卯月「Battle of the idol's spirit」 (270)



※この物語は
『もしも三城常務がシンデレラプロジェクト開始以前にアイドル部門への干渉を始めていれば』
というifストーリーになっています。

それを踏まえた上で見て頂ければと思います。
今回は書き溜めしていないので、随時更新していきます。



[以前書いたもの]

春香「私達は仮想世界『THE IDOLM@STER』で生きている」
春香「私達は仮想世界『THE IDOLM@STER』で生きている」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434271168/)

響「2」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441547161



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1441701492



[戦士の誕生]

卯月「ここが……346プロダクション……」

卯月は聳え立つビルを見上げると胸の前に持ってきた右手をぐっと握りしめる。

今日からここでアイドルとして活動をすることが出来る。

卯月は胸を高鳴らせていた。

昔から夢見ていた場所に、そのスタートラインにようやく立つことが出来るのだから。

卯月「島村卯月、頑張ります!」

自らを奮い立たせると、卯月はビルの中へと足を踏み出した。



武内P「お待ちしていました、島村さん」

案内された部屋で待っていたのは、あの時と同じ男の人だった。

武内は卯月と右手に携えた紙を見比べて、微かに笑みを浮かべた。

武内P「以前申し上げた通り、現在346プロダクションのアイドル部門は美城常務が管轄なさっています」


卯月は武内の顔を窺いながら、一度頷く。

武内P「ですが、今度新たに『シンデレラプロジェクト』という企画を立ち上げたいという話を私が美城常務に提案しました」

卯月「シンデレラプロジェクト……ですか?」

卯月は首をかしげる。



武内P「はい。このプロジェクトではアイドル達の個性を前面に押し出していきたいと考えています」

卯月「個性を……」

武内は一枚の紙を取り出す。

武内P「これが企画の概要になります」

卯月は手渡された用紙に視線を落とす。

そこにはシンデレラプロジェクトが何をする目的で立ち上げられたのか、その大枠な説明が書かれていた。

卯月「……私はこのシンデレラプロジェクトに加わるということなんですか?」

武内P「そこが今回の問題になっているところです」

武内は顔を曇らせる。



武内P「美城常務は一年ほど前に日本に帰国し、そして346プロダクションに赴任なさいました」

卯月「……」

武内P「アイドル部門はまだ新設して間もない部署です。その方向付けを決める中で、美城常務は一つの提案をなさいました」

武内は一度言葉を切った。

武内P「かつての芸能界のようなスター性そして別世界のような物語性の確立を目指すことです」

卯月は武内の言葉にまたもや首をかしげる。

卯月「つまり……どういうことでしょうか?」

武内P「はい。私はアイドルとは一人一人の個性を伸ばしていくのが一番だと考えていました。……しかし、それは非効率だと言われてしまったのです」

武内は俯きながらそう呟いた。


卯月「そんな……」

武内P「ですが、今回その美城常務にかねてからお伝えしていた企画であるこのシンデレラプロジェクトを進めても良いというお言葉を貰いました」

そう言う武内の顔は少し輝いているように見えた。

武内P「その条件として、言い渡されたのが二つありました」

卯月は武内の言葉を待つ。

武内P「一つ目はシンデレラプロジェクトに参加するにあたって、そのプレデビューを飾るアイドルを見つけてくることでした」

卯月「それってもしかして」

武内P「はい、島村さんのことです」

卯月はやや目を剥く。


卯月「プレデビューなんですか?」

武内P「いえ、デビューは確定しています。ただ、このプロジェクトを本当に続けてもいいのかということを指し示すためのデビューでもある、ということです」

卯月「そ、そうなんですね」

卯月はそうはいったものの、まだ理解できずにいた。

ただデビューが出来ると思っていた自分であったが、そこには大きな使命が託されていたのだ。

卯月は生唾を飲み込んだ。

武内P「そして二つ目なんですが……」

言い渋る様に武内は一度黙る。

卯月「二つ目は……」



武内P「半年後に開催されるアイドルフェスティバルである『Battle of the idol's spirit』で美城常務の推すアイドル達を押しのけて優勝することです」


――部屋に沈黙が訪れた。


武内P「このフェスティバルは、美城常務が自ら開催者として名乗り上げた企画でした」

その提案自体がかなり難しいとまでは言わなかったが、武内の言葉からはそういったことが隠されていたように思えた。

卯月「あの……そこでは何をするんですか?」

卯月は武内の目を覗くように身を屈ませた。

武内P「……はい。芸能界で活動しているアイドル達が一堂に会して、野外で歌やダンスを行うといった催しです」

卯月「…………」

そのとき卯月はテレビで見るようなアイドル達がその場に押し寄せている状況を想像した。

そして、軽く身震いをした。


武内P「野外でどれだけの観客を集められるのかという数を競い、アピールタイムが終わるまでの間、より多くの観客を留められたチームが優勝するという企画です」

卯月は武内の言葉の中で一つ引っかかる言葉を聞き返した。

卯月「チームで出場するんですか?」

武内は面食らったような顔をする。

武内P「失礼しました。まだ島村さんには紹介をしていなかったですね」

そういうと武内は席を立つ。

武内P「ついてきてもらえますか?」

卯月は武内の呼びかけに、おずおずと腰を上げると武内と共に部屋を出た。


武内P「渋谷凛さん、そして本田未央さんです」

凛「よろしく」

未央「よろしくね!」

武内に案内された部屋には、黒髪の少女と茶色い短髪の少女が椅子に座っていた。

卯月は一度頭を下げると自らも自己紹介をする。

卯月「島村卯月です! よろしくお願いします!」

武内はそんな卯月を見て微笑を浮かべる。

武内P「みなさん、これで役者が揃いました」

未央「なになにー? ようやく活動できるの?」

武内は未央の質問に頷くと、三人に目を配る。


武内P「はい。皆さんは『new generations』というユニットで活動してもらう予定です」

凛「new generations?」

武内P「仮ということで、私が決めたのですが……お気に召しませんでした?」

武内が不安そうに尋ねかけてきたのを見かねて、未央が元気よく答える。

未央「いいじゃん! なんかすごいかっこいい!」

未央の一声につられて二人も微笑む。

凛「そうだね」

卯月「私も良いと思います!」

口々に感想を言い合う三人を眺め、武内はほっと胸をなでおろす。

武内P「それでは、これからよろしくお願いいたします」

武内が微笑むと、三人も同じように笑みを浮かべた。



――――
――




――少し過去に遡って、話をしよう。

あれはいつのことだっただろうか。

たしか、まだ『765プロダクション』というアイドル事務所が活動をしていた頃のことだ。

ある日、芸能界に一大センセーションを巻き起こしたアイドル事務所であった765プロは忽然とその姿を消した。

そして事務所を含め、その所属アイドル達も芸能界から消えていった。

週刊誌などにもその話題が取り上げられた。

しかし、その真相について突き止めることの出来た者はいなかった。

結局、今日まで関係者を除き、世間には知れ渡っていないのだ――その真実が。

今もなお765プロのアイドルを待ち望む者たちがいる一方で、その名前すらも忘れてしまった者も少なくはなかった。




今、その真相が暴かれようとしている。



――そうだ、あれは確か今から一年ほど前の話だっただろうか……。




[遭遇]


武内P「今日はついにライブですね」

武内の低い声が三人にそう語り掛ける。

卯月「楽しみです!」

卯月はにっこりとほほ笑むと、ライブ会場を一望した。

今日は待望のnew generationsとしての初ライブだった。

凛と未央も卯月と同じ心持のようで、キラキラと目を輝かせている。

武内P「今日のライブは色んなアイドルの方がやってきます。小さなライブ会場ですが、その熱気はすさまじいものになるでしょう」

武内が言ったように、今日のライブはある意味で『Battle of the idol's spirit』に向けたライブといっても過言ではなかった。



小さなライブではあるものの、今日も芸能界で活動するアイドルが何組が介した形で執り行われることになっていた。

つまり、本当の意味での本番である『Battle of the idol's spirit』に似た構成であるということだ。

そこで初めてのライブをするということに微かな不安は感じていたが、武内は確信を持っていた。

今日のライブを成功させることが、彼女たちには出来るはずだと。

未央「絶対成功させるからね! プロデューサー!」

未央の言葉がその武内の考えを裏付けるかのように心強く聞こえてくる。

そう、今日のために新たに用意した新曲『できたてEvo! Revo! Generation!』のために、彼女たちは懸命に練習を重ねてきた。

それが放たれたとき、この芸能界を震わせるような波が生まれるはずだ。

武内は右拳を握りしめた。


――――
――


自分たちの前の出番を迎えていた新幹少女はかなりの完成度をみせていた。

ダンスも歌もばっちりと揃っていて、ステージの向こうの観客も驚くほどの盛り上がりを見せていたのだ。

卯月はぐっと拳を握りしめると、そんな弱気な自分を振りほどくように頭を振る。

初めてのライブだからか、微かに体が震えていたことに気付く。

そう、卯月は緊張していた。

スタッフ「それではnew generationsのみなさん、よろしくお願いします」

スタッフの声がかかり、舞台裏で待っていた卯月達は顔を見合わせる。

未央「みんな、頑張ろう!」

凛「きっと、私たちなら上手く出来る」

その言葉を聞いた時、卯月は先ほどまでの自分を改めるため大きく息を吸う。


卯月「はい! 精一杯がんばりましょう!」

三人は顔を見合わせて笑う。

今の自分たちはきっと無敵だと。

どんなアイドルにも負けないくらいの意志を持っている。

それを言わずとも三人は理解していた。

「それでは、次は346プロからnew generationsでーす!」

司会が自分たちのユニット名を呼び、こちらを眺めてきた。

……覚悟を決めよう。卯月はマイクを握りしめた。

卯月「行きましょう」

そして三人はステージへとあがった。


「未来デビューだよ よろしくっ はい!」

キラキラとしたサイリウムが卯月の目に飛び込んできた。

盛大な歓声が飛び交い、そして三人は笑顔のままステージを後にした。

……正直なところ、今できる全てを出し切ったといっても過言ではなかった。

最高のステージだった、三人はそう思った。

他のアイドルよりも遥かに上回る盛り上がりだった。

それは自分たちのデビューが上手くいったことに加えて、そして未来で控えている『Battle of the idol's spirit』での優勝も難しくないのではないかとも考え
ていた。

スタッフ「それでは、421(みなし)プロダクションのみなさん、よろしくおねがいします」

「はい、わかりました」

――そう、そのときまでは自分たちの力を過信していたのだ。


卯月達が興奮冷めやらぬままステージ裏に帰ってきたとき、スタッフと三人の女の子たちが話をしているのを卯月は一瞥した。

その少女たちは顔を隠す様な仮面を被っていた。

その風貌から異様な雰囲気が漂っていたのを卯月は見逃さなかった。

……あれは一体?

