綾乃「星に願いを」 (30)
京子「ほいっ、綾乃も!」
綾乃「きゃっ!」
ノートを整理している私の視界が、突然桃色に覆われた。
びっくりして見上げると、歳納京子が屈託のない笑顔で私に桃色の紙を差し出してきていた。
綾乃「な、なに?」
京子「綾乃のお願いをこれに書いて! ごらく部の笹に飾るからさ」
綾乃「お願い……?」
京子「たーなーばーた! 明日だぞ~?」
桃色の紙の正体は短冊だった。聞くところによると、ごらく部室に小さな笹を設置したので、歳納京子が周囲の人に短冊を配って願いを書いてもらい、その笹に飾るんだそうな。
七夕のことは忘れてるわけじゃなかったけど……中学生にもなって、心から楽しみでいられる行事というわけでもないだろう。ちょっとだけ呆れてしまった。
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京子「これは本当に叶うやつだから、本気で叶えたい願いを書いてね!」
綾乃「なんで断言できるのよ……あなたが願いを叶えるの?」
京子「叶えてくれるのはお星さまでしょ? 私はお星さまにお祈りする係なの!」
綾乃「……なによ、お祈り係って」
ふと振り向くと、船見さんも短冊を前に頬杖をついていた。「仕方ない付き合ってやるか」とでもいったような表情だ。
本当にこの人はこういうのが好きらしい……私も船見さんのように仕方なさを醸し出しながら、ペンを手にとって短冊に願いを書いた。
そして、書ききらないうちに止められた。
京子「おーいおいおい! 早っ! もう願い決まってたの!?」
綾乃「えっ……なんで?」
京子「本気で叶えたい願いだよ? もっとよく考えなきゃ~……ちなみになんて書いてるの?」
綾乃「今度の期末テストで、一位とれますようにって」
京子「もったいねー! そんなのわざわざ願わなくても取れるじゃんか!」
綾乃「で、でも……他にこれといったお願いなんて無いんだもの」
京子「だからよく考えてねってこと! 新しい紙あげるから、家で書いてきてね。明日渡してくれればいいから!」
綾乃「う~ん……」
新しい桃色の短冊を渡される。どうやら今この場では、何を書いても納得してもらえないらしい……
生徒会の用事もあることだし、私はそこで紙をしまって別れを告げ、その場を後にした。
~
綾乃「本気で叶えたい願い……」
綾乃(書けるわけないじゃない、そんなの……書くのは構わないけど、あなたにだけは見せられないわ)
お星さまへのお祈り係の顔を思い浮かべながら、机の上の短冊を指でつつっと回した。
今夜の空はあいにく曇っていた。今日はずっと雨がぱらついていて、7月なのに寒いくらいだったのだ。こんなことで明日、お星さまが見えるのだろうか?
