りーさん「めぐねぇに届けて、別れの歌を」 (49)
【夜中 部室】
くるみ「ただいま、りーさん。見回り終わったぜ」ガラッ
りーさん「あら、ご苦労様」
くるみ「それにしても、やっぱり夜はちょっと冷えるな。今はまだいいけど、冬になったらきついかもしれない。暖房もろくに取れないだろうし」
りーさん「そうね……。電気ストーブだと電力をかなり使うでしょうし……。普通のストーブだと灯油の補給が問題になってくるでしょうし……」
くるみ「まあ、色々と着込めばどうにかなるだろうけど。そう考えると、真夏よりはよっぽどマシかもしれないな」
りーさん「そうかもね」
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くるみ「ところで、ゆきは? あいつ、もう寝たのか?」
りーさん「ええ、勉強で疲れたのか、ぐっすりと。よく眠ってるわ」
くるみ「そっか。それならいいけど」
りーさん「そうね……」
くるみ「……?」
くるみ「どうしたんだ、りーさん。なんか急に暗い顔になって」
りーさん「ねぇ、くるみ。ちょっと真面目に聞いて欲しい話があるんだけど、いい?」
くるみ「ああ……。いいけど」
りーさん「ゆきちゃんの事なの」
くるみ「……どうかしたのか?」
りーさん「この前、ゆきちゃんがめぐねぇの事で危ない状態だったのは、くるみも見たでしょ?」
くるみ「ああ……。あれはちょっとまずかったな。幸い、すぐ立ち直ったみたいだけどさ……」
りーさん「うん……」
りーさん「あの時ね、私、思ったのよ。ゆきちゃん……本当は現実と向き直ろうとしてるんじゃないかって」
くるみ「…………」
りーさん「だけど、そう簡単に現実を受け止める事は出来ないわ。私でさえ、毎日、今の生活が夢だったらって思ってるもの……。本当はゾンビなんか発生してないし、皆もめぐねぇも生きてるんじゃないかって、そう願ってる」
くるみ「……私もだよ、そんなの」
りーさん「でも、もちろんそうじゃないってのも、頭の中ではわかってる。だけど、それでもまだ現実味っていうか、そういうのがどこかふわふわとしていて……」
くるみ「……正直、私たちはゆきを見る事で、現実逃避してるようなものだからな。……実際のところ、ゆきも私たちも何も変わらないかもしれないし……」
りーさん「……そうよね。やっぱり……そうなのよね」
りーさん「……だからね、くるみ」
くるみ「うん……」
りーさん「私たちもそろそろ、きちんと向き直るべきじゃないかって思うの。ううん、そう考え直したって方が正しいと思う」
くるみ「…………」
りーさん「ゆきちゃんもそうだけど、私たちも。これまで色々と沢山の人が亡くなった。大事な人が沢山……もちろんめぐねぇも……」
くるみ「…………」
りーさん「すぐにその現実全部を受け止めてほしいなんて言わないわ。だけど、少しずつそれを変えていくべきなんじゃないかって……」
くるみ「かもな……」
りーさん「……だから、くるみ。一つ相談があるんだけど」
くるみ「……なんだ?」
りーさん「めぐねぇのお葬式を……もう一度やりたいの」
くるみ「いや、だけど……。それは今のゆきにとって流石にまずいんじゃないか。めぐねぇがいる事で、ゆきはどうにか精神を安定させてるみたいなところがあるし……」
りーさん「うん……。それはわかってる。だから、ゆきちゃんにはお葬式とは言わないわ。別の言い方をするつもり」
くるみ「りーさん……。別の言い方って?」
りーさん「……私たちだって、正しいお祈りの仕方を知ってる訳じゃないし、お経を覚えてる訳でもないわ。元からちゃんとしたお葬式になる訳じゃないもの。でも、めぐねぇを悼む気持ちが伝われば、めぐねぇはそれで満足してくれると思うの」
くるみ「めぐねぇを想う気持ちって事、か……」
りーさん「うん。感謝の気持ちとか、偲ぶ気持ち。そういうもの。亡くなった時は、哀しみの気持ちの方が大きかったから、今度は感謝をしたい。めぐねぇは私たちを救ってくれたんだから」
くるみ「そうだな……」
りーさん「……歌を、歌おうかなって。めぐねぇのお墓の前で」
くるみ「……歌?」
りーさん「うん。私たちは元気でやってるって。私たちはめぐねぇに感謝してるって。そういう事を伝える為のレクイエム。……別れの歌」
くるみ「でも、歌って……。私、レクイエムなんて知らないぞ。CDプレイヤーも、この前ゆきが壊しちゃったし、CD自体あるかどうか」
りーさん「別に、本格的なクラシックのレクイエムじゃなくていいわ。どんな歌でも、気持ちが伝わればそれでいいと思うの。知ってる歌をアカペラで歌えばそれで……」
くるみ「アカペラか……」
りーさん「うん。それならゆきちゃんにもカラオケとか歌の練習とか言えるし」
くるみ「……そうだな」
くるみ「……わかった。正直、私も色々と気持ちの整理がつけたいし、めぐねぇには感謝してるから。葬式とかそういうの関係なく、めぐねぇには歌を届けたい」
りーさん「ありがとう、くるみ……。それなら早速明日みきさんにも伝えて、それでオーケーがもらえるなら、ゆきちゃんにも伝えるわ」
くるみ「みーくんは多分賛成してくれると思うぞ。ゆきの今の状態を一番不安に思ってるところがあるし」
りーさん「そうね。それに、みきさんはめぐねぇの事を知らないから。ただ、参加してもらうだけって形になると思う」
くるみ「わかった。じゃあ、やるって予定で私は歌を考えとく。何を歌えば、めぐねぇに気持ちが届くのか、それを考えとく」
りーさん「……そうね。それに、くるみの場合は、届けたい人が他にも、もう一人いるでしょうし……」
くるみ「……うん。……もう一人の為にも」
【翌日】
ゆき「え? 屋上でカラオケ?」
りーさん「ええ、そうよ。昨日、くるみと話してそう決めたの。みきさんも賛成してくれてるわ」
ゆき「いいね、それ! 何だか楽しそうだよ。音楽室で歌うのとはまた違った雰囲気になりそうだし」
りーさん「じゃあ、ゆきちゃんも参加でいいかしら? 伴奏なしのアカペラになっちゃうんだけど」
ゆき「うん、いいよ、それでも。私、歌うの好きだし」
くるみ「よし、決まりだな。じゃあ、やるのは今日の授業後でいいか、ゆき?」
ゆき「うん、大丈夫。何だか今からちょっとワクワクするね、みーくん」
みーくん「……そうですね」
りーさん「それじゃ、今日の夕方はカラオケを屋上でやるわよ。忘れないでね、ゆきちゃん」
ゆき「うん!」
今日はここまで
明日で終わり
【夕方 屋上】
ゆき「んー! 風が気持ちがいいね、みーくん」
みーくん「はい。今日は涼しくて良かったです」
くるみ「じゃあまあ、早速始めようか。ゆき、屋上ならどんなに大声でも歌っても平気だからな。遠慮するなよ」
ゆき「そうだね。うーん……何を歌おう」
みーくん「あれ? 決めてなかったんですか、ゆき先輩」
ゆき「あ、うん。なんか色々と悩んじゃってね」
みーくん「……そうですか」
ゆき「うん。どうしよう」
ゆき「そういえば、今気づいたけど、めぐねぇもいたんだ?」
くるみ「……!」
りーさん「……!」
めぐねぇ「いたんだ、なんて……。ゆきさん、ひどいわ。私、さっきからずっといたのに……」
ゆき「あ、ごめん、めぐねぇ。そういうつもりじゃなかったの。めぐねぇは影が薄くなんかないよ。私が気が付かなかっただけ」
めぐねぇ「それ、本当に……? 私、存在感ある?」
ゆき「うん。本当の本当。大丈夫だってば。めぐねぇはちゃんと存在感あるよ。安心して」
みーくん「……ゆき先輩」
ゆき「でも、めぐねぇがここにいるって事は、めぐねぇも何か歌うんだよね? なに歌うの?」