凛「卯月?」

凛からの呼びかけで卯月は、はっとそちらに目を向ける。

未央も卯月の様子を不思議そうな顔で眺めていた。

卯月「まだ緊張が解けなくて……」

あはは、と卯月は笑顔を見せた。

未央「成功したんだし、プロデューサーに褒めてもらおうよ!」

未央がそう言ったものの、卯月はさっき見た少女たちのことが頭から離れなかった。

……ちょっとだけ、見に行ってもいいかな。


卯月「ごめん、二人とも! 先に楽屋に戻っていてください!」

卯月はそれだけ言い残すと、ライブ会場に走った。

卯月を引き止める二人の声がかかったが、卯月はそれも聞かずに走った。

――あの三人には只ならぬオーラがあった。

それは仮面を被っているという容姿だけではなく……もっと別の何かが。

それが何だったのか、卯月はそれを確かめたかった。

卯月「ここですよね……」

卯月は重く閉ざされた扉を開く。

そのとき、卯月は微かに感じたのだ。




――空気の震えるような感覚を。




卯月「こ、これは……」

卯月は目を見開き、その場に立ち尽くしていた。

そこは、自分たちがさっきまでたっていたステージなのかと疑うほどに別世界が広がっていた。

仮面を被った少女たちは、他のアイドル達とは比べ物にならないほどの技量を持っていた。

それは技量だけではない、確かな経験値もそこには感じられた。

観客の盛り上がり方が卯月達のものとはまるで違ったのだ。

卯月「嘘……」

怒号のような歓声にこたえるように、少女たちのダンスもヒートアップしていく。

歌も、ダンスも、次元が違いすぎた。


武内P「これは……」

ふと隣を見ると、卯月と同じように目を見開いている武内の姿があった。

武内も信じられないといったように口を大きく開いていた。

卯月「プロデューサーさん……」

武内P「し、島村さん……」

二人して顔を見合わせ、そしてもう一度仮面の少女を見る。

「今日はありがとう! 楽しかったよ!」

421プロという聞いたこともない事務所のアイドルが手を振ると、観客は叫ぶように手を振り返していた。


そこは卯月達のいる世界とは違った。

別世界だったのだ。

武内P「……島村さん、出ましょうか」

武内が青い顔をして卯月にそう促してきた。

卯月は何も答えることが出来ないまま、屍のようにただ出口に向かって歩き出した。



――あれは一体何だったのか。



ぐるぐると頭を巡る疑問だけが積もっていった。



――――
――





未央「あー! プロデューサーとしまむー! 探したんだよー!」

楽屋に向かう途中、未央がそう言いながら膨れた顔をして寄ってきた。

しかし、卯月と武内の顔を見て、すぐにその表情は真剣なものに変わる。

未央「……なんかあったの?」

卯月は未央の質問に答えることは出来なかった。


楽屋に戻ってから、二人はさっき見たことをそのまま話した。

二人は黙って聞いていたが、卯月と武内がそれを話し終えると真っ先に口を開いたのは、予想に反して凛の方だった。

凛「でも、それはその人たちが凄かったっていうだけだよね。私たちには関係ないんじゃないの?」

凛の言うことは正しかった。

正しかったのだけれど、どこか引っかかるものがあった。

卯月がぐっと言葉を飲み込む中で、未央はその代弁を打って出てくれた。

未央「しぶりん、それは違うよ」

凛「何が違うの?」

未央「だって私たちは、半年後にフェスで優勝しないとダメなんだよ?」

未央の言及に凛は言葉をおしこめる。


未央「だったら、私たちはその421プロの人たちに勝たないとダメじゃん」

未央がそう断言した後、武内が補足するかのように言葉を漏らす。

武内P「正直、私もリサーチ不足でした。あんなアイドルがいるということも知りませんでした」

四人の顔が曇る中で、卯月はあのときのライブを思い出していた。

可憐に見えて、熱い闘志が感じられるライブ。


――そうだ、あのライブはどこかで見たことがあった。


卯月は何とかそれを思い出そうとしていた。

だが、最後の最後でそれは出てこない。

武内P「……帰る支度をしましょう」

武内がそう言うと、卯月達は頷き帰り支度を始めた。

……もう少しで思い出せそうなのに。

卯月は眉根を寄せた。



武内P「それでは車に乗ってください」

駐車場に止めていた車にいそいそと三人が乗り込もうとしていた、その時であった。

「ちょっと待ってもらえませんか」

誰かが卯月達に声をかけてきたのだ。

武内はその声に振り返ると、目を細める。

そこには長身の男が立っていた。

アイドル達に危害が及ぶかもしれないと考えた武内は、車の扉を閉めるとその男に歩み寄る。

まだ自分と同じく若い青年であったその男は笑みを浮かべていた。

武内P「何か……ご用ですか?」

「346プロの方で間違いありませんか?」

男の詮索するような言葉に武内はさらに警戒心を強める。

この男は何をしようとしているんだ? 武内は目を細める。



武内P「それが何か?」

「私、こういうものでして」

武内は男が差し出してきたものを一瞥する。

それは名刺であった。

怪訝に思いながらも、ゆっくりとそれを受け取る。

もしかするとさっきのライブを見て、どこかの企業の方が何かの仕事を持ってきてくれたのかもしれない。

それくらいにしか思っていなかったが、その名刺に書かれた肩書きを見て武内は目を見開く。

武内P「421プロダクションの……プロデューサーの方ですか……?」

P「はい、実は折り入って相談がありまして」

男はさわやかに微笑んだ。


――――
――



男に案内された先にあったのは、小さな事務所だった。

そこが421プロの事務所であると言われたものの、武内はまだ信用していなかった。

未央「プロデューサー……あの人が421プロのプロデューサーって本当なの?」

武内P「ええ……そう言われたんですが」

未央の疑問も正しかった。

偶然見かけた異様なアイドルのライブ、そしてそれに魅了された自分、今その事務所のプロデューサーに連れられている。

何かが出来すぎている……。

武内は後ろを歩く三人を一瞥する。

何かあったときのためにすぐに彼女たちを逃がせるようにしなくてはならない。

武内は心の中でそう呟いた。

P「ここです」

男が扉を開くと、埃っぽい部屋が広がっていた。


促されるままにソファに座らされると、武内はすぐに口を開いた。

武内P「それで……話と言うのは」

男は、お茶の用意をして武内達にそれを差し出すと、対面のソファに腰を下ろした。

P「そうですね……、どこから話せばいいものやら」

男は煮え切らない態度のまま、頭をかく。

やはり何か騙されたのか? 武内は思考を巡らせていた。

「プロデューサー、きっと警戒されていますよ」

そのとき、若い少女の声が事務所内に響いた。

武内はすぐにそちらに顔を向ける。

卯月達も同じように顔を向けた。



――四人は顔を強張らせて、そして唖然とした。



千早「私から事情を話した方がいいでしょう」



――そこにいたのは、元765プロのアイドル『如月千早』だったのだから。



今日はここまでです。

早めに更新できるように頑張りますので、良かったら見ていってください。

乙乙、前作とつながってたりするのかな、これだけでも読めたりする?


>>33

今回は完全に新作にする予定ですので前作とは繋がりはありません。
(前作の二つは無印から2へと続く物語なので、時系列的には繋がっているとも考えられますが)


[明かされる過去]


如月千早が部屋に現れたことで、事務所は静謐に包まれていた。

その静かな部屋で、千早がソファに近寄ってくる音だけが響いていた。

ゆっくりと男の横に腰を下ろすと、千早はその口を開いた。

千早「はじめまして……と言わなくても、その様子なら知ってくれているみたいね」

未央「ち、千早ちゃんだー!」

開口一番、未央は席から立ち上がり声を高らかにしてそう叫んだ。

それは卯月達の心をよく表していた。



卯月「ち、千早ちゃんが何でここに……」

わなわなと震えるように卯月が声を漏らす。

凛「…………」

凛はそんな二人を少し横目に見てから、もう一度千早を眺めた。

そう、そこにはかつて芸能界をにぎわせた765プロのアイドルがいたのだ。

凛はお茶を啜り、心を落ち着かせた。

千早「それじゃあ、少しだけ過去の話をしましょうか」

まだ狼狽している三人をさて置いて、千早は武内の顔を窺う。

千早「いいですか?」

武内はゆっくりと、一度だけ頷いた。


* * *


一年前の話になるだろう。

765プロダクションはとあるライブをきっかけに全国的に知れ渡るアイドルになろうとしていた。

その勢いは留まらず、ラジオやライブ、そしてテレビ出演やタイアップなど、様々な場所で765プロの顔が見られるようになっていた。

その矢先であった。



――事務所の崩壊は、実にあっけないものだった。



高木「…………」

ある日、千早たちのもとへ訪れた高木の顔は酷く曇っていた。

何かを言おうとして、そしてまた口を閉ざす。

そんな高木を見かねてか、春香が声をかけた。

春香「社長、どうかなさったんですか?」

春香がそう声をかけると、高木は「いや……」と一層顔を曇らせた。

伊織「なによ、辛気臭い顔しちゃって」

竜宮小町のリーダーでもある伊織はぶっきらぼうにそう言い放つ。

だがその言葉の裏には、高木を心配する心遣いが見受けられた。


真美「あー、もしかしてお腹すいちゃった感じ?」

亜美「んっふっふー。社長も亜美たちのこのお菓子食べたいんだねー」

亜美と真美はそう言うと、高木にお菓子を手渡した。

そのときだった。

高木は何かを決心したかのように、口を開いた。




高木「実は、もうこの事務所で活動が出来なくなったんだ」



みんなの表情が固まるのを高木は見逃さなかった。


そして、すぐに高木の方を窺うように誰かが言葉を漏らした。


美希「社長、そういう冗談良くないと思うな」

美希がそう言ってから、みんな口々に高木に向けて言葉をぶつけてきた。

響「そ、そうだよ! 自分、びっくりしちゃった!」

貴音「真、驚きました」

高木の冗談と受け取ったものがそう呟きだす。

真「雪歩、そこにある雑誌とってくれない?」

雪歩「はい、真ちゃん」

あるものは、聞き入れないといった態度を見せていた。


高木「これは、事実だ」


だから、二度目の言葉にみんなは目を見開いたのだ。


あずさ「……本当なんですか?」

あずさがそう問いかけ、高木が頷くと皆動揺するように顔を見合っていた。

律子「皆、ちょっと落ち着いて」

そんなとき、律子がそんなアイドル達を静止させる。

だが、聞き入れないものもいた。

真美「りっちゃん! どういうことだよー!」

亜美「絶対こんなのおかしいよ!」

律子「ちゃんと説明しなさいよ!」

紛糾したアイドル達が怒号を飛ばす。

そのとき、事務所の奥からプロデューサーと小鳥が姿を現した。


P「みんな、これは本当のことだ」

落ち着いてよく聞いて欲しい、と付け加えると隣りの小鳥に目配せをした。

小鳥は頷くと、一から説明を始めた。

一言で言えば、『765プロが他の企業から買収された』ということだった。

買収された、と言えば何故そうなったのか? という疑問が必ず湧き上がってくるだろう。

この件に関していえば、より複雑な事情が絡んできていた。

つまり765プロの株式がとある事業団体の手によって吸収されてしまったのだ。

この原因となったのは、765プロが全国的に展開するきっかけとなった『765プロ感謝祭ライブ』が関係していた。


高木はこのライブに向けて、あらかじめ資金集めということで株式を昔から友好を結んでいた企業に株式を売却していた。

これによって資金を獲得し、ライブを行ったのだ。

しかし、これが全ての元凶でもあった。

高木の算段では、ライブ後に売却した株式は全て買い戻す予定だった。

しかし、それは叶わなかった。

『346プロダクション』という同じアイドル事務所の手によって株式が買収されていたのだ。

これにより765プロの活動の実権は346プロの手に渡ることになった。

最低限の株式を手に残すべきだったと反発を受けた高木だったが、

どうしてもライブを成功させたいと願うあまり、当初よりも多くの資金を使うことになってしまったのだと言った。



この言葉にアイドル達は呆然としていた。

346プロの目的は新たに芸能界に浮上してきた765プロダクションという小さな事務所の芽を摘むことだったのだ。

そしてその首謀者こそが――美城常務だった。

美城は裏に根回しをして、ライバルを消す手立ても考えていたのだ。

これによって、765プロは無期限の活動停止に陥った。


* * *


千早「これが内部しか知らない765プロ失踪の実態よ」

武内P「そんなことが……」

武内は思わず言葉を漏らしていた。

自分の所属する事業が、あの765プロを買収することで自らの地位を保っていたなんて。

未だに千早の言うことが信じられずにいた。

P「これが『過去』の話。そしてこれから話すことが、『今』の話です」

男はそう言うと、千早から会話のバトンを受け取った。

P「今、自分たちはこの421(みなし)プロダクションという事務所を立ち上げて活動をしています。この事務所が出来たのもほんの最近のことですがね」

卯月「みなし……?」

千早「私たちは本来765プロだからね。だからこの事務所は仮の場所なの」


421は、765と346の大きい方の数を引いた数字の羅列だと男は言った。

なるほど、3がないから『みなし』ということなのだろう。

みなしとは仮の姿であるという意味である、本来の姿は765プロなのだからそれは当然のことだ。

これはある意味で、346に向けた宣戦布告と言う意味も込められているのだろうか。

武内はもう一度男の顔を眺めた。


P「そして、この事務所を立ち上げた目的こそ――765プロの再建なんです」

男は熱心な顔つきでそう言葉にした。

武内P「再建、ですか?」

P「346プロに奪われた株式を取り戻し、再びあの頃の765プロを取り戻すのがこちら側の目的です」

男の言うことを武内はすぐに理解した。

つまり、男は346プロの内部に協力者を必要としていたのだ。

765プロが346プロの手に落ちたというならば、346プロ内部に仲間を作る必要がある。

男はそれを武内に頼みたい、とそう持ちかけているのだ。


武内P「……ですが、それだとこちら側のリスクが高すぎるのでは」

美城常務に立てつくということが346プロ内部でどういうことを意味するのか、武内は分かっていた。

どんなときでも力のあるものはその力を利用することが出来る。

今回のこの件に関して、仮に765プロ再建よりも前に発覚してしまったとすれば、武内の処遇がどうなってしまうのか?

武内はそのことを心配していた。

P「……確かに、それはその通りです。こちら側だけの意見を通すと言うのはそれはただの依存でしかないでしょう」

男もまた武内の心の中を汲んでくれていた。

そのうえで、もう一つの提案を持ちかけてきた。


P「シンデレラプロジェクト……という企画があると今日のライブで見かけました」

どきりと武内は心臓を飛び跳ねさせた。

P「それはまだプレの企画であると言うことも事前の説明でなされていましたね」

そうだ、今日のライブではそこまで話していた。武内は男の言葉に頷く。

P「私の見解では、その企画が未だプレであるという理由は……美城常務にあるのではないですか?」

男の指摘は的を射ていた。

武内P「その通りです。私の企画したシンデレラプロジェクトはまだスタートも出来ていません」

武内の隣に座っていた三人も顔を曇らせる。


P「それはずっとプレのままなんですか?」

武内P「いえ、半年後の『Battle of the idol's spirit』というアイドルフェスティバルで優勝できれば――」

P「今の話、聞いたか千早」

千早「はい。聞きました」

武内の言葉はまるで引き出されたかのように思えた。それほどまでに流れるような応対だった。

P「おーい、ちょっとこっちに来てくれないか」

武内P「あの……どういう」

男の呼びかけがして少し経ってから、奥の部屋から二人の少女が顔を出した。




伊織「つまり、そのフェスティバルがアンタたちにとって大事なのよね?」


響「だったら、自分たちがその手伝いをするさー!」



奥から出てきたのは、水瀬伊織、そして我那覇響だった。

どちらも765プロのアイドル達であった。

卯月「も、もしかしてさっきのライブは……」

伊織「そうよ。仮面を被って踊るなんて本当は嫌だったんだけどね」

千早「仕方ないでしょ。活動するにも目をつけられると困るんだから」

凛「目をつけられる?」

響「自分たち結構売れちゃってたみたいで、そんな自分たちがまた芸能界に復帰したってなったらまた美城って人に目つけられちゃうぞ」

未央「な、なるほど……」

三人が動揺する中、彼女らが言った言葉を武内はもう一度聞き返す。


武内P「手伝うとは……?」

P「彼女たちは、あれでもトップアイドルに匹敵する実力を持ってますからね」

伊織「あれでも、って何よ!」

響「もっと言い方選ぼうよ!」

後ろで喚き散らかす少女たちを宥めると、再び男は武内に向き直した。

P「つまり、同盟を結ぶんですよ」

武内P「同盟、ですか?」

P「自分たちは765プロを再建するために346プロに内通する人を求めている。そちらはそのフェスティバルで優勝することでプロジェクトを始動することが目的ですよね」


卯月達はそのとき千早たちが穏やかに微笑んでいることに気付いた。


P「我々はあなたたちにアイドルとしての特別指導を行いましょう。そして、あなたたちは我々に346プロに内通する協力者となってもらう、という同盟です」

男の表情からそれは冗談なんかではないということがうかがえた。

P「向かうべき敵はお互い同じはずです」

男は真摯な瞳で武内の顔を眺めた。

P「どうですか」

念押し、というように男は問いただす。

卯月「プロデューサーさん……」

卯月が不安そうに武内を呼ぶ。

……武内は内心、決めあぐねていた。

自分の上司を裏切り、別の事務所に手をのばそうとしている。

これが本当に正しいことなのか。

武内には分からなかった。


未央「……やろうよ」

そのとき、未央は深刻そうな顔でそう呟いた。

武内P「本田さん……」

未央「だって、先に悪いことしたのはこっちなんでしょ? だったらそんなのおかしいよ!」

未央は立ち上がり、そう叫んだ。

未央の言うことは最もだった。

だが、芸能界とはそういう場所だ。

武内はそれを知っていた。

弱者は早々に消えていかなければならない。

それはずっと昔から変わらない事実だった。


凛「……私もそう思う」

だが、凛もそう言葉にした。

346プロダクションとして決断を下した決定に対して、その部下である自分が動いていいのだろうか。

しかし、自分の受け持つアイドル達は真っ直ぐな言葉を自分に向けてきてくれている。

自分はどうすればいいのか、武内は揺れていた。

卯月「プロデューサーさん」

そのとき、卯月も二人と同じく口を開いた。

武内P「島村さん……」

卯月「……わ、私がこんなことを言っていいのかもわかりません。でも――」

おどおどとした態度の卯月は、意を決したかのようにぐっと握り拳を作った。



卯月「私、半年後のフェスティバルで優勝したいです!」


――その言葉が、武内の心を打った。



そうだ、自分が臆していたのはその立場を上司に握られていたからだ。

こんなにも真っ直ぐに思いを伝えてくれているアイドルの意志を捻じ曲げることが出来るだろうか?

