ガタンゴトン…… ガタンゴトン……
男(あ、次の駅で乗り換えなきゃ……)
男(だけど、なんだか今日はそんな気にはなれない……)
男(会社に……行きたくない……)
男(たしか、この路線ずっと乗ってると、近くに海がある駅に到着するよな)
男(そうだ……海を見に行こう)
『ドアが閉まります。ご注意ください』
プシューッ
男(ああ、本当に乗り換えるのやめちゃった……)
男(いや、なに今さらビビってんだ)
男(俺はもう決めたんだ!)
男(このまま海を見にいくって!)
ガタンゴトン…… ガタンゴトン……
男(まだ……まだ間に合う)
男(今から引き返せば、始業時間ギリギリには到着できる!)
男(いや、遅刻になるかもしれないが、言い訳できる時間には到着できる!)
男(…………)
男(まだ言ってるのか! もう覚悟を決めろ!)
ガタンゴトン…… ガタンゴトン……
男(もう絶対間に合わない……。遅刻確定……)
男(あ、なんだかそう思うと、急に心が軽くなってきた!)
男(よぉし、ケータイの電源は切って――)ピッ
男(今日は会社をサボる! 決定!)
男(あとでどんな目にあうかは分からないが、なにも殺されるわけじゃない!)
男(気楽なもんさ!)
『まもなく、海辺駅に到着いたします』
プシューッ
男(お、着いた!)
男(よぉし、降りよう!)
キヨスクにて――
男「お姉さん、ビール」
女店員「はぁ~い」
男(一度やってみたかったんだよな)
男(平日の……勤務時間中……しかも午前中にビール!)
男「…………」ゴキュッゴキュッ
男「っぷはぁ~、んめえ!」
駅を出て5分ほど歩く。
男「おぉ~、海だ、海だ!」
男「社会人になってから、海に来ることなんてなかったしな」
男「いやぁ~、これだけでも来てよかったわぁ~」
男(お、あんなところに釣り人がいる。ちょいと話しかけてみようかな)
男(普段は知らない人に話しかけるなんて滅多にしないけど、気が大きくなってるな)
男「釣れますか?」
釣り人「いやぁ~、さっぱりだねえ」
男「頑張って下さいね」
釣り人「おお~」
男(やっぱり海はいいな。時間の流れが緩やかだ……)
ザザーン…… ザザーン……
男(こうして広い海を眺めてると……)
男(日頃抱えてるちっぽけな悩みなんて、全て洗い流されていくようだ)
男(――って、現在進行形で悩みの原因を作ってる最中なんだけど)
男(もう10時半か……完全にアウトだな)
男(これ、いったいどう言い訳したらいいんだ……)
男(課長は……怒ってるかな。怒ってるに決まってるよな)
男(先輩やOLさんは、きっと心配してるんだろうな)
男(ケータイの電源入れたら、不在着信の件数がえらいことになってるんだろうなぁ)
男(つうか今日、取引先と打ち合わせあるんだったよな)
男(やべえ、どうしよう……)
男(せめて、特に予定がない日にサボるべきだったんじゃ……)
男(いやいや、余計なことを考えるな!)
男(どんなに怒られようと、最悪クビになろうと、殺されるわけじゃないんだ!)
男「…………」グゥゥ…
男「腹減ったな……」
男(そうだ! 腹が減ってるからネガティブになるんだ! 腹が減っては戦はできぬ!)
海沿いの道をしばらく歩く。
男(お、あそこの古びた定食屋、雰囲気あるなぁ! 入ってみるか!)
男(看板も……営業中になってる! もう開店してるみたいだ! ラッキー!)
男(よぉし、旅番組に出演してる芸能人にでもなったつもりで……)
男「おじゃましまーす!」
ガラッ!
オヤジ「うめぇ、うめぇ」モシャモシャ…
男(客は俺一人と思いきや、先におっさんが入ってたか。きっと常連さんなんだろうな)
料理人「いらっしゃーい!」
料理人「なんにします?」
男「えぇと……マグロ定食」
料理人「あいよー!」
料理人「お待ち!」ドンッ
男「おおっ!」
男(大盛りのご飯に、ぶ厚く切られたマグロ、味噌汁に漬物!)
男(いいねいいね! このシンプルな構成!)
男「いただきます!」
男「まずはマグロを……」モグッ…
男「うん、うまい! 新鮮で歯ごたえバッチリ!」
男(そして、ご飯を口に放り込んで)モグッ…
男(味噌汁を飲む)ズズ…
男「…………」ゴクン…
男「うめぇ~!」
男(続いて、刺身を贅沢に、むんずと掴んで)ガッ
男(一気に口に放り込む!)ガバッ
男「うめぇ~!」
男(ご飯がうめえ!)モグモグ…
男(味噌汁もうめえ!)ズズズズ…
男(漬物もうめええええ!)ポリポリパリポリ
男「あ~、食った食った」
男「お勘定お願いします」
……
……
料理人「はいちょうどいただきます」
料理人「ありがとうございましたー!」
定食屋を出て、辺りを散歩する。
男「さてと、どうするかな……」
男(時間は……正午すぎか。まだまだ時間はたっぷり……)
男「…………」
男「あああああああああああっ!」
男「うわああああああああああっ!!!」
男(メシ食って腹一杯になって落ちついたら、なんかモーレツに後悔が襲ってきた!)
男(俺は……俺はなにやってるんだあああっ!)
男(一時の安らぎのために、何もかもすっぽかして海を見にくるなんて!)
男(なんて……なんて軽率なことをしてしまったんだ!)
男(俺はバカか!? バカなのか!?)
男(いや待て、落ちつけ! なにも殺されるわけじゃないんだから!)
男(いやいや、殺されるわけじゃないから、なんてなんの慰めにもならない!)
男(叱られる、怒鳴られる、軽蔑される、サボリの前科がつく、どれも十分つらいわ!)
男(殺されるわけじゃない、死ぬわけじゃない、で物事ポジティブに考えられたら)
男(うつ病の人間なんか生まれねーっつうの!)
男「あああああっ……! どうすればっ……!」
「心配するな!」
男「え?」
オヤジ「誰も君を叱りはしない!」
男「アンタは……さっきの定食屋にいたおっさん!」
男「なんだよ、アンタみたいな暇を持て余してるおっさんに俺の何が分かるってんだよ!」
オヤジ「おいおい、私の顔を見忘れたか?」
男「!」ハッ
男「あっ、まさか……あなたは……」
男「課長!?」
オヤジ「そのとおりだ」
男「えええええ!? いつもとあまりに雰囲気が違うから、全然気づけなかった!」
男「なんで、課長がこんなところに――」
料理人「俺もいるぜ」
男「あなたは……先輩!?」
女店員「私もよ!」
男「OLさんまで!?」
男「みんな……どうして!?」
オヤジ「君とおんなじだよ。たまにはサボりたくなる日もあるのさ」
料理人「海を見るついでに、実家の定食屋を手伝ってたんだ」
女店員「気分転換に駅の人に頼み込んで、キヨスクの店員さんをやってたのよ~」
男(先輩はまだしも、OLさんはだいぶ無茶してるなぁ……)
男「課長に怒られることはなくなったと分かって、ひとまずホッとしました」
男「だけど……俺は取引先との約束をすっぽかして……」
釣り人「心配無用!」
男「あ、さっきの……。あなた、もしかして……」
釣り人「そう、君と今日打ち合わせするはずだった者だよ!」
男「なんという偶然!」
男「しかし……ウチの課の人間が誰もいないと分かったら、大騒ぎになってるでしょうね」
オヤジ「なにをいっとる。ほらあそこを見てみなさい」
男「あ、あれは隣の課の……!」
料理人「あそこにも」
男「総務の……!」
女店員「あっちにも」
男「社長!?」
釣り人「もちろん、我々の業界だけじゃない。他にもいっぱいいるさ」
男「あそこの人は……大手自動車会社の会長……」
男「あっちにいるのはアイドルグループの……!」
男「あそこにいるのは大臣の……!」
男「あっちにいるのは……たしか指名手配犯の……!」
釣り人「みんな……サボりたい日があるんだよ」
オヤジ「こういうことだ。今日はのんびりしようじゃないか!」
男「はいっ!」
たまにはいいじゃない、こんな日があったって
~おしまい~
以上で終わりです
テーマについては以下のスレを参考にさせていただきました
男「もし、この駅で降りずに仕事行かなかったらどうなるんだろ」
男「もし、この駅で降りずに仕事行かなかったらどうなるんだろ」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1429554650/)
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