めぐねぇ「え? あ、ううん……。私はただ見学しに来ただけだから……。歌はちょっと……」
ゆき「めぐねぇ、ひょっとして恥ずかしいの?」
めぐねぇ「違うわ。そういうのじゃなくて……。ほら、私、先生だし。生徒に混じって歌を歌うのは、ね?」
ゆき「別にそんなの気にしなくてもいいのに。ねぇ、めぐねぇも何か歌おうよ。ね?」
めぐねぇ「そう言われても……。困ったわね……」
くるみ「……めぐねぇ、いるのか」ボソッ
りーさん「……ええ。そうみたいね」ボソッ
みーくん「…………」
りーさん「ゆきちゃん……。めぐねぇも困ってるみたいだし、一旦それは置いときましょう」
ゆき「んー……。残念だなあ、私、めぐねぇの歌、聞きたかったのに」
めぐねぇ「あまり無茶を言わないで。ね?」
ゆき「はーい……」
りーさん「それじゃあ、始めましょうか。まずは誰から歌う?」
くるみ「ゆきはまだ何を歌うか決まってないんだよな? じゃあ、後回しにして……」
みーくん「あの……私から歌います」
りーさん「そう? じゃあ、お願いね」
みーくん「はい」
ゆき「トップバッターはみーくんからかー。ねぇねぇ、みーくん。なに歌うの?」
みーくん「色々と悩んだんですけど……」
ゆき「うん。やっぱり洋楽とか?」
みーくん「いえ……。知ってる人、いるかどうかわかりませんけど、ダ・カーポの『野に咲く花のように』を歌う事に決めました」
ゆき「……ダ・カーポ?」
みーくん「もう何年も前の歌です。子供の頃にお母さんが歌っていて、それで覚えました」
ゆき「ふーん……。そうなんだあ」
くるみ「じゃ、拍手ー」
ゆき「うん」パチパチ
りーさん「ええ」パチパチ
みーくん「……そういうの、なんか照れます//」
みーくん(……ゆうり先輩が言うには、このカラオケはめぐねぇに届ける別れの歌だって言ってたけど)
みーくん(私はその肝心のめぐねぇに会った事もないし、見た事もない)
みーくん(だから、そんな私がめぐねぇの死を悼むような歌を歌っても、多分、何の意味もない。感情がこもってないんだから)
みーくん(そんな歌を歌う事自体、めぐねぇにも失礼な気がする……)
みーくん(だから、私はみんなから聞いた、めぐねぇのイメージを思ってこの曲を選んだ)
みーくん(これが……私からめぐねぇに捧げるレクイエムです)
みーくん「野に咲く、花のように♪」
【参考】
ダ・カーポ 野に咲く花のように 曲
http://m.youtube.com/watch?v=neq0ys5fyh0
歌詞のみ
http://m.kget.jp/lyric.php?song=27220
ゆき「…………」
くるみ「そんな時こそ野の花の……」
りーさん「健気な心を知るのです、ね……」
ゆき「…………」
くるみ「……いい歌だな」
りーさん「……ええ。本当に」
みーくん「……以上です。ありがとうございました」
くるみ「うん」
りーさん「ええ」
ゆき「…………」
みーくん「……ゆき先輩は、どうでした?」
ゆき「え、あ、うん……。なんか……」
みーくん「……なんか?」
ゆき「なんか……聞いてて涙が出そうになった……。何でだろ」
みーくん「……何ででしょうね」
ゆき「うん……」
りーさん「……次は、誰が歌う?」
くるみ「私は……今は後がいい。りーさん、先に歌ってくれるか」
りーさん「そう……。それじゃ、次は私ね」
みーくん「ゆうり先輩は、何を歌うんですか?」
りーさん「ロードオブメジャーの『親愛なるあなたへ』よ」
みーくん「ああ……。聞いた事があります」
くるみ「そっか……。りーさん、それか……」
りーさん「うん」
りーさん「めぐねぇ……。聞いててね」ボソッ
りーさん「それは夏の終わりの、事でした♪」
【参考】
ロードオブメジャー 親愛なるあなたへ 曲
