朝 自室
八幡「ん……」
八幡「……なんだ、夢か」
八幡(中学時代の、イジメられてるとまでは言わないもののそれなりにキツイ記憶が蘇ってきた。陰口だとか、もしくは本人にあえて聞こえるように放たれた悪口だとか、そういった類
のものだ。とにかく、あまり良い寝起きじゃない)
八幡「はぁ……」
八幡(……学校行くか)
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教室
戸部「っべー、隼人くんそれマジっべーわー」
葉山「はは、そうかな」
三浦「つーか戸部うるさすぎ」
戸部「ちょっ、優美子ぉ~。それはないでしょ~」
八幡「……」
八幡(基本的には自分が大好きで、孤高であることに誇りを持っている俺だが、ごくごく稀にどうも感傷的になってしまうことがある)
八幡(俺の人生はなんて無色でなんて惨めなんだろうかと。俺に、生きている意味なんてあるんだろうかと。何故俺は誰かと共に愉快な時間を過ごすことができないのかと。そんなこ
とばかり考えてしまう)
八幡(……これもきっと、今朝の嫌な夢のせいなんだろう)
八幡(決定的な何かがあるでもなく、勝手に泣き出してしまいそうだ)
奉仕部 部室
八幡「……」ガラガラ
雪ノ下「こんにちは」
八幡「おう。……由比ヶ浜は?」
雪ノ下「あら、聞いていないのかしら。由比ヶ浜さんなら今日は三浦さんたちとカラオケに行くそうよ」
八幡「そうか」ガタッ
雪ノ下「仮にも同じクラスだというのに、あなたは相変わらずね独り谷くん」
八幡「ほっとけ、ていうかそもそもカラオケなんか一人で行くべきもんだろ。誰かと行ったら好きな曲歌えないし、他の奴の歌聞く時間ムダだし。その点ヒトカラは自分の好きなタイミ
ングで好きな曲を歌い放題だ」
雪ノ下「でも、由比ヶ浜さんの誕生日祝いやクリスマスパーティーの時には来たじゃない」
八幡「あれは歌いに行ったんじゃなかったからな。ただの借りスペースにカラオケ機材が付属してきたみたいなもんだ」ペラッ
雪ノ下「……あなたらしいわね」クスッ
八幡(そう言って雪ノ下は読書へと戻り、部室にはページを繰る二人分の音だけが響く)
八幡(が、どうにも目が滑る。読書に身が入らない。頭の中が紙みたいに薄っぺらくなって、文章が入ったそばから流れ落ちてしまう)
八幡(それは決して、今読んでいるこの小説の文章が下手だからではなく、俺自身の調子の問題だった)
八幡「……」パタン
雪ノ下「……」ピクッ
八幡「……」ボーッ
雪ノ下「……比企谷くん? どうかしたの、砂浜に打ち上げられた鰈みたいな顔をして」
八幡「……別になんでもねえよ。あと俺はカレイでもない。例えるんならせめて似つつもより高級なヒラメにしてくれ」
雪ノ下「あら、あなたにはカレイの称号ですら身の丈に余ると思ったほどなのだけれど。私の気づかいを無下にしてしまうなんてとんだ失礼ね」
八幡「ああ、そう」
雪ノ下「そうね、本当のことを言えばさっきのあなたは干からびたミミズのような有様だったわ。熱されたアスファルトに転がっている、ね」
八幡「……」
雪ノ下「そんなミミズ谷くんがカレイになることを拒否した挙句にヒラメにしてくれと言い出すだなんて、傲慢が過ぎると思わない? どんな自己評価をしていればそこまでふざけたことを言えるのかしら。あなたの頭を開いて、その小さな小さな脳みそを観察してみたい気分だわ」
八幡「……」
雪ノ下「……ついには発声の仕方すらも忘れてしまったのかしら。せっかくこうして人が話しかけているのだから、反応を返すのが人間として当然だと思うのだけれど。まあそれも、比企谷くんが本当に人間であるならばというところに着地するのだけれどね」
八幡「……」
雪ノ下「……ちょっと、比企谷くん? 何を俯いているのかしら? 私に対して何か言うべき言葉が、」
ジワッ
雪ノ下(……?)
八幡「……」ポロポロ
雪ノ下(!?)
雪ノ下「あ、あの」オロオロ
八幡「……」グスッ
雪ノ下(机に突っ伏して顔を隠してしまったわ。それでも、かすかな嗚咽はまだ聞こえてくるし、肩も震えている)
雪ノ下(……この状況は、もしかしなくとも私のせい)
雪ノ下「その、比企谷くん」
八幡「……」
雪ノ下(やはり、黙って突っ伏しているだけ。一体どうすれば)オロオロ
八幡(……なんて無様だ。下らない感傷で心が弱っていたからって、こいつの戯れ混じりの言葉で泣くはめになるとは。惨めで惨めでたまらない)グスグス
雪ノ下(……落ち着きなさい私。どうすれば、なんて考えるまでもないわ。ここはどう考えても、まず第一に謝るべきよ)
雪ノ下「あの、」
八幡「……」
雪ノ下「っ――ま、まさかこの程度で泣いてしまうとわね。あなたの精神は蚕のそれにも劣るのかしら? 泣く暇があるのならその時間を使って返す言葉を考える方が有意義だと思うのだけれど」
雪ノ下(! ち、違うわ。私はこんなことが言いたいんじゃなくて)
雪ノ下「え、えっと、その、今のは違くて、その」オロオロオロ
八幡「……」グスッ
雪ノ下「…………ぅ」
雪ノ下(……そうよね。毎日毎日あんなに罵っていれば誰だって傷つくわよね。だって言うのに、わたしは彼の気持ちを察することもなく、楽しいやり取りをしているものだと勝手に思い込んで)
雪ノ下(本当に傲慢なのは私の方じゃない)
雪ノ下(ちゃんと、謝らないと。素直に伝えないと)
雪ノ下「……ごめん、なさい」
八幡(……?)
