和「かまいたちの夜」 (156)
サスペンスもの。
残酷な描写は二つほどありますが、配慮して描写は少なめです。
地の文は臨場感だすため多め。
エセ関西弁があります。
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1
淡「サッキー、こっちこっちー」
咲「え……でも、私そんな難しいコース無理だよ」
淡「大丈夫、大丈夫!私が教えるからさ」
大星さんは得意気にそう言っては、咲さんの手を掴んでリフトの方へ行った。
私はそんな様子を見ては嫉妬の炎に身を焼かれそうになっていました。
和「おかしい……私がその役を担う予定だったんですが」
久「でもあなたスキー余り出来ないじゃない」
和「それは胸が邪魔で――って部長、い、いつの間に?」
何か聞かれちゃまずいことを言いましたっけ……。
いえ、記憶する限りではないような気がするんですが、でも無意識に言ったことは大抵忘れているものなんです。実際は何も言ってないのかもしれませんが、少なくとも不安感は残るのです。
しかし大丈夫ですよね?
ああ、もう!
どうせ悩んでも、言った、言わないという事実は変わらないじゃないですか!
なら悩むなんて非合理もいいところ……と思いましたが、よく考えてみれば言った、言わないというのを確認しなければ安心できないかもしれませんね。
久「今丁度来たところだけど」
部長はそう言って、微笑を浮かべて更に続けた。
久「だから和がいくら変なことを言ってたとしても大丈夫よ。最後のところしか聞いてないから」
和「変なことってなんです?」
久「分からないの?あなたの咲への愛情表現のことよ。ああ、今さらごまかさなくてもいいわ。
だっていくらごまかしてもみんな知ってるし……こんな率直に言っても怒らないでね、和。何故ってあなたの気を悪くするのを承知でわざと言ってるんだから。
っていうのもあなたは咲が好きだけど、いつまで経っても進展がないじゃない」
和「それは余計なお世話というやつですね。咲さんのことを好意的にみているというのは認めますが、それにとやかく言われるいわれはありません」
色々と不愉快なことです。まず私が愛情から変なことを言う人間だと思われていること、それにずけずけと私の精神領域に入ること、それにこれらのことを考察する時間が与えられていないことです。
否定するか肯定するかという時間すら与えられていない。それは私という人格と、理想にずれが生じるということです。
でもずれが生じるならそれでもいいかもしれない……何故ならそれは、それは……ああ、こういうことです!
頭が回らない、回らなくなるのです!
久「私もずけずけとこんなこと言うのは客観的に見て嫌な人間だと思うけど……うーん、まあ、いいわ。単刀直入に言うけど、咲が大星さんにとられたくないなら、もっと積極的になること。それだけ」
和「とられるもなにも咲さんは私のものじゃありませんけど」
久「からかってるの?」
からかってる、と言われても何が何だか分かりませんね。前提として咲さんは誰のものでもないということを言っただけのことですが……もしかして私の方が問題があるんでしょうか。
久「……捉え方の違いか、あるいは性格の違いか 、あ、これ同じことか」
和「何ですか?」
久「なんでもない。もう行くわ、ごめんなさいね」
ふう、部長には困ったものですね。
……でも部長は部長なりに私のことを考えているということは否定的になってはいけませんね。
さらにいえば部長は損な役を買ってでる、お人好しともいえますから。人を見る目もある。だからこそ私にああいうことを言ったのでしょう。悪役を買ってでて自己満足する人との違いはそこにあるのでしょう。
それにしても大星さんに咲さんを?
咲さんは私のものではない、だから大星さんと咲さんがくっついても何ら問題は……と、私が困りますね。
しかしそもそも大星さんと咲さんはお互いにどう思っているんでしょうか。それ次第で私がどうするべきか変わってくるんですが……とはいえ結局どうあがいても私は自分の満足する道を選ぶしかない。
あれ6はボットかなんかですか
人間はエゴイズムと上手に付き合わなければいけない、ということでしょうかね。
それは正当化なのか、どうか。
でも関係ありませんね。
どちらにせよ、です。
照「雲行きが悪くなってきたね」
考え事をしていると、隣から声が……見てみると咲さんのお姉さんと菫さんが立っていました。
確かに空を見てみると黒く厚い雲が広がっていました。
でも咲さんのお姉さんは私に話しかけたのでしょうか?
隣にいるということはそうかもしれないんですが、もしかするとたまたま私の隣にいるだけかもしれません。
菫「今夜は吹雪くかもしれないな。今日はもう終わりにしようか……淡たちにも知らせないとな」
照「そうだね。原村さんもここで一緒に待っててくれる?」
和「分かりました」
どうやら私に話しかけてくれたようだ、と私は内心ほっとしながら――これは矮小な考えでしょうか?でもそれもいいかもしれません――頷いて答えた 。
和「荒れそうですね」
◇
インターハイが終わり、咲さんがお姉さんとよりを戻したことからはじまり、各校との人たちとは戦いの中で育まれた友情が萌芽となり、プライベートでの交遊が行われる仲となっていました。
今回の旅行もその一環で、辻垣内さんの親戚が経営するというペンションを一週間借りさせてもらい、清澄、白糸台、阿知賀、姫松、そして臨海(中には都合が悪くこれない人もいました)の五校でスキーを楽しむこととなったのでした。
旅行とはいっても地元なんですが、はっきりいって田舎の景観はみんな同じなので、ここが長野だろうと新潟だろうと栃木だろうと変わらないのです――東京にさえ似たような場所があるんです――。
そうは言っても、遠くに旅行したというのと、地元というのは気の持ちようが違うものですが……もう、そんなことはいいんです!ようは友達と一緒にいることが肝要なんですから。
さて私はこの旅行を実に楽しみにしていました。
三年生がたの受験も終わり――ちなみに皆さん成績は優秀だったので、特別受験の雰囲気は感じさせませんでした――、先輩はもう大学生となる。
つまりこれが高校生活最後の旅行となるのです。私はセンチメンタルな感情に浸らざるを得ませんでした 。
まして咲さんは私よりも感じやすい性質なのでなおのこと。ここに来る道中で咲さんが寂しげにしているのを何度も見ました。
そういう寂しい気持ちの片原で、この旅行を楽しもうという意地に似た気持ちが沸いてきたのです。
しかし悲しみを伴った楽しみなど意味があるのでしょうか?
感じてはいけない、感じたら価値が薄れてしまう気がする、と分かっていても、空虚さを感じてしまいそうになるのです。
生きていると実感するというのは、よくある言葉ですが、私は生を感じたい……あるいはこの感情はこの言葉ではないのかもしれません。何か別の――
2
私たちがペンションに戻ると、やはり雪は強くなり吹雪始めました。しばらく外にでることも叶わなそうな様子でした。
私と咲さんは部屋で着替えをしていました。
咲さんの清潔感溢れる白い肌、それでいて健康的で血色がよくて素晴らしい肌に、私は目線を送ってはいけない、そう思いながらもさりげなくのぞいてしまいました。
冷静に、冷静で、冷静の意識を保つんです!
「和ちゃんは肌綺麗だね――」
和「え?」
自制に気が向いてて、気づかなかったんですが、今なんて言ったんでしょう……?
咲「えーと、和ちゃん人形さんみたいに肌綺麗だなーって」
和「え……そうですか?」
咲「うん、凄い綺麗だよ」
そう言って咲さんは微笑を浮かべる。まさか咲さんに誉められるとは……困惑です。
そうしてしばらく茫然としていると、咲さんは既に着替え終わったようで、ぼーとしている私を眺めていました。
あ、私は今ものすごく滑稽なんじゃ……?
と気付いた頃には手遅れで、もはや何をしようとその行動には誤魔化し、という付加価値が生じるのです。
仮に咲さんが何も思っていなくともです。
そうは言っても上半身ブラジャ一枚、下はスキーウェアのままというのはあまりにも格好がつかないので私は着替えを続行しました。
そそくさとなりすぎないように、頬を赤くしないように……しかしそんなことを心がけても、しょうがないかもしれない。
そう思い立ったとき下の着替えの最中にジャージの裾を踏んでしまい、私はすっころんでしまいました。
咲「和ちゃん!大丈夫?」
和「え……ええ、全然大丈夫ですよ」
私はそう言いながらも羞恥心にかられました。咲さんが手を貸して起こしてくれたとき、私は頬を赤くして俯いていました。
なんという……!
ただ転ぶのも恥ずかしいですが、この場合そう思われるかもしれない、というのがどうにも耐え難い。
和「どうも恥ずかしいところを……」
私が言いかけると、咲さんが照れたような表情をしているのに気がつきました。
咲「あはは……私もよくやるし、全然気にしないよ」
そう言われて私は愕然とし、気づきました。
自分の行いで恥じるということは、その行いをする他人を恥ずかしいと思うことだと……。
私は咲さんの行いを恥だなどと思うのでしょうか?
ああ、恥ずかしいのは全部、私です……私の矮小さです!
この、恥知らず……!
で、でも、この考えは余りにも現実味がないのでは?
羞恥心は誰にも――いえ、でも!
咲「和ちゃん、どうしたの?」
咲さんは微笑を浮かべ首を傾げます。
和「何でもありません……すみません、咲さん」
咲「う、うん」
困惑する咲さんを見て、1つ確信しました。
私にとって咲さんだけは間違いなく美しい存在だと。
そのあとは何事もなく、少しお話をしたあとに私たちは一階に下りて、談話室へ。
談話室にあるソファーに私たちが座ると、ちょうど二階から静乃、憧、玄さんの三人がおりてきました。
憧「ちょっとゲレンデから遠いよね」
静乃「そう?雪景色、長く見れていいと思うけどなー」
玄「私は食べ物さえあれば大丈夫なのです」
憧「……玄はいつから食いしん坊キャラに?」
そんな会話をしているのを私たちが見ていると、三人が私たちに気付いて、笑顔となった。
静乃「おー、和に咲さん!さっきぶりだね」
静乃は上級コースで一日中滑っていたというのに、全く疲れた様子はない。昔から元気でしたが、変わらないようですね。
憧「へー、二人ともいい感じね」
憧は思わせ振りに笑った。
部長といい、憧といい、一体なんなんでしょうか?
和「あ、玄さん、デジカメ持ってきたんですか?」
私は半ば強引に話の矛先を変えました。
玄「うん、記念写真撮ろうと思って」
憧「じゃあ早速撮ってみる?まだ全員集まってないけど、あとで撮ればいいし」
静乃「あれ、でも誰か撮る人がいるんじゃ」
玄「それは大丈夫だよ、静乃ちゃん。タイマー機能あるから」
というわけで、私たちは写真を撮った。
思い出は色褪せないというものかもしれませんが、やはり記憶というのは段々と薄れていくもので、写真という物質的な記録は私としては嬉しいものとなります。
そういう意味では咲さんと二人で、写真を撮っておきたいという気持ちもでてきますね。
でもまだ時間はたくさんあるんですから、それはまた今度の機会にすればいいですね。
私たちはそのあと会話を楽しみました。
途中で食事を用意する係となっている咲さんが調理場に行きますと(咲さんと、そのお姉さん、弘瀬さん、末原さんが料理をつくることになっている)、その代わりに大星さんと愛宕さん(姉)がおりてきて会話の輪に加わった。
洋恵「あー、こんな雪降って、たまらんわあ。せっかくスキーの腕前見せよう思ったのになあ」
淡「えー、今日初心者コースでずっと滑ってたような気がしたけどー?」
洋恵「あ、あれはウォーミングアップや……五回五失点してあと無失点ってピッチャーいるやろ?そんな感じ」
それはさらし投げなのでは……。
私を含め、玄さんと憧は苦笑している。
淡「私野球わかんないけど、それって凄いの?」
洋恵「おー、凄いで」
と愛宕さんはご満悦顔。
淡「あれ、咲いないけど、どこいんのさー」
静乃「咲さんは今日の料理番ですよ」
淡「料理番?私聞いてないけど」
憧「料理できる人がやることになってるからでしょ」
淡「それじゃ私出来ないみたい!」
憧「じゃあ出来るの?」
淡「当然!そらもう三ツ星どころか百星レストラン級だよ」
本当なのか嘘なのか、器量はあるので
あながち嘘じゃないかもしれませんね。
――そのとき窓ががたがたと鳴り、風が唸りをあげる音がした。
ありがとうございます。直しますね……
私たちは驚いてしまい、各々ぴくっと背筋を張った。特に大星さんと玄さんは凄まじく怖がっている。
洋榎「なんや、淡、そんな青ざめて……意外と怖がりなんか?」
淡「え、そんなことあるわけないよ。ホラー映画百人切りだって余裕な私が、怖がるなんて」
大星さんはあくまで強がりを言っている。
玄「家ごと飛ばされちゃったりしないよね……?」
憧「それは流石に大丈夫でしょ。この家頑丈だし」
玄「なら大丈夫だね」
玄さんはほっとした様子でいた。
そうこうしていると料理ができたようで、咲さんが私たちを呼びにぱたぱたと談話室にやって来ました。
なるほど、料理の香りがしますね。
3
食堂には五つのテーブルがあり、その上には美味しそうな料理が既に用意されていた。
私たちはそれぞれの席に座った。
咲さんと私、愛宕さんと末原さん、部長と辻垣内さん、弘世さんと咲さんのお姉さんと大星さん、それに穏乃と憧と玄さん。
ここには全員が――と私はある人間が窓際に座っているのに気が付いた。
黒いコートに、帽子、体格の良い身体、それを見た印象はやくざ――だった。
私は咄嗟に辻垣内さんを見てしまった。 が、すぐにその無意味さに気付いて目線を反らした。
和「咲さん、あの男は?誰かの保護者ですか?」
私はひっそりと咲さんに聞いた。
咲「あー、あれは田中さん人形だって。私も最初見てびっくりしちゃったよ」
和「え、あれ人形なんですか?なんでそんな」
咲「なんでも有名なゲームにあやかってだって」
更に聞いてみると、それはミステリーもののサウンドノベルということ。
それって凄い縁起が悪いと思うんですが、辻垣内さんの親戚は一体何を考えているんでしょうか。
正体が分かり私は安心して食事にありついた。
パスタ、スープ、サラダと無難なメニューでしたが、とても美味しいものでした。
和「そういえば、これは咲さんが作ったんですよね」
咲「うーん、私はお手伝いくらいだよ」
と咲さんは控えめに言った。その胸と同じで、なんと美しい態度なんでしょうか!
和「でも咲さんもわずかにも手を加えた――そうですね?」
咲「う、うん」
ああ!咲さんの手料理を食べられるなんて……もう死んでもいい。
和「咲さんが毎日手料理を作ってくれたら、どれだけ素晴らしいんでしょうか」
咲「え?」
和「あ、いえ、何でもないです!」
私は独り言が漏れているのの気が付いて、慌てて弁明した。
咲「和ちゃんは面白いね」
咲さんは微笑みを浮かべました。
面白い、というのは好意的にみられている、と考えていいんですよね。
だったら、もしそうなら……最高ですね。
私は麺を、そして喜びを咀嚼した。
◇
食事が終わり、それぞれ自分たちの部屋に戻ったり、そのまま談話室に行ったりした。
談話室には私と、大星さん、愛宕さん、それに咲さんのお姉さんがいました。
咲さんと弘世さん、末原さんと玄さんは後片付けと、明日の料理の下ごしらえをしています。
他の人達は自分たちの部屋にいます。(ちなみに部屋割りは大方学校別となっているが、例外として部長は辻垣内さんと一緒の部屋となっている)
洋榎「あー、ほんま美味しかったわ。絹も付いてくればよかったのになあ」
愛宕さんは歯の間をブラシしながらそんなことを言う。
女性にあるまじき行動ですが……しかしその人徳のおかげか、あるいは大星さんとお姉さんさんの性格が幸いしてか、お二人は大して気にしていない様子。
お姉さんさん。
誤字脱字すみません。
淡「あれー、そういえばおっぱいの妹さんはなんで来なかったの?」
洋榎「おうおう!それじゃうちがおっぱい小さいみたいに聞こえるわ!」
淡「へー、おっきいんだ!ステルスおっぱい?」
と大星さんは愛宕さんの胸の前にチョップする 。当然物理的反動は存在しなかった。
洋榎「そ、そうや……よく分かって……」
愛宕さんは少し落ち込んでいる様子にリアクション。
ところで愛宕さんは道化のように振る舞っていて、どこまで本気でどこまで嘘かちょっと分かりません。
照「それでどうして妹さんは来なかったの?」
洋榎「あー、単純な話で、絹は旅行の先約があったんや。後輩たちとな」
淡「え?なんでこの旅行よりも先に予定されて、洋恵は誘われなかったの?」
洋榎「お前はいちいち心に鞭を打つな、淡!お前はカトリックかいな」
何故カトリックなのか……多分カトリック教会が案外鬼畜だからとかじゃなくて、カトリック=ローマとかいう誤った認識からきているような。
その方が愛宕さんっぽいです。
とそこで末原さんが調理場のほうからやってきた。
白い額に滴る汗は仕事のあとであることを窺わせる。
洋榎「お、恭子終わったんか。ご苦労、ご苦労」
恭子「いや主将、偉そうにしてますけど、自分もやってくださいよ。調理係やらないの主将と大星だけですよ」
末原さんは眉を吊り上げて、そう言う。
洋榎「うちらは企画発案係や。政治家は顔で、役人は手、国民は足ってな」
淡「そうそう。えーと、私たちは足?発案に足は使いませーん!」
照「淡、ある程度の運動は頭にいいんだよ」
いや、ピントがはずれているような……咲さんとは別の意味で天然なんですね。
淡「それ本当?じゃあ私毎日富士山登るねー」
恭子「過労は頭鈍くなるって、というか足ちゃう、顔や……まったく」
と末原さんは溜め息をつくもなぜか微笑を浮かべる。
恭子「原村も大変やったな、こんなポンコツ連中と話してて」
洋榎「ポンコツやと!うちらほどのハイスペックマシーンはそうないで、どあほ」
淡「そうそう。あと人のことバカにしちゃだめなんだー!」
お二人が野次るなかで、末原さんは受け流すように相づちをうちながら、ソファーに座った。
流石にあの愛宕さんと同学年のだけあって、いちいち動じない。
淡「咲とかは来ないの?」
恭子「もうすぐ来ると思うで」
照「じゃもう少し話して、待ってよう」
それに応じて末原さんを加えた談笑が始まった。
4
私たちが談笑を始めて二分ほどしたとき、外で重いものが落ちるような音がした。
私は特に深いことを考えずに窓から外を眺めた。
しかし外は吹雪が強くて何も見えない。
落雪……でしょうか。
恭子「どうした?」
和「いえ、外で音がしたので何かあるかと思いまして」
恭子「うーん、私は気づかなかったけど、こんな吹雪が強いから音がしてもおかくしくないんちゃう」
私はもともとの関心の薄さも相まって、末原さんの言うことに頷いて話に意識を戻した。
洋榎「おい、和!反応せい」
和「は、はい?」
皆さんのほうを向くと突然の愛宕さんの大声。いえ、愛宕さんはいつも大声ですけど。
洋榎「はい、って話聞いてたんかいな」
そこで私は話の内容を思い出した。
確か名前の呼び方をもっと親しみを込めるとか……。
照「洋榎に対する呼び方はある意味どうでもいいよ。ただ原村さんが私のことをなかなか呼ばない、話しかけないのが気になる」
洋榎「いや、どうでもよくないわ!この際だからみんなもっとなあ――」
愛宕さんはなにやら必死に弁舌している様子。
元主将という立場からか、案外対外関係に敏感なのかもしれません。
そういえば姫松は雰囲気が和やかでした。愛宕さんの影響も大きいのでしょうね。
恭子「ああ、主将黙っといてください。今は宮永さんと原村が話しとるんです」
末原さんが強めの口調で言うと、愛宕さんは叱られた子犬のように黙る。
私は皆さんに強い眼差しで見られていることに気が付いた。
特にお姉さんの――
和「えっと……話しかけないのは、そもそもまだ慣れ親しんでいないからで、私はそう積極的じゃないですし。
名前を呼ばないのは何て呼べばいいのか決めかねているからで、その、咲さんと同じ名字じゃないですか」
私はとにかくさきほどの問いかけに答えました。
照「じゃあ嫌ってるわけじゃないんだ……」
少し恐がるようにお姉さんは問いかけた。
和「特別嫌う理由はないです。勘違いさせていたなら、すみません」
洋榎「つまり照の思い過ごしだったわけや」
愛宕さんは少し間を置いて微笑した。
淡「急にしんとしてびっくりしちゃったよ。和がテルを嫌うって、初耳だし。女特有の影の闘争があったのかー!?って」
洋榎「というかどう考えればそんなこと考えるんや」
照「うん……私もちょっと恥ずかしくなってきた。咲のことで原村さんが私を嫌ってるかなって……」
なるほど、少し分かる気もしますね。
洋榎「はあん、ナイーブなやっちゃなあ」
淡「私も敏感肌で困ってるんだー」
なぜ同格なんでしょうか。
恭子「しかし誤解が解けてよかったやないか」
照「そうだね。でも原村さん、私の呼び方を気にしてるなら、名前で呼んでくれたら嬉しい」
洋榎「いや、それは無茶やろ。いきなり呼び方変えるのは結構あれやで」
淡「さっきはもっと馴れ合えって言ってたのに?」
洋榎「馴れ合えちゃうわ!親しみあいや」
さっきは愛宕さんがナイーブといいましたが、それはご自分にも言えるような気がします。
そのあとは話を本筋に戻り、それぞれの呼び方について話をした。
けれど話が話だし、愛宕さんと大星さんは常にふざけているので、話はまたしても脇道に。
結局末原さんの愛宕さんへの主将呼びの言及と、徐々に親しみを込めるようにしようという話にまとまった。
そもそも名前という記号は人間関係の要点に違いなく、人間関係の発展に従い呼称も親しみ深くなる。
呼称を強要するのはエゴというもので、それは皆さんも分かっているようで、それぞれの希望をやんわりと伝えるにとどめたのでしょう。
話に一旦区切りがついたところで、咲さんと弘瀬さんが談話室に来た。
咲さんはエプロンを取り外すのを忘れていたようで、指摘されて慌てて取り外した。
可愛いと思ったのは私だけでないはず。
恭子「あれ、玄ちゃんは?」
言われてみれば玄さんはいなかった。
菫「ああ、松実さんは最後の掃除をするって」
咲「手伝うって言ったんだけど断られちゃって」
咲さんは困った様子でした。
弘世さんはお茶を淹れてくれて、それぞれの人の前に差し出した。(談話室には給湯器とコップが備わっている)
私はお茶を飲み、外を眺めた。
外は相変わらず物凄い勢いで吹雪いていて、一メートル先さえ見えそうにない。
菫「これは明日は外にいけそうにないな」
弘世さんは私が外を眺めているのに気が付いたのかそう言った。
淡「えー、スキー楽しみにしてたのに」
照「自然のことだし仕方ないよ。それに私としてはみんなと話せるだけで楽しい」
咲「私も今日はたくさん滑って疲れちゃったから、明日はいいかな。淡ちゃんにはまた明後日教えてもらうよ」
淡「うーん、じゃ、しょうがないね」
というか咲さんと大星さんは約束をしたんですか……。
嫉妬はかくも醜いものですね。
洋榎「せやけど、このまま何日も帰れないで、遭難死なんてことならんか?」
恭子「食料はたくさんあるから大丈夫ですよ。それに人って生命力強いですし」
洋榎「そんなん実践するシチュエーションいややわ」
吹雪は確かに強く、外出できない状況が何日も続くのは十分に考えられました。
でももともと5日の滞在予定でしたし、話し相手には困りませんから、それほど問題ではないかもしれません。
淡「ポッキーは何日分あるの?ポッキーないと死んじゃうよ」
照「確かに」
恭子「いや死なんし」
すぐに話は他愛のないものになり、私たちはまた会話を楽しんだ。
呼称は想像して書いたりしたので一貫性がないかもです。
5
話が弾む中、二階からやや慌ただしく憧と穏乃が降りてきた。
二人は何かを探している様子。
一体どうしたんでしょうか。
穏乃「玄さんいませんか?」
憧「中々戻ってこなくてしずが心配しちゃってね」
二人は玄さんを探していたようです。
言われてみれば、夕食が終わってから二人は玄さんに会っていないから、最後に見てから大分時間がたっていることになりますね。
かくいう私自身玄さんを大分見ていません。
少し不安になりますね。
誘拐や暴漢なんてここであるはずありませんし――少しでも頭に浮かんだのが恥ずかしい――、病気、ということもあるのでしょうか?
でもそれも、玄さんは健康そうでしたからあまり考えられない。
単純に明日の料理の下ごしらえにいそしんでいるだけ、あるいはほかのお仕事、と考えるのが自然ですよね。
しかし病気というのも考えられなくもない。
一度そう考えると、どうしても頭を掠めます。
ああ、もしそうなら救急車も来れないし、どうすれば――いえ、まず病気なんてそう……。
照「調理場にいるって言ってたよね」
咲「うん。大丈夫だと思うけど」
憧「調理場?じゃあ一度様子――」
と憧が言いかけたとき、建物に悲鳴が轟いた。
どこから聞こえたかはっきりとしなかったけれど、しかしこの状況が私に予感させた。
玄さんではないか。
刹那の後、穏乃はいち早く調理場の方へ走り出した。
私たちはすぐに後を追った。
調理場に着いたが、部屋は真っ暗でなにも見えなかった。穏乃も調理係はまだで調理場にはまだ来ていなかったので、勝手がわからないようで部屋の前でたたらを踏んでいる。
弘世さんは穏乃をどかして、部屋の中に押し進んだ。
菫「松実さん?……咲ちゃん、部屋の明かりをつけて」
目がわずかに慣れて、弘世さんの足下に何かが横たわっているのが見えた。
玄さん、なのでしょうか。
咲さんが電源をいれると、部屋に明かりが灯り、部屋の中がはっきりと見えた。
そして横たわっていたものもはっきりと見え、それが玄さんであることが分かった。
弘世さんはすでに玄さんの横に座り、名前を呼びながらその状態を確認していた。
菫「誰か救急箱を、それに救急車……急いで」
何を言っているのかはじめ理解出来なかったが、しかし私は少しして状況を把握した。
いえ、把握というのは言葉のあやで――こんなことは把握なんてできるわけがありませんでした。
憧と穏乃、それに大星さんは顔をわずかに青くそめて玄さんに駆け寄った。
末原さんは言われてすぐに救急箱を取りに駆け出した。
そして私と愛宕さん、お姉さんはただただ呆然としていた。
菫「照!電話を」
弘世さんが怒鳴ると、お姉さんははっとして振り向くが、それよりも早く愛宕さんが電話のある談話室へ走り出していた。
お姉さんはそれを見届けて、少し躊躇してから玄さんのところへ。
玄さんを取り囲む輪に咲さんとお姉さんが加わるのを私は他人のように眺めていた。
結局私は何もできずただそんな経過を見ていることしか出来なかった。
玄さんは……私の幼馴染みで、そして――
◇
少しして頭が冷えると、一体何が起きたのか少し分かってきた。
あのとき横たわる玄さんのお腹には果物ナイフが突き刺さり、白いセーターは赤く染まっていた。
誰が、何故、いつ、どうやって――そんなことはジャグジーで次々に現れる泡のように、浮かんでは消えてしまった。
何よりも玄さんの安否が案じられた。
その点ではひとまず大丈夫、というよりもすぐに死ぬということもないそうだった。
後から来た部長や辻垣内さん、それに先にいた弘世さんたちが言うに内臓ははずれているかもしれない位置だとか。
それは一先ず安心したのですが、すぐにそんなものは不安にかき消されてしまいました。
ある問題が発生したからです。
それは全員が集まる談話室で、これから話し合われることとなりました。(玄さんは憧たちの部屋で寝かされている)
憧「それで救急車を呼べないってどういうこと?」
ソファーに全員が座りいざ話し合おうとすると、憧が真っ先に話をきりだした。
憧は愛宕さんを強い眼差しで見ている。さながら睨み付けるようで。
愛宕さんは戸惑うように、視線を一度憧からはずしそのあとにみんなに話しかけるように、前を向いて話し出した。
洋榎「電話が通じないんや」
穏乃「どうしてですか。固定電話はここでも通じるはずですよね」
洋榎「電話線が切れているみたいでな」
憧はそれを聞いて電話のところへ行って調べた。
憧「そんな……」
持ち上げられた電話には移動の制約は存在せず、どこまでも動かせるようでした。
つまりこれは本当に――
憧「だ、誰が!誰がやったの!?」
咲「誰って……誰かが回線を切ったってこと?」
憧「それ以外にないでしょう!」
咲さんは憧の剣幕に驚き肩をわずかに上げた。
恭子「何かペンションがわの事情があって切ったってことはないんか」
末原さんは咲さんの怯えた様子を見て咄嗟にそう言った。
智葉「ないな」
しかし辻垣内さんはその可能性を短く切り捨てた。
思えばこの携帯電話の通じない山でわざわざ回線を切るなんてありえませんね。
憧「切断面は鋭いし、老朽が原因でもない。ということは誰かが意図的に切ったということ」
憧はそう区切って口を閉ざし、憎悪に満ち熱病患者のようにぎらぎらとした目で私たちを睨む。
そう憧と玄さんは私よりも深い関係だった。
私でさえああだったのだから、憧はそれ以上に――
だから私たちが意識的に、あるいは無意識に忌避しているその感情を、その考えを覚えていることを、私は許容しなければいけない。
よく見てみると、愛宕さんと照さん、それに咲さんはある悲しみに落ち込んでいることが伺えた。
きっと私自身も。
久「人のお腹に果物ナイフが刺さっていた。だから誰かが刺した。そう言いたいのね、新子さん」
憧は何も答えなかった。それは肯定と捉えてもよかった。
久「でもその因果関係が果たして正しいといえるのかしら?」
憧「……どういうこと?」
久「あそこは調理場である以上、刃物はつねにあるし、何らかの事故で刺さったということもある」
確かにそうとも思える。
憧「あなたは頭が悪いのかしら?あんなに深く刺さるには、たとえ事故でも正面に転んで、その拍子に刺さってしまわなければいけない。でも玄は仰向けに倒れていて、お腹に刺さっていた。事故はない」
恭子「いや刺さったあとに仰向けになったとも考えられるやろ」
憧「床についていた血は、玄の身体の型だった。初めにうつ伏せの状態でナイフが刺されば、そうはならない」
恭子「そうか?すぐに仰向けになればそうなるかもしれんし、そもそもどうして血のつきかたで何もかも分かるんや。私たちは警察じゃないし、そういう経験、知識もない」
憧「ふん、言い負かされれば、そういうすり替え?まるで自分の能力で勝てないからって外人の話を持ち出す連中と同じね」
それは問題を解決する話ではなく、ただたんに相手を言い負かすことに重点を置いた話だった。
それは悪口を言い合う子どもと何が違うのでしょうか。
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穏乃「もうやめよう!」
口論を止めたのは意外なことに穏乃だった。
穏乃は憧と同じ立場のはずなのに……。
憧「で、でも玄が」
穏乃「憧が考えてることは分かるよ。でも仮にそうだとしても全員じゃない。憧がやってることは人間として正しいとは思えない。玄さんが――玄さんの性格はそんなことを望むの?」
玄さんの性格は……確かにそんなやり方を望むとは思えなかった。
玄さんは本当に優しい人ですから。
憧「……少し頭に血が昇ってた 。ごめんなさい」
しばらくの沈黙のあと憧は俯いて頭をわずかに下げた。
恭子「いや私も意地になってたわ。気持ちも考えんですまんな」
末原さんは決まり悪そうに頭を下げる。
愛宕さんはほっとした様子で息を吐いた。
久「私も煽るような言い方で悪かったわ。ただああ言ったのには理由があるの」
咲「なんですか?」
久「単純に状況を整理するとね、私と智葉は一緒の部屋に、憧と穏乃は同じく、ほかの人たちはみんな談話室にいた」
玄さんの命の心配で頭がいっぱいで、犯行そのものについては頭が回らなかった。
ただ部長が言うことには完全なる違和感を受けた。
菫「誰かが刺したとしたら、どうやって、か」
久「そう。玄は悲鳴をあげてから刺された。でも悲鳴をあげたときみんなが犯行不能な状況下にある。だから私は玄が事故にあったと考えた。そう考えたほうが自然だと思ったからね」
部長は憧に視線を送った。
憧は気まずそうに目をそらした。
馬鹿――というには、部長は頭がきれすぎます。少なくとも常に冷静でしたたかではあるのです。
洋榎「ってことは本当に事故なんか?」
久「さあ、どうなんでしょうね……」
部長は話を濁す。
それも無理はなかった。というのもこの事件は不確定なことが多い。部長は事故と言ったけれど、部長が本当にそう思っているとは思いがたい。だからこそ話を濁したのでしょう。
分からないことはいくつかありました――
玄さんは事故か、あるいは誰かに刺されて負傷したのか。
どちらにも根拠はあった。
憧が言うように血が玄さんの型通りに付くのは変だし、部長が言うように全員が犯行不能の状況下にあった。
しかし電話の回線は?
回線は明らかに人が切ったもので、それはこの事件の犯人がやったと考えるのが自然。
まさかそれぞれ独立したいたずらなんてことは……でもありえないわけではない。
そうこれこそが問題なのです。
可能性がどちらにもあると、どうすればいいのか分からなくなる。
しかも問題をさらに問題たらしめているのは、誰かが玄さんを刺したなら誰が刺したのか……ということです。
誰が?
――私たちの誰か以外いない!
ああ、私は疑らなければいけないのですか!
さっきまであんなに楽しく付き合ってきた友人を?
それは余りにも非道なことです。
しかし私は選択しなければいけない。何故ならもしも……もしも犯人がいるなら、これから先、犯人と一緒に過ごすことになるからです。そうなると次の被害者になりかねない。
周りを見ると、全員が同じように暗い表情で押し黙っている。
あるいはただたんに玄さんが負傷してそれで憂鬱になっているのかもしれないし、陰鬱な雰囲気にあてられただけかもしれない。
だけれどほとんどの人が同じ苦悩を抱えているのは明らかでした。
少なくともその感情を覚えている。
誰がそれを咎めることができるんでしょう?
……咎められる人がいてくれたらどれだけよいのでしょうか。
そこで私は左手を握る暖かい感触に気付いた。
それは咲さんの手でした。
咲「大丈夫」
咲さんは小声でそれだけを呟いた。
大丈夫、とは一体――?
久「さっきはああ言ったけど、私は玄は襲われたと思ってる」
咲さんに問いかけようとしたとき、部長は突如切り出した。
まるで代弁するように、強い口調で。
洋榎「はあ?さっきは事故って……」
愛宕さんは懇願するような顔をする。
そうであればどれだけいいか。
久「まあ私は可能性の提示をしただけだしね。不可能性にも穴があれば、前提条件がなくなれば話は変わる。何より電話線、これがね……」
智葉「ちょっと待て。宮永、大星を」
辻垣内さんは簡潔にそれだけを言って大星さんを顎でさした。
見てみると、大星さんはさきほどの勢いなど全くない様子で、青白い顔で震えていた。
咲「淡ちゃん」
淡「……サキ。えへへ、ちょっと疲れちゃったのかな」
大星さんは咲さんの問いかけにワンテンポ遅れて応え、病的な笑みを浮かべた。
……たしか大星さんは血に染まる玄さんを間近で眺めたのでした。
洋榎「お、おい。大丈夫かいな、淡」
淡「大丈夫、大丈夫……アンパンにも負けてないよ」
相変わらずよく分からないボケもやはり元気がない。
照「淡は二階に連れてくね」
と照さんは大星さんの肩を支えて二階に上がっていった。
大星さんは小声で抵抗するようなことを言っていたが、身体はほぼ抵抗せずになるがまま連れていかれた。
玄さんに大星さん、照さんがいなくなった談話室にはどこか空虚な印象を覚えた。
7
久「話をもとに戻しましょう。私としては主に重点を置きたいのは、犯人が誰か、ということも大事だけど、次の犠牲者を出さないようにすること」
洋榎「確かにそれが肝要やな」
久「そのためにはなるべく集団でいることが大事だと思うわ。その方が犯人は手出ししづらいだろうし、もしものとき防御できるもの」
穏乃「そうですね。でもそれなら私は玄さんの側にいないと。今は落ち着いてますけど、いつ容態が悪くなるか分かりません。それに玄さんを守らないと」
憧「そうね、それに――」
何やら言いかけたが、憧は最後まで言わなかった。すっと憧は立ち上がった。
憧「私は戻る。和もあとでよかったら来てね」
と憧は私にだけ言い、すぐに踵をかえして二階へとあがっていった。
穏乃「ちょっと、憧!一人に出来ないので、私も行きます。あの、憧は今情緒がおかしくて……憧が失礼してすみません!では」
穏乃は深く一礼して憧を追いかけて二階へとかけ上がっていった。
恭子「ええんかなあ」
久「まあ、止めてもしょうがないでしょ。より疑いを強めるだけだし、それに一応穏乃がいるしね」
部長の言う通り今の憧は猜疑心を強めている。
憧は存外に仲間意識が強い。それは利点であるのですが、今回に限っては裏目にでてる。
1/12という割合で犯人がいるということは、自分以外の残りの10人は仲間なんです。
この状況でわざわざ孤独になる必要があるのでしょうか。
犯人は多分一人のときを狙う。それが合理的だからです。
恭子「新子たちが心配なんか?」
末原さんは相変わらず心の機微に敏感なようで私の心を読み取った。
恭子「久の言うように一応二人でいるから大丈夫やろ」
菫「高鴨さんは気丈がしっかりしているしな」
とお二方は私を慰めてくれた。
智葉「ところで」
辻垣内さんが話を切り出すと、場はたちまち沈黙した。研ぎ澄ました刀のように鋭い雰囲気を持っていますね。
智葉「私は調理場を一度調べた方がいいと思う。何か犯人について分かるかもしれないし、どのみち調理場は必ず行くことになるんだ。血を拭かないことにはな」
久「そうね。ただあなたが証拠隠滅しないとも限らないし、誰か連れていってもらうわよ」
部長ははっきりとそう言った。
が、それは冗談で実際はただ身の安全のためというのを、私は分かった。
というのも部長は麻雀するとき同様にやついてるし、部長と辻垣内さんが気のおけない仲であることはこの旅行中に分かったことだからです。
どうやら大会の頃から交流を深めているらしかった。
智葉「ふ、じゃあおたくの後輩二人だったら満足だろう」
久「そうね。じゃああなたたちしっかりとその人を監視なさい」
咲さんと私は苦笑せざるを得なかった。監視されるのはむしろ私たちの方です。
◇
私たちは調理場へとやってきた。
辻垣内さんは血を見てみると、
「新子の言う通り松実の、というより人の型通りに血が縁取られてる」
咲「辻垣内さんはこれを人がやったと考えているんですか?」
咲さんはふとそう言った。
咲さんはまだそのあたりのことが気がかりらしかった。
また私自身も同じように決しかねていました。理性と理想がひたすら闘争をしていた。
智葉「9割かな」
辻垣内さんはきっぱりと言った。
智葉「理由は久が言った通りだ。それにこれは全く個人的な理由だけど直感かな」
咲「でも確かにみんな――」
智葉「みんながアリバイがあると?」
和「それは揺るぎない事実です」
智葉「揺るぎない?
末原が言ったように、私たちは警察じゃない。科学的探求は不可能で、いわばレストレード警部だ。
また久が言ったように穴は考えられる限り4つある。
仲の良いもの同士口裏を合わせているかもしれない。
そうじゃなくても、みんながみんな全員を完全に監視してたわけじゃない。シャワーとかトイレとかな。
それに松実が刺された時間だ。本当に刺されたときに悲鳴をだしたのか?
もしかしたらあれはテープだったかもしれないし、犯人が叫んだのかもしれない。
ああ、これじゃ三つか。ま、いいか」
辻垣内さんは不敵そうに腕を組んだ。
咲「じゃあ、犯行は……」
辻垣内さんは無言で頷いた。
智葉「さてと、もう血の形以外分からないし、これはとりあえず拭いてもいいかな」
和「というより勝手に拭いてもいいんですか?警察の調査が滞るんじゃ」
智葉「そうは言っても、このままじゃ料理もできないしな。久も言った通り命が大事だ。よく言うだろ?戦は食事って」
決してイコールではないです。
智葉「それにホームズ君は警察の無能っぷりに愚痴りながらも事件を解決してたしな。今の警察は当時のホームズ並みに優秀かもしれないし大丈夫だろう」
辻垣内さんはまたしても笑う。
どうやら辻垣内さんは不敵すぎてお茶目らしかったです。
智葉「二人はそのとき何か気付いたことはあったか?」
咲「暗かったし、あんな状況でしたから、私はちょっと」
智葉「暗かった?
って言っても、こんなに明るいけどな」
咲「あれ言ってませんでしたか……あのとき電灯がついてなかったんです」
辻垣内さんはそれを聞いて何やら黙って考えている様子。
言われてみると、何故あのとき灯りがついていなかったんでしょう?
辻垣内さんは電灯のスイッチのところへ歩いていく。スイッチは一般家庭と同じで、扉のすぐ横についている。
智葉「スイッチは誰がつけたんだ?」
咲「私です」
それを聞いてまた押し黙っては、調理場の室内を見渡す。視線は掃除用具が入っているロッカーや、また地下倉庫への扉で止まったのが分かった。
咲さんは自分の発言から辻垣内さんが黙りはじめたからか、少し不安げにしている。
和「どうしたんですか?」
私は我慢しきれずに問いかけた。
智葉「いや灯りつけてなかったら不思議だろう。それに見ず知らずの調理場に暗やみで一人って、ぞっとしないね」
それはその通りだと思った。
夜の学校に近いものを想像し私も鳥肌がたってしまいました。
智葉「まあ考えるのは談話室に行ってからでいいか。行こう、二人とも」
辻垣内さんはロングテールを翻して歩きだした。私たちは慌ててそのあとを追おうとしましたが、辻垣内さんがふと立ち止まったので私たちも慌てて立ち止まる。
智葉「そうそう。二人とも私のこと苗字で呼んでるけど、面倒だろう。よかったら智葉と呼んでくれると嬉しい」
私と咲さんは突然のことに面をくらってしまったが、私は咄嗟に返事をした。
和「では私たちのことも名前で呼ばないとイーヴンじゃないですね」
智葉「っち、流石は久の後輩だなあ」
してやれた悔しさから智葉さんは早歩きで談話室へ戻っていった。
8
談話室に戻ると、そこにはまた喧騒が戻っていた。そこには照さんの様子も見られ、やはり何か慌てているようだった。当然それは楽しいものではなく、忌々しいものだった。
智葉「どうしたんだ」
智葉さんはすぐに、慌てているみんなを腕組みして眺めている部長に問いかけた。
久「淡がね」
咲「もしかして淡ちゃんが――!」
久「いえ、誰かに襲われたというわけではないの。ただ急にわめきだしたらしくて、結局窓から飛び降りてね」
咲「そんな……」
咲さんは顔を白くして項垂れる。
和「大丈夫ですよ。雪が分厚いですからクッションになっているはずです」
しかし凍死の危険性、あるいは遠くまで行ってしまって遭難の可能性もあった。
だけど私はそんな可能性を無視して気休めのようにそう言った。
智葉「すぐに外に探しにいかないと」
久「そうね。じゃあ智葉と和、それに私の三人で探しましょう。ただし遠くへは行かない。常にまとまってゆくこと」
咲「ちょっと待って下さい。私も行きます!」
久「あのね、あなたは照と同じで体力不足でしょうが」
確かに咲さんはむしろ足手まといになりかねない。
菫「私も行かせてくれ。まさか私が体力不足ということはないだろう」
久「あなたにはみんなを守ってもらおうと思ったんだけど……いいわ、じゃあ私の代わりとして行ってくれる?」
菫「ああ、ありがとう」
弘瀬さんは厳しい面持ちでいた。大星さんは弘瀬さんの後輩でした。当然気が気でないでしょう。
部長もそういった気持ちをくんだのかもしれません。
照「菫、気を付けて。淡を頼む」
弘瀬さんはその言葉に頷いて、玄関へと歩きだした。
私と智葉さんはそのあとに続いた。
◇
五分、建物に沿って探すこと。絶対に建物から離れちゃだめ。そして決して五分を越えないこと――
部長は念を押して二度言った。
本音を言えば探させるのすら躊躇われるのかもしれません。外は一寸先さえ見えない、そんな状態でしたから。
ただ人の命がかかっているのだし、見捨てるなんていう選択肢はありえなかった。
菫「悪いが、それは守れそうにないな」
部長の注意に弘瀬さんはそう言って顔を引き締めた。
部長はそれに何も言わなかったし、言えなかった。
名前直すの忘れてました。
弘瀬じゃなくて弘世ですね。すみませんでした。
外に出ると、ホワイトアウトが私たちを襲う。少ししか離れていないのに、振り向くと建物もわずかにしか見えない。
智葉「これは死んでも気付かなそうだ」
智葉さんは冗談っぽく言ってるが、表情は笑っていなかった。
私たちは建物がぎりぎり見える位置を保ち、かたまって捜索を開始した。
しかし大星さんはどうして暴れだしたのでしょうか。やはり玄さんのことで?
あるいはあの雰囲気にあてられたというのも原因の1つなのかもしれません。
つまり精神的にまいってしまって、ふとストレスが爆発してしまった、と。
ありえなくはない話でした。
そこで私はふとある考えが頭に浮かびました。
まさか照さんが――?
……いえ、そんなわけないですね。だって照さんは玄さんが刺されたとき、まず間違いなく私たちの目の前にいた。
玄さんを刺すのは物理的に不可能です。
ああ、どうして私は咲さんのお姉さんを、それに友人を疑えるのでしょうか。
これがこの異常な状況が織り成す、悪魔的副作用なんでしょうか。
いえ、もしかして照さんが言うように私は潜在的に照さんを……。
そんなことは考えたこともなかった。なのにその考えは私の頭にまとわりついた。
そんなわけないのに――!
と、私は目の前に智葉さんに弘世さんがいないことに気付いた。
和「智葉さん……弘瀬さん?」
返事はなく、辺りを見渡しても誰もいない。
さらに私は手足の感覚が薄れているのにも気付いた。
私はどれだけぼんやりとしていたのでしょうか。
和「まずいです」
私は焦って足を動かした。
もはや最悪のケースさえ頭に浮かび、私はみんなの名前を呼びながら、必死に右、左と歩いた。
死ぬ……死んでしまう。
大丈夫、案外なんとかなる。不安感と一緒にそんな根拠のない安心感も頭に浮かんだ。
しかしそんな考えとは裏腹に、歩いても歩いてもいっこうに建物も何も見えませんでした。
もうだめかもしれない。と、そのとき頭に咲さんの顔が浮かびました。
せめて最後に一回咲さんの顔が見たい。
厳格な家庭にはないあの――
諦めかけていたとき、どこからか人の声が聞こえてきました。
和「大星さん?」
言って、何故大星さんの名前を?と思いましたが、外にいる理由を思いだし、笑いがでました。
何故忘れていたんでしょう。
の……、のど……!……和!――
頭がぼーとしてきたところで、私を呼ぶ声が鮮明に聞こえてきました。
私は大声で呼びかえしました。
久「和!」
声とともに肩を叩く感触。
助かった、でも、
和「部長、どうして?」
問いかけに対する返事はなく、部長は私の手を握り、歩きだしました。
ほんの二十秒ほどで建物は見え、私はその近さに驚きました。
そしてそのまま私たちは建物の中へ雪崩れ込みました。
咲「和ちゃん!」
と咲さんは目尻に涙をためて、私に飛び付く。
和「咲さん……苦しい」
本来であれば悦びに浸るはずが、そんな台詞がでてしまい自分で驚く。
本当に、死にかけていたんですね。
それでも私は咲さんの胸に頭をあずけ、心地よい気持ちに浸った。
しばらくして、頭の機能がある程度回復すると、いくつかの疑問と回想にとらわれた。
和「咲さん、大星さんと他のみんなは?」
私は玄関で咲さんの介抱を受けていましたが、ソファーには智葉さんと弘世さんの他に、部長と照さんの姿がなかった。
部長はどこへ……?
咲「智葉さんに菫さんはまだ帰ってない。あとお姉ちゃんは、和ちゃんが帰ってきてすぐに探しにでるって言って……それで部長がなら一緒にって」
確かに何か騒いでる音が聞こえていましたが、そんなことが……?
和「それで戻らなくなってどれくらいなんですか?」
咲「えっと八分くらいかな」
八分、と聞いて私は動揺を隠せませんでした。
私が戻ってから二、三分ほどしか経っていないことを考えると、私は五分ほど外にいたことになる。
たったの五分!
五分という時間は茶を飲みながらテレビを見たり、数学の計算をしたり
してあっという間に経ってしまう時間だった。
たったそれだけの時間が私を殺そうとしていたなんて――
しかしあの身体に叩きつける吹雪と、泥のように足を引き留める雪、それに凍える寒さは人に死の恐怖を与えるのに五分は十分だった。
では二人は……二人はどうしているんでしょうか。
智葉さんが死ぬ、弘世さんも――
そんな可能性が頭を過ると、玄関の扉が開き、極寒の風が部屋の中の人をはっとさせた。
見るとそこには、智葉さんがいた。多少顔が蒼白かったけれど、智葉さんはニッと白い歯を見せ、なんともないことを示した。
ああ、生きてた!
私と咲さんは立ち上がり、智葉さんの側によった。
智葉「あこぎかよ」
智葉さんは私たちが心配そうにしていると、照れたようにそう言った。
私は嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。咲さんは先程こういう気持ちだったんでしょうか。
ただ喜びに浸る間もなく、次に建物の中からまた声が響いた。
これは部長の声……?
咲さんがここはいいからと言うので、私は声のするほうに駆け出した。
すると部長、照さんとそれに弘世さんが裏手にあるもう一つの玄関にいた。
久「少し凍傷しているだけ。私と照は大丈夫よ」
弘世さんがぐったりとしていたので、私が症状を聞くと部長はそう返事した。
しかしそこには大星さんの姿がなかった。
見ると照さんは悔しそうに唇を噛み、弘世さんはうわ言のように大星さんの名前を呟いていた。
つまりこれは――
私はそのことを言わず、無言であとから慌てて来る人たちを眺めていた。
和「あれ?」
ふと何かの匂いが鼻をくすぐったような気がした。
しかし私はそれが何か分からなかったし、誰かがつけている香水かと思いすぐに意識を他のことに移した。
9
私は再びソファーに座っていた。
談話室には今私と咲さん、愛宕さんと末原さんだけがいた。
愛宕さんが気を使って話を振るが、誰もそれに答えない。答えても、ほんのわずかで決して盛り上がりはしない。
それは当然のことでした。
玄さんが刺され、大星さんはいなくなり、また弘瀬さんは最後まで探していたため一番衰弱し今はまだあの場所で照さんの介抱を受けている。
場が暗くなるのも無理はなかった。
しかし私は愛宕さんが、自身も暗い気持ちになっているはずなのに、こうして気を使っていることに尊敬していた。だからなるべく話に応答するようにしていた。
ちなみに智葉さんの凍傷はそれほどでもなく、精神的にも元気だったが、身体は冷えていたから部屋にシャワーを浴びに部屋に戻っている。
部長は忘れ物をしたと言い、付き添いをかねて智葉さんと一緒に部屋に戻っています。
恭子「……あまり気乗りせえへんけど、一応新子たちにも事情知らせなあかんなあ」
末原さんはそう言って腰を浮かしかけた。
だけど愛宕さんはそれを制した。
洋恵「ああ、だったらうちがいくわ。確か部屋は左側の奥から二番目やったっけ」
愛宕さんはやや省略して言ったが、二階は全て客室となっていて、階段を上がって左側に部屋が四つ、右側に部屋が二つある。
愛宕さんはすっと立ち上がり、二階へと上がっていった。
愛宕さんがいなくなったところで、談話室にいよいよ沈黙が流れる。
数分後、二階からはまず部長が降りてきた。
久「あはは、ずいぶん少なくなったわね」
珍しく弱音のようなことを言ったので、私は耳を疑って部長を見ました。部長は私に気付いて、弱々しく微笑を浮かべました。
恭子「智葉はどないした?」
末原さんはその軽卒ともとれる言葉を無視して尋ねた。気を使っているのは明らかでした。
久「そろそろ来ると思うわ」
確かに智葉さんはすぐに戻ってきた。
風呂上がりということで、髪は縛られておらず、わずかに湿り気をおびていた。頬は赤みを帯び、長い睫毛に凜とした瞳からは色気が漂っていました。
と私は強い視線を感じ、横を向くと咲さんが私をまっすぐ見つめているのに気付いた。
咲「うんうん、何でもないよ」
私がどうしたのかと尋ねると、咲さんは首をふって単調に言って視線を私から外す。
一体どうしたんでしょうか。
久「さてととりあえず状況を整理しましょうか」
恭子「いや、それは主将が戻ってからでええやろ」
なるほど確かにそれはその通りでした。
久「あれそういえば愛宕さんはどこにいるの?」
恭子「は?確か久たちの部屋、左側やろ。主将が新子んとこの部屋行ってるはずやけど、見てないんか」
部長は無言で智葉さんを見るが、智葉さんは首を振って答えました。
部長は神妙そうな顔になった。
愛宕さんは一人で二階へと行った。しかし二階から来た部長たちは見ていないと言う。
ただ憧たちの部屋にいるだけかもしれなかった。
しかし私にもある予感が頭に浮かんでしまいました――
そこで二階から誰かが降りてくる気配がした。愛宕さんでしょうか、そう思ったのですが、降りてきたのは憧と穏乃でした。
余りに懐かしい顔、というのも大分ごたついて随分会ってないような気がしていましたから。
しかし一応愛宕さんは憧たちに伝えたと言うことでしょうか。
でもならなんで愛宕さんは一緒に降りてこなかったんでしょうか。
穏乃「さっき何だか下が騒ぎになってたみたいで、少しこっちも事情があって遅れちゃったんですけど……すみませんでした。ところで一体何があったんですか?」
何だか穏乃の言うことには違和感を覚えた。
どうして何が起きたのか、大星さんのこととかを知らないんでしょう。
――どうして愛宕さんが伝えに行ったのに?
恭子「ちょ、待てや。主将が伝えに行ったはずやろ。なんで知らんのや……主将が伝えに行ったから来たんやろ?」
穏乃「い、いえ。愛宕さんは見てませんけど……愛宕さんがどうかしたんですか?」
穏乃は本当に何も知らないという風に困惑しながら言った。
愛宕さんを見ていない?
頭が追い付かなかった。
一体何がどうなっているんですか。
誰かが何かを言う前に末原さんはもう二階に駆け出していた。部長と智葉さんはそれに続いて……そして私たちは混乱しながらもついていった。
二階に上がると、まず見えたのは憧たちの部屋に入る末原さんたちの姿だった。
憧は何やらうしろで言っていたが、私は気にせずに追って入った。
部屋の中に入ると愛宕さんのことを呼びながら、部屋を歩く末原さん――それにベッドで今なお横たわる玄さんの姿があった。今は薬の副作用で安らかそうに眠っていた。
ああ、あなたがいれば、あなたの優しさが今あればどれだけみんな救われるでしょう。
何故だかしれませんが、無性に涙が流れそうになってしまいました。
私は我慢して、現実に対応する。
どうやらこの部屋には愛宕さんはいないらしく、末原さんは諦めて部屋を出ていく。
私たちが追いかけると、末原さんは次に隣の部屋(一番奥の部長たちの部屋じゃなく、奥から三番目の部屋で、そこは末原さんたちの部屋だった)に入っていった。
私たちも続いて部屋に入った。しかし私たちはすぐに異常に気付いて、立ち止まった。
鉄の匂いが部屋の中には充満していました。
立ち止まる末原さんの背中で見えない部屋の奥に、私は何があるかすぐに予感しました。
いよいよ例の疑いは確実なものになる。
部長は黙って末原さんの横を通る。末原は肩が当たった衝撃でそのまま地べたに座り込んでしまいました。まるで無力な少女のように。
そして障害物のなくし全貌が見えた部屋の中、ベッドの上で愛宕さんが力なく死んでいた。
真っ赤に染まったシーツは元々赤色だったかと、勘違いしてしまうくらいに鮮やかだった。
私たちはただただ見ているしかできなかった。
それはもうどうしようもない、もう何もかもは終わっていた。
もう――戦わなくてもいいんですね。
批判と再批判をただ繰り返す論文のように、心を乱さなくてもいいんですね。
誰か……、誰か否定してください。
10
私たちはまた談話室に集まっていた。流石にまた人が死んだと言うこともあり、憧たちも一緒にいた。
話は当然愛宕さんのことだった。愛宕さんは……胸を何度か刺されて死んでいた。
憧「状況を考えるに、久さんと智葉さんが怪しいね」
部長と智葉さんは裁判における判決を下されるようにすぱっと言われましたが、黙ってそれを甘んじていました。
部長と智葉さんは確かに二階にいた。
反して一階にいたのは私と咲さん、末原さんと、照さん弘瀬さん。
確かに二人は犯行可能ですが、しかしそれでは――
静乃「ちょっと待って憧。二階には私たちもいたんだよ?」
静乃はまたしても自分にとって不利となる反論を唱えた。
静乃「私たちは仲が良いのは分かっているんだし、お互いが一緒にいたなんて言うのは意味ないのは憧なら分かってるよね」
智葉さんが言った穴というものだった。
共犯、二人以上が何らかの理由で手を結んで犯行をする。そうすれば犯行にも幅ができる。
咲「ま、待ってよ。まだ誰かが殺したって決まった訳じゃ――」
憧「ふう……もういい加減認めなよ。二人だよ?二人偶然やられたっていうの?」
照「咲、現実を見よう」
咲さんはめげずにそう言ったが、あっさりと否定される。
咲さんはまだ認めたくないらしい。ただみんな認めたくないはずなんです。
でも照さんの言う通り、現実は厳しい。
憧「でも私たちは二人一緒にいた。それがいくら怪しくてもね。
それに久さんと智葉さんはそれぞれ一人ずつおりていったって言うしね。これならどっちがやってももう一人に気づかれない。
あと玄――私たちが玄を傷付ける?ありえない」
憧は締めくくりに玄さんのことを持ち出し、いびつに笑った。
私には憧が言ったことがあまり正しいとは思えませんでした。
どれも証拠なんてものとはかけ離れていますし、憧の見方は猜疑心で歪められているように感じるのです。
恭子「……そうか?
本当は玄ちゃんのこと嫌ってたとも考えられる。私はな、憧、あんたが疑わしいんや」
末原さんはさきほどから人形のように脱力していましたが、ふと憎悪の眼差しでそう言った。
憧「はあ?意味が……分からない」
玄さんのことを嫌う、と末原さんが言うと、憧は怒りを露にしかけたがやめました。
人は余りに怒りすぎると口に出して怒る気力さえなくなることがあるのです。
恭子「もしかしたらお前が穏乃ちゃんの隙を見て、部屋をでて殺したかもしれん!
お前……妙に煽るようなことさっきから言うやろ。それはお前が犯人で、私たちを仲間割れさせたいからちゃうんか」
私は末原さんもまた悪い感情で思考が歪められているように感じた。
つまり……猜疑心や憎悪で、ある突飛で根拠のない考えが浮かんだとき、何故だかそれが正しいと、根拠もないのに普遍的に正しいと決め込んでしまう、そんな心理状態にあるように思えます。
二人は間も無く言い争いをしかけました。
部長と智葉さんは目を瞑り何も言わない。
照さんは悲しそうにしていた。
そして咲さんは顔を蒼白くして、震えていた。
ああ、これは止めなくては、止めなくては私の名に傷がつきますね。咲さんを好きだという、私の――
菫「やめるんだ、二人とも。冷静じゃないのは自分でも分かってるんじゃないか?」
口を開けかけたとき、弘世さんは毅然とした態度で言った。
私は心なし気が抜けた思いになりました。
しかし私では止められそうになかったので、それはそれでいいんでしょうか。
菫「仲間割れしてもどうにもならない。犯人がいるとすれば、それこそ犯人の思うつぼだ」
いるとすれば。
弘世さんは犯人がいない可能性をひそかに持っているんでしょうか。
あるいは咲さんや照さんに気を使ってくれたのかもしれません。それかまだ善意と戦っているのかもしれません。
憧「そうは言ってもね。おさまりがつかないのよ。あなたも大切な人が傷つけば分かるんじゃない、この気持ち」
憧はそう言って、今度は純粋につらそうな顔をした。また末原さんも顔を暗くして俯いた。
菫「……その場合とは違うが、私だってつらいんだ」
弘世さんはそう言って目を伏せた。
大星さんはまだ見つかっていない。この大雪の中でそれが意味するのは……。
末原さんと憧も気付いたようで、はっとした顔をし顔をそむける。
菫「それは照も同じだし、咲ちゃんや原村さんもまたつらいに違いない。
犯人がいるとすれば、その犯人以外は全員被害者だ。
どうして心を痛めた者同士で、痛めつける?
私には理解できないよ」
弘世さんの言うことは道理にかなっていて、また感情に訴えられずにはいられなかった。
それは皆さんも同じだったようで、全員が黙って何かを想う。
沈黙のみが漫然とした表情でこの場に突っ立っていた。
久「私が疑わしいのは分かる」
部長は確固たる意思の伴った表情で切り出した。
皆はつらそうに部長に目をうつす。
久「私には二つの犯行は可能だった。二つ目は言うまでもないし、一つ目に関しても、智葉がシャワーを浴びている間にやれた」
部長は何が言いたいんでしょうか。
どうして自分で自分の首を絞めるような真似を。
何が目的で?
恭子「何が言いたいんや」
末原さんはその言葉とは裏腹の、どこかその先のことを悟ったような表情でした。
部長はため息をついて微笑した。
久「私は地下室に行って監禁される。それでひとまず一番疑わしい人間を排除できる……どう?」
咲「ぶ、部長、そんなの、そんなの変ですよ!どうして何もしてないのに!」
咲さんは全く部長が犯人である可能性を排除したことを言う。
それはこの一年、部活で培った信頼の証だった。
私自身も部長のことを全く疑ってはいませんでした。
憧「そんなの……おかしい。だって証拠なんてないのに」
憧はさっき自分で言ったことを否定するようなことを言った。
憧は決して悪い子じゃない。
本当は天使のような子なんです。
久「あら、私は大丈夫よ。私、暗い部屋は慣れてるしね」
屈託のない表情を見せて、部長は憧に微笑む。
憧「でもそれじゃ……」
久「あなたのせいじゃない」
部長は真面目な表情で言う。
憧「え?」
憧は呆気にとられたような表情をした。
久「何度でも言う。あなたのせいじゃない。だって全部仕方のないことだわ」
部長は諦めたような薄笑いを浮かべた。
久「そう、全部全部――」
部長がそう言って顔を伏せるのを、私は痛ましい気持ちで眺めていた。
あの天衣無縫な人がここまで……私には耐えられなかった。
私は目を背けて、床を眺めて目を瞑った。
11
結局私たちは部長の提案を止めることは出来なかった。部長は頑なだったし、そうなった部長を止めるのは並大抵でない。
久「咲を頼んだわ」
地下室の中で他の人たちを背にした私に、部長は小声で囁いた。
久「あなたも頼りないけど……あの子はもっとね」
部長は目を瞑り、何かを思い出すようにし、また微笑む。
久「あとこの事件についてだけど――色々と考えなさい。
この事件は犯行出来る人には限りあるわ。
でも不可能を可能にする……というのは論理的破綻だけど、事件が起きた以上、不可能はない」
確かにそれはその通りだった。
久「あとこれは犯人に利用されたら困るからみんなの前で言わなかったけど、バスルームの天井から屋根裏――みたいなのにでれるわ。
実際に登らなかったから分からないけど、二階の全部の部屋につながってるかもしれない。
これは犯人に利用されるかもしれないから気をつけて」
部長は、「もしかしたらもう」とも付け加えた。
和「でも私が犯人だとは思わないんですか?私が犯人だったら大変じゃないですか」
部長は馬鹿馬鹿しそうに首を振り、私にもう行けと指図しました。
私は勝手な人だと思いながらも、踵をかえすもそのときあることに気付いた。
アルコール――お酒の臭いでした。
それはついさっき嗅いだような気がした。
私は迷わず部長に言った。
久「酒の臭いね……それはどこで?」
私はどこで嗅いだか思いだそうとしましたが、大変なことが相次いだこともあり、混乱し思い出せませんでした。
久「気になるけど……まあ、考えてみるわ。あなたはもう行きなさい」
大人しく従って、地下室からでた。
そして扉が閉められるまで私は部長の顔を見つめた。しかし満足するまで見れずに、扉は閉められました。
無機質なカギが扉を完全に閉めるのを、私は不安な気持ちで見ていた。
◇
憧「何はともあれ、私は玄を看てなきゃ行けないから一度戻るわ」
憧はそう言っては自分たちの部屋へと戻っていく。静乃もそれに続いた。
恭子「すまんな……私も今は一度一人になりたいんや」
末原さんは頭を一度下げて、二階へと上がっていった。
ちなみに末原さんは部屋がああなので、私たちの部屋の隣、つまり階段を上がって右側の最初の部屋をとりあえず使うことになった。
菫「原村さん」
と弘世さんは小声で私に呟いた。
菫「照は……かなり落ち込んでいる。だから私たちも一度部屋に戻ることにするよ」
確かに照さんは大星さんのことや一連の出来事で、少し弱っているように見える。
私はとても断ることは出来なかった。
弘世さんたちも二階へと上がって行き、結局談話室には私と咲さん、智葉さんだけが残った。
智葉「まるで久がいなくなった途端団結力がなくなったな」
と智葉さんは苦々しげに言ったが、私はその通りだと思った。
こんな状況ではいつこうなっても不思議ではありませんでした。
だけど部長のその反発したくなるようなカリスマが私たちをこの場に留めていた。
部長がいなくなりその脆い集合もすぐに崩れた。
何とか繋ぎ止められていた、天井に滴る水滴が重力に負けて落ちるように。
ああ、あなたの選択は正しかったんですか、部長。
これじゃ、全て意味がない!
智葉「お前たちも疲れたろう。一度部屋に戻ってみたらどうだ」
和「あなたまでそんなことを言うんですか?集団でいる方がいいっていうのは分かっているでしょう」
智葉「それもそうだな」
と智葉さんはあっさりと認めてしまい私は拍子抜けした。
智葉「じゃあこうしよう。私も一緒にお前たちの部屋に行く」
私と咲さんはその突飛な考えに困惑した。
咲「私はいいと思いますよ」
咲さんはすぐにその提案を肯定的にとり微笑してそう言う。
智葉「しかし私が犯人ということもあるな」
だけど智葉さんはすぐに自分の提案を否定する。
咲「ええ、そうなんですか!?」
咲さんは本気で驚いている。
智葉「いや違うけど……ただそういう疑いのあるやつを入れて気にしないか?
久が私をかばったからともかく実は私も有力な容疑者だからね」
智葉さんは伏し目がちに言った。
私も薄々感づいてましたが、やはり部長は智葉さんをかばったのでしょうか。
それは十分ある話だった。
少なくとも智葉さんはそう受け取っている。
咲「私は智葉さんを疑ってないですよ」
咲さんは笑顔で言う。
智葉さんはそれに嬉しそうに目を和らげたけど、すぐに真顔に戻る。
智葉「咲は優しいな」
私もそれには同意せざるをえない。
智葉「ただお前は誰も彼も疑わないようだけど、犯人は誰でもないと言うのか?」
その質問は私にもあてられているように思った。
私は誰が犯人か決められない、疑えていない。
でも人が死んだ以上、誰かが犯人で――
咲「それは……」
咲さんは私と同じ問題に直面したのか困ったような顔をする。しかしこの質問に答えられる人はどれだけこの場所にいるんでしょうか。
憧、末原さんはみんなの前で言った。
でも照さん、弘世さん、部長、静乃、それに智葉さんは?
腹の底で誰かを疑っているんでしょうか。そんなことがあっていいんでしょうか
智葉「すまない、忘れてくれ。どうやら踏み込みすぎたらしい」
智葉さんは言って、頭を掻いた。
智葉「やはり私はここにいることにするよ」
咲「え、でも……」
智葉「お前たちにも頭を整理する時間は必要だろうし、だったら気のおける二人同士の方が都合がいい。
大丈夫、私はここで茶でもしているから。十分から十五分くらい休んで戻ってきてくれたら私としては寂しくなくていいかな」
智葉さんはそう言って時計を見る。時計の針はもう十二時を越えていた。
そう考えると疲れを感じました。精神的、肉体的な疲れが。
咲「……じゃあ、十分で必ず戻ります」
咲さんは無理に提案を退けることはなかった。
智葉さんは部長と同じで頑なでした。それも優しい――
咲さんもそれを悟ったのでしょう。
智葉「和もそれでいい?」
私も断ることはありませんでした。
12
久しぶりの部屋は私に不思議な印象をもたらした。
ここでさっき、ほんの数時間ほど前に私は咲さんとお喋りしていたんですね。
あのときはこんなことがおこるとは少しも考えていなかった。
そうあのとき、私はこの時間、この幸福がずっと続くと信じて疑わなかったのです。
寿命は限りあり、時間は有限で、いずれ何もかも終わるとしても、まさかこんな形で……いえ、まだ死んだわけじゃないんです。
精一杯やりましょう。
ベッドに横たわりそんなことを考える。
と私は咲さんが椅子に座っていることに気付きました。
和「咲さん?少しでも横になったほうが」
咲「ううん。私横になったら寝ちゃいそうで」
言われて私はかなりうとうとしていたことに気付いた。
私だけ楽するのはあれなので私も上半身を起こした。咲さんは気を使い寝てていいと言ってくれましたが、そういうわけにはいきませんよね。
咲「和ちゃんは犯人がいると思う?」
ふと寂しげに咲さんが言ったその言葉は、先ほど智葉さんから言われて答えられなかったものでした。
咲さんはさっきからずっとそれを考えていたのでしょうか。
犯人は――
私はまず一連の出来事の状況を整理するため、一人言のように咲さんに説明する。
和「玄さんが刺されたとき私と咲さん、愛宕さんに末原さん、照さんに大星さん弘世さんは談話室に。二階から降りてきた憧と穏乃も含まれますね。
そして二階には部長と智葉さん。
こうして考えると全員が犯行不能ですね。
でも部長が言うように起こってしまった以上不可能はない。
私は思いつきませんが、智葉さんが言うようにテープなんて使えば、時間に遊びができる。
そうなるとある意味で全員が容疑者ということになります」
全員が犯行不可能ゆえに、不可能が可能になるなら全員が容疑者。
不可思議なものです。
和「第二に愛宕さんですが、これも似たようなものですね。
違うのは部長と智葉さんが別々に一階に来たのや、照さん弘世さんが談話室にはいなかったことくらい。
ああ、これでは何も分かっていないようなものです」
そう私には何も分からなかった。
和「犯人なんていなければ――いっそ悪魔か頂上現象、かまいたちが全ての原因だったら」
咲「そうだね……私も誰も疑いたくはないよ」
と咲さんが言うのを見て、私には一つ分かったことがあります。
和「仮に本当に意外な人が犯人だったとしても、咲さんだけは、私は疑いません」
咲「和ちゃん……」
それは本音だった。私は一度も咲さんが犯人などと疑わなかったのです。
咲「ありがとう、和ちゃん。私も和ちゃんに殺されても文句言わないよ」
和「ええっ、咲さん、私を疑っているんですか?」
大分ショックです。
咲「冗談だよ」
咲さんは無邪気に笑う。
悪質です!
咲「ただ犯人に殺されるっていうことは、死ぬってことだよね」
和「それは、そうですね」
包丁を突き立てられても、頭を殴られても、殺されたら死ぬ。
有機化合物の集合体は活動をやめ、乱雑さに逆らう力を失い、無機質なものへと崩壊していく。
それが死というもの。
死は避けられない。
咲「死んじゃうのは本当に一瞬なんだよね。死んだらもう何もない。私はこの何もないっていうのが分からないんだ。何もないということすら感じる思考がないということ。それは一体なんなのか……」
咲「死ぬのは怖い。けれど私は和ちゃんと向かい合って死ねたら、それは嬉しいかもしれない。その死の瞬間を千年、一万年と引き伸ばして、和ちゃんを眺めていたい」
咲「結局死んだら意味ないかもしれないけど、それで死ぬっていうのは死さえ越えた歓びがあると思うんだ」
私は目頭が熱くなるのを感じ、咲さんから目をそらした。
和「一万年なんて、いくらなんでも長すぎです。絶対飽きてしまう。それに死ぬなんて縁起の悪いこと言わないでください」
ああ、私は後悔しないでしょうか。
咲さんと同じように、素直になるべきなんじゃないでしょうか。
もしも本当に死んでしまったとき、私はこれで本当によかったと思えるのでしょうか。
いえ――
和「絶対に生き延びましょう」
仮に咲さんの言うような死が訪れるとしたら、それは素晴らしいことかもれません。
でも生きて、咲さんと一緒にかけがえのない人生を送れたら、私は死んだとき満足するかもれない。
それにその瞬間、私たちは死さえ越えてみせる。
私は咲さんを見つめ、咲さんは私を見つめた。
◇
部屋に来て十分を過ぎて十三分ほど経ったのに気づき、私たちは慌てて部屋をでました。
廊下は余りに静かで、物音ひとつしませんでした。夜間に携帯電話が落ちる音のように、私たちの足音は余りにも鮮明だった。
部屋を出てすぐに私はあることに気付いた。
それは煙の臭い、目がいたくなるような臭いでした。
和「智葉さん?」
異変は相次ぎました。
談話室には智葉さんの姿はなかったのです。
とにかく私たちは一階に降ります。
咲「いないね……それにこの煙」
咲さんの言うように智葉さんの姿はそこにはなく、いよいよ漂う煙だけが鼻につきます。
それは調理場の方から漂ってくるものでした。
和「とにかく行きましょう!」
私は焦燥感を覚え、煙が漂う調理場の方へ足を進めます。
調理場に近付けば近付くほど、その臭いは強くなります。そしていよいよ調理場についたとき、私の目にはまたしてもつらい現実が飛び込みます。
咲「智葉さん!」
智葉さんが倒れていたのです。
殴られたのか、頭からは血が流れていました。
私たちは駆け寄って智葉さんの名前を叫びます。
ですが反応はありませんでした。
煙で少し頭がぼーとしましたが、私は部長たちがやったように脈をはかります。
脈はなく、その腕はもう暖かさを失っているように感じました。
私は油断していたのでしょうか。十分なら大丈夫と……私が気をつけていれば、智葉さんを一人にしなければ結果は変わっていたんじゃないですか?
咲さんは涙を流します。私も同じように涙が溢れそうになります。
しかし事態はそれを許さない。
私は何気なく辺りを見渡すと、煙が地下室の方から漂っているのに気付いた。
胸を叩く音を感じました。
地下室には誰が、誰がいたでしょうか。
私は咲さんの腕を掴み無理矢理立たせます。咲さんは怪訝げに私を見ますが、私が地下室の方を示すと、すぐにその顔を蒼白にします。
私たちは地下室へと走り出しました。
地下室の扉は燃えていましたが、そう強い火ではなかった。私は近くにある消火器で火を消し、火の消えた扉を蹴りました。
強い衝撃は煙で機能を低下させる頭に響きました。
でも扉が火で既にぼろぼろだったこともあり、二回ほど蹴ると扉はすぐに崩れ去った。
最初中は煙と炎の赤色で余り見えませんでした。部長の名前を呼ぶも、返事はありません。
中に入ろうとしましたが、何故だか分かりませんが扉の前に中か大きくて重いものがあり、邪魔で通れません。
私はぼーとする頭を働かせ、ハンカチで鼻を覆うのも忘れていることに気付きました。
私はハンカチで鼻を覆い、煙が抜けるのをしばらく待ちます。
段々と煙が晴れてくると、部屋の中も徐々見えてくる。ニュースで見るような黒く破壊された部屋。それにぞっとせずにはいられませんでした。
部長、あの強い部長が死ぬわけはない。きっと何かの方法で生きている。
何の根拠もないのに、私はぼやける頭でそんなことを思う。
どうして私は気付かなかったのでしょう?
こんな状態で人が生きるのは不可能だと。
どうして私は気づかなかったのか?
焼死体が見るに耐えないものだと。
もう終わりです。
13
胃酸で焼ける咽と、煙に犯され頭痛のする頭を私は完全に無視していた。
そこには心はなかった。
ただ部長が死んだということ。
安否確認の必要ないくらいに確実に死んでいること。
それだけが心を支配する。
だが理性ではある疑問に対する考察があった。
一人は部長の死体だとして、もう一人は一体誰だろう、ということでした。
あの場には二人の判別不能の死体があったのです――
これは悲しみが二倍になるということではなく、ただ疑問を増やすということに繋がった。
悲しむにはそれが誰なのか知らなければいけなかった。
その疑問はなかなか解けそうになかった。
しかしその疑問を考える前に私たちはまず調理場に一度戻り、智葉さんの体勢を整えてやる必要があった。
愛宕さんと同じように、仰向けで手を組ませ、目を完全に閉ざす。
死体に気持ちがあるかわからないですが、私は死んでなおマスメディアに死体をいじくるような真似をされるのはたまらないと思う。
死体には敬意を持つ。
菫「智葉……?」
私たちが智葉さんの顔を回想を込めてみていると、背後から弘世さんの声がした。
弘世さんは悲しい表情で、智葉さんのそばに寄り、ひざまづいて智葉さんの顔を近くで眺める。
私は言うのも忍びないと思いましたが、言う必要を感じ地下室のことを言いました。
弘世さんは驚いた表情をし、悲しそうに、そして何か考えるようにした。
和「でもどうして他の人は来ないんでしょうか……こんなに煙があるのに」
菫「部屋には煙は来なかったよ」
和「え、じゃあどうして?」
菫「私が気づいたのは……」
弘世さんは最後まで言わず悲しそうな顔をした。
そして何故か咲さんのことを見た。
咲「どうしたんですか」
咲さんは力なく、しかしそれでも傷ついてるのは自分だけじゃないとばかりに、優しげに問いかける。
菫「……いや、なんでもない」
弘世さんはそう言って立ち上がり、ふらふらと談話室の方へ歩いていった。
部長のことで咲さんを気遣ったのでしょうか……。
しばらく私たちは智葉さんの顔を眺め、その凛とした、それで優しい顔を心に焼き付けるようにした。
しかしそこで私は部長のことを思いだし、涙が目尻にたまる。
あの頼りになる笑顔、存在感。
あの不敵そうな打ち筋。
それでいてときに見せるよわよわしさ。
その全てがいとおしい!
いよいよ涙は溢れだした。
咲さんもまた涙を流し、私を抱き締めた。
部長には――部長にはもう顔がないんです!
◇
ここにいては頭も回復しないと思い、私たちは談話室に戻った。
つい先ほどまでみんながそこにいたとは思えないほど、そこは静かでした。
祭りが終わって次の日にすっかり片付けられた跡を見るような感情が私を襲う。
ただ時計の音だけがその存在を誇示している。
咲「みんなにも報告しなきゃだめだよね」
三人の死体がでたことを報告しない手はなかった。
三人――愛宕さんと大星さんを含めて五人の命が尽きた。その事実に改めて気づき、私ははっとした。
ニュースで見る人の死はただの数字でしたが、この五人という数字にはもう甚だしいものが籠っていた。
とにかく私たちは二階に行った。まずは末原さんの部屋だった。
私はノックをした――が、返事はなかった。
私はことのあらすじを扉越しに伝えたが、やはり反応はなかった。まだ愛宕さんのことでひきずっている、私たちはそう結論して、次の部屋へと行った。
次は弘世さんと、照さんの部屋だった。
だがここにも返事はなかった。
咲「お姉ちゃん?」
咲さんは心配した表情で言い、ノブに手をつけます。私は心情をくみ、注意することはしなかった。
扉は開けられると、中からむわっとした臭いが立ち込める。
……私はこの臭いを知っていた。こんなものを忘れることなんてまずできなかった。
部屋は暗く中の様子は分からなかった。
見てはいけない、本能がそう警告する。
しかし咲さんは迷わずに部屋の灯りをつける。
そこには弘世さんが――何やら赤いゴムのようなものに囲まれ倒れていた。
私は咄嗟に咲さんをうしろにどけた。咲さんは眉を釣り上げ私を見る。
和「私が確認します。だから咲さんはそこにいて待っていてください 」
もしも弘世さんだけでなく、そこに照さんまでいたら、きっと咲さんはおかしくなる。
私はそう判断し強い口調で咲さんに言いました。
咲さんは最初、絶対引かないとばかりに私を睨みましたが、すぐにうつむき小さく頷きました。
私は念を押しもう一度待つように言ってから、部屋の中に入ります。
すぐに鼻がひんまがるような悪臭――こう言ってはいけませんか。でも、もう――が私の気力を削ぐ。
私はハンカチを鼻に押しあてて、奥へと進む。
クローゼット、バスルームとベッドの下を見ますが、照さんの姿はありません。
私は最後に弘世さんの様子を見る。窒息しそうな臭いで、頭は麻痺寸前でした。
私は一応脈をとる。しかし予想通り、弘世さんは死んでいた。
明らかに死んでいた。そのはみでるものが、その事実を主張していた。
この殺しかたは焼き殺すのよりもある意味残酷でした。尊厳を踏みにじる、そんなやり方。
どうして犯人はこんな?
まるで弘世さんを憎むような……。
と私はまた吐き気を覚え、駆け出さんばかりに急いで部屋をでる。
和「照さんはいませんでした。弘世さんは……」
咲さんは不安げな、悲しげな表情で私を見る。
和「とにかく行きましょう」
と私は咲さんの手を掴み、自室へと向かう。
咲「どうしたの和ちゃん!?」
和「気付かないんですか」
部屋につくと私は鍵を閉めながら言う。
和「明らかに殺人のスピードが増してます。ここ数十分で四人もです」
咲「あ……」
和「こうなるともう虐殺です。恨みとかじゃないんですよ!もう姿が分かっても気にしないかもしれないじゃないですか」
私は部長の言葉を思い出して、バスルームの前に行く。
私はベッドを動かしバスルームの前を塞ぐ。
咲「ど、どうしたの?」
和「実はバスルームの天井から屋根裏に行けるらしいんですよ。だからもしものことを考えて」
私は椅子に座って一息つく。
咲「ちょっと待って。そのことみんなに伝えなきゃだめだよ」
和「みんな……ですか。でももう残ったのは憧、穏乃、末原さん、あと照さんに一応玄さん、それだけしかいないんですよ。もう犯人は限られてくる」
咲「待って。お姉ちゃんを疑うの?お姉ちゃんがあんな、あんなやり方で人を?」
と咲さんは顔を蒼くして部屋の隅へ行ってしまった。
私は自分の愚かさを悔やみました。仮にそうだとしても、もっとやり方というものがですね……。
私は咲さんのところへゆっくりと近付く。
和「すみません、咲さん。私も部長のことで少しおかしいのかもしれません」
それは大いにありうることでした。
私もいつの間にか末原さんや憧のようになっているのかもしれない。そう疑わずにいられない。
咲さんは振り向いて、私を抱き締めました。
その暖かみは強く心に響いた。この孤独で陰鬱な状況では、愛する人の暖かみが強く存在感を増すのです。
14
咲さんと和解し、椅子に座って沈黙を守っていると、何やら音が聞こえてきたような気がしました。
咲「今チャイムが……」
どうやら咲さんも気付いたらしく、その音が幻聴でないことを確認する。
またチャイムは鳴りました。
そしてまた。
もう一度――
咲「怖い……」
咲さんは耳を塞ぐ。私も怖くなって、身震いを我慢するため唇を噛みます。
咲「もしかしたら淡ちゃんかもしれない」
咲さんは突然そう言いました。
……それは余りにもありえないことでした。
この大雪のなかで、人が何時間も生きていられるわけがなかった。
しかし私は無下にその可能性を否定できません。咲さんもこの状態で不安で、神経が乱れていますから。
和「私が一人で見に行きます。咲さんはここで待っていてください」
と私はこの台詞に既視感を覚え、弘瀬さんのときと同じだということに気付く。
それは咲さんを守りたいがゆえにでたエゴ――これは許されるのでしょうか。
しかし考えている余地はありません。
戸惑う咲さんを宥めて、私は部屋の外へでる。
私は念のためと思い持ってきたストックを強く握る。
廊下は相変わらず静かで、もう誰もいないのではないかと思うほどでした。
私は一階に降りる。
何故だか分かりませんが、私自身静かに歩いてしまいました。
チャイムはまだ鳴っている。
ぴんぽーんとエコーのように鳴る音は今は不快に感じた。
いよいよ扉の前へ来たとき、私は柄を再び強く握る。
そして私は鍵を解き――扉を開けた。
私は目を見張る。そこには照さんの姿があった。照さんは私をちらっと見ては、そのまま前に倒れる。
もはやストックは放りさり、慌ててしゃがんで照さんの顔を見る。
照「よかった……」
照さんはそれだけ言って、私の頬に手をかざす。
照「私のせい……淡……私が、見ていれば」
照さんはうわ言のように言う。
淡さんのことを、まだ悔やんで――
和「しっかりしてください!あなたが死んだら、咲さんは、どうなるんです!」
私は涙が出てきた。
私は照さんを疑っていた。
弘瀬さんの死体を見て、照さんがいなかったから……。
疑ってごめんなさい!
すみません、すみません!
照「あの子を――」
頼んだ。
それを最後に言い照さんは目を閉ざした。
私は自分の猜疑心を呪い、その表情を放心して眺めた。
咲さんと似た顔だった。
そのとき停電したのか分かりませんが、明かりが全くなくなった。
これは――?
私は恐怖感を圧し殺して、そろそろと立ち上がる。
咲さんを助けなければいけない。
これだけ多くを失ってまた咲さんまで失ったら……。
足元が見えず、ふらふらとしながらも私は階段を探しあてて、階段を登る。
犯人がいる可能性があり、私は静かに、また咲さんの名前を呼ぶことなく、階段を登っていく。
私が二階に着くと同時に、電気は回復し明かりが灯る。
そこで私は部屋からでてくる咲さんを視認した。咲さんは躊躇するように顔をだし、廊下を見る。
私の顔を確認し、咲さんは顔を綻ばせる。
和「どうしてでてきたんです!」
私はそれとは正反対に咲さんを怒った。
私は咲さんに部屋にいるよう言っていたからでした。何があっても……。
咲「和ちゃんが心配で」
咲さんは怯えながら言う。
私はすぐに後悔をし、謝罪をしながら咲さんに抱きついた。私のこの状態は一種の依存症ではないか、とふと私の脳裏をかすめる。
しかし仮にそうでも、私はやめません!
咲「扉が、開いてる」
突然咲さんは片言でそう言って、私は困惑します。
扉?
私は咲さんが向けている視線の先をたどります。するとそれは憧たちの部屋で、確かに扉は半開きになっていました。
私は不意に何かがそうさせるように、ストックを確認します。
和「咲さん、決してはなれないでください」
私はもう何も考えずに、考えることはできずに、憧たちの部屋へ行くことを決めました。
憧たちを疑うとか、そういう考えは浮かばなかったのです。
ただ幼馴染みである憧たちが心配でした。
私たちはそろそろと、憧たちの部屋へ向かいます。
部屋はやはり憧たちのところでした。
私は咲さんがうしろにいることを確認し、部屋へ入ります。
部屋の中には、血がたくさんまとわりついていました。
憧は倒れ、穏乃も倒れ、玄さんもベッドではなく床上にいました――
みんなみんな、血でまみれていました。
私は不思議と何も感じないような気がしました。
それに気付いてぞっとします。
もう心がなくなったのではないか、冷酷な人間になったのではないか……死体になれたのではないか、と。
どうして幼馴染みが、親友が死んで何も思わないんですか。
どうして?
私は廊下にでてある部屋に向かいます。
咲「和ちゃん、落ち着いて!」
と咲さんに言われて、私ははっとします。
落ち着く……私が?
咲「和ちゃん、怒りで我を失ってるよ」
和「私は怒ってなんか――」
咲「怒ってるよ。だって和ちゃん凄い怖い顔してるもん」
そう言われて私は気付きました。
ああ、あれは欺瞞だったんですね……そうですよね。
私は悲しいんですね。
和「とにかく行きますよ」
咲さんは私の欺瞞に気付いてくれました。それは私の心をいくぶん楽にした。
しかし怒りと悲しみはやはりやり場を求めていた。
それは当然のことでした。
咲「どこ行くの?」
咲さんは慌てて言います。
和「犯人はもう一人しか考えられないんですよ」
私は扉の前まで来て、ストックを握り締める。
和「相手ももう見境がないですからね。うしろとか、どこかひそんでいるかもしれません。気を付けてください」
私は扉を開けて部屋にはいる。鍵はかかっていなかった。
一歩一歩、探るように足を踏み出した。
しかし私は何だか違和感を感じていた。
あの臭い……あの嫌な臭いがこの部屋からはするのです。
あれだけ殺したのだから体についたのかもしれない。
そうも思いましたが、この臭いはもっと重々しく、決して二次的ものではない。これは他の部屋から感じるものと同じでした。
それでも奥へと行くと、その疑いは確信に変わる。
末原さんではなかった。
末原さんが犯人じゃなかった。
犯人は決して死んでいるわけがないんです。
和「咲さん」
私は咲さんに呼び掛ける。
咲さん、末原さんかと思ったんですが、犯人は違うみたいです。一体これはどういう――
そう言おうと思っていました。
しかし咲さんの声は返ってきません。
和「咲さん……?」
振り向いてはいけない。そう感じた。
ああ、でも私はその本能的欲求に耐えられませんでした。
私はゆっくりと振り向く。
だがその動作が最後まで行われることはなかった。
頭に重い衝撃。
私は一撃くらって倒れます。
血で染まる視界にいたその人は、意外な人でした。
和「何故……?」
愛ゆえに――
彼女はストックを持つ腕を振り上げます。
唇には接吻を、胸には剣を――
詠うようにそう言い、彼女は腕を降り下ろす。
終
見ている人がいてよかったです。ありがとうございます。
これからトゥルーエンド書きます。日が変わる前までにはできると思います。
遅れてすみません。id変わってるかもですが、大丈夫ですよね……。
どっきりじゃないんです、すみません!……ただその展開も考えました。
解決編で短いですが投下していきます。
9#
臭いはありふれたもので、アルコールだと分かりました。
どうしてアルコールの臭いがしたのか……というよりどうしてあの場所でアルコールの臭いがしたのか。
それを完全に理解することは私にはできません。
ただアルコールのある場所は限られている。
それは地下にある食糧貯蔵庫。
私は部長に頼み、智葉さんと咲さん、それに末原さんと地下貯蔵庫を調べました。
調べれば何かが分かるかもしれない。
その結果は余りにも大きな功績をもたらした。
私は皆さんに談話室に集まってもらいました。
憧は最初しぶりましたが、十分で済むと言うと従ってくれました。
みんな――咲さんと部長を除いて、みんなが多かれ少なかれ私を疑っているようでした。
まさかこの事件の難解な糸をほどけるとは思えなかったのでしょう。
ただ私はこの結果を披露するのが躊躇われた。
だってそれは犯人を明かすのと、犯人を罰するのと同意義でしたから。
私にそんな権利があるんでしょうか。
でもしなければ、被害は更に広がるかもしれない。ならば私はやらなければいけない。それは権利でなく義務だった。みんなを守るための。
和「私が犯人を見つけたことが不思議な人は多いと思います。
でも地下で見つけたものを見れば皆さんでも、私じゃなくても事が分かると思います。
もちろんそれは簡単でない。それは答えを見ながら数学を解くようなことですから」
智葉「回りくどいな」
憧「もう帰っていい?」
と気の短いお二人が不平を云うので、私は回りくどいことを言うのをやめることにした。
というか智葉さんはミステリーが好きみたいだからいいじゃないですか!
私はとにかく末原さんに頼んでいたものを持ってきてもらいます。
恭子「よいしょっと」
それは毛布に包まれた金髪の少女。白雪姫のように今は寝ています。
照「淡!」
照さんは珍しく顔を綻ばせて、大星さんに駆け寄ります。
皆さんも同じく喜びます。
咲「和ちゃん、焦らせすぎだよ」
咲さんは注意しますが、これも演出なんです。
私の思惑通り犯人と思われる人は不自然に反応した。
それは他の人と違い喜びでない――偽装されたものでした。
和「大星さんが見つかってよかった――私は本当に嬉しいです」
皆さんもそれには同意し頷いた。
和「さて見つかったものとは大星さんの持っていた――というより握っていたものです。まあこれは後々言うことになります」
洋榎「回りくどいわ!さっさとせえへんと虎服着せるで」
ええっ……嫌がらせの道具にするって、それでもファンですか。というか何だか皆さん元気になってませんか。
和「分かりました。色々あって面倒ですが、一つ一つ説明させてもらいます」
私はもう回りくどいことを言うのをやめた。
和「まず大星さんです。あの瞬間、つまり照さん弘世さん、部長が外から帰ってきてみんなが集まったときに私はアルコールの臭いを感じました。
それでアルコール、お酒のある地下貯蔵庫に行ったら大星さんがある容器の中に、ということです。
……ちなみに大星さんをここに入れたのも犯人だと思います」
私の言葉を聞いて、また皆さんに怒りが湧くのを感じた。特に照さんは表情を強く変えた。
和「大星さんは髪を握っていました。最後に会った人、つまり犯人ですね。私は犯人にあたりをつけ事件を逆算して考えると全ては説明できることに気付きました――余りにも簡単に」
和「ではこの事件の最も難解だと思われた問題ですが、つまり玄さんを誰が、いつ、どうやって刺したかということですが――皆さん笑わないでくださいね」
和「これは玄さんが刺されたとされる悲鳴をあげた瞬間、部長と智葉さんが二階に、他の人が全員一階にいたことから不可能とされました。
でもこれは智葉さんが言うように、そして一部の人が思うように叫んだ瞬間刺されたのでないとすれば、時間に遊びが出来れば、ある程度解決されること――そうですね、憧?」
憧は顔をそむける。
憧が部長と智葉さんに特に疑いをかけているのには気付いていた。
私たち、つまり談話室組は部長たちよりも縛りが強かったからです。
もちろん比較的にですが。
和「でも皆さまは大きな錯覚をしていたんですよ」
憧と部長は怪訝そうにする。
一体何が錯覚なのか。
和「ところで玄さん、おかしいと思いませんか?」
突飛に感じたのか皆さんは私のことを疑わしく見る。
和「私はふざけていません。私が言いたいのは、玄さん眠りすぎじゃないですか、ということです」
憧「いくら和でも玄を馬鹿にするのは許さないよ」
と憧はいよいよ軽蔑するような目で見た。
和「私が言いたいのは、副作用のあとじゃなくて前。つまり薬を飲ませる前ですよ」
和「いくら刺されたとしても少しくらい意識を戻してもいい。危篤状態とは程遠いんですから」
和「さて話を錯覚に戻します。この錯覚というのは端的に言うと順序です」
部長と憧は考える素振りをしたが、何か気付いたようです。
和「難解なのは刺された、叫んだとみなさんが無意識に考えていたから。でも叫んだ、刺されたなら?」
犯人は私が種に気付いたことを悟り目をつむる。
和「ではもう一気にいきましょう」
私は息を吸い込む。
人を人を罰することができる根拠を私は知らない。もしかしたらこれは罪かもしれない――でも
和「玄さんは明かりを切る際に催眠効果のある針に刺さり、叫んだ。
これであの部屋が暗かったのも頷ける。また玄さんは扉の近くでエプロンを脱いで倒れていたという事実も」
和「そしてあのとき一番最初に、暗闇の中玄さんに近づいて、果物ナイフを指したのは――弘世さん、です」
みんなが信じられないとばかりに弘世さんを見た。
私もまた信じられない。
何よりも弘世さん自身が信じられなそうにしていて、私はそれが不思議だった。
照「嘘!菫がそんな――」
一番の親友である照さんは鬼のように否定する。
私ももし咲さんが疑われたら――
和「証拠があります」
私は痛くなる胸を押さえて言う。
和「まずその犯行が行われたとする証拠。これは警察で鑑定されれば……というのは明かりの電源スイッチのところ、ここに血が少しついていたんです」
また玄さんの人差し指はわずかに赤かった。
和「第二に決定的なのは、大星さんとその手に握られていた髪の毛です」
と私はその髪の毛を見せる。これは握られているのを咲さんも見ている。
和「思うに――大星さんはあなたを見ている。外で、大星さんを連れ去るあなたをね。あのときあなたが外にいたのは十分」
和「もしも大星さんが完全に寝てるならもっと早く大星さんを地下へ運べたんじゃないですか?結局大星さんは起きていてあなたは眠らせるのにすこしてまどう。結果十分」
正直テレビ朝日のようなことを言っていて恥ずかしかったのですが、それもどうでもいいのです。
肝心なことは、大星さんが見ているか、どうか。
見ていれば、それでおしまい。起きるのを待つだけ。
見ていなければ、それもおしまいです。バッドエンド。というのも確証がなくなりますから、疑いだけに終わります。
和「どうですか?弘世さん」
もし――弘世さんが否定すれば後者で、弘世さんが肯定すれば前者だった。
何故なら弘世さんは聡い人ですから。
菫「私、じゃない」
弘世さんはそう言い首を振る。蒼白な表情で。
ああ、私の敗けですか。
だめもとだったんですけどね――
菫「私じゃない!」
そう思ったとき、弘世さんは怒鳴った。
何か様子が変でした。
菫「私は確かに刺した」
あっさりと――弘世さんは自認した。
皆さんは呆気にとられるような表情で、特に照さんは絶望的な表情でした。
菫「だが私じゃない」
和「自分で認めておいて何をいっているんですか」
菫「……私が言いたいのは、確かに私は物質的に松実さんを刺したが、精神的には指していないということだ」
私は流石に困惑してなにも言えなかった。
菫「生まれた瞬間に環境を、そして遺伝子により人格が決定された私が人を刺さざるを得なかったとして、それが私の罪になるのか?」
弘世さんは懇願するように言う。
和「あなたが何を言いたいのか分かりませんが、あなたのやったことは犯罪です」
菫「犯罪?そうか法か……私が刺した、ということになるんだな」
弘世さんは法学部にいくことになっている。
その弘世さんが法を否定するようなことを言うのに、私は違和感を覚えざるをえなかった。
菫「私は確かにみんなと離れるのが嫌でこうしたんだ。これはエゴなのは分かる。でもこれも与えられたものなんだ!」
弘世さんは唇をひくひくと震わせ、照さんを見る。そして腕を向けた。
菫「照、私は特にお前と――プロに行くお前と離れたくなかったんだ。分かってくれるだろ。私は悪くない」
そう言って向けられる手を、照さんは恐ろしそうに振り払う。
それは軽蔑と恐怖からくる拒絶だった。
私もまた恐ろしい思いで弘世さんを見る。
――何故だか、その表情もまた私たちと同じだった。
◇
その後弘世さんは全く抵抗せずに拘束され、また公的に罪に問われることとなった。
大星さんはあのあとすぐに意識を取り戻して、事件にショックを受けた。
しかしそれも時間が解決するでしょう。
玄さんは嵐が明けると、すぐに病院へ送られ治療を受けて回復した。
結局あの陰鬱な印象があった事件は、だれも死者がでなかったことになる。
ただ私たちに残した弘世さんという異邦人が残した印象は甚だしいものでした。
咲「和ちゃん!」
回想に耽っていると、背後から声がする。
私は振り返り微笑んだ。
咲さんもまた微笑む。
私たちは手を繋いで学校へと歩きだす。
私は弘世さんの持つ影とは違う、輝きをこの繋がりに感じ、それを噛み締めながら一歩、また一歩と足を進めた。
カン!
誤字脱字、ストーリーの勇み足、陳腐化、キャラがとらえられていない。色々とすみません。
これで終わりとなります。
目を通していただいて、ありがとうございます。
咲さんは最後に和のうしろで菫さんに既に殺されています。それを和目線で描写するのは当然なんですが、咄嗟にミスリードに利用してしまいました。
あとついでに9のあとで考えられる疑問にも一応述べておきます。
洋榎殺しですが、これは菫が照の目を盗み屋外から事前に用意していた縄で二階に上がり、また屋根裏から洋榎の部屋に行った。そのあとに洋榎を呼び寄せ殺したということになります。洋榎はいい子という設定で……
あとこれは後の照の台詞の見ていたらにもかかっています。
地下室で扉に物があったのは久の犯人への抵抗、結果火やぶりです。
また菫の智葉の死体の前での思わせ振りな態度は、照を探すために部屋をでたと和に思わせるため。
結果和は騙され、裏をかいて照を疑います。
最後の停電は憧の警戒心から扉が開かないので開かせるため時間差で設置。
憧は恐怖からつい扉を開けてしまいます。
菫は部屋の中で隠れ和が末原ちゃんの部屋へ行くのを待っていました。
色々矛盾はあると思いますがこんなところです。
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