……考えるまでもない。




武内P「……分かりました。その話、お引き受けいたします」



こうして、421プロと346プロによる盟約が結ばれることになった。





P「……ここから、反撃といきますか」



男はにやりと笑い、武内と握手を交わした。





今日はここまでです。

次の更新もよろしくお願いします。


[己と向き合う瞬間]


千早「私が担当するのは島村さんね」

卯月「よ、よろしくお願いします」

今日は421プロによる特訓が待っていた。

421プロの話では、一人のアイドルに一人の指導をつけるということであった。

卯月がついてもらうことになったのは如月千早であった。

千早「私は歌を中心に見ていくわ」

卯月「歌、ですか?」

卯月は正直言って、千早ほどの歌唱力があるとは自分では思っていなかった。

そのため、421プロのプロデューサーが千早を卯月に当てると言ったとき、初めは驚いてしまった。


卯月『なんで、私に千早さんを?』

P『ああ、それはだね。島村さんが千早が仲の良い友人によく似ているからだよ』

説明がそれだけだったために、卯月は余計に混乱していた。

千早さんが仲の良い人……それは。


千早「今のnew generationsに足りないのは観客をひきつける歌唱力だと私は思うの」

卯月「歌唱力……」

たしかにあの時の421プロの人たちのライブでは箱全体に響き渡るような歌声が聞こえてきていた。

肺活量一つにしても、今の自分たちでは及ばないだろう。

千早「歌だけじゃないわ。声っていうものは、ライブをするうえで最も重要なの」

そう言うと、千早はその歌声を響かせた。

卯月はそれに魅了されたかのように眺めていた。

千早「自分自身が楽器になったつもりで、遠くに音を届けないと。マイクの音量を上げただけではこれはきっと叶わないわ」

卯月は頷くと、千早に言われたとおりに発声練習を始めた。


千早「そこはもっとのびやかに」

卯月「は、はい!」

千早の指導は的確で、かつ音をしっかりをとらえていた。

卯月の音程が若干揺れると、それを正すための方法を語った。

それに従い、卯月は少しずつ自分の音を修正していく。


千早「そこはもっとのびやかに」

卯月「は、はい!」

千早の指導は的確で、かつ音をしっかりをとらえていた。

卯月の音程が若干揺れると、それを正すための方法を語った。

それに従い、卯月は少しずつ自分の音を修正していく。


千早「そう、立つときは根を張るような感覚で」

千早「違うわ。今のは喉で音を出していた。お腹からよ」

千早「声が揺れてるわ。もっと安定させて」

千早は厳しくも優しく卯月を指導してくれた。

そんな指導もあってか、卯月の歌唱力は飛躍的な成長を遂げていた。

もちろん、歌だけではない。

ダンスについても千早はしっかりと手ほどきをしてくれた。

卯月はよく動きが遅くなってしまうため、そんなときはゆっくりのテンポから徐々に速くしていくという手法をとった。

何度も何度も繰り返すことで、卯月は見る見るうちに変化していった。


そんなある日のことだった。

卯月「他の765プロの方はどうされているんですか?」

それは卯月にしてみればほんの興味からの質問だった。

だが、そんな卯月の気持ちに反して、千早は顔を曇らせたのだ。

卯月「あ、ご、ごめんなさい……」

千早「いえ、いいの」

卯月が謝ると、千早はレッスンを早めに切り上げましょうと提案した。

そして卯月はレッスン場の近くの公園で千早と二人、夕暮の空を眺めていた。


千早「……765プロがなくなってからの話はしていなかったわね」

千早はその重たい口を開いた。

卯月は千早の話を黙って聞いていた。

千早「元765プロでもう一度、アイドル事務所で活動をしようってなったとき、それに賛同してくれたのが今の伊織と響だったの」

卯月「他のみなさんは……」

千早「そうね、みんなアイドルをやめちゃったわ。やっぱり、みんな765プロっていう場所が好きだったんだと思うの。メンバーが同じだとしても、それはやっぱりどこか違く見えるでしょ?」


卯月は小さくうなずく。

千早「私たちは、それを引き止めなかった。そして今もこうやってアイドル活動をしている。それだけよ」

卯月「そうだったんですね……」

当時の765プロでの葛藤は確かにそこにあったのだろう。

だが千早はその苦悩を口から漏らさなかった。


千早「ただ……気がかりなこともあって」

卯月「気がかりなことですか?」

千早は両手を握りしめると俯いた。

千早「765プロが解散してから、連絡がつかない子もいてね」

卯月「それは……」

千早「私の親友もそうだった」

千早は初めて苦しそうな顔を見せた。


千早「家に行ってみたのだけれど、もう既に家も転居していたわ」

卯月「そんな!」

卯月は驚愕の声を上げた。

千早「メールも電話もつながらない。もう、私にはどうすることも出来ないの」

千早はそう言うと下を向いた。

千早「だから、今は765プロをもう一度取り戻すために、ただそれだけを目的にしているわ。……そうしたら、またみんな戻って来てくれるかもしれないから」

そう言う千早の瞳は揺れていた。

千早はきっとそれが実現するのかどうかという確信が持てなかったのだ。


卯月はそれを悟ると、遠く向こうの夕日を眺めた。

――自分には何が出来るだろうか。

フェスに向けて力をつけていく一方でいつもそんなことを考えていた。

本当にこのままの自分でいいのだろうか。

その問いに答えてくれる人はいない。

そう、答えを見つけるのはいつだって自分自身だ。

今はただ、がむしゃらになって真っ直ぐに伸びた道を進むしかない。

卯月は心でそう決心した。


――――
――



レッスンから二か月ほど経った某日。

今日は421プロに皆が集まっていた。

武内P「これが、今度のフェスティバルに出場するアイドル達になります」

武内が差し出した紙には、錚々たるメンバーが連なっていた。

未央「うわー。うちからはAge16もロッキングガールも出るのかあ……。あっ、カワイイボクと142'sも!」

凛「アンダーザデスクとかもいるね」

卯月「どれも今、346プロから売り出してるユニットですよね……」

三人はすぐに溜息をついた。

既に成功しているユニットと戦うということがどれほど大変かということを想像してしまったからだ。


武内P「無理もありません。美城常務の打ち出したユニットはどれも確かな実績を収めていますから」

武内の一言に、さらに三人は肩を落とした。

こんな相手に自分たちは果たして優勝が出来ると言うのだろうか。

346プロダクションだけではない、他の事務所のアイドルもいるというのに……。

伊織「何をそんなに弱気になってるのよ。アンタ達、指導してるのが誰だか分かってるの?」

そんな三人に伊織が怒りを露わにする。

響「い、伊織……。そんなに怒らなくても」

伊織「響もなんでそんなに引け腰なのよ! 私たちもこのライブに参加するってわかってるの?」

卯月「……え?」

伊織の言葉に一同が唖然と口を開いた。


千早「どうかしたの?」

凛「421プロもフェスに出るの?」

千早「ええ、言ってなかったかしら?」

未央「ええええええ!?」

当然、と言ったように421プロの三人は首を縦に振った。

P「ちゃんと説明してなかったんですか?」

武内P「……すっかり忘れていました」

武内は申し訳なさそうに頭を下げた。


武内P「皆さん、心配しないでください。このフェスでは私たちは仲間です」

武内が狼狽する三人を宥めようと声をかける。

卯月「と、とはいっても……。もしもフェスで当たってしまったら……」

P「それに関しては心配いらないよ。ほら、トーナメント表を見てごらん」

卯月達が男の指し示す紙を覗き見ると、そこには421プロとnew generationsは完全に別ブロックになっていた。

P「ちょっと細工をさせてもらってね。自分たちが当たるとすれば決勝と言うことになる」

男は自信満々にそう言ってのけた。


つまり、こういうことだ。

フェスは第一ブロックと第二ブロックごとのトーナメントで行われる。

そして、そのブロックごとに勝者を決めていき、最終的に第一ブロックと第二ブロックとで排出された勝者同士が闘い優勝者を決定するということだった。

そして武内による346プロでの内部工作によって、トーナメント表のメンバー割り当てを決める際にあらかじめnew generationsと421プロのメンバーはブロックを分けるように誘導させておいたのだ。

仮に決勝戦に当たることがあったとしても、そこで421プロは出場を辞退すると言っていた。

これによって二つのチームが消し合うということはなかった。


未央「でも、なんで421プロも出場するの?」

未央はふとした疑問を男に対してぶつけた。

P「……うん、自分たちも本当は出るつもりはなかったんだけどね。これを見てくれないかな」

そう言うと、男はトーナメント表を指さした。

凛「これって……」

P「ああ、346プロ――美城によって決められた新たなユニットチームだ」


そこには『765』とだけ書かれたチームがあった。


P「恐らく、美城はこのフェスで何か仕掛けてこようとしているに違いない」

武内P「すでにこちらの募集用紙を見て、421プロの存在は発覚しているでしょう」

そう、ここで考えられるのはただ一つ。

千早「春香たちが……このフェスに出てくるということね」

千早の言葉に男は頷いた。


――――
――



美城は事務所内で微かに笑みを浮かべていた。

ついに自分の所業が認められる日が来たということに優越感を感じていたのだ。

美城「いよいよ、というところかしら」

このフェスティバルが終わったとき、346プロ内部で自分に反抗する者は消えるだろう。

アイドルによる魂の戦い? それは間違っている。

これは見せしめの戦いなのだから。


美城「入っていらっしゃい」

美城が扉の外に呼びかけると、三人の少女たちが姿を見せた。

美城「さあ、この一年で磨き上げたあなたたちの力を存分に見せてもらいましょうか」



春香「頑張ります」

美希「任せてなの!」

真「バッチリですよ」



三人の少女は少しだけ微笑んで見せた。

そう、これは魂の戦いではない。

気高きアイドルによる誇りの戦いなのだ。



美城「ふふ」

もう一度、美城は歪んだ笑みを見せた。



一旦、ここまで。

次の次くらいからフェス編始まります。

読んでる人いたら少しの間待っていてください。


[招集]

真美「ねえ、亜美。こんな手紙が来てたんだけど」

亜美「なにこれ」

真美「なんか、野外フェスの招待チケットだってさ」

亜美「ふーん。また、なんで亜美たちに?」

真美「それが、差出人見てよ」

亜美「……あ、これって」

真美「どうする?」

亜美「……真美は?」

真美「まあ、うん。ちょっと行きにくいけど……行ってもいいかなって」

亜美「真美がそう言うなら……亜美も……」




あずさ「あらあら、こんなもの貰っちゃっていいのかしら?」





律子「……野外フェスね」





やよい「これ、どうしよう……」





貴音「真、面妖な」





雪歩「うう……みんな行くのかな……」



[仕組まれた戦い]

あれからどれくらいの時間が経っただろうか。

未央「……なんか、あっという間だったよね」

何度曲を練習し、そして421プロと練習をしたか。

凛「そうだね」

自分たちはあの頃とは比べ物にはならないくらい成長していた。


武内P「みなさん、顔つきが全く変わりました」

武内が言うように、三人は確かな成長を遂げていた。

未央には響がつき、ダンスを中心に練習をしていた。

また、凛には伊織がついたおかげか凛には内からセンスが光る様になっていた。



そして――。


卯月「やっとここまできました」



卯月は、誇らしげに笑った。

三人の中で、誰が最も成長したかと問われれば誰もがこう口にするはずだ。

そう、『島村卯月』と。


武内P「それでは皆さん、私はこれで」

楽屋に案内された後、武内はおずおずとその場を去った。

それに返事をすると、卯月達は周りを見回す。



幸子「ボク、今日はかなり可愛いと思うんですけどどうですかね。あ、いつも可愛いですけどね? 今日は特にかわいいと思うんですよ」

小梅「う、うん。いいと思うよ」

輝子「そんなことよりキノコはどこ……」



李衣菜「やっぱり野外フェスってロックだよね」

莉嘉「うんうん、ちょーロック!」

かな子「二人とも、お菓子でも食べない?」



今回のフェスは346プロという括りで楽屋は一緒くたにされていた。

そのためか他の参加アイドル達の声はダイレクトに卯月達の耳に飛び込んできていた。


卯月「皆さん、ゆったりとしてますね」

凛「そうだね、割と緊張とかしてないみたい」

未央「まあ、私たちもそんな感じじゃん」

売れっ子アイドル達に囲まれながらも平然としていられるのは、過去の練習があったからだろう。




そう、今は確かな自信があった。



ここにいるアイドル達には絶対に負けないという熱い闘志が。




「第一ブロック―Aに出場される参加者の皆さんは舞台裏での準備をよろしくお願いします」

未央「いよいよだね」

凛「うん」

卯月「はい!」

三人は着替えを済ませ、すでに舞台裏で待機をしていた。

いよいよ、『Battle of the idol's spirit』が開催される。

少なからず感じる高揚感に酔いしれそうになっていた。


今回のフェスは、1st~7thまでのステージが区切られており、言わばロックフェス同様、時間ごとに出場するアイドルが分かれており、その時間内に自分たちのダンスや歌を披露するのだ。

