咲「金髪くんと」京太郎「文学少女ちゃん」 (60)
・原作改変あり
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年の瀬が迫った、とある祝日。
少し早いクリスマスパーティというわけでははないが、宮永咲は麻雀部の皆で遊びに出掛けた。
最後にカラオケボックスで騒いで――主に騒いでいたのは部内で比較的テンションが高い三人ではあるが――帰り道で、咲は須賀京太郎と二人きりになった。
中学の学区も同じで、互いの自宅への帰路が同じなのだから、それ自体は中学生時代から偶にあることだった。
だが、外面的にはともかく内面的に咲は偶にあることで済ませられる状態ではなかった。
近頃、京太郎をやたらと意識してしまっているからだった。
咲自身、発端はわかっていた。
それは一ヶ月ほど前、夏に和解した姉との電話での世間話が始まりだった。
互いに自らの近況や学校、部活動での出来事を話している時に、姉がふと言ったのだ。
『前から思ってたけど、もしかして咲ってその京ちゃんと付き合ってる?』
無論、即座に否定した。
男女交際している事実はないからだ。
嫁さん違います、というやつである。
そう、彼氏彼女などでは断じて、ない。
告白された憶えもなければ、告白した憶えもない。
何を言ってるのだこの姉はと、思わず憤慨すらしてしまった。
もちろん姉はからかうつもりなどではなかったはずだ。
後から思い返せば、姉と電話口で話すたびに彼を話題に挙げていたのだから、以前からの素直な疑問だったのだと推測できる。
『そんなに慌てて否定しなくても……ん? いきなり何でって……だって話を聞いている限りだと、特別仲が良い気がしたから……あ、付き合ってないってことは咲の――――』
他にも色々言われた気がするが、正直なところ咲はあまり覚えていなかった。
姉が碌でもないことを言っていた気はするので、精神衛生上の理由で聞き流していたのだろう。
ともかく、仲が良いという点に関しては否定できなかった。
確かに、そういう意味では特別だ。
気のおけないと表現しても差し支えない位の友人だと思う。
事実、中学で同じクラスになり仲良くなって以来、互いに名前で呼び合っていたし、軽口だって言い合えていた。
しかし、それだけ。そう、それだけだったはずだ。
少なくとも咲が認識していた限りにおいて、二人の関係の始まりは男女間の機微などなく単なる友人関係であり、それは高校に入った現在も変わりがないはずだった。
姉に『付き合ってる?』なんて疑問を投げ掛けられるまでは。
姉の突拍子もない一言は、咲にとって京太郎との関係性を咲に改めて考えさせるには充分だった。
以来、気付けば何となく彼を目で追ってしまっていたりする。
その理由は深く考えないようにしていたけれども、結局そのせいで今日も遊ぶことにいまいち集中できていなかった。
咲が黙って歩きつつも悶々としていると、隣を歩く京太郎がマフラーを巻き直しながら口を開いた。
「もうすぐ新年か。清澄に入学してからあっという間だったよな……」
何だか感慨深そうな風情の京太郎に、咲は殊更いつも通りを装って応えた。
「んー、目まぐるしくはあったね。中学と違って色んなことがあったから」
「そんなに違ったか?」
と、訝しげに首を捻る彼に対して、意識してからかうような笑顔を向ける。
「そうだよ? まず、京ちゃんに麻雀部引きずり込まれた」
「いや、さ、引きずり込まれたって言い方はどうなのよ? 嫌がってる咲を半強制的に連れてったのは悪かったとは思うが」
不服そうな様子の京太郎を、咲はいつものように無視した。
「で、何だかんだでIHを目指すことになって。合宿だってしたし、他にも色んなことがあったでしょ? 麻雀繋がりで他校に友達だってできたし」
「あー、うん。それは実に喜ばしい……咲、中学の時ぼっち気味だったもんなぁ。ほら本が友達?」
「ボールは友達みたいに言わないで。そもそもぼっちじゃないし。京ちゃんは私をコミュ障みたいに言い過ぎ。中学からの友達だっているもん」
「つっても、それ殆ど俺繋がりのような」
「そこは否定できないけどさ」
「まー、咲個人として交流が増えることはいいことだと思うぞ、うん。同中のやつだとなんか嫁さん旦那さんとか言って弄ってきて鬱陶しいことあるしな」
言いつつ、京太郎は気まずそうに目を逸している。
そこを気にしているとは、少し意外だった。
「いやさ、俺は流せば済むことだからいいけど、咲はそういうの気にする方だろ? 中学二年の時は愛想笑いはしてても、本気で嫌がってた感じだった」
京太郎が自分の髪をがしがしと掻いて続ける。
「今になって思えば、俺が最初にびしっとやめろって言っとけば良かったかなって」
