筋トレしてるのー?』

勇者「うん、他にすることもないし」

精霊『じゃあ遊びに行こうよ。デートしよ、デート』

勇者「デート…ってねぇ」

勇者はダンベルを床に置く。
出会った時から度々思っていたが、こいつはどうも……

勇者(あの時も…)


勇者『ご、ごめんなさい……』ナデナデ

精霊『へへへ~、役得役得~♪』


勇者(あの時も…)


精霊『あははっ、楽しいねー♪』

勇者『あっ、あのっ、あのねっ!?』

精霊『まるで俺達、王子様とお姫様だよ』


勇者(…あの時も)


勇者『どんな儀式?』

精霊『キスするの♪』


勇者(………)ボッ

勇者(やっぱコイツ、距離が近すぎるっ!!)



勇者「あのね精霊!」

精霊『んー?』

勇者「恋人でもない女性にひっついたり軟派な言葉使ったりしないの!!」

精霊『あ、じゃあ恋人になる?』

勇者「」ブハッ

勇者、一瞬にして撃沈。

精霊『遊びに行きたいなぁ~』キラキラ

勇者「ひ、一人で行きなさい! 剣の精霊やってた頃と違って、今は私が許す限り、どこにでも行けるんでしょっ!」

精霊『勇者と行きたいのにぃ』イジイジ

勇者「すねるなーっ! いいから行けっ!」

精霊『ちぇー。はいはーい』

勇者「全くもう……」ドキドキ


勇者は心をかき乱されていた。
精霊の純粋そうな外見のお陰で大分誤魔化されてはいるものの、実際は僧侶より性質が悪い。


勇者「全く…あの容姿なら、もっと可愛い子を誘えるでしょ……」ブツブツ

精霊「ただいまぁーっ!!」バァン

勇者「早くない、帰ってくるの……って、あれ?」

精霊の体が透過していない。
それに、手には紙袋がいくつか…。

精霊「力を使えば、姿を現すことだってできるよ。それよりも、買い物してきたよ~」

勇者「便利な体だねー…。で、何買ったの?」

精霊「勇者のワンピースとか髪飾りとか」

勇者「!!?!?」

硬直している勇者を無視し、精霊は紙袋の中身を広げる。

精霊「見て見て、花柄ピンク! この大きなリボンが可愛いよね~。で髪飾りはねー…」

勇者「………」

勇者(か………っ、可愛い!!)キューン

精霊「ねぇねぇ、着てみて?」

勇者「むっ無理無理無理無理!! 着れない、こんなの着れないっ!!」

精霊「大丈夫だよ、勇者にぴったりのサイズ買ってきたから」

勇者「何で私の体のサイズを……って、そういうことじゃなーい!!」

精霊「もしかして勇者、こういうの嫌い?」シュン

勇者(大…っ、好きだけどッ!!)

勇者「こ、こういうの…家では禁止されてるの」

精霊「禁止? 何で?」

勇者「女々しくなったら困るから…って」

体には生傷、手にはマメ、髪を振り乱し、血と汗と泥にまみれて戦い続ける為に。
女らしいお洒落心は不要。そういう風に、教えられてきたから。

勇者「だからね、ごめんね…。家に背くわけには…」

精霊「あのさ勇者」

勇者「うん?」

精霊「勇者が戦い続ける決心って、可愛い服を着ただけで揺らぐものなの?」

勇者「それは……」

着たことがないので、何とも言えない。
だがもし、可愛らしい格好をして、その姿を王子に見てもらえたら……。

勇者「……揺らぐかもね」

ずっと自分に、可愛らしいイメージを持っていて貰いたくなるかもしれない。

勇者「ボロボロの姿になる戦場に、戻りたくなくなるかもしれない」

精霊「…ふぅーん」

精霊「よし勇者、やっぱり着よう!」

勇者「はぁ!?」

何を言っているのだこいつは。

精霊「ほらほら、着方わからないなら着付け手伝うよ!」

勇者「やめんか! てか、私の話聞いてた!?」

精霊「うん。でも、心配ないよ勇者」

勇者「どうしてそう言えるの」

精霊「だって、これからは俺がいるもん」

精霊はニコッと笑顔を見せた。
相変わらず純粋そのものな笑顔――それでいて、暖かい。

精霊「戦場でボロボロになんかさせないよ。俺が『可愛い勇者』を守る」

勇者「~っ」

こいつはどうして、こうも歯の浮くような台詞を…!

精霊「じゃあ着ててね! 俺は外で待ってるから!」

勇者「ちょっ、待っ!」

精霊「待ってるね~」パタン

勇者(な、何て強引な……)

勇者「…………」

勇者(でもこれ……)

ピンク地に花の模様、胸元の大きなリボン、裾はフリフリ。
露出は少なく、品のあるデザイン。

勇者(本当に可愛いなぁ~)ポヤーッ

正に、勇者の思う『女の子らしさ』が詰まった服だった。

勇者(こんなの着たのバレたら、一族総出で怒られるなぁ…)

勇者(でも可愛いなぁ)

勇者(……返品するのは、お店に申し訳ないよね?)

勇者(………)

勇者「ちょっとだけ…なら…」

精霊「おぉー」

勇者「~っ」

顔を合わせるなり、精霊は目をキラキラさせていた。

恥ずかしい。この服は自分好みだけれど、やはり女の装いは自分に不釣り合いだ。
その上、こんなにじっと見られては、何だか公開処刑を受けているような気分になる。

勇者「あんま見ないでよ…」

精霊「ゆーしゃっ♪」

勇者「わわっ!?」

精霊は勇者に飛びつく。
そしてトローンととろけるような笑顔を浮かべて頭を撫でてきた。

精霊「可愛いよ勇者ぁ。やっぱり勇者に似合うねぇ~」

勇者「ちょっ、バカッ、可愛いとか言うな!!」

精霊「じゃ、早速行こう!」ガシッ

勇者「ちょ、どこへ!?」

精霊「デート行くって約束したじゃん」

勇者「してないっ!!」

精霊「いいからいいから~」

勇者「こ、こらーっ!!」

こうして精霊に手を引っ張られるまま、街へ繰り出すことになったのである。

勇者「ううぅ……」

精霊「どうしたの萎縮して」

勇者「いや、何か……すれ違う人すれ違う人、私を笑っているような……」

精霊「笑ってないよ。堂々としていればいいのに」

勇者「でも、勇者だってバレたら……」

精霊「いつもと雰囲気違うから大丈夫だって。そだ、俺の買い物付き合ってよ」

勇者「何でさっき行かなかったの」

精霊「勇者に選んでもらいたくてね~」エヘヘ

勇者「私が選ぶもの? 武器とか、鎧とか?」

精霊「この店~」

勇者「………」



ぬいぐるみ屋さん?

精霊「猫もいいな~、うさぎもいいな~。目移りしちゃうよ」

勇者「…………」

精霊「やっぱ女の子のセンスで選んでほしいな! ねぇねぇ勇者!」

勇者「あんたね」

精霊「?」

勇者「そりゃあんた見た目は可愛いけど、年齢的におじいちゃんでしょ。それに若く見えるっていっても10代半ば位だし、ぬいぐるみ持ってブリッコするにはキッツいから」

精霊「勇者がいじめる~」シクシク

勇者「だから、ブリッコするな!」

精霊「男がぬいぐるみ好きじゃ、駄目?」

勇者「駄目じゃあないけど……」

精霊「じゃあ選んで! ねぇねぇ!!」

勇者「ちょっ声が大きい!」

クスクス

勇者(あーもう…注目集めてるし)

精霊「選んでくれないと、手足バタバタさせて騒いじゃうよ~?」

勇者「わかったよ…選べばいいんでしょ、選べば」

勇者「ほら、これなんてどう」

勇者は選んだテディベアを精霊に手渡す。

精霊「あぁ、これいいね! へへ~、勇者が選んでくれたんだクマさんだ。宜しくね~」チュ

勇者(何て幼いの……)