届かない願いを書いたって、虚しいだけな気がする。だいいち願いなんてものは、自分が動かなきゃ叶えられない。何も起こらないし、何も変わらない。
まっさらな短冊をよけて、最初にもらって途中まで書いていた方の短冊を取り出した。
やっぱり私の願いはこれでいい。積み重ねてきた勉強の成果が、一夜漬けで挑むであろう "お祈り係" に勝ちますように……
ネームペンできゅっきゅっと書いて、一息吹いてインクを乾かす……ちょうどそこに、携帯が鳴った。
綾乃(えっ……///)
発信者は、噂のお祈り係だった。
京子『あ、綾乃? 短冊書いた?』
綾乃「ええ、書いたわよ」
京子『ほんと? 適当に済ましちゃだめだよ?』
綾乃「適当かどうかは、あなたじゃなくてお星さまが判断することでしょ」
内容はやはり短冊のことであった。電話が来るのは嬉しいが……どうやら短冊を配った人に片っ端から電話をかけているようだ。忙しいのか暇なのか。
綾乃「ほら、テスト近いんだから……こんなことしてないで、勉強しなさいよ」
京子『もー……お願いごとを書くって、すごく大事なことなんだよ?』
綾乃「えっ?」
歳納京子の声が、少しだけ真面目になった。
京子『本当に叶えたい願いを……ずっとしまい込んでたら、いつの間にか忘れちゃうかもしれないじゃん』
京子『大事なことを忘れないように、一年に一回くらいはそういうのを書きださなきゃ。叶うかどうかなんて関係なく……恥ずかしいお願いだっていいんだよ。お星さまにだけ見せればいいんだからさ』
綾乃「…………」
京子『……ってことで、ちゃんと書いてよね! 私が絶対お星さまに届けるから!』
綾乃「えっ、あ、ちょ……!」
通話は一方的に切られてしまった。
もう少し何か話していたかったが、掛けなおすほどの理由を私はもっていない。それに、次も他の人への電話で忙しいのだろう。
『叶うかどうかなんて関係なく……恥ずかしいお願いだっていいんだよ』
綾乃「そんなこといったって……///」
よりによって、あなたが短冊の回収係じゃあ……やっぱり見せることなんてできない。
綾乃(……でも)
『ずっとしまい込んでたら……いつの間にか忘れちゃうかもしれないじゃん?』
電話口からの澄ました声は、やけに耳に残った。
忘れないと思う……けど、忘れるなんて絶対に嫌だ。
目の前にある、二枚の短冊の……まっさらな方にペンを向けた。書くだけなら……誰にも見せなくていいなら、いくらでも書ける。
綾乃(歳納京子と……)きゅっきゅっ
歳納京子と……
綾乃「……あれっ」
書くことが……思いつかなかった。
一番大事なお願い事……一番大事ってことだけは心に残っているのに、何だったっけ……?
綾乃(も、もう忘れかけちゃってるの……!?)
そんなことはないはずだ。毎日あの人を見てあの人のことを考えているんだから、忘れるわけない。ただ思いつかないだけだ。
思い出せないのなら、新しく書けばいい。
綾乃(私の、一番の願い……は……)
で、出てこない……私の一番の願いって、なに?
歳納京子と付き合うこと?
歳納京子と同じ高校にいくこと?
好きですって告白すること?
両想いになること?
綾乃(全部……ひっくるめて)きゅっきゅっ
―――歳納京子と、ずっと、一緒。
桃色の紙に書かれたそれを改めて目にすると……誰に見せるわけでもないのに、無性に恥ずかしくなった。
たとえ千歳にだって、これを見せるのは恥ずかしい……
でも、忘れてしまいたくはない。
綾乃(こ、これはしまっておきましょう……///)
二枚の短冊の片方を机にしまい、片方をファイルにいれてカバンの中へしまった。
また来年……私は同じ願いを書くのかしら。
来年には……私たちの距離は変わっているかしら。
少しだけ高鳴る胸を押さえて、私は窓を開けて空を眺めた。
雲の切れ目を、月明かりが浮かび上がらせていた。
――――――
――――
――
―
綾乃「千歳はなんて書いたの?」
千歳「えへへ、秘密にしとこかなぁ……でもちゃんと一番のお願い事を書いたで~」
綾乃「えっ、気になるんだけど……千歳の一番のお願いって何かしら。想像つかない……」
結局七夕イベントは、目立ったことも無く普通に終わってしまった。
学校に着くなり歳納京子に短冊提出をせがまれ、「ちゃんとお祈りしとくからねー!」といってさっさと結びにいってしまった。昨日に続いて今日もあいにくの曇り空だが、責任を持ってお星さまに届けるらしい。
出した短冊は照れ隠しのものだけど……昨晩私の本当のお願いを確認できたから、よしとする。
千歳と別れて帰宅し、机に向かった。
一番のお願いの方……どうせなら小さい笹をとってきて、自分の部屋に飾ろうかしら?
叶えたい願い……お星さまにだけだったら、見せてもいい。
笹に飾らなくてもいいから、窓の外から見えるようにしておこう。そう思って机の引き出しから短冊を取りだし、書いた面を表にして窓のほうに向けた。
―――意味がわからなかった。
綾乃(え?)