アイドルが出てくるステージは少し距離があるため、一度離れてしまった観客はもう戻ってこないと思ってもいい。

つまりどれだけ観客を他のアイドルの元へ行かせないかということが重要になってくる。

観客を奪い合う、それがこのフェスでのバトルということだった。

スタッフ「それじゃあ、new generationsのみなさん準備の方よろしくお願いします」

三人「はい!」

スタッフの呼びかけに、三人はステージに駆けていった。


――――
――



――控室にて。

ひかり「どう思う?」

つばめ「何が?」

ひかり「new generationsのこと」

つばめ「ああ、そうね。凄いパフォーマンスよ。私たちとライブやったときとは大違いだもの」

ひかり「やっぱりそうよね……」

のぞみ「どうかしたの?」

ひかり「うん、new generationsの三人のパフォーマンスが凄いのにさ。ほら、これ見て」

のぞみ「うーん。あ、ほんとだ。お客さんの流れがイマイチだね」

つばめ「確かに……。これだけのダンスと歌を披露してるのに……」

のぞみ「でもロッキングガールとか他の346プロのアイドルユニットのところには人が集まってるみたいだけど……」

ひかり「なんだか、嫌な予感がするわね」


――――
――



――会場にて。

やよい「あっ! 亜美、真美! こっちこっち!」

真美「あ! やよいっちだ!」

亜美「やよいっち! ひっさしぶりー!」

律子「ちょっとあんた達、人が多いんだから走ってこないでよ」

あずさ「まあまあ律子さん。そんなに怒らないで」

雪歩「貴音さん、ここ人が多いです……」

貴音「臆することはありません。流れに身を任せ、優雅に舞うのです」

元765プロの一同は野外フェスの会場に訪れていた。

人がごった返すようにそこら中に介在していた。


やよい「やっぱり人が多いですねー」

あずさ「そうねえ。皆で見に行くのはいいけど、どっちから行けばいいのかしら?」

律子「あずささんはそう言って迷子になるんですから、あまり動かないでくださいね」

亜美「んもー。りっちゃんもそういう怒り癖変わんないねー」

真美「ねー」



「あっ、いたいた!」

その時、ふと懐かしい声がかかり六人は振り返る。


真美「おー! 兄ちゃんだー!」

P「はあ、まさか本当に来てくれるとはな」

律子「プロデューサー殿が呼んだんですよ?」

P「まあそうなんだけどさ」

亜美「それで、これからどっか行くの?」

P「あっ、そうそう。こうしちゃいられない。ちょっと皆急いでこっちに来てくれ!」


そう言うと各々状況が飲み込めない中で、プロデューサーの後を追いかけることになった。



雪歩「これって……」

P「やっぱり、皆の目にもそう映るか……」

真美「兄ちゃん、なんでこっちはこんなに人が少ないの?」

P「まだ開始して間もないんだけどな……」


そう、new generationsが歌うステージの前、つまり観客席にはほとんど人が居なかったのだ。


やよい「でも、三人ともすごい上手なのに……」

やよいの言う通り、三人の息はぴったり揃っていた。

そして、そのパフォーマンスも素晴らしい出来だったはずだ。

なのにこんなことが起きてしまったのには、必ず原因があるはずだった。

それは――。

P「また何か企みを働いたのか……」

プロデューサーは渋い顔をした。

そう、恐らくこれは……。


――――
――



美城「フェスティバルの様子はどうなの」

美城がそう言うと、「動員数は20000人ほどだそうです」と誰かが答えた。

美城「そう……ステージの盛り上がりは?」

「はい、今は第一ブロック-Aですが、346プロのロッキングガールが最大動員数を記録している途中です」

Aは七つのユニットが介していたはずだった。

その中でも346プロから排出したのはロッキングガールと、new generationsのはず。

美城は微笑を浮かべた。


美城「new generationsの方はどうなっているの」

「はい、こちらは逆に動員数は最も低いです」

美城「そう……」

美城は外を眺めた。

今、この瞬間にアイドル達が鍔迫り合いのような戦いを繰り広げている。

……自分はそれを少し操ればいいだけだ。

美城はまた小さく口角を上げた。


――――
――



P「恐らく、外部からの工作を仕掛けられていると思います」

武内P「外部工作、ですか」

P「はい、恐らくその首謀者は……」

武内P「美城常務だと……言うのですね」

武内は顔を曇らせた。


そう、new generationsのパフォーマンスが完成されているのにも関わらず、この動員数の少なさということは、そこには何者かの手が介入していることが考えられた。

恐らく、この観客の中に美城の息がかかった者が紛れ込んでいるのだろう。

そいつらが塊となってステージへと向かうことで、他の観客もつられてそっちへ向かうという具合だろう。

……それを仕掛けてくるということを頭に置いておかなかったということは自分の責任だ。

男は自らを責めたてる。


しかし、アピールタイムは40分だけだ。

もう既に半分は経過している。

今から観客を取り戻し始めても遅いかもしれない。

何か、何か算段があれば……。

武内P「あの……」

そのとき、武内が口を開いた

P「どうかしましたか」

武内P「私に一つ提案があります」

武内はギラギラとした目つきでそう言った。


――――
――



――控室にて。

響「うがー! new generationsの皆が頑張ってるのに自分何もしてやれないなんてー!」

伊織「そんなこと言ってもしょうがないでしょ。私たちももうすぐ出番なんだから」

千早はそんな二人を眺めつつも、心配そうな目つきでモニタに目を移した。

千早「……待って、これ見て」

そのとき、中継のモニタが映していたのはnew generationsのステージだった。

響「あれ、なんかさっきよりお客さん増えてない?」

伊織「ほんとね……」

千早は今懸命に歌っている卯月達のことを想起した。

……頑張って。

願うように千早は目を閉じた。


――――
――



どれだけ歌っても、どれだけ踊っても、お客さんが見に来てくれない。

卯月は今にも息が切れそうになっていた。

横を見ると、凛も未央も同じように息を切らしていた。

あれだけ練習を重ねたはずなのに、あれだけ特訓してもらったのに。

なのに、誰も見てくれない。

誰も自分たちを見てくれない。

……どれだけ頑張っても、誰も見てくれないのならそれはやる意味がないのではないか。


違う、と頭を振る。

頭では分かっているつもりだった。

だけど、心ではどこか不安だった。

もしもこのまま時間が過ぎてしまえば、このユニットは解散してしまう。

卯月は泣きそうになりながら、今いるお客さんを帰さないために懸命に踊った。

卯月「ありがとうございます!」

三曲目が終わったとき、もう観客の数は指で数えられる程度だった。

まばらな拍手が鳴り響く中、三人は四曲目を歌おうとマイクを構える。





もう、ここまでなのかもしれない。




泣きそうになりながら、卯月が顔を下げた――その瞬間だった。





男「765プロが教えた子たちがいるんだって」

男2「マジで? new generationsって初めて聞いたけど……」

女「さっき、向こうで凄い宣伝してたよね」

女2「やよいちゃんにサイン貰っちゃったよー」




ぞろぞろと、自分たちのステージに人が増え始めていたのだ。




卯月「これって……」

自分たちのステージに向かって人が雪崩れるように集まって来ていた。

三人は顔を見合わせる。


男「でも、やっぱり765プロのアイドルってオーラがあったんだなってわかるよな」

男2「一目で分かったよなあ」




何が起きていると言うのか、卯月は目を瞬かせた。




凛「卯月」


その時、横から凛の声がかかり卯月はそちらに顔を向ける。



凛「今からだよ」



凛はマイクを握りしめる。



凛「ここからが――私たちの反撃」



そう言うと凛は来てくれたお客さんに向けて声を出した。



未央もそれに続き、観客を煽り出した。





ならば、自分は?


いつまでも泣いてはいられない。


――そうだ、ここからが私たちの戦いなのだから。


卯月「それでは四曲目は『できたてEvo! Revo! Generation!』です!」



BGMがかかりだし、卯月は少しだけ笑う。




そうだ、ここからが私たちの戦いだ。




もう一度、自分に向けてそう言い聞かせた。



――――
――



武内P「みなさん、お疲れ様でした」

未央「クタクタだよー」

凛「疲れた……」

二人が目を細める中で、卯月は一つの疑問を武内に投げかけた。

卯月「プロデューサーさん、なんで私たちのステージに急に人が増えたんでしょうか?」

卯月の質問を受け止め、武内は言葉を返す。

武内P「実はですね……」

武内は事の真相を三人に話した。


* * *

真美「皆さん、お久しぶりでーす! 双海亜美でーす!」

亜美「双海真美でーす」

亜美、真美「いや、アンタは亜美(真美)でしょーが!」

やよい「向こうのステージで踊ってるのは私たち765プロの教えた子たちなんですよー」

あずさ「あらあらー。サインあげたらあっちのステージ見に言って貰えるかしらー」

律子「あずささん、ペン持ってるんですか? ……え、私も? 物好きな方もいらっしゃるんですね」

雪歩「うう……男の人がたくさんいますぅ……」

貴音「真、面妖な事態になりました」

* * *


未央「それじゃあ、765プロのみんなが助けてくれたっていうこと?」

武内P「そうなります」

凛「そっか、そうだったんだ」

未央と凛は嬉しそうに微笑んでいた。

そう、あのときの765プロの助けがあったから、動員数は何とか首位になることが出来たのだ。

きっと自分たちだけの力では、予選Aを勝ち抜くことは出来なかっただろう。

そう思うと、卯月はほっと一息をついた。


武内P「予選が終わりましたが、皆さんのトーナメントは終わっていません」

未央「そうだね。こっからが勝負だよね」

凛「あと、もう一回勝ち上がったら……」

卯月「決勝戦です!」

武内は内心ほっとしていた。


恐らく、外部工作が通じたのはnew generationsがまだほとんど無名なグループであるからに他ならなかった。

しかし、こうして346プロの有するアイドル達や他の事務所のアイドルを押しのけて予選を通過した今では、注目を集めることも出来るはずだ。

そうすれば、あとは三人の実力があれば……きっと上手くいくだろう。

武内P「みなさんの健闘を祈っています」

武内は静かに微笑んだ。


――――
――



美城「ほう、new generationsが予選を通過したと」

美城は少しだけ意外そうな顔を見せた。

そして小手先だけの細工が通じないと分かるとにやりと微笑んだ。

美城「少しは手ごたえのある子たちを持ってきたみたいね」

美城は窓を眺める。

そう、予選は通過したかもしれない。

だが、その先に待っているのは――聳え立つ巨塔だ。


今西「嬉しそうだね」

美城「ええ」

今西が話しかけても美城はあまり反応を示さなかった。

今西「君は、どうにも目の前のことにばかり夢中になる癖がある」

美城「…………」

今度は今西への返事はなかった。

今西は「それではね」と一言いうと、美城の元を去った。




今西「本当に……悪い癖だ」


一枚の書類を眺め、今西はもう一度そう呟いた。



一旦ここまで。

書き終わる頃には、今までで一番長くなってそうな気がします。


[そして獣は進化する]