精霊「はい。勇者とも、ちゅ~」

勇者「むぐ!?」

精霊「あはは、間接キッスだ~」

勇者「~っ、ちょっとおおぉぉ!!」

精霊「店員さーん、これくださーい♪」

店員「あらボク、お姉さんとお買い物?」

精霊「違うよー、デートだよ! ねぇ、ゆう…むぐっ!?」

店員「ゆう?」

勇者「あはは何でもありません! それよりもお金、お金っ!」ジャラジャラ

精霊「ん゛ーっ、ん゛ーっ!!」ジタバタ

勇者「ばかか、名前を呼ぶな! ばれたらどうしてくれるの!!」

精霊「あははー、ごめーん」

勇者は店から出ると精霊を説教していたが、精霊に反省は見られない。

勇者「私はね、お子様な男はタイプじゃないの!」プンプン

精霊「ん、あれっ」

勇者「精霊、聞いてるの!」

精霊「ねぇ、あのバカさぁ」

勇者「ん?」



踊り子A「あーん、僧侶さんの活躍もっと聞きたぁい」

僧侶「あはは、そんなに聞きたい? 仕方ないなぁ、うん」サワサワ

踊り子B「もう、僧侶さんたらエッチぃ~」

踊り子C「あら~ん、私も触っていいのよぉ~」



勇者「げ。僧侶……」

精霊「こっち来るね」

勇者「かっ、かか隠れないと! 隠れる場所はっ!!」アタフタ

精霊「任せて」

勇者「えっ――」

精霊は手を引き、勇者の体を引き寄せる。
そして勇者を壁に押し付け――


精霊「んっ――」

勇者「――っ」


彼女を覆い隠すように、唇を塞いだ。

唇の隙間から漏れる吐息が鼻をくすぐる。
目の前には、可愛らしい精霊の顔。いつも無邪気な目は、口づけの魔力のせいか、今は妖艶に見える。

どきどき。心臓が大きく脈打つ。
強引に奪われた唇なのに、感触は柔らかくて、温かくて――


僧侶「おやおや。こんな所で、何て大胆なカップルだ」チラ

踊り子A「それよりそれより~」

僧侶「あぁ、そうだね。じゃあ行こうか」


勇者「~っ…ぶはっ」

精霊「行った行った。何とか誤魔化せたみたいだね」

勇者「……」

精霊「にしても、勇者って戦闘離れるとテンパり屋さんだよね~。駄目だよ、勇者たる者、常に冷静じゃなきゃ」アハハー

勇者「……からな」

精霊「え?」

勇者「今度は、許さないからなああぁぁっ!!」ガシィッ

精霊「ちょ、タンマタンマ、タンマーッ!!」

勇者「どこ叩かれたい? せめて選ばせてやるよ、ん?」

精霊「やめて~、俺が何したって言うんだよぉ」

勇者「ほぉ? いきなり、キ、キスするのは、あんたの中じゃ常識なわけ?」

精霊「だって1度した仲じゃない」

勇者「あれは儀式だ、儀式!」ブンブン

精霊「ぐああぁぁ、脳みそが揺れるううぅぅ」

勇者「儀式はノーカンだけど、今のはノーカンにならないじゃない、もう!」

精霊「はははー…減るもんじゃないしさぁ」

勇者「減・る・わ!」

精霊「何が減るの?」

勇者「そ、それは……と、とにかく減るの!!」

精霊「うーん?」

精霊はしばらく考える仕草をする。
天然なのかポーズなのか……と思ったその時、精霊はぱっと表情を明るくした。

精霊「減るなら、俺が独占しちゃえばいいんじゃないのかな!」

勇者「…何を?」

精霊「勇者の、心」

勇者「………」


勇者は、無言で精霊をぶん投げた。

精霊「あだだぁ~!」

勇者「もう知らない!」プンプン

精霊「あー、勇者ぁー…行っちゃった」

精霊「ほんっと、勇者って可愛いよね~」

精霊『さて……』

精霊は姿を消す。
そして浮かべた表情は――勇者には見せない、真剣そのものの顔。

精霊『お詫びがてら、ちょっと頑張ってくるかな……『可愛い勇者を守る為』に』

テディベアを勇者に見立てて一旦強く抱き、リュックにしまった。

>宿屋


勇者「全く、アイツ…」プンスカ

勇者は部屋着に着替え、筋トレを再開していた。
いつもは重く感じるダンベルが、今日は軽い。


精霊『にしても、勇者って戦闘離れるとテンパり屋さんだよね~。駄目だよ、勇者たる者、常に冷静じゃなきゃ』アハハー


勇者「誰が乱してると思ってるーっ!!」フンヌーッ

勇者「全く、もう……」

勇者(大体、あいつ距離感がおかしいんだって。私も慣れてないし、女の子扱いされるの……)

勇者(あいつ……本当に私のこと、女の子として見てるの……?)

勇者「………」

勇者「ああぁ、もーっ!!」ブンブンッ


ヒュウゥ

勇者「冷たっ…隙間風? …ん?」

いつの間にかそこに紙切れが落ちていた。
何だろう…勇者はそれを拾い上げる。


――ごめんねー、今夜は戻らないから by精霊


勇者「精霊……」

勇者(も、もしかして気にしてる? ……で、でも悪いの精霊だし!!)

勇者(私が罪悪感感じることないし! うん、精霊が悪いんだもんね! フ、フン!)

勇者(………は、反省してたら、許してあげなくもないけど、ね)

今日はここまで。
いちゃラブを書くのが好きです。。。

僕も大好きです

>>62
精霊「あぁ、これいいね! へへ~、勇者が選んでくれたんだクマさんだ。宜しくね~」チュ

訂正
精霊「あぁ、これいいね! へへ~、勇者が選んでくれたクマさんだ。宜しくね~」チュ

>最果ての地


呪術師「フフフ…今度は蛇使いがやられたそうですね」

巨人「ハンッ! どーせ中ボスの1人だろう、何の痛手でもねぇわ!!」ガハハ

悪魔「けど、勇者はメキメキと力をつけてるんだとよォ」

妖姫「ウフフ、でも勇者がどれだけ力をつけようと、追いつけないわよぉ…」

妖姫は持っている鏡に映像を映し出す。
そこには――真っ黒なもやに包まれた柩が映し出されていた。

呪術師「もう少しですねぇ」

悪魔「あぁ…鏡越しでもわかるぜ、この凄まじい力……」

巨人「もうじき完全体となられるのだな」

妖姫「そうよ――力を蓄える為に眠りにつかれた、我らの魔王様がね」

その言葉と共に、その場に緊張感が生まれた。
圧倒的な力を持つであろう、魔王の完全体――魔王の忠臣といえども、その力を想像するだけで身震いしそうになる。
だがそれを顔に表す者はいない。弱みを見せる者に、ここに居る資格はない。

悪魔「あー、でもこうしてる間に勇者は調子こいてんだろ? 殺っちゃいて~」

妖姫「駄目よ、魔王様は眠りにつかれる前、勇者に手を出すなとおっしゃっていたでしょう」

悪魔「自分の手で勇者を葬るつもりだろうな。あーでも……つまんねええぇぇ!!」

巨人「だな! この手で勇者をひねり潰せないことが残念でならん!!」ガハハ


「なら、俺が相手しようか――?」


――っ!?

突然現れた声に、4人の魔物は緊張感を走らせる。
いつの間に――いや、そもそも、何者かがここに来られるわけがないのに。

精霊「やぁ」

悪魔「ガキ…?」

そう口にした悪魔ですら、目の前に現れたのが普通の子供でないことは察知していた。
ここは最果ての地。人里から幾つもの山を隔てた場所に入口を作った、異空間の中――人間どころか、彼ら以外の魔物ですら足を踏み入れることはできない。

