サザナミタウン
沿岸の小さなレストラン
テレビ『季節外れのハリケーンが発生しています。イッシュ地方への影響ですが――』
爺「通りで波が高いと。ハリケーンがくるみたいだの」
女「こっちに上陸するまでに勢力を弱めてくれてるといいんだけど」
女「――はい、これ。注文のお茶」
爺「わしは酒を頼んだんじゃが」
女「昼から飲んだくれてると体壊すわよ」
爺「体を壊したら女ちゃんが看病」
女「しないわ。お茶代ももちろん貰うから」
爺「今日も女ちゃんはツンじゃあ、そろそろデレがほしいのう……なぁ、ピカチュウ」
ピカチュウ「ぴかぴーか」
ピカチュウ『ジジイになってもそれだ、そろそろ若い娘をからかうのはやめるんじゃの』
女「ピカチュウちゃん、呆れてるみたいだけど」
爺「長い付き合いだというのに、酷いぞピカチュウ」
ピカチュウ『ふふっ、長い付き合いだから言うんじゃろう』
テレビ『なお、ハリケーンの進路にはサメハダーの群が確認されており』
女「――――!」
爺「……女ちゃんはサメハダーが嫌いかの?」
女「嫌いよ。ハリケーンに巻き込まれてみんな死ねばいいんだわ」
爺「……わしも好きではないのう、野生は人やポケモンを襲う。特にゲンシカイキしたのは危ない」
爺「サメハダーとして種が固定する前、鮫……シャークとしての本能が先行するようじゃから」
ピカチュウ『若い頃の妾達を襲ったサメハダーも、それだったな……まぁ、この年で海に入ろうとは思わないが』
爺「しかしまぁ、あの波……警報まではいかんでも波浪注意報はとうに出る代物かと思うが」
女「どこにでも高波を楽しむバカはいるのよ」
爺「……耳が痛いの」
ピカチュウ『……そうだな』
女「一応、うちのオーナーが話しに言ったわ。事故が起きる前に遊泳禁止を考えるべきだって」
爺「相変わらず男君は真面目じゃー」
サザナミタウン
砂浜
男「高波でサーフィンをやりたいのはわかるが、やはり危険だ」
友「でもなぁ、警報も何も出てない状況じゃ、いきなり遊泳禁止なんて言えないだろ」
友「なんせここはセレブ御用達の観光地だ。海でもじゃんじゃん金を落としてくれる。そう簡単に禁止には出来ないって」
男「わかっている。……わかっているんだが、波はどんどん高くなっている。風も強まってきた。……何事もなければいいが」
友「ライフセーバーの人数をけちってるわけじゃないんだ。これは本職に任せようぜ」
男「……わかった」
フシギバナ『相変わらず、男ちゃんは真面目だねぇ』
ルカリオ『……そうだな』
フシギバナ『ほんと、ルカリオちゃんそっくり』
ルカリオ『…………』
友「で、お前は店に戻るのか?」
男「ああ」
友「んじゃ、俺らはもう少し遊んでくるわ。ついでに水着美女ひっかけてくる」
男「……またナンパ失敗記録を更新するつもりか」
ルカリオ『今日はすでに三回失敗しているはずだが』
友「あーあー!聞こえねー!!よーし、フシギバナ!波打ち際で年甲斐もなく遊ぶおっさんになるから付き合え!」
フシギバナ『いいよー、足元だけじゃぶじゃぶするのは僕も好きだし』
友「さっそく好みの褐色美女を発見」
フシギバナ『あー、ほんとだ。あっちの子友ちゃん好みー、って……』
友「おい、アレ……見間違いか?」
フシギバナ『違うよ、あのヒレ!!』
男「サメハダーか!」
砂浜を走る。
波打ち際の人間、ポケモン達は気付いていない。
それは海に入った者も同じ。
海面から出た背ビレは、海水浴を楽しむ人々に確かに近付いている。
男「野生でないと思いたいが!!」
ルカリオ『サメハダーは海水浴場への入場が禁止されている!悪戯にしては質が悪い!』
目的は近くの岩場に停めた水上バイクだ。
水ポケモンならまだしも、泳ぎだけでサメハダーのいる海に入るわけにはいかない。
監視員『――サメハダーがいます!!海から上がって下さい!』
スピーカーによって拡張された監視員の声が海水浴場に広がる。
男(友が知らせてくれたか……!)
