提督「捨て試験艦を拾った」 (30)
提督「深海棲艦との戦争もほぼ終結に向かっていると言ってもいい」
提督「提督の数と艦娘の数はその敵より多いぐらいだ」
提督「本部にとってはもう少し戦争は続いて欲しいのだろうけど、新たな提督の着任をそれで制限するというのもできないことだ」
提督「こちらの戦力を増強させる新規艦娘も本当は作りたくないはずだが、それをしないと予算が削減される」
提督「戦争を終わらせるための技術開発によって多大な資金を得ている本部にとって戦争の終結は市場の消滅と同義だ」
提督「目的と目的の板挟みでイラついているのか本部の俺ら提督への態度はどんどん厳しくなるばかりだ」
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提督「最近実装される新艦娘の入手難易度なんて、もはや俺たちを絞り尽くすことしか考えていない塩梅だ」
提督「………はあ、世知辛い世の中だな。平和に近づけば近づくほど辛いことが増える」
提督「何かいいことでもないか」
提督「ん? あんな断崖絶壁に人影が………?」
提督「華奢な体つきで、その背中に異様な陰気さが漂っている………あれは死の陰だ!」
提督「身投げでもする気か。それはまずい。助けなければ!」
提督(彼女の後ろからそっと近づいて、頃合を見計らって飛びつき、ずるずると安全な場所まで引きずった)
提督「世の中が辛いからって自殺はダメだ!」
提督「我慢強く生きていれば、存外楽しいことも見つけれるのが人生ってものだ」
「………」
提督(無気力だな。純白のドレスに真っ白な髪の毛………これらも相まってまるで幽霊みたいな女だ。………ん、幽霊………水鬼)
ザザッ
提督「お、お前もしかして深海棲艦か!? 見たことないから未確認の個体か!」
「違います」
提督「しゃ、喋れるのか………じゃなくて、じゃあお前は何なんだ!?」
「艦娘です」
提督「艦娘だと? お前みたいな艦を俺は知らんぞ!」
「まだ正式に発表されていません」
提督「発表? ………お前は新規に実装予定の艦娘ということか?」
「正確にはこの個体ではなく、別のヴァージョンが予定されています」
提督「ははあ、試作型というわけか。それでそんな奴がどうしてこんなところで身投げしようとしていたんだ?」
「能力が期待値を大幅に下回るということで、追い出されたのです」
提督「追い出されたって。本部がそんな機密情報の塊を野に放つなんて真似はしないはずだが」
「………」
提督「よっぽどダメダメだったんだな。解体を渋られるほどの能力か。そうだ! 行くあてがないのならば、俺のとこにこないか?」
「しかし、私は」
提督「いやいや、遠慮することはない。能力が低かろうと高かろうと気にしないのが提督というものだ」
「………」
提督「食っていくにも困っているはずだろ? 給金もしっかり払おう。それに俺の鎮守府は艦娘が不足していてな。是非、来てくれると助かる」
「そこまで仰るのでしたら」
提督「よし、決まりだな」
§
提督(とは言っても、いきなり全面的に信頼するわけにはいかない。目の届く秘書艦に任命して数日間の働きを観察した)
提督(プロフィールを確認すると能力値と装備可能な武装から戦艦と判断できた)
提督(名前はただ『α試験艦』とあるだけで、運の値が設定されていないのはそのためだろう。名無しは不便なので何かないかと聞いたら「シャルン」とでも呼べと言われた)
シャルン「提督、書類の整理が終わりました」
提督「ありがとう。シャルン」
提督(働きは実直で黙々と与えられたことをこなす。怠けるなんてこともなし、こちらに妙に突っかかってくることもない非常に無難な性格。そこにいるのがごく自然で当たり前かのように薄く揺らいで馴染んでいる)
ガシャン
提督「っ!」
シャルン「大丈夫ですか?」
提督「大丈夫。指を切っただけだ。壁の装飾が落ちてきたんだな。最近、整理してなかったからな、ネジが緩んでいたのか」
シャルン「破片は私が片付けておきますので、提督は傷の手当をなさってください」
提督「これぐらいなら大丈夫だ」
シャルン「たとい薄傷でもそこから細菌が入り込むとことです。少し待っていてください」
シャルン「包帯はここですね。さあ、傷口を出してください。治療します」
提督「大げさなことだな」
提督(しかし、気立てもできる娘だ。本部はどこを未熟と判断したのだろうか)
提督(いや、本部はいつもめくらだ。本質を見ようとしないのが巨大組織の頭だ)
シャルン「傷の手当が終わりました」
提督「………ミイラ男みたいになってるぞ。まあ、ありがとう」
§
提督「なに? また羅針盤がそれただと?」
提督「撤退だ、撤退! そこはそれ以上行くとかなりの敵戦力が待ち構えているはずだ」
提督「………くそ、これで何度目だ」ドンッ
シャルン「あの」
提督「ああ、すまない。別に怒っているわけではない。ただ自分の不運を呪っているんだ」
提督「深海棲艦の放つ特殊な磁場で羅針盤が狂わされて、いつの間にか目標点から大幅にずれてしまう現象はそれこそ昔からだから、そこまで気にする必要はないのだが、最近の報告で一発轟沈が確認されてな、気が気でないんだ」
シャルン「冷静さを欠いているようです。気晴らしにランチにでも行きませんか」
提督「………あ、ああ、そうだな。熱くなりすぎるのは指揮官として最悪だからな。ありがとう」
シャルン「では、いきましょう」
