SS落語・へっつい幽霊(38)
俺「今晩おはなしいたしますのは、落語【へっつい幽霊】の……にちゃんねるss形式への焼き直しでございます。どうかおつきあいください」
俺「えー、自炊なんてかったるい……まあ、そういう人も昔から多かったわけですが、一方で毎日きちんとご飯を作るお宅もある」
俺「今時分は、ガスコンロなんて便利なモノがありますが、昔はそんなモノ無かった。かまどに、炭で煮炊きしていたわけですな」
俺「それで、若い方にはわからんでしょうが、まあ、わたしも若いんですがね……江戸の長屋というのは、とにかく狭いわけです」
俺「その狭い土間に、かまどを作らなくてはいけない……しかし、かまどというのは、実際これがかなり大きなものになる」
俺「そこで考えられたのが、へっつい……というモノでございます」
俺「どのようなモノかと申しますと、枠の上に粘土を盛ってかまどの形に整える。上等なモノは表面を漆喰で仕上げる。今で言う七輪より大きく、本格的なかまどよりは小さいといったところでございます」
俺「モノによっては、火口が二つありまして、灰の掃除も簡単。引っ越しなどの時には持ち運べるほど小さいのに、しっかり火が使えるので、江戸のご婦人方にたいへん重宝されたと申します」
俺「当然、持ち運びできる家財道具でありますから、古道具屋などに並ぶ事も……あるわけでございます」
………………
…………
……
……
…………
………………
男「お馬さんで大当たり……懐もあったかいと、ふらっと店に入っちまったりなんかして」
男「ふむ、古道具屋ってのは、何でこう、楽しいものなんだろうな……おっ」
男「いい、へっついだな」
男「塗りもしっかりしてるし、欠けもない……おい、おやじ」
店主「はい、いらっしゃい」
男「このへっついをくれ」
店主「え、こちらをですか?」
男「そうだよ」
店主「このへっついは売り物じゃあないんですよ」
男「ここに3万って書いてあるけどな?」
店主「いえ、このへっついは壊しちゃおうと思ってましてね」
男「壊す? このへっついをか?」
店主「そうなんですよ、どうにも気味が悪くってね」
男「へえ、なにかあったのかい?」
店主「ええ、お客さんみたいに買っていかれる方が幾人もいたんですよ」
男「なら、なんでこのへっついはここにあるんだ?」
店主「ええそれで、3万いただいて、みなさんもって帰られるんですが、夜になると返しにくるんです」
男「夜にかい?」
店主「そうなんです、表の戸をバンバンたたいて、引き取ってくれって」
店主「こっちも売ったものですから、1万でなら引き取ります、でも夜分遅いので明日うかがいます、と言うと」
店主「いや、今すぐ引き取ってくれって言うんです」
男「無茶な客だな」
店主「こちらもお客さんがあってですからね、しかたなく深夜にへっついをとりにうかがうわけでして」
男「さしひき2万の得じゃねえか」
店主「そうなんですがね、夜遅くにたたき起こされるのもいやだし、お客さんにも申し訳ないと思うわけです……」
男「まあ、たしかになあ」
店主「それも、一度や二度じゃないんですよ。なんだか、気味が悪くって」
男「いや、それでも俺は買うよ」
店主「いえ、これだけはちょっと……他のへっついではどうですか?」
男「俺はこれがいいんだよ、気に入っちまったんだ」
店主「うーん……」
男「返しになんてこねえからさ、売ってくれよ」
店主「みなさんそういわれるんですよ……」
男「たのむからよ、売ってくれよ、なんなら、もそっと高くてもいいからよ……」
店主「……わかりました」
男「お、わかってくれたかい」
店主「へっついはお譲りします……で、2万つけますんで……返しにこないでください」
男「へ?……そりゃあ、さすがに悪いよ」
店主「いえ、かまいません、そのかわり、返しにこないでくださいよ?」
男「そう、そこに置いてくれ……よし」
配送屋「ありがとーございましたー」
男「いやー、今日はついてるな、競馬に続いて、こんないいへっついが2万しょってきやがった」
男「なんでこう……ツキってのはまとまってくるのかな……散歩がてらコンビニまで酒買いにいくか……」
男「コンビニが近いってのも便利だよな……あれ? ここ俺の部屋……だよな……」
男「へっついを入れてから、なんだか部屋の中が陰気になりやがったな……」
男「まあ、気にすることないか、店に並べてあったから、少しばかりしけってんだろうな……うん」
男「それより、さけ、酒」
男「ぐびっ……ふう」
男「それにしてもいいへっついだな……すこし古いけど、漆喰もしっかりしてるし」
男「細工も上等だし……いい職人の仕事だな」
男「ぐび……ぐびっ……うん……zzz」
男「……ん……ううっ、酔って寝ちまってたか……たしか冷蔵庫にポカリが……」
男「ありゃ?台所から光が漏れてやがる……」
男「へっついに……ひとりでに火がはいってんのか」