楽しげな喧騒は一転、各地で悲鳴があがり始めた。
水上バイクに飛び乗る、後ろにはルカリオ。
男「いざとなったら攻撃頼むぞ!」
ルカリオ『任せろ!』
アクセルは全開に。
浅瀬に近い者は大丈夫だろう、問題は沖にいる者だ。
この高波はサーフィン客を多く呼んだ。
一番サメハダーに近い女性客は、サメハダーの背ビレを確認したのだろう。岸を目指して必死に進んでいた。
男「野生がこんな浅瀬に来ること自体珍しいのに」
男(――サメハダーの遊泳スピードはそれほど早くない。この距離なら間に合)
女性客「きゃあ ああっ っ!!あ"っ……!」
絶叫と共に女性が海に沈んだ。一瞬にして赤黒く濁る、淀みの中から、
女性客「 」
助けを求め伸ばされた手ごと、大顎が喰らった。
ルカリオ『男!!』
男「!!一匹じゃ、ないのか…!!」
ルカリオ『一匹なんてもんじゃない!沖の方からも!岸の近くにも!!』
沖には特徴的な背ビレがいくつもあった。沢山の黒のそれが、波を縫って真っ直ぐこちらに向かう。
周囲の悲鳴も、絶叫が多く混じっていた。
気付けたのは一匹だけだった。サメハダーはすでにこの海域に侵入していたのだ。
男性客「逃げろジュゴン!!っがあ あ !!!」
ジュゴン『ご主人!!』
足を喰い付かれた男性客が引きずり込まれる。
海中へ追いかけるジュゴンは、水の波動を発生させた。
先行させた衝撃に次いで、ジュゴン自身もサメハダーに突進する。
ジュゴン『うああああ!!』
サメハダー「!」
まともにくらったらしい、目を回したサメハダーの顎が緩む。
ジュゴンに支えられ男性客は海面に出るが、
男性客(やばい、他のサメハダーが来る、さっきのもすぐ……)
迫る二つの背ビレ。海中のサメハダーも死んだわけではない。
ジュゴン『岸に、早くご主人をつれていかなきゃ、手当てしなきゃ!』
男性客(ジュゴンの体にも傷が……くそっ、直接攻撃、鮫肌が原因か……!)
男性客(どうする、どうする、俺はまともに泳げない、俺を連れてちゃジュゴンも巻き込まれる)
ジュゴン『早く!早く!ご主人が!』
そして、背後で激しい水飛沫があがる。何か巨大なものが海面から飛び出した、そんな、
男性客(うそだろ、)
真っ赤な口内、凶悪な鋭い歯が迫る。
男性客(せめて、ジュゴンだけでも――)
男「うおおおおお!!!」
今まさに食らい付かんとしたサメハダーの横っ腹に、水上バイクが突撃した。
弾き飛ばされたサメハダーが、削られた肉片を散らし海へと落ちる。
男性客「な……!!」
ジュゴン『!!』
派手に着水した水上バイクは、男性客の元へ戻った。
男「こっちへ!」
ルカリオ『泳げるか!?』
ジュゴン『泳げます!ご主人をお願い!!』
男性客を水上バイクへと引きずりあげる。
男とルカリオの間に乗せ、
男「捕まってろ!飛ばすぞ!」
男性客「……また来るぞ、サメハダーだ!」
重くなった分スピードは落ちる。岸まで追い付かれずにいるのは難しい。
ジュゴン『人はいない……時間稼ぎになるなら――凍れ!!』
潜ったジュゴン、冷凍ビームのその範囲が凍りついた。すぐに流されるだろう氷の壁も、サメハダー進行の邪魔にはなるだろう。
確かに、海中のサメハダーは氷の壁を避けるように迂回する。
しかし、先程のように跳ぶ個体は存在する。
案の定、海中の氷の壁を飛び越え、水上バイクに迫るサメハダーがいた。
ルカリオ『いいだろう、体に風穴を開けてやる』
ルカリオの手には螺旋が渦巻いていた。
螺旋は、大きく開いた口内へ吸い込まれるように飛び。
破裂音と共に、サメハダー一個体分の肉片が飛び散った。
ぼちゃぼちゃと肉片が落ちる音を背に、ルカリオは次の波動弾を充填し終えた。
ルカリオ『風穴だけでは済まなかったようだな』
その日、海は赤黒く染まった。
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