咲としては、嫌がっていたというか単に恥ずかしかっただけであるし、京太郎に責任を感じられても何だかくすぐったい。
だいたい必死になって否定しても、それが逆にあやしいとなり、ゴシップに繋がるということだってありえた。
気にせず流すというのは、決して間違いというわけでもないだろうと思っていた。
「ん、すぐ慣れたから私も平気だったよ」
「……そうか?」
フォローしてみても複雑そうな面持ちの彼。
更に気にしてないよと示すために、わざと冗談めかして澄ました様子を演出する。
「そういうものです」
「そういうもんか」
「まあ私が男子を下の名前で呼ぶのって京ちゃんだけだしね。仮に弄られるのを気にして、いまさら会った頃みたいに須賀くんって呼ぶのも何か変でしょ?」
咲はそこで言葉を一度切って、背の高い彼を下から覗きこんで悪戯っぽく笑ってみせた。
「だよね、『須賀くん』?」
「お、おぅ……」
京太郎が呻く。
『須賀くん』と呼ばれて面くらったようだった。
「なんつーか、違和感がやばい」
「でしょ?」
「俺だって咲って呼び捨てにするのに慣れてるし――――な、『宮永さん』?」
「うあっ。背中がゾワっとした」
咲が露骨に嫌そうな表情を作ってみせると、京太郎は明るい笑みとともに「わりぃ」と謝った後、顎に手を添えた。
「……なんだかんだ咲とは腐れ縁だよな」
「腐れ縁って言い方は何か酷くない? でも、まあ中学の時からこんな感じだもんね」
そう言うと、京太郎が何故か溜め息を一つこぼす。
「……家も結構近所だしな」
「それ関係あるの?」
「……要するに、咲と縁があったってことだよ」
思わず言葉に詰まった。
言われた通り、縁があったのだろう、とは思う。
しかし、今それを言葉で肯定してしまったら、より意識してしまいそうで言えそうにない。
縁という単語が、どうしても想像をそちらへと駆り立ててしまう。
会話が途切れ、二人して黙々と歩く。
咲の家は次の曲がり角を曲がればすぐそこだった。
「ほんと、この一年で色々あったよね京ちゃん」
咲は内心の動揺を押し殺し、何気ない風で話題を元に戻した。
「IHの後に夏祭りだって行ったし、文化祭だって」
「あー文化祭か……まさか麻雀部なのにタコスを作る羽目になるとは」
「あはは、優希ちゃんに押し切られちゃったもんね」
「部長だってノリノリだったぜ? やるからには全力とか言って実際結構売ったし……そういやあの利益ってどうなったんだろうな。打ち上げで全部消えたのか」
「そこはきっと深く考えたら駄目だよ」
「確かに部長だしなぁ」
「部長だもんねぇ」
二人して全く同時に嘆息してしまった。
それが何だか可笑しくて、咲はつい吹出してしまう。
いつもの調子に戻ってきた。
そう思いながら、咲は京太郎に笑顔を向けた。
「うん、私にとってこの一年は色々あって、楽しかったよ」
そう楽しかった。
それだけは間違いないと確信できていた。
何となく、彼も自分と同じ気持ちであればいいな、とも思う。
「京ちゃんは?」
「あー……俺は思い返してみても、やっぱりあっという間だったな」
「そうじゃなくてさ」
咲が口を尖らせ睨め上げてみせると、京太郎は得心した様子で頷いた。
「ああ、うん。俺も、楽しかった」
「ん、よろしい」
「何でそこで咲が偉そうなんだよ……到着っと」
京太郎が苦笑をこぼしつつ、一歩大きく踏み出し咲の家の前で止まった。次いで空を見上げる。
追って咲も視線を向けると、煌めく星々と陰りのない月が夜を彩っている。
ただ素直に、綺麗だと思った。
「月が綺麗だな」
背を向け星空を仰いだ京太郎の呟きを聞いて、不意に鼓動が跳ねた。
月が綺麗。それは文字通りであって、特別な意味などないはずだ。
創作かどうか定かではないとある逸話なんて、きっと彼は知りもしないだろう。
同じ夜空を仰ぎ、同じ月を見て、そして同じ感慨を抱くに至った。
おそらく、ただ、それだけ。
そう、それだけのはずなのに、何故かその一言に咲は胸が躍るのを自覚した。
落ち着けと念じて、一度深く息を吸う。
続けて何故、と自問。
(……ああ……そうか私は……)
はっきりと意識してみれば、答えは至極単純だった。
特別な意味を期待してしまった自分がいることを否応なしに理解してしまう。
いつ育ち始めたのかも定かではない余りに近過ぎて気付けなかった感情が、確かにある。
姉の言葉はそれを意識した切欠ではあったが、本当の始まりはまた別だったのだろう。
仄かに照らしてくる月を見上げたまま、頬を冬の冷たい風に撫でられ続ける。
しかし、頬の熱が奪われることはなかった。
もはや胸の鼓動は早鐘のようで痛みすら感じる程だ。
夜で良かった、と思う。
きっと、みっともない位に顔に血が昇ってしまっているけれども、この暗さならもし振り返ってこられても、ばれることはなさそうだ。