激闘の第一ブロック-Aが終わった後もフェスは順調に進んでいた。

今回のトーナメントでは第一ブロック、そして第二ブロックとでA~Gまでの予選があった。

つまり、総勢98組が予選において7組に絞られる。

その後、準決勝で1組が排出され、最終的に第一ブロックと第二ブロックとの勝者が競い合うのだ。

敗北を喫したアイドルはその時点で敗退となる。

そう、当たり前のことだが勝者が居れば敗者がいるのだ。


P「……正直俺は驚いていますよ」

男の一言に武内は振り向いた。

P「予選通過は765の力添えがあったとしても、観客を惹きつけたのは彼女たちの力です」

武内P「…………」

P「個々の力が合わさりnew generationsはさらに進化しています」

武内P「……そうですね」

武内は遠巻きに彼女たちの方を眺めた。

まだ無垢な少女たちにあれほどまでの力が備わっていた。

それは、この半年間の鍛錬の賜物であったことを武内は十分に理解していた。


武内P「ですが、まだスタートラインから一歩踏み出したところです」

武内の言葉に男は少し意外そうな顔を見せる。

P「これだけでも十分すごいと思いますけどね」

武内P「はい。ですが、私たちが目指す場所は――」


そう、武内達の目指す場所はもっと先にあった。


……このフェスで優勝すること。


武内は、己の願望と共に、そのすべてを彼女たちに託したのだ。


P「……まいったな」


男は軽く項垂れた。


――手ごわいライバルが誕生しようとしていたのだから。




第一ブロックが終わると、それぞれA~Fの勝者が決まった。


346プロからの勝者はnew generationsを含め、三組排出された。



※訂正


第一ブロックが終わると、それぞれA~Gの勝者が決まった。


346プロからの勝者はnew generationsを含め、三組排出された。




予選D――アンダーザデスク


輝子「カワイイボクと142'sは負けちゃったけど……こっちで勝てばノープロブレム……フフ……」


乃々「準決勝で勝つなんて……むーりぃー……」


まゆ「勝ったら褒めてもらえる……勝ったら……褒めてもらえる……勝ったら……」




予選G――にゃん・にゃん・にゃん


みく「みく達が絶対優勝にゃー!」


のあ「……そうね」


アナスタシア「優勝、したいです」



P「なかなかの強者ぞろいってところですね」

武内P「ええ……」

どのユニットもテレビなどで活躍する有名なユニットだ。

だが、武内は確信していた。

彼女たちは必ず決勝戦まで進んでくれると。

武内P「彼女たちを信じますよ」

P「そうですね……」

男は遠くを眺め、そう呟いた。


――――
――




フェスは三日を通して行われることになっていた。


つまり初日が第一ブロックの予選、二日目が第二ブロックの予選、最終日が準決勝と決勝と言う日程で行われるのだ。


そして今日、二日目の第二ブロックも波乱が巻き起こっていた。


突如として現れた新生アイドル事務所である『421プロ』の快進撃が他のアイドル達の目を奪ったのだ。


第二ブロック-Bにおいて、『421プロ』はその圧倒的な力を見せつけていた。


卯月「凄いです……」

凛「…………」

未央「嘘でしょ……」

三人は控室でモニターを眺めながら各々そう呟いた。

そう、421プロはほとんどの観客をステージに引き寄せながらパフォーマンスを披露していたのだ。


卯月「…………」


――卯月はこのとき思い出していた。


半年前に見た小さなライブでの観客の怒号のような歓声を。

あれが今まさに、この大きな会場で繰り広げられている。

卯月は身震いをした。


「キャー! わー! わー!」


モニターの向こう側で盛大な歓声が飛び交うと、421プロの三人は仮面をかけたまま、ステージを後にした。

三人は、一気に脱力感に襲われる。


凛「正直……驚いた」

未央「……しまむーが前に見たのってこれのことだったんだね」

卯月は頷いた。

卯月「でも、今回はもっと気迫が増しています」

そうだ。

あの時とは違う。

今回のフェスでは、昔の仲間がステージにあがるかもしれない。

千早がそう言っていたことを思い返した。

それが彼女たちの原動力になろうとしていたのだ。


一気に雰囲気は落ち込むかと思われた――だが。

未央「私たちも負けてらんないね」

凛「そうだね」

卯月「はい! 421プロのみなさんよりもっと頑張りましょう!」

三人は力強くそう言葉にした。

誰よりも負けない闘志がそこにはあった。


――――
――



武内P「すごい熱量でした」

武内は思わずそんな感想を漏らした。

P「まあ、そうですね。彼女たちもこの日のために準備をしてきましたから」

男は照れくさそうにうなずいた。

武内P「予選通過は決まりましたが……」

P「ええ、分かっていますよ」

二人が懸念していたこと……それは最後の予選Gのことだった。

P「さて、本当にお出ましと行くんですかね」


男は呟きながら、トーナメント表を眺める。


そこには346プロダクション所属の『765』というユニットが書かれていた。



――――
――



美城「いよいよね」

美城は窓の外から観客たちを見下ろした。

美城「いよいよ始まるわ」

美城は薄く微笑んだ。


――――
――



「さあ、第二ブロックも残すところ予選Gのみとなりました!」

二日目の最後の予選、メインステージの司会がそう叫んだ。

P「お疲れ様、いいステージだったよ」

伊織「当たり前よ」

響「なんくるないさー」

千早「ありがとうございます」

予選を終えた421プロは男たちを含め、一堂に会していた。



そして――。



真美「あー! 三人とも久しぶりー!」

亜美「おっひさー!」

立ち尽くす三人の元に亜美と真美がやってきたのだ。

響「あ、亜美と真美!?」

伊織「あんたたち、なんでここにいるのよ!?」

驚く二人を傍目に、千早は亜美と真美の背後に立っていた四人を眺める。

千早「みんな……」

貴音「真、今日はいいステージでした」

雪歩「三人ともすごかったよー!」

律子「でもまさか仮面を被って出るなんてねえ」

やよい「かっこよかったですー!」


久しぶりに集まった765プロは男を中心に和気あいあいとした会話を繰り広げていた。

それを遠巻きに、346プロの四人は見ていた。

卯月「なんだか感動しちゃいました……」

凛「オーラがすごいあるよね」

未央「わ、私みんなのサイン貰ってきてもいいかな!」

未央がそう言って飛び出そうとするのを武内が静止した。


未央「プロデューサー?」

武内P「今は、あのままでいさせてあげましょう」

武内は遠くから彼女たちを眺めていた。

あんな風に自分たちもなれたら――。

武内は穏やかに微笑んだ。



そのときだった。


「うおー! 本当に765プロだー!」


誰かの声がしたのだ。


武内は目の前で固まっている彼女たちのことかと初めは思った。





そして、その声の方に振り返った。


振り返ったのだ。







春香「みなさーん! こんにちはー!」





そのステージの上には、天海春香が立っていた。


美希「今日は盛り上がっていこうね」


真「ボク達も一緒に盛り上がっていくからね!」


そう、そこには輝きの中で消えていったあの765プロの三人がステージ衣装に身を飾っていたのだ。



千早「は、春香……」

後ろの方で、千早の驚くような声がかかった。

ふとそのとき春香が千早の方を見つめたように思えたのを武内は見逃さなかった。


春香「……それじゃあ、まずは一曲目! 乙女よ大志を抱け!」


少しの間のあと、春香は腕を大きく振り上げ高らかに叫んだ。

その様は、もうトップアイドルに匹敵するほどの貫録だった。


P「……本当に来るとはね」

いつの間にか、男は武内の横に立っていた。

武内P「その……」

武内は何かを言おうとして、そして口ごもった。

男は、少しだけ、ほんの少しだけ怒りに満ちた様な目をしていたのだ。

武内は、ぐっと押し黙るともう一度ステージに向き直った。

春香の掛け声に合わせて、観客もヒートアップしていく。

コールもすさまじい位に響いてくる。


卯月「す、すごいです……」

伊織「……でも、まだ本気じゃないみたいね」

伊織の一言に卯月は振り返った。

響「まあ、体力の温存でもしてるのかな」

あっけらかんといった風に響は両手を後ろにくんだ。

未央「こ、これでまだ本気じゃないの?」

未央は武内に問いただす。

武内も内心動揺していた。

これの上があるというのか?


千早「いつもなら全力でやっていたはずなのに……手を抜くなんて……どうして……」

千早は、ぐっと歯を噛みしめた。

P「大方、上からの命令だろうな」

男はぐっと拳を握りしめた。



美希「次はー、Day of the futureなの!」


軽快なリズムが鳴り響く。


P「……千早、伊織、響。もう、いいな?」


男の言葉に三人は頷いた。


真「エージェント夜を往く!」


観客が恐ろしい位の盛り上がりを見せる。



やよい「もういいんですか?」

その場を後にしようとする四人にやよいがそう尋ねた。

P「ああ、もう十分だ」

男は優しく微笑む。

だが、その目はギラギラと燃えていた。

P「三人とも、次はこっちもあれ外していくぞ」

男の声に三人は頷いた。


亜美「あー、兄ちゃんどこいくんだよー!」

真美「真美たちもー!」

765プロの面々は、そんな男の後に続きその場を後にした。

取り残された346プロの四人は顔を見合わせる。

卯月「……準決勝、どうなってしまうんでしょうか」

卯月の独り言に誰も言葉を返さなかった。

いや、そうではない。

誰も返せなかったのだ。




春香「今日はみんなありがとー!」



また歓声が響いた。



――――
――



「『765』が予選を通過したようです」

美城「そう」

美城はあくまで平静を装い、そう答えた。

そうでなくては困る。

彼女たちは、この日のために準備した精鋭たちなのだから。


美城「明日が最後よ」

「……は、はあ。フェスは明日で最後ですが」

美城の耳にはもうそんな答えは届いていなかった。



いよいよだ。


――346プロはより進化する。


そのための準備が整おうとしていた。



一旦ここまでです。

それにしてもこんなに長くなるとは……。

明日くらいには全部書き上げたいです。


[魂の衝突]