http://m.youtube.com/watch?v=Q3R6uFQ0xx4
歌詞のみ
http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=B09331
ゆき「…………」
くるみ「あの日流れた、あの涙を……」
みーくん「…………」
くるみ「すべてをかけて、守ってくれた……」
ゆき「ぅ……」
みーくん「……ゆき先輩? 泣いてるんですか?」
ゆき「ぅぅ……」
くるみ「ぅっ……」
りーさん「……これでおしまいよ。私の歌は終わり」
ゆき「りーさん……。りーさん……」
りーさん「……どうしたの、ゆきちゃん。急に抱きついてきて……」
ゆき「わかんない……。わかんないけど、すごく悲しくて……。さっきから涙が止まらなくて……」
りーさん「……うん。私も……なんか泣きそうになってる」
ゆき「りーさん……。りーさん……」
くるみ「ぅ……」
みーくん「くるみ先輩もですか……」
くるみ「だって……。だって……」
りーさん「よしよし……。ゆきちゃん、大丈夫よ」
ゆき「うん……。うん……」
くるみ「次は……私が歌う……」
みーくん「くるみ先輩、その前に……これ。ハンカチ……」
くるみ「ありがとう……」ゴシゴシ
りーさん「くるみは……結局、何を歌う事にしたの?」
くるみ「私は……flumpoolの『残像』にした」
りーさん「……そっか」
くるみ「うん……」
くるみ(めぐねぇ……それに先輩……。二人に届くといいけど……)
くるみ「風に吹かれ、なびく髪……♪」
【参考】
flumpool 残像 曲
http://m.youtube.com/watch?v=eWDx-HY1xqI
歌詞のみ
http://sp.uta-net.com/search/kashi.php?TID=88974
ゆき「えぐっ……。うぁぁ……」
りーさん「うん。……大丈夫。泣かなくても……大丈夫……だから」
みーくん「……笑ってた、君だけ消して」
ゆき「ぃぁぐ……うっ、うっ……」
りーさん「ゆきちゃん……。ぅ……」
みーくん「……色褪せるように、心は出来てなくても」
ゆき「何で……何でこんなに悲しくなるの……。ねぇ、りーさん、何で……」
りーさん「それは……ゆきちゃんにしかわからない事よ……。自分で気がつかなきゃ駄目な事なの……」
くるみ「ぅっ……。お、終わったぞ。私の歌は……これで終わり……」
みーくん「……はい。先輩、ハンカチどうぞ……」
くるみ「うん……。ありがと……」
りーさん「最後よ、ゆきちゃん……。歌える……?」
ゆき「無理……。無理だよ……。息が詰まって……苦しくて……。歌えないよ……りーさん……」
りーさん「うん……」
めぐねぇ「…………」
めぐねぇ「ねぇ……ゆきさん」
ゆき「ぅっ……。な、なに……。めぐねぇ……?」
めぐねぇ「私も一曲だけ、歌わせて」
ゆき「めぐねぇが……?」
めぐねぇ「うん……。一曲だけ」
ゆき「……めぐねぇ、歌うの?」
めぐねぇ「歌いたくなったの、だから……」
くるみ「……ゆき。めぐねぇも歌うのか?」
ゆき「うん……。歌いたいって……」
りーさん「……何を、歌うんですか?」
めぐねぇ「聞けば、わかるわ……。聞けば」
めぐねぇ「みんなの気持ちが伝わってくるから……。この歌を……」
めぐねぇ「私のお墓の前で、泣かないで下さい……♪」
【参考】
たんぽぽ児童合唱団 千の風になって 曲
http://m.youtube.com/watch?v=N9RB4rJtMig
歌詞のみ
http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=F05937
ゆき「これ……。『千の風になって』……」
くるみ「……!」
りーさん「……!」