精霊「君たちだろ、四天王って。まさか4人一緒にいるとはねぇ、仲良しさんなんだ」

妖姫「坊や…どうやってここに来たの?」

精霊「どうやって? 『力』を感じる方向に向かってみたら、異空間の扉があった。だからこんな感じで、こじ開けて…」ヨイショ

呪術師「こじ開け…!?」

妖姫「力は抑えていたはず…。異空間から漏れていたとしても、感知できる程のものでは……」

巨人「面白いガキだな」

巨人が精霊の前に立つ。
自分の体長の10倍はあるであろう巨人を前にして、精霊はなお笑顔を崩さない。

精霊「君たち、こんな所でコソコソしてるってことは怖がりなんだろ? 何もひどいことしないから、魔王の居場所教えてくれないかな?」

巨人「ほざけ!!」

ドゴオオォォン

悪魔「あーあ、こりゃペシャンコだろうな」

呪術師「聞きたいことは沢山あったんですけどねぇ…」

精霊「聞きたいこと? 言ってみなよ」

巨人「!?」

精霊は巨人の背後に回っていた。

呪術師「…魔王様の居場所を知って、どうしようと言うのです?」

即座、思考を切り替える。
目の前の少年は尋常ではない力を持っている。ならば、知る必要がある。

精霊「決まってんじゃん」

人間側の者か、魔物側の者か――

精霊「その座を失脚させてやるよ。寝てる今がチャンスだ」

悪魔「…生きて帰すわけにゃ、いかねぇなぁ」

4人は即座に戦闘態勢に入る。
精霊が何者かは知らないが、知る必要はない。
魔王に楯突く者は排除する。ただ、それだけの簡単な話だ。

精霊「4人がかりで来るの?」

悪魔「全力尽くしてやんよ、クソガキッ!」ビュンッ

精霊(お。こいつ速い)ビュンッ

悪魔の爪攻撃を回避し空中へ逃亡する精霊。
素早さは対等。次から次へと繰り出される爪攻撃を、全て紙一重でかわす。

悪魔「今だやれ、デカブツッ!!」

巨人「おう!!」

だが、悪魔との攻防に集中していたせいで――

ドオオオォォン

精霊「――っ!!」

巨人の一擊をもろに受け、精霊は吹っ飛ばされた。

精霊「いっ、たたた…――っ!?」

と、精霊の体に何かが巻き付く。
これは――髪だ。

妖姫「ボウヤ、つ~かまえた♪」

精霊「くっ……」

あっと言う間に両手両足を拘束され、動きを封じられる。
髪は蛇のように精霊を締め付け、精霊の力ではちぎれそうにもない。

精霊(魔法でも使うか――)

呪術師「魔封じの術!!」

精霊「っ!?」

放出しようとしていた魔力が引っ込む。
精霊は頑張って放出しようと踏ん張ってみたが、どうやら無駄のようだ。

呪術師「これでほぼ無力化したも同然ですが、一応弱体化の呪術は一通りかけておきましょう」

精霊「…っ、堅実な手段だよ、おじさ……グッ!?」ゴホッ

妖姫の髪は腹を締め付けてきた。
精霊は苦しさで咳き込む。

妖姫「あぁ、いいわぁ。可愛い男の子の苦しむ姿……このままジワジワ殺してあげましょう」ギリギリ

巨人「いい気味だガキめ」

精霊「………っ!!」

精霊「あ…ぎ……ッ」

妖姫「どうしたのボウヤ、何か言いたいことでもあるのかしらぁ?」

精霊「…っはぁっ!! ハァ、ハァ」

腹への締め付けが一旦ゆるむ。
勿論、妖姫に精霊を解放する気はない。なるべく長時間いたぶる為、一時的に力を弱めただけだ。

精霊「ゼェ、ゼェ…正直、ハァ、なめてた、よ……」

妖姫「あら懺悔のつもり? 素直ないい子ねぇ」

精霊「違う……」

精霊は表情に徐々に生気を取り戻し、真っ直ぐ妖姫を睨みつけた。

精霊「この俺が…君らごときに頭下げるなんて、冗談じゃ……ガァッ!!」

再び腹が強く締め付けられる。
息ができない――汗が滲み、失神寸前の所で再び締め付けは緩められた。

精霊「ハァ、ハァッ……」

悪魔「あーあ、いたぶる対象が女だったら面白かったのになぁ。俺はもう飽きた、さっさとブッ殺そうぜ」

呪術師「まぁ、彼は無力化したも同然。妖姫さんの気の済むままやらせて差し上げましょう」

精霊「無力化……ハァ、ばかにしてんの……?」

精霊は呪術師を睨みつける。
どう見ても負け惜しみである。そんな様子を見て、四天王達は笑った。

呪術師「四肢を拘束され、魔力を封じられ、もうどうしようもないでしょう。何か秘策でも?」

精霊「秘策? ……ないよ」

妖姫「まぁまぁ、本当に素直な坊や。せめて気持ちで負けずに、って所かしら~?」

精霊「勘違いするなよ」

精霊は顔に冷や汗を浮かべながらも、口を笑みの形にした。

精霊「秘策っていうほど秘めてないんだよ…この程度の力で十分だ……!」

そう言うと、精霊の背中のリュックがパカっと開いた。

巨人「ん……?」

一瞬、何かと思った。
だが警戒する程の現象ではなかった。テディベアが、ふよふよ浮いているだけだから。

呪術師「おや。魔法は封じたはずですが」

精霊「魔法じゃないからね。こういう力なんだよ」

悪魔「へー。で、ぬいぐるみ浮かせて何しようってんだ?」

精霊を小馬鹿にしたように笑う。
物を浮かせる能力…その程度に認識したが、見た所精霊は武器も所持していない。つまり――

精霊「恐るに足りない……とでも思ってる?」

妖姫「あら、人の心が読めるのかしら坊や?」

精霊「想像できるんだよ、魔物の思考くらい――」

テディベアが精霊に引き寄せられていく。
そして――

精霊「んっ――」

悪魔「は?」

クマは精霊にキスをする。
唇を離すと精霊は「ふふふ」と笑いを漏らした。

呪術師「何がおかしいのです……――!?」

と、ここで異変に気づく。

悪魔(んっ、あのクマ――)

精霊「こう見えて俺は博愛主義者なんだけど――邪神の傀儡には容赦しないよ!」

ドゴオオオォォン

妖姫「が……ッ!?」

妖姫が吹っ飛ばされる。
強靭な硬度を誇っていた髪の毛は、途中でちぎれていた。

巨人「なっ…!?」

悪魔「何、だよこれ……」

彼らは目を疑う。
妖姫を吹っ飛ばしたのは紛れもなく――巨大化した、テディベアだった。

精霊「あぁ…やっと解放された」

それを尻目に精霊は、気持ち良さそうに伸び運動をしていた。

精霊「そうだ。ちなみにそのクマさんについて補足すると――」

ベシャッ

クマが地面を叩きつけた――いや、妖姫を叩き潰した。
精霊は口元に手をあて「あー」と呟く。

精霊「やっぱ強化しすぎたか…。まぁ俺が苦痛を感じれば感じる程、力が練られる仕組みだから仕方ないんだけどね」

巨人「くっ!!」

巨人がクマに突撃し、両手を掴む。
力は――やや巨人が上回り、クマは後ろに押されている。

巨人「呪術師、悪魔、今だ――」

精霊「それとー」

ズゴオオオォォォン

悪魔「げ……」

呪術師「あ、あぁ……」

精霊「ついでに封じられた俺の魔力も込めてみた。性能色々詰め込みすぎたね」

クマの口から放射された炎が消えた頃、そこには巨人だった塊が残されていた。

精霊「そんじゃ、頑張ってー」

ドゴォ、ズゴオオォォン

呪術師「かはッ――」

悪魔「くっ!!」

暴れまわるクマに呪術師が押しつぶされ、悪魔は飛びながら攻撃を回避していた。
とはいえ逃げるだけで精一杯で、とても攻撃できる隙なんてありそうにない。

悪魔(クッソ……つーか何なんだよあの力は!?)

悪魔(無機物のぬいぐるみに、命を与えるなんて……)

そこで、悪魔はハッと気付いた。

悪魔「この力…まさか……」

悪魔の視線の先には精霊。目が合うと、精霊は嬉しそうに笑った。

精霊「あ、もしかして気付いた? そうそう、俺だよ、俺」

悪魔「だ、だがお前……いや貴方は、先代勇者に……」

精霊「そこんとこの説明、めんどくさい」


ドゴォッ――


精霊「だから消――って、あ。言うのが遅かった」

精霊「あー……そういや魔王の居場所聞き忘れた」

精霊「ま、いっか。これがあれば位置特定できるでしょ」

そう言って、妖姫の所持していた鏡を拾った。

精霊「あぁー…死ぬかと思った。おーい、帰るよクマくん」

その声でクマは動きを止め縮こまった。
精霊はクマを拾い上げると、愛おしそうに抱きしめる。

精霊「よしよし、いい子だ。さてと…帰ろうか」

今日はここまで。
可愛い顔してえげつない~♪

だがそこがいい乙

乙!

>精霊が家出して3日後…


勇者「あらよ、っとォ!!」

賢者「勇者さん、ここにいましたか…って、何ですかその樽は」

勇者「あぁこれ? 新しい魔物の情報もないから、酒樽運びの手伝いしてるの。いい筋トレになるよ」

賢者「一旦中断して下さい。王様よりお呼び出しです」

勇者「王様から? うん、わかった」



勇者「王様、只今参りました」

王「おぉ勇者。よくぞ参った。実は、情報が入ってな」

勇者「情報…ですか?」

王「うむ。魔王の居場所がわかったかもしれん」

勇者「魔王の!? それは本当ですか!!」

王「何とも言えん…その情報が確かなものと限らんし、もしかしたら罠かもしれん」

勇者「ふむ? どこからの情報ですか?」

王「先ほど、占星術師を名乗る者がやってきたのだ。奴は魔王の居場所をワシに伝えると、姿を消した」

勇者「姿を消した……?」

王「あぁ。言葉の通り、目の前で消えたのだ。知っての通り、王の間は防犯の為、魔法無効化の結界を張ってある。にも関わらず、だ……」

勇者「それは怪しいですね…。一体、どんな奴でした?」

王「そうだな…外見は13~16くらいの少年だった」

勇者「……」

王「手にはクマのぬいぐるみを持っていてな」

勇者(精霊いいいぃぃ!!)