そして、迎えた最終日。

三人のやる気は最高潮に達していた。

未央「準決勝だー!」

凛「いよいよだね」

卯月「島村卯月、頑張ります!」

武内P「みなさん、今日が最後です。頑張りましょう」

武内の一言に、三人は元気よく返事をした。


――別の場所にて。

P「第二ブロック、俺たちは……春香たちと戦うことになる」

男が重い口を開く。

伊織「……分かってるわよ」

響「なんくるないさー」

千早「はい」

三人はそれぞれ重圧を感じていた。



P「昨日言ったように――今日は、もう仮面はなしだ」



男がそう言うと、三人はともに頷いた。

P「お前たちの底力で、あいつらを驚かせてやれ」

男はにやりと笑った。



――とある部屋にて。


美城「今日で全てが決まる……分かってるわね」

美城が声をかけると、三人はそれぞれ頷く。

既に第一ブロックに出場する346プロのアイドルには念を押していたが……new generationsの勢いでは恐らく……。

そのために今日は最後の確認のために三人を呼んでいたのだ。


春香「はい、大丈夫です」

神妙な面持ちで、春香が答えた。

美城「私があなたたちをスカウトして、この346プロに呼び込んだその意味を、もう一度思い出してほしい」

美城は席から立ち上がると、カツカツとヒールを鳴らす。

美希「このフェスで、優勝すればいいんだよね?」

美希は髪をいじりながら、ぽつりと答えた。


美城「そう、その通り」

美城は三人の前に立ち止まる。

真「そのために頑張ってきたんだから、分かってますよ」

真がニコリと笑う。

それにつられて美城も口角を上げた。

美城「それでこそ、あなたたちよ」



役者はそろった――あとは、この戦いが全てを物語ってくれる。



……それに、421プロにも楽しいサプライズを用意した。



美城はぐっと拳を握りしめた。


――――
――



「さあ、今日が『Battle of the idol's spirit』最終日でーす!」

司会進行がそう叫ぶと、メインステージ前の観客は驚くほどの熱気を見せた。

武内P「今日が勝負ですね」

P「ええ、その通りです」

それを見つめながら、二人は小さく見合った。

全てをかけた決戦が……今始まる。


――控室にて。


卯月「いよいよですね……」

卯月はぐっと力をこめた。

肩が震える。

緊張ではない、これは武者震いだ。

そう、言い聞かせた。

凛「卯月」

そのとき、凛が卯月に声をかけた。


卯月「凛ちゃん?」

そちらを眺めると、凛が笑みを浮かべていた。

凛「色んなことを背負って今まで走ってきたけどさ……それが私のやるべき全部だと思ってたんだ」

卯月は首をかしげる。

凛「でも、本当はもっと単純なことだったんだよ」

凛は不敵な瞳を覗かせた。



凛「誰よりももっと上を目指したいって、今はそう思ってる」


卯月はぐっと足の上で拳をつくった。


卯月「わ、私も……」

未央「私たちみんなそうだよ!」

その声を未央が遮った。

卯月「未央ちゃん……」



未央「三人で力を合わせて、頂点に立つ! それが今やるべき全部でしょ?」



未央は高らかに叫んだ。

その言葉には何の曇りもなかった。



みく「優勝するのはみく達にゃ!」

そのとき、奥の方から声が届いた。

未央「み、みくにゃん……」

みく「そんな簡単に優勝は渡さないよ!」

アナスタシア「私たちも、気持ちは、一緒です」

のあ「……ええ、そうね」

呼応するように、部屋全体が熱くなるのを卯月は肌で感じていた。


そうだ、それを願っているのは自分たちだけではない。

この大会の優勝するということは、メディアへより注目を受けることが約束されていた。

それを経て、更なる高みを目指すものがいるのは当然のことだった。

未央「みんな、思いは同じみたいだね」

未央はそれに臆せず、そう言葉を放った。

みく「当たり前にゃ!」

誰もが思いをぶつけようとしている。

このフェスのために準備してきたのは皆同じことだ。




そう、これは魂の戦いなのだから。



卯月「……負けられませんね」

凛「そうだね」

卯月は心の中で誓った。



準決勝での戦いは、己の全てを出し切ろうと。



――――
――





「第一ブロックの勝者は……346プロのnew generationsとなりました!」



メインステージでそう司会が叫ぶと、観客はすさまじい盛り上がりを見せた。

武内P「……」

武内はそれを聞き、ぐっと拳を作った。

P「ついに、やりましたね」

武内P「……はい」

武内の心は揺れ動いていた。

ついに、ここまで辿りついた。

自然と武内の胸は熱くなった。


卯月「ありがとうございます!」

凛「決勝もよろしくね」

未央「またあとでねー!」

メインステージに上がり、手を振る三人は驚くほどの輝きを秘めていた。

P「第一ブロックの準決勝、他のアイドル達もすごかったですけどね……」

武内P「そうですね……」

そう、準決勝の争いは凄まじいものだった。

まさしく、それはアイドルによる凌ぎ合いと言っても過言ではなかった。

観客を奪い、そして奪い返す。

どのステージでも、その動員数は中盤まで変わらなかったほどだ。


P「最後は彼女たちの粘り勝ちってところですかね」

武内は頷いた。

三人は終盤まで、そのパフォーマンス力を落とすことなく、観客を盛り上げていたのだ。

他のアイドルは、やはり連続したダンスや歌によって疲れが出てしまっていた。

それが最後の決め手となり、彼女たちが勝利したのだ。

武内P「第二ブロックは……」

P「ええ、準備万端ですよ」

次は、いよいよ421プロと『765』との戦いだ。

男は依然としてギラギラとした瞳を携えていた。



「それでは、30分間の休憩のあと、第二ブロックの準決勝に移ります」


司会がそう言うと、男は武内の元から離れた。

武内P「ご武運をお祈りしています」

男は武内の激励に後ろを向いたまま、手を振っていた。



――ついに、決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。




――――
――



――舞台裏にて。


伊織「あんた達、分かってる? この準決勝で勝って、new generationsに優勝をあげるのよ?」

響「なんくるないさー! 自分、やる気に満ち溢れてるぞー!」

千早「ええ……そのつもりよ」

千早は気がかりだった。

春香たちが最後に見た時よりも、ずっと成長しているように思えたからだ。

これから同じフェスで戦うとき、それはどういうことになるのだろうか。

千早には答えが出せなかった。


伊織「千早?」

そんな千早に伊織が声をかける。

心配そうな顔をしている。

千早「大丈夫よ」



そう、大丈夫。



千早は何度も言い聞かせた。



――――
――




――別の舞台裏。


美希「これからミキ達、千早さんたちと戦うことになるんだよね?」

真「そうだね」

春香「……」

美希は少しだけステージの舞台を覗く。

美希「どうなると思う?」

美希は二人にそう問いかける。


真「そんなの――」

春香「勝たないと」

春香は力強く言った。

その声に一切迷いはなかった。

美希「そうだよね」

真「春香の言う通りだ」

二人も同調するように頷いた。

そうだ、このフェスで優勝することが春香たちにとってどれほど重要なことか、三人はよくわかっていた。



……346プロに入った理由も、そこにあったのだから。



――――
――




「第二ブロック、準決勝の開催でーす!」


メインステージで司会の煽る声が響き渡った。

421プロのステージは3rdステージ。

武内を含め、765プロの面々もそこで421プロの舞台の様子を見守っていた。

未央「いよいよだね……」

卯月「はい……なんだか、緊張します」

まだ演者がステージに立っていないにも関わらず、そこにいる全員が緊張感を肌で感じていた。


武内P「空気が冷たいですね」

律子「確かに……じきに降り出しそうな空です」

律子が空を仰いだ、そのときだった。


「うおー! 千早ちゃんが出てきたー!」

「えっ、421プロってもしかして765プロのアイドルが出てたの!?」

「いおりんとひびきんもいるぞー!」


舞台に出てきたのは、仮面を外した彼女たちだった。

観客はすぐに大きな歓声を上げた。


……最後の煽りは、どこかで聞いたことのあるような声だったが。



武内P「これは……」

P「まあ、ここらで解禁といこうかなと思いましてね」

男は不敵な笑みを浮かべた。

彼女たちが大きく手を振ると、呼応するように観客の声が共鳴した。

雪歩「凄い声援……」

あずさ「あらあらー、みんな立派ねえ」

亜美「あずさお姉ちゃんは、ちょっと暢気すぎるよ……」

真美「うおー! いおりーん!」

貴音「響、素晴らしい立ち姿です」

律子「あんた達ねえ……」

こちら側も大いに盛り上がりを見せていた。


伊織「それじゃあ、まずはこの曲……『自分REST@RT』!」

伊織の掛け声とともに、イントロが流れ出す。

一気に『765プロ感謝祭ライブ』のあの熱気が蘇るかのような盛り上がりを見せる。

凛「すごい歓声……」

卯月「これが……」

未央「765プロの実力……」

全てを解放した421プロの三人は、完璧なダンス、そして完璧な歌を披露していた。


やよい「かがやいたーすてーじにたーってはー」

真美「おやおやー、やよいっちが歌ってますぞお」

亜美「これはアイドル復帰も秒読みかあ?」

やよい「そんなに茶化さないでよー……」

やよいが膨れた顔を見せた。

律子「でも、こんなパフォーマンスを見せられちゃったら……」

あずさ「ちょっとそれもいいかなって思うわよねえ」

嬉しそうに二人は笑っていた。


千早「ありがとうございました」

歌を歌い終わると、千早が深々と礼をした。

そして顔を上げると、千早は自己紹介を始めた。

自分たちの所属している事務所のこと、そして今日は765プロの代表としてやって来ていることを告げると、観衆は大きな声援を送った。

千早はそれを噛みしめるように、頷くとマイクを掲げる。

千早「今日、私達は全ての終わりをつけにきました」

さっきまでの歓声が嘘のように静まり返る。





千早「それは……今、5thステージで歌っている『765』というユニットに――勝つことです」






その瞬間、湧き上がるような歓声が巻き起こった。


「765対765だってよ! めちゃくちゃ熱いじゃん!」

「俺、春香ちゃんも応援したいけど……でも、こっちも見たい」

「うおー! 千早ちゃーん!」


様々な声が飛び交い、それは大きな波に変わる。


武内P「これが……765プロ……」

武内は顔をこわばらせた。

雄々しい雰囲気を纏った少女たちは、今目の前で高らかにうたっている。

それが、先をゆく者だと考えるとひどく恐ろしく感じた。

千早「それじゃあ次は――」






千早が次の曲名を言いかけた――そのときだった。






「ワアアアアアアアアア!」


千早の声をかき消すような歓声が、『5thステージ』から響いてきたのだ。

卯月「こっちまで歓声が聞こえてくるなんて……」

卯月はすぐに声のした方を向いた。

あっちで何が起きていると言うのだろうか。

P「……俺、少し見に行ってきます」

すぐに男が駆けだすと、それに続いて卯月達も走っていく。

……不安が頭を掠めた。


――――
――



武内P「これは……」

卯月「……ま、まさか」

凛「……」

未央「……嘘でしょ」


四人は、5thステージに着いた瞬間にそう口にした。


男は呆然とその様子を眺めていた。



観客が、3rdステージの倍近く集まっていたのだ。




なぜ、こんなことが起きているのか?


男はすぐに美城の工作を疑った。


しかし、それが間違いだと気づいたのはステージに立つ春香たちを眺めた瞬間に気付いた。



「輝いた ステージに 立てば 最高の 気分を 味わえる」



春香たちは、421プロのセットリスト一曲目、『自分REST@RT』を歌っていたのだ。



P「……くそっ!」

してやられた、と男は壁を殴った。

未央「ど、どうしたの?」

動揺した未央が男にそう尋ねると、すぐに拳を開き、冷静な目つきに変わった。

P「……ああ、恐らく美城は俺たちのセットリストを見て、『765』に全く同じセットリストを当てたんだ」

男は口を開く。



P「次の曲はきっと……『GO MY WAY!! 』だ」


男が言った後、すぐに四人はステージに振り返った。


美希「次の曲はGO MY WAY!! なの!」


男の言う通り、セットリストは完全に模倣されていた。

武内P「しかし、なぜこのような真似を?」

P「ええ。曲を同じにすることで、パフォーマンスでの差を歴然とさせようと考えたんでしょう」

男の言うことは的を得ていた。




美城の思惑は、まさしく『二つのアイドル達の差を分かりやすく観衆に体感させること』だったのだ。




P「それにわざと曲を歌う時間をMCなどでずらすことで、うちが歌った後に歌うように仕向けているんですよ。その方が比較しやすいでしょうからね……」

男の顔は曇りきっていた。

卯月はもう一度、ステージを眺めた。

そこに立っていた三人は、421プロよりも鋭く、そして的確なダンスを踊っていた。

それは……421プロをも凌駕するほどの実力だったのだ。

P「戻りましょう……まだ終わったわけじゃない」

そう言う男の言葉にはもう既に覇気は感じられなかった。



卯月は一度、空を仰いだ。

曇天が、卯月を笑っていたような気がした。







――そして第二ブロック準決勝は、『765』の勝利で終わった。




――――
――



伊織「完敗ね……」

響「お客さんを留めることで精いっぱいだったさー」

千早「…………」

ライブ後の三人は俯いていた。

実際に春香たちのステージを見ていたわけではなかったが、その歓声が何度も3rdステージに飛んできたことを考えると……それは相当なものだったのだろう。

千早は悔しそうに唇をかんだ。


P「……よく頑張ったよ、お前たちは」

そんな彼女たちを宥めるようにして、男は微笑んだ。

そうだ、彼女たちは精一杯頑張ってくれた。

それだけで、男は嬉しかった。

千早「プロデューサー……でも……」

P「春香たちのことは心配しなくてもいい。俺がなんとかしてみせる」

千早「本当ですか……?」

P「ああ、もちろんだ」

男は千早の頭を撫でると、メインステージの方を眺めた。

……new generationsの三人が戦う『765』は手ごわいですよ。

心の中でそう呟くと、男は三人と共にその場を後にした。


――――
――



春香「はあ……はあ……」

春香は舞台裏で息を切らせていた。

激しくダンスを踊ったならば当たり前のことではあるが、それでも春香は鼓動を抑えるように胸を手で押さえた。

……千早ちゃん達に勝った。

その事実がまた、春香を苦しめていた。

美希「春香……? 大丈夫?」

真「酸素! これ吸って!」

真の手によって、酸素吸引をすると、春香は少し前のことを思い出していた。

ぼんやりと視界は暗くなった。


* * *

美城「765プロの天海春香だね」

いつのことだったか、春香は背の高い女の人に声をかけられた。

そのとき、すでに765プロは活動を休止していたため、春香は時間を持て余していたのだ。

美城「私はこういう者だ」

美城が見せた346プロダクションという名前に、春香はキッと目つきを変えた。

この人たちが、自分たちを苦しめた事務所の人だなんて!

春香は激高しそうなほど、気持ちを高ぶらせていた。

美城「警戒するのも分かるが、少し話を聞いて欲しいのだが」

そんなことを聞き入れるわけもなく、春香は踵を返す。

そのままそこを去ろうとした時だった。


美城「すでに、星井美希と菊地真はその話に乗っているんだがね」


美城の言葉に、春香は足を止めた。


美城「どうだ、聞く気になったか?」


その笑顔は、ひどく歪んで見えた。


美城の提案はこういうものだった。

つまり、346プロダクションが765プロダクションを差し押さえたのには理由があったのだ。

それは芸能界から春香たちを消すと言うことではなく、会社として春香たちをスカウトしたいと考えていたからだ。

その発言に、春香はさらに怒りを露わにした。

卑怯な手を使うなんて、と口荒く責めたてた。

しかし、美城はそんな春香の言葉を聞くわけでもなく、一つの提案をしたのだ。



美城「来年、346プロ主催で開かれるアイドルフェスがある。そこに出場してみるつもりはないか」


美城はさらにこう付け足した。



『そのアイドルフェスで優勝すれば、765プロの株式を全て返却する』と。



春香に差し出された契約書にも、それは明記されていた。



美城「どうかね」


春香にその瞬間、迷いが生じた。


――これが本当ならば、みんな元に戻るのではないか。


あの頃の765プロが戻ってくるのではないか。

春香はそう思ったのだ。

走馬灯のように、あの日の自分たちが蘇ってくる。



そして春香は――。



春香「分かりました……。お引き受けします」



頷いた。




それからの日々は一変した。

まずは、住所は346プロの近くの高級住宅街に移転させられ、連絡媒体は全て没収させられた。

アイドルフェスのため、そのためだけに毎日レッスンをさせられた。

そう、春香たちは美城の操り人形と成り果てたのだ。

身も心もすり減らしながら、三人で励まし合い乗り越えようとした。

全ては765プロのため、そう言い聞かせて……。

それだけを信じて……。


* * *


美希「春香?」

真「春香!」

春香が目を覚ました時、そこには真と美希が心配そうにこちらを眺めていた。

春香は身を起こすと、少しだけ微笑んだ。



春香「二人とも……、もうすぐだよ」



それだけ言ったのだ。



――――
――




「いよいよ決勝戦が始まろうとしています!」


司会の声が響いたとき、観衆の盛り上がりは最高潮に達した。


今、『765』と『new generations』が争おうとしている。


どちらが頂点に立つのか。


その戦いの最後は一体どうなろうと言うのか。



司会の煽りに、さらに歓声が上がった――。



書きだめが尽きました……。

恐らく明日、最終決戦を書きあげることが出来るはずので待っていてください。


[焦燥と決断]


――控室にて。


卯月「ど、どうしましょう……」


凛「どうするって言っても……」


未央「プロデューサーにも電話繋がらないよー!」


三人は頭を抱えていた。




もうすぐ決勝戦が始まると言うのにも関わらず――三人の衣装がどこにも見当たらなかったのだ。


すぐに美城の策略だと見破ったものの、打開する時間もなく絶望の淵に立たされていた。

「new generationsのみなさん、準備は出来てますか?」

そのとき、スタッフから声がかかる。

いまだ私服に身を包んだ三人を見て、スタッフは「もう少しですね」と一言言い残し、楽屋を去っていった。



卯月「スタッフの人に事情を話して……」

凛「それじゃあ、解決にはならないよ。こういうのはもっと上層部の人に言わないと」

卯月「だって、そんな……この企画の主催者って美城常務じゃ……」

凛「そんなの……私も分かってる! だけど!」

未央「しまむー! しぶりん! ちょっと落ち着いて!」

焦りを隠せなかった二人に向けて、未央は大きな声を出した。

思わず、身を固まらせる二人は未央の顔を窺った。

未央「今はそうやって言い合いしても仕方ないよ。……衣装がないなら、何か他のものを探さないと……」

未央は声を低くして、そう呟いた。



凛「……未央の言う通りだね」


卯月「はい……少し気が動転していました……」


三人は平静に落ち着くと、次にどうするかを考えることにした。



凛「やっぱりプロデューサーに連絡をつけてみたいとダメじゃないかな」

未央「でも、もう十分くらいしか時間ないよ」

卯月「……誰かの助けを貸してもらうのは難しそうですね」

未央「それじゃあ、いっそ私服で出ちゃうっていうのは」

凛「決勝戦だよ? 衣装が揃っていないと統一感が出ないよ」

卯月「統一感……統一感……」



未央と凛の問答を聞いているうちに、卯月は一つの答えを見つけた。



卯月「それじゃあ、これはどうですか?」

卯月が指さした方へ二人は顔を傾ける。

未央「しまむー! それ名案だよー!」

凛「この際、これでいくしか……」




卯月が指さしたその先には――このフェスで販売されていたTシャツが置かれていた。




次が最終決戦です。

しばしお待ちを。



[Battle of the idol's spirit]