ゆき「朝は鳥になって……あなたを目覚めさせる……」
ゆき「夜は星になって……あなたを見守る……」
くるみ「ぅっ……」
りーさん「っ……」
めぐねぇ「……これでおしまい。少し恥ずかしいわね、こういうの……」
ゆき「……ううん。恥ずかしいとか……そういうのじゃなくて……」
めぐねぇ「なくて?」
ゆき「なんか……また涙が……」
めぐねぇ「泣かないで。ゆきさん。私は満足してるから」
ゆき「わからない……。めぐねぇの言ってる事がわかんないのに……。さっきから、すごく悲しくて、辛くて、でも……温かくて……」
めぐねぇ「いいのよ、それで……。今はそれでいいの。少しずつわかっていけばいいんだから……」
くるみ「……なあ、りーさん」
りーさん「なに……?」
くるみ「ゆきが見えてるのって……ゆきのイメージなんだよな……」
りーさん「……うん。だけど……」
くるみ「私も……多分、同じこと考えてる。死んだめぐねぇが、めぐねぇの幽霊が今ここに来てて、ゆきだけがそれを見えてるんじゃないかって……」
りーさん「……だとしたら、いいなっていう、それは私たちの妄想よ。それはわかってるけど……でも……」
くるみ「信じたいよな……。めぐねぇは本当に今ここに来てるんだってさ……。でないと……」
りーさん「くるみまで泣かないで……。私まで泣きたくなるから……」
くるみ「ごめん。ごめん。だけど……」
みーくん「来てますよ、きっと……。めぐねぇはここに来て、見てます、多分……。こんなに皆から慕われてるんですから……。こんなに皆から好かれてるんですから……」
りーさん「ぅっ……」
くるみ「っ……」
めぐねぇ「ねぇ、ゆきさん」
ゆき「なあに、めぐねぇ……」
めぐねぇ「ゆきさん、まだ歌ってないでしょ。何を歌うか、私からリクエストしていい?」
ゆき「うん……。いいよ、めぐねぇ……」
めぐねぇ「じゃあ、『アンパンマンのマーチ』をお願い」
ゆき「めぐねぇ……。私、そんなに子供っぽい……?」
めぐねぇ「ううん。そうじゃないの。ただ、私があの曲を好きだから。それだけよ。お願いしていい?」
ゆき「……めぐねぇが、そう言うなら。……私、歌うよ」
めぐねぇ「うん。元気よくね」
ゆき「じゃあ……」
ゆき「そうだ、嬉しいんだ。生きるよろこび……♪」
【参考】
アンパンマンのマーチ
http://m.youtube.com/watch?v=U5aRoUhzUaU
歌詞のみ
http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=E02014
みーくん「これ……アンパンマンの……」
くるみ「でも、こんな歌だったんだ……」
りーさん「……生きる喜び」
みーくん「……はい」
くるみ「辛くても……生きている方が幸せだって事なのかな」
りーさん「だから、精一杯生きてって……そう言われてる気もするわね」
みーくん「……そうですね。……そうなのかも」
ゆき「……終わったよ、めぐねぇ。終わりまで歌ったよ」
めぐねぇ「……うん」
ゆき「ねぇ……めぐねぇ……。何で……。何でさっきから少し影が薄くなってるの? 何で……?」
めぐねぇ「……ゆきさん。出会いがあれば、必ず別れも来るの。それは寂しいけど、仕方がない事なの」
ゆき「ねぇ、おかしいよ……! なに言ってるの、めぐねぇ! 何でそんな事を言うの……!」
めぐねぇ「でもね。出会わないよりは、出会って別れた方がずっといいの。私と出会って、仲良くなって、それで色々と楽しい思い出も出来たわよね」
ゆき「聞きたくない! やめて、めぐねぇ! やめてっ!」
めぐねぇ「私はゆきさんと出会って良かったと思ってる。別れは辛くて苦しいけど、でも、出会わないよりはずっといい。ほんの少しの間だけど、私は幸せだった。それだけで十分」