>宿屋


勇者「精霊……帰ってるでしょ」ガチャ

精霊「あ、勇者だ。お帰り~、俺がいない間寂しかった?」

勇者「わざわざ回りくどい伝え方して…近衛兵達が混乱したみたいだよ」

精霊「ああ演出した方が、盛り上がるじゃん。せっかくの最終決戦前なんだし~」

勇者「そうだ、何であんたが魔王の居場所を?」

精霊「そりゃ精霊だもん。人間にとって常識外れのことだってできるよ」

勇者「その情報…確かなんだろうね?」

精霊「うん、確かだよ。良かったじゃん、四天王すっ飛ばして魔王の所に行けるなんて」

勇者「四天王?」

精霊「あっ、何でもない! それより明日あたりから魔王の所に向かおう、ね!」

勇者「あぁ、うん……」

精霊(あれー? 勇者、何か元気ないなぁ)

>山道


重騎士「なぁ勇者、敵の罠なんじゃねーの」

賢者「王様がおっしゃっていたという占星術師の少年、怪しい所だらけですよ」

僧侶「周囲は木、木、木。こんな所で敵に囲まれたら逃げ場がないよ」

精霊『もー、グチグチうるさい奴らだなー』

勇者「ほぼ間違いなくあんたのせいだけどね…」

勇者「罠だとしても、打ち破ればいいだけだよ。他に手がかりもないんだし」

重騎士「流石勇者だな、勇ましいことで!」

僧侶「でも歩き続けてどれくらい経つかなー。そろそろ疲れたよ」

勇者「もうすぐ、占星術師が言っていたという山頂に着くよ」

賢者「何の魔力も感じませんね…。ガセ情報な気がしてきましたよ」

勇者「本当に情報合ってるの?」ヒソヒソ

精霊『もし間違ってたら、俺の体を好きにしていいよ~♪』

勇者「生き物を解剖する趣味はないよ」

精霊『待って、好きにってのはそっちの意味じゃない』

>山頂


重騎士「着いたああぁぁ!! ヤッホオオオォォォォ」

ヤッホー……

勇者「……見事に何もないね」

僧侶「ウゥン、やっぱり嘘情報だったんだね」

勇者「…精霊、どういうこと」

精霊『あーと、それはね』

賢者「あ、この辺」

僧侶「ウン? どうしたんだい賢者ちゃん」

賢者「この辺に、空間の歪みが生じています。簡単に言うと、ここに異世界への扉があるということです」

重騎士「じゃあ…もしかして、その異世界に……」

精霊『ピンポーン♪ 魔王がいるってことだよ~』

僧侶「フム、どうやらガセ情報と決め付けるには早いようだね。でも問題は、どうやって異世界への扉を開けるか……」

勇者「どうすればいいの?」ヒソヒソ

精霊『簡単なことだよ。勇者、剣を手に掲げて』

勇者「こ、こう?」

精霊『で、唱えるんだ。『女神よ私に力を! 今こそ、この異世界への扉を開けん!』て』

勇者(恥ずかしー…でもやるしかないか)

勇者「め、女神よ、私に力を! 今こそ、この異世界への扉を開けん!」

精霊『はいはいっと』ガチャッ

勇者「」

重騎士「スゲェ、異世界への扉が開いたぜ!!」

賢者「流石、勇者さんですね!」

僧侶「おおぉ……僕は今、奇跡を見たよ」


勇者「……わざわざ、あれをさせる必要あった?」ゴゴゴ

精霊『演出、演出♪』

精霊『さぁ、行った行った。最終決戦だよ、気合い入れていこう』

勇者「でも、ここは……」

勇者は躊躇する。精霊が開いた異空間への扉の向こうは、宇宙のような世界が広がっている。
足を踏み入れて大丈夫だろうか…。

精霊『大丈夫、大丈夫。ほらほら!』グイグイ

勇者「おわあぁ!?」

重騎士「おぉスゲェ、勇者の奴、勇ましく足を踏み入れたぞ」

賢者「こうなれば、私達も行くしかありませんね……」

僧侶「あぁ、正直怖いよ……。でもっ!」ダッ

仲間たちも続いて異世界に足を踏み入れる。

不思議な感覚だった。地面がなく、ふよふよ浮いているような感覚だ。
だけど足を動かせば思う方向に進行できて、まるで空気を踏んでいるようだ。

勇者「……」

精霊『ねー勇者』

勇者「何?」

精霊『ずっと表情暗いね。何かあった?』

勇者「あ、いや、別に……」

勇者「………」



>回想・王の間にて


勇者『わかりました、北の山脈ですね。早速、仲間と共に向かってみようと思います』

王『うむ、罠かもしれんので気をつけるように。…あと勇者、もう1つ伝えておくことがある』

勇者『はい、何でしょう?』

王『息子と、小国の姫君の結婚が決まった』

勇者『…っ!!』

王『2人には、平和な世で式を挙げさせてやりたい』

勇者『………』

王『重圧をかけたくはないが……期待しているぞ、勇者』

勇者『はい………』



勇者(こうなるのはわかっていたのに、どうしてこんなに……)

勇者「ハァ……」

精霊『……ねぇ勇者?』

勇者「うん?」

精霊『勇者は、王子のことが好きなの?』

勇者「~っ!?」

精霊『その顔は王子のことを考えている時の顔。剣の精霊やってた時から見てたから、わかるよ』

勇者「……」

誰にも見抜かれないようにしていたつもりだったが……迂闊だ、本当に。

勇者「…私は、お姫様が羨ましい」

どこかの国の姫に生まれるよりも、勇者に生まれることの方が、遥かに確率が低い。
けれど、そこまで低い可能性で生まれついた『勇者』という地位は、自分を抑圧してきた。

勇者「勇者も、お姫様も、なりたくてなれるものではないし、やめることもできない地位――だけどそれでも、私はお姫様が羨ましい」

精霊『…何か、俺は王子が羨ましい』

勇者「――え、それはどういう……」

問い返すが、精霊は返答の代わりに悪戯っぽい笑顔を見せる。

精霊『お姫様が羨ましいなら、俺だけのお姫様になればいいのに~』

勇者「~っ!!! ば、馬鹿なんじゃないの。…だ、大体、私なんかのどこがいいんだって……」

精霊『まず顔でしょ。あと勇者としての誇りがある所、勇ましいけど内面は女の子らしい所……』

勇者「わ、わかったわかった! もうやめて!」

精霊『わぁ真っ赤~。そういう反応が素直な所も好き』アハハ

勇者「精霊~っ!!」


賢者「勇者さん」

勇者「あっ、えっ、はいっ!?」

僧侶「どうしてのテンパって。見てよ、あれ」

勇者「…!! あれは……」

視線の先に、真っ黒なもやに包まれた柩があった。
本能的に察知する。あれは危険だ、と――

精霊『あれが魔王の眠る柩。今は完全体になるべく、あそこで力を蓄えている所だよ』

勇者「…力を溜めて完全体になれば、柩から魔王が出てくる……ってこと?」

重騎士「そんなら出てくる前に叩こうぜ!!」ダッ

勇者「ちょっ、待っ」

勇者の静止も聞かず、重騎士は真っ直ぐ柩に突っ込んでいく。

重騎士「オラアアァァ!!」

重騎士の一擊で柩は真っ二つに割れる。
続けざまに、賢者と僧侶が攻撃魔法を放つ。

僧侶「これで倒せたら、ラッキーなんだけどね……!」

賢者「ラッキーって言う位だから、低確率ですけどね……」

3人の攻撃の手が止んだ頃、柩はボロボロになっていた。
それも黒いもやは晴れず、中身の様子はよく見えない。

辺りは静寂に包まれている。この異様な空間の中で時間が止まったように、動きがない。

勇者「……まさか、やったの?」

精霊『まさか』

そう言うと、精霊は柩に向かって手をかざした。

精霊『いつまで狸寝入りしてるんだ、起きろーッ!!』

ヒュオオオォォ

賢者「な、何!?」

精霊の姿が見えない3人からは、唐突な突風がもやを払ったようにしか見えない。
突風でもやが晴れ、それは姿を現した。

「我が眠りを覚ますのは誰だ……」

重騎士「…っ!!」

僧侶「あ、あれが……」


魔王「完全体まであと少しだったというのに……貴様らの罪は、重いぞ」


賢者「ほ、ほとんどダメージを受けていない!?」

精霊『魔王への目覚ましになっただけ、グッジョブってとこかな』

勇者「速攻で終わらせる! うらあああぁぁ!!」

勇者は魔王に真っ直ぐ突っ込んでいった。

カァン!