男「あれ?」
女「うらめしや……」
男「はい、ちょっとごめんなさいよ」
女「あわわわっ」
男「ポッポッポカリー……」
女「あの」
男「うぐうぐ……ぷはぁっ、酔い覚めのポカリ、最っ高!」
女「あのー」
男「なんだよ」
女「わたし、これ、なんですけど」ヒュードロドロ……
男「どれ?」
女「これですってば」
男「ふーん、きれいな手だなー」
女「どっ、どこを見てんですか、これですよ!これっ!」
男「つめもちゃんと手入れしてるんだな、うっすらピンク色で、健康だな」
女「……ううう」
男「それで、幽霊さんは何の御用で?」
女「わかってるんじゃないですか」
男「そりゃ、古道具屋の親父の反応を見れば、いわくつきのへっついだってわかるし」
女「ううぅ……からかわれてる」
男「それにしても、いまどき『うらめしや』はないだろ、一周して逆に新しいよ」
女「一周……」
男「それで、用はなんだ?」
女「お願いがあるんです」
男「お願いか、まあ、できる範囲でならかまわないけどよ」
女「ほんとうですか?」
男「ああ、言ってみろよ」
女「それじゃあ…このへっついを壊してほしいんです」
男「なに?」
女「このへっついを壊してください」
男「壊すもなにも、お前はこのへっついに取り憑いてるんだろ?」
女「そのとおり、このへっついは、わたしが作ったものなんです」
男「え、こんなに上等なへっついをか?」
女「上等だなんて……ありがとうございます、実はわたし、生前は左官の修行をしてまして」
男「へえ、女で左官か」
女「ええ、それで、家や壁でなく、へっついを作るのを親方にすすめられて」
男「ああ、かまどは女が作ったほうが、いいものが作れそうだな」
女「親方もそう言ってました」
男「それで?」
女「いくつか作ったへっついの評判がよくって、料亭から注文をもらったんです」
男「へえ、料亭から……」
女「がんばって完成させたのですが、引渡しの前に、はやり病にかかって……」
男「料亭に渡す前に死んじまった……と」
女「いえ、料亭に納めはしたんです」
男「ん? それじゃあ、なんで古道具屋にへっついがあったんだ?」
女「それが…はやり病にかかった職人のへっついなんか使えるかって、送り返されたんです」
男「……」
女「工房に住み込みで働いていたわたしは、親方と料亭の人のやり取りを聞きながら、返品された自信作の、このへっついを見ながら……」
男「息を引き取った……と」
女「はい、それで気づいたら、このへっついに取り憑いていたんです」
男「つまりは、料亭の奴らに対する恨みってわけか?」
女「いえ……清潔さを大切にする料亭のことですもの、仕方のないことだと思います……ただ」
男「ただ?」
女「わたしの全てをこめたこのへっついが、使われないで朽ちていくなんて……くやしくて、くやしくて……」
男「でも、なんでへっついを壊せなんていうんだよ……アンタの自信作なんだろ?」
女「わたしも、本当なら料理に使ってほしいんですが、古道具屋のへっついなんて、買うのは貧乏学生くらい。買ってくださったみなさんは、お茶の湯沸かしくらいにしか使ってくれなくて」
男「……」
女「来る日も来る日も、お湯を沸かすだけ……それならいっそ、このへっついを壊してほしいと、未練を断ち切りたいと思ったんです」
男「それで、化けて出たのか」
女「……はい、でも、こうやって話をしてくれたのは、あなたが初めてです……みなさん、わたしが顔を出したとたんに逃げ出しちゃうんです」
男「まあ、驚かなかったって言えば、ウソだけどな」
女「……ごめんなさい」
男「……」
女「……あの?」
男「それで、へっついを壊して、あんたはそれでいいのか?」
女「え……」
男「俺はこんな良いへっつい、他に見たことないよ……幽霊さんの話を聞くだけでもわかるよ。がんばって作ったんだろ?」
女「……はい」
男「死んでもこのへっついのことが気になって、成仏できないのに……それなのに」
女「でも……もう、いっそ……」
男「いいや、このへっついは俺が買ったんだ、今は俺のものなんだ、気にいってんだ。それを壊すもんか!」
女「……もらったんじゃないですか、2万おまけにして」
男「……」
女「……」
男「いや……それはそれとしてだ、俺はあの値段でも買ってたし、古道具屋のおやじが値を吊り上げても、食い下がって買ったと思う」
女「ほんと……?」
男「ああ……俺はこのへっついにほれたんだよ、こいつで飯を作りたいとも思った」
女「……」
男「だから、壊すなんていわないでくれよ」
女「……ん」
男「幽霊さん?」
女「うう……ありがとうございます」
男「うわわ、泣くなよ」
女「……うれしくて、うれしくて」
男「ほら、手ぬぐい……」
女「ありがとうございます」
パサッ
男「あ…」
女「あ…」
男「さわることは……できないんだな」
女「いえ……ありがとうございます」
男「え?」
女「涙は、止まりましたから」
