五十嵐響子「何でもない日、特別な日」 (24)

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五十嵐響子(15歳)

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>>2
すみませんありがとうございます。

「響子ちゃん」

 事務所に着いてドアをがちゃりと開くなり、プロデューサーがあっと声を上げ、嬉しそうに駆け寄ってきました。そうして何やら勿体ぶった態度を見せて、焦らしに焦らしてからまた焦らします。

 何でしょう、何かあるのかな。多分あります、プロデューサーはそういう人だから。

 八月十日、今日は私の誕生日。特別なようでそうでもない、何でもない日常の内の一日だけど、なんとなくそわそわするような、そんな日です。

 身振り手振りを大げさに、だけど言葉遣いは恭しく、どうぞこちらへなんて言ってソファまで誘われる。お姫様みたいに手を引かれ、手が汗ばんでいたらどうしよう、ぺたぺたして嫌じゃないかな、と変なことが気になりました。

「外が暑くて、ちょっと汗かいちゃいました」

「ん? ほんとだ、なんかしっとりしてる」

 手をにぎにぎして確かめられてしまいました。恥ずかしいです、言わなければよかった! でも今日は、ちょっと良い雰囲気になれるかも。なんて心情を隠し、漏れ出してしまわないように口元を指先で押さえます。

 にこにこするのは良いけれど、にやにやしていたら格好悪い。まるでお祝いしてもらえるのを物凄く期待していたみたいになっちゃう、だめだめ、格好悪い。

 まぁ、物凄く期待していましたけれど、はい、まぁ。

「座って座って、どうぞどうぞ」

 促され、いつもと違う様相のソファに腰掛ける。可愛い犬や猫の絵が描かれたシーツが掛けられ、山ほどにクッションが積み上げられたソファ。

 私が事務所に来るまでの間に色々と準備してくれていたのだろうと思うと嬉しくて、クッションの位置などを試行錯誤している様子を想像してしまったのも相まって、頬が自然と緩んでしまった。

 プロデューサーが鞄をごそごそと漁り、中から二つの箱を取り出しました。大きい箱と小さい箱、どちらも綺麗に包装され、ピンク色のリボンを巻かれている。

 どっちが良い? なんて聞かれたら、どうしよう、やっぱり謙虚な感じに小さい箱を選んだほうがいいのかな。プロデューサーが私に選んでくれたプレゼント、中身が何か分からなくても、正直両方欲しいです。欲張りでごめんなさい。

 あっ、でも待って、今日は私の誕生日ではあるけれど、あの二つの箱が私へのプレゼントとは限らないかもしれない。プロデューサーにとっては何でもないただの平日、そうだ、そうなんです、誕生日とは特別なような何でもない日。

 危なかった、ぬか喜びするところでした。貰う気満々でどきどきしていた自分が恥ずかしい。

「誕生日おめでとう、響子ちゃんにプレゼント、これ両方あげる」

「やったー! あっ、いえ、ありがとうございます」

 思わず立ち上がってしまい、またいそいそと座りなおす。大げさに、跪いて差し出された二つの箱を、頬をゆるゆるさせながら受け取ります。

 にやけてしまうのはもう仕方ないです、嬉しいんです、格好悪くても許してください。

「開けてもいいですか?」

「うん、大きいほうから開けて、ネタだから」

「ネタですかっ!」

 凄い、プロデューサーが私のために、ネタまで仕込んでくれるなんて。嬉しくて胸がいっぱいで、思わず一つ深呼吸。

 リボンを解き、四つ折にしてきゅっと縛り、包装を剥がし、包装紙を丁寧にたたみ、角がずれてしまったのでたたみ直し、納得がいかないので再び開き、たたみ、また開いたところで包装紙は取り上げられてしまいました。

「あっ! 紙も取っておきたいので捨てないで下さい!」

「うん、後で返すから」

 後で返してもらえるなら安心です。では、では開けます、大きいほうの箱を開けます。少し重い感じの箱を膝の上に乗せ、蓋に手をかけゆっくりと、開けて、みると。中に入っていたのはモッツァレラチーズとトマトでした。

「……チーズですっ!」

「うん、モッツァレラチーズ」

 これがどういうネタに繋がるのか、思考を巡らせ理解しようと試みます。

 モッツァレラチーズは癖の無い、カロリー控えめのさっぱりとしたチーズ。そのまま何かに合わせても、加熱してとろとろにしても美味しく頂けます。

 トマトはご存知、酸味のある瑞々しい野菜ですね。栄養も満点でサラダにして良し、煮ても焼いても良しの凄い子です。

 ここから導き出されるこのプレゼントの意味は、むむむ……モッツァレラチーズは何となく、私のことっぽい気がします。癖の無い普通な感じで、控えめ……控えめ?