「咲、寒いんだし早く家に入れよ」
振り返らずに帰路につきながらひらひらと手を振っている京太郎に、見えはしないだろうが、咲は小さく手を振って応えた。
漠然ともう少し一緒にいたいなんて頭の片隅に過るが、言葉にすることなんてできるわけもない。
「また、な。咲」
「うん。また、ね。京ちゃん」
別れの挨拶を交わし合った後、門扉を抜け、玄関の扉の前まで進む。
咲が一度振り返ってみると、京太郎の背中は夜の闇に紛れて、もう見えなくなるところだった。
今までなら覚えなかった寂寥感が胸を突く。
咲はそれを振り払うようにふるふると首を左右に振った後、玄関の扉を開いた。
1話終わり
気が向いた時に鈍亀更新
◆◇◆
「はぁ……」
ベッドにうつ伏せになった咲の唇から何度目かも知れぬ吐息が落ちた。
もし仮に今の咲を見る者がいれば、咲が憂慮していることを容易く察することができただろう。
咲としては、自分の部屋へと戻り何とか冷静さを取り戻した、ここまでは特に差し障りはなかった。
その冷静になるまでの間に湧いてきていた取り留めのない想像、いや妄想で小一時間ほどベッドの上で悶たりしてしまっていたが、それは置いておこう。
既に別れの際に覚えた気温とは異なる寒々しさはなく、過剰なほどだった昂ぶりも収まっていた。
その様に自己分析できる程度には頭は冷えていた。
だからこそ、悩んでしまう。
「……どうしたらいいんだろ」
呟き、枕に顔を埋める。
自らの想いを打ち明けるか否か。それが問題だった。
過去から積み上げられた現在の咲と京太郎の関係。
それを男女の性差を意識して改めて顧みれば、友達以上恋人未満というのが相応しいのではないかと咲は考える。
心地良い関係だ。
踏み込まなければ、きっと維持していけるだろう。
今までそうであったのだから。
(結局、何もしない方がいいのかもしれない)
後ろ向きな思考に陥っていることは、咲自身判っていた。
それが単に自らの臆病さによるものだろうということも判っていた。
しかし、想いを伝えても上手くいくとは限らないのは事実だ。
最悪の場合の想定が脳内を這っている。
やり直しなんてできない。
時間は逆しまに進まず、こぼれてしまった水は元の器に戻らない。
何かが壊れて以前とは決定的に異なってしまうはず。
必死に取り繕ってみても無駄だろう。
簡単に想像できた。
何もなかった様に振る舞い、かつてとは違う作った笑みを互いに交わし合う。
普段あった会話は損なわれ、どこか遠慮した間柄になる。
次第にどちらからともなく距離が空き続け、そして終わりを迎える。
例えばこれが本で読む正道の物語なら紆余曲折を経て最後には幸福な結末で締められるのだろうと、ふと浮かぶ。
だが、創作と違い現実は残酷だ。
泣こうが喚こうがお構いなしに喪失は起こり得る。
かつて一度家族との別離を味わったのだから理解している。
当たり前にあったものの喪失。
考えれば考えるほど、それがどうしようもなく怖かった。
「でも――――」
俄に漏れた自らの独白に、咲は驚きを覚えた。
何が、でも、なんだろう、と自らの胸に問う。
――でも。逆接の言葉。
意識して言ったわけではなかった。
けれど自分の口を衝いて出た言葉だった。
戸惑いつつも意識野を暫く探ってみれば、負の方向とは異なる情動がある。
さながら裏と表。
だからこそ迷っていたのだと、すとんと腑に落ちた。
疑念に震えながらも欲している。
恐怖と戦えるほどに求めている。
何故なんて深く考えるまでもないだろう。
何をなんて深く考えるまでもないだろう。
(……麻雀部に入った時と同じだよね)
新しく得たいか、失ったものを取り戻したいか、その違いはあれどもあの時だってそうだった。
傷つくのを恐れているだけでは進めない。
自ら手を伸ばさなければ届かない。
なら自分にできる最大限の努力はしてみるべきだ。
咲はそう結論して、枕に埋めていた顔を上げ身を起こした。
続け様にベッドの縁に腰かけ姿勢を正して思索を巡らせる。
(勝ち負けではないけど……ううん、ある意味勝ち負けかな……麻雀に例えてみよう)
なんて益体もないことを考えつつ、戦力分析。
まず点差。彼我の比較だ。
つい先程考えた友達以上恋人未満。
これが正しいとすれば、そう悪くない状態な気がする。
憎からず思われている――男女のそれとはまた別の可能性もあるがそこは取り敢えず無視――可能性が高いのではないだろうか。
いわゆる点差的には射程圏内。
オーラス和了によって捲り完全勝利である。そう思っておきたい。
と願望を交えつつ、次に手牌をイメージ。
つまり自らの京太郎に対する手札を考慮する。
そして、判定を下す。ピンチだった。
(…………あれ?)