雪ノ下「今更になって思い知ったわ。私は、今まであなたを傷つけていたのね。罵り混じりに会話するのが楽しいからって、私だけが舞い上がってしまって、あなたの優しさに、甘えてしまって……本当に、ごめんなさい」
八幡(……おいおいどうなってるんだ。こいつが一度ならず二度も謝るなんて)
雪ノ下「だから、さっきの会話も訂正するわ。そう、違うのよ。あなたはミミズでもカレイでもヒラメなんかでもないわ。ちょっと歪だけど、優しくて、頼りになって、むしろ人間の中でも高い部類に位置する人間よ。今までわたしはあなたに幾度となく助けられて、そして導かれてきたわ。だから尊敬もしてる。それに、いつも堕落的で濁った目をしているけれど、いざというときの真剣な表情には心撃たれるものがあって、率直に言って魅力的だわ。文化祭の時も、私と由比ヶ浜さんにきちんと話してくれた時もそう。ディスティニーランドや初詣に一緒に行けたのも嬉しかったわ。それから、」
八幡「……ゆ、雪ノ下?」
雪ノ下「!」
雪ノ下(やっと顔を上げてくれたわ。もはや傷つけた分の取り返しはつかないけれど、さっきの謝罪と訂正が少しでも彼の、)
雪ノ下(……訂正した後、なにか言いすぎたような気が――)
雪ノ下「あっ」///
八幡「……お、う」
雪ノ下「……」
八幡「……」
八幡&雪ノ下「「…………」」
ジワッ
八幡「え」
雪ノ下「……」ポロポロ
八幡「……は? え?」
雪ノ下「……ヒック……グス……」ポロポロポロ
八幡「お、おい」
雪ノ下「……グス……うぅうぅ……」
八幡「だ、大丈夫か? ハンカチあるか?」
雪ノ下「うぅうぅうぅ……」グスグス
八幡(なんだこれ……なんだこれ……)
数十分後
八幡「その、落ち着いた、か?」
雪ノ下「……ええ。見苦しいところを見せたわね」グイッ
八幡「……そいつはお互い様だ」
雪ノ下「それもそうね……」
八幡&雪ノ下「「…………」」
八幡「……あー、その、なんだ」
雪ノ下「?」
八幡「俺が泣い……ちょっと感情的になっちまったのは、別にお前のせいってわけじゃないからな」
雪ノ下「……? どういうことかしら?」
八幡(そんな無垢な瞳で可愛らしく小首をかしげるなよ。変な気分になっちゃうだろうが)
八幡「……俺も、お前との普段のやりとりは、まあ、そこまで嫌いじゃないってことだよ」
雪ノ下「!」
雪ノ下「そ、そう……」
八幡「もちろん、ほどほどにしておいて欲しい時もあるがな」
雪ノ下「その点に関しては、今後気をつけるわ」
八幡「そうしてくれ」
雪ノ下「ええ……」フフッ
八幡(……これで元通り、だな)
下校時刻ちょっと前
雪ノ下「……少し早いけれど、今日はこの辺りにしておきましょうか」ガタッ
八幡「おう。どうせ依頼も来ないだろうしな」ガタッ
雪ノ下「……ねえ、比企谷くん」ガラガラ ピシャ
八幡「なんだ」
雪ノ下「私の……その、聞いたわよね、あれ」
八幡(!)
八幡「……代名詞ばっかりでなんのことだか分かんねえな。小学校で主述の関係って習わなかったのかよ」
雪ノ下「……そう。あなたがそれでいいのなら、そういうことにしておくわ」
八幡「……ん」
雪ノ下「そうだ、比企谷くん」
八幡「今度はなんだよ」
雪ノ下「きっと、あなたのそれは思い違いではないわよ」
八幡「――!」
雪ノ下「……鍵、返してくるわね。先に帰っておいて」コツコツ
八幡「……」ポツン
八幡(今日もまた一つ、二度と振り返りたくない思い出ができてしまった。まさか、あいつの前で泣くことになろうとは)
八幡(それでも俺は、どうやって今日のことを遠ざけようとしても、結局はたびたび今日のことを思い出して身悶えるはめになるのだろう)
八幡(……あの透きとおった微笑みと赤らんだ頬が、俺を自然と過去へ連れ去ってしまうだろうから)
完
読んでいただいた方ありがとうございました~
このSSまとめへのコメント
ナニコレ
これは泣くわww
泣いてからも罵倒とか鬼だろw
短くて好き