男「そっか」
女「はい」
男「……」
女「……」
男「よし、飯を作ろう! 夜食にしようぜ!」
女「え……はいっ!」
男「お、いい返事だな……とりあえず、飯を炊くかな」
女「ご飯ですか? それなら任せてください」
男「え、研げるのか?」
女「いえ、炊くときの火加減の調節です」
男「なるほど。それなら、5合くらい炊くかな」
女「一度にそんなにですか?」
男「釜ならあるんだよ、ほら」
女「わあ、すごい……」
男「釜で炊いた飯が好きでさ、前にあの古道具屋で買ったんだ」
女「あ……もしかして、このへっついを買ったのも」
男「うん、飯を炊きたかったからってのもあるな……米を研いで……と」
女「手際がいいですね」
男「一人暮らしも2年目だから、上手くもなるよ……これでよし」
女「しばらく水に浸しておくんですね」
男「そう……それで、冷蔵庫の中には…マヨネーズと豆腐……だけか」
女「?」
男「ちょっとコンビニ行ってくる」
女「え、はい」
男「ただいま」
女「おかえりなさい、どこに行ってたんですか?」
男「ん? おかずがなかったから、買出しにね」
女「こんな遅くに、お店が開いているんですか?」
男「ああ、コンビニだしな」
女「? ……そうですか」
男「がさがさ……」
女「……」
男「とりあえず、海苔のつくだ煮と卵を買ってきた。卵焼きは好き?」
女「えっ!?」
男「あれ、嫌いだった?」
女「いえ……その……」
男「?」
女「そんなに……気を使っていただかなくても……わたし……」
男「……まあ、そんなにかしこまらないでよ……卵焼きは好きなんだろ?」
女「はい……でも」
男「それなら、一緒にいるんだから、飯くらい付き合ってくれよ」
女「そんな……」
男「ね?」
女「うう……わかりました」
男「さてと、まずは飯を炊いちまおう」
女「はい」
男「木質ペレットを入れて……と」
女「あ、火種なら出せますよ」
男「ほんと? そんならお願いするよ」
女「いきますよ? うりゃっ!」
パチッ……パチパチパチ
男「おお、点いた」
女「それでは、はじめちょろちょろ、なかぱっぱっと」
男「飯はこれで良し……卵焼きを作るか」
女「はい!」
男「卵を割って……砂糖をたっぷり、塩と醤油をすこしずつ……」
女「え、タマゴを2個?」
男「ん? もっと焼くか?」
女「いえ、滅相もない!」
男「そうか、フライパンで焼くから、もう片方にも火を起こしてくれよ」
女「はい!」
パチパチパチ
男「ふんふーん」
女「すごい、手際がいい……」
じゅわわぁー
男「よっと」
女「わぁ、上手……」
男「……おい」
女「ふぇ?」
男「飯が焦げてるって!」
女「え……ああっ!」
女「……すみません」
男「気にすんな。少し焦げてるくらいが釜の飯って感じで美味いだろ」
女「はうぅ……」
男「でもフライパンばっか見てたけど……なんで?」
女「見とれてしまって。ごめんなさい」
男「見とれ……あはは、ありがと。もうあやまんなくていいからさ、味噌汁はインスタントな」
女「いんす? ……はい」
男「?」
男「いただきます」
女「い、いただきます」
男「うん、ご飯はよく炊けてる」モグモグ
女「よかった……」
男「あ」
女「どうしました?」
男「そうだった、触れないんだよな」
女「いえ、お気になさらず」
男「ごめん、あまりに生き生きしてるから、つい」
女「いいえ、とてもうれしいです」
男「え?」
女「お供え物のようなものですから、あのへっついで作っていただいたお料理なら、わたしも味がわかるんですよ?」
男「そうなのか」
女「はい、卵焼きなんて久しぶりで、ほっぺた落ちちゃいそうです」
男「そりゃあ良かった」
女「本当にお料理上手ですね」
男「俺、これでも調理師の学校に通ってんだ」
女「へえ、板前さんですか、すごいです」
男「これから毎日、あんたの分も料理作るからさ、へっついを壊せなんて言わないでくれよ?」
女「でも……」
男「どうせ行くと来ないんだろ? 遠慮すんなって」
女「あ、ありがとうございます。大切に使ってください」
男「うん、これからよろしくな」
女「あ、でも、お家賃に食費が……」
男「気にすんな。おまえのへっついのおかげで、火代は浮くんだからさ」
女「は、はい! 火おこしがんばります!」
男「おう、よろしく頼むぞ」
女「そう、わたしは幽霊。おアシは無理でも火は出せるんです!」エッヘン
男「人魂……火の玉で炊いた飯か」
女「コレがホントのソウルフード」
男「やかましいわ」
女「てへへ」
………………
…………
……
……
…………
………………
俺「へっつい幽霊でございます。おあとがよろしいようで」
俺「ご来場いただきありがとうございました。
外は暗うございます。
お帰りの道、お足元にお気をつけて」
幕。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません