電「待っててくれて、ありがとう」 (14)
____春。
通学路の街路樹に咲く美しい桜は散り始め、心地よい風が私を吹き付ける。
艦娘としての役目を終え、平和な世界となって3年。
私、電は18歳となりました。
兵器として改造されていた私達も、戦争の終結とともに解体処分を受け、普通の女の子に戻ることができました。
役目を終えた私たちは、今まで『止められていた時間』を動かし、人間と同じ生活を行うこととなったのです。
横浜鎮守府学園。
鎮守府において戦闘を行っていた艦娘の社会復帰を支援するとともに、一般人との交流も踏まえられる施設がある、艦娘のために造られた特別支援学校です。
元艦娘の私達は、本日、3年間通ったこの学校を卒業します。
「電! そろそろ行くわよ!」
ふと、私の後ろからお姉さんの声がしました。
雷ちゃんです。
卒業式が終わり、桜の下で校舎を眺めていた私を校門で待ってくれていたようです。
「電。貴方ももう18歳なのよ。一人前のレディなんだから、いつまでも思い出にふけっていちゃいけないわね」
雷ちゃんの隣で、美しい黒髪を靡かせるのは頼りがいのある長女、暁ちゃん。
ずっとかぶっていた帽子は高校入学とともに外しました。
大人っぽくなった今でも、私たちの模範となるような素敵なレディを目指してくれています。
二人共私のお姉ちゃんですが、学年は同じ。
司令官さんが、直々に申告してくださったのです。
『暁型四姉妹は離れ離れにしてやりたくない。前世の記憶もあり寂しがるから、同級生扱いにしてくれ』と。
「……どうしたんだい? 泣いているの? 電」
と、声をかけてくれるのは、クールだけどしっかり者のお姉ちゃん。
その身を強化するため、艦隊の記憶を呼び返し一時期は改名したけれど。
艦娘を辞めると同時に、名前は響ちゃんに戻りました。
ヴェー……? は、やっぱり呼びにくです。
「えへへ……なんでもないのです。少し、昔を思い出していたのです」
私の目頭には、いつの間にか水分が溜まっていました。
自分がずっと思い描いていた夢、平和な世界。
そして、私の周りには大好きな姉が3人いる。
戦いの最中はこんな未来が来るなんて思ってもみませんでした。
何かそう。何もかも嘘のようで。
嘘のように、今の状況が幸せで。
これも、私達を指揮してくださった司令官さんのおかげです。
平和な世界になったのも、深海棲艦がいなくなったのも、暁型の姉妹で学校を卒業できたのも。
初期から秘書官を務めた電にとっては、その全てが、当たり前に過ごせた全てが、思い返す全てが、電の涙の理由に繋がっていました。
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「どうしたのよ! もー!」
雷ちゃんが私を心配してこっちに走ってきます。
えへへ。電は嬉しいのです。
当たり前の日常を、雷ちゃん達と過ごせることが、何よりも嬉しいのです。
「はい、ほらハンカチ! 卒業式も終わったんだから、そろそろ泣き止まないとね!」
雷ちゃんはいつも優しいです。
電のことは何もかもお見通し。
電が辛い時は、いつも雷ちゃんが側に居てくれました。
「ありがとう、雷ちゃん」
私は雷ちゃんから渡されたハンカチを受け取り、静かに涙を拭きました。
と同時に、雷ちゃんの後ろからは二人のお姉ちゃんも電の元へ来てくれます。
「あらあら。色々思い返しちゃったのかしら? 電」
暁ちゃんは優しく微笑んで、私に気を使ってくれます。
「ふっ……」
響ちゃんも恥ずかしさを隠さず、私を見て笑いかけてくれます。
「ごめんね。色々、思い出しちゃったのです」
そう。
「艦娘だったこと、暁型四姉妹で生還できたこと、学校に通えたこと、皆で卒業できたこと」
そして。
「平和な世界になったこと」
「……」
三人は顔を合わせ、そしてまた私を見て笑いました。
「あはは……! 電は本当、泣き虫なんだからあ! 胸貸してあげようか? もっと私を頼っていいのよ?」
「ふふ。そろそろ『なのです』、も卒業しないとね? 暁ももう、ほとんど使ってないわよ、それ」
「……暁を真似して電は使いだしたものね。確か、司令とうまく話せなくて、仲良くなるため……だったかな」
「うふふ」
懐かしいのです。
電が最初に秘書官だったころ、緊張して口下手な私は、司令官さんとうまく話せませんでした。
でも、次々とお姉ちゃん達が鎮守府に拝命し、色々と電に助言してくれたのです。
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