【デレマスSS】「夏の終わりに」 (13)

「秋雨前線の停滞により、今週半ばくらいまでは傘が手放せないでしょう」

テレビの中では、気象予報士がそんな風に天気を告げていた。

――――雨、か。
そういえば、あの日もこんな天気だったな、と、上京したての頃を思い出した。
大学進学を機に上京し、一人暮らしを初めてもう2年目。
慣れない都会暮らしでも、最近では何とかなっている。

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「行ってきます」

誰も居ない部屋に向かって告げ、扉に鍵をかける。
腰まで伸びた髪は、湿気のせいか少しべたついていた。
エレベーターに乗り、鞄の中から髪ゴムを取り出して、首の後ろ辺りで一本にまとめる。
首周りを覆っていた物がなくなったため、少しスースーするが、仕方がない。
地上階に着き、マンションのエントランスから外に出ると、小雨程度の雨がしとしとと降り出していた。
傘と一緒に憂鬱な気分も開く、雨と一緒に流れていってくれたら良いのだけれど。

道行くサラリーマンやOL、学生、皆一様に表情は浮かない。
ともすれば俯いている人も多い。


混雑する駅で、行き交う人の表情は固く、苛立ちを隠さない人もいた。

都心に向かう電車とは逆の方向の電車に乗るため、朝のラッシュで大変な思いをする事はない。
その為、朝は大体座って目的地まで行く事ができる。
座って、携帯を取り出すと、一通のメールが届いていた。

件名には『おはよう』とだけ書いてある。

本文を開くと

『雨で滑りやすくなっているから、出勤の際は充分に気をつけて』


と、私を気遣う内容だった。
こういうマメな所が、実にプロデューサーさんらしいな、と、思わず頬が綻んでしまう。

電車に揺られていると、30分もせずに最寄り駅に到着する。
降りて、改札を抜けた所で、ふと、あの憂鬱な気分が、少し、晴れている事に気づいた。
たった一通のメールで、私の気分を変えてしまうなんて、まるで魔法みたい。

嬉しくなって、携帯を取り出しプロデューサーにメールを送る。

「今駅に着きました。滑らないよう気をつけます」


簡潔に、かつ失礼の無いように。
送信完了の文字を見届けると、携帯を鞄にしまう。
ここから事務所はすぐ近く。

駅を出て傘を差そうとした時だった。

「美波」

突然背後から声をかけられ、振り向くと、プロデューサーさんが立っている。


「プ、プロデューサーさん!? あ、おはようございます!」

まさか駅で遭遇するとは思わず、思い切り慌ててしまった。

「これからご出勤ですか?」

まだ早い時間とはいえ、プロデューサーさんにしては遅い時間なのが少し気になる。

「そういう訳じゃない」

どうやら違ったようだ。
じゃあ、どうしてこの時間に駅に?
そう考えていると、プロデューサーさんは歩き出し、後を追うと駅のロータリーで立ち止まった。

「あっ……」


プロデューサーさんの車が、ハザードランプを点滅させながら停められていた。

「もしかして、迎えに来てくれたんですか……?」

「雨だからな」

そう言うとプロデューサーさんは、そそくさと車内に入っていく。

「ふふっ」

思わず笑みが溢れ、追いかけるように助手席へ。
事務所までの数分間、ひたすら笑顔の私と、対象的なプロデューサーさんの表情。


『秋雨前線の停滞により、今週半ばくらいまでは傘が手放せないでしょう』

天気予報によれば今週半ばまでは雨。
もしかして、このまま雨が続けば、ずっとプロデューサーさんが迎えに――――?

なんて考えたけど、毎日忙しくしているので、それは無理そうだ。
けれど、もしもそうなったら、あの傘を開く時の憂鬱さが、もっと違うものに変わるかもしれない。

なんて、ちょっと贅沢かな?

夏の終わりと一緒に、秋雨前線が届けてくれた、短くも心温まるひととき。

もう少しだけ、このまま。



おしまい

終わりです。

短いですね。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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