 するとトマトは、プロデューサーだったりして。甘酸っぱくて、明るく陽の光を浴びているようで、いつでも新鮮な感じ。

 チーズとトマトはそれぞれ個別に食べても美味しいけれど、二つあわせるとお互いを引き立て合い、もっと美味しい素晴らしいお料理になりますね。つまり、ええと、つまり。

「私とプロデューサーの相性が、ばっちり、ということですね?」

「うん? ああ、このまえ響子ちゃんに作ってもらったパスタ美味しかったよって言う、あれだけど」

「あっ、はい、ありがとうございます」

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」

 じゃあ今の考察は聞かなかった事にして下さい。

「でもまぁ俺と響子ちゃんはばっちりだよね」

「聞かなかった事にして下さい!」

 わぁー、もぉー!

 お昼の時間なので、チーズとトマトでパスタを作ることになりました。偶然にも乾燥パスタも購入してあったとの事で、それもプレゼントとして頂きました。ありがとうございます。

 調理場を借り、エプロンを着け、お料理の道具を用意して、さあ準備万端です。

「今日は私の誕生日なので」

「響子ちゃんの誕生日なので」

「お手伝いしてくれたら、嬉しい、なーって♪」

「任せておいて。共同作業な」

 えっ、そんなそんな、でもそうです共同作業です、えへへ。共同で、やるんです、えへへ、嬉しい。

 まな板に乗せた玉ねぎを、細かく切り分けていきます。とんとんとん、リズム良く、楽しげに、軽快に。

 今日はプロデューサーが横で見ているのでいつもより少しだけ張り切っちゃってますけど、緊張とかは大丈夫です、手元が狂う心配はありません。

 食材を細かくする間、プロデューサーにはパスタを茹でる準備をしてもらいます。私が何かをやっている間に、プロデューサーに別のことをやってもらう。

 これは共同作業な感じが出ているのではないでしょうか。

「水に塩ってどれくらい入れたらいいの?」

「お水1リットルに対して小さじ一くらいです」

「小さじ一ってどれくらい?」

「小さじ一はだいたい小さじに一杯くらいです」

「山盛り?」

「すり切りですね」

 共同作業な感じします! あぁっ! 二人で食事の準備を進め、出来ないことは助け合う、分からないことは教え合う。こういうのです、こういうのが良いんですっ!

 何だかテンション上がってきちゃいました。もっと沢山、色んなことを聞いてもらいたい、教えてあげたい、頼ってほしい、素敵な子だなって思われたいですっ!

「響子ちゃん」

「なんでしょうか!」

「玉ねぎ、細かくし過ぎじゃない?」

 やらかしました。

 気を取り直してパスタを茹でます。袋に表示されている茹で時間の目安は五分、けれど、プロデューサーの今日の気分はどうでしょう、どれくらいの茹で加減が好みかな。

 トマトソースをヘラで混ぜる係を代わってもらい、私はパスタの仕上がりを確かめます。ふつふつ沸くお湯の中からパスタを一本菜箸で取り、口へ運ぶ。

 もぐもぐ、少し弾力のある、硬めな感じです。

「プロデューサーも食べてみてください」

「えっ、待って、混ぜるの止めたら焦げたりしないこれ?」

「そんなにすぐには焦げないと思いますけど……じゃあ」

 再びお湯の中からパスタを取り、息を吹きかけて冷まします。ふーふーしたあとそのままそれをプロデューサーの口元へ。

「プロデューサー、あーん、ですっ」

 これは、ちょっと大胆だったかな。恥ずかしくなってきました、やらなければ良かった!