ゆき「めぐねぇ……! めぐねぇ、やめて……! 変な事言い出さないで……! でないと、どんどん影が薄くなって……!」
めぐねぇ「私はいつでもあなたの側にいるからね」
ゆき「めぐねぇ……!! ダメ! 消えないで! めぐねぇ!! めぐねぇっ!!」
「……さよなら、ゆきさん。生きてね。とれだけ悲しくても、どれだけ心細くても、みんなで頑張って生きてね」
ゆき「っ! めぐねぇっ!!!」
くるみ「ゆき……めぐねぇは……?」
ゆき「いなく、なっちゃった……。いなくなっちゃったよ、めぐねぇ……!」
ゆき「めぐねぇ! めぐねぇ……! 何で……」
みーくん「…………」
りーさん「めぐねぇ……。最後に何か言ってた……?」
ゆき「私は……いつでも側にいるって……。みんなで頑張って生きてねって……。そう言って……」
りーさん「……そう」
ゆき「めぐねぇ……笑ってた。最後の最後まで……。消える瞬間まで笑ってたよ……」
くるみ「うん……。めぐねぇは……そういう先生だった……」
みーくん「……いい先生ですね」
りーさん「だって……めぐねぇなんですもの」
【数日後】
ゆき「それじゃ、みんな。授業に行ってくるね」
りーさん「ええ。行ってらっしゃい、ゆきちゃん」
くるみ「気を付けろよ」
ゆき「うん!」
みーくん「…………」
みーくん「結局……ゆき先輩、また元に戻っちゃいましたね」
くるみ「……そうだな」
りーさん「そんなに簡単に治るものじゃないのね、きっと……。だけど」
みーくん「……はい。めぐねぇの事は、もう滅多には言わなくなって」
くるみ「ああ。めぐねぇとの会話を全然聞かなくなったな」
りーさん「あの日の記憶は、きっとゆきちゃんは封印してしまったんだろうけど、心のどこかではめぐねぇが亡くなったって事を認識したのね、多分……」
みーくん「これで良かったんでしょうかね……。ゆき先輩……。前より少し元気がなくなった気がするんですけど……」
くるみ「…………」
りーさん「…………」
くるみ「……それでも」
りーさん「そうね……。それでも、今の方が私もいいと思うわ」
みーくん「どうして、そう思うんですか?」
くるみ「ゆきが昨日、ぽつりと溢してたんだ……。たまにめぐねぇの声が聞こえるって。でも、振り向いたらそこには誰もいないって」
みーくん「…………」
りーさん「だけど、めぐねぇが近くにいる気がして少し安心するんだって。見えないけど、きっといるってそう思えるんだって」
みーくん「……それ、逆に悪化してるんじゃ……」
くるみ「違う。ゆきはその後に、こう言っていたから。めぐねぇは遠くに引っ越しちゃったからって」
みーくん「…………」
りーさん「それで、自分の中で折り合いをつけたみたいね。ゆきちゃんの中ではめぐねぇはもういない。でも、どこかで生きてるんだって」
みーくん「……良い事、なんでしょうか。今までとそう変わりがないような……」
くるみ「……良い事だよ。本当に多少は変わったんだから……」
りーさん「今のゆきちゃんは小さな子供と同じ状態だと思うの。飼っていた犬が亡くなった時、大人は子供にそれを隠して、遠くにいってしまったって言うでしょ。それと同じ」
くるみ「幻が見えてるより、良い事だと思わないか? ほんの少しだけ、現実に近づいたんだ」
みーくん「…………」
りーさん「子供は成長するにつれて、遠くにいってしまった、っていう言葉の意味を理解するわ。だから、ゆきちゃんも時間が経てば……」
くるみ「もう会えないって事を今のゆきは理解している。だから、めぐねぇの幻にもう依存はしていない。それだけでも、十分だと私は思う」
りーさん「だって、幻は心の支えにはなってくれても、実際に助けてはくれないもの。助けが来ないなら、自分自身で自分を助けるしかないわ」