提督「そうだ。この近くにカフェがあってな。そこのチョコフレンチトーストは艦娘達のうちでもっぱらの評判らしい。一度食べに行くのも悪くない」
シャルン「チョコフレンチトースト」
提督「そうだ。お前も確か甘いものは好きなはずだろ? それに俺も味わってみたい気もするし丁度いい」
ドゴーンッ、ガラン
提督(道を歩いていたら、上から鉄骨が降ってきた。直撃にはならなかったが、その落下衝撃で歩道のレンガ床は抉られ、その破片が俺の頭を打った)
シャルン「大丈夫ですか」
提督「あ、ああ………少し頭がクラクラするが」
シャルン「病院にいきましょう」
提督「いや、頭がぱっくりしたわけでもないし、ちょっとたんこぶができたぐらいだ。大丈夫だ」
シャルン「何を言っているのですか。一見大したことがなくとも、内出血などを起こしていたらことです。病院に行きましょう」
提督「いや、しかし、本当に大丈夫だぞ? それよりもランチを」
シャルン「病院に行きましょう」
提督「いつもなら大げさだと言うところだが、確かに大事件に巻き込まれたと言えないこともないか」
提督「この近くに病院はあったな。じゃあそこまで一応行くか」
シャルン「では肩をお貸しします」
提督「ああ、ありがとう」
§
提督「なに!? 一発大破だと!?」
提督「撤退だ、撤退! そこはそんなに敵勢力が固まっていないはずだ」
提督「しかし、くれぐれも油断をするな。最近奴らも追い込まれて火事場の馬鹿力でも出しているのか攻撃力も命中精度も上がっているからな」
提督「くそ、あいつらの練度でこの状況か。苦しいな」
シャルン「あの」
提督「ああ、怒っているわけではない。ただツキがないってだけだ」
提督「なんだと!? 艤装の整備不良で浮力がなくなってきているだと!?」
提督「それは駆逐艦か。ならば、旗艦の金剛に曳航してもらえ! なんとしてでも生還するぞ!」
提督「はあ、はあ………っ」
シャルン「顔色が優れません。少しお休みになった方がよろしいかと」
提督「こんな時に俺一人で寝てられるか! 今こそ正念場だぞ、こんなとこで、こんなと―――――」フラッ
バタリ
§
提督「お前を雇うのはもうやめようと考えている」
シャルン「………」
提督「お前の仕事ぶりが悪いわけじゃない。むしろよく働くし気も利く有能な艦娘だ」
提督「しかしだな、お前が着任してから悪いことが重なり過ぎている。なにもこれらの事件の責任をお前に押し付けるわけではないが、縁起が悪いというか」
提督「悪口を言いたいわけではないが、なんだかお前にはずっと死の陰がつきまとっていて生気がないというか幽霊じみているというか、死神じみているというか」
提督「とにかく見えない不吉な意志が働いているようなんだ」
シャルン「そうですか。それは正しいです」
提督「なに? どういうことだ? 君は自分のことを死神とでも考えているのか?」
シャルン「私は本部から死神として設計されました」
提督「それは雪風みたいな感じか」
シャルン「いいえ。明確に鎮守府の提督と艦娘を殺すための死神です」
提督「なんだ、その馬鹿げた話は」
シャルン「事実です。しかし、私はその殺傷能力に不備があって死に至らせることができない欠陥品です」
提督「………本部はどうしてそんなことを、いや、まさか、敵を増やすためか」
シャルン「本部の考えは分かりませんが、提督と艦娘の数を減らしたいことは確かなようです」
提督「まさか本部が俺たちを殺しにしてるとは、大事件じゃないか。これは公表しなければ」
シャルン「………」
提督「いや、なんて言えば良いんだ。運を悪くして殺すなんて誰も信じない無茶な話だ」
提督「なぜそれを早く言わなかった」
シャルン「お聞きにならなかったので」
提督「………なるほど、本当の死神か。どうりで不運が続くわけだ。しかし、大事になる前に気づいて良かった。これからも達者でな」
シャルン「それでは私はそろそろお暇させていただきます」
提督「そういえば、行くあてはあるのか?」
シャルン「他の鎮守府を訪ねてみようかと思います。そして、いずれこの鎮守府にも新しく完成された有能なシャルンホルストが着任するはずです」
提督「ん? どういうことだ? 俺はもう本部の意図した君の役割を知ってしまっているんだぞ。もう着任はしないはずだ」
シャルン「本部はログインボーナスでシャルンホルストを贈るようです。解体しようが、餌にしようが、また贈って鎮守府に一人はシャルンホルストと予定しているようです」
提督「なんとも無茶苦茶な………ん? シャルンホルストは既に一人でもいれば贈られないのか?」
シャルン「はい。そうなると思います」
提督「………よし分かった。ならば、お前を雇い続けよう」
§
提督「死神シャルンホルストの実装はそれから間もなくのことだった」
提督「他の鎮守府には新しく贈られたようだが、俺のところにはこなかった」
提督「他の鎮守府は提督の急死や艦娘の轟沈で阿鼻叫喚らしい」
提督「俺も擦過傷や骨折は日常茶飯事で肺炎や盲腸も患って今も病室のベッドの上だ。だが、それでも何とか生きているし、艦娘も大破こそすれ轟沈はない」
シャルン「………機嫌が良さそうです。どうしましたか? それと、りんごを剥きました。どうぞ」
提督「ありがとう。なに、自分の幸運を少し嬉しく思ったんだよ。ありがとう、ありがとう」
おわり
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