金属音が鳴る。
勇者の剣は魔王の腕で受け止められる。

勇者(な、何て頑丈な腕……けどっ!!)

躊躇なく、勇者は剣を振り回す。
カンカンと鳴り響く音。魔王は全ての攻撃を受け止め、ダメージはない。

勇者(なら――)

勇者「重騎士、賢者、僧侶っ!!」

重騎士「わかったぜ勇者!」

賢者「やりますよ!」

僧侶「よーし……」

ドガアアァァン

重騎士「どりゃあああぁぁ!!」

魔王「――っ」

勇者との攻防にいそしんでいた所への、攻撃魔法2発。
それに続き、重騎士の斧が魔王の背中を切った。

重騎士「どうだ、流石にダメージを受けただろ!!」

精霊『いや――』

重騎士「いっ!?」

重騎士は目を疑う。
確かに今、確かな手応えはあった――だが魔王の背中には、ほんのかすり傷しかついていなかった。

精霊『自然治癒の力だ…面倒な相手だよ』

魔王「目障りな奴らだ――覇っ!!」

ゴゴゴ……

勇者「――っ!!」

魔王を中心として、周囲に衝撃波が放たれる。
その力で、空間が揺れるのを感じ取った。

魔王「消え失せろ!!」

しかし。

魔王「…!?」

重騎士「あ……れ?」

賢者「……何ともありませんね?」

僧侶「どういうことだ?」

妙だ。誰一人として衝撃波に倒れるどころか、わずかにもダメージを受けていない。
その理由を知るのは、たった2人。

精霊『即席シールド……ハァッ、焦ったー』

勇者(助かった……)


魔王「……」

魔王「…そうか、姿は見えないが……」

魔王「そこにいるのだろう、我が同志よ!!」

勇者「――え?」

精霊『……』

今日はここまで。
精霊の正体は次回の更新までお待ち下さい!


次回にも期待

同士と言えばスターリン

男同士と言えばエガちゃんの以前のコンビ名

精霊「……誤解を招くこと言わないでくれるかなぁ」

重騎士「うわ、何だ!? 突然、ガキが現れたぞ!?」

唐突に姿を見せた精霊に、仲間たちは驚く。
だが、その姿を見た途端、魔王は嬉しそうに笑った。

魔王「やはりお前か。また我と共に、この世界を蹂躙するか」

勇者「せ、精霊…どういうこと? 『また』ってのは……?」

魔王「そいつは元々、魔王――我の同志だった」

精霊「それは…」

魔王「そうか、今は精霊と呼ばれているのか」

精霊が何か言いかけたが、魔王の声がそれを遮る。

魔王「一世紀前、そいつは――邪神、と呼ばれていたな」

勇者「じゃ、邪神!?」

精霊「…っ」

勇者(どうして反論しないの…まさか、精霊――)

精霊「もう、過去の話だ!!」

精霊は魔王に怒鳴りつけた。

精霊「魔王! 俺はお前と組む気はない!! 一世紀待ったんだ、お前を滅ぼしてやるっ!!」

魔王「それが贖罪のつもりか?」

精霊「……っ!!」

僧侶「ウゥン、どういうことだい? 勇者ちゃんは、あの不審な坊やと知り合いなのかな?」

賢者「その話は後です。それより、おかしな点がひとつ」

勇者「ん? どうした?」

賢者「一世紀前に先代魔王は先代勇者に倒され、現魔王は先代魔王の意思を継ぐ者のはず――ですが……」

勇者「あっ」


そうだ。魔王は先ほど言っていた。

『そいつは一世紀前、魔王――我の同志だった』――と。


賢者「あの魔王と先代魔王は同一人物…という風に聞き取れましたね」

勇者「先代勇者が魔王を討ったというのはまさか、歴史の捏造!?」

精霊「いや…先代魔王が討たれたのは確かだ。だけど……」

魔王「ゆっくりお喋りしている暇はないぞ!!」

僧侶「来るっ!!」

魔王の爆炎魔法が勇者一行に襲いかかる。
彼らは攻撃回避し、話を中断せざるを得なかった。

重騎士「どりゃあああぁぁ!!」ダダッ

攻撃の間を縫い、重騎士が魔王に突進していく。

重騎士「せやぁ!!」ビュオッ

そして魔王に切りつける――が、

魔王「ふんっ」ドゴッ

重騎士「うわあああぁぁ」ズザアアアァァ

勇者「重騎士ぃ!!」

またしても大してダメージは与えられず、重騎士は至近距離からの攻撃を受けて吹っ飛ばされた。

賢者「くっ、雷鳴!」バリバリッ

僧侶「聖なる矢!」シュババッ

魔王「小賢しい」ブンッ

魔王が腕を振ると同時、魔王に放たれた攻撃魔法が2人に跳ね返る。

賢者「きゃあっ!」ドサッ

僧侶「くふっ」ドサッ

勇者「賢者、僧侶! …くっ」

仲間に駆け寄りたい気持ちを抑え、魔王と向き合う。
完全体でないとはいえ、相手は魔王――ならば勇者である自分が倒されるわけにはいかない。

精霊「勇者っ!」

精霊が勇者に手を伸ばす。

精霊「俺と勇者が力を合わせないと駄目だ! だから…」

勇者「悪いけど精霊」

精霊「えっ」

勇者の声は冷淡なものだった。
精霊はびくっと肩をならし、伸ばした手を硬直させた。

勇者「私――精霊と協力はできない」

精霊「――っ」

魔王の口から語られた精霊の正体。
一世紀前、彼は邪神と呼ばれていて、魔王と共に居た。
そして精霊は、それを否定しなかった。

勇者「精霊はずっと、正体を隠していたよね」

精霊「それは――」

勇者「だから、駄目なんだ」

内心、勇者自身も揺れていた。

精霊と出会った時のこと。
夜の城で一緒に踊ったこと。
蛇使いを倒した時のこと。
街に引っ張り出されてデートした時のこと。

もうすっかり見慣れた、悪戯っぽい笑顔、無遠慮な言葉、あざとい仕草、その全てが――

勇者「信用しきれない」

嘘だなんて思いたくなかったけれど。

勇者「私は、あんたの力を借りない」

精霊「勇者……」

この混乱した頭を鎮めるには、突き放すしかなくて――

勇者「魔王、覚悟!!」

気付いた時には、駆け出していた。

勇者「でりゃあぁ!!」

魔王「…ほう、なかなかの太刀だな」

魔王は手で剣を弾く。それでも勇者は何度も剣で切りつける。
その内魔王の手には傷が増えていく。
手応えは、ある。

魔王「しかし、女神の力も衰えたか? 一世紀前の勇者とは、まるで違う…」

勇者「そうだろう、なぁっ!!」ズバァッ

魔王「…っ!!」

胸を切りつけ、魔王は血を吐く。
今のはなかなかのダメージだろう。

勇者「先代と私は別物だ。だけれど、お前を討つことに変わりはない!」

魔王「ほう、面白い冗談を言う」

勇者「本気だ!!」

ガシッ

勇者「――っ!!」

一擊を叩き込もうとしたその瞬間、剣を握る手を魔王に掴まれた。

魔王「お前のスピードには適応した」

勇者「グッ……」

魔王に力を込めている様子はないのに、その手を振りほどくことができない。
力は遥かに、魔王が上。

魔王「女神の加護の力が衰えたとはいえ――勇者一族は我にとって忌むべき存在」スッ

魔王の手が勇者の頭にかざされる。

魔王「一世紀前、人間相手とたかをくくり討たれたのは我の落ち度――ならば今度は油断せん。相手がどんなに矮小な相手だろうとな……」

勇者「……っ!!」

魔王の手に魔力がこもっているのがわかる。
まずい、こんな距離で攻撃を喰らっては――

勇者(く……っ)ボスッ

この状況を打破しようと抵抗し蹴りを入れたが、魔王は微動だにしない。

魔王「貴様から死ね、勇者よ――」

勇者「――っ」


――ドォン

その衝撃で空間が揺れた。

魔王の体は返り血で真っ赤だった。
だが魔王は、その汚れを拭わずに平然としていた。

魔王「……ほう」

素直に感心していた。
この状況は、魔王にも予想外だった。

精霊「か、ハ……っ」ボタボタ

勇者「せ、精霊…!!」

――それは、魔王の手から衝撃波が放たれる寸前のことだった。
精霊が勇者と魔王の間に割り込み、その攻撃を身代わりに受けた。
そして魔王の手に懇親の蹴りを入れ、魔王と勇者を引き離すことに成功した。