机の上に取り出した短冊。
[期末テストで一位がとれますように]
綾乃(これは……)
今朝、歳納京子に渡した短冊だ。
なぜここにある?
本当に何が起こってるかわからなかった。
やっと理解がおいついて……
ぞわぞわっと、身の毛がよだつ。
綾乃「う、うそ……っ!!?」
短冊を……入れ間違えた……!!!
綾乃「えーっ!? えーっ!? ちょっ、やだっ……!!///」
身体中からどっと汗が噴き出る。急にめまいがし、立ちくらむ。
最悪。
絶対に見せちゃいけない方を……絶対に見せちゃいけない人に渡してしまった。
綾乃(どうする―――!?)
時計を見た。
時刻は19時。遅めまで部活をやっている子なら、まだいるほどの時間。
ごらく部はきっともう終わっている。
綾乃(か、回収しなきゃっ!!)
机の上の短冊をとって、学校へ向かって走り出した。
恥ずかしくてもいいから書いてと言っていたのは歳納京子だ。私のほかにもたくさん人の短冊を集めていたし、内容を見ていない可能性は無くはない。
もし見てしまっていたとしても……すり替えてしまえば、気のせいだと言って押し切れるかもしれない。
とにかく、このままずっと飾ってはおけない……!
薄暗くなった学校への道を、急いで走った。
~
綾乃「きゃーーーーーっ!!///」
京子「うわーーーー!!」
上履きも履かずにひたひたと薄暗い廊下を歩いてごらく部室に向かうと、闇の中にらんらんと光る目がこちらを振り返った。
びっくりしすぎて思わず声をあげる。そこにいたのは……お星さまへのお祈り係だった。
綾乃「とっ、ととと歳納京子!? 何やってるのよこんな時間に!」
京子「そ、それはこっちのセリフだよ! 帰ったんじゃなかったの!? っていうか急に来て大きい声出すな……!」しーっ
綾乃「あ、ご、ごめんなさい……」
薄暗い部屋の中で……何をしているわけでもない様子だった。
どうやら先生にばれないようにしているらしい。電気はつけず、声のボリュームを落として静かに近寄った。
綾乃「何してるのよ……まだ帰ってなかったの?」
京子「だって……お星様見えないんだもん」
綾乃「えぇ?」
ほのかに明るい窓の外を見上げる。
相変わらずの空模様だったが……昼間よりは雲が切れてきていて、月明かりが出たり隠れたりしている。
綾乃「もしかして……星が見えるまで待ってるつもり!?」
京子「当たり前じゃん! 私はお星様へのお祈り係だよ?」
綾乃「あなたって、変な所で頑固よねぇ……」
京子「みんなの夢を背負ってるんだもん、当然っ」
呆れながら言葉を返すと、歳納京子は笑顔で座布団を渡してくれた。
真ん中に置いてあった机が窓際にずらされて、その上に花瓶に入った笹が立てられている。
笹には綺麗に十数枚の短冊がかけられていて、開けられた窓から入ってくるわずかな風に吹かれてくるくると回っていた。
綾乃「まだ残ってる先生がいるからいいけど……そろそろ帰らないと、玄関のカギ閉められてセキュリティかけられちゃうわよ」
京子「う~、もう少しなんだよなぁ……もうちょっとで晴れそうなんだけど」
わがままを言う子供のように、疎ましく空を見上げている。
私だって……叶うことなら、もっとおしゃべりしていたい。
綾乃「いっぱいあるわね、短冊」
京子「渡した人には、みんな書いてもらえたよ。だから責任重大なんだ~」
綾乃「……とかなんとかいって、自分の願い事を叶えたいっていうのが一番大きな目的なんじゃないの?」
京子「えっ?」
端の方に『歳納京子』と名前の書かれた短冊を発見したので、私はそれを手に取った。
京子「あっ……!///」
[みんなの願いが、絶対に届きますように―――歳納京子]
綾乃「えっ……」