 だいたい息を吹きかけたものを人に食べさせるだなんて、駄目でしょう、私とプロデューサーはお仕事の関係であってまだ全然恋人とかそういうのじゃないのにこんな事、駄目です、だめだめっ。

 プロデューサー絶対引いてる、気持ち悪いって思ってるに決まってます。

 それでも優しいプロデューサーは、口を開けてパスタが投入されるのを待っていてくれました。優しい、嬉しい、申し訳ない……。気を遣わせてしまいました。

 心の中で謝りながら手首を返し、冷めたパスタは私の口へと運ばれました。もぐもぐ口を動かす私を、プロデューサーが静かに見つめています。照れます。

「……響子ちゃんが俺に意地悪をする」

「えっ!? してないです!」

「こんな残酷なフェイント初めてだ……」

「違います! じゃあ、じゃあもう一回ですっ! はい、ふー、ふー、はい、あーんっ」

 食べてもらっちゃいました。口の端から垂れてしまったパスタを指でつまみ、口の中へ戻してあげます。手はこれでもかってくらい念入りに洗ってあるので問題ありません、汚くないです。

 指先で触れた唇がやわらかくて、男の人の唇もふにふにしてるんだと思ったらもう、どきどきが半端じゃ無くて結婚したいって思いました。

「ちょっとやわらかめだな」

「は、はいっ、思ったよりやわらかくてビックリしました!」

「じゃあもう鍋の火は止めようか」

「そうですね! パスタの話ですね!」

 夢中になって茹ですぎたようです。やらかしました。

 出来上がったパスタを、プロデューサーは美味しい美味しいと言ってもりもり食べてくれました。二人で力を合わせて、共同作業で作ったんですから、美味しいに決まってます!

 やわらか過ぎるかと思われた茹で具合も、今日のプロデューサーはそれくらいがお好みらしく、丁度良い加減だったみたいです。良かったです。

 お昼を食べ終え、お茶を淹れてほっと一息。それではお待ちかねとばかりに、まだ中を見ていなかった小さいほうの箱を開けてみることになりました。

 ピンク色のリボンを解き、包装を剥がし、まだ何もしていないのに包装紙は取り上げられ、私は蓋に手をかけます。

 ゆっくり開いて中を覗きこんでみると、入っていたのは。

「わあ、シュシュですね! ありがとうございます!」

「響子ちゃんに似合うと思って」

 二つ目のプレゼントは、髪を纏めるシュシュでした。

 さっそく着けてみようと思い、髪に手を掛け、そこで停止。今日は私の誕生日だし、もう少しくらいわがままになってしまっても、許してもらえちゃったりしないかな。

 結び目を掴んだまま止まっている私を、不思議そうに見つめるプロデューサー。視線を合わせると笑みが漏れ、つられてかプロデューサーもにっこり笑ってくれました。

「プロデューサーが、着けてくれませんか」

「俺は髪短いから無理だよ」

 そうじゃないです。

「私の髪、プロデューサーに纏めてもらいたいです」

 言葉の意味を理解したプロデューサーが、分かったといって頷きました。

 シュシュを渡し、座る向きを反転させて背を向ける。大きな手が髪に触れ、もともと着いていたほうの髪留めをしゅるりと引いて外しました。髪が肩に落ち、首の周りが何だかさわさわとします。

「髪、下ろしても可愛いな、響子ちゃんは」

「プロデューサーは、どっちが好きですか? 下ろしてるのと上げてるのだったら」

「上げてるほうが好きかな」

 じゃあずっと上げておきます。これは確定です。

 髪の間を指が滑っていき、撫でられているみたいで心地良い。プロデューサーは私の髪を、さらりと一度だけ手で梳きました。

 そうしてから全体を持ち上げ、頭の右側の、高い位置に集めていきます。束ねた髪をゴムで縛り、落ちてくる毛はピンで留め、最後にプレゼントのシュシュで飾る。

 出来た、と小さな声が聞こえました。

「すっごい下手」

「ふふっ、いいんです、ありがとうございます」

 お礼を言って向き合うと、プロデューサーは苦笑を浮かべていました。これはないなと乾いた声で言いながら手鏡を渡され、私はそれを覗き込みます。

「……斬新、で、いいと思います」

「やっぱり響子ちゃん自分でやってよ」

「いいんです、これがいいんですっ!」

「駄目だって、恥かくって」

 プロデューサーがまた髪を解こうと伸ばしてきた手を、必死に掴んで抵抗します。

 駄目です、取っちゃ嫌です、ぜんぜん下手じゃないですもん、私が五歳の頃なんかはもっと飛び立つんじゃないかっていう下手さでしたもん。

 やだーやめてー! 取らないでー!