精霊「ゆう…しゃ、大丈夫…だった?」

その代償に受けたダメージは大きく、精霊の小さな体は血まみれになっていた。

勇者「どうしてこんな無茶を!!」

勇者の困惑は大きい。

精霊「言ったじゃん…」

それでも精霊は、さも当然のように笑った。

精霊「俺は勇者を守りたいんだよ……勇者のこと、好きだからさ」

勇者「……っ!!」

勇者「どうして……?」


精霊『戦場でボロボロになんかさせないよ。俺が『可愛い勇者』を守る』

精霊『減るなら、俺が独占しちゃえばいいんじゃないのかな! 勇者の、心』

精霊『お姫様が羨ましいなら、俺だけのお姫様になればいいのに~』


勇者(精霊…あんたの言葉も、あんた自身も信用したらダメなのかもしれないけど――)ギュッ

精霊「ゆう……しゃ?」

勇者は精霊の体を抱きしめる。
まだへばるな、元気を出せ――そんなメッセージを込めて、力強く。

勇者「あんたって本当、小悪魔っ子だね。ここまでされちゃ、もう信じるしかないじゃない……」

精霊「………」

精霊はその言葉に、少しポカンとしていた。
だけどすぐに理解が追いついたのか、勇者の手を握りニコッと笑った。

精霊「信じてもいいよ、勇者」

勇者「……うん!」

今日はここまで。
戦闘シーン難しいです。

乙!

魔王「まとめて死ぬ覚悟はできたのか?」

勇者「黙れ」

勇者は精霊から離れると気持ちを切り替え、剣を構える。
その後ろには精霊が立つ。

精霊「勇者、攻撃と防御と素早さを上げるよ。思い切り戦って」

勇者「オッケー」

勇者は力がみなぎるのを感じていた。
精霊を信じると言った。それなら信じて、遠慮なく力を拝借するのみ。

勇者「だああぁぁっ!!」

魔王「!!」

魔王は後方に跳躍し、その一擊を回避――したが、勇者はすぐに距離を詰めた。
これが精霊の力。信じられないくらい、体が軽かった。

勇者「でりゃ、おらっ!!」

魔王「くっ!!」

連続で叩き込まれる攻撃に魔王は回避で精一杯の様子だ。

魔王「仕方ない……」

そう言って魔王は魔力を纏い、衝撃波を繰り出そうと――

精霊「させるかあぁ!!」

ドオオォォン

魔王「っ!!」

魔王を上から叩きつけるのは、巨大化したテディベア。
精霊がテディベアに込めた『苦痛』は、魔王の脳天に大打撃を与えるには十分。

精霊「今だ勇者、行っけええええぇぇ!!」

勇者「どりゃああぁ!!」


ズバッ――

魔王「が……ッ」

致命傷。そう呼ぶに相応しいダメージだった。
魔王はそこに膝をつく。その目に余裕は伺えない。

魔王「グ…貴様、ら……」

勇者「お前の負けだ、魔王」

重騎士「やったなぁ、勇者!」

いつの間にか起き上がっていた仲間たちから歓声があがる。
皆は無事だ。それを見て、勇者は安心する。

精霊「気を抜くな勇者、魔王には自然治癒の能力がある!」

勇者「そうだね」チャキ

魔王「……」

魔王はそこにうずくまったまま、動かない。
そんな様子に覚えた違和感を無視し、勇者は剣先を魔王に向ける。

勇者「魔王、覚悟――」

魔王「……勇者よ」ニヤ

勇者「えっ」

その時、顔を上げた魔王の視線は、勇者に向けられていなかった。

魔王「我は――不滅だ!!」ズシュゥ

そして誰もが目を疑った。

勇者「――っ!?」

魔王は、自分で自分の心臓を貫いたのだ。

そして――

精霊「うわあああぁぁぁ」

勇者「精霊!?」

精霊「はっ、はぁ…っ」

精霊はそこに倒れ、息を切らす。
おかしい、何が起こった。

勇者(いや…私は見ていた)

魔王が心臓を貫き、絶命の瞬間、黒いもやが魔王から放たれた。
そしてそのもやは精霊にまとわりつき、今こうして、精霊を苦しめている。

勇者「僧侶、賢者、何なの!? このもやは!」

賢者「わ、わかりません! 魔力の類でないのは確かです」

僧侶「けど邪悪な気を感じるよ……。これは、僕の力でも祓えそうにない」

精霊「ハ…ァ……」

精霊が震える手を勇者に伸ばす。

精霊「勇者、お願い……」

勇者「どうしたの!? 精霊、何を伝えようとしているの!?」

精霊「お、俺、を……――」

勇者「――」

耳を疑った。

勇者(何? 今、何を言ったの?)

聞き逃してなんかいない。だけど、信じられなくて。


――俺を、殺して

精霊「そもそも、一世紀前の魔王の話だけれど――」

精霊は急いでいるのか、息を切らしながらも口早に説明を始めた。

精霊「一世紀前に魔王が先代勇者に討たれたのは事実……。だけど、さっきの魔王は、先代魔王と同一人物だよ……」

勇者「ど、どういうこと!?」

精霊「ハァ…それが、魔王の力だ。魔王は……他の奴に魂を移すことができる……」

勇者「魂を……!?」

精霊「先代魔王は討たれる寸前に…ハァッ、近くにいた魔族に、魂を移した……。その魔族の体に馴染むまでに、一世紀かかったって、わ……」

勇者「ど、どうしたの精霊」

精霊「…ごめん、俺も魔王に侵食され…て……これ以上、は……」

勇者「精霊、しっかりしてよ!! あんた、そんなに弱い子じゃないでしょ!?」

精霊「あ、ははは……無理、だから……俺を殺して、魔王を――」

勇者「冗談じゃないよ! あんたごと魔王を殺すなんて、そんなこと……」

精霊「……」

勇者「…精霊?」

目を閉じた精霊は呼びかけに応えない。
ゆすっても、頬を叩いても――何の反応もしなくなっていた。

勇者「精霊、ねぇ、目を覚ませよぉ――っ!!」

うっ、ひっく



精霊『……』


子供が、泣いている。


子供「ううっ、えうぅ」


ねぇ、どうしたの?

俺の問いかけは声にならなかった。


「いい加減いなくなってほしいわ、あの子」


この記憶は――


「あの子が、邪神と人間の間に生まれたっていう…」
「やぁね、邪神の血を受け継いでいるなんて……」
「でも母親はついこの間、死んだそうよ。子供一人で生きていけるわけないし、あの子もそう長くないでしょう」


子供「ママぁ…うえっ、えうぅ」


あぁ、思い出した。


この子は、昔の俺だ。




子供「……あ」

森を彷徨っていると、猫のぬいぐるみを拾った。
誰かが捨てたのか、落としたのか。わからないけど、ここで1人にしておくのは可哀想だ。

猫のぬいぐるみを拾い上げ、声をかける。

子供「友達になろうよ」

猫のぬいぐるみ「うん、よろしくね!」

俺はぬいぐるみと話ができた。
俺にそういう能力があるのだと気付かない程、俺にとっては当たり前のことだった。

子供「じゃあ、一緒に帰ろうか」

猫のぬいぐるみ「君はどこに住んでいるの?」

子供「森の奥に小屋があってね、そこに住んでいるんだよ」

猫のぬいぐるみ「へぇ…寂しくないの?」

子供「寂しくないよ。友達が沢山いるから」


お母さんを亡くしてから、俺は沢山のぬいぐるみに囲まれて生きてきた。

犬のぬいぐるみ「ご飯とってきたよー」

子供「ありがとう。君も食べる?」

犬のぬいぐるみ「僕は食べない。それより一杯食べて、早く大きくなりなよ」

子供「あはは、うん。俺、うんと大きくなるよ」


?「ぬいぐるみが動いている…。噂は本物だったか」

子供「え?」

知らないおじさんだ。
初めて訪れる、人間のお客さんだ。

?「そのぬいぐるみは、君の能力で動かしているのかな?」

子供「能力って? この子は俺の友達だよ」

犬のぬいぐるみ「……」

子供「俺以外の人の前では喋らなくなっちゃうんだ」

?「君は邪神の子だね?」

子供「うん…ママはそう言ってた。パパは人に嫌われているんだって」

?「そうかい。君は邪神について何も知らないんだね」

子供「ところで、おじさんは?」

?「おじさんはだな…。そうだな、邪神の親戚のようなものだよ」

子供「パパの?」

?「そう。そして、君を探していた」

おじさんはそう言って、にっこり笑った。

精霊『……そうだ』

――これは、俺とあいつが出会った日の記憶。


?「おじさんの手伝いをしてくれないかい?」

子供「手伝い? なになに?」


精霊(――ダメだ)


?「おじさんは生き物を生成することはできるんだけど、魂が宿らなくてね。君の力を借りたい」

子供「???」

?「おじさんの友達を、動かしてほしいんだ」


精霊(ダメだ……!!)


