キャスター「次のニュースです」(32)

※地の文あり。暗め。携帯からなので更新遅め。それでもよろしければお付き合いください。

 


 そう。
 私の武器。

 今日は天気が良い。
 灰色の雲が空一面を覆っていて、今にも雨とか雪とかまた降り出しそうな感じ。どんより。空に見えるそれに高さは感じられず、奇跡的に泣き出さない曇り空がたまらなくいとおしかった。そこに私が見えたんだ。



 三日前。大雪が降った夕方。私は処女ではなくなった。

 その瞬間の数分前、お気に入りのカーディガンのボタンが弾け飛んだのを、なかなか滑稽に、鮮明に覚えていたりする。

 雨が降ったのはおとといだったかな──。

 寝ているふりのまま痣や擦り傷の治療をされて、股の奥をじろじろ調べられて。
 ……病院の白いベッドは私好みのがちがちの硬さで、肩甲骨の痛みで夜何度も目が覚めた。その度に、自分の鼓動や呼吸が軋む痛みに気付かされた。

 だけど軟らかいだけの枕は、まるで過保護な母親の体裁や世間体のように、しゃかしゃか鳴って雨音を拾えない。多分霧雨だったのだろう。厚いカーテンの向こうで、泣いているのは何。空模様か。それとも母の理想論か。

 いずれにしても白々しくて実態が無くて。掴めないのは、触れようともしないからなんだけど。



 飲み薬が減りカーテンが開け放たれた昨日。医者以外の知らないおじさん達が病室を訪れた。張り付いた黒い笑顔に、吐き気が真っ先に反応する。

 ごめんね、辛いこと思い出させて。でも捜査だから……、と、痩せたおじさんが言った。

 見せられたのは全て見覚えのあるものだった。日が経って、というか、あの日を境に、少しだけ感じが変わっていたけど。

 泥のついた制服のスカート。ボタンの無いカーディガン。中身の無い財布。



 ──そして、ナイフが二本。

 ベッドの上に並べられたそれらを眺めて、母は声にならないあわれみと絶望を漏らした。陳腐。
 そして、半身避けて母は私を見た。きたないものを遠ざけ、蔑む視線で。

 当然。お父さん、私はあなたの排泄物だものね?

 脂っこい方のおじさんが、黒い大きなサバイバルナイフを指差しながら、これで犯人に脅されながらだったのか? と訊いた。

 ──私の後頭部辺りに訪ねるような、異空間に詰問するような質問だったから、私はおじさんを見つめてただ黙っていた。
 少しあって、痩せた方のおじさんが脂っこい方を手で制して、ごめんね、ごめんね、と異空間に謝った。



 ──私はいよいよ、空みたいなものになったのかな。そう思って、窓の外を見やる。連れていって。雲と地球の間が霞んで見えた。

 痩せたおじさんが、ビニールに包まれた小さい方のナイフをつまんで、これは君のかい? と訊いた。一瞥。

「さわらないで」

 私が呟くと、おじさんは慌ててそれを置いた。条件反射は焦りが滲む。おじさんも、私も。同時に発したごめんなさいと苦笑いには、僅かほども表情がなかった。



「そう。私の武器」

 そうか。これは普段から持ち歩いているのかい?

「うん。武器だもん」

 この国はね、こういうものを持ち歩いては駄目なんだよ?

「自分を守る武器も必要だよ」

 でも……この間は自分を守れなかったよね?

「私、守れなかったの?」

 違うのかい?

「守れなかったの?」

 ナイフは……柄に隠れたまま刃は出ていなかった。君はそれを握りしめて気絶していたんだ。

「どうして守れなかったって思うの?」

 ……え?

「私はその時、守ろうと思わなかったもの」

 ……かわいそうに。

「どうして?」

 君は傷付いているんだ。錯乱している。ゆっくり休んだらいい。

「答えて。私は何も変わってないよ。だからかわいそうじゃないよ」

 ……仕方無いんだ。元気になったら、またお話しよう。必ず……捕まえるから。

「待ってよ。私は私のしたいようにするの。お願いだから、私を認めてよ」

 今朝。
 だあれもいないお部屋で目が覚めた。だあれもいないのはここでは初めて。
 ぶっ壊れていると思われたであろう私は、昨日おじさん達が帰った後から手枷と足枷に繋がれた。だあれもいないけど、離れたところできっと誰かが私を見ている。また、暴れるのではないか、と。

 病室は、尖ったものや色の濃い模様、光るものが除かれた。鏡も、布で無造作に覆われた。窓から望める曇り空が、私を唯一慰める。

 今日は天気が良い。
 灰色。どんより。
 私の“しろ”を浮き立たせる。

──


 はい。はい。
 もう平気。大丈夫です。


──

不肖、恥ずかしながら少々疲労が……。

 笑え。笑え。
 医者が言う。
 そう言っているように聞こえる。

「笑えるようになったら、私は外に出られるの?」

 多分先生の質問に答えるような事を言ってはいない。でめ、医者は口を厭らしく歪ませて話した。

 そうだね、笑顔でお話できるようになったら退院できるよ──……。



「また会うのが楽しみで仕方ないの」

 誰に?

「教えたくない」

 希望を持つのは良い事だよ。元気になったら会いたい人がいるんだ?

「うん」

 もうすぐ笑えそうかい?

「うん」

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