くるみ「ゆっくりでいいと思う。少しずつでもいいと思う。ゆきが最後にそこにたどり着けば。幻に頼らずに生きるようになれれば」
みーくん「…………」
りーさん「ゆきちゃん、アンパンマンのマーチ、歌っていたでしょ」
りーさん「今思うと……辛くても、生きていればどうにかなるって、ゆきちゃんの中のめぐねぇはそう言っていたように思えるわ」
くるみ「多分……実際のめぐねぇもそう言うと思う。生きていたら、きっとそう言っていたと思う」
みーくん「……そうかも、しれないですね」
りーさん「私たちもいつ死ぬかわからないし、生きている方が辛いって思える事がこれからあるかもしれないわ。でも……」
みーくん「生きていれば……」
くるみ「ああ。だから、死ぬなって。私たちにそう言っていた気がする。めぐねぇは」
りーさん「都合のいい解釈かもしれないけど、でも、そう思いたい。めぐねぇは本当にそんな先生だったから」
くるみ「ああ。本当にそんな先生だったから。めぐねぇは……」
みーくん「…………」
くるみ「……さてと、それじゃそろそろ行くか。りーさん」
りーさん「そうね。めぐねぇのお墓にも挨拶しないといけないし」
みーくん「屋上の菜園ですか?」
くるみ「ああ。今日は多分、サツマイモが収穫できるから、焼き芋が食べれるぞ」
りーさん「残念な事に、またお代わりはないけどね」
くるみ「ゆきのやつが、がっかりするだろうな、きっと」
りーさん「そうね。ゆきちゃん、よく食べるし」
くるみ「おまけにずっと犬食いでな」
りーさん「ふふっ。そうね」
みーくん「……ゆき先輩も、もうちょっと味わって食べるべきだと思うんですけど」
くるみ「それは、ゆきだから、仕方がない」
りーさん「そうね。ゆきちゃんだものね」
みーくん「……本当にゆき先輩には甘いですね、二人とも」
くるみ「ゆきだからな」
みーくん「答えになってないですよ、それ」
りーさん「だって、ゆきちゃんですもの」
みーくん「ゆうり先輩まで……」
くるみ「そう言うみーくんはどうするんだ? またゆきの様子、見に行くのか?」
みーくん「まあ……心配ですから」
りーさん「ふふふっ。ゆきちゃんに一番甘いのは、実はみきさんよね」
くるみ「だな」
みーくん「ち、違います! ゆき先輩があんな感じでゆるゆるしてるから、不安になるだけです」
くるみ「みーくんは、ゆきだけには過保護気味だからな」
りーさん「ゆきちゃんのお母さんみたいね、みきさんは」
みーくん「違うって言ってるじゃないですか! もう!」
くるみ「じゃ、みーくん。ゆきの事、頼んだぞ」
りーさん「お願いね、みきさん」
ガラッ、スタスタ……
みーくん「本当に、二人とも、勝手な事ばかり言って……」
みーくん「第一、ゆき先輩は授業を受けてるんだから、私が面倒を見るなんて出来ないのに」
みーくん「そもそも、ゆき先輩は私より年上なんですよ。とてもそうは見えないけど……」
みーくん「まったくもう……」スクッ
ガラッ、スタスタ……
めぐねぇ「ふふ。相変わらずね、みんな」
めぐねぇ「……あれから一人増えたけど、仲良しなのは変わらなくて」
めぐねぇ「全員、良い子ばかりで……」
めぐねぇ「こんな状況なのに、明るく振る舞えて……」
めぐねぇ「これからもそうやって、強く生きていってね、みんな……」
「私はずっと側にいるから……」
「ずっと、ずっと……いつまでも、あなたたちを見守ってるから」
完
【エンディング イメージ曲】
いきものがかり あるいていこう 曲
http://m.youtube.com/watch?v=fQMWAhGVpKA
歌詞のみ
http://sp.uta-net.com/search/kashi.php?TID=121734
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