子供「よくわからないけど……おじさんの友達、動けないの?」

?「そう。君の力があれば、おじさんの友達も元気になる」

子供「そっか、それなら手伝うよ! 友達が元気なかったら、心配だもんね!」

?「ありがとう。なら、早速一緒に来てくれるかな?」

子供「うん! ところでおじさん、名前なんていうの?」

?「おじさんの名前は……」


精霊(ダメだ…そいつに着いていったら!!)



?「いずれ『魔王』と呼ばれるようになる存在だ……だから君も、そう呼ぶといい」



精霊(―――っ!!!)

精霊『そうだった……』

古い記憶が脳内で駆け巡り、気付けば精霊は涙を流していた。


精霊『それが俺と魔王の出会い…』

精霊『魔王の作り出した生命体に魂を与えるのが、俺の仕事だった』

精霊『そうしてこの世界には――魔物が生まれてしまった』



魔王の目的も何も知らず、ただ言われるまま魔物を生み出していた。
自分はあまりにも無邪気で、それでいて無知だった。


魔王「素晴らしい。お前の力のおかげで、願いが叶いそうだ」

子供「良かったね~。魔王の友達、皆元気になったもんね」


魔王への最大の協力者。そんな自分は、自身が邪神と呼ばれるようになっても尚、罪を自覚していなかった。

先代勇者「ハァ、ハァ…遂に魔王を討ったぞ……」

子供「魔王……」

自分は知っていた。
魔王は近くにいた魔族に魂を移し、死んでいないことを。

先代勇者「次はお前だ、邪神――」

子供「え?」

先代勇者「だが邪神とはいえ、子供の姿をしているせいで殺しにくいな…」

子供「殺す…俺を?」

その言葉を聞いて、無意識に戦闘の構えを取っていた。

どうしてかわからないが、魔王の元に来てから、自分は命を狙われることも多くなった。
そういう奴を撃退する術は、魔王に教えてもらっている。

先代勇者「だが、仕方ない……お前を討たないことには、平和がやってこない……」

子供(何を言っているの…平和って、何のこと?)

女神「待つのです、勇者よ」

先代勇者「女神様、どうなされました。まさか、この者を許せと?」

女神「その者は魔王に利用されただけなのです。どうか、命は奪わぬよう……」

先代勇者「…ですが、このまま放置しても良いのですか? 利用されていたとはいえ、この者は邪神。その影響力は人間と魔物、両種族にとって大きいでしょう」

女神「……わかりました。では、この者を剣に封印することにしましょう」

先代勇者「封印、ですか。それなら……」

子供「え? なに、何で封印――」

先代勇者「女神よ、その力を我に! 今こそのこの者を封印せよ!!」

子供「うわああぁぁ――ッ!!?」



女神「申し訳ありません…女神である私が、邪神である貴方を救うわけにはいかないのです」

女神「ですが、もし貴方が己の罪を知る時が来るのなら――」




勇者が持ち帰った剣は、勇者の象徴として祭り上げられた。
魔王討伐の熱気に満ちた人々は、やがて歌を作り上げる。


『勇者と魔王の物語』


吟遊詩人は唄う。
平和な世界を襲った魔王、その魔王を滅ぼした勇者の英雄譚を。

人々は讃える。
彼らの英雄たる勇者一族と、彼を守護した女神を。


勇者のシンボルとして飾られた剣の前で、物語は繰り返し語られた。


子供『あ、ああぁ……』


彼らの声が、人知れず、1人の少年を苦しめる。

無知だった彼はようやく学んだ。魔王が世界に加えた危害と、自分が犯した罪を。


子供『俺は……何てことを……』


彼の後悔は声にならず、誰にも届かなかった。

今日はここまで。
精霊の過去はこれで終了です。
明日か明後日には終わる予定です。ここまでお付き合い下さった皆様、もう少しだけお付き合いお願いしますm(_ _)m

乙!





精霊『俺なんて、死んで当然だよなぁ…』


意識を手放しそうになりながら、精霊は呟いた。
体が段々魔王に侵食されていく。もうすぐ自分は自我を失くす。
それならせめて、自分が自分である内に――次の魔王を生み出さない内に。


精霊『俺が死んで世界平和……いいことじゃん』

精霊『勇者はもう役目から解放される…だから可愛い服、一杯着れるよ』

精霊『えへへ…良かったね、勇者……』


一世紀の孤独は、あまりにも長かった。

叫んでも声は届かない。泣いても想いを受け取ってもらえない。

徐々に人が訪れなくなっていったあの部屋で、何度発狂しかけたことか。

だから本当に嬉しかった。勇者と触れ合えたこと、話し合えたこと、一緒にいれたこと――



勇者『~っ!!! ば、馬鹿なんじゃないの。…だ、大体、私なんかのどこがいいんだって……』


精霊(勇者はそんなこと言ってたけど、勇者は――)


勇者は自分の一生の中で、1番、暖かい時間をくれた人だから。


精霊『ありがとうね、勇者……』



そして、意識が遠くなっていき――









勇者「待ちなさい、精霊!!」


精霊「――え?」

勇者「でりゃああああぁぁぁ!!」

精霊「!!」


急に眠りから起こされた時のように、精霊は目覚めた。
意識が少し戻ってきた。一体、何が起こったのか――

勇者「えぇい、まとわりつくなっ!!」ブンッ

精霊「いっ!?」

精霊は面食らう。
勇者が剣を、こちらに向けて振り下ろしてきたのだ。
あまりにも突然のことに精霊は固まったが――

精霊「れれっ?」

勇者の剣が切ったのは精霊の体ではなく――精霊の体にまとわりついていた、黒いもやだった。
そしてもやが切られると同時、また精霊の意識は戻ってきた。

精霊「これ、は…?」

『間に合ったようですね』

精霊「!? お、お前は……」


その姿を見るのは一世紀ぶりになる。

女神『お久しぶりです、邪神――いえ、精霊』

精霊「女神…。この状況は一体、どういうこと……?」

女神『貴方の記憶を勇者に流しました』

精霊「……っ、見られたの、勇者に……!?」

女神『ですが、貴方の罪を見ても尚、勇者は貴方を許すことに決めたのです』

精霊「許す…この俺を……?」

女神『はい。そして勇者の強い想いが、その力を覚醒させたのです』

精霊「その力…ってのは……」


勇者「精霊、大丈夫、助けるからっ!!」

勇者の剣でもやが祓われる。
魔王の最後の抵抗とばかりに、もやは勇者にも襲いかかったが、勇者はそれを全て切り払った。

精霊「……魔王だけを切る力、か――」

女神『精霊。私はずっと、貴方のことを気にかけていたのです』

精霊「俺を……? 何で?」

女神『一世紀の孤独という罰は適切だったのか――女神である私にも、それはわからない。ですが貴方が悔いているのなら、チャンスを与えてもいいと思いました」

精霊「…俺が悔いているのかなんて、わかるの……?」

女神『はい。勇者が初めてあの剣に触れたあの時、私は勇者を通して貴方の心に触れることができた』

精霊「…そっか。ずっと疑問だったんだ、どうして俺の姿が勇者に見えるようになったのか…。女神の仕業か、そりゃそうだよね」

精霊(だけど……)

自分は確かに悔いていた。一方で許されたい、救われたいと願っていた。
だけど自分が犯した罪の大きさも理解しているつもりだ。だから精霊自身が、許されたことに納得がいかない。