――メインステージにて。


「『Battle of the idol's spirit』もついに決勝戦でーす!」

司会の声が響き渡ると、轟音が鳴り響いた。

この決勝戦を見に、実に20000人もの観客が押し寄せていたのだ。

正に、大地が揺れるような音がした。

「まずは、1stステージに立つのは――チーム『765』です!」

歓声とともに、春香たちはステージに姿を現した。


P「……すごい声援だ」

武内P「……ええ、驚きました」

二人は感嘆の声を漏らす。

春香「みなさーん! 盛り上がってますかー!」

春香の煽りに観客は大きな声を上げた。

亜美「うおー! はるるん、なんかすごいかっこいいじゃん!」

伊織「なに、バカなこと言ってるのよ。一応、私たちに勝ったんだから、そんなの当たり前でしょ!」


真美「いおりん……まだひきずってるんだ」

響「仕方ないよ、伊織今回のフェスに向けてすごい意気込んでたし」

あずさ「本当に残念だったわね~」

やよい「でも、伊織もすごい頑張ってたよ?」

伊織「ばっ、やよいそんなこと言わなくても……」

亜美「あれあれ~? いおりん、もしかして照れてます~?」

真美「いおりんもやよいっちには弱いですなあ~」

伊織「うるさいわね! そんなんじゃないわよ!」

貴音「ふふ、熱い戦いでした」

雪歩「私、まだドキドキしてますぅ……」

律子「まあ、それだけ春香たちも凄い練習を重ねたってことね」

律子の言う通りだと、みんなは頷いた。


千早「……春香」

千早は心配そうな声を漏らした。

ステージの上に立つ春香は、どこか無理をしたような顔をしているように見えたからだ。

……杞憂で終わればいいのだけれど。

千早はぎゅっと拳を握りしめた。


一通りのMCが終わると、いよいよnew generationsの入場となった。


「さあ、それでは2ndステージに立つ――チーム『new generations』の皆さんをおよびいたしましょう!」


司会がそう言うと、ステージに三人が姿を見せた。

しかし、ステージに上がってすぐに観客側がざわついた。


「なんで、フェスのTシャツ着てんの?」


「ステージ衣装はどうしたんだろう」


「似合ってるけど……なんかあったのかな」


口々に三人に対しての言葉を漏らしていく。



P「これは……?」

男が武内の顔を覗くと、武内も動揺を隠せないという態度を見せた。

武内P「もしや……」

P「衣装もか……くそっ!」

すぐに事情を察した二人は悪態をついた。

美城に二度ならず、三度も一杯食わされることになるとは思っていなかった。

しかし、衣装のない三人がキラキラとした笑顔を見せていたことに武内は気づいた。

いつの間にか、その笑顔に魅せられていた。



「えーと、衣装はフェスのTシャツを着ているけど……」


すかさず、フォローとして司会が衣装にツッコミをいれた。

卯月はマイクを握ると、口元に引き寄せた。

卯月「はい! 私たちは、このフェスに大切な思いを持ってやってきました」

シンと辺りが静まり返る。

卯月「まだデビューして間もないわたしたちですが、誰にも負けないという気持ちだけはどのアイドルにもないくらい強いです!」

少しずつ、観客が顔を見合わせ、「おお……」と感嘆の声を漏らし始める。

卯月はにこりと笑った。



卯月「だから、今日はステージ衣装ではなく――このフェスでのTシャツを着て、決勝戦に挑もうと三人で決めたんです」


卯月の言葉に、観客は大きな声援を送った。

無理もない、観客にしてもこのフェスに込めた思いは強いはずだ。

そして自分たちの好きなアイドル達が多く出るこのフェスで、その頂点を決める戦いでその覚悟を今、卯月達はまじまじと見せつけている。

観客は、その姿に心を打たれたのだ。


「うおー! 卯月ちゃーん!」


卯月はもう一度笑うと、司会に目くばせをした。



「new generationsの意気込み、しかと受け取りました!」


司会は上手と下手に立つ、二つのアイドル達を指さす。


「このフェスで、優勝を手にするのはどっちでしょうか!」


観客は熱い声援を送る。


「かつて輝きの向こう側を夢見た『765』か!」


のどを嗄らすような声が響く。


「はたまた、346プロの新時代を切り開く『new generations』か!」


それは最高潮に達する。




「新旧、頂上決戦が始まりますよー!」



曇天とは裏腹に、メインステージは輝きを放っていた。



――――
――



――1stステージ舞台裏。


真「new generationsの子たちには、少し驚かされたね」

真の言葉に二人は頷いた。

美希「まさか、ステージ衣装を着ないなんて。ビックリしたの」

春香「でも……」

真「なんだか、昔のボク達を見ているみたいだったね」

真はそう言うと、クスリと笑った。

春香「あの時は、色々と手さぐりで色んな事やってたからね」

春香は懐かしむように呟いた。


美希「でも、それとこれは別だよ!」

美希は、椅子から立つと二人に指さす。

美希「ミキ達は、優勝することが目的なんだよ?」

美希の言葉に、二人は頷いた。

真「分かってるよ」

春香「……次が終わったら」




最後だね、と春香は呟いた。





――2ndステージ舞台裏。


「それじゃあ、ここで待機でお願いします」


三人が返事をすると、スタッフは去っていった。


未央「二人とも、準備はいい?」


未央は抑えきれない、という声を出すと手を中心にかざした。


凛「ついに、ここまできたからね」


凛はそう言うと未央の手に自らの手を重ねた。


卯月「……たくさんの人に助けてもらいました」



卯月は目を瞑り、過去の自分たちを思い出す。


421プロ、765プロ、346プロ、色んな人と出会い、戦い、手を取り合い、ここまできた。





卯月「でも、ここからは私たちの力で――戦う時がきました」



そして、卯月も手を重ねた。



未央「私たちなら、きっと出来る」



未央はにやりと笑った。



凛「765にも、勝てる」



凛もつられて笑った。



卯月「……今からが、本当の決戦です!」



三人は高らかに叫んだ。



そうだ、私たちこそが――『new generations(新世代)』なんだから!



もう、覚悟は決まっていた。



戦う準備は、万端だ。




――――
――




――2ndステージ観客席


P「いよいよですね」

武内P「はい……」

決勝戦は、20000人もの人々が二つのステージ間を行き来することになるため、スタッフも慌てたようにそこらかしこを走り回っていた。

「足元にご注意くださーい!」

P「忙しそうですね」

武内P「……雨も、大丈夫でしょうか」

今にも降り出しそうな空を武内は見上げた。

雨が降れば、フェスは一時中断することになるだろう。

そうなれば……戦況はどうなるのだろうか。

武内は自答した。

そのときだった。


「おー! new generationsが来たぞ!」


誰かの声がしたと思ったとき、武内はステージに目を追っていた。

そこには、卯月達が笑顔を携えて手を振っていた。



卯月「ご声援ありがとうございます!」

凛「決勝戦、盛り上がっていこうね」

未央「バンバン飛ばしていくよー!」



――そして一曲目が流れる。


イントロがかかりだすと、観客は声を上げた。

P「これは……?」

武内P「スタートダッシュが肝心ですので」



武内が一曲目に選んだ曲は――『お願い!シンデレラ』であった。



P「野外フェスにしては、やけに綺麗な曲を選びましたね」

武内P「いえ、この曲は……彼女たちの熱い思いがこもっています」


武内はステージを見つめた。



「お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない 動き始めてる 輝く日のために」


観客の心を震わせてほしい、と願いながら。



――――
――



――1stステージ


真「2ndステージもすごい盛り上がってるみたいだね」

真は涼しい顔で、そう呟いた。

美希「ミキ達も負けてられないの!」

歓声が届くステージの上で、春香はマイクを構える」

春香「そうだね、それじゃあ始めようか」


『765』陣営の一曲目は――。


「うお! READY!!だ!」


誰かの声が聞こえると、春香はくすりと笑った。

まだ覚えてくれている人が居る。

それだけで少し嬉しかった。


でも、READY!!だけじゃないんだよ?