京子「ちょ、ちょっとー! 見ちゃダメだって~!///」
綾乃「あ、あなた……意外に真面目なこと書くのね」
京子「意外かよ! …………でも、これが本当に私の一番のお願いなんだから仕方ないじゃん」
ちょっとだけ照れた顔を無理やり笑顔に変えてごまかし、再び窓の外に顔を向けた。
京子「私は、綾乃や結衣たち……たくさんの友達がいつも一緒にいてくれるから、いつも幸せで楽しいの。これ以上望むことなんて……ないくらい」
綾乃「!」
京子「私はもう、充分幸せなの。だから今一番叶って欲しい願いは、私の周りの人たちの幸せ!」
すっくと立ち上がって、私の方に笑いかける。
京子「みんながずっと笑ってることが、私の一番の願い……!」
月明かりをバックに浮き立つシルエットは……光を纏った、天使のようにも見えた。
ああ、この人なら本当に……私たちの願いを星まで届けられそう。
しばらく目を逸らせずにいると……纏っていた光の衣が、ゆっくりと輝きを増していった。
綾乃「あ、見て!」
京子「うわぁ……!///」
ちぎれた雲がひらけていって……月明かりと共に、綺麗な星が顔をのぞかせた。
上空では風が強いのか……目に見えるスピードで雲が晴れていき、どんどんと星空が広がっていった。
京子「や、やった……! 晴れてきた!」
綾乃「綺麗……///」
京子「ずっと待ってた甲斐があったね! 綾乃もお祈りしようよ!」
綾乃「えっ?」
お祈り係は花瓶から笹をとりだすと、まるで神社で使われる御幣のように、星空へ向かって笹をつき上げた。
歳納京子なりの、お祈りを届かせる儀式らしい。
京子「みんなの願いが、とどきますよーにっ!!」
笹は風に揺られてしゃらしゃらと心地よい音を立て……私も自然と手を握り合わせ、お祈りするように星を眺めた。
私の一番のお願いは……どうやらもう届いてたみたい。
だから、やっぱり違うお願いに変えさせてください。
綾乃(来年もまた……歳納京子と、お星様が見れますように……///)
私の隣の愛しい人……天へ向かって一生懸命背伸びをするお祈り係を、落ちてしまわないようにという体できゅっと抱きしめた。
綾乃「みんなのお願い……届いたかしら?」
京子「うんっ、オッケーだと思う!」
しぱっと扉をしめて、笹を元の花瓶に戻す。
京子「……じゃ、帰ろっか!」
綾乃「……ええ、そうね」
~
京子「あーっ!」
綾乃「な、なによ……忘れ物でもしちゃったの?」
京子「私だけお願い見られて……綾乃のお願いごと見てないじゃん私!」
綾乃「えっ」
学校に行った本来の目的を……帰り道の歳納京子の言葉でようやく思い出した。
短冊をすり替えるために向かったのに、結局何も変えていない……
京子「ねーなんて書いたの? 教えて教えて?」
綾乃「そっ、そんなことできるわけないじゃない! 何言ってるのよ!!///」
京子「だって綾乃は私のお願いごと見たじゃんかー! あれ恥ずかしかったんだぞー?」
綾乃「歳納京子のお願いは立派でいいじゃない! 恥ずかしいことなんかないわよ!」
京子「ほほう? となると綾乃は、誰かに見られたら恥ずかしいお願いを書いたってことなんですな~?」
綾乃「」ぎくっ
京子「へへっ、明日になったらわかることだもんねー! 結衣たちと一緒に見ちゃおー♪」
綾乃「べっ、べべべべつに恥ずかしいことなんか何も書いてないわよ……最初に書いたのと同じだもの」
京子「最初のって? 学年一位のやつ?」
綾乃「そうよ!」
京子「なーんだ、つまんないのー」
綾乃(……明日朝一で学校行って、すり変えておかなきゃ……)
~fin~
ありがとうございました。
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