一度、小首を傾げる。
そうして、いやいやそんなはずはないと、もう一度思索を巡らせた。
麻雀と同じだ。冷静沈着に誤らず判断しなければならない。
3分。
計ったわけではなかったが、きっかり3分使用した。
現実を受け止めるための時間が必要だった。
嫌な汗が一滴、咲の頬を伝う。
畢竟、やっぱりピンチだった。
どれだけピンチかといえば、某ウルトラな方々が仮死状態になる程度にはピンチ。
その原因、自身の胸元を咲は見た。
まじまじと見た。ひたすらに見た。
どんなに凝視しても何か変わるわけがなかった。
これは不味い。
だって、どう考えてみても身体的な京太郎の好みと合致するとは言い難い。
彼の女性に対する身体的な好みは、ある部位に集約されていると思って間違いないだろう。
それ位、咲は知っていた。
というか見ていれば理解できていた。
そんなに胸部装甲が好きか。
もちろん、容姿以外でどちらかといえば控え目で家庭的な娘が好みだろうとか、そういう内面的な嗜好の部分も把握しているのだが、それはそれだ。
自ら手を伸ばさなければ届かない。
なんて結論づけてみたけれど京太郎にとって手を伸ばし届かせたいのは女性の胸、それもDカップ以上とか咲としては洒落にならないわけで。
最大限の努力で対処可能なのだろうか。
「ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう!」
慌ててみても一夕一朝では無理である。
更に時間をかければ必ずしもなんとかなるものでもないはずだ。
蛇足であるが、牛乳の摂取という科学的根拠の殆どない俗説を予てから実行し続けてはいた。
「あわあわあわ」
泡を食った風情で、あたかも湖に沈みかねないほどに動揺しながら対策を講じてみるも良い案など浮かばない。
居ても立ってもいられなくなり、無意味に部屋をぐるぐると回ってしまう。
ふと、机の上に置いた充電中のスマートフォンが目についた。
いっそ誰かに相談してみるべきだろうかと脳裏に過り、同学年の部活動の友人、原村和と片岡優希がまず候補に浮かぶものの即却下。
もはや咲にとって親友と言える間柄の二人ではあるが、内容が内容なだけに気恥ずかし過ぎた。
そもそも、以前に咲は優希と一緒に和にそれとなく尋ねたことがあった。その豊満な胸部の秘訣を。
結果は推して知るべし。
持つ者と持たざる者の差は永遠に縮まらないのである。
なら部長、竹井久はどうだろうか。
(――――無理、無理、無理! 絶対、無理ぃ!)
羞恥とかそういう問題を棚上げするとして、却下ではなく無理。
いや、最終的に何かしらの助言――それも的確な――を貰えると思ってはいるのだ。
調子の良いと形容していい久ではあるが、彼女は押さえるべきところは押さえる。
過去の経験からそう判っていた。後輩の相談を無碍にはしないだろう。
しかし、懸念はその過程にある。
碌な目に合わない。そんな予感を覚えた。嶺上牌に対する直感に迫るレベルではっきりと。
猫が捕まえた鼠を玩ぶが如く、おちょくられる。
しかもこれでもかって位に――故に無理。
では、もう一人の先輩、染谷まこはどうだろうか。
親身にはなってくれるだろう。問題の解決如何は別として。
なんというか無難そう。そしてやっぱり恥ずかしい。とりあえず保留。
(…………)
採り得る最後の選択肢。
羞恥諸々の問題を鑑みると最適であろう、スマートフォンの電話帳に登録されたその相手。
表示されている名前と電話番号を前にして、咲はしばし逡巡する。
そうして、咲の指が躊躇いがちにゆっくりと画面を撫でた。
二話終わり
失礼、訂正
× 猫が捕まえた鼠を玩ぶが如く、おちょくられる。
◯ 猫に捕まった鼠が玩ばれるが如く、おちょくられる。
寝ます
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