春香「今日は、特別バージョンでお届けしまーす!」




そう、『765』は一曲目に『READY!!&CHANGE!!!! SPECIAL EDITION』を持ってきたのだ。



――――
――




――2ndステージ


P「客が、向こうに流れているような気がしますね……」

武内は男の言葉に、後ろを振り返った。

確かに、少しずつではあるが観客が1stステージに足を運ばせようとしていた。

卯月「ありがとうございまーす!」

一曲目が終わり、卯月達が手を振る。

この後は、MCで休憩しつつ、二曲目につなぐ予定だが――。


未央「それじゃあ、このまま二曲目いっちゃおー!」

未央の言葉に観客がさらに盛り上がりを見せる。

舞台の上で、未央が目配せすると三人はその意図を受け取り、頷いた。

P「体力的に大丈夫なんですか」

武内P「……分かりません」

ただ、この流れを断ち切るにはこの手しかない。

武内は卯月達の判断に全てを委ねた。

そして――new generationsの二曲目は。


凛「それでは聞いてください。Orange Sapphire!」



――――
――



美城「それで、舞台の状況は?」

「はい、今は『765』がやや優勢に立っているようです」

美城は顔をゆがめた。

彼女たちは何をしていると言うのか。

絶対的な優位に立たなければ、意味がないと言うのに。

美城「……分かった」

美城は窓の外を眺めた。

この戦いは、彼女たちの全てを見せてもらわなければならない。

美城「ぐずぐずしていると、優勝を逃してしまうぞ」

美城は静かに呟いた。


――――
――



決勝戦は、鍔迫り合いの戦いを繰り広げていた。

観客を奪い、そして奪いかえす。

第一ブロックでの準決勝に似た戦いであった。


真「三曲目は、待ち受けプリンス!」

1stステージで真が叫ぶ。


未央「まだまだいくよー! Nation Blue!」

すると2ndステージでは、未央が高らかに叫ぶ。



P「凄い戦いですね……春香たちにも負けず劣らず、new generationsの三人は食らいついている」

武内P「はい……ですが……」

さきほど感じていた客の流れが、いよいよ大きな流動となろうとしていた。

1stステージに向かって、人が流れていく。

武内P「これでは……勝敗は……」

P「…………」

二人は押し黙ったまま、ことの成り行きを眺めていた。


――――
――



――1stステージ


美希「ありがとうなのー!」

美希が手を振ると、歓声が沸いた。

ざっと見れば、ここにいる人は半数を超えている。

美希は隣に立つ真に話を振った。

美希「真くん、もしかするとミキ達優勝しちゃうかもしれないね?」

真「……そうだね、こんなにたくさんの人がいるなんてボクも驚いちゃったよ」

真は観客席を見渡し、そうぼやいた。

そして。


春香「でも、まだまだこれからだよー!」

春香はそう叫んだ。

それに合わせて、観客も叫ぶ。

このままいけば、優勝は間違いない。

春香は確信していた。


春香「それじゃあ、次の曲――」


そのときだった。


……ぽつり。


春香の頬に水滴が張り付いた。

春香「雨……?」

空から雨が落ちてきたのだ。


――――
――




「えー。降水のため、一時フェスは中断いたします」


アナウンスが鳴り響くと、観客たちは一斉に不満げな声を漏らした。

それは春香たちにとっても、同じことだった。


美希「春香……?」

真「これって……」

春香「……」


三人がステージの上に立ち尽くしていると、そこにスタッフが現れた。


「みなさん、一度舞台裏へ」


スタッフにそう言われれば、どうしようもない。


観客たちが春香たちを待ちわびる顔を見せるのを悲しく思いながら、三人はステージを後にした。



美希「でも、すぐ取り返せるよ」

美希は力強くそう言った。

春香「そうだね」

春香は美希に同調するように頷いた。

自分たちと彼女達とでは実力差が確実にある。

それはキャリアによるものが大きいだろう。

聞けば、new generationsはまだ結成して一年もたっていない若いユニットだと聞いた。

もうこの業界に入って長い自分たちからすれば、そんな若輩者のユニットに負けることはない、そう春香は断定していた。

降りしきる雨の中で、観客たちは待ち遠しそうにステージを見つめていた。


真「かなり降ってるね……」

美希「いつ降り止むのかな」

二人がそう言いながら、ステージの方に目をやった――そのときだった。


「ワアアアアアアアアア!」


どこからかそんな歓声が響いたのだ。

春香「……何が起きてるの?」

春香の問いに答える者はいなかった。


――――
――



――2ndステージ舞台裏。


未央「……」

凛「……」

卯月「……」


三人の顔は沈んでいた。

理由は、明白だ。

ステージでの観客の少なさが全てを物語っていた。


未央「このまま再開しても……」

凛「未央」

最後まで言おうとした未央を凛が静止した。

卯月「でも……」

未央の言うことは正しかった。

今、自分たちは雨に助けられたと言っても過言ではない状況だ。

あのままステージが続いていれば……確実に、客の流れは1stステージに向いていただろう。

しかし、その流れも今再開されたところで変わるはずもない。

三人ともそれは理解していた。


凛「……どうしようか」

未央を静止した凛が苦しそうに言葉を漏らした。

舞台裏ではスタッフがせわしなく動いている。

その中で、固まる様に三人は留まっていた。

答えが見つかるわけでもない質問。

完全に、舞台に上がる前の意気込みはそこにはなかった。


未央「やっぱり無理だったんだよ……」

凛「未央!」

泣き言をいう未央に凛が立ち上がり、激高した。

未央「だって、ここまで来れたのも奇跡みたいなもんじゃん!」

そんな凛に向けて、未央も叫んだ。

その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

未央「私だって……勝ちたいよ……でも……」

未央はぐっと拳を握ると、歯を食いしばった。

凛「……ごめん」

そんな未央を見て、凛は平静を取り戻した。

今はこうやって争っている場合ではない。

何か、この状況を覆すものがなければ……。


卯月「……私」

そのときだった。

卯月はすっと、立ち上がった。

未央「……しまむー?」

凛「卯月……」

そんな卯月を未央も不安そうに見つめる。

卯月「私、ステージに行ってきます」

未央「な、何言ってるの? 今、ステージに上がったらダメだってスタッフの人が――」

卯月「このまま黙っていても何も解決しません!」

卯月は真剣な表情で、二人の顔を見た。


卯月「スタッフの人に迷惑がかかってしまうのは分かっています。でも、今何かをしないと……私たちは負けてしまいます」

その言葉には確かな重みがあった。

凛「だからって……」

卯月「私、今までずっと夢見てきたんです」

卯月は目を瞑って、過去を想起していた。

卯月「アイドルになって、ステージに立って、お客さんに笑顔を届けたいって」

凛「卯月……」

卯月は薄く目を開く。



卯月「私には、きっと自分で誇れるものなんて……一つもないです」


まるで、己に懺悔するように小さく呟いた。


卯月「でも、それでも、私はこれだけは叶えたいんです」


卯月は、二人に向き合った。


卯月「今日、ここで優勝したいって――そう思うんです」


卯月は真摯な瞳で、そう語り掛けた。

二人はそんな卯月を見て、自分の言っていたことを思い返した。


未央「……私、ちょっと弱気になってたのかも」

凛「ううん、未央だけじゃないよ。私だって……」

そんな二人に卯月は手を差し出す。

卯月「私たち、三人でnew generationsです!」

そんな卯月を見て、二人は小さく微笑む。

未央「そうだね……。私も、ステージに出るよ」

未央は卯月に差し出された手を掴み、立ち上がった。

凛「……私は」

凛はすっと手を引っ込めて、俯いた。

ここにとどまっていなければ……今、ここでスタッフに迷惑をかけるのは……。

凛の頭でぐるぐると考えが巡っていた。



卯月「凛ちゃん」


そんな自分に向けて、卯月は微笑んだ。




卯月「ここからが、私たちの反撃――ですよね?」



凛は卯月の一言に思わず微笑んだ。

まさか、今度は自分がその言葉を返されることになろうとはね。


凛「……後でスタッフの人に謝らないとね」

そう言うと、凛は卯月の手を取った。

凛「それで、ステージで何するの?」

未央「何か考えでもあるの?」

二人は卯月を問い詰める。

卯月「えーと、ですね……」

そんな二人を傍目に、卯月は二人の耳にこそこそと説明をした。

未央「……ほんとにやるの? それ」

凛「まあ……どうなるかは……分かんないけど……」

卯月の考えを聞き、やや困惑したような顔をする二人を見て、卯月は不敵な笑みを見せる。

卯月「きっと……上手くいくと思います」



――そして三人は、再びステージへとあがった。




――2ndステージ観客席にて。


武内P「……」

武内は、一人観客席で彼女たちを待っていた。

この雨だ、再開には少し時間がかかるだろう。

武内は空を仰ぎ、目を細めた。

『765』という大きな塔は聳え立っていた。

そこに今、彼女たちは挑もうとしている。

それはまるで、『戦士』ではないか。

武内は苦笑した。


男は、すでに武内の元から去っていた。

なんでも、用事が出来たと言っていたが……。

武内がそのことに考えていた――そのときだった。


「ワアアアアアアアアア!」


歓声が上がった。

なんだ、と武内は観客を一瞥して、そしてステージに目を向ける。



そう、そこには確かに『戦士』がいた。



どんなことにも屈しない、そう顔に描かれているような位に。


彼女たちは、そのステージに立ち、マイクを掲げた。



卯月「皆さん……実はまだ音響の方は使えなくて……」

卯月はぽつりと語りだした。

卯月「マイクは使えるんですが……」

そんな卯月にかぶさる様に、未央が語り掛ける。

未央「スタッフの人にも無理言って、今ここに立っています」

雨は、強さを増していく。

凛「ただ、ここにいる人たちに伝えたいことがあってきました」

力強く、ただ懸命に、彼女たちは言葉を紡ぐ。



卯月「その気持ちを全部、この歌に乗せたいと思います」






「聴いてください――できたてEvo! Revo! Generation!」





武内はそのとき、何が起きているのか理解できていなかった。

ただ、彼女たちは観客に何かを語り掛け、今歌を歌おうとしている。

……武内は心の中で祈った。



どうか、彼女たちの声が――どこまでも届くようにと。





「目の前にあるのは未知への扉」


歌には、BGMなんてものはかかっていなかった。

ただ、アカペラで彼女たちは歌っていた。

なのに、どうしてだろうか。


「ビクビク怖がって ハートのジッパー閉めちゃ」


こんなにも、胸が締め付けられるのは。


「笑顔も巻き込んで 動けなくなっちゃうんだ」


なぜなのだろうか。


――そのとき、武内はいつの間にか雨が止んでいたことに気付いたのだ。




そして、その瞬間……ステージは一気にライトに照らされた。



「ワアアアアアアアアア!」



サビに入る瞬間、それまで静寂を保っていた音響が息を吹き返したのだ。




武内P「こ、これは……」

そのステージの上にいる彼女たちは、これまで以上に輝いて見えたのだ。

武内P「……観客が」

武内は辺りを見回すと、いつの間にか観客がこちらに向かって流れてきていることに気付いた。

1stステージでパフォーマンスが止まってしまった今、彼女たちを見に来る者が流れてきたのだろう。

武内P「みなさん……」

武内は、拳を握りしめた。


――――
――



――1stステージ舞台裏。


春香「2ndステージが……」


春香はその光景に絶望していた。

今、1stステージにいる観客がみんなそちらへ向かって流れようとしていたのだ。

何が起きているかは分からない。

けれど、この流れでは――きっと。

美希「は、春香……」

真「どうしよう……」

見れば、二人もこの状況に動揺を隠せないでいた。


春香「……」

春香にしてみても、それは同じことだった。

ここで食い止めなければ……765プロの再建は絶望的だ。

あのときの皆の笑顔が蘇ってくる。

あの場所を、あの景色を、私は取り戻さなければならない。

春香はぐっと歯を噛みしめた。


春香「……みんな、私たちも」



「春香、そこまでだ」



そのときだった。


舞台裏で聴きなれた声が、春香の――いや、春香たちのもとへ飛び込んできたのだ。



春香「……ぷ、プロデューサーさん」

P「久しぶりだな」

美希「は、ハニー……」

真「プロデューサー……」

男の登場に、春香たちは一層困惑した。

なぜ、ここにいるのか? 

春香はそう問いただそうとした。

しかし、それをすんでのところで押し込める。



春香「……何を、しにきたんですか?」

それは、恐らく本音ではなかった。

あえて突き放すような言葉を向けることで、今の自分たちの目的を明確に頭に刷り込もうとしていたのだ。


――私たちは、このフェスで優勝する。


春香は、そう心で復唱した。


P「ああ、お前たちの目的はもう分かってる。それを伝えに来たんだ」

しかし、予想に反して男はそんな春香に動揺は見せなかった。

それどころか、不敵な笑みを浮かべていたのだ。

春香「だったら……邪魔をしないでください」

もはや強がりだったのかもしれない。

春香は下を向きながら、そう言葉にした。

P「邪魔……か。そうだな、もう既に邪魔し終わっているからな」

春香「それは……どういう」

そのとき、男は右手に携えていた紙を一枚春香に見せた。



P「765の株式を返却する――っていう紙だよ」



男はにっと歯を見せた。

春香たちはその言葉に、思わず目を剥いた。


P「みんな……これまでよく頑張ってくれた。もう、いいんだ」

まずは、美希だった。

男の元へ、涙を浮かべながら抱き付いたのだ。

真「ぼ、ボク……」

P「真……。ダンス、めちゃくちゃかっこよかったぞ!」

真「ぷ、プロデューサー!」

それに覆いかぶさるように真が男に抱き付くと、春香はぐっとマイクを握りしめた。



――これですべてが終わり?


そんな、それじゃあ今までの私たちは何のために……何のために頑張ってきたと言うのか。

春香は男の元へ踏み出せずにいた。


P「春香」


そんな春香を男は呼んだ。


P「ずっと抱えてきたんだよな」


男の言葉に、春香は小さく、ほんの小さく頷いた。



P「……これからは、俺たちで、765プロのみんなで頑張っていこう」

春香「ぷ、プロデューサーさん……」

P「俺も、ずっとお前のこと待ってたぞ」

春香はその場で子供のように泣きじゃくった。

今まで抱えてきた全ての憑き物が剥がれ落ちたかのような、無垢な涙だった。



P「よく、頑張ったな」



そんな春香に向けて、男は優しく声をかけた。


――――
――



美城「どうなっているんだ!」

美城は部屋の中で叫んだ。

なんで『765』はステージに上がらない?

優勝がかかっているんだぞ!

美城は苛立ちを隠せないといった顔を見せた。

今西「ここまでのようだね」

そんな美城に向けて、今西は声をかけた。

それは、穏やかに見えて、その実何かを含んだような声だった。


美城「今西部長……何か御用ですか?」

今西「私は、元から君のやり方にはあまり賛同していなかったよ」

美城「それはどういう……」

今西「君は帰国してから346プロを引っ張ってきたつもりかもしれないがね、その下では君のやり方に疑問を持つものも少なくはなかった」

美城は小さく微笑む。


美城「しかし、業績という面で見れば私は」

今西「業績が全てかね?」

今西は鋭い瞳をちらつかせた。

今西「たしかにこの業界で生きていくために業績を上げることは重要なことだ。……でもね、それだけを続けていてもいずれファンの人たちは離れていってしまう」

美城「何が言いたいんですか?」

美城は今西に聞き返す。


今西「君のやり方は――本当に見ている人たちの心を掴むことが出来ると言えるのかね?」

美城「ええ、それは間違いないでしょう」

今西は美城の言葉に首を振る。

今西「やはり、君は何もわかっていない」

美城「…………」

今西「ファンは、いつだってアイドル達の頑張りを応援をしているんだ。そこにはスターなんてものは存在していない」

今西は言葉を続ける。


今西「たとえ小さなライブハウスでも、そこで応援してくれる人がいる。声援を向けてくれる人が居る。……それは本当に些細な事かね?」

美城「業績を重視すれば仕方のないことでは」

今西「……君とは恐らく分かり合える日はずっと遠いのかもしれないね」

今西は、部屋から出ようと扉に手をかけた。

美城「……このフェスで『765』が優勝すれば、きっと分かって頂けるはず」

今西は横目で美城の方を見た。


今西「765はもうステージには上がらないよ。私が彼らの株式を返却したからね」

美城「なっ……!」

美城は初めて椅子から立ち上がった。



今西「君の敗因は、自分の力を過信しすぎたこと。そして――自分の事務所のアイドル達を信用しなかったことだ」



今西はそれだけ言い捨てると、部屋を出た。


美城はその場に立ち尽くしたまま動くことが出来なかった。


――――
――



――2ndステージ。


卯月「ありがとうございます!」


できたてEvo! Revo! Generation!を歌い終わった後、そこにはこれまで見たこともない位の観客で埋め尽くされていた。


そんな光景に卯月は胸が打ち震えていた。


そして、卯月は真っ直ぐな瞳で観客を見据えた。



卯月「次が、私たちの最後の曲になります」

卯月の言葉に、観客たちは引き止めるような声を上げる。

未央「そう言われると、なんだか歌いづらいね」

未央が照れくさそうに頭をかく。

凛「最後に歌うのは新曲だしね」

凛がにこりと卯月と未央に微笑んだ。



卯月「……それでは聴いてください――『Star!!』」


とめどない歓声が沸き起こった。



――彼女たちは、これからも光り続けるだろう。



なぜなら、彼女たちこそ『新世代』なのだから。




[閉幕]


『Battle of the idol's spirit』が終わった、その日のこと。

優勝を飾ったnew generationsは、メインステージでの挨拶が終わった後、武内達と落ち合っていた。

そこには春香たちを含め、765プロの面々が顔をそろえていた。

武内P「本当にありがとうございました」

P「いえいえ、こちらの方こそ」

男と武内はお互いに頭を下げ合う。

そんな彼らを見て、みんなが笑みを浮かべていた。


武内P「これから、どうされるんですか?」

武内の一言に、男は小さく微笑む。

P「やることはたくさんあります。まずは765プロをもう一度立て直すこと。……社長と小鳥さんも呼び戻さないとダメですけどね。まあ、みんなで頑張りますよ」

武内P「そうですか」

武内は穏やかに微笑んだ。

P「それに……みんなもその気でいてくれてみたいですからね」

765の面々も笑顔を見せる。


武内P「それは……」

脅威ですね、とは武内は言わなかった。

自分もこれからシンデレラプロジェクトを立ち上げていかなければならない。

それなのに弱気を言っている場合ではないと考えたからだ。

P「それでは、これで」

男が別れを告げると、765の皆も手を振り、その場を後にしようとした。

その中で、一人卯月達の元へ向かう人物がいた。


春香「あの……」

卯月「は、はい!」

びくつく卯月に春香は手を差し出した。

春香「ありがとう」

そう言うと、春香はにこりと微笑んだ。


春香「三人ともすごかった。私ももっと頑張らなくちゃって思えたんだ」


卯月は、そんな春香の手を握った。


卯月「私も……もっと頑張ります!」


そんな二人を見て、武内は微笑んだ。




そうだ、これから彼女たちはもっと成長していくだろう。


どこまでも高みへ続いていく階段を――シンデレラが駆けあがっていくように。


凛「プロデューサー?」


凛がそんな武内に声をかける。


武内P「いつか……」


いつか、その頂上にたどり着いた彼女たちはどうなっているのだろうか。

未来の姿はどうなっているかはまだ分からない。



だが――その未来はきっと今よりも。




武内P「楽しみです」




春香と手を取り合う卯月を眺め、武内は微笑んだ。





これで終わりです。

アイマスは燃えるような展開が凄く映えると個人的に思ってます。

美城常務、本当はこんな悪役にするつもりはなかったんですけどね……。

読んでいただいた方、ありがとうございました!



あと読み返して気づいた訂正点なんですが、

>>41の律子「ちゃんと説明しなさいよ!」 は伊織「ちゃんと説明しなさいよ!」でしたね。

直前に律子が自分で落ち着けって言ってるのに、自分が落ち着いていないっていう意味の分からないことになってました。


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