精霊「……良かったの、本当に。俺が忌むべき力を持っているのも変わらないことだよ」

女神『えぇ……。だって貴方は……』


勇者「精霊ぃ!」ギュッ

精霊「わわっ!?」


女神『事実、勇者の力に……支えになってくれましたから』

勇者「精霊、精霊!! 良かった、本当に良かった……!!」

精霊「勇者……」

抱きしめてくる力は、勇者の気持ちの強さ。
力強い。だけど苦しくない。むしろ心地よくて、この腕の中にもっといたくて。

精霊「勇者……俺は、許されない罪を犯したんだよ」

勇者「知ってる。私が許す!」

勇者はぐしゃぐしゃと精霊の頭を撫でてきた。大雑把な勇者らしく、少し乱暴だ。
だけどその手が、今は何よりも優しく感じる。

精霊「ごめん…勇者のこと騙して、利用して」

自分は精霊を騙って封印から逃れた。
魔王を討つ為とはいえ、勇者を騙したことには変わりない。

勇者「いいんだ。私には魔王を倒す使命があった。あんたは、その力になってくれたんだから」

精霊「でも…でもね、俺…」

涙がぼろぼろと溢れてきた。
これだけは嘘じゃない。これだけは信じてほしい。

精霊「俺、勇者のこと本当に……っ」

それを伝えた後、返事を聞くのが怖かったけれど。

勇者「わかってるよ」

勇者の手が精霊の頭を柔らかく撫でる。
暖かくて、優しくて――その手から勇者の気持ちが伝わって、全てを委ねることができた。

勇者「一緒に帰ろう――ね?」

精霊「うん……うんっ!!」

魔王が討たれた――その報せは瞬く間に世界に広がり、勇者一行は英雄として祭り上げられた。
精霊を知る者は、その勇者一行の者のみである。


賢者「正直、彼を信用していいのか私には判断できかねますが…勇者さんが見張るというのなら、安心してお任せできます」

僧侶「賛成。王様や一族の者に知られたら、色々面倒なことになりそうだ」

重騎士「それにソイツ、今まで勇者を守ってくれたんだしな!」

勇者「皆……ありがとう」


精霊は勇者が拾った孤児として、勇者の側に仕えることになった。


精霊「勇者ぁー、今日のお召し物はこれなんてどうかなーっ!?」

勇者「き、着れるかーっ、こんなフリフリのドレス!!」

精霊「えー、今日は人前に出るんでしょ。だから可愛い格好しようよ」

勇者「ばか、人前に出るからこそ着れないの!!」


賢者「何か、今日もドタバタやってますねぇ…」

僧侶「従者にしてはあまりにも無礼だけど、彼といると勇者ちゃん活き活きしてるねぇ」

重騎士「そんで俺らは2人のやりとりをニヤニヤしながら見るっつーな」ニヤニヤ

賢者「でもそろそろ急いで頂かないと。勇者さーん、早くー」

勇者「あ、ごめん、今すぐ準備するから!」バタバタ

重騎士「何せ特等席を用意されてるもんなぁ…王子と姫の、結婚式」

式場の鐘が鳴る。
その日、主役の2人は人々に祝福され、永遠の愛を誓い合った。

王子「私は姫君と共に、この国を守っていくと誓おう!」

ワーワー


勇者(王子……)

夫婦の契を結んだ2人を見つめる。
我が国の若き人格者である王子に、それを支える淑やかな姫君。誰から見ても、似合いの夫婦だ。

勇者(私が貴方を想っていたことは、知らなかったでしょうね)

この秘密は墓場まで持っていく。
人々の英雄たる勇者が王子に片思いしていたなど、勇者一族にあってはならぬスキャンダルだ。

勇者「………」

精霊「…勇者、そろそろ式はお開きみたいだよ」

勇者「あ…うん。帰ろうか」

精霊(ボーッと王子達を見てた…やっぱり勇者、まだ王子のこと……)


そして帰り道でも、勇者は何かを考え込んでいた。

勇者「………」

精霊(…元気ないなぁ)

精霊「それにしても魔王討伐から結婚するまで、早かったね~」

勇者「……そうだね」

精霊(う。やっぱまだ失恋引きずってるのかなぁ?)

精霊「ゆ、勇者が頑張って戦ってる間から、式の準備始めてたのかな~。はは、呑気な連中だなぁ」

勇者「……」

精霊「派手な式だったよね~。特に……」

勇者「……お姫様の、ドレス」

精霊「………え?」

勇者「お姫様のドレス、すっごい綺麗だったね! こう、キラキラしてて! それに会場の雰囲気も、まるで天使の楽園って感じ!? ああぁ~、もう素敵だった~!」

精霊「あの、もしもーし?」

勇者「あれぞ、お姫様の晴れ舞台だったよね~。あぁ~、思い出すだけで素敵」ウットリ

精霊「……あー良かった。式の余韻に浸ってただけか」

勇者「え、何が良かったの?」

精霊「ううん、別に」

勇者「? 変な精霊」

精霊「勇者も、ああいう結婚式したい?」

勇者「いいね~。キラキラのドレス……」

精霊「だからドレス着ようって言ったのに」

勇者「皆はまだ『勇ましい勇者』に幻想を抱いているんだもん、無理無理」

自分が勇ましくいることで、人々は安心することができるのだ。
もう少し魔王がいた頃の余波が消えないと、女らしい格好は……

精霊「はい、これ。プレゼント」

勇者「えっ?」

精霊が頭に触れて、何かをつけてきた。
勇者は窓ガラスに映った自分の姿を見る。精霊がつけてきたのは、小さな花の髪飾りだ。

精霊「色んなモチーフの髪飾りあったけど、やっぱり王道の花が好きだなぁ。勇者は?」

勇者「あ、うん…私も……」

精霊「だよね~。もっと大きいのも良かったけど、控えめなデザインなら勇者も抵抗そんな無いかなって」

勇者「そう、だね……これ位のなら、いいかも」

精霊「へへ。良かった、気に入ってくれて」

勇者「そうだね…こうやって、ちょっとずつ可愛くしていけばいいのかも」

精霊「それで最終的に、理想のフリフリした可愛い格好になるんだね!」

勇者「理想のフリフリ…私が……」ジュル

精霊「勇者、ヨダレヨダレ」

勇者「よーし決めた、私はフリフリの似合う女になる! 世界救ったんだもん、何にだってなれるよ!」

精霊「おー、その意気だー」

勇者「精霊、あんたも一緒に頑張ろうか」

精霊「え? 何を?」

勇者「頑張って鍛えて、身長を伸ばそう! 私も協力するよ!」

精霊「いっ!? む、無理無理!! 俺、体動かすの嫌いっ!」ダッ

勇者「だぁ~め」ガシッ

逃げようとする精霊の体を抱きしめるように捕まえ、動きを封じる。
精霊はにやけながらも、「うわぁーん」と嘘泣きで叫ぶ。

精霊「勘弁してよ~」

勇者「…だって、精霊には私より大きくなってもらいたいんだもん」

精霊「え…っと、何で…?」

勇者「決まってるじゃない」

精霊が何度も言ってくれた言葉。
それを今度は、自分が返す番だ。

勇者「だってあんたは――私の王子様なんだから」

精霊「勇者……」

精霊(……この体勢じゃ、勇者が俺の王子様だよ)

精霊は悩ましげな顔をしたが、すぐに「よしっ」と何かを決意したようだ。

精霊「俺、大きくなるよ! すぐに勇者を追い越してやるからね!」

勇者「あはは。期待してる」

精霊「でも勇者、今は――」

勇者「あっ」

精霊は勇者の体を抱きしめ返した。
力強く、頼りがいがある。体は小さくても、やっぱり精霊は男だ。

精霊「今は、このままの俺で言わせて――」

勇者「……うん」

精霊「勇者、俺は勇者のことが――」


囁くような声は風の音に上書きされる。
だけど勇者は聞き逃さなかった。声の余韻を耳に残し、何度も何度も頭の中で反復させる。


勇者「私って――誰よりも幸せだろうね」

精霊「そう思う?」

勇者「うん…だって私――」


勇者「勇者にも、お姫様にもなれちゃったんだから!」


Fin

ご読了ありがとうございました。
精霊は大きくならない方が絶対いいってのはここだけの話。



過去作品置き場ご紹介します
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

乙!
きゅんきゅんきゅんきゅん!

乙!

きゅんきゅんニヤニヤした
素晴らしいSSをありがとう乙

このSSで初めて知ったので過去作も読んでくる

乙乙

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