 抵抗すること二分ほど、攻防は私の勝ちで落ち着きました。私、やるときはやるんです!

「プロデューサーのお誕生日は、どんな予定ですか?」

 作ってもらったもさもさしているサイドテールをひとしきり触って大満足、心を温かいもので満たし、私はプロデューサーに問いかけます。

 何でもないはずの私の誕生日をお祝いしてもらったので、私もお返しがしたいのですが、さて、どうでしょう。

「俺の誕生日は、別に普通、特に予定は無いかな」

「そうなんですか。その日、多分ですけど、私も暇なような気がします」

「えー、響子ちゃん売れっ子だから、どうかな」

「じゃあお休みにして下さいっ」

 少しだけ、声を張ってしまいました。驚いたように、プロデューサーが目をぱちくりとさせます。でも、それも一瞬、プロデューサーは笑顔に戻って、私の頭を撫でてくれました。

「なに、お祝いしてくれるの?」

「したいです、お祝い」

「響子ちゃんにとっては何でもない日のはずだけど、休みを取ってまで祝うような事かな」

「何でもなくないです!」

 今日は、私の誕生日は私にとって、何でも日です。

 パパとママと私にとって、特別な日で、でもやっぱり普通の日で。おめでとうと言ってもらえるのは嬉しくて、でももし誰もお祝いしてくれなくても、ちょっと寂しいけど我慢できるくらいには何でもない日です。

 でも、プロデューサーの誕生日は、プロデューサーの特別な日だから。

「私にとって、一年で一番、特別な日です……」

 絶対お祝いしたいです。

 プロデューサーの特別な日に、一緒に過ごすのが、私だったらって、思います。折角だから暇をつぶすっていうくらいの用事でも、誰かを呼ぶなら私を選んでほしいって、思います。

 プロデューサーの大きな手が、私の頭をぽんぽんと叩きました。俯き気味だった顔を上げると、お日様みたいな笑顔が見えて、私もつられて頬を緩めてしまいます。

「じゃあ、俺の好きなもの作ってね」

「……っ! つ、つ、作りますっ!」

「ケーキも用意して」

「十個くらい用意しますっ!」

「そんなにはいらないかな」

 そんなにはいらないみたいです。やった、約束ですからね、絶対お祝いしますから! 飛び跳ねそうになる気持ちを抑え、プロデューサーにメモ帳とペンを渡します。

 好きなもの一覧を書いてもらって、欲しい物と行きたい場所も書いてもらって、もう完璧です、調べたり買ったりたくさん練習したりしておきます!

 飛び跳ねそうになる気持ちを抑えきれず、プロデューサーがメモ帳にペンを走らせている間、ぴょんぴょんと飛んでしまっていました。恥ずかしい。

 そうして返ってきたメモ帳に、軽く目を通します。ええと、欲しいもの、ランボルギーニ。野菜か何かでしょうか、買っておきますね!

 今日は普通の日で、特別な日で、プロデューサーにとってはただの平日で。

 でもいつか、プロデューサーにとって八月十日が、特別な日になったらって。

 そんな事を考えて、私は漏れ出す笑みが止められないのでした。えへへ。





「俺にとっての特別な日は今日だけどね、響子ちゃんの誕生日だから」

 早いです! でも嬉しいです!

「おれと響子ちゃんは相性ばっちりだしな」

「まだ言いますかそれ!」

以上です。
響子ちゃんにお世話されたり響子ちゃんをお世話したりしたいですね。
ではHTML化の依頼を出してまいります。

TBSや誕生日やアイプロがあったにも関わらず何も書いていない朋ちゃん担当のss書きが居るらしいです。
ご覧頂